スクリャービンの色

 

 

 

 

1

 

 なくなった妻が八ヶ岳の山麓に別荘を建てていたという話を聞いたのは、とりとめもない葬式をすませ、形ばかりの49日もとうに過ぎた、新年を迎えた頃だった。聞いたことのない名前の地元の建設業者から電話が掛かってきて、物件の引渡しをしたいから現地に来てくれないかという意味のことを要領の得ない話し方で言ってきたのだった。

 妻とはあんまり話をする仲ではなかったが、別荘を建てるということを自分に何の相談もなく決めて、しかもそれができてしまっているというのは、にわかに信じられなかった。いくら田舎の別荘だといっても土地と建物で数百万円はするだろう、愛人の子をいきなり見せられた奥さんはこんな気がするのかなという変なことを考えた。そっちに行くのはいいけれど、この歳で日帰りはつらいので、どこか泊まれるところはないのか訊くと、

「別荘にはベッドも暖房器具もなんでも揃っていて、泊まれるようですよ。来られるときまでに掃除もしておきますから」と答える。

「今は元いた会社の顧問のようなことをしているんで、毎日出勤しなければならないわけじゃないから、次の木曜日にでも行こうかな」と言うと、

「それはご自由なご身分でうらやましい、長々とご逗留されてはどうですか」とあんまりそう思ってもいないような返事があって、その声がこちらの耳に残っているうちに電話が切れた。

 まだ半信半疑のまま、手帳を繰ってみると、ずっと空白が続いていて、いつまでいてもいいようなものだが、いくら何でもあちらは寒いだろうし、2、3日くらいかなと考えたり、何でも揃っているといってもないものもあるだろうし、付近に買い物に行けるようなところはあるんだろうか。一体何を持って行けばいいのか、あれこれまとまらないままぼんやりしていた。

 結局、木曜日の朝になって、着替えと洗面道具くらいを車に積んで中央道を走った。八ヶ岳の近くのインターチェンジで降りて、くねくねした田舎道を行くと商店街に出て、言われたとおりタクシー会社のある信号を右折すると駅があり、その前の閑散としたロータリーにすぐに顔を忘れてしまいそうな顔をした業者が待っていた。お互い名を名乗ったら、業者はすぐに「じゃあ行きましょう」と言って、自分のくすんだ赤い車に乗って先導した。

 業者の車を追いかけながら、頭の中で何を訊くか整理しようとした。家に着いたら、いろいろな書類、契約書とか登記簿とか、そうしたものがあるはずで、いや別に業者の話を疑っているわけではないが、そうあなたを疑うわけじゃないんですが、そういうことはきちんとしておきたいわけですよ。妻からは何も聞かされていなかったわけで、たぶん退職祝いのようなもので、驚かそうとしたんだろうけど。でも一体妻はそんな金をどうやって、一体費用がいくらなのかも知らないけど……

 どういうふうに言うか、改めて口の中で繰り返してみるけれど、こちらがみっともなくないようにするには、どう訊けばいいのか、うまくまとまらない。

  


 

2

 

  道は折れて行くたびに細くなって、最後に舗装されていない林の中の道に入り、少し行くと左手にレンガ色の屋根にクリーム色の壁の建物が見えてきた。大きな屋根にドーマーがあって、山荘風になっている。窓が開け放たれていて、中では老夫婦が掃除道具を持って、立ち働いているのが見える。

「さあさあ、どうぞ。あんたの家だからどうぞと言うのも変だけど、すっかりきれいにしておいた。いやいやお礼はいいから、あたしらもここに住みついたのはいいけど、年寄り二人じゃ寂しくて、寂しくて、こういうのも気晴らしになる。ここはいいところですよ。景色もいいし、空気も水もうまい。ほらこの水道の水、いや本当は深い、深い井戸から汲み上げているんだけど、これがうまくってねえ、ほら飲んでごらんなさい。あたしらは、病院、ほら途中で通ったでしょう、あの病院の傍に住んでいるんだよ、でも夜は寂しくってねえ。だって人はあんまり住んでないし、あたしらよそ者だし。……」

 家に入った途端、そのじいさんに矢継ぎ早に言葉を浴びせ掛けられて、いやどうもとか、ああおいしい水ですねとか、相槌を打ちながら、周りを見回してみるとソファや絨毯や冷蔵庫や、確かに色々揃っていて、この老夫婦が住んでいる家に来たような錯覚を覚えた。

 壁紙は薄い緑色で、下の方は腰板になっていて、大きな吹き抜けの天井も同じ節の多い板を使っていた。老夫婦は二人とも小柄で血色が良くて、何となくよく似ている。しかし、ばあさんの方はニコニコして夫の話に肯いているだけで、何もしゃべらない。

 業者が後ろから、ちょっと説明したいと言うので、ついて外に出た。台所の外の蛇口の傍に青い蓋の水道栓があって、それを開けて中のバルブを開けたり閉めたりしながら、

「水を落とすときはこれをこっちに回して」とか説明を始めた。上の方は風があるのか、枝と枝が当たってコーン、コーンという軽い乾いた音がする。

 きょとんとしているのに気付いたのか、しゃがんだまま振り返らずに、

「いやこの時期は寒くってねえ、夜はすとーんと氷点下になります。ご逗留される間は大丈夫でしょうけど、帰られるときには必ず水抜きをしてください。この青いのを開けたら、こっちへ」と言いながら家沿いに歩いて、浴室の外のボイラーの傍にある赤い蓋の水道栓の中に長い鉄の棒を突っ込んで、

「これを回して閉めます」と言う。

 脇から覗き込んでみると、かなり深いところにバルブがぼんやり見える。

「深いですね」と言うと、

「凍結深度以下だからね」と聞きなれないことを言う。

「これが開けるとき。閉めるときは逆で赤、青ね」

「帰るときは赤、青ですか」

「そう、帰るときは逆に回して赤、青」と最後は節を付けるようにして言った。

 その後、プロパンガスや電気のことを説明して、デッキに向いた大きな窓から中に入ろうとすると、中にいたさっきのじいさんが窓に自分の額をコツコツ当てながら、

「こういうことにならないように、奥さんやお子さんだって危ないだろうから。ほら」と言って、わたしを指差す。爪の先が黒ずんでいる。見るとガラスの真ん中に小さな正方形のスポンジのようなものが貼ってある。他の窓ガラスも全部貼ったようだ。

「それはどうも」と言いながら、こんなのはすぐ剥がしてしまおうと思った。

 台所やブレーカーの説明をざっとすると業者は、

「じゃあこれで失礼します」と言う。慌てて、

「書類とかは」と訊くと、

「奥さんに渡したと思うけどなあ」と言う。

 何やかや忙しかったのと面倒だったので、まだ妻の身の回りのものには手を付けていない。家の中の様子を思い出すとひやりとするものがある。

「いや、引渡しの書類とかがあるんじゃないかと思って」

「いえ、引渡しはこれで終わりです、まあ何かあれば電話してくれれば」と言って帰りかけたところで、そうそうと言いながら戻って来て、シールのようなものを出して、流しの上のタイルに貼ろうとしている。プロパンガスの取扱店の名前と電話番号を書いたものらしい。それを見ながら、ふと部屋の中がしんとしているのに気がついて、

「あの人たちは?」と訊くと、

「用が済んだから帰ったんでしょう」と気にするふうもなく言う。

  老夫婦は、挨拶もしないで曇り空の下に沈んでいた病院の方へ帰って行ったようだった。用はいつ済んだのだろう。

「じゃあ、あたしもそろそろ」と業者もいよいよ帰りかけるので、

「買い物はどこですればいいのか」と訊くと、

「駅前にスーパーがあるから、そこで何でも揃う」と取り付く島もないように言って、帰ってしまった。

 


