都市・建築・読書メモ 97

 読書リスト 1997
 都市と住まい−西山夘三 建築運動の軌跡
 アジアン・スタイル−17人のアジア建築家たち
 現代アメリカ都市計画−土地利用規制の静かな革命
 ゾーニングとマスタープラン−アメリカの土地利用計画・規制システム
 人にやさしい街づくり
  「真野っこガンバレ!!」縮刷版 震災の記憶と復興への歩み
  偽装するニッポン−公共施設のディズニーランダゼイション
  帝都復興せり!−「建築の東京」を歩く 1986-1997
 市民参加の都市計画
  自立建築のあるまちづくり
  町並みまちづくり物語
  外国人居住と変貌する街
 スケッチで綴る日本近代建築紀行
 土地・持家コンプレックス−日本とイギリスの住宅問題
 アジアの街 わたしの住まい
 コミュニティ・ベースト・ハウジング−現代アメリカの近隣再生
 都市居住と賃貸住宅−サプライサイドからの分析



 都市と住まい−西山夘三 建築運動の軌跡
【書   名】都市と住まい
【副   題】西山夘三 建築運動の軌跡
【著   者】西山 夘三
【編   者】新建築家技術者集団
【出 版 社】東方出版
【出 版 日】1997年 5月 1日
頁数・版 A5版 304頁
【価   格】本体3,000円+税
【書籍コード】ISBN4-88591-522-8 C0052 \3000E

 1994年に亡くなられた西山夘三先生が、新建築家技術者集団の機関誌「建築とまちづくり」に寄せられた論文や講演記録等を集めた遺作集です。私自身は(実はかすかに京大退官講演を聞いたような気もするのですが)西山先生といっても京都ホテルやJR京都駅の問題に先頭を切って活動をされ高名にして庶民派の建築学者であり、公団のnDKをリードした住宅型の研究でも有名な方、という程度しか知らなかったのですが、この本を読んで初めて、その先進性に驚かされました。
 本書には、数多くの論文等が掲載されているのですが、内容的には似たようなことが繰り返し出てきて、全体としてはP154から始まる「建築とまちづくりを語る」という講演記録が全てを網羅しているという気がしました。
 誤解を恐れずに要約すれば、個々の建築の設計からまちづくりへの視点の展開、建築主(金を出す人)の側でなく生活者・利用者の側に立った設計、生活空間の商品化に抗した小さな技術としての建築(町医者としての大工)という視点、社会の発展とつながりの中で建築を捉えるということ、等にまとめられるでしょうか。それらが、分離派・創宇社から新日本建築家集団(NAU)を経て新建築家技術者集団へ至る建築運動の経緯や、その運動を成果を上げるべきものとして如何に展開していくか、といったことなどを絡ませ、何度も繰り返されています。
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 アジアン・スタイル−17人のアジア建築家たち
【書   名】アジアン・スタイル
【副   題】17人のアジア建築家たち
【著   者】文:村松 伸 写真:淺川 敏
【出 版 社】筑摩書房
【出 版 日】1997年 4月15日
頁数・版 A5版 191頁
【価   格】本体2,800円+税
【書籍コード】ISBN4-480-86044-4 C3052 \2800E

 香港の超高層ビル群や一方ではスリランカ等でのセルフビルドのいえづくりなど、最近やや不安が伝えられるものの、アジアで今、どんな建築が作られているのかは、混沌としつつ興味が深い。ましてやアジアの建築家といって思い浮かぶものとて一人もいない状況では、この本に期待するところは大きく、思わず手に取った次第。ここでは以下の17人の建築家が紹介されている。
 台北/台湾          陳 瑞憲
 高雄/台湾          李 祖原
 ソウル/韓国         承 孝相
 ソウル/韓国         金 竣成
 北京/中国          張 永和
 北京/中国          馬 国馨
 上海/中国          刑 同和
 ラサ/中国          索 郎
 香港             ロッコ・イム
 シンガポール         ケイ・ニー・タン
 バンコク/タイ        プラパーパット・ニョム
 ハノイ/ヴェトナム      ヴー・ホワン・ハック
 デリー/インド        カマス夫妻
 バンガロール/インド     ジェラード・ダ・クンナ
 カトマンドゥ/ネパール    ビデティ・マン・シン
 クアラルンプール/マレーシア ケン・ヤング
 クアラルンプール/マレーシア ジミー・リム
 筆者の建築家の選択はもっぱら同年代、40代から50代に偏っているが、これはまさに今、それぞれの国をリードし、またリードしていくと思われる建築家たち。彼らを筆者は、「現実−ロマン」/「地域性−普遍性」の2軸、4つの象限に分けて座標に示す。各象限毎、ボーダレス・アジアン・スタイル、批判的地域主義(ローカル・アジアン・スタイル)、オリエンタリズムの反射/対抗的地域主義、外部追随型と呼ぶ。そしてどうもこの順番で評価をしているように思われる。個人的には、アジアという文化を背景に、地域の生産の場の中での建築行為を目指す「ローカル・アジアン・スタイル」の建築家に親近感を抱くが、筆者はそこからさらに世界での普遍化をめざす「ボーダレス・アジアン・スタイル」の建築家にシンパシィを感じているようだが、それは「現実」という軸にあるものの期待する側としては大いなる「ロマン」でもある。
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 現代アメリカ都市計画−土地利用規制の静かな革命

 
 
 
 
 
 
 
【書   名】現代アメリカ都市計画
【副   題】土地利用規制の静かな革命
【著   者】大野 輝之
【出 版 社】学芸出版社
【出 版 日】1997年 4月25日
頁数・判 224頁 A5判
【価   格】本体2,500円+税
【書籍コード】ISBN4-7615-2174-0 C0052 \2500E

