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山田耕筰ピアノ作品集

ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第30〜32番

シューマン:クライスレリアーナ、幻想小曲集

コルトー・イン・ジャパン1952

ハイドン&シューベルトのピアノソナタ:エフゲニ・キーシン

グールド、ソ連に行く

高橋悠治の「ゴルドベルク変奏曲」

炎暑のドビュッシー

 

 


 

 山田耕筰ピアノ作品集

 

 

 山田耕筰(1886-1965)と言えば、北原白秋作詩による「からたちの花」、「この道」、「ペチカ」、「待ちぼうけ」や「赤とんぼ」(三木露風)、「兎のダンス」(野口雨情)などで知られていますが、まあ由紀さおりあたりが歌ってる昔懐かしい日本の歌をいっぱい作った昔の人って感じでしょう。ところが、このピアノ曲集の解説書を見るとベルリン留学の帰りにモスクワに行ってスクリャービン(1872-1915)に心酔したり、若きショスタコーヴィッチ(1906-1975)と一緒に写真に写っていたりしたってことがわかります。1886年(明治19年)生まれと言うと、フルトヴェングラー、エドウィン・フィッシャーってところで、82年生まれのストラヴィンスキーや85年生まれのベルクより年下ってことを知ると、だいぶ感じが違って見えますね。日本では石川啄木、谷崎潤一郎、萩原朔太郎が同い年で、ちょっと強引に山田耕筰にひきつけて言うと若い頃はモダニズムに傾斜しながら日本的な情緒に回帰しちゃった人が多いのかもw。

 それでこのロシアの二キーティナ・イリナが弾いた2枚組のCDなんですが、技巧的なところが少ないので、ピアニストにとってはあんまりおもしろくないんじゃないかなって思います。歌謡的な発想がやはり強くて、かと言ってシューベルトみたいにその楽想を延々と展開するわけでもないし、ドビュッシーほど計算し尽くした一つの音にも意味があるってほど緻密でもないようです。2枚組みのCDの最後の「ピアノのための“からたちの花”」がいちばん取っつきやすいのかも知れませんが、歌で聴いた方がいいっていう人と独立したピアノ曲としては飽き足りないっていう人に分かれそうな気がします。……いつもながら身もふたもない言い方ですみません。それから、「哀詩――“荒城の月”を主題とする変奏曲」はもちろん瀧廉太郎の曲をテーマにしたものですが、変奏曲を作るにはそれにふさわしい性格というか、資質があるように私は思いますが、彼にはあまりなかったのかなって感じです。

 この調子で書いていくと悪口ばっかりになるので、気に入った曲を挙げましょう。舞踏詩「青い焔」(1916年)はオーケストラ曲の編曲だそうですが、互いの手首を縄で結んだ男女が生血で塗り上げられたような赤い柱の上で燃える青い焔に照らされて踊るという、彼自身が書いた見世物小屋的な官能性とモダニズム的な象徴性がこめられた台本によるものです。「7つのポエム“彼と彼女”」(1914年)はこれに先立つドイツ留学直後のものですが、ともに後の「スクリャービンに捧ぐる曲」(1917年)以上にスクリャービンのもつ神秘性とピアニズムとしての独自性を共有したものだと思われます。

 


 

 ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第30〜32番

 

ベートーヴェンの最後の3つのピアノ・ソナタは、これらだけでも他の楽器から「ピアノはいいよな」と羨ましがられるような曲だと思います。秋のやわらかい光の中で落ち葉が舞うような出だしの30番ホ長調(1820)、シューベルトのような曲想で生涯を慈しむように振り返る31番変イ長調(1822)、そして自由奔放なjazzyにさえ聞えるフレージングを含み、ピアノとの別れを惜しむかのように戯れる32番ハ短調(1822)!