 

3

 

 本当にここが妻の建てさせた家なのか、色んな家財道具を誰が揃えたのか、他人の家で何をしていると言って、誰かが入って来てもほとんど反論できない。業者が帰りがけにくれた鍵を見ながら、そんなことを考えてしまった。

 とりあえずテレビでも見ようかと思って見回したが、テレビはない。そう言えばまだ読んでなかった朝刊を持ってくるのも忘れてしまった。テレビも新聞もないんじゃ寂しくなるのも仕方がない。取りあえず買い物に行くことにして、念のために台所を見てみると炊飯器や食器の類いはあるが、調味料や食料などは全くない。

 車を走らせて駅の方に行くと、まだ田んぼの中なのに「楽しいお買い物」と書いた商店街のアーチがぽつんと道路の上に掛かっていた。商店街といっても開いているのかどうなのか分からないような店が半分くらいで、人通りも少ない。パン屋の前で女子中学生らしいのが二人で何か飲んでいる。何かで読んだ寝ぼけたような町という言い方がぴったりだ。

 教えてもらった店を見つけて、横の駐車場に車を止めた。入り口には使ってない鳥籠が放り出してある。自動ドアがごろごろ揺れながら開いた。花屋や喫茶店や洋品店が並んでいて、何十年も前の公設市場のようだった。奥が普通のスーパーマーケットのようになっているらしく、レジが並んでいた。カートを押しながら色々見てみると干物や佃煮、業務用の大きな調味料がたくさんあって、山国なんだなという気がした。

 客は主婦らしいのがちらほらいるけれど、平日の昼間に男なんかいない。妻が死んで以来、こっちは慣れてきてはいるが、向こうがどう見ているかは知らない。そうしなくてもいいのだが、わざとぶっきらぼうに放り込んでいく。

「いつもあんたはそうなんだから」

  びっくりして目を挙げて、声の主を探した。ずっと向こうの牛乳やヨーグルトが並んでいる前にいるおばさんが子どもに向かって言ったのかもしれないが、それよりも耳のすぐ傍で、妻に言われたように聞こえた。勘違いのような気がしない。

 いつもあなたはそうなんですから、よく妻はそんなふうに言っていたけれど、自分には何がそうなのかよくわからなかった。いつもっていつのことなんだ、はっきり言ってみろと追及しても、言ったためしがない。不服そうな顔をして黙っているだけだった。今だってそうだ、どういうつもりなんだ。おまえが何の相談もなく勝手に家なんか建てるから、俺はこんなところで、野菜の吟味をさせられたり、マヨネーズがどこにあるか探し回らされているんだ。ちっとも楽しいお買い物じゃない。……

「いつもあんたはそうなんだから。あたしの話なんかなんにも聴いてないじゃない」

 テレビのスポーツニュースで判定がもめたところをやっていたので、確かに昼間のできごとをくだくだしく話すのを聴いてはいなかったが、いきなり怒り出したのには少し驚いた。

「おまえの話が要領を得ないからじゃないか。だから、どうしたっていうのを先に言え」

「別にいいわよ。どうせあたしは頭が悪いし、要領も悪いわよ」

「また、そういう子どものような言い方をする。こっちは仕事で疲れてるんだ」

 そういう言い方がいかにも食わせてやっているという嫌味を含んだものであることはわかっていたし、それが妻の不満の直接ではないにせよ原因であることもわかっていた。だからと言って、労わろうという気持ちは湧いてこない。おれは会社で出世が順調な方じゃないんだ。精神的に大変なんだ。わからないのか。そんな妻への甘えが理解のない夫を演じさせてしまい、家の中は冷え冷えとした空気が流れる。妻は黙って台所に行き、後片付けを始めた。

 テレビを消し、立ち上がって、手持ち無沙汰になる。

「風呂でも入るか」

 誰からも返事のないことはわかっていながら、そう言ってしまう。

 火の気のない家に帰って来たら外よりも寒く感じる。頼りなさそうなガスファンヒーターとラジエーター型のオイル・ヒーターが暖房器具のすべてのようだ。残っても食べられるだろうと思って、ボルシチと海藻サラダを作ることにした。材料をきざんだり、煮込んだり、そういう音が響くとかえって、周りの静けさが部屋の中にしみ込んで来るようだった。

 食後にタバコを吸いに外に出てみても時折、風が林を鳴らすだけで車の音などは聞こえない。すっかり暗くなって、灯りも見えないし、曇っているから月や星も見えない。都会と違って空も暗くて遠いような気がする。夏は違うのかもしれないが、冬に独りで住むようなところではないなと思った。底冷えのする風呂に入って、水割りを飲んでから、早々にベッドにもぐり込んだ。

 


 

4

 

  夜中に薄っすら目が醒めると、冷たい空気の粒子が喉に入って来て、布団の上に霜が降りているのかと思っていきなり起き上がってしまった。単に部屋が冷え込んでいただけだということはすぐにわかったが、ああ林の中にいるんだと思うとすっかり目が冴えてしまった。暗闇を手探りでトイレまで行って、部屋を明るくして水を飲む。

 ちゃんと思い出して、ちゃんと考えればわかるはずだ、そしてその手がかりはこの家にあるはずだとつぶやいた。妻が何を考え、何をしようとしてこの家を建てたのか、そうしたことの手がかりは東京の家にはなく、この家にあるに違いない。妻の身の回りのものの中に家の図面や領収書のようなものはあるかもしれないが、それを見てもそうした理由とか動機とかはわからないだろう、そんな直感がある。

 ふと思いついて台所に行き、食器の数を数えてみた。一人分なら離婚するかなんかして独りで暮らそうとしていたのだろう。二人分なら誰かと暮らそうとしていたのだろう。それが誰なのかで、ずいぶん違う想像になってしまうが。

 茶碗もいくつかの皿も箸もスプーンやフォークも、何もかもぴったり4人分あった。その茶碗や箸も夫婦茶碗とかそういったものでなく、特徴のない、まるで昔行ったハワイのコンドミニアムの備品のような感じだった。そう思って見るとこの家は確かに何でも揃っているけれど、事務的なよそよそしさが漂っているように思える。それにしても4人では、何の想定もできない。子どもでもいれば別だろうが、これではとりあえずそれぐらいあればということで買い揃えたとしか思えない。

 妻は初めから気乗りがしないと言っていた。折角予約したんだからと自分は何度も言い、最後は叱りつけるようにして成田に向かった。ホノルルは曇っていた。

「この季節はこんな天気が多いんだよ」

 タクシーの運転手はそう言っていた。飛行機の中で妻はほとんどしゃべらなかった。コンドミニアムは曇り空の下に沈んでいた。部屋は白一色だった。壁もカーペットもカーテンも家具も眩しいような白だった。皿やコーヒーカップまで白だった。食器やスプーンやフォークは4人分ずつ揃えてあった。その部屋は、確かに旅行業者が言っていたように何でも揃っていたけれど、事務的なよそよそしさが漂っていた。

「まるで病院みたい」

  そう妻がつぶやいた。

 二日目の夜だったか、だいぶ妻の気持ちがほぐれてきて、自分も楽しくなって買い込んだステーキやロブスターを部屋で調理して食べながら、色んなカクテルを作ったりした。知らないうちに酔っていたのだろう、窓から見えるバーベキューハウスのガスの炎に誘われるようにして、海に行って泳いだ。……それで妻は流産してしまった。妊娠していることは妻も自分も知らなかった。わかりにくい英語で、何らかの影響が残るかもしれないと色の浅黒い医者から繰り返し説明されている間、自分はその医者の手の甲の毛をずっと見ていた。……

