ノリタンがニュースを見た

 

 

 ノリタンってキャラもんの名前ではありません。

Noli me Tangere.

ラテン語です。意外にも。

我に触れるな。

さわんないで。

そんな意味です。

なぜそんなのをHNにしたのか?

きっかけはこちら

でも、内容とはほぼ無関係です。

 

さまざまなニュースをサカナに勝手なことを書いています。

ご意見等は夢のもつれのトップからゲストブックへどうぞ。

取扱説明書(ウソw)は下にあります。

 

子ども マスコミ 法律 倫理

その他の社会 芸能 スポーツ

経済 政治 国際 コネタ

    07.03.14-08.10.09

 

この画像は、「みきちゃんのあみぐるみコーナー」の

了解を得て使っています。ありがとうございます。 

 

わざわざ読みにくくされた取扱説明書(しかもその用をなしていないVer.)

(注) 読みにくいからといってドラッグして反転して読むことは著作権者が厳しく禁止している行為

であるもののそれを防ぐ手段も現在の技術水準では開発されていないこともまた事実である。

 私は不治の病を抱えています。その病名は「なんか思いつくとすぐにやってみたくなって、しばらくすると飽きちゃう」病ですw

まあ、その辺のことは私のブログやサイトの愛読者ならとっくにわかっていることですし、ふだんはマジメに仕事その他をやっているので、リアルで付き合っている人は気がつかないでしょう。たぶん。おそらく。……いや、ひょっとしてw

 ま、そんなことはどうでもいいんですが、今度はニュースにいろいろ突っ込んでみたくなりました。なら、こっちで書けばいいようなものですが、どうも自分の中にスタイルができてしまっていて、同じ「夢のもつれ」名義ではやりにくいんですね。もっと軽く、主観的な感じの方がニュースに軽口を叩くのにはいいような。主語も私じゃなく、何気にぼくで。

 そこでぽけっとさん命名によるノリタンを発動することといたしました。……名付け親には無断ですがw

 これは例えば色川武大名義では「怪しい来客簿」を、阿佐田哲也名義では「麻雀放浪記」を書くのと同じです。……違いはむこうが有名で才能があるという取るに足りないものにすぎませんw

 で、早速記事を書き始めましたが、あれよあれよと2か月で150件を超えてしまいました。書きすぎです。サルじゃあるまいしw。全部載せるようなものでもないんで、ジャンルのバランスを加味して適当につまみ食いしました。……もとい内容面、社会的影響力を大局的に判断して厳選に厳選を重ねた逸品のみを産地直送しました。どれがおもしろい、どれがおもしろくない、どれもおもしろくないw、そうしたことは人それぞれでしょう。元々「社会ニュース」だったものは大量にあるんで、私の関心事項である「子ども」、「マスコミ」、「法律」、「倫理」って項目を立てました。それについて少し書きます。

 「子ども」って大事だなって思うんですよ。別に日本民族が滅んでも人類全体にとっては大した影響はないんでしょうけど、子どもがいなくなれば確実に人類は滅亡します。そんなこと子どもでもわかります。それと子どもの問題って大人の問題、社会の問題が凝縮・強調されて出てくるんだろうなって思います。実際には犯罪とか事件とかとは無関係な昔ながらの無邪気な子どもはいっぱいいるんでしょうし、変に深刻ぶって「子どもの心の闇」みたいなアプローチをしたりするのは好きじゃないですし、子どもの心理をネタに飯を食ってる「こころ屋」ようなのは嫌悪感を持ってるんですが。……私だって昔は子どもだったわけで、そのどこかにいるような気がする「昔の子どもの私」が何か言いたくなることがあるんですね。

 「マスコミ」は裸の王様だからです。第4の権力って言い方をされたりしますが、それはすごい力があります。例えば納豆をスーパーから消し去ることも、起訴さえされないような微罪を犯してしまった人の社会的地位を一挙に失わせることも。別にマスコミの人たちは選挙で選ばれたわけでも、民主的なコントロールの下にあるわけでもないのに国民の代表のような顔をし、民衆を「正しい方向」に導こうとすらします。まあ、それが滑稽なんで時々からかいたくなるわけです。……私は古代ギリシアのソクラテスは「マスコミ」に殺されたと思っていて、それは
物語の中で書いたんですが、そうした関係もあります。

