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引きこもりニート列伝その12 洪秀全  NF


引きこもりニート列伝その12 洪秀全(1814〜64)

 今回は、中国近代化の先駆者と評価される事もある太平天国の創始者・洪秀全です。

略歴
 中国、清代末期に反清運動の中核となった太平天国の創始者。広東省花県の客家(他郷からの移住者)農民の子として生まれた。幼少期より聡明であったため一族の期待を負い勉強に励んで科挙合格を目指す。村塾の教師をしながら科挙を四回受験したが、失敗。四度目の不合格後、キリスト教の影響を受け拝上帝会(上帝会)という新興宗教を始めた。
 拝上帝会は、差別・貧困のない平等な世界を理想として禁欲的戒律を説き、信者を増やしていった。1850年末に清に対し蜂起し戦闘に突入。翌年、洪秀全は太平天国の樹立を宣言、天王と称した。53年には南京を占領して天京と改称し首都とする。その後は幹部との権力闘争により太平天国は内部崩壊。64年、曽国藩により包囲される中で南京陥落の直前に病死。


 洪秀全の実家は客家の比較的経済的余裕がある家庭で、一門は彼に期待し少しでも金に余裕があれば彼への学資に廻していました。科挙に合格すれば、一門全てがそれに従って生活水準・社会的地位を上昇できるのですから。そうした状況で育ったので、洪秀全の双肩に掛かった負担は相当なものであったと考えられます。なので、立て続けての不合格は精神に大きな衝撃を与えることになりました。一家を引き立てる切り札になるはずがお荷物ですから。まあ塾で教師をして生計を立てていたようですので厳密にニートといえるか問題ですが。
 三度目の不合格の際にショックで熱病となり寝込み、その際に夢で天から妖魔を退治するよう命令されたと言われています。更に四度目の不合格後にはキリスト教布教冊子「勧世良言」を読み、かつての夢はこの内容を表したもので自分は上帝(エホバ)の子・キリストの弟であり世を正す使命を帯びたのだと信じるようになり新興宗教を興したそうです。
 …たて続きの挫折のショックで奇妙な電波を受信するようになったとしか思えません。宮崎市定氏などは、開港により旧来の流通ルートが寂れて困窮した阿片密売商人が阿片依存症で幻覚を見るようになった洪秀全を担ぎ出して反乱したと述べている位です。

 やがて、教団は秩序壊乱を警戒する政府と衝突するようになり、洪秀全は権力奪取を目標にして武装闘争を開始。…エリートを当初志したものの挫折し、カルト宗教を開いたものの世俗と衝突、以前のルサンチマンもあり権力を求め蜂起。新興宗教で結束を固め流賊として軍勢を増やし各地を攻略する。太平天国の行動パターンは伝統的なカルト宗教・伝統的な中国反乱のそれと言って差し支えありません。

 南京を占領し自らの宮殿に入ってからは表に出ることはなく引きこもり生活に入り、贅沢な生活に耽り女色に溺れたと言われています。それも一般信徒は異性との接触を禁じられているにもかかわらず幹部は多数の美女を侍らせ乱脈の限りを尽くしたそうです。また、虫の居所が悪いと侍女を殴打したり茶坊主を処刑したりした事もあったといわれています。天晴れな俗物振りというしかありません。

おわりに
 洪秀全は挫折続きの結果、電波を受信した俗物でした。それでも、苦しい人生を強いられている人々には、高尚そうな理想を掲げたインテリ様・教祖様に魅了される人も少なくありません。腐っても鯛、歪んでもインテリと言うことでしょうか。挫折は人を育てるとは限らず、歪めてしまう事もあると言う事ですね。難しいものです。
※今回は、不遇時代に塾講師をしていたので不適切との意見もありそうですが…。天京(南京)に入ってから引きこもりになったって事でダメでしょうか(苦しい)?

参考文献
太平天国 増井経夫著 岩波新書
太平天国 李秀成の幕下にありて 全四巻 リンドレー著 増井経夫・今村与志雄訳 平凡社
中国の二つの悲劇 アヘン戦争と太平天国 増井経夫 研文出版
世界の歴史19中華帝国の危機 並木頼寿・井上裕正 中央公論社
中国の大盗賊 高島俊男 講談社現代新書
中国史 下 宮崎市定 岩波書店
中国の歴史 下 貝塚茂樹 岩波新書
陳舜臣中国ライブラリー3太平天国 陳舜臣著 集英社
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