
|
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
真田技師長が「こんなこともあろうかと」と言ったのは、 「ヤマト2」の劇中でたったの一回のみである。
星一徹がちゃぶ台をひっくり返したのも、たった一回だけである。 エンディングにちゃぶ台をひっくり返すカットが毎週流されるため、 毎週のようにちゃぶ台をひっくり返しているという思い違いしてる人が多い。
そして、そのひっくり返すちゃぶ台も、円形でなく四角。
日産の車「サニー」の商標に引っかかったと思われているが、
サニーの商標をもっていて引っかかったのは、実は家電メーカーのSONYだった。
漫画連載第一回目は魔法使いサニーだが、すぐに商標に引っかかっているのがわかり 変更を作者の横山光輝氏に求めたところ、カタカナのロゴ「サニー」の”ニ”を横に倒し ”リ”にすると、あっさりその場で決めてしまった。
ちなみに、セーラームーンやおじゃ魔女どれみでも、こんなタイトル名の変更がある
ミィは、実はスナフキンの異父姉だ。
ドラえもんは、その昔 日本テレビで
1973年4月1日から同年9月30日まで放映されていた。 (参考)
当初は声を富田耕生が担当していたが、富田の交通事故を期にそれを理由にし
低視聴率のテコ入れと、イメージに合わなく、かつ裏番組で高視聴率のマジンガーZの
レギュラーでもあった富田氏を2クール目から野沢雅子に交代させた…
ということらしい。
この初期のドラえもんは、道具をあまり使わず男気(おとこぎ)でのび太くんを諭す、
ドスの効いた富田耕生声の、一部マニアウケする実にイカすドラえもんだったらしい。
現存フィルムは残っておらず、気にくわなかった藤子F不二雄センセが裏でムチャムニャして
制作会社の解散のどさくさで封印したとか破棄したとかという噂である。
新ドラでのび太役の小原乃梨子は、旧ドラではのび太のママ役だった。
新ドラでスネ夫役の肝付兼太は、旧ドラではジャイアンであった。
ちなみに現在も続くテレビ朝日版は、1979年4月2日からのスタート。
TVアニメ妖怪人間ベムの登場人物「ベム、ベラ、ベロ」の語源は、
BMWが当時「ラヴェーロ」という車をイタリア向けに輸出していたが、
赤いボディに黄色いライト(つり目みたい)がかなり個性的で(奇怪で?)
車のイメージをヒントに「ベム、ベラ、ベロ」の3人の名前が決まった。
「ベムベー ラヴェーロ」を分解していくと、
→「ベム ベーラ ヴェーロ」
→「ベム ベラ ベロ」
車好き(当時は「カーキチ」と呼ばれていた)のスタッフが多かった時代の話。
妖怪人間ベムのベム・ベラ・ベロの3人は、
一見ニューファミリーの親子っぽいが、実はよく考えると一卵性の三つ子である。
フランスの放送で視聴率100%をとったが、
これはフランスでは年齢別に視聴率を集計するために出た数字。
その時間フランスのすべての子供がグレンダイザーを見ていたという、
狙った層を総取りということでもある。
当時のフランスにはテレビ局が2局だけだったせいもあるらしい。
余談だが98年のクリスマスイブ、主要テレビ局がミサの中継をしている裏で
フランス3(局名)はしたり顔でゴルドラック(グレンダイザーのフランス名)を
放送したりしている。
マッハ号はステアリングにA(オートジャッキ)から
G(ギズモ号)まで7つのボタンがついているが、
実はシフトレバーとサイドブレーキの間にHのボタンがある。
これを押すとホーム(帰巣)機能によってギズモ号は予め設定した場所へ飛んでゆく。
マジンガーZが発進するのは、プールではなく実は汚水処理場。
全23話なのに再放送では22話しか放送されないことが多い。
第19話に放送上不適切な「キチガイ」という言葉が多く使われているからである。
最終回には、宮崎駿がゲスト出演している。
不二子の乗るクーパーが民家の天井を突き破って落ちてくるシーンに登場する
メガネの男が宮崎である。
「キチガイという言葉が使われているため、テレビ放映ではその部分はカットされている。
ルパン・次元・五右衛門が砂漠のアジトを破壊されて座り込むシーンなのだが、
どうしても見たい人は、レンタル屋でビデオ借りれば見られる。
ルパンがヒトラーやナポレオンのクローンと会うシーンの
「精神病院」という台詞もカットされている。
OPテーマは、作曲の段階から「人の命は尽きるとも、不滅の力〜♪」の方を
主題歌としての発注して作曲したが、局か東映動画のプロデューサーレベルの判断で
現在の主題歌と差し替えになり、この曲は挿入歌に回された。
そのため、この曲は挿入歌としては異例の第1話からの使用という事になった。
この挿入歌となった「Zのテーマ」の作詞は、
現在マンガ原作者として多数の代表作を持つ作家の小池一夫である。
他にも小池一夫氏は「科学戦隊ダイナマン」の主題歌も作詞している。
そして、差し替えのため新たにつくられたオープニング主題歌は、たった1日で書かれた。
(以上、うたえもん、及び、マジンガーZの研究本「くろがねの城」(講談社)より)
主題歌を歌った水木一郎は、この時はまだシャウトする歌い方が出来ずに
長時間録音の末、結局、良いところだけをつぎはぎすることで歌を完成させた。
オープニング主題歌の作曲は、ジャズで使われるブルーズコードで1時間で作られた。
後に完全ブルーズ風味で憂歌団がリメイクするが、どーりで似合うわけである。
作曲は「伊東にいくならハトヤ〜♪」でおなじみのいずみたく。
ちなみに「から〜ん、ころ〜ん♪」のエンディングを歌ってるのは、
まぁなんてことでしょう! サザエさんの声で有名な声優の加藤みどり。
当初のタイトルは『墓場の鬼太郎』である。
しかし、フジテレビの営業が「このタイトルじゃスポンサーがつかない」とクレームを付け、
主題歌の出だしのフレーズのゲゲゲを取って、「ゲゲゲの鬼太郎」というタイトルになった。
初代ゲゲゲの鬼太郎、第一話は、本来4話として制作されたものが使用された。
この「墓場の鬼太郎」は、元々、水木しげるが子供の頃に見た同タイトルの紙芝居だった。
水木はこれをヒントに今の鬼太郎を完成させた。
(探偵ナイトスクープより)
当時の紙芝居は著作権の概念がなく、人気キャラクターをみんな勝手に描いていた。
(書籍「消えたマンガ家」より)
紙芝居作家として描き、それを貸本時代から少年マガジン連載まで描き続けている。
デスラー総統には正妻と娘がいる。
デスラーはスターシアに惚れているが、奥さんが人の心を読む力があったもので、
それがうっとうしくて別居していた。
しかし、奥さんにはもちろん、旦那がスターシアに惚れていることは筒抜けであった。
このあたりの話は、松本零士のマンガにあった。
(漫画のみの設定の可能性もあり)
このエピソード「永遠のジュラ」は、バンダイから出たPSゲーム
「宇宙戦艦ヤマト 英雄の系譜」収録のショートゲームにもなっている。
ちなみにデスラーの娘、ジュラの声は声優の井上喜久子。
オープニング主題歌歌手として当初予定されていたのは
コロムビア所属の子門真人であったが、西崎義展プロデューサーの
「歌に声質が合わない」
というツルの一声で、急遽同じコロムビアのささきいさおが起用された。
この主題歌は、実は2番までではなく、3番と4番まである。
「宇宙戦艦ヤマト全記録集・TVシナリオ版」に
