映画がないと生きていけない 豊岡マッシー

マッシーの映画の殿堂です。好きな監督からなるべく1作品づつ。オールタイムBEST30。「2001年宇宙の旅」の1968年からスタート。年代順に紹介します。リアルタイムで見たのはスターウォーズから。ほとんど映画マニア向けのセレクト。マッシーブログ「ウチナーンチュIN東京」カテゴリー映画

 1968 2001年宇宙の旅/スタンリー・キューブリック
2001年宇宙の旅 [DVD]









でた!!2001年宇宙の旅。未だに自分の映画のベスト1の地位がゆるがない。この映画はさ、普通の映画とはまるで違うんだよね。ストーリーがどうとか、泣かせるとかそういうものではない、感じる映画、体験する映画なんだよ。音楽体験に最も近い映画。そもそも映画を見るということがさ、日常ではない何かを疑似体験することだけどさ、この映画は通常の意識ではない神秘的な世界を疑似体験するという映画なんだよ。難解だとかさ、いろんな解釈があったりとかあるんだけど、この映像体験にダイレクトに感動できるかどうかが全てでさ、それがあったうえでのいろんな解釈なんだよね。

全部で4つの章から出来ているんだけどさ、最初はいきなり原始人の話で驚くよね。人が初めて武器という道具を使うまでの話がセリフや説明なしで描写される。そこから場面転換でスっと宇宙船に切り替わるんだけどそのさりげなさが凄い!人の何万年という進化の歴史がまるでたいしたことじゃあないように1秒で繋いじゃうんだから。

2部は宇宙ステーションに優雅なワルツをかぶせる。このパートは正直退屈。当時は宇宙旅行を体験するということで面白かったんだろうね。今の時代ならこのあたりは何分かカットしたほうがいいと思う。

3章では宇宙船のコンピューターと乗組員との戦い。ここはセリフもストーリーもあって普通の映画っぽいんだけど、音楽のない淡々とした演出が異様な迫力を生み出してて、すごく個性的なサスペンス映画になってるんだよね。宇宙服無しで母船に戻るシーン。無重力で飛ばされながら防護扉を締めるところが無音なんだよ。真空だから音がないってことなんだけど、それが緊迫感を倍増していて見てる方も息が止まりそうだった。それから遥か宇宙の彼方に乗組員が飛ばされていく描写。スペースポッドで追いかけていくと、もの凄い遠くに星のような点で見えてきて、それがだんだん近づいて人がクルクル回転しているのがようやくわかる。宇宙の怖さ、深淵さをこれほど感じたシーンはないなあ。キューブリックは巨大さっていうものを表現するのが本当うまいよね。左右対称の画面。ゆっくりとジックリと映すカメラ。それがこの映画の人知を越えたスケール感をだしてるんだよ。「シャイニング」もそうだよね。底知れぬ神秘な巨大な世界。まるで凄い夕焼けを見た時のようないいしれぬ感動があります。

そしてクライマックスの光の洪水。ここからラストまではいっさいセリフがない。異様な現代音楽のコーラスがいつ終わるともなく続いていく。ここは完全にドラッグ&瞑想状態だよね。観客を主人公と同じように深い意識にもっていくための通過点。このシーンが長い。こんなメジャーなお金のかかった作品でこんな実験的なことをやってしまったことが凄い。もう2度とできないだろうね。そして光の洪水を抜けた後、静かな白い部屋にスペースポッドが置いてあるシーン。一番鳥肌が立ったシーンだ。あれだけのサイケな映像のあとにこの静けさ。ここは天国なのか。それとも高級老人ホームなのか。うわ〜こうくるか〜と思ったよ。この繋ぎ方は凄すぎるよ。まさに神映画!

この映画はほとんど説明がない。モノリスはなんなのか。HAL9000コンピュータは何故乗組員を殺したのか。スターチャイルドはなに?キューブリックはあえて説明を省いてこの映画の神秘的な感じを演出した。そのかわり象徴がたくさん用いられている。四角形のモノリスは異次元につながるどこでもドアのようだし、黒はブラックホールのようで、人類を教育する学校の黒板のようでもある。テーマ音楽の「ツァラトゥストラはかく語りき」はニーチェの超人思想のテーマ曲。ディスカバリー号は精子。などなど。ことばではないイメージの言語で作られた映画だ。

 1974 悪魔のいけにえ/トビーフーパー
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この時代に生まれた奇跡の一本。トビーフーパー監督もこれしか面白い映画がない。このコーナーは年代順に紹介していくんで、この映画が上の方にきてしまうことになって、ちょっとビジュアル的にもいやだなあとも思うんだけど、でもこれはやっぱはずせない。ホラーから一本となればやはりこれ。

テキサスを車で旅行する5人の若者。もう砂漠で乾いた感じでギラギラと太陽が照りつける。音楽がない。ラジオから流れてくるカントリーミュージックがBGM。ドキュメントタッチだよねえ。お金がなくていい機材を使えなかったからたまたまそうなったみたい。フィルムも16mmを拡大してざらついた感じになった。それが逆に凄い臨場感を生み出すこととなった。

まず最初にヒッチハイクで男を乗せるんだけど、こいつが怖い。挙動不審なんだよ。会話の内容も牛の屠殺がどうのとか、ヤバイ感満載。へんなの乗せちゃったなあ〜〜と気まずい雰囲気の車内。何故かカメラを取り出して写真を撮ったり、ナイフを出したりと、何をするかわかんない緊張感が凄い。悪魔のいけにえといえばチェンソー振り回すレザーフェイスですが、このヒッチハイク男もかなり強烈です。

そして音楽というか効果音というか。金属的ないやな音がうまいこと作われてます。フライパンのような鉄製のパーカッションだろうか。叩いたあとにこすりつけるようなキリリリリっという不快な音。あと鉄板をゴオオオンと叩くような音。これが異様な雰囲気を倍増させてますね。

そしてレザーフェイスの初登場のシーン。これが怖い。いきなり現れて、ボコボコにして、被害者を部屋にひきずりこんでドアをバタンと締める。もう怖すぎて固まってしまう。なにもできず傍観してしまうような恐ろしさ。くるぞくるぞ〜と不安をあおってドーンみたいな、映画的な演出がないので、よけいに衝撃的なんだよね。

殺人一家に拉致されたあと主人公の女の子の悲鳴が凄い。もうずっと悲鳴。映画史上もっとも叫んだ女優なんじゃないだろうか。ウギャーという目のアップ。ギャハハハと笑う殺人一家。もう気が狂いそうな悪夢の世界。狂気!

直接的なグロシーンはありません。そのおかげで安っぽくならずにすんだ。これもお金がなくてできなかったことがプラスに働いた。それでも凄く残虐な映画を見たという印象が残ります。

ラストがまた最高すぎる。朝日の中にチェンソーをブンブン振り回して唐突に終わります。もうクールすぎ。

 1974 ファントム・オブ・パラダイス/ブライアン・デ・パルマ
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デ・パルマ監督作品の中では異色作なんだろうが彼の才能が爆発した最高傑作だと思いますね。POPでコミカル。面白い!今見ても最高でした。さすがにフィルムの画質の感じは古いんだけど、キャラのインパクトは相変わらず。得意の画面2分割の緊迫感も新鮮でした。数々の考え抜かれた演出がもう完成されすぎているんで、こういうのは時代がたっても魅力は変わらないねえ。コメディの部分もセンス抜群。

オペラ座の怪人をもとにしたロックミュージカル風なサスペンスドラマ。無名だが才能あるミュージシャンのウインスローは自分の曲を大物プロデューサーのスワンに奪われてしまう。その上刑務所送りになって歯も抜かれてしまう。脱獄してレコード会社に殴り込みをかけるもレコードプレス機にはさまれて顔の半分が焼け声も失ってしまう。その後、仮面の怪人となりスワンの運営するパラダイス劇場に潜み復讐の機会をうかがう。もう展開が早いんだよね。時間も90分ですから凝縮感がすごいです。

ウインスローの人生は悲劇の連続なんだけど、半分コメディみたいになってます。音楽は軽快な弦楽四重奏とピアノで無声映画みたいにレトロです。仮面のデザインがいかしてる。フクロウをモチーフにしてるそうだ。最初はさえない男だけど怪人になってからはカッコいいねえ。声も機械を通した声でダースベイダーみたいだし。ツマミだらけのシンセサイザールームで孤独にキーボードを弾く姿がなんともいい。必死に走る姿を手持ちカメラで追いかけるライブ感もよかった。愛する人のために曲を完成させるのだが、またも騙されて女もとられて、もう可哀想すぎな悲劇のキャラでした。

彼が想いをよせるヒロインがジェシカ・ハーパー。サスペリアの印象が強いので、彼女が歌ったりステップを踏んだりが意外。歌もカーペンターズみたいにうまいんだねえ。初めて大観衆の前で歌うシーンは感動的で素晴らしい。高揚感のあるステージショーのあとの静けさが鳥肌物でした。しかし駆け出しの歌手ということで状況に翻弄されるだけだし、何かもう一つウインスロウとの見えない絆のようなエピソードがあると良かったのだが。彼の一途な恋が若干ストーカになってしまっているのが残念。

悪役スワンは最高ですねえ。取り巻きの女性に囲まれたいかにも業界の大物って感じで、これを身長157cmの作曲家ポールウイリアムスがインチキっぽいカリスマ感たっぷりに演じている。ビデオのなかの悪魔との契約も劇中劇を巧みに入れこんでケレン味たっぷり。劇中歌も彼自身が作っているんですね。役柄の上では。それを奪う悪徳プロデューサーっていう立場なのでへんな感じだ。

また映画のテンションを一気に上げてくれるオカマのボーカリストのビーフが最高。ギターは弾けず肉体美といきおいだけで乗り切るパワー系。人体のつぎはぎパーツからフランケンシュタインのごとく蘇るステージ。そのあとの電流ビリビリまでの流れがもう最高すぎる。この映画のなかで一番目立っていたのは彼かもしれない。

 1977 スターウオーズ/ジョージ・ルーカス
スター・ウォーズ エピソード4 新たなる希望 リミテッド・エディション [DVD] もう人生最大の衝撃と言ってもいいくらい感動したよね。これはリアルタイムで小学校4年生のときに見たと思う。頭ん中がスターウオーズ1色になってしまったよなあ。これほどかっこ良くて、ワクワクするもがあっただろうか。今、改めて、見るとさ、さすがに古いというか、古典という感じだけどさ、当時のこの映画の新しさ、面白さっていったらハンパじゃなかったよなあ。もうケタ外れに凄かった。

まずメカデザインが革新的だった。Xウイングファイター、R2D2、帝国軍兵士、かっこよく斬新なデザインが惜しげもなく次々と登場する。その世界観に圧倒されてたよね。これを考えだしたデザイナー天才だよ。調べたらジョー・ジョンストン、ラルフ・マクフォーリーという方が考え出したようだ。この二人はデザインの歴史に名を残すべきだ。それくらいスターウオーズはデザイン革命だったんだ。それぞれ源流はあることはある。例えばC3POはメトロポリスのマリア。R2D2はロビーやサイレントランニングなど。それを完成度を高め機械むき出しでゴツゴツしてて汚しの入った使用感を入れた。それまでのピカピカ流線型の宇宙船をいっきに過去の物にしてしまったんだよね。

そしてかっこいいシーン、シチュエイションのアイディアが凄い!。まずはライトセーバー。レーザーの剣で戦う。どうやって思いついたんだ!霧の中で懐中電灯を使うと光が帯のようになるけどさ、そういうとこから思いついたのかなあ。10年に一度のアイディアでしょ。あとデススターの溝みたいなとこを猛スピードで飛んで行くクライマックス。2001年の光の回廊とか、トンネルの中のカーチェイスとか、そういうところから思いついたのかもしれないけど。このアイディアも最強だよなあ。宇宙船どうしが戦うのを宇宙空間でやると上も下も良くわかんないし面白くないと思うんだ。それを狭い溝を飛ぶことで凄いスピード感がでるし、追いつ追われつでサスペンスになる。このシーンをアカデミー賞番組で初めて見たとき、なんかとてつもない凄いものに出会った気がして鳥肌がたったんだよね。

後の映画が影響を受けずにはいられないっていうのが最強のアイディアだと思うんだよね。そういうのがスターウオーズには「デススターの溝の飛行シーン」「ライトセーバー」「頭上を飛ぶスターデストロイヤー」「各メカデザイン」など複数あるんだよ。これって尋常じゃない凄い事なんだよね。

