童話2

 

 マリオネットのセレナーデ

 ハロウィーンに悪魔がやって来た

 イヴのクリスマス

 

 


 

  マリオネットのセレナーデ

 

この作品はぽけっとさん作曲の「マリオネットのセレナーデ」とのコラボです。

ぽけっとさんの許可をいただいて、ここで聴けるようにしています。ありがとうございました。

 

 昔々、あるところにマリオネットの国がありました。その国に住んでいる人たちはみんなマリオネットだったんです。大人も子どもも、王様も町の人も木でできたマリオネットです。イヌやネコだって操り糸がついたマリオネットなんです。だから、この国の人たちはとてもやさしくて、礼儀正しかったんですね。だって、乱暴なことをしたり、ケンカしたりしたら、糸がからみ合って大変なことになっちゃうでしょ? いったんからみ合ったら助けることだってうかつにはできません。助けようとした人ともっとこんぐらがっちゃったりしますから。

 え? その糸を誰が操っているんだ、ですか?……さあ、空のはるか遠くまでつながっているんでよくわかりませんが、この国の人たちは、糸は神様につながっていると思っていました。自分たちは神様に操られているのだと。それもこの国の人たちがやさしくて、礼儀正しい理由かもしれませんね。さっきも言いましたけど、この国には王様がいて、みんなを治めていました。王様やお妃様や二人の間のたった一人の子、お姫様はとてもきらびやかな衣装を身を着けていました。王家の人たちは操り糸もたくさんあって、神様とのつながりが多いと思われていたんです。反対に貧しい人たちは糸も少なかったんです。だから手足の動きはともかく、表情の変化が乏しいのは仕方ないですね。

 そんな貧しい人たちの中にマリオという靴職人がいました。マリオは腕のいい職人なんですが、マリオネットって自分では歩かないですね? ちょっと宙に浮いているような感じで動きます。だから、ほとんど靴が減らないんです。それでマリオは貧しかったんです。でも、とても陽気で、やさしいこの国の人の中でもとびきりやさしい若者でした。……ところが最近、その陽気なマリオがもの思いに沈んでいることが多かったんです。

 王様のお誕生日のパレードのときのことです。この国でいちばんにぎやかなお祭りの日です。楽器屋さんからすてきな靴を作ったお礼にもらったギターを練習していたマリオもラッパや太鼓に混じってパレードに参加しました。お祭りの最後に王様からじきじきにねぎらいの言葉をかけてもらったとき、王様のすぐ近くにいたとてもきれいなお姫様を見て、マリオの心臓はどくんと大きな音を立てました。それ以来、お姫様のことが頭から離れなくなってしまったんです。

 身分が違いすぎる。マリオはため息を吐きます。糸の数だってぼくの倍以上あるし、つやも違う。ぼくが好きになっても、お姫様は振り向いてもくれないだろう。迷惑に思うだけだ。どうしようもないってわかっているけど、この気持ちはどうしようもない。マリオは神様に祈ります。神様、かなわぬ想いなら抱いたりしないようになぜぼくを作ってくれなかったんですか? 今からでもいいから、この苦しいおもりのような気持ちを取り除いてくれませんか?……そんなことを毎日考えていました。でも、ある日の夕方、仕事を終えてギターに当たる夕陽を見ていたマリオは意を決したように立ち上がり、部屋を出て行きました。

 夕食を終えたお姫様は、自分の部屋に戻ってくると侍女に窓を開けさせて、さわやかな風が頬をなでるのを感じていました。するとこんな歌がギターの音色とともに聞こえてきました。

  あなたが好きだ
  あなたが愛しい
  ぼくはマリオ
  恋するマリオネット

「なあに? あれ」
「セレナーデでしょう。恋の歌ですよ」
「誰に恋してるの?」
「それは……」
 侍女が言い淀んでいるのを見て、お姫様は言いました。
「下手な歌ね」
 冷たく言うのに侍女はうやうやしくうなずきながら、訊きました。
「衛兵に命じて、追い払いましょうか?」
 お姫様はちょっと考えてから言いました。
「下手だけど、追い払ってはかわいそうね」