 家もそうだが、一体妻は家具や電化製品や食器や色んなものをいつ用意して、運び込ませたのだろうか。この家が完成したのは、年末か年始くらいのはずだ。妻がなくなった日とどうも辻褄が合わないような気がする。どうやってここを選んだのだろう。何回かはここに来ていたと考えるのが自然だろう。記憶を呼び戻しても、そうしたことをしていたとも、していなかったとも、何とも見当がつかない。妻が不在でもどこに行っているのか、何をしているのか、何を考えているのか、そんなことはお見通しのつもりだったが、改めて考えてみると何も知らなかったと思い知らされる。

 ともかく明朝すぐに業者に会おう、会ってもっとくわしい話をみっともなくてもいいから訊いてみよう。すべてはそこから始まると言い聞かせながら、台所に素足で立ったままこの家は我慢できないほど寒い、寒いだけではないのかもしれないがと思った。……

 


 

5

 

 時計を睨んで9時になるとすぐに、業者に電話した。相変わらずのんびりした対応で、いらいらするのを抑えかねる。こっちから行くと言ったが、妻と設計の相談をした建築士は今日は一日現場にいるので、明日にしてくれと言われてしまった。土曜日も事務所は開けているらしい。

 あの後もなかなか寝つけなかった上に、7時くらいに目が醒めて起き出したのだが、暖房がやっと効いてきたこともあって、眠くなってしまった。ソファの上でごろ寝したものだから、たいして眠らなかったのにいやな夢を見てしまった。数学の試験ができなくて、うんうんうなっている夢だった。最近はあまり見なかったが、時々現れる夢のテーマで、もう50年にもなるのになぜこんな夢で苦しむのかと思う。でも、何かつらいことがあるときに数学の試験よりはましだと思って、気持ちを楽にしようと無意識に考えているのかなという気もする。そんなふうに考えるのもいつものことで、夢だけが設定を少しずつ変えて苦しめてくれる。今朝のはどうも自分は中年になっても試験を受けているらしく、これができないと会社に居づらくなるらしい。もう退職してしまったというのに、バカバカしいというか、情けないというか、発色の悪い写真のような夢の場面がいくつか目に残る。

 気分を変えるために散歩に出かけることにした。外はよく晴れている。昨日、車で来た道を辿って行って、林の外に出たところで、林と広い田んぼの境目の畦道を行くことにした。

 しばらく行くと田んぼや民家の向こうにびっくりするほど大きな八ヶ岳があった。空気が冷たく澄んでいるせいだろう、山登りしている人が見えるのではないかと思うほどくっきりと見える。深呼吸してみた。山肌が赤い。雪はほとんどないようだ。広い道路まで行く途中、どこからでも八ヶ岳が見えた。道路沿いに昔ながらのタバコ屋があり、バス停があるが、日に5、6本しか運行していないようだ。店の中に人影はなく、ガラス戸の中にインスタントラーメンや缶詰が平台に間隔を置いてきちんと並べてあるのがかえって買う気をなくさせる。

「やあやあ、お散歩ですか、寒いのにご精が出ますな」

 いきなり声を掛けられた。振り返るとポストの横に昨日の老夫婦が立っていた。またこんなところをうろうろしていやがると思ったが、相手はお構いなしにしゃべり続ける。

「いや寒い、寒くてかなわんが、いい天気ですな。東京の空は埃っぽくて雑巾がけでもしたくなりますが、この空はすばらしい、さわれそうな青空だ」と言って、山の向こうの空をガラスでも叩くような真似をしながら、

「今にもベリベリと卵の殻みたいに破って一つ目の大男がこっちへ乗り出して来そうな気配がしますな」と言う。

 どうにも返事のしようがないようなことを言われて、黙っていると、

「いや後で聞いたんだが、あんたも奥さんをなくしたばかりだそうで何かと大変だ。まあそう気に病まないでさっさと忘れた方がいいよ」とますます気に障るようなことを言う。

「忘れた方がいいんだ、あたしらなんかお互いの名前も忘れてしまった。自由な身なんだから、奥さんなんか忘れて若い女でも作ったらどうです。あっちの林の中をどんどこ行くとお城みたいな美術館があって、そこに若い美人が居ますよ。避暑地の恋なんてどうですか?」

  こんなに寒くて避暑地の恋もないもんだとあきれていると、さすがに話を切り上げて、来た道を引き返して行く。いなくなるのは早い。

 


 

6

 

  家へ戻ってみたけれど、30分ぐらいしか経っていない。少し早かったが、お昼を食べることにした。昨日、こんな田舎に身欠き鰊があるんだと思って買っておいたのを使って、鰊蕎麦を作った。麺は出来合いのものだが、だしはかつお節をふんだんに使って作った。味醂の加減がむずかしいが、今日はうまくいった。

 あっという間に食べ終わって、ソファに座って掃出しの大きな窓から見える風景を眺める。正面の林は葉が全部落ちて、葉脈のような細い枝だけが空を背景に白く光っている。地面はほとんど一面落ち葉で被われているけれど、所々に鉛筆ほどもある霜柱が溶けずに並んでいる。

 タバコを2本吸うともう退屈してしまった。美術館でも行こうか、最近行ってないし。別に若い女なんかどうでもいいんだが、と考えながらコートに袖を通した。

 こちらの方だろうかと思いながら裏手の林の中を歩いて行った。道らしいところも倒木や笹が多くて歩きにくかったが、何とか前に進んで行くと小川が流れていて、それに沿って更に行くと白く鈍く光る池に出た。水面はほとんど凍っていて、小川が流れ込んでいるところだけ暗い緑の水が揺れていた。

 池を過ぎるとだんだん開けてきて、八ヶ岳を望むことができる。山を見ながら更に行くと昔の探偵小説に出てくるような広壮な洋館が見えてきた。5階建てくらいのくすんだベージュ色の建物で、確かにヨーロッパのお城の一画といってもおかしくない。ちょっと唖然としながら近づいていくと向こう側が深い谷になっていて、とても降りて行く気がしないような山道がくねくねと続いているのが見えた。どうやら裏から来てしまったようで、大きな車寄せのある玄関の方へ回ってみると広い前庭の向こうに石組みの門が見えた。青銅のドアの横に「山の美術館」と書いてある銅の小さなプレートが付いている。肩あたりにある重い取っ手を押し下げて中に入って、あたりを見回していると、妻と同じくらいの年格好の上品そうなおばさんが出て来た。

「いらっしゃいませ、観覧ですか?」

「開いてますか?」

「どうぞ」

 カウンターでチケットを買い、展示室に入って絵を見始めたが、小さな水彩画やパステル画がほとんどで、画家の名前も聞いたことのないものばかりなので、すぐに飽きてしまった。と言っても、他に誰もいないし、おばさんが傍にいて気になる。800円も払ったんだからと思うと、一つずつ丁寧に見なければと考えてしまう。それで、タイトルと画家の名前しか書いていないラベルに5秒、絵に15秒、合計20秒ずつ見ているという方針を立てた。

