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小さい見出しは名前が出てる程度の小ネタ
アニメ制作会社の東京ムービーは、95年にキョクイチに買収されたが、 その数年前に既にセガに買収されていた。
エヴァンゲリオン制作のガイナックスは、実は当初 アニメ映画の「オネアミスの翼 王立宇宙軍」を作るためだけに設立された。
完成後はかっこよく解散して伝説になる予定だったが、 膨大な借金が残ったため解散できなかった。
ガイナックスの”ガイナ”は、鳥取県西部の米子地方の方言の「がいな」が語源。 意味は、すごい、とんでもない、デカイ等。
ちなみに四国では方言の「がいな」は、「大変な、非常に、きつく」等の意味を持つ。
ミニ知識として、同じ方言があるのは米子藩主加藤氏が愛媛・大洲に国替えになり、 米子から付き従った人たちが多くいたから、同じ方言が多い。
四国で作られた自主映画「がいな奴」を、押井守がアニメージュの連載で紹介、 「ガイナックスもこのあたりの方言から来てるらしいですね」とか書いている。
一話につき3000(3500?)枚しばり、と呼ばれる、セル枚数制限がある。
ガオガイガーとは偉い違いである。
セーラームーンなど、動いてるシーンは全てバンクであることもある。
節約のその方法は、作画リピートにカメラワークを併用したり、セルスライド、 ダブラシスーパー・トラック・アップ(バック)等、涙ぐましい努力で枚数を削る。
前番組だった、きんぎょ注意報で実験的に行われていた漫画的表現が 結実したものが非常に多く、涙ぐましい努力の跡が見られる。
表現方法のひとつとして、スタンダード化されていったフェード・インで頭に出てくる 俗に言う「ジト汗のスライド」などがあげられる。
しかし、近年のアニメではこれらも見かけなくなってきた。
バンダイのジャンヌの玩具売り場での悲惨な扱われ方は、 当時のオモチャ売場を知ってる物なら涙無しでは語れないものだった。
ジャンヌが放映中にもかかわらずどんどん売場面積を縮小され、 ついには叩き売りワゴンセールへと移動して行った。
それに反比例して人気を伸ばして行ったのが、初期の「おじゃ魔女どれみ」。
当初、集英社と東映アニメーションとバンダイの販売戦略では、 「ジャンヌ」こそがその年度の本命で、 講談社系の「どれみ」はサブに過ぎんはずだったらしい。
ギョーカイとは水物。
この「ジャンヌ」は「セーラームーン」の過去の栄光よもう一度、と 土曜日アニメのフラッグシップとして送り出された筈の末路だった。
日曜朝のキッズタイム化に活路を見出したテレ朝の方針転換に 振り回された挙句放置プレイだった。
期待されないが故にやりたい放題やった無印「どれみ」が 手のひらを返した様に持て囃され、 やがてスタッフとスポンサーに前代未聞の暗闘が繰り広げられるのは歴史の皮肉。
無印おじゃ魔女どれみが半年打ち切りだったら「ジャンヌ」の扱いもどうなったか…。
ゼネプロのDAOCONシリーズで一時期オープニングアニメを作るのが流行り (DAICONVやW等)特撮大会でもオープニングアニメを導入したが、 この時のメンバーは当時の漫画ブリッコ人脈中心(あさりよしとお とか くあTERO とか) であり、ゼネプロはアニメでも着ぐるみ特撮でもなく人形劇(マペット)の特撮作品を上映した。
これは「早撃ちケンの大冒険」というセサミストリートみたいなもので、 宇宙を舞台に、怪傑ズバットがちょっと入ったような話だった。
アルプスの少女ハイジは、実は世界名作劇場ではなく、この頃はカルピス劇場。
当時は「カルピスの少女ハイジ」と勘違いする馬鹿ガキが少なからず居た。
正確には
アルプスの少女ハイジ |
…… |
カルピスまんが劇場 |
フランダースの犬 |
…… |
カルピスこども劇場 |
↓ |
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ペリーヌ物語 |
…… |
カルピスファミリー劇場 |
赤毛のアン |
…… |
世界名作劇場 |
↓ |
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小公女セーラ |
…… |
ハウス食品世界名作劇場 |
↓ |
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七つの海のティコ |
…… |
世界名作劇場 |
↓ |
(シリーズ終了) |
と、この放送枠はメインスポンサーの交代ということもあり、 何度も名称が変わっている。
現・トムス・エンタテインメントの東京ムービーは、 もともとTBSの出資を仰いで設立されたもの。
