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引きこもりニート列伝その29 ニーチェ  NF


引きこもりニート列伝その29 ニーチェ(1844〜1900)

 今回は、「神は死んだ」という台詞で知られ近代に大きな影響を持った哲学者・ニーチェです。

略歴
 ドイツの哲学者・詩人。19世紀末から20世紀にかけて大きな影響力を持った哲学者である。プロイセンのレッケンでルター派牧師の子として生まれた。ボン大学・ライプチヒ大学で古典文献学を学び24歳でバーゼル大学の古典文献学教授となった。79年に病気のため辞職している。初期ギリシャ哲学・ショーペンハウエル・進化論・ワーグナーから思想的に影響を受けたと言われ、「悲劇の誕生」(1872)、「ツァラトゥストラはこう語った」(1883〜85)、「善悪の彼岸」(1886)、「道徳の系譜学」(1887)、「アンチキリスト」(1888)、「この人を見よ」(1889)、遺稿「力への意志」(1901)など多くの作品を残している。キリスト教による伝統的道徳を、強者に怨念や恨み(ルサンチマン)を抱いた弱者が作った不自然なものと喝破し新たな理想像として「超人」を提唱。不撓不屈・孤高であり受難・苦痛も含め現世を肯定する自立した存在とした。過酷な運命が永久に繰り返される「永遠回帰」をも肯定し、「力への意志」をもつことでニヒリズムを克服する事を理想とした。彼の思想は一時期はナチ
スなど全体主義を正当化するために利用された事もあるが、トーマス・マンら文学者やヤスパースやサルトルらの哲学者にも影響を与えた。


 ニーチェは大変な秀才であり、わずか24歳の若さで教授職となるほどでした。しかしながら、この頃には梅毒に罹患していたと言われます。その真偽は不明ですが、早い段階から偏頭痛や胃炎に悩まされていたのは事実のようで、35歳で職を続けられなくなり辞職を余儀なくされています。この時に三千フランの年金を受け取っており、以降はそれを元に食いつないでいたようです。
 教授時代において既に、ワーグナーと親交を結びつつもその通俗性を嫌い絶縁するに至ると言った激しい一面を見せていますが、無職となってからはそうした傾向に一層拍車が掛かっていきます。哲学者として思想を発展させ著作の多くをものしたのはこうした時期の事ですが、文章表現といい思想内容といい当時の人々の理解を超えたものとなっていき著作の売れ行きも捗々しくなかったそうです。対人関係に問題を抱え社会不適合性を著しく露呈させていると言えますが、哲学者としては良くある話です。ただ、実際の経済面においてはかなり困ったと思われます。おまけに、ルー・サロメという女性が絡んでの三角関係とその破綻に苦しんだのもこの時代ですから、物心両面で踏んだり蹴ったり。
 そうした苦境において、ニーチェはやがて精神に異常を来たし母の家に引き取られ、そこで生涯を終えることになります。
 弱者のルサンチマンによる道徳を否定してこれを克服する事を提唱したニーチェですが、自身の生涯は社会不適合とそれに伴うニート生活による苦境から生じたルサンチマンによって押しつぶされようとする自己との戦いであったと言えます。「超人」とは、彼が人生の苦しみにおいて夢想した見果てぬ夢だったのかもしれません。

おわりに
 哲学はよく分からんのに、随分偉そうな事を語ってしまった。ひょっとすると、ちゃんと理解できてないところがあるかもしれません。その際は平に御容赦。

参考文献
ニーチェ 三島憲一著 岩波新書
ニーチェ ジャン・グラニエ 須藤訓任訳 白水社
ニーチェ 須藤訓任 講談社選書メチエ
人間ニーチェ 秋山英夫著 現代教養文庫
世界の名著46 ニーチェ 「ツァラトゥストラ」他 中央公論社
エンカルタ百科事典 マイクロソフト


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