作詞者・阿久悠の直筆原稿として掲載されていたものらしい。
主題歌の「だけど〜、ルルルル〜♪」の部分には、ちゃんと歌詞があった。
と、いうことになっているが・・・
始めた音合わせした時、尾藤イサオがタイミングを取れずごまかして歌ったら、
それの方が良いと採用された。(これは尾藤イサオ談)
しかし実は、その話は尾藤イサオがいい人なので自分が莫迦になってくれただけらしい。
本当は作詞家が良い歌詞を録音当日までに考えられずに落としてしまい、
尾藤が即興でその部分を「ルルル〜♪」と充てたのが
そのまま採用されたというのが、この話の真相らしい。
ミッキーマウスの声を演じていたのは当初はウォルト・ディズニー本人であった
銭形警部のフルネームは、銭形幸一である。
これは新ルパンの「シンデレラの切手はどこへいった」で、
ヒロインのアリスが銭形にサインを求めるシーンから確認できる。
(トリビアの泉で放送済みの内容)
ちなみに最初の映画の「ルパンvsクローン人間」では、銭形平次という設定。
(上司に渡される封書に記載)
上半身だけ合体した状態で戦った事がある。
戦闘中に脚を損傷して下半身を分離。基地でボルトフリゲート(4号機・脚部)を
応急修理している間、1・2・3号機が合体したままの状態で超電磁ストリングを振り回し、
ボルトランダー(5号機・両足)がランダー手裏剣で援護していた。
制作当初、武器は玩具メーカーのポピーの案で銃に決まっていた。
それを土壇場でポピー側が「剣に変えてくれ」と言って変更を求めてきた。
既に作画作業に入ってた現場は大荒れ。
当時のスタッフ、ポピーの担当に向かって
「いいかげんにしてください・・・!」
主人公・剛3兄弟は、学年誌等では「大鷹」姓だった。
基地の名称がビッグ・ファルコンなのはその名残りである。
当初、小学館の学年誌等で予告された時の題名は「マグネス5(ファイブ)」であった。
68年放送の最終話「さりゆく虎」は、セル枚数を当時はおろか現在でも破格の六千枚は使った。
通常なら制作スタジオにペナルティが課せられる所だったが、
最終話だからと担当のOH!プロスタッフも、確信犯的にやったようだ。
お陰で当時の視聴者は、あの壮絶無比なエピソードを見ると言う恩恵にあずかれた。
作画レベル云々だけでは無く、ここ(と、胸をドンと叩く)で作り出した
作品・画面自体のド迫力である。
ノロイ島のモデルは八丈小島。
間違えている人が多いが、劇中での島の名前は実はノロイ島でなく「夢見ヶ島」である。
昭和53年、マルコス政権下のフィリピン国営放送で放映され
ピーク時には視聴率58%と大ブレイクした。
しかし、子供達の熱狂をよそに大人達は「子供に悪影響」、中には
「このアニメを先兵として、日本資本はフィリピンに宣戦布告している。
かつてのように、また占領されるのではないか」
と飛躍した解釈をするものまで現れた。
そして、ボルテスVはマルコス大統領直々に放送中止を宣言。
当時、フィリピンは戒厳令下にあり、きわめて政治的な意図で、放送打ち切りになった。
7年後、クーデターにより、ベニグド・アキノ大統領誕生。
ボルテスVは同じ国営放送で復活した。
この話には、ボルテスVのその放送中止以後の内容が、
「圧政で苦しんでいる民衆たちがボルテスVの力を借りて立ち上がり、狂った政府を倒す」
といったマルコス政権にとって洒落にならない内容にこれからなるとこだったため、
先んじて見た政府検閲に引っかかり、放送を止めたのではないか?といった憶測もある。
必殺技はサンアタックだと思われており、実際万丈自身もそう言ってはいるが、
ほとんどトドメはダイターンクラッシュである。
サンアタックは「物質の結合を非常にもろくしてしまう」だけの技なので、
それ自体に破壊力があるわけではない。
よって、倒すためにはダイターンクラッシュなどで衝撃を与えてやる必要がある。
しかし、サンアタックで爆発したメガボーグもいる。
語源は斬馬刀から。
ネーミングは、江戸時代の力士・雷電に由来する。
YMOの曲のライディーンは、この勇者ライディーンのイメージを盛り込んだらしい
(テレビ東京の番組「そして音楽が生まれるより」)
アニメ制作会社のスタジオディーンのディーンも、この勇者ライディーンから取った。
序盤のつくりは、時流行ったオカルト・超能力の風味の作風が災いし、
「教育局」にふさわしく無いという圧力がかかり、中盤で路線が手直しされた。
当時創映社に仕事がなく、親会社の東北新社から金を借りて
食いつなぎのために制作したもので、
放映局が決定するまでに既に1話目の作画に入っていたといった理由もあった。
本来なら、制作費を出してくれるテレビ局のポリシーと
事前にすりあわせるべきなのが、出来なかったのはそういう事情があったため。
作り直す金はなかったため、とりあえずは3話目までオカルト路線という事情である模様。
そのせいもあってか、監督が富野喜幸から後半は長浜忠夫に交代になってしまった。
原作ではアニメを知っている人なら「ハァ?」と言うほどあっさり母親に再会する。
実は、児童文学「クオレ(愛の学校)」の中で語られる「毎月のお話」という短編の一つで、
20ページあるかないかくらいの短編。
アニメでもオープニング冒頭で「クオレより」と出ている。
ちなみに同小説のアニメ「愛の学校クオレ物語(全26話)」では13話−14話にて登場。
原作はアルゼンチンのみが舞台で、
イタリア〜アルゼンチン到着までは完全にアニメオリジナル。
作ってた宮崎駿は、もういい加減母ちゃんに会わせてやりたいが
放送期間は一年だから引っ張らなきゃならないことにうんざりしていた。
この時に色々と調べたため、宮崎駿はイタリアにハマッたという話である。
原作のおんじの過去には、かなりのトリビアがある。
パイロット版フィルムだが、エイケン版の「アルプスの少女ハイジ」というのも存在し、
これはDVDの「エイケンTVアニメ主題歌大全集」で見ることが出来る。
このパイロット版フィルムの制作にかかわっていた芦田豊雄のコメントが
81年のアニメージュ誌のパイロット版フィルム特集の記事で読むことができる。
「アルプスの少女ハイジとクララ」というリメイク版も、2000年(2002年?)に公開すべく
準備され公式サイトなどが存在していたが、誰も見たことない幻なのは当然で
制作されることなく頓挫してしまっており、公式サイトも消滅してしまった。
TV番組より、漫画連載より先に、映画で最終回を見せた。
他にもガンダム0083なども最終話は映画が先だった。
これらは最終回がテレビ本編より映画の方が早いのが売りだった
仮面ライダー龍騎のずっと前である。
一作目の映画は低予算で作るためにTV用と同じサイズの用紙に
細めのシャープペンで作画された。
原作漫画の松本零士版は、たった一巻で完結している。
松本零士の原作漫画は、ダンガードAもほんのわずかしか連載されてない。
しかも、主役ロボ・ダンガードAは、ラストの見開きひとコマにしか登場しない。
飛行形態のサテライザーは、シルエットを含めて、2・3コマだけであり、
当初は微妙に形が違う。
旧アルカディア号は、メカデザインの宮武一貴によって
実は人型に変形可能なようにデザインされているのだが、
原作の漫画家の松本零士がロボット嫌いなため、これは阻止された。
分解ラフまでは描かれているらしい。
