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先日から、♪カトリーヌ(カテリーナ) あなたが 大好きで♪というフレイズ(のみ)が 耳から離れません。どなたか、曲名とシンガー、年度をご教示いただけたら幸いです。M.N
南沙織の最初の事務所オフィスミュージックカプセルは、シンシアに入ってくる仕事は、なんでもかんでもやらせてたみたいですね。デビュー直後のミラーマン、ジョワチョコレート、風邪薬ベンザのCM、ラジオのDJ、歌番組の司会、映画喜劇花嫁戦争、シルバー仮面、おれは男だ、刑事くん、などなど。例えば岡崎友紀みたいにマルチタレントとして売りたかったのでしょうか? しかし、学校優先を条件に上京したのに、これではまともに学校に通えるはずもなく。デビューから1年間は、お休みは、4日しかなかったそうです。もちろん食事睡眠もろくにとれないほどのスケジュール、おまけに恋愛スキャンダルまで書かれて、ついに、テレビの生番組で「今日限りで引退します」という爆弾発言に至ってしまったのです。その後ファンと関係者の説得で引退は撤回されましたが、もしかして「純潔」がラストシングルになっていた可能性もあったということですね。 あの時やめなくてよかったです、本当に。
クジラ2号さん。本当にありがとうございます。早速、十字屋(京都)に買いに行きます。 テープを無くしてから約27年。ずっとずっと、心に溜まっていたモヤモヤが取れそうです。本当にありがとうございます。
>ポコタさん 「コーキー嫌いの僕を・・・」の歌詞の曲名は、「コーヒー一杯の幸福」です。 Belleの「電話」と「コーヒー一杯の幸福」の両方の曲が収録されているCDとしては、 「コッキー・ポップ〜大石吾郎とともに」というオムニバスが現在購入可能です。 http://shop.ponycanyon.co.jp/index_music.html 「続・奥のフォーク道」「極・奥のフォーク道」にもベルの曲が収録されています。 ベルの公式ファン・サイトもあります。
ベルというグループのテープをなくしてしまい。ずっと、インターネットで探していましたが、今回初めて見つかりました。ベルの「電話」と題名はわからないのですが、「コーヒー嫌いの僕を子供だと笑っていたね。お砂糖1つだったね。ぼくが入れてあげるよ。悪いの僕さ、君じゃないよ」というような歌詞でした。ベルのテープでも何でも手に入らないでしょうか?
初めて書き込ませていただきます。 TVでシンシアの歌を聴いていて、不思議に感じたことがあります。同じ曲を歌っているのに、番組によって何か違うように感じたことが何度もあったんですが、皆さんは感じたこと、なかったでしょうか? 最初はわからなかったのですが、シンシアの歌は、彼女の精神状態によって微妙に変化していたように思います。それがハッキリわかったのは、シングルでは「ひとねむり」でした。 また、言語の件ですが、シンシアは今でも日本語は難しいとおっしゃっており、言い間違えられることが多いようで、微妙な表現は、英語で表現されるようです。
「アサヒ芸能」に年代別の美少女度ランキングにCynthiaが出てたとのことで 思わず購入!多分71年、まだあまり日本人化するまえの雰囲気の懐かしい写真でした(笑い)。 http://239.teacup.com/u3/bbs
>>Shigeruさん、KOSUKEさん ご存じかもしれませんが、南沙織はデビュー直前に女優活動をしています。その作品は年内放送開始を目指した「ミラーマン」のパイロット版で、'71年春に制作されました。主演は柴俊夫で、南沙織は牧師の御手洗(放送版では御手洗博士)の娘という重要な役を演じています。サンプルですから公開はされていませんが、こういう物に出演したという事は、当初は女優を目指していたのでしょうか。 ちなみに'71年末にスタートした「ミラーマン」(フジ)は「シルバー仮面」(TBS)の裏番組になりましたが、(「ミラーマン」のパイロット版に主演した)柴俊夫は「シルバー仮面」の主役を演じ、南沙織は「シルバー仮面」の第6話(正月放送)にゲスト出演しています。妙な話ですね。
とろりん村のとろり様 Shigeru様 おはようございます。ここの傾向として、深夜〜夜明けに投稿が増えるのですね。 ジャケット 難しいですね。「17才」(ここで着ている蟹マークのシャツも印象的ですね)と、後期になりますが「女性」と「気が向けば電話して」がよかったような気がします。 B面 「純潔」のB面の「素晴らしいひと」、聴いたことはあれどメロが思い出せません。 私は最初の3枚ですね。「17才」の「島の伝説」、「潮風のメロディー」の「なぜかしら」、「ともだち」の「いつか逢うひと」この3曲は文句なしに好きですが、それ以外でもいい曲はあったような気がします。 >ぼくは学生時代、第二外国語としてフランス語を選択しました。ぼくは法学部生でしたから、語学はあくまで「一般教養」の域をこえるものではなく...。実際、今、フランス語の文を見ても意味さえ把握できません^^;;。しかし、これをきっかけにフランス語の美しい響きに惹かれ、フランス文化に傾倒していったのは確かです。学生時代以降は、ドイツ・シュラーガーよりフレンチ・ポップスの方に興味を持つようになりましたし 一般教養の語学なら、語学そのものに習熟しなくても、文化に興味を持つことができれば充分だと思いますよ。私は第二外国語は(隠したいんですが)Shigeruさんご専攻のドイツ語。すべてを忘れた・・・という以前に、なぜドイツ語にしたのかさえ覚えていません(苦笑)。 >ライバルの小柳ルミ子さんは、私とは対照的ですよね。宝塚出身で小さいときから 積み重ねてきた芸の持ち主で、宝塚音楽学校に入るのだって受験して入った彼女、2年間 朝から晩まで歌からお芝居までずっとやってきた彼女と並べられて比較される私は、今 思うと良くやったと思います。 確かに考えてみればそうですね。ルミ子さんや真理さんはドラマに出ている(いた)のに、シンシアは一切女優業をやらないので、最初の頃はそれが不思議でもありました。でもシンシアとルミ子さんってジャンルは違えど、歌唱力は互角だと思います。シンシアはもともと歌のレッスンとか受けていなかったのかもしれませんが、感性と努力が際立っていたんじゃないでしょうか。「17才」の頃だってヘタじゃなかったけれど、「ひとかけらの純情」前後で見せた進歩はすごいと思います。
とろりん村のとろり様 >シンシアのシングル盤ジャケットでは、ぼくも「純潔」(と『潮風のメロディ』)が最も好きです。ちなみに、こ の「純潔」のB面に収録されている「素晴らしいひと」は名曲だと思います。 >シンシアの歌唱を聴いて、いつも感じるのはその自然さ、さりげなさです。それでいて、胸がドキ ドキするような劇的な「何か」を聴く者に感じさせるのは、彼女の天賦の才がなせるわざなのでしょう。 「素晴らしい人」は次の「哀愁のページ」につながる佳曲ですね。このころのから アルバムやシングルB面でもこの手のメローな曲がたくさん聴けるようになります。 初期は明るいポップなイメージの曲の印象が強いですが実はこの手のメローな曲をどう感じるかがファンとしての分かれ目だったように感じています。 極地は「色づく街」のB面「秋の午後」だと思います。あの独特の感性はちょっと言葉 にはできませんが他の歌手とは一線を隔してますね。 ちなみにジャケシャでは「哀愁のページ」が私は2番目に好きです。これ自然光で撮ってる そうです。 >デビュー当時のシンシアの歌唱は荒削りで、確かに音程が不安定なこともありましたね。 ご本人は相当苦しんだようです。「私はまるまる素人から入ってきましたね。(略)でも 南沙織という名前が自分よりはるかに先を動いてゆくんですよ。(略) ライバルの小柳ルミ子さんは、私とは対照的ですよね。宝塚出身で小さいときから 積み重ねてきた芸の持ち主で、宝塚音楽学校に入るのだって受験して入った彼女、2年間 朝から晩まで歌からお芝居までずっとやってきた彼女と並べられて比較される私は、今 思うと良くやったと思います。(笑)(略)私はまだそんなに走れるような状態じゃ なかったのに、そのギャップと戦うのはけっこう苦しかったですよ。 逃げ出したいくらいのことは良くありました。(略)(アンソロジー、ブックレットより)
