水流渓人エッセイ集「父さんに教えて」
 

第一章/十三編


春が来た!


 いよいよ長男一才、喋り始めた。お茶や飲物全般を「チャッチャッ」と言い、ゴールデン・レトリバーのルーティを「ティーティー」と呼ぶ。それから長女の事を「ナァーナァー」と言い、私を「パァーパァー」と呼んでくれる。嬉しい事に女房の事だけは、なんとも呼ばない。いままで、雌だらけのわが家の、強い私の味方だと私は期待したい。しかし、悲しいかな、上2人のお姉ちゃんの影響で、手に握るのはお人形、そして、私にまでチューをしてくれる。
 次女三才、まもなくひかえた幼稚園が嬉しくて仕方ない。やっと外したオムツ、時々パンツを濡らして来る。毎日泥遊びが大好きで、御色直しが頻繁である。汚したり、漏らしたりするぐらい、かわいいものではないか!と、いつも女房にいっているが、先日、頂点に達したらしい。泥と水で、手と足と靴と上着を真っ黒に汚し、ズボンはおしっこでびしょぬれ、おまけにパンツにウンコのおまけ付き、それを気にもせず、公園で近所の子供達と遊び回っていたそうだ。男の子だったら頼もしいが、女の子だけに将来恐ろしい、次女3才である。
 そして、長女五才である。最近の興味一番はファミコンらしい。近所の友達の何人かは家にあるらしく、いつも、入りびたっているらしい。たまに、
「買って!。」
と、言ってくるが、そのたび
「いやだ!。」
と、答えている。別に、ファミコンごときに、能書きを言う気持ちはサラサラないが、私は、子供に対し出来る限り
「ダメダ!。」
と、言わないようにしている。長女が、どんな方法で、どんな切り口で、どんな理由で、どういう説得をして来るのかが楽しみなのだ。しばらくは、毎夜、私にゲームの楽しさを、ひとしきり喋っていたが、最近突然にその話をしなくなった。しばらくして寝床で、涙をながしながら長女が私に話してくれた。仲良しの家にあるゲームの内容が、妖怪に女の子が連れ去られたり、女の子が悪漢を次々に殺して行くのだそうだ。《連れ去られる》事と、《短時間の内に、何人もの人が殺される》ゲームの内容が恐ろしくて、しかも、夢にまで出てくるらしい。それがかなり、ショックの様だ。なんという正義感、なんという思慮深さと、わが子を素晴らしく、しばし私は思いにふけった。だが、本当の理由は、そうではなかった。そのゲームを持っている、友達の家のテレビの中には、死体がたくさんあって、そのうち溢れ出て来るのが心配らしい。幸いわが家には、ファミコンがないので、そういう心配がない事を長女に説得し、涙と興奮を押さえた。長女五才、いまだに出来ない事、『縄跳び、自転車乗り、坂上がり、棒登り、下向きの洗髪・自分での洗髪、水泳』、しかし、自分で覚えるまで、私と女房は教える気がない。
 いよいよ渓流解禁だ!今年は、ルアー用のロッドとリールを新調した。この時期、いつも夫婦喧嘩になるが、その先に広がる渓流パラダイスを、粗末にする事は出来ない。三月最初の休日に釣行を計画し、前夜におにぎりとコーヒーを女房が準備してくれ、目覚まし時計を四時にセットした。  
 前夜のテーブル作りがひびいて、目が覚めたのが七時。横を見ると、女房がニンマリ笑っていた。
「あきらめて宮崎市内に買い物へ行こう!」
と、言うのである。私は、返事をせずに頭の中で段取りを考えていたが、とりあえず昨晩の続きのテーブルでも・・とサンドペーパーをかけていると、口もきかず次女・長男をかかえ、手慣れた様な怒った様なもう知らんという様な態度で、女房は自分の愛車『ほほえみ二号』へ乗り込み、座席を目一杯前に押し出し、ハンドルの隙間から前方をにらみ、長男をチャイルドシートに縛り付け、手を振る次女を、私から引き離すごとく、エンジンをスタートさせた。女房自身は激怒していたのだろうが、その態度とは関係なく、車はスローに動いて角を曲がって行った。残された私は、テーブル作りを続け、長女の降園の出迎えと、昼食の即席ラーメンの準備を済ませた。
 近所の子供達の声が大きくなる頃、ニコニコ顔の女房は、車をあくまでもスローに走らせながら帰宅した。しかも、両手に買い物袋をたくさん下げて。そうなのである!怒ると、たくさん買い物をするタイプ人間なのである。簡単タイプなのだが、怒らせると金がかかるのである。そして、月末になると、自分が買い物したのが悪いのではなく、『私が怒らせた事が、月末の金欠を招くのだ!』と言う持論を、私に演説するのである。
 ロッドとリールは、国産ではかなりハイグレードなのを購入したのと、私が怒らせたのが重なって、ピンチ財政は免れないが、これが毎年の恒例家庭行事になっては、困るのである。ここで言いたい!渓流解禁は月末から実施してほしい!渓流道具を月半ばに揃え、金欠の月末解禁となれば、『女房激怒腹抑え買い物ツアー』は消滅するはずである。
 結局、夕方からの釣行は、雨不足もたたって渓流の水かかなり減少していた。素晴らしくバランスのいいロッドと、巻き味のシャープなリールに感動しながら、ロッドの穂先をへし折り、三時間歩いた渓流の最後の淵で、まだサビの残る二五aのヤマメを手中にした。ヒットルアーは、メップス社のアグリアTW!ヒットヤマメは、いつものごとく保冷保存!そして、私の釣行は初夏までお休みとなる。(別段、たいそうな理由はないが、仕事が忙しくなるだけの事)これが、いつもわが家の『春が来た!』行事なのである。


 
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