水流渓人エッセイ集「父さんに教えて」
 

第二章


あとがき


 子供の世界は、本当に魅力的です。理解するには、同じスタンスで遊ばなくてはダメ。私を含め大人と呼ばれる人達は、当然一度は子供の世界を経験しているはずですが、その頃の子供世代とはすいぶんな違いがあるようで、同じ様に考えていると、現代の子供の世界はいつまでも見えてきません。理解しがたい事もずいぶんありますが、一緒に遊んでいると、子供の反応を通して色々な物が見えてくるのです。
 私の父親は、ずいぶん私と遊んでくれました。そんな遊びを通して、私は父の子供に生まれてきた事に、ずいぶん感謝しましたし、そんな父親を誇りに思っていたのです。私が成長するとともに、教えられる遊びから、父とともに遊ぶ遊びに変遷していったのですが、徹底的にしかも真剣に遊ぶ父でありました。受験を控えた高校3年の冬に、父が
「スズキを釣りに行かないか?」
と、私に言いました。土曜日の夕方から釣り始めた私と父は、月曜日の早朝まで釣り続ける結果となったのですが、
「そろそろ帰ろう。」
と言う私に、
「まだ釣れていないじゃないか。眠かったら車で寝ろ!」
と言い、2晩徹夜で釣りつづけたのです。結局釣れなかったのですが、数日後父は80センチを越すスズキを釣り上げ、私に得意げに見せました。
 ボーリングをした時もそうでした。始めてボーリングをした父は、私と2人で38ゲームもしたのです。父は
「スコア200を越すまでは・・。」
と、がんばったのでした。始めてでそんなスコアがでるわけありませんが、徹底的にしないと気が済まない性格なのか、その時も小学校5年の私を連れ、『蛍の光』の閉店まで38ゲームを投げたのです。その2ヶ月後、父は278と言うスコアを出し、地元ボーリング場の大会優勝を果たしたのでした。その分、母は苦労したのですが、なにかしら教えられるものは多かったのです。
 今日7才になる長女、4才7カ月の次女、2才9カ月の長男、3カ月の次男。1995年7月から1996年6月までの出来事です。発行にあたり、Vol.1から何編かを掲載させていただいたアウトドアーズ・フリーククラブの会報、会員の方々から、暖かいご支援・感想をいただき、ありがとうございました。
平成8年(1996年)6月25日 


 
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