水流渓人エッセイ集「父さんに教えて」
 

第一章/三編


四万十の風


 田舎勤めの私には極端に休日が少ない。大手企業に勤めていた大阪時代、年間休日が百二十五日はあった。それが、半分以下になってしまっている。しかし、今思い出してみると、今程休みを利用してはいなかった。都会なら、ちょっとカヌーにでも、と考えるだけで一泊二日。今なら、午前中に十キロほど川下りし、午後から釣り、と何倍も楽しめるのである。フィールドは近いのだ。
 しかし、盆・正月だけは、ごく短い連休がある。その盆休みを利用して、二泊三日の四万十川カヌー・ツーリングを計画した。が、であるが、そうなんだが、なのである。すべてに「が」が付くのである。まず、第一の困難は、長女二才二ヶ月・女房妊娠七ヶ月なのだ。第二の困難は、私一人の川下りになるのは必須であるが、その時、女房が側道を伴走することになり、これまたやっかいな事に、女房は私の愛車ランドクルーザーを運転出来ない。第三に、ただ四万十川と言うだけで、何の予備知識もない。結局、
「行くのだったら、早くフェリーの予約しとかないと!」
と、言う女房の一言で、憧れの四万十川行きが決定した。
〜装備一覧〜
一,車・・・ママちゃんの愛車スズキ・アルト無線機付き
二,カヌー・・・ファルトボート(折り畳みカヌー)パドル一本・ライフジャケット一つ
三,キャンプ用具・・・二人用テント・ガスコンロ・ガスランタン・二人用コッフェル
         ・中型クーラーボックス・テントマット・夏シュラフ二ケ 
四,食料品・・・米八合・カップ麺六ケ・レトルトおかず六食分・ビール・焼酎  
 必要最低限の装備を準備し、軽自動車で佐伯港へ向かった。コンパクトにまとめてみると、それはまったく無駄のないパッキングの美しささえ感じる程だった。車のシートがベンチシートになっているので、前席に私と女房と長女二才が横並びに乗り込み、超狭空間馬力無し無しクーラーダメダメ旅行状態なのだが、当然、宿毛観光汽船フェリーの料金は、軽料金であった。
 宿毛から中村市へと向かい、ここからは壮大な四万十川の流れを楽しみながら、上流の江川崎へむかった。新婚当時、二人で四国を回った時、四万十川の上流で初キャンプをし、その夜、ママちゃんはお昼に食べたおにぎりに当たって、急性ゲロゲロ嘔吐シャーシャー下痢症状に襲われ、深夜テント付近で所用を果たされたらしく、テント撤去の際に、大変な苦労を経験し、四万十の清流を銀蝿ブンブン状態にした事がある。
 江川崎の河原に降り立ち、女房と長女二才は、ここから十`下流にある岩間キャンプ場(ただの河原だが)で、キャンプ準備をしておくように指示しておき、私はきれいな流れを見つめながら、ファルトボートを組み立てた。ついに、『わがまま四万十川リバーツーリング』が始まった。私と女房はアマチュア無線局なので、始終熱い連絡を取り合いながら、川から眺める景色や流れの状態を伝えた。この川の中流・下流域は流れが弱く、瀬も少ないが、川幅があり流れの曲がり毎に変化していく素晴らしい景色が、心をだんだんと和らげていった。十`を三時間かけてゆっくりと下り、岩間キャンプ場へと着いた。テーブルも椅子もタープもない、コンロ一つ・テント一張り・薄暗いガスランタン状態がとても新鮮で、『道具よりロケーションである!』という真実を証明していた。翌日は、佐田の沈下橋まで二十五`の川下りで、途中、鵜の江で昼食を取る予定である。

 第二日目が始まった。ゆったりと流れる流れに乗り、周りの自然を眺めながら何度もため息が出た。中村市から上流へ向かう車の中から川を見た時、たくさんのリバーツーリングの人達を見たが、こうして自分が川を下って見ると、他のカヌーを見ないのである。おそらく私と同じなのだ!思った。きっと、ゆっくりと味わいたいのである。気に入った所で上陸して、昼寝をしたり泳いだり食事したり魚を釣ったり地元の人と喋ったり・・・今回、私には伴走している女房がいるので、なかなかそういう訳にはいかないが、それでもいろんな所でカヌーを降りてみた。河原のいたる所に、テントやタープが張られ、子供達が水遊びを楽しんでいて、川遊びのパラダイスの様だ。それ以上に嬉しいのは、川漁師の人達や、鮎釣りの人達で、私のカヌーが通過する時、いやな顔一つせず、
「網の上を通っていいぞ!」
と言ってくれたり、黙って竿を上げてくれたりした。この川ではカヌーが市民権を得ているのだ。その事が最高に嬉しかったし、川を愛する者の気持ちが一つになっているのが判った。
 途中、オープンデッキカヌーの二人連れと一緒になったが、レンタルのカヌーだと言っていた。レンタル屋で、あらかじめ入水する場所と上陸する場所を決めておくと、カヌーを運んだり回収してくれたりするそうだ。二`ほど一緒に下ったが、その二人組は瀬の前で立ち往生してしまい、私はまた一人で下る事になった。きっと、初心者なのだろう!と初心者でひっくり返ると起き上がる事も出来ない私は、後ろを振り返って大きく手を振って別れを告げた。
 瀬が近づくと、少しは緊張したが、仲間達に激流の球磨川へ二度ほど連れて行ってもらい、沈没したり川の水をたらふく飲んだりとしているので、道路でカメラを構えている女房に手を振る余裕ぐらいはあった。8時間漕いだり流れたりして、佐田の沈下橋脇の砂地で待っている女房と長女2才の所へたどり着いた。
 ここから後、十五`下れば中村市なのだが、ここで辞める事にした。理由は二つあって、人家が多くなると水が汚れて来ることを知っているし、きれいなままの四万十川のイメージを残して置きたかった事と、今回のリバーツーリングで、途中ずっと感じたのは、女房や子供も一緒に川下りをしたい!という事だった。その時は、ぜひ江川崎から中村市の河口まで四十`程を流れてみたい。そして、一緒の視点から眺め、物を感じたいのである。私の場合、一人で楽しむより家族で楽しみたい!タイプ・アウトドアー派なのだ。
 翌朝、テントから顔を出すと、霧が出て沈下橋や水面や山を覆っていた。幻想的なパノラマの中に、ぽつんと私達のテントが在るのがなんとも心地良かった。そう思いつつ、誰もいない河原で野糞をした。その壮快さは、今までにしたどんな野糞より壮快であった!それぐらい素晴らしい川であった。女房も同じ事をしたのだが、私と同じ事を思ったかどうかは未だ確かめていない。


 
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