詩3 50篇:06.3-7

 

時計/「刺激」を求めて…/あなたとお花見/花よりだんご/アンティーク・ショップ

ピアノコンチェルト/マシュマロ/見せ下着/さくらいろいろ/野の花二題

無言歌/パジャマ/二股/引越し/犯罪

介抱/世界の秘密/市役所/髪型/駅

コーヒー/虞美人草/お茶/二人のあたし/酒

石榴/金曜日の夜/ソフトクリーム/紫陽花/父の日

錦糸町駅/あの世/リボン/エプロン/醋

西瓜/サッカーよりも/蛍/カオスの目/カオスの耳

カオスの口/カオスの鼻/七夕/枝豆/グレーテルの森

橋/稲妻/花嫁/ブルー/ねずみ花火

 

 


 

   時計

 

あたしは朝起きるのが苦手で

知らない間にアラームを止めてしまう

業を煮やした目覚まし時計は

夢の中に入り込んでいたずらをする

 

別れた彼氏があたしのピアノを勝手に弾いている

もしゃもしゃした毛の生えた指で

鍵盤から水が噴き上がり

洪水になる予感がする

 

子どもの時に死んだおばあちゃんが

携帯電話のCMソングを歌っている

けばけばしい柄の着物で

従兄弟たちが勢ぞろいして回し飲みしている

うつむいて顔が見えない

 

やっと起きたあたしはカーテンを開ける

黄色っぽい空に

たくさんの金魚が泳いでいる

驚いてもう一度見ると鏡に変わって

時計がその向こうにあるのに気づく

 


 

   「刺激」を求めて…

 

雨が降っていても

コートなんか着ない

桜の花は下から上へと咲いていく

今朝のあたしは頬まで熱くなっている

 

出会いがいっぱい

チャンスはもっといっぱい

でも、待ってるだけじゃ何も起こらない

一つ一つの快感が女をきれいにしていく

背中が痺れるたびにあたしはいい女になる

 

体を深く折り畳み

ゆっくりストッキングを履き替え

夜の街に繰り出す

挑むような目で

 


 

  あなたとお花見

 

んー、春だね

光もやわらかで、とってもいい気持ち

ここの桜はいつ見てもまぶしいくらい

 

今日はお弁当を作ってきたよ

いっしょに食べようと思って

缶ビールも忘れず持ってきたよ

 

風が出てきて、少し寒くなってきたから

そろそろ帰るね

周りもきれいにお掃除したけど

あなたの上の花びらはそのままでいいよね

 


 

   花よりだんご

 

春になるとネコは桜の木の下で

つぼみがピンク色の染まるのを見上げながら

早く咲かないかにゃあと鳴いていました

でも、花が好きなわけでじゃなく

おばあさんがおだんごを作ってくれるからでした

 

あずきを煮るもったりとしたにおいが

台所からお庭に漂ってくると

割烹着の裾に飛びついて、おねだりをします

小皿のあずきが熱くて味がないので

わふんとくしゃみして、隅にくるまります

「ネコはネコ舌、だんごにゃ目がない」とおばあさんは笑います

 

縁側で手に水をつけながら、おだんごを丸めるのを

ネコは首をかしげながらおとなしく見ています

子どもの頃から見慣れた桜に目をやりながら

「おだんごいくつ、桜は何回」とおばあさんは唄います

 

小春日和のある日の縁側で

ネコがひざに乗っても、にゃあと話しかけても

おばあさんは背中を丸めて黙ったままでした

次の春、ネコは桜の木の下で眠っているようでした

花びらが静かに降り積もっていきます

 


 

   アンティーク・ショップ

 

ひんやりした空気があたしを包む

目が慣れるのに少し時間がかかる

猫脚のチェストとおじいさんの時計が

見つめてきた日々を語り始める

あたしの知らないなつかしい人たちを

 

精密な花のリトグラフが

虫取り網を持った金髪の男の子を呼び寄せる

行儀よく並んだ彫金の星座たちが

席を乱し始める

ビスクドールの水色の目は

思慮深げにあたしを見つめる

 

咳払いが聞こえ

振り向くとあたしは店の外にいる

もう夕闇が迫っていて

教会の鐘が聞こえる

切通しのような街並みが左右に傾いている

 


 

   ピアノコンチェルト

 

青い空からあたしがつかんできた一言を

あなたはゆったりと流れる川のように

様々な形と色に変えて見せてくれる

 

