水流渓人エッセイ集「父さんに教えて」
 

第三章/四編


野イチゴの風が吹いた。


 次男7カ月、始めて鼻水をたらした。両手首をグルグルまわしたり、首を振ってイヤイヤをするようになった。見ていると、機嫌のいいときや、他の人が何か食べているのを見て自分も欲しい時の行動の様である。4人の子育てに追われ、やもすると見落としてしまいそうな、次男の進歩行動である。他の兄、姉も同じ様な行動をしたのだろうが、いったい、いつ頃の行動であったのか、簡単に思い出せない。それほど成長したのかも知れないが、確実に1つの人格を形成しつつ、自分の主義主張を持ち始めているようだ。そう考えてみると次男7カ月状態、つまり生活のすべてを親に頼る時期は、人間の一生の間、ほんの瞬間なのかも知れない。ハイハイが出来るようになれば、自ら移動が可能になる。手を少しうまく使えるようになれば、自ら食べ物が食べられるようになる。彼の一瞬の成長を、1つ1つ受けとめながら、親である幸せを十分感じていきたい。
 長男3才の誕生日を迎えた。
「ボクはオニイチャンだ。」
と、強く主張するようになった。毎夜毎夜、眠りかけている姉ちゃん2人に、倒れ込み攻撃をして嫌がられている。食事時には、オニイチャンなのだからと、吐き出しそうなほど口に食べ物を頬張って、
「どうだ!こんなにたくさんボクの口には入るんだぞ!もっと大きくなるんだぞ!」
的な態度を示している。そうして、このまま行けば、ウルトラマンの隊員になることが出来、最後にはウルトラマンになれる事を信じて疑わないのだ。そしてもうすぐ彼は、女房の憧れであるラガーマンになるべく、3才にしてラグビースクールに通う事が決定している。とにかく臆病で、ラグビーをしてくれるか未知であるが、これだけは強制したい女房の意地もあり、腹を痛めた分の強い迫力のある態度がみなぎっている。どうも関西出身の女房は、自分の運動音痴は棚に上げ、彼女の親父が関西ラグビー界の強豪・関西学院出身であり、弟は高校・大学とラグビー部に在籍していたこともあり、何より関西ではラグビーに根強い人気があるのが原因のようだ。私自身、大学時代アメリカンフットボール部に在籍していてが、関西で就職し、この女房と一緒に暮らすようになってから、ラグビーの番組を見たりするようになり、アメフトよりラグビーの方が・・・などと感じるようになってきている。
 そんな長男が、ついに自分の足で山頂に立った。登り30分程の「丹助岳」であるが、紅葉し始めた景色の中で、1歩1歩自分の足を山頂へと近づけ、頑張ってくれた。ふだんから抱かれる事を敬遠する長男3才であるが、急登の斜面に足をズルズル滑らせながら、膝で肘で・・・全身を使いながら、ついには高度感が最高の、丹助岳ピークへたどり着いた。山頂から見える祖母・傾山系、遠くに阿蘇・根子岳の景色を、長男が記憶したのか判らないが、無言でヒタヒタ歩く彼を見ていると、姉2人とは違う世界が待っているような気分であった。そして、この山登りにはもう1つ違った趣向もあった。長男ばかりでなく、次女5才も始めての山頂であり、何よりママちゃんまで同行したのだ。かつて無い山登りのムードに、将来の『正しい計画的な家族登山』の大きな足がかりとなった。あくまでも、計画的と言う言葉に力が入るのだ。なんといっても計画的で無ければならないのだ。そうでなければ、無計画・無秩序・無責任の、わが家の『子作り』と同一化してしまうではないか・・・・。だから、断じて言う、あくまでも荘厳なる『登山計画』元年なのである。6年も山の会に属しながら、その間3〜4回程の山行きであったのは、どうしても、わが家流アウトドアスタイルを誇示したい、頑なな私の意地みたいなものである。出来る限り山頂を、家族全員で積み重ねたいのだ・・・・などと言いつつも、渓流釣りだけは単独行なのであるが・・・。
 とりあえず、次男を親戚に預けてパパ・ママ・長女・次女・長男の5人で、登りやすい山に登っただけの事なのである。それをもったいつけて、水流渓人流に誇大表現しただけなのであるが、そのような客観的表現・感情こそ、今の子育てに欠けた部分ではないだろうか!私は、女房を持ち、4人の子供を持つ父親なのである。冷めた感情で、大人社会の現実のみ追求する人種に、洗脳されたくないのだ。親が出来ない事を、子供に強要するような、情けない子育てには断然否定的なのである。水流渓人なのである。水流渓人の水流渓人たる部分を失えば、何の否定も肯定も出来ない、子供に見透かされた『養い親』化された、タダのハゲ親父である。そんなハゲ親父は、定時出勤・定時退社を忠実に守り、家に戻れば焼酎をチビリチビリ飲むようななめるような仕草で、箸の先で焼き魚をつつき、時折声のない笑い顔でテレビキャラクターを呆然と眺め、口に運びかけた鯖の身をテーブルにこぼしたりしていればいいのだ。妻や子供の話には、
「ウーン、ソーカ。」
とだけ頼りない返事をし、子供に
「おとーさあん、トイレ入ったらちゃんと後は流してよねー。」
とか、妻には
「休みに、たまには子供達を何処か連れて行ってあげたらー。」
