Trane's Works 55, 56
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■ このサイトについて
●後年の演奏・作品から遡及的に見出されたものとはいえ、55,56年のコルトレーンには他の時期にはない魅力、技術的な不完全さを超えて聴く者に訴えかける独自な魅力があると私達は考え、このようなサイトを作りました(ただ、それは依然ハード・バップの語法のうちに留まっていることによる聴き易さからくるものとは違います。その魅力を表現するのは難しいですが、敢えて一言で言えば、“聖者”だとか“求道的”、“求心的”といった一般に流布しているコルトレーンのイメージとは懸け離れた、“拡散することの魅力”、とでもいったものです)。
●55,56年中のジョン・コルトレーンのスタジオ録音をセッション順に聴いてゆき、主にそのソロ・プレイについて、一曲づつコメントしていったものがメインになっています。しかし、アルバムごとに聴くのが通常でしょうから、別個にアルバム・インデックスを設け、そこからも各曲のコメントへ行けるように配慮しました。しかし、行った先の曲名に付けられた番号はセッション順のもので、アルバムの曲順とは違っているので注意してください。
●コメントの下には、メモへのリンクがあり(□memo□)、そこでは曲の初演や先行作品、使っているフレーズ等について触れ、また、複数の奏者が同一楽器でソロを取る場合などには、ソロ・オーダーも掲げました。
●その他、『55,56年のコルトレーン、どれを聴くべきか』では、この時期の演奏中、優れたものをタイプごとにセレクトして紹介し、『コルトレーンのスタイル、その影響関係』では、コルトレーンがだれの影響を受けたかを検討しています。
●コメントは佐々木、吉野、西内の3人によって分担されています。読んでいただければすぐにおわかりになると思いますが、この3人のうち、確かな音楽的知識を持っている者は一人もいません。したがって、コメントといっても、批評や解説というより、それぞれが一音楽ファンに過ぎない3人の、“私はこんな風に聴いています”といった、ほぼ耳だけを頼りにした、聴き取りのレポートに過ぎません。
●できる範囲で、音楽の基礎的なことについては知識をたくわえようと試みはしましたが、所詮にわか勉強でしかなく、得られた微々たる知識も身についたものではないので、恐らく、多くの誤りや勘違い等、頓珍漢なことを書き記しているに違いありません。そんな所が目に付いた場合は、正して頂けたらと思います(ただし、55,56年のコルトレーンでサイトを作ること自体間違っている、というようなのは論外)。
●また、適切な判断を下すには、あまりに私達のジャズの聴取体験は貧弱で、これも個々のコメントに反映しているのではないかと思います。それは恥ずかしいほどにお粗末なものなので、時に偉そうなことを記していても、その裏には決して少なくない後ろめたさが隠されているゆえ、痩せ犬の遠吠え、と高を括って頂いて結構です。
●さらに、私達のコメントが批評足り得ていない大きな理由の一つに、この半世紀前の音楽を、21世紀初頭の現在に聴くことの意義を問うておらず、故意にカッコに括っている、という点があります。それはあまりに大きな問題で、難しすぎて私達の手には負えません。ただ単純に、私達が現在、55,56年のコルトレーンを聴いて、猶ヴィヴィッドな感動を受けている、ということだけが、このサイトを作る原動力になっているということです。コルトレーンの音楽が現在においても未だに積極的な意義を持っているのかいないのか、また、既に私達は古い人間で(なかには比較的若い者も含まれるのですが)、最早新たな事態に順応できるような感受性を持ち合わせていないために、半世紀前の音楽にしがみついているのに過ぎないのか、あるいはそうではないのか、という問いは不問に付されており、そのことが、私達のコルトレーンへのこだわりに、幾分か骨董や盆栽を愛でるような性格を与えていることは否めません。
●以上、かなり言い訳がましい導入となりましたが、無用な誤解をある程度未然に防げるのではないかと考え、敢えて正直なところを記しました。
(西内)
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