 先に読んだ福川裕一先生著の「ゾーニングとマスタープラン−アメリカの土地利用計画・規制システム」の姉妹編として、東京都庁勤務の大野さんがまとめられた現代アメリカ都市計画に関する好著です。アメリカの都市計画に関する本としては、今までもいくつか読んできましたが、これまで疑問に思ってきたことのうち、今回なるほどと感じたものもいくつかあり、私にとってはこれが一番わかりやすかった。
 全体的には、第1章で「近代都市計画の成立と経緯」として1960年代までの都市計画の歩みを整理。続いて70年代以降現在まで続く都市計画の流れを、第1の波、第2の波と分けて、第2章は「『都市の危機』と近代都市計画への衝撃」と題して人種差別等に起因する都市貧困から始まった現代都市計画への胎動を、第3章で「環境問題と『土地利用規制の静かな革命』」と題して環境保護運動の成果である土地概念の変化「商品から資源へ」を受けた第1波としての「静かな革命」を総括しています。また第4章では「80年代における成長管理の第2の波」と題して、社会的公正と環境保全をめざし各地で取り組まれ始めている成長管理政策を州政府、地方政府また中心都市等それぞれの状況がレポートされています。さらに第5章で「アメリカ都市計画の現在」と題してまとめと総括が述べられ、終章では「アメリカ都市計画の到達点と教訓」として日本の現状を睨みつつ整理がされます。こうした時代を追った整理は非常にわかりやすかった。以下、特に興味を引いた点などを中心にまとめます。
 まず、(P28)近代都市計画の総括としてゾーニング制度がたとえ所有者階層の利益にかなう範囲のもので貧困層の利益に反するものだったとしても、「公共の利益」が土地所有に優先する論理を形成した点を大きく評価しています。これこそまずは日本に第1にかけている点ですね。
 (P43〜P47)では第2章のまとめとして、公正住宅法、フェアシェア(排他的ゾーニングの排除)、インクルージョナリー・ゾーニング(アフォーダブル住宅の義務付け又は誘導)が整理されています。これらが起因する社会的公正への要求が現代都市計画への一つのアプローチですね。もう一つが環境保護運動から生まれるアプローチ。(P60)で土地に関する新たな概念の導入、都市計画の広域化と中央集権化、開発制御メカニズムの改善の3つの意義で整理されています。
 さて第4章で筆者の言う第2が紹介されています。まずは州政府の成長管理政策が紹介されていますが、(P99)で整理されている4つの特徴をあげれば、自然環境の保護からより包括的な「生活の質」へという政策目標の違い、総合計画(マスタープラン)の重視、中央集権から州政府と地方政府の連携へ、規制措置だけにこだわらない実効性の重視ということになります。その中では(P105)の整合性規定、(P108)の同時性規定といったあたりが興味を引きました。続いて(P117)からは中心都市における都市計画の再生の例がいくつか紹介されています。ここで一貫して述べられているのは、いかにして都市再生活性化に向けての手法として都市計画が使われているかということです。例えば有名なダウンゾーニングは、都心部のマイノリティ層の雇用機会の確保という課題に対するものとして高い評価を得て導入されていることなど(P139)
 第5章で改めて現代アメリカ都市計画についての評価が整理されているわけですが、(P157)で成長管理の定義として「マスタープランに基づき均衡のとれた都市の成長を実現しようとすること」としていることが、その到達点を明確に示しています。一方で(P164)ではテイキング立法などの逆風の動きも紹介されていますが、まさに現実的な利害と目的の整合性との間で常に鍛えられ発展していく制度の様子がうらやましくも思われます。さらに(P169)で紹介される住民参加の拡大の中でアドボカシー・プランニングの提唱者「ポール・ダビドフ」の述べた言葉の引用は傾聴に値します。すなわち都市計画家は「住民の声を積極的に理解し代弁する(facilitators)であり、調停者である」と。また(p181)ではマスタープランを作る意義として「都市計画とはプロセスである」という言葉が紹介されています。
 終章では日本を視野に入れつつ全体を振り返った教訓の整理がされていますが、私が特に感じたのは、社会の求めていることに応えうる、役に立つ都市計画の構築へ向けて日本も真摯に反省し、またアピールするところはアピールしつつ、制度の精練、活用等を考えていかなければいけないということ。本書では、タイムレスな都市計画、環境保全と社会的公正の均衡、土地利用規制の効果と限界の冷静な認識、分権の意義の4つの教訓をあげていますが、特に分権の流れの中で地方自治体レベルで、経済活性化が求められる環境の中で真に役に立つ都市計画制度の確立を目指していく必要があると強く思われます。
***MEMO 「NIMBY」 Not In My Back Yard   = 「地域エゴ」
    「LULU」 Locally Unwanted Land Use = 「迷惑施設」
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 ゾーニングとマスタープラン−アメリカの土地利用計画・規制システム

 
 
 
 
 
 
 
【書   名】ゾーニングとマスタープラン
【副   題】アメリカの土地利用計画・規制システム
【著   者】福川裕一
【出 版 社】学芸出版社
【出 版 日】1997年 5月10日
【頁   数】383頁
【価   格】本体4,000円+税
【書籍コード】ISBN4-7615-4058-3 C0052 \4000E

 私にはちょっと難しすぎたかもしれない。半分ぼうっとなりながら頁を繰ったことも何度かありましたが…
 アメリカの都市計画制度については、マスタープランとゾーニング、サブディビジョン、そして単体としての建築コードという構成は知ってはいましたが、複雑な自治体制度、連邦制という中でマスタープランとゾーニングが如何に成長してきたか、特に多くの判例の中でどう批判され、また現在も動きつつあるかが、ダイナミックに描かれています。
 ジェントリフィケーション・不当な土地利用差別が常に批判の視点となっていたこと。成長管理施策に対しては、その同じ視点から一時的・合理的施策という判例を得ていること。ゾーニングはマスタープランを実現する手段ないし道具であるという認識と同時に、ではマスタープランとどうあるべきかという議論。しかし、最後は「結局のところ、(日米の)違いの根源は、草の根民主主義の強さと弱さ、その力量に行き着く」という言葉の哀しさ。
 第9章の結論が、日米の都市計画制度、いや制度以前の考え方の違いを比較していてわかりやすかった。が同時に、それ以前の各章の詳細な裁判記録や論証を追っていくことは、アメリカの制度が如何にできてきたか、その背景等を知る上で大変勉強になりました。
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 人にやさしい街づくり

