水流渓人エッセイ集「父さんに教えて」
 

第三章/二編


迷走台風12号


 長女にとって、小学生最初の夏休み、今までとはチョト違うのである。ラジオ体操があったり、宿題があったり、午前中勉強であったりするのだ。私の休みが少ないので、あまりかまってやれずかわいそうだが、別段文句を言う訳でもない。そして、長女学習中の間、次女・長男は静粛を命じられる。しかたなく次女は長男相手に遊び始めるが、お姉ちゃんと遊ぶ時とは具合も違い、長男にしてみれば別に次女と遊ばなくても、好きなウルトラマンの世界に一人没頭できるのである。段々、不満機嫌になる次女ついにパターンを変更した。まず、長男を少しからかうのである。そうすると、長男が、
「ヤメテ。」
とばかりに次女に抗議したり叩いたりするのである。待ってましたとばかり応戦し、最後には長男を、号泣のどん底に陥れるのである。
「あんたが先に手を出した。」
「私の言う事を聞かないからだ。」
とばかりに、ボコボコビシバシ状態を連日繰り返している。長男にとって天敵になりつつある次女の存在であるが、長女に比べると次女の方が長男の面倒を良く見ているのも事実である。

 女房曰く、
「お宅のご主人さんは、何でもしてくれていいね。」
と、良く言われると言うのである。私自身は、別段何もしない人間だ!と自覚している。何かする事はするが、その殆どは自分の興味のある事だけで、私ほど自分勝手な人間は他にいないはずである。『それが何でもしてくれて・・・。』になるのである。家族でキャンプに行ったり、子供と遊んだり、近所の子供まで集めて遊んだり、犬小屋やガーデンテーブルを作ったり、次女を幼稚園に送ったり、指定日のゴミ出しをしたり、近所の人から見える窓だけを掃除したり、年に数回食器洗いや洗濯物たたみをしてみたりするのは、全部私の趣味の範囲である。他人の前で、
「ママ・ママ」
「お母さん・お母さん」
と、やたら言うのは優しいからでなく、まったくもって私の趣味なのである。そんな勝手な私の趣味に『何でもしてくれて・・・。』の評価がされるのも、発信源が主婦であるところが私は気に入らないのである。主婦の言う、『何でもしてくれていいね。』は、『旦那が何でもしてくれると、私が助かって便利がいいし楽だもんね。』と聞こえる。しかも、習慣か風習か知らないが、旦那と女房の仕事を決めつけている上での意見が多くて悲しい。家族でキャンプに行ったり、子供と遊ぶのは、まったくもって楽しいし、犬小屋・テーブル作りなど木工は、この上なく自分の世界である。次女の幼稚園送りも通勤の途中であり、なにより次女との会話が楽しくて仕方ない。私の異趣味・指定日のゴミ出しについては、ただ収集場所を出勤の時、毎日通っているので、私がランクルのバンパーに積んで行けば手間いらずである。ただ効率を考えただけの事で、
「わしゃ主人じゃ!ゴミ出しは女房の仕事に決まっとるじゃろが!」
と、意気まく必要もあるまい。ゴミを持って玄関を出る私に、毎回、
「ありがとう。」
と、言ってくれる女房の声を聞く方が、私は嬉しいのだ。近所の人から見える窓の掃除は、手伝い夫演出の最高手段だし、それを見て自分の旦那を、責め立てる主婦の反応調査に役立つが、それ以上に窓がきれいになるのに何の反対意見があるはずがない。年間数回の食器洗い・洗濯物たたみにしても、妙に女房の反応が楽しみで、わざとやってみたくなるだけなのである。他人目に写る私の人物像に注釈をするわけでもないが、たまにうっとうしくなる事も事実である。
 長女が突然に言った。
「お父さん、私達はみんな死ぬっちゃがね。」
その理由を聞いて驚いた。どうも子供会の遠足で、川内原子力発電所に向かうバスの中で北極の氷が溶けている事を聞いたと言うのだ。いわゆる環境問題で懸念されている地球温暖化現象である。オゾン層の破壊は深刻な問題になっているので、長女に真剣に話をした。電気を必要以上に使ってはダメな事、車の排気ガスの事、いろいろな生活の無駄が、究極的には地球温暖化を誘発し、北極の氷を溶かすのだと・・・。そして、私は、このままでは人間が住む地球を、人間自らの手で破壊し自滅させてしまう可能性が大きいのだと締めくくった。最後に長女が、
「お父さん、そしたら焚火とかも、あんまりしないほうがいいっちゃがね。」
と聞いた。
「そうだね。」
と言う私の指を、頬づえした人差し指で指さして、
「お父さん、タバコも止めた方がいいと思うけどなぁ。」・・・・・・。
私は夏の怪談話より恐ろしくなった。
 わが家の盆休み計画に異変が起きた。3連休の間、次男4ヶ月の初参加で、ダム湖底に沈み行く『熊本・五木村』周辺へキャンプに行く計画をしていたのであるが、台風12号が接近してきたのである。前日の深夜、キャンプ準備を進めていた私と女房の手が止まった。キャンプシーズンとしては、晩秋・冬・早春がベストだと思っている私には、盛夏のキャンプはあまり乗り気ではないのだが、小学校では、夏だ!キャンプだ!とばかり、夏休みは親子キャンプが正しい小学校家庭であり、絵日記には必ず描写する事が義務づけられている。しばらくは、ご近所の夏だ!キャンプだ!の正しい家庭を傍観していたのだが、別に意地になって連れていかないのも子供の為にならないだろうし、今から私の偏屈さを強要しても仕方ないので、清く正しい小学校家庭のキャンプ計画であったのだが、この日本の政治のごとく進路の定まらない台風12号のおかげで、フム!と考えてしまった。準備完了の号令とともに女房が、
「本当にキャンプ行く?行くんだったら、いっその事台風に向かって行って、鹿児島方面にしたら最終日ぐらい天気になるはずよ!」・・・・・。
それも一つの手段だな!とは考えてもみたが、主である私の決断の時が来た。
「おい、キャンプは止めだ!俺の不動の連休に流動の台風は許せん!台風に向かっても勝ち目ないから逃げるぞ!」
「早朝に出発だ!大阪のお前の実家へ里帰りだ!」・・・・・。
かくして、キャンプ道具を満載にされた私のランドクルーザーは、あえなく道具の収納庫に変身し、変わってママちゃんの旧型クラウンステーションワゴン『ホホエミ2号』が、発進車両として準備されることになったのだ。翌早朝、大阪行きを知らされた長女・次女コンビは、いつものキャンプでない行事にはしゃぎ、訳の分からぬ長男・次男コンビは荷物のごとく車に積み込まれ、14時間の車中缶詰状態が始まった。

