ディーゼル車発表会の様子(1957年3月、東京トヨタディーゼル本社にて)

 現在、国内展開されているトヨタの自動車販売チャネルは高級車ブランド「レクサス」を除くと、「トヨタ店」「トヨペット店」「トヨタカローラ店」「ネッツトヨタ店」の4系列です。このうち「ネッツトヨタ店」は2004年5月までは「ネッツトヨタ店」および「トヨタビスタ店」の2つに分かれていました。すなわち、現在のネッツトヨタ店は旧「ネッツトヨタ店」とトヨタビスタ店が統合された新しい「ネッツトヨタ店」となります。

 ビスタ店が1980年に展開されて以来、2004年まで長らくトヨタの国内販売は「トヨタ店」「トヨペット店」「カローラ店」「トヨタオート店(後の旧ネッツ店、1998年に名称変更)」「ビスタ店」の5チャネル制でした。ビスタ店が展開される以前は「トヨタ店」「トヨペット店」「カローラ店」「オート店」の4チャネル制であったということになりますが、実はこの4チャネル以外に『トヨタディーゼル店』という販売系列が存在していたことはあまり知られていません。

 では、前述の『トヨタディーゼル店』とは一体どのような販売チャネルなのでしょうか。

 遡ること50年前の1957年1月にトヨタ自動車販売は、ディーゼル車の発売とそれを取り扱う専門店の設置構想を発表しました。この「専門店」こそが『トヨタディーゼル店』です。この構想に基づき、1957年2月から1958年4月の間に札幌、宮城、東京、神奈川、静岡、愛知、大阪、兵庫、福岡の9地区にディーゼル店の販売会社が設置されました。その後1965年9月、日産自動車とプリンス自動車の合併を機に、埼玉プリンス自動車販売(株)と千葉プリンス自動車販売(株)が新たにトヨタの販売店となり、それぞれ「埼玉トヨタディーゼル(株)」「千葉トヨタディーゼル(株)」と社名変更されました。

 地域によっては私鉄会社と共にディーゼル車の需要を狙っていたようで、東京および横浜では東京急行電鉄(東急)、名古屋は名古屋鉄道(名鉄)、福岡は西日本鉄道(西鉄)がそれぞれ資本参加をしていました。一方、商品面では1957年3月にトヨタとしては初めてのディーゼル車となるDA60型5トン積みトラック及びDB70/DB75型バスが発表・発売されましたが、これらの車は新設のディーゼル店を通して販売されました。

 ただしディーゼル店は全国をカバーする他の販売チャネルとは違って大都市圏のみの設置だったので、ディーゼル店が設置されない地区では在来のトヨタ店がディーゼル車を取り扱っていました。

 

 

▲新発売されたDA60型ディーゼルトラック/DB70型ディーゼルバス

表1 全国トヨタディーゼル店一覧

営業開始年月日

ディーゼル店販売会社名

備考

1957.3.14 東京トヨタディーゼル(株)

1972.6 販売店協会カローラ部会へ編入

1980.2.1 解散(従業員は東京トヨタへ異動)

1957.3.29 大阪トヨタディーゼル(株) 1972.4.1 トヨタカローラ大阪(株)へ社名変更
1957.4.20 名古屋トヨタディーゼル(株)

1972.6 販売店協会カローラ部会へ編入

1989.1.1 トヨタカローラ名都(株)へ社名変更

1957.9.11 福岡トヨタディーゼル(株) 1970.5.1 トヨタカローラ福岡(株)へ社名変更
1957.10.9 宮城トヨタディーゼル(株) 1969.7.1 トヨタカローラ宮城(株)へ社名変更
1957.12.5 静岡トヨタディーゼル(株) 1969.5.1 トヨタカローラ東海(株)へ社名変更
1957.12.20 札幌トヨタディーゼル(株)

1972.7 トヨタ自販に全株譲渡、直営販売店となる

1973.12 トヨタカローラ北海(株)へ社名変更

1958.2.1 神戸トヨタディーゼル(株) 1970.5.1 トヨタカローラ兵庫(株)へ社名変更
1958.4.1 横浜トヨタディーゼル(株)

