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政治家の発言―足利尊氏問題考―  NF


政治家の発言―足利尊氏問題考―

はじめに
 戦前において、足利尊氏は後醍醐天皇に反逆した悪人とされていたのは多くの人が知っていると思います。しかし、足利尊氏を褒めたために大臣をクビになった人がいた事はどのくらいの人が知っているでしょうか。

足利尊氏問題
 時は昭和九年(1934)、斎藤実内閣の時代。満州事変、五・一五事件を経て徐々に軍部の政治的発言力が強くなり始めた時期でした。雑誌「現代」に中島商工大臣の執筆した文章が議会で問題とされます。その文章は、足利尊氏が逆賊である事を前提とした上でその人物には見るべきものがあるといった内容のものでした。まずは野党議員によって国務大臣が逆賊を評価した責任を追及され中島は陳謝。しかし一旦収まったかに見えた問題は貴族院の右派議員により再燃し中島商工相辞任が斎藤首相に要求されるに至ります。斎藤は中島を擁護しましたが議会内外でマスコミも加わっての執拗な攻撃が続き、ついに中島は大臣辞職を余儀なくされました。

 しかし問題の文章は、大正十年(1921)に既に俳句雑誌に掲載されたものを転載したものに過ぎません。そして中島の見解も歴史家・辻善之助のそれをほぼなぞったものであったと言います。大正期の学会における一般的な見方をそのまま記したに過ぎず、実際その時には何の問題にもなりませんでした。それでは、なぜ昭和九年においては問題になったのでしょう。

問題の背景
 当時、斎藤内閣は軍部の台頭に対抗するため、有力政党と連携して軍部を抑えに掛かっていたため軍部や右派は不満を持っていました。一方で野党は内閣を攻撃する事で議会での立場を強めようとしており、マスコミは政府攻撃をダシにして部数を稼ごうとしていました。そして世論などを考慮すると右派に追い風。こうしたことを考えれば、この事件の裏に些細な事であっても政府の失点になりうる事に難癖をつけ、利益を得ようとする軍部・右派・野党・マスコミの目論みがあったのは間違いないでしょう。尊氏の順逆などは実はどうでもいい、ただの政争と記事販売促進運動に過ぎません。
 この事件をきっかけに軍部・右派は更に勢いづき、発言の自由に圧力が加えられていく事になります。大川周明が「日本二千六百年史」を執筆した際も尊氏を賞賛した事などが右派から攻撃され第二版以降の書き直しを余儀なくされたりしています。野党・マスコミが目先の利益目的で難癖つけて国家を誤らせる事は左右を問わず時期を問わず変わりませんね、全く。

ちょっと思った事
 彼らは尊氏を逆賊として非難していますが、天皇の権威を不純な動機から利用して自分の政治的便宜を図っている点では彼らだって尊氏と同類です。尊氏が天皇に背いた事を彼らは責めますが、軍部や右派だって昭和天皇が思い通りにならないと見て他の皇族を立てようとした事があるではないですか。彼らに尊氏を責める資格があるとは僕には思えません。いや、天皇への素朴な敬意を持ち、敵手に寛大で、国家の安定に死力を尽くしてある程度の成功を修めた分だけ尊氏の方が比べ物にならないほど政治家としてのみならず臣下としても、そして人間としても上でしょうよ。
 近年も右傾化右傾化と姦しく言われていますが、マスコミが「右傾化」を叫ぶ事で何の処分も受けていない事や、歴史人物にレッテルが貼られそれへの反論が許されないような事態が少なくとも大っぴらには起こっていない事を考えるとまだまだ大丈夫かな、なんて思っています。

 ところで、尊氏なんですが、こんな和歌を残していたりします。

あきらけく岩戸を出し朝(あした)より天てる神の国ぞさかゆる
君は百世(ももよ)宝は三の護りにて異国(とつくに)よりも国ぞ久しき

 …これって、ニュアンスを重んじて意訳すると、「日本は天皇を中心とする神の国であるぞ」という事ですよね。そういえば、以前にそんな発言をして物議をかもした首相がいましたね。もし、この尊氏の歌を引き合いに出して似たようなことを言う大臣が出たら…。戦前も戦後も大臣が尊氏を褒めると問題になる(ベクトルは正反対だが)、そんな愉快な(?)可能性を想像させてくれる歌ですね。

おわりに
 自由に物が言えなくなるきっかけは、意外と政府ではなく寧ろ野党やマスコミだったりする事はしばしばあります。近年の差別用語問題にもそうした側面がないとは言えますまい。それにしても、ちょっとした発言が思わぬところで叩かれる、政治家と言うのは大変ですね。安心して好き勝手を言っていられる世の中がずっと続いてくれたらいいと思います。

参考文献
日本の歴史9南北朝の動乱 佐藤進一著 中公文庫
足利尊氏 高柳光寿著 春秋社
足利尊氏 山路愛山著 岩波文庫
楠木正成と悪党 海津一朗 ちくま新書
拙稿「足利尊氏」(http://kyoto.cool.ne.jp/rekiken/data/2001/010511.html)
政界財界五十年 中島久万吉 まつ出版
マンガ日本の歴史52政党政治の没落 石ノ森章太郎
日本二千六百年史 大川周明 第一書房
大川周明 大塚健洋 中公新書


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