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日本人は無宗教か?

史上最大の発明

なぜ数学を勉強するのか?

かのようにの哲学

稲垣良典:トマス・アクィナス

マルコム・E・ラインズ:物理と数学の不思議な関係

ゾロアスター=ツァラトストラ=ザラストロ

アキレスと亀

ウソつきは信用されない

プラトン:ソクラテスの弁明

     クリトン

     饗宴(シュンポジオン)

 

 


  

 日本人は無宗教か?

 

 死の商人と言えば武器・弾薬を売る人のことを言いますが、私は宗教家というのも同じような気がしています。ふつうの日本人が何かの宗教に入信する動機は、たいていが自分か家族の病気や死です。つまり人の弱みにつけ込んで誘うわけで、不幸は信者獲得の絶好の機会であるわけです。

  急いで言っておきますが、死の商人というのはもちろんたちの悪い冗談で、ふつうの人たちはそれだけ死というものに無関心か、無意識に遠ざけているということです。だからこそメメント・モリ(死を忘れるな)という中世キリスト教の言葉が今も強い説得力を持つのでしょう。

  地下鉄サリン事件から10年が経ちました。あの時、いろいろなことが言われましたし、正しい意見も少なからずあったと思いますが、「正しい宗教ならあんなことはしない」といった意見と、「科学を学んだ者がオウムなんかに入信するなんて」といった意見は違うなぁと思いました。

  たとえオウムが宗教としては、麻原の空中浮遊に見られるようにインチキであったとしても、入信の動機(それが自分の病気や家族の死と関係していても、いなくても)に「なぜ自分は生きるのか」とか「なぜ自分は死ななければならないのか」という普遍的な、かつ理性では解決不可能な疑問が横たわっていたのであれば、それはやはり宗教の問題だろうと思います。同時に理性で真理を発見しようと希求する科学者であればこそ、こうした疑問に捕らわれやすく、徹底的に追求してしまいやすいのだろうと私は想像しています。

  それ以上に困ったことに、宗教は純粋で活力があればあるほど「いけにえ」を要求します。倫理的には絶対的な悪である殺人や殉教という名の自殺を求めるのです。それはイラクやパレスチナで起こっていることを見ればある程度理解していただけると思いますし、60年前に特攻隊という「自爆テロ」を行っていた日本人が無自覚に批判できるものでもないと思います。

  でも、一般的には日本人は無宗教だと言われます。神社に初詣に行くし、葬式ではお経が流れるし、何よりクリスマスはいちばんのお祭りだし……だのにふだんは神道にも、仏教にも、キリスト教にも関心がないと。それって(信者から見れば)無節操だとは思いますが、無宗教の証拠にはならないでしょう。特定の宗教にこだわらないだけです。

  新年に自分と家族の幸福をお願いし、死者の冥福を祈り、年末に彼女(又は彼氏)との強い絆を求めるwのは、ごく自然な感情です。昔から学問成就は天満宮、安産祈願は水天宮、商売繁盛は戎神社と、神様を使い分けしていたのと同じです。つまり、やおよろずの神にお釈迦様やイエス様が入っているのです。

  こういうふうに言うと、「おまえがごたまぜが日本の宗教って言うんだったら、その精神や教義がわかるような、聖書みたいなものを見せてくれ」って詰め寄られますよね。でも、そういうのはないんですよ。古代ギリシア・ローマだって同じで、神話しかありません。多神教ってそんなものです。だって、アニミズム、何にでも神的なものが宿るって考えですから、福音書みたいなストーリー展開も、パウロの手紙みたいな論理展開もむずかしいです。だいいち布教の必要もないし。

  苦しまぎれに言うと、宮崎アニメかなぁ……「千と千尋」とか「もののけ姫」とかにはアニミズムが満ちています(「ハウル」はまだ観てません)。だから、あんなに人気があるんでしょうし、そういう意味で日本人(こんなふうに一括りにされるのが嫌な人は多いでしょうけど)は、変わっていないとも言えるでしょう。ふつうは自然志向みたいに理解されてるんでしょうけど、なぜ宮崎アニメが(経験したことのない人にも)懐かしさを感じさせるのかはそれでは解けません。

  気づかれた方もいらっしゃるでしょうが、アニミズムもアニメーションも、アニマル浜口wも同じ語源です。アニマとは「魂」という意味なのです。魂を持つから動くので、「トトロ」のどんぐりがみるみる大樹になる、あのイメージです。

 


 

 史上最大の発明

 

 世界三大発明というと活版印刷、火薬、羅針盤だそうで、ヨーロッパの覇権確立という観点から言って肯けるものがありますが、私は現在のアメリカの隆盛とイスラム世界の台頭ぶりを見ると、一神教こそが人類史上最大の発明ではないかとひそかに思っています。宗教が発明品だなんてとんでもないことを言ってるようですが、(仏陀やキリストやムハンマドのように)宗祖のいる宗教はそう理解した方がわかりやすいでしょう。

 キリスト教もイスラム教もユダヤ教から分離したり、それに触発されたりしてできたものですから、大本は古代ユダヤ人の発明です。誰が宗祖かと言うと紀元前10世紀より前の話のようですから、よくわからないところが多いのですが、モーゼがいちばんの候補でしょう。ただ旧約聖書では当然のことながら、モーゼ以前から唯一神ヤハウェ(エホヴァ)への信仰があったことになっていますから、「発明者」が誰かははっきりしません。

 神が唯一だという概念自体は、今となってみれば不思議でも何でもないかもしれませんが、それを最初に主張するのは天才のみが可能な思想的飛躍だと思います。前回でも少し述べたように畏怖の念を抱くものにそれぞれ神や霊が宿るというアニミズムの考えの方がわかりやすいですし、現に他のほとんどの古代宗教はそうなっています。つまりアニミズムから相当程度の抽象的思考を経なければ神の数は減りません。リストラは常に痛みを伴いますw。神の数を減らすことは、例えば家や部族のそれぞれの守護神を滅ぼすことでもあったはずです。

 数が減ってきても最大の問題があります。それは二項対立の克服です。最古の超民族宗教だと思われるゾロアスター教が善と悪、古代中国の陰陽五行説が男性原理と女性原理となっているように、抽象化が進んでもなかなか一つになりません。なぜなら神が唯一であればそれは善なる神でなければならず、善なる神だけがこの世界を支配しているとすれば、なぜ悪や不幸があるのだということになってしまうからです。これに対し、二項あればお互いの闘争とか、交代とかで説明できる、つまり最終的に善が勝つまでの過渡期とかなんとか言っておけばいいからです。

 ユダヤ教が神を一つに絞り込んでいったのは、それだけ古代ユダヤ人の置かれた状況が厳しかったことが大きな要因でしょう。出エジプトだとかバビロン捕囚だとか、まあ強大な民族の通り道で民族のアイデンティティーを維持するのは容易ではなかったでしょう。強力な権力の確立が困難だったので、強力な権威を創造し、求心力を保ったのです。そして、それは現代に至るまで(最強国家のアメリカの中で強いポジションを占めているという意味も含め)有効なわけですから、ユダヤ教は宗教的天才であり、かつ政治的天才の産物なのです。

 ただ、全知全能の神の下でなぜ悪や不幸があるのかというテーマは残るわけで、いわゆる弁神論として追求されていきます。嚆矢は有名なヨブ記ですが、悪魔が敬虔なヨブにありとあらゆる不幸を与えて信仰を試すという極めて文学的な内容で、現世利益がなくても信仰は可能かという、殉教までつながるような永遠のテーマを含んでいます。「主は与え、主は奪う」というヨブの叫びは、ユダヤ民族全体の声であり、一神教の特徴を端的に表わしています。

 ユダヤ教は民族宗教として排他的であったからこそ、一神教として成長できたのだと思います。キリスト教もイエスの存命当時は、ユダヤ教内の分派活動で、仏教ふうに説明すれば出家(パリサイ人など)への在家からの批判運動です。

 それを超民族宗教に拡大したのは広く知られているようにパウロであり、その地盤を作ったのは超民族国家であるローマ帝国、つづめて言えばカエサルです。つまりイエス個人とキリスト教は無関係だというニーチェの指摘は、正しい面があると思います。

 ただ超民族宗教への脱皮も一挙にできたわけではもちろんなくて、教父と呼ばれる人たちの地道な布教活動と公会議による分派活動の抑圧と正統的権威の確立によるところが大きく、外典・偽典の存在自体が聖書の編纂が政治的意味合いを持っていたことを示しています。また、アリストテレスや「一者からの流出」という重要な概念を提示したネオ・プラトニストたちの影響を受けて、トマス・アクィナスに至る多くの人の努力により思想的に洗練されたことが挙げられるでしょう。トマスによってキリスト教神学=ヨーロッパの中世思想は頂点に達したのです。

 他方、イスラム教についても同じような状況があったようです。すなわち、急速な版図の拡大と思想的な分裂、危機を乗り越えて、ムハンマドの教えはイスラム教として確立してきたのです。イスラム教哲学については、私は井筒俊彦の著書を通してしか知りませんが、アリストテレスから出発しながらキリスト教とは違った非常に高いレヴェルの思想を形成していたようです。