設立当初の社名は「神奈川トヨタディーゼル(株)」

1970.4.1 トヨタカローラ東急(株)へ社名変更

1965.9.1 埼玉トヨタディーゼル(株)

前身は「埼玉プリンス自動車販売(株)」

1969.7.1 トヨタカローラ新埼玉(株)へ社名変更

1965.9.1 千葉トヨタディーゼル(株)

前身は「千葉プリンス自動車販売(株)」

1969.7.1 トヨタカローラ京葉(株)へ社名変更

 

▲東京トヨタディーゼル本社(1977年頃)/福岡トヨタディーゼル本社(1957年頃)

DA60型ディーゼルトラック

DB70型ディーゼルバス

110馬力を発生する6気筒、D型ディーゼルエンジン

ディーゼル店取扱車種(1971年)

 

 

 トヨタが新たな分野として取り組んだディーゼル車ですが、市場での反応は厳しいものでした。戦時中におけるディーゼル車のシェアは「ヂーゼル自動車工業(後のいすゞ自動車)」がほぼ独占しており、戦後に新参者のトヨタが市場に介入しても戦時中の名残が尾を引き、その状況は変わりませんでした。結局、ディーゼル店は設置早々から経営が苦しいものとなりました。1957年5月に始まった「なべ底不況」に加え、翌年の1958年には大型トラックの市場自体が前年比23%も減少し、これらはディーゼル店の不振に追い討ちをかけました。

 そこでトヨタは、ディーゼル店立ち直しのため方針を変えることにしました。ディーゼル店での販売車種に「乗用車」を加えることです。販売車種はクラウンでもコロナでもなく、トヨタが新たに開発した大衆車「パブリカ(UP10型)」でした。1961年6月のパブリカ発売時には専門店である「トヨタパブリカ店(後のカローラ店、1969年に名称変更)」22社の他に全国ディーゼル店9社がパブリカの販売を始めました(パブリカ店およびディーゼル店未設置地区ではトヨタ店・トヨペット店がパブリカの販売を担当した)。以後ディーゼル店で扱われる乗用車はパブリカ店・カローラ店の取り扱い車種と同車種となります。

 しかし、このパブリカがさほど売れなかったというのは有名な話です。あまりにも簡素化に走りすぎてしまったため、車自体に"華"がありませんでした。後に「パブリカ・デラックス(UP10D型)」や「パブリカバン(UP16V型)」を追加して辛うじて販売を持たせましたが、長続きはしませんでした。

 とはいえ、ディーゼル店の販売の主力は自然と大衆乗用車に移っていきました。なかには「ディーゼル店」という店名にも関わらず、ディーゼルトラックの販売数が全体の2割を下回る営業所も出るありさまでした。そして1965年頃、必然的に各ディーゼル店の間で"社名変更運動"が起きました。販売の主力がパブリカになっていたことから、「ディーゼル店の社名を廃してパブリカ店の社名に変えたほうが商売がしやすい」という意見が出ていたのです。しかし『ディーゼル店はトラック販売に専念すること』というトヨタ自販の方針は変わらず、新たに2社のディーゼル店販売会社を設けることになりました。

 1966年11月、トヨタの社運を賭けた新しい大衆車「カローラ(KE10型)」がデビューします。このカローラは全国のパブリカ店およびディーゼル店で一斉に販売されました。新発売されたカローラは瞬く間にベストセラーカーとなり、苦しかったディーゼル店の経営もカローラの登場によって立ち直ることができました。この時、ディーゼル店における販売の主力はトラック・バスと乗用車が逆転し、完全に乗用車(カローラ)となっていました。

 カローラの登場とほぼ同時期にトヨタは日野自動車と業務提携を結びました。大型車の分野ではいすゞと並んで定評のある日野と提携したことにより、日野自動車製の大型車がトヨタディーゼル店の取り扱いになるかもしれないという希望から各ディーゼル店の間に明るい空気が醸し出されました。しかしそれは実現せずに終わってしまいました…