漫画版ハーロックに、「まさかロボットになるんじゃないだろうな」
みたいなセリフがあるのは、このためである・・・ かもしれないらしい。
本名はプーさんではない。
プーさんの家の表札には[MR−SANDERS]と書いてある。
すなわちサンダースである。
また、NとSがさかさ(間違っている)である。 以上、よく言われる間違いでした。
プーさんの家には、「Mr.SANDERS」とNとSが逆さの綴り違いの表札が掛けられているが、
あの表札は、プーさんが、どこかから勝手に拾って来たもので、サンダースさんではない。
つまり、プーさんは他人の表札で勝手に名を騙っているということらしい。
ディズニーオリジナルのキャラではなく、他の会社が権利を持つ「外様」である。
本放送当時、ハイジの放送の裏番組は、宇宙戦艦ヤマトだった。
この年寄りオタクにはチャンネル争いに破れて泣いた奴がきっといる… と思う。
しかし更にその裏に特撮の「猿の軍団」があった事は殆ど知られていない。
その影響で視聴率で惨敗したヤマトは、当初4クールだったのを2クールに短縮、
イスカンダルから地球へ帰るまでの話がカットされてしまった。
エンディングの透視図は当時、永井豪が描いたと言われていたが(実際は書き手未発表)、
作者はスタジオぬえの宮武一貴である。
本人は不満だったため、描き直したいと思っていたそうだったが・・・
その書き直したいという夢は、『鉄の城 マジンガーZ解体新書』
<講談社(A5判)1998.2.7初版発行>の表2で果たされた。
メカデザインはサンダーバードにも参加したジョン・デドワである・・・
ということになっているが、実際に担当したのは宮武一貴である。
そのジョン・デドワとは、実はスタジオぬえの結成前のメンバーの総称だった。
メカデザインは、テロップの通りスタジオぬえの宮武一貴だが、
原案とかけ離れたクリンナップをされ、本人は怒り狂ったとか。
それはテロップから自分の名を外せとまで訴えた程だ。
…しかし、原案と画面、大差無いように見える。
13代目石川五右衛門の初登場時は、峰不二子に夢中という役回りでルパンを敵視していた。
あの五右衛門が「不二子ちゃ〜んゥ」と呼んでいた…。
しかも、初登場時の五右衛門は、ハーレムの主であった。
いつの間にか後に「女嫌い」という、別の世界になったかのような設定になった。
波動砲を考え出したのは、永井豪氏と石ノ森章太郎門下の兄弟弟子の桜多吾作氏である。
(真偽不明)
ドライヤーを渡され、これからイメージしてデザインしろと言われて考えた・・・
・・・らしい。
波動砲シーンの特殊効果を担当したのは
きまぐれオレンジロードのシリーズ構成などの脚本家、寺田憲史。
(クレジットなしのため、この項も審議中)
なお、氏はファイナルファンタジー(1〜3)のシナリオも手がけている脚本家。
ダイターン3は量産化計画があり、プロトタイプ(?)が複数体存在している。
その内の1体はトッポが操縦訓練中にメガノイドに襲われて大破。
最終回で出てきたのはダイターン3の量産型ではなく、マサーロケットの量産型だった。
「ダイターンの量産も計画していたが、間に合わなかった」と、発進前のセリフにある。
波乱万丈は20体以上建造する事が可能な額の金塊を火星から持ち出しいる。
なお、同じ回で変形しない訓練用ダイファイターが同様に撃墜されている。
専業主婦となる前は出版社に勤めていた。
主題歌は実は2番。
1番は平屋建ての磯野家には存在しない2階から
サザエさんが顔を出すという歌詞になっていた為、ボツになった。
ちなみに、TVのエンディングはほとんど2番の歌を流しているが、
後半のサビは3番のものだ。
「ハリスの旋風」はアニメ企画先行で、ちばてつやが同題の漫画版を描いた。
タイトルの由来はスポンサーのハリスガムから。
しかしハリスガムがスポンサーを降りたことから、主題歌の一節を元に
「国松さまのお通りだい」とタイトルを変え、リメイクされた。
区別する方法は、主題歌冒頭のフレーズの違い。
「ハリスの疾風」が ♪どんが どんがらがった「国松さまの〜」が ♪どんがどんが どんがらがった
モノクロ時代の鉄腕アトムはエンディングが二回放映されたことがある。
これは手塚治虫が気にくわないフィルムをカットしまくり、尺が足りなくなったため。
主人公のジム・ボタンは、ミヒャエル・エンデの原作
「ジム・ボタンの機関車大旅行」では黒人である。
第20話「決戦前夜」は、野球中継が雨天順延になり、
放送に穴があきそうになったため作られた。
半年の放送期間中に、第5話「海が怒りに染まる時」、第6話「父が帰って来た日」
の2回、リピート放送があった。 (昔は珍しくないことだったが)
当時はリピートできる回数は放送局との契約に盛り込まれていた。(豊田有恒の小説より)
ザンボット3の放送局との契約では、
こうしたリピート回数は2回だったのだと思われる。
脚本は「ひょっこりひょうたん島」の井上ひさしと山元護久で、
原画では当時は東映動画だった宮崎駿が参加している。
ギャグ監修はパロディ小説家小林信彦が中原弓彦のPNで参加。
スウェーデンの20クローネ札には、
ガチョウのモルテンに乗り飛んでいるニルスが印刷されている。
おかげでスウェーデン旅行の際には、20クローネ札だけ両替せずに残す人が多かったとか。
オープニング主題歌は、子門真人の歌うバージョンが存在し、
これは第31話でのみ使用されている。
そしてテレビサイズしか存在しない。
が、一応CD化はされている。
本放送放映当時、冒険王誌上で松本零士、描き下ろしでひおあきら版などのマンガ版、
朝日ソノラマから小説版などが執筆されていたが、テレビランド誌上で聖悠紀も
ヤマトのマンガ版を描いていた。
しかし内容は分解して波動砲を交わしまた再合体して元に戻る
卵形のガミラス艦が出てくるなど、完全に聖悠紀ワールドしていた。
結局登場人物とヤマト自体はヤマトなのだが、
それ以外は本編から外れて完全に独自の世界にトリップしていたので、
その後結末がどうなったかは良く知られていない。 …誰か詳しい人続報キボンヌ。
キャラ原案の超人ロックで知られる漫画家・聖悠紀が、
小学館のてれびくんで漫画も描いていた。
アフレコ台本の表紙も、この聖悠紀のイラストであった。
ちなみに、特撮の「ダイアモンドアイ」や「コンドールマン」「電人ザボーガー」
そしてキャラデザもしていた「忍者キャプター」の漫画も、聖悠紀は描いている。
アニメ放送中の冒険王誌上での松本零士版漫画は、
毎回テレビのストーリーを忠実にマンガ化連載されていた為に
月刊誌の一話で毎週放送の本放送一話分しかストーリーが進まなかった。
その結果、連載の開始は放送の開始とほぼ同時だったが、
ヤマトが冥王星についたあたりで本放送が終了してしまい、
放送が終了する月の号で冥王星をあわててパスして
宇宙機雷、オリオン座アルファ星、異次元断層の三話を一気にこなしたが時既に遅し、
異次元断層に突入した次の回でいきなり地球に帰還して連載を終了するという荒技を見せた。
なお、この松本版ヤマトの単行本では、連載で落ちた途中のエピソードを60ページほど
書き足して辻褄を合わせてある。
石津嵐(衛星アニメ劇場の石津彩お姉さんの実父)版のヤマト小説は、
人類滅亡の危機を救うためガミラスと戦いながらイスカンダルへ行くという
