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本居宣長『手枕』  翻訳:NF


 「源氏物語」において六条御息所は、源氏への愛に執着して生霊と化し源氏の正室・葵の上を死に至らせるなど女性の情念の恐ろしさを体現した重要な登場人物です。しかし、その御息所と源氏の馴れ初めを描いた部分が物語には存在しません(欠落した一巻があり、そこに描かれたのではないかとも言われています)。そこで、「源氏物語」の愛好者である宣長がその部分を自ら創作したのが「手枕」です。位置的には「空蝉」と「夕顔」の間を想定しています。
 話の流れとしては以下の通りです。夫である東宮(皇太子)を失い悲しみにくれる御息所を心配した帝(源氏の父)が源氏に命じて訪問させる所から話が始まり、そのうちに御息所の嗜み深さに源氏が心惹かれて懸想するようになります。御息所も源氏の訪問に心ときめかせてはいるものの亡夫への申し訳なさや恥ずかしさから当初は拒んでいました。しかし女房達もこの二人が結ばれたものと考えて然るべく取り計らった事もあり源氏と御息所は二人で夜を過ごす事となり、御息所はこれも宿命と感慨に耽るのでした。場面描写や展開は「源氏物語」の他の場面を参考にしており、例えば寓居する末摘花や落葉宮に近づく夕霧、空蝉に言い寄る源氏や逢った後の空蝉の心、女三宮から戻る源氏などがもととなっていると指摘されています。
 創作時期は、文体当人の記録など宝暦十三年(1763)頃と考えられています。この頃には「源氏物語年紀考」など源氏研究がある程度緒につき「紫文要領」への基本が形成されつつある時期でもありました。この時期に創作された「手枕」は、創作作品としての評価はともかく、宣長が如何に「源氏物語」に魂を奪われていたか、また「源氏」登場人物のキャラクターや心理状態をいかに把握しているかを知る上で格好の資料と言えます。
 後年に宣長が校訂を加えた事もあり、複数の版が存在するようですが当初の形に近いと言われる「寛政七年刊本」を基準に全文を現代語訳します。以下は、筑摩書房の「本居宣長全集 別巻一」に掲載された「寛政七年刊本」を基に他の版も参考にして現代語訳しています。出来るだけ逐語訳しているつもりですが、意味の通りにくい所は意訳も含んでいますし古文の現代語訳は久しぶりなのでおかしなところもあるかもしれません。御了承下さい。もし原文が気になる方がおられたら、全集の原文に当たって下されば幸いです。この現代語訳の目的は、宣長の手によるこの作品を紹介し興味を持っていただくことですので、少しでも面白そうだと思っていただければこれに過ぎる喜びはありません。