 ベートーヴェンはピアノ・ソナタに革命をもたらし、完成し、この3曲でその枠組みの向こうに行ってしまったように感じます。およそ30年かけて作曲されたピアノ・ソナタを順を追って聴いていくと、チェンバロやハープシコードから全く異なるダイナミックスと繊細なタッチを持つ楽器に変貌していったのと軌を一にしていて、彼の曲がピアノを進化させたとすら思えるほどです。

 でも、そうしたことはもう29番変ロ長調、いわゆる「ハンマークラヴィア」までで成され、終わっています。その後の3曲では歴史的意味も、ピアノという楽器の存在すら時に忘れてしまいそうなほど、何の余分な知識も必要とせずに、この音楽は心のいちばん奥にすっと入ってきて、我々の魂と語らい、踊ってくれるのです。

 私は時にベートーヴェンの音楽に感心するとともに、辟易することがあります。中期のピアノ・ソナタがそうですし、シンフォニーの第5ハ短調や第9ニ短調の終楽章コラール(合唱という訳はあまり適切と思えません)などもそうです。そんなに力まなくてもいいじゃないですかと。

 この3曲が第9シンフォニー(1824)や最後の弦楽四重奏曲(1826)よりも前の作品なのに、その拘りのなさ、自由闊達さからもっと後の成熟した作品のように感じられます。一つの可能性としては彼が何よりピアノの名手だったからではないかと思います。私はヴァイオリン・ソナタを順に聴いていて、ヴァイオリン・パート以上にピアノ・パートが深い音楽を奏でていて、難易度が高いことがわかって、この人は本当にピアノの名手だったんだなと思いました。だからこそ、ピアノ・ソナタには自分の気持ちを素直に、ありのままに表現することが可能だったのだと思います。

 32番の最後、深い海の表面で波が煌き、やがて静かに潜っていくと深沈とした想いが伝わってくる……いつまでも終わってほしくない音楽の一つです。

 


 

シューマン:クライスレリアーナ、幻想小曲集

 

 シューマンはロマン派中のロマン派だと思います。文学や哲学との深い関連による標題性、完成よりも感性^^のひらめき、「詩人の恋」などに見られる自己陶酔的な傾向、そして何より才能あふれる妻クララ。……それでいながら悲劇的な最期となったことなどなど、まことにロマンティックな人です。

 オペラやシンフォニーやピアノソナタよりも、室内楽やピアノの小曲、歌曲に真価を発揮していると思います。シンフォニーやピアノ・コンチェルトを聴くと、オーケストレーションははっきり言ってブラームスより劣り、ショパンよりはましといった程度ですが、その才気煥発さには敬服します。

 学生時代のゼミで、ロシア思想の権威である教授が「最近はラフマニノフがよく感じるようになった」とおっしゃったのに、クラシックを聴き始めの小生意気な学生が「ラフマニノフなんて二流じゃないですか」と言ったのに対し、「三流だよ」と悠然とお答えになったのを憶えています。その伝で言えば、シューマンは二流の音楽家といったところで、minor poetと呼ぶのにこんなにふさわしい人もいないと思っています。minor poet――日本の詩人で言えば中原中也がこの称号にふさわしいでしょう。ゆや、ゆよーん^^。

 ……何もバッハやモーツァルトのような一流だけが音楽ではないんで、二流の音楽であればこその味わいもあるというものです。念のために申し上げておきますが、二流というのは天才の中での話ですから、シューマン・クラスの才能が現在世界の音楽家の中にいるのか、私は寡聞にして存じません。

 さて、私がHNとして「夢のもつれ」を使い始めたのは2005年の3月の頃で、そのときはまだシューマンの幻想小曲集も、その中の「夢のもつれ」(原題:Traumeswirren)も聴いたことはありませんでした。わはは^^……。タイトルだけは目にしたことがあって、記憶に残っていたんでしょうか、HNを何にしようかなって考えてて、ふと「夢のもつれ」っていいじゃんって思ったんですね。それで気に入って、ジェンカでもこのHNを使っているわけです。曲のイメージとしては有名な「トロイメライ」(夢想といったような意味です)のような感じだと思っていました。

