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本居宣長『秘本 玉くしげ 下』  翻訳:NF


はじめに
 「秘本 玉くしげ 上」の続きです。現代から見れば不適切な考えや表現、明らかに史実と異なる点もあるかと思いますが、資料としてあえてこのまま現代語訳させていただきます。ご了承ください。

「秘本 玉くしげ 下」
 金銀の流通はその方法によっては、大きな損があるものである。まず金銀と言うのは、この上ない宝であるが、実は飲食物の代わりにもならず、衣服の代わりにもならず、全く何の役にも立たないものであるのに、これを流通させるのは、その何の役にも立たないもので、世間の一切の用を立てるやり方なので、そのやり方によって、損得があるのである。そのやり方とは、まず第一に天下に流通する金銀の多い少ないによって、大きく損得がある。そもそも金銀を広く流通させる事は、慶長年間から始まった事であり、それ以前はただ銭のみの流通であった。しかしこの金銀の流通が始まると、大変世間で便利であり、大変便宜が良いのである。さて流通する金銀は、十分多ければ便利であり、勝手が良い。しかしながらそれにつけて損失があることが多く、かえって世間が困窮する原因ともなる。かくして今天下に流通している金銀は、殊の外に多くて、大変勝手が良いのに、今の人は、元からこのようである世に慣れているので、金銀が大変多いということを知らない。勝手が大変良いことも気付かずに、かえって世間で流通している金銀が払底して、得られないので、世間が困窮しているように思うのは、商人の考え(NF注:拝金主義的な考えと言う意味か)であり、末端のみを知り、根本を知らないものである。
 今の世間で金銀を得られないのは、少ないからではない。あまりに多いので起こった事である。その道理はどういう事かといえば、まず米穀を始めとして、その他何でも、全てのものを取引するのに、その現物を取引するよりは、価値を判断して金銀で取引するのが、特に勝手が良いので、昔は現物で取引した事でも、今はみな金銀でするようになり、その他全ての事を、みな金銀で取り計らうようになって、次第に金銀の遣り取りが多く頻繁となり、その遣り取りや駆け引きの間に、なお様々に便利な方法がある。このように万物万事みな、金銀で間に合うようになったのは、これは全て世間で流通する金銀が大変多いためである。少ないと、どれほど勝手が良くても、このように広く何事にも用いる事は出来ない。
 さて昔は、金銀を取引する事も、今よりは少なく、また金銀で全ての事を取り計らう事も、まれであったので、人がこれを願う心も、今のように強くは無かったのであるが、今は上述のように世間で金銀の遣り取りや駆け引きが頻繁であり、金銀が常に人の耳目に親しんでおり、また金銀で何事も済むので、どの人もこれを得ようと願う心が、昔より格別に強く切実なので、大変得る事が難しいように思うのである。総じて至って得にくいものは、これを得たいと思う心もないものなのに、今の人が金銀を得られないのを憂うのは、それ自体は多くて得にくくはないためである。そしてまた何事に付けても金銀の働きが頻繁で、忙しいため、実際に得られないのもあり、得られない事で、少ないように思うのである。例えば毎年盆前と年末には、通常よりも格別に金銀が逼迫して、ますます得られないのは、どういう理由か。この時といっても世間の金銀は、通常より少なくなるのではない。いつもは動かさないでおく金銀さえ、この二つの時期には出して働かせるので、いつもより多いのに、かえってこのように得られない事は、いつもよりも遣り取りが頻繁で、金銀が忙しいためではないか。ここから全体として金銀を得られないのは、少ないためではない事を理解できる。その根本を探ってみれば、実際には世間で流通している金銀が多く、自由に出回っている事に起因し、何事にもこれを用いるようになり、次第にその働きが忙しくなったため、その金銀の多さよりも、忙しさのほうが勝るため、得られず、少ないように思われるのである。
 さて金銀の流通が始まって、まだ長くない頃は、多ければますます勝手が良くなるばかりであり、それほど弊害は無かったが、だんだんと年月が長くなると、その弊害も多くなったのである。上述したように、世間では何事もこれを用いて、取引する事が多いので、その取引の間に、過分な利益を得る事が多く、あるいは商人でありながら、物の交易をせず、ただ金銀の扱いだけで、渡世をする者も多く、金持ちは特にこれによって、ますます富を重ねる事が甚だしい。総じて金銀の遣り取りが頻繁で多いので、世間の人の心は皆これに移り、士農工商ことごとく、自分の本業を怠り、ただ近道で手近に金銀を得る事ばかり、目がいくのが常となった。世間で少しでも、金銀の取引で利益を得る事があれば、それだけ本業を怠るので、世の中の損である。ましてや産業をせず、ただ金銀の扱いだけで渡世をする者は、みな遊民であり、遊民が多いのは、国の大きな損であるから、自然と世間が困窮する原因となった。また世間の金銀が多くて便利なので、人々は買うべきでない無用な物をも買い、するべきでない無益な事をもするので、自然と贅沢が増徴する。これら全て世間が困窮する発端となる。それでもなお上下の人がことごとく、金銀にばかり目が行くので、今の世の中は武士も百姓も出家も、みな固陋な商人のような心になって、世間の風儀も軽薄になるのである。