>>とろりん村のとろりさん 山本リンダの父親もフィリピン系(?)米軍人だったと思いますが、この記憶は正しいでしょうか?。それとも南沙織の話とゴッチャになっているのでしょうか。 リンダの父親はフィリピンの戦地へ行き、そのまま行方不明になったと記憶しています。
☆Shigeruさま、KOSUKEさま Shigeruさんはドイツ語、KOSUKEさんは英語をお学びになり、また、現在もそれらの語学に深く関わっておられる とのこと。 ぼくは学生時代、第二外国語としてフランス語を選択しました。ぼくは法学部生でしたから、語学はあくまで「一 般教養」の域をこえるものではなく...。実際、今、フランス語の文を見ても意味さえ把握できません^^;;。しかし、 これをきっかけにフランス語の美しい響きに惹かれ、フランス文化に傾倒していったのは確かです。学生時代以降 は、ドイツ・シュラーガーよりフレンチ・ポップスの方に興味を持つようになりましたし。よく考えたら、この ウェブサイトのタイトルの一部もフランス語ですね...。 ☆Shigeruさま シンシアのシングル盤ジャケットでは、ぼくも「純潔」(と『潮風のメロディ』)が最も好きです。ちなみに、こ の「純潔」のB面に収録されている「素晴らしいひと」は名曲だと思います。 ☆KOSUKEさま >彼女の星座の「蟹」のマークが片隅に記されていたことの方が印象的です。 ぼくの場合「南沙織と『蟹』」と言えば、デビューシングル「17才」のジャケット写真になりますね。この写真の 中で、彼女は蟹がデザインされたnicoleの白い服を着ています。 >彼女が「卵料理には必ずケチャップをかける」と言っていたので、 そういえば、言ってましたね。彼女がかけるケチャップは、やはりHEINZなのでしょうか^^? ・べッツイ&クリスの代表曲は「白い色は恋人の色」なのでしょうけれども、ぼくはなぜか、「花のように」に心 惹かれます。加藤和彦の手になる作品は、いずれもリリカルでメロディラインが美しいと思います。 ☆Shigeruさま、KOSUKEさま、こうそくひれん1号さま デビュー当時のシンシアの歌唱は荒削りで、確かに音程が不安定なこともありましたね。でも、彼女のボーカルに は胸の奥を揺すぶられるような不思議な「ドラマ性」があリ、それが歌手としての彼女の最大の魅力なのではない かと思います。シンシアの歌唱を聴いて、いつも感じるのはその自然さ、さりげなさです。それでいて、胸がドキ ドキするような劇的な「何か」を聴く者に感じさせるのは、彼女の天賦の才がなせるわざなのでしょう。
Shigeru様 >「色づく街」あたりから上手くなってきましたけど、本人の努力もさることながら 天性の才能が開花したって感じがします。 「色づく街」「ひとかけらの純情」の頃は完璧でしたよね。でも私は「哀愁のページ」「早春の港」の頃から充分うまかったと思うのですが・・・。 >Cynthiaに間違えられたんだったら本望です」ともいわれてたようで初期のころはアイドル的な扱いをされるのが相当イヤだったようですね。 そういうの(まりやさんとシンシアが似てる)も初めて聞きました。まりやさん、ほとんどの新人賞に顔を出していましたから、相当苦痛だったんでしょうね。
今日まで夏期休暇でーす! Cynthiaは初期のころは決して音程は良くなかったと思います。 小柳さんみたいにもっと唄が上手くなりたいと語っていたこともありました。 「色づく街」あたりから上手くなってきましたけど、本人の努力もさることながら 天性の才能が開花したって感じがします。 「人恋しくて」は田山さんが言うには、最初にザビから入る初めての試みをした 曲だそうです。CynthiaはTVで新曲紹介のとき導入の「く〜れそでくれない」のタイミング が会わずに結局唄えずに終わったという苦い経験があるらしいです。 竹内まりやさん、私もよく車で「不思議なピーチパイ」とか聴いてました。 78年にCynthiaが引退して歌謡曲に興味をなくしてましたが竹内さんのルックスと ポップ感覚がどこかCynthiaに似ててカセットテープを買った覚えがあります。 竹内まりやさんは丁度Cynthiaと入れ替わるように登場してきたのでCynthiaよりは 若いイメージがありますが実は同級生になります。(Cynthia昭和29年7月2日、竹内まりあ 昭和30年2月か3月生まれ) 竹内さんはデビュー当初南沙織の2番せんじみたいな評価をされイヤな思いをした となにかのインタビューで話されていたようです。人にも良く見間違えられたとかで 「私はアイドルじゃありませんから!それにあんなに黒くないですから!」と言ったとか?でも後には「Cynthiaに間違えられたんだったら本望です」ともいわれてたようで初期のころはアイドル的な扱いをされるのが相当イヤだったようですね。
とろりん村のとろり様 Shigeru様 >ぼくが物心ついた頃は「花の中3トリオ」が登場する直前で、彼女の他には天地真理、アグネス・チャン、麻丘めぐみ...といったアイドルが活躍していた時代でしたが、シンシアには他のアイドルとは明らかに一線を画する「何か」がありました。大人っぽく、ソフィテスケイトされた独特の雰囲気を彼女は持っていたように思います おはようございます。私はシンシアに関しては、他のアイドルにないものとして「陰り」を感じましたね(「バラのかげり」という歌もありましたが・・・)。いい意味での「哀愁」とでも言えるのでしょうか。とろりさんの「ソフィスティケイトされた独特の雰囲気」という表現にも納得ですよ。 >おー、久々に純潔のジャケシャですね。 当時(小学校2年ということもあって)この「純潔」ということばの意味がわからなくて困ったのを覚えています。国語辞書を引く、という習慣がまだない年だったし、引いたにしてもわからなかったでしょうね。私は襟元の星条旗には気づきませんでした。むしろ(ここには写ってないのですが)彼女の星座の「蟹」のマークが片隅に記されていたことの方が印象的です。 >デビューの一年後に発売されたと思われるシンシアのウィスパーカード(文化放送制作)を中古レコード店で買い、彼女のトークを聴いてみましたが、信じられないくらい日本語がたどたどしかったです^^。あの風格ある歌唱との落差の大きさに驚き、あきれるとともに、彼女の母語は英語なのだろうと思いました。 このウィスパーカードは当時従妹が買っていたのでよく聴いていました。影響を受けたことが一点あり、彼女が「卵料理には必ずケチャップをかける」と言っていたので、私も真似するようにしました。もちろんゆで卵、オムレツ、通常の卵焼きにはかけず、目玉焼きや炒り卵にケチャップをかけるとおいしいものです。 >竹内まりやの曲の中でぼくがいちばん好きなのは、「加藤和彦−竜真知子」コンビが提供した「ドリーム・オブ・ユー★[レモンライムの青い風]」 キリンレモンのCFでよく流れてましたね、この曲。デビュー曲の「戻っておいで・私の時間」(これも安井=加藤コンビ)が最高84位だったのに、この「ドリーム・オブ・ユー」は初登場50位代につけていた記憶があります。結果的には30位で12万枚。でも私は彼女のベストはその次の「SEPTEMBER」(「シングル・アゲイン」も好きですが)ですね。これは松本=林(哲司氏。この曲で初めて名前を知りました)コンビで年末の新人賞レースでよく耳にしたこともありますが、来月になれば毎晩かけるだろうと思います(笑)。39位で10万枚でした。「ドリーム・オブ・ユー」は24週、「SEPTEMBER」は23週とどちらも半年近くチャートイン、ロングセラーとなりました。 >70年代の加藤和彦作品では、「花のように」(べッツイ&クリス)、「妖精の詩」(アグネス・チャン)、「初恋の人に似ている」(トワ・エ・モワ)などが好きです。 