フジテレビ=虫プロ・テレビ朝日=東映という結びつきが強固だった当時、 自前の制作会社が欲しかったTBSが電通と結託、人形劇会社に作らせたものだった。
他に既に解散しているが、日本テレビや毎日放送等もアニメ制作会社をもっていた。
参考:http://www.begets.co.jp/tvmanga/db/encyclopedia/encyclopedia_a.html
サザエさんでおなじみのアニメ制作会社だが、 元々CM制作会社の1部門が独立したものだった。
そのCM制作会社は今も存在する。
ちなみに創業者は外車販売の「ヤナセ」を興した人物でもある。
社長自ら「サザエさん」アニメ化の許諾をもらいにいった。
社長の 村田英憲氏の名前の読みは、「ひでのり」だが、「えいけん」とも読めるので 現社名のエイケンの社名とした (この項あくまで推測)
サザエさんは今だにデジタル彩色でなくセル画だが、トレスマシンも導入しておらず、 青焼きを使っている。
(青焼き:縮尺が変わらないため、かつて製図のコピーで使われていたもの・青写真)
現在は広告代理店のアサツー ディ・ケイ(ADK)に買収されて傘下となった。
フジテレビもこの時に現エイケンの株を10%ほど取得している。
スタジオ ディーンの「ディーン」は、アニメ「勇者ライディーン」に由来する。
世界初の劇場CGアニメを使ったという触れ込みの映画「トロン」であるが、 有名なライトゲームのシーンこそCGだが、実は他の多くの部分はCGではない。
実は人物の服の部分のマスクを、1コマづつ手作業で切って透過光処理をしていたもの。
当時、台湾のアニメ下請けスタジオにこの仕事が大量に発注されていたために 手が塞がってしまい、他の仕事が出来ないくらいになっていた。
おかげで日本のアニメ界が発注していたセル仕上げが送れなくなり、 台湾ではいったい何が起こっているのだと騒然となってた。
ラストのクレジットには漢字名前がズラーリと並んでいるのは、このため。
この事件のせいで台湾の下請けスタジオは日本のアニメスタジオと疎遠になってしまい、 未だに両者の関係は尾を引いているという話。
ちなみに今見るとなんてことないCGだが、当時の技術力では1秒につき当時で600万円 (当時のレートで1ドル180円ぐらい?)かかっている。
その昔、ライバルであるバンダイの向こうを張って映像事業部を設立していた。
「魔動王グランゾート」LDボックスなどでそこそこの実績を上げたのだが、 アスキー(出版)や海洋堂(ガレージキット)、ウルフチーム(ゲーム)といった企業を巻き込んで ブチ上げたメディアミックス企画「D−1 デバステイター」が絶望的に売れず大赤字を計上、 結果的に事業部は解散となった。
持ち込まれたディバステイターの企画は、 映像事業部の某氏によって見るも無残に変貌していったとか。
しかし、そのつながりで後に「超重神グラヴィオン」ができたのだった。 …のだが
更に、グラビオンにも、その某氏が色々口を突っ込んでは アニメの制作現場からウザがられていたらしい。
ゴンゾ + デジメーション = ゴンゾデジメーション
RADIX + ZERO G ROOM = RADIX (?)
「サンダーマスク」を製作したひろみプロみゆきプロは、サンライズと合併。
風の谷のナウシカ制作後に日米合作作品「リトルニモ」の製作に入るが 製作半ばで倒産してしまった。
だがニモのせいで潰れたわけでなく、ナウシカが制作費を契約上の上限の数字を かなりオーバーしてしまった為、大ヒットしたにもかかわらず大赤字になってしまい 「潰れるより会社解散しよう」ということになったのが真相。
その後、トップクラフトのメンバーの一部は、後にスタジオジブリ入りしている。
(有)Aプロから改組しシンエイ動画(株)となった。
新Aだから「シンエイ」
元は児童向け雑誌の「テレビランド」の別冊増刊として出発した。
だが、そのテレビランドは、96年に休刊してしまっている。
一ツ橋系と、音羽系
一ツ橋系と呼ばれている中核の小学館から集英社が別れ、更にその集英社から白泉社が別れた。
この一ツ橋系には、小学館・集英社、それと内田春菊や安野モヨコを出してる祥伝社も含まれる。
対する音羽系は、講談社と光文社、出版じゃないがキングレコードなどで構成。
ちなみに秋田書店は、よく言われているように一ツ橋グループではなく、 独立系の中小出版社の一つ。
「一球さん」、「サブマリン707」といった サンデーで連載していマンガの単行本をサンデーコミックスという名で出版してるのは、 小学館が単行本事業に手をつけていなかったので秋田書店が買い取っていたという、 今となっては夢のような時代のおはなし。
サンデーコミックスというレーベルが今でもあるのはその名残り。
角川 ・ 電撃系
「ドラゴン」「ファンタジア」の富士見書房は現在では角川書店の一事業部。