 このように世間で流通する金銀が大変多く、自由で便利なのについては、その欠点も大変多いが、長年慣れてきた事なので、この風習は急には改められない。不便な事さえ、長くなれた事を急に改めると、人が帰服しにくいものなのに、ましてこれは大変便利なものであるので、今更流通する金銀を減少んなどすれば、大いに差し支える事が多く、かえって大いに損失があろう。そしてまた金銀流通については、天下全体の事であるから、どれほど害があると言っても、一国だけでは、どうにもしようがない。しかし上述の仔細を、常によく理解して、総じて現物で取引すべき事は、少々不便ではあっても、やはり現物で取引して、金銀の取引を、なるべく行わず、そしてまた様々な金銀の遣り取りも、なるべくはこれを止め、そしてまたするべき事を、金銀で済ますような事は、なおさら無用にしたいものだ。それでも民間で下々の細かな事は、仕方ない事もあるだろうが、少しでも多額になるような事は、決してあってはならないのである。
 総じて物事は、不便でも地道なものは、始終万全で、損が無いものなのに、計算によって、勝手のよさに流れるときは、必ず間違いも出来、詐欺もおこりやすく、思いがけない損失があるものであるから、国政を行う人などは、そこの所を良く考えて、万事においてなるべく、金銀の便利さには関わらないように心がけなさるように。さて金銀の遣り取りや取引を、なるべくは省いて、少なくするときは、自然と少しずつでも、人情は金銀に疎く遠ざかるようになり、それぞれの本業を大切に励むようになり、金銀にのみ目が言って、近道に走る風習が、少しずつでも薄らぎ、人の陋劣な心や、軽薄な風習も直るであろう。とかく下は上を見習うものであるから、そのような事も、上のなさるはからいであろう。
 天下のため国のために害になる事が、世間に多い。その中で、実は大いに害があるが、害と見えない事もある。またこちらには有益だが、あちらで有害なものもある。また当分は有益であるようだが、後日に大きな害となるものもある。これら皆人が惑わされるものである。国政を取る人は常に気をつけるべきである。また目の前で大きな害と知りながらも、とめられず、国君の勢いでも、公儀の御威光でも、急には禁止できない事も多くある。それでもその類を、急に無理に禁止しようとする時は、かえってまた害を生じて、どうにもできない事もあるのである。だから害でありながらも、急に禁止できないものは、常に注意して、十分に増徴しないようにして、いつともなくゆるゆるとこれを押さえ、自然となくなる時節を待つより他に無い。全ての事は、日々に増徴する事も、以外に、いつとなく衰えていく事もあるものであるから、決して物事を請求にして、失敗してはならない。また国のため民のために、利益があることを考え出して、これを実行しようとするのも同じ事で、たとえ利益があるものでも、新しく急にこれを行おうとすれば、人も帰服できず、またかえって損失があることがある。
 とかく人は、長らく慣れてきた事は、少々勝手が悪くとも、そのままで安んじるものである。有益な事も、新しい事は、大抵はまずしないほうが良い。一般に世の中の事は、何事もよいものも悪いものも、時勢によるものであって、どれほど悪い事を除こうとしても、どれほど良い事を行おうとしても、究極のところは、人の力が及ばないものであるから、無理に性急にこれを行おうとしてはならない。ただ常々、よい事はその形が崩れないように、なくならないように計らい、悪い事は、少しずつでも消えていくように、増長しないように心がけ、そしてまた新しく始めようとする事は、よく考えて、人々の考えも聞き、他国の例なども参考にし、全ての人が帰服するかしないかを良く考えて行うべきである。
 一般に新法は、これを始めて、国のため人のためにも本当に良くて、末永く行われるときは、後世までの功績になるのであるが、意外に人も帰服せず、国や人のためにもならず、または思いもよらない失敗があって、長くは行えず、しばらくしてこれを止めたりする時は、かえって出費のみがあり、国政の軽率だと言う謗りをも受ける事になる。十分に賢明な人が工夫して出し、大いに利益があるだろうと思う事も、やってみない事にはわからないものであり、思いの外に最初に思ったようにはいかないものであるから、とにかく大抵の事は間に合うのであれば、旧来のものに従うに越した事はない。
 近年は上下一般に、家計が困窮する者が多い理由や、また贅沢が自然と薄らぐであろう方法など、段階をおって上述した通りである。しかし困窮が大変に差し迫って、どうしようもなく、さし詰まった時には、上述したような悠長なやり方ばかりでは、とてもさし当たっての期間には間に合わないので、そうした時は、どのようにしてでも、早急にそれについての計らいがなければならない。それは身分の上下や財産の大小にかかわらず同じ事である。その中でも、大名の御財政が大変に逼迫して、差し詰まっている時の方策は、まず町人百姓の金銀を召し上げなさるのが、近年世間で行われている事である。しかしこれは上述したように、大変よろしくない事である。たとえ無理にこれを召し上げられても、それは限界があり、いつまでもそのようにして済む事ではない。最後までつじつまの会わない事で、大切な御国政に傷を付ける事は、何としても残念な事である。なので差し詰まってやむを得ない時は、御家中の禄を、その年限りで減らしなさるより他に上策はない。これは当然の当たり前である。ただし、御家中で禄の大小、身分の上下とも、いずれも程ほどに、先祖からその禄を賜わり、その御蔭によって家を成り立たせ、代々妻子を育み、家来を雇ってきたのに、急にその禄を不当に減らされると、一同が大変に困るであろう。特に近年世の中が困窮している時節であり、御家中は別に切り詰めた禄で、余裕のない時であるから、ますます難渋する人々が多いであろう事は、本当に気の毒な御事であるから、なるべくは、禄を減らす事はなしにすませたいものであるが、上の御身分に付随した御支出などをも、なるべく省き減らし、端々までくまなく御支出を減らし、その上でやむを得ない時は、これより他に方策はあるまい。従って近年はこの方法を行う方々が、諸国に多いのである。これは全くやむを得ないための事であるから、もしこうした事があっても、必ず御計らいを恨み申上げるべきではない。もし乱世に生まれついたなら、これよりなおどのような艱難辛苦もあるであろうに、有難くも太平の御世に生まれて、寿命を全うし、飢えず寒からず、安穏に渡世できる君恩を思い申上げて、戦場に命を捨てる代わりに、多少大恩に報じ申し上げるばかりだと思って、しばらく難儀をしのぎなさるべきである。
