水流渓人エッセイ集「父さんに教えて」
 

第三章/九編


初めてのデート


 今年もまた、桜の季節がやってきた。思えば昨年のこの時期、足首骨折と、次男誕生が一度に重なり、なんとも奇妙な春のおとずれであった。そして、同様に、幼稚園児のいるわが家は、『お別れ運動会』を、西都原古墳群公園で楽しみ、4月になれば、長男の年少組入園となる。しかし、今年は家族の歯車が、チョト噛み合いが悪く、次女・長男が、特にストレス塊化している。原因は猛威を奮ったインフルエンザのせいだが、親まで少しダウン気味なのがいけないのだと思う。兄弟の中間的立場である、次女・長男には、常に兄弟姉妹の上と下が存在する。当然なのだが、長女には下の兄弟姉妹が3人、次男には上の兄弟姉妹が3人であり上と下の両方の存在ではない。4人兄弟姉妹なら、これまたまったくもって当たり前の事なのだが、一人っ子育ちの私には、その心理が非常に興味深い。次女・長男の中間的立場は、上から鍛えられ下を羨ましがる、どうにも偏屈になりそうな環境なのかも知れない。言い替えるなら長女・次男の立場よりストレス度は倍なのかも知れない。
 『偏屈』と言う言葉・存在は、私の感覚からすると、羨ましく・たのもしく・理想的な言葉なのである。自分自身は『偏屈になりたいがなりきれない、単なる変わり者』であるので、『偏屈』の2文字は、カッコイイと思う。次女・長男が偏屈かどうかは、単なる変わり者の私が判断しにくいが、次女の『私を絶対好きと言わない頑固な姿勢』や、『毎朝不機嫌に起きて、幼稚園登園拒否を試みる割に皆勤賞をもらってくる所』や、『自分のやりたい事を弟に強要し、ボコボコにやっつける態度』や、『オネショはしなくなったものの、遊び優先常時パンツ濡らし状態』など、私の理想とする性格人間だし、長男においても、
「食べないと言ったら食べない、僕はゴハンだけがいい。」
と言って、何日もゴハンだけ食べたり、『テレビアニメを繰り返し見て、主人公よりわき役の3枚目を非常にごひいきする所』や、『しなきゃいいのに、最強次女にパンチ・キックをして、ボコボコにやられる所』は、魅力的性格としか言いようがないのである。社会現象でもある中間管理職の煩悩みたいなものが、兄弟姉妹の関係でも存在するのであろうか!はたまた、兄弟姉妹というものは元来そんなもの・言い伝え・伝統・習慣・原理原則・鉄の掟なのであろうか!やはり、『一人っ子・我がまま・単なる変わり者』の私には、崇高すぎて理解しがたい。