 カローラの発売で息を吹き返したしたディーゼル店ですが、他のパブリカ店・カローラ店に比べるとまだまだ経営が苦しい部分がありました。トラック専門店というイメージが顧客の間に定着してしまったこと、販売拠点の展開が遅れて他のカローラ店と格差がついてしまったことなど問題を抱えていたのです。結局各地のディーゼル店は1970年代に順次「トヨタカローラ店」に称号を変え、「トヨタディーゼル店」は姿を消していきました。

 各地のディーゼル店がカローラ店に名称変更された後、それまでディーゼル店専売だったランドクルーザーや、ディーゼルエンジン搭載の大型トラック・バスなどはその地域のトヨタ店が販売権を得て販売を始めました。しかし、1966年に大型車の先進メーカーである日野自動車と業務提携したトヨタは、大型トラック・バスの分野を日野に任せる方針をとっていくことになります。トヨタは大型トラック・バス部門から撤退する方向で、1978年には国内向けの大型トラック製造が中止されました。

表2 ディーゼル店販売会社数の推移(各年12月31日現在)

1957年

'58

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'61

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9

9

9

9

9

9

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11

11

11

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4

4

3

3

2

2

2

2

2

2

1

1

1

1

1

1

1

1

1

0

 

発足時の名古屋トヨタディーゼル本社(1957年)

名古屋トヨタディーゼルの営業所一覧(1971年)

カローラ名都への社名変更および愛知トヨタでのランドクルーザー発売を案内する広告

(1989.1.5 中日新聞 朝刊)

カローラ名都への社名変更を案内する新聞広告

(1989.1.15 中日新聞 朝刊)

 1970年代に全国各地のディーゼル店がカローラ店に衣替えしたことについては第2章で触れました。しかし、トヨタのお膝元である愛知県の『名古屋トヨタディーゼル』だけは1980年代に入っても存続されていました。しかも1988年末までしっかりと『名古屋トヨタディーゼル株式会社』という販売会社が残っていたのです。

 名古屋トヨタディーゼルは名古屋の私鉄会社である名古屋鉄道(名鉄)と地元の大手トヨタ販売店・愛知トヨタ自動車が中心となって1957年4月8日、名古屋市中村区笹島町1-223に設立(この場所は後に名鉄グループが設立した名古屋スバル自動車の本社が置かれた)。当初の会社名は「名古屋トヨタディーゼル自動車株式会社」で、資本金は3,000万円(名鉄2,500万円、愛知トヨタ500万円の共同出資)でした。

 設立から1週間後の4月15日には早くも「名古屋トヨタディーゼル株式会社」に名称変更され、5日後の4月20日からは愛知トヨタ所有土地である名古屋市昭和区滝子通2-19に仮営業所を置いて営業開始となりました。設立当初の販売スタッフは5名で、販売実績は1957年4月度2台、5月度6台でしたが第1期(1957年9月期)には100台を販売しました。

 同年9月15日、本社社屋を名古屋市熱田区伝馬町5-31(現在の地名は名古屋市熱田区神宮4-8-47)に移転しました。この場所が最終的な本社設置場所となり、ディーゼル店無き現在は別のトヨタの販売店として使用されています。本社の移転により、これまで仮店舗として使用していた土地は愛知トヨタのサービス工場に変更されました。

  1961年4月、資本金を6,000万円に倍増。7月には本社屋を増改築して、新たに発売することになったパブリカ用の整備工場を新設しました。12月には資本金をさらに倍増、1億2,000万円としました。販売体制を強化させる取り組みも行なわれ、販売拠点も次々と新設されていきました。

 数多くの販売拠点新設により販売力が強化され、1964年にはトヨタ自販表彰で総合賞を受賞しました。これは名古屋トヨタディーゼルにとって最初で最後の総合賞でした。6年後の1970年には同じくトヨタ自販より、車両部門表彰を受けました。