 
 
 
 
 
 
 
【書   名】人にやさしい街づくり
【副   題】愛知県「人にやさしい街づくり連続講座」より
【編・著者】山田昭義、星野広美
【出 版 社】風媒社
【出 版 日】1997年 3月 5日
頁数・版 309頁 A5版
【価   格】本体2,000円+税
【書籍コード】ISBN4-8331-3095-5 C0036 P2060E

 愛知県では1994年10月に「人にやさしい街づくりの推進に関する条例」を公布しました。この本は、この条例の公布に至る経緯やねらい、また施行後、人にやさしい街づくりアドバイザーの育成を目的に開講された連続講座の1995年の講義内容を中心に編集されたものです。私はちょうどこの条例の検討段階、また公布・施行に至る間、県で専らその事務を進めていた建築指導課に在籍しており、著・編者の一人である星野さんとも机を並べていましたが、それでもなかなか星野さんの思いや仕事が進められていく上での詳しい内容については知らなかったことも多く、こうして本となり読んで初めて知ることも少なくありませんでした。
 この本の中心は連続講座での講義となっています。この講座は講義を中心に車椅子体験やフィールドワークも含めて開催され、参加者には大変好評だったのですが(今年も開催されています)、私は仕事の都合もあり参加していず、今回初めてこの本を読んで、直に聞きたかったなあと改めて思いました。講師は建築・都市計画関係者だけでなく、身体障害者自身やリハビリテーションの専門家、福祉関係者など多岐に渡ります。その中では、「リハビリテーションとは単なる機能回復訓練ではなく、「ハビリテーション」=「人間性の」回復、すなわち地域や家庭でいかに普通の生活を送るかを考えることである」という名古屋市総合リハビリテーションセンターの万歳先生の言葉や愛知工業大学の曽田先生が紹介された障害児を抱える親の手紙「障害に対して始めから差別も排除も感じ邸二位人にとっては、それは倫理や正義や、また勇気の対象でもない全く自然なこと」という「人がやさしくなる」街づくりという話は感動すら覚えます。最後に星野さんがなぜ愛知県は「福祉のまちづくり」でなく「人にやさしい街づくり」なのかという答えとして、「ひとにやさしい街」づくりではなく、ひとにやさしい「まちづくり条例」なんだということ。まさにそれこそ、指導課の部屋の中で星野さんと話していたことでした。「まちづくり条例」の1バリエーションと捉えることで、この条例の意義と可能性は飛躍的に拡がると改めて感じました。……星野さんの後任を勤めろと言われたら、私ならどう仕事をするのだろう。色々と考えさせられます。
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 「真野っこガンバレ!!」縮刷版 震災の記憶と復興への歩み

 
 
 
 
 
 
 
【書   名】震災の記憶と復興への歩み
【副   題】「真野っこガンバレ!!」縮刷版
【編   集】真野地区復興・まちづくり事務所 代表 岸野賢治
【出 版 元】(有)真野っこ
【出 版 日】1997年 1月17日
頁数・版 A4判 272頁
【価   格】2,000円(消費税込み)
【問い合わせ】 真野地区復興・まちづくり事務所
〒653神戸市長田区東尻池町6丁目3-27
TEL/FAX 078-671-9834

 4月に震災後2年経った神戸に行った 「震災復興 神戸を歩く」参照) 時の疑問の一つが、「真野とはなんだろう」ということでした。訪れた町は確かに裏路地や地蔵尊などの特徴はあるものの、下駄履き共同住宅など現代的な建物も散見され、当初イメージしていた良好な街並みや住環境といったイメージを覆すものでした。その疑問を解く手がかりが欲しいということで手にしたのが、この本です。
 この本中の「真野っこガンバレ!!」の中の記事によると、当初は50号を目途に縮刷版として出版するつもりが、一方で学術出版社から、阪神大震災復興市民まちづくり支援ネットワーク事務局により真野地区を始めとする各地区のまちづくり協議会等が発行したニュース・新聞等を集めた本が発行され、これと違うものとするため、真野に関係する諸先生に原稿を依頼して、その関係で発行が遅れ、結果90号(平成8年11月18日)まで収録することとなったそうです。この「真野っこガンバレ!!」(第1号は平成7年3月6日から)の縮刷に加え、宇都宮大学教授 今野 裕昭先生の「真野地区のまちづくりは震災にも強かった」と題する震災後の真野地区の様子の概括を記述したレビューと年表、縮刷版に寄せて(真野地区へのメッセージ)と題する10名の識者の方々の文章、全国を巡回して開催した「音楽とまちづくりの響き合う夕べ」の記録、そして真野地区の震災後の活動記録がこの本に収められています。
 「きんもくせい」はNIFTY FCITYへ継続してアップされていたので目を通していましたが、この「真野っこガンバレ!!」はそれとは違って直接住民に訴えかける姿勢と記事の内容が面白い。また1年半の間に震災後の状況が次第に変わっていく様子も興味が沸きます。記事の中では、「シリーズ 長かった1日 1月17日」が泣かせるし、「ざ・自治会」や「真野思い出マップ」が住民との関係という意味で興味がありました。また「真野地区まちづくりって何なの?」というシリーズは「真野地区」を考える上で大変参考になりました。結局、一口で真野地区といい、真野の住民を讃えても、現実には震災後他地区へ出ていった人もいれば建築基準法無視で違法建築を建てる人もいるなど色々な人がいる。しかしこの地区の財産は公害問題で住民が立ち上がったときに、単なる訴訟問題とせず、住民まちづくり活動へ導いていった強力なリーダーがいたし、またこの地区の中に住み続けることの中でしか解決ができないという状況が活動を規定した面もあった。さらにリーダーと宮西さんを始めとする識者との絶妙の関係があっただろうし、現在となってはこれら応援団に時に引きづられ時に利用しという、良い意味での共生関係が芽生えているのだろうと思われる。あとがきで「真野っこガンバレ!!」の編集長 清水 光久さんが「たぶん私は、延藤先生、宮西先生、乾先生にハメられたのである。」と書いているのはこのあたりの状況を伝えているのだと思う。
 さて、真野地区に住んでいない我々の課題は、この真野の状況を見て、何を汲み取るかですが、しかしけっして多くの応援団がいたから真野地区があったのではなく、多くの応援団を呼び込み、引きつけたから今の形があるということを理解して、まずは住民自身の柔らかでかつ真剣な態度にこそ見習うべきものがあるという風に理解をしました。
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 偽装するニッポン−公共施設のディズニーランダゼイション