赤い屋根の街並み

教会の尖塔

広い野原の農民の踊り

 

あたしが独りで歌うときも

孤独な歌じゃない

あなたの前だと言えなかったことも言える

 

子どもの頃の夢

林の中の木もれ陽

朝が来ないのを祈る夜

 

あたしは微笑みながらあなたに挑み

階段を駆け下りて

息を弾ませながらあなたに抱かれる

 

終わりのない音楽も恋愛もない

だから、永遠へと手を伸ばす

静寂が訪れる前に……

 


 

   マシュマロ

 

口の中にいくつ入るかなんて

バカなことやめてくれない?

あたしの大好きなマシュマロが

かわいそうじゃない

 

コーヒーに入れてみたり

焦がすとうまいんだよとか

なんだかあなた嫉妬してるのかしら

 

口の中で溶けていくふわふわの夢

あたしとゆっくり楽しんでみない?

甘い香りのするベッドで過ごす

あたたかい雨の一日のように

 


 

   見せ下着

 

なに困ったような顔してるの?

見えてるんじゃなくて、見せてるの

なんでって?

理由なんかないよ

かわいい子はみんな着てるでしょ?

 

ホントはちょっと違う

胸元の視線はあたしを刺激する

いろんな花が咲く深い春に

胸の中がきゅってなる

甘い香りが立ち昇る

 

見せてるんならいいんだろって?

じろじろ見るんじゃなくて、ちらっと見て

なんでって?

理由なんて決まってるじゃない

デートはまだ始まったばかりでしょ?

 


 

   さくらいろいろ

 

寒桜

冷たい風の中で

きっぱりと咲いている

ほら、もう光は春よ

もう忘れなさいと教えてくれる

 

枝垂桜

もの思いにふけるように

細かい雨にぬれている

花の色に染められて

しずくがしみ込んでいく

 

山桜

誰にも見られなくても

そっと咲いて、散っていく

花びらを手に載せて

あなたに届けたい

 

八重桜

咲くやさくこの花や

花びらを重ね

枝と枝が重なり

あたしの頬を染めていく

陽だまりに抱かれて

 


 

   野の花二題

 

 

   ネジ花

 

まとわりついているんじゃないの

あなたの周りで踊っているだけ

つつましやかなドレスを翻し

 

高く、もっと高く

いっしょに初夏の空に昇っていければ

大きな花びらなどいらないの

 

 

 

 

   シャガ

 

雨上がりのほの暗い林の中

緑色の光を受けながら

静かに白い蝶は飛び立ちました

 

夕暮れには羽をたたみ

幻のような華やいだときは終わりました

でも、何の悔いもなかったのです

 


 

   無言歌

 

今日は何をしようか

明日はどこに行こうか

ふと口をついて出そうな言葉

飲み込んでしまう気持ち

 

昨日のテレビ・ドラマのこと

時計をちらっと見る視線

沈黙におびえるから

砂のように話題がこぼれていく

 

付き合い始めた頃は何もかも楽しくて

なんでも話し合っていた

黙っていても満ち足りていた

あのとき聴いていた曲を覚えてる?

 

ウソはつかないで

あたしの目を見て

そんなことさえ言えずに

陽は沈んでいく

 


 

   パジャマ

 

くんくん、これちゃんと洗ってる?

あは、怒らない、怒らない

貸してもらわないと困るし

べつに嫌がってるわけじゃないから

 

こんなことになるって思わなかったの

盛り上がりすぎちゃったね

終電に間に合わないなんて

全然気づかなかったの

あなたもそうだったかは訊かないけど

 

じゃあ、おやすみなさい

こっちに来ちゃダメだからね

これを着てるだけで

あなたに抱かれてるような気分なんだから

 


 

   二股

 

一体どういうことなの?

こんな安っぽい化粧品を

あたしが使うわけないじゃない

ちょっとケータイ貸しなさい

 

力が抜けちゃった

そういうことだったのね

あたしがバカだったんだ

じゃあ、さよなら

追いかけても無駄よ

 

仕方ないよね

ちょうどいい機会だったのかな

あたしだけど、今から行っていい?