映画的にはキャラクターとストーリも素晴らしい。特に「隠し砦の三悪人」を参考にしたっていう主要メンバーは完璧すぎる。R2D2とC3POはでこぼこコンビの完成形だ。コンビに必要なのは二人の正反対な資質が補い合ったり反発しあったりすることだ。この二人はまったく違う外観。金ぴかで歩く人間型のC3POに対して円筒形でタイヤ走行三本足のR2D2。C3POは何か国語もあやつるおしゃべりなのにC3POはピュ〜〜っていうような機械音。この二人がときに喧嘩したり心配し合ったりが愛おしいんだよねえ。

ちなみにマッシーは最初のスターウオーズ以外のスターウオーズはまったく面白いと思わなかった。正確には帝国の逆襲の前半までは面白かった。そのあとクマみたいなのががでてきて子供向けになった。監督がルーカスじゃないからしょうがないかと思っていた。しかしルーカスが久々に監督したエピソード1は自分史上最も期待を裏切られた映画となった(なんで立ち話ばかりしてるんだ)だから俺にとってスターウオーズはこれだけだし、他のはなかったことにしてほしい。エピソード4なんて呼び方も気に入らない。新しいスターウオーズを撮るJJエイブラムズ監督には期待している。彼だって俺と同じ意見のはずだ(と勝手に思っている)これぞスターウォーズの続編だという傑作を作ってくれ。

 1980 ブルース・ブラザーズ/ジョン・ランディス
ブルース・ブラザース [DVD] 夭折したジョン・ベルーシーの代表作として語られるけど、なんといっても脚本も書いたダン・エイクロイドの情熱と才能。ジョン・ランディス監督の冴えわたった演出の賜物です。今見ても全然面白い大傑作だ。

レイア姫ことキャリーフィッシャーがいきなりロケット砲を発射するとことか、追ってくるパトカーのもの凄い数とか、SWATに州兵も押し寄せる大スペクタクルになっているのに、二人の乗るエレベーターの静かなこととか、ひとつひとつのギャグが冴え渡ってるんだよねえ。こういうのって全部エイクロイドの発想なんだろうか。映像で笑わせるのって難しいと思うし、実際コメディ映画でも笑えないのが多いんだよ。それを小ネタだけではなく、大ネタ含めてこの映画の爆笑打率はすごぶる高い。高速道路から落ちたナチの車が飛行機から落としたようなもの凄い高さから落下していくシーンとか、ここまでやるか?的な過剰さで笑わせるセンスがほんとに素晴らしい。

そしてぶっ壊しエンターティメントとしても映画史に残る。大量のパトカーが積み重なるようにクラッシュしたり、ショッピングセンターを破壊するカーチェイスなどなど。子供が積み木を壊すような破壊衝動を満足させてくれる。フレンチコネクションを彷彿とさせるカーチェイスもかなり迫力があるし、広角カメラを使っているシーンが多くてダイナミックな絵作りが今でも古びていない。

  さらに永遠の名作にしているのが黒人ソウルミュージックへのリスペクトだ。神父役のジェイムス・ブラウンの説教がどんどんヒートアップしてきてバンドの演奏がはじまり、信者達が爆発的な勢いでダンスしはじめるシーン。この曲のテンポが凄まじく早い。ベルーシーがバンドやるべしという神の啓示を得て、前方回転していくのにあわせて音楽がフィードバックしてくる。このシーンはほんと鳥肌がたつ。この高揚感!ミュージカル映画としても尋常じゃないパワーがあふれていた。楽器店のレイ・チャールズも食堂のアレサ・フランクリンも役者並みの存在感を見せ、どれも面白かった。通りの通行人がみんなで踊るミュージカルシーンはフラッシュモブみたいだな、なんて思ったりして。逆だけどね。

 カントリーのお店で演奏するエピソード。黒人音楽に対する敵として保守的なカントリー音楽がおちょくられているわけだが、ローハイドを演奏してからの盛り上がり、そのあとの静かな曲を涙ながらに聞き入る観客。やっぱりそれぞれのコミュニティーにはそれぞれの音楽があってそれでみんな気持ちを共有している。そんなとこもなんだかジンときたんだよねえ。

 1981 マッドマックス2/ジョージ・ミラー
マッドマックス2 [Blu-ray] 自分の映画史上最高のヒーロはこの男だ。マックスは「1」でもかっこ良かったが「2」で極限まで完成された。ほとんど喋らない。片足にギブス、後半は片目も縫った状態。短くしたショットガン。犬も連れてる。

この映画の世界観も後のクリエイターに大きな影響を与えてる。もちろん北斗の拳はモロだけどさ。パクリっていうのはコクだ。それくらいこの世界観は魅力的で影響を受けない方が難しかったんだから。戦争で文明の滅びた未来世界だからさ、自分で新しいルールを設定できるじゃない。水が大事、石油が貴重とか。社会の根本のしくみを変えられる。砂漠を舞台にした絵作りは異世界のような美しさがでるし、制作費も安く押さえられる。一挙両得だ。

荒野の一本道をマックスのトレーラーを先頭に改造車軍団が駆け抜けるクライマックスはほんと最高。砂塵をあげながら全車両が夕日に向かってUターンするシーンはすごい鳥肌ものだ。機械むき出しの汚れた改造車が激しくクラッシュする荒々しさ。ファッションもヘビーメタル風だよね。この時代は「凶暴さ」っていうのが新しかったんだと思い返す。スターウオーズがSFに革命を起したようにマッドマックス2もアクション映画に革命を起したんだ。

またこの映画はキャラ造形が素晴らしいんだよね。オーストラリア映画なのでメルギブソン以外知らない役者ばっかりなんだけど、いいキャラクターの宝庫だったよ。主役のマックスは無口だから、お調子者でお喋りなジャイロキャプテンとコンビにすることでバランスがよくなってるよね。それからアボリジニの子供キャラが強烈。原始人みたいにうなり声しか言わないんだから。それで鉄製ブーメランの達人っていうのもこの時代に生まれた子供って感じがいい。敵のNo2のモヒカン刈りウエズ。いままでにない凶暴な感じが恐ろしかった。バイクの後ろに乗せる恋人はゲイの美青年っていう設定も新鮮だったなあ。

脚本がよくできているんだよね。野生児にマックスがオルゴールをあげるシーン。コミュニティの話し合いからなんとなく蚊帳の外の二人。退屈した子供がマックスに俺のブーメランスゲーだろと自慢する。マックスは俺もスゲーものもってるだよとオルゴールを見せる。それをもらって興奮する子供。子供が流れ者のマックスに惹かれて行く。セリフ無しで両者の関係をさりげなく表現しちゃっててうまいんだよなあ。

またこういうヴァイオレンス映画には人質を取られてさあどうする?っていうのがつきもの。こう着状態をどう打破するか。それこそ脚本家の腕の見せ所。野生児がブーメランを投げる。運悪く美青年死亡。悪役のザコキャラが指切断。それでウケる悪党軍団。その中で一人怒り狂うウエズ。ウエズが美青年をちゃんと愛していたっていうのも分るしその怒りが制御不能になってしまったという怖さ。火に油を注ぐような状況にしてしまう展開が秀逸だった。

最高の脚本に魅力的なキャラクター達。斬新な世界観。これはスターウオーズもいっしょだね。

 1982 ブレードランナー/リドリー・スコット
ブレードランナー クロニクル [DVD] 公開当時は全然話題にならなかったよね。人気のハリソンフォード主演のSFにもかかわらず。やっぱりストーリーがエンタメでもないしアクションが凄いわけでもない。なんか地味って感じでスルーされたんだと思う。俺もリアルタイムでは見なかった。

高校になってからビデオで見てその映像美に感動したんだよねえ。スモークでかすんだ未来都市。火力発電所みたいな炎がブワーとあがってね。屋台があったり和傘をさしてたり。アジアチックな街っていうも新鮮だったなあ。こういう香港みたいな世界がかっこいいSFになるなんて思ってもみなかった。アメリカやヨーロッパがかっこ良くてアジアや日本はダサいと思ってたから。オーロラビジョンに映る芸者。その横を飛ぶのスピナーのライト。SF映画史に残るシーンだよなあ。芸術的なSF映画。これを見るとなんだか癒されるんだよねえ。

人間そっくりのレプリカント達を通して「人間とは何か」という問いかけ。寿命が短く過去の記憶がない彼らは「写真」を集めるっていう設定もいいよね。記憶の外部メモリーとしての写真なんだろうなあ。そしてハードボイルドな暗い感じがたまらないんだよね。光と影。煙ってたり雨が降ってたり、そういうもので映画がコーティングされてるんだよ。俺もコートのえりをたててこんな世界をさまよってみたいさ〜。

敵のリーダーであるルドガーハウアーが素晴らしかった。妖しくてカリスマ性たっぷり。彼が映るとヨーロッパ映画見てるみたいな色気がでるよね。圧倒的なキャラなのに最後の死ぬシーンのさりげないとこ。首をこくってかしげるだけなんだから。雨だれがスローモーションになってね。こんなに静かに死ぬなんて。電池がきれてしまったようなあっけなさと、死をうけいれたような達観した感じが印象的だった。

それに対して主役のデッカード(ハリソン・フォード)はものたりないねえ。これ、もう一つ二つ彼を印象的にするなにかが欲しい。レプリカントは人間よりはるかに身体能力が高いわけだから彼らを捉えるプロっていう何かスペシャリスト的なものが欲しかった。やられてるばかりで弱々しい印象なのが残念。リドリースコットは松田優作にしてもエイリアンにしても主役よりも悪役に興味があるのかもね。

 1984 風の谷のナウシカ/宮崎駿
風の谷のナウシカ [DVD] 日本映画からも一本となるとやっぱり宮崎駿だろうか。「ラピュタ」「もののけ姫」と悩んだ末「ナウシカ」を殿堂入りにしましたー。あらためて見ると、この映画のオリジナリティはやっぱ凄いよね。世界レベルで見ても、SFファンタジー映画の歴史に残る大傑作だ。同時代のマッドマックス2とかブレードランナーとか比べても全然負けてないし、音楽でいえばYMOのような偉業をアニメーションで成し遂げたといえる。

核戦争後の地球という設定はこの時代共通のキーワードなわけだけど、そこに腐海という生態系を加えたのがいよなあ。単に自然を守ろうよではなく、腐海自体が猛毒の瘴気を出す恐ろしい自然だし、風の谷に粘菌が広がってしまって森全部を焼き払うはめになってしまうとか、きれいな水で育てると毒をださないとか、世界観が複雑だよね。解りやすい悪役ってのも出てこないし国と国の対立も単純に善悪でない。こういうとこがとてもリアルで深い。

そんな世界で暮らす人々の衣装なんかも東欧とか西アジアっぽいのも新鮮だった。普通ならヨーロッパっていうところをちょっとずらしているんだよなあ。兵器も継ぎ接ぎだらけの巨大飛行艇なんか第一次大戦風でレトロ。それが過去の文明が残したハイテクマシンの「ガンシップ」や「メーヴェ」ってのと共存しているのが面白い。ここにも複雑な文明の二重構造が織り込まれてる。

絵がほんとかっこいいよね。フランスのメビウスさんに影響受けたということもあって、なんだか外国のアニメーションを見ているような気分にもなる。「もののけ姫」に比べると遥かにシンプルなんだけど、線とか影とかのレトロっぽい感じが最高。版画の挿絵風というか宝の地図みたいなんだよねえ。この画風があってこそ王蟲の神秘性がでたんだと思う。傷ついたウシアブをナウシカが腐海に返しにいった時、王蟲が静かに佇んでいる。大きな意思をもった山みたいでさ。クジラや大木のような、地球と繋がっているようなガイヤ感覚。深みがあるよなあ。巨大昆虫とたたかうスターシップトゥルーパーと比べるとあまりにも違いすぎる。

映画的な演出がうまいんだよねえ。中盤からクライマックスにかけてがほんと手に汗握る。捕らえられたナウシカがペジテの飛行艇からの脱出するあたり。ペジテの女性達が「自分たちのしたことを許してくれ」とナウシカの脱出を手伝う。ここも感動のシーン。そのあとのミト爺のガンシップの登場。ナウシカとすれ違い様にコルベットを一瞬にして破壊するとこなんて、もう鳥肌もの。「未来少年コナン」のギガントの戦いや「ラピュタ」のシータ奪還するとこもそうだけど、宮崎駿は空中での戦いの演出が凄くうまいよねえ。実写含めてもこれほどの手腕を持った人いないんじゃないだろうか。自分がナウシカを殿堂入りにしたのも空中でのシーンが多いからなのかも。日本版ナウシカとでもいうべき「もののけ姫」は絵も実写?て思うぐらい凄いし、人物造形も複雑でリアルなんだけど、空のシーンがないのがやっぱり寂しい。