 お姫様もやさしかったんですね。やさしい人は全然そんな気がない人にも冷たくはしないものです。でも、そのためにお姫様が聴いてくれているものだとマリオは思ってしまいました。それから、来る日も来る日も夕方になるとお城に出かけて、お姫様の部屋を見上げながら歌いました。昼間に靴を作りながら詩を考え、散歩にも出かけずにギターを弾いて曲をつけます。……お姫様は侍女とおしゃべりをしたり、本を読んでいたりして、聴いてはいなかったんです。たまに耳に入っても侍女とくすくす笑い合うだけでした。王様やお妃様から衛兵に至るまでみんな気づいていましたが、マリオは衛兵にもあいさつをして礼儀正しく、悪いことをしているわけでもないので止めたりはしませんでした。

 お姫様の部屋の明かりが消えるのを見ると、マリオはギターを抱えて家に帰ります。みなさんはムダなことをって思うかもしれませんね。でも、石畳にぎこちなく歩く影を映しながら、マリオはせつないけれど、ちょっぴり幸せな気分だったんです。一人でため息を吐いたり、神様に無理難題を言ったりするよりはよほどよかったんです。

 そんなことが何か月も続いたある日、マリオは朝起きると体の中に鉛を入れられたみたいに感じました。重くて、だるくて、パンもチーズも食べる気がしません。やっとのことで作業机の前に座りましたが、革を切るハサミをつかむ手がふるえ、革を縫い上げる針に糸を通そうとしても目がかすみます。いつもならベッドに寝ているところですが、昨日、お肉屋さんの前を通りかかったときに、おかみさんから仕事を頼まれたんです。

「あたしの孫がよちよち歩きを始めたんだよ。だから、ひとつかわいい靴を作ってもらえないかい? あさってがちょうどお誕生日だから、それに間に合うとうれしいんだけどね」
 その子がお嫁さんに抱かれて出てきたのを見て、マリオは言いました。
「とってもかわいい坊やだ。今は仕事もたまっていないことだし、あさってまでに必ず作りますよ。心を込めて作らせてもらいます」

 マリオはその子の笑顔を思い出すとつらさも少しやわらいだように感じて、靴作りに取り掛かり始めました。……小さい靴だからといっても手間は変わりません。かえって革を切ったり、縫ったりするのが細かくなって大変です。ほんの赤ちゃんの靴だからといっていい加減に作ったりはしません。初めての靴だからこそ、その子が大人になってからも手に取ってながめるかもしれないからです。マリオネットの靴は履きつぶされることが少ないので、ずっと未来まで残ります。「この靴を作った職人はいい腕だね」自分の名前がすっかり忘れられてしまってもそう言われればいいなって思って、この割りのよくない仕事をしているのでした。

 ようやく革を縫い合わせ、木型にかぶせて靴底に釘を打つ頃には、体の調子はますます悪くなっていました。金づちを振り上げるのもやっとです。何も食べる気にならず、時々よろけながら部屋の隅に置いてある水がめまで行って、熱っぽい喉に水を流し込むだけです。深い水がめの底を見つめながら「もうすぐだ」とつぶやきます。マリオはその言葉の意味が自分でもわからなくなっていました。

 陽は傾いていきますが、まだ靴は完成しません。ていねいでも仕事の早いマリオですから、いつもなら日に3足は作ってしまい、口笛を吹きながらお城に向かうのに。……雨が降ってきました。細かいさらさらとした雨です。暗くなり始めた空から音もなく降る雨を窓辺で眺めながら、お姫様は「雨が降ったからって、来ないようじゃダメね」とつぶやきます。侍女が窓を閉めようとします。
「そのままでいいから」
「でも、雨が吹き込みますから」
「こんな雨、大したことないわ」
 侍女はお姫様のまつ毛に銀色のしずくがついているのに気づいて口をつぐみ、うやうやしくお辞儀してから部屋を下がりました。お姫様は本を読んだり、窓の方に目をやったり、ふと歌が口をついて出てくるのを手で押さえたり、なんだか落ち着かない様子でした。

