水流渓人エッセイ集「父さんに教えて」
 

第一章/九編


「バカ親No.1」


 長女四才,幼稚園年少組。運動会の練習が始まった。
「かけっこは何番?」
答はいつも、
「一等賞!」
である。先日、私の問いかけに実に納得のいく説明をしてくれた、
「だって一人で走ればいつも一等賞やわ。」
 しばらく経って、幼稚園の連絡帳に、『リレーの選手に選ばれました。』と、書いてあった。女房と顔を見合わせ、プッと吹き出してしまった。どう考えてみても、わが子の鈍足ぶりは、毎日庭で眺めているはずである。近所の子供達が走り去った後を、
「キャー!セーラームーン。」
と、ついて走る姿しか思い出せないのである。しかし、どうも本当らしい
「バトンはね赤だから好き!」
「こうやって構えるんだよ。」
と、言うのである。本音を言うと、嬉しくてしょうがない親心である。そして、食事時娘に
「リレーの選手はどうして決めたの?」
と、尋ねても、訳の分からぬ事を言って、理解出来ない。察するに、理由は3つ考えられる。
 @ 他の園児がやる気がない時、わが子一人やる気があって速く走った。 A 「誰かリレーの選手になりたい人?」「はぁーい!」と手を上げたのが娘だった。 B クラスの一番速い子一人と一番遅い子一人を選んだ。いまだ分からぬこの謎は、運動会当日はっきりするだろうが、今夜もまた、庭にライトをつけて、バトン渡しの練習をさせている、親の姿もいじらしいと思う。 

 そして、運動会前日、バカ親ぶりは頂点に達した。
「お弁当はどうなってる?」
と、女房に聞くと
「○●◎◇◆□」と、言う。
「こら!田舎の運動会を何と心得る。」
「わが娘はリレーの選手だぞ!」
と、大阪生まれの女房に怒鳴った。
「○◎◇□△▽¢%&*§☆#▲◆にしろ!」と、言うと、女房は、
「バカみたい!」
と一言。そうだ!俺はバカ親なのだ!とばかり、豪華弁当を自ら作り上げた私は、深夜二時、
「たかが四才の子供の運動会じゃないか。」
と、ため息をついて寝床についた。目を閉じると
「お前にとって、初めてのわが子の運動会じゃないか!」
「リレーの選手だぞ!」
「特別なんだぞ!」
と、純情親心が騒ぎ出した。そうだ、私は大バカ父親なのだ!と言い聞かせた頃に、深い眠りに落ちていた。

 そんな秋の始まりを感じながら、数日後の夕刻、私と女房は分娩控え室にいた。三人目だが、付き添うのは初めてなのだ。陣痛がくる度、腰をさすりながら今夜は泊まり込みになるかもしれない!と考え、看護婦さんに
「泊まってもいいのですか?」
と、尋ねると
「はい!でもフトンはないですよ。」
しまった!シュラフを忘れた事に気付いた。陣痛で苦しむ女房を横目に、あわてて病院を飛び出し、弁当とシュラフを買った。病院に戻り一時間後に子供は生まれた。一生の中で、女が一番美しく見える瞬間だと思った。男がつまらぬ生き物に思えた。まさに一声もかけてやれない程、真剣で迫力があった。嬉しきは、三人目が男で、立派なオチンチンだった事。悲しきは出番のなかったシュラフ。そう思いつつ、自宅の布団で、残り2人のわが子に抱きつき、眠ってしまったバカ親だった。
 現在、わが家のシュラフの数は、家族数を追い抜き六個目に突入した。


 
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