キャラはどれも素晴らしいのだが、ヒーロー的なポジションなのにあまり活躍できないアスベル。漫画原作に比べて名君さがあまりだせなかったクシャナ殿下。この2人に物足りなさを感じた。そのあたりは「もののけ姫」のアシタカとエボシ御前というキャラクターに引き継がれてたっぷりと描かれたようだ。あとナウシカがコナンのラナやルパンのクラリス系統のお姫様なのにやたら強いのもリアルな感じがなくてあまり好きではない。

久石譲のテーマ曲がまた鳥肌物。この作品をより深いものにしているねえ。ただ中盤のディレイの効いたオルガンを使ったサイケな感じの曲は今聞くとちょっと軽いかねえ。パーカッションだけにするとか、無くてもいいくらいかも。
 1985 未来世紀ブラジル/テリー・ギリアム
未来世紀ブラジル [DVD] イマジネーションの洪水。まさに、その言葉がピッタリの映画だよなあ。テリーギリアムほんと天才だよ。彼の頭の中の世界に放り込まれもみくちゃにされるような映画だ。最初から最後まで監督のこだわりで埋め尽くされている。タイプライター型のコンピューター、一人乗りのクラシックカー「メッサーシュミット」などなど。スチームパンク的なガジェットも満載。その世界観に圧倒されっぱなし。

未来の超管理社会で押しつぶされそうになっている主人公。唯一の楽しみは夢を見る事。その中で彼は翼の生えた騎士となって愛する女と空を飛ぶのだ。そして現実世界でその彼女にそっくりな女性に出会ってしまう。彼女を守ろうとしたところから事件に巻き込まれて行く。

主人公は個性らしい個性はなく、悪と戦う正義漢でもないが人並みの良心はもっている、いってみれば凄く普通の人。一般的なサラリーマンという感じだ。その代わり周りの人間達が個性的すぎる。彼を支配する強い母親は主人公の気持ちなど関心がなく美容整形に熱心。顔をムギューっと引っ張られてラップにくるまれてしわを伸ばされるシーンがブラックだ。

主人公を導く自由な精神の象徴がロバートデニーロ。非合法のダクト修理人っていうヘンテコな職業。どうやらこの社会はダクトに支配されているようで、空調やら下水が複雑にからみあい、会社でも書類をカプセルにいれてシューっと送るダクトとかが通信手段。これがかさばるし面倒で、すぐ壊れる。それを手なずける事が出来るデニーロは勝手にやってきて修理して窓からワイヤーでシュ〜っと去って行く。これがかっこいい〜っていう、そんな設定が凄く面白い。

管理社会の風刺も面白かった、隣の部屋となぜか机が繋がっていて、隣が机をグ〜っとひっぱると自分の机の面積が減ってしまう。そこにいるのは神経質な男で机の奪い合いになってしまうとか。爆破されたビルから書類が紙吹雪のようにまってくる。そのあとに書類にからめとられてデニーロが消えてしまうとか。夢と現実が交互に重なりやがて境界を失っていく展開が面白い。楽しい悪夢。センス最高なブラックユーモア。夢の世界のモンスターは何故か日本の鎧兜。

この映画のラストはもの凄い。凄すぎる。主人公は気が狂うことによって自由になる。彼がポツンと取り残されたドームの巨大なこと。もうありえないほどの孤独。絶望。そこに、陽気な主題歌をかぶせる。「ブラジルの水彩絵」なんという組み合わせ。この感情をなんと表現すればいいのか。ラストシーンランキングをやればこれが1位になるかも。これを映画会社の上層部がハッピーエンドに変えようとしたそうだね。こんな凄すぎるラストがつぶされなくてほんとによかったよ。

 1986 エイリアン2/ジェイムス・キャメロン
エイリアン2 [Blu-ray] まあ、ほんとにこれもストーリーに演出にキャラクターなど100点満点のSFバトルエンターティメントだ。ちろん前作もすばらしい大傑作なんだけどリドリースコットはブレードランナーがあるから割愛です。

演出面でいえばSF映画に戦争映画のようなリアルさを持ち込んだのが斬新だった。前作はギーガーのデザインや2001年宇宙の旅の3つ目のパートのような独特なホラー映画だったが、この作品は重装備の宇宙海兵隊やフォークリフトのように使われるパワーローダーなど実際にありそうなリアルな設定でまったく違うタイプの続編として大成功。最後は船外へ放り出すっていうのが同じなのに印象がずいぶん違うんだよねえ。一作目がかなり独特のカルト風味だったということもあるけど。2作目が突き抜けたアクションでスケールアップっていうのがマッドマックス1と2にも共通している。

最初のエイリアン襲撃シーン。兵士の頭につけたカメラが効果的だった。今で言うPOV的な演出だよね。現場のパニック感がうまく表現されて凄く臨場感あったなあ。重装備の海兵隊員達があっという間に全滅されられてしまう展開の恐ろしいこと。ターミネーター1でも警察署がまさかの襲撃されるシーンがあったよね。絶対大丈夫だと思っていたものが圧倒的な力でつぶされるというシチュエイション。こういうアイディアが素晴らしい。戦闘は素人のリプリーが装甲車を運転して現場に急行するシーンと合わせてもう大興奮のシークエンスだった。劇場でいっしょに行った友達と顔を見合わせて「スゲ〜〜〜」といったのを覚えているよ。

キャラでいえばアンドロイドのビショップがよかった。前作で悪役だったアンドロイドをいい役にした。この意外性がいいよねえ。シュワルツネッガーが主人公を守る側になるターミネーター2もそうだったね。人と違ってプログラムで善悪が入れ替わる。人はそこまで割り切れないんで戸惑っちゃう。いつ裏切るのか?なんて思っちゃうしね。

少女ニュートを救い出すためにエイリアンの巣窟に再び入って行くのは劇場で見た当時「うそだろ〜今から行くのか!?」と驚愕した記憶がある。ここに母と娘という擬似的な親子愛を中心におくことでリプリーにバンバン銃をぶっ放すような大活躍をさせるわけだが、シガニーウィーバーは銃規制論者でほんとはやりたくなかったそうですね。しかしこれこそ彼女の代表作なのはまちがいないね。

ターミネーターではシュワルツネッガーと必死に戦う未来戦士マイケルビーンが凄くかっこよかったのだが、エイリアン2ではほとんど活躍しないのが残念。

 1987 バグダッド・カフェ/パーシーアドロン
バグダツド・カフェ [レンタル落ち] 20代の頃、大好きだった映画だ。ツタヤ推薦で改めて見てみたよ。完全版で長くなってる。といっても元のストーリーをほとんど忘れてたんで違いはよくわからなかった。ジャスミンが上半身丸出しで釜茹でにされるっていう想像のシーン。こんなのあったっけ?驚いたよここは。

改めて見てみて、雰囲気だけで中身がなかったら嫌かな〜と40代の自分は心配しながら見たんだけど、そんなことなかった。やっぱりイイ!。全然イイ。評価変わらず。人生のベストの一本だよ。

この雰囲気、ほんと最高だね。雰囲気映画かもしれない。この雰囲気にノレない方は退屈な映画だろう。ハマる人にはとっても大切な一本になるはずだ。ブレードランナーだってそうだよな。雰囲気って悪い意味で言ってんじゃないよ。雰囲気ってある種の本質だと思うんだよね。この映画からストーリーやセリフ、キャラ造形の設定などなど、言葉で説明できるようなところを全部取ってみる。そのあとに残ったもの。言葉で説明できないような部分がとにかく最高なんだよなあ。

砂漠のモーテルの部屋のあの感じ。カフェの窓から太陽光が差し込むあの感じ。給水塔をクルクル回るブーメラン。着色したフィルムの映像がまるで異世界のようだ。

物語はケンカから始まる。ドイツから来たジャスミンは旦那とケンカ別れ。バグダッドカフェを切り盛りする黒人のブレンダはいつも目ん玉ひんむいて怒っている。この怒り方が凄い。怒りがマックスこえて静かになるっていうような、まるで台風の目みたいだ。この二人が徐々に歩み寄っていく。ジャスミンがその体型のように広い心で受け止めてる。いつしか親友になっていく。ドイツ人と黒人の組み合わせ。

この映画、あまり多くを説明しない。ジャスミンが旦那と何故けんかしたのかは語られない。ダンディな老紳士が何者なのか。ピアノでバッハばかり練習している黒人の青年。カフェに集ういろんな人がどんな人なのか分りやすく説明しないんだよね。何度か会ううちになんとなくこんな人なのかなとなってくる。フィクションなのにドキュメント撮ってるみたいな描き方なのかなあ。まるでそこに自分も旅行者となって一緒にいる感じなんだ。これがたまらなく居心地がいい。

そこにさりげなく小さな奇跡のようなものがちりばめられている。黒人青年の弾くアベマリアが感情を込めたとたんガラっと雰囲気が変わる。それに聞き入るジャスミン。そこに光が当たってまるで聖母のようになっている。日常の中にふと現れる神々しい瞬間。

あたりまえだと思っていたものが無くなった時、それが実は奇跡だったのかもと思う。ジャスミンの存在がかけがえのないものだったのかは彼女がいなくなったときによくわかる。モデルとなって座っていた敷物は今は主人を失って風が通り抜けて行くだけ。クルクル回転して戻ってくるはずのブーメランは失敗して給水塔にぶつかる。そのときのゴオンという音。凄く間抜けで寂しい音がするんだよね。

物悲しい「コーリングユー」がすごい相乗効果だしてる。どちらかといえばコミカルな映画なのに、よくぞこの音楽セレクトした。半音ずつ下がって行くフレーズが耳を離れない。

 1990 トータル・リコール/ポール・バーホーベン
トータル・リコール [DVD] 2012年版を見た後で再鑑賞すると、こんなにセットがチャチだっけ?とかファッションがダサすぎるとか、編集やカメラワークも古くさく感じてしまって、そうか、もう22年前の映画なのかと、いまさらながら時代の流れを感じたりもしましたが、それでも、やっぱり面白い映画だった。やっぱりストーリーが盛り上がるんだよねえ。なんだかヒッチコックの巻き込まれ型の映画を見るように楽しんでしまった。

 今までいっしょに暮らしていた奥さんが実は監視役でいきなり銃で撃ってくるとか、過去の自分が、今の自分の窮状を予測してスーツケースにいろいろお助けグッズを送って来たりとか、いいアイディアだよねえ。過去の自分が完全に悪い側についていたと解るラストも驚いたよ。原作になったのはPKディックの短編「追憶売ります」なのだが、共通するのは最初の部分だけ。主人公がリコール社で火星旅行の記憶を植え付けてもらおうと思ったら本当にスパイだったというとこ。なのでトータルリコールの90%は脚本のダン・オバノンとロナルド・シャセットのコンビが作り出した渾身の最高傑作といえるのではないだろうか。

 これをバーホーベン監督が独自のセンスで映像化。鼻の穴から大きな発信器をズボッと抜く。それが鼻の穴より絶対でかいというシロモノ。こういうギャグか?と思うような危ういセンスがクセになる。おばさんの顔がシャキーン、シャキーンと割れてシュワルツネッガーが出てくるシーンとかもう最高。この顔面割れシーンでこの映画はSF映画の殿堂入り決定ですね。今の時代にCGでこれをやっても面白さはないし、この時代ならではの傑作シーンだな。やっぱり個性のあるい映画は時代が過ぎて古くさい物になっても永遠に面白いんだよね。 

 主演のシュワルツネッガーがハマってました。自分の記憶は果たして本物なのか?っていうような内容の映画だけに、アイデンティティの不安などまったくなさそうなシュワルツネッガーというキャスティングもどうかとも思うが、コミック的な軽めのノリなので彼以外の俳優だったらチャチっぽさのほうが勝ってしまったのかなとも思う。イスに縛り付けられハウザーに戻される絶対絶命のピンチを筋肉パワーだけで突破するのはただのシュワルツネッガー映画みたいで一瞬ヤバかったが。

 敵役のマイケル・アイアンサイドは存在感があってとてもよかった。恋人シャロンストーンを殺されたあと、冷静さを失って思わず火星ドームのガラス壁を撃ちそうになるとこなんていい流れだった。「ガキが5人いるんですよ〜」のお調子者の黒人の運転手とか、鬼嫁シャロンストーンとか、キャラはどれもはすばらしいがレジスタンスの彼女メリーナは今ひとつ。主人公が夢に見る女性でリコール社でも髪はブルネット、筋肉質、性格はみだら、とかいろいろ注文したにもかかわらず、いまひとつ魅力的に描かれていないのが残念。ここは2012バージョンで一番改善してほしかったところなのだが。この映画は実は全て夢なのでは?というのを匂わせるラストでもあるので、メリーナはやはり夢の女らしくもっと浮き世離れしていてもよかったかも。