とか言われても『ウーン、ソーカ人間』を貫けばいいのだ。そんなハゲ親父でなく、どこか違う「頼り甲斐のある魅力的なハゲ親父」になるためには、家族の主人公であり続け、よりドラマチックな家族を演出するべきである。その内、私がそうであったように、自然な形で子供は親を乗り越え、たくましいその姿を見せてくれるはずである。51才で人生を終えた私の父が、出来得なかった領域に踏み込み、たくましくなった自分の子供に甘え、孫に囲まれてみたいのである。その時も、接点はアウトドアでありたい。今度は、自分の子供に支えられ山を登り、キャンプに連れ出して貰いたい。そんな理想が、いつまで継続出来るかは、まったくもって判らないが、そう願って水流渓人的努力を継続していきたい。
 次女5才、生後3カ月検診で『先天性股関節脱臼』と診断された。ギプス治療で、完治はしたものの、
「将来的に、あんまり激しい運動は控えた方がいいですよ。」
と、先生にアドバイスされた。その次女も、丹助岳の山頂までしっかり歩いてくれた。そして、翌週私は長女と次女を連れて、えびの高原の池めぐり遊歩道から『白鳥山』へ3人で登った。
 女房・長男・次男を駐車場待機にさせ、紅葉の遊歩道を、2人の元気にはしゃぐ声とともに歩いた。不動池を抜け、六観音御池で休憩をして、白紫池手前から山頂を目指した。20分ほどの急登に、次女が大声で泣き出してしまった。弱音をはく次女を、どうして連れてきたのだ?と、長女が不満げに言う。すれ違う人達が、優しい言葉をかけてくれる。しかし、次女は大声で泣くのを止めようとはしないのだ。まるで、親の私が娘を拷問しているのではないか?と、思い違いしてしまいそうである。頭の中を、あの時のお医者さんの言葉がよぎりつつ、
「ガンバレ!」
としか次女に言えず、何度も抱いて登ろうかと、考えてしまった。その時、すれ違い様に下山中のマルマル太った小学生の男の子が、息の合間に
「カンバレヨー!」
と声をかけてくれた。大泣き声は止まないが、次女の足が1歩1歩前に進み始めた。涙で霞んだ登山道を、つまずきながらずり落ちながら・・・。しかし、彼女の足は確実に前進を続け、先頭を歩いていた、長女の立つ展望台に到着した。涼しい風と秋の紅葉の中に、あくまでも澄み切った湖と雄大な韓国岳が壮大なパノラマを演出していた。思わず抱き上げた次女を見上げながら、長女が言った。
「お父さん、私は手を引いてもらったり、抱いて貰ったりしてもらえないんだね。」
紅葉シーズンで賑わう山頂で、長女のムスッとした顔が印象的だった。
 普段、家で見せている表情なのだろうが、やはり自然の中で一緒に汗を流せた感傷の中での表情は、忘れがたいものがある。私は一人っ子であったので、いつでも親を独占できていたのだなと、思い直す長女の言葉だった。下山後、女房達の待つ駐車場へ行き、山頂へ行けた喜びを次女が言った。
「泣いたけど、小学生のお兄ちゃんがガンバレーって言ってくれたっちゃがー。」
彼女には私の言葉より、あの小学生の言葉が響いたようだ。辛くなれば抱いてもらえる親でなく、辛くても抱いてもらえない親を経験し、他人の言葉に頑張る態度を見せた、次女5才のたくましい成長であった。山登りをしたからこそ味わえた経験である。
 翌週、長女と私は、深夜2時『比叡山『登山口に止めた車の中で、シュラフに潜り込んだ。2人だけの登山となった。朝、家から持参したコーヒーを飲みながら長女に、
「今日は1日中、お父さんを独占できるなぁ。」
と言うと、眠い目をこすってニヤッと笑った。7時半、歩き始めた私と長女は、1時間半の急登を強いられた。登山道に張り巡らされた落葉樹の根に、日陰の岩に張り付いた苔に、足を滑らせながらT峰のピークに立った。素晴らしい雲海が私達を向かえ、U峰の岸壁が満足感を膨らませてくれた。ここが山頂でない不満を残し、楽しい尾根歩きを続けながら、色々な話を長女がしてくれた。1時間程の尾根歩きの後、20分程の急登をやり過ごすと、岩の割れ目に鉄ハシゴが設置された864メートルの岩峰に出た。そこから30分先が三角点らしいが、視界がないらしく、この岩峰の上で風に吹かれながらの昼食を決めた。3方絶壁となった岩のランチダイニングなので、ロープを縛りつけておいたのだが、足のすくむような空間を、楽しそうにウロウロキョロキョロ歩き回り、ついには絶壁にお尻を突き出しウンチまでやり遂げてしまった。「こんな所にも銀蝿がいるよ!おとうさん。」
と、長女の素直な表現に、私まで
「なんでだろうね?」
と、真剣に考え込んでしまった。コンビニで購入したサンドイッチやおにぎりが、食べきれないほどまずく、女房の作ったオカズなし弁当が無いとダメダ!と主張しながら、好物のカロリーメイト・チョコレート味とミニ・カップヌードルを食べ、変な呪文を唱え始めた・・・
「なんまいだぶつぶ・なんまいだぶつぶ・きんたまたまたま・・・・・。」
結局、彼女は3時間かかった下山途中、この呪文をひたすら唱え続けた。手こずった滑りながらの下山を、ようやくやり遂げた長女の顔は、また一つたくましく見えた。そして、彼女の手の中には妹への土産の『野イチゴ』が溢れんばかりに入っていた。 


 
Copyright(C) 水流渓人 All Rights Reserved

戻る