 そしてもしどこの国であれ、この方法を行うに当たっては、それぞれ禄の大小によって、減少額の違いがあるべきなのは、勿論であるが、下々に至って微小な禄の人々は、特に余裕が無いので、迷惑は甚だしいであろう。ここの所を返す返す御顧みなさるべきである。そしてこの年限りのうちに、ぜひとも御財政が立ち直るための、計算の見積もり、その決算、また年限が終わってからの決算など、あらかじめよく見積もっておくべきである。もしこの見積もりの決算が悪ければ、年限の間での御収入が過分に多いのが当たり前になり、年限が終わっても、また急に大いに出費超過があって、数年の御家中一同の辛抱も、無駄になり、かえって御財政の逼迫が勝る事になろう。その時に年限を延ばすと、いよいよ気の毒である。とにかく物事は癖になりやすいものであるから、その年限の間に、御収入が多いのが当たり前な気持ちにならぬための方策が、返す返すも肝要であろう。
 上と下との距離が大変遠く、下の状態が上には伝わらず、知られないのは、昔から誰でも良く知っている事であるが、近年は特別に大名の御身分が殊の外重々しいので、なおさらその欠点は甚だしい。たとえ御気がついて、下の様子を知ろうと思われても、詳しくお知りになる方法が無い。御前に出る人々も、ただ恐れ慎むばかりで、中々詳細な事を、お話申し上げる事はできず、一通り申し上げる事も、ただ当たり障りない様に思い、御機嫌を損ねないようと思うため、ただ不調法な事を申さないよう、無難なようにだけ申し上げて、下の事はただ良いように、民がみな有難がっている様子だけ申し上げて、少しでも、悪い事を申し上げる者はない。これはその人が申し上げないのが悪いのではない。ただ上が重々しくて、申し上げにくい様子の習慣があるのが良くないのである。
 同輩同士の間ですら、その人の悪い事などは、少しであっても言いにくいものであるから、まして主君に対し奉っては、なおさらのはずである。家老たる人を始め、上述した通りであるから、ましてや下々の人は、どれほど目に余る事があっても、直接申し上げるなどと言う事は、できないのである。階級を経て段々と上に申し上げる事は、その途中で、次第に内容が違っていくものであるから、下々の有様は、とにかくありのままには上へは伝わらない。学問をなされば、書物から、大抵下々の役人の事や、民間の事も、大体の所は分かるのであるが、その時の細かい事は、中々書物などで知る事はできない。下々には、上が御存知無い事が様々にある。だからただ書物での一通りの内容で取り計らっては、御思いになる趣旨と異なった事になるのが多い。例えば上では深く下を労わりなさる御心で、少しでも民の痛みにならぬようにとお考えになっても、その通りには下には伝わらず、他国の様子を承ると、下での取り計らいは、上の御考えとは、大いに異なる事がある様子である。その下々の詳しい様子は、上では御存知ないので、ただ仰せになった通りになっていると御思いになっているのであろう。また下から願い出る内容なども、とかく途中で止まって、上には伝わりにくいものである。これらはみな、上が余りに重々しくて、遠いための欠点である。小身の御大名などは、それほどでもない事もあるが、御大大名ほどその欠点は多いのである。
 大小を問わず、良い考えがあれば、たとえ身分の軽い人であっても、少しもはばかる事無く、申し出るようでありたいものである。しかし全体としてただ上を重々しくする習慣で、なかなか身分の軽い人などは、御政務関係の事には、申し出られないような習慣で、万一身分に過ぎた事を申し出れば、上を軽んじるなどと言われ、かえってとがめられ、あるいは良い考えがあって申し出る事があっても、そばからとやかく妨げが入り、その申し分が立たず、また何でも考えがあることは、必ず少しはそれを邪魔に思う部署もあるものであるが、その気に障る部署からこれへの妨げがあるので、申し出たい事があっても、はばかって申し出られないのである。ましてや君主に諫言がましい事などは、決して申し上げられない事となる。
 諫言はさておき、主君が一度仰せになった事には、言葉を返して「いや、それは」と申し上げられない事になったのは、余りに重々しい習慣のためで、大変な政道への妨げである。十分に威厳を重くして、下が上を恐れるようにするべきなのは、勿論であるが、それも事によりけりで、程度があるものだ。とにかく御政務については、御前に出た人が、余りに憚り恐れることなく、何事もくつろいで、考えを申し上げるようにし、身分の軽い役人をも近くに御召になって、気安く何事でも申し上げられるようにしたいものである。
 総じて新しい事を行うのに、思いがけない間違いや過ちなどがあれば、最初にその事を申し出て、始めた者の罪として、これを咎めるものであるが、最初から悪いようにと始めたものではない。思いがけない過ちは仕方ない事なので、その者を咎めるべきではない。総じてこのような取り計らいも、余りに上を重々しくするから、当たらないこともあるのである。さて武士の風儀として、上に対して申し訳ない事などがある時、切腹するのは、本当に潔いのであるが、よくない習慣である。実際に死ななければならない事は別であるが、その他にそれほどの悪事でもなく、ただ少々の一時的な過ちによって、大切な一命を失い、父母妻子の嘆きも特に深いであろう事を思えば、大変気の毒である。願わくはこの習慣を停止して欲しいので、御先代において天下一同に追腹殉死を禁じられたように、この切腹も、上から仰せになった他は、私的に切腹するのを、堅く禁止するべきではないか。誰でも一時の過ちや、思いもかけない不調法は、ないはずがないので、それほど深く咎めるべきではない。少々の事で、一命を捨てるには及ばないものである。一般に少しの事でも、身分によっては切腹する習慣は、元来戦国の風潮である。そしてまた上を余りに重々しく取り扱う習慣なので、少しの不調法をしても、身が立たないように思うためである。総じて何事でも、主君に対しては、ただ少しの不調法があっても、重く咎める習慣であるが、その内容によっては、大体思いの外に誤ってした事は、大抵はお許しになるべきである。そのような事を大変厳密にするのも、一つの方法ではあるが、今の世間の習慣を見ると、余りに厳しすぎる事も多いのである。
