水流渓人エッセイ集「父さんに教えて」
 

第二章/三編


生き殺しにしないで!


 久しぶりにファルトボート(折り畳みカヌー)を組み立ててみた。長男1才を初めてカヌーに乗せてみたくなったからである。私と女房と長女と次女と長男の乗った2人艇のファルトボートは、2年ぶりに組み立てられ、骨組みはキシキシと鳴り、船体布の底には穴が開き、お尻をピチャピチャと水に浸しながら、スイスイと水の上を滑らせた。当然カヌーだから、歩いては行けない対岸の岸壁に近づけ、蛇のトグロを子供達に見せたり、瀬の波に揺られ、キャーキャー叫んだり・・・そして、長男はライフジャケットの間で眠ってしまった。
 梅雨も明け、渓流は力強く、そして魅惑のパラダイスを演出しているはずだ!と、寝る前に考えていたら、翌朝4時には目が覚めてしまった。ガソリンのレベルが気になったが、尾鈴:名貫川までは片道30分の距離である。ロッドとリールとルアーをリュックに積め、ウェーディングシューズの靴紐を締めた。焦る気持ちとは反対に、朝焼けが私を容赦なく追ってくる。林道で、釣行らしき先行者を見かけたので、そこより3キロ程上流から入渓し、ロッドを振り始めた。解禁当初より、ずいぶん色良くなった渓観に満足しながら1キロ程釣り上がった時、リュックが軽くなっているのに気がついた。「しまった!氷の入ったソフト・クーラーと予備のロッドがない!」・・・。200m程戻った岩の上でクーラーを見つけたが、ロッドは見つける事が出来なかった。おまけに、足元を見ると、フエルトを2回張り替え3年愛用したウェーディングシューズの横が、パックリと口を開け、ウェーディングソックスが見えていた。
 結局、サビのとれた山女魚を3匹キープして、出勤時間に間に合うように渓を後にした。家に戻り、取りあえずヤマメの冷凍保存をしておこうと、流し台に魚を出した時、長女が、
「魚を見せて!。」
と、寄ってきた。見ると、最後の淵で釣り上げた1匹が、まだ口をパクパクさせていた。
「お父さん、生きてるお魚は殺してはダメだよ。」と、言って騒ぎ出した。
「食べるんだからいいんだよ。」
と、言っても納得しない。何を説明しても、納得せずにわめき出したのである。
「じゃ、どうしたらいいんだ!。」
私も真剣になってしまった。さばこうとする私の腕に、しがみついた長女の顔は涙と怒りで相当な迫力であった。あの時、私がふざけてからかってでもいたなら、きっと長女には納得の出来ない思い出になってしまった事だろう。腕にぶら下がった長女の視界の中で、私はヤマメの腹に包丁を入れた。
「父さんは、お魚さんを生き殺しにするんだね。」と、長女は最後に言った。
「そうだ、そうでないと父さんは釣りには行かないよ。」
その時の長女は、もう穏やかになっていた。あの時、どう答えれば良かったのは未だに考えてしまうが、彼女の世界では食べていい魚はスーパーで売っている調理済みの魚であったはずだが、『生き殺し』にされた、このヤマメを食べさせてやる時の言葉を聞くのが、また1つ楽しみになった。
        
 次女4才、あまりかまってもらえない次女的立場を、色々な抵抗を試みている。着替えをしないと言ってみたり、食事をさせてくれと、言ってみたり、姉や弟の前で急に私の膝に座って得意そうにしたり、訳もなくすねて暴れてみたりる。親として、次女に対する愛情不足が原因なのかと悩んでも見たりするが、性格なのかも知れない。先日、長女が2泊3日の子供ツアーに単独参加をした。この時は、まったくの次女の天下であった。まるで普段の彼女ではないみたいに、かなりハイな気分で私と女房と弟に接するのである。いつもは姉の陰に隠れ、妹の幼さだけが目立ってしまうが、姉のいない3日間は、この次女の成長を十分確認出来た。    
 そして長男1才、言葉のバリエーションが増え、遊びの形態が変わってきた。やはり男の子なのか、ウルトラマン・あんぱんマン・ミニカーが大好きである。姉達にからかわれた時も、奇声を発して向かって行っている。ただ、泣きべそ・恐がり・タオル握り・指吸いは、まったくやめる気配がない。       
 7・8月は、我が家のいつもの行事の一つに、夜の星見がある。以前から気に入っている場所は、西都と村所とをつなぐ米良街道である。車で10分も走れば、周囲の明かりがまったくない所になり、見上げると谷の間からおびただしい数の星『天の川』が夜空を覆い、あくまでも聡明なパノラマを楽しめる。最近、もう1ヶ所お気に入りの場所を見つける事が出来た。茶臼原と言う台地で、あの新田原の北部に位置する。入植者達による開墾事業の行われた地で、一見北海道の畑地を想像させられるような広大な畑地が広がっている。その農業用干害調整池から見る星空のパノラマは凄い!360度視界が広がり、水面に星の光りがキラキラと薄く反射し、池の周囲をとりまく低い林と絶妙のコントラストを醸し出している。女房などは、5年前に初めて見た時に子供の様にはしゃぎ、感動した。子供は生まれてずっと、この素晴らしい星空を当たり前の如く見ているので、たいして嬉しくも言わない。しかし、これから先都会の星空を見た時、どんな印象を受け、どうやって相手に子供の頃見た星空の事を説明するのだろう?と想像すると、やはり毎年の我が家行事から省く事は出来ない。


 
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