 ミュータント達への目線が愛情深いねえ。圧政に苦しみながらもたくましく生きている彼らのコミュニティが魅力的だった。小人の娼婦、そして胸が3つ女。顔の半分がケロイドっぽくなった占い師の母と娘。一瞬ギョっとする顔なのだが、シュワルツネッガーがやさしくお金を渡すシーンがいい。ここが無慈悲に襲撃されるシーンは怒りが込み上げてくるね。

 1991 バートン・フィンク/ジョエル・コーエン
バートン・フィンク [DVD] やっぱ面白いねえコーエン兄弟。よくこれだけ傑作を量産できるよなあ。「ノーカントリー」「赤ちゃん泥棒」「未来は今」一本選ぶとしたら「ビッグリボウスキ」と悩んだ末の「バートンフィンク」だねえ。このふたつは似てるね。まったくムダのない完璧な映画。コメディな感じだけど基本はサスペンス。ジョングッドマンがブっ飛んだ役柄。スティーブ・ブシェーミーはいてもいなくてもいいような役なのに印象深い。どちらも甲乙つけがたい傑作で「夢」との二重構造になっている。「リボウスキ〜」は明るくてサイケ&アート。「バートン〜」はダークでハードボイルド。

 ハリウッドにやってきた脚本家がスランプで苦しむ。ホテルで缶詰になるも3行しか書けない。気になる隣の部屋の音。蚊がブ〜ンと飛ぶ。文章で書くとまったく面白さを感じないんだけど、ベローンとはがれる壁紙が凄く印象的だ。そしてアクの強い登場人物達に翻弄される主人公。助言を貰おうと思った尊敬している大作家はアル中だし、映画会社の社長は字が読めないのにやたら豪快で大物チック。文芸作品を書きたいというまっとうな理想は砕かれB級レスリング映画の脚本を書くことに。参考になるからと試写室でレスリング映画のテイクを何度も見せられるシーン。ここが気が狂いそうで最高に可笑しかった。しかし、そういう面白さが後半になるとデビッドリンチのようなシュールな展開になっていく。

 ホテルの廊下から炎が燃え上がりジョングッドマンが銃を撃ちながら走ってくる。ここで映画は現実のラインを完全に越えてしまう。もうこれは現実じゃあない。どこから幻覚だったの?となる。殺人鬼自体が妄想なのか。実は殺してたのはバートン自身で二重人格だったとか。それともこれは夢の中なのか?スランプの彼が悩みながらいつのまにか寝てしまい夢の中で作品を書き上げてしまったのだろうか。いや、実はこれ、全部現実でジョングッドマンが超常現象を引き起こしているのか。この夢と現実と区別がつかない感じ。あからさまに「夢」ってわけでもないとこが面白いんだよなあ。この展開がなくて完全に現実世界で辻褄の合うストーリーだったらここまでの傑作にはならなかったと思うんだ。というか自分はやっぱり「夢」のような深層心理が投影されてるような映画が好きっていうことなんだけどね。

 最後に浜辺でポスターの美女と出会うのはなんだか天国をさまよってるようで味わい深い。この女は物語となんの関係もないんだよね。ただなんとなく前に座っているだけ。地味なラストなのになんだか救われたような気になるんだよ。箱の中身は当然「あれ」がはいっているはずなのだがそれが最後まで分らないし、違うものかもしれない。何かの象徴かもしれないがなんの意味もないものかもしれない。もし箱を開けるシーンがあったら自分ならなにを入れるだろうか。

 1994 パルプ・フィクション/クエンティン・タランティーノ
パルプ・フィクション [DVD] イングロリアス・バスターズも面白かったんだけど、やっぱりパルプフィクションは90年代を代表するような映画なんで、こちらを殿堂入りにしました。くだらないとも言えるエピソードを集めて時系列をシャッフルしたミクスチャ〜感覚が斬新だった。今までありとあらゆる映画が作られ、もう新しいネタなんてないんじゃないか?とも思う中でこういう映画に出会うと、やっぱ映画の可能性って無限なんだととても感心した。あらためて見てみると、時系列を入れ替えるっていう手法はこの映画の後にたくさん作られたので、そこに関しては、まったく普通に鑑賞してしまったんだけど、それでもやっぱり面白さは健在でした。

トーク。会話。おしゃべり。もうこれから目が離せない。なんでなんだろうねえ。登場人物達の会話にすっかり引き込まれてしまう。例えば死体を家に運び込まれて迷惑しているタランティーノが「家の前に死体預かりますって看板でてたか?」「でてないだろ」「それはここでは死体は預からねえからだよ!」なんていうセリフ。こんなのに聞き入ってしまうんだよね。本人がこだわっていることとか、そういうことを熱心にじっくり話されると説得力があるってことだろうか。そういう中で各キャラクターの性格がわかってくるし、お互いの主張の応酬が盛り上がるんだよね。こういう脚本を書くのがほんとうまいよ。普通なら退屈きわまりない映画になってしまうのに。ひょっとしたらラジオドラマで聞いても面白いのかもね。

トラボルタの起用もはまってた。マヌケとクールを併せ持ったキャラがいい味だしてたなあ。ユマサーマンとのヘンテコなツイストダンスや理屈っぽいサミュエルLジャクソンとの名コンビ。俳優の起用のしかたがうまいよねえ。主題歌にもってきた「ミザルー」もはまりすぎ。こういう忘れてたようなところからもってくる組み合わせのセンスがすばらしい。

物語は4つ。強盗カップルのファミレス襲撃、トラボルタとユマ・サーマンの一夜のデート、ブルースウィリスのボクシング八百長試合、トラボルタとサミュエルLジャクソンのうらぎりものを始末する話。それぞれのお話が思わぬ展開をみせるんですっかり引き込まれてみてしまった。普通なら描くところをバッサリカットしたり、ストーリーが枝葉のところに転がって妙な展開をみせるとか、そういう感覚が面白い。まるで今まで捨てていた材料や、食べ残し、思わぬ食材を集めてそこからまったく美味しい料理を作り出したようなセンスのよさ。特にボスとブッチのエピソードは想像を絶する展開で、八百長試合そのものは映さずラジオの中継で説明するのみ。時計を取りに戻るところのドキドキ感、そのあとのなんじゃあこりゃあという展開、全身レザーの男が出て来た時はもう唖然としてしまった。

これがそれぞれ4つの短編として作られていても、面白いとは思うが、やっぱり時系列入れ替えマジックでひとつの集合体になっているってところ素晴らしいんだよね。

 1998 バッファロー66/ヴィンセント・ギャロ
バッファロー'66 [DVD] これはいいなあ〜。まず映像が独特だよねえ。70年代の映画みたいにザラザラした感じ。インディーズっぽくてアートフィルムって感じだよ。上から見下ろした時の道路のヒビやシミなんかがかっこよく映ってるんだよなあ。ギャロ監督自身がこだわってポジフィルムを映画用に改造したというものなのだそうだ。

主人公ビリー(ギャロ)は出所したもののトイレに行きたい。刑務所に戻ろうとしたものの断られる。他にトイレをさがしても閉まっていたり、断られたり、人にのぞかれたりでなかなか用が足せない。こういう出だしなんだよね。クールでとんがったジャケットのイメージとはだいぶ違う。結構コメディーなんだよね。

この主人公のキャラが面白いんだよ。自分勝手で我がままなんだけど、神経質なんだ。誘拐して逃げようってときにクルマのウインドウの汚れがどうしても気になるとかさ。マヌケなとこがあって憎めないキャラ。これは監督そのものなんだろうかねえ。この映画は監督の自伝みたいなんだよな。

ギャロ監督のインタビューを読んだけど強烈なこだわりを持った人みたいでさ。画家だしミュージシャンだしマルチアーティストで俳優。完璧主義で「コントロールフリーク」だそうだ。状況が自分の思い通りにならないと不機嫌になるっていうやつだ。こういう部分が主人公ビリーの人物造形をリアルにしてるっぽいね。

そのビリーを好きになるレイラがまた凄くいい。突然拉致されて妻役を強制させられるわけ。でもあんまりイヤがってないし、途中からノってきてビリーの両親にCIAの作り話をするとこなんか可笑しかったなあ。このレイラは育った境遇とかはあまり語られないんだけど、ダメ男ビリーを弟みたいにすんなり受け入れちゃってるとこが、違和感が無くて、ほんと映画史にのこるカップルって感じだった。ワイルド・アット・ハートのヤンキーカップル「セイラー&ルーラ」に匹敵するよ。

これをクリスティーナ・リッチが演じてて、体型がムッチリ。役作りで体重増やしたんだろうね。ボーリング場でのけだるいダンス。ここにかかる音楽がキングクリムゾンの「ムーンチャイルド」プログレファンとしてはうれしいかぎり。これにあわせてゆる〜いタップダンスを踊るのが最高。もうこのシーンでマッシー映画殿堂入り決定だよね。クライマックスにもイエスの「燃える朝焼け」をまるまるもってくる。

なんでもないようなシーンがなぜか凄く魅力的。ビリーの父親が部屋でシナトラを歌うシーン。アホな親父かと思ったら凄くムーディーな歌でひきこまれちゃう。背景もただの赤い壁だし、格好もランニングシャツ姿なのにね。あと、ビリー&レイラでフォトブースで写真を撮るとことかさ。脚本だけでみればなんてことない、いたって普通のシーンだよな。それがなんでこんなに良い感じになるのか。不思議だ。こういうとこがこの映画のたまらない魅力だよなあ。

「気まずさ」の描写がうまいよねえ。昔好きだった女性にファミレスで会ってしまうシーン。あのいたたまれない感じがなんとも絶妙。そして両親との気まずい夕食。口では怒鳴り合っているものの知らず知らずのうちに父親と同じポーズをとっているとことか。ずっとアメフトの試合を見ている母親とか。解り合えないのにギリギリ家族で踏みとどまっている感じもヘンテコで面白い。

クドクドと続くセリフがタランティーノの脚本に似ているよね。けど画面構成や色味が独特なんでまた違う面白さだなあ。アメリカの現代アートみたいなイメージなんだけど、なんと小津安次郎の映画も好きなんだってね。なるほど、それであの食卓の画面構成なのかと納得。

このビリーみたいな人間が実際にいたら、やっぱ自分は好きにはなれないだろうね。ビリーとレイラの仲も長続きはしないだろう。しかしこの映画はなんか特別な思い出のような感じでキラキラと輝いているんだよ。ラストのドーナツ屋でウキウキしながココアを注文するところなんて、ほんとこっちまで幸せになった。いい映画だよなあ。

 1998 ダークシティ/アレックス・プロヤス
ダークシティ [レンタル落ち] 再度鑑賞。今見たら古いかなあ〜と思ったけど、あいかわらず面白かったねえ。この時期に作られたSFの中ではマトリックスの次に重要な傑作だと再認識。定番作だと思ってたらあんまり有名じゃあないみたいね。ツタヤの発掘良品にもでてたし。

太陽が昇らないダークシティ。「未来世紀ブラジル」みたいなレトロでヨーロッパっぽいダークな世界観。映像がカッコいいよねえ。夜の12時になると人々は一斉に眠りに落ちてしまう。主人公は目覚めると殺人犯になっていた。過去の記憶もない。追ってくる謎の男達。もう出だしから一気に引き込まれます。主役はルーファス・シーウェルというあまり知らない俳優ですが顔がジャンクロードバンダムみたいでカッコいい。奥さん役にジェニファーコネリー。クラブで歌うシーンの妖しくきれいなこと。こういう謎めいた映画には凄いはまってるよなあ。「24」のキーファーサザーランドがひ弱な科学者っていうのも今見ると不思議です。

SF的でミステリアスなストーリーにワクワクしっぱなだったし。テーマがフィリップ・K・ディックっぽいね。この時期のSFはトータルリコールとかみんなそうだったけど。人の記憶とか、この世界は現実なのか?とか、そこにミステリーをからめていく。コンピューターやヴァーチャルリアリティっていうものが世の中に浸透してきて、あらためて個人のアイデンティティっていうものが問い直される時代。その先駆者としてフィリップ・K・ディックの映画化がさかんだった。

ダークシティはずっと夜のまま。町の外にも行けない。それを人々が疑問に思っていないっていう設定が面白い。昔行ったはずのシェルビーチにいくことができない。よく考えてみると昨日のことが思い出せない。人の記憶を入れ替えるっていうとことか、ビルや建物がニョキニョキ〜とはえてくるとか。わざわざそんなことするの?っていう発想がいいんだよねえ。いかにも妄想っぽい。精神病患者の考えた世界観みたいで良かったです。

そしてなんといっても最後のシーンは素晴らしい。感動的。このシーンをつくりだすために全てがあったのかと思うくらい。こういうアイディア自体もアレックス・プロヤス監督のものなのだろうか。とても才能のある監督だよね。ダークシティ以降は「アイロボット」とか凄く普通の映画とっちゃってパッとしないのが残念なのだが。またこういうカルトな作品を撮ってくれないかな。
 