 さて、ずいぶん退屈な説明を続けてしまいました。要約して言えば、超民族的な一神教の確立には、強力な政治権力と哲学的な鍛錬が必要だった、それだけ人工的なものだと言いたかったのです。

 ただユダヤ教やイスラム教と比べて、キリスト教は現実的というか、妥協的というか、まあいい加減なところが多いように思います。クリスマス自体が土着信仰の冬至祭に由来するものですし、その他の年中行事も古ゲルマンなどの信仰を取り入れたものです。そうすることによって、信者を獲得しやすくしたわけです。日本のお寺がお彼岸やお盆に祖先の霊を弔うようになったのとちょっと似ています。キリストの磔刑像を拝む偶像崇拝や聖母信仰や多くの聖人のような多神教的傾向は、絵画を始めとした文化の発展に大きく寄与しましたが、プロテスタントを産む背景にもなっているように思います。

 現在では、活版印刷がDTPに、火薬が核兵器に、羅針盤がGPSにそれぞれとって変わりました。しかし、アメリカとイスラムという一神教勢力どうしの妥協を知らない葛藤は、十字軍対ジハードの昔と変わりないように見えます。日本みたいな国にとっては迷惑千万なことです。強固な信仰は人間の偉大さを見せてくれる一方で、核兵器以上に危険なこともあると思います。

 


 

なぜ数学を勉強するのか?

 

 1.いちばん嫌いな教科

「いちばん嫌いな教科は?」と訊かれれば数学がダントツでしょう。その傾向が小学校、中学校、高校と上がっていくにつれて加速されているという記事を読んだことがあります。文系、理系の志望動機も数学ができるかどうかがカギのような気がします。であれば、数学なんか社会に出て何の役に立つのだ?という八つ当たり的な疑問が湧くのも当然でしょう。

 確かに研究者や技術者になって数学を日常的に使う仕事に就かない限り、四則演算程度、すなわち算数ができればいいとも言えます。確か菊池寛だったと思いますが、実社会に出て数学の知識が役立ったのは「三角形の二辺の和は他の一辺より長い」だけだ、まわり道をしなくてすむからと言ったそうです。また、これもうろ覚えですが、高名な作家が数学なんか知らなくても自分は何も困らなかったとのたまわったそうです。よほど数学に苦しめられたのでしょうw。

 かく言う私も数学は大の苦手教科で、上に書いたことは学生時代の自分の心の叫びwを今になって代弁したようなものです。数学が受験科目からなくなるなら、学校の窓ガラスを何枚でも割ったでしょうw。

 数学なんか実生活で役に立たないじゃないかという疑問に対する答えも記事にあったようです。探すのが面倒なので、かなり適当ですが(どなたか教えていただければ幸いです)、論理的に考える訓練になるからというのがあったと思います。これは例えば英単語を覚えれば記憶力の訓練になるからというのと同様で、なぜ数学でなければ論理的思考の訓練にならないのかが答えられていない(十分条件が証明されていない)という意味で、少なくとも数学者の答えではないでしょうw。

 数学は自然科学のあらゆる分野で使われているからという答えもあるでしょう。自然科学だけでなく、経済学などでも微積分がわからない学生が入学してきて困っているという話を聞いたことがあります。一芸入試だか、AO入試だか知りませんが、基礎の基礎を知らない学生が入ってくるようにしたからで、自業自得だと思いますけど。……ともかくこれも比喩で言うと、英語は実態上世界共通言語だからと言うようなもので、説得力はさっきのものよりあるでしょう。ただ、数学を使うような学問や仕事には寄りつかないという受験生は、外国にも行かないし、外国人とも話なんかしないという強情なw受験生の数より多いでしょう。どちらも自分の可能性の範囲を狭めていることには変わりないですが、狭くして困る度合いは英語の方がずっと大きいだろうなぁと思います。

 これ以外には、役に立とうが、立たなかろうが数学は人類の英知の結晶なんだから文句言わずに勉強しろ!っていうのもあるでしょう。私は個人的にはこう言ってくれる人が好きです。なぜ人類の英知の結晶なのかをきちんと説明してくれればですけどw……なぜ古文、例えば源氏物語なんかを勉強しなきゃいかんのだという問いの答えとしてはこういうのしかないなぁと思います。でも、現国なんかで作家が死んだ途端に(時には死ぬ前に既に?)忘れられるような小説をなぜ読まなくてはならないのかという問いには、もうつべこべ言わずに勉強しろ!しかないでしょう。

 さて、こう見てくると数学を勉強する実際上の必要は、限定的です。例えばインターネット技術には数学的知識がたくさん使われていると思いますが、そんなものを知らない人でも使えるようにするのが技術の進歩だからです。だいたい電卓なんて100円ショップでも売っているのに、なぜ九九を覚えなきゃいけないんでしょう? 機械ができることなのに、あたら貴重な青春の日々wを費やす必要があるんでしょうか?

 私もこうした意見は半分くらい賛成です。電卓持ち込み可の試験にしていないのが大勢である以上は。だって、数学が使われている現場では電卓やPCを使うのは常識でしょうし、ましてや論理的思考と電卓は無関係でしょうから。つまり体裁のいいことを言っても、実際の数学の試験は素早く正確な計算力(電卓的能力)があるかどうかを試している割合が大きいわけで、その理由は採点が楽だから、きれいに正規分布wするからでしょう。……そう、安易な試験問題が数学離れの原因の少なくとも一つであり、やはり自業自得であることを数学教師は知るべきなんです。言い換えれば、最近言われている「ゆとり教育」の見直しの方向が何なのかということです。

 以前の新聞に中学生の教科書の検定結果の記事が出ていましたが、その中で某紙が「脱ゆとり」で高度な内容が入ってきた例として、「1月1日が金曜日の場合、この年の2月1日は何曜日でしょう」という問題を挙げて、これは剰余系の問題で、今では高校でも習わないと報じていました。やれやれとしか言いようがないのですが、まずこの問題は別に剰余系でも、7進法でも、あるいは数列でも解けますし、もっと単純にカレンダーを書けばいいんです。10年後の2月1日の曜日を出すわけじゃないんですから。だいいちいわゆる進学塾ならたぶん小学4、5年生くらいでもっとむずかしいものをやっています。

 むずかしく感じるとすれば、これを書いた記者とその記者が想定した(おもねったと言ってもいいと思いますが)読者が数学的思考を何にも学ばなかったということに尽きます。こういう問題こそがさっき言った単なる計算能力ではない、(たぶん某紙が好きな)「考える力」を身に付けるのにうってつけだと思います。

 さらに言うと、剰余系が高校でも習わないのは「ゆとり教育」の流れの中で、何とか微積分までたどり着こうとする上で、脇道だとして泣く泣く切り捨てられたからに違いありません。つまり方程式(関数)とグラフを結びつけた初歩の解析幾何を始めとして、無限と連続、極限の概念などなどは微積分を学ぶための必須の予備知識なので、教科書に載るけれど、自然数だけを扱う剰余系なんかはカット可能というわけです。まあこの辺にも学校で教える数学がおもしろくない原因の一つがあると思いますが。

 さて、これくらいで数学が役に立たない教科だということをめぐって、巷間言われていることを概観したことにしましょう。

 


 2.数学者は論理的な夢を見るか?

 再度、私の言いたいことを整理しますと、まず私は数学が論理的思考を養うのに役立つと思っていますし、本当は(人工言語でかつ修飾語のない数式で記述されることなどから)数学は厳密にものを考えるのに不可欠だと思っています。また、科学の成果を(一般向けの啓蒙書などによらず)自分で確かめようとすれば大学初級程度の数学の知識は不可欠です。

 しかしながら、数学のそうした必要性、役に立つことがきちんと学生を始めとしたふつうの人たちに説明されていないということと、数学教育(算数教育ではありません!)を無用又は懐疑的に見る人たちの方が優勢なのではないかということです。つまり数学教育が「強制」されているから、意趣返しを受けているのではないか、“すっぱい葡萄”のような扱いを受けていると感じたのです。

 さて、今回は論点のうちの一つめをもう少し掘り下げたいと思います。数学がなぜ論理的思考に役立つのか、その根本的な理由は何かということです(二つめの数学の科学への応用や寄与については、今さら論じる必要はないでしょう)。この問題を考えるには、用語の定義とか中間的に整理、検討しておくべきことはいろいろあると思いますが、ぜーんぶすっ飛ばしてw、結論だけ言ってしまうと、3つくらいの立場にわかれるように思います。

 嶇斥的思考」とは「数学による思考」に他ならないので、役立つのは当たり前と言うか、トートロジーであるという立場。「数学による思考」を例えば「記号論理学」に置き換えればわかりやすいかも知れません。