 もう寝る時間になりました。いつもより少し遅れて侍女が姿を現しました。
「もうおやすみになる時間です」
「そうね」
「窓はどうしましょうか?」
「……自分で閉めるからいいわ」
 侍女は目を伏せるようにお辞儀をしてから部屋を下がりました。ちょっと考えごとをするようにぼんやりしていたお姫様は、窓を閉めようとしました。その時、暗がりの中からギターの音が聞こえてきました。思わずほころびそうになった口元を引き締めます。歌が聞こえてきます。声も小さく、ギターの音も元気がありません。

  雨がバラの花に降るように
  君の胸をぼくの想いで満たしたい
  大地が百合の花を支えるように
  君の後ろからぼくは見守っていたい
  いつまでも
  いつ……

 カシャンっていう音がして、音楽は止まりました。耳をすましていたお姫様ははっとなって窓辺から外に身を乗り出します。暗くてよく見えません。あわてて部屋の外に出ると、心配顔の侍女が立っていました。二人でお城の外に出て、お姫様の部屋の下に向かいます。自分の部屋がびっくりするくらい高いところにあるのを見て、お姫様は恥ずかしいような気持ちになりました。大きな木の根元にマリオが倒れていました。そばにギターがころがっています。

 マリオにつながっていた操り糸が消えていきます。
「マリオ!」
 お姫様は叫びます。マリオネットが死ぬとき、糸は消えてしまうのです。神様は魂だけを天国に連れて行くから、木の体は要らなくなるんだってこの国の人たちは信じていました。侍女は急いで医者を呼びに行きます。
「マリオ、死なないで!」
 お姫様はドレスがぬれるのもかまわずひざまずきます。マリオはかすかに微笑んでいるように目をつぶっています。雨でぬれたマリオの頬にそっと触れました。糸はすっかり消えて、マリオの体はただの木の人形に戻って地面に横たわっています。

 お城の人たちが悲しそうな顔をして取り囲む中、お姫様が泣いていると不思議なことが起こりました。お月様が出るはずもないのにあたりが明るくなってきたのです。雨が銀色の糸のように光り、マリオの体を包みます。ゆっくりとマリオの体が浮かび上がります。
「マリオ?……」
 マリオの体は銀色の糸に引っ張られるようにして上がり、あっという間にお姫様の部屋も、お城のいちばん高い望楼も超えて行きます。
「マリオ、待って!」
 雲がほんの少しだけぽっかりと切れて、星が見えます。その空の彼方にすうっと消えてしまいました。

 次の朝、マリオの部屋で見事な出来栄えの赤ちゃんの靴を見つけた人びとは、天国で靴を作っているんだろうと言いました。……お姫様だけはあの人は歌を歌ってるのよって思っていましたけど。

 


 

  ハロウィーンに悪魔がやって来た

 

 昔々、あるところに年老いた悪魔がいました。千年も二千年も生きてきて、若い頃はいろんな悪事を企てたり、いい人の魂を堕落させたり、病気や戦争を起こしてたくさんの人を死なせたり、悪魔として立派な行いをしてきましたが、年をとるとそういうこともだんだんおっくうになってきました。最近ではそういうことは魔女に任せっきりで、人間どもの住む世界にもとんと現れなくなっていました。

 