 よくないなあと思ったことはストレンジャー達のいるアジトいかにも悪の秘密基地っぽいとこ。全体主義VS個人主義っていう構図も単純すぎかなあ。もうすこしここになにかもうひと工夫ほしかったなあ。

 1999 マトリックス/ウォシャウスキー姉弟
マトリックス [Blu-ray] それまでCMでしかお目にかかれなかったようなスタイリッシュな映像でアクションを撮る。これが面白かったねえ。映像の色も緑色が強かったり、黒の硬質な感じがあってさ、デザイン的にも洗練された画面構成。真っ白な世界に家具置いたりとかさ、畳の部屋でのカンフーシーンも広角レンズのダイナミックな遠近感でさ、こんな演出で見せられちゃうと、もう今までのアクション映画がなんかもっさりしたように見えてしまう。スローモーションを多用した銃撃戦はジョン・ウーの演出を凌駕してしまったし、映像美の世界まで昇華したといってもいい。ヘリでのモーフィアスの救出、ヘリのビルへの激突の流れもかっこいいシーンの連続。下から映して薬莢がバラバラ落ちてくるとかさ、いちいちカッコいいんだよ。

そしてなんといってもエージェント・スミスの弾丸をかわすキアヌリーブスのスローモーション。それまでも弾丸を避けるっていうアイディアはいろいろあったと思うんだよね。しかし、これほどスタイリッシュで重厚感のあるシーンとして描いたのは快挙。いってみれば漫画の中で見るような世界を初めて実写で描いた。頭の中でモヤモヤっと補完していた映像を実際に見せられたことの驚き。この映画史に残る名シーンも背景が何の変哲もないビルの屋上でちょこっと撃ち合いをするというだけのプロットなんだから。いかに監督の演出力で映画の出来がきまってしまうのかを痛感。

この90年代はサイバーパンクっていうものをどうかっこよく表現しようかということでがんばっていたわけだけど、やはりブレードランナーの影響から逃れられないわけで、つきぬけようとしても「JM」のように面白くないものしか出来ないという感じだった。そうやって先人達が苦労して1mmづつ進化させてきたものを、天才が現れてドーーンとこれだ〜〜!というもを作り上げる。まさにマトリックスは映像革命でした。前年のダークシティは傑作だけどやはりマトリックス以前と以降と線が引けるように、この作品の影響力は凄かった。

音楽の世界も状況が似ていて、デジタルロックみたいなものをかっこ良くしようと努力していたところにケミカルブラザーズ現れて一気に飛び抜けてしまう。ほんと天才が世を創って行くんだって思ったよ。

パワフルな映像に負けない強い骨格をもったストーリーも素晴らしい。この世がじつは現実ではなく作り出されたものだった。無数にならんだカプセルでネオが目覚めるシーンはほんと衝撃的だったよ。現実だと思っていることは頭の中で見せられているものにすぎない。思い込みを捨てることで自分の限界を解き放つ。ハッカーだった主人公はスーパーマンなみの力を発揮できるようになる。現実社会でさえない主人公がパワーを得て大活躍っていうのはアクション映画の基本設定なわけだけど、そこに魂の解放というような、悟りを得て世の中が違って見えるような、精神的な要素を結びつけてた。これが作品に深みをだしてましたね。

 2000 ダンサーインザダーク/ラースフォントリアー
ダンサー・イン・ザ・ダーク(Blu-ray Disc) あの「ビョーク」が地味なメガネの女性ってのが驚き。さえないシングルマザーで工場で働き演劇のサークルに通っている。でもしゃべる声はやっぱりビョーク。彼女はルックスが日本人みたいだし、映画の中で浮いているようにも感じる。

手持ちカメラの動きが落ち着かない。編集もギクシャクするようだ。ドキュメントみたいな感じだ。色あせた昔の写真のようなウォームな画面。わりと好きだ。でも、なんかストーリーが頭に入ってこないというか、正直退屈だ。

1/4ぐらいたって、セルマ(ビョーク)は失明するらしい。息子にも遺伝していて目の手術のお金が必要。周りの人たちはわりといい人なのだが、これからなんか悪いことがおこるのかなあ〜、どんどん悪くなっていって、最後も救いがないのかあ〜と身構えながらも、やっぱこの監督は俺には合わないのかなと思い始めていた。

そして、ついにやってきたミュージカルシーン。なんと工場の機械の音がループしてリズムとなり工員たちがフラッシュモブのように踊りだす。映像も突如として美しくなり編集もメチャかっこいい。曲もビョークの楽曲そのものじゃないか。ここまでビョークカラーだったとは。つらい現実がビョークの想像で美しいミュージカルシーンになるというわけだ。ただし一般的なミュージカルとはだいぶ雰囲気が違う。ビョークのあのダークな音楽にダンスをつけたらこうなるだろうというような不思議なもの。これが凄くアートっぽくて斬新だった。

そしていよいよ恐れていた事件が起こる。しかしその顛末も自分の想像とちょっと違っていた。なんでそうなっちゃうんだよ〜と思いながらも、何か複雑な感情がうまく織り込まれていて、単に悲惨とか衝撃というわけではない。そして、なんと、このあと、まさかのミュージカルシーンがはじまった。そのシュールな展開にブっとんだ。生き返った。こんなミュージカルがこの世にあろうとは。想像を絶していた。これは癒しなんだろうか?見ていて心地がいい。涙が止まらない。まったく凄い。こういうのが作れるなんてラース・フォン・トリアー監督は天才だ。ここでマッシー映画殿堂入り決定。

ミュージカルシーンはどれも独創的で素晴らしい。ドラマの中でもセルマはミュージカルの練習があるのだが、それは子供達も参加する地域サークルの学芸会のような感じ。これが彼女の想像の世界で突然本格的なミュージカルに変貌する。ここがなんとも鳥肌ものだった。巻き戻して3回位見た。演じている役者は一緒なんだよね?演出と音楽と編集でまったく別物になってしまうマジック。そして、そのあと警官に逮捕されるという現実に繋げるのか?。凄い演出だ。

しかしだ、最後のシーンは俺の期待を裏切り想像の世界にならない。なんとここでは心臓の音にあわせてビョークは歌う。だが、ミュージカルにならないのだ。ここでは現実世界で歌っている。そしてやっぱりこれは救われない方の現実。監督はギリギリまで現実を突きつける。

この映画がトラウマ映画となってるのはこの最後のシーンのせいだろう。ネタバレしちゃうけど、絞首刑をリアルに描いているんだよ。自分の力で立てないセルマをなにか板のような器具に固定してたたせるとか。こういう補助具が実際にあるんだろう。その瞬間のシーンはボケた画面にはしてくれたが、ブラーンとぶら下がっているのは正直焼き付いちゃう。デートで軽い気持ちで見に行ったカップルならその後の会話がなくなるだろうねえ。

非情な終わり方だが、救いがないわけではない。息子の目の手術ができたことでセルマの願いはちゃんとかなったわけだし、死の直前に中断された歌はそのあとのテロップでつけたされ、エンドロールで楽曲となって蘇る。これが凄く感動的ないい曲なんだ。「見ることは生きること」というような歌詞。息子の目のことを思うセルマの心情に涙が止まらない。またビョークの声って凄い感動的なんだよね。
2001 マルホランド・ドライブ/デビッド・リンチ
マルホランド・ドライブ [DVD] いや〜〜不思議な映画だった。といっても見るからにブっとんだ映画ってわけではない。パッと見は普通の映画に見えるんだよ。ほんとにこれデビッドリンチの映画なの?って思うくらい。留守中のおばさんの家に女優志望のベティが泊まりにくる。そこに車の事故で生き残った女が隠れている。女は記憶喪失でリタと名乗る。かばんには大金と鍵。二人してリタの正体を探っていくというミステリー。

このあたりは凄く普通のサスペンスっぽい。映像もいたって普通。しかし合間になんかヘンなエピソードがはさまってくる。眉毛の太い男が夢で見たダイナーに居る恐ろしい男の話。映画監督に圧力をかけてくる謎の男達。コーヒーを吐き出すくだりの不快な感じ。本筋とのつながりは分らないけど、どれも演出がゆっくりで丁寧なんだよね。ついつい引き込まれて見いってしまうんだよ。

普通とヘンの境界をギリギリいくような妙な展開なんだよな。妻の浮気現場に遭遇した映画監督。しかし妻と間男は驚きもせず悪びれもしない。なんかちょっと変。マヌケな殺し屋が事態をどんどん悪くして最後は掃除機まで撃っちゃう。なんでドタバタコメディをいれてくるんだろう。そういうちょっとヘンがどんどんたまってきて後半にガクンと裏返る。

これは知っておいた方がいいと思うのでネタバレするけど、青い箱を開けた後が現実世界で今までの話は夢や妄想だったわけだ。現実に出会った人がダイアンの夢の登場人物になっている。だからちょっと変だったのか。

夢世界のベティは清楚ではつらつとして演技の才能もベテラン俳優を圧倒するほどのものだ。しかし現実世界の本当のベティは鳴かず飛ばずでまるで別人のよう。ナオミワッツじゃないのかと思ったぐらいだ。この落差がなんとも切ない。

現実世界と夢世界は対応関係があるようだ。単に支離滅裂なストーリーではなくて合理的な説明がつくようになっている(みたい)。そのためにネットには詳しい解説がたくさんあって読みふける事になる。自分なりに時系列を並べ替えたりしてなんとなく納得するもやっぱり謎はのこる。あの死体は誰だったのか。髪が黒いってことはリタなのか。でもあそこで寝ていたのはベティだし、ベティの夢なら、自分が自殺してリタに悲しんでほしいわけだから、あそこはやっぱりベティでしょ。だって夢自体がリタが死んでなかったよっていう願望なわけだし。ん〜〜わからん。

あとオーディションで歌う女性。夢の中の(何故か)カミーラローズ。現実世界ではリタの新しいレズの恋人と思われる。彼女は最も憎むべき対象のはずなのに、ベティとはなんの接点もない。なにか嫌悪感のようなものが投影されてしかるべきなのにスルーされている。印象的なシーンだけに納得いかないところだ。こういういかにも50年代みたいなシーンもリンチの映画でみると妖しく現実離れしたものにみえるから不思議だ。

こんな風に映画というパズルを完成させようとするといくつかのピースがちゃんとはまらないとこがあるんだよ。そして、その謎が解けても全体を超越したような謎の存在が残る。異次元のトビラのようなブルーボックス。ダイナーの裏にいる浮浪者。クラブ・シレンシオの二階席にいる青い髪の女。まあ細かいところが分らなくても夢をそのまま映像にしたようなリンチワールドをただ楽しめばいいんだけどね。リンチも音楽のように楽しんでほしいと言っているというし。

彼の映画は怪しさがほんと魅力的。「楽団はいません。まやかしです」というクラブシレンシオのなんともいえない怪しさ。カーテンの部屋にいる小人。死を告げるようなカウボーイ。こういいうのって統合失調症の妄想世界と関係あるみたい。誰かが裏で陰謀を進めているというような設定。こういうのってなんで面白いんだろうね。自分も昔ムーにはまっていたときにフリーメイソンの陰謀論とかにときめいていたんだけど。リンチの見せてくれる未知の世界は素晴らしい。

最後の笑いながら迫ってくる老夫婦。冒頭のジルバダンスに出てくるところからダイアンのご両親だと思うのだが、その幻影に追いつめられるところがすさまじい狂気の映像になっている。箱から小人になってでてくるところもブっとんだよ。現場で撮影していた人たちはこのシーンがこんなに恐ろしいものになるとは思ってもみなかっただろうね。だってご老人がわーわーいいながら歩いていてるだけだよ。こんなわけのわからない恐怖を想像できるリンチは凄いよ。ホラー映画の歴史に残したい強烈なシーンだった。この人が演出したらどんな脚本でも怖いいものになるんじゃないか。

2001 アメリ/ジャン・ピエール・ジュネ
アメリ [Blu-ray] うわ〜〜こんなに面白かったか〜これ。昔見たんだけど、あらためて見て、あまりの凄さに感動。面白くないところなんて全然ないし、全てのシーンが美しいし、ストーリーも凝ってるよねえ。愛すべき変なキャラクター達にときおりはいる天才的な演出。笑って泣いてのもう大傑作ですね。マイBEST20にランクインです。

人と接する事が苦手で空想好きな不思議ちゃんのアメリ。昔に埋められた少年の宝物入れを持ち主に返したことがきっかけとなり、人々を幸せにする小さな「いたずら」をするおせっかいエンターティメント。そのときに出会った証明写真を集める男性に恋をするも、傷つくことが怖くて自分の思いを伝えることが出来ない。