 それで、去年の6月くらいに自分のHNの曲を聴いたことがないのは義理が悪いなと思って、アラウのCDを買って聴きました。……いやあ、確かにこれは「指のもつれ」と音大生を嘆かせるのもわかります。アラウもだいじょうぶ?って訊きたくなるよう感じだし。こんな曲だと知ってたら、HNにしなかったかも^^;。でも、遅い部分は好きですね。よくわからなくて<おいおい。

 クライスレリアーナはドイツのロマン派文学のこれまた代表のE.T.A.ホフマン(この人も一筋縄ではいかない人です)に関係があるそうで、続けて聴いているといかにもFantasieふうの気分がいっぱい味わえます。様々なイメージと連想が立ち上がり、広がっていく……これがシューマンにしかない世界、幻想的であっても曲の中できちんと収まっているショパンやドビュッシーとは根本的に違う世界なのです。しかし、その中の下行音型には後年の悲劇の予兆がうずくまっているようにも感じられます。

 


 

 コルトー・イン・ジャパン1952

 

 

 アルフレッド・コルトーは1877生まれですから、この最初で最後の訪日のときには既に77歳でした。戦後の復興もまだ途上でもあり、今よりも教養的な意味でクラシック音楽の地位が重かった当時の我が国にとっては名ピアニストの訪日は、大変な話題であったようです。今のように呼び屋さんがとっかえひっかえ「期待の新人」から「最後の巨匠」まで来日させるのとはわけが違います。その演奏会やこの録音について、ドキュメンタリーのようにまとめた詳細なライナーノーツを読むと当時の我が国のクラシック界についていろんなことを想像させてくれておもしろかったですね。

 コルトーはナチスの傀儡であったヴィシー政権と関わったことなどで、戦後は何かと不遇な日々を送っていたこともあり、ヨーロッパのみならず南米や日本にも船と飛行機を使った演奏旅行をしたようです。我が国だけでも20数回のコンサートを行っています。録音は築地のビクターのスタジオで52年の12月1日と3日の2日間行われたそうですが、それでCD2枚分2時間以上を録ってしまっています。

 収録曲はショパンがやはり多く、半分以上を占めています。私は前にも書いたことがあるように思いますが、ショパンは性格的に合わないような感じで、好きじゃないんです。女の腐ったような感じだからって言うと、女性から反発を受けちゃいますね。男の腐ったような感じでもいいんですがw。でもそれだけが理由というわけでもないような気がします。ともかく唯一、コルトーのショパンだけはいいなあと思ってて5枚組みのCDボックスで時々聴いています。

 で、このCDなんですが、冒頭はピアノ・ソナタの第2番「葬送」で、いきなりびっくりするくらいテクニックがヨレヨレですw。まあ、ショパンのソナタとかコンチェルトとか、長いものは私は全然評価してないんで、かまわないんですが。演奏の問題を別にしてもショパンはストラクチュアを必要とする曲は向いてないっていうか、下手ですね。バッハと正反対ってことですが、でもそれが好きじゃない理由でもないようです。

 ところが、前奏曲や練習曲、即興曲とかの特に技巧的じゃない曲、ショパンがふと感じたことを書き留めたような作品になると、ふわっと香りが立つようないい演奏になります。音がこぼれちゃったりはあるんですが、全盛期って言われる30年代の演奏でもミスタッチの多い人で、でもアドリブじゃないのか?なんて感じもあるんであまり気にならないです。あ然とするようなテクニックで押しまくる、例えばホロヴィッツみたいな人はテクニックが衰えると聴くに耐えないんですが、コルトーみたいな人はそんなこともなく、幸せだなって思います。でも、なぜコルトーの演奏がそんなに好きじゃないショパンを気持ちよく聴かせてくれるのかよくわかりません。……って、なんだか私も男の腐ったような感じで、うじうじ書いてますねw。

 


 

 ハイドン&シューベルトのピアノソナタ:エフゲニ・キーシン

 

 