ううん、ちょっとさみしいだけ

 


 

   引越し

 

ほこりで荒れた指で

ティカップを一つずつくるんでいく

何も考えずに

そう言いきかせながら

 

道端に引きずり出されたソファに

陽が当たって古ぼけて見える

あのしみはわがままなあたし

このほつれはそそっかしいあなた

むき出しになって目を背ける

 

夜明けの青さを教えたカーテンがないと

部屋は裸になったみたい

あたたかく包んでくれたあなた

恥じらっていたあたし

よそよそしい顔に変わってしまった

 

ダンスが踊れそうだね

がらんとしたこの部屋で

隅にまだうずくまっている

想い出につまずかなければ

 


 

   犯罪

 

終電車の中の会話は不思議とよく聞える

今日は本当にお世話になりました

大したことではないですよ

またお願いしてもいいんですか

言葉が途切れ、あたしは少し酔ってるかなと思う

 

心の中まで聞え、その二人の手が目に入る

初めて見るような気がする

男の手から感触が伝わってくる

女の手はひくひくと動いていた

あたしは首を動かすことができなかった

 

ああいうのは女の力では無理ですから

いや、ぼくも必死だったから

なぜはしゃいだように話すんだろう

笑い合いたくなる気持ちはわかるけれど

 

女が先に降り

暗い窓を見つめている男に

あたしは声をかけた

 


 

   介抱

 

もう、なんでこんなに重いのよ

ちょっと、ちゃんと歩いてよ

なんであたしがあんたの世話をしてるの

こら、おっぱいさわるんじゃない

 

お酒に弱い男は困ったもんだ

お酒に強い女ほどじゃないか

話があるんですってなんだったのよ

まあ、飲んでからにしなよなんて

はぐらかさなきゃよかった

 

やだ、汚いなあ

ここに捨ててっちゃおか

ん? 今なんて言ったの?

明日、しらふで言ってよね

 


 

   世界の秘密

 

指がふれる

耳に息がかかる

言葉の意味が剥がれ落ちて

喉いっぱいに叫ぶ

あなたのすべてが流れ込んでくる

 

二十歳を過ぎれば

この世に新しいことなんか何もない

未来は過去の繰り返しで

退屈な感覚と感情だけがいる

病院の待合室のようなあたしの心

 

でも、これは違う

今は今じゃない別の生き物

あたしはあたしと違う名前を持つ

何も見えずにすべてがわかる

この世界はきっとそうなってるんだ

 


 

   市役所

 

最近すれ違いばかり

あなたは仕事が忙しくて

連休もほとんど出勤だった

いっしょに住んでいても

家賃を分けあうだけなのかな

 

結婚しようか?

そう言われたのに言葉を濁した

いろんなことが気になってたんだけど

1年も経つと忘れてしまった

今さらきっかけなんかつかめない

 

雨があがって

雲間から陽が射してくる

ひさしぶりにお布団を干そう

朝、急いで出て行くあなたと

ケンカしたのを振り払いたくて

 

明日いっしょに市役所に行こう

そんなメールが来た

画像が添付されていて

見たら涙があふれてきた

下手な字で書かれた

ただの書類を撮っただけなのに

 


 

   髪型

 

ね? なんか気がつかない?

地震じゃないって

しょうがないな、もう

ほら、髪型変えたんだよ

 

どこがって? 

ここにシャギーを入れたし

ヘアマニュキュアしたんだよ

明るい感じになりますよって

 

そんなに変わらないって?

わかってないなあ

ちゃんと見てくれてるの?

心の中まで

 


 

   駅

 

あたしが生まれた町には

駅が一つしかなくて

改札口も一つしかなかった

列車が来るちょっと前まで待合室にいて

おにぎりをくれるおばさんがいたりした

 

大学を受験したときに東京駅に着いて

いろんなお店があってデパートみたいだと思った

新宿駅で待ち合わせしたときに

自動改札を通る人を眺めて工場みたいだと思った

西口と南口を間違えていて

一日待ってても会えないと笑われた

 

数えきれないほどの人が行き交うから

無関心で無関係に通り過ぎる

あたしも今はそれが当たり前だと思っている

あのときのおばさんのように

駅で涙を流している女の子を気遣う人はいない

 


 

   コーヒー

 

ていねいにお湯を回しかける

ふっくらと泡が立ち上がる

澄んだ深みのあるコーヒーが滴り落ちる

もう少しお湯を足す

 

さあ、お待ち遠さま

暖めたミルクもあるよ

ぼくは何も入れないから

シュガーはないけど

 

今までで、いちばんおいしかったって?