 一国の政道は、万事家老である人々が考えを一致させ、その根本をよく把握し、その趣旨によって、以下下々の諸役人まで、一国の万事の計らいが、みな一致するようにすべきである。しかし近年他国の様子を承ると、御大大名などは、まず家老である人々は、それほど国内の政治に、細かくは関わらず、それ以下の役人が根本を把握し、取り計らっているとか。これは良くない事である。何事であれ、根本の把握、政務の出所は、家老である人でなければならない。総じて重い所から出た事は、傍からも妨げられず、下々の受け取る気持ちも特別で、何事にも締りが良いものである。それ以下の人では、憚るところがあって、諸事の計らいが十分になされず、また下々が受け取る気持ちも違って、取り締まれず、一致できないものである。もし一国の政治が一致せず、例えばこの役所での考えと、あの役所での考えが違って、同一国内の政治とも思えず、根本の出るところが違っているようでは、政治を取り締まれない。これはその根本を把握する所が、締まらないからである。またそれを受け取った役目を、自分の身の上の事として、十分に身を入れて働かねばならないのに、そのような人は少なく、ただ不調法さえなければよいとして、また自分の役目の不調法さえなしにすめば、あとはどのようになっても構わず、ただ身分のための用心を第一として、役目のための事は考えず、たまたま心ある人の役目の中に、悪い事をただし、よい事を始めたとしても、その人の人事異動があって入れ替われば、その後の役目の人は、身を入れて仕事をしないので、たちまちその成果は消えうせ、よい事を始めておいたのも利益をもたらさず、また根本の取り締まりがなされていないので、下は考えが別々になって、例えば前の役人のときに、固く約束した事も、その人が変われば、後の役の人はそれを採用せず、その約束の事もなかったことになる。これらは決してあってはならない事である。どの国でも役人は、下々にとっては、殿様と同様であるから、たとえその人は何度交替しようと、前に一度約束した事は、決して変えてはならない。何事もこのように締まりがなく、約束などを安易に変更しては、自然と上を軽んじる発端になって、命令なども行われなくなるのである。
 世間に目付(監視役)という役目があるが、加えてまた諸役人いずれも、互いに監視役をするのが良い。それはどういうことかといえば、まず今は自分の受け持ちの役目さえ勤めれば、他の役目は関わらないことにして、たとえ傍で目に余るほどの悪事や、あるいは不調法な取り計らいをする者があり、上の御為にも、下々の為にも、よくない事と思いながら、自分の役目に関わらない事は、ただそのまま見ているだけである。これは大変な不忠であるが、そのような習慣なので、心ある人もどうしようもない。しかしたとえ自分が関わらないほかの役目の事にせよ、良くないと思うことがあれば、互いに気をつけて助け合い、また事によっては、早急に申し出るようにすれば、これこそ諸役人が互いに監視役となると言う事である。
 総じて物を得る事を願うのは、千人万人が免れられない人情の常であって、元来そうあるはずの理屈である。それについて言えば、物を人がくれるのを喜ぶのも、また人情であるから、物を人に贈って、志を表すのも、元来そうあるはずの道理で、古今いずれの国でもみな同じ事である。したがって全ての事に、その相手の人を喜ばせて、事を成就させようと目論むのに、賄賂と言うものを使う事があるのも、自然とそうなるはずの勢いである。さて物を得るのを喜ぶのは、元来の人情であるから、その賄賂を受けるのも、それほど悪いとも言いがたい。特にこの頃の世の中で一般の風習となっている事であるから、その人を深く咎めるべき事ではない。しかしその賄賂については、大変国政の害となる事であるから、昔から深くこれを戒める事であったが、とかく止む事が無く、次第に増長し、近来は特に甚だしいものである。それも主君である人が正しければ、さすがに身分の高い役人は、自然と慎む事もあるが、下々の役人は、上には知れていない事をよく理解しているうえ、たとえ万一知れても、身分が低いので、高をくくって、憚る事無く、何事にも賄賂をむさぼるのである。また主君ぐるみで暗愚である時は、身分の上中下すべて、ますますひどいものである。その中でたまたま廉直な人がいても、その自分の役目ばかりに廉直なのであって、その外部への防ぎにはならない。また目付役を付けても、多くはその人ぐるみで、賄賂に陥るので、益するところがない。
 全体的にこの頃は何事でも、賄賂が行われない事は無く、公事訴訟で邪な裁きをし、刑罰に不当な事が多いのは、言うまでも無く、その他に様々な作事普請などについても、賄賂が専ら行われているのである。それも少々ならば、ともかくとして、甚だしいことばかりが多く、何事でも賄賂を多く使えば、その仕事が悪くとも、良いとしてこれを済ませ、賄賂が少なければ、仕事振りが良くても、悪いと言って、承認しない。だから下の者もそこを考えて、すべき事を多く手抜きして、賄賂を使って、物事が住むよう西、また法律に背くことをする者も、賄賂を使えば、見ぬふりをして、これを咎めないので、賄賂を行って悪事をする者も世間には多い。更にこの他にもこの点については、様々な不正な事が多く、ことごとく述べる暇は無い。他は推して知るべきである。
