崇元寺石門のガジュマル
沖縄を代表する木といえば、やっぱりガジュマルだ。ガジュマルって沖縄そのものっていう感じがするんだよね。空に伸びた枝葉は太陽をつかむようだし、ビッシリと張った根っこは、沖縄の地中深く絡み合ってね、大地と一体化してる。そして精霊キジムナーの住処とも言われているしね。

この写真のガジュマルは那覇の崇元寺石門というところに生えているんだけど、まるで5、6本の木が合体して一つになったような、枝も上下左右に隙間無くビッチリみたいなかんじでね、すごいガジュマルだな〜。近所の子供達はこの木に登って遊ぶんだろうな〜。こんなでっかいガジュマルで遊べるなんて、うらやましい!

自分も子供のころはガジュマルに登って遊んだよね。板を乗っけて、秘密基地にしてね、採ってきた桑の実をね、野球帽に入れてさ、みんなで登って食べたりしたな〜。懐かしいね。

ひさびさにガジュマルに登ってみたんだけどね、予想以上に楽しいんだ。子供のころに戻るようだし、全身と手足を使って、木の形、自然の形の中にね、はいっていくような運動が脳を活性化してくれるんだよね。

そして沖縄パワーを蓄積したガジュマルからパワーをもらってる気がするんだ。

関東でも千葉や伊豆に行くとガジュマルが生えてることがあるんだよね。だいたい小さなガジュマルだけど。あ〜よくお前ここに生えててくれたな〜ってうれしくてね。この木に触れると、遠くは離れた沖縄とつながれる気がするんだよね。沖縄パワーの出張所みたいなね。キジムナーだって時々ここまできてくれないかなって思うんだよね。

カママ峯公園のモクマオウ
自分がこの世で一番気持ちがいいだろうなと思うことはね、自然のまんまの海の側で、モクマオウの木の下にハンモックを吊るして昼寝することだろうね。まだやったことないんだけどね。想像するにこれ以上のことは思いつかないな。

このモクマオウは防風林としてよく海沿いに生えているんだけど、葉っぱが細くて柔らかくてね、風が吹くとね「サーーー」というね、なんとも気持ちのいい音がするんだよね。

原始パワーのようなガジュマルとは正反対でね、この木はそよ風のようにやさしい木なんだ。砂地の上には枯れた葉っぱや小さな実がクッションのように積もっていてね、そこを抜けると、海へと繋がっている。モクマオウの木陰の向こうに眩い海が広がっているんだよね。

久しぶりに宮古島に行ったときにね、自分が子供のろによく遊んでいたカママ嶺公園っていうのがあって、そこに行ってみたらさ、そこはモクマオウ公園って言ってもいいくらい、たくさんのモクマオウが生えてたんだよね。自分自身はそのことをすっかり忘れていてね。でも、心の奥底では覚えていたんだろうね。この木がなんともいえず好きなのは、この木に囲まれて遊んでいたからなんだってね、それが解ってね、凄くうれしかったな〜。

この木は真っすぐで背が高いから登ったりはしなかったけど、まるで母親のように僕らを見守っていてくれてたんだよね。残念なことに東京近辺では見たことがないんだな〜。この木は時々無性に見たくなるからね。すこしでも生えていてくれるとうれしいんだけど。

前浜ビーチ
沖縄といえばやっぱり海がきれいなんだけどね、沖縄に住んでいた頃は、海なんてあたりまえだから、なんとも思わなかったんだよね。東京に出てきてからだよね。沖縄に帰省するたびに、やっぱりきれいだなーと思ってね。

実家は首里だから、基本的に沖縄本島の海ばっかり見てたんだよね。でも久しぶりに宮古島に行ったときにね、前浜ビーチね。東洋一と言われていますが、ここはもう最高ですね。こんなにすごかったっけというぐらいでね。

まあ砂は真っ白で、透明な海はエメラルドグリーンに輝き、もう空と海と砂しかないっていうこの世界。すごいよね。それにここは浅瀬がずっと続いていて広いからね、歩いても歩いても、空!海!砂!ばっかりでね、だんだん天国にいるんじゃないだろうかという気分になってくるよね。ひょっとして自分すでに死んでいてね、あの世にいるのかなっていうぐらいの感覚になるんだ。

波打ちぎわで仰向けになるとね、珊瑚のかけらや砂が波に洗われてね、ツブツブ、シャリシャリっていう音が聴こえるんだけど、これがまた気持ちのいい音なんだよね。それに波の泡立つゴボゴボという音や子供達の笑い声がブレンドされてね。

それを聞きながら海藻のようにユラユラと揺れてね。海のリズム、地球のリズムと一体となってね、いろんなものが体の中に充電されていく感じがするんだよね。

あまりに気持ちがいいんで、気がつくと「癒し」という言葉の意味が分からなってたんだよね。これは贅沢だよな〜。目を開けるとダイナミックな雲がゆっくりと形を変えてね、太陽はまだまだ空の上。夕暮れはまだまだ先。もう「永遠の今」みたいなね、この感じ。最高です

こんな海が沖縄本島にもあればな〜。

斎場御嶽(セーファウタキ)
写真2000ピクセル以上のフリー写真素材集より

ウタキとは沖縄の拝所のことで。古代の葬所などが信仰の対象となってできたといいます。たいてい建物もなく神木や岩の前に香炉がぽつんと置いてあるだけなんです。沖縄本島南部の斎場御嶽はその御嶽なかでも最高霊地の1つで、琉球王国の最も重要な聖地といいます。

