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2010年5・6月の「一服いかが?」


2010年6月23日
<ジャガイモ収穫期の旅>


<pacollamaさんとの楽しい3日間 〜パチャマンカ編〜>

<pacollamaさんとの楽しい3日間 〜ティクリオ越え編〜>

<pacollamaさんとの楽しい3日間 〜リマにもあるインカ道編〜>


2010年6月23日(水) 午後9時の室温19.9℃ 湿度65% 今日はひさびさの快晴でした
<ジャガイモ収穫期の旅>



 少しご無沙汰しました。
 先月はマンタロ渓谷でゆっくり休養し、それから聖霊降臨祭に沸くワンカベリカを旅行してきました。


 5月後半は、ちょうど標高3800メートル前後でのジャガイモや、麦の収穫期にあたっているようです。
 おかげでどこへ行っても、豊かな情景を見ることができました。
 (そうか私と宿六は、アンデスのイモ収穫期の生まれなのね…)




 ペルー人のあいだでは、クスコやアレキーパ、プーノ、アヤクーチョなどの「人のわるさ」について、けっこうよく話題に上るのですが、「リマに比べれば、どこもじゅうぶん人がいいじゃない?」と不思議に思っていました。
 でも、今年アンダワイラス(アプリマック県)とワンカベリカ(ワンカベリカ県)を訪ねて、その意味がちょっとわかったような気がします。


 街の人のあたりの柔らかさ、親切さ… もう桁違いなのです。
 最貧県と言われながら、どちらでもまったく物乞いや押し売り等に会わなかったのも、たいへん印象的でした。


 特にワンカベリカでは、たとえば道路で行きあう放牧の少年たちは、カメラを向けてもプロピーナ(チップ)や飴を要求するどころか(…写真撮影時のチップ要求は、当然の権利とは思っていますが…)、鷹揚にさっと片手を挙げ、にこやかにあいさつしていくという風で、実に堂々たるものです。
 観光という厄介なものにふりまわされず、広々とした土地で暮らす人々の、持ってうまれた気品のようなものを感じました。


 アンダワイラスとワンカベリカ、甲乙つけがたく気に入りましたが、ワンカベリカへは車で行きやすいので、ぜひまた近いうちに訪ねようと計画中です。
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 ワンカベリカ市周辺の風景は、広々として穏やかなところが、見慣れた他の地方とはだいぶ違っています。
 見渡す限り、麦の金色。次は雨季に行かなくては。


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追い越し禁止と言われても…
向こうからウシが角を振り立て、迫り来る場合、どうしたらいいんでしょ。


 ワンカーヨ←→ワンカベリカ間の舗装道は、二年ほど前に完成したばかり。ぴかぴかの快適な道です。
 ディープペルーというイメージのあるワンカベリカですが、道路のおかげで、最近はワンカーヨから日帰りツアーなども出ているそうです(日帰りじゃもったいないところだけど)。


 またワンカーヨから商売で出向く人も増えており、これからどんどん、良い意味にも悪い意味にも変わっていくのでしょうね。今のうちによく見ておかねばと思います。

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 金色の麦畑のあいだで、ジャガイモ掘りをする人たち。
 左に立てた袋が、ジャガイモでいっぱいになっています。フニン県とワンカベリカ県の境目あたりで。


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 ワンカベリカのホリパクチャ(Ccoripaccha もしくはQoripaccha)では、インカ道を辿って次々と街におりて来るリャマのキャラバンに会いました。感激!
 (Izcuchaca と Huaytaraをつなぐインカ道のようです)


 リャマはこういう道にとても強く、さっきまではるか高みに小さく見えていたのが、あっというまに近づいてきます。
 その軽快な足取りと比べると、うしろからついてくる馬が、ずいぶんもたついて見えます。


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 よく人慣れしているリャマたちは、こちらを横目でちらちら眺めつつ、澄まし顔で進んでいきます。

 ホリパクチャのインカ道は、街に入るあたりはきれいに改修されており、また植民地時代の水銀溶解炉が近くにそびえていますが、取り立てて観光スポットということもないらしく、家畜の行き来が盛んです。
 (その「結果」もあちこちに落っこちています)


 リャマの背には、40キロあまりのジャガイモが積まれています。
 そうか、掘ったばかりのお芋を、こうして街の市場に持ちこむんですね。リャマ追いのおじさんが、今年は豊作だと言っていました。


 (このジャガイモ一袋を、リャマ毛の袋とロープといっしょに買うべきだった!と、今になって悔んでいます。
 次に機会があったらぜひ… そのあとどうやって宿まで持っていくかは、そのとき考えるとして…)



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 澄まし顔で、足早にゆくリャマたち。
 色とりどりで本当にかわいらしいです。
 アルパカは誰が見てもわかるかわいさですが、リャマにはも少し通好みなところがありますね。



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 左の写真、よく見るとアルパカそっくりなリャマがいます。たぶん親の代で、混ざっちゃったのね。
 耳も丸くて、ぱっと見はアルパカそのものですが、身体がリャマなみに大きいので、リャマとして扱われているようです。


 …あ、これがほんとのpacollamaさん??
 (前髪があって、クールな和風美人なところは、ほんとに少しpacollamaさん(人間の)に似ているかも!)