「この辺は池が多いのよね」

「うん、農業用の溜池かな。さっき通った道のそばにも小さいのがあった」

「『八つ牛の池』というのがあるの知ってる?……八つの頭の牛がそこに住んでいて、池の水が濁ると雨が降るんだって」

 旅行に行くとき、妻はいろいろと下調べをするのが好きだった。それもガイドブックを読んだりするだけではなく、地元の出版社が出しているような郷土史や民話をまとめたような地味なものまで取り寄せていたりする。富士山と八ヶ岳が背比べをしたという有名な話から始まって、いろいろと教えてくれる。

「ふうん。何だろうね。八つ頭の牛なんて、怖いようなおかしいような感じだけど。……ああそうか、八ヶ岳に雲が掛かると雨が降るってことか」

 なだらかにうねる山道をリズミカルにアクセルとブレーキを使いながら登っていくのは、頭の刺激にもなるのか、すっとそういう考えが浮かぶ。

「またそんなおもしろみをなくすようなことを言って」

 くすくす笑いながら、助手席の窓から外をまるで何かを探すように見ていた。こういう手近なところの方が気楽な旅ができるなと言いそうになって、あわてて言葉を飲み込んで、

「この辺はなんて言うか、時間の流れ方が違うような静かな雰囲気があるね」と月並みなことを言った。それには答えず、見ようによってはあでやかと言ってもいいような微笑みを浮かべていた。

 絵のことよりこの建物の由来やどんな人間が経営しているのかといったことの方が興味があったが、おばさんは話し掛けてくるわけではないので、こちらも話しづらかった。パンフレットのようなものはないか訊いてみたが、

「そういうものは生憎ないのです。わたしも絵の解説のようなことはしないのです」と素っ気なく言われてしまい、ますます話しにくくなってしまった。

 2階も展示室になっていたが、それも何とか全部目を通して、3階への階段に“Privatum”という札があるのを見て、やれやれ終わりかとほっとした。

「またいらしてください」とおばさんが言うのを後に外に出て門のところまで行くと、足先からまた冷気が立ち上ってきた。それに合わせるように腹が立ってきた。

  全くあんな絵でけっこうなカネを取って、けしからん。パンフレットもなし、若い女もいないときている。一体自分は何をしているのか、あんなじいさんの話にうかうかと乗せられて。……

 


 

7

 

 建築士は女性だった。翌日、何回か道に迷って、漸くたどり着いた業者の事務所は、早い流れの川の淵に建つログハウスだった。中は様々な家の写真や建材の見本が壁に掛かっていて、製図台や机の上にも書類が積まれ、あちこちにメモ用紙が貼り付けてあり、雑然としていた。一昨日の男はいないようだ。建築士は簡単におくやみの言葉を述べて、さて?という顔をしている。40前後だろうか、痩せて小柄な女性だ。

 妻がどういうふうに建築を依頼したのか、間取りや壁の色やそうした色々なことを決めるときに何か気づいたようなことはないか、何度も頭の中で整理したつもりだったが、へどもどした訊き方になってしまった。

「特にありませんが」と言いながら、設計図や壁紙やタイルの色見本を出してきて、どういう過程で家の仕様が決まって行ったかを要領よく説明する。

「妻はこの家を何に使うと言ってたんでしょうか」

「それはおっしゃってませんでした。この家はわたしどもの別荘向けの基本プランをご要望に応じてアレンジしたものなのです」

「どういうところを変えてくれと言ったんですか?」

「基本プランを裏返してくれ、鏡に写したようにしてくれとおっしゃいました」

「なぜそう言ったんでしょう?」

「土地に合わせるためだと思います」

「それはよくあることなんですか?」

「別にむずかしいことではありません」

「他には?」

「お風呂が大きい方がいいと。だからここが出っ張っています。あとは出窓とドーマーが余分に付いています。部屋が広く見えますから」

「屋根や外壁の色なんかはどうやって決めたんでしょう」

「外装も内装も色見本を見てこれがいいと、理由はおっしゃいませんでした」

 国道の脇の店に園芸用品を売っていた。これから植えて、春に咲くチューリップの球根などが無造作に並べられている。その隅に褪色した表紙の家庭園芸の本もあって、妻はそれを読んでいた。肩越しに読むともなく、目に入った。

『この時期は、次の年に備える季節です。花を咲かせ、収穫を得るためには十分土地を耕す必要があります。深く耕し、肥料をたっぷりあげてください。……植えるものはその土地に合わせる必要があります。きれいな花、おいしい果菜であってもその土地に合わなければよい結果は得られません。客土する場合であっても外来種の中にはなじんでくれないものもあるので注意しましょう。……』

 こういうときには話しかけないことにしている。「買うのか?」と訊けば買わない、「もう、行くぞ」と言えば「もう少しだから」と言うのに決まっているからだ。写真も古くさい感じで、何が気に入って読みふけっているのか、わからない。そもそも花なんかに興味はない。手持ち無沙汰に大きな鍬を手に取ってみる。長さは自分の背丈ほどもあり、刃物の光を放っている。地元の人たちはこんなものを使っているのかと思うと、ちょっと怖じ気づいてしまった。

 訊くことがなくなってしまい言葉に詰まっていると、隣に建っている家も同じ基本プランに沿ったものでほとんど変更していないから、見てみれば違いがよくわかるというようなことを言う。車から見えたチョコレート色の家のことかと思ったが、あれが同じようなものだとは全く気がつかなかった。

 一緒に外に出て見てみると確かに部分部分であそこはこうだなとよくわかる。しかし、色の違いもあってよく似た家だという気がしない。まだ入居していないから構わないと言って中に入れてくれた。建築士は、玄関の上がりを大きくした、カウンターに棚を付けたと細部の違いをいちいち教えてくれるが、そんなことよりなまじ同じような間取りで裏返った構造になって、左右が全部逆だから頭が混乱してくる。

 押し入れに大きなテレビの箱があるのに気づいて、

「あの家の家財道具もこうやって予め運び込んだんですか」と訊くと、知らなかったのかというような顔で、

「そうです。あまりたくさんは工事の邪魔だし、盗まれたりすると困るからと申し上げたのですが」と言う。

「梱包はどうしたんだろう、食器なんかもきれいに並べてあったけれど」

「来られると伺って、あの老夫婦が2、3日前からはりきってやっていたようですよ」

 辻褄は合っている。納得できない自分がおかしいのだろうかと思いながら、

「なぜ妻がわたしに内緒であの家を注文したのか、わからない」とつぶやくと、建築士はそう言われてもというような顔をしていたが、思い出したように、

「奥様からファックスが一度来たと思います。もしかすると残っているかもしれません」

「何とか探してください」

  頭が思いのほか深く下がった。

 あちこちのファイルや封筒の中を探しているのを手伝うわけにもいかず、じりじりしながら見ていたが、建築士はてきぱきした話し方に似合わず、同じところを何度も見たり、書類を引っ掻き回したりしていた。かなり経って漸く机の中からしわくちゃになったファックスが出てきた。覗き込むと妻の字だった。

『色々お世話になっています。電話では話が食い違うといけないので、送ります。やはり壁紙の色は、番号は忘れましたが、あのわたしがいいと言った緑にしてください。台所や風呂のタイルもそれに合わせて緑にしてください。よろしくお願いします。家ができるのをとても楽しみにしています。』

 これでは文章で送っても食い違いが起こりそうなところが妻らしい。10月の日付になっているが、その頃の妻の様子を思い出そうとしてぼんやりしていた。

「そう言えば夏頃に一度緑にするとおっしゃって、その後青に変えて、またこのファックスで元に戻したんです」と言うのを聞きながら、用紙の端に書き込まれた文字に目が吸い寄せられた。