とろりさん趣味がいいですね。私も(リアルタイムでは覚えてないんだけど)「初恋の人に似ている」(70年、30位、8万枚)は好きですよ。トワ・エ・モアや加藤和彦氏こそソフィスティケイトされた典型と言えるでしょう、すべての曲において。あとこちらはリアルタイムで覚えているのですが、ベッツイ&クリス「白い色は恋人の色」(69年、2位、56万枚)も好きですね。 >実は先日、「人恋しくて」を作曲された田山雅充さんのライブを聴いてきたのですが まだ現役で歌ってるんですね。「春うらら」もロングセラー(76年、16位、21万枚)だったのは覚えています。第三弾の「愛することから始めてみませんか」(76年、96位)も田宮二郎さん・片平なぎささん主演の「白い秘密」のエンディング・テーマで好きでした。東京音楽祭でもシルバー・カナリー賞(新人部門のグランプリ)を獲ったんですけどね。 >作曲者側からみると歌詞を見ると作詞家がどういった感じの曲をイメージして書いたか だいたい解るんだそうで、 先日私は「詞」を書いてみたんです。ここにコメントされた元アイドルM氏用に。でも作詞はただ字数を揃えればいい、ってものではないようですね。確かに浜田省吾チックな詞になっちゃって、そのM氏のイメージには合わないようでした。 長文で失礼しました。
>>Shigeruさん、グーテンモルゲン どんな実力の持ち主でも、時には音程を外す事がありますね。 「夜ヒト」のOPはリレー式に次の歌手の持ち歌を唄うというスタイルでしたが、その時、誰の何ていう歌かは忘れましたが、南沙織がえらく調子っぱずれで唄っていた事があったのを憶えています。「それメロディー違うじゃん」なんて思いました。多分、メロディーを憶えきれていなかったんでしょうけどね。
おー、久々に純潔のジャケシャですね。 管理人様有り難うございます! 私も所有してますが一番好きなジャケットです。 この曲から写真は篠山紀信さんなんです。先日ファンサイトでどなたかがご主人(紀信さん)と松田聖子さんのコンサートに足を運ばれていたとの書き込みをみました。 3男さんが大学に入学して少し落ち着かれてきたんでしょうか? 子育て長かったですね!
☆Shigeruさま、KOSUKEさま、こうそくひれん1号さま >管理人さんは京都なんですね。この間、祇園祭久しぶりに見てきました。 はい、京都で生まれ育ちました。東京に来てから、もう10年以上たちます。 Shigeruさんは、西院の方の大学に通っておられたのでしょうか? しかし、またしても京都勢は決勝で負けましたね。はたして、ぼくが生きている間に優勝するのか心配になります^^。 京都西高OBとしては、引退なさった上岡龍太郎師匠が有名でしょうか。 >Cynthiaは生まれは奄美大島(鹿児島県)、育ちは沖縄です。 >逆に私は「沖縄じゃないだろ、あそこは鹿児島県だよ」とずーっと思っていました。 やはり、そうでしたか...。 実は、10年くらい前にシンシア自身が書いた新書サイズの本を古書店で買って読んだことがあって、そこに「奄美 大島で生まれた」という記述があったような覚えはあったのですが、その記憶に確信が持てなかったのです。 その本は「二十歳ばなれ」というタイトルだったと思います(もう、手元にありません)。 >「外国人」というイメージを浸透させたくないので「鹿児島」にしたのかな >デビューの際は当時の沖縄ではイメージが暗いので おそらく、これは沖縄の日本復帰前に激しい政治運動があり、特に70年12月に「コザ騒動」があったことから、彼 女がそうしたものに巻き込まれないよう周囲が配慮したのでしょうね。シンシアが沖縄に強い愛情を持っているこ とは、沖縄の日本復帰直後にリリースされた「純潔」のジャケットからも窺い知れるのではないでしょうか。あの ジャケット写真の中で彼女が胸元につけている星条旗は、沖縄の日本復帰を祝福しているように感じられます。 ぼくが物心ついた頃は「花の中3トリオ」が登場する直前で、彼女の他には天地真理、アグネス・チャン、麻丘めぐ み...といったアイドルが活躍していた時代でしたが、シンシアには他のアイドルとは明らかに一線を画する「何 か」がありました。大人っぽく、ソフィテスケイトされた独特の雰囲気を彼女は持っていたように思います。 前述の「二十歳ばなれ」の中で、シンシアは「フィリピン系米国軍人の父と日本人の母の間に生まれ、子供の頃は 両親の仲がよくなく、喧嘩が絶えなかった」と告白しています。小畑ミキの父は米国軍人で、朝鮮戦争で戦死して いますが、シンシアの家庭にはベトナム戦争が暗い影を落としていたのでしょう。 デビューの一年後に発売されたと思われるシンシアのウィスパーカード(文化放送制作)を中古レコード店で買 い、彼女のトークを聴いてみましたが、信じられないくらい日本語がたどたどしかったです^^。あの風格ある歌唱 との落差の大きさに驚き、あきれるとともに、彼女の母語は英語なのだろうと思いました。 ☆KOSUKEさま 竹内まりやの曲の中でぼくがいちばん好きなのは、「加藤和彦−竜真知子」コンビが提供した「ドリーム・オブ・ ユー★[レモンライムの青い風]」で、その次が「不思議なピーチパイ」です。どちらも竹内まりや作品ではない のです^^。(竹内まりやさん、すいませんm(__)m。) 70年代の加藤和彦作品では、「花のように」(べッツイ&クリス)、「妖精の詩」(アグネス・チャン)、「初恋 の人に似ている」(トワ・エ・モワ)などが好きです。
KOSUKEさん 英語の件、ご教授ありがとうございます。 やはり毎日触れることが大事ですね。リスニングは特にそう思います。 今晩も「英語でしゃべらナイト」見てます。 「街角のラブソング」は2枚組の「ゴールデン・Jポップ/ザ・ベスト南沙織」に 収録されてます。http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B00005G7EV/cultmandu-22/249-5972577-4357112 2枚組みですが彼女のシングルはすべて発売順に収録されており他のベストものより かなりお買い得かと(笑)中崎さんに言われるまでもなくこのCDで順を追って聴いて ゆくと彼女の成長ぶりが手に取るようにわかって、ちょっと胸が痛くなります。 http://www.geocities.jp/cultmandu/cult12/ayumu0012.html 「街角のラブソング」ですが私はCynthiaのポップセンスがよく出ていて結構好きです。 「人恋しくて」以降マイナー調の曲が続いた後、久しぶりのポップな曲でした。もともとリズムものは18番でしたから水を得た魚のように悠々と唄いこなしてますね。 でも発音はやはり英語的です。77年の紅白のビデオ持ってますが、アップになった時の 舌の動きが完全に英語なんです。 実は先日、「人恋しくて」を作曲された田山雅充さんのライブを聴いてきたのですが Cynthiaは他のアイドルと比べて録音にはほとんど時間を取られなかったけど、微妙な 発音の矯正が必要だったと言われてました。田山さんは最近また唄い始められていて 今回はCynthiaファンを対象のライブということで参加してきました。 http://www.h3.dion.ne.jp/~bagus_y/ Cynthiaに提供した12曲すべてと五十嵐淳さん、小林麻美さん、アグネスチャン、太田裕美さん、中森明菜さんに提供した曲も披露しながら興味深いトークも聴けました。 彼は当時、中里綴さんとコンビを組んで作曲をされてたんですが彼女から、作詞家が意図 したものをいい意味で裏切る曲を作ってくると喜んでもらえたと言ってました。 作曲者側からみると歌詞を見ると作詞家がどういった感じの曲をイメージして書いたか だいたい解るんだそうで、でもそれじゃあ面白くないからもっと違った感じの曲に したりするそうです。作詞家からしたらどうしてそうなるの!って思うんだけど聴いているうちのこっちのほうが良くなることがあるとのことでした。 歌い手もそうで、大抵のアイドルは作者のイメージどうりに録音するのに四苦八苦するんだけどいい意味で作者の期待を裏切ったいい出来になることもあるそうです。 歌手には予め曲のテープを渡して聴いておいてもらって、録音日にスタジオに来てもらうんだけどそのときまでにまだなにもイメージができてないアイドルもいればしっかりできあっている歌手もいたとのことでした。そういう意味でCynthiaに曲を提供するのは どんな感じの曲になるのかとすごく楽しみだったと話されてました。 昨今は一人で自作自演のアーティストが多いけど、一人で全てやってしまうってことは広いようで実は世界を狭くしているように思うと言われてたのが印象的でした。 後、中森明菜さんは最初から一風変わっていて(笑、Cynthiaのときと同じオーラを感じたそうです。
