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「オタク」、「山伏」、「サンカ」―異形に関する一考察―  NF


「百鬼若行」と「魔法使い」
 平成十九年新春、京都で「オタク」「ニート」「茶髪」といった若者文化を妖怪に見立てて面白おかしく理解を求めようとデザインした百鬼夜行ならぬ「百鬼若行」というイベントが催されました。それにしても、犯罪者予備軍呼ばわりされるかと思えば妖怪扱い。大人が若い世代、特に「オタク」に向ける眼は相変わらず厳しいものがありますね、いわれなき偏見と言ってしまえばそれまでですが。
 そういえば、30歳まで童貞を貫いた男性―その大半は「オタク」だったりで相手のいない男性ですが―は「魔法使い」になるという俗説も時々耳にします。
 どれもこれも言いたい放題な与太話という感じはしますが、こういった発想と似たようなものはなかったのか、歴史を振り返ってみるのも一興かもしれません。

「天狗」
 山伏とは、一般には山岳で修行し祈祷を行う人とされていますが、元来は人間社会を忌み嫌い山中に隠れて過ごす人々を指していたようです。それが7世紀頃に山岳信仰と仏教・神道とが結びつき修験道が確立していき、現在想像される「山伏」が成立していったとされています。
 14世紀の南北朝動乱を描いた「太平記」では、山伏は「天狗」として怪しい不可思議な力を持つ存在として表現されています(※1)。彼らは優れた情報網を持ち、予言を行ったり裏で戦乱の糸を引く魔性の存在として暗躍したり田楽桟敷倒壊といった事件を引き起こしたりすると信じられていたようです。一般には山伏は得体の知れない凶事をもたらす存在と認識されていた事が分かります。
 ところで、そうした超自然的な能力を手に入れるために何が重要と考えられていたのでしょうか。修験道の始祖とされる役行者には、長年の修行の末に法力を得たものの女性の素足に欲情した際に力を失ったと言う伝承が残されています。また、応仁の乱後に管領として幕府の実権を握った細川政元は、「足利季世記」や「後慈眼院殿御記」によれば修験道(「天狗之法」)に熱中し四十歳に至っても女色とは縁がなかったとされています(※2)。また、修験道における最大の聖地の一つである大峰山が今日に至るまで女人禁制を崩していませんし、修験道一般において女性と交わらない事も重要な修行項目と考えられていました。山伏(または天狗)の不可思議な能力を手に入れるには、女性を遠ざける事が重要であると少なくとも一部では考えられていた事が伺われます。まあ、人を避けて隠棲し、やがて修行するようになるような人々は自然と異性を避けるようにもなるでしょうけれど(※3)
 山伏を「天狗」として恐れた背景には、山岳に対する神聖視もさることながら、人間社会を嫌って隠れ住む人々の姿や雰囲気、表情といったものに対し自分達とは異質な得体の知れないものと感じて畏怖の念を抱いたためであるといわれます。

「サンカ」
 近代の民俗学者・柳田国男により研究対象となった「サンカ」は、現在は姿を消した、山間部やその周辺を漂泊していた人々を指すといわれています。その生活形態は多様とされ、定義も今一つはっきりしていないのが実情ですが、当初は犯罪者予備軍として警察などからは捉えられていたようです。その一方で、権力の支配を受けない自由民として憧憬の対象とされることもありました。その起源は古代からの「まつろわぬ民」(※4)で独自の言語・文字を持っているといった俗説が信じられたりしたこともあるようですが、三角寛による通俗小説の創作によるところが大きいとされています。その実態については明らかでない点も多く、そもそも「サンカ」という分類自体に問題があるのではないかという意見もあるようです。
 察するに、農村から見て異質な人々への偏見や畏怖の念が彼らを無造作に一くくりにし、やがて推論を経て一種の「ロマン」として虚像が膨れ上がって行ったのではないでしょうか。民俗学的な研究もそうしたカテゴリーを頼りに行わざるを得ず、必ずしも十分な成果が挙げられなかったとも思われます。

おわりに
 「山伏」にせよ「サンカ」にせよ、一般人から見て異質な性質を持った「異形」の人々をよく分からないままに畏怖し「神聖視」されるに至ったようです。民俗学によれば、客人・余所者、すなわち「マレビト」は「神」として神聖視されると言いますが、それにはこうした側面も絡んでいるのかもしれません。不気味で理解を超えた存在として認識し、凶事をもたらすものと看做されている点では現代の「オタク」も同様かもしれません。そう考えると、年を経た童貞の男性が「魔法使い」と称されるのと修験道で法力を得るのに女性を遠ざけるのが重要と認識されていた事とは、おそらく偶然ではあるでしょうが興味深い一致であるようにも思われます。「オタク」に対する蔑視(自嘲も含む)にも、得体の知れない、または一般から外れた異形の存在に対しての畏怖が込められている、ある意味での「神聖視」が認められると言う事かも知れませんな。

※1 ここで言う「天狗」は一般に連想される赤ら顔で鼻の長いものではなく、口の尖った人と鳥の中間のような風貌に描かれる事が多い。現在で言う「烏天狗」が近いか。因みに、やはり修験道の中心地である出羽三山の開山である蜂子皇子の肖像もそうした「天狗」を連想させるものとなっているのは興味深い事実である。
※2 政元本人が山伏修行に熱中したのは事実であるが、安芸・越後といった勢力圏の豪族を抑えるために修験道を利用した側面もあるといわれる。
※3 ただし、実際には山伏は一般僧侶と異なり妻帯する傾向が強かったようだ。徳川期においては、多くは村々を巡回する巫女と夫婦となり、山伏が呪文を唱え巫女が神懸りとなって山伏が神のお告げを村人に伝えるという形をとったとされる。
※4 一説では、徳川期に飢饉時に農村から避難した人々が祖であるとも言われる。

参考文献
東洋文庫221修験道史研究 和歌森太郎 平凡社
山伏 和歌森太郎著 中公新書
日本古典文学大系太平記一〜三 岩波書店
図説太平記の時代 佐藤和彦 河出書房新社
日本異譚太平記 戸部新十郎 毎日新聞社
異形の王権 網野善彦 平凡社 
増補無縁・公界・楽 網野善彦 平凡社
帝王後醍醐 村松剛 中央公論社
日本の聖地 久保田展弘 講談社学術文庫
山岳霊場御利益旅 久保田展弘 小学館
山の霊力 町田宗鳳 講談社選書メチエ
続子供のための大和の伝説 乾健治 奈良新聞出版センター
「遥かなる中世 12号 中世史研究会」より「細川政元と修験道―司箭院興仙を中心に― 末柄豊」
幻談・観画談他三篇 幸田露伴 岩波文庫
遠野物語・山の人生 柳田国男 岩波文庫
サンカの真実三角寛の虚構 筒井功 文春新書
サンカと三角寛 礫川全次 平凡社新書
幻の漂泊民・サンカ 沖浦和光 文春文庫
神道の逆襲 菅野覚明 講談社現代新書
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