水流渓人エッセイ集「父さんに教えて」
 

第二章/六編


大気圏突入せず


 子供の頃、くやしさに打ち震えた事がよくある。ベットのシーツにかみつき、奥歯にこの上無い力を入れ、涙と鼻水を体中から絞り出し、くやしさを自分の中で消化した。子供ながらに理解していたのは、親や周囲に、そのくやしさをぶつけても何の解決にもならない事だ・・。ひとしきり、くやし涙を流し終えるとムラムラと闘志が沸いて来るのだ。幼心に燃える心と、絶対的な復讐心を形成して行くのだ。一人っ子であり、複雑な親族環境の中で芽生えた私の決心や闘争心や、苦労を背負わない要領の良さは誰にも負けない程であるが、私をとりまく我子や女房の言動を見ていると情けない。本当に相手に対する憎悪なら、まず、絶対に口にしてはダメである。決定的なダメージを与えるなら、相手を十分自分に引きつけて置かなければだめだ。そして、完全なる復讐を遂行するのであれば、自分が自ら手を下すのではなく、相手が自ら自滅する方向へ誘い込み、再起出来ない程のダメージに落ち込んでいる時に、同情するような言葉を投げかけてやるのだ。
 嫁をもらい、子供が出来て、幸せな家庭を手に入れた私には、もうどうでも良い手法となって来ているが、そんな事を思い出したのには理由があった。長女6才が、近所の子供達に、
「あんたとは遊ばん!、帰れ!帰れ!。」
と、言われたと言うのである。たかが子供の事だ!と簡単に聞き流せばいいのであるが、私自身、幼い頃にイジメられても、決して親に言う事はなかった。その違いが一体どこにあるのか理解出来ないのである。第一、子供時代の私は、イジメっ子を徹底的にやっつけるタイプだった。小学校時代は、放課後イジメっ子を校庭裏に呼び出して、殴る蹴るビシバシ状態で、イジメられた子に土下座をさせていたのだ。当然、学校で私をイジメる子はいなかったが、イジメられっ子の仇討ち復讐体罰行為と言う大義名分の上で、暴力をふるっていた。そんな、よき時代であった。
 長女6才3ヶ月・次女3才8ヶ月・長男1才10ヶ月の兄弟喧嘩には興味深いものがある。まず、長女O型は自分のオモチャの管理が完璧である。特に、手帳・便箋・封筒・シール・アニメカード・おしゃれ小物など、綺麗に仕分けして、箱や入れ物に収納してあり、段取り良く遊ぶのであるが、だいだい次女にかき回されて憤慨するのである。始めは口で注意しているが、最後にはひっぱたいているみたいだ。次女が、大声で泣きだし、
「お姉ちゃんは、私に何も貸してくれん。」
と、主張するのだ。だいたい同じ物を持っているのだか、どこに置いたかわからなかったり、もらったとたん使用してしまうのが次女A型なのである。長女O型にしてみれば、次女A型の管理体制が、まず気に入らないのである。しかし、長男O型が邪魔した時は、以外と喧嘩にはならず、お姉ちゃんらしく長女O型は対処しているようだ。
 しかし、次女A型が、調子よく遊んでいるのを長男A型が邪魔すると大変である。まず、次女A型のゲンコツパンチが5,6発、長男A型の頭を襲い、彼のこの世で一番大事な、ウルトラマン人形が宙を飛び投げつけられ、それでも彼が泣き出さない時は、付き倒され、足で蹴られるのである。これも、彼女が調子良く遊んでいる時で、機嫌の悪い時であれば、体に触れただけで、この惨事が彼を待ち受けているのである。
 私が、子供を叱った時の反応もそれぞれである。長女6才3ヶ月O型は、「もうしません、ごめんなさい、許してください。」と大泣きをする。次女4才8ヶ月A型は、始めは泣きもせず、「ばか、ばかクソ。」と言い続け、絶対に謝りもせずに、じっと固まった状態から泣き出し、そして、寝室に走って行きとじこもり、しばらくすると妙にサッパリした顔で戻って来る。長男1才10ヶ月O型は、まず持っている物を力無く落とし、うつむき加減に下の歯で上唇を噛み、じっと固まったままで涙をこぼすのである。三人三様の反応に、なんだかほのぼのとした感情になったり、深く考えさせられてしまうのは、小さいながらも日一日とそれぞれの人格が形成されつつあり、その人格形成にかなりの影響を及ぼす親父である私と母である女房の存在・育児・教育などが大きく左右してしまうからだ。

 私の生まれた西都市:妻の夏祭りに、『太鼓台』というみこしがある。みこしの中央に大太鼓が据えられ、4人の子供が柱にサラシで縛られ、太鼓を叩きながら、担ぐ大人達にみこしごと倒されてしまうのだ。この太鼓の音と「チョーサイ、チョーサイ、イヤサッサッサイ」のかけ声を聞けば、この町に育った人間は熱い共感に浸れるのだ。
 勇壮で迫力の『太鼓台』が、祭りの中日に町の片隅に置かれているのを目にした時、何となくちっぽけなみこしに見えた。それをつまらないとは思わないし、打ち鳴らす太鼓の音と担ぐ人達によって、この『太鼓台』が息吹くのだ!と理解出来るのは、大人になった私が意識や知識が成長し表現出来るからである。しかし、子供の頃に夏祭りの夜見た『太鼓台』より、大人になって見た『太鼓台』が、なんとも小さく見えてしまったのは悲しかった。
 誰にも経験があるはずだ。子供の頃遊んでいた場所に、大人になって行ってみると、なんだかちっぽけな所に思えてしまう事を・・・。子供の頃、あれほど魅力的で、ワクワクする様な感動を得た場所だったのに・・・とがっかりした事を・・・。その事を考えてしまうと、ハッとしてしまう!。自分の子供と接する時、大人になりきった現在の視点で判断していないだろうか?夢のままでいい子供の世界に、私の勝手な大人の世界を強要したり経験させたりしていないだろうか?ただ、はっきりとしているのは、私が子供の頃、私の両親は私を育てる上で、決して自分達大人の世界で私を育てたのではなく、私の子供の世界で育ててくれた!と言う事であり、それを今の私はたまらない程感謝している!と言う事実だ。そして、私の子供達を同じ様に育てたい!と考えてはいるのだ・・・・・。
 大人社会のこの大気圏内で、魅力的で感動に溢れた子供の世界を見据えて行きたいのであれば、もう一度大気圏外から、改めて大人社会を見直すのは必然的だ。そして、時期が来れば、子供自ら大気圏突入を試み、傷つき、悲しさとやさしさと卑怯さを身につけ、大気圏内の人間になって行くに違いない。遊び心を忘れない様にいつも気にしているが、心地良すぎる大気圏内の空気に毒され、ややもすると子供の頃の情景がかすれがちにもなる。が、幸い、私には子供と接する時間が多いし、意識的に接する様にしているので、興味深く観察し、子供の一挙一同に、出来る限り多くのメッセージを発見して行きたい!。


 
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