 しかし、営業面ではなかなか利益が上がらず、「名古屋トヨタディーゼルは重大な危機にある」との判断から名鉄およびトヨタ自販の援助を提案し、1973年7月にはついにトヨタ自販が資本参加。株の持ち分としては、従来名鉄が保有していた20万株のうちトヨタ自販が8万株を持つことになります。愛知トヨタが保有していた4万株はそのままでした。

 トヨタ自販が資本参加した翌月、経営陣も一新されました。トヨタ自販の資本参加および経営陣の一新により、名古屋トヨタディーゼル社員の表情も明るくなりこの年の34期決算(1973年10月〜1974年3月)では1億6,500万円の当期利益を計上、繰り越し損が縮小されました。トヨタ自販の資本参加は以後も続き、1979年9月には名鉄が保有する7万2,000株を1億800万円でトヨタ自販が買い取りました。その結果として、資本構成の6割はトヨタ自販となりました。

 1980年代に入り、この時点で「トヨタディーゼル店」は全国で名古屋トヨタディーゼルただ1社のみが残っているという状況でした。これは販売店管理の立場から見ると異例だったため、販売力の大きいトヨタ店(愛知トヨタ)でランドクルーザーを取り扱えば愛知県内での販売台数が増えるのは間違い無いとの見解を示していました(ディーゼル店が消滅した他の地域ではすでにトヨタ店がランドクルーザーやトラックを扱っていた)。

 そして、1986年6月には「名古屋トヨタディーゼルを活性化し、カローラ店として再スタートすること」を目指して、名古屋トヨタディーゼルが保有する24万株100%を愛知トヨタグループが取得することとなりました。その後、ランドクルーザーとトラックの営業権を愛知トヨタが買い上げることとなり、基本は愛知トヨタが販売するランドクルーザー1台あたり25万円と設定して1988年3月から1992年12月までの間、約6億8,000万円が名古屋トヨタディーゼルに支払われました。結果として愛知県下におけるランドクルーザーの販売は全国水準にまで伸び、名古屋トヨタディーゼルの利益にも貢献することとなりました。

 「名古屋トヨタディーゼル」はついに、1989年1月1日をもって新社名『トヨタカローラ名都株式会社』と改名され、トヨタカローラ店への系列変更が行われました。これにより、全国で唯一残っていた「トヨタディーゼル店」が姿を消すことになりました。愛知県下でのカローラ販売会社は既存の「トヨタカローラ名古屋」「トヨタカローラ愛知」「トヨタカローラ中京」「トヨタカローラ愛豊」に加え、新しい「トヨタカローラ名都」を加えると5社になり、競争が激化することになりました。カローラ名都は1月6日から営業を開始し、同時にランドクルーザーおよびダイナ、コースターを愛知トヨタの専売としました。

 ディーゼル店から衣替えして新たにカローラ店となった「トヨタカローラ名都」ですが、販売拠点の展開が遅れたことと元々トラック店だったことがユーザーの間に定着してしまったことにより業績が悪化。1996年4月に同じ愛知トヨタグループのトヨタカローラ愛豊に吸収合併されました。かつて名古屋トヨタディーゼルおよびカローラ名都だった店舗は現在ではカローラ愛豊の店舗となっています。

