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引きこもりニート列伝その30 スピノザ  NF


引きこもりニート列伝その30 スピノザ(1632-1677)

略歴
 オランダの哲学者、神学者。デカルト、ライプニッツと並ぶ合理主義哲学者として知られる。その自然汎神論など独特な思想は、アインシュタインやゲーテなどに影響を与えた。
 アムステルダムのユダヤ人の家庭に生まれる。幼少の頃より学問の才能を示し、ラビとなる訓練を受けたが伝統から自由な宗教観を持ちユダヤ人共同体から破門・追放される。その後はハーグに移住し、転居を繰り返しながら執筆生活を行う。オランダ共和派の有力者、ヤン・デ・ウィットと親交を結び、政治情勢の変化などに対応して「神学・政治論」を執筆し1670年に出版。
 1673年にプファルツ選帝侯からハイデルベルク大学教授に招聘されるが、思索の自由が脅かされることを恐れて辞退した。1674年に「神学・政治論」が禁書となり、翌1675年に完成した「エチカ」出版を断念するに至る。肺病によりハーグ近郊で44歳の生涯を終えた。
 生前の著作は「デカルトの哲学原理」「神学・政治論」のみで、「人間知性改善論」や「エチカ」などは没後に出版されている。


 スピノザは富裕な商人の子として生まれ、ユダヤ教聖職者となるために教育を受けましたが聖書の教えと対立し破門されました。こうした傾向は当時のユダヤ社会の若者に比較的多く見られたようです。
 その後は、定職に付かず思想の執筆に専念していました。まあ、レンズ磨きによって辛うじて生計を立てていたとも言われているため、厳密にはニートとは言えないようですが友人の援助による所も大きかったのでないかと推測されます。
 定職に就かなかったのは、反対者による暗殺未遂もあったため身の安全のためと思われますが、本人が財産への拘りがなかったのも事実の様です。ハイデルベルク大学教授職を断ったのはまだ分かりますが、著書を献じれば年金を支給すると言うルイ14世の申し出も拒絶したと言う話も残っています。…欲望が淡白なのは良いですが、生活をどうする気だったんでしょうか。
 最期はレンズ磨きでの粉塵で肺を悪くして命を落としたと言いますから、生活苦の中で命を削られたと言って良さそうです。

おわりに
 スピノザも、宮仕えや人付き合いを嫌う引きこもり気質だったようですね。交際がある人物の数も少数であったそうです。…哲学者はそんなのばっかりですな。それにしても、こういった人物が自己を保つのは、ある意味で寿命と引き換えなんだな、と言う事がよく分かります。

参考文献
スピノザ 実践の哲学 ジル・ドゥルーズ著 鈴木雅大訳 平凡社
スピノザ往復書簡集 畠山尚志訳 岩波文庫
エチカ(上)(下) 畠山尚志訳 岩波文庫
世界伝記大事典6 ほるぷ出版
エンカルタ百科事典 マイクロソフト


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