『スクリャービンの色』といったん書いて二本線で消してある。

「これは何です?」

「何でしょう。スクリャービンですか、作曲家でしたっけ。気がつきませんでした」

「こういう色があるんですか?」

「いえ聞いたことがありません」

 わたしには心当りがあった。昨日行った「山の美術館」に確かそんな題の絵があったはずだ。ラベルを5秒ずつ見ていたのが役立った。

 


 

8

 

 重いドアを引っ張って中に入ると例のおばさんが出てきた。別にまた来たのかという顔はしていない。2階に上がって確かこの辺にあったはずだがと探してみると、奥の方に「スクリャービンの色」という小さな水彩とペンで描かれた絵があった。画家の名前があるはずのところには“Anonym”と書いてある。

 後ろに付いて来たおばさんに、息せき切って、

「これはどういう絵なんですか」と訊いてみたが、返事がない。解説はしないということかと苛立ったが、ふと思いついて、

「スクリャービンってどういう作曲家ですか」と訊いてみた。

「……1871年12月25日にモスクワで生まれ、1915年4月27日に同じくモスクワで亡くなっています。5つの交響曲と10のピアノソナタなどが代表作です。特に第4交響曲の『法悦の詩』や第9ソナタの『黒ミサ』が有名です。彼は『法悦の詩』を聴くときには太陽の目を真っ直ぐに見よと言っています。また、第九ソナタを弾いた折りには、わたしは魔術を使っていると言っています。こうした発言に垣間見られるように彼の作品には、エクスタシーの頂点における光の一者との神秘的合一、言いかえれば我自身が世界であり、世界自体が我であるという目くるめく瞬間において、真の自由が達成されるという……」

 音楽辞典でも読んでいるようなおばさんの説明に呆気に取られながら、遮るように、「スクリャービンと色の関係は?」と訊いた。

「スクリャービンにはいわゆる共感覚がありました。つまり彼は生まれつき音を聴くと色が見えたのです。こうした感覚は音楽家にはめずらしいものではありませんが、彼ほど共感覚にのめり込んだ作曲家はいないでしょう。『法悦の詩』についてリムスキーコルサコフに説明した際には、『あなた方はあらゆる感覚とともに生きるのだ。音のハーモニー、色のハーモニー、匂いのハーモニーとともに』と言っています。彼の色音階では、Gはバラ色がかったオレンジ色、Fは暗い赤、Fisは青、Aは緑でした」

「何だかよくわかりませんが、子ども用のピアノの鍵盤に色が塗ってあるようなものですか?」

「そういう面もないことはないですが、調性や和声の問題と考えるべきではないでしょうか。つまりやや主観的な言い方になりますが、その曲の概念や感情といったものと解するのが適当でしょう」

「要はブルーからブルースという言葉ができたようなものですか?」

「その喩えはよく理解できませんが、スクリャービンの一つの特徴として先程も言ったように神智学への傾倒があります。これを通して彼は更に感情と色を結びつけています。怒りは赤、知性は黄色、偽りは灰色がかった緑、憎悪は黒といった具合です」

 音と色と感情が結びつく。何が何だかわからないが、元々音楽家なんて楽譜を見ただけで、音が頭の中に響くとかいう常人離れした連中だから理解できなくても仕方がない。棋士が盤面を見ずに指せるのと同じで素人には見当がつかない。……あんたの着ているピンクのセーターはどんな音と感情を現しているのかと訊いてみたい気がしたが、何か憑かれたように話を続けるおばさんの口元に短いヒゲが一本あるのに気づいて、思い止まった。

 ソファに半ば寝ころぶようにして、妻が鏡に向かって何かしているのを見ている。でも、ここからはうまく見えず、化粧でもなく、肌の手入れでもなく、もっと意外なことをしているようにちらちらする影から想像が及んでしまう。どうして部屋から出て林でも散歩でもしないのか。木々の枝がぶつかってコーン、コーンという軽い乾いた音が響き合っている。その音を聴いていると眠くなってくる。……

 ソファの上でごろ寝したものだから、たいして眠らなかったのにいやな夢を見てしまった。数学の試験ができなくてうんうんうなっている夢だった。最近はあまり見なかったが、時々現れるテーマで、もう25年にもなるのになぜこんな夢で苦しむのかと思う。でも何かつらいことがあるときに数学の試験よりはましだと思って、気持ちを楽にしようと無意識に考えているのかなとも思う。それもいつものことで、夢だけが設定を少しずつ変えて苦しめてくれる。今日のはどうも欺かれて、受けなくてもいい試験を受けさせられているらしい。鏡の部屋に閉じこもっている妻が出てくるよう証明方法を考えろと言われた。非現実的な、非論理的な話だが、夢を作り出したのが自分だから文句を言っても始まらない。バカバカしいというか、情けないというか、色褪せた写真のような夢の場面がいくつか目に残る。

 妻の歳格好や外見を説明して、ここに来ていないか訊いてみた。

「お客様一人一人のことはお答えできませんが、その絵がお好きな方は少なくありません」とそっけなく言う。

 しかし、いずれにしても妻がこの絵に何か触発されてあの書き込みをしたと考えていいだろう。ここに来ていたのだ。緑を基調にした絵で、妻が選んだ壁紙とも符合する。森の中のようで髪の長い少女が草の上に寝そべっている。遠くには青い月光に照らされた広い原っぱが見える。白っぽいので雪原なのかもしれない。

 緑とか、青とかいってもそう単純な色ではないが、あまり色の名前を知らないので仕方がない。建築士から無理に借りてきた壁紙の色見本を開いて、妻が選んだ緑と比べようとすると、おばさんが小さな声を挙げた。確かに美術館で色見本を見るというのも非常識な話で、コンサートにメトロノームを持って行くようなものかもしれない。

 絵の緑と妻が選んだ見本は似ているようでもあり、違っているようでもあり、それよりはここのところ目にしている実際の壁の印象の方が近い。灰色がかった緑、偽りの色。しかし、偽りというのは、楽しいとか、悲しいとか、不安だというのとは違って、何を偽っているのかが問題だ。

 ふと思いついて妻が一時選んだという青の見本を出して、比べてみた。絵の中の色の方がはるかに深い青だったが、おばさんに見本の方を見せて、

「この色はどういう色ですか?」と訊いた。

「謎です。わたしにはわかりません」

  そう言って口を閉ざしてしまった。

 


 

9

 

 年甲斐もないとか、危ないとか言われそうだが、疲れたときによくやるように夕食にトンカツを作ることにした。きちんとした手順で作っていくところが気晴らしになるのだけれど、それ以上に今日は肉を叩き、小麦粉をまぶし、溶き卵にくぐらせ、パン粉を着ける、そうした感触が欲しかったのだ。この家が鏡の中にあるとか、音楽だとか、妻の感情を現しているとか途方もないようなことになりそうな話を聞いて、混乱するなという方が無理だろう。一種の焦りさえ覚える。しっぽを巻いてさっさと逃げた方がいいのかなとも思う。何から逃げるのか。妻からか、この家からか。そうではなく、自分が寄りかかっていたものが頼りないものだったということへの不安だろうか。たった今確かなものと思っていた衣を着けた豚肉の手応えを追い求めても、熱い油の中に手を突っ込むことはできない。現在はもう過去になってしまった。当たり前のことを殊更めいて言うのはよくない。甘い脂身の味とビールの飲み心地を想像した方が健康的だ。