基本構想以外はほとんど残っていない物凄い内容である。
真田志郎はガミラスのスパイロボットとすりかえられて次々と乗組員を暗殺し
最後に生還するのは古代と森雪二人だけになってしったり、
イスカンダル人は絶滅していて最後はコンピューターだけになっているなどの
トンデモストーリー。
ガミラスのスパイロボットは島で、最初にニセ島に殺されるのが真田「佐助」だった…
な内容らしい。
桃源郷みたいな星があり、そこに辿り着いたヤマトクルーと
保養で来ていたデスラーが鉢合わせする等の
もしリメイクするならぜひ取り入れて欲しい興味深いエピソード・・・
が他にも色々あったのかもしれない。
これらは西崎プロデューサーの最初の企画案か豊田有恒のオリジナルヤマトかどうか不明。
アニメ版により近い形へ変化していく過程で生まれたストーリー案のひとつらしい。
アニメのヒロイン(設定上未成年)が劇中脱衣場面を初めて披露した最初のアニメ…
…らしい。
子供向けのアニメでブラジャーという言葉が初めて出てきたのは(以下同文)
たった4話で打ち切られたのは広告代理店が倒産した為と紹介されることが多いが、
正確には経営難だった広告代理店が放送料を滞納したた為に
東京12チャンネル(現テレビ東京)から放送を打ち切られたというのが理由。
そして、その損害賠償で訴えられたために、この広告代理店が潰れたというのが本当。
波乱万丈が住んでいる「シン・ザ・シティ」の名は、埼玉県「新座市」のもじり。
…当時、富野監督の居住地だったとかなんとか。
'03/2/28に亡くなられた声優の井上遥さんは、
当初レイカ役ではなくもう一人の相棒のビューティ役の予定だった。
映画「ヤマトよ永遠に」が公開された時、映画はスタンダードサイズで始まるが
敵の母星に突入するとワイドサイズにスクリーンが拡大するという演出がされていた。
音響もその時点でモノラルからステレオになる。
ダイターン3の絵の独占使用期間が切れるのに合わせて、
キングレコードからLPアルバムを出そうという企画があったのだが、
期限を一年勘違いしていていた為、白ジャケットでの発売になってしまった。
このキングのと前後して、コロムビアもBGM集を出してた。
キングから出したザンボット3のBGM集がそこそこ売れたので、
その後番組のダイターン3の権利もキングが買い取ったことにより2社で出たらしい。
更にそのまた後番組の機動戦士ガンダムの音楽の権利も、
その流れでキングレコードが取ることになった。
変身の呪文の「ラミパスラミパス、ルルルルル」. は「スーパーミラー」の逆さ言葉。
これは脚本家の雪室俊一の考案であった。 (WEBアニメスタイルのコラムより)
ちなみに「テクマクマヤコン」は、テクニックスのコンポからのネーミングらしい。「テクニカル・マジック・マイ−コンパクト」の略。
69年、88年、98年と、3回制作されているが、
初代('69)でアッコを演じた太田淑子が二代目('88)ではアッコのママを、
二代目('88)でアッコを演じた堀江美都子が三代目('98)では鏡の国の女王を
それぞれ演じている。
数年後に制作される(かもしれない)と思われる四代目で、
三代目アッコの山崎和佳奈がどのように登場してくれるかが期待されるところである。
ボスボロットの初登場話では、サブタイトルや劇中の設計図で「ボスロボット」とされ、
さやかが「ボスのロボット」と言ったりもしていた。
ただし、その同じ回で、乗り込んだボスが「名前はボスボロット」と言っており、
発進時の劇中字幕も「ボスボロット」になっていた。
第49話(最終回)「格好の悪い終わりかた」(1980年12月28日放送)で
医師のミッチェル先生が読んでいる新聞では、
同月8日に起こったジョン・レノン射殺事件が報じられている。
(80年のアニメですが、雰囲気的にこっちにカテゴリしてみました)
「第一企画」という企画会社の作品なのだが、この会社は当たった(作った)アニメが
このベムと黄金バットしかなく、ベムのパート2の企画書を持っては各社を回っていた。
だが、現在では差別ネタを避けられないことと、
今更パート2をやっても当たるわけないという冷静な判断によって
どこにも相手にさなかった。
82年に「とにかく内容を見てもらおう」という無謀な決断で、
スポンサーがつかないままにパート2が製作され、
各アニメ誌に「秋から放送決定!」などと打たれた。
だが結局スポンサーがつかずにオクラとなってしまった。
しかしこの「妖怪人間ベム2」は
放送もされてないのに、セル画販売の広告だけがアニメ誌に掲載されてた。
この反省からアニメ誌は放送が本決まりにならないものをリークしない協定ができる。
このとき第一企画はTV会社から「漫画雑誌で連載されてるといいんだけど」
と言われ、今度は雑誌社を延々と回る。
そして実に10年後、少年ガンガン誌で連載となったが、
これは当時の編集長のセンスが…。
現在、この広告代理店の第一企画は旭通信社と合弁し、
多くのアニメでお馴染みのADK(ASATSU−DK)となっている。
第4話の「せむし男の人魂」は、差別問題などでビデオに収録されていない。
(余談だがディズニーアニメの原題「ノートルダムのせむし男」が
邦題では「ノートルダムの鐘」だったり)
旧作ベムのアニメコミックを出す事になった時、
例の3本指にはモザイクをすべきかどうか、真剣に論議したらしい。
オープニング主題歌を歌っているのは、
「侍ジャイアンツ」のエンディングを歌っているコーラスグループと同じである。
ベロの声と初代アトム(白黒)の声は同じ清水マリが演じてる。
ちなみにベムは「ルパン三世」の次元大介と同じ小林清志。
放映日:昭和51年4月4日〜昭和51年12月26日
放映局:TBS(昭和51年10月より東京12チャンネル、現・テレビ東京)と、
諸事情があり2局にまたがって放映した。
監督は当初、後の機動戦士ガンダムの監督の富野喜幸(現・由悠季)を予定していた。
が、それを聞かされる数時間前に日本サンライズから
「勇者ライディーン」のチーフにとの声がかかっており、
どちらにするかかなり悩んだらしい。
それ以前に名作劇場のコンテを何本か書いていた富野は、
その時演出をしていた高畑勲を尊敬していたので、
席を並べて仕事ができることに対してかなり魅力を感じていたが、
結局、純粋なオリジナルをやらせてくれる日本サンライズへ
ライディーンを監督しに行くことに。
この時、富野がズイヨーに合流していたら、現在の日本アニメはかなり違ったものになった
のではないか? ・・・と思われる。(こればっか・・・)
「みよちゃん」は「長靴下のピッピ」のキャラとしてデザインされたものだったが
ピッピの原作者のOKが出なかったので流用されたもの。
このときOKが出てればパンダコパンダは作られなかったかもしれず、
そうなると現在の日本アニメはかなり違ったものになったと思われる。(またこれかい・・・)
アニメ化したとき、タイトルが『8マン』から、『エイトマン』に改題された。
当時放送局がTBSで、8は他局のチャンネル(つまりフジテレビ)を連想させるため。
14話「エメラルドはどこへ」は、もともと「猫目石はどこへ」というタイトルで、
前の週の次回予告でもこのタイトルで紹介されていた。
変更されたのは、「宝石は猫の目に隠されている」というオチだったから。
