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物語論―源氏物語と本居宣長―  NF


「物語」とは
 「源氏物語」が中盤に入ろうとしている「蛍」の巻中に、源氏が暇つぶしに養女・玉鬘を相手にして物語を論じている場面があります。曰く、物語と言うのは「日本紀」などとは違って事実ではない作り物に過ぎないが、却って事実としては現れない「真実」を描いている、と。これは本筋とは大きな関連のない一挿話に過ぎませんが、主人公である源氏に語らせていることから考えても作者紫式部自身の物語観を反映しているといってよいでしょう。それでは、ここで言う「真実」とは、そしてそれを描く物語とは、日本人にとって一体何なのでしょうか(※0)。

本居宣長曰く
 物語とは何か、そうした問題に答えを出そうと取り組んだのが、本居宣長でした。宣長の師である賀茂真淵は「万葉集」などの研究を通じて、「直き心」、すなわち精神の奥底で求めているものを真っ直ぐに表出する心を尊ぶに至ります(※1)。宣長はそれを受け継いだものの、真淵のように人の心を真っ直ぐで強いものとは考えず寧ろ弱く揺れ動くものだとしました。何だか、それぞれの為人を反映したような物の見方ですね。

動くこそ人の真心動かずといひて誇らふ人は岩木か

 宣長は、心が揺れ動く事を「あはれ」(元は「ああ」と同義の感嘆詞)と呼びました。人の心が何か「真実」を求めて止まないという点では真淵の言うとおりに違いない、しかし真っ直ぐにそれに向かい到達するような剛直なものではない。もっと繊細で弱く、「真実」に感知する事で揺れ動くものなのである。これが宣長の考えでした。そして「真実」とは理屈で、人のさかしらでたどり着けるものではなく、ひたすらに希求する心で感じ取る、自覚的に把握するものとしました。求めて止まない「真実」を言葉で直接描写する事はできないが、「真実」を感知する事によって揺れ動く心を描き出す事はできる、その心の動きを描く事で「真実」を知らしめよう、それが「歌」であり「物語」であると宣長は言うのです。
 では、そうした心の動きの中で、最も強いものは何なのでしょう。宣長によれば、「悲しみ」でした。自らが求めていた「真実」と切り離される事で、人の心は痛みを覚えその痛みにより激しく揺れ動く、それこそが「物語」の、心の動きの真髄であると宣長は考えました。「源氏物語」の(「宇治十帖」を除く)最後には愛妻紫の上と死別し悲嘆にくれる源氏の姿が描かれています。心から求めて止まなかったものを失った悲しみを描出する上で、作中で最も優れた人とされる源氏の最大の悲しみを描く以上の方法があるでしょうか。「源氏物語」は愛妾桐壷更衣を失った桐壷帝や母を知らず育った源氏の悲しみから始まり、理想の恋人であった紫の上を失った源氏の悲しみで終わる物語であったのです。「源氏物語」だけではありません。「古事記」における国生みも、最愛の妻イザナミを失ったイザナギの悲しみで締められています。それだけでなく、次世代のアマテラスやスサノオは母の顔を知らないのです。
そうした中でアマテラスは母の形見としての世界を引き継いで守る道を選び、スサノオは母を何処までも慕い「根の国」に行きたいと懇望する。神話によれば、この国自体が妻を失った悲しみ・母を知らない悲しみと共に始まったと言えるのです。宣長の大きなテーマであった「源氏物語」と「古事記」には「悲しみ」という大きな共通点があったと言えます。人は根源的に母から切り離された子であり、恋人から引き裂かれた存在であり、「真実」から離された魂である、宣長の話を総合するとそうなりそうです。一方、平田篤胤によれば心の動きで最も強いのは「真実」から切り離された事による「怒り」だそうです。いずれにせよ、本当に大切なものを失って傷つき激しく動く心情と言えます(※2)。
 そういえば真淵・宣長・篤胤の世界観にもそれぞれ大きな違いがありますし、母を知らないという同じ悲しみから出発した筈のアマテラスとスサノオの選ぶ道は全く異なっていました。心が求める「真実」とは人によって違う、というより人によって様々な角度から様々な顔を見せると言うことでしょうか。それが多種多様な「物語」が生まれる事に繋がったのでしょう。
 宣長は、源氏と六条御息所の馴れ初めを描いた二次創作に手を染めるほどに源氏物語に入れ込んだ末、源氏物語研究に入ったという人物です。あくまで古典研究対象として距離を置いて見ていた契沖や真淵とは異なり、物語の世界にどっぷりと嵌り込んで一体化することで「物語とは何か」という問題に挑んだと言えます。客観性・論理性において問題がありそうな視点ですが、その一方で論理を超えた、言葉では表しきれない全ての感覚で感じ取った答えを掴んでいた、とも言えそうです。ま、そうしたところでその答えを伝えるには言葉によるしかない訳ですが。少なくとも「源氏物語論」に限定して言えば、真淵らが学究的とすれば宣長はある意味で神秘主義的なのかもしれません(※3)。