 ハイドンとシューベルトのピアノ・ソナタと言えばあまりピアノが上手じゃなかった人の作品と言っていいと思います。それをわざわざ抜群のテクニックのキーシンが採り上げるんだから、テンポや強弱、タッチなどなどを変化させながら、今までにない魅力を創造しようってことなんだろうなって予想していました。まあ、それはそのとおりだったんですが、それだけなら今の私は記事を書く気はしないですね。

 ハイドンとシューベルトがあまりピアノが上手じゃないって言いましたけど、それはモーツァルトやベートーヴェンのような名手に比べてって意味で、例えば二人のヴァイオリン・ソナタを聴くとピアノ・パートの充実した内容と技巧的なことはよく似てて、自分が弾くことが前提になっていることが明らかです。そういう感じがハイドンやシューベルトには乏しいですね。だからこそ、料理のやり方もいろいろ考えられるんでしょう。松阪牛じゃあ料理の幅がかえって狭くなるようなもんです。

 このCDのライナーノーツを書いている(いろんな意味でw)有名な人は、その辺がわかってるのかどうなのか、「度肝を抜かれるハイドンの演奏」とか言って、「平凡なところは1ヶ所として存在しない。ともかく唖然、呆然の連続なのである」云々と平凡な文章で書いている一方で、シューベルトの演奏は「いつものキーシンの模範的な解答だけに、このアルバムをハイドンだけで統一したらどんなに良かったろう」とキーシンが聞いたら間違いなく唖然、呆然とするようなことを言います。……上手な演奏、感動を与える演奏をするだけで、才能も誠実さもある人間がCDを録音していけるような時代とでも思ってるんでしょうかね。名演も名録音も山ほどある中で、あえてリリースするためには、もっと知的なたくらみがなければやっていけないでしょうに。

 あっさり言ってしまえば、キーシンはモーツァルトとベートーヴェンを裏から照射しようとしたとか、モーツァルトとベートーヴェンとは別のピアノ音楽の可能性を示そうとしたとかというふうに私は理解しました。曲の選択もそう考えるとよくわかります。それは例えばハイドンの30番がモーツァルトに、52番がベートーヴェンに似ているという単純な理由だけじゃなくて、彼らからは出てこないものがあるからです。それがより濃厚なシューベルトの14番をはずしてはこのアルバムは成り立ちません。

 最後にはアンコールふうに連弾曲の「軍隊行進曲」第1番をリストの弟子のタウジッヒが独奏用に編曲したものが収められています。即興曲などでなく、あえて無邪気で華やかな曲を選び、シューベルトの独り言のような音楽から距離をおいて別のパースペクティヴを見せようとしていることがわかっておもしろかったですね。

 


 

 グールド、ソ連に行く

 

 先日、衛星放送でやっていた“グレン・グールド、ロシアへの旅行”というカナダ制作の番組を見ました。「ゴルドベルク変奏曲」でレコード・デビューした24歳のグールドが1957年にソ連へ演奏旅行した時のエピソードをアシュケナージやロストロポーヴィッチを始めとした音楽家へのインタヴューと当時の映像・録音を交えて構成したものです。56年のフルシチョフによるスターリン批判と62年のキューバ危機の間のわずかな「雪どけ」の時期とグールドが人前で演奏していた時期がほぼ重なるのは不思議なくらいですが、それまでロマン派的な演奏しか耳にしていなかったソ連の人たちにとって彼の演奏は衝撃的なものだったようです。

 この番組でいちばん印象的なのは最初のコンサートが行われたモスクワ音楽院の大ホールでのエピソードでしょう。ソ連では全く知られていなかったため、1階席の半分くらいと2階席にパラパラとしかいなかった聴衆がその「フーガの技法」を聴くや友人・知人に電話を掛けまくり、休憩後には人であふれかえったのです。「何をしていようが全部放り出して、ともかく来い!」……そんな電話で集まって感動を分かち合うなんて、とてもうらやましい気がします。