「猫目石〜」のタイトルではオチがすぐに分かってしまう恐れがあったため、
急遽変更された。
主題歌はTVでは英語の発音でかっこよく歌っているが、
レコードでは「(ダンダン♪)るぱん ざ さぁーどっ」と、
わざわざメチャメチャカッコ悪く日本語っぽい発音で歌っている。
これは、当時はまだアニメ主題歌は全て子供向けなので、
ハッキリ聞き取りやすい発音で歌わなければいけないという風潮があったため。
初代のモノクロ版の34話『ミドリガ沼』は正式には欠落している。
この回、藤子不二雄や石森章太郎らが作画を担当していたが、
絵柄がそれぞれの漫画家の癖が余りに強く出過ぎていることや
漫画的表現が使われたことに対し手塚がえらく気にくわなかったため。
もっとも後に34話はフイルムが現存してた米版がテレビ放送もされ、
これはDVDにも入ってる。
アクの強いマンガ家連中が作画したため絵が統一できていなく、
その似てなさぶりはまるで似顔絵大会 (それ故に、別の意味で面白い)
残念ながら原作者トーベ・ヤンソンの逆鱗にかなり触れてしまったらしく、
キャラクタものの版権など、後にそれでかなり制限を受けてしまったらしい。
特に第1シリーズ後半の虫プロが制作した頃の「ムーミン」に対して
強く批判が入ったそうで、ちょうど虫プロが坂を転げ落ちる手前の状態の
監督が林重行(後のりんたろう)の頃のが批判が酷かったのだそう。
ムーミンの世界の信条はノーマネー、ノーカー、ノーバイオレンスなのだが、
自動車出したり金遣い荒かったりケンカしてきたりと、全てやってしまっていた…
ソース 山本瑛一「虫プロ興亡記」、「名作アニメもうひとつの物語」
※ ちなみに90年のリメイクの際には、
原作者トーベ・ヤンソンの厳重な内容チェックのもと、制作されることになった。
脚本には、井上ひさしが参加しており、主題歌の作詞もしている。(歌は声優の藤田淑子)
宮崎駿が書いたムーミンの原画はものすごく似てなかったらしい。
- その宮崎駿は、性懲りもなくムーミンで大好きな戦車を登場させている・・・
放送禁止(作品自体封印、藤子不二夫作品リストからも既に削られている)で有名だが、 その昔は東宝チャンピオン祭りで劇場公開もされている。
ちなみにそのときの同時上映が、宮崎駿の「パンダ・コパンダ雨ふりサーカス」
原案者は、どうやら宮崎駿も関わっているらしいとのこと。
今や日本中誰もが知っている国民的アニメのサザエさんだが、 じつは初期はブラックユーモアにあふれており、放送禁止用語(カタワなど)も使われていた。
ちなみに原作のサザエさんは、少年漫画だったこともある (福岡日日新聞→漫画少年→朝日新聞)
作者の長谷川町子は全国紙朝刊という制約で自由に出来ず、 週刊誌連載の『いじわるばあさん』の方が自由に出来て良かったと後に発言したりしている。
当時の内外有名プロレスラーが実名で登場するが、 “ボボ・ブラジル”というアメリカの有名悪役レスラーは、何故か劇中では “ポポ・アフリカ”という妙な改名をされてた。
ちなみに九州の北部のスラングで、ボボとは女性器の意。
当時の実際のプロレスの全国中継で「ボボ、(額が)ぱっくり割れた!血まみれだ!」 という実況が流れ、その九州地方ではたいへんなことになったという伝説があるらしい・・・
オスカル役が女優の田島令子に決まるまでには、多くの宝塚女優、 更には山口百恵にまで!当初色々と検討されていた。
そんな時、旅番組に出ていた田島のナレーションを たまたまプロデューサーが見ていて、それを気に入られ、田島に決まったのだとか。 (BS2衛星アニメ劇場のベルサイユの薔薇の再放送にて、 オスカル役の田島令子のインタビューでの話より)
政岡憲三作のくもとちゅうりっぷで動画を担当した土井研二、 彼が監督した森の鍛治屋の原画や絵コンテがつい最近発見されたが、 関西のお笑い系バラエティー番組、探偵ナイトスクープに依頼された為だった。
遺品に残っていた原画や絵コンテから、完成作品を見たいという依頼。
残された物から虫プロに制作してもらう一方で探索を続け、ついに発見。 美術館側も唯一残っていたフィルムを、遺族の許可により複製する事も出来た。
日本初のアニメソングは、オリジナルでは、この昭和18年の「くもとちゅうりっぷ」が最初。
OPで主題歌を流しながらタイトルを出す、日本初のアニメであった。
ちなみに童謡唱歌のアニメ化を除き、更にオリジナルでないのなら 昭和8年の「のらくろ上等兵」が最初 参考 http://www.d1.dion.ne.jp/~j_kihira/band/midi/JASRAC/yukannaru.html
ちなみにこちらは「勇敢なる水兵」の替え歌。
当初は半年のみの放映予定だった。
一休の声を演じる藤田淑子は、録音終了後に欧州旅行に出発する予定で 飛行機のチケットも予約していたのだが、 予想外の人気に「もう半年」「もう少しだけ」. と引き留められ、 放送終了でようやく飛行機に乗れたのは7年後だった。
放送当時、PTAの槍玉に上がったことがある。
曰く、「毎回マージョの胸が露わになるのが子供に悪影響を及ぼす」 そこでヤッターマンのスタッフはPTAのオバハン達をアフレコ現場に招待した。
オバハン達はスタジオで爆笑しまくり、にこやかに帰っていったそうだ。
音楽は渡辺岳夫氏だが、「大塩潤」とクレジットされている。
これは裏番組も渡辺岳夫氏が担当していたので、 同じ時間に同じ人間が関わるのはマズイということで名前を変えた為。
作中に出てきた血染めのボールは、 悪のりしたスタッフが赤い絵の具に甲子園の土を混ぜて塗っていた。
星飛雄馬は、実は大リーグにもない大記録を持っている。
完全試合2度達成
(対ドラゴンズ&対ブレーブス)
これ国内はおろか大リーグにもいない。
アニメ初期は カツオが壁を人型につきやぶったり タマが人語をしゃべったりとギャグアニメだった。
サザエさんには事実上の最終回がある。
それは、
ハマさん一家が奥さんの病気で田舎に引っ越す
三河屋の三平さんも故郷に帰る
ノリスケ一家が名古屋に転勤。 イクラちゃん喋る
の、いずれからしい。
ちなみにハマさん一家とは、伊佐坂先生が来る前に住んでいた一家。
お父さん・お母さん・子供の三人家族で、ジュリーという犬を飼っている。
サザエさん家の隣には洋画家の浜さんの前にも作家の伊佐坂先生が住んでいた。
ただし今の伊佐坂先生とは同姓同名(家族も)だけど別人らしい。顔も違う。
もう30年近く前の放送では、カツオが酒を飲んで酔っ払ったエピソードなんかがある。
別にグレたとかと言うワケではなく、話としては波平との「ちょっといい話」だが、 今はでおそらく出来ないだろう。
登場する時、いつもは目と口元が輝くが、 一度だけガンちゃん(13歳)が単独で登場した時、おまけで股間も輝いた。 (テレビのアニメ特番で放送済み)
作画陣に居た宮崎駿は、野球経験に乏しいので ピッチングやバッティングフォームの作画に非常に苦労していた。
同じく作画陣に居た大塚康生は、 回を重ねる毎に荒唐無稽になっていく魔球とストーリーに 自分と作風が合わず嫌気がさしていた。 (大塚康生・著「作画汗まみれ」より)
この1965年(昭和40年)の東映長編アニメーション映画の 原画の一人だったアニメーターの宮崎駿は、 世界観をひっくりかえすような結末へと独断と独力で変更してしまった。