「ヘクション、最近の人間はどうかね?」

「あたしの名前はヘクセンです。何度言ったらわかるんですか?」

「ああ、そうだったかな」

「そうです。……最近の人間は勝手に堕落してくれるんで、あたしが手を出さなくてもいいみたいです。どんどん悪いことをやってくれてますから」

「嘆かわしいことだね。神様は何をしてるんだ?」

「信者が減って困ってるみたいです。パンフレットを作って駅で配っても、もらってくれる人がいないみたいだし」

「神様がそんなことをしてるのか。わたしよりもずっとお年寄りなのに、おいたわしや」

「今度はサイトを作ろうって言って、パソコンの勉強も始めたようです」

「おまえは神様のことをよく知ってるんだね」

「ええ、コミケとかメイド・カフェで天使たちとよくいっしょになりますから。情報交換してるんですよ」

「なんだね? その三毛猫とか冥土の土産とかって」

「ネタですか? あんまりおもしろくないんですけど……まあ、こんな格好をした女の子に魂を奪われた男どもが集まる場所です」

「ハクションは何歳だっけ?」

「大魔王でしょ、それは。……727歳です。いいんです。ちょっと化粧すれば700歳は若く見えますから」

「女は魔物だね」

「そんなことより、人間界にたまには行った方がいいんじゃないですか? 魔界に引きこもってばっかりじゃダメですよ」

 

 まあ、そんなことで魔女に連れられて何百年ぶりかで悪魔はこの世にやって来ました。箒に乗って? いえいえ、そんな古くさいものには乗りません。魔女が懇意にしている宅配業者の車を借りました。ところがちょうどその日は10月31日、ハロウィーンの日だったんですね。悪魔と魔女にとってはふつうの格好もこの日ばかりは仮装パーティに行くところにしか見えません。しかも借りた車に荷物が残っていて、配達まで頼まれたものだから行く家、行く家で大歓迎を受けてしまいました。

 

「こんにちは。お届け物です」

「わっ。びっくりした。……ほら、おいで、おいで。魔女さんの配達だよ」

「わーい。すごいな。ねえねえ、おばさん、後でいっしょにお菓子もらいに行かない?」

「お・ね・え・さんはね、お仕事中なの。……あ、ハンコをここに」

「あ、はいはい」

「荷物はここでいいですか?」

「あら、悪魔さんもいるのね。すごいわ」

「よいしょっと……イテテ。これを持ち上げた時にビリって」

「あらあ、ギックリ腰じゃないかしら、だいじょうぶですか?」

「やっぱり魔女の一撃か」

 

 せっかく千だか二千だか若く見えるように自分に魔法をかけて、ちょい悪オヤジふうになったのに腰を痛めてしまいました。仕方なく魔女が荷物を持って階段を上ったりします。で、最後に配達した家でどうしてもってせがまれて一緒に”Trick or Treat”に行くことになりました。子どもが泣いて頼むから? いえいえ、悪魔にはそんなものは通用しません。その子のお母さんに「お願いしますぅ」って笑顔で言われたからなんです。

 

 子どもたちをぞろぞろ引き連れて近所を歩いていきます。

「いいか? こう言うんだぞ。『お菓子をくれなきゃ、汝の魂を永遠の地獄に落とし、業火にて日に三度じっくりじわじわ焼いてくれよう。くれれば……』」

「そんな長いの覚えられないよ」

「言ってるうちにお菓子くれるよ。みんな用意して待ってるんだから」

「そうよ。お母さん朝からクッキー焼いてたよ」

「すげー。おまえんちから行こうぜ」

 もうわいわいガヤガヤうるさいったらありません。仕方なく魔女が子どもたちに悪魔のメンツを立てるよう頼んで『お菓子くれなきゃ、地獄だぞ』で手を打つことにしました。地獄じゃなくて遅刻だぞなんて言ってる子もいましたけど。

 

