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引きこもりニート列伝その7 カエサル  NF


 引きこもりニート列伝その7 カエサル(前100〜前44) 
 
 今回は、共和制末期の古代ローマを政治的に再建し帝政の基礎を作ったカエサルを扱います。

略歴
 古代ローマ史上もっとも偉大とされる軍人・政治家。
 旧貴族ユリウス氏の子として生まれる。伯父は民衆派の指導者マリウスで、元老院を支持する閥族派と反目。その血縁からカエサルはマリウス派とみなされた。
 民衆派の名門の家系であったため何度か官職には選ばれ、その際に見世物や街道整備に金を惜しまなかったため一定の人気はあったが取り立てた事績は見られない。
 前59年、元老院に対抗するため、負債の保証人として結びつきを強めていた大富豪クラッススや大軍閥を率いる名将ポンペイウスと結束して政治的影響力を強め、コンスルに選出された(第一次三頭政治)。翌年には属州ガリアの総督に任じられ、ガリアに攻め入り、ゲルマン族やウェルキンゲトリクスらを破り9年でガリア地方全域を征服、自らも軍閥化した。クラッススがパルティア王国との戦いで戦死してからはポンペイウスと対立、前49年1月に属州ガリアからルビコン川を渡りイタリアに南下、更にギリシャに逃れたポンペイウスを破る。この後、ポンペイウスはエジプトに逃れ暗殺された。エジプトに入ったカエサルは王位継承争いにまきこまれ、この際に女王クレオパトラを支持。前45年までに地中海世界を平定した。
 前44年に終身独裁官となり、更に護民官・インペラトル(最高司令官)・大神祇官長を兼任し唯一の最高権力者として君臨。地租徴収の請負制撤廃、退役兵への植民地割り当て、南ガリア諸都市へのローマ市民権拡大、陪審員制度の再建、元老院議員増員、太陽暦(ユリウス暦)による暦の合理化などの改革を行い共和制末期の政治腐敗・弱体化・軍閥化に対応。
 しかし元老院議員らにとりカエサルは地位を脅かす存在で、前44年3月15日にカッシウスやブルトゥスらに暗殺された。
 明快で簡潔な文体で知られ、著作に「ガリア戦記」や「内乱記」がある。

青年期の姿
 カエサルは若い頃に閥族派の首領・スラの怒りをかいローマから逃亡し、レスボス島攻撃の軍に幕僚として参加しています。ただ、これは名門の子弟としての特権を生かして軍に入り込んだもので、責任の少ない「お客さん」として遇されていたようです。ビティニアに援軍要請の使者として赴いた際には、現地の王に気に入られ当地の宮廷に逗留し遊興していたようで王との同性愛の噂を立てられる始末。その後も、制圧戦が終了すると面倒な後方勤務より前線勤務を求めて他地域への転任を求め、スラが死去すれば途中で除隊を希望し容れられています。前線の活躍で勲章も得ており勇敢ではありましたが遊び半分の参加と言ってよいでしょう。
 スラの死後にローマに帰り、弁護士として名をあげようとしますが2回続けて敗訴。しかも2回目は有力者を告訴しての失敗だったため、立場が不味くなり再びローマから逃亡。ロードス島に遊学することとしています。ここで弁論を学んだようですが、学業に従事する訳でもなく周辺の紛争に私兵を組織して首を突っ込んでみたり島の見物したりと結構好きなように過ごしていたと言われます。そして叔父が属州総督に任じられると、学問を放り出してそちらに馳せ参じています。

 その後も、民衆派の名門出身と言う事で民衆の票が手に入りやすい立場にあったことからいくつかの役職に当選してはいますが、これといった事績を残しているわけではありません。同時代のポンペイウスが30になるまでに軍人として数多くの功績を挙げているのに対し、カエサルは女たらしとしてそして類例のない借金王として名を挙げる始末で随分な違いです。

 31歳にして初めて会計検査官として中央政界に席を占めますが、これ自体は当時としては標準的で早くも遅くもありません。ただ、この時点で早くも彼の借金は1300タレントに達していたと言われています。約11万人の大軍を一年間養える金額だそうですから、これは尋常ではありません。この時点ではまだ政界デビュー前ですから、一般に言われる見世物など人気取りで作った借金ではありません。書物、更にお洒落や交友関係、愛人たちへの贈り物といった彼個人の浪費でここまで膨れ上がったと言うのですから、開いた口が塞がりません。

 この後も家門の名声もあり、時々役職に当選し辛うじて徐々に昇進を進めてはいました。この間、時に民衆派の名誉回復を画策したり謀反容疑者の死刑に反対したりと動きは見せていますが、結果にはつながらずこれといった事績は残していません。ある時にはアレクサンドロスの伝記を読み「アレクサンドロスが世界を制覇した歳になったのに、自分は何ひとつやっていないではないか」と嘆いたりはするものの、それで何か行動を変えるわけでもない。私財を投じて見世物・街道修復を行い人気取りをしたのはこの時期ですが、その結果として彼の借金は表現できる範囲を超え天文学的な領域に突入。属州ヒスパニアの総督に任じられた時には自邸に借金取りが多数押しかけ家からでられない状況になる有様でした。公人としては穀潰し、私人としては家計破綻。これで終わっていたら、名門の遺産を食い潰す恥さらしと評価されていたでしょう。社会に貢献するわけでなく金を稼いで家計に貢献もしない(当時公職は無給)という、実質的にニートと大差ない状態です。
 
 ここまで借金を重ねながら身の破滅に追い込まれなかったのは、余りに借金の額が大きくなり過ぎたため逆に彼の破産が債権者を追い込みかねない状況にあったため貸す側と借りる側の力関係が通常とは逆になったためだと言います。中でも最大の債権者であり保証人でもあった大富豪にして政治家のクラックスは彼に金を貸し続け時には彼を庇護する役目を負う事になりました。ここまで来るとある意味天晴れとしかいえません。

 40歳になる頃から、急速に台頭し政治の中枢で重きを成すようになります。ポンペイウスが元老院と対立しているのを見て取り、庇護者・クラッススを交えて彼と手を組み自らの政治的影響力を強めます。これ以降の彼の活躍は知られている通りです。

 彼が世に出る上で功を奏した要因は、血統のよさとそれに伴うコネによる昇進、大借金を逆手にとってスポンサー・庇護者を手に入れる面の皮の厚さと開き直り精神。そして絶好の機会を逃さない眼力といえます。やっぱり門地・コネは必要、そして機会と眼力。時には逆転の発想と開き直りも有効。

おわりに
 彼ほどの遅咲きの英雄も珍しいですが、歴史の表舞台に出る前と後の落差も相当なものですね。英雄としての大きさだけでなく、この落差が彼を生の人間としても歴史人物としても魅力的にしているのでしょうね。

参考文献
プルターク英雄伝(九) 河野与一訳 岩波文庫
「世界ノンフィクション全集22 ナポレオン/ジンギスカン実録/アレクサンダー大王/シーザー 筑摩書房」より「シーザー スエトニウス 風間喜代三・田中利夫訳」
カエサル 長谷川博隆 講談社学術文庫
ローマ人の物語 8〜13 塩野七生著 新潮文庫
世界の歴史5ローマ帝国とキリスト教 弓削達 河出書房新社
エンカルタ百科事典 マイクロソフト


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