現代語訳
 先の東宮と申し上げるのは、帝の実の御兄弟でいらっしゃるが、帝の御世の当初から東宮となりなさって、一般の方々の間での御評判はもちろんのこと、帝と東宮のそれぞれの御様子もまた、たいそう御立派で、この上ないものと互いにお考えになっており、世間の人も、大層御立派な皇太子であると、たのもしく敬い申し上げており、行く末も洋々として、物足りない事がない御身分である筈なのに、どのような御心情を御持ちになられたのでしょうか、世間をどうにもならず空しいものと御考えになり、常々、何とかしてこのような苦痛で気詰まりな身の上でなく、生きている限りは、心穏やかでのんびりと、思い残す事無く、好きなようにして、日を明かし暮らしていく方法がないものだろうか、とばかり御考えになり時を過ごしておられたが、とうとう御考えのように、東宮を辞退申し上げなさり、六条京極辺りに居住してらっしゃる。大体の屋敷の構造は、改めて言うまでもなく立派で、前栽などは、情趣ある様子に、やや深々と辺りに植え、池は心持ち広く、清らかに水を引いている様子など、すべて心惹かれ、特別に興深く、当世風で華やかな宮殿の有様である。
 東宮の地位にいらっしゃった時、その当時の大臣がその正妻の子で、この上なく大切に育てなされた御息女を、思うところあって東宮に差し上げなさった。東宮のその姫への御寵愛は深く、心惹かれるほど睦まじい御関係であり、一途で誠実な御二人の御縁は深かったため、たいそう美しくかわいらしい女宮を、妃は産み申上げなさった。
 御二人は自分達の間に生まれた女宮をこの上なく愛しいものと御考え申し上げながら、一日中大切に御育てなさりながら、月日を過ごしておられたが、この宮が四つにおなりになった年の秋、父宮はちょっとした御病気のようであったが、急にお亡くなりになった。父宮はまだ盛りの御年頃で、このように急にあっけなくお亡くなりになった事を、帝も、大層残念にお思いになって悲しまれ、世間の人も惜しみ申し上げない者はない。まして、御息所(注1)の御心が乱れるさまといったら、何もお考えにならず、幸せであった過去や夫君のおられない今後を思われて悲しみにくれ、もってのほかに思われ心乱れるのも道理である。長年においてまたとない御夫婦の御縁を、互いにこの上なく頼みにし合われていたので、御息所は(このまま一人で)世を生きていこうと思われなかったが、死出の旅路は、思われるようにはならないことであり、夫君の後を追い申し上げなさるわけに行かないのが、御息所にとって残念で情けない。幼い女宮が、無心に、遊びながら歩き回っているのを御覧になるにつけても、御息所は一層悲しい御心が募って、かえって夫君が思い出される(注2)
 女宮が御成長なされる月日につけても、御息所は昼夜もなく故夫君を思い悲しんでおられるうち、引き続いて父大臣さえもお亡くなりになってしまわれたので、一層頼りなく心細い御気持ちでいらっしゃるが、御息所は「自分一人なら、今はともかくもこのようにしてでもいられるだろう。悲しみのままに出家して、世間から離れた山里に隠棲しても、何とかなるであろう。」とお思いになるけれど、「ただこの幼い宮の御将来が心配で、このように頼りになる人々に先立たれ申し上げなさり、しっかりした御後見もないというのに、自分さえ宮を見捨てもうしあげたなら、どのようにして宮は世間でやっていかれるだろうか、やっていけないであろう。」とたいそう御心配で、きっぱりと世間を思い切る事はおできになれず、宮を後見する人がいない状態で、世の中に残し申し上げる事ばかりを、たいそうお考えになり心迷われながら、年月がすぎてゆくのであるが、お仕えする全ての女房達も、御息所の御人柄がめったにないほどに素晴らしいので、そのまま留まり申し上げ、全く退去し去る者もなく、大体の様子は以前と変わることはなかったが、御息所は事につけては自然に、心細く頼るものもないような気持ちになりなさって、悲しいと思うことも多かった。季節ごとの花や紅葉を御覧になっても、その色や香りを、亡き夫君と一緒に見ておられた昔の事ばかりが、尽きることなく思い出されるのであったが、姫宮の御容姿が、平凡で目に留まらないようなことはなく、かわいらしくこの上ないものに成長しなさっているのを、御息所はこの世での心の慰めとなさって、日を明かし過ごしておられる。御息所は姫宮を可愛がりなさり、お手習いをさせ申し上げなさり、御琴をお教え申し上げなさり、「何とかして何事でも、立派に育て上げよう」と御決心なさっておられるので、お仕えする人々も、大層心遣いをして、全てにつけて心惹かれる屋敷の内側である。