「ふふふ。やっぱりみんな地獄は恐ろしいらしいな。たんまり差し出しよるわ」

「このおじさん無邪気だね」

「なりきってんじゃないの?」

「でも、楽しいよ。去年なんかみんなシラけちゃって」

「だよね。自分ちから持ってくればすぐ終わるなんて言うやついたし」

「まったく誰のためにやってるんだと思ってるんだろね」

「誰のためなの?」

「大人たちのために決まってるじゃん。1週間も前からスーパーでいろいろ買ってくるんだもん」

「そうそう、日曜日にかぼちゃをパパと一緒に彫らされたんだぜ」

「『な? 楽しいだろ? な?』とか言うんじゃない?」

「あれは困るね。『あんまり』とか言うと怒るし」

「親子のふれあいも疲れるね」

 

 そんなおしゃべりをしながら歩いていると思い思いの仮装をした10人ほどの男女がやってきました。先頭を歩いていた男の子が後ろを向いていたんでミイラ男の格好をした男にぶつかってしまいました。

「なんだこのガキ!」

「痛い!」

 いきなり突き飛ばして、その子は転んでしまいます。魔女がその子を抱き起こしながら言います。

「子どもに何するのよ」

「おばさん、なに浮かれて仮装してんだよ」

「なんですって? もういっぺん……」

 酒に酔ったフランケンシュタインに言われて魔女がキッとなったときに、夜空にこだまするような笑い声が響きました。

「キャハハハ! 悪魔と魔女だわ。カッコイイじゃん」

 シスターの格好をした女が悪魔の肩に抱きつくようにして言います。

「お嬢さんの格好もぞくぞくするよ」

「あはは。あたしはどう?」

「その猫の耳を食べちゃいたいくらいだね」

 

 悪魔のなれなれしい態度が男どもをよけい怒らせてしまいます。

「おい、おっさん。このガキといい、おまえといいふざけたやつだ」

 そう言った男はフランケンシュタインの仮装をするだけあって2メートル近くあって、悪魔より20センチも背が高いのをいいことに胸倉をつかんで引き上げます。

「ほほう。これはおもしろい」

 悪魔は足が地面から離れていても余裕しゃくしゃくですが、子どもたちにはそうは見えません。

「やめろ!」

「おじさんを離せ!」

 口々に言ってフランケン男の足をつかもうとします。それをミイラ男やドラキュラや死神や狼男が引き倒したり、殴ったりします。

 

「やめなさい!」

 おばさん、じゃなかった魔女が怒りの一撃を繰り出します。

「ヘックション!」

 青白い閃光とともに男どもは地面に跳ね飛ばされます。魔女の呪文はくしゃみだったんですね。

「なんだ? 今の」

「くそ!」

 ふらふらした死神が大きな鎌を振り回します。

「それはいかんな」

 おもちゃの鎌をてっきり本物、命を刈りに来たと思った悪魔が呪文を素早く唱えます。

「Conftatis maledictis,flammis acribus addictis……」

 すると歩道が男どもの立っているところだけ水飴のようになって、連中がずぶずぶ沈んでいきます。

「うわ? わー!」

「ぎゃあぁぁ!」

 地獄に引きずりこまれていくのです。真っ赤な業火がゆらゆらと見え隠れさえしています。

 

「だ、ダメです!」

 こんな住宅街の真ん中で、しかも子どもたちも見ている前で地獄行きを見せるなんてと魔女はあわてて叫びます。

「あ、ダメなの?」

「はい。そこまではちょっと」

 取り消しの呪文を唱えます。

「今のなしね」

 するともう胸ぐらいまで沈んでいた男どもが吐き出されます。ポンッ。しかし、連中はしばらく正気に戻らないでしょう。地獄に半分くらい漬かり、本物の死神の顔を見てしまったんですから。……シスターや猫耳メイドやメガネのナースやベリーダンサーが男どもを引きずって行きます。

 

「すごかったよなあ。おばさんのくしゃみ」

「吹き飛ばしちゃったもんね」

「おばさん?」

「いえ、おねえさんでした。えへへ」

 子どもたちはぜんぶ魔女のくしゃみのせいだと思っているようです。

 