いつも気持ちにゆとりがなかったせいかな

もう一杯飲まない?

……そう、もう行くんだ

じゃあ、元気で

 


 

   虞美人草

 

コクリコは恋人同士のようにうなずき合い

アマポーラは燃える想いを歌う

離さないでこの手を

あたしの名前を呼んで

たとえ今日が最後の日だとしても

 

ひなげしは海からの風に可憐にゆれ

ポピーは妖しい幻想にいざなう

潮が満ちている間に

あたしと行きましょう

いつまでも変わらない世界に

 

虞美人草は遠い過去を物語り

血のように美しく咲く

もう時間はないの

あなたが望むことなら

あたしは受け容れてあげる

 


 

   お茶

 

お母さん

そんなに何度もお茶を替えなくても

話ができないじゃない

お茶菓子もいらないって

 

お父さん

今日は暑いですなって

さっきからお天気の話ばっかりしてる

そりゃ熱いお茶をがぶがぶ飲めば暑いわよ

 

それにあなた

いつもはコーヒーしか飲まないくせに

何杯お茶を飲んでるの?

話しに来たんでしょ?

トイレ行ってる場合じゃないでしょ

 

あたしはあたしで

彼がやっと言いかけて

お父さんがうなずきかけて

お母さんが目頭をおさえかけたのに

茶柱が立ってるよなんて言っちまった

 


 

   二人のあたし

 

忙しいのかな

迷惑じゃないかな

こんなこと言うと嫌われないかな

おどおどしたあたしはじれったいよね

 

今すぐ逢いに来て

明日なんて待ちきれないわ

こんなことしてもらったことある?

他の女で満足できるようなら幸せね

 

どっちもあたし

どっちも愛して

でも、理解なんかしないで

一つにしないで

どっちも知らない女だから

 


 

   酒

 

あたしはお酒が飲めない

無理に飲むと気持ちが悪くなってしまう

だけど、あなたが飲むのを見るのは好き

少しずつおしゃべりになって

やわらかい目になっていく

 

あなたはあたしをずるいって言う

飲む雰囲気が好きだなんてウソだって言う

冷静に見られるのがイヤなのかな

いっしょににぎやかになってほしいのかな

 

今夜は飲めたらいいなって思う

言いたいことを言えたらいいなって思う

枝豆をかじりながら膝を抱えて

ウーロン茶を飲んでいるだけじゃ

痛いほどの心はどこにも持っていけないから

 


 

   石榴

 

あたしはおかしいのかもしれない

他の男と寝た後に

あなたのところに行きたくなる

真夜中にタクシーを拾い

ぶっきらぼうに行き先を告げて

すぐにシートで眠ってしまう

 

短い夢を見る

硬くて青い皮がはじけ

ルビーのような実がこぼれ落ちる

かじりつくと酸っぱい味と

赤い汁が唇を彩る

 

あなたは待っていたように

白い歯を見せて微笑み

あたしをベッドに迎え入れ

肩にかじりついて歯型をつける

痛みに震える体の奥まで開かせて

何かを探すような目を近づける

 


 

   金曜日の夜

 

金曜日の夜だというのに

あたしはまっすぐ家に帰る

一週間を長く感じる体をつり革にゆだねて

雑誌の広告をずっと眺めていた

 

電車が大きくカーヴする

ガクンと揺れながら窓の外に目線が行く

古いアパートの一室で

無表情な女がぼんやりと立っていた

たまたま目に入っただけの無関係な光景

 

車輪と線路が軋み合って火花が散る

脚の下で起こっていることが目に浮かぶ

部屋に戻ったあたしがどんな目をするのか

もうわかってしまっている

車掌の無意味なアナウンスが響く

 


 

   ソフトクリーム

 

砂丘をぬらした月の光が

あたしの背中をなでる

かき上げる髪の色が

いつもと違うとあなたは言う

 

理科の実験を見つめるような目で

あなたの視線を捕らえる

はしたないほどの音が出て

桜色の舌がよけいに震える

 

決まったようにあなたは

おいしい?って訊く

まつ毛の影を見せながらうなずくと

思いがけないほど濃厚な滴りが

あたしの海に溶けていく

 


 

   紫陽花

 

あなたとの最後のデートは鎌倉だった

いくつもお寺を回って

そのたびに雨にぬれた

紫陽花が出迎えてくれた

 