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 インカ道で1時間ほどふらふらしている間に、5,6組の小さなリャマキャラバン(どれもだいたい10頭くらい)が降りてきました。そのへんの人に聞いてみると、今日はこれでもまだ少ないほうだとか。
 みんなジャガイモを積んでいますが、手ぶら(背ぶら?)になって、元気いっぱい山へ帰って行くキャラバンにも会いました。


 日が暮れて寒くなっても(標高3700メートルなのでかなり冷えます)、まだ次が来るかも…と立ち去り難かったのですが、さいごに会ったこのリャマ追いさんが、「あとから闘牛の牛が来るで〜」と教えてくれたので、それを機にリャマ見物を切り上げました。やはり牛はこわいです。


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♪新ジャガがお嫁にゆくときは
しましまの袋に詰められて
リャ〜マに揺られて運ばれて
つい〜たところはイモ市場(いちば)♪



(ワンカベリカの楽しい市場にて)


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マンタロ渓谷の夕暮れ。
ワンカベリカに滞在後、ふたたびマンタロ渓谷に戻ってきました。



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 乾期の旅なので、星空に期待していたのですが、妙に雲が多く、ワンカベリカでは雨まで降って、ほとんど星は見ることができませんでした。
 なんとか南十字星だけはつかまえましたが…




<pacollamaさんとの楽しい3日間 〜パチャマンカ編〜>

 旅の終りに、日本からみえているpacollamaさんcalleretiroさんと、マンタロ渓谷で待ち合わせをしました。
 まるで相談などしてなかったのに、偶然同じ時期に休みをとり、しかも目的地も同じマンタロ渓谷。これはもう合流するしかない!ということになったのです。
 非常に楽しかった、その3日間のご報告です。



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 5月27日。私と宿六の誕生日を祝い、マンタロ渓谷のキルカス村では盛大なお祭が開かれました。
 というのはもちろん嘘で、たまたまキルカス村と私たちの誕生日が、同じ日だったんです。ちょっとびっくり。



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 お祭り広場へぞくぞくと向かう村の人たち。みんな着飾っています。
 やはりここでも、背負い布がおしゃれのポイントなのですね(しばしば赤ちゃんが入っています)。



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 華やか! これぞ中部ペルー!という、目にも鮮やかな刺繍入りのポジェラ。
 かなり高価なものなんですよ。もっともハウハやワンカーヨにいけば、貸衣装店もあるようですが。



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 家々も、かわいらしく旗で飾られています。
 赤白赤のペルー国旗と、それから赤白緑?のはキルカス村の旗だそうです。


 (この通りを見ただけで、もう全員わけもなく嬉しくなってしまい、ノンストップ・ハイテンションモードに突入です!)


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村はずれの川岸では、祝賀パレードに参加する子供たちのおしたく中。


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 必ず「今まさに求められている商品」を手に、お祭広場に現れるペルーの物売りさん。
 ネクタイ、赤や白のリボン、靴下、お団子用の髪ネット、ボタン、安全ピン、肩章等々、今日という大切な日の身づくろいに万一足りない品があっても、心配御無用、拙者にお任せあれ、というところ。


 うしろの子も何か買ったのかな。


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 村はずれに小さな遺跡があると聞き、大したことはないと思うんだけど、一応ぷらぷら歩いて見に行きます。
 瓦屋根の家が多く、たいへん良いところです。


 ちょっと失礼して裏の丘から覗いてみると、収穫されたばかりのトウモロコシがたくさん干してあります。いい色ですねえ。

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 まわりは秋の色の、清潔な野原。
 (アンデスの人にとっては、今は「そろそろ夏が始まる時期」なのですが、私の目にはどうしても秋に見えまする)



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 丘にはいくつか崩れかけたチュルパ(石を積んで塔の形に作った墳墓)が点在しており、そこから村の全景も見渡せて、期待以上に良いところです。
 ただこのチュルパは、ちょっと創作しすぎちゃいましたね〜
 大いに笑わせてくれたので、嫌いじゃないですけど。


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 チュルパの前で記念撮影していた少年たち。
 パレードのためにせっかく一張羅を着たから、ということでしょうか。まだみんな髪が半乾き。


 これからネクタイを買わないとならない子もいますね。
 広場ではおじさんが、手ぐすねひいて待っていることでしょう。


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 パレードが始まる前の、大緊張の瞬間。
 そばについた先生が、「よそ見はいけません! 歩きながらにやにやしないこと! 常に旗もちの○子ちゃんの号令に従うこと!」等々と、厳しい顔で最後の注意を与えていました。


 …学校で強いられる、この手の無意味な緊張感って、苦手だったなあ…
 でもはたで見ているぶんには、緊張している子供たちって、めっぽうかわいいですね。



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 といっても、うしろのほうの小さい子は、けっこうリラックスしてましたが。
 これこれ、ポケットに手を入れて歩かない!
 なんというかアンデスには、育ったらたけしになってしまいそうな面構えの男の子が多いです。



 女の子はみな、痛いほどきっちりした三つ編みで、男の子は明らかにきのう丸刈りにされたばかり。
 みんなものすごくかわいいので、もう少し眺めていたかったのですが、今日はミト村の友人宅でパチャマンカを作ってもらう予定なのです!