時空を超えて
 話が逸れましたが、宣長の言う事を要約すると、物語とは損得を離れた何か、心の奥底で本当に望んでいた何かに触れることで激しく揺れ動いた心を、つまりは感動を描き出すものだと言えそうです。そしてそれは倫理道徳のように理屈を捏ね回して意図して作り出すものでなく、内から生まれ出るものなのでしょう。自分を偽ることなく、そうした心を描ききったものこそが、本当に優れた「物語」なものだといえます。そんな「物語」に触れた人もその魂を共鳴させられ、激しく心を揺れ動かせ感動する。それに動かされた人の数が多いほど、あるいは揺り動かされた度合いが強いほど、優れた「物語」なのでしょう。たとえ御立派な倫理道徳から外れていたとしても。
 現代日本で生まれた娯楽作品にも、そういった優れた「物語」は存在します。長い時間を経たにもかかわらず、多くの人が愛してやまない作品があります。見たところ、心の奥底からそうした作品を愛する人々の多くは「オタク」と呼ばれる類の人間であるように思います。まあ、社会への適合を捨てられる人間でもなければ一つの物語を全身全霊で愛する事などできませんし、逆に虚構である物語への愛好が一定レベルを過ぎれば社会不適合にもなるでしょう。そう考えれば、あるいは「オタク」こそが実社会での打算を超えて本当に欲しいものを求める心情を真っ直ぐに出すことのできる人であり、それに触れて激しく揺れ動く心を持ち続ける事ができる人、すなわち真淵の言う「直き心」を持ち宣長の唱える「もののあはれ」を知る存在と言えなくもないのかも知れません。この見方がもし正しいならば、彼らこそが日本人が古来より大切にし持ち続けてきた本当の「伝統」、「日本精神」を守っているということなのでしょうか、うーむ。

おわりに
 偉そうに色々と御託を並べてみましたが、「真実」とは何かについては表現できずじまいでした(ひょっとすると分からずじまいといったほうが正しいか)。日本語には、少なくとも和語にはその「真実」を表現する言葉がないとは昔から言われていますが、もし「真実」が理屈で表現できる範囲を超えたものだとしたら、元来がこれを言葉で説明する事に無理があるのかもしれません。そういう事にしといて下さい。
 ところで、優れた「物語」を生み出しうる限り、その国や地域の精神は生きていると言えると思います。もし上述の考えが正しいのであれば、「伝統的精神」を抑圧しておいて「日本精神の復興」とか「伝統の見直し」とかを鼓吹している事になりかねない訳ですね。だとすれば彼らのいう「伝統」「日本精神」って一体何なのでしょう。

※0 全人類にも当てはまるのかもしれないが、敢えてここでは日本人に話を絞る。本文中では日本人のみを観察対象にしているためである。
※1 真淵によれば、太古の日本においては人々が望むところそのままに生きていたため道徳など作り出さずとも世は治まっていたという。勿論、太古にも悪人はいたが「直き心」であるため単純素朴ですぐに露見したため問題にならなかったとの事だ。コメントに困る太古観である。
※2 そうした心情から、「真実」から人を切り離すものを「ケガレ」として忌み嫌ったと言う。
※3 宣長の次世代を代表するのが、霊感・直感によって一人で短期間のうちに世界観を作り上げた平田篤胤なのは、そういった意味で自然なのかもしれない。

参考文献
本居宣長(上)(下) 小林秀雄 新潮文庫
拙稿「本居宣長」(http://kyoto.cool.ne.jp/rekiken/data/2001/011214.html)
神道のこころ 佐伯彰一 中公新書
神道の逆襲 菅野覚明 講談社現代新書
日本古典文学大系14-18源氏物語 岩波書店
エンカルタ百科事典 マイクロソフト


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