 帝も、亡き先東宮の事をお忘れにはならず、感慨深く思い出され、折に触れてお見舞いを絶えることなくなさっておられる。帝は、源氏の君にも、「先東宮の御息所が悲しみに暮れつつ物思いに耽っておられるようなので、折に触れて訪問せよ。」と仰ったので、源氏は「御息所は大層心惹かれる由緒のあるお方である。」と以前より聞いておられた折の事でもあったため、(面倒ではあったけれど)一方では興味深くお思いになって、ある日に内裏より御息所のもとへ参上なさろうとなされ、夕方になって出発された。内裏から御息所の屋敷までは遠かったので、すっかり日が暮れてから源氏は到着なされた。屋敷の御門のところに源氏は御車を止めさせ、屋敷に御随身(注3)を入らせて取次ぎをさせなさる間に、少し身を乗り出して屋敷に見入りなさったところ、屋敷の木立は大層古めかしい感じで、辺りが薄暗く見えており、様子が静かでしっとりした感じであり、源氏は心惹かれる様子だと感じられなさっていると、それと聞き分けられない程度の楽器の音が、松風と互いに響き合って、絶え絶えに聞えてくるのも、興深く優美で、大層見事な琴の音色だと聞き入りなさるうちにも、御心が高鳴って、「御息所は何事も世に名高く御立派になさっているので、この音は間違う筈もなく、御息所の琴の音である。」と、御耳を止めて聞いていらっしゃる。屋敷の内では、いきなりの源氏の御訪問であるので、人々は「あらまあ。」とばかりに慌てて、がやがやと騒いでいるため、御息所の御琴は弾き止みなさった。「途中だったのに。」と、源氏は残念に思われる。源氏の護衛が屋敷から(取次ぎを終えて)出てきたので、源氏は御車からお降りになるが、源氏が向こうをたいそう意識して自分の様子に気を配りつつ、体裁を整えて動作をし、屋敷に歩いて入りなさるご様子は、この上なく優美で、華やかであって、大変輝かしいまで立派であり、屋敷の者には(気後れしたため)にわかに源氏のもとにでてくる人もなかったので、源氏は屋敷の外近くでじっと立ち止まり、物思いに耽っていらっしゃる。大層時間がたってから、中将の君という女房が出てきて、「御息所のお思いにならないような御訪問なので、何事も大変決まりが悪く、もったいないことでございます。」と申し上げて、源氏に敷物をお出しする様子は、たいそう物慣れている。源氏は、「この先もこちらに参りまして、ご様子(注4)もお伺いしたい。」と強くお思いになっておられますが、色々とお考えになってであろうか、「私の心持ちも、これまで御息所は御存知ではいらっしゃいませんでした。帝もいつも、故宮の御事を、一日中お忘れになってはおられません。今の御様子が、おいたわしく心痛む事です。」とおおせ出されながら、「姫宮はどれほどかわいらしくいらっしゃるのだろう」などと、御心を寄せる様子が深い様子など、総じて源氏の御訪問は、たいそう情がこもっており、「このように初めて参りましたので、また時間のあるときに参ります。」と仰って、その夜は真面目な様子で屋敷を出られました。このようにわざわざ屋敷にいらっしゃった源氏の御厚意を、御息所はなぜおろそかに思われるであろうか(、いや、大変に感謝なされた)。
 こうした後は、折に触れての御便りも絶えることなく、また源氏御自身も参上しなさったりするうちに、何事にも御息所が予想したより素晴らしくていらっしゃって、どこまでも上品で、重々しく由緒ありげな御様子である事に、たいそう源氏は御心が惹かれ、長らく他の事に思いを致して、御息所を訪問申し上げずに過ごしていた事すら、残念にお思いになる。折に触れて、源氏が奇妙で本気とは思われないような事を御息所に何気なく口に出し、源氏からの御便りにも、意味ありげな内容が混じっていく(注5)ので、御息所は源氏の情深い御厚意については、嬉しいとお思いになるものの、こうした嬉しいという御心情が自身の心中にある事を、たいそう気に入らず、嫌だとお思いになり、源氏からのお便りへの御返事もめったになかったのに対し、源氏は一層御息所に御心を懸けられて、御便りも非常に頻繁で、惟光(注6)などが懸命に御息所の屋敷に(源氏の御使いとして)参上して通い、源氏が真面目に熱心な様子で、御息所に懸想申し上げなさるのが、二年程度になったので、女君(注7)の御心にも、そうは言いつつもだんだんと色々身に染みてお感じになるようになり、御息所からもそれほどそっけないという訳でなく、時節の興趣についてはなおざりにせず、親しげな様子での御便りを差し上げなさる。そうしたかりそめの御便りでの御言葉遣いも、言葉に言い表せないほど優美で、御筆跡は大変気品があり、素晴らしく御便りを御息所がお書きになるのを、(お便りの)頻度が少ないながら御覧になるにつけても、源氏はめったにないことでありそのままにはしておけないとお思いになり、取り立てて言うほどもない木や草を見ても、興深いと御息所の御心に留まるであろう時を逃さず、思いの深い様子を御息所に示し申し上げなさるが、女君は、心惹かれるであろう好意も、たいそう良くないとお思いになり、「人を介しての御返事も、体裁が悪いであろうからやめよう。」と思われる御心は、全く揺るぐはずもなかった。
 年が明けて、春めいた風の頃にも(注8)、御息所の御心は親しみを感じにくく、そっけなさばかりがまさっていた。源氏は御息所の御様子についてお考えになるにつけ、たいそうもったいなくそして慕わしいのであるが、無理に口説き落とし申し上げる事はおできにならない。あれやこれやと思い乱れなさっていたが、いっそうこの頃は、左大臣家(注9)へは通わない夜ばかりとなり、左大臣家より不満を言われなさる。内裏でのどかな春の退屈な時に、雨も降り続き、昼もたいそう長いため、源氏はいっそう御息所の事を思い悩まれ、「(起きている訳でもなく眠っている訳でもなく夜を明かし)春のものを(ぼんやり眺めて物思いに耽りくらしていることだ)。」(注10)と内心で嘆息し、

