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物語の消費形態について―いわゆるオタクを時間的・空間的に相対化する試み―その2  NF


はじめに
 我が国の王朝古典文学の代表作品と言えば「源氏物語」。これはほとんどの人の間で一致するところだと思います。しかし、その後にも同様な物語が多く生み出され貴族たちの間で楽しまれていた事は余り意識されていないと思います。今回は、どのような物語がどのように楽しまれていたかを少し追ってみようかと思います。

源氏物語の後継者たち
 ここで、主な物語の内容について述べていこうと思います。
狭衣物語:
狭衣大将は、従妹・源氏宮に想いを寄せているが東宮も彼女に懸想しており叶わぬ恋であった。ある時、仁和寺の僧に浚われそうになっていた飛鳥井姫を救出し契りを結ぶ。やがて彼女は身売りされ、瀬戸内海で入水したが救われて出家、狭衣の子を産んで病死。一方で狭衣は女二の宮と誤って契りを結び、宮は彼の子を生んで尼となった。東宮が即位した後、源氏宮は神託により斎院(賀茂神社の巫女)となる。全ての愛人を失った狭衣大将は年長の女一の宮との結婚を余儀なくされる。狭衣は出家を望むが、神託により皇位につくことになる。艶麗な文体で評価が高いが、安易な御都合主義的展開を批判される。
夜半のねざめ:
関白左大臣の子・中納言は、源氏の大臣の大君と結婚するが、その妹である中の君と契り中の君は女の子を産む。彼女は姉・大君に遠慮して父の元に姿を隠し、やがて老関白の後妻として男児(実は中納言の子)を生む。一方、中納言は大君病死後に後妻として朱雀院の女一の宮を迎える。老関白の娘が入内し中の君も後見として宮中に入るが、冷泉帝は娘より中の君に言い寄る。現世に嫌気がさした中の君は出家を思うが、その後も息子が冷泉帝の女二の宮と恋愛騒動を起すなどで出家が叶わない。一女性を中心にストーリーを描いた作品。
浜松中納言物語:
浜松中納言は母と共に左大将の家で養われ、その家の大君と恋に落ちる。ある時、故父宮が唐の皇子に転生していると夢で見て唐に渡り、皇子の母后と契り若宮が生まれる。中納言は若宮を連れて日本に帰ってみると、大君は中納言の子を生んだ後に尼となっていた。中納言は大君と母后の双方への想いで揺れる事になる。唐后の母(故上野宮の娘)は帥の宮との間に吉野姫を儲けており、中納言に姫を託す。その後、唐后が中納言の夢に現われ「死して再び中納言と結ばれるため吉野姫の腹に宿った」と告げた。
今とりかえばや:
大納言の二人の子はそれぞれ男女逆として育てられる。中納言(女君)は右大臣の四の君と結婚するが、四の君は宰相中将と密通して懐妊しこれを知った中納言は苦悩。その中納言も宰相中将に女と知られ彼の子を妊娠。一方で尚侍(男君)は女東宮と通じ妊娠させてしまう。そのため兄妹は相互に入れ替わり、尚侍(女君)は女東宮の子を産み中納言(男君)は四の君と夫婦生活を送る。宰相中将の人物描写が浅薄との批判がある。
住吉物語(※):
母を失い父・中納言のもとで育てられる姫君に四位少将が求婚するが、継母が妨害し自分の娘と少将を結びつける。一方で父は姫君の亡母との約束通り姫君の入内を図るが継母は法師と姫君密通の噂を巻き阻止する。そこで左兵衛督との結婚が持ち上がるが継母は老人である主計頭に姫君を盗ませようとしたため、姫君は乳母子と共に亡母の乳母が隠棲している住吉に脱出した。一方で中将(かつての少将)は姫君を忘れられず夢で姫君の居場所を知り住吉に赴き再会。二人は都に戻って結婚する。
松浦宮物語:
少将氏忠は幼馴染であるかんなびの女王に恋慕し菊の宴の夜に契りを結ぶが、やがて女王は入内し少将は遣唐副使として渡唐。唐では帝から信任を受け、ある夜に帝の妹・華陽公主より琴の秘曲を伝授される。二人は惹かれあい後日に契るが、水晶の玉を形見に公主は没した。帝の病没後、皇弟が反乱し少将は新帝・母后を連れて蜀に逃れ乱を治める。その後、正体不明の女性と契りを結ぶ。女性の正体は母后であり、少将は天童・母后は天衆で阿修羅退治の為に天から下されたと秘密が明かされ鏡が形見として渡される。帰国した少将が玉をもって法要を行うと華陽公主が蘇り再会。そんなある日、鏡をのぞいてみると母后の姿が見えた。

 この他にも、「みかきが原」「あさくら」「海人の藻塩火」といった数多くの散逸した物語の存在が知られています。それにしても、幼馴染や従姉妹との恋愛あり、転生しての愛ありと色々です。そういえば「源氏物語」も様々な性格・境遇のヒロインたちが物語世界を彩っていましたね。恋愛物語のパターンとしては王朝文学において網羅されているといえるかもしれません。

無名草子
 鎌倉期初頭に、無名草子と呼ばれた書物が書かれています。藤原俊成女の手によるといわれるこの書は、歌集・女性論と並んで物語論を展開しています。そこでは、源氏物語のみならず上記のような物語、更に散逸した多くの物語について論じられて、物語の筋、文章の質、ヒロインや主人公の性格・心理描写などについて批評されています。中には作り直しを推奨される物語すらあり、しばしば過去作品のリメイクが行われた事が示唆されます。ただ読むだけでは満足できず、批評してみたり作り直してみたりしていたことが分かります。