角川書店の傘下に入った後しばらく翻訳モノのポルノを出していたり 角川から寄書を引き継いでたりしていた。
このドラゴンマガジンの創刊号には「ドラゴン」の商標?を他の出版社から譲ってもらった。
「電撃」のメディアワークス(MW)は角川からの離脱組で、 角川歴彦氏が春樹氏と対立して角川を辞めたときに設立するも、 後に歴彦氏が角川に復帰して社長になった。
それにより、当初は曜日ごとに2つの会社に出社していた。
現在では角川書店が主婦の友社との提携を解消したので、 それ以後のメディアワークスの発売元は結局、角川書店になっている。
ちなみに富士見書房と混同されがちな富士美出版は、 辰巳出版グループ。
文化放送 ・ フジテレビ ・ ニッポン放送 (フジサンケイグループ系列企業)
扶桑社は旧社名の「サンケイ出版」時代に産経新聞に連載された 松本零士「1000年女王」を出版している。
また近年では喜国雅彦が夕刊フジに連載した 「天国の悪戯」を扶桑社文庫から刊行している。
もっとも、文化放送とフジサンケイとの関係はフジテレビの大株主という程度。
参考 フジテレビグループ33社
おまけ
藤子Fの漫画全集を出版している嶋中書店は、中央公論社の嶋中行雄元社長が オーナーの父親・鵬ニ会長に解任された後設立した。
中央公論の経営権が読売新聞社に移った後、嶋中書店は新生・中央公論新社の コミック編集プロダクションの役割を担うようになっている。
角川春樹がタイーホされた後の旧角川書店は、 持株会社「角川ホールディングス」に移行。 そこから実業部門を分社化して、新生「角川書店」を設立した。
角川歴彦の現在の肩書は角川書店会長にして角川ホールディングス社長。 ちなみに作家・辺見じゅんは実姉である。
さらにちなみに春樹が辞めた時、一旦は角川一族ではない専務が後任社長に就任したが、 オーナー角川家が退社していた歴彦を強引に角川書店に復帰させようとしたため これに反発した一部社員が「幻冬舎」を設立した。
銀河英雄伝説でかなり酷い回の原動画仕上撮影やってる会社だが、 なんと北朝鮮の下請け会社。
撮影まであったので、コンテを送って発注するとフィルムになって返ってきたらしい。
元はイージーワールドといい、由来は社長が意地悪だからこの名がつけられたらしい・・・ とかなんとか。。
元アニメーターにHP上でと実はまともに原画のチェックをやっていなかったことをばらされた。
ヤシガニ事件で信用を無くし、地上波の仕事ができなくなったという噂があった。
ヤシガニ後の作品のワイルド7は、全編ヤシガニ状態で余りの出来の悪さに作り直されて もう一度放映された。
だが、こんなことが続いたせいもあってか、潰れてしまった。
スーパーロボット大戦への機動戦艦ナデシコのキャラ・メカを使用は、 製作/放送費用の大部分をSEGAが負担していた関係上、プラットホームが違う競合他社に ライセンスを出すことなどソフトの囲い込み戦略上出来ないと思われるので、 放送終了後しばらくは実現されなかった。
(当時、セガはSS/DC、スーパーロボット大戦はソニーのPSや任天堂GBも含む)
セガトイズはレイアース、セイントテール、ウテナやサクラ大戦ドールなども出した。
後のコレクターユイ人形の売れ行き不調により、女児玩具部門からから撤退した・・・らしい。 (詳細不明)
しかし、セガサターン版のセイントテールは、何故かトミーから出ていたりする。
エヴァンゲリオンは、玩具メーカーがスポンサーとしてつかないで始まった 当時では珍しいアニメだったが、たまたまスポンサーとしてついていたセガが エヴァンゲリオンの玩具の版権を、棚からぼた餅的に取得できた。
(アニメでいうところの、「版権」はこの場合、著作権のことではなく、商品化優先権のこと)
テレビ朝日版のアニメは当時バンダイが裏番組のウルトラシリーズのメインスポンサーな為、 玩具商品は殆ど作られなかった。
番組終了後、カードダスシリーズの企画開発者がカード企画を集英社に打診し、 カードダス商品が実現しヒットした。
しかしその後、コナミがみんなおいしいところを持って行ってしまった。
聖戦士ダンバインの前半まで会社は存在していたが、放送途中で倒産してしまった。
後半の主役メカのビルバインは金型は、このクローバーの物らしいが、 実際に販売したのは権利を譲り受けた(買い取った?)トミーからだった。
重戦機エルガイム以降の玩具はトミーの親会社のバンダイから出るようになっている。
ガンダムの放送が残り7、8話の頃、プラモメーカーのアオシマに 上記のクローバーから「ガンダムのプラモやらないか?」という話が来たが、 視聴率が悪かったので見送り、後番組のトライダーG7のプラモをだすことにした。
(ソースは「超絶プラモ道2 アオシマプラモの世界」より)
この本を見る限り、アオシマからガンプラが出ていたら物凄いことになってたと思われる。