 一般に世間で賄賂が盛んなので、自然と国政は正しく行われる事は無く、上に損失がある事はおびただしく、下にも損害が大変多い。例えば金千両が要るはずのところに、役人へ三百両賄賂をすれば、五百両で済むので、下にも二百両の得があるが、上には五百両分の損がある。または五百両で済むはずのことも、賄賂をしなければ、七百両も八百両も要り、その二百両や三百両は脇へ横流しするような事もあり、上にも利益が無く、下には大損があり、あまつさえ上を恨み申上げることが甚だしい。だから国政の大害で下々の民の大患というのは、この賄賂に過ぎるものはない。しかし上と下とは大変距離が遠いので、その吟味もとかく行き届かないものであるから、これを止める方法は、まず賄賂を取る者を取り締まるだけでなく、賄賂を贈る者も厳しく戒めて、何事でも、少しでも賄賂を使う者を、知るならば、早急に届け出るべきとの事を、常々通知しておき、もし賄賂の罪を犯す者がいたら、一人か二人を厳しく咎めたならば、送るものは勿論、受け取る方も自然と気味悪く思うであろうし、上からの禁制ならば、賄賂を使わないのを起こる事も出来ないだろう。そもそも賄賂は、贈る者には罪が無く、罪は受け取る者にあるのであるが、受け取る者だけを罰しては、止められないので、贈る者をも戒めるのも、一つの権道であろう。
 公事訴訟や願い出、御咎めなどの類は、早く処理してもよい事は、なるべく早く済ますべきである。なおざりにして、一日でも捨てておくべきではない。下々は、総じて上と関わるような事は、少々であっても、完了するまでは、大変心を使うものであり、特に貧しい者などは、家業にも差し障りがあり、大変迷惑するので、上が問題ないからといって、なおざりにそのままにして、長引かせるのは、大変心無い事だ。また訴訟に限らず全ての事で、権門が関わる事は、取り扱う役人にとって、大変迷惑であるものだから、これも大いに国政の妨げとなる事がある。だから何事でも、権門の威光でごり押しする事や、下々でも主人の権威を振るって、無理非道の振る舞いをしてはならないという事を、常に厳しく通知なさるべきで、諸々の役人が、少しでも権門を憚って、不正な判断などをしてはならない事をも明示なさるべきである。この事は昔から異国でも本朝でも、常にある悪習であり、誰でも良く分かっていることなのだが、とかく止む事が無い。
 刑罰は緩く軽い方が良い。ただし生かしておいては、絶えず世間に害をなすであろう者は、殺してもよい。さて一人でも人を殺すのは、大変重大な事であり、大抵の事なら、死刑にはしない定めがあるのは、本当に有難い御事である。しかし近年は、決して殺してはならない者をも、その吟味が難しい点があると、毒薬などを用いて、病死として、その吟味をすます事なども、世間ではあるとか承っているが、本当に決してあってはならない事である。また盗賊放火犯などを吟味する時、覚えの無い者も、拷問を受け、苦痛の強さに耐えられず、偽って自分がやったと白状する事があるのに、白状さえすれば、真偽をさほどたださず、その者を犯人として、刑を執行する類もあるとかいうが、これもまた決してあってはならない事である。刑法の規定は良くても、その法を守るといって、かえって軽々しく人を殺す事がある。よく慎むべきである。たとえ少々法に外れる事があっても、とにかく実情をよく考えて、計を軽くするほうが無難である。しかしまた異国では、怒りに任せて、みだりに死刑を行い、貴人といっても、遠慮なく厳刑を執行する習慣であるのに、本朝では、身分の高い人は、それだけ刑を緩くするするのは、これまた有難い御事である。
 何事でも、以前からの法を守るというのは、天下一同に言える事で、大変よい事である。しかし近年は、これを守るというのはただ名ばかりで、実際は大きく崩れて、その法の本来の意味に背いている事ばかりが多い。また法は法として守っておいて、その法を避けて、法に触れないように悪事をする者が多いのに、ただ法さえ守れば、どれほど悪事をする者でも、咎めない事がある。例えば関所を越える事が出来ない者でも、抜け道をして通れば、咎める事もなく、その関所さえ通らなければ、見逃すようなものである。全ての事にこの類が多い。ただし昔定められた法も、年月が久しく過ぎ、世間の様子も変わったものについては、今はその法律の通りでなくても、害がない事や、またその法律を守れない事などもあるのを、大目に見て許しながら、ひたすら先代の法を廃止する事を憚って、その法律をやはり法律として守り、背かないようにするのは、自然と本朝の厚い太古の意志にかない、よい事であるから、その趣旨によるべきである。
 近年は上から命令がある事も、下はゆるがせにして、これを守らない事が多く、またしばらく守る事はあっても、しばらくして崩れるのは、決してあってはならない事だ。一度仰せ付けられた事は、長く堅く守るようでなければ、政道は立たない。しかしこのように制令や法律が守られないのは、どういうことかといえば、上から命令が出るけれども、ただ一通りそれを通知するだけで、その法律を守るか守らないかの吟味も無く、犯す者がいても、咎めないために、法が破られやすく守られず、また上述したように、以前に約束した事も、たちまち変化し、または身分の高い役人の証文さえ、反故になって役に立たず、全てこのように、下に対して、上が信義を欠く事が多いときは、下々の民も上の仰せを謹まず、自然と軽んじる心ができ、命令をも守らないようになるのである。また全て命令の趣旨は、ことごとく道理に適ったものでなければ、下々は心から帰服しないものである。少しでも、上の勝手に任せて、いわれが無い事が混じる時は、上辺は威勢を恐れて、服しているようでも、内心では嘲笑い、決して帰服せず。このような事も、上を軽んじる端緒となるので、よく注意すべきである。とにかく下が上を恐れず、軽んじる心があるのは、何よりも良くない事である。