 
 
 
 
 
 
 
【書   名】偽装するニッポン
【副   題】公共施設のディズニーランダゼイション
【著   者】中川 理
【出 版 社】彰国社
【出 版 日】1996年 2月10日
頁  数 256頁
【価   格】本体2,330円+税
【書籍コード】ISBN4-395-00435-0 C3052 P2400E

 著者の中川理氏は大学の同級生です。前から気にはなっていたんですが、先日、ふと書店で発見して買ってしまいました。内容は最近の公共施設がメルヘンチックな図象を外観にまとっていることを批判しつつ分析したものです。ここでも取り上げられている命題は、「自由と規範」。社会システムが消費社会という新しい局面に入り、個人と全体の新しい関係が芽生え始めている。一方、公共建築は個人との新しいシステムが見えない中で、個人のカワイイ嗜好を独断的に採用し迎合しようとしている。これはポストモダンの後の建築デザインそのものの状況を言っているのでしょう。公共施設は公共という檻に捉えられているだけつらい状況であるのだ。ましてや最近の公共事業予算抑制の流れの中では、市民のきちんとした建築デザイン意識が重要となってくるでしょう。さもないと、ディズニーランダゼイションの次は機能主義復刻風プアデザインの時代になりかねない。重要なのは公共を支える市民の意識だと思います。
 私の一番の関心事に引き寄せて言えば、まちづくり活動においても「規範を求める動き」というのは様々な局面で見られるようです。世紀末を控え、「自由と規範の関係」を巡る新しいシステムの模索はまだまだ落ち着いたとは言えないようです。
 ところで建築物のこうしたデザインに関わるホームページとしては次のものが有名です。中川さんも時々顔を出しているようです。  ばかけんちく探偵団
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 帝都復興せり!−「建築の東京」を歩く 1986-1997

 
 
 
 
 
 
 
【書   名】帝都復興せり!
【副   題】「建築の東京」を歩く 1986-1997
【著   者】松葉 一清
【出 版 社】朝日文庫
【出 版 日】1997年 5月 1日
頁  数 260頁
【価   格】本体820円+税
【書籍コード】ISBN4-02-261188-X C0152 \820E

 昭和10年(1935年)に刊行された「建築の東京」には、震災復興期に建築された東京の建築物450件が載っているという。この本に載った建築物を訪ね歩きながら、一方でポストモダン等の現代の状況を念頭に置きつつ、建築表現のあり方について考えていく好著。
 前半では「都市の位相」として、地下鉄、同潤会、復興小学校、田園都市、ターミナルを取り上げ、後半では「表現の位相」として、アールデコ、表現派、ライト式とこれに対するインターナショナル・スタイル、さらにこれに対する日本趣味という5つの表現を並べる。
 特に後段では、「自由」と「倫理」という切り口で整理し、関東大震災復興期に開花した東京の建築群の表現の位相を、著者は「自由と倫理の危うい均衡の感覚の上に成り立っていた」と書く。一方で「震災復興期の建築の命脈を断ったのは、戦災のような非常時の災危ではなく、かつてのオリンピックしかり、今回の内需拡大しかりで、平常時の人為そのものである」とも評する。
 ここ1年ばかり、私自身東京へ行く機会が多いので、その際には、本書を片手に、これらの建築物群を歩きたいと思う。特に名建築でない市民の建築を。「神田須田町の路地裏を、日本近代がさりげなく獲得した都市の姿ではないかと思う」その都市を。
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 市民参加の都市計画

 
 
 
 
 
 
【書   名】市民参加の都市計画
【著   者】伊藤 滋
【出 版 社】早稲田大学出版部
【出 版 日】1996年11月25日
頁  数 229頁
【価   格】2,000円(本体1,942円)
【書籍コード】ISBN4-657-96921-8 C1352 P2000E

 早稲田大学大学院での講義をまとめたという本書は、現在の日本の都市計画の抱える問題を、戦後の日本の国土形成の視点からの今に至った経緯やOECDの都市問題会議における各国の状況などを紹介しながら、分析してくれます。講義を書物にしているということで、焦点がぼけつつ次の話題に移っていくきらいはあるものの、わかりやすい口調で書かれ、初級者から実務に埋没した中級者向けに絶好の書という気がします。
 その中でも、P68の国と市町村、その間の県という存在の意味を表した「市町村は国に対して責任を持つというよりも、むしろ市民から付託された仕事をするのが主目的です。県は県民から付託された仕事をする性格と、「国の考えていることを県民に知らしめよ」という国の代弁的機能の両方を基本的に持っています。」という部分。またP72からの「市民と都市計画家」の章の具体的模式的にまちづくりの模様を描いた部分などは面白い。
 また犯罪をこれからの都市計画の課題の一つとして上げている点、日本の地方都市において健全な生活が営まれていると看破している点、一人世帯をどう地域になじませるかを東京の新しい都市計画であると見なして、1階店舗、家主世帯とセットのワンルームマンションの提案なども、目新しくも無視し得ない大事な指摘だと感じました。
 都市計画を地域から始めること、市民感情から始めることを再度提起したいと思います。
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 自立建築のあるまちづくり

 
 
 
 
 
 
【書   名】自立建築のあるまちづくり
【著   者】林 英雄、山田 利行
【出 版 社】北斗出版
【出 版 日】1996年12月10日
頁数・版 192頁 A5版
【価   格】1,854円(本体1,800円)
【書籍コード】ISBN4-938427-89-3 C0052 P1852E