 その流れで言うと「法律」と「倫理」は伝統的に哲学にとって最重要の問題です。この2つが社会を成り立たせている根本のもので、法律と倫理がちゃんとした社会でなければ人間は良く生きることができないって思われてたからです。こういう考えは今の時代には敬遠されがちで、法律や倫理はなくて済むならない方がいい、少なければ少ないほどいいっていうのがふつうの人の考えのような気がします。哲学者を自称する人ですらどっかで適当にやっといてくれっていう感じの人がいるかもしれません。でも、そういう考えはどっか不十分なごまかしたような議論になるような気がします。……そのどちらが正しいのか現実のニュースになった出来事を元に考えてみようということです。

 ニュースを読んだだけで書いているわけですから、事実誤認や認識不足はありますし、それをコメントでご指摘いただいたこともあります。少しだけですが、今回直したところもあります。「夢のもつれ」のように古い芸術をネタにモノを書いたり、フィクションの物語や詩を書いたりする方が安全なんですが、スリルを感じながら今まさに起こっていることについて書くこともジャズのセッションのようなacutualityを獲得する上で重要だと思うんですね。

 なんだか私がずいぶんマジメなことを考えているような文章になりましたが、もちろんそんなわけはありません。ジャンル分け自体が後づけで適当ですし、「法律」の多くは犯罪ニュースです。何より私は何を考えても、何を書いても冗談半分で、実は「コネタ」を偏愛していたりします。でも、考えること、書くことにおいては半分だけでは気が済まないのかも知れません。自分の全部を書いてみたいから次から次へとガラにもないものに手を出して、架空のキャラクターに語らせたりするんでしょう。

 いずれにしても他のページと同様、検索エンジンで来られる一見さんがほとんどで、通読してくれる人は少ないでしょうから、私としてもこれはこう読んでくださいなんて言うつもりはありません。ということで、ここまで読んで損したって思ったあなたはいい人です。これに対し、ここだけ読んだ人は要領が良すぎて周りから嫌われていないか考えた方がいいでしょうw。

 

 

プロフですが、08年1月の追記のような感じでもあるんで、最近の記事を読む手がかりになるかもしれません。

 

  とりあえずの終わりということで、休載の挨拶をしておこう。休刊=廃刊なのが雑誌の常だが、ここもそうなのかもしれないから。ただし、ずいぶんと個人的な、「群れを作らない動物」としての話だから読んでもおもしろくないことは保証しておく。

 この「ノリタンがニュースを見た」をなぜ書き始めたかは上に書いてあるし、あっさり言えば「そういう気分だったから」ということになるだろう。

 なぜやめるのかも「飽きちゃったから」というのがいちばんの理由で、ニュース自体がどんどんつまらなくなったからだ。同じようなニュース、同じようなマスコミの報道、同じような世間の人たちの反応。……

 まるで手持ちの節回しでだらだらと音楽活動を続けているほとんどのミュージシャンのようなものだ。いや、その時代ごとにどこかしら似通った音楽が生産されていると言った方がいいか。クルマのメーカーが違っても生産時期がわかるのと同じように。だから、ぼくがまたニュースについて書くのは時代の表情というかパラダイムが変わったときなんだろう。

 もちろん個性的なクルマや音楽がいつの時代にもあるように、おもしろいニュースもたまに現れるし、書きたくなることもあるだろう。ぼくにとって書くことは生活習慣病のようなものだから。それをコントロールするためにはブログやサイトといった道具立てが必要なのだ。

 「ノリタン」というキャラクターは「夢のもつれ」というキャラクターと違って、毒舌で歯切れがいいのを身上?にしていたわけだが、それらは統合・回収されてしまったように思う。それぞれのHNに込められた「ぼくに触らない方がいいよ」というメッセージと「夢と現実が融合し、相互に侵食される」というイメジェリは、運河で隔てられた隣町のようなものなのかもしれない。文体その他の違いは町並みや夕餉時に漂う匂いの違いとでも考えてみようか。

 なぜサイトを作るのか?ブログがあるし、「ノリタン」を閉鎖するつもりもない。それで十分なはずなのにやるのは「面倒くさがり屋なのに整理したがる性分だから」と言うほかはないが、今回はやっているうちに別の意味合いも出て来た。

 限界集落という言葉を最近よく耳にする。住民のほとんどが高齢者になった集落で、まあ絶滅危惧種のようなものだ。田舎だけではなく、都市近辺にもあって、かつてのニュータウンなんかがそうらしい。ニュースもニュータウンもNEWのつくものは、過去の人びとの気配を漂わせる。それは古新聞やシャッター通りがそうだし、軍艦島の映像がいちばんぴったりするかもしれない。……ああいう未来都市の廃墟がいずれできればいいなと思ってえっちらおっちらサイトを構築したわけだ。

 では、わかってくれた読者に対してだけ感謝の気持ちを表して終わりにしよう。そういう少数の人に向けて、ありがとう。また、お会いしましょう。09.05.11