水流渓人エッセイ集「父さんに教えて」
 

第三章/七編


忍耐スキー塾


「お父さんとお母さんが、おじいちゃんとおばあちゃんになって、お母さんが先に死んだら、お父さんはどうすっと?」
「そうしたら、お父さんの面倒を見てくれるやろ!」
「ううん、たぶんダメだと思うよ。」
「なんでだよ?」
「私は子供がたくさんいて、世話するのに忙しいし、大変だから・・。」
「そんな事言うなよ!悲しいじゃないか!」
「だけど子育てって大変なんでしょ。」
「・・・・・。」
そんな、私と長女の会話を聞いていた次女が
「お父さんの面倒は私が見るから大丈夫だよ。」
「ありがとう。」
薄ら寂しい感傷の中で、昨日の私の態度が気に入らないと、ムッと顔の女房が口を聞いてくれない。
「おい。」
「・・・・・。」
「なあ。」
「・・・・・。」
「ママッ。」
「・・・・・。」
シラーッとしたムードの漂う中で、いつも私が感じてしまうのは、『リビングなど広くするものではないナ。』いつもは、ママの明るい声と子供達のはしゃぐ声に、満足感に浸れる空間なのであるが、なんだか天井の高いのは空しいし、テレビすら遠く霞んで見えてしまうのである。2杯目の茶碗をぶらさげ、うなだれてジャーの蓋を開ける『悲しきハゲ男』化するのである。時折、女房の口をついて出てくるのは、オフコースの歌った『さよなら』であったり、五つの赤い風船の歌った『遠い世界に』であったりするのだ。子供の風呂の世話をしている間、悲しきハゲ男はハラハラと数少ない前髪を引きずりながら、流しに溜まった洗い物をしてみたりするが、忙しそうに風呂上がりの子供達に、パジャマを着せながら、横目でチラッと洗われた食器を見るだけである。
********そんな背景の中*******
 今年初のスキーに行った。数日前の寒波は、最南端『五ヶ瀬ハイランドスキー場』を白銀樹氷の世界にしているはずである。雪が重かったり、リフト2基しかなかったり、上級者コースは作るには作ったが設計ミスなのか、ほとんど滑走禁止であったり、スキー場開発がヤマメの棲めない川にしたりブナの木を風倒木にしたり、肉うどん+稲荷すし1個=800円は美味しくないがリフト2基の割に4700円のリフト券は日本一高いのではないかと思われる。しかし、宮崎で日帰りスキーが出来るなんて、私にとってはパラダイスとしか考え様がないのである。結局、スキー初挑戦2人・数回目4人を含む総勢8人の仲間と、今年の初滑りを堪能出来たのである。今年は、大分と佐賀がスキー場をオープンさせた事もあってか、今までにない滑走回数を更新出来た。
 そして、調子に乗ったハゲ親父スキーヤーは、翌々週もお滑りになり、女房・子供の『大ひんしゅく』と言う品物を、年利20%の高金利で、しかも長期25年払いで買う事となった。
 私の小学校時代に嫌いだった事に、給食当番・給食時間・人の前で本を読む事・音楽・マラソン・集団登校があった。長女7才、このどれもが大好きの様で、一緒に入った風呂で、実に楽しそうに話してくれる。私など挑戦も実行もした事のない国語の教科書暗記を、楽しそうにしている。きびしい母親のおかげで、登校拒否はしなかったものの、出来れば学校には行きたくない気持ちでいつも一杯だったし、特に集団行動には、全然不向きだと思う。そんな私から、底抜けに明るく世話好きの長女が生まれて来たのは信じられないが、その明るさと感情をストレートに表現できる個性をずっと見守ってあげたい。
 そして、長女は最近友達からもらった鶏の卵を、雛にかえすべく、日夜大事にしている。手で暖めたり、振って中の音を聞いてみたりしながら、篭にタオルを敷いて大事に大事にしている。彼女の卵騒ぎに同調されて、近所の同級生まで、卵の世話をはじめているらしいのだ。卵をもらって2週間過ぎた夜、ついに次女5才が、うっかり割ってしまった。なかなか言い出せなかった彼女は、テレビを見ながらテーブルの下に、1時間以上も潜り込んで、両手で卵を隠し持っていた。私の近くにすり寄ってきた次女が、手のひらを開きながら、卵を見せた。かなり長く握っていたのだろう彼女の手の平は、卵から出た卵白が乾き光っていた。
「おねえちゃん、怒るだろうけど謝ろうね。」
と、次女の手を引き勉強中の長女の部屋へ行き謝った。当然の如く感情ストレート人間が泣きわめき次女を罵倒したが、じっと怒る長女の顔を見据えながら目に涙を溜め、両手を腰の下で握りしめたまま次女は謝った。本当に悪かったと感じていたのであろう、いつもは「ゴメンネ」連発なのだが、この時は低い声で「ごめんね」と1回言っただけで、後はじっとしていた。後少しで泣き出してしまいそうな表情であるが、今にもこぼれそうな涙をまばたきせずにじっと堪えていた。許せない気持ちのまま卵の所へ走り去った長女の後は追わず、その場に立ち尽くした次女が私に小声で言った。
「私はこれからずっとずっと死ぬまでおねえちゃんに謝り続けんといかんと?」
「・・・・・」
コメントはしなかったが、また姉妹仲よく遊んでいた。そして、この姉妹には世間がフィーバー(死語?)している『たまごっち』の存在を知らせていない。


 
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