 「仕込みをする11時には必ず来て、写真を山ほど撮るように!」と言われているので、賑やかなキルカス村に心を残しつつ、マンタロ川の対岸に移動します。


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 11時半ごろ、友人宅であるL家に到着。
 パチャマンカの材料はすべて用意が整い、嵐の前の静けさ……という雰囲気です。
 薪だけがぱちぱち音をたててはぜています。


 今朝は7時ごろから、こうしてパチャマンカに使う石を熱しているそうです。


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 ジャガイモは、すぐ近所にあるL家の畑で収穫したばかりのもの。
 きのうのうちに洗って乾かしてあります。


 (ワンカベリカの高地のお芋を何種類か持ってきて、パチャマンカに追加してもらえばよかった!
 これは今度の旅の、最大の後悔ポイント)



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 今回用意した材料は、まあざっと20人分という計算で、

 *クイ 5匹
 *鶏 5羽
 *豚 4キロ
 *牛肉 4キロ
 *ソラマメ 半アロバ(5,6キロ?)
 *サツマイモ 7キロ
 *食用油 1本半
 *砂糖 2キロ
 *バニラ液 3本
 *干し葡萄 1キロ
 *塩、コショウ、トウガラシ(aji colorado)、薬草(huacatay、paico)などの調味料


 *ほかにビール1ケースと炭酸飲料 数リットル

 …ということは、一人あたりクイ4分の1匹、鶏4分の1羽、豚200グラム、牛200グラム、ソラマメ300グラム、サツマイモ350グラム、それにさらにジャガイモと大量のウミータつき…

 いくらペルーの人でも、全部食べられるはずがないのですが、余るほどたっぷり作るのがパチャマンカ。

 私も宿六も、こんな贅沢な誕生日は、もちろん生まれて初めてです。
 それでも、リマの高くてきれいでまずいレストランに二人で行くより、はるかに費用が安いのは、いったいどういうことでしょう…(ペルーって本当に、お金持ちほどまずいものを食べている、変な国です)


 ジャガイモとトウモロコシ、それにいちばん大変な労力!は、L家の皆さんが提供してくださいます。

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 お肉類は、パイコなどの薬草、辛くないトウガラシ(アヒ・コロラード)に漬けこまれ、今からもうおいしそうです。

 ウミータ(トウモロコシをすりおろし、砂糖、香料、干し葡萄などを混ぜ、実の苞(パンカ)で包んだもの)も、軽く100個は用意されています。

 Lさんの畑で、今まさに収穫期を迎えているトウモロコシ(それがまた茹でるだけで甘くておいしくて、リマなんぞで食べるのとは別物なのですが!)を使い、朝のうちに作ってくださったそうです。

 私も家で10個ほどなら作ったことがありますが、それでもかなりめんどくさかったです。
 これだけの数となると、それはたいへんな作業だったと思います。



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 前の晩、準備のようすを見に来たときには、すでにこうして穴が掘ってありました。
 いつも同じ場所を使うので、内側が焼けて、文字通りのパチャマンカ(大地のお鍋)状態になっているようです。


 「うしろの籠で飼われているクイが自分で飛び込めば、それでパチャマンカ完成だ〜」なんて、みんなで笑いあっていました。(翌日このクイたちは、パニックになって本当に飛び込みかねないので、奥に移動させられていました)

 それにしても、今回の材料の多さを考えると、ちょっと穴が小さいような気もするのですが…
 ほんとに全部入るのかな?



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さて12時過ぎ。
突如、家族総出の戦いの火蓋が、切って落とされました!

 まず石にかかった灰をよく払い、まわりに並べてから、ジャガイモとサツマイモを穴の底に投げ込みます。

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 ごちそうのクイは、お鍋にいれたまま、そっと真ん中に据えます。
 蓋の上に焼け石をのせるなり、良い香りがしはじめます。



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「豚肉入ります!」


 ほかのお肉はお鍋から出して、パンカを敷いた上に載せていきます。
 石が冷めないうちに、とにかく大急ぎで材料を入れないとならないので、かなり緊迫した空気です。


 しかも家族総出(…今日家にいる家族総出という意味です、子息10人という大家族なので、私もまだ全員には会ったことがありません)ゆえ、ときどき軽く口論になったり、お父さんがお母さんに叱られたりしつつも、和気あいあいと作業は進みます。


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 見えているのは鶏5羽。
 「レタマで蒸すのかあ、これはいいなあ!」とcalleretiroさん。


 くっつかないようにパンカを敷きながら、熱い石やレタマ(スペインから持ち込まれたエニシダ、ちょうど今が花の季節です)と交互に載せていきます。
 いろいろなお肉やトウガラシがじりじり焼けて、たまらなく良い香りがあたりに漂っています。
 (あ〜もうすこし朝ごはん食べて来ればよかった)


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 お肉4種がうまくおさまると、次は川辺の草をたっぷり敷いてから、ウミータを乗せ始めます。


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 焼け石と混ぜながら、どんどん積み上げていきます。今度は甘い香りがしてきました。

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 とても入るまいと思ったのですが、なんと全部きれいに収まりました!
 石といっしょに熱してあった、壊れた鉄の農具とかも、ウミータを押さえるのに大活躍。



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 できるだけ蒸気が逃げないよう、パンカをたっぷりかけてから、いちばん上にソラマメを載せ、さらに集めておいた草で覆います。
 こういう野原の草花がまた、なんとも言えない特別の香りを料理に添えるのです。


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 全体をジャガイモ袋などでしっかり覆い、手早く土で埋めます。


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 さいごにすべてうまくいくよう、可愛い十字架を立てて、仕込みの完了。
 時刻を見ると12時35分。怒涛のごとき小半時でした。
 (pacollamaさんと私も、写真を撮り続けてけっこうくたびれました)