パリのモンマルトルという小さな世界を舞台にたくさんのエピソードを繋げてこんな面白い話が作れるとは。父親の陶器の小人を世界旅行に出す話。家から出ない画家に送った面白ビデオ集。証明写真に写る謎の男の正体とは。もうこの映画に投入されたアイディアの数に圧倒される。普通の映画が3本分ぐらい凝縮された感じだ。それが並列的な単調さにならず縦横無尽に立体的な物語になっている。

そんなストーリーに一気に魔法をかけるような素晴らしい色彩マジック。グリーンやオレンジのなんとも暖かい色味。ジャン・ピエール=ジュネ監督はそれまではダークな作風で前作なんてエイリアン4なのに、フランスに戻ってこんなにオシャレで小粋な映画撮るなんてどういう変化なのだろうか。しかも監督の集大成ともいえるような密度の濃さ。今までずっと温存していたようなものが大爆発したのだろうか?ハリウッドでの大作の撮影がそうとういやだったのだろうか。

CGのさりげない使い方が新しかった。証明写真の4コマの一人一人が喋りだして、しまいにはその4人で漫才みたいになっちゃうとことかね。アメリの少女時代、写真を撮ろうと空をみると雲がウサギやクマの形してるとことか。こういうちょっとした妄想みたいなシーンをさりげなくCGで再現して日常にファンタジーを入れ込むっていうやり方がうまいなあ。寝室の電気スタンドのブタの人形や壁にかけたネコの絵がアメリのことをさりげなく心配してるとことかいいんだよなあ。

CGを使わなくても映像マジックが満載で、アメリの想像が暴走しちゃってニノがアフガニスタンまで行ってしまうっていうシーンが昔の白黒のニュースフィルム風だったりとか、バイク自転車のモベット二人乗りで走るシーンの早回し。これが幸福感にあふれてるうえに途中で客席をワ〜〜て見るとこなんて遊び心も自由自在。電車やエスカレーターでの移動もガ〜〜〜って感じの早回しでテンション高かった。舞台がカフェや住んでるアパートなんかの普通の場所だし、半径300m以内で全部撮影できてしまいそうなこじんまりとした映画。なのにこの非日常的な面白さ。お金をかけなくても、豪華なCGを使わなくても、監督のセンスと情熱でこんなマジカルな作品が撮れるんですね。

2001 ムーラン・ルージュ/バズ・ラーマン
ムーラン・ルージュ [DVD] パリのキャバレークラブ「ムーラン・ルージュ」を舞台に「この世で最高のことは、愛し愛されること」というテーマをこれでもか!と描ききった大ミュージカル巨編。バズ・ラーマン監督の情熱がハイパワーで炸裂する傑作。出だしからもう素晴らしい。古い白黒のパリの映像がズームインしていくと実は3DCGで作られたものでモンマルトルに入り主人公の部屋まで入っていく。苦悩する作家は回想する形でタイプライターに物語を書き始めるとそれが本編になっていく。テンション高いです。もうカットが短すぎる。1秒ぐらいしかないじゃないか。ほとんどサブリミナルだ。その一つ一つが凄い作り込まれたゴージャスな画面なんであまりにも情報量が多すぎ。一度見ただけでは全体像が掴めない。きらびやかな装飾もギッシリすぎて正直疲れるぐらい。静かなシーンや苦悩するシーンになるとカットがやっと普通のリズムに戻るんだけど、頭がこの変化についていけない。一回目の鑑賞はこの映画用に頭のテンポを調整するためという感じだ。
 そのかわり本筋はいたってシンプル。若き才能あふれる作家ユアン・マクレガーとムーラン・ルージュのスターで高級娼婦ニコール・キッドマンの許されざる恋。それを邪魔するのは資金を出しているスポンサーの公爵。いかにもありがちな男女の恋の物語。あえて王道のストーリーを過剰なまでの演出でまとめあげている。
 曲の使い方が最高です。80年代あたりのポップスがガンガン使われるのだがその合わせ業がすごい。毒々しいまでに絢爛豪華なムーランルージュではニルヴァーナとファットボーイスリムが同時にながれるしニコールキッドマンの登場にはモンローとマドンナをミックス。愛は素晴らしいと説くユアンに愛の歌をかたっぱしから歌わせ、そんなのただのラブソングと返すニコール。ビートルズ、キッス、ポールマッカートニー、フィルコリンズ、U2、聞き覚えのあるサビをメドレーのように歌いまくる愛の波状攻撃。
 それぞれのミュージカルシーンが素晴らしいアイディアに満ちていてインパクトが強い。エルトン・ジョンの「ユアソング」では月夜のパリ、雲の上で歌い踊るの幻想の世界。ポリスの「ロクサーヌ」は驚きのタンゴ調でヒリヒリするほど激シブ。公爵を引き止めるために経営者ジドラーが歌う男ばっかりの「ライク・ア・ヴァージン」は爆笑だった。

 ユアン・マクレガー歌うまいんだよねえ。きれいにでる高音が気持ちいい。ニコールキッドマンは美しすぎるし、この映画のあとにさらに美しい「アザーズ」を撮ってるので充実した時期だったんだね。ジドラーのジム・ブロードベンドもムーランルージュの経営のためにニコールを差し出すわけだが、ステレオタイプの悪役ではなく、最後はやっぱり心底ショウを愛する、舞台人。クイーンの「ショウ・マスト・ゴーオン」は命ある限りショウを続けようという亡きフレディ・マーキュリーの想いともシンクロしているようで悲痛だった
 幻覚作用のあるお酒「アブサン」を飲むと緑色の妖精が歌い踊るシーンはほんとクリエイティヴで楽しいし、うってかわってシリアスで悲しいところは照明で深い陰影をだし宗教画のように沈んでいく。この落差が激しいです。バズ・ラーマン監督の映像表現がほんと自由自在なんだよね。
 偶然にも、同じモンマルトルを描いた「アメリ」もこの2001年に公開されているのが驚き。

2002 HERO英雄/ チャン・イーモウ
英雄 ~HERO~ スペシャルエディション [DVD] 時代は「秦の始皇帝」が中国全土を掌握するちょっと前。暗殺を警戒していた王だったが、そこに刺客を3人倒したという男が現れる。「無名(ジェット・リー)」という名の男は褒美に始皇帝の20歩の距離まで近づくことを許される。そして3人をどうやって倒したのかを語り始めた。

最初は槍の名手「長空」との対決。スローモーションでポタポタと降る雨が美しい。側で盲目の老人が琴を演奏する。これがフレットレス琴とでもいうようなあまり見たことない楽器。奏法もポルタメントを多用しまるでボトルネックで奏でるブルースギターのようだ。ハーモニクスもならしている。調べたら「古琴(クーチン)」という楽器だった。名前の通り古い中国の楽器だが、とても現代風なイメージだ。

その演奏をバックにふたりは戦う。ただし意識の中でだ!一度剣を交えただけでお互いの力量が解る。あとは実際にたたかわずとも頭の中で対決をシュミレーションするわけだ。なんというしびれるシュチュエイションだ。音楽と武術のコラボとしても映画史に残る緊張感。演奏が高まり琴の弦が切れた時、実際の戦闘開始となる。

そして二戦目は赤い建物に赤い衣装。大地を埋め尽くす弓矢隊の放つ矢が空を覆う凄まじいビジュアル。矢が雨のように降ってくる中「書」を書き続ける塾生達。刺客の「残剣」も「剣」の新たな書体を生み出すために書き続ける。髪を振り乱し衣装が風になびく姿がかっこいいぞトニー・レオン。ここは「書」とのコラボになっているか。その間、矢を少しでも防ごうと「無名」と「飛雪」がバッサバッサを矢をさばいていく。これまたなんというシュチュエイション。こんな映画みたことないぞ。

こういうストーリーは中国の昔話なのだろうか。教訓めいた故事のような感じがとても独創的だ。真の奥義を求めるようなストイックさがゾクゾクする。書や古琴、巻物、武術、などなど中国文化の集大成で構築されている。音楽も中国を代表する音楽家「タン・ドゥン」シルクロードを彷彿とさせる民族的なヴァイオリンの哀愁がたまらない。そこにワダ・エミの衣装と巨大な布。シーンごとのテーマカラーやマトリックスチームのCG。これからは中国の時代だと思わずにいられない文化と芸術のパワーに圧倒される。こういう映画が日本から生まれるのは想像できない。正直うらやましい。

それでいて超人同士が空を飛ぶエンターティエント。香港映画が培って来たアクションを芸術的な演出で見せていく。しかしいろんな嗜好で戦うだけではさすがに単調になってしまうだろう。そこで黒澤映画の羅生門のようにストーリーを二転三転させていく。これは一種のリバースムービーだ。「無名」の話を聞いていた始皇帝が「その話は大嘘だ」と覆す。「残剣」と「飛雪」は次のストーリーでは違うキャラとなり、戦う理由も違っていく。始皇帝が想像した青の場面では「残剣」と「飛雪」は別人のように高尚な人間として描かれ荒涼とした山を歩くシーンはまさに賢者(だから赤のシーンでは俗っぽかったのか)それを推測する「始皇帝」もただ者ではないことがわかる。でも何故か必ず「残剣」トニーレオンはマギーチャンに剣で刺されるんだよなあ。グサ〜〜〜「ああーまた刺されたー」みたいな。最後に真実が語られる「白」のシーンでもまた刺される。いったい何回刺されるんだ〜。監督恨みでもあるのか。

恋人同士でもあるこの二名が本当の主役にも思える。こんどは湖に浮かんだ庵。幻想的な風景の中で、水面に波紋をたてながら剣を交えるロングショットが美しすぎる。そしてマクロからミクロへ。「飛雪」の頬についたたった一粒の水滴を払うために無防備な背中をむけてしまう「残剣」。それを避ける「無名」が唯一見せる必死な顔が印象的だった。「無名」最後の選択もストイック。悟りの境地のようであった。

2005 ニュー・ワールド/テレンス・マリック
ニュー・ワールド コレクターズ・エディション [DVD] これがテレンスマリックの映画か〜。力強いなあ。映像が油絵のようだよねえ。じっとりと重厚感のある色彩。黒い色がしっかりとある。森の深いとことか、水辺に映る影のゆらめくところとか。空をバックに下から見上げる人の影。逆光を捉えたような映像が多いねえ。陽光の暖かい存在感。人物の輪郭を光が縁取る。草原の向うに見える人影。現実世界の中にある神秘的なものをあぶり出すようにカメラがじっくりと動き、一つ一つのシーンが音楽のように連なって行くんだ。

実はこの映画、一回目は睡魔に負けてしまった。でも何か凄い映画だという印象が強く残るんだよなあ。その引力があまりに強すぎて、結局そのあともう一回見た。だいぶ映画を理解できた気がした。そしてなんだかハマってしまった。そしてさらにもう一回見た。今度は楽しむために見た。3回連続で映画を見るなんて。

この映画は一応アメリカで制作されたお金のかかった映画なのにこれほど芸術的で一般的な娯楽映画とは程遠いマリックワールドというか、こういうものが作られるということが何とありがたいことか。

アメリカの創世神話。イギリスの部隊がアメリカに上陸。入植地を建設し始める。スミス大佐はインディアンに捉えられ王女ポカホンタスと恋に落ちる。最初は友好的なインディアンだったがついに戦闘状態に。

というような通常のストーリーはちゃんとある。しかしそれを追っていると睡魔が襲ってくるんだよ。物語はシンプルなはずなのだが見ていると何かわからなくなってくる。編集が独特なんだよねえ。時系列やセリフの位置を微妙に入れ替えてる感じ。ひょっとして編集ミスなんじゃないかと思うぐらいだ。例えば、食料が盗まれた。耳をそげ。オノを盗むインディアン。射殺?。撃った男の顔を川に浸けるスミス。というような一連の流れが普通の映画のようにスーーっと頭に入ってこない。脚本や絵コンテが意味の繋がるようになってない。つながりに必要なシーンをカットしてたり、微妙に入れ替えたりしている。スミス大佐がポカホンタスに助けられるっていう重要なはずのシーンもカットされ黒い画面に置き換わっている。戦いのシーンも撃たれたインディアンを呪術で治療しているようなシーンになって戦闘は終わったのかと思ったら休戦状態になってそこからまたもう一戦始まったり。普通の映画の文法を微妙にシャッフルしているような感じなんだ。それがマリックの独自の文体になっている。ドキュメントのように完全にコントロールできないようなリアルな効果も出している。これにハマると一気に面白くなるんだよね。

またパっと素早く画面が切り替わったりもする。もうちょっと長いはずのシーンが0.5秒ぐらい短くカットされちゃう。スミス大佐がテーブルをひっくり返す瞬間。そのシーンを頭が理性で意味を捉える直前に次のシーンに移るという感じ。なんだかサブリミナルのように脳の本能の部分に訴えるんだよね。