途切れがちな会話を救うように

いろんな色と形の花が

穏やかに咲いていた

気持ちの行き違いも

これからのことも

もう気にしなくていいんだよって

 

デジカメを忘れたんだよ

あなたは小さなウソを言っていた

でも、青い傘をさして

じっと花を見ていたあたしを

少しの間でいいから覚えてて

 


 

   父の日

 

あたしはお父さんが嫌いだった

だらしなくて、なんだか不潔で

話も聴かずに怒ったり

気が向いたときだけ子どもをかわいがる

 

お母さんが買ってきたネクタイを

父の日には目も合わさずに手渡した

じゃあ、一緒にお風呂に入ろうなんて

家を出てやるって思った

 

もう父の日なんて関係ない

でも、好きなお花でも持って

顔を見せに行こうと思う

元気でなって

最期に言ってくれたから

 


 

   錦糸町駅

 

きれいな駅でもなく

上品な街でもなかったけれど

たくさんの小さな川に囲まれて

ごちゃごちゃしているのが

あたしにはかえって落ち着けた

 

あの頃あなたの腕にぶら下がって

商店街を歩いていくと

いろんな食べ物のにおいが流れてきた

でも、結局入るのは

安くてボリュームのある

いつもの定食屋さんだった

 

この間ひさしぶりに総武線に乗った

電車の窓から爪先立ちで街並みを見たら

高くてきれいなビルばかりになっていて

思い出の流れて行った先は見えなかった

 


 

   あの世

 

やっほ、元気?

あたしも元気だよ

どっちかっていうと

気味悪がったりしないでね

これでもまだオトメなんだから

 

どうしてこうなっちゃったんだろうね

そんなつもりはぜんぜんなかったのに

もうちょっといっしょにいたかったな

からだがないとすーすーしちゃうんだ

 

ここはとってもまぶしいの

サングラスもないしね

光に包まれてると

あなたのことも忘れていくみたい

たぶんその方がいいんだろうな

 

くるしくもないし

かなしくもなくて

ただおわりだけが

すべてをおおうの

 


 

   リボン

 

なんだかすごい雨だったね

雷も鳴って、こわかった

涼しいのか、暑いのか

せっかくのデートなのに

 

あなたもなんだかいつもと違う

黙ったままジャケットをかけてくれた

やさしいのか、冷たいのか

髪の毛がぐしゃぐしゃだよ

 

あ、虹が出てるよ

ひさしぶりに見た気がする

願いごとしたくなるね

 

え?結婚しようって?

びっくりしちゃった

ちょっと待って

 

あの虹であたしの髪を結んで

あなたにプレゼントするから

大事にして、ずっと……

 


 

   エプロン

 

うん、似合うじゃない

ウソじゃないって、素敵よ

それでいっぱいおいしいもの作ってね

後片付けも楽しくなるから

 

料理なんて慣れだから

毎日やってれば上手になるって

あたしがいい例でしょ?

あは、説得力ないか

 

手抜きしたいからじゃないよ

それもないことはないけど

プレゼントだってわかんない?

そう、新しくパパになるあなたへの

 


 

   醋

 

買い物に行ったら

お酢の試飲をやっていた

りんご酢、香醋、黒酢……

けほけほむせてしまったけれど

体にいいからって買ってみた

 

悪くはないのかもね

でも、ヒップがきゅってしたわけでもないし

くびれたウエストになったわけでもない

ましてやイケテルあたしは現われて来ない

 

しばらく続けたけれど

すっぱいばかりじゃ飽きてきちゃう

梅酢、もろみ酢、バルサミコ……

部屋にはいろんなビンが並んで

残った醋があたしに告げる

 


 

   西瓜

 

コンビニで西瓜を買った

きれいにカットされて

プラスティックの容器に入って

バーコードがついていた

 

子どもの頃、縁側で食べたときは

大きな半月の形のをかぶりついた

種を吐き飛ばしていたら

蟻がサンダルの上までのぼってきた

白くなるまで食べなくてもと言いながら

お母さんがひまわりのように笑った

 

なつかしくて買ったのだけれど

蛍光灯の下で食べた西瓜は

あたしに教えてくれた

みんな遠くまで来てしまったねって

 


 

   サッカーよりも 

 

あーって、大きな声を出しちゃった

オフィスで、仕事中なのに

顔が真っ赤になって

サッカーのこと思い出しちゃってなんて

ごまかしたんだ

 