親子マシンガンダムとか、合体マシンシャア専用ザクとか・・・
そして上記に出てきたガンダムの代わりに出すことにしたアオシマのトライダーG7のプラモは、 アニメにないヒザからカプセルが出てくるなど、いらないオリジナル要素満載だった。
同じくアオシマのミニ合体イデオンは、アニメの変形合体ギミックを完全無視して ミニ合体シリーズのセオリー通りに設計された為、 1号メカについてるイデオンのパーツは頭のみというオリジナリティ溢れる物だった。
(別売されている4つのメカからパーツを外して合体させ、 ロボットなどを完成させるというというもの)
初期の珍ガンプラとして有名な1/100ガンダムは、 コアファイターが露出しているなど妙なプロポーションになってる上に 下半身は殆ど稼動無し、おまけに肩にはアニメにも登場しないバネで飛ぶロケット砲が付くなど、 ほとんどクローバーの合金トイ並の出来だった。
「超合金」はポピー(現在はバンダイ傘下)の登録商標。
もちろん、第1号の「超合金マジンガーZ」の作中に出てくる超合金Zに由来する。
しかし「超合金」がダイキャスト製玩具ロポの代名詞になったため、 他メーカーのダイキャストロポも「○○合金」というネーミングが多かった。
「超時空騎団サザンクロス」のアリイのプラモは、甲冑部分を外すと乳が丸出しだった。
その広告のキャッチコピーは、「ロリコンを採り入れたボディ」であった(´・ω・`)・・・
キョクイチ東京ムービーの「キョクイチ」は、名古屋の鋼板製造。
というか、下請けでパチンコ台の部品を作ってる所。
下のHPではその説明はないが。
http://www.google.co.jp/search?q=cache:q-pYkDc1IlMJ:www.skc-ir.jp/ns/pdf /3585.PDF+%E5%90%8D%E5%8F%A4%E5%B1%8B%E3%80%80%E3%82%AD%E3%83%A7%E3% 82%AF%E3%82%A4%E3%83%81&hl=ja&ie=UTF-8
繊維系の商社だの、鉄鋼会社買収しただの、。 ついでにゲーセンチェーン持ってるだの、99年頃に一度倒産してる?だの詳細不明。
初代ガンダムや、最近では「東京ミュウミュウ」などのスタッフロールに名前が載る この広告代理店は、関東の私鉄大手「東急電鉄」の関連企業。
「ガンダム」や「犬夜叉」で有名なこの会社は、元は虫プロの営業が立ち上げた会社。
はじまりは東北新社のアニメ部門で、 その頃の東映新社のテレビ部から受注した作品が 「ゼロテスター」、「勇者ライディーン」、「コンバトラーV」などなど。
「ボルテスV」や「闘将ダイモス」の頃は、日本サンライズになっていた。
現在は、日本サンライズ改め、サンライズとなり、玩具会社のバンダイ傘下である。
宮崎駿監督のスタジオジブリのアニメ(トップクラフト制作の風の谷のナウシカ含む)には、 タイトル内に必ず「の」が入っている。 (日テレ放送のジブリアニメアカデミー賞の番組より)
もののけ姫、魔女の宅急便、となりのトトロ、火垂るの墓 etc
風の谷のナウシカと同時上映宮崎駿監督の劇場版名探偵ホームズの場合は、 サブタイトルに「の」が入っている、
「青い紅玉(ルビー)の巻」と「海底の財宝の巻」の2話。
「カリオストロの城」のようにサブタイトルに「の」を入れる事もある。
「もののけ姫」の当初のタイトルは「アシタカせっ記」だったが、 ”の”を入れてゲンをかつぐために、「もののけ姫」に改めた。
(この「せっ」の文字は宮崎氏の創造文字で、草冠の下に耳が二つだった) ちなみにこのタイトルは初期タイトルと言うのとは少し違い、 「もののけ姫」で企画をスタートさせたが、絵コンテが佳境に入った頃に、 「この話はもののけ姫の話ではなく、アシタカの話だから名前を変えよう。」 と言って鈴木プロデューサに宮崎監督が提案した物。
その後「もののけ姫」の方が良いと判断した鈴木プロデューサは、 宮崎監督に内緒で日テレの映画速報に「もののけ姫」の名を発表し、 既成事実を作ることで渋々ながらも宮崎氏を納得させたらしい。 (制作発表記者会見、日本テレビのインタビュー、メイキングビデオ他より)
「ほ」が入るのは。高畑監督作品。
火垂るの墓(ほたるのはか)、「ホーホケキョ となりの山田くん」 etc
「となりの山田くん」は、タイトルに“ほ”がつかないから 無理矢理「ホ〜ホケキョ」をつけた。
・・・が、ゲンかつぎもむなしく、興行的には大惨敗した。
ちなみに「の」も「ほ」も入っていないジブリアニメの 「耳をすませば」の監督は、故・近藤善文氏。
サンライズ制作の富野監督のロボットアニメには、「ン」が入っている。
ザンボット3、ダイターン3、ガンダム、イデオン、ザブングル、ダンバイン etc