 満腹になってソファに座って改めて壁紙に目をやった。やはりあの絵の色に似ている。頭を整理してみることにした。建築士によると妻は去年の5月に土地を入手し、6月には元々のデザインを裏返して家を発注し、8月頃にいったん壁紙の色を緑に決めた。この頃までにあの絵を見たのだろう。9月頃に青に変えて、まもなく緑に戻した。家の建築が秋の長雨で遅れていたので、変更することができた。そういう経過になるが、問題はその頃の妻の様子を思い出せないことだ。何をしていたのか、なぜこの家を建てたのか、なぜそれをわたしに隠していたのか手がかりが見当たらない。日記はおろか手帳にも過去のことは記さないのが習慣なので、会社を辞めて以来、空白のページをながめても記憶が吸い取られていくようにしか感じられない。

 まるで推理小説のようだなと少し酔い始めた頭で考える。今はミステリーというのかもしれないが、まるで探偵にでもなった気分で自問自答する。……

『まず問題は奥さんがご自分の病気あるいは死期をいつお知りになったのかがポイントでしょうな』

『なるほど。……10月に入院するまでは知らなかったと思いますが』

『その前に体の不調などは訴えていなかったですか?』

『いなかったと思います』

『ご主人は気づかなかったということですね。……奥さんが例えば5月頃からご自分が重い病にかかっていると気づいておられれば、いいですか? この家の建築自体が誰かに向けてのメッセージだと考えられませんか?』

『どういう意味でしょうか?』

『例えば退職されたあなたへの最後のプレゼントといったようなことです。もちろんそれ以外の可能性はいろいろあります』

『そうですね。……そうなるような気がします』

『他方、そうでないとするともうちょっと実際的な目的があったということになりませんか? つまり、この家を何に使うつもりだったのかといったことが問題になります』

『そうか。でも、その場合はなぜ家を建てていることを言わなかったのか理解に苦しみますね』

『そのとおりです。理解に苦しみます。……どう思われますか?』

「ねえ。このキノコって食べられそうね」

「でも、色とか形で見分けられるものでもないって言うよ」

「この辺ってアカマツ林だから、期待できそうなんだけど」

「マツタケの採れるところなんて、家族にも教えないって言うからな。そんなに簡単に見つかるもんじゃないだろ」

「うん。前にキノコを採ったときも何が食べられて何が毒なのかわからなかったからもっとどっさり採って、詳しい人に見せたのよ。そうしたらこれもだめ、あれもだめってほんの少しだけになって。騙されてんじゃないかと思ったのよ」

 ニコニコ笑いながら言うのにつられて笑ったが、いつキノコ狩りなんかしたのだろうという疑念がさした。

「少しはわかるようになったけど、採ってみたら? 今日みたいな雨上がりの森の匂いが立ち込める日には特に多いから」

 そう言われても毒キノコは死なないまでも大変な苦しみようだと聞いたことがある。いやいやと曖昧なことを口の中で言っていると、

「キノコって、未だにどれくらい種類があるかもはっきりしないし、名前が付いていないのもたくさんあるんだって。食べられるか食べられないかも、食べてみた人がいないから分けられないというのも多いのよ」と言う。

 これまた初耳で、今時そんなことがあるのかと不思議な気がした。

「そういう食毒不明のキノコを片っ端から食べてみれば、学問の進歩に寄与するかもしれないわね」と物騒なことを言う。

『あのファックスを読むと死期を悟っているようには思えませんでしたが、時期からして知っていても不思議はないでしょう』

『あのファックスの問題、つまり壁紙を何度も変えた問題とその前にこの家を注文した問題は分けて考えた方がいいと思いますね』

『それは家の注文の際には病気に気づいてなかったけれど、ファックスの時点では気づいていたといったことですか。……これまで、あれはとても単純な性格だと思っていたのですが』

『しかし、この数日で見方は大きく変わったと?』

『そうです。……自分ならどうだろうかと色々考えてみたんですが、正直言って死に直面するような状況になったことがないので、わからないんです。情けないことにこういうことは歳を取ったからわかるというものでもないようです』

『そうかもしれませんね』

『実際のところ、8月に医者からあと3か月という話を聞いてから、あれが自分の病気に気づいていたかどうかについて詮索しないようにしていたんです』

『奥さんがどう考えているか、知っているかいないか、そういう問題に立ち入るのを避けていたと?』

『今にして思えばそうだったと思います。それをあれの目の中に探ればかえって知らせかねないという気がしたいたんです』

『それは興味深いですね。……あなたのそういう感情はありふれたものかもしれませんが、今回の原因を考える上ではとても興味深い』

『どういう意味ですか?』

『……背理法ってご存知ですか?』

『聞いたことはあります』

『ありえないような仮定をおいて、それで矛盾が生じることで仮定と反対の結論を証明するというものです』

『ありえない仮定。……この家がなかったらといったことですか?』

『はは。それもおもしろいですが、それではこの会話ができなくなります。……こういうのはどうです? 奥さんは死んだんですか?』

 子どものとき雪合戦で背中に雪の玉を入れられたような気がした。うつらうつらしながら、鏡に向かって対話していたのが自分の中になかった疑問を突きつけられて、思わず身震いがしてしまった。眠りに落ちる前にはバカげたことを考えたり、夢との境目があいまいになるものだが、そういうものは目が覚めてしまえば暖かいところにおいた雪のように溶けてしまう。しかし、その仮定をおいてみればいろいろなことがわかってきて、何か嫌なものが現れてくるように思う。……

 あのおばさんが別れ際に明日の夜にピアノコンサートを催すからよかったら来てくれ、スクリャービンの演奏もあるからと言っていた。聴いて何かわかるというものでもないだろうが、何かきっかけがつかめるかもしれないと思った。やることと言えばそれくらいだ。

 


 

10

 

  月曜日くらいには帰ろうかなと思っていたが、切れかけた食材もあるので次の日、またスーパーマーケットに行った。日曜日の午前中なのでこのあいだよりさらに空いていた。残していってもいいような冷凍食品やレトルト食品などを見ながら、最近はこんなものもあるのかとおもしろがってカートに放り込んでいたら、あの老夫婦にまた会ってしまった。

「やあやあ。またお会いしましたね。縁がありますな。この後もずっと会いそうだ」

 冗談じゃないと思ったが、ふと思いついて妻に会ったことがないか訊いてみた。

「いや。残念ながらないようですな。奥さんに会っていればもっときれいにしておいたんですがね。……ああ、また奥さんのことを考えていたんですな。そうですかそれなら戻ってみたらどうですか、昔に遡ってみたら」

「それはどういうことです? このあいだは忘れろとおっしゃってたようですが」

「あはは。一本取られましたな。いやお見受けしたところあんたは天邪鬼のようだから、裏返して言ったんですよ」

「じゃあ、今度は未来にでも行けばいいってことなんですか?」

 人をからかうのもたいがいにしてほしいと侮蔑の念を込めて言ったのだが、相手は動じるふうもない。

「そうかもしれませんな。 後か先か、過去か未来か。時間ってのも天邪鬼ですな。ないと思えばある。あると思えばない。あたしらみたいな老人にはたくさんある。あはは。……あんたは窓ガラスの印しを剥がしてしまったようだが、それじゃあ目に見えないものはないことになっちまう。時間も心も記憶もね。そういう天邪鬼の額には印しを貼りつければいいのに」