 当時のソ連にはギレリスやリヒテルのような巨匠がいたのですが、いやいたからこそ、全く新しい音楽の本質を理解できたような気がします。すごく低いイスでかがみ込むようにして、しかもぶつぶつ言いながらピアノを弾くといった我が国ではよく言われるような話はほとんど出てきませんでした。どんなに風変わりに思えようとそのレヴェルの高さを山の標高を測るように見ることができるのは、見る側のレヴェルでしょう。「目の前で彫刻を作るような演奏でした」というコメントがあって、まさにそのとおりだっただろうと思いました。演奏は知的な創造活動ですが、そうであるのは極めて稀です。

 グールドはモスクワとレニングラード(今のサンクト・ペテルスブルク)で新ウィーン楽派を中心としたレクチャアも行ったそうです。社会主義リアリズムから排斥されていたベルクやヴェーベルンの音楽の話を始めると、教授連中の何人かは席を立ちましたが、学生たちには大きな知的刺激を与えたということです。ただちょっとおもしろかったのは、レニングラードでグールドがベルクの曲を演奏しながら話をしていると学生は「バッハを弾いてください」と言ったそうです。彼はそれに応じたけれど少しがっかりしたように見えたとのことです。……若者だから新しいものが好きだというのは短絡的で、一から十まで新しい音楽よりもバッハをちょっと新しく(どころではないのは明らかですが)演奏してくれる方がいいっていうのはよくわかります。

 フルシチョフはスターリン批判を行いましたが、別に芸術がわかる人間でも、自由を愛する人間でもなかったようで、抽象画を見ての感想が「牛が尻尾でキャンバスを叩いても、もっとましなものになる」といったものでした。それがカナダや日本の首相の発言なら大した問題にはなりませんが、ソ連の最高指導者が言えば画家は抽象画を描くことが実質的にできなくなり、音楽にも影響を与えます。そうした中で、当局からの指示でグールド批判が行われます。グールドもソ連政府への批判を行います。その場面で挿入されるショスタコーヴィッチのピアノ五重奏曲やプロコフィエフのピアノ・ソナタ第7番「戦争ソナタ」はとても印象的でした。

 この番組では、グールドの演奏が他のピアニストと全く異なるものだという発言がたくさん紹介されるんですが、「彼は宇宙人だと私は今でも本当に信じているんです。……人間があんな音楽を演奏できるなんてありえません」というコメントがいちばん実感がこもっていると感じました。奇跡というものは、見た人に奇妙な発言をさせるものだと思います。

 


 

 高橋悠治の「ゴルドベルク変奏曲」

 

 

 図書館で借りてきたCDです。私はだいたいはライナーノーツは読まないか、読んでも聴いてからのことが多いんですが、これも聴いてから何気に読んでみてこれを書くことにしました。このCDのライナーノーツには演奏者自身の不思議な文章とディスコグラフィーだけが載っています。その句読点のない文章は「啓蒙主義」、「植民地主義」、「奴隷労働」、「欲望の文明」、「普遍主義」、「新自由主義市場経済」、「バッハの父権的権威」、「多層空間と多次元の時間の出会う対話の場」、「遍歴の冒険」、「東アジア地域の物語」といった言葉が散りばめられたもので、勘のいい人にはどんな口臭のする文章かわかるでしょう。

 高橋悠治なんだからこの程度は書くだろうという気もしますが、大層なことを言うほどの演奏ではありません。確か発売当時(04年11月)、CDショップにはグールドに優るとも劣らないなんてコピーが掲げられていましたが、ご冗談でしょうって感じです。まあ、そういうコピーを見ると買う気をなくす方だから、今まで聴くチャンスがなかったんですが。

 下手でどうしようもないとか、全くこの曲がわかっていないとは言いませんが、一体何がしたかったのかよくわからない、それ以前にテクニックとして弾けていない部分が多く、特に第20変奏以降は集中力の衰えがはっきりと見て取れます。驚いたのは40分そこそこの短い演奏時間だけです。「現在では毎年のように この曲の新しい演奏のCDが消費される それぞれが個性的なスタイルや正統性や技術を売っているが 話題になるのは次のCDが出るまでの短い期間にすぎない」全く自分で書いているとおりです。