 女主人のフリアさんが、ほかほかの小山の前で、えっさほいさと踊ってみせます。

 L家には、たしか2006年ごろから何度か顔を出していますが、アンデスでは初対面で友達になり、次に訪ねれば懐かしい旧友、三度目には家族扱い、ということがしばしば起きます。

 この奥さんは、最初に会ったときからピンとくるものがあり、たちまち大好きになりました。
 私のお母さんというには若すぎる人ですが、もしこういう人が母親だったら、人生だいぶ違ったろうなあ(でもそしたらペルーまでは来なかったろうな…)、などと時おり思います。


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 さてここで、ソルプレッサ〜(びっくりプレゼント!)ということで、L家の皆さんから、思いがけない誕生日の贈り物。
 彫刻家でもあるJ君(上の写真でえいやっと土をかけているイケメン君)が作った、伝統舞踏ワコナーダのお面と木彫りの人形を、頂いてしまいました。


 皆さんの目にどう映るかはわかりませんが、ワコナーダの重厚で、なのに滑稽さも秘めた不思議な踊りの雰囲気が、とてもうまく捉えられています。(下のほうに舞踏の写真、載せましたので、パチャマンカのあとでご覧下さい)

 前にもいくつか作ってもらったので、これでコレクションは計6個になりました。
 100人ほど参加するお正月のワコナーダ再現、といかないまでも、いずれ10個は並べて飾りたいと思っているので、とても嬉しい贈り物です。


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 背面も細かく作られています。
 マントのトラ柄がかわいらしい…


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 ワコナーダに欠かせない鞭も、皮を編んで細かく作ってあります。



さて、パチャマンカが出来あがるまで、これから約1時間、待たなくてはなりません。


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「果報は寝て待て…」

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 1時半、わくわくしながら土と覆いを取り除くと、良い感じに蒸しあがっています。


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「ほらほら、冷めないうちにどんどん食べて!」
まずはみんなで、いちばん上のソラマメを味見、



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 「こんな大量のバケツ一杯のソラマメ、東京だったら末端価格はいったい…」などと、こそこそ話し合う日本人主婦約2名…

 土の中で蒸したソラマメは、信じられないほどおいしかったです。半生、ソラマメだと信じて食べてきたソラマメ、あれはいったいなんだったのだろう??

 もちろんたくさん食べたかったですけど、調子に乗ると後続のごちそうが入らなくなるので、日本人約3名はおなかと相談しつつ、少しずつ味見します。

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 L家のみなさんは味見もそこそこに、どんどん料理を掘りださないとなりませんが、すべてがものすごく熱いので(なのでウミータも宙を飛んでます)、これがまた大仕事です。


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「あっちちちちち!」


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「ナイスキャッチ!」


 みんな素手だから大変です。
 「皮手袋を持ってきて、手伝えばよかったなあ」とcalleretiroさん。


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 やっといちばん下のジャガイモ、サツマイモが出て来ました。これまた、なんておいしそうな。
 もう庭中に良い匂いがたちこめて、外野(私たちと犬猫)はひたすらそわそわ、そわそわ…



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 大量のごちそう、切り分けるのもまた大仕事です。
 味見はしつつ、しかし冷めないように、手早く手早く…
 「次回は例の包丁を持ってこよう…」とcalleretiroさん。ご自宅に何か秘蔵の武器?があるご様子。


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いちばん格高のごちそう、クイも、良い具合に火が通っています


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 食卓の準備ができたのが2時半。掘って切り分けるだけで、小一時間はかかったことになります。
 でもまだじゅうぶんあったかいのを、トウガラシソースをつけながら、手でむしって食べます。
 ご覧ください、この一人分の量を…


 ジャガイモもクイも牛も豚も、全部おいしかったですが、前代未聞のおいしさだったのが鶏です。
 それからソラマメとウミータのおいしさも際立っていました。


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 L家の親戚の若者や、近所の人たちもやってきました。
 あ〜、今思い出してもおなかがすいてきます。
 低地にいる今なら、もう少しは食べられたろうに…


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「私にもちょうだい〜〜」


 きのうの準備の段階から、けっこうあれこれもらって幸せなミチ君。
 ほとんどロシアンブルー?な、かなりの美猫さん。


 (ヒゲがすべて短くなっているのは、かまどに頭をつっこみ、毎晩暖をとっているせいと思われます)

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 ところで、パチャマンカの準備中に、大きなスピーカーや楽器が次々持ち込まれ、あれれ?と思っていたのですが…


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 そうなんです、食後は踊りと歌の家庭内ショーつきという、豪華パーティだったのです。

 パチャマンカは本当に手間がかかるので(今日はそれが、たいへんよくわかりました)、最近はマンタロ渓谷でも、家で用意することはめったにないとか。
 そのパチャマンカに釣られて参加した(らしい)友人たちが、会場(中庭)を盛り上げます。
 そういえば今日って、平日なんですが… 農家の人が多いから、大丈夫なのかな…



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 ミト村といえば、もちろんワコナーダ(Huaconada)。
 伝説のコン神とその神官たちの踊り、とも言われる舞踏です。


 基本的にお正月だけの踊りですが、L家の親戚の若者たちが(パチャマンカに釣られてというのもあるでしょうが)、遠来のpacollamaさんとcalleretiroさんのために披露してくれました。

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 コン神の化身? アルマンド君ももちろん踊ります。
 数年前よりずいぶん背が伸びて、衣裳も新調されていました。
 (新しくてもぼろっぽく見えるように工夫した衣裳です)



 …そして真打ち登場。


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 日本代表、calleretiroさんも、もちろん踊ります!
 ふだんからおしゃれなcalleretiroさん、極彩色の靴下と赤い前掛け姿も、また格別ですね!