 近年の諸大名方は、費用不足である事が多いので、御勝手方という役人が多くいるものである。これはその領内の何事につけ、内外出費の要る事に気をつけて、省けるだけは省き、または諸事に計算や工夫をして、出費が少なく、浪費が内容に取り計らうべき役目であり、これは今としては大変尤もな事である。しかし他国の様子を承ると、この役人は、ただ色々と働きかけて、金銀の調達をする事を任務としている。そしてそれは、専ら金銀を得る工面の事であるから、多くは町人を相手にするものなので、武士気質の人では、うまくやれないので、商人根性で、金銀の遣り繰りに巧みな者を選ぶため、下を労わる憐憫の心は無く、どのようにしてでも、金銀を多く手に入れるのを任務として、後日の大きな害をも顧みず、君主の御恥辱をも思わず、ひたすら利をむさぼる商人のようだ。しかし上役の人々も、まず差し当たって金銀が間に合って、御用を達成するのが、当分は目の前の功績であるため、これを賞賛するので、どこでもこの手の役人は、すいすいと出世するものであり、大体この頃は、この御勝手を勤めるのが、第一の政務のようになって、金銀を多く得るのは、敵国を切り取ったかのような功績となる所もあるとか承っている。
 そもそもこのように、当分を御間に合わせるためだけに、君の御威光をも損じ、国政の妨げとなる事が、何に付けても多く、また下々が上を恨み申上げる事も甚だしく、自然と上を軽んじる端緒であるのは、大変嘆かわしい事だ。そうはいっても、本当に御財政が大いに差し迫って、当分の出費も出来ないときには、まず金銀を得るより仕方ないので、差し当たってどのようにも方策できなければ、そのような時は、この働きを重く賞賛するのも、理の当然である。またこのように働くのも、その時に臨んでの大きな功績であるから、全くその人を悪いということはできない。ただ悪いのは、そのように御財政が差し迫るようになるのが悪いのであるから、とにかくその根本をよく吟味して、万事をどのように倹約してでも、出費が少ないようにして、ぜひとも御収入で何事も事足りるように働くのが、肝要である。
 どの御大名でも、無益な連中に、長々と扶持知行をお与えになる事が多い。昔はどこも御財政が緩やかであったから、それほどでもない遊芸の連中にも、そのように御扶持を多くお与えになり、代々御扶持人となる者が多いが、これらは無益な出費である。儒者や医師の類も、その時に優れた者を、御召抱えになるのは勿論であるが、いずれもその子の代になると、学問も芸も大いに劣るものであり、特に身に禄が与えられていると、家業を怠って、多くは御役にも立たず、禄が多いので、身分は重々しくなって、尚更家業を怠るのである。その他雑芸の連中なども、御用があれば、その時々に御召抱えになり、少しずつの禄をお与えになる事は、御大名の御財産からは、そうあるべきであるが、一旦御召抱えになると、何の御用もないのに、長々と無駄に多くの御扶持をいただいて過ごす者が、江戸や京などにも、その国許などにも多いのは、大変な無駄な出費である。一般に何の職でも、禄を代々与えるのは、本朝の古くからの決まりで、情に厚い風儀であるが、その内容にもよりけりである。しかし長くそうしてきた事を、急に改めると、大変な難儀となる者が多いので、上述した類も、御先代からそうしてきた分は、今更理由無く禄をお召し上げなさるべきではない。なのでそのような連中は、十分御役に立つように、それぞれの家の家業に精進し、互いに励んで、その道に、新たに追加された人なしに、御間に合うようにしてほしいもので、またその芸が優れて、何々殿の御家中の誰々と、他国までも名を上げる程になれば、特に忠勤であろう。
 武士が兵術や軍法を第一に心がけるべきであるのは、今更申し上げるまでも無いが、今は太平の御世が長く続いているので、軍法も兵術も、実用を試みて知っている人は、一人もいないので、ただ家々に伝わった通りを学び習って、それ以上はただそれぞれの工夫だけであるが、その工夫も、実際にこれを試みたわけではないので、結局はみな空論である。だからその同じ空論の中でも、ただ道理に適う適わないばかりを考えず、とにかく実用になるかを心がけるべきである。そしてまた時代が変わると、世間の様子や人の気質なども、移り変わるものであるから、昔のやり方のままでは、今は良くない事もあるだろうから、その時代の世間の様子、人の気質も良く弁えて、昔のやり方も、これに当てはめて考えるべきである。そしてまた諸々の武術も、太平の世には、実用する事がないので、多くは華法というもので、見栄えが良いのをよしとして、巧拙を定め、実用の良し悪しを考えない事が多い。弓を学ぶにも、ただ的に当たる事を肝心とし、強い弓を引く事だけをよしとする。この二つは確かに弓における重要な点であるが、実用はあながちこれらだけには限るまい。その他にも、敵を迎えたとき、防御するにも攻撃するにも、これを用いて、益のあるやり方を考えるべきである。また馬に乗るといっても、ただ馬にだけどれほど上手く乗っても、実用には益が少ない。ただ馬上での働きを心がけるべきだ。馬に乗るほどの人は、今の世の火消などのように、ただ指示だけをして済むものと思ったら、大きな間違いであろう。軍書を見て、昔の馬上での働きを知るべきである。一般に武術を稽古するには、何事でも、みなこの心がけが肝要である。
 武道軍術のためには、とにかく軍談の書を常に見るのが良い。それも「源平盛衰記」「太平記」などの類は、面白くはあるが、大変時代が古いため、近年とは様子が違う事も多い。ただ足利時代末期の戦の様子を良く考慮すべきである。特に織田豊臣の御時代の戦は、古今の中でも優れて、類なく巧みなものである。大体において武士は、常にあの時代にいて、その戦の中に混じっている気持ちになって、武道を心がけるべきである。