こうそくひれん様 Shigeru様 >「街角のラブソング」が、つのだ☆ひろの作詞作曲というのは知っていましたが、それだけに評価が低いのが残念です。ほう、同曲は紅白歌合戦でも唄われているのですか。4万枚の売り上げでも、その年最大のヒットだったのでしょうか。 Good evening.はっきり言って76年の「哀しい妖精」を最後に、シンシアはヒットから見放されていましたね。この年の最大のセールスでしたし、7/21の発売だから夏向けでポップさはありましたから紅白でも歌われたんだと思います。でも同じポップでも「17才」なんかと違うんですねー。シンシアがノッてなかったです。翌年「春の予感」が資生堂キャンペーンソングに選ばれたこともあり、25位、7.6万枚と最後のスマッシュヒットになったのが救いでした。 >でも語学はいまでも好きです。今はドイツ系の会社に勤務してますけど、最近はほとんど使うことがありません。 それでは文系にしては珍しく専攻を生かされているわけですね。まあ部署によって使ったり使わなかったりはあれど、仕事で使うのが一番の上達の早道かもしれません。私は英文科・英語科ではなく法学部(国際関係)だったんですが、ゼミが英語で行われていたので事実上英語しかやってませんでした。だから法律のことを聞かれると困るんです(笑)。
>>Mr.KOSUKE GOODEVENING(←英語ネタが続いているので。でもこれが限界です) 「街角のラブソング」が、つのだ☆ひろの作詞作曲というのは知っていましたが、それだけに評価が低いのが残念です。ほう、同曲は紅白歌合戦でも唄われているのですか。4万枚の売り上げでも、その年最大のヒットだったのでしょうか。
昔は英語を一切使わない学校に通ったりもしましたが → 昔は日本語を一切使わない学校に通ったりもしましたが の誤りです。失礼しました。
Shigeru様 >KOSUKEさんは英語のプロでいらっしゃいますので何かアドバイスがあればご教授を! あまり偉そうなことはいえませんが、私は毎晩NHKラジオの「ビジネス英会話」をかかさず聴いています。その中で(専門的には「シャドウイング」というんですが)ネイティブが発音する通りに発音してみる。なるべくテキストは見ないようにしています。読むほうは、昔は「TIME」とか「ASAHI EVENING NEWS」を定期購読していましたが、(金がかからないという意味では)CNNとか朝日の英語のサイトを毎日読んでいます。例えば朝日の「天声人語」で日本文と英文の両方が載っていますので、交互に読んでみるとか。昔は英語を一切使わない学校に通ったりもしましたが、それほど上達につながっていないんですよ(苦笑。英会話学校ではなく、主に予備校中心に教えていますので)。会話はシンシアが言うとおりでしょうね。最近までは留学しなきゃダメかな?と思っていたのですが、決してそんなことはなさそうだ、というのが結論です。とにかく毎日少しでもやることが要、というのはスポーツや楽器と変わりありませんね。ちょっと偉そうでしたが・・・
こうそくひれん1号様 おはようございます。「街角のラブソング」は私の所有するベストにも収録されていません。77(S52)年の(最後の)紅白では歌っており、当時清水健太郎さんの「失恋レストラン」を手がけたつのだひろ氏の作詞・作曲です。36位で4.0万枚、これは下から8番目とシンシアのセールスとしては芳しくありませんでした。ファンの評価はどうなんでしょう?
KOSUKE様 おはようございます。私はドイツ語専攻でした。 私も会話はあまり得意ではなかったですネー。よくドイツ人の先生に怒られてました。(笑) 英会話の授業もあり嫌いではなかったけど専門科目で精一杯だったような?しょっちゅう テストがありましたし…。でも語学はいまでも好きです。 今はドイツ系の会社に勤務してますけど、最近はほとんど使うことがありません。 今にして思えばもう少し英語もやっておけばと思っています。 英語は例外的な表現が多くてなかなか上達しません。KOSUKEさんは英語のプロでいらっしゃいますので何かアドバイスがあればご教授を!会話はCynthiaが言うようにとにかく使ってみるしかないんでしょうけど。 「英会話レッスン」の中では英語が上手な人がいたら週一回電話で英語の会話を してくださいとCynthiaは薦めています。もちろん日本語はつかっちゃダメよと書かれてます。 Cynthia自身、デビュー当時は日本語が余り理解できずなるべく英語を使わないようにしてた こともあるようです。最初は読み書きはほとんどいダメで楽屋で漢字の練習してて 「心配」の「ぱ」ってどんな字かくの?なんて質問したなんて逸話も(笑)
南沙織の出身地についてですが、32年前に読んだ「南沙織物語」という漫画に「奄美大島出身」と書かれてあったので、逆に私は「沖縄じゃないだろ、あそこは鹿児島県だよ」とずーっと思っていました。 ところで私は南沙織には興味がない人間なんですが、そんな私でも彼女の歌で好きな曲が一曲あります。それは「街角のラブソング」です。でもこの歌は「ベスト」に収録される事も少なく、知名度も極端に低いようです。ファンの方たちの間では、どのような評価の楽曲なんでしょうか? 例によって「○位、○万枚」とか、「(南沙織の曲の中で)何番目の売り上げ」とかの情報も教えていただきたいです。
Shigeru様 とろりん村のとろり様 >デビューの際は当時の沖縄ではイメージが暗いのでCynthiaの意思とは 関係なく奄美大島出身ということになったようです。 >シンシアは沖縄出身のはずなのですが、このプロフィールでは「鹿児島出身」となっているのも、少し気になります。 私もこの「17才」ジャケットのプロフィール「鹿児島出身」に関しては30年来の謎でした。当時(71年)の沖縄は日本返還を翌年に控え、まだアメリカの領土でした。だから「外国人」というイメージを浸透させたくないので「鹿児島」にしたのかな?と勝手に推測していませんでしたが、どうなんでしょう? >私は趣味ではなく、お仕事としてこれまで音楽のなかで生活してきました。そのせいか、音楽は趣味でやるのが理想的だと思っているの」などとかかれてます。 この本を執筆していた頃にはもう引退を決めていたんでしょうね。 間違いないと思いますよ。シンシアは芸能界の色に最初から最後まで染まりきれなかったという印象です。ところでバイリンガル・アイドルの第1号はシンシアなんですかね? あっ、ジュディ・オングさんがいましたね。 ところでShigeruさんは何語ご専攻なのでしょう?私は一応英語教師という職業なんですが、このテの英会話が苦手です。近所にアメリカン・スクール(シンシアは調布でしたよね?最初の事務所は学校に通わせてくれなかったという話を聞きました)があるんですが、そこに通ってる生徒たちの話す英語がちっとも聴き取れないのが悔しいです(苦笑)。 >「加藤和彦−安井かずみ」コンビが80年代アイドルに提供した作品では、「愛してモナムール」(岩崎良美)と「夕暮れ物語」(伊藤つかさ)が双璧をなす名曲だと思います。 ああそうなんですか。私はつかささんと言えばもう「少女人形」(81年、5位、36万枚)に尽きるんですね。安井=加藤コンビで「愛してモナムール」と双璧をなすのは(アイドルではありませんが)、昔から竹内まりやさんの「不思議なピーチパイ」(80年、3位、39万枚)だと思っています。