第1話から毎回観ているオープニングは、実は最終回の後日談。
ロボノイドの指は当初4本だったらしいが、ヤバイってんで5本に変更された・・・ らしい。
サザエさんの家は平屋だが、電電公社(現NTT)のCMで2階建てだったことがある。
ちなみに、漫画版の話だが、初期のサザエさんは福岡が舞台でかなりの豪邸に住んでいた。
名前の由来は、 合体(コンバイン Combine)する兵士(バトラー Battler)で、コンバインバトラー、 これを縮めてコンバトラーとし、ヴィクトリーとローマ数字の5(5台のバトルマシン) にひっかけてVをつけた。
スポンサーは初め、農耕機器の名前みたいだと、嫌がったらしい。
原作はノンフィクションの物語なのだが、 ラスカルは、実は「あらいぐま」ではなく、「レッサーパンダ」・・・ かもしれないらしい。 (徹子の部屋に出たラスカルの声の野沢雅子もそう発言している)
原作が書かれた当時、まだその辺の分類があやふやだった為、 「あらいぐま〜」になってしまい、現在に至るらしい。
ちなみに野生の「あらいぐま」は洗って食べたりせず、 人間に飼育されると洗って食べるのだそう。
だが、レッサーパンダの原産地は中国の奥地であり、物語の舞台の40年代北米に 外来種のレッサーパンダが居るとは考えにくく、わずかに残っている写真が あらいぐまともレッサーパンダとも取れる写真なので、未だに不明なのだそう。
アニメのラスト付近でも描写されているが、野生のあらいぐまは実は大変に凶暴で 飼育するのが最悪に大変な動物であり、日本にも飼い主に捨てられたのが大繁殖し、 害獣として問題になったいたりする。
ちなみに、ラスカル(rascal )とは、「悪いやつ」とか「いたずらっ子」とかいう意味。
かつて、フネが一度だけカツオを殴った回がある。
子供の非行問題ネタの話で、 カツオが家の者に黙って近所のお兄さんとバイクでどこかに遊びに行き、 夜遅くに帰ってきた事に怒ったフネが殴る所で終わるという、 非常に後味の悪い終わり方だった。
ジャイアンの家の家族構成は、原作ともテレ朝版とも違い、父一人子一人だった。
母ちゃんは仏壇の遺影として登場し、現在のデザインとは全くの別人だった…
オープニングは前期インスト版、前期歌入り版、中期版、後期版、の 4 パターンがあり、 再放送で流れていたり特番などで普段我々が目にしているのは、実は後期版。
鉄腕アトムを紹介する時に
「1963年1月1日、鉄腕アトムが放送を開始した。 日本中のお茶の間に『ほ〜し〜のか〜なた〜』が流れた」
のような絵が流されることがあったりするが、 そんなのはまっかな嘘で、初期のころはインストのみであった。
昭和48年に、制作の東映動画(現・東映アニメーション)を含めた東映では 労使活動が活発化、そのせいで東映動画本社のスタッフが仕えなくなってしまったため、 思い切ったことをして乗り切っていた時期があった。
メインスタッフ |
当時の管理職(勝間田監督他) |
作画陣 |
すべて外注(中村プロや海外発注など) |
といった、ムチャな布陣でのこと。 (ソースは講談社「鉄の城(くろがねのしろ)」という雑誌等)
そう言う意味ではマジンガーZは東映動画作品でもかなりの鬼子だった。
3回製作されているが、3回とも両親の職業が違う。
69年 初代 |
パパ 外国航路の船長 |
ママ 専業主婦で山の手暮らしのお嬢様 |
88年 2代目 |
パパ テレビ局のニュースキャスター |
ママ 自宅で童話の挿絵を描くイラストレーター |
98年 3代目 |
パパ フリーカメラマン |
ママ 売れない総合芸術家 |
東映アニメーションの関弘美プロデューサー曰く、 「アッコちゃん両親の職業は子供の目からみた憧れの職業。」
(初代) 30年前は外国に行くということ自体が珍しかった。
(2代目)キャスターという職業が子供たちの間で人気が高くなり、 お母さんもパートなどで外に働きはじめた頃。
(3代目)終身雇用制が崩れ、会社に勤めることの価値が薄れている。 それにお母さんも、お父さんと同等に職業に比重を置いている。 そんな時代を反映。
なのだとか。
参考 http://www.zakzak.co.jp/geino/n-April98/nws2029.html
銃を書くのにモデルガンを写し描きしていたため、 登場する銃にモデルガンメーカーのMGCの刻印まで描かれてしまっていた。
このミスをやってしまったのは、アニメーターの大塚康生氏らしい。
最初のころは作画が間に合わなく、 セリフのタイミングにあわせて画面に出る色つきの線を見ながら (つまり線画ですらない)状態で声優がアテレコすることもよくあったが、 後期になると、画面に色まで入ったラッシュ(つまりほぼ完成品)程度までは用意しないと こういうことに厳しかったルパン役の山田康夫氏が主導してストライキしてしまい 帰ってしまう(というか呑みに行ってしまったらしい)取り決めになっていた。
(アニメーターの大塚康生氏と、銭形役の声優納谷悟朗氏のテレビ出演時の発言より)
当初穴埋め企画だった。
今では60年代に放映された東映アニメの歴史的作品の一つであるが、 当時のアニメ作品には珍しいくらい話数が少なかったり 白黒じゃ意味がない「赤いマフラー♪」で始まる 総天然色劇場版の主題歌をそのまま使わざるをえなかったのはそのため。
リョウのサイドカーは 同時期に東映で制作されていた特撮の人造人間キカイダーのサイドマシンと デザイン画ほぼ同じである。
これは設定制作時にたまたまあったキカイダーのスチルを模写して 設定画が作られたため。
ハヤトのバイクは アニメ版デビルマンの氷村のバイクの設定の使いまわし。
デビルマン解体新書P133・ゲッターロボ大全P79参照
タイトルロゴでは「ベルサイュの薔薇」になっている。
間違えているのかわざわざそうしてるのか、 それとも商標なのに接触するので避けたのかは不明。
この71年に公開された知る人ぞ知る谷岡ヤスジ原作の劇場アニメは 上映は早々に打ち切られたが、後にアメリカで公開され15億円の配収を記録した。
マスオさんは早稲田大学の夜間部を2浪して卒業。
しかし、波平の中の人(声優の永井一郎)は、京都大学卒だったりする。
近年、深津絵里のKDDIのCMにも出てくる米アニメのベティちゃんは、 本国ではCMなどで新たにつくられたものを除いてモノクロのみでカラー版は存在しない。
日本でカラーのベティーちゃんをみたことがあるという人も多いと思われるが、 それらはすべて、韓国で着色して輸出した海賊版。
映画「ロジャーラビット」のパンフに (この映画では酒場でモノクロのベティが 「私白黒だからお客さんのウケが悪いの」と愚痴をこぼすシーンがある) と、このことについて書かれている。
ベティさんが日本に来る話がある。
富士山に後光がさしてるわ、人力車が街中走ってるわ、 みんな出っ歯にメガネ細い吊り目、そのくせ服装はどう見ても昔の中国服、 帆掛け船とかドラとかもでたりして、「じゃぁ〜〜〜〜〜〜〜ん」と鳴っていた・・・ という、例によってメチャクチャな日本観だった。
ベティーちゃんが、着物を着て日本語で 「そーれーは私がー、なんたらかんたらー♪」みたいな歌を歌っていた。
ビーグル犬スヌーピーとその飼い主チャーリー・ブラウンは、 宇宙に行った事がある。