 無名草子は中世王朝文学の内容を推測する上で貴重な資料となっている訳ですが、それにしても、これは以前に取り上げた中国の「紅楼夢」を始めとするヒロイン属性分類・分析の本を連想させますし、現代における恋愛ゲーム(いわゆる「ギャルゲー」や「エロゲー」)のシナリオ・文章・ヒロイン等キャラクターなどを評価するレビューと大差ない内容だと言えます。更に、過去作品がリメイクされたり時には有志によって同人ゲームなどが作られたりする現代の状況も彷彿とさせますね。物語自体が、幼馴染やら様々な複数ヒロインやら転生やらに代表される恋愛ゲームと共通した要素を含んでいるのですから消費のされ方も自然に似たものになるのかもしれません。

王朝物語の消費
 彼らの物語の楽しみ方はこれに留まりません。
 物語を絵巻物として作成し、視覚的にその世界を楽しんだ例は「源氏物語絵巻」を始め枚挙に暇がありません。「源氏物語」絵合からは10世紀末〜11世紀初頭には既にそうした楽しみ方が定着していた事が分かります。
 それだけではなく、「風葉集」という様々な物語に登場した和歌を多数収録した物語和歌集が13世紀後半に編纂された事も知られています。
 そういえば、現代だって恋愛を扱う小説作品や恋愛ゲームではイラストの質が重要視されますし、漫画やアニメ・ゲームでの印象に残った台詞を収集する人も時に見られますね。
 「更級日記」で知られる菅原孝標女などは、少女時代には「昼はひぐらし、夜は目のさめたるかぎり」源氏物語を読みふけった挙句、「さかりにならば、かたちもかぎりなくよく、髪もいみじく長くなりなむ。光の源氏の夕顔、宇治の大将の浮舟の女君のやうにこそあらめ」(共に「更級日記」)と物思いに耽る始末。つまり、恋愛小説にはまり込んで、成長した自分を想定しヒロインに自らを投影した妄想にどっぷり浸かっていた訳ですね。「夜半のねざめ」「浜松中納言物語」「あさくら」といった物語を執筆したのは成長後の彼女だと一般には言われていますからその熱の上げようは尋常ではありません。
 また、一般に物語は女性を中心に楽しまれたといわれますが、必ずしもそうとばかりは言えず藤原隆信や藤原定家といった男性たちも物語作りや物語読みを楽しんでおり、実際には男女共通の趣味であったといって差し支えないでしょう。
 以上のように当時の貴族社会は、男女を問わず広く恋愛物語を楽しんでいました。多くの恋愛物語はシチュエーション、キャラクター属性、シナリオにおいて広範なジャンルを網羅していたといって良く、現代の様々な「萌え」作品を連想させるものがありました。貴族たちはただ読むだけでは満足できず、名台詞をまとめたりシナリオ・キャラクター・文体を批評したり、イラストを描いたり、果ては不評な過去作品をリメイクしたり自分で新作を作ったりしていた訳ですね。それにしても、貴族の嗜みと言ってしまえば聞こえはいいですが、少なくとも物語に関する限りやっている事は現代のオタクと何ら変わるところはないと言えそうです。

おわりに
 教養に優れた貴族も、見様によってはやっている事は現代のオタクと変わりませんね。感性を磨き、
人の情をどの程度描けているか(もののあはれ)で物語が評価される点でも、王朝文学と現代の恋愛漫画・小説や恋愛ゲームは共通していると思います。古今東西・貴賎を問わず人間って変わらないですね。

※住吉物語は元来は落窪物語と同様に源氏物語に先行して作られたものであるが、後世に改作されたといわれる。

参考文献
無名草子評解 冨倉徳次郎著 有精堂
王朝物語秀歌選 樋口芳麻呂校注 岩波文庫
完訳日本の古典25夜の寝覚 一 鈴木一雄・石埜敬子校注・訳 小学館
完訳日本の古典26夜の寝覚 二 鈴木一雄・石埜敬子校注・訳 小学館
新編日本古典文学全集27浜松中納言物語 小学館
新編日本古典文学全集28夜の寝覚 小学館
新編日本古典文学全集29狭衣物語@ 小学館
新編日本古典文学全集30狭衣物語A 小学館
新編日本古典文学全集39住吉物語 とりかへばや物語 小学館
新編日本古典文学全集40松浦宮物語 無名草子 小学館
更級日記 西下経一校注 岩波文庫 
週刊朝日百科世界の文学24源氏物語 朝日新聞社
週刊朝日百科世界の文学26竹取物語、伊勢物語ほか 朝日新聞社
週刊朝日百科 世界の文学108 紅楼夢・金瓶梅・儒林外史・聊斎志異… 朝日新聞社
拙稿「日本民衆文化史」(http://kyoto.cool.ne.jp/rekiken/data/2002/021206.html)
My原稿「エロゲーを中心とする恋愛ゲームの歴史に関するごく簡単なメモ」
(http://kyoto.cool.ne.jp/rekiken/data/s2004/050311.html)
美少女ゲームマニアックス 1〜3 KTC
この美少女ゲームで萌えろ! 洋泉社
本居宣長(上)(下) 小林秀雄 新潮文庫
神道のこころ 佐伯彰一 中公文庫


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