 神戸に行った際、この自立型マンションを著者で設計者の林さんの案内で見学をしました。その上でこの本を読むにあたり、(1)なぜ単体の建築でなく「まちづくり」なのか (2)道路拡幅等により2回の立ち退きを余儀なくされたことに対する抵抗の意識の意味 の2つの疑問を持っていました。内容については実物を見てしまったので、そんなに期待をしていなかった。
 しかし読み進めるうちに、多分著者も設計をしながら気づいていったであろう次のことなどに、同感の思いを持ちました。例えば、マンションを積み上げた現代長屋にみなし、表路地・裏路地を廊下とベランダになぞらえている点。階段は裏路地、しかし単なる通路ではない、子供にとっての遊びの場、主婦や老人にとってもコミュニティの場として捉えること。震災では飲料水として一人一日一リットルのペットボトルで我慢していたのに、1回のトイレでバケツ2〜3杯の水を流していること。太陽光発電が環境共生として好意的に捉えられるのに対し、長所欠点をあげて比較検討の上、選択していること。汲み取り便所からの解放は排泄物に対する無責任を生んでしまったのではないか、という点、などなど。
 最初の疑問の回答は、(1)は防災は地域からという著者の主張、(2)は多分1回目の立ち退きでそれまでの「広い道」として愛着を持っていた道が、自分たちの道でなくなってしまった喪失感から、と思いました。
 さて読み終えて、防災はけっして○○県防災計画とか大規模防災公園といったものでなく、地域レベルでの住民の自立的な復興活動の支援から始まる、ということに改めて同感の思いを抱きましたが、しかしそれは行政はやっぱり頼りにならないと心底味わった神戸だからこそあり得る構図かという思いも同時に思います。防災、避難救助、生活復興、まちづくりの各局面での行政の役割について、市民との関係の中で考えてみる必要がありそうです。
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 町並みまちづくり物語

 
 
 
 
 
 
【書   名】町並みまちづくり物語
【著   者】西村 幸夫
【出 版 社】古今書院
【出 版 日】1997年2月15日
頁数・版 249頁 A5版
【価   格】2,266円(本体2,200円)
【書籍コード】ISBN4-7722-1447-X C1030 P2266E

 月刊「地理」に連載した日本各地の町並みまちづくりの様子を詳細に報告したもの。著者自身がアドバイザー等としてかなり関わっている地区を取り上げている所から、過去の経緯や中心人物の様子まで相当に詳しく書かれており、とても参考になる。取り上げている町並みまちづくりは以下のとおり。
1 北海道小樽市・小樽運河を巡る保存とまちづくり
2 北海道函館市・歴史的建造物の保存・再生
3 栃木県足利市・大谷石造工場の保存再活用と景観整備
4 長野県須坂市・蔵造りの町並み保存とまちづくり
5 新潟県村上市・武家住宅若林邸の修理工事から始まった武家屋敷地区保存とご成婚記念公園
6 新潟県津川町・とんぼ(雁木)の町並み再生と商業活性化
7 愛知県足助町・町並み保存と地域活性に向けた官民一体の多彩なまちづくり
8 岐阜県古川町・飛騨の匠「雲」と「そうば」、水系、景観保全
9 滋賀県近江八幡市・八幡堀の再生とウィリアム・ヴォーリズ、ハートランド推進財団
10 京都府舞鶴市・赤煉瓦建造物を生かしたまちづくり
11 福井県上中町熊川・宿場町とまえがわを生かした町並み保存
12 岡山県高梁市・商工会議所がリードし新設大学も一体となった城下町の再生と活性化
13 島根県大田市大森・石見銀山の町並み保存とベンチャー企業がリードするまちづくり活動
14 山口県岩国市・城下町・工業都市・基地の町のまちづくり
15 佐賀県有田町・トンバイ塀のあるやきもののまち保存とHOPE研究会の活動
16 大分県臼杵市・武家屋敷町並み保存とまちづくり
17 沖縄県嘉手納町・基地の町のまちづくり活動
 これらのうちで私が実際に訪れたことのある町も半分くらいはありますが、20年近く前に行ったというところもあり、改めて変化した最近の様子を知りたいと思います。また以上の内で、特に興味を覚えたのは、民間企業を中心としたまちづくりを展開している島根県大田市と山口県岩国市のまちづくり。特に後者は今までのところ特段の成果が上がっているわけでもなさそうですが、どこにでもありそうな街のまちづくり活動として参考になる部分があるのではないかと期待されます。
 なお巻末に、各地の町並みまちづくり運動として、次の各地が簡単に紹介されており、参考になります。
・岩手県盛岡市・秋田県角館市・山形県金山町・宮城県登米町・福島県会津若松市・福島県喜多方市・福島県三春町・群馬県桐生市・埼玉県川越市・山梨県早川町赤沢宿・新潟県高柳町・長野県軽井沢町・長野県小布施町・長野県南木曾町妻籠宿・愛知県名古屋市緑区有松・岐阜県高山市・石川県金沢市・三重県伊勢市・滋賀県長浜市・京都府京都市・奈良県奈良市・奈良県橿原市今井町・大阪府富田林市・兵庫県出石町・岡山県倉敷市・岡山県津山市・香川県琴平町・愛媛県内子町・福岡県柳川市・沖縄県竹富町
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 外国人居住と変貌する街−まちづくりの新たな課題

 
 
 
 
 
 
 
【書   名】外国人居住と変貌する街
【副   題】まちづくりの新たな課題
【著   者】 まち居住研究会
■稲葉佳子+塩路安紀子+松井晴子+小菅寿美子
【出 版 社】学芸出版社
【出 版 日】1994年12月10日
頁数・版 239頁 A5版
【価   格】2,987円(本体2,900円)
【書籍コード】ISBN4-7615-2124-4 C0052 P2987E