 (右に写っているのは、収穫したジャガイモを詰めた袋です。
 今日で全部食べちゃったわけではないらしく、これを見てちょっと安心…)


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 真ん中の赤いワコンが、calleretiroさん。完全にミト村に溶け込んでらっしゃいます。

 踊り始める前に、pacollamaさんからは「ペルー勢には負けるな!」とのお言葉があったそうですが、本当にぜんぜん負けない踊りっぷりでした。

 ここは標高約3300メートル、しかもお面で息はしづらく、衣裳は重く長すぎる上に樟脳くさいという、数々の悪条件にもかかわらず、ぶっつけ本番、10分間の長丁場をみごとこなされたのです。拍手拍手!!


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 初めてワコナーダを踊る人は、コルタラボの儀式(鞭でおしりをひっぱたく儀式…)を受けるならわしです。
 calleretiroさんも、そのしきたりを免れることはできず……
 そして儀式後、ちょうど庭に生い茂っていた植物の名から、MALVAと命名されました。


 将来ワコナーダの踊りに参加するとき、イマンスティキ?とケチュア語で名を聞かれて即答できないと、また同じようにひっぱたかれるのだそうです。

 HUACON MALVAこと、calleretiroさん談話。
 「コルタラボで担ぎあげられたときが、実はいちばん息が苦しくてたいへんでした。
 …将来もし宝くじが当たったら、ミト村のすぐ向かいに、マンタロ川を渡る橋を作ろうと思います。
 その橋の名は、もちろん「MALVA橋」です」


 そしてMALVA橋開通式には、calleretiroさんが先頭に立ち、村中でワコナーダを踊りながら渡り初めをするのだそうです。


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 そんなMALVAさんの気高い構想も知らず、「すんごいmalvadoなワコン(悪党ワコン?)になるかもね〜」と嬉しそうなL家の奥さん。

 きのうから奥さんは仕込みで大忙しで、本当にたいへんだったと思います。ビールを飲んで、やっと一息。

 マンタロ渓谷の人たちは、旅人をもてなす心の大きさで知られています。
 リマに近く、経済も勢いがあるところなのに(というか、むしろ余裕があるから??)、このへんの人たちは本当に親切で、すごく居心地がいいのですよね。


 …だからこの翌日は、L家には挨拶に立ち寄らず、ミト村を素通りしてリマに向かいました。
 というのは、顔を出せば必ずジャガイモの一袋か、猫かうさぎか羊の皮か? そのへんにあるものを手当たり次第に贈られるとわかっていたので、申し訳なくてわざと寄らなかったのです。


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 さいごに牛さん撮影会などもあり、
 (かわいいA嬢に「私と仔牛ちゃんのツーショットを撮ってね! あとから連れてくるから!」と頼まれ、非常に可憐な絵を思い浮かべていたのですが、こんなでかい仔牛だったとは…)
 暗くなるころお開きとなりました。


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 きょうはたまたま満月。
 いろいろ楽しいことが重なる、めったにない誕生日となりました。


 これからは毎年、誕生日には旅に出ちゃおうかなあ。家内安全には、それがいちばんのような気もするなあ。

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 夕食は…
 「パチャマンカのあとで、いったい何を食べるの?!」と、宿の人にまで言われてしまいましたが〜、散らかっていないpacollamaさんのお部屋に、食卓をしつらえてもらいました。


 マンタロ渓谷名産のアーティチョークのセビッチェ(ライム和え)に、たっぷりのサラダとニジマスのフライ、それに白ワインです。
 日本人的には、お肉とお芋のあとには、やはりサラダがほしいですから。


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 食後は、さわやかなマラクーヤ(パッションフルーツの一種)のムースと、マサモラ・デ・カラバサ(カボチャをやわらかく煮てでんぷん粉を加えたもの)。
 カボチャのほうは、薪と土鍋で用意してくれたようです。かなりおいしかったです。


 適当に見つくろいで注文しておいた晩御飯でしたが、結局pacollamaさんたちにごちそうになってしまいました、ありがとうございました。
 ほうじ茶(嬉し!)もいれて頂きました。それがまたカボチャによく合って…

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 誕生日ということで(リマに戻ってから、紙袋に何杯!もの食料品も頂いたのですが)、pacollamaさんが下さった猫ハンカチ。うっ、かわいい。

 右の猫が、ちょうどハシンタとハスミンの間をとったような色柄で、とつぜんホームシック(猫シック)状態になったのは、言うまでもございません。


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 ホテルの部屋はこんな感じで(これは散らかっている「わが家」のほうですが)、暖炉も盛大に焚きつけてもらい、暖かくて楽しい夕食会でした。

 (…この宿に泊って、うちにも暖炉があったことを数年ぶりに思い出した宿六は(リマには暖炉つきアパートという不思議な物件が多いのです)、このところ年中薪を買って来ます。
 まあその、大抵仕事でむむっ…ということがあると、妙に暖炉を使いたがる人なのですが、そういう「火遊び」で気晴らししてくれると、私としても安心ですわ)



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今夜だけは、pacollamaさんちがお隣さんです。
南東に位置するワンカーヨ市の明るさで、空がぼうっと光っていました。