表3 名古屋トヨタディーゼルの歩み

1957年 4月8日 名古屋市中村区笹島町1-223に「名古屋トヨタディーゼル自動車株式会社」設立(資本金3,000万円)
  4月15日 社名を「名古屋トヨタディーゼル株式会社」に変更
  4月20日 名古屋市昭和区滝子通り2-19(愛知トヨタ所有土地)の仮営業所で営業開始、ランドクルーザーが名古屋トヨタディーゼルでの専売となる
  9月15日 本社社屋を名古屋市熱田区伝馬町5-31(1981年10月、区画整理により名古屋市熱田区神宮4-8-47に変更)に新築、移転
1961年 4月 資本金を6,000万円に倍増
  6月30日 大衆車パブリカ発売開始(初の乗用車販売)
  7月 本社社屋を増改築、パブリカ用工場を新設
  7月 岡崎営業所を開設
1963年 11月 南営業所を開設(後の星崎営業所および星崎トラック営業所、モータープール併設)
1964年 この年、トヨタ自販表彰の総合賞を受賞
1966年 5月 北営業所を開設
  11月5日 カローラ発売開始
1968年 2月 東営業所を開設(後の昭和営業所)
  4月 名駅前サロンを開設
  5月 一宮営業所を開設
1969年 1月 豊橋営業所を開設
  3月 春日井営業所を開設
1970年 12月1日 セリカ発売開始
  この年、トヨタ自販より車両部門表彰を受賞
1971年 6月 小牧営業所を開設
1972年 3月 星崎トラック営業所を廃止
  6月 販売店協会カローラ部会へ編入
1973年 3月 名駅前サロンを廃止
  7月 トヨタ自販が初めて資本参加を行なう
1977年 6月 刈谷マイカーセンターを開設
1978年 8月3日 ターセル発売開始
1979年 9月10日 名鉄保有分の7万2,000株をトヨタ自販が買い取る
1980年 2月1日 東京トヨタディーゼルの解散により、全国で唯一のディーゼル店となる
  4月 刈谷センターを開設
1981年 5月 岡崎営業所が岡崎市宇頭町から岡崎市岩津町へ移築
1982年 3月24日 FF方式のカムリ発売開始
1985年 1月 トヨタ自動車販売店表彰において車両部門表彰および保険部門表彰を受賞
1986年 6月3日 24万株全てを愛知トヨタグループが取得
1987年 7月3日 尾張旭営業所を開設
  12月 守山営業所を開設
1988年 6月4日 岡崎南営業所を開設
  6月 豊橋営業所移築
  7月 豊川営業所を開設
  12月 星崎、豊田、春日井の各マイカーセンターを廃止
  12月21日 トヨタカローラ店への系列変更(社名変更)を正式決定・発表
1989年 1月1日 社内公募によって社名を「トヨタカローラ名都株式会社」へ改名(トヨタディーゼル店の消滅)
  1月6日 カローラ名都、営業開始(ランドクルーザー・ダイナ・コースターが愛知トヨタの専売となる)
1996年 4月1日 カローラ名都とカローラ愛豊が合併して新生「トヨタカローラ愛豊株式会社」が発足、現在に至る

表4 名古屋トヨタディーゼル・営業所一覧(1988年12月現在)

営業所名

所在地(当時)

【参考】現在の店舗名(トヨタカローラ愛豊)

本社営業所 名古屋市熱田区神宮4-8-47 神宮店
星崎営業所 名古屋市南区星崎2-95-3 星崎店
昭和営業所 名古屋市昭和区檀渓通3-18 (檀渓通営業所、※2000年10月閉店)
北営業所 名古屋市北区西志賀町3-53 城北店
守山営業所 名古屋市守山区大字小幡字城下64-1 千代田橋店
岡崎営業所 岡崎市岩津町字川畔111-1 岩津店
岡崎南営業所 岡崎市法性寺町字荒子12-1 法性寺店
豊橋営業所 豊橋市新栄町字南小向73-1 新栄店
豊川営業所 豊川市牛久保町城下78-1 牛久保店
刈谷センター 刈谷市東新町3-27 刈谷店
春日井営業所 春日井市北城町3-4-8 出川店
小牧営業所 小牧市小牧原新田2173-2 小牧原店
尾張旭営業所 尾張旭市晴丘町東48-1 晴丘店

【写真は語る〜名古屋トヨタディーゼルからトヨタカローラ愛豊へ〜】

 

▲熱田区に移転した名古屋トヨタディーゼル本社(1960年頃)/増改築後の名古屋トヨタディーゼル本社(1977年頃)

  

▲トヨタカローラ名都本社(1989年頃)/名古屋トヨタディーゼル本社跡地(2008年11月撮影)

