伊勢河崎のまちづくり


(2001/ 4/14)
 建築学会東海支部都市計画委員会の春の交流会に参加し、伊勢河崎のまちづくりを見学してきました。伊勢市といえば、都市計画の世界では市民参加による都市マスタープランづくりの典型の一つとして有名です。当日は三重大学の浅野先生、伊勢河崎の歴史と文化を育てる会会長の西山保史さん、市会議員の村田さん他の方に町並みを案内していただきました。が、まずは宇治山田駅午後1時半の集合時間を前に、朝9時に名古屋駅を立って、伊勢神宮の内宮とおはらい町、そして外宮と歩いてきました。同行は職場同僚のKさん、Nさん、そしてもう一人Kさん。

宇治山田駅

伊勢神宮・内宮

 内宮はさすが土曜日はぎっしりの人であふれていました。しかし静かな緑と五十鈴川の流れ、そして太く真っ直ぐ伸びた木々の美しさには心を奪われます。まだ遷宮して間がない神宮の建物は、白木や茅葺きも新しく美しい。意外に広い境内を一巡しておはらい町に出たときには、そろそろ集合時間も気になる頃。それでも伊勢に来たからには名物の伊勢うどんを食べ、赤福本店で赤福とお茶をすすって、おかげ横丁を通り過ぎバス通りへ。

 宇治山田駅と内宮を結ぶバスは途中外宮を通って巡回しています。ただし内宮からは駅を通り過ぎて外宮へ。外宮は内宮と打って変わって静かでした。内宮ほどは歩くこともなく、奥に拡がる山を背負って厳かな霊気に満ちていました。
 外宮からの帰りはコミュニティ道路を通って歩いて帰ります。途中、木造3階建ての旅館山田館がありました。また、本で読んでたとおり、戸口に注連縄を飾った家がいくつも見られます。思わず注連縄コレクション
 さて、宇治山田駅に着くと、既に伊勢河崎の面々が大勢揃って出迎えてくれました。名古屋方面から駆け付けた者も含め総勢30名近いメンバーが二手に別れ、我々は柴田さん・村田さんの後を付いて歩いていきました。ガードをくぐり狭い道を通り、立派な注連縄を拝見し、大正年間築という洋館を見、2軒並んだ伊勢らしい民家を見、そしていよいよ河崎の町並みの入り口に着きました。町並み説明板が立っています。それによると江戸時代、川運で賑わった河崎の町ですが、名前の由来は室町期、北条の遺臣、河崎左右衛門が開いた由。その頃より四方に惣門を設け、土累を築き、周囲に環濠を巡らし、自治都市として発展したとのこと。その後、江戸期には、伊勢神宮のおかげ参りが盛んとなって、これらの旅館や施設に、川運を利用して物資を供給する町として非常な発展を遂げたようです。明治以降も伊勢の問屋街として発展し、空襲による戦災を免れたこともあって、昭和40年代ぐらいまでは大変な活況だったとのことです。

洋館も

南町庚申/西井商店、田ヶ原商店

 勢田川に沿って湾曲して伸びる通りは、幅員6mほどの狭さで、ちょくちょくと車が通ります。この通りに入ってすぐの西井商店、田ヶ原商店の切妻・妻入りの特徴的な外観にまずは心を動かされます。1階軒庇の上は下見板張り。しかし出格子の2階の出窓の上に掛かる庇のラインで外壁下見板が張り出し、立体感と変化のある外壁を構成しています。さらに2つの商店とも向かって左側に大きな片流れの屋根が掛かり、下屋風になっている。後でいただいた資料には「大庇」と名付けられていましたが、この張り出しも立派なものです。この2軒を過ぎたところにある南町庚申もこうした伊勢独特の建築様式を小振りにして再現したもので、なんとも可愛く感じられます。

てぃーるーむ・ゆりちゃん

榎本砂糖店

 しばらく行くと左手にてぃーるーむ・ゆりちゃん。古い蔵を利用した喫茶店のようですが、通り側はモルタル塗りの上屋が増築され、現代的な雰囲気はいまいち。でも「じゃりんこ・ちえ」に会えそうな昭和40年代の雰囲気で少し心がそそられましたが、それより見事な外観の向かいの榎本砂糖店に吸い込まれました。ここは現役の問屋さんで、現在も利用している蔵を見せてもらいましたが、創業400年とのことで、それは立派なものでした。

森田洋服店

居酒屋「寅丸」

絲印せんべい・幡田屋本舗

 このあたり、立派な妻入り民家が並んだ先には駐車場もあったりして、往年の繁栄が陰ってきている様子を伺わせます。宝樹院世古、南新橋世古と狭い世古道を覗きつつしばらく行くと、右手にぽつんと小さな洋品店が。中では今年90才になるというおじいさんが、黙々とミシンに向かっています。森田洋服店。まちかど博物館の一つに指定されているとのことです。おじいさんのやさしい笑顔が印象的でした。続いてあるのが絲印せんべい・幡田屋本舗。河崎名物ということで私も購入。その隣にあるのが蔵を改装した居酒屋「寅丸」。間の路地を抜けると勢田川の河畔に出ます。川向かいは河崎3丁目。かつてはこちらの川側の景観の方が見事だったと言いますが、川の拡幅の結果、川側の屋敷はすべて撤去され、今、川に面して見えるのは通り側の景観。川を跨ぐ鯉のぼりが時の流れを越えて乾いた感じさえします。