 相変わらず意味のわからないことを言っていたが、急に鼻をひくひくさせて、

「雪が降りそうですよ。それもどっさりと。そんな匂いがする」と言いながら、立ち去って行った。ばあさんが黙礼する姿が目に残った。

 確かに昼の間、どんよりしていたのが、夕方から激しい雪が降り始めた。デッキのすぐ向こうの木もその左手の車もほとんど見えず、みるみる積もっていく。車は大丈夫だろうか、こういう時何をしたらいいかわからない。ワイパーを立てておくらしいと気づいて外に出たが、いきなり雪が顔に吹きつけてくる。風がほとんどなくても、しゃあっと雪が音を立てて降ることがあると生まれて始めて知った。息を止めるようにして足元が滑らないように気をつけて行って、あわてて戻って来たが、それだけで頭にも睫毛にも雪が積もった。この様子ではコンサートなんかには行けそうもない。

 どんどん暗くなって、窓の外を見上げると黒い空から無数の雪が目に向かって、広がりながら落ちてくる。音が雪に吸い込まれて重い湿った沈黙に家が包まれていく。このモノクロームの世界の中で、あの洋館では白と黒の鍵盤から色々な光の音が生まれているのだろうか。まるで白黒映画にそこだけ着色したように。

 あの二つの水道栓の上にも雪が次々と降り積もっているはずだけれど、水が凍ったりしないだろうか。とても見に行くことはできないが、気になって洗面所の蛇口を少しだけ開けて水を出しておくことにした。こんな夜はさっさと寝てしまおうと思って、レトルトカレーを食べて、寒い風呂に手早く入ってベッドにもぐり込んだ。

 その晩、変な夢を見た。夢が裏返る夢だった。田んぼの畦道であの老夫婦がにやにや笑いながらこちらを見ている。真上からの夕暮れのような光を浴びて、ディズニーのアニメのような歪んだ笑いを浮かべている。機織り機をもっと簡単にしたような木でできた機械があって、それで夢をひっくり返すらしい。折りしもじいさんが「わたし」の夢を両手で抱えてその機械に掛けようとしている。ばあさんがそのやわらかいむにょむにょした夢に手を添えて、じいさんを手伝っている。いやな感じだ。……

 じいさんが横のハンドルを回し始めると、夢は昔の洗濯機に付いていた絞り器にかけた洗濯物のようになって、機械から出てくる。小さなおちょぼ口から開いていって、ゆっくり裏返るという仕掛けらしい。なるほどと感心して見ているうちに夢はすっかり裏返って、しゅうしゅう音を立てている。その音がああ、水の音だと気づいたときには、目が覚めかけていた。

 


 

11

 

  もう周りは薄明るくなり始めていた。蛇口を止めてから雨戸を開けて驚いた。デッキだったところが雪の壁になっていた。静止した大波のように窓に迫っている。屋根から落ちた雪が積み重なったらしい。雪はまだ盛んに降っている。地面がせり上がって、車も半分くらい雪に埋まっていた。こんなに積もるものかとしばらく感心して見ていたが、雪に閉じ込められてしまったことに気づいた。チェーンも持っていないし、だいいち乗用車では車体がつっかえてとても動かせないだろう。車のところまでだってそう簡単に行けそうにない。天気予報ぐらい聞いておくべきだった。

 時間が心と結びつくと記憶が生まれる。でも、それが落ち着く先を見失うと深いところの水のように閉じ込められたままになる。なくなったわけでも、どこかに行ってしまったわけでもなく、いつまでもそこにあって、時には思いがけない作用を表土に与える。そこにあるものは“Anonym”名前を剥ぎとられた存在。名前がないから、呼びようがない。呼びようがないから姿を現すことができない。……しかし、裏返されたこの世界ではそれらこそが生きているもので、表の名前だらけのものは影のような存在にすぎない。

 雪は昼頃に漸く止んだ。それまで何回か、どどーんという轟音とともに屋根から雪が落ちてきた。窓の外に雪煙が上がり、大きな雪の山ができる。こんな大きな音が夜の間も響いていたのに目が覚めなかったのかとおかしかった。これでは迂闊に外にも出られない。

 いつまで閉じ込められるか、わからないので、冷凍のグラタンを食べることにして、それに蓴菜の吸い物という妙な取り合わせの昼食を済ませてから、意を決して雪かきをすることにした。工事をした作業員が置き忘れたのか、玄関のところにシャベルがあったので、それを持って外に出た。

 「わたし」も裏返されるときに初めて呼ばれた。お互い名乗ったはずの業者も、他の誰も、名前では呼ばれず、つまりは“Anonym”だ。始めからそういう奇妙な世界に閉じ込められていたのだ。

 いつから? もちろん25年前からだ。妻とともにこの土地を訪れたときから。しかし、向こう側でその記憶を掘り当てることはむずかしいだろう。「わたし」は風が作り出す流れる雲や揺らぐ木々の音を見ようとしていないから。池に映る空や山や舞い落ちる葉の色を聴こうとしていないから。いたずらに湿った時間が堆積していった。……

 あまりの雪の量にため息が出た。屋根の上の雪はかなり落ちたらしくとりあえず安全なようだ。空を覆う木々の枝にはそれほど雪は積もっていない、軽い粉雪なのだろう。車までの道を作ろうと始めたが、腰でも痛めたら大変だと思ってそろそろやっているので、なかなか捗らない。雪は軽いだけに形がすぐ崩れてシャベルにうまく乗らない。20分ほど経つと汗が吹き出し、コートも脱いでしまった。靴の中に雪が入ってきて爪先が冷たい。雪の上には猫だか鼬だかが歩いたらしく、小さな足跡がある。空はまだ薄曇りで時々雪がちらつく。

 その後も頑張って、1時間半ほどかかって車まで5メートル足らずの細い道がやっとできた。車の上の雪を除けてみるとフロントグラスに青い氷が張っている。家に引き揚げて濡れた服を着替えて一息つくと、身体の節々がきしんでこれ以上雪かきをする意欲がなくなってしまった。何とかしてもらおうと業者に電話したが、留守番電話になっていた。助けてくれと言いたいのを抑えて、状況を説明し、電話をしてくれと吹き込んでおいた。

 暗くなってから業者の男から電話がかかってきた。

「ああ、まだ居られたんですか」と言われてしまった。

「いやもうあちこちで雪に埋まっちゃった人がいて、今日は一日その掘り出しに追われてね。こんな雪はここ25年来初めてですよ。明日行きますから無理しないでじっとしててください。夕方になってしまうかもしれないけど、食料とか水は大丈夫なんでしょう?」

 少し興奮したような、優越感に浸っているような言い方だった。

 気づくべきだったとするならば業者からの最初の電話のときからそうだった。要領を得ない、しかし引き寄せようとする電話。理解を求め、待ち続けた妻は間違っていたのだろう。理解されることを拒否し、青い謎をかけてしまえば人は躍起になって、自ら暗い森に入り込んでいく。忘れないでと言えば忘れられる。最後になってそれに気づき、心に偽りという緑の壁紙を張った。

 言われたとおり翌日の夕方までじっとしていた。妻の出した謎を解こうとしていたと言えば話は簡単だが、元々そんなものがあるのかどうかもわからない。寒い戸外へ出たり入ったり、壁をにらんだり、膨大な雪と時間に埋もれそうになっていたのだった。……

 本当に来るのか信じないような気分になった頃、ブルドーザーの排気音がして、業者がやって来た。車のところまで出て背伸びするようにして見ると、ブルドーザーが頼もしい狂暴な音を立てて雪と格闘しながら、徐々に近づいてきた。雪の山が動いては崩れていく。時々もう一人の男がブルドーザーから降りて、シャベルで引っ掛かった雪を除けている。

