我が家の三男 のりやん トゥレット症候群という病気です。

何かの参考になればと思い のりやんがトゥレット症候群と診断されるまでの生育経を書きます。


『のりやん』平成4年生まれ 現在小学6年生

幼稚園年長 後半のある日 妻が幼稚園に参観に行った時、それは読み聞かせの時でした。
自分で自分の髪の毛を抜いているのを目撃したのです。
それまではあんまり気にしていなかったのですが、
なんだかつむじの周りの髪の毛の薄い子だなと位に思ってました。
自分で抜いてたとはこの時初めて知りました。
この頃の のりやんは身体も弱く 溶連菌(ようれんきん)によく感染して熱を出し幼稚園も休みがちでした。

それから少したって 瞬きが多いのに気づき 目でも痛いのかと 眼科の診察を受けました。
その時 初めてチックと診断されました。
私など、それまでチックという言葉すら知りませんでした。

そうこうしているうちに小学校の入学です。
この頃 瞬きが酷くなり 市役所の電話相談で カウンセラーに相談しました。
『チックは親への子供からのメッセージなので もっと愛情を持って接してあげるように』
と指示されたそうです。ですが そこは末っ子の三男坊です。
妻は目じりを下げっぱなしで、子育てをとても楽しんでいました。
これ以上の愛情ってどうするの?と、その時思った記憶があります。

この頃から 匂い嗅ぎも始まり(現在も継続中です)掛かりつけの小児科を受診しました。
『学校から帰ったら十分甘えさして下さい』との指示がありました。

瞬きは?といえばいつの間にか 消えてしまいました。
何か精神的に緊張する事があると、時々 瞬きをしだしましたが、
その他 顔しかめや鼻や口のチックが出ては消え 消えては出るを 繰り返した時期です。
中波 小波と表現すればいいんでしょうか。 

顔のチックは一通り経験しましたね。
それと何時からだかは忘れてしまいましたが 小さい頃から頻尿でした。
外出すると すぐトイレ トイレって よく叱った記憶があります。

チック症だから そのうち消えて無くなると思ってたし そんなに気にもしていなかったのです。

それが3年生の夏休みに入ると 首振りが始まったのです。
最初は 横に素早く小さかったので 今度は首振りか位で 笑ってた位だから大した事はありませんでしたが
それが だんだんひどくなり 朝起きると始まり 夜寝るまで休み無く 連続で出始め 
それもおもっきり 首を振るから身体まで揺れるほどでした。
このままじゃ首が折れてしまはないと不安になる位 振っていました。
とても真似できないほどの速さと大きさでしてた。
落ち着きも無くなり、表情まで別人みたいになってしまうし これは大変だと思い急いで小児科に受診。
診療中医師と目も合わなく これは普通じゃないとの医師の判断で大学病院を紹介されました。
大学病院で 脳波の検査を受けここでもチックと診断されました。
そして処方された薬はセレネース。
この薬は強いので 少量から初めて 何度か受診しているうちに少しづつ薬の量を増やしていくとのこと
医師から チックが軽減されたら この薬は強いので すぐに飲むの止めるように指示されました。

この頃です。一番辛かったのは。。。
ファーストフード店での出来事です。ジュースを買ってやったら 
首振りが ひどくてカウンターの前で ジュースを全部ばら撒いちゃった。。。
この時ばかりは 周りの目も気にせず抱きしめました。抱きしめたらもう涙が止まらい。。。
どうなっちゃうのかってね。。。 

夫婦して子供の将来とか考えると 
お先真っ暗 どうしたら良いかも全然わからず 悩みに悩みました。
そしてこの頃 ネット巡りも 随分しました。
書き込みはしませんでしたが、勉強させてもらいました。

その後も 顔しかめ 口を尖らす 舌を出す 匂い嗅ぎ 首振り などなど いろいろ出てましたが、
薬が効いたのか 酷い首振りだけは少しづつ収まり 昔 気にしてた事は 全然気にもならなくなりました。
依然 他の症状はあったのですが、本当に ほっとしました。

3年の2学期になると 今度は 首振り 顔のチックの他に音声も出始め 最初は喉鳴らしに始まり 
鼻鳴らし そして『うっうっ』とっ言う声が出て『チェッ チェッ』と言うのもありました。
『死ね!死ね!』という汚言もこの頃からでした。 
それと その場に全然そぐわない 漫画に載ってる文章を突然喋り出したのも この頃です。   
その後は また中波 小波が続きました。

4年の3学期になると またチックの症状が酷くなりました。
首振り 瞬き 特に顔をしかめるチックが酷く
新たに妻の知り合いに紹介された小児神経内科受診 脳波の検査を行い 脳波にチックの波が
表れていると診断される。また 棘波(ちょくは)も見られると言われました。

特に寝つきが悪く 今までに2回ほど朝まで眠れずに学校に行っていたことがわかりました。
三男は私達夫婦に隠していたんです。気づきませんでした。
今思うと 赤ん坊の頃から寝つきが悪くて 悪くて。。。 
二男が楽だったので 三男も楽だろうと考えていたのが、一気に裏切られたような気分でしたね。
なんで末っ子の三番目なのに こんなに手掛かるの???と。。。