【名古屋トヨタディーゼルを物語るモノ】 (※画像をクリックすると拡大画像が表示されます。)

▲カタログに押す販売店スタンプ(1964年頃)

▲カタログに押す販売店スタンプ(1963年頃)

▲カタログに押す販売店スタンプ(1978年頃)

▲1985年・モーターショーのカタログより

(カムリが名古屋トヨタディーゼルで扱われていたことを示す記述がある)

▲1985年・モーターショー(商用車)のカタログより

(注意書きに「名古屋トヨタディーゼル」の記述がある)

▲車両に貼る販売店ステッカー(1988年頃)

▲名古屋トヨタディーゼルの車検証入れ(1987年頃)

▲名古屋トヨタディーゼルで配布されていた車両カタログ

▲1982年当時の新聞広告より

 全国ディーゼル店の"その後"を追います。各ディーゼル店は順次カローラ店へ名称変更されて現在に至っています。ディーゼル店の産業車両部門が独立してトヨタフォークリフト店(現在のトヨタL&F店)となった例もあります(例:大阪トヨタディーゼルの産業車両部門→トヨタL&F大阪)。

 

トヨタカローラ北海本社(1977年頃)/トヨタビスタ札幌本社(1987年頃)

 表5 全国トヨタディーゼル店のその後

ディーゼル店販売会社名

途中経過

現在の販売会社名

札幌トヨタディーゼル(1957年12月) トヨタカローラ北海(1973年12月)→トヨタビスタ札幌(1980年4月)

ネッツトヨタ道都(2004年5月)

宮城トヨタディーゼル(1957年10月)

トヨタカローラ宮城(1969年7月)

埼玉トヨタディーゼル(1965年9月)

トヨタカローラ新埼玉(1969年7月) 

千葉トヨタディーゼル(1965年9月) トヨタカローラ京葉(1969年7月)

トヨタカローラ千葉(1990年12月)

東京トヨタディーゼル(1957年3月)

※1980年1月解散  

横浜トヨタディーゼル(1958年4月) トヨタカローラ東急(1970年4月) トヨタカローラ横浜(1972年10月)
静岡トヨタディーゼル(1957年12月)

トヨタカローラ東海(1969年5月)  

名古屋トヨタディーゼル(1957年4月) トヨタカローラ名都(1989年1月)

トヨタカローラ愛豊(1996年4月)

大阪トヨタディーゼル(1957年3月)

トヨタカローラ大阪(1972年4月)

神戸トヨタディーゼル(1958年2月)

トヨタカローラ兵庫(1970年5月)

福岡トヨタディーゼル(1957年9月)

トヨタカローラ福岡(1969年3月)

*カッコ内は設置および社名変更の年月を示す *黒文字は変更社名、青文字は併合(吸収合併)した社名を示す


<参考文献>

「トヨタカローラ愛豊50年史」 トヨタカローラ愛豊(株)、2003年

「札幌トヨタ40年史」 札幌トヨタ自動車(株)、1987年

「大阪トヨタ30年史」 大阪トヨタ自動車(株)、1978年

「モビリティライフの創造 神奈川トヨタ50年の軌跡」 神奈川トヨタ自動車(株)、1998年

「社報 あゆみ トヨタカローラ福岡創立40周年記念号」 トヨタカローラ福岡(株)、1997年

「愛知トヨタ25年史」 愛知トヨタ自動車(株)、1969年

「創造限りなく トヨタ自動車50年史」 トヨタ自動車(株)、1987年

「世界への歩み トヨタ自販30年史」 トヨタ自動車販売(株)、1980年

「モータリゼーションとともに」 トヨタ自動車販売(株)、1970年

「三十年の歩み トヨタ自動車販売店協会」 トヨタ自動車販売店協会、1977年

「名古屋鉄道社史」 名古屋鉄道(株)、1961年


もし、トヨタディーゼル店が存続していたら・・・↓のような感じ!??

※「名古屋トヨタディーゼル 神宮前店」は架空の販売店です。