とろりん村のとろり様 管理人さんは京都なんですね。この間、祇園祭久しぶりに見てきました。 Cynthiaは生まれは奄美大島(鹿児島県)、育ちは沖縄です。幼少の頃に 沖縄に移られたんだと思います。先ほど書いた「シンシアの英会話レッスン」の中で 奄美大島のお祖母さんの家のことも少しかかれてました。ですのでお母さんのカズエさんは ご出身が奄美大島かと。デビューの際は当時の沖縄ではイメージが暗いのでCynthiaの意思とは 関係なく奄美大島出身ということになったようです。生まれは奄美大島ですがCynthia自身は 完全に沖縄育ちなのでご本人は沖縄には強い愛情をお持ちだと思います。 http://www.okinawatimes.co.jp/fukki/pdf/2002051501S.pdf
☆Shigeruさま、KOSUKEさま >「17才」のジャケットの裏のプロフィールにはっきり「OMC」と所属事務所が記されています。 確かに、「17才」(南沙織)のジャケット裏面記載のプロフィールには、「所属プロ...(株)OMC」と記され ていますね。ぼくは今まで、すっかり「OMC」をバーニングプロダクションの前身と思っていました^^。 シンシアは沖縄出身のはずなのですが、このプロフィールでは「鹿児島出身」となっているのも、少し気になります。 ☆KOSUKEさま ぼくも、岩崎良美の曲の中で最も好きなのは「愛してモナムール」ですね...。 「加藤和彦−安井かずみ」コンビが80年代アイドルに提供した作品では、「愛してモナムール」(岩崎良美)と 「夕暮れ物語」(伊藤つかさ)が双璧をなす名曲だと思います。 この二曲は旋律、詩、編曲、演奏、歌唱のどれをとってもすばらしく、いずれも80年代アイドル音楽のマイルス トーンといえる曲ではないかとさえ感じます。 ☆KOSUKEさま、ふ み お さま、こうそくひれん1号さま 関西での「タカラヅカ」の存在感はかなり大きくて、関西文化の一翼を担っていると言っても過言ではないくらい です。その昔、ぼくの妹の友人も宝塚音楽学校を受験しましたが、身長の点で不合格になったようです。 宝塚音楽学校の校則、その他のアンリトン・ルールの厳しさは伝説と化していますね。 例えば、1年生が挨拶する場合、2年生に対するのと3年生に対するのとではお辞儀の角度、拳を握るか否かまで異な るという話を聞いたことがあります。 これが単に「規律が厳しい」だけなのか、「いじめ」なのかは、ちょっと判然としません。「タカラヅカ」という のは、なかなか外からうかがい知ることができない世界ですし、そのことが「乙女の園」の神秘性をいっそう増し ているように思います。 ☆kansukeさま おっしゃる通りです。 「青い週末」(本田美奈子)は5万枚の限定盤で、B面は「モーニング 美奈子ール」になっています。これはオレン ジ色のカラーレコード、しかもハート型という変わったレコードで、ぼくのお気に入りの一枚です。 「青い週末」は本田美奈子のマイベストフェバリットソングで、ぼくとしてはこの路線を続けてくれなかったのが 少し残念です。 ☆kansukeさま、こうそくひれん1号さま、KOSUKEさま、たつしさま 今、ディヌ・リパッティのピアノを聴きながらこの文を書いていますが、この偉大なピアニストも白血病のため33歳 で夭折しました。 現在、急性白血病の5年生存率は50〜60%らしいので、もはや「不治の病」とは言えないのでしょうが、それ でも予断を許さぬ病気であることに変わりはないと思います。 本田美奈子.のカムバックをぼくも心から祈ります。
夏の甲子園、京都外大西高は準優勝でしたね。私は大学時代の4年間京都で過ごしましたので 注目してました。っていうかあそこは私の出身大学の付属高校ですので。(笑)当時は京都西 高等学校と称していたと記憶しています。 今日、時間があったので78年10月に発行された「シンシアの英会話レッスン」という本を 眺めてました。78年というとCynthiaが「南沙織」とさよならをした年で私は大学の3回生 でした。本の内容は見開きで女子高校生の会話が原文と英訳、沙織のアドバイスの3つで 構成されています。 スクリプトは全部で120あるんですが、019「嫌いな先生」のところの 後半はこんな感じです。 A:I don't like her because she is quite hysterical. B:Neithier do I.She gets angry about small things. A:It seems that she is frustration itself. B:I wish she would get married pretty soon. A:She is so ugly that no man will marry her. B:As the proverb says,"There is no accunting for tastes." こんな感じでちょっと辛口の女子高生の会話がいろいろ書かれてこれに日本語の原文と「沙織のアドバイス」で表現の解説がついてます。今ならこれにCDでCynthiaの声が入ってるんでしょうね。 私は英語は全然専門ではなかったけど和訳があるので楽しく読むことができました。 「沙織のアドバイス」のところでは自分のこともところどころ書かれていて 「小学校の頃、病気で一年間休んで留年したことがあります。同級生はみんな先輩となり 悔しい思いをしました。その後も毎年2ヶ月ぐらい休みました。そんなことがあってから 私はものすごく感受性が強くなったみたい。」とか「大学生にもなると、受験の悩みも消えて クラブ活動に身が入るようになります。そんな中でも、ロックバンドやフォークソング・クラブ はとても盛んね。音楽を趣味にしている人たちが、いろいろな音楽を自分たちの世代にあった ものにつくりあげている。その姿がうつくしいですね。私は趣味ではなく、お仕事として これまで音楽のなかで生活してきました。そのせいか、音楽は趣味でやるのが理想的だと 思っているの」などとかかれてます。 この本を執筆していた頃にはもう引退を決めていたんでしょうね。
杉田かおるのデビュー曲は「鳥の詩」・・・・・ じゃなくて「しあわせ色をあなたに」・・・・・じゃないんです。 「パパと呼ばないで」終了直後、9歳の時に「見ちゃった聞いちゃった」という曲を出しているそうです。これがデビュー曲ですね。 情報ソースは今、放送中(17時まで)のTBSラジオ「伊集院光・日曜日の秘密基地」です。同番組ではCD「おバ歌謡2」制作の為、収録候補曲を流し、リクエスト(収録希望曲)を募っています。 若水ヤエ子「かあちゃんと子供のアンダンテ・カンタービレ」や松平ケメ子「私がケメ子よ」など、タイトルやジャケットは見た事があっても未聴だった曲がいろいろ流れています(へぇ〜、こういう歌だったんだ)。 リクエストは「日曜日の秘密基地」HPで受付中です。「見ちゃった聞いちゃった」に一票入れま〜す。
たつし様 こうそくひれん1号様 >本田美奈子さん、白血病から復帰してほしいです。デビューから今年で20年です。 歌唱力のある方ですから30年でも40年でも50年でも歌い続けてほしいです。 こんにちは。「ドスペ」見ました。病気や入院の辛さというのは、経験してみなければわかりません。ましてこの白血病みたいに(番組でも伝えられた)高熱・痛み・抜け毛という事態になると想像できない辛さですよね。美奈子さん.、幸いなことに快方に向かっているようですが、頑張って是非完治・復帰を果たしてほしいものです。