⊃学の論理の進め方と人間の脳の論理的思考を司る機能が同じだからだという立場。

数学的論理構造が(人間の脳を含めて)この世界の構造そのものを表わしたものだからだという立場。

 このうち、,論気靴いどうか以前に何の生産性もない不毛な議論でしょうし、論理的な思考と数学的思考が近しい関係にあるのは、古代ギリシアと現代くらいだという歴史的事実を無視しています。例えばインドや中国の仏教哲学や儒教、イスラム哲学は数学とは無関係に高度な発展を果たしてきたからです(そうした過去の哲学思想が記号論理学のようなものに還元あるいは翻訳できると主張するのであれば、ちゃんと原典を読んだの?って言うしかありません)。逆に江戸時代に高度なレヴェルまで発展した和算は、同時代の儒学における論理的思考の発達(荻生徂徠などなど)と比べると論理的展開力に乏しいのです。つまり現在では考古学的関心の対象にしかならないのです。

 次に△蓮△泙△い舛个麑菊颪焚鯏だと思われます。脳の機能の一部を数学として切り出したのだから、原理的に同じになっているに決まっていると言えばもっとわかりやすいかも知れません。「脳機能→数学」という写像なのだからというわけです。

 これを否定することはむずかしいですし、やめておいたほうがいいと思いますが、一つだけ指摘しておきたいのは、チューリングマシンのことです。チューリングマシンには有限回で停止することができない命題が存在し、かつある命題が有限回で停止するかどうかを事前に判断することが不可能であることをチューリング自身が証明しました(そしてこれはゲーデルの「不完全性定理」と同値であると言われています)が、このことは今の文脈でどう理解されるのかということです。

 「脳機能→数学→チューリングマシン」であるならば、おおもとの脳自体に堂々巡りになっていつまで経っても(この宇宙が終わっても)解決できないことがあって、しかも堂々巡りになることを予防できないということなりますw。そんなのよくあることじゃないのって思うでしょ? でも、数学で起きるなんて……論理的思考を追求して行った先は、こういうことになってるんですよね。

 なお、チューリングマシンは現在のコンピュータの基本機能を(私の理解では)あますところなく描写していますので、「脳機能→数学→チューリングマシン→コンピュータ」という写像が成り立ちます。ここで、「数学→チューリングマシン」が全射なのか、すなわちチューリングマシンに数学がすべて還元されるのかは、私の乏しい知識では答えられません。また、「チューリングマシン→コンピュータ」が全射なのか、すなわち今後開発されるコンピュータあるいはAIが原理的にチューリングマシン以外のものとなりうるのかは、「脳機能→コンピュータ(AI)」が全射になりうるのかという問題との関連でも、非常に興味のあるところです。

 ですが、数学によってこの世界の構造、平たく言えばどういうものなのかがわかるって言ってるわけですから、これはまず非常識です。だから私は好きですw。中学とか高校の授業で教師が言ったら、嘲笑されてしまうでしょうけど。世界の構造なるものが示されない以上、証明は不可能、って言うかぁ信念、信仰みたいなものですからね。でも、数学者の頭の中にはかなり根強くあるようで、特に応用数学でなくて数論のような基礎数学の分野では多いみたいです(博士の愛した数式かな?w)。

 これは、あっさり言ってしまえばいわゆるイデア論に基づく発想で、現実世界を超えたイデアが真の実在であるという考えですからプラトニズムです(日本の数学者は哲学の知識が十分ではないようです)。ただ急いで言っておくと、プラトンの「国家」を始めとした著作といわゆるイデア論やプラトニズムとは違ったものと考えた方がいいと思います。プラトンの展開している議論はそうそう簡単な要約を許すようなものではありませんし、例えば今の議論とはぜんぜん違う分野ですが、カール・ポパーの有名な「オープン・ソサエティとその敵」などはプラトンの著作をまじめに読んだとは思えない代物、自分の主張のダシにプラトンを使っているだけだからです。

 それはさておき、フェルマーの最終定理についての本を読んでいて、特に谷村・志村予想(ワイルズの証明はこの予想の一部を証明する形で行われたのですが)を知ったときには、この世界の構造を把握する、宇宙をまたぐ壮大な架け橋を見たような思いにとらわれました。確かにああいう研究をしていると、神の設計図を垣間見るような気持ちになることもわかるような気がします。多くの数学者が敬虔な信者になるのは、当然なのかも知れません。

 さて、数学が役に立つかどうかから出発しながら、ずいぶん実生活から離れたところまで来てしまったようです。でも、本当の意味でものごとを考えている人の考えは数学者に限らず、ふつうの人が生ぬるい感覚でおしゃべりしているものとは何にも関係がないのです。

 

 


 

 かのようにの哲学

 

 森鴎外に「かのように」という小説があります。

 華族の御曹司が神経衰弱気味で両親が心配しています。洋行でもすれば良くなるかと思って、ドイツに留学させたのですが、帰国してもあまり変わらない。実は御曹司は国史を自分の畢生の事業としようとしているんですが、その中で神話や上代を学問としてどう扱うか、それと皇室の藩塀たる「お父さん」とどう折り合いを付けるかで悩んでいるのです。その解決策として『かのようにの哲学』が現れるわけです。神話に対してはそれが真実である「かのように」臨めばよいのではないか。しかし、その考え方も画家の友人から否定さてしまいます。「みんな手応のあるものを向うに見ているから、崇拝も出来れば、遵奉も出来るのだ」と。そういう内容です。

 この『かのようにの哲学』が鴎外自身の哲学なのか、そうではなく単なる処世術なのか、はたまた小説の素材に留まるのか、そうした間合いの取り方をどう見るかで、かなり違いはありますが、鴎外を理解する上でのキイワードの一つとして『かのようにの哲学』は便利なものとは言えるでしょう。もう少し詳しく言うと、

 (孤家
 軍医総監という公職
 森林太郎という一個人

といった三つの側面の関係をどのように理解するか、その上で,諒弦訖慌外をどう考えるかといった問題で、例えば彼の遺書に言う「石見人森林太郎」、すなわちにとって、△呂發箸茲雖,癲屬のように」振舞っていただけではないか、といったことも考えられるでしょう。

 文豪鴎外と森林太郎の関係なんて一筋縄ではいかない問題ですが、△鉢の関係は、「かのように」で相対化しながら、身を処していたと私は単純に考えています。どちらも否定したり、優越させたりせずに、芸術家に徹するでもなく、軍人・能吏として全うするでもなく、どちらの側から見てもどこかに余白を残しておく。そういうことではなかったのかなと思います。その公の姿で割り切れない部分が遺書にほとばしったのではないかと。……

 鴎外から少し離れても、組織の中で生きている以上、サラリーマンはみんな(どこまで自覚的かはあるとしても)「かのように」でやっていると言えるのではないでしょうか。組織や上司の言うことに100%従える方がどうかしています。かと言って、マンガやドラマの主人公のような後先考えない行動や言動なんて取りたくても取れません。無責任と言われること……それは最悪の非難なのです。そういう意味では、処世術ばかりではなく、余白を持つことは精神衛生上もいいかもしれません。昨今、仕事に対する姿勢や考え方の転換を迫られている現代のサラリーマンにとっては、好適な考えと言ってもよいでしょう。

 ただ、この思想だけで最後までいいかどうかは、また別の問題でしょう。つまり組織人としての考えと個人の思想の問題との関係を「かのように」だけで片付けてよいかどうかは別なのです。『かのようにの哲学』はある種のニヒリズムと背中合わせではないでしょうか。その時々の潮流に沿ってホイホイと考えを変え、有能でそつがないけれど、「自分のない」組織人。しかし、「自分のない」状態のままで本当の意味で組織に貢献し、仕事に没頭し続けることは、長期的には不可能な業でしょう。ニヒリズムは心を蝕みます。「手応のあるものを向うに見ている」のは、現代のサラリーマンだって同じはずです。

 つまり『かのようにの哲学』はある種の危険性を秘めているのです。古事記や日本書紀の神話がそのままでは信じられない、それは取りも直さず天皇制がそのままでは信じられないということであり、もしこの小説が昭和初期の非寛容な時代に発表されていれば天皇機関説と同様の厳しい批判、弾圧にあったと想像しても全くの的外れでもないでしょう。『かのようにの哲学』は厳しい思想的対決を言わば括弧に入れた「物わかりのよい」ものですから、合理主義者からも狂信者からも、不徹底、中途半端と糾弾される性質のものなのです。思想を中和し、危険性を取り除くための哲学がそのためかえって自らに危険を引き寄せてしまう。思想という紙幣は、どこかで「手応え」という実物に交換しなければならないのです。では、思想なんか抜きに直接「手応え」をつかめばいいのか? 手っ取り早く見えますが、結局は強盗みたいなアウトローになってしまうか、偽札をつかまされるか、そのどちらかでしょう。全く厄介なことです。