エルガイムに「ン」が入ってないのは、 バンダイが考えたタイトル(ロボット名)であって、 「このタイトルでやれ!」との至上命令であったため。
テレビ放送前に先行公開放送のイベントで、 「なんで今回は「ン」が入ってない?」の質問があり、 富野監督が「今回はバンダイに言われて〜」と答えてた。
「タイトルやロボットの名前には濁音と『ン』が入ってる方が売れるんですよ」 というトミノ発言をがあるらしく、願掛けであるらしい。
使用されている歌は「トトロ」のイメージアルバムからの音楽。
ちなみに歌っていたのは作曲の「久石譲」だが、実は初期の氏のアルバムでは 自身のボーカル入り、それも宇多田ヒカルパパの詩のが多かった。
宮崎監督が、久石の歌が入ったデモの曲を聴いて 「これでいいんじゃない」 と言ったためにそのままイメージアルバムに挿入されたもの。
ちなみにCMでは上条恒彦が歌っている。
「噂の刑事トミーとマツ」など、当時の大映テレビ製作ドラマのOPアニメは サンライズ(当時:日本サンライズ)がほとんど製作してた。
ちなみに石立鉄男の往年の人気コメディ「きまぐれ天使」のオープニング・アニメは、 敏腕アニメーター時代の芝山努氏が手がけている。
主題歌の小阪忠&ウルトラのダルな歌唱と相まって この時代(1976年)の空気が感じられる隠れた傑作。
ドラえもん映画は、実はかなり初期からCGが使われている。
実は一人の作画担当者の私物を利用したものであり、 シンエイ動画は長い間CGをその一人に任せていた。
クレヨンしんちゃんも、映画一作目からMacによるさまざまな効果が施されていた。
これは、やはりシンエイのスタッフの私物であったため、 映画が新作を作るたびにMacとソフトが新しくなり、 それにつれて効果も進化していった。
劇場用ゴルゴ13でCG生成用に使われたコンピューターシステムは、 市販のパソコン(当時で言うマイコン)を256台ばかり接続し、 並列処理能力を無理矢理獲得したシロモノだった。
映画公開は83年だから、そのマイコンのその性能は推して知るべし…。 全て8ビットCPU、クロックは2MHz程度でメモリー64K。 当時としてはこれが「普通」レベルのパソコン(当時はマイコン)だった。
ちなみにこのCGの部分は、漫画家の御厨さとみが担当。
CGと同じモチーフの対地攻撃ヘリやビルを手描きで出したカットもあった。 当然こっちの方が映像としては上。
世界初のフルCGアニメは、中割り補完システムというものを採用した「子鹿物語」(1982)
しかしフルCGだったのは2回だけで、他の回は部分的にCG効果として使っていたり、 普通の制作方法だったりしている。
当初予定していただけのCG採用らしいが、それでも制作は破綻していたとか・・・。
この子鹿物語のCGを担当していたJCGLという会社は、 ゲーム会社のナムコに吸収された。
レンズマンのあとくらいの話。
東京の足立区郷土資料館の、足立区の歴史がわかるアニメ 「おーいアダッチー」というビデオの制作をしている。
シリーズ全編(タイムボカン〜イタダキマン)は、 逆転イッパツマンを除いて、必ずタイトルに「タ」の字が入っている。
ただし、サンライズの富野監督アニメの”ン”や、 ジブリの宮崎監督アニメの”の”、高畑監督の”ほ”のような 願掛けなどがあるのか、それとも偶然か不明。
連絡先は個人宅になっているが、その家では空手教室も営んでいる。
そのため、大泉の某所には
「アニメ 教室 カラテ」
という謎の看板を掲げる家が存在する。
レンタルビデオの延滞料はビデオソフトの値段以上は払わなくてもよい・・・らしいかもしれない。
ビデオレンタル踏み倒し債権を買取るその道の業者がいるらしいが、 出るところに出れば、
1.時効
2.返したと言い張る
3.定価で買取
4.定価を折半
のどれかでケリがつくらしい。
もっとも、このビデオ延滞取り立て屋行為というものは実は弁護士法違反らしく、 実際、逮捕者も出てる。
だが、日曜夜の日テレの法律のバラエティー番組「行列の出来る法律相談所」でも 見解が分かれていて、結論も微妙であると言っている。
もっとも、俗に言う「取立て屋」というはプロのその道の人なので、 実際それにすごまれたら大抵の人は払ってしまうでしょうとのこと。
ソフト化されていないゼネプロ製の作品がまだある。
ミグコンで上映された『快傑のーてんき』は、 観客の要望で展開が選択されるアドベンチャーゲーム形式だった。
だがみんな面白がってダメな方へばかり選択するので、 何度、主人公の早川健が死んだことか。
「怪傑のーてんき」の元ネタは、言うまでもない往年の特撮ヒーローの「怪傑ズバット」。
そして、その「怪傑ズバット」の元ネタは、往年の日活映画「渡り鳥」シリーズ。
流れとしては、小林旭 → 宮内洋 → 武田康博 となる・・・ のかいな?