この映画は頭で理解するところより心で感じる部分が多い。セリフも最小限。詩的なモノローグのようだ。初めてこういう映画を見る方にはどう楽しめばいいのか分らないと思う。 俳句に近いようなものかもしれない。俳句も短い言葉の組み合わせの裏に広がる大きな自然のような宇宙のようなものを味わうわけだ。それと同じようにストーリーそのものの奥にあるような何かを味わうような映画といえる。

スピリチュアルな感じのするものって昔は大好きだった。神秘的な世界に憧れてた。でもいろんな人に会ったり、自分も病気を体験したりしているうちに、そういう神秘的な世界を語る人の胡散臭さが許せなくなってきたんだよね。不思議なことを言って他人の関心を惹く。または他人を思い通りに動かす。支配する。教祖みたいな人間やカリスマ性のあるアーティストとか。結局、虚言症みたいな精神病の範疇だろうと思うようになった。

そうなった自分にマリック映画はまた神秘の世界の扉を開くようだ。高揚感のあるクラシック音楽が始めと終わりにかなり長い時間使われているが、最後にその音楽が途切れた瞬間。なんと表現していいかわからないもの凄い感動が残った。川の流れ、樹木を揺らす風。エンドロールになってもその自然の音が残る。鳥肌がたった。一週間ぐらいマリック感覚が残っていて、風が木を揺らしたり、木漏れ日を見上げたりすると、おお〜マリックなんでつぶやいたりして。日常の感覚すら変えてしまう。偉大な映像作家だ。

2006 ザ・フォール 落下の王国/ターセム・シン
ザ・フォール/落下の王国 [Blu-ray] これは凄い映像だなあ〜。ファンタジー映画なのにCGを使わない。実際に存在する凄い風景や凄い建造物を舞台にして撮影してるんだよねえ。エッシャーのだまし絵のようなインドの階段井戸とか、4000mの高地にある鏡のような湖とか、こんなものが世界にはあるのか〜っていうような絶景の数々。なんと世界24カ国をまわって作ったというんだから。その場所に行くまでの苦労、撮影の許可とかそうとう大変だはずよ。今はCGっていうのがあたりまえになってるじゃない。だから実在の風景っていうのが凄い新鮮なんだよねえ。そこを舞台に石岡瑛子のカラフルでシュールな衣装の数々。網膜に焼き付けられるようなインパクトのある映像の連続。素晴らしい!

ターセム監督はアルメニア人の「パラジャーノフ」に影響を受けている。アルメニア人の民族的な世界を詩的で絵画のように表現した孤高の映像作家。イスラムのようなキリスト教のような不思議な世界観なんだけど、それをターセムは自身の出身地、インドに置き換えて、さらにキューブリック監督のような巨大な世界まで拡大した。そして、こういうアートの領域でやることを娯楽映画の枠内でやってしまう。こういう監督大好きだ。しかもこの作品は自分の撮りたい物だけを撮るということで自費で作ったっていうんだから。全財産つぎ込んだわけかあ。人生をかけた作品なんだねえ

このエイキサイティングな映像を支える物語がまた面白い。撮影で重傷を負い主演俳優に恋人も取られてしまったスタントマンのロイ。同じ病院にいる腕にギブスをはめた少女アレクサンドリアに物語を聞かせはじめる。6人の勇者が暴君に復讐を果たすというストーリー。しかもその場で思いついたストーリーなのだ。それがアレクサンドリアの頭の中で映像化されるため、身近な人がキャスティングされている。お姫様は看護婦さん。黒人の勇者は氷を売りにくる黒人青年とか。アレクサンドリアが気に入らないと物語の筋が変更されたりするんだよ。お姫様を殺しちゃだめ〜とか言うと、実は死んでいませんでした〜なんていうふうに。叙事詩風の壮大なストーリーが子供とのやりとりの中でアドリブ的に展開していく。このアイディアが素晴らしい。

そして全体は子供目線で進行するんだよねえ。そのためハッピーで明るい雰囲気なんだよ。似たようなテーマの「パンズラビリンス」とは真逆。最初はいろんなことが子供の理解できる範囲でしか明らかにされない。それが徐々に観客に分かっていくという演出が上手い。アレクサンドリアは移民で家を焼かれお父さんは殺されたらしいこと。そしてスタントマンは半身不随のようで自暴自棄になっており自殺したがっていることが分かっていく。物語にもそれが反映しはじめ勇者達は戦いの中で次々と最期を遂げていく。悲鳴が口から鳥になって出て行く霊者や自殺に失敗したスタントマンが半狂乱に叫ぶシーンは痛々しい。アレクサンドリアの見るブラザーズクエイ風の悪夢も恐ろしい。

しかし最期はハッピーエンド。泣く子には勝てないねえ〜。というさわやかな映画。

2006 アズールとアスマール/ミシェル・オスロ
アズールとアスマール [DVD] ピクサーのアニメはトイストーリーだとか傑作揃いでキャラもストーリーも演出も文句のつけようがないんだけど、やっぱり作家の個性っていうものがあまりないのが物足りないとも思うんだよね。郊外にできたショッピングモールのように、どこに行っても同じっていうのがときめかない。そう思っていたところ、あまりの素晴らしさにビックリしてしまったアニメーション映画「アズールとアスマール」

フランスの映画なんだよね。でもイスラムの世界が舞台。主人公のアズールは幼いときの乳母とその息子アスマールに会うためにフランスから地中海を渡りイスラム文化の国へやってくる。しかしそこは青い目は不吉な印として忌み嫌われる社会だった。

このアニメ、とにかくもう装飾が素晴らしい!イスラム系の緻密なグラフィックがあらゆる背景にマッピングされていて、クラクラしてくるほどの装飾美なのだ。人の動きはCGって感じでゲームのような動きなんだけど、平面的なデザインって感じの造形がとても美しいので今までに見たことのないスタイルの映画になっています。動く絵画という感じで芸術的。とても新鮮。

囚われの姫を救い出す冒険譚の中にキリスト社会とイスラム社会の共存というテーマがある。こういうストーリーも新鮮。移民問題に悩むフランスでこういう映画が作られ大ヒットしたというのは素晴らしい。二つの文化の象徴アズールとアスマールをつなぐのは乳母の分け隔てのない愛情だ。

人種も宗教も違う異文化。言葉も通じない相手への恐怖は簡単にテロのイメージと結びつけられる。しかし異文化の美しさに目を向ければそこには知らない広大な世界が広がっている。僕らは韓国や中国の文化、仏教の及ぶアジアの範囲にも薄っすらと繋がりを感じてはいるけどイスラムはよく分からない世界だ。その美をアニメーションによって集結させ再構築する。緻密な紋様、装飾品、植物の豊かな世界。天文学もあったのか?その驚きは尊敬の念となり、それを生み出した人々との距離を縮めていく。この映画はイスラム社会との異文化交流でもある。それは平和へと繋がっていくものだ。

監督はミシェル・オスロという方。前作の「キリクと魔女」はアフリカが舞台のこれがアフリカか〜?!っていうような独特のお話が面白かった。

2006  トゥモロー・ワールド/アルフォンソ・キュアロン
トゥモロー・ワールド プレミアム・エディション [DVD] 暗い映画ですよ〜これは。トゥモロー・ワールドなんていうディズニー的なタイトルとは真逆。冒頭のカフェでの爆破テロ。手の吹き飛ばされた女性が店内からふらふらとでてくるとこが一瞬映る。すごくシリアスな映画なんだよ。

子供が生まれなくなってしまった未来。イギリスが舞台ですがディストピアというよりも現実世界のようにリアル。どこかの内戦状態の国のような感じです。軍事政権と反政府組織のテロでかなり血なまぐさい。後半は軍隊がでてくるのでプライベートライアンみたいな印象もあります。SF大作であるにもかかわらず通常のハリウッド映画とはまるで違う。よくこんな本格的な映画作ったよなあ。

名カメラマン「エマニエル・ルベツキ」の撮影。ヨーロッパ映画のような重厚感。黒がずっしりあるよねえ。こういう絵でSF映画が描かれるのが嬉しいですね。いろんなところにCGが忍ばせてあると思うんだけど、どこがそうなのか解らない。いたってアナログな印象です。パンズ・ラビリンスとかイングロリアス・バスターズとか、アクションやSF・ファンタジーでも巨匠っぽい雰囲気の映像が増えたよねえ。

メキシコ出身のアルフォンソ・キュアロン監督の演出がほんと素晴らしい。特に長回しの撮影は自分もそこにいるような臨場感。序盤の車の襲撃。走る車の前方、樹々の間から燃える車が現れる。道が塞がれる。バックする。暴徒が押し寄せる。バイクが現れ銃を撃ってくる。このシークエンスが全部ワンカット。凄い!バイクがひっくり返るとこなんてどうなってるんだ。そのあといろいろあってから、主人公が泣き崩れるまで、息を飲んで見入ってしまった。ここでもう殿堂入り決定だ。

犬がたくさんでてきますねえ。猫も多いけど。子供の生まれなくなった世界はペットが子供の代わりとなっているということでしょうか。そういう説明はありませんが、映画の1/3ぐらいは画面のどこかに犬がいるっていう感じだった。隠れた犬映画だねえ。犬が撃たれて死ぬというような描写はありませんのでそこも点数アップです。

キャラも素晴らしいです。マイケル・ケインがヒッピー役で出るのだけど教養とユーモアがあってマリファナが好きという魅力的な役ですねえ。それなのに奥さんはアルツハイマーだろうか。車椅子で植物人間のようになっている。彼女の長い白髪の髪を黒人少女のキーが三つ編みしてるシーンとかよかったなあ。こういうとこほんと上手い。脚本、セリフひとつひとつが奥が深い。

キーが生む子供はキリストの象徴のようでもあり、その子を送り届けるために何人もの登場人物が死んでいく。一番母親的な存在だったおばさんのミリアムは唐突にバスから引きずり出され、側には処刑された人が横たわっていることから、彼女の運命もそうなるだろうという感じでストーリーからフェードアウトする。こういう演出がほんとリアルで痛ましい。

奇跡を描いた映画ともいえる。生命の誕生こそ奇跡だからだ。今この瞬間にもどこかで子供が生まれているわけだが、そのあたりまえだと思っていることがどれほど素晴らしいことか。それを感じさせるために子供が18年間も生まれていないという未来を設定したのかもしれない。赤ちゃんの泣き声で戦闘中だった兵士がみんな固まってしまう。十字を切るもの、触れようとするもの、泣くもの。みんな奇跡をまのあたりにして呆然とする。

最後にでてくる移民の女性マリカもよかったなあ。ジプシー系だろうか?言葉がまるで通じないし粗野な感じの女性なのだが彼女が赤ん坊に見せる愛情が、いかに世の中が子供を欲しているのかが伝わって来る。

しかし主人公のクライブ・オーウエンが今ひとつなのが残念。元スゴ腕の活動家なら、それが垣間見えるようなエピソードがほしいし、状況に翻弄されるだけなら、もっと小市民的な人物にしたほうが感情移入しやすかっただろうか。とても暗い映画なので主人公に少し明るさがほしかった。

2007 サンシャイン2057/ダニー・ボイル
サンシャイン2057 [DVD] アルマゲドンのようなジャケなのでそういうのを期待してみると、なんじゃこりゃとなってしまうだろう。「2001年宇宙の旅」+「イベントホライズン」とでもいうような感じだろうか。とにかく、なんか分け解んないような人知を越えた雰囲気がたまらない魅力の映画だ。太陽に核弾頭を打ち込んで復活させるという話なんで、普通にやればヒーロものになるところを、さすがはダニーボイル。まったく独特のSF映画になってます。

「2001年〜」は神の視点のようなスケールのでかい映画だったけど、この映画では「太陽」が巨大な存在として描かれている。あの世とか神とかが存在するとしたら太陽こそがそうなのでは?というぐらい圧倒的な存在。そもそも太陽は核爆発がず〜〜と連続で起きているような場所なんで、そういうものって人間の理解をはるかに越えてる。そんなもの凄ささ、神々しさ、恐ろしさが見事に表現されてる。こんなふうに太陽と真っ正面から向き合った映画ってないよね。こういうところが凄く画期的。

太陽光線のパワーがド迫力。宇宙船のデザインは太陽の光を避ける巨大な傘のようになっているのだが、その影をはずれて日向にでてしまうと一瞬にして焼き尽くされてしまう。シールドの角度のミスで船体が破壊されてしまう。船長役の真田広之が船外で太陽に焼かれるシーンはまるで巨大な炎の津波に飲み込まれるような凄まじい映像になっている。SF映画史に残る名シーンだ。それを日本人が演じたということでも快挙ではないだろうか。

