思 い 出<父のこと>

父、向井金蔵

父は2003年6月に亡くなりました。82歳でした。


The Holy City 提供:ぶれすおーる

6月10日の昼ごろでしたか、義妹のS子さんから「お父さんが死んだのよ」との電話。
私たちが着くまでに名古屋の弟が、きれいに部屋をかたづけてくれていました。
生前は自他共に認める「片付け下手」で、それでも「僕にはこれで分かってるんだ」と笑ってはばからない人だったけど。
何気なく開けた引き出しにワープロで打った紙片が数枚と、持ち前の悪筆で書かれたメモが入っていました。

メモには、自分が亡くなった時にするべきことが。
死亡届、介護保険証、国民健康保険と老人医療証を区役所へ、住宅管理課へは鍵を3つ。電気、ガス、水道料金の精算、等々。
そして、もうひとつの紙には次のように印字されていました。

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お別れのご挨拶

皆様お一人お一人、今の時を精一杯生きておられることと拝察申し上げます。
私向井金蔵は、    年  月  日、  歳の地上の生活を終えました。
この間多くの土地を転々として生きて参りました。
その間思慮のない言動によって相当の方に苦しみをお与えしたこととおぼえます。
 何卒お赦し下さいますようお願いいたします。
尚、そのような私にもかかわりませず、御交わり頂き、支え、私を生かして下さいました
多くの方に心からお礼申し上げます。私の願いとして、この通知をお受け取りになられましても
お花料その他のお心遣いの件は堅くお断りしますので、ご了承下さいますようお願い致します。
私の死後も生き続けていかれるお一人お一人の上に豊かな祝福がありますようお祈りして
お別れいたします。


向井 金蔵    


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父のことは語りつくせません。日本基督教団の牧師だった父は、家庭よりは自分の使命に目をむけ続けて。
若い頃の日記を読むと(わたしに父がくれたものです)それ以外、何もなかったのというくらい
神への信仰とおのれの不甲斐なさと人への愛の間を堂々巡り。
でも私はその父を憎むことはできませんでした。
私にとっては優しい父だったのです。私が長女だったからかも知れませんが。

私が学生時代にある事件を起こした時(心配した先輩が連絡したのですが)寮の玄関に立っていた
父の姿を思い出します。
父は最期に住まいとした神戸で阪神大震災に合いました。人生の老年期を迎えて遭遇したこの出来事を
父は見続けました。聖職者としてではなく、ひとりのクリスチャン、ひとりの被災者、ひとりの老人として。

それまではむしろ謹厳で、「怖い」ところもあった父が、被災生活の中で助け合いながら生きる生き方を
身につけ、実に飄々とそれを楽しんでいたとのことです。
父が亡くなって、後始末のために須磨を何度か訪れました。父が最期に住んだ街の風を浴びながら
歩いていると、なんともいえないほろ苦いものがこみ上げて..
確かにどこに住んでいても、そこの暮らしを楽しんでいた人でした。
教会バザーで買い集めたものが、何とたくさんあったことか。
気ぜわしくて片付け下手で、なによりあの悪筆!私たちが語ろうとすれば出てくるのはまずそんな思い出ばかり。でも
でもそれはこちらに置いておいて....。
  ここに父の人生の最後を共にしてくださった方が記してくださった記事を紹介したいと思います。
家族からではない方々からのメッセージでまとめるというのも、生涯を多くの人々のために捧げた
この人にふさわしいやり方かも知れないなと思いつつ...。
  また遺稿集として、生前執筆されたものの中から収載しました。膨大な説教集も遺されていたのですが
整理するには手に余ると思い、泣く泣く割愛しました。遺されたもののなかから、父が追求したものの
一端でも汲み取っていただければ幸いと思います。



                ○柴田 信也さんの追悼文(日本基督教団・長田センター主事)
                ○今井 和登さんの追悼文(日本基督教団隠退教師)
                ○遺 稿 集



お父さん、貴方が私に幼児洗礼を授けてくださってから58年と数ヶ月がたちました。

                    長い、長い道のりでした。

                   いま、私は信仰告白をしようと思っています。4月の復活祭に、浅見師から堅信礼を受けます。

                    貴方が生きておられたら、どんなに喜んだだろうと、思っています。

                                      ........天国の貴方へ。2006年1月  記