劇中でというのではなく、アポロ計画の中途、 アポロ11号の一つ前、アポロ10号において
月着陸船 |
= |
スヌーピー |
司令船 |
= |
チャーリー・ブラウン |
とネーミングされているというもの。
このアポロ11号成功の直後、 漫画ピーナッツ内にてスヌーピーがお得意の空想を駆使して月に行っている。
元々劇場公開用の短編アニメである。
何回かアカデミー賞の短編アニメーション部門を受賞している。
そしてその中でも有名な「勝利は我に」は1942年(!)にアカデミー賞をとっている。
この「勝利は我に」は、戦中ということもあり、思いっきり戦意高揚映画・・・
ジェリーにはもともと「名前がなかった」。
最初期の作品は二匹の名前が登場せずに本編がいきなり始まっている。
最初期のトムはかなり丸々とした顔つき。
トムがMGMのライオンの真似をするオープニングは、 だいぶ後期に入ってからのものである。
ミッキーマウスはウォルト・ディズニー自身が事務所で 遊んでいたネズミを見てデザインしたという逸話があるが、これは嘘設定。
実際は、最初に製作したアニメ「幸せ兎のオズワルド」の版権を失い困っていた時に、 親友のアニメーターアブ・アイワークスが、このオズワルドを下絵に仕上げたのが、 ミッキーマウスだった。
ディズニー自身は絵が下手で、若い時イラストレーターとして雇われた先にも それが理由で解雇されており、その後もほとんど自分では絵を描いてない。
参考 ディズニー批判序説、闇の王子
戦時中制作の戦意高揚アニメで日本軍と戦った事がある。
戦時中に制作された短編アニメで 「出っ歯・眼鏡・いつもニコニコ」という かつての欧米人の日本人感そのものの日本軍と戦っている。
劇中における日本人は、 真珠湾攻撃後の為か平気でポパイをだまし討ちしたり、 小さな小船でやってきたと思ったら実は巨大戦艦だったりと 徹底的に日本人が悪く描かれています。
中身は当然のごとくポパイの完勝で終わる。
数年前のフジテレビの特番で実際の映像が流れた。
戦中につくられた上映時間1時間とないアニメで、フイルムが消失していると思われていたが、 現在では「くもとちゅーりっぷ」(こちらは上映時間16分ほど)と同時収録のビデオで購入可能。
上映時間37分ほどの桃太郎の海鷲という作品もあるのだが、 こちらは残念ながらフィルムが消失してしまった模様。
手塚治虫はこのアニメを見てアニメーションに興味をもったということで、 かつてTBSの深夜に放送された時にゲストに出演して、このことを語っている。
戦意高揚映画として時の政府が作らせたものだったが、 製作陣の政岡憲三らはそれに反発、アメリカ軍に見立てた敵兵は動物に置き換えているのだが、 あまり憎々しくない可愛くすら見えるキャラデザになっており、軍事色を巧妙に少なくしている。
この時代、他にもベティーやミッキーをたたき殺す戦意高揚アニメなんかも 戦時中日本で作られている。
この桃太郎海の神兵、日本軍と戦うポパイなどは、近年フジテレビの特番で放送された。
暗い話の時は
「面白かった?じゃーねー」が
「どうだった?じゃーねー」に変わる。
飛雄馬が自分の名前を書くシーンなど、かなり実写映像が使われているが、 これは字を書くカットは作画が非常に面倒なため。
マジンガーZ用格納庫の建設費を試算すると、約72億円、工期は6年5ヶ月である。
前田建設ファンタジー営業部より 参考 http://www.maeda.co.jp/fantasy/project01/01.html
有名なヤマトの回頭シーンの作画は、 模型を魚眼レンズで撮影した写真を作画の参考に描かれたもの。
上下つなぎのタイツで腰にはベルト等がないという斬新なデザインだったが、 腰の線がないと非常にデッサンを取り辛いた為、アニメーターたちにはたいへん不評だった。
放送開始から4話は、「誰だ、誰だ、誰だ〜 空の彷徨に踊る影〜♪」の歌の イントロが仮面ライダーのオープニング主題歌に似ているという判断で、 オープニング曲とエンディング曲が逆だった。
この為、最初の4話は、エンディング曲だった 「シュパー、シュパ、シュパ、シュパー 唸るエンジン〜 科学の忍者〜♪」が オープニング主題歌になっていた。
1971年放映されたタツノコプロ製作の戦争ドキュメンタリーアニメだが、 その最終回は、何故か巨人軍の話だった。
サブタイトルは「川上監督の決断」
1978年に公開されたが、これは日本初のステレオアニメだった。
また、TV版の音楽担当はボブ佐久間だったが劇場版ではすぎやまこういちだった。
おばけのQ太郎は実は服を着ている状態。
たまに洗濯して干しているシーンがあるが、 下の皮膚も脱いでもまったく同じで、その皮というか服は何枚もある。
日本語吹き替えの声優さんはもう3人も亡くなっている。
初代 |
山田康雄 |
ルパン三世 他 |
2代目 |
吉村よう |
ついでにとんちんかん 抜作先生 他 |
3代目 |
八代駿 |
ニルスの不思議な旅 ハムスターのキャロット トムとジェリーのトム 他 |
70年代後半に発売されていわゆる「はじけるキャンディー」がブームになった時の 「はじけるキャンディー・ドンパッチ」というのが有名だが、 それが発売される前に「テレパッチ」というのもあり、タイアップされていた。
ルパンがマモーによって記憶再生装置を仕掛けられるシーンの 機械の作用で混乱するルパンのイメージシーンで、 実写写真撮り込みのテレパッチをルパンがザザーッと口に入れ 口中でテレパッチがはじけまくって・・・というシーンがそれ。
80年代に発売されたビデオ版やテレビ放送では時間短縮のためカットされていたが、 今現在入手できるverでは確認は可能。
余談だが、翌年発売の今でも有名なドンパッチは マジではじけるので口の中が痛くなるほどだったが、 このテレパッチはシャワシャワ程度でたいしてはじけないシロモノだったそう。
オープニングテーマ曲が富田勲作曲の壮大なシンフォニー曲なのは、 子供の情操教育のため。
(原作漫画の話だが) レオは本当は白いライオンでは無く、普通のライオン同様黄色いライオンの予定だったらしい。
「ジャングル大帝」の第1回はカラー原稿で、 手塚もレオを黄色い色で塗っていたと思ったのだが、 そのとき使っていた電球の光が黄色っぽい色だったため、 黄色と白の見分けがつかず、白を塗ってしまった。
気付いた時には、時すでに遅し・・・だったので、 そのままレオは白いライオンという事になってしまったのだとか。
だがこの話は手塚が「知ってて白くした」という説もある。
昭和41年にTBSで「がんばれ!マリンキッド」として1クールだけ放映されたが、 昭和44年に「海底少年マリン」と改題し、 新たに新作26話を追加してフジテレビで放映された。
放映に先駆けて「ドルフィン王子」というパイロット版(?)が、 40年4月4日〜18日に3回に渡って放映されたが、 これはカラーのテスト版として制作されたもので、 放映は日本初のカラーテレビアニメと思われている「ジャングル大帝」の 40年10月6日〜よりも早いものだった。
ケイブンシャ刊 全アニメ大百科より
元々は「飛行形態で出撃→ロボットへ変形して敵を倒す」だったのを 「ロボットで出撃→飛行形態(ゴッドバード)へ変形して敵を倒す」へと、逆に変更された。