うき人に見せばや袖のなみだ川 けふのながめにまさるふかさを
(つれないあの方に見せたいものだ。私の袖にあの方を思い流した涙でできた川は、今日ぼんやり物思いに耽りながら見ている長雨にも勝る深さであることよ。)

と歌を詠まれた。
 今夜も左大臣家では源氏の通われるのをお待ち申し上げなさっていたが、源氏は車で左大臣家を通り過ぎ、御息所のもとへ通いなさる。たいそう人目につかないよう注意なさっていたので、源氏御自身も常にないほどに目立たず質素な様子にしておられる。(御息所の家では)例の中将が出てきて、御息所の御伝言を伝え申し上げる。「全くこのようにたびたび源氏の君がおいでになられることにつけて、年来のまたとないほどの御厚意であると、驚くほどに思いもうしあげていますが、今夜は私は病気で気分が悪く耐え難く、家の外近い場所にも動く事ができませんので、私自身は源氏の君に(お礼を)申し上げることはできず、少し私の体調がましである機会がございましたら、年来のお礼も、ゆっくりと申し上げましょう。」と御息所は申し出なさっており、御息所が源氏とお会いなさることは、決してないであろうと源氏はお思いになった。源氏は、情けなく辛いことだとお思いになり、「この御簾の前でだけ私がこうしておりますのは、大変辛いことです。私は取るに足りない身ですが、貴方様への浅くはない思いも、年来と言ってよいほどになってございますので、いくらなんでも御存知でいらっしゃるでしょうに、私をその辺りの廊下に寄り添わせなさるなら、このようによそよそしくばかり振舞っておられるべきでしょうか。いや、そうではありますまい。人を介してではなく、御息所御自身からただ心惹かれるとだけ仰るなら、私の深い心悩みも慰められるでしょうが、そっけないこのようなことは、まだ私は慣れておりません。具合が悪いと伺っている御様子の御見舞いも、人を介さず私自身で致しましょう。」といって、御簾の端をかぶって首を差し入れながら中にお入りになる。人々も「確かにすのこ(注11)にいて頂くのはお気の毒である事だ。」と心配して源氏を内に入れ申し上げる。
 女君は、建物の外近い場所で、まだ御格子(注12)を人々がお上げ申し上げていない状態で、雨雲の晴間に見える月が、興趣ある様子ですこし霞がかって優美である空を、ぼんやりと見ておられる様子であった。源氏はあれこれとまといつきながら、(御息所が向こうにおられる)障子のそばに忍び寄りなさって、「全くこのようにしみじみとした夜の趣で、私の思いを打ち明ければ、御息所もひょっとすると心惹かれるとお思いになるかもしれない時節だなあ。」とお思いになり、引き返そうという気持ちにはおなりにならない。

こよひだにあはれはかけよ明日はよもながらふべくもあらぬ玉のを
(せめて今夜だけでも私に思いをかけてください、貴方に思い焦がれたため明日は全く生き永らえられるはずもない私の命です。)

とお詠みになる。「恋をしたなら(想う人に添い遂げられず夜が明けたなら春の日が)長いので想い人を(薄情だと思うだろう)。(注13)」と源氏が独り言のように仰る気配が、大変近くなので、女君は、薄気味悪くおなりになったけれど、そうは言っても源氏は他の所に住んでいながらも、年来お手紙を差し上げ馴染まれているので、無闇に知らない人が入ってきたかのように、気に沿わず穏やかならない訳ではなかったからであろうか(注14)