本田美奈子さん、白血病から復帰してほしいです。デビューから今年で20年です。 歌唱力のある方ですから30年でも40年でも50年でも歌い続けてほしいです。 白血病と言えば、歌手ではありませんが、漫才コンビ「カンニング」の中島さん (下の名前を忘れました)も白血病で闘病中です。本田さんと中島さんの一日も早い 全快をお祈り致します。
Shigeru様 こんばんは、貴重な資料ありがとうございました。添付は興味深く読ませて頂きましたよ。 芸能プロをやっていくのもいろんな要素が必要なんですね。野路さんが第1号という件は、長山さんが野路さんの「私が生まれて育ったところ」をカバーで歌う際に、NHKの歌番組で聞きました。本郷直樹さん(かっこよかったですねー)や敏いとうとハッピー&ブルー、篠塚さんまで所属していたとは・・・でもやっぱりリストに石毛礼子さん、載ってるでしょ?こうなるとヤマハなのかバーニングなのか、どうでもいいけどまた論争が再燃しかねません。 シンシアは最初のOMCという事務所がひどかったというのは、ラジオで聞いたことがあります。ヒデ&ロザンナと同じ事務所というのは知りませんでした。 あと尾木プロ(工藤静香さんやCOCO、浜田朱里さん等が所属)やゴールデンミュージックが系列というのも知りませんでした。中山美穂さんや畠田理恵さん、真弓倫子さんが所属したビッグアップルも確かバーニング系列と聞きましたが・・・ 結局シンシアは3つの事務所に所属したというわけですが、やはりバーニングの印象が1番強いですね。
KOSUKE様 シンシア(南沙織さん)がバーニングに移籍したのは72年の初頭だと思います。 おっしゃるように71年6月「17才」でデビューしたときはOMCというプロダクションに 所属していました。というのもOMCに所属していたヒデとロザンナのマネージャーに沖縄でスカウトされたことが歌手デビューのきっかけだったと聞いています。 でも私の中では昔からCynthiaといえばバーニング、CBSソニーというイメージが強いです。 実は私もCynthiaがバーニング初の女性タレントだと認識していたので野路由紀子さんの書き込みを見たときは「えっ」と思いました。でも事実は野路由紀子さんが最初のタレントのようですね。 Cynthiaはプロダクション名をバーニングに改名後、最初のタレントということでしょうか? http://plaza.rakuten.co.jp/ewriweb/3001 今では天下のバーニングプロも当時はまだまだ弱小で沢田研二さんをはじめ新人の小柳ルミ子さん、天地真理さん擁する渡部プロダクションが力をもっていたと思います。 78年Cynthia引退時のTV番組でCynthiaに花束を渡してくれたのはバーニング時代の後輩、石野真子さんと高田みづえさんでした。ただその時Cynthiaはピンクレディーが所属していた T&C(倒産済)に移籍していたのですが何かのご縁だったのでしょうか?
こうそくひれん1号様 >「『宝塚』のいじめ」の話はよく聞きますが、本当なんでしょうか。本当だとしたら「やな世界だな、『宝塚』って」って思っちゃいますね。規律が厳しいのと、いじめは違うよね。 「いじめ」って芸能界を含めてどこの世界にでもあるような気もしますが、宝塚はどうなんでしょう?個別のいじめってのは聞いたことがありません。規律が厳しいのといじめが違うのはごもっともです。 >「本田美奈子.」の復帰も近いのではないでしょうか。不治の病と言われた「赤い疑惑」の頃とは隔世の感がありますね。 「赤い疑惑」は30年前でしたもんね。あの頃は「血液の癌」と言われ、完治が絶望視されていた白血病ですが、私の従姉も奇跡的に克服しました。美奈子.さんもせっかく改名(でもどういう意味なんじゃ?)したんですから頑張って治ってもらいたいものです。私も今晩の「ドスペ!」見ようと思っています。
>>とろりん村のとろりさん 壁紙ありがとうございます。 「本田美奈子.」は白血病と必死に戦っているそうです。今夜のテレ朝「ドスペ!」でも特集されるようですが、こういう番組が放送されるという事は大分、元気になっているという事なんでしょうね。吉井怜というタレントさんも白血病を克服したようですが、「本田美奈子.」の復帰も近いのではないでしょうか。不治の病と言われた「赤い疑惑」の頃とは隔世の感がありますね。 >>ふみおさん、KOSUKEさん 「『宝塚』のいじめ」の話はよく聞きますが、本当なんでしょうか。本当だとしたら「やな世界だな、『宝塚』って」って思っちゃいますね。規律が厳しいのと、いじめは違うよね。
壁紙が「青い週末」になりましたね。 これって、限定盤でB面が美奈子さんの、モーニングコールだったような記憶があります。 (美奈コール?)
ふ み お 様 >親や先生の反対等色々ありましたが、結局宝塚に行きました。湘南高校の校長も入学を辞退されたのは、始まって以来のことだとびっくりしていたそうです。 こんにちは。この湘南高校は藤沢にあって、神奈川の公立でトップなんですよね?毎年東大に結構な数が合格しているのは知っています。都立だって40名出せる高校はないですもの(だから最近制度を改革したんですが)。誰も辞退しないってこともすごいですが、その女性もすごいですね。 >中学卒業後すぐに入学する人は少なく、若いにもかかわらず優秀な成績を収めていた彼女は同期、先輩からのいじめとか大変だったそうです。そんななか、能力と努力の結果、彼女はある組のトップになりTVにも出演していました。 小柳ルミ子さんは中学を卒業してすぐに宝塚に進学したそうですよ。優等生の彼女はなんと全科目トップで音楽学校を卒業したとか。ちなみに黒木瞳さんは、私の母の高校の後輩で高校からとのことです。 >いくらなんでも今はそうではないでしょうね。 テレビで見た範囲ですが、掃除は塵ひとつ落ちていてはいけない、先輩と気づいた時点で即挨拶。風呂場で洗濯するのもなぜなのかはわかりませんが、「スターとしてファンの夢を壊さない」という所から来てるんじゃないでしょうか、想像ですが。とにかく厳しさにおいては今もそれほど変わっていないようですよ。
KOUSUKEさん >宝塚は東大に入るのと同じくらい狭き門らしいですよ。 私の高校同期の仲間の妹が宝塚を何となく受けて合格しました。当時東大に40名くらい入っていた湘南高校に行くつもりで勉強しており、難関な湘南も合格しました。 親や先生の反対等色々ありましたが、結局宝塚に行きました。湘南高校の校長も入学を辞退されたのは、始まって以来のことだとびっくりしていたそうです。 中学卒業後すぐに入学する人は少なく、若いにもかかわらず優秀な成績を収めていた彼女は同期、先輩からのいじめとか大変だったそうです。そんななか、能力と努力の結果、彼女はある組のトップになりTVにも出演していました。 宝塚の学校時代の話は何回か聞きましたが、厳しいというより信じられないことばかりでした。 お風呂にはいる順番や、洗う場所の序列の不文律があること。またお風呂場は洗濯場に化すこと(風呂場で全て洗濯するとのこと)、お兄さんと会うことでも許可がいるとのこと、などです。 いくらなんでも今はそうではないでしょうね。
とろりん村のとろり様 おはようございます。もう5年半が経過しているのですか?私はお世話になり始めてから ちょうど1年半が過ぎました。いろいろお疲れ様です。 >でもデビュー当時、南沙織はOMCに所属していたのですよね...。 「17才」のジャケットの裏のプロフィールにはっきり「OMC」と所属事務所が記されています。バーニングに移ったのはいつ頃でしょうね?とにかく郷ひろみさんとシンシアの移籍、そして細川たかしさんの成功でバーニングが芸能プロ陣営の一角に食い込んできたというのは言えると思います。 >A面の「Vacance」→「愛してモナムール」だけで、ぼくは岩崎良美の世界に入ってしまいますね。 「愛してモナムール」(82年、25位、9万枚)はイントロからして海外旅行に来てしまったような雰囲気にさせられますね。とろりさんも以前そう書いてらっしゃいましたが、私にとっても彼女の曲のNO.1です。安井=加藤コンビの中でもかなり出来栄えはいい方ではないでしょうか?