このアイデアはポピーの村上克司氏によるもの。
作画参考用にポピーの超合金(合金製のTOY)が使用されたが、不恰好なので不評だったとか。
安彦良和氏はプロポーションの良い、ジャンボマシンダー(ポリ製の巨大玩具)を誉めている。
Zが当初、空を飛べないのは、 永井豪氏が空を飛べる設定を考えるのを忘れていたかららしい・・・
顔が怖いため、目の部分に鉄人28号が如き『黒目』を入れる案があった。 が、ボツになった。
初期デザインでは、顔には『黒目』があったのだとか。
主題歌は曲中「ベム・ベラ・ベロ」と声優さん達が実際に声を入れているため、
未だに印税が入ってくる。
サザエさんの家で唯一画面に登場していない場所がある。
それはトイレの中。
家の場所自体は東京都世田谷区の住宅街。
放送開始当初の水準では、これでも周囲の家と比較して大きくはなく、
むしろ小さめの家だった。
因みにその東京都世田谷区には長谷川美術館がある。
ソース:長谷川美術館の解説担当者
「豚もおだてりゃ木に登る」という、今では国会議員も言っちゃったり
大河ドラマの「利家とまつ」の中で、信長の台詞にも出てきたうことわざがあるが、
あれは、ことわざでも何でもなく、ヤッターマンの中で使われたギャグの一つ・・・
と、いう話もあるが・・・
ちなみに、その「利家とまつ」の放送があった日には、
2ちゃんねる中でしっかり指摘されていた。
昔、某毎日新聞の記者が「豚もおだてりゃ木に登る」の由来について
タイムボカンのメインスタッフの笹川ひろし氏に尋ねたことがあるそうで、
それは、笹川氏が子供のころ会津若松に住んでいた当時、
町内会の集まりで悪態をつくときにすぐ、
「豚もおだてりゃ木に登る〜」
という人がいて、それをギャグに使ったとの事だそう。
テレビ東京の番組で「それ以前の出版物にも使用されてる」というのが視聴者に指摘され、
以前からあることわざだったと、訂正してた。
そんなわけで、大昔からあることわざではなく
少なくと昭和20〜30年代頃には使われていらしい、
かなり新しい一部地方で使われていた例え言葉の一つが、
タイムボカンシリーズのスタッフであった笹川ひろし氏に見いだされて全国区になった、
というのが、正解の模様。
71年版の2度目のアニメ化では、欠番になった回がある。
第5話『あしまがり』という、タイトルからしてNGの話。
開発による自然破壊がテーマの話で、妖怪あしまがりは狸みたいな風貌。
演出はジブリアニメなどでお馴染みの、高畑勲氏だった。
再放送でも放送されないようでだが、本作は85年より東映ビデオからリリースされた
ビデオソフトに収録されており、大きいビデオレンタルショップに行けば見つかる可能性が高い。
「ゲッター」は、サッカーの「ポイントゲッター」からのネーミング。
サッカー関係繋がりで、敵の帝王の名前はゴールとなっている。
主人公のゲッター1の流竜馬は、当初戦死する予定だった。
そのため新キャラのデザインが起こされ名前も決まっていたが、
結局その案は没にされ、代わりに武蔵が戦死することになった。
飛んでいったロケットパンチは、初期オープニングアニメに見られるように、
当初は「指から逆噴射して戻って来て来る」というものだったが、
いつのまにか新しい方式に変更されていて
「グーの状態のまま逆噴射無しで本体に近づき、目に見えない力で再合体」となった。
また、他にも特殊な例として
「普通に後ろから噴射しているのに噴射方向に後退して本体に戻る」
という表現ミスがされたこともあるが、
これは、通常のロケットパンチ発射の絵をうっかりそのまま逆戻ししてしまった模様。
なお、劇中の初期は、光子力ビームが赤系の色だったり、
パイルダーオンしなくてもZの目が最初から黄色かったり、
後の標準パターンと違う部分が多々あった。
ドメルと戦った「七色星団」は、画面上でも何度か7つの星が登場しているが
あれは暗黒星雲の「黒」を含めて7色なので、星の数は「6つ」ということだそう。
アニメは、裏番組が超人気の「ウルトラQ」にぶちあたってしまった。
この時、手塚治虫の息子の手塚真も、
この子供だった当時は裏番組の「ウルトラQ」に夢中になってしまった。
それを見た母親が「お父さんの番組を見なさい」と諭したが、
手塚は「子供の見たいものを見せてやれ」とそのまま「ウルトラQ」を見せたそう。
「ワンダー3」のプロデューサーは、当時フジテレビに在籍していた円谷皐氏。
かの円谷英二の実子である。
それまで平均視聴率23%を誇っていた「ワンダー3」は、
「ウルトラQ」(初回視聴率32.2%)のアオリを受けて、
一気に6.9%まで落ちてしまった。
石川賢はゲッター1をデザインした時点でアイデアに詰まってしまい、
共著者でもある永井豪に相談した所、「こんなのはこう描きゃ良いんだよ!」と言って、
サラサラとその場でゲッター2とゲッター3のラフ画を描き挙げたそう。
また、今からは想像もつかないが、
石川賢はゲッターをどのように合体させるか最初のころは真面目に悩んでいた。
しかし永井豪がまたも「こんなもんで良いんだよ」と飛行機を
別の飛行機の胴体にぶっ刺し、これがゲッター3のラフになったのだとか。
石川はそれでようやくはじける事が出来たらしい。
そんなわけで永井豪はゲッターロボの原作者の一人なのだが、
漫画版を書いていたのは共著者の石川賢ただ一人だったので、
永井豪自身はゲッターロボを絵に描けないのだとか。
(一部ネタ、ゲッターロボ大全より)
永井豪氏はダイナミックプロとして原作の一人なのだが、
自分で漫画を描いていなかったので、鋼鉄ジーグ自体は描けないのだとか。
主役は森重久弥と宮城まり子の2人だったが、他にはあまり役者は使っておらず
他にもキャラクターは大勢出ているのは全て2人で複数役掛け持ちして充てていた。
ちなみにその他のキャラクターの中には、
日本に来て流行る前のジャイアントパンダなんかもいた。
この当時パンダ関係の資料がほとんど無く、
映画に登場するパンダは尻尾の色が本物と違い、色が白黒逆だった。
もっとも、たいがいのぬいぐるみなども間違っていて、
正解は白なのに黒いものが多いのだが。
ちなみに、この白蛇伝のヒロイン、白娘(パイニャン)を公開当時劇場で見て
( *´д`*)ハァハァ… してた学生の中に、後の宮崎駿監督が居た。
この61年の東映動画では、安寿役に当時新人女優だった佐久間良子が
人間の演技をセル画に起こすライブアクションで作っていた。
ちなみに厨子王丸役は北大路欣也が同じくライブアクションをしている。
59年に制作され60年代には日本でも公開されたこの米国産アニメーションは、
「唇だけ実写」という、凄まじい作りであった・・・。
参考 http://ppgcom.at.infoseek.co.jp/sands/clutchcargo.html
ちなみに、かなり最近、日本のCSのカトゥーンネットワークで放送されていた。
女性のキャラはちゃんと女性の唇なので、
そこだけ妙に艶めかしい。
1話5分程度で3〜4話位で完結するタイプだったが、
これが今みても意外にも結構面白かったりする。
第1話はオープニングの前にアバンタイトルがあった。
無印ゲッターで戦士した武蔵の弔い、そしてみちるのナレーションの一言
「新しいゲッターロボが完成したわ」で
新ゲッター完成が流されている。