 そして中国の通俗の軍書などは、見ても益が少ない。国の様子も大きく違い、時代も遠く離れているので、役に立たない事ばかりが多い。あの国の昔の名将達が、大きな戦果を挙げた計略などは、今の人に用いても、容易く欺かれるようなものではない。その他一般に中国は、軍法議論などは道理を尽くして尤もらしく聞こえ、大変巧みである様に見えるが、実際の運用においては、そうでもなく、軍のあり方は、我が国の近世に比べると、大いに稚拙である。しかし世間の人の心には、中国といえば、軍のあり方も特別に巧妙に違いないと思い、また殊の外に大国と考え、それに応じて軍勢も、大変な大軍であるだろうと考えて、おびえ恐れるのは、みな大いなる誤りである。まずあの国をひたすら大国とだけ理解しているのも、了見違いである。その理由は、国の広さは、確かに大変に広く、日本の十倍以上であるが、しかし日本に比べると、どこも空虚な土地が多く、広さ相応には、田地も人民も少なく、生産力も大変少ないので、軍もそれほど特別な大軍であるということもない。これは全て時代ごとの書に載っている、あの国中の戸数、軍賦の数などを見ても、よく分かる事である。既に豊臣太閤による朝鮮御征伐の時、中国からの加勢の軍などをも、我が国の人は、ある人は五十万や百万などと聞いて、おびただしいように言いふらしたけれど、大きな間違いで、その時の軍勢は、始終で十万を過ぎた事はない。その程度の軍勢も、大抵の事には、動員できず、色々と世話を焼いて、ようやくに動員したところ、上述のようになった。これは皆あの国の書に見える事である。さてあの時の戦は、こちらにも小西行長のように、臆病神のついた連中もいたからこそ、まれに負け戦もあったが、そのように聞いて怯えさえしなければ、始終において毎回十分に勝ち戦であった。そして加藤主計頭清正殿が、蔚山に篭城なさった時に、明の攻撃軍である楊鎬の陣立てや軍法は、古今に比類ないというほどに厳重であり、朝鮮の諸人は驚き感銘を受けて、頼もしく思い喜んだが、長らく攻めて、ついにその城を落とすことはできなかった。あまつさえその果てには、行長の後詰により攻め立てられて、蜘蛛の子を散らすように、取るものもとりあえず、我先に逃げ去ったのは、あきれた有様であった。一般に中国は何事もこのようであり、議論や方術は大変巧みに聞こえるが、実用においてはそうでもない事が、この一事で推測できる。特にあの蔚山の城を攻めた時の軍は、中国と朝鮮の全力を尽くしたという事が、あの国の書に見えるのだが、それさえ上述したように、あきれるほどの敗軍となった事を考えるべきである。
(NF注:上記記述には中国・朝鮮への過小評価・蔑視が顕著であり、現在においてそのまま訳すのは不適かとも思われたが、資料としてあえてこのままにした。)
 また我が国の戦国頃に、西国辺のあぶれ者たちが、中国へ渡って、乱暴狼藉した事が、明代の書に多く見られ、倭寇と称して、殊の外に恐れ、毎度大いに手に余って鎮めかね、国中が大騒動であったという。これは我が国では、世間の人も一向に知らなかった程の事であり、ただわずかのあぶれ者の仕業ですら、あの国では上述のように、毎回大きな騒ぎであった。
(NF注:南北朝期の倭寇は九州周辺の日本人が中心であったが、戦国期の倭寇は寧ろ中国系が主力であった。また一貫して多国籍な集団であったことも指摘されており、日本人・中国人というより南シナ海沿岸の海民として捉えるべきとの意見もある。したがって日本人の精強さを示す例としては不適であるといえる。)
 これをもってしても、中国の軍法が拙劣で弱い事が分かる。それなのに例の中国贔屓な儒者などは、ひたすらあの国の軍法などを褒め上げ、高ぶって、武士を脅すのは、大変おかしく片腹痛い事である。我が日本は、めったにない神威の守護が厳重である事は、申し上げるまでもなく、国の殷富、田地人民が大変多い事は、外国の中でも及ぶものがない。特に御当代は、天下諸国の藩鎮が栄え、今はたとえ武備が少々怠っているといっても、なお大変に堅固であるので、たとえ他のどのような大国から、寇賊が来るといっても、それほど恐れるには足りない。決してうわさで怯えなどするべきではない。これもまた武士が常に心得るべき事であり、西国の方は申すまでもなく、どこでも、海に面した国々は尚更当てはまるのである。
(NF注:この宣長の見解は、鎖国期による夜郎自大なものである事は言うまでもない。西洋諸国は近代を迎えようとしており、上述の見方はペリー来航で決定的に破綻する事になる。)
 そもそも天下の大名たちが、朝廷を深く畏れ厚く崇敬し申し上げなさるべきである趣旨は、公儀の御定めの通りを守りなさる御事であるのは勿論である。しかし朝廷は今は、天下の御政を聞こし召す事なく、自然と世間から遠くておわすため、誰も心中では尊い御事は存じ上げながらも、事に触れて自然と畏敬するのをなおざりにする事もなきにしもあらず。そもそも本朝の朝廷は、神代の始めから、特別な御子細がおありの御事で、異国の王と同類ではなく、下々の万民に至るまで、特別に有難い道理がある。この事は別巻(NF注:「玉くしげ」参照)で詳細に申し上げた通りである。だから一国一郡を治めなさる御方々は、特にこの子細を御心に留めて、お忘れになってはならない御事である。これはすなわち大将軍家への第一の御忠勤である。なぜかと申し上げると、まず大将軍と申し上げるのは、天下において朝廷を軽んじ申し上げる者を、征伐なさる御職でいらっしゃり、これこそ東照御祖命の御成業の大義名分だからである。そしてまた御武運長久、御領内上下の安定、五穀豊穣の御祈祷にも、朝廷を畏敬なさるに勝る御事はないであろう。その理由は、朝廷を畏れ尊び申し上げなさるのは、天照大御神の大御心に叶いなさる御事であり、天神地祇の御加護が厚くなるからである。世間の学者はただ中国風の道理のみを説き、この詳細を知らないので、今殊更に言明申し上げるのである。あの水戸西山公(NF注:徳川光圀)が、特別にこの御志が厚かった御事は、大日本史を編纂しなさった御趣旨などが、道の根本を弁えなさる程度の、本当にめったにない御心である。そもそも御子孫の中に、これほど明良な殿がいらっしゃったのも、ひとえに神御祖命の御盛徳の余光、天照大御神の御計らいであろうと、返す返す尊くめったにない御事である。だから諸大名方も、御自身の御理解は申すまでもなく、御家中の人々にも、この詳細をよく仰せになり、常々互いに謹んで、朝廷を畏敬し申し上げるように。また公卿や官人たちも、その禄こそ少なくとも、相応な官職を身に帯びて、皇朝に直接に御仕え申し上げなさり、その重要な御礼典をも執り行いなさる人々なので、尊い公卿の御方々は申すまでもなく、末の官人たちに至るまでも、相応に厚く敬意と礼儀を加えるべきである。その禄が少なく身分が低いのを侮って、決して非礼があってはならない。たとえ身分の低い人でも、官人は皇朝に御仕え申し上げる人である。