「モナ・ムール!歌謡ポップス」を開設したのが2000年1月14日。掲示板を設置したのは同年4月頃でした。サイ ト開設当初に掲示板を設置しなかったのは、「はたして、このサイトに掲示板を設置する価値があるのだろうか」 という躊躇があったからです。 しかし掲示板設置から約5年4か月の歳月が流れた今も、この掲示板にみなさんからたくさんの書き込みをしていた だいていることに深く感謝します。 ウェブマスターとして、これほどうれしいことはありません...。 ☆こうそくひれん1号さま >「'00年9月22日のとろりさんの書き込み」 というのは、これですね^^。 ↓ >♪ 投稿者:とろりん村のとろり 投稿日: 9月22日(金)23時47分27秒 >(中略) >「通学沿線気になるあのコ」は原田伸郎と大津びわ子(びわりん)がヤングタウン水曜日をやっていた頃からあ >りましたから、かなり長く続いた番組でしたね。しかし、あまりにハッピーエンドすぎるというか、ほんまかい >なという気もしましたが。いったんなくなりましたが、忘れた頃に「通学沿線好きやねんあのコ」というタイト >ルで復活したときは驚きました。しかも内容は「そのまんま」で^^。 こちらこそ、よろしくお願いしますm(__)m。 ☆よっかーさま 2000年9月といえば、よっかーさんと初めてお会いした月ですね。 ↓ >吸い込まれてきました。 投稿者:よっかー 投稿日: 9月28日(木)01時18分43秒 >なんだか解らないうちに、ここへやってきたらミコちゃんの写真に誘われてきました。(後略) よっかーさんが当時、探しておられた「マイ・ボーイ・ロリポップ」(ミリー・スモール)収録のCDが廃盤になっ ていたという痛恨事をぼくはいまだに覚えています。 5年もの間、この掲示板に書き込みをしてくださって、ほんとうにありがとうございます。 ☆クジラ2号さま、こうそくひれん1号さま、KOSUKEさま、東芝カナリヤ号さま、よっかーさま 今は昔、「四国出身のアイドルは売れない」というジンクスがありましたね。 その代表になっていたのが松本明子でした。 ぼくにとっての島崎和歌子は、今でも「魔法少女ちゅうかないぱねま!」の頃のままです^^。 よっかーさん、彼女は南国市出身でしたよね? ☆クジラ2号さま、KOSUKEさま、たつしさま 野路由紀子がバーニング所属の第1号歌手だったのですか。 クジラ2号さんが書いてくださった彼女のディスコグラフィーを拝読して、「もしかすると、南沙織はバーニング所 属の第1号女性アイドルなのではないか」と思いました。 「私が生まれて育ったところ/ネオン蝶々の子守唄」(野路由紀子、RCA JRT-1153)1971年5月リリース 「17才/島の伝説」(南沙織 CBSソニー SONA86183) 1971年6月1日リリース でもデビュー当時、南沙織はOMCに所属していたのですよね...。 ☆健二さま 「Cecile」(岩崎良美)は、ぼくも好きなLPです。このアルバムは彼女のマスターピースではないかとさえ思いま す。ジャケット写真も「地中海でリゾートを楽しむパリジェンヌ」という雰囲気で当時の彼女のイメージにぴった りです。A面の「Vacance」→「愛してモナムール」だけで、ぼくは岩崎良美の世界に入ってしまいますね。 ☆さて、高校野球も明日いよいよ決勝戦ですね。 京都勢は昭和31年に平安高校が優勝して以来、優勝がありませ ん。京都外大西高校に期待がかかります。 はたして京都勢49年ぶりの優勝なるか...。
こうそくひれん1号様 たびたび失礼しますがNHK-FMのアイドル特集で追加です。月曜にかかっていた「C」を歌っていた少女と、本日のトリを飾った「You're my only shinin' star」(88年、首位、29万枚)を歌った女性が同一人物とはとても信じられませんでした。中山美穂さん、この間わずか2年半。相当努力したことは間違いありません。私は彼女の曲でこの「You're...」がベストなんです。作詞・作曲・編曲すべて角松敏生氏というのも、すごい才能の持ち主だと感じさせます。
こうそくひれん1号様 >すでに公になっている事と思いますが、麻木久仁子が年齢を誤魔化していた事を最近、知りました。二つ下かと思っていたのに、ホンの一ヶ月位とはいえ先に生まれたお姉さんだったなんて・・・道理でしっかりしていると思った。いや、俺がしっかりしてないのか こんばんは。今時年をごまかすなんて古ーい。彼女はしっかりしてるというよりは、単なる「仕切り屋女」みたいですよ。「冬ソナはつまらない」発言で降板させられた日テレ「情報ツウ」でのスタッフの受けも悪かったそうです(なんか芸能レポーターみたいですね、失礼しました)。 >思ったより予想は的中しましたね。次回は'70年代特集をお願いしたいです。 ホントですね。ちょっと自信持ちました(笑)。「夢冒険」(87年、4位、7万枚)と「ドリームラッシュ」(89年、2位、34万枚)を的中させたのは流石だと思いました。半分は合ってたんじゃないんでしょうか? '70年代特集も需要が高いのでいずれやるでしょう。まあ休みが終わると私は聴けないんですけどね。
今「たけしの誰でもピカソ」で「白血病で闘病中の『本田美奈子.』にエールを贈ろう」という企画を放送中。間に合ったらみなさんも見て、「美奈子.」ちゃんを応援して下さい。ナンノちゃんもゲストで出ています。
すでに公になっている事と思いますが、麻木久仁子が年齢を誤魔化していた事を最近、知りました。二つ下かと思っていたのに、ホンの一ヶ月位とはいえ先に生まれたお姉さんだったなんて・・・道理でしっかりしていると思った。いや、俺がしっかりしてないのか。 年齢を誤魔化したアイドルというと「芹沢直美」が知られていますが、最近ではそういうの聞きませんよね。大昔ならともかく'70年代以降は年齢を誤魔化すなんて、ほとんど無いと思いますが・・・・・それとも発覚する前に消えちゃうのかなぁ。 >>KOSUKEさん 思ったより予想は的中しましたね。次回は'70年代特集をお願いしたいです。
こうそくひれん1号様 >ところでタカラヅカといえば、石毛礼子が不合格になった事がファンには知られてますよね。あの石毛礼子が落ちたくらいだから、相当な難関なんですね。でも、もし合格していれば、アイドルデビューするよりもスターになっていたかも。全く残念です。 知りませんでした。宝塚は東大に入るのと同じくらい狭き門らしいですよ。石毛さんね・・・ルックス的に地味だし、宝塚で成功するのも難しかった気がしますが・・・とにかくここでトップになるのは、ぽっと出のアイドルが売れるより全然厳しいんですって (母を筆頭に、周囲に「ヅカファン」が多いんで聞きました)。でも私にもし娘ができたら、ハロプロ<宝塚を受験させますね。教育は徹底しているそうですから。 しかし「想い出のメロディー」を見て一言。トシちゃんに「哀愁」を感じたのは私だけでしょうか?久々の大舞台ということでノッてはいましたが・・・。 >他には「涙をみせないで」、高岡早紀「悲しみよこんにちは」、CoCo「はんぶん不思議」、島崎和歌子もの、深津絵里「YOKOHAMAジョーク」あたりが来そうかな。締めは宮沢りえ「DREAM RUSH」と読んでます。 ああ、Winkなら「涙をみせないで」をかけてほしいですね。のりピーは当確でしょう。しかし島崎さんとか深津さんとか、当時50位前後のアイドルは難しいと思いますよ。一応「時代を代表する曲」だし、NHKはそこまでさばけてないですから。だから今日杉浦さんを聴いて(一応ベスト10には入りましたが)とても違和感を感じたんです。ファンの方には失礼なのですが・・・