 通りに戻って左手に立派な屋敷が・・・。村田仙右衛門邸。注連縄が大変立派です。「蘇民将来子孫の家」と書かれたものが多いですが、商家などでは「笑門」や「千客万来」といった文字も。「八衢比古神/八衢比売姫/久那斗神」と書かれた立派なものも。これら注連縄は年末の25日頃に付け替え、古いものは新年の15日に焼くとのことでした。年末になると伊勢市内のあちこちで売られるとのことですが、中には手書きらしきものも。少しほほえましく感じました。

村田仙右衛門邸

美容院「COIFFURE CHIYO」

蔵を改装したパブ

 次の路地の入り口にあるのが、民家を修景した美容院「COIFFURE CHIYO」。その路地を入っていった駐車場の先に小さな水路が。これがかつての環濠の跡とのことでした。またこの路地沿い、美容院の裏手には、蔵を改装したパブがあります。ちょうど店の方が開店準備のためか、中に入って行くところでしたが、いかにもこだわり派という印象。営業を始めた夜に改めて中を見せていただいたところ、本格的英国風の大変見事な内部空間となっていました。

民芸居酒屋「あじっこ」

せとものの「和具屋」

河辺七種神社

 改めて通りに戻りしばらく行くと、今日の夜の懇親会の会場、民芸居酒屋「あじっこ」。その隣には、そり・むくり、屋根勾配の異なる民家が並びます。信号を越えしばらく行くと左手にせとものの「和具屋」。店内狭しと瀬戸物が並べられていますが、左手入り口から奥にトロッコのレールが100m以上に渡って奥に伸びています。左右には瀬戸物が所狭しと並ぶ。なんだかインディジョーンズかなんかの炭坑の中のよう。奥の2階建ての倉庫の階段を上がると、ここかしこに穴が空いていたりして、ああ恐い、面白い。この建物は築250年位とのこと。かつては御師もやっていた。「古文書を見るのが大好き」といつまでも若々しい奥さんでした。
 右手に突然マンション。なんでもここらにはかつて魚市場があったとか。市議の村田さんも幼少の頃ここで遊び、しばらく河崎を離れて戻ってきたらあまりの変わり様に、これではいかんとまちづくりに首を突っ込むきっかけの一つにもなったと話をしてくれました。マンションの向かいにあるのが河辺七種神社。伊勢のこうした氏神は、伊勢神宮の遷宮の際に古材をもらって建替をするとか。この神社もそうしたお宮の一つ。現在のお宮の右手には伊勢神宮同様に空き地が拡がり、やはり20年に一度遷宮をするとのこと。さすがです。ここからしばらく古い民家が軒を連ねいくつかの世古を通り過ぎます。屋根が、そり・むくり・真っ直ぐなものと並ぶのもこのあたり。しばらく歩き、交差点を右に曲がって北新橋から川沿いの景観を眺めます。伊勢河崎の歴史と文化を育てる会会長の西山さんの家がちょうど橋のたもと。川は河崎まちづくりのきっかけとなった拡幅工事により、すっかりコンクリート護岸になってしまいましたが、最近になってようやく景観に気を使った護岸工事が始まったとか。かつてはもっときれいだったと聞かされると、建設省の硬直的な態度が恨まれます。しかし時代は昭和50年代前半。ようやくディスカバージャパンが言われ始めた頃といえば、仕方がなかったのかもしれません。ちなみに昭和51年、建設省の勢田川改修計画が公表され、54年には「育てる会」結成。(財)観光資源保護財団(現(財)日本ナショナルトラスト)の調査も行われますが、56年には建設省は16ミリ映画「伊勢の問屋町−河崎」を作成しますが、これがなんと記録保存のためというのが哀しい。

屋根が、そり・むくり・真っ直ぐなものと並ぶ

北新橋から川沿いの景観

 通りに戻り、少し入って左側が、現在伊勢河崎商人館として整備中の旧小川邸。斜めに通る道に合わせて段違いの並ぶ向かい側の倉庫がきれいです。この小川邸で一服し、邸内を探索した後、今日案内していただいた河崎の方たちからの説明と質疑応答がありました。この小川邸は河崎に5軒あった酒屋のうちの一つとか。奥の倉庫には鑑定団に出品できそうな看板などがぎっしり。しかし特に酒の問屋は流通体制の変化の中で今までのような商売が成り立たなくなっているとか。この小川邸も「マンションにでもしようか」という話がたまたま建築士の高橋さんに伝わり、市議の村田さんも関わって市長を動かし、市が買収・整備の上、商人館としてオープンすることが決まったとのこと。管理を「ザ・伊勢講」「蔵バンクの会」が発展して設立されたNPO「伊勢河崎まちづくり衆」に委託することが決まっているとか。
 ところで委託方法について市の中村さんに伺ったところ、まだ詳細は決まっていないとのこと。思うに委託の話があってNPO設立という動きにつながったのではないか。しかしこのNPO、緊急雇用対策事業による受託もあって、専任職員も雇用しているとのことで、市のバックアップがあるとはいえ、このあたりはさすがです。最後に「あじっこ」で懇親会をして別れましたが、その際には、西山さん、村田さんに改めてじっくり話を伺うこともでき、大変勉強になった交流会でした。今後のNPO、そして河崎の町の行く末が楽しみです。