 ひょっとすると鴎外は当時の日本、少なくとも自分の周辺が「物わかりのよい」社会になっていると思っていたのかもしれません。だからこそ、乃木夫妻の殉死にあれだけ衝撃を受けたのではないでしょうか。明治天皇を尊敬し、最大限の敬意を払うことと、(いくら西南戦争以来のいきさつがあるとは言え)その後を追うことは全く質的に異なるものがあります。かえって極左が極右になる方がわかりやすく、実際にもそうした例があるでしょう。思想的な体温が低い人は体温が高い思想にはどう転んでも行くことはできないのです。こうしたことは、鴎外ほどの秀才であれば承知していたでしょう。しかし、頭でわかっていることと、事実として突きつけられることには埋めきれないギャップがあったと思います。

 鴎外は、『お父さん』を権威の代表、すなわち明治天皇とダブらせていたのでしょう。御曹司の『所詮父と妥協して遣る望はあるまいかね』という問いかけに『駄目、駄目』という友人の返答で小説は終わっています。

 


 

 稲垣良典:トマス・アクィナス

 

 哲学は文芸などと同じく、本来、原典を読まなければちゃんとした理解などは不可能だろうと思います。世の中には哲学が簡単で早分かりできるかのような概説書のたぐいが多くありますが、それは取っ付きにくいものを親しみやすくするものとしては意味があったとしても、あるいは哲学や哲学者について知ったかぶりをするのに役に立ったとしても、思想の動きや手触りを理解する楽しみと自らの常識をひっくり返すおもしろさを得ることはできないでしょう。誰もがトルストイやドストエフスキーを解説本ですませて原典を読まなくていいとは思わないのと同じです。確かに哲学書の多くは難解ですし、凝縮された表現においては一文を理解するのに何分もかけるだけの覚悟が必要です。すらすら読むようなことは、私のような頭脳ではとても想像できません。

 とは言え、なかなかゆったりと緻密に本を読む時間がないので、哲学と正面向き合うのは老後の楽しみの一つに取っておこうかなと思っていて、特に中世哲学は非常におもしろいのではないかと考えています。そんなものに興味を持つこと自体、クラシック音楽好みと同じで時代遅れもいいところですが、流行思想の底の浅さ、賞味期限の短さを見てきているだけに、我が国で言うと道元、西洋ではトマス・アクィナスを頂点とする思想に惹かれてしまうわけです。もともと私は思想にせよ、芸術にせよ、せめて100年は経たなければ評価はできないと思っていますが、先人の哲学をあまり問題にしなかった独創的な哲学者であるデカルトヴィトゲンシュタインの数少ない蔵書の中にも「神学大全」があったということです。

 この本は、トマス(ca.1225-1274)の生涯・思想と後世への影響を概説したものですが、500ページを越す分量があるだけに一応の紹介にはなっているのかなと思います。特にその生涯についての記述はいろいろと興味深いものがあります。例えば彼は極端な悪筆で、判読不能とさえ言われるほどで、著作は彼が自筆したものを口述するのを何人かの筆記者が書き留めながら、更に修正するといった具合でまとめられていったそうです。また、無口なせいもあって外国語が苦手で、ラテン語はともかく、ケルンの修道院やパリ大学にいた時もドイツ語やフランス語はしゃべらなかったようです。ちなみにローマとナポリの中間のアクィノ近郊生まれなので、トマス・アクィナスと呼ばれているのですが、現代のイタリア人のイメージとは相当違います。

 先日のヨハネ・パウロ2世を聖人と認めるかどうかの調査が始められたという報道があって、死後すぐに開始されるのは異例のことであることと彼が“奇跡”を行ったかどうかが聖人とするかどうかが判断の重要なポイントになることが報じられていました。奇跡で判断するなど迷信的だと嘲笑するか、宗教としてふつうの人間とは違った存在だったと認める以上当然だと見るか、いろいろあるでしょう。列聖の手続きは裁判のような形で進められるようで、任命された聖職者が生前の事跡を調査し、証言など聖人としての証拠を集め、それを「悪魔の代理人」と呼ばれる任命された別の聖職者が反対討論を行います。生前から優れた神学者として名高かったトマスについては、1319年になって調査が始められましたが、そのお蔭で彼の伝記的事実がローマ教会の公式記録として残されることになったわけです。「悪魔の代理人」はトマスが行った奇跡の数が少ないとして反対したのですが、教皇ヨハネス22世は「トマスは、彼が教授として解決した問題の数だけ奇跡を行ったのだ」として反対論を退け、1323年に聖人として宣言されるに至りました。

 さて、こうしたトマスの“physical”な面はいわば予備知識のようなものにすぎず、問題にすべきは、その“metaphysical”(形而上学的)な面であることは言うまでもありません。ちなみに“metaphysics”とはアリストテレスの通常「形而上学」と訳される書物“タ・メタ・タ・ピュシカ”(自然関係のものの後にあるもの)に由来するものです。そして、おそらくトマスほどアリストテレスの哲学的内容と射程を徹底的に理解し、それを自らの神学・哲学として縦横無尽に利用した思想家はいないだろうと思います(ネオ・プラトニストなど他の哲学の影響、消化も多いようですが)。それだけにアリストテレスについて、例えば形相と質料とか、可能態と現実態といったキイ・ワードについて一通りの理解しかもっていない現在の私にとっては、トマスの思想も容易に歯が立つものではないようです。

 そのため、神の存在と悪の存在の矛盾といった興味を惹きやすいところに目が行ってしまいます。主著の「神学大全」“Summa Theologiae”は、主張とそれに対する反論という形で記述されているのですが、この問題も神が存在しないという主張の論拠の一つとして、「『神』という名称には何か無限の善という意味が含まれている。だから、もし神が存在していたら、どのような悪も見出されなかったであろう。しかし、世界には悪が見出される。だから、神は存在しない」という問題として現われます。これに対し、トマスはアウグスティヌスが「神は最高に善なるものであるから、悪からさえ善をもたららし得るほどに全能であり善い者でなかったら、みずからのわざのうちに、何か悪が存在することを許すことは、決してなかったであろう」と述べていることを引用し、「だから、神が悪の存在を許し、そしてそれらから善を引き出すのは、神の無限の善性に属することなのである」と反論します。

 これだけを見ると問題の重要性に比べてあまりにもあっさりしすぎているように見えますが、アリストテレスの行った議論の基盤に立った(本書に引用されている個所だけでも)相当長い神の存在証明全体の中で、論じられていることを注意しておかなければならないでしょう。ただ上記の引用部分だけ見てもアウグスティヌスの情熱的な議論の進め方とトマスの取り付きにくい冷静な論理展開の差というのは感じられると思います。あくまで印象論ですが、トマスは青年の心を行動に駆り立てるようなタイプの思想家ではないようです。それだけに「神学大全」だけで日本語の翻訳は30冊を超えるものだそうですから、長くなったと言われる老後に取り組むのにうってつけなのかなと思います。

 


 

 マルコム・E・ラインズ:物理と数学の不思議な関係

 


 この本の原題は“On the Shoulders of Giants”といい、導入部の第1章「数学――宇宙の姿を映す鏡」で紹介されていることですが、ニュートンがロバート・フックへの書簡の中で「もし私がほかの人たちよりわずかでも遠くを見たとすれば、それは巨人たちの肩の上に乗っているからなのです」と(業績を横取りした相手への言葉として皮肉に感じられますが)述べていることを典拠として、科学の発展、特に20世紀の物理学の大躍進が古い数学の理論なしには不可能だったことを歴史をたどりながら豊富に示したものです。日本では数学や科学の本に数式を入れると売れないという常識があるそうですが、そうすると喩え話にしかなりませんし、かと言って専門書のように数式を並べて説明しましたよなんていうのも私のような素人には歯が立ちません。この本はそういう意味ではちょうどいい塩梅で、知識を仕入れることより、ものを考えるのにはとても役に立ちました。
 
 逐一紹介するのもつまらないので、自分なりにおもしろかったところをピックアップしていきます。ですから、話としてはこれだけ読んでもわからないかも知れません。第2章の「自然は隙間を嫌うか」は空間充填の問題ですが、正四面体が完全に(立方体のように)空間を埋め尽くすとアリストテレスが主張してから1,800年もの間、誰も実験もしなかったし、疑わなかったというエピソードがいいですね。その間、数学はかなり進歩していたのに、論理を重んじ実験を無視していた証拠でしょう。“とりあえずやってみる”というのは数学においても重要なわけです。

 第3章「時空を支配する幾何学の正体」は、おなじみの非ユークリッド幾何学と相対性理論の話ですが、ロバチェフスキーやリーマンが非ユークリッド幾何学を考える以前にサッケリやかのガウスが平行線の公準を捨てれば新しい幾何学が生まれる可能性をつかみかけながら自ら否定したり、公にしなかったりしたところが示唆的でした。つまり、“論理”だけでものを考えるはずの数学者が“常識”を優先してしまうこともあるというわけです。

 第4章「実用主義の絶大な威力」は、フーリエ変換が厳密な証明を与えられるまで1世紀を要したにもかかわらず、物理学の現場では結晶を始めとして量子力学に至るまで圧倒的な応用力を示し、逆にフーリエ変換が使えないアモルファスではほとんど発展できなかったという点が興味深かったですね。