この頃から音声が何種類か出始めました。 夜自宅に居る時 たまにですが、例えてみると
『ホーホー』『キャンキャン』とかフクロウや子犬の鳴き声ような感じです。

薬を飲むとチックは次第に治まりましたので 本人は薬飲むのを嫌がるので 
治まるのを見計らって すぐに止めました。

5年になり やはりチックの波は大きくなったり小さくなったりしていました。
チック自体は 薬飲めば治まる傾向にありますので あまり気にもならなくなってきたんですが、
いろいろな強迫観念のようなものが出てきたり、
変なところで知恵が働いたりするので そういう面で心配になってきました。
これから迎える思春期の前に何とか手は打たないと思い
チックの専門の医師に受診しようと ネットでいろいろ調べてみたのですが、
中々思うようには見つかりませんでした。
病院を変わろうにもどんな病気にでも当てはまると思うのですが、
病院を変えるのは、大変勇気がいることでした。

思い悩んでいた頃、運命的な出会いがありました。
その出会いとは、ひろママとの出会いだったのです。

4月の末頃、 それは「サッカーママ養成講座」というサッカーのサイトでの出来事でした。
私が 勇気を持って書き込みしてください というような書き込みをしたのです。
それに一番最初に反応してきたのが ひろママでした。
HPがあったので ホームマークをクリック・・・・・・・・
衝撃でした・・・・・・・・・・・
ぐ、ぐっと引き寄せられる 何かがあったのでしょう。

ひろママ曰く 
>出合いは 偶然ではないんですよ 必然なんです。
>そうなったのは なにか 神様がつなげておく必要があったと判断したから だとおもうんですよ

まったく同感です。そう必然の出会い・・・今まで自分は何をしてたんだろう
何も出来ないかもしれない でも何もせずにはいられない。
これからの 私のテーマが見えきたような気がしました。

ひろママとの出会いから 病気についても いろいろと相談に乗っていただき 
まずは 自分でも真剣にまずは知らなくてはと 本を通販で購入したり 
他のトゥレット関係のHPを訪問したりと 息子の病気に付いてやっと取り組みだしました。

色々考えた末 ひろママの二男君も通っている病院を受診する事に決め 予約を入れました。
でも その病院は他と治療方法も全然違っているし はっきり言って何もわからない状態でしたので
まずは受診して どんなものか見てみよう  そんな気持ちで決めました。

5年の夏休みに初めて訪れた病院 この時初めて私も一緒に付き添いました。
今までは仕事が忙しかったのですが 
妻任せではいけないと思い 今回ばかりは会社も休みました。

穏やかな先生で とても丁寧に説明してくださいました。
診察は脳波の検査含めて丸一日がかりでした。
一応 本などで予備知識は入れていったのですが、目の前でそれを実際に見せて頂き 
なるほどそうなんだっと 感心ばかりしていました。 
例えば トゥレットは背骨の湾曲が見られる事があると本に書いてありました。
息子は 背骨なんか曲がって無いだろうと思っていたのですが、診察でシャツを脱がして 先生が
肩甲骨の位置を示して ほら高さが違うでしょ と。。。
ひぇ〜〜〜 全然 気が付きませんでした。
右と左の背中の筋肉にチックで違う力が加わるからそうなるらしいんです。
みょうに納得してしまいました。

この時 初めてトゥレット症候群と診断を受けました。
おかしいと気付いてから5年かかりました。
でも5年は長かった。。。 
これまでに 医療機関にいくつか診てもらっていたのですから。。。
何か逆に診断が正式に下されてホッとしたって言うのが正直な感想です。
一番 酷い時期に薬で収まらなければ 医療機関を転々としていたかもしれません。
そうすれば もう少し早く診断下されたかも知れません。
此処が一番の この病気の問題点です。

今年になって 新たに 縦の首振りが始ました。 
今までは横に振っているだけだったのが、いつも頷いてるという感じでしょうか。
あとは肩のピクつきと口を尖らせるチック たまに音声。。。 

様子を見ていたら最近 非常に軽くなりました。 
昼間 外では ほとんど他人にはわからないのではないかと思います。
でも。。。。。不安はあります。。。  
進級を控えていたりすると、環境が変わるのは致し方ないことわかっているのですが。。。

ここまでが、三男『のりやん』の経過です。


今は 先々に 不安はありますが 悩んではいません。
悩んでた時期は やはり子供が とっても辛そうだったし 何とか治してやりたい
原因を取り除けば 軽くなるんじゃないか そんなことばかり 考えていました。
一番酷い首振りの治まった頃から半年ほど過ぎてから チックを治そうと思わなくなり 
治らなくても 社会にちゃんと順応出来る そういう子供に育てれば 良いんだって事。
子供の良いところ伸ばしてやれば良いんだって事。
そう考えた時点で、吹っ切れたのです。
そうやって育てて 治れば幸運かな?と。。。
息子も自分なりに 友人関係とか 学校生活とか 十分に工夫しています。
何事にも 積極的に 生きて行って欲しい。
親として、そう願わずにはいられません。


あなたの お子さんは チックと一緒に 何をもらいましたか? 
お子さんの 得意な事は何ですか? もしよかったら聞かせて下さい。
そして、一緒に手を携えてこれからのこと考えてみませんか?
あなたは決してひとりではありません。
ここに、たどり着けたではありませんか。
仲間が、PCの向こうで笑顔でまっていますよ。

                        2004.4.1        管理人 まっさん



 久々に このページを読み返して見た。7年も前だ。。。
遠い昔は まるで嘘だったかのように 『今』 がある
当然 途中に何も無かった訳もないし 山も谷も当然のごとくあったし
でも その全部が 『今』 に たどり着く為のものだったと振り返る 
決して ひとつとして無駄な経験は無かったと つくづく 思う

  のりやんも 現在 大学1年生。 
学生生活に バイトに 遊びにっと 生き生きと 過ごす日々です。


                         2011. 5. 8          まっさん