 女房の実家は、大阪の西成区であーる。いわゆるコテコテの大阪であんにゃーわッ!近くに昔ながらの市場が軒を連ね、隣など昔ながらの駄菓子屋さぁーんであり、隣の隣はお風呂屋さぁーんであり、斜め前にはたこ焼き・焼きそば屋さぁーんで、これまたああーんにゃーわッ!なんだか、ホッとしてしまう所であり、故郷に戻ってきた感じに浸れる場所でもある。都会の雑踏と情報・文化の進化した大阪の都市と人情味あふれるこの下町の中で、育ってきた女房を重ね合わせて思いやる事が私は大好きである。そんな感傷とは関係なく、長女・次女・長男は朝から隣の駄菓子屋のおばあちゃんを、
「アーちゃん・アーちゃん」
と、親しげに呼びながら開店準備の『店だし』を手伝ったりして、ただでお菓子をもらう迷惑客集団となり、数時間おきに訪問を繰り返していた。
 私自身、この大阪で9年半暮らしてみたが、都会とは云え、どことなく人情があり、本音で意地を張らずに過ごせた街でもあった。宮崎の両親を失ない、田舎暮らしを始めた私にも帰省を許される女房の実家である。中日には、超巨大おもちゃ屋“トイザラス”に行き、子供達が目をウロキョロさせ、私まで真剣に物色を始め、全員がレジに集合した時には、長男が合体ロボット、次女が乳飲み人形、長女が熊のヌイグルミ、そして私がミニ4駆とそのパーツを握りしめ、大阪のおばーちゃんの財布を軽くさせてしまった。送り火の最終日、昼前には実家と別れを告げ高速に乗り込んだ。ひたすら14時間、高速料金17,400円の道のりをひた走るのであるが、世の中はまだまだ大型連休中なのか、行楽客で道路もパーキングも溢れかえっていた。そんな車中、動けない子供達の奇声とケンカに、わが子ながら頭が痛くなったりもした。休憩をする、どのサービスエリアの従業員も、『盆ダゾ!忙しいんダゾ!客はお前だけじゃないんダゾ!』のダゾダゾ!態度で『まずいけど文句アッカ!殆ど品切れだけど文句アッカ!』の文句アッカ!対応をするのだ。そんな態度に影響される大バカ観光客、高速流儀はセダンかワンボックス!カーナビつけて、車内清潔!父さん白い足で半ズボン、母さん買ったばかりのお出かけルック!子供は2人で当然ブランド名入りのペアルック!が、右往左往の連休行楽スタイル状態を作り、「日本の正式な家族スタイルゥーってな感じぃー。」
である。もうこうなったら
「超MMって感じぃー!」
である。文句ばかり言っている私に、女房が
「あんた、そのショートパンツ、3日間はき続けてるよ!」
と、大きな声で呟いた・・・・・。
 家族6人、始めて車での大阪里帰りであったが、気が付いてみると、結婚式を宮崎で挙げた後に、車で大阪まで新婚旅行替わりに、2泊3日で走って以来であった。迷走台風12号のおかげで、思わぬ里帰りに女房・子供は喜び、陸路での距離間がつかめた盆休みであった。長女曰く、
「私は、大阪で生まれたから、私も里帰りって言うっちゃがね!」・・・・・。
もう1つの発見は、ひとりっ子で育った私が、4人の子持ちになり始めて味わう、連続14時間車中缶詰状態は、根本的に耐えられぬ環境でもあった。しだいに慣れては来るのだろうが、狭い・うるさい・不自由状態にイラ立ち気味であった。平然としている女房には関心してしまった。どこか私の体の奥底に流れる頑固な“ひとりっ子気質”があり、それがそうさせるのかも知れないが、十分大切でかわいいはずのわが子に、思わぬ感情を抱いてしまったのも事実であり、子供を育てる環境・親の態度が大切である事も実感出来た。それにしても夏休みは、残り半月、確実にある。


 
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