 しかし今の世の中は大体において、堂上の御方々は厚く尊敬するのだが、地下と申す官人たちを、その禄が少なく身分が低いのを侮って、物の数とも思わないようであるのは、決してあってはならぬ事である。禄が少ないのは、乱世にみな武士に奪い取られたためである。だから心ある人は、そこの所をよく考え弁えて、ますます大切に遇するべきである。
 天下の神社は、昔は相応に、朝廷がお祀りなさる御事で、諸国の小さい社までも、その国司が承って、祀られていたのであるが、今は天下の事を、大将軍家が執り行われる御世であり、諸国の神社の御事は、朝廷からは御力が及びなさらないので、その国々を治めなさる御方々が、懇ろにお祀りなさるべき御事である。それなのに中世の長い兵乱によって、天下の神社は大いに荒廃し、祭典も廃れ、あるものはその社跡もなく廃絶し、また存在していてもそれと分からないなど、総じて神社は、たいへんな衰微であるが、太平の御世に復すると、御再興したのもあるが、それでも全ては御手が及ばないのであろうか、今に至るまで、廃れたままなのが多いのは、大変に嘆かわしい事である。現在は全体として大名が、領内の神を祀りなさる様子は、ただ戦国の頃のままで、疎かである。今の世の国家繁昌や、諸大名の盛大な勢いに応じると、神社はどれほど興隆なさっても良いのに、神国の実情に合わず、神社が衰えていることは、返す返すも嘆かわしい事である。そもそも神を敬い祀る事は、誰でも良く知っている事であるが、真実の道の根本の詳細を知らないため、世間の人が思う所は、やはり大変に疎かである。別巻(NF注:「玉くしげ」参照)でその詳細は詳しく申した。
 今このように目出度い太平の御世が長く続いたのに付けて、大名方はますます、領内の神社を興隆させ、厚くお祀りなさり、特に延喜式にある(由緒正しい)神社などは、御自身も折々に御参詣なさるべきである。特に尾張の熱田大神(NF注:熱田神宮)、紀州の日前国懸両大神(NF注:日前神宮・国懸神宮で紀伊国一宮)、出雲の杵築大国主大神(NF注:出雲大社)などの類、その他にもこのような特に由緒のあらせられる大社は、なおさらその領主が、大切に厚く尊び祀りなさるべきである。昔に神領であった地も、中世の兵乱で、みな奪い取られなさり、今は大名の領地となっている所が多いので、その御冥加のためだけでも、等閑にはすべきでない。その他に御武運長久の御為にも、領内安全の為にも、五穀豊穣の為にも、必ず神を厚く祀りなさる御政があって欲しいものである。そしてまた領内村々の産土神、城下町の神社など、領主から祀りなさるほどの神社でなくとも、命令を出されて、その所々の神社を十分に大切に致し、神事を粗略に致すべきでない事を、常々懇ろに示しなさるべきである。
 それなのにこの頃は総じて、神社神事などへの、上の取り扱いは大変疎かで、村々町々の神事などは、仮初の無駄事のように考えて、これを抑え、軽くするように言いつけ、下々でも、神事に出費が多いのは、無益な出費のように考える者もいるのは、みな大変な間違いである。何事も神の御恵み、御守りがなければ、世に良い事はない。困窮して苦しければ、ますます神を暑く祀るべきである。それなのに世間で倹約といえば、まず第一にこの神事、または先祖の祀りから省略しようとするのは、どういう事であるか。そもそも今の世で一同、次第に華美になり、贅沢が増長しているので、それに準じて、神事をも次第に華美に丁寧にするべきなのは、当たり前である。自分の身分のみ贅沢を増長し、神を祀る事を、増やさずしてどうするのか。たとえ身分の事を、昔に戻して全てを省略するとしても、神事のみは、次第に丁寧さを増すのが本来であろう。また神事に、風流事や俳優を用いての芝居をして、または酒を飲み楽しみ遊ぶのを、無益な事と思うのも、大変な間違いである。神に物を供えて祀るのみでなく、人も同じように、飲食し面白く賑やかに楽しみ遊ぶのを、神は御喜びになるのである。これらの詳細は、通例の学者や、神道者なども、夢にも知らない事であり、世間で大いに誤解があるのである。総じて世間の人が良い考えと思うのは、どれも中国風の理屈であるので、その中には、本当の道理に適わない事も多い。領主たる御方や、ならびに役人達なども、国の為を思い、災害が起こらず、凶事がなく、上下共に安全に栄えて、長久である事をお願いなさるなら、これらの根本の心がけが、大切であろう。
天明七年十二月

むすび
 以上、具体的な政治的献言について見てきました。出費の増加や冗官による財政難、重税による庶民の生活困窮など的を射ているものも確かにあります。しかし一方で、原則論・理想論に終始している部分や国際情勢を必ずしも理解していない部分も存在し、総体として「学者の政治論」の典型といってよさそうです。ただ、当時の情勢解析の一つとして史料的価値は小さくないと言えるでしょう。


参考文献
本居宣長全集第八巻 筑摩書房


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