入れ込みすぎだよなんて言われて

ひとしきりみんな笑って

仕事に戻った

あたしはあたしにまた向き合わされる

 

もっとせつないことなんだ

息苦しくなってしまうんだ

あなたのこと

どうにもならないこと

でも、あきらめられないこと

破裂しそうな想い

 


 

   蛍

 

目が慣れてくると

一つ、二つ、ふわふわと

あまり近づくと危ないよって

手を握ってくれる

汗ばんでいるのが少し恥ずかしい

 

暗闇の中に

遠く、近く、人の声が聞こえて

でも、姿は見えなくて

あたしたちもそうなのかしら

 

今夜、この小さな川の畔で

あなたのためだけに

はかなげな光が

横顔を照らしてくれますように

 

 

  * この詩は次の和歌を本歌としています。

 

  もの思へば 沢の蛍も わが身より

  あくがれいづる 魂(たま)かとぞ見る

      和泉式部・後拾遺和歌集

 


 

         荘子・応帝王篇第七による連作

 

  カオスの目

 

誰かに迷惑をかけてるわけじゃない

誰かを傷つけてるわけじゃない

あたしを痛めつけているだけ

あたしが苦しんでいるだけ

 

毛布から目だけ出して

あたりをうかがう子どものように

PCの画面に向かって

充実した作り事の日々を読み飛ばす

 

あたしはあなた

血液型や趣味や顔つきや

性格や星座や男の好みが違っても

ぐるぐる回る蛇のように

あなたはあたし

 

誰にもつながっていない

誰かとそっくり同じ

あたしはありふれた孤独を見る

あたしを覗き込まないで

  


 

  カオスの耳

 

まあ、なんとでも言ってくれ

これが自分のことじゃなけりゃ

こんなおもしろいことはない

 

毎朝、吊り革にぶら下がって

ながめていた週刊誌の広告に

振り返ると自分が出ている

叫び声で目が覚める

 

少しあえぎ始めた女の耳に

息を吹きかけたとたん

全く新しい世界が始まった

いや、新鮮な恥辱にまみれた

おれが生まれた

 


 

  カオスの口

 

おばあちゃんはよく食べるね

何に似てるって想像したくないような

ぐちゃっとした食事なのに

 

あたしは赤ちゃんを産みたくない

歯がなくて、しゃべれなくて、

垂れ流して、しょっちゅう泣く

頭がぐるぐるしてこわい

 

うつらうつらしていると

おばあちゃんがどんどん大きくなる

声も低く、はっきりしてきて

あたしのつぶやきに重なってくる

 


 

  カオスの鼻

 

いくらシャワーを浴びても

あなたのにおいは残っている

生臭さは薄められ

あたしの一部になる

 

粘っこい汗の奥に

ざらっとした血のにおい

かんかん照りの中へ

あいまいなあなたの帰還

 

際限のない物足りなさを

何層にもなった言葉と

鼻で笑っている常識で

この部屋の中に押し込める

 


 

   七夕

 

やっぱり晴れないね

梅雨時だから仕方ないか

どうする?

飲みに行く?

 

何をしてるの?

傘をさかさまにして

目にしずくが入っちゃったじゃない

時々子どもみたいなことするんだから

 

あれ?

あたしの目がおかしくなったのかな

夢を見てる?

世界もあなたも鮮やかに見える

 

雲のずっと上まで昇れば

星は輝いている

まぶしいくらいに

あたしたちを照らす

……これからどうするの?

 


 

   枝豆

 

ビールにはやっぱり枝豆だよって

あは、ごめんね

枝豆ご飯にしちゃった

ぜんぶ使って残ってないよ

 

そんなに怒んないで

ひじついて食べるのは行儀悪いよ

お箸で一粒ずつつまんでも

おいしくないでしょ?

 

しょうがないなあ

飲み過ぎないって約束できる?

じゃーん、ちゃんとあるよ

塩味のきいたゆでたてが

だから、機嫌直して乾杯しよ?