アニメックに連載コーナーを持っていたが、 挿絵でやたら自分の会社の宣伝をやり、そのたびに「ダメ!」とかのNGイラストを 上書きされていた。
イラストを描いていたのは、説明不要の庵野秀明氏や園田健一氏、 プリンセスメーカーの赤井孝美、造形師シャドームーンの三枝徹氏、などだった。
だが、それも含めたネタの可能性も。
「ダイコンW」で大赤字を出したゼネプロ、その穴を埋めるために ダイコングッズなどなどを製作して、全国7大都市で上映会を開いて売った。
今となっては伝説の「怪傑のーてんき1・2」や「DAICON OP2本」、「早撃ちケン」 それに庵野秀明氏の「帰ってきたウノレトラマソ」などを見ることが出来た。
「ハリスの疾風」、「0戦はやと」、「ドンキッコ」、 「ヤダモン(ちびっこ怪獣のほう)」などが代表作。
ビープロ制作のパイロットフィルムだけのアニメ作品 「クラブ君の冒険」(実写)はOPのアニメ部分は、 戦中に作られたアニメ「くもとちゅうりっぷ」などで知られる政岡憲三が担当している。
さらに主題歌の作詞は「やなせたかし」という パイロットにあるまじき豪華スタッフだった。
ちなみにこの冒険のパイロット版は、 クラブ君が空を飛んで敵を追いかけて行くシーンで終わる。
アニメのデジタル化が近年急速に進んだその最大の原因は、 97年に富士フイルムの富士タックという商品名のセルが 日本国内での生産打ち切りを決定した事でのセルの値段が高騰した為が大きい。
海外製のセルもあるのだが、品質が劣る為に セルを何枚も重ねるとあっという間に下の方になったセルが見えなくなってしまので、 使い勝手が余りに悪いのだとか。
だが、各社ともかなりの高品質の国産セルのストックがあったので、 生産終了後もしばらくはそのストック分と海外製とを併用して使うことで デジタル彩色へ移行するまで各社とも凌げた。
ちなみに、かなりの制作会社は零細で、 デジタル化に伴う設備投資・バージョンアップにアップアップ状態らしい。
デジタル化で人手を浮かすくらいなら 外注する方が安上がりという話もあるとか。
アニメーターが現在のように貧乏になった最初の原因として よく言われる手塚治虫が鉄腕アトムでダンピングをしたのは事実だが、 後に制作費をフジテレビに吊り上げさせたのも手塚本人であり、 もし手塚がダンピングしなければ、次のエイケン制作の鉄人28号が 間違いなく最初のダンピングで制作費を下げたアニメになってただろうとのこと。
当時としては前代未聞の前例のない毎週放送のアニメというのことのために 手塚治虫が安い制作費を提示しないとテレビアニメを作らせたもらえなかったこともある。
これ以後、各社ダンピング合戦に突入してしまい、 アニメの制作費を最低限ギリギリまで安く抑えられてしまうという 現在まで続くキッカケを作ったとして、最初にダンピングを仕掛けた手塚治虫が 結果的に全ての恨みを買ってしまったようなとこもあるらしい。
だが、問題はダンピングそのものではなく、 グッズ等の副収入で足りない制作費を回収する自転車操業が業界に根付いてしまったことや、 この時に虫プロは鉄腕アトムの版権収入で儲かったのだが、 以後のアニメは中間搾取で広告代理店が儲けのかなりを持って行かれるようになってしまい、 アニメ制作会社に版権の権利が大して与えられることがなくなり、最初の頃にはアリだった 「版権収入で儲ける」というビジネスモデルが慣例にならなかったのが痛い。
このダンピングのせいで以後のアニメ制作費は抑えられることになってしまったが、 その所為で沢山作られるようになり、日本のアニメ技術が磨かれていったという見方もある。
如何に「安く」かつ良いものを…という観点で制作が進められていった結果、 日本のアニメはディズニーとは違った方向性を持つことができたという見方も・・・ あるのだが。
因みにこの昭和38年当時でも他プロのアニメーターは 高度成長期の業種や企業によって格差が大きかった時代とはいえ、 やはり低所得な部類だったのだとか。
当時、東映などでは入社してたのは4大出か美大出がほとんどで、 皆入社して「何だ?漫画映画か・・・」といってかなりが早期退職していた。
因みに給料は他の東映新卒組と変わらなかったのは事実だが、 当時で給料が1万4千〜1万5千円だったらしく 大学初任給が1万8千〜1万9千円の時代なので、やはり低所得組だった模様。
その当時(昭和38年)は、労働争議でかなりの人員削減が東映でもあったらしい。
その後、下請けに外注という手段が増え、アニメーターが出来高制になっていった。