 愛知県下にもトヨタ関連の製造業等に従事する外国人労働者が数多く居住している。特に郊外の大規模公営住宅団地などでは、外国人の率が3割を越え、地元の町内会などから問題として訴えられるような状況が発生してきている。県が今年度から建替を検討している団地においても、かなりの外国人居住が報告されており、今後計画を検討していく中で大きな問題の一つとなることが予想され、その予備知識を得たいといった観点から本書を手に取ってみた。
 この本では東京都新宿区大久保界隈という、歌舞伎町に隣接しまた外国人向けの専門学校なども多数あるという特殊な立地地区における外国人居住問題に焦点を当てつつ、一般論としての外国人居住問題を分析・研究をしている。愛知県で起きている状況は、この本でも取り上げられている群馬県大泉町などの状況が近似していると思われるが、この調査以降4〜5年が経過していることを考えると、新たな視点からの、また愛知県としての特殊性・地域性を加味した調査・検討が求められるのだろうと思う。これは私自身のまた愛知県としての今後の課題。
 さて、大久保町近辺で外国人居住が次第に進んでいく過程、外国人自身の居住遍歴、地域の日本人の対応の変化、街の変遷などは大変興味深い。また所々織り込まれる「住まい探訪」や「扉の向こう側」といったコラムも大変面白く読ませる。写真や調査結果も興味深い。「基本的には日本人の敬遠する老朽化した木賃アパートに固まって入居する傾向が強いが、管理人のいない、大規模なアパートやワンルームマンションにも、比較的外国人が多く入居している。」という後者の状況がまさに公営住宅の状況だ。
 しかし「『外国人の集住化=社会問題の発生』といった短絡的な発想には気をつける必要がある。」という指摘には耳を傾ける必要がある。確かに、集住化により日本と異なる生活文化が街ににじみ出てその需要に応える新たな街が発生したり、住戸内での生活様式の違いが周辺住戸に問題を引き起こしたり、言葉が通じないことによる漠然とした恐怖感等の文化摩擦の問題と、低所得階層や単身世帯等の集中による住環境の荒廃の問題とは厳密に分けて考えるべき問題だ。前者に対しては住宅の質をきちんと確保し、街の形成をきちんとコントロールすれば文化的交流につなぐことも可能だ。後者については、従来日本の住宅施策が対象としてこなかった若中年単身世帯の問題が外国人という社会的弱者と一緒になって表れてきた問題であり、外国人居住と切り離して今後検討していくべき課題の一つである。
 最後に、在日朝鮮・韓国人等との経験があげられているが、確かにそうした経験(良かったにしろ悪かったにしろ)をベースにすれば、これらの問題を考える下地は既に我々にもあるかもしれない。
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 スケッチで綴る日本近代建築紀行

 
 
 
 
 
 
【書   名】スケッチで綴る日本近代建築紀行
【著   者】鈴木 喜一、宮本 和義
【出 版 社】日経BP出版センター
【出 版 日】1995年10月27日
頁数・版 289頁 A5版
【価   格】2,200円(本体2,136円)
【書籍コード】ISBN4-8227-4036-6

 「神楽坂散歩」で紹介したように、全く偶然に古い洋館を使ったギャラリー「アユミギャラリー」にたどり着き、その主宰者である鈴木喜一さんが書かれた本書を購入してきました。著者の鈴木さんが訪問しスケッチを重ねた近代建築の数々を、豊富なスケッチと暖かいタッチの散文で紹介していきます。
 紹介するのは、北海道の旅、東北の旅、関東の旅、東京、横浜、甲信の旅、関西の旅、山陽の旅、土佐の旅、五島列島の旅の5章で、愛知県がないのは残念ですが、武蔵野美術大学通信教育部の学生達との心温まるエピソードなども含めて、あっという間に読み終わりました。ほっとします。でも、本当はその次を考えなくてはいけない。なんでもこの本ももう絶版になるという話ですが、まずは少しでも多くの人が購入して読むことが、これらのまちなみや建築物が残っていく第1歩なんでしょう。
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 土地・持家コンプレックス−日本とイギリスの住宅問題

 
 
 
 
 
 
 
【書   名】土地・持家コンプレックス
【副   題】日本とイギリスの住宅問題
【著   者】山田 良治
【出 版 社】日本経済評論社
【出 版 日】1996年8月10日
頁数・版 234頁 A5版
【価   格】2,369円(本体2,300円)
【書籍コード】ISBN4-8188-0866-0

 昨年の4月に公営住宅に関する仕事に変わって以来、公的住宅施策、特に公営住宅・特定優良賃貸住宅を考える中で、一方の持家化をどう見通すかは、私にとって重要な視点であったし、またこれらと都市計画(土地利用計画)や住民主体という流れをどう結びつけるかも、課題として感じていたことの一つでした。
 この本は、経済学者がイギリス滞在の経験を生かして、その比較分析という形で、土地の持つ二重独占という特殊性をベースに、両国で共通して進行している持家化という現象を経済学的・社会学的に分析し、その上でそれが抱えているアフォーダビリティー危機に対する処方箋を提言している好著です。
 土地の二重独占とは、物の利用・所有はそれ自体他の利用等を排除するという排他的独占=一般的独占に加えて、利用独占=同じ土地は一つしかないのでその利用は常に独占となる=と、所有独占=土地の処分や活用等は常に所有者の恣意的な態度の上にのみ委ねられる=の2つの独占が加わり、これゆえ純粋な市場原理が働かない状況がある、というものです。
 もう一つ、「賃貸は制限された売買である」という認識。つまり賃貸は、共同利用で可又は専有利用が困難なとき、及び一時的・間断的な利用しかしないとき、に基本的に選択される、ということ。
 これらのことから、イギリスの住宅賃貸及び所有の歴史を踏まえて、(1) 持家化は資本主義の下では、市場化・商品化に伴い、歴史的に必然である。(2) 所有化により賃貸の持つ敵対性が克服される。の2つの要因から、持家化=持家コンプレックスは生まれると分析しています。ちなみに、賃貸が持つ敵対性とは、(1) 地主と家主(事業者)との間の、借地機関終了時の建物や土地改良成果の帰属の問題と、(2) 賃貸故の賃貸料の高騰等に対する生活権からの自己防衛、の2つであり、これを克服するために持家化が起こってきた、ということです。
 (イギリスの歴史を振り返って、土地は共同体(家族や教会・自治体等)に属し、故に未来世代も含めて共有している、という概念の紹介や、それゆえ地主と家主(事業者)と入居者の3者に分かれる、という分析は面白い。)
 ところで、こうした土地の商品化、持家化の進展は、土地の二重独占の作用の故に、不可避的にアフォーダビリティー問題を伴っている。つまり簡単にいえば欲しい土地を誰でもが入手することができない状況が起こるということですが、そうした中でも鉄道の高速化等で遠隔地であれば持家化が可能といった具合にある程度回避されていたのが、その忍耐が限度に達したとき発生したのが第1次アフォーダビリティー危機。これは持家に移行できなかった層の危機です。これは歴史的には公共住宅施策等で対処してきた。現在直面しているのは、第2次アフォーダビリティー危機で、これは投機的市場に巻き込まれたことによる持家の半借家化・生活財からの逸脱<持家層の危機>と公的賃貸住宅施策弱体化による危機<低所得層の危機>。
 こうした現代のアフォーダビリティー危機に対する処方箋として、筆者があげているのが、1つは二重独占のうちの利用独占の緩和という観点からの土地利用規制の重要性(併せて、高度利用批判=家庭菜園がある方が生活論理からすると高度利用かも知れない)と、2つ目が投機的資産所有の放棄という観点からのキャピタルゲイン課税と公共住宅供給の役割のPKO(プライス・キーピング・オペレーション)としての再評価です。そしてもう1つ、生活論理・地域コミュニティの重視についても語られていますが、これは施策というよりも、最近の社会の流れに対する好意的評価ということでしょうか。
 こうして現在の持家化という流れとそれ故おきている問題点を、土地の市場的特殊性という観点から鮮やかに解き、かつ土地利用規制や生活論理の評価という結論を導き出している、それも日英比較をすることによって、より理解しやすく。ということで、ちょっと興奮気味にあっというまに読み終えてしまいました。
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 アジアの街 わたしの住まい