<pacollamaさんとの楽しい3日間 〜ティクリオ越え編〜>


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 朝のマンタロ渓谷。
 かなりの高みにそびえるホテルなので(TUKI LLAJTA)、下界の騒音が届かず、またもちろん眺望絶佳。
 自家用車でないとちょっと行きにくい場所ではありますが。


 ペルーの観光地のホテルは、忙しい団体客慣れしているせいか、すぐ掃除のために部屋から追い出されることが多く、あまり休養には向きません。
 でもここは、リマからやってくる「何もしたくないお客さん」に慣れているそうで、静かに放っておいてもらえるのがとても良かったです。
 部屋も思い切って大きく(テラスも入れたら一部屋100uほどありそうです)、窓からの眺めも広々しているので、一日部屋でごろごろしていても閉塞感がないのがまた快適です。お湯もおそろしくよく出ます。


 …年を重ねるとともに、設備が悪い宿に泊るのが辛くなってきましたけど、近年ペルーでは、手頃な価格で小ぎれいで、お湯がたくさん出る宿が増えているので、本当に喜ばしいです。

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ホテルからの眺め。
マンタロ川のず〜〜〜っと向こうまで、よく見渡せます。



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 マンタロ渓谷は、豊かで開発が進んでいるため、あまりインカ道は残っていないようです。

 でも念のため、Patancoto近郊を訪ね、近所の人が「これが有名なインカ道です!」と断言する場所だけ、確認してきました。
 その道端の巨大マゲイと、「こんなとこになにしに来たんだ?」と疑わしそうな牛さん。
 近くにかつての住居跡の遺跡があるはずなのですが、少し走ってみてもよくわかりませんでした。


 今日はこれからティクリオ峠越えなので、ほどほどにして引き揚げましたが、「じっくりインカ道を探すことにして、もう一泊しちゃいましょうか?」と冗談で提案してみると、みなさんすぐに大賛同。
 ほんとにそうすれば良かったかな〜 でもちょっと心残りなくらいが、旅はより味わい深いのかもしれません。


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 アンデスは、やはり雨季の色彩がいちばんですが、今回は収穫期の豊かな色も堪能しました。
 珍しく上手に高地順応できたので、余裕があったおかげです。



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 さて後ろ髪をひかれつつ、リマに向けて走り始めたのですが、ハウハ郊外でcalleretiroさんが「あ、古い橋だ!」と一声、一行は再びストップ。

 まさにこれは、私が行きがけずっと目を凝らしていても、どうしても見つけられなかった植民地時代の橋です!
 やはりアンデス好きの目が四組もあると、いろんなことに気付くことができて、本当にいいですね。


 川向うには、崩れたインカ道のような、しっかりした石畳も見えています。

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 すぐ隣には、インカ期の橋の土台も残っています。

 これがハウハ(当時はXAUXA)にあった、有名なインカのHATUN CHACA(大きな橋)の跡である、と記載された本もあるのですが、google earthの緯度経度を見る限り、ちょっと違うようです。

 ただ、ハウハからパチャカマックに向かうインカ道が、ここでマンタロ川(当時はHATUN MAYO)を渡り、南へと続いていったのは、まちがいなさそうです。

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 タイルが貼られた植民地時代の橋には、銀色のティランジアがたくさんくっついています。
 少しはがしに行きたいなあ。でもそれは無理…


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 橋のたもとに咲いていた、かわいいチンチルクマの花

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さて本当にぼちぼち、リマへ向かわなくては…
ジャガイモ満載のトラックといっしょに、一路ティクリオ峠を目指します。



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 中央道ではよく、巨大な石を積んだトラックといっしょになって、なかなかスリルがあります。
 後ろについて走るのはいやだけど、追い越すのもまた怖い。


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 うわ… ワイヤー1本で留めてあるだけなんだ……
 (今回遭ったトラックではありませんが、道中、この話題が出ましたので)

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 もうすぐ4818メートルのティクリオ峠。
 オンダンカか何か知りませんが、アンティコナの峰々(5000メートル級)には、もうほとんど氷が残っていません。



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↑わりと最近(2006年)の写真ですが、これと比べてもだいぶ万年雪が減っています。


 ティクリオ峠では、記念撮影のためちょっと停車しました。
 朝からノンストップで喋りつづけていた私たちも、峠ではさすがに心悸亢進しておとなしかったのですが、pacollamaさんだけはお元気いっぱい。


 記念撮影後、物売りさんを振り切るため、標高4818m地点で軽々と走っておられた、という噂も。それでもなお、息ひとつ切らしていなかったpacollamaさん…
 私は助手席から立ち上がることすら、できなかったのですが…



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 鉄道好きのcalleretiroさんが、「ティクリオ峠の向こうの、あの真赤な山肌を、列車がゆっくり登って来るところがいいんですよね〜」としみじみおっしゃっていたら、良いぐあいにちょうど貨物列車が下ってゆきます。

 (google earthにこの赤い山の写真が貼ってあり、NO PHOTOSHOP!というタイトルがついているのが笑えます。
 ほんと不自然なほど鮮やかな色なので、見るたびに驚きます)



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 いくつも掘られたトンネルを、長い貨物列車が抜けてゆきます。たしかに良い眺めです。
 pacollamaさんたちは、今回は行きがけに、この線路を通ってみえたのですよね。


 なんといっても、ワンカベリカ行きの有名なTREN MACHO(machuが正しいという説もあるようですが)も、はるか昔に制覇済み、というお二人です。

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 いつ見ても村を挙げて洗濯している、謎の洗濯村、Casapalcaを通過。


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 やや混んではいますが、幸い渋滞につかまることなく、リマから100キロほどの地点に到達。

 …そのとき我々探検隊は、はるか前方に、信じがたい光景を目にしたのである!