「じゃあ、ちゃんとお風呂入って、歯磨きして寝るのよ」

「ハーイ」

「バイバーイ」

「また遊ぼうね」

「チャオ」

 十字路で子どもたちと別れます。悪魔と魔女も魔界に帰ります。

「いい子どもたちでしたね」

「うん」

「ああいう子には悪いことはしないんですね」

「そんなことないよ。いい子こそ地獄に連れて行ってあげないと」

 ロリポップキャンディをなめながら悪魔が言います。

「え? 何をしたんです?」

「大きなパンプキンパイをおうちに送っといたよ」

「はい?」

「あれを食べればきっと虫歯になって地獄の苦しみだよ」

「……あの子たち、あたしの言いつけを守ればいいけど」

 悪魔と魔女の乗った軽トラックはもう三日月の傍を通り過ぎたようです。

 


 

 

 イヴのクリスマス

 

  イヴは7歳の女の子です。お父さんとお母さんの3人で赤い屋根の小さなおうちに住んでいます。

 陽射しはやわらかくなったけれど、まだまだ風の冷たいある日のことです。おとなりの家の前に青と白のしまもようの引越し屋さんのトラックが停まっていました。

 

 

「ねえねえ、おとなりに誰か引っ越して来たの?」

「そうみたいね」

 イヴが瞳をキラキラさせて訊くとお母さんはじゃがいもの皮をむきながら答えます。

「どんな人たちかな? 子どももいるかなあ?」

「そうだといいわね」

 イヴはお部屋の窓に手を掛けて、背伸びをしながらトラックと家の間をベッドやタンスを持ったおにいさんたちが行き来しているのをながめていました。

 夕方近くなって小さくて丸い黄色のクルマが着きました。中から小さなイヌと男の子が飛び出して来ました。その後をすらっとした女の人と太った男の人が降りて来ました。

「お母さん、男の子がいるよ。あたしと同じくらいだよ」

「あら、よかったわね」

 いいのか、どうかまだわからないじゃないのって思いました。男の子って乱暴だし、うるさいし、走り回ってばかりいるしさ。暗くなってからおとなりがごあいさつに来たときもイヴはクミンというイヌといっしょにすぐにどこかに行ってしまったクリスという子のことが気になっていました。

 

 二人はすぐになかよくなりました。同い年のクリスはちょっと乱暴で、ちょっとうるさくて、いつも走り回っていました。でも、イヴの遊び相手になってくれて、何より話をちゃんと聴いてくれました。同じ赤い屋根の小さな家が並ぶこの町にはイヴと同じくらいの子がほとんどいなくて、お人形を相手に遊んだり、お話をしたりするしかなかったからです。

「クリスはどこから来たの?」

「ずっと南のもっと大きな街。電車とかバスとかもいっぱい走ってるよ」

「お店もいっぱいあるの?」

「うん。すごく大きなスーパーがあって、お肉やお魚がいっぱいあるんだ。おもちゃ屋さんもすごくおっきいんだ」

 イヴはこの町から出たことがなくて、そんな大きなお店は絵本で見るだけだったのでとてもうらやましく思いました。

「それに広いグラウンドがあってサッカーとかできるんだ」

「サッカーなんかどうでもいいわ」

「どうして? 女の子もやってるよ」

「あたしは走り回ったりしないから」

「ふうん。そうか」

 イヴは心臓が悪くて少し走ったりすると顔色が青くなって、苦しくなってしまうのでした。そのことは最初にイヴのお母さんがクリスのお母さんに伝えてありました。

「踊りが好きなんですけど、それもできないんです」

「……かわいそうに」

 クリスはお母さんから気をつけるよう言われていたのを思い出しました。

「あたしはお花を育てたり、お絵かきをするのが好きなの」

「ふうん」

「もうすぐ春になるでしょ。そうしたらいろんなお花が咲くの……」

 クリスは花なんか全然興味がないんですけど、イヴがいろんな花の名前を挙げながら話すのを足をぶらぶらさせながら聞いていました。イヌのクミンが遊びに行こうとズボンのすそを3度目に引っ張られるともう我慢できなくなって、

