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童形と神性  NF


はじめに
 「子供は天使だ」なんて言葉を昔何度か耳にした覚えがありますが、日本人はどうも子供を特別視する傾向がありますね。歴史的に見てどうなのか、少し調べて見ました。

童子
 嘗てに置ける子供の扱いを見るうえで、絵巻物が大きな参考になります。宮本常一・網野善彦らはそこに描かれた子供たちの姿を大人たちの統制の外にあって天衣無縫なものであると捉えました。無論、大人の隷属化にある存在な訳ですが、その一方で大人世界の規則から束縛されない存在ともみなされていたのです。例えば本来は天皇以外の男子禁制である後宮に子供は出入りできた事が「源氏物語」世界が進展する上で重要な要素であったことを連想される方は多いと思います。
 また、年少者は犯罪の疑いがあった際には尋問から免ぜられたり、童子に悪人が誰であるかを指名させた例が見られることも指摘されています(平家が悪口を言う者を密告させるために用いた「禿髪」は有名ですね)。
 更に、祭礼や処刑など非日常性の強い催しには童子の立会いが求められた事からも考えると、童子には一種の神性が認められていたと言えそうです。

童形と「京童」
 「京童」という言葉がよく使われますが、通常は京の都で噂話をする人々一般と言うニュアンスで用いられるように思います。しかし元来は、「宇津保物語」「古事談」などで博徒や陰陽師などと並んだ独立した一階層として見られていたようです。「宇津保物語」では博徒と共謀して姫君を浚い、「平家物語」では世間に噂を流布させる存在として恐れられています。この「京童」というのはどういった階層だったのでしょう。
 ここで再び絵巻物の話に戻りますと、明らかに大人であるにもかかわらず童形をしている人々が目に付く事があります。例えば、牛車の牛を世話する牛飼童がその一例で実際には荒々しい人物も多かった事が記録では知られていますが絵巻では容姿端麗で童形に描かれる事が多いようです。交易において特権を認められていたともされる彼らですが、彼らが童形をしていた理由については明らかでありませんが、網野善彦氏は獰猛な牛を手なずけるため神性が要求されたためではないかと推測しています。似たような存在として、駕輿丁として天皇の柩を担うなど葬送に従事し、青蓮院の支配下に置いて炭焼の権益を保持していた八瀬童子があります。
 また、一般貴族においても家系など様々な事情から陽が当たらず官職に就けない人物の場合には、年齢が長じても元服できず童形であったようです。後花園天皇の実父である伏見宮貞成親王のように40歳になってようやく元服できた例も知られています。こうした元服・妻帯の望みをもてない成人が貴族社会には存在したようです。彼らもまた、やや事情は異なりますが大人社会に受け入れられずその枠組みにはめられない存在と言う事はできそうです。
 こういった人々が京童と呼ばれたのであろうことが推定されています。彼らは悪人を指名したり美々しい服装をして自由奔放に振舞い、一般社会の枠組みから逸脱した存在として認識されていたようです。階層社会から受け入れられなかった「負け組」としての性格もある一方、「自由」民であり情報収集・流布能力に優れた存在でもありました。彼らは神聖視される一方で、(足利時代以降に顕著ですが)卑賤視される面も強かったようです。彼らが、世相を風刺したりして世論に影響を与えたのはある意味自然ではあったでしょう。その神性から、一種の「神託」のような性格がそこにはあったと言えるかもしれません。更に意味が拡大して、匿名で落書などで世相を皮肉る人々全般を意味するようになったのだと思われます(元々が匿名ですから特定なんてできませんしね)。

おわりに
 子供は、日本においてはやはり古来より特別視される存在であったようですね。寧ろ神聖視と言って差し支えないと思います。冒頭で「子供は天使だ」という表現を紹介しましたが、「子供は神だ」という方が昔の日本人の見方に近いのではないでしょうか(ただし、ここで言う「神」は神道的な「八百万の神」の一つであり、絶対者である一神教の「God」を意味しないのは言うまでもありません)。
 ところで、「京童」が世相を論じる様は現代において巨大掲示板に代表されるインターネットで様々な話題が一種好き勝手に論じられる様子とどこか似ているようにも思います。彼らも時に騒動を巻き起こしたり世を騒がす存在としてメディアなどで断罪されたりしていますし、事実か否かは確認しようもありませんが(自称も含め)「引きこもり」や「ニート」の割合が高いと認識されているようです。真偽の程は兎も角として、少なくとも大人の一般社会やその価値観に入る事を拒んだり拒まれたりした一種の「大きな子供」と言うべき人々も多く参画しているのは間違いないといえそうです。彼らもまた、世間から一種の「神性」を認められているのかも知れません。まあ、断定的なことを言うにはもっと裏を取ったり調べなくてはならない事が多いので、僕のこの推論も現段階ではただの戯言でしかありませんけど。

参考文献
異形の王権 網野善彦 平凡社ライブラリー(今回は主にこの一部の要約)
週刊朝日百科日本の歴史12 後醍醐と尊氏 朝日新聞社
落首文芸史 井上隆 高文堂書店
美しい日本の掲示板 鈴木淳史 洋泉社
室町時代の一皇族の生涯 横井清 講談社学術文庫


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