 え?え?え? リャマのキャラバン?
 アンデスの太平洋側の斜面、それもリマから数時間のところで???


 (ここにも追い越し禁止の看板があるんですけど、どうしろというの…)

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 目を疑う思いですが、ああこれはどこから見てもリャマ…リャマ…リャマ……

 観光地での観光用のリャマと観光バスなら、珍しくもなんともないですが、働くリャマさんと、地元民御用達長距離バスの組み合わせ、えもいわれません。

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 ややっ、このおじさんにもリャマの耳が… いやちがうちがう。

 腰にびしっと帯を巻いた、本格的にアンデス風なリャマ追いさんです。
 「うらあっ」という鋭い掛け声とともに、リャマを追ってゆきます。



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 せっかく追い越し禁止と書いてあることだし、ずっとリャマについていきたかったのですが、後ろのトラックにあおられ、やむなくリャマ隊を追い抜きます。


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 お名残り惜しや。

 わずか1分で生き別れとなりましたが、旅の終り近くで、良いものを見せてもらったという満足感でいっぱいです。
 (このあと渋滞があり、さほど終り近くでもなかったわけですが……)



 かくしてpacollamaさんcalleretiroさんとは、「ティクリオ峠を一緒に越え、その先で共にリャマキャラバンを目撃した仲」となりました。

 (なおおなじみkotetsuさんとは、「ティクリオ峠を一緒に越え、峠でハッピーバースデイを歌った仲」ですよね。
 あの高度で歌えたのだから、あの頃は私もだいぶ若かったとみえる…)



 リャマに会ったあと、私は茫然〜…としていたのですが、pacollamaさんが前後の写真を撮っていて下さったので、それを参考に、リャマ隊遭遇地点をだいたい推定することができました。
 たぶんChicla村(リマから106キロ地点、標高3800m)を出てしばらく走ったあたり、だったようです。


 今までリャマのキャラバン(観光用でも放牧中でもない、お仕事中のリャマ隊)に遭ったことがあるのは、アレキーパのコルカ渓谷、クスコのパウカルタンボ、今回のワンカベリカなど、いずれもかなり山奥感の強いところ。
 リマ県内の、アンデスの太平洋側の斜面で、というのはもちろん初めてです。


 でもgoogle earthで見ると、私たちが通った中央道の横には畑がたくさん作られ、そのずっと上の4000メートルあたりのところには、家畜の囲いらしきものまでちゃんと写っています。
 あのリャマたちは、もしかしたらそこから降りてきて、途中の農家で掘ったばかりのジャガイモを集め、次の大きな町 San Mateoを目指していたのでしょうか???(少し妄想入ってます)


 できることなら車を停めて、おじさんに話を聞いてみたかったなあ。
 でもトラックや大型バスの運転手たちは、リャマ隊の乱入にかなり殺気立っていましたし、リャマ追いのおじさんも緊張している様子だったので(リャマたちは平然としてたけど)、安全のためがまんしました。

 ティクリオ峠近くには、よくアルパカが放牧されていますから、別に驚くほどのことはないのかも?しれません。
 しかし私は、じゅうぶん驚きました。今もまだ驚きつづけています。
 リャマのキャラバンが出没する、その同じ斜面(の西の端)で暮らしているのかと思うと、なんだかじわじわ嬉しくなってきます。


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 さてその後、pacollamaさんお勧めの虹鱒バーガー@San Mateo を買いに立ち寄ったりしつつ、楽しく旅を続け、途中かるく渋滞に巻き込まれましたが、それすら笑いのタネとなり、リマ到着後運転手(宿六)の希望でなだれこんだ和食店イザカヤでも話は尽きず…

 夜10時、ものすごいハイテンションのまま、当山ペンションに帰着。
 お宿の前でもしばし立ち話が続き(ご近所迷惑すみません)、もうどうにも止まらないcalleretiroさんは、リマのアスファルトを踏みしめワコナーダを踊り始めたりで、オーナーのまじめなペペ君、ちょっと引いていたかも?
 (ほんとに私たち、お酒は一滴も飲んでなかったんですよ〜)


 思い切りはしゃぎまくった1日でした。

 さて夜11時、わが家に戻ると、猫が「わおわおわお〜!(いったいどこ行ってたの!これだから放浪癖のある飼い主はっ!)」と叫んで私たちを歓迎。

 待っていた猫番君へのおみやげは、山のチーズと、大切に持ち帰った沢山のウミータです。
 一日たっても、すごく良い香りの手作りウミータを見たとたん、猫番君の顔にうかんだ嬉しそうな笑み。
 それが幸せなこの日の、締めくくりのごちそうでありました。




<pacollamaさんとの楽しい3日間 〜リマにもあるインカ道編〜>

 さて本日は、先日ハウハの古い橋を見たので、それとつながっていたであろうパチャカマックのインカ道を、リマから見に行こうじゃないか、という趣向であります。

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 みなさまご存じの、リマ郊外の避寒地シエネギージャを通りぬけ、どんどんどんどんルリン川をさかのぼって行きます。
 だんだん狭くなる緑の谷間には、葦が生い茂っています。