「ちょっと待ってて」と言って駆けて行きました。イヴは足をぶらぶらさせて、野原の遠くまで走って行くクリスとクミンを見ていました。

 

 

 春になりました。デイジーが咲く野原に寝ころぶと羽根布団のような雲に向かってひばりが飛んで行きます。

「鳥になって空を飛べたらいいな」

「うん。でも、飛行機に乗れば雲の上まで飛べるよ」

「乗ったことあるの?」

「ううん」

「あたしも。乗ってみたいね」

「うん。ぼくはおとなになったらヘリコプターのパイロットになるんだ」

「ヘリコプター? あのバタバタっていって飛ぶやつ?」

「そう。どこからでも飛び立ったり、降りたりできるんだよ。蜂みたいに」

「蜂は刺すからやだな。ちょうちょがいいわ」

 イヴは病院の注射を思い出して、顔をしかめました。

「イヴは大きくなったら何になりたいの?」

「お花屋さんかな。でも無理よ」

「なんで? お花のことよく知っているじゃない」

「大きくなる前にあたし死んじゃうから」

 クリスは地面の中からどくんという音がするのを聞きました。思わず起き上がって、イヴの顔を見ると鳶色の瞳がすっと反対側を向きました。

「そんな……」

「いいのよ。気にすることないわ。あたしもそんなに気にしてないから」

「気にするよ。……だいじょうぶだよ。きっと治るよ」

「あたしの病気は治らないの。誰かの心臓をもらわないと」

 クリスはもうびっくりして言葉を見つけることができません。花いっぱいの野原とその上の空もなんだか変な色に見えます。

「病気のことをお父さんとお母さんが話しているのを立ち聞きしちゃったの。それで死ぬってどんなことなのかなって考えたんだけど、よくわからないの。誰にも訊けないし」

 クリスは地面を何匹かの蟻が行ったり来たりしているのをじっと見つめています。

「ある朝、公園のベンチに座ってぼおっとしてたら、いつの間にか見慣れないおばあさんが座ってたの。少し離れたところで帽子か何かを編んでた。それでおばあさんに訊いたの」

「なんて訊いたの?」

「『おばあさん、死ぬってどういうこと?』って。そうしたらおばあさんはなんて答えたと思う?」

「……わかんないよ」

「おばあさんはこう言ったの。『お嬢ちゃん、ごめんね。あたしも死んだことがないからわからないの』って。『でも、おばあさんはお母さんや学校の先生よりずっと年を取ってるからわかるんじゃないの?』『お嬢ちゃんがそう思うのは無理ないね。あたしも子どもの頃は、年を取るとそういうこともよくわかるようになるんだろうって思ってた。でもね、そんなことはなかった。死は年寄りにもわからない。こんな年になっても死ぬことを考えると宿題を忘れた時に先生に見つめられるみたいにドキドキするんだよ。あたしはちゃんと死ねるんだろうかって』」

 イヴはそこまで一気に言うと軽いため息をつきました。クリスもそっとため息をつきました。

「でもね、あたしはおばあさんの話を聴いてすごく楽になっちゃったの」

「え? そうなの?」

「うん。だって子どもの頃に死んでも、おとなになって死んでも同じなんだなって思ったから。……だから、気にしないで」

「……うん」

 イヴはクミンの肩のあたりをなでながら言います。

「クミン、お待たせ。行きましょ。なんだか寒くなってきたわ」

 