更に制作費が抑えられて低賃金が加速した要素として、 昭和48年2月に円が1ドル360円の固定相場制から変動相場制に移行で円高となり、 海外下請けに出すことで儲けられなくなったのが大きい。
その昭和48年頃にも映画業界の東映で労使対決の荒らしが吹き荒れており、 系列のアニメ業界最大手の東映動画(現・東映アニメーション)もその嵐に巻き込まれ、 この時の労使活動で会社側は、自社の社員より制作費の安い外注(海外含む)で 制作するという手段を執ったため、よりダンピングが進んでしわ寄せが来てしまった。
この時にちょうどブチ当たってしまった東映動画制作のマジンガーZは、 そのせいで東映動画本社のスタッフが使えるなくなってしまったので、 メインスタッフを当時の管理職(勝間田監督他)、 作画陣→すべて外注(中村プロ、海外外注など)という体制をとっていた。
ちなみに当時の東映の労働争議とは・・・
職場からの管理職締め出しや 定時以降は一切仕事をしてはいけないと目を光らせていたりしており、 社屋をロックアウトさせて残業させないように社員を閉め出すなどしていた。
おかげでスタッフは外注ばかりとなっていたのだとか。
このため、仮面ライダーは撮影所も労組の目の届かない生田スタジオで撮影開始になった。
以上出展先 |
: |
鉄の城 hm3 |
マジンガーZムック (声優誌) |
での岡田斗司夫の発言 ・・・etc |
10年以上前の話だそうだが、 某TVCMをバンバン流してるアニメ専門学校の講師は、 生徒に対して「今の日本のアニメは、手塚(治虫)がダメにした」とか、 「全てはディズニーの真似だ」とか言っていたらしいとかなんとか。
手塚治虫が居なかったら間違いなくこの学校はなかったはずだが・・・
・・・( ゚д゚)ポカーン
Drリンにきいてみて!での電車や車など、 真・女神転生 デビルチルドレン ライト&ダークの放送延長後のデビルなどのCGは、 CGを大胆に導入していた頭文字Dと同じスタジオコメットの制作なので、その流れの模様。
D・N・ANGELの町並みや電車などは、 3DCGのセルシェーディング技術で作られたゾイドと同じXEBEC制作なので、 その流れの模様。
Dear BoyのボールやゴールのCGは、 制作会社は違うが同じ講談社の漫画のアニメ化ということもあり?、 かつて頭文字DのCGを担当していた制作チームの流れがあるらしいとか。(ほんとか?)
学園都市ヴァラノワール(OVA)では、 町並みがみんなデジタルコピーでこさえた低品質CGで、 アニメパートも全編ヤシガニ作画ということもあり、明らかに省力化と低予算化での仕様の模様。
70年前後に劇画タッチのアニメが多くなったのは、 それまでセルに書き写しなおしていたハンドトレスだったのが、 トレスマシン導入でアニメーターの描いた線がそのままセルに出せるようになったから。
後にこの手法は劇画が流行らなくなり廃れると共に減っていくが、 現在ではデジタル彩色するためにスキャナーに取り込んでオートトレースさせる関係上、 綺麗に繋がった線で描くことが前提となり、劇画タッチはほぼ完全になくなってしまった。
「セル」とは呼んではいるがセルロイドは火事になりやすいので かな〜り以前から素材は燃えにくい「塩化ビニール」になっていた。
アニメ用の専用セルと、そこらで売ってる塩化ビニールは 同じ塩化ビニール製でも性質はもはや別物。
そして、その塩化ビニールも捨てる際の環境問題が指摘されていて、 使用後に破棄する莫大な量のセルも、のちのち問題となってきたであろうから 潮時だったのかもしれないとのこと。
初期のアニメはセルが高価だったので、絵の具を洗い落として何回も使っていた。
戦中に日本で作られた劇場用アニメ、くもとちゅーりっぷには、 そうして洗い落としたのが完全に落とし切れてなく、前の絵の具の跡が残ってるのが見える。
ちなみに、モノクロアニメは色が真白から真っ黒まで10段階。
伝説巨神イデオンでもこの「セル洗い」はやってたとか (当時のアニメ誌のジ・アニメより) だが、流石にセル洗いの手間と人件費ですぐに止めたそう。
ゼネプロのDAICONVでは、高価なアニメ専用セルを使うのを避け、 市販の塩化ビニールをカットして使ったのだが、トレスマシンの線は載らなく 全編ハンドトレスとなってしまい、おまけに色は乾かないで大変だったのだとか。
ちなみに、サザエさんは未だに全編ハンドトレスのセルアニメだが、 たまに放送されるサザエさんスペシャルなどでは制作が外注されるためか デジタル彩色で作られる。