 この世界には音はなく、色だけがある。川のように流れる時間はなく、白く鈍く凍った池の底で静かに揺れているだけだ。妻が死んでいないという仮定は満更間違っていない。しかし、思いきってその池に飛び込んでみたら?と言えば誰しもびっくりして、怖気づいてしまうだろう。……深い森の中の池の畔で、妻が『ずっと弾いてないから、指が回るかな。目にも留まらないほど早く』と唄うように言いながら奇妙な機械を操作している。廃校にぽつんと残されたオルガンが退化したような代物だ。あたたかい春の雨が降り、池の水面がぬるむと八つの頭の牛が現われる。凝血の色の夕陽に照らされて、カリフラワーのような頭が無遠慮に光る。「わたし」は四方八方を向いた目玉がちゃんとそろっているか数え始める。

 ずいぶんと暗くなって漸く車の前まで雪を踏み固めた道ができた。

「まあ、これ以上降らなければ大丈夫だね」

「いや助かりました。春まで出られないかと思った」

「はは、表の道は除雪されてますし、中央道も明日には復旧するでしょう」

「でもチェーンがないんですが」

「うーん、どこも全部売り切れたらしいしな」

 困った顔をしていると、

「明日帰るならこの車を表まで引っ張って行きましょうか」と言う。

  こんなところでうろうろしていてまた雪が降りでもしたら大変だと思い、そうしてもらうことにした。

 車に乗っておそるおそる運転してみると、ワイヤーで繋がれているのに、何度も横滑りしたり、わずかな下り坂でブレーキが効かなくなったりして、その度にもう一人の男に助けられた。夜になって表面が凍り始めているらしい。

「明日は晴れそうですが、夏タイヤなんだから昼間でもアイスバーンになっていないことを十分確かめて、無理しないで」

 そう念を押して、業者はブルドーザーを停めてあったトラックに積んで帰って行った。その尾灯を見送りながら、水道栓のことは言わなかったが、やはり明日帰るときには赤、青の順に閉めておくべきなのだろうかと思った。

 


 

12

 

 あの旅の間、あなたはあたしにとても気を使っていた。子どもができなくなったのをまるで自分の不注意のように感じていたけれど、あたしはそうは思っていなかった。不幸なことだけれど、いつまでも悔やんでいてもかえってあたしたちにとってよくないって感じていた。でも、そうしたことをうまく言える自信もないし、あなたからどんな言葉が返ってくるか、想像するとおじけづいてしまった。あたしは臆病なんだと思う。口では言い返すくせに、あなたが忘れた頃になっても言われたことを気にして窓の外を見ていたりする。まるで子どもみたいに。抽斗の中に大人から見るとわけのわからないものを隠しておくように。忘れてしまったの? 秘密なんかじゃないのにって、あたしの中の子どもは言う。

 家に戻りかけたところで、あの洋館に行ってみようと思った。もう2日も経っているけれど、大雪だったからコンサートは順延されているかもしれない。誰が演奏するのか知らないが、スクリャービンの演奏を聴いてみたいし、妻のことでおばさんから何か聞けるかもしれない。雪の中を歩いて行くのは大変だが、明日美術館が開いている時間よりは今夜の方がいいように思う。女の独り住まいかもしれないが、まだ7時にもならないから問題はないだろう。……

 もう足は館に向かっていた。雲が切れかかって満月が見え隠れし始めていた。こんな夜にあのおばさんが若い美人に変わって、ピアノを弾いているなんてことはないだろうなとバカな空想が思い浮かぶ。

 だってこうなってるじゃないって、あたしがトランプのカードをひっくり返すと、得体の知れない表情を浮かべた絵札が現われる。謎は区別できないように描かれた裏にある。クィーンなのか、エースなのか、ジョーカーなのかわからない。どれも同じような食毒不明だから、食べてみなければわからないでしょう?

 でも、あなたはあたしの中まで踏み込んできてくれなかった。ただ見ていてくれるだけでもよかったのに。あたしの心と行いをずっと見ていてくれるって思うだけで、何も残らなくてもいいと感じていたのに。……あなたが初めてあたしの目を正面から見たとき、あたしは心の底まで見られているような居心地の悪さと重いコートを脱いだような軽やかさを感じた。いつのことだかわかる? 数学の試験ってヒントでどう?

 ほとんど腿のところまで埋まるような場所もあり、足が抜けなくなったり、倒れそうになったりして暑いのか寒いのか、わからないような状態になって、かなり時間がかかったが、何とか洋館が見えるところまで来た。仄暗い灯りがいくつかの窓に見えるだけで、気持ちが萎えてしまいそうだったが、玄関に回ってドアを叩いた。

 しばらく応答がなく、3階の”Privatum”にいるのだろうか、もう一度叩こうかと思っていると、取っ手が動き、少しだけ開いた。こちらが口を開く前に、

「あなたはいつもそうなんですね」と静かな声が響く。

 その声音に聞き覚えがあって、あっという声を挙げそうになった。まさかと思っていると向こうは黙ったままだ。取り繕おうとして、

「夜分に申し訳ありません、妻のことやスクリャービンのことが伺いたくて、明日帰るものですから」と言うと、

「どうしてわからないんですか、何度も何度も言ったのに」と言う。

 ドアの向こうには誰がいるのだろう。一人ではないような気配がある。

 そんなはずはないと思いながら混乱して、

「わたしも考えていたんだ、いや今度は本当に、ちゃんと何度も考えたんだ」と言ってしまった。冷ややかにこちらを見返す。

「そうなんだ、あの家に来てからずっと考えていたんだ、どう申し開きしようかとずっと」

 だから駄目なのだという目をして、

「戻りなさい」とだけ言うと、ドアが閉まった。

 あなたはとてもやさしい目をして、広々とした秋の野を見つめながら、落ち葉の上を歩いている。

「老後はこういうところに住みたいね」

 そんなふうに言うのは、もう3度目だね。

「ピアノをまた弾こうかな。ここなら周りを気にしないでいいから」

 あたしも同じように応える。……何を弾きたいか言っておけばよかったね。でも、音楽室で練習していた頃に、あなたはちょっとまぶしそうな目で「誰の曲?」って訊いた。そんなことをいつまでも覚えているなんておかしなこと。でも、何も色褪せることなく、心に残っている。ミスタッチをした音符も、恥ずかしくてじっと見つめていた壁の色も。記憶の中であの雨の日だけ印しがついたようになっている。そう、あたしの魂が目をぎゅっと瞑って、羽だけが風に揺れている雀の死骸のように固くなってしまっても。……

 ドアを叩いたり、取っ手を動かそうとしたりすることも忘れて呆然としていた。一体今の会話は何だったのだろうか。今の相手は誰だったのか。青銅のドアを見つめながら、このレリーフの鳥は何だろうかという意味のない疑問とともにそうした思いが頭を巡る。しばらくすると風が出てきて、足元から冷気が這い上がってくる。折り目が伸びてしまったズボンの裾が濡れて、靴の中もじゅくじゅくしている。

 もう帰ろうと呟いて、池の方に歩き出した。とりとめのないような考えが頭に浮かぶ。月に照らされて、大きな雲がいくつも流れていく。何気なく見上げた雲に見惚れて、叫び声とラッパの咆哮とともに突進する中世の騎士団のようだと思ったとき、この風景はあの絵の中に描かれていた原っぱだと気づいた。周りを見回した。そこにあるはずの八ヶ岳がない。空と雪原が思いのほか広く、青く、目に染み込んでいく。その瞬間に「わたし」の意識は世界に広がり、絵の中に解消していく。……しかし、一体いつからここにいたのだろうという訝しさが残響のように漂っていた。