 バッハのこの曲だからこそ大げさなアジ演説(若い人は意味わかるかな?w)みたいことを言っても通用するんで、そういう意味では演奏と二重におんぶにだっこしていると言えるでしょう。考え方はいろいろあるでしょうが、演奏家は作曲家の創造したものの上に乗って演奏しているわけですから、あまりべらべらしゃべるのはみっともないように思いますし、聴く方としては演奏家が何を言おうとそんなに重きをおく必要はないだろうと思います。極端に言えばピアニストが「ここでバッハは自分の人生を振り返っています」と言って演奏しても、それを聴いて「ああ、バッハは新しい職場を探していたんだ」と感じてもなんの問題もないし、それを演奏家にわかってないと言われる筋合いはありません。「だって、楽譜どおりに弾いたんでしょ?」って言えば終わりですからw。

 かなり意地の悪いことを書いてるとは思いますが、そう言われたくなければ自分で作曲すればいいんです。高橋悠治も作曲するみたいですが、聴いたことはありません。このCDほどは売れないでしょうけど。図書館にもないですし。

 私は演奏家が芸術家ではないとか、一から創造する作曲家や画家よりも下とかは言いませんが(そんな面倒な議論をしたくないだけですがw)、作曲家の肩の上に乗せてもらっているんだという謙虚さは必要だろうと思っています。グールドもいろんなことを言う人であまり謙虚な人ではないかもしれませんが、少なくともこの曲の例えば第14、第15変奏からはバッハの巨大な精神への謙虚さとそれに近づこうとするひたむきさに感じ入ってしまいます。……そう、うるさい聴衆なんか演奏で、音で有無を言わさずねじ伏せればいいんです。私もそれをひたすら待っていますが、残念ながら両手で数えるほどもないようです。

 


 

  炎暑のドビュッシー

 

 

  8/5にトッパンホールで行われた辻井伸行のリサイタルに行って来ました。先日の読売日響の定期演奏会で、この人のドビュッシーだったらまた聴いてみたいって書いたんですが、ちょっと調べてみたらちょうどオール・ドビュッシー・プログラムだったんで勢いで電話を掛けました。その時既にキャンセル待ちだったんですが、1週間くらい前に取れるって電話があったんで買いました。そういう状態でも当日には空席がちらほらあるんで訝しく思いました。

 このホールは凸版印刷が創業100周年を記念して2000年に造ったもので、最近のホールらしくとてもきれいで雰囲気のいいものでした。場所は、江戸川橋と飯田橋の間の印刷会社が多い一帯で、繁華街でもなんでもないところですが、朝顔が似合うような古くからの下町に地下鉄や高速道路ができたりして街並みがちぐはぐになっているのがなるほどねって感じです。しかし、当日はめちゃくちゃ暑くて、しかも開演が2時でした。で、ふつうなら短パン+素足にサンダルで出掛けますが、やっぱクラシックだしなって思ってチノパン+靴下に革靴にしたから、地下鉄を降りてからの10分がもう暑くて、暑くて。やや熱中症気味でガスタンクのようなホールにたどり着きました。

 私の席は後ろの方の真ん中ですが、400席ほどの小さなホールですし、目線の高さがピアノのふたくらいなんでペダリングがよく見えました。勝手がわからないんで早めに出かけたこともあって体が涼しくなってきた頃に始まりました。プログラムは「2つのアラベスク」、「ベルガマスク組曲」、「子どもの領分」で休憩をはさみ、「映像(イマージュ)」第1集と第2集でした。前半を聴きながら、先日のアンコールで感じたようにこの人はドビュッシーがとても好きで、よく弾いているんだろうなって思いました。それは粒立ちよく、鮮やかな音で聞かせてくれるということなんですが、狎れすぎて時折形が崩れてしまうような場面もありました。自分の個性を出そうと勢い込むとタッチやペダルが無造作になるようなところが見られます。リーフレットを見ると今年大学に入ったばかりだからそういうことを言うのは酷なのかもしれませんが、入場料は一人前の値段ですから容赦する必要はないでしょう。