TVスペシャル「バトルファイターズ餓狼伝説2」や、 映画「餓狼伝説 THE MOTION PICTURE」でテリーが乗るサイドカー付きバイクは、 「ああっ女神さまっ」の蛍一のサイドカー付きバイクと全く同じ。
設定書自体も「女神さまっ」からの流用だった。
「魔導王グランゾート」第1話冒頭で月面にいる地球人達が着てる宇宙服は、 初代機動戦士ガンダムの連邦軍用硬式宇宙服のデザインそのまま流用だった。
(最終回などでホワイトベース内でブライトやミライさんなんかが着てた白くて硬い宇宙服)
実写版ドラゴンクエストを撮影したことがある。
そしてその作品の中でラスボスである竜王(その人間形態)を演じているのは、庵野秀明氏。
お話はT〜Vの美味しいとこ取りというもの。
サマルトリアの王子役の役者は実は女の子だったりする。
だが、エニックス(現スクエア・エニックス)には不評だったので、 続編(W版)はこのドラマ仕立てを中止してしまった。
余談だが、W版に登場するすぎやまこういち氏は なんかえらく不機嫌そうな顔だったりする。
ウオルト・ディズニーが死んだ時、ディズニーの株主は全員が これでディズニーカンパニーは確実に潰れると予想したが、 潰れたら会社が分割されて売りに出て大手に買収されて株がさらに値上がりすると予想し、 誰も株を売らなかったのでディズニーカンパニーは倒産しなかった。
ミッキーマウスはウォルト・ディズニー自身が事務所で 遊んでいたネズミを見てデザインしたという逸話があるが、これは嘘設定。
実際は、最初に製作したアニメ「幸せ兎のオズワルド」の版権を失い困っていた時に、 親友のアニメーターアブ・アイワークスが、このオズワルドを下絵に仕上げたのが、 ミッキーマウスだった。
ディズニー自身は絵が下手で、若い時イラストレーターとして雇われた先にも それが理由で解雇されており、その後もほとんど自分では絵を描いてない。
参考 ディズニー批判序説、闇の王子
創立したのは1986年。 この年はハレー彗星がやってきた年だったために社名はスタジオコメットとなった。
90年初頭頃、ニュータイプの新作情報の先頭で 高橋留美子キャラクターデザインで平井和正の小説ウルフガイのOVAが発売という 情報が出た。
かつてウルフガイ原作者の平井和正と高橋留美子の対談集があり、 その中で発表されていたイメージ画集と、NewType誌の記事のキャラクターは ほぼ同じというものだった。
翌月の紙面での新作情報コーナーの下に 小さく訂正とお詫びでウルフガイのキャラクターデザインは高橋留美子ではないと 大誤報をあっさり処理していた。
現トムス・エンタテイメントとなっている東京ムービーだが、 「トムス・エンタテイメント東京支店東京ムービー事業本部」が正式名称で、 略されてるだけで実は今でも東京ムービーの名前は消えてない。
昔から、キョクイチ東京ムービー、東京ムービー新社、など、 親会社の名前がくっついたり、社名変更が多いスタジオで、 呼び名が今、何なのか、考えるのも面倒くさいので、 業界内では皆、ただ「ムービー」と呼んでいるのだとか。
数々のアニメのメカデザインで知られるが、 その前身のクリスタルアートの最初の仕事は『ポンキッキ』の美術デザインだった。
これは元フジTVのプロデューサーで、『ポンキッキ』を作った 現・日本テレワーク社長の野田”宇宙軍大元帥”の口利きによる仕事。
ちなみにフジTVの「トリビアの泉」の制作に加わっているこの日本テレワークは、 かつて「ひらけ!ポンキッキ」がメインの仕事だった。
余談だが、ガチャピンが宇宙に行ったがその後の放送がなかったことは フジテレビ的にはなかったことになっている。
発射時のGで潰れてしまい、出すに出せなくなってしまったらしい。
爆発の画で輪郭線を実線にしていたのは、仕上げ会社の要望から。
ガンダムなどは、劇場版の新作カットでは色トレスなので、露骨にわかる。
実在のアニメ制作会社の名なのだが、その社名ゆえ かかってきた電話の応対の時に後悔するんだそう。
「もしもし、『愛があれば大丈夫』ですか?」
「はい、『愛があれば大丈夫』です」
・・・・。
創刊当時、故石ノ森章太郎先生デザインのイメージキャラが存在した。
猫と犬のキャラで、名前は読者の投票で
「ベル&ベロー」(猫がベルで犬がベロー)だった。
が、約1年で密かにあぼーんした。
かつて、徳間書店からアニメーターの描いた漫画ばかり載せる雑誌として出ていた。
↓セル・
[カメラ]< IIIIII
[カメラ]
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