 夏になりました。川遊びに飽きて、木陰で二人は休んでいます。木もれ陽がまぶしくゆれます。

「ねえ、クリスのお誕生日はいつ?」

「12月25日だよ」

「え?」

「うん、クリスマスなんだよ。イヴは?」

「12月24日。……だからイヴなの」

「え? え? じゃあ、ぼくたち一日違いってこと?」

「そうなんだね。あたしが一日おねえさんね」

 二人はちょっと見つめ合いました。クリスマス・イヴとクリスマスに生まれた同い年の二人。なんだかとっても不思議なことのように思えたのでした。

「でも、なんだか自分の誕生日のような気がしないの。いつもクリスマスのお祝いといっしょにされちゃって」

「そんなのまだいいよ。ぼくなんか24日に済まされちゃうんだ。『あら、昨日お祝いしたじゃない』って」

「つまんないね」

「うん、つまんないよ」

 つまんなさだって分かち合える友だちがいるのはいいことだと二人は思いました。

「二人でクリスマスじゃなくてお誕生日だけのお祝いしようか?」

「うん、一緒にね」

 

 

 一緒のお祝いは24日にするか、25日にするか、それをどうやって決めるか相談はなかなかまとまらなかったんですが、その必要はなくなってしまいました。木の葉が赤や黄色に色づく頃、クリスの一家が引っ越すことになったからです。

「行っちゃうの?」

「うん。……新しいおうちに着いたら手紙を出すね」

 青と白のしまもようのトラックの前で二人は言葉を交わします。お母さん同士も名残惜しそうです。

「せっかく仲よくなれたのに」

「本当に。パパの仕事が転勤が多いんでかわいそうなんです」

 トラックが出て行ってからしばらく経って、小さくて丸い黄色のクルマにお父さんが乗って、お母さんが乗って、それからクリスが乗りました。

「さようなら」

「さようなら、クリス。元気でね」

「イヴもね」

 クリスは窓から身を乗り出すようにして手を振りました。イヴは追いかけていきたいのをようやくこらえました。

 

 

 こうしてクリスは西の遠い町に引っ越してしまいました。でも、クリスからは手紙は来ませんでした。新しい家に着いて3日後にお使いに出たクリスはわき目をしていたクルマにはねられて死んでしまったからです。クリスのお父さんとお母さんはまだあたたかいクリスの体から心臓を取り出すことを承諾しました。クリスが少しでも人の役に立てるように。クリスの命がほんの少しでもこの世に残るように。

 クリスの心臓はヘリコプターに乗って、飛行機に乗り、それからまたヘリコプターに乗って東の町に戻って来ました。そして、イヴの心臓の代わりにイヴの体の中に移植されました。でも、そのことはクリスの家族もイヴの家族も知りませんでした。移植手術ではそういうことは知らせないのです。

 

 

 クリスマスになってまだベッドにいたイヴはお母さんに言いました。

「手紙来ないけど、クリスは元気なのかしら」

 お母さんはリンゴをむく手を止めて応えました。

「……クリスは亡くなったの」

「え?」

「引っ越してすぐにクルマにはねられて。先週、クリスのお母さんから手紙が来たの」

「そんな。あたしが走り回るところを見せたかったのに」

「そうね。……クリスのご両親は心臓を提供したそうよ。こっちにいる間にクリスが万一の場合にはそう望んでいたんですって」

 自分のことでは泣いたことのないイヴでしたが、あの野原で話したことを思い出すと涙が止まりませんでした。やがて病室に射し込んできた夕陽を見つめているうちにイヴはなぜだかクリスが新しい心臓をくれたような気がして来て、やがてそれは確信に変わりました。でも、そのことは誰にも言いませんでした。

 

 それから10年の年月が過ぎたクリスマス・イヴのことです。南の大きな街の大劇場ではバレエ「くるみ割り人形」が上演されています。大喜びする子どもたちを舞台の袖からイヴは見つめています。バレリーナとしてのデビューをこんぺいとうの精の役で飾るのです。胸に手を当てながらイヴは小さくつぶやきました。

「クリス、あたしが踊るのを見てて。ちゃんと踊るから。いつかあなたのところへちゃんと行けるように」

 胸の奥でトクトク鳴る音を聴きながらイヴはシャンデリアを仰ぎました。

 

 *この童話の挿絵はとな*さんに描いていただきました。ありがとうございました。