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偉大なるダメ人間シリーズその5 安藤昌益  NF


偉大なるダメ人間シリーズその5 安藤昌益(1703〜62?)

 今回は、徳川時代の忘れられた大思想家と評価される安藤昌益を取り上げます。
 彼の略歴は以下の通りです。
 江戸中期の医師・思想家。通称は孫左衛門、確竜堂と号しました。生家は出羽国秋田郡二井田村(秋田県大館市)で村役人クラスの農家だったようです。生涯の大半は不明ですが、1744〜58年に、陸奥国八戸城下で町医者を開業し、八戸藩士・藩医・僧侶らの知識人と交流し博学の学者として知られていたようです。1750年代前半に主著「自然真営道」を著したと言われています。昌益は医師・学者として藩からの信頼もあつく、門人は代官・神官から医師・商人まで幅広く、松前・江戸・大坂・長崎にも存在したとされます。常に身を慎み、一切の歌舞や遊戯から身を遠ざけて生活していたとも伝えられています。1758年には故郷に帰り生家を復興、村役人ら上層農民を門人として村を指導し凶作による疲弊から救い自らを守農大神と名のりました。1762年頃にその地で没したようです。
 多くの門人をかかえた昌益でしたが、その存在は1899年(明治32)ごろ哲学者の狩野亨吉が注目するまで全く世間に知られていませんでした。第2次世界大戦後はE.H.ノーマンの著書「忘れられた思想家 安藤昌益のこと」などの影響で、身分制度を根本から批判した唯一の思想家として世界的に注目されるに至りました。
 その思想の特徴は平等主義にあり、全ての人間が「直耕」、つまり生産活動をする理想的な世界を「自然の世」として、武士が農民の生産物を年貢として収奪する身分制を批判しました。人為的な法律や制度、倫理道徳で身分の上下を定めているため、社会に盗みや反乱がたえないとも説いています。彼は儒教・仏教も君主の不耕貪食を正当化するための偽善であると非難しました。ただし、その思想には家父長制を肯定したための女性差別観(ただし昌益は気一元論に基づく陰陽は元来同一という観点から男女の平等という観念も抱いていたとされます)や、生産活動に加われない障害者などへの差別も含まれていました。社会性や共同連帯の観念に乏しいともいわれますが、それは社会制度の変革より医師として心身ともに健全な人間の生き方を明らかにすることに主眼がおかれたためとされます。

※自然真営道
刊本と稿本の2種があります。刊本の自序に「人は自然の全体なり。ゆえに自然を知らざる則は吾が身神の生死を知らず」と記されるように、自然界の法則を明らかにし、その法則に反する事による不健康な身体や社会問題を、健全な姿に導こうとする医学・思想書。1753年に独自の気一元論、陰陽五行説をもとに医学原理を説いた刊本3巻3冊が出版されました。この中では、それまで日本医学の主流だった漢方医学を批判。後に書きくわえて成立した稿本101巻93冊は長らく所在不明でしたが、1899年頃、狩野亨吉が古書店から入手して高く評価、世に知られるようになりました。稿本は、総論である大序巻に始まり、儒教・仏教を含む既存の学問を批判する第1〜24巻、差別社会から平等社会への変革を主張する第25巻、独自の医学論を唱える第26巻以下からなります。前述の刊本は、稿本でいう第43〜50巻に相当するとされています。稿本は東京帝国大学図書館に寄贈されましたが、書写されないうちに関東大震災(1923)で大部分が焼失。大序巻および第1〜9、24、25巻の計12巻12冊だけが残り、身分制に異議を唱えた部分、独自の論理による社会批判の部分が残存しています。その後、狩野の入手以前に稿本から書写されていた写本3巻(第35〜37巻に相当)が発見され、青森県八戸市の岩泉家からも第9、10巻の写本が発見され現在16巻16冊の内容が判明しています。なお現在、完全な形で残っている昌益の著作は「統道真伝」のみとされています。

まとめ
岩波文庫で統道真伝の注釈をした奈良本辰也氏は、解説でこう述べています。
「彼の中心をなす医学の程度であるが、当時としてもそれは決して高くはない。…(中略)…それは朱子学に立って天人同一説を展開し、その上に医方を考える道三(曲直瀬道三:NF注)流医学などとほとんど変わりはないであろう。…(中略)…儒教についても、仏教についても、同じようなことがいえよう。徂徠や仁斎ほどの学殖もなければ山片蟠桃ほどの仏教の理解もないのである。その一つ一つをとれば、彼の学者としての地位はせいぜい二流どまりだろう。あるいは、はっきりと三流の田舎学者といった方がよいかも知れない。しかし、彼をして、あえて今日に意義あらしめているのは、その身分制度に対する苛責なき批判と、もろもろのイデオロギーの背後に体制擁護の姿勢をよみとっていることである。そして彼は、自分が理想と知る社会の原像をつくりあげた。それは犯し犯されることのない社会、すべての人々が平等に、安食安衣できる社会なのである。」
 文化史的に見れば、彼は、産業の発達・社会の成熟に伴い当時各地で出現しつつあった地方文人(地方の町医者であった点も典型的)の一人に過ぎないといえます。知識は決して当時の日本を代表するとは言えず、思想も現実性を著しく欠いている。思えば、農林水産業による小コミュニティを理想とし、物質的な都市文明を憎悪し同時代の社会構造を否定し既存の思想を攻撃、万人が平等に生きる事の出来る世界を夢見た安藤昌益の理想主義は、無為自然を唱えた老子をはじめとして古来より類例には枚挙がありません。近年の唯一神又吉イエスもその一人でしょう。そういえば、安藤昌益も神を自称しています。又吉イエスもまた熱狂的なファンはいるものの世間一般から受け入れられたとは言えない状況ですが、後に評価される可能性があるのかもしれません。
 結局、彼の歴史上の最大の業績は、八戸の医師としてその地域の医療行為に従事したこと、村役人・地方知識人として農業指導に当たり人々を飢餓から救ったこと。地道で平凡ではありますが、社会を確実に支えた一人といえましょう。
結論。安藤昌益は平凡な地方文人の一人。思想は電波すれすれの夢想主義。晩年に神を自称している。

終わりに
 安藤昌益は思想家というより、地方文人の一人として鈴木牧之や赤松宗旦らと同じ分類で論じられるべき人物な気がします。夢想的な思想は議論の余地があるにしても、医師・村役人としては社会貢献をきっちりと果たしており、ダメ人間と言ってしまうのは憚られる気もするなあ、書いておいてこう言うのもなんだけど。

参考文献
統道真伝 上・下 安藤昌益著 奈良本辰也注釈 岩波文庫
マイペディア 日立デジタル新潮社
エンカルタ 百科事典 マイクロソフト
日本文化史 家永三郎 岩波新書
地方文人 塚本学 教育者歴史新書
再臨のキリスト、唯一神又吉イエスは日本・世界をどうするか、どのようにするか 
                       唯一神又吉イエス著 那覇出版社


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