 
 
 
 
 
 
【書   名】アジアの街 わたしの住まい
【著   者】穂坂 光彦
【出 版 社】明石書店
【出 版 日】1994年12月30日
頁数・版 354頁 A5版
【価   格】3,090円(本体3,000円)
【書籍コード】ISBN4-7503-0655-X

 これももう大分前に発行された本で、都市計画の専門の方には当然必読のことと思います。私も知ってはいたのですが、思えば10年ほど前、国際居住年の時に私も県で担当をしていて、国連地域開発センターとも多少のつきあいがあり、またKIPのことなども聞きかじり程度には知っていたつもりでいたこともあり、わざわざ本を手に取ることまではしていませんでした。それが今年のお正月に読み、もっと早く読んでいればと後悔をした次第です(最も早く読んでも何と言うことはないのですが)。
 全体として、穂坂さんが国連職員として経験してきた、アジア各国でのまちづくりの様子をベースに新しいまちづくりの方法・方向が語られています。一言で言えば、「計画>都市>居住>人」という従来のプロセスを逆転した「人>居住>都市>計画」というまちづくりの有用性といっていいでしょうか。最近、日本でもワークショップや住民参加・住民主体のまちづくりなどが言われ、また実践されていますが、その原点としての人の住まうことの意味、住まいづくりの原点がここにあります。以下、その事例をいくつか列挙しておきます。
ベトナム「ヘプタン・モデル」 穂坂さん自身がその発足から関わった社会主義国ベトナムでの住民主体によるまちづくり。ワークショップを契機に、セルフヘルプによる共同水道の工事が進められる。
バングラディッシュ「グラミン銀行」 スラム居住者は従来金融上の信用が得られず、住まい・生活環境の改善が進まなかったのを、銀行自体が人々のところにやってきて金の貸付をすることによって、生活改善を進めている事例。市場金利による貸付でありながら、信用を付与されればきちんと返済されていくという。このタイプの金融環境の整備はこのグラミン銀行をモデルに様々なところで試みられているという。
スリランカ「CAPワークショップ」 スリランカのセルフヘルプによる100万戸計画は有名だが、これの発展したワークショップによる住まい・まちづくり。セルフヘルプとコミュニティ請負制度により生活環境整備が進められる事例が報告されている。
インドネシア「KIP」 インドネシアのスクォッター地区「カンポン」改善事業
パキスタン「オランギ下水道事業」 セルフヘルプによる下水道整備。
フィリピン「ZOTO」 トンド地区の住民組織。大統領等まで巻き込む先鋭な政治活動とその源泉としての生活実感。
タイ「ルアムチャイ・サマキ」 スラム居住者からなる住宅組合によるセルフヘルプによる新しいまちづくり。低湿地に木杭の板によるワンウェイ歩道をつくりその両側に住まいをつくっていく。また水道その他の施設もセルフヘルプにより徐々に完備していく。
インドの路上生活者 その生活実態と意識。
住まい・まちづくりの領域における政府・行政の役割の思想としての「イネーブリング=支援」とそのためのネットワーク(特に南々交流)の必要が語られていますが、日本においても高度成長や朝鮮特需等の経済的優位を背景に進められてきたこれまでの施策に行き詰まりが見えてきている昨今、住民の自立と行政の支援という枠組みは、日本にこそ重要な視点になるのではないかと改めて思いました。
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 コミュニティ・ベースト・ハウジング−現代アメリカの近隣再生

 
 
 
 
 
 
 
【書   名】コミュニティ・ベースト・ハウジング
【副   題】現代アメリカの近隣再生
【著   者】平山 洋介
【出 版 社】ドメス出版
【出 版 日】1993年9月1日
頁数・版 430頁 A5版
【価   格】6,180円(本体6,000円)
【書籍コード】ISBN4-8107-0367-3 C0036 P6180E