入り口から上っていくと、うっそうとした森に石畳の道が続いていますね〜。木漏れ日が雨上がりの草葉をキラキラと照らして、歩いているだけで心が澄み渡っていくようです。美しい亜熱帯の森です。なんと蝶がヒラヒラと飛んでいるではないか〜。さすが聖地だ。そして地面になんかうごいていると思ったら、大きなヤドカリでしたよ。

しばらく行くと大きな岩があります。大庫理(うふぐーい)というところで王国の最高神女「聞得大君」の就任式が行われたという場所です。

岩の根元に石でできた台や香炉が置いてありますが、 それ以外は人の手がほとんど加えられていません。ほとんど自然のままなんですね。それが逆にパワースポットみたいな感じがして、霊感の無い私でも祈りを唱えてしまいます。

先へ進むと神秘的な黒い池があります。最初は黒いんで思わず醤油みたいだなーと思いましたが。これは戦争中の砲弾の跡だそうです。砲弾池と言うそうで、色が黒いのはこの辺の土壌のせいなのだろうか。最高霊地なのに埋めたりせずに残してある?というか残っているっていうのが凄いよね。銃弾の跡はいろんなところに残っているけど、砲弾の跡は初めて見ました。この最高霊地でも砲弾が炸裂したのか…。なにか65年前にタイムスリップするかのような目眩を覚えます。

真直ぐで大きな岩が倒れかかっているような三角の通路。三庫理(サングーイ)。写真などでも有名なところです。結構大きいね。それに線は自然にできたとは思えないね。何とも神秘的は通路ですね。ここをくぐり抜けると、海の見える空間があって神の島といわれる久高島がちょうど見えるんですねー。森がちょうど開けていて、そこにみごとに収まるように島が見えるんです。そしてその向こうから朝日が登るのだそうですよ。ここは凄い。よくこんな場所がありましたねー。まさに自然の礼拝堂だ。>

龍潭池(りゅうたんいけ)
首里城のすぐ隣にある龍潭池。その昔、中国からの使者をもてなすため船を浮かべて宴を行ったといいます。私はその隣にある城西小学校に通っていたので龍潭池ではよく遊びましたねー。首里城はまだ再建されていなくて、その場所には琉球大学が建っていたころです。ちなみに池にアヒルが住みはじめたのもこのころからです。

ここで大ブレイクした遊びが「ダムごっこ」です。斜面に穴を掘って池の水を汲みダムをつくります。それを爆竹で壊して決壊させるのです。そのときのカタルシスといったら相当なものがあったと記憶しています。水が流れるところには橋などを造っておいて流されるようにします。上に人形を置いたりしていろいろ工夫してましたねー。だれが考案したものか定かではないですが「ナバロンの嵐?」という戦争映画の影響だっただろうと思います。

あんまりしょっちゅうやってたんで、そのあたりの地形がすこし変わってしまったほどでした。そういえば池に落っこちたやつもいたなー。なつかしいね。ここはそうやってほんとに遊んだ場所なんだよね。今は首里城公園として、きれいに整備されたから穴を掘ったり爆竹鳴らしたりしたら叱られますねー。

多くの方の苦労のもとに首里城が復元されたのは1992年。自分が東京に行って2年後でした。今の子供達は首里の丘に建つ赤い城を見て育つのだからいいですね。やはり王国のシンボルがあることは素晴らしい。周りもいろいろ整備されて立派な観光地となりました。以前は日本3大ガッカリとか言われてたからね。でもきれいに整備されて、なんだか昔の遊び場をとられちゃったような気がして、少し寂しいかなー。

でも今でも帰省した時は必ずこのほとりを散歩します。自分にとっての最高の聖地はやっぱりここです。

中城高原ホテル

沖縄の最大級の裏スポット「中城高原ホテル」跡。中城城址公園の隣にある広大な廃虚です。海洋博の時に作られたリゾートのようです。入ってみると広い広い。中城城と同じぐらいありそうだ。こんなでかい廃虚が沖縄にあったなんて驚きです。ホテルというより町のようです。その怪しい魅力に引っ張られるようにもうちょっと、もうちょっと、と中に入って行きました。異次元の世界へ迷い混んだような感じで、ちょっと恐いけど、貴重な大型廃墟物件ではないでしょうか。ここも100年たてば遺跡になるかもね。ぜひとも壊さずにとっておいてほしいですね。(※一応立ち入り禁止です。)
富盛の石彫大獅子(ともりのせきちょううふじし)
沖縄のシーサーは獅子を守り神として使う風習が14〜15世紀ごろに中国から伝わったものなのだそうです。

悪霊を追い払うような、グワ〜っと恐い顔をしているのが正統派なシーサーだと思いますが、最近はいろいろバリエーションが増えて、コミカルなもや、獅子の原形が残っていないようなものなどさまざまです。

でもみんな、どこか沖縄人的というか、島人の面影がありますね〜。やっぱり沖縄の人が作るのだから、顔も沖縄人に似てくるんですよね。よくシーサー顔っていうけど、沖縄の人がシーサーに似ているんじゃなくて、シーサーが沖縄の人に似ているのです。ちなみに一番かっこいいシーサー顔は川平慈英さんだと思うのですが、どうでしょう〜。

そんなシーサーの元祖ともいうのが、東風平町、富盛の石彫大獅子です。沖縄で一番古いシーサーらしいです。どうです〜。かなり愛嬌のある顔でしょう。大きさは背丈ぐらいです。

このシーサーは実は戦争の写真で有名なんです。このシーサーを盾にして米兵が向こうを伺っているという写真があって、沖縄戦の写真集の表紙にもなるぐらいです。まさか、このシーサーがまだ、健在だったとは。てっきりもう破壊されてなくなったものだと思ってました。初めて会いにいった時は、涙が出そうになりました。よくあの中を生き残ったものです。今でもたくさんの弾痕が残っています。

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