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 このあたりには、点々とキャンプ場があります。その看板がなかなかけっさく。

 なんでも耳に聞こえたまま綴っちゃう癖を持つ人、ペルーにはけっこう多いですよね。
 PIGNIって何のことかわかります? ピクニックと書いたつもりだったようです。ふふふふ…
 (まあ似たような間違い、私もよくやってるかも…)



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 リマ市内からわずか1時間半ほど。
 NIEVE NIEVEの先に、意外なくらい保存の良いインカ道が残っています。


 NIEVE NIEVE(雪雪)村では、もちろん雪は降りません。でも、かつてワロチリ方面から運んでくる万年雪の集積地だったので、そんな呼び名になった、とか聞きました。

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 右の崖の中腹の、細い道がインカ道です。
 左奥に見えるのがNIEVE NIEVE村で、左を走る道は、リマ←→ワロチリを結ぶ現在の道路(未舗装)です。



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 インカ道からの眺め。

 道は矢印のところを伝って、谷の奥へと進んでゆきます。
 下は渦巻くルリン川。かなりこわいです。
 しかしインカの飛脚(チャスキ)は、こういうとこ、平気で走っちゃうんですよね。見たわけではないけど。


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 石を積んだ擁壁(muro de contencion)が、今もしっかり残っているのがわかります。
 しかし、いったいどうやって積んだのやら…


 道の上にあるのは、観光用の手すり、ではなく送水管です。
 このへんでは、もはやまったく使われていないインカ道ですが、ちょうどいいところにあるものだから、送水管設置に利用されたのですね。
 修理もしやすくて便利なことでしょう。


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 眼下を走る道を、ワロチリとリマを結ぶ乗合バスが、けっこう頻繁に行き来します。
 どれも屋根にまで、荷物と人を満載しています。



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 いかにもインカ道らしい、かっちりした石段も残っています。
 このままどんどん山のほうへ行くと、やがて聖山パリアカカの横を通り、それから(私たちが一昨日通過した)ハウハの町に到着するはずです。


 タワンティンスーユ(インカ帝国)最大の聖地パチャカマックと、チンチャイスーヨいちばんのワカ(聖山)パリアカカ、そしてクスコとカハマルカ間の交通の要衝ハウハ(当時はHatun Xauxa)を結ぶ、たいへん重要だった道の、これが名残というわけです。

 ただかなり狭い道なので、おそらく官僚や聖職者、飛脚だけが使った高速道路?だったのでは、ということです。
 川向こうには、プレインカ期からの広い道の跡が残っているそうで、リャマキャラバンなど一般人はそちらを使っていたようです。



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 一部、送水管から水漏れし、草花が繁茂しているところがあります。
 乾いた崖に引っ掛かった道ですから、地盤弱化がちと心配…


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 ルリン川で遊ぶ子供たち。
 リマの都市部はもうすっかり冬ですが、このへんはいつもぽかぽか陽気です。


 日に焼けた皮膚に、濡れた黒髪… インカ期の子供たちも、きっと同じような姿で遊んでいたでしょうね。
 それとも、あんまり遊ばず働いていたのかな。


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 さすがのインカの擁壁も、数百年のほったらかしには耐えかね、崩れ始めているところがあります。
 もともと狭い道なので、一層こわいです。


 地元の人も、ときどき事故があるので気をつけるように、と言っていました。
 calleretiroさんも、「日本なら立ち入り禁止間違いなし!」と嬉しそうに?おっしゃりつつ、散策を楽しんでおられました。


 (リマからこんなに近いところなのに、澄んだ空気の中、本格的なインカ道散歩ができる、たいへん魅力的な場所です。
 でも冗談抜きで危ないですから、特に子連れの方には、ぜったいにお勧めしません。
 ネットで調べればすぐ場所はわかるはずですが、訪ねる方はくれぐれもご用心の上、自己責任ということでよろしくお願いします。私はお勧めはしません)


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インカ道の花。


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インカ道トカゲギャラリー。
pacollamaさんたちと歩いていると、なぜかよくトカゲに会います。



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このトカゲは、わりとさいきんしっぽが再生したばかり?のような?


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つぶらな瞳のトカゲ君。


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 花崗岩?とコーディネートしたおしゃれトカゲ。
 (もしこれが、山の向こうに顔を出した恐竜だったら、恐ろしいだろうなあ)


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 pacollamaさん夫妻がチャク(囲い込み猟)を試みたトカゲ君、とっさの機転で宙に飛び、私の足元に逃げ込んだので、至近から写させてもらいました。


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 このインカ道は少なくともSISICAYA辺まで、切れ切れに続いているようですが、途中急な上り坂があり、そこでは擁壁がほとんど崩れてしまっています。

 あまり先まで行くと本当に危険なので、私たちも適当に切り上げ、午後はシエネギージャで仔豚を食べてのんびりすごしました。そして帰路は、かつてのインカ道にほぼ沿った裏道を走り、パチャカマックへと抜けたのでした。

 この日をもって、私たちの楽しい旅は終りました。(pacollamaさんたちには、あと二泊残っていましたが)
 お別れ前のさいごの言葉は、「次はアンデスのどこで待ち合わせしましょうか?」でした(^^)


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おまけ。
ルリン渓谷の、満開のモージェ。


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モージェの葉で、黒紋付の美女?が休んでいました。
インカ期の模様に、蝶のデザインが多いのを、ふと思い出しました。




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