香港ドルの検討
ポンドペッグ制からドルペッグ制までの流れ
第二次大戦後、日本軍の占領から解放され、再びイギリス植民地に戻った香港では通貨を英国通貨ポンドに連動させる「ポンドペッグ制」がとられた。この際のレートは1ポンド=14.55香港ドルで固定された。また当時は先進国間で固定為替相場制が主流であったため、米ドルに対しても固定的であり、安定した通貨のもとで香港経済は着実に成長していった。
ニクソンショックにより、1972年にポンドが変動為替相場制に移行したのを受けて、香港ドルも1974年から変動制となった。
変動制下でも香港は順調な発展を遂げていったが、1982年9月に「中英共同声明」が調印され、香港の中国への返還が決定すると、先行きの不安感から香港ドルが急落していった。
1983年10月には経済危機がピークに達し、ついに変動制を廃止して、ここに1米ドル=7.8香港ドルとするペッグ制が復活した。なお香港には通貨の発券銀行が3行(香港上海銀行、スタンダード銀行、中国銀行)あり、それぞれの銀行が手持ちの米ドルを香港金融管理局(HKMA、中銀に相当)に預けることで、その額に見合った通貨発行権が与えられる。米ドルの裏付けによって相場の安定が保たれ、場合によっては相場への公的介入資金となる。
さて、私は何度も書いていることであるがオマーンリヤルのドルペッグ制は輸入インフレをもたらし、クウェートのドルペッグ放棄を招いたのに比べ、香港ドルのドルペック制は変動相場制と中国返還不安による通貨危機で財産がどんどん目減りしてしまう恐怖から逃れる為の対策として取り入れられた制度です。この制度により香港の人々は破産の危機を脱しており、これを経験した全ての香港資産家が熱烈に支持しており、カレンシーボード制度の導入で香港ドルを食い物にしようとしたヘッジファンドを壊滅させた実績などにより香港当局もこの維持を宣言しています。つまりオマーンリヤルやクウェートなどの湾岸諸国のドルペッグ制とは本質的に歴史が違うわけです。
今でも多くの人に尊敬されている中国の最高指導者であった故ケ小平は一国二制度に基づく香港経済のシステムを50年維持するという内容でイギリス政府と返還協議しており、これを認めています。この内容は中国の国会で正式に採択されており、制度変更にはそれなりの手続きが必要です。
現国家主席は一国二制度は成功だったと今年演説していますから中国、香港の過去現在の流れでドルペッグ制を放棄する動きは無さそうです。
実際問題として懸念されるのは、人民元がバスケットペッグ制に移行するとともに切り上げを行っているので香港ドルと人民元の価値の逆転が起こっていること、通貨統合がされるのではという思惑があります。
しかし、人民元の切り上げは貿易赤字に苦しむアメリカの圧力で中国が自国の利益を捨てる形で行っています。
現在、何の問題も起こっていない香港の利益をどぶに捨てる決断を中国が捨てるでしょうか?その行為は土地を半分奪われた人がその奪った人に土地も半分渡したから給与収入も半分渡しますと自分から申し入れる行為に等しいのではないでしょうか?
勿論、リスクは有りますし、一国二制度によるドルペッグが2047年まで続くとは考えていません。経済の変化は制度を決めた時から大きく変わるからです。ですが今すぐ起こるでしょうか?
それらを加味して判断するのはあなたです。
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さてそれではどのようにしてヘッジファンドを撃退したのでしょうか?
まず売り方のヘッジファンドの最大の脅威は中国の肩入れでした。香港返還は中国の威信問題であり、香港ドルをヘッジファンドの餌食にしないために中国政府は中国の外貨準備(1303億ドル)を使っても 香港ドルを守り抜くという姿勢を見せます。これに呼応するようにジョージ・ソロス(クウォンタム・ファンド総帥)はIMFの総会で香港のペッグ制維持を支持を表明します。
それにもかかわらず、ヘッジファンドは売りを進めたことにより香港当局は鉄槌を下す。
銀行間貸し出しの翌日物金利を300%(1ヶ月物は50%)の過去最高水準に誘導して、投機の動きを封じるというウルトラC級の策に出た。これによりレバレッジのための香港ドル調達コストが上昇し、香港ドルは急反発して年初来最高値となった。このため香港ドル売りで投機を行ったヘッジ・ファンドはレバレッジが災いして含み損を抱えることとなった。
さて私がブログで書いたとおり、カレンシーボード制に基づくドルペック制は通貨の安定の引き換えにインフレコントロールなどの金融政策を放棄することを意味する。
香港政府はヘッジファンドを壊滅させた弊害で自国の株式もどん底に突き落としてしまう。急激な金利の上昇はブラックマンデーの下落幅を更新した。しかし翌日には通貨防衛の政策を好感して大幅上昇し、その翌日には又下げるという激動の動きの中で今日の繁栄に続いているのである。