水流渓人エッセイ集「父さんに教えて」
 

第一章/十編


「オッパイ触ったわ!」


 御近所誘い合わせのファミリーキャンプは、子供六人・大人四人の出で立ちとなった。その子供の内訳は、我家三人で長女五才・次女二才・長男七ヶ月、御近所は長女十一才・次女八才・三女五才である。ところが、出発二日前に、近所の十一才と次女二才がじゃれあっている時、倒れた瞬間、次女の左腕が動かなくなった。仕事を終えて帰宅した私に、事の次第を報告する女房の話をそこそこに聞きながら、救急病院へ車を走らせた。
「神経が切れているのでは?。」
「脱臼はしていないようだ!。」
「ん〜っ、分からない。」
結局、
「明日、係り付けの病院へ行きなさい。」
と言う診断で、次女の左腕は悲しく垂れ下がったままだった。
 しかし、もっと悲しいのは、近所の十一才の母親で、心配そうな姿が、キャンプ準備の手を止めていた。翌朝、会社は午前中暇をもらい、長女の頃からお世話になっている宮崎市内の整形外科へ向かった。今は完治しているが、以前から長女は脚の矯正、次女は生まれながらの股関節脱臼で、治療してもらった事がある。特におじいちゃん先生は、優しい目で、そして、飾り気のないあたたかい言葉で、子供に接し、自然な動きをさせながら、悪い箇所を見つけ、適切な処置をしていただける信頼できる先生である。
 今回も、明るい看護婦さんに連れられ、レントゲン室に入った次女は、その数分後、おじいちゃん先生のあったかい手で、肘をさすってもらいながら瞳に涙を溜めていた。何度か肘を曲げ伸ばしした後、次女は先生の手から、その左手をのばし、スヌーピーの人形を受け取っていた。私達に、
「はい、もう大丈夫ですよ!レントゲンには写らないほど関節が、ずれていたみたいです。」
と、貫禄の一言を言って、見事次女の左腕を元通りにしてくれた。ホッした私達は、まず近所の母親に電話を入れ、キャンプは予定通りに実行する事を告げた。
 翌朝七時、車二台で出発した総勢十人は、阿蘇の自然を満喫し、私の手料理を誉めてもらいつつ、御近所の子供達は、初めて寝るテントに興奮しつつ、風雨に見舞われ、楽しい二泊三日のキャンプが終わった。

 この夏の課題は、長女五才の『水への顔つけ』である。幼稚園のお便り帳に、まだ出来ないと書いてある。本人に聞くと、自分の他にもう一人出来ない子がいるのだ、と自慢げに言うのだ。しかし、水遊び、プール遊びが、一番のお気に入りと言うのである。幼稚園のプールが始まり、何日か経ったある日、お便り帳に、ついに竹の輪くぐりが出来る様になったと、書いてあった。夜、風呂でやって見ろと言っても、いっこうに顔をつける事が出来ない。果たして、この竹の輪くぐりとは、一体何物なのか、判らなくなってしまった。
 暑い日曜日、近所子供八人親五人で、木城の川に泳ぎに行く事になった。タープで日陰を作り、キャーキャー・パシャパシャやっているうちに、お父さん・お母さん達の方が、一生懸命になってしまった。ふと気がつくと、溺れては大変とライフジャケットを着せていた次女2才が、浅瀬で体を硬直させ、仰向きにぷかぷか浮きながら、低い声で
「助けてー、助けてー。」
と、言っていた。ひとしきり水につかって、休憩をしていても、長女だけは浮輪につかまり水から出てこない。また、子供達が遊びはじめ、ふと長女を見ていると、水面を両手ではらい、こわばった顔で、水面にとがった唇をつけようとしてはやめている。何をしているのか確かめたくなった私は、遠巻きに見てみると、長女は水面に浮いた草やゴミを両手で払いのけ、覚悟を決めて顔を水につけようとしているみたいだが、つけようとした瞬間、また水面を草やゴミが漂うみたいである。かれこれ十分以上そうしているうちに、私を見つけやめてしまった。
「なんだ顔つけできないっちゃね。」
と、言うと
「できるもん。」
と、言った長女は、また水面漂うゴミを両手で払い、これ以上閉じれないぐらいに目と口を閉じ、頭を水面下に突入させた。私は、嬉しくて涙がこぼれ、
「お父さんも潜れるぞ。」
と、顔を水につけた。
 その夜、一緒に風呂に入ったとき、また顔つけをしてくれた。誉めてやろうと、体を触ると、長女5才が、猛烈に怒って風呂を出て行った。まだ体も髪も洗ってないと、女房に言うと、
「お父さんは、私のオッパイを触った。やらしい事をした。」
と、言って、寝室でフトンにうずくまって泣いているという。なんだか変な罪悪感を持ってしまった私は、寝室をのぞきに行ってみると、そのまま眠っていた。
 翌日、また長女を抱き寄せオッパイをくすぐると
「キャーやめてー。」
と、私に抱きついた。昨晩は、眠くて怒ったのだと判った私は、安心するやら、知らない間の長女の成長を確認するやらで、複雑な気持ちであった。どうも最近、オッパイ・オチンチン・オシリなどと言った言葉に、興味を持つ年頃の長女五才であり、それを真似する次女二才の様だ。


 
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