 いや、楽譜に書かれたことを音にするという意味ではほぼ問題はないんだと思います。テクニック的には例えば前半の終曲の「ゴリウォッグのケークウォーク」のようなあくのあるリズムを強い打鍵のまままとめ上げる力は大したものかもしれません。でもねー、なんかねー、ぼくはこういうドビュッシーを期待してここまで来たんじゃないんだよって気がしてしまいます。ドビュッシーって海なんだよ、いくらざぶんざぶん波が立っていたって潮の香りがしないと海じゃないんだよ。……

 休憩後は少しよくなったような気がします。ここでもやはり「水に映る影」と「運動」がよかったようです。ちょっと余談ですが、“Reflets dans l'eau”ってどう訳すのがいいんでしょうね。「水の反映」の方が直訳に近いですけど、意味不明なような。影っていうと何が映ってるのかなって思うし。私は曲を聴いてて思うのはモネの「睡蓮」の睡蓮抜きじゃないかなってw。池の水面が陽の光を受けてきらきらゆらゆらしてるような感じ。すると水のきらめき?水のゆらめき?その辺は演奏次第で、ミケランジェリならゆらめき、辻井さんならきらめきってところかな。どっちにしてもオノマトペ由来の言葉が合いそうな曲だと思いますけど。

 で、逆に「そして、月は荒れた寺に沈む」のような意味ありげで手の込んだ曲、サティらが攻撃したドビュッシーのスノビズムがタイトルにも曲にもしみわたった曲は彼にはこなしきれなくて、不得要領でした。

 さて、アンコールは何かなって思っていたら自作の曲を弾きますとのこと。いかにも幼いしゃべり方で曲想を得た時のことを話してくれますが、演奏が始まったとたん「こりゃダメだ」と思いました。一時期話題になった有名作家のご子息の音楽のような感じ。私はあのCDを親戚の家で聞かされて「いい曲よね」って言われて、そう思えるのはある意味幸せかなと思いながら「はあ」としか答えられなかった人間ですが、それと同じ幼稚な曲でした。きらびやかな左手のアルペジオと右手の鼻歌みたいなメロディは彼の優れたテクニックと未熟な精神を表わしたものと言わざるをえません。クラシック以前、ポップス未満みたいな曲によけいなプロフィールやエピソードをくっつけて「商品」にするのは困ったものです。アンコールは2曲あって、両側にたくさんの人がいなければ1曲目でさっさと帰ったんですが、2曲目の序奏はびっくりするほどピアニスティックな意味深さを湛えていました。それがメロディが始まったら、また元の木阿弥。……彼についてはやっぱり聴くのが5年ほど早かったのかなって思います。

 リサイタルが終わってからすぐに外に出てもまだまだ暑いので、併設されている印刷博物館を見ました。1階は無料で見れるスペースで本の製造過程を示したものですが、300円払えば地下の本格的な展示が見れるのでお勧めです。これまた最近のミュージアムらしく展示に工夫が凝らされていて、アントワープのプランタン=モレトゥス博物館をヴァーチャル体験するシアターもあったりします。でも、様々な印刷機なんかが並ぶ中で私が見入ったのはマヤ文明の象形文字の石碑とネイティヴ・アメリカンの描いた線画のレプリカでした。前者は以前に新大陸の古代文明の本を読んだ時に見たことがあるし、後者はナスカの地上絵に似たものですが、実物大で見ると彼らの持っていたイメージの強さが伝わってくるようでした。

 博物館の中は展示物の保護のためとかで寒いくらいで、ジャンパーを貸してくれます。観客は少ないのにそれを着た係りのおねえさん(元を含むw)がやたらいっぱいいて、ここは親会社の人材の博物館でもあるのかなって思いました。