 第5章「a×bがb×aでなくなるとき」は、虚数の話から行列、ベクトル、テンソルの話をからめてハミルトンの四元数によって交換法則が成り立たない、非ユークリッド幾何学の代数学版というべきものが生まれる過程を述べたものです。

 第6章「準周期という絶妙な配列パターン」は、タイル張りの話から三次元準結晶配列を紹介したものですが、1931年生まれのペンローズが考えた準周期のパターンの話の中で13世紀のフィボナッチ数列(古代以来の黄金比と密接な関係があります)がふいに出てくるところが歴史書の醍醐味です。

 第7章「方程式は単純、解は複雑」は、ニュートンの重力法則が三体問題ではカオスの解しか持たないという、別に相対性理論や量子力学を持ち出さなくても日常の次元でも決定論的なことは言えないというところがおもしろかったですね。最近よく言われる(ということはあまりみんなわかっていない)バタフライ効果をちゃんと数学的に示してもらって納得って感じでした。

 第8章「絶対役に立ちそうにない理論の効用」は、左右対称性の話から始めて、夭折したガロアらが創始した群論が役に立たない数学と思われながら、結晶学から原子物理学、パリティやスピンに応用され、ゲージ理論、さらにはこれまた名前だけは知られている超弦(ひも)理論を形成するのになくてはならないものになったことが示されています。

 第9章「ミクロとマクロをつなぐ架け橋」は、コイン投げの確率の問題から統計力学が発展し、エントロピーといった熱力学はもとより量子力学にも応用されていることが述べられています。とりわけおかしかったのは、ギャンブラーが「大数の法則」の真の意味を取り違えているということです。例えばコインの表が10回続けて出れば次は裏が出る確率は高いだろうと思うのは全く間違い(これは冷静に考えれば誰でもわかります)であるだけでなく、たくさんコインを投げれば投げるほど表/裏の比は1に近づくもののその差(表−裏)はかえって大きくなる(コイン投げ以外の場合はいろいろ)ということです。3億円の宝くじが2回続けて当たっても、それはランダムであることをかえって示しているだけのことで、ツキでもなんでもないということでしょう。ギャンブルに大金をつぎ込むなら、確率の勉強をちゃんとやった方がいいでしょうね。

 第10章「イボイノシシの赤ん坊は二重らせんの夢を見るか」は、トポロジーが結晶、ガラス、アモルファスに応用され、結び目の理論を経てポリマー化学、DNAの二重らせん構造分析に至る過程が紹介されています。標題は私もかつて使ったことのあるP.K.ディックの小説に由来するものです。

 第11章「幾何学は自然を模倣できるか」は、曲線の連続性からフーリエ解析の問題、ペアノ曲線、フラクタル次元の概念、量子レヴェルでのフラクトンが出てきて、非常におもしろかったです。つまり、無限の問題と雪の結晶や木の枝の張り方、海岸線といった自然に見られる現象との関係ということです。

 第12章「一点における速度の深遠な意味」は、ゼノンの飛ぶ矢のパラドクスからニュートン、ライプニッツが考え出した微積分が出てきますが、実はニュートン力学の基盤である微積分を成り立たせている無限小の概念については、厳密な定義が与えられて長く与えられていなかったのです。量子力学の基本、波動方程式を経て、ハイゼンベルクの不確定性原理に至って、ゼノンのパラドックスが蘇ったとされています。

 こうした内容を見ていくと、結晶の問題がしばしば数学を科学に応用する場合のきっかけになっていることに気づきます。それはひょっとすると自然が最も数学的な姿(それが真の姿とも思えますが)を現すのが結晶であるような気がしますし、それを美しいと感じる人間の心の構造を考えるヒントになっているのかも知れません。

 

 


 

 ゾロアスター=ツァラトストラ=ザラストロ

 

 

 私は信仰心があるわけもないんですが、まあまあ宗教には関心があって、レクイエムのテクストと聖書との関係や禅やトマス・アクィナスについて書きちらしてきました。そういったものは宗教の中身についての興味によるものですが、外側からアプローチする必要もあるだろうとは思っています。その意味では、今回読んだ岡田明憲の「ゾロアスター教の神秘思想」という新書はとてもおもしろいものでした。
 
 世界史を取った人なら誰でもゾロアスター教のことを記憶させられたでしょう。……紀元前630年に生まれたゾロアスターが始めたイラン民族の宗教。善神アフラマズダと悪神アーリマンとの闘争と、善神の最終的な勝利が信仰の根本。ササン朝ペルシアで国教として全盛。善神の現われとして、太陽・星・火などを崇拝するため、拝火教、中国では?教と呼ばれた。手元の辞書にはそんなふうに書いてあります。日本の神道や古代ギリシア・ローマのような多神教がキリスト教やイスラム教のような一神教に抽象化されていく過程での中間的な二神教だと私は考えていましたが、実際はそう単純なものではないようです。

 神学、形而上学、倫理道徳といった宗教の各側面を統合したゾロアスター教は非常に多くの影響をさまざまな宗教や思想に及ぼしてきたと著者は言います。例えば神と悪魔との決戦ハルマゲドンを説く「ヨハネによる黙示録」、ガザーリー(1058-1111)らのイスラム神秘思想、弥勒信仰や護摩を焚く密教、大日如来、プロクロス(410-485)らのネオ・プラトニズム、ピコ・デラ・ミランドラ(1463-1494)、ヤコブ・ベーメ(1575-1624)、そして「ツァラトストラかく語りき」のニーチェ(1844-1900)、神智学の創始者ブラヴァツキー(1831-1891)……これって広い意味での神秘思想の系譜そのものじゃない?!

 個々にどんな関係があるのかは本書を読んでもらうのがいちばんいいんですが、ササン朝ペルシアの滅亡(651年)とマホメッド(ムハンマド、ca.570-632)によるイスラム教の布教によって命運を絶たれたゾロアスター教がなぜこれほど広範囲な影響を与えたのか。合理化された世界宗教では取り込みきれなかった共通の宗教的な情動が悪や闇を正面から見据えるゾロアスター教の教義によって、解放されるのではないかと私には思えます。言わば知性や愛情だけでは律しきれない「宗教のはらわた」を担ってきたのではないかと。

 それだけにその「はらわた」は目を背けたくなるような、少なくとも我々からすれば非常識な面を多く持っています。ゾロアスター教は近親相姦を奨励していて、7人の姉妹を妻とすることが聖職者として最も高い徳の表れであるとされますし、牛の尿を飲むことで浄められるとします。また、その地獄の描写はサディズムとスカトロジーに満ち満ちていて、例えば「生前に化粧によって男を誘惑した女は、眼に悪虫が這い回わって血をすすられ、汚物を食べさせられる」とか「不公正な裁判官は、自分の子を殺して、その脳髄を食べさせられる」といったものです。こういったのが100も続くというのですから、悪いことをしないよう脅かすといった目的をはるかに超えていて、倒錯した欲望の現われと考えざるをえないでしょう。

 精緻な世界観と高度な論理性を持ちながら、野蛮な風習と奇怪な幻想を抱え込むゾロアスター教。私にはそれは人間の広すぎる心そのものを表しているように思えます。……あ、そうそう。モーツァルトの「魔笛」に影響を与えたフリーメーソンについては本書では言及がありませんでした。しかし、ザラストロはゾロアスターの本来の読み方に近いものであり、イシスとオシリスの二神や主人公が受ける試練を見れば、淵源の一つがこの宗教であることは間違いないでしょう。

 


 

 アキレスと亀

 

 “アキレスと亀”は古代ギリシアの哲学者ゼノンが示したパラドクスの中でも最も有名なものでしょう。それは「俊足のアキレスが鈍足の亀との間にハンディキャップをつけて、後ろの位置から出発する。すると、アキレスが亀を追い越すには、まず亀の出発点に達しなければならない。そのときには亀はその先の地点にいる。以下同様である。こうしてアキレスは亀を追い越すためには、ひとつひとつ無限の地点に触れなければならない。これは不可能である。したがって、アキレスは亀に追いつかない」というものですが、これをバカバカしいと思うか、躍起になってパラドクスを解こうとするか、大げさに言えば人はこの2種類に分かれるでしょう。少なくとも血液型性格診断なんかよりよほど理論的ですw。

 それはともかく、ちょっと簡単な例を挙げて説明すると、時速10kmで走るアキレスが時速5kmの亀(ずいぶん速いですがw)を10km後ろから追いかけるとしますと、1時間後には、亀のスタート地点にアキレスは到着しますが、亀はその5km先にいるわけです。すなわち、
 1時間後:アキレス10km地点、亀15km地点
 1時間30分後:アキレス15km地点、亀17.5km地点
 1時間45分後:アキレス17.5km地点、亀18.75km地点
などなどとなって無限に近づいてはいくものの追いつかないように思えます。もちろん常識で考えればそんなはずはなく、現実ならば間違いなくアキレスは亀に追いつき、追い越してしまうので、例えばXkmの地点でアキレスが亀に追いつくとして左辺をアキレスが走った時間、右辺を亀が走った時間で方程式を立てれば、
 X/10=(X−10)/5
となって、X=20、つまりアキレスのスタート地点から20kmの地点に2時間後に追いつくことが中学校のレヴェルで解けます。