イカロス2号は地球上のありったけの核物質を積んできたのでこれが成功しなければ人類は滅びるという前提がある。8名の隊員は死を覚悟の上の任務なのだが、わりと普通の若者っぽいので、あんまり地球代表という感じがない。それが酸素が足りなくなってあと3人死ななければとか、自殺者もでるし、非情な選択を冷静に迫られるので残酷な感じがある。核弾頭の操作をする物理学者が一番重要なため、彼には宇宙服を着せて、あとの二名は断熱材を巻き付けての宇宙ジャンプ。ここのサスペンスが凄い。「2001年〜」へのオマージュだがさらに過酷なものになっている。このあと命からがら助かったメイスはコンピューター動かすために超低温の冷却水に飛び込むなど、凍える役ばかりで、かなり悲惨。ここでもコンピュータのパネルを差し込んでいくことで「2001年〜」と対になっている。

サブリミナル風な演出があるが、これが恐い。見終わってみればみんなでニコニコ笑っている記念写真だったのか。なんか幽霊を見てしまったかのようにギクっとした。またミシェル・ヨーが吹き飛ばされるシーンが一瞬映るのだが、ここもかなり恐い。結構ホラー映画だよ。最後はある種のゾンビ映画かも。遭難した船の船長はサブリミナルや二重にブレた感じで狂気をうまく演出しているなあ。実在の人間ではなくなったような存在。「2001年〜」のボーマン船長のようなものだ。宇宙の深淵。人知を越えたもの。「2001年〜」といろいろ比較できるとこがある。

2010 インセプション/クリストファー・ノーラン
インセプション [DVD] 一人の監督につき一作品とのことで「ダークナイト」と悩みました。鑑賞した直後は「ダークナイト」のほうが点数高かったのだけど、時間とともにこちらがじわじわと点を上げてきましたねえ。自分の脳の深いところにこの映画がインプットされたせいでしょう。まさに見た人間もインセプションされてしまう。解りにくい映画なので一回見て「オオ〜〜」という感じではないのですが、時間が無限に延びて行く夢の階層のというとてつもない世界に、底知れない魅力を感じるのです。

主人公コブ(ディカプリオ)はターゲットの潜在意識に潜入し頭の中のアイディアを盗み取るプロフェッショナル。だが妻殺しの疑惑をかけられ国際手配中の身である。そこに謎の大富豪サイトー(渡辺謙)が自由の身にすることと引き換えに難易度の高い仕事を依頼してきた。ライバル会社の跡継ぎ息子にわざと会社を潰させる考えを植え付ける(インセプション)というものだ。コブは精鋭のチームを集めターゲットの夢に潜入するが、潜在意識がすでに防衛訓練を受けており、武装した兵士達が攻撃してきた。そしてコブのトラウマである死んだ妻があらわれミッションを妨害しはじめる。

最初のシーンでいきなり混乱する。年老いた渡辺謙がでてくるのだが、これは映画では最後のシーンなのだ。夢世界はグループで共有しており、お互いの潜在意識が影響し合う。ターゲットの頭の中に入り込むのではなく、夢の設計士が作った世界に引き込むというもの。それでも夢の主がいちおういて、今見ているシーンは誰かの夢になっているのだ。ここがまず解りにくい。セリフ一字一句見逃さず、2、3回見ないとわからないレベル。先に説明しておくと夢の主は次の階層に皆を送り出すため、一緒に動向できません。残っている人が夢の主。そして「キック」という衝撃で皆を夢世界から帰還させる役割となっています。

夢が多重構造になっているというアイディアがほんとすばらしい。第一の夢、第二の夢、というふうに深くなっていくにつれ時間の流れ方が遅くなっていき、現実の世界での5分が夢のなかでは1時間になり、さらに次の夢では1週間にもなるというもの。橋から車が落下している間に次の夢ではジョセフ・ゴードン・レビットがホテルで戦っている。夢世界は前の階層の影響を受けるので車が落下することでホテルの世界が無重力状態になっている。そこで繰り広げられる、回転する廊下での無重力格闘シーン。アクション映画史に残る素晴らしいものになってます。第一の夢に戻ると車が超スローモーションでまだちょっとしか落下してないし。まるで時計の秒針と長針の違いみたいな差に頭がクラクラしてしまいます。脚本のノーラン監督。よくこんなプロット考えたよなあ。天才だ。

潜在意識を扱っているため、過去のトラウマからの解放ということが大きなテーマ。ターゲットのロバートにとっては大会社を築いた独裁的な父親との和解であり、主人公コブには死んだ妻への罪悪感からの解放。夢世界で妻は主人公を現実に戻すまいと妨害してくるので、この映画の悪役となっているのですが、そのあたりが、かなり切なく、暗いムードを映画に与えていて、ラストもハッピーエンドではないのかな?という含みで終わるので、大きな余韻をひきずりますね。

ギリシャ神話の冥府に妻をさがしにいくオルフェウスの話。竪琴の音色で妻を返してもらうのだが、決して振り向いてはならないという約束を破り、現世に戻る直前に妻を失ってしまう。そんな死者への思い。取り返しのつかないことをしてしまった後悔。そういう悲壮なムードがこの映画全体にもただよっていますね。最後にたどり着く第四階層の「虚無」。この存在のなんとも深淵なこと。まさに冥界を見てしまったようにゾクゾクさせられた。じゃあ第5階層はどうなっているのか?宇宙は無限っていうような自分の意識では捉えられないような巨大なスケール感は「2001年宇宙の旅」以来ではなかろうか

2012 アップ・サイド・ダウン/ファン・ソラナス
アップサイドダウン 重力の恋人 [DVD] やっぱり映画は見てみないとわからない。それほど評判が高い映画でもなかったのだが、俺好みのド真ん中でした。映像美っぽい映画が自分は好きなんだけど、それがSFファンタジーなら最高だし、いままでにない斬新なものならなおさら。この映画はまさにそれで、美しくないシーンはないというほどのこだわりの映像!双子惑星同士の上下逆さまの世界という斬新すぎる発想。まったくもって素晴らしい。

基本はラブストーリー。ロミオとジュリエットのように恋人達の間にたちはだかる障害はなんと重力。上の星と下の星で重力が逆向きなので、例えば上の星から持って来たカバンは上に引っ張られるため机の裏側に置いておくのです。人間も同じなので上の星の人は逆さまに見える。星同士は1、2Kmぐらいしか離れてないので高い山やトランスワールド社の超高層ビルで繋がって入るもののお互いの行き来は禁止されている。上の星が下の星を搾取しているという格差社会にもなっている。

下の星にすむアダムは上の星のエデンと恋人同士になるのだけど、二人はどうやって会うのか。どうやって上の星に行くのか。未知すぎて先がよめなさすぎだが、そのあたりはいろいろなアイディアが考えられている。いろいろ細かいツッコミ、髪の毛が逆立たないの?とか頭に血は上らないの?とか感じるとは思うが、お互いが上下逆に引っ張られるのでふたりで抱き合えば無重力のようにフワフワと空を飛べるなど、なんとも素晴らしいアイディアがたくさんでてくる。反重力を使ったリフトアップ美容クリームの開発という発想もユニークだ。

しかしなんといってもビジュアル。最初、宇宙の星雲がインクを滲ませるように現れてくるところから、かなりの映像系映画だな〜と思ったのだが、本編が始まっても映像美の連続で、すべてのシーンが素晴らしい。上下逆さまの世界が鏡に映したように広がっているのってどうなの?と見る前は思ったが、ヨーロッパ風の町並みの空にシャンデリアのように輝く上の世界。もう、これが素晴らしいビジュアル。上下シンメトリーなクラシックなホールで踊られるタンゴ。一番ユニークなのが上下に反転したオフィス。天井にエッシャーの迷路のようなパーテーションが広がり普通にビジネスマンが働いているという不思議な職場。また色彩が素晴らしく、オフィスは青と白の組み合わせでシャープな美しさ。レトロな家や町並みはモノクロに青がついたような銀残し風。廃墟美もすばらしい。キルスティン・ダンスト演じるエデンには暖色系のレンズフレアがかぶさり天国のように輝く。山にかかる霧や雲がまた素晴らしく、普通のファンタジー映画では見られないこだわりの美術だった。

監督はアルゼンチン出身のファン・ソラナスという人。父であるフェルナンド・E・ソラナス監督の撮影監督をやっていたそうだから、完全な新人ではないものの、長編2作目でこれほどの独創的な映画を撮るとは、どれほどのイマジネーションの人なんだろうか。脚本も書いているで、この映画は完全なファン・ソラナスワールドだ。脚本の細かいところはシンプルすぎるかなあという感じもするのだけど上の世界と下の世界で人間が逆に歩いてるなんていう複雑でありえない世界観を混乱させずに見せる演出は難しかった思う。

2015 草原の実験/アレクサンドル・コット
アップサイドダウン 重力の恋人 [DVD]

実験なんていう変わったタイトルだから「トルーマンショー」みたいな実は全部作られた世界だった、という感じかなと思ったけど、そこまで入り組んではいなかった。なんとなく想像した通りのシンプルなお話なのですが、しかし、ここまでの映像美映画だったとは知らなんだ!。 もう始まった瞬間から素晴らしいシーンの連続。鳥の羽が舞う大地、壊れたテーブル、寝る男のアップ、羊の柔らかな羊毛、草原のトラック、美しい画面がひたすら続くことの快感。タルコフスキーみたいに神秘的な感じだ。草原が舞台だから「ウルガ」も連想する。枯れた木はもちろん「サクリファイス」だよね。

真正面とか、真横とか、俯瞰とか、シーンがいちいち絵として完成されている。シンメトリーとか、イコンとか、神話的なんだよね。そしてセリフがないので、なんだか動く紙芝居というか、動く写真集を見ているような感じだ。象徴的で寓話的だ。昔話のような素朴さがある。それが衝撃のラストにつながる。寓話っぽさが衝撃を和らげつつも、心の深いところに残る。一生忘れない映画になるだろう。

モンゴルのような草原に住む父と娘。娘は美少女だねえ。韓国とロシアのハーフだそうだ。エレーナ・アンという子。演技経験なしの素人だそうだ。その父はいかにもモンゴロイドって感じでちょっと親子に見えない。なんでこんなに違う容姿の俳優にしたのかねえ。おかげで「実は本当は親子じゃないのかも」と疑いの目で見てしまった。そして幼なじみの青年。こちらもモンゴルの大地と共に生きるような青年。そこに他所からやってきた青い目の青年。ほのかな三角関係みたいになる。幻灯機のシーンはいいねえー。なんだかラピュタのパズーとシータを彷彿とさせる無垢な二人が微笑ましくていいんだ。

セリフがない。それが自然すぎて、セリフが必要ないっていう感じがあって、これが凄く効果的な演出になっている。若干、お父さんが帰ってきて銃を向けるとことか、セリフがあれば、父親だってすぐにわかるのに、とか、そういう不自然さも少しはあるけど。もう、この、シーンとした中で、風の音とか、虫の声とか。広大な風景を娘がとことこ歩いていく感じ。遠くからトラックがやってくる感じ。そういう感じがいいよねえ。 そして父親の仕事もわからない。母親がいないことも説明されない。そういう説明のなさが、一体、これは、なんなんだろう?とジーーと画面を見ることになる。 そういう映像だけで物語を語っていくのが、とても新鮮だった。

翼のない飛行機のシーンはすごくいいねえ。雲と見せかけてからの、ときて、そして最後に翼がないじゃん!ってなる演出。その中で父親の過去がさりげなく描かれて、娘がさりげなく物語にフェードインしてくる。うまいなあ。この飛行機がどうやってここまで来たのかって?それは考えないようにね。

最後は衝撃的。唐突というか。ずっと不穏な空気はあったけどね。で、これ、二回見てみると、オープニングがあまりにも悲しいシーンだったということに気づいて愕然となりますよね。そして、あれ!?っと思ったのだけど、三回目くらいに出てくる「夕日」だよね。ちょっと不自然な夕日なのかな?あれは、ひょっとして??うん、きっとそういうことなのだろう。 ということは、この草原がそういう場所だっていうことは、この登場人物達はみんな知っていたっていうことになるかもしれない。うーん、そうなのかも。

そしてこれは史実をもとにした映画。これに近いことが実際にあったという歴史をこの映画は刻んでくれた。 この映画を見る少し前にタルコフスキーのストーカー、ノスタルジア、サクリファイスを見たのだけど、映像が凄く好きなんだけど、ちょっとセリフの内容がよくわからないとか、どうしても途中で寝てしまう、という感じで、頑張らないと、心の底からタルコフスキーいいねーーって言えないっていう感じだった。そんな俺に草原の実験はあまりにもスーーーと入ってきて、ノスタルジアばりの映像美だし、もう、眠くならないタルコフスキーという感じ。

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