水流渓人エッセイ集「父さんに教えて」
 

第一章/十七編


拝啓 女房殿


 ムッとした顔をさせたら、女房の右に出る者はいない。私と長女と長男のO型コンビは、どちらかと言うと『笑い顔』タイプ。女房と次女のA型コンビは、どちらかと言うと『ムッと顔』タイプである。その『ムッと顔』から、こぼれ出る笑みに惚れて結婚したのであるが、この芸術的とも言える女房の『ムッと顔』が拝観出来るのは、子供達を寝かしつけ、自分も睡魔に襲われつつ、それでも片付けが残っていたりした時、寝室からリビングに入って来た時が素晴らしい!あまりの強烈さに、私はひたすら謝り、ご機嫌取りをするのだ。私に落ち度はないのだが、あまりのスゴサに圧倒され、自分の存在がイケナイような気分になる。寝ころんでテレビでも見ている時であったら、すぐに私の足は正座になる。風呂にも入らずウトウトしている時であったら、私の口は
「風呂のボイラーが、もったいなかった。」
といい、私の手は服をぬいでいる。頼み事があってもグッと朝までがまんを通し、子供のパンツゴムの入れ替えや、お願いしていてもなかなかやってもらえない自分のズボンの裾上げや、レンジまわりの油おとしや、風呂のカビ落とし剤の散布など、セッセセッセとやり初めてしまうのである。それも、『あんたのムッとした顔が恐いからだ!。』とは言えず、
「これが僕の趣味だから!。」
と、笑顔で言いながら。おかげで、同タイプの次女の機嫌取りをついしてしまい、教育ベタの親になってしまう。しかし、生まれ変わってもう一度結婚できるなら、きっと私は次女に求婚する事は間違いない。
 誉めた方がいい!とテレビで言っていた。女房に『綺麗だ!美しい!。』と言ってみた。女房は何も言わず私をチラと見ただけだった。悪い気はしていないのだと思い、二日目、また『綺麗だ!美しい!。』と言ってみた。女房は
「そんな事言われるのは嫌いやわ!。」
と言った。嬉しいくせに照れ臭いのだと思い、三日目、また『綺麗だ!美しい!。』と言ってみた。女房は何も反応しなかった。夕食のオカズが3品もあったので、きっと効果があり喜んでいるのだ!と私は確信し、四日目、また『綺麗だ!美しい!。』と言ってみた。女房は何も言わず、五日間も不機嫌になり、私と殆ど会話をしてくれなかった。誉める方法を変えるべきか、もう誉めないか私の考えはまとまらなくなってしまった。しかし、こういう時は、ひたすら機嫌とりをしなくてはならない。私までムッとしてしまうと二十hの電球程、家庭の中が暗くなってしまうのだ。だいたい二時間程で、女房の機嫌は戻るのだが、この時だけは五日もかかった。後で理由をきいてみたが、私の機嫌の取り方が悪かったそうだ。この事で、貴重な体験が出来た事は言うまでもない。『綺麗だ!美しい!。』を連発すると、その反動の方が大きいと言う事だ。
 私と女房の共通意見がある。ダンナや嫁の両親に関して、悪口などを言ったり、聞いたりするのは二人とも大嫌いなのである。我が家には、新婚当時から、私の母が同居していたが、女房はそれをイヤだとは決して言わなかった。私にも女房にも私の母にも、それぞれ満たない点は数々有り、それが原因で衝突する事もしばしばあったが、それを他人に愚痴る事は一度もなかった。それぞれ、お互いを尊重し、認め合っていたし、家族が一緒にいて不自然な状態は起きないと言うのが、私の持論だし、それが出来る女房を選んだ訳だし、うまく行かないはずがないのだ。努力は必要である。そんな努力を、苦痛と思わない女房は素晴らしいと思った。母が死んで、家族の中にポッカリ穴が開いてしまい、私の家庭のスタートから一緒にいた、母の存在は大きかった。女房は、家事を自分一人でしていたように見えたが、現在は家事に追われ始め、専業主婦とか育児とか言う言葉とは、なんだか意味が違うように思える。
 母の荷物を女房と整理しながら、私の知っている懐かしい物、私の知らない母の荷物、一つ一つ手に取りながら、深夜まで母の部屋にいる事があった。私と女房は、この母の部屋を、寝室にする事を決めた。これからは、子供達と亡き父母の遺影とともに、安らぐ部屋となった。母の入院中も、毎日病院へ車を走らせた女房であるが、ひどい風邪にかかった時も、自分に気合いをいれて頑張ってくれた。そして、月の七日と二十二日、両親の月命日には、お墓に花を欠かした事がない。
 近頃、3日続けて夕食後の食器洗いをした。別に頼まれた訳でもないが、なんとなくやってみたら
「よそに彼女でも出来たの?。」
と、女房が私に嬉しそうに聞いた。あまりにも嬉しそうに聞くので、私は、なんだかもっと嬉しくなり、ニヤケた顔が元に戻らなくなってしまい、翌朝目を覚ますと、顔面が筋肉痛になっていた。その夜、もっともっと嬉しい夢をみたが、これは誰にも教える訳にはいかない。


 
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