 しかしながら、これで解けたと思ったとしたらこのパラドクスのことが何もわかっていないことになるでしょう。だって、追いつかないと主張しているのに上の方程式は追いついたことを前提にしてそれをXとしていますから。

 では、こういうのはどうでしょう。上の例でわかるように時間の経過とともに次第にアキレスが亀に近づいていますから、その差を分数で示すと、
10/2km、10/4km、10/8km、10/16km……となっていくはずです。これの総和をとるとΣ=10(1/2+1/4+1/8+1/16+……)ですので、高校で出てくる等比数列の和の公式を使えばカッコ内の部分は1に収束しますから、Σ=10で最初の両者の距離の差になっているわけです。たぶんこれで古代ギリシアの哲学者が考えた屁理屈は、近代数学によって乗り越えられたと思っている人は多いでしょう。

 またまたしかしながら、これはこのパラドクスの入り口にようやくたどりついたということにすぎないと私は思います。なぜならゼノンは無限に分割された地点を順にすべて触れることは不可能だということを主張しているのに、それを全部触れたとしたらこういう結果になるということを無限級数(等比数列の和)は示しているだけだからです。つまり上の数式の「……」の部分は“見てきたような話”なのです(これは計算の厳密性を問題にしているのではなく、計算を行う前提について言っていますので念のため)。こうした事情は微分や集合論においても同様で、真正面から扱うとそれこそ底のない深淵にはまりこんでしまいかねないのです。

 どうです? 一見バカげたような議論が思いのほか深い哲学的問題を持っていて、運動と時間についての理解を根底から考え直すことを迫っていることが少しでもおわかりいただけたでしょうか。ゼノンとその師であるパルメニデスは史上初の形而上学者と言うべき人物で、その思想そのものではないとしてもプラトンの「パルメニデス」は徹底的に言葉にこだわった難解な内容と“非常識”な結論において、現代の論理哲学のテクストとして読むべきような書物です。

 


 

 ウソつきは信用されない

 


 クレタ人のパラドックスというのがあります。「すべてのクレタ人はウソつきだ」とクレタ人のエピメニデスが言った。この発言は真か偽か?

 真だとするとエピメニデスもウソつきってことになりますから、発言内容はウソ、すなわち偽になってしまいます。偽だとすると「すべてのクレタ人はウソをつかない」となり、エピメニデスは本当のことを言ってるってことになるので、元に戻っちゃいます。

 この論法自体に例えば「すべてのクレタ人はウソつきだ」が偽でも「ウソつきじゃないクレタ人もいる」とか「時々すべてのクレタ人はウソをつかない」ってことにしかならないといった全否定と部分否定かに関わる異論があるとは思いますが、もっと単純化して「私はいつもウソをついています」という発言にしてみればもっとすっきりと矛盾が見えるでしょう。ウソをついているとしても、ウソをついていないとしても矛盾が生じますね。

 このパラドックスは論理学上の大議論を呼んだのですが、そんなことは今はまあどうでもいいんです。いつもウソをつくなんて前提が非常識なんですから。そんなこと人間はできません。お腹が空いてるときに空いてないと言い、好きなものを嫌いと言い、眠いときに眠くないと言いなんてやってると生きていけません。だいいちそんな赤ん坊いませんよね。……論理学は非常識をものともせずに突っ走りますが、たいていは断崖絶壁から落っこちて破綻します。前に紹介したアキレスと亀のようなゼノンのパラドックスもそうでした。

 自分についての発言(これを自己言及命題と言います)だからと思うかもしれませんね。そこでこういうのを考えてみました。Aさんが「Bはウソつきだ」と言って、Bさんが「Aこそウソつきじゃないか」と言った、さあどうなるか? Aさんの発言を真だとするとBさんの発言内容は否定されてAさんはウソをつかないことになり、Aさんの勝ち。ところが先にBさんが「Aはウソつきだ」と言うと、Aさんが「Bこそウソつきじゃないか」って言っても今度はAさんの発言内容が否定されて、Bさんの勝ちです。つまり同じ内容のことを言ってるのに先に言った方が必ず勝っちゃいます。

 こんなことを思いついたのは、ちょっと前の国会のメールの議論のときです。あれに限りませんが、与野党でよくお互いにウソつきってよく言ってますね。言い方はまろやかにしてますけど、子どものケンカみたいに同じことの繰り返しになるのは論理的にも言い続けないと自分が本当にウソつきになっちゃうからかなって思ったんです。

 で、勘のいい人はわかったと思いますが、そういう不毛な応酬から脱出する方法があります。Aさんから「Bはウソつきだ」って先に言われたらBさんは「Aはウソをつかない」と言えばいいんです。論理的にはね。だってAさんの発言内容が真だとするとBさんはウソをついてるはずで「Aはウソをついてる」ってことになります。それがAさんにはね返って「Bはウソつきだ」っていう発言も偽になる。するとBさんはウソをつかないので、Aさんの発言内容は今度は真になる、以下同じところをぐるぐる回っちゃいます。まあ、そんな返し方を民主党がやったとも思えませんけどw。

 ……バートランド・ラッセルって有名な哲学者はクレタ人のパラドックスを自己言及命題に問題があると考えたらしいですけど、本当の原因は、ウソをつくってことを論理的に扱うのは無理なんじゃないか、つまりウソはいけませんねってことなんじゃないかなって思います。物語とか詩とかでウソばっかりついてる私としてはねw。

 


 

 ソクラテスの弁明

 

 この作品を最初に読んだときには、何だかよくわかりませんでした。「青年に害毒を与え、国の認める神々を認めない」という罪状で告発されたソクラテスが法廷において、自身の潔白を晴らすための演説を行ったものだという予備知識はありましたから、例えばシェークスピアの「ジュリアス・シーザー」でのアントニーの演説のようなものを期待していたのでしょう。また、元々プラトンの作品は対話だけで戯曲の台本のようなものですから、台詞から情景や心理を想像するしかない上に、この作品はほとんどがソクラテスのモノローグですので、いっそう取っ付きが悪いでしょう。

 何よりこの「弁明」にもかかわらず、ソクラテスは死刑判決を受けることになったわけで、結果から言えば失敗ですから、読者がすっきりするような、カタルシスがないのです。

 罪なくして、処刑されるという点では、400年後のイエスの例がすぐに連想されますが、四福音書ではイエスが救い主(キリスト)であり、神の子であり、復活することは筆者にとっても、読者にとっても自明の前提としてお話が進んでいくので、わかりやすいでしょう。それを信じるか信じないかは別としても、決めつけてくれた方が理解は容易なのです。さらにはイエスの代わりに強盗のバラバを救え、その罪は自分たちにかかってもよいといったことまで、マタイ福音書では言ってくれますしね。

 しかし、プラトンはシェークスピアのような大衆煽動的な演説をソクラテスにさせたり、新約聖書のようにユダヤ民族への憎悪を潜ませるようなことはしません。最初から自分が死刑になることが予想されていたにもかかわらず、余裕とユーモアが漂っています。例えば500人の陪審員と多くの聴衆に向かって、「もし私を殺してしまうなら、それは私の損害であるよりも、むしろあなた方自身の損害になる方が大きい」(30c)と言って、自分をアテナイという馬の眠りを覚ますための虻に喩えたり、「自分が罪に問われたのは多くの人たちの中傷と嫉妬が原因であって、これが他にも多くのすぐれた人たちを罪に落としただけでなく、これからもまた罪を負わせることになるだろうし、それが私で終わりになることは、決してない」(28a)とある意味その後の歴史への正確な予言をしたりします。

 こういう言動がいわゆる法廷戦術として拙劣であることは、彼としても百も承知だったでしょうし、「弁明」(アポロギア)というタイトルながら挑戦的ですらあるわけです(数字とaからeのアルファベットは、初期の活字本である1578年のステファヌス版プラトン全集のページと段落を示していて、プラトンの作品の引用で通常用いられるやり方です)。
 ソクラテスがそんな物言いをした理由は「いざ裁判にかけられるとなると、それまではひとかどの人物と思われていた者が、あきれるようなことをするのです。まるで死刑にならなければ、いつまでも死ぬことはないかのように」(35a)とこれまた辛辣かつ正確無比な人間観察によるもので、自分が有罪になるかどうかが問題なのではなく、ましてや命乞いをするようなことではなく、「そんな哀れっぽい芝居をして国家を物笑いのたねにするような者は、むしろ罪が重い」(35b)という発言から、わかるように国家との対決であったのです。

 国家との対決というと反政府的なことしか考えられない我々の常識で考えてはいけません。アテナイを始めとして古代ギリシアの都市国家(ポリス)では、男子の成人市民であれば全員が従軍したわけですが、ソクラテスもその折には勇敢な戦士として戦っており、困難な撤退戦でしんがりを務め、「他の兵士が彼のように戦ったならアテナイは敗北することはなかった」と言われたほどでした。そして、まさに戦場で決して持ち場を離れなかった自身の戦いぶりに言及しながら、「知を愛し求めながら生きていかなければならないのに、死を恐れて神から命ぜられた持ち場を離れるとしたら、とんでもない間違いを犯したことになる」(28e)と言うのです。改めて言うまでもなく、「知を愛し求める」とは哲学(ピロソピア)のことで、これが戦場で戦うこと以上の命がけの大事なことと考えていたことは、さすがは哲学の創始者というべきでしょう。

 戦争と死刑ほど国家の本質を明らかにするものはありません。人の命を奪うという最大の倫理違反を命ずることができるのは、国家だけだからです。もちろん戦争にしても、死刑制度にしても、なければいいに決まっていますし、それらを否定するのが進歩的な考え方なのかも知れません。ただ今回は、この問題についてお話しするのはやめておきます。いずれにしても、従軍経験と出廷したことを結びつけて、国家との関係において自らの行動をどうすべきかを決したソクラテスの態度は極めて深い政治的思考に基づくものであり、国家というものから逃避もせず、服従もせず対決したのだと思います。

 では、そういう生死をかけた場において、彼の行動の規範となったのは何だったのでしょうか。それは善い人となるように努めるという極めて単純なことだったと思います。そういうふうに彼自身が言っているわけではありませんが、いつもソクラテスが何か間違ったことをしたり、言ったりするときに反対する「神の例の合図は、反対しなかったのです。つまり、このたびのできごとは、どうも私にとっては善いことだったらしいのです」(40b)という言葉や死刑判決を受けながら「善き人にとっては、生きているときも、死んでからも、悪しきことは一つもない」(41d)という、自信に満ちた驚くべき断言から、そうなのだろうと思います。

 これを神に(良心に、と言ってもいいでしょう)恥じないように生きると言い換えてもかまわないのですが、ともかく彼は自分を告発したメレトスやその黒幕で、30人独裁政権を倒し、民主制復活の立役者だった政治家のアニュトスなどは眼中になく、陪審員などの思惑(これを世論と言ってもいいでしょう)すら問題ではなく、彼らが政治的に利用したり、体現しているはずの国家と、その向こうにある神を相手にしていたのです。
 だからこそ「私が死刑になったのは、厚顔と無恥の不足のためであり、つまり諸君が聞くのを最も好まれるようなことを諸君に言うつもりになれなかった」(38d)ということになるわけで、量刑について「市の迎賓館での食事」、すなわち国賓として扱うことを要求するなどといった非常識な発言につながっているわけです。他方、常識的に法廷戦術や多数派工作をして死を免れようとするような人については、「下劣や邪悪を免れる方が死を免れるよりずっとむずかしい。それらは死よりも足が早い」(39a)という極めてクールな認識があったのです。

 ソクラテスはこの時、70歳の高齢だったのですが、3人の子どもがいて、そのうちの一人はまだ幼かったようです。最後に自分を支持してくれた人びとを前にこう言います。「私の息子たちが成人したら、どうか、私が諸君を苦しめていたのと同じことで苦しめて仕返しをしてくれたまえ。もし彼らが自分自身を善くすることよりも金銭その他のことを優先したり、何の実もないことを大したことのように考えるなら、非を咎めてほしい」(41e)と。善く生きてほしいという、子どもに対する本当の愛情をユーモアをもって示したものではないでしょうか。

 


 

 クリトン

 

 この作品は、「ソクラテスの弁明」とその死の様子を描いた「パイドン」の間にあって、旧友のクリトンが獄中のソクラテスを訪れ、脱獄し、外国に亡命することを勧めに来たというものです。

 友人の熱心な説得にもかかわらず、ソクラテスはこれを退けるのですが、その論理だけを取り出して言ってしまえば「国のうちにあって、いったん定められた判決が個人の勝手によって無効にされ、めちゃくちゃにされるとしたならばその国家は、転覆をまぬかれて、依然として存立することができると思っているのか」(50a)ということになります。これがある種のシェーマというか、格言のようになって「悪法も法なり」と一般化され、まるでソクラテス自身がそう言ったかのように思われているのかもしれませんが、そんなことは全く言っていませんし、ましてやこの過度に単純化された言葉を、例えば法や国家と個人との関係についての議論の出発点にしたとしても実りある議論はできないでしょう。

 ソクラテスの先の発言は、国法が国家共同体とともに自分の前に来て、問答をしたという設定を自ら行い、つまり前回に述べたような意味での国家との対決という構図の中で、国家側の主張として述べられたものです。これに対し、ソクラテスが「それは国家が、われわれに対して、不正を行ったからです。不当の判決を下したからです。と、こう言おうか」(50c)という主張を提示すると、友だち思いのクリトンは「いや、ゼウスに誓って、それこそわれわれの言おうとすることだよ、ソクラテス」と息せききって、強く同意します。 

 別に抵抗権だとか革命権だとか大げさな、でもあんまり役に立たない法学用語を持ち出さなくても、不当な判決、不正な法律なんかには従わなくてもいいというのは、現代においてはある種常識化しているのかもしれません。なんでもお上の言うことだから従うなんて、遅れた、要領の悪い奴だという風潮があるようにも思います。そうした考え、行動を「強大で不正義な国家権力V.S.弱く正しい一市民」といった構図の下に理論武装だか、唆すだかする知識人、マスコミには事欠かないでしょう。こうしたデモクラシー特有の現象については、「ゴルギアス」や「国家」においてプラトンはニーチェをも惑溺させたほどの迫真性をもって描いています。

 しかしながら、ソクラテスの描く国家は次のように言います。「お前は賢すぎて忘れてしまったのではないかね。母よりも、父よりも、その他の祖先のすべてよりも、祖国は尊いもの、おごそかなもの、聖なるものだということを」(51a)「戦場においても、法廷においても、どんな場所においても、国家と祖国が命ずることは、何でもしなければならないのだ」(51b)……こんな考えは、全体主義的な発想でけしからんと反発する人が多いでしょう。しかし、別に北朝鮮でなくても中国でも、アメリカでも、イデオロギーという名の神話の味付けが違うだけで、国家の本音は2千数百年経った現在においてもこれと何ら変わらないでしょう。

 彼の描く国家は、個人の自由についてもちゃんと言及します。「わたしたちが気に入らないなら、自分の持ち物を持って、どこへでも、自分の好きなところへ出て行くことが自由にできるということを、すでにそういう自由を設けていることによって、公示している」(51d)と現代においてさえ認められていない国が少なくない海外移住の権利、自由を挙げ、ソクラテスが終始アテナイに居住し、裁判においても国外追放の刑を申し出なかったことを指摘した上で、「わたしたちの定めるところに従って、国民としての生活をして行くということを、言葉の上ではないにしても、行動によって、すでに同意した」(52d)のではないかと問いかけます。これはいわゆる社会契約説の考え方を基にしたものといってもよいでしょう。

 国家の追及はさらに続きます。もしソクラテスが亡命したなら「最も大切な法を踏みにじってまで、こんなに執念深く、ただ生きることを求めて憚らなかったのだ」(53e)と非難されることになるだろうと言い、彼がこれまで行ってきた「あの正義、その他の徳についての議論は、どこにあることになるのか」(54a)と問いかけ、「子どもたちのことだって、生きるということだって、他のいかなることだって、正義という一大事にくらべれば、二の次だとしなければならない」(54b)という正義や生き方の問題へと深化させていきます。正義なんて今どき子ども向けのヒーロー物でも恥ずかしがられそうな言葉なのかもしれませんが、それは我々が正義とか道徳とか、そういった書かれた法律の基底をなすものを軽視、軽蔑し続けた結果にすぎないのかもしれず、お蔭で子どもたちから「なぜ人を殺してはいけないの?」なんて訊かれても、ふだんは偉そうなことを言っていながら、言葉に詰まったり、曖昧な笑いを浮かべるくらいしか能がなくなったのではないでしょうか。

 ソクラテスにとっては、「大切にしなければならないのは、ただ生きるということではなくて、よく生きるということ」であり、「その<よく>というのは、<美しく>とか、<正しく>とかいうのと、同じ」(48b)であり、よく生きる者だけがよく死ぬことができるのです。であるからこそ、逆説でもなんでもなく、「いまこの世からお前が去って行くとすれば、お前はすっかり不正な目にあわされた人間として、去って行くことになるけれども、しかしそれはわたしたち国法による被害ではなくて、世間の人間から加えられた不正にとどまるのだ」(54c)という結論になるわけです。
 
 しかし、こうした考え方は理解できても、ついていけないと感じる方が多いでしょう。プラトンがつけたわけではありませんが、古来この作品には「行動とはいかにあるべきかについて」という副題がつけられています。ソクラテスはおそるべき言行一致の人であり、我々に厳しく正しい行動を取るよう問いかけてくるのです。同時に彼は、そうしたふつうの人の考えを熟知していて「こういうのは、ただ少数の人が考えることなのであって、将来においても、それは少数意見にとどまるだろう」(49d)と述べ、クリトンが「大衆が作り出すことのできる災悪というのは、決して最小ではなく、むしろほとんど最大のものとなる」と言うのに対し、「大衆には最大の災悪も最大の善福も作り出せはしない……彼らにできるのは、何にしてもその場限りのことなのだよ」(44d)と言います。現実を知らない理想主義者とはおよそ比較を絶したリアリストでもあるのです。

 この作品は、夜明け前に獄中で眠るソクラテスをクリトンが黙って見守っていたところから始まります。どうしてすぐに起こさなかったのかを尋ねるソクラテスに常識人の心あたたかい友は答えます。「君がいかにも気持ちよさげに眠っているのを見て、さっきから感心していたのだ。そしてわざと、君を起こさずにいたのだ。できるだけ気持ちよくすごしてもらおうと思ってね。……以前にも、一生を通じて、君を幸せな性分の人だと思ったことがあるけれど、今度のこの災難で、特にそのことを感じたね。いかにもやすやすと、それに堪えて、取り乱すことがないものね」(43b)と。

 


 

 饗宴(シュンポジオン)

 

 この2,400年前の作品の影響によって、今でも公開討論会のようなものがシンポジウムと呼ばれたりしていますが、フランス語訳で“Le Banquet”となっているように宴会といった意味です。最初に食事を摂り、神にお神酒を捧げ、讃歌を歌う儀式を行ってからお酒を飲みながら議論をしたり、ゲームのようなことをするのですが、食事もお酒もベッドに寝ころんだまま摂ります。これは古代ギリシアだけでなく、古代ローマでもそうですし、キリストの最後の晩餐もダ・ヴィンチの絵とは違ってごろごろ寝ころんで行われたはずです。

 作品の内容としては大きく3部に分かれていて、喜劇作家として有名なアリストパネスを始めとした5人が愛(エロース)をテーマに自説を述べる第1部、それらを受けてソクラテスが述べる第2部、最後に宴会に闖入してきた若き政治家アルキビアデスがソクラテスを賛美する第3部となっています。ご存知の方もおられると思いますが、古代ギリシア・ローマにおいては同性愛、特に少年への愛(パイデラスティアー)が恋愛の中心とされていました。まあ、私なんかはこういうのはよくわかんないんですが、女性向けのマンガなんかでは主流だったりしますね。愛をテーマとしたこの作品でもほとんどが少年愛で、最初に話をするパイドロスのいう恋人同士で編成された軍隊なら強力だなどといった主張などが典型的です。

 異性への愛を正面から扱っているのは、有名なアンドロギュノス(男女同体)の伝説を語るアリストパネスだけです。彼によれば(もちろんこの作品におけるアリストパネスによれば、ということですが)人間は元々は、男‐男、女‐女、男‐女が正面からくっついた形で、手足が4本ずつあって、球形で、急いで行く時にはぐるぐる回転しながら進んでいたという喜劇作家らしいお話です。この球形人間が神に反抗しようとしたためにゼウスが彼らを半分に切ってしまい、今の人間の形になったのだけれど、それぞれの元の片割れを求め、本来の姿に戻ろうとするのが恋愛だと言うのです。男‐男だったものは男を、女‐女だったものは女を、そして男‐女のアンドロギュノスは異性を求めるというわけです。生きているときも、死んだあとも相手と一つになりたいと欲すること、完全なものへの欲望と追求こそが恋(エロース)というものなのだという彼の説には誰しも納得するものがあるでしょう。滑稽な話から恋愛の真実を明らかにするのはオペラ・ブッファを見るような思いがします。

 その次に出てくるのが悲劇作家で、かつ美形のアガトンですが、空虚な恋への賛辞が並べ立てられるだけなのがオペラ・セリア的な感じで、その後に真打のソクラテスを出すところなど、プラトンの構成の妙を感じさせます。ソクラテスの主張をごく簡単に紹介すると、エロースは超人的な力をもつがゆえに人間以上の存在でありながら、それ自体として理想的なものでも、不死でもなく、それらを希求するものなので神以下の中間的な存在とされています。「いつも貧しく……干からびて薄汚く……大空の下、戸口や道ばたで横になる……手ごわい狩人、常に何らかの策略をあみ出す者……事がうまく行くときには命の花を咲かせて生きるかと思うと、またときには死んでいくこともある……手に入れるものはいつも手の間から漏れ落ちてしまう」(203D−E)この意外なエロースの姿はしかし恋愛というものの一面を見事に描写していると思います。

 こうしたエロースは美しいものと関わることによって「妊娠出産」し、より高い存在になっていくことができると言います。この「妊娠出産」という言葉は第一義的には実際のそれを意味するわけですが、もちろん精神的な意味も含んでいて、肉体的な欲求や行為から出発して、自分の中の真に美しいもの、知を愛する心を生み出すことを究極の目的とするわけです。

 この辺の主張は、ソクラテスがアテナイの街で行っていた「何々とは何か?」といった問答(ディアレクティケー)が知識を授けるようなものではなく、訊かれた者が元々自分の中に持っていた物事の本質についての答を引き出そうというものであることから、産婆に喩えていたことが思い起こされますし、またこの作品を執筆した頃のプラトンが自らの学校アカデメイア(もちろんアカデミーの語源です)で行っていた教育の実践を理論づけたものと理解することができるでしょう。

 プラトニック・ラヴ(プラトン的な愛)というと何かセックス以前の恋に恋するようなものを指すように理解されているのかもしれませんが、ソクラテス=プラトンがこの作品で示しているのはセックスのような肉体的な愛から出発して高みに上昇していこうとする精神の活動であるわけです。そうした努力を不断に続けていくことで、あるときふいに明らかになるのが、永遠に存在して生成消滅しない単一の形相(イデア)だということです。恋は必然的に不死を目指すものだからです(207A)。

 ……こんなふうに紹介していくと、「なーんだ。哲学書のわりに恋愛のことが出てきておもしろいかと思ったら、やっぱりむずかしそうな話になるのね。恋ってそんなもんじゃないわ」って声が聞こえてきそうな気がします。確かに現代の我々の恋愛体験からするとそう思われるのですが、じゃあなぜ命がけの恋なんてものが繰り返しドラマになるんでしょう?恋の駆け引きだけじゃない、純粋な愛の先に何があるのか、そうしたことを突き詰めると、恋愛によって相手を知ることで、自分が見えるようになり、最後には世界の見え方が変わって、いちばん大事な命についても違った考え方になるってことじゃないかと思います。そうしたものへのあこがれってある意味で気恥ずかしいものですが、それを知らない人は不幸な気がします。……人に押し付けがましく言うようなことではありませんが。

 この作品は文芸作品としてもとても優れたもので、もし私に音楽的才能があれば登場人物の半分くらいを女性にした台本を書いてオペラにしたいところです。ふつうの哲学者や科学者が小説を書くと論説自体に価値があると思うからか、それらをただ羅列したようなものを書いてしまいがちですが、プラトンは演説を通してその人物の性格を浮き彫りにするだけでなく、ソクラテスを中心にアガトンとアルキビアデスが恋のさやあてを繰り広げ、一方ソクラテスが彼らに恋しているようなことを言いながら、実は自分を愛するよりも知を愛する(ピロソピアー=哲学)方に引っ張ろうとしているといった多重的な内容を盛り込んでいます。第3部のアルキビアデスのソクラテスへの陽気な賛辞は哲学的にはよけいなものであるかもしれませんが、ソクラテスのこうしたある意味老獪なやり方への恨み言も隠された、アリアにするのにいちばんふさわしいような魅力的なものです。この才気煥発な若き政治家は後にその才能がゆえに破綻していき、国家反逆の行動の末に亡命先で暗殺されるという悲劇的な最期を遂げるのですが、プラトンは彼への哀惜の念も込めていたような気がしてなりません。

 これまでここで紹介してきた「ソクラテスの弁明」と「クリトン」、ソクラテスの死の様子を記した「パイドン」は、事実そのままではないにせよソクラテスの生涯の最期をかなり忠実に描いたものと考えられます。しかしながら、この作品についてはこうした宴会があったかどうかと言えば、おそらくプラトンの虚構だろうと思います。アリストパネスはこの作品の設定された時期以前に「雲」という喜劇で、ソクラテスを徹底的に物笑いのタネ(それが当時のアテナイの人々のソクラテス観だったのでしょうが)にしていて、こういう場に出て来るとは思えませんし、何よりこの作品の構成が間狂言のような個所まであって、劇としてよく出来すぎています。さらに、直接の対話としてではなく、アリストデモスがこの宴会を見聞きした内容を15年ほど後にアポロドロスが聴いて、それを友人に語っているという複雑な形を取っています。こうした間接的な報告形式は他の作品にも例はあるのですが、近代の小説を思わせるような手の込んだ道具立てをして、読者に事実だという印象を与えるとともに、哲学的な内容を含むがゆえに生じてしまう不自然な感じを弱める効果もねらっているように感じます。