 


 

   グレーテルの森

 

 この作品はぽけっとさん作曲の「グレーテルの森」とのコラボです。

ぽけっとさんの許可をいただいて、ここで聴けるようにしています。ありがとうございました。

 

これは、みなさんが知っている「ヘンゼルとグレーテル」のお話のずっと前のことです。

そう、あのお菓子の家の楽しいお話と、

魔女のおばあさんに食べられそうになるこわいお話のずっと前。

まだ本当のお母さんが元気な頃のことでした。

 

ある日、グレーテルは森の中に一人で入っていきました。

ヘンゼルはお父さんと町まで買い物に行ってたんですね。

森はおそろしいところだから行っちゃダメだって、お父さんに言われ、

森は小さな子どもを捕まえてしまうのって、お母さんにも言われていたんですけど、

リスを追いかけ、かっこうの鳴き声に誘われて、

少しずつ奥に入って行きました。

 

森の中にいるといろんな声が聞こえます。

空に突き刺さったような高い枝をそよ風が揺らし、

宝石箱から飛び出したような鳥が木々を渡り、

陽だまりでは虫たちが甘い香りの花と戯れて、

何かをグレーテルに語りかけてきます。

 

ずっと過去のこと、ずっと未来のこと。

夢で見たこと、これからの夢のこと。

わからないけれど、覚えていたい。

忘れてしまったのに、いつまでも残っている。

 

体にしみ込んでくる森のにおいにうっとりしていると、

ピシッと木が裂けるような音がして、

びくっとしたら、後ろから誰かに見つめられているような気がしました。

森の奥深くから、グレーテルの中を覗き込むように。

自分には見えないところまで。

 

あわてて来た道を引き返します。

大急ぎで走って、ころんでしまいそうになって。

森の出口にはお母さんがいて、

ダメじゃないのと言いながら、やさしく抱きしめてくれました。

 

夢中で走ったので、靴が片方なくなっていました。

お母さんがすっかり暗くなるまで探してくれましたが、

どうしても見つかりませんでした。

ヘンゼルは、ぼくらがもうちょっと大きくなったらいっしょに探しに行こうって、

おやすみなさいの後に言いました。

 


 

   橋

 

その街にはたくさんの橋が架かっていて

ぼくらはどの橋の上で会うか

いろいろ話し合うのが決まりだった

わざわざ遠回りするようなこともあった

 

急いでみたり、ゆっくり歩いてみたり

君のことを考えたり、川の表情を眺めたり

さまざまな形の橋が

ぼくの気持ちに語りかけるようだった

 

長すぎる話の後に

ぼくは君と別れて、その街を出た

列車が赤茶けた鉄橋を渡るとき

全部の橋が一瞬見えて

ぼくの後ろに飛び去って行った

 


 

   稲妻

 

あたしは雷が怖い

ピカッと光って

もの凄い音がするまで

待っている間もドキドキする

 

あなたはそんなあたしを笑って

身体の奥まで攻め立てる

大声を挙げてもだいじょうぶだよと

敏感になっている耳元にささやく

 

あたしは言い訳をもらって

あなたにしがみついていく

稲妻が照らし出す肌は

ねっとりと汗ばんでいる

 


 

   花嫁

 

なんかやだな

よってたかってお化粧されたり

髪の毛いじられたり

ひらひらのドレス着せられて

Tシャツにジーンズが好きなのに

 

おめでとう、ありがとう

にこにこするのも疲れるもんだ

また同じようなあいさつ

ごちそうが冷めちゃうじゃない

 

ね? 逃げ出さない?

あなたはバカだなって笑う

まあ、仕方ないか

もうあなたの部屋もなくて

二人の家があるだけだから

 


 

   ブルー

 

空が海になって

海が空になった日に

あたしは浜辺に行った

魚を咥えたかもめが舞い降りて

波の音が落ちてくる

 

空に手を浸すと

ミントのようにひんやりしてる

雲が流れてきて

あたしの瞳を横切って行く

 

砂時計のようなグラスに入った

カンパリ・ソーダがひっくり返ると

短い夏のにおいがして

太陽が透けて見える

海に吸い込まれていった

 


 

   ねずみ花火 

 

それはキライなの

やめてってば

怒るよ、マジで

うん、捨てちゃおうよ

 

小学3年のときにさ

好きだった男の子が

あたしの背中に入れたのよ

火が点いてるなんて思わずに

 

大変な騒ぎになって

その子はすごく叱られて

あたしも自然にふるまえなくなって

一緒に遊んだりできなくなったんだ

 

花火ってなんか昔のこと思い出すね

今こうしてることも

いつか思い出すのかな

って、何?

そのシュ、シュって音……