 ストレス曲線が、家族と言うグラフの中で、上昇を傾向としてきた夜、女房が、
「次女だけ特別にどこか連れていってあげて!」
と提案した。始めて、私と次女のデートが実現する事になった。
「誰にも言っちゃタメだよ。」
と言う女房に、目を輝かせて
「ウン。」
と次女は答え、その足で長女の所へ行き、
「今度の日曜日は、私だけお父さんと山へ行くっちゃがぁ。」
と自慢げに言った。誰も山へ行くとは言ってないし、誰にも言うなと言っているのに、長女へ得意げに言ったのには理由があった。以前、2度ほど長女だけを山登りに連れて行った事を、彼女は忘れてはいなかったのだ。
「今回は私だけ!」
と言う喜びは、自己の喜びより、姉ちゃんへ対する自慢の喜びの方が、強いのかも知れない。この時の長女の反応も興味深かった。
「次女と山へ行くんだね。」
と、私に確かめただけで、ダダをこねる事なく、
「私はお母さんと家にいるわ。」
と、言った小学1年生であった。私自身、熱はないが、唾を飲み込むと飛び上がりそうに痛い喉を我慢して、荷物を積み込みエンジンをかけた。家を出るとき、次男を抱いた女房がインフルエンザで声の出なくなっている喉で、次女に、
「どこに行くの?一緒に連れていって。」
とかすれ声を震わせた。
「ダメッ!今日は父さんと私だけ!」
と、嬉しそうに叫んだ。途中、田舎の雑貨食料品店で、昼のカップラーメンとお菓子を買い、尾鈴山へ向かった。いつもこの時期、渓流解禁に胸をトキめかせ通う道であるが、今年の渓は色も悪く、水も少ないようである。
 尾鈴山より流れる、この『名貫川『は山が海岸に迫り、海から5キロも入れば渓魚と出会える珍しい川である。砂防堰堤は多いが、巨岩が落差を作り以外に自然のままの景観を味わえる。山まで登れるような体調ではないので、ここにある『矢研の滝』まで25分の遊歩道でごまかす事にした。日本の滝百選に名を連ねる『矢研の滝』は、幼い頃から何度となく見ているが、家族では次女が始めてなので、自慢材料にはなると思うからだ。
 いつもの如く、ビニール採集袋(ただのスーパーの袋)を手に下げ、道々立ち止まりながら、しゃがみ込みながら、何やら拾い歩く次女のスタイルである。時折、渓流フィッシングスタイルの人に出会うが、どあやら滝まで行くのは、私と次女だけの様である。ゆっくり倍の時間をかけてたどり着くと、今度は次女が石の形を『椅子だ!』『ベッドだ!』と言いだし、はしゃぎ出した。いままで汗ばんだ額が、流れ落ちる水のしぶきで寒い程だった。そして、私は、隠し持ってきたロッドにリールをセットし、滝壷めがけてルアーを投げた。釣れるわけないが、今年の渓流解禁の第1投であった。いつかこの滝壷で釣ってみたいと、長年思っていた。途中の流れには目もくれず、今年の第1投を記念出来た。横から石を投げ込む次女は、始終嬉しそうに、私のルアーを眺めていた。お湯を沸かし、カップラーメンを食べる頃には、後続のハイキングの人達がやってきて、春の行楽地の装いを強めていった。
 駐車場までの帰路も、拾い歩く姿に、喉の痛みも忘れ、暑い程の日差しを受けた。家に戻るには少し早い時間なので、もっと奥まで林道を走り、渓流の淵のある所の空地に、車を止めた。流れに近づき、今度は石をめくってはヤマメの好物『チョロ虫』を取り始めた次女が言った。
「水、つめたいね。冷たいけど服濡れてもいい?」
・・イタズラ目で、ニヤッと笑った。
「危ない事しちゃダメだよ。それより父さん、また魚釣りチョツとして来るから・・。」
その下にあるでかい淵を知っていた。いつも釣れない事も知っていたが、岩を10m程降り、先ほどのルアーをスプーンからジャパン・セルタのスピナー3gに替え、ロッドを振った。黒くなった淵の落ち込みに消えていったルアーを巻き始めた瞬間、手元に振動が伝わった。振動は徐々に、はっきりとした渓魚のたくましい抵抗感覚に変わり、水面に黒味の残るパーマークを写し出した。淵に棲むヤマメは痩せてなく、十分なファイトの後に、ベストに付けたランディング・ネットに納まり、今期最初のキープサイズ25センチであった。魚を見て喜ぶ次女は、腕まくりで『チョロ虫』を採集していたらしく、水の冷たさに唇が震えていた。
「そろそろ帰ろうか!」
と言う私に、
「今日の行った所、お姉ちゃんも母さんも行ったこと無いと?私が始めてやと?」
と聞いた。
「そうだよ。それより父さんと2人だけで何処か行ったのも始めてやないか!」
と言う私に、すかさず次女は言った。
「じゃけん、私は父さんとは結婚出来れんとよ。父さんも好きやけど母さんの方がもっと好きやとよ!それより、オシッコしたいから車止めて!」・・・・・・
次女5才3カ月は、もうすぐ年長組になる。そして今夜も、長男相手に戦いをしている。なんだか判らないが、彼女曰く『戦い』らしく、長男の号泣で終了の合図のようだ。


 
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