16日に「想い出のメロディー」を見ました。これまでタカラヅカには無関心だったのですが、この番組で「おお宝塚」という軽快な、同劇団のテーマソングがある事を知りました。この曲は私の趣味に合ってますね。 ところでタカラヅカといえば、石毛礼子が不合格になった事がファンには知られてますよね。あの石毛礼子が落ちたくらいだから、相当な難関なんですね。でも、もし合格していれば、アイドルデビューするよりもスターになっていたかも。全く残念です。 さて、その石毛礼子なんですが、昨日購入した単行本「ヤンタンの時代。」の巻末の出演者年表に名前が載っていました。本編では何も語られていませんが、それでも彼女の名前が載った書籍が本屋に並ぶなんて、二十数年ぶりの快挙ですね。 「石毛礼子 ここにありき」・・・という記念碑のようです。 >>KOSUKEさん 1日飛んでるので、明日も「アイコレ」やるようですね。今日は流れなかった「のりピーもの」や「C−Girl」は明日、放送されそうな気がします。他には「涙をみせないで」、高岡早紀「悲しみよこんにちは」、CoCo「はんぶん不思議」、島崎和歌子もの、深津絵里「YOKOHAMAジョーク」あたりが来そうかな。締めは宮沢りえ「DREAM RUSH」と読んでます。
こうそくひれん1号様 結局「六本木純情派」「ヴィーナス」VS「1986年のマリリン」「話しかけたかった」で2対2の引き分けでしたね。それにしても個人的意見になりますが、「話しかけたかった」(87年、首位、23万枚)「冬のオペラグラス」(86年、首位、32万枚)「バラードのように眠れ」(86年、首位、23万枚)「OH!!POPSTAR」(86年、2位、35万枚)は改めて名曲だと再認識させられました。まあ西村知美さんは「わたし・ドリーミング」(86年、3位、10万枚)にしてほしかったのと、杉浦幸さんは外して頂きたかったですね。 それにしても「青春のいじわる」は初登場17位、「卒業」は初登場14位(最終的には6位、26万枚)で驚いた記憶があります。当時女性アイドルのデビュー曲が初登場でベスト20に入るってまだ珍しかったですし(倉沢淳美さんみたいに全国に名前が浸透している人は別ですが)、この2人はCFに出てたくらいでしょ?でも「80年代」と銘打っている以上、明日も期待できると思います。光GENJIとWinkは当確でしょうね。
>>とろりん村のとろりさん ふとした出会いで始まった 心の奥に隠せぬ思い 風になびく艶やかな髪 憧れあのコは今どこに? 男の子なら押しの一手で 女の子なら優しい気持ちで 今日はどうなる「ヤンタン」の 「通学沿線 気になるあのコ」 この掲示板に参加する前に過去ログを一通りROMったんですが、あまりにも膨大な量なので、かなり飛ばし見をしてしまいました。それで今、改めてじっくりとROMり直しています。'00年9月22日のとろりさんの書き込みを見たら、どうしても上記のようなフレーズを書き込みたくなりました。5年もの遅レスですが、どうかご容赦を。これからもこんな事をするかもしれませんがヨロシク。 >>KOSUKEさん ラテ欄によると本田美奈子は「当確」ですね。「好きと言いなさい」が流れるといいなあ。
こうそくひれん1号様 おはようございます。私は「1986年のマリリン」「話しかけたかった」「ダンシング・ヒーロー」「瑠璃色の地球」「難破船」「仮面舞踏会」「パラダイス銀河」「DAYBREAK」「You're only my shinin' star」「MUGOん・・・色っぽい」「一億のスマイル」「C-Girl」「淋しい熱帯魚」「私がオバサンになっても」「夜空のムコウ」といったナンバーを予想しております。いずれにしてもいわゆる私たちが聴きたがってるアイドル・ポップスは今日まででしょう。
>>KOSUKEさん あぁ、「青春のいじわる」や「C」はいい選曲だと思いました。「卒業」も、まあ良かったかな。おニャン子クラブは季節柄「お先に失礼」でも聴きたかったです。 明日は「旅立ちはフリージア」「学園天国」「六本木純情派」「17才」「ヴィーナス」「禁断のテレパシー」「はいからさんが通る」「夢冒険」「C−Girl」「マリーナの夏」などを予想しております。
>>健二さん、こんばんは いや、懐かしいですね「流し目監督」「陽打春」なんて。 カントク「陽クン!」、陽打春「老師!」 なんてやり取りが目に浮かびます。 確かにこの漫画は、メチャクチャな名前のキャラクターが多かったですね。「坂東玉さわ郎」の父親の名前が「坂東玉にぎ郎」とかね。 作者のコン氏は片平なぎさのファンだったらしく、よくなぎさちゃんの絵が登場していたと思います。そうそう、岩崎宏美も好きだったのか「ヒロミちゃん」なんてキャラも出てましたね。
こうそくひれん1号様 >♪臨時ニュースを 申し上げます・・・は仕方がないけど、FMに高校野球中継が回ってくるとはね・・・第2放送でやればいいのに。 こんばんは。ホントNHKって何考えてるんでしょ?何のために9つもメディアを持っているんでしょうか?FMで高校野球を中継するなんてことやるんなら、依然受信料は払えませんね(笑)。 >でも今日の放送を聴いたら、選曲内容がかなりレベルダウンしていたから、「あぁ、これなら聴けなくてもよかったかな」なんて思いました。明日はどうでしょ。 そうですか。私は安田成美さんの「風の谷のナウシカ」(84年、10位、21万枚)とか菊池桃子さんの「青春のいじわる」(84年、13位、14万枚)とか久々に聴いていい歌だと思いましたよ。「セーラー服を脱がさないで」(85年、5位、25万枚)も今のハロプロ関連に比べれば遥かにいい歌だし。中山美穂さんの「C」(85年、12位、17万枚)も20年ぶりに聴きましたが、この頃はヘタだったんですねー。まあおっしゃるように、一昨日よりレベルが低下しているというのは納得です。明日は少年隊とか本田美奈子さんとかが予想されますが、さらにレベルダウンするんじゃないですか?
こうそくひれん1号様、こんばんは! 「あなた色のマノン」は岩崎良美さんですね。「SINGLES」というLPを持っていますのでよく聞いていました。自分的には「セ・シル」というLPが好きで、その中にある「私の恋は印象派」という曲がとても好きです。これは「どきどき旅行」のB面なんですね。A面にしなかったのが不思議なくらい、いい曲と思いますが。 どうしても「タッチ」の歌手みたいなイメージがつきまといますが、他にも素晴らしい曲もあります。今も伸びやかな歌唱で歌っているのでしょうか? また、「1・2のアッホ!!」なんて懐かしい漫画が出ていましたので、反応しちゃいます。長島監督ではなく、流し目監督。王貞治ではなく陽打春(よううちはる)。とか、きわどい人名が出てきましたね。とても楽しく見ていた記憶がよみがえりました。
今はどうなっているのか知りませんが、約30年前「ジャンプコミックス」には巻末に有名人の「読後感想文」が載っていました。この掲示板の来訪者の世代なら憶えている人も多いでしょう。 当時、コン・タロウの「1・2のアッホ!!」というギャグ漫画があったんですけど、そのJC何巻目かに「デビュー直後の石川ひとみ」が登場しています。その内容は、 「『君スタ』の決戦大会で上京する事になりました。とても緊張していた私は、たまたま目についた『1・2のアッホ!!』を買い、新幹線に乗りました。それが面白くて『クック、クック』と笑いっぱなし。東京に着く頃にはすっかり緊張もほぐれ、リラックスして決戦大会に臨む事が出来ました」 ってな感じだったと思います。 でも、これってどうなんでしょう。こういうのって往往にして「名前と写真」だけを貸し、内容はライターが書いたりