水流渓人エッセイ集「父さんに教えて」
 

第一章/十五編


それぞれの想い


 長女まもなく六才、ついに自転車を補助輪なしで乗り始めた。四才のクリスマスプレゼントに、おばあちゃんから買ってもらったのであるが、あまり積極的に乗ってはいなかった。それが、同い年の子が乗りだしたのに刺激されたらしく、自分から
「補助輪を外してくれ!」
と、言い出した。始めは公園の芝生の上で、私が後ろを握っていたが、なんとなく五〜六bは進むのである。二日もすると、四百bある公園の周囲を乗り回していた。
「いつになったら乗れるんだろうネ?」
と、長女に聞いていた私は、小学校二年まで乗れなかった。
「自転車なんか、そのうち乗れるようになるからあわてんでもいいねんで!」
と言っていた女房は、小学校5年まで乗れなかったし、今でも、二人乗りは出来ない。夜、私はL.Lビーンのカタログで子供用MTBをながめていたら、
「まだ、そんなもんいらんよ!。」
と、女房が通りすがりにつぶやいた。
 思い出せば小学校五年生の時、毎週土曜日になると往復五十qの道のりを、宮崎市内の橘デパートまで通った事を思いだした。その頃、蝶の採集に熱中していた私は、採集ネットや、テンシ板や、三角缶を見たり、珍しい蝶の標本を見るのが楽しかった。当然、親には内緒であったし、土曜日の午後は、学習塾があったのであるが、さぼる楽しみを覚え始めたのもこの頃だった。
 中学二年の頃、単独で九州一周をした事があるが、何かにつけ自転車は、私の生活の中心にあった。キャンプに行くのでも、釣りに行くのでも、友達と遊ぶのでもいつでも自転車であった。何度も分解したり、組み立てたり、修理したり・・。この年になって、私と女房とMTBを購入してはみたが、あの頃のような熱い思いにはなれない。簡単に高価な道具が購入でき、次から次へと新しい物が出来る時代が、とても悲しい。経験上、自転車のパンクや修理ぐらい簡単に出来るが、自ら自転車をいじる事が、今はもうない。
 駅のベンチで綿のシュラフで眠り、キスリング地で出来たサイクルバックを前・後輪サイドに取り付け、ドロップハンドル、ランニングに短パン、つばの短いサイクリング帽、朝食はパンと日水のソーセイジ、昼食はチキンラーメン、夕食は駅弁。親に8,000円をもらい、長崎ぬきの10日間の九州一周の旅は終わった。
 たかが長女が自転車に乗れたぐらいで、そこまで思いを膨らませる必要はないのであるが、私の子供が、初めて出来た事をそのまま見過ごしてしまうと、今の時代の流れに流されてしまいそうで、私の子供として生まれて来た意味がなくなるような気がした。親として、そんなささいな事を、見逃さずに、子供とつき合って行きたいと思う。
 次女三才、制服が次女を着て歩くようである。オムツが取れて間もない彼女は、着替えのパンツを何枚もカバンに忍ばせて、幼稚園・年少組に通う。当然、長女同様に徒歩での登園である。現在、我が家での彼女のアダ名は『オパンチ姫』である。よくお漏らしをするからだが、女房が夜中にオネショの始末をし、本人はそれに気付かず、翌朝元気で
「ほら!今日はオネショしてないョ。」
と、上下違うパジャマを着て嬉しそうに言ってくる。以前の彼女は、決して集団行動の出来ないタイプだと思っていたが、なんのなんの幼稚園での話を女房に聞く限り、結構その気であり、登園拒否どころか家を出る三十分以上も前から、
「早く幼稚園に行こう!。」
と主張し、のんびり女房の、化粧と食事に、警告を促すようだ。ここで、夫として言っておく、断固言っておく!だからと言って、女房の化粧が手抜きになったのではなく、元が美人だから十分美しいのであり、私の朝食が時々しか用意されないのは、女房の手抜きではなく、子供2人を幼稚園に送り出すと言う、この世で最大の手間・苦労・重労働があるからである。重ねて言っておく、断固言っておく!私の朝食が用意されていない時でも、女房だけは、化粧箱のかたわらに、トーストとコーヒーが用意されているのは、なんら女房の手抜きでもなんでもなく、夫婦としてお互いに、十分な深い理解を踏まえた上での事である。最後に言っておく、断固言っておく!六.五キロ洗いの全自動洗濯機にも関わらず、一日のうち三十時間ぐらい、洗濯に時間を費やしたり、洗濯物がいつまでもリビングのテーブルの上に放置されたり、深夜になっても、裏の物干しにぶら下がったままだったり、新築して以来二年半、子供部屋に運び込んだ荷物がそのままだったりするのは、決して女房の段取りが悪いのではなく、三人も子供がいて素晴らしく忙しいのだ。つけ加えて言っておく!断固言っておく!朝に、
「今日こそ、幼稚園に二人が行っている間、家の中を片づけるから用事を頼んでもダメヨ!。」
と、女房が宣言するが、昼食に戻ってみると、家の中になんの変化もみられない。聞くと、
 「家の中が静か過ぎて、長男一才と《となりのトトロ》を見てて、私だけ寝てしもたワ!。」
と、言うのであるが、それを責めてはいけない。責めようものなら、長女五才と次女3才が私を攻撃して来る。
「お母さんは忙しいのヨ!。」
と、言いながら・・・。  
  
 そして、長男一才。近所の六ヶ月兄貴分の『ダイ君』に、毎日鍛えられている。その成果が変な表現となってしまった。叱られたり、転んで怪我したり、姉に叩かれたり、恐い目に会ったりすると
「ダイ君が〜、ダイ君が〜。」
と、言うのである。車に乗っていて、ブレーキをかけたとき、フロントパネルで頭を打ったりしても
「ダイ君が〜、ダイ君が〜。」
と、恐怖心を私達に伝えるのである。しかし、その状態にも少し変化が生じて来た。
「ダイ君が〜、ダイ君が〜。」
と言い続けて二ヶ月が過ぎたこの頃、兄貴分のダイ君は、しっかりその立場をわきまえ始めた。外で遊ぶときは、長男一才の手を引き先導をする。長男1才が転ぶと、何をさて置き走りよって心配そうにする。この一才コンビの今後が非常に楽しみであるが、私は母親のごとく終日を育児に追われるより、断片的に我が子に接し、その変化を感じる事が出来る父親で有る事の喜びを大切にし、いろんな発見をこれからもして行きたい。
 ある日、女房の胸元にゴールドのネックレスが光っていた。風呂あがりの体から湯気が上がり、知り合った頃よりずいぶん母親の肌になった女房の胸元が、私には眩しく見えた。そして、そのネックレスが亡くなった私の母の形見で有る事が、私にやすらかな幸せをを与えてくれる光景であった。


 
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