我にしもあやななかけそ絶ぬべきみだれやよそのあだの玉のを
(私に道理に合わず関わらせないで下さい、絶えてしまうであろう思い乱れ関係ないかいのない玉を結ぶ紐のような命に。)

と詠まれた。「恨みがましい事ですよ。」と、御息所がひっそりと、仰るようすなのも、「何たる事を仰ったのだ。」と残念に思い、御息所がおもむろに引っ込まれようとなさる様子なので、源氏は障子をそっと押し開け、膝を付いて御息所に寄りながら、御息所の御装束の裾を引き止めて、「もったいない事ですが、私の心を聞きなれなさった年月も重なっているでしょうに、どうしてこのように、よそよそしく疎遠に私を扱いなさるのです。おのずとお聞き及びになっておられるでしょうが、世間の常である軽率で思いのほどが浅薄な、好色めいたことは、全く思っておりません。貴方様が私の思いをお許しにならないのなら、今後は恐れ多い心は、一切働かせません。しかしそのまま、無為に朽ち果てるであろう私の嘆きを、一端を申し上げようとするまでです。」と言って、たいそう穏やかに、きちんと気を落ち着かせて、たいそう心が抑え難くなっている様子を、しっかりと申し上げなさる。
 源氏の御様子が言い表せぬほど心惹かれ、品があり優美であるので、女も、心惹かれるとお思いになる様子がないわけでもないが、こうした思うに任せない御様子なので、源氏は強気に振舞う事もおできにならず、風がひんやりと吹いて、夜がたいそう更けていく時刻だが、御格子もそのままで、暗くなっていく月の光も、(消えるか消えないか)どっちつかずな様子なので、御傍らにある短い几帳(注15)を隔てて、一時凌ぎといった様子で、源氏は御息所の横でお休みになった。人々は、こうであったと見て取って、全員引き下がって遠くで休んだ。全くこのような逃れがたい運命の有様を、女君は、たいそう辛く、残念だと身に染みてお感じになり、「とうとう今更、大人気なく不相応な事を、私に仕える人々が思っているだろう事も、死にたいほどに理不尽で気詰まりで、一方で人の噂も隠れようのない世の中に、軽率で軽々しいという私の評判も湧き上がるだろう。」と、あれこれと思い悩まれながら、ただ出来ることと言えば、ひどく涙に暮れなさるばかりで、源氏に親しまれない御様子を、源氏はいたわしいとお思いになり、丁重に想いを誓い御息所をなだめなさる事が繰り返しあった。
 そうでなくとも春の夜の常として、たいそう束の間であり、明方近くとなったので、西の空の月が、たいそううっすらと霞が掛かっていた。

かはすまもはかなき夢のたまくらになごりかすめる春の夜の月
(想いを交わす時間もあっという間の夢で、腕を枕にしていると、その夜のように儚く残る気配も霞んでいる春の夜の月であることよ。)(注16)

と源氏は詠んで「どのように月を御覧になっておられますか。」と申し上げたところ、御息所は、

おぼろけの身のうさならば春の夜のかすめる月もともに見ましを
(我が身の辛さが並一通りであるならば、春の夜のかすんでいる月も貴方と一緒に見るものを。しかし、辛さが一通りでなく月を見る気になれません。)(注17)

とお詠みになり御衣装を引き被って視線をお向けにもなっていないのに対し、源氏は情を込めて親しげな様子で御息所に語らって起き上がり、出立なさろうとして、やはり御息所の御姿が優美なので、「心惹かれる空の様子も、私と共に御覧なされるなら、大変な心悩みも、少しは落ち着かれるでしょうに、余りに内気な御様子ですよ。」と熱心に外近くに御息所をお誘い申し上げなさると、御息所はたいへんどうしようもなく決まりが悪かったが、少し膝を付けて(外近くに)お出でなさると、夜が明けていく空は霊妙で夜とも昼とも付かない様子で、御息所があれこれと(決まり悪さを)目立たないようにしておられる御振舞いは、どこまでも心配りがあり、上品でかわいらしかった。心惹かれる明方の月光に、御息所の御髪が垂れかかった横顔は、言いようもなく、たいそうすばらしいと見ていても、全く源氏は御心惹かれ、やはり立ち去りにくそうにためらっておられると、源氏の御供の人々は、声を立てて騒ぎ立て、「夜が明けましたぞ。」と、急き立てるのも、あわただしく、源氏は気に入らなくさえお思いになるけれど、むやみに気後れしてあれこれ思い悩まれた御息所の御心も、いとおしく思われ、一方で自分のためにも、見苦しいだろうと思い直して、明るくなりきっていない頃の明方の空の、朝霞にまぎれて、こっそりと御息所の屋敷を出発なされたと言う事だ。

三のひら 中々の忍草なめり(かえって夫君が思い出される)
むすびおきしかたみのこだになかりせば何にしのふの草をつままし
(互いに契りを結び合った二人の形見であるこの子さえいなければ、どうして忍草を摘むように亡くなった貴方を思い出すことがありましょうか。)を踏まえている。

八のひら 春たつ風にも云々(春めいた風の頃にも云々)
袖ひぢてむすびし水のこほれるを春たつけふの風やとくらん
(袖をぬらして汲んだ水が凍っているのを、春めいた今日の風が溶かした事だ。)を踏まえている。

同ひら 春のものとて(春のものを)
おきもせずねもせでよるをあかしては春のものとてながめくらしつ
(起きている訳でもなく寝ている訳でもなく夜を明かしては、春のものをぼんやり眺めながら物思いに耽り暮らしている。)を踏まえている。

十のひら 長くや人を(長いので、想い人を)
あはずしてこよひ明なば春の日のなかくや人をつらしとおもはん
(想う人と添い遂げられずに今夜が明けたならば、春の日が長いので想い人を薄情だと想うだろう。)を踏まえている。

 この文章は、源氏の物語で六條御息所との御関係の始め(の描写)が見えなかったのを、我が鈴屋大人がその物語の語り口を真似て早い段階でお書きになられたのを、私がこの度大人に請い求めて同好の友人達のために版木に彫り付けたのである。このように言うのは寛政の四年という年の春のことである。
                                   尾張国海部郡大館高門
          版元 尾張名古屋本町通七丁目 永楽屋東四郎

最後に
 出来るだけ逐語訳したのですが、昔の物語文は一文一文が大変長いのです。なので、現代文としてはダラダラした悪文の見本みたいになって読みにくいとも思います。何とか折り合いをつけようとも思ったのですが、訳者の力量不足でなんともなりませんでした。すみません。

注1:天皇・東宮の妃、ここでは先東宮の妃、つまり六条御息所。
注2:末尾近くの「三のひら」参照。
注3:護衛。
注4:「昔の思い出話」とある写本もあり。
注5:源氏が御息所に懸想し言い寄っている事を仄めかしている。
注6:源氏の乳兄弟で側近。
注7:御息所。
注8:末尾近くの「八のひら」参照。
注9:源氏の正妻である葵上の実家であり彼女が居住。当時、源氏は葵上とはそりが合わなかった。
注10:末尾近くの「同ひら」参照。
注11:寝殿造の建物の外側にある竹を並べた縁側。廂の外側にある。
注12:細い角材を縦横に細かく組んで黒塗りにした戸。建物の柱と柱の間に埋め込む。
注13:末尾近くの「十のひら」参照。
注14:これに続く歌で御息所は源氏を拒絶してはいるが、男性に直々に言葉をかけている事自体が距離の近さを示すものであり単純な拒絶とは言えない。
注15:台に立てた脚に横木を渡し、そこから布を垂らして部屋の仕切りとした家具。
注16:物語文面からは、二人が情事を遂げてないように読み取れる。しかし、この歌で源氏が「夢」「手枕」という言葉を用いている事は注目に値する。「源氏物語」本文で、源氏が藤壺と密通した時や柏木が女三宮と密通した時の歌に「夢」が用いられている。また、「手枕」という言葉は歌で用いられた際には男女の共寝を意味する事が多い。この一篇が「手枕」と名付けられている事も考慮し、以上から考えると、二人の逢瀬がそれとなく仄めかされているという見方もできる。
注17:「おぼろけ」は春の霞んで見える「朧月」と掛けている。


参考文献
本居宣長全集 別巻一 筑摩書房
本居宣長全集 第四巻 筑摩書房
日本古典文学大系14-18源氏物語 岩波書店


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