 アメリカのCDC(Community Based Corporation)については、一応知識としてはあったのですが、いろいろな資料等を読み合わせても全体像が今一つ掴まえられずにいたのが、この本を読んですっきりと整理がつきました。
 住宅施策と云えば、公共住宅の直接供給と家賃補助(サーティフィケイトとバウチャー)がその代表ですが、それぞれの抱える問題点がまず整理されています。
 公共住宅の抱える問題として、パターナリズム(温情主義)とスティグマ(汚名)があげられ、NIMBY(Not In My BackYard)といわれる。これはそのまま日本の公営住宅の抱える問題を写しているようです。「公共住宅はそこに住んでいる者と入居したい者以外は誰もが嫌っている」「プルーイット・アイゴーの伝説」といった言葉も印象に残りました。
 一方、家賃補助が抱える問題としては、バウチャーは低家賃住宅の新規供給、ストック修復のインセンティブにならない、という点があげられます。そして家賃補助に係る規制が解けると同時に、前払いと、続いて放棄とジェントリフィケーション。
 こうした問題に対処するサードアームとして現れたのが、CDC。
CDCを巡る主体、制度等を整理すると次のようだと理解すればいいのでしょうか。
住宅困窮者

CDC―――NPOネットワーク(技術支援等)
|  構成:ボードとエグゼクティブ・ディレクターを始めとするスタッフ
|  制度:非課税組織
|  多様な住宅供給:
|   ・コレクティブ住宅
|   ・トランジション住宅(母子世帯向け短期支援住宅)
|   ・コングリゲート住宅(シルバーハウジング)
|   ・アクセサリー住宅、エコー住宅、シェアド住宅(近居等)
|   ・SRO住宅(単身者向け)
|   ・コープ・コンバージョン、ホームステディング
|  思想:アドボカシー・プランニング、セルフ・ヘルプ

インターミディアリー――――――――――資金提供等
   役割:資金のパッケージ化等      ・企業 (タックス・クレジット)
                      ・補助<全国アフォーダブル住宅法・リバレッジ>
                      ・金融機関 <レンダー・コンソアティア>(CRA)

 ニューヨークのサウス・ブロンクスがあっというまにスラム化していくところなど、日本ではなかなか考えられない状況にあり、またNPOを巡る制度的な違い、住民の行政に対する意識等、日本に即当てはめれる訳ではないですが、住まいは住まい手自らが造っていくという思想は、まさに同感するところであり、地域における住まいづくりのあり方を考えていく示唆を与えてくれます。
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 都市居住と賃貸住宅−サプライサイドからの分析

 
 
 
 
 
 
 
【書   名】都市居住と賃貸住宅
【副   題】サプライサイドからの分析
【著   者】森本信明
【出 版 社】学芸出版社
【出 版 日】1994年1月25日
頁数・版 206頁 A5版
【価   格】2,575円(本体2,500円)
【書籍コード】ISBN4-7615-2117-1 C0052 P2575E

 都留文科大学の前田さんから、公営住宅の必要性を考えるなら紹介をいただき読みました。
 内容は、民間賃貸住宅市場の分析から始まって、民間賃貸住宅の重要性、公共化の可能性・必要性、新しい賃貸住宅需要層等に関する諸論文が入っています。
 この中では、「兼業くいつぶし経営型(家賃収入の中から償却費、維持費を充分出すことができず、生活費にほとんどを支出している層)」の存在が家賃決定に大きな影響を与えているという指摘が最も興味を引きました。
 また、公的一括借り上げの評価として、賃貸住宅所有者にとっては借り上げ期間終了後の入居者家賃の処理という点から「借り上げ完了後、市場家賃にすりつける必要がある」という指摘などは、現在の特優賃の応能応益家賃導入に待ったをかけるものとして面白いし、 従来、回転のいい小規模賃貸の方が経営的にいいという指摘に対して、経営者にとっても「長期的視点からはファミリー向けの方が有利になる可能性もある」といった指摘(P117、説明は割愛します。詳しくは本書をお読みください。ごめんなさい_(..)_)や、 (P25,P119)などで繰り返し述べられている「良質な民間賃貸住宅の供給と公的賃貸住宅の供給の増大では前者を優先すべき」という主張などは共感を覚えます。
 ただ、全般的に思ったのは(いつも思うことですが)、これを地方に置き換えたらどういう結論になるのか、ということです。もちろん「くいつぶし層」の存在など、地方でも有効なことは多いのですが、基本的に民間賃貸(中間所得層)住宅需要がどれだけあるのか、また森本さんが言われる「ニューサービス業従事者」「都心流動層」「個性的なライフスタイルを選択する人たち」が地方でどれだけ可能性があるのか、といった点で疑問を持ちます。−もちろん、名古屋圏ともなればいくらかはこうした層の存在もあるとは思うのですが、量としてどうか。
 また(P43)の注にある「相対的に安くなった住宅に居住し続けることにより、持ち家への移行を準備する方が妥当な選択」とする人が地方部ではまだまだかなりの多数を占めるという感じがします。
 また、第3章「『公共化』を考える」の部分で、著者は「低所得者向けの住宅供給を民間賃貸住宅経営者に求めるのは困難だ」と主張しているのですが(そしてその根拠については同意もするのですが)、この場合の低所得者の定義がはっきりしない。「くいつぶし経営」と競合することにより十分安くなった家賃の賃貸住宅であれば、地方部では低所得の上の階層向けとして十分機能しているのではないか。
 このあたりから逆に公営の役割(や公営の倍率が上がらない理由など)も出てくるのではないかという気がしました(かなり否定的縮小方向の答えになるかもしれませんが)。
 一方、今後の賃貸住宅需要層の存在として「個性的なライフスタイルを選択する層」について研究しているのですが、私は(これも従来より主張していることですが)親が持ち家に居住し相続の可能性がある故の借家選択という層の存在も地方部では大きいと感じています。
 最後に「くいつぶし層の存在」が劣悪化の元凶となっている(これは納得できる)ということですが、それが賃貸経営の持っている構造的特質であるとすれば、管理者・所有者・居住者が一元化されている分譲マンションの方が、住環境の維持の観点からはよりよいかもと思ったり、いや所有者が複数で意志決定が困難な分譲より、管理者が一人の賃貸の方が、管理者をうまく誘導できればこの方が良いかなとも思ったりしますが、まあどちらも大事、どちらもどっちということなんでしょう。
 本書を読んでみえない方にはなんのことかさっぱりわからなかったかもしれませんが、地方部における賃貸住宅の可能性−そして、そこから民間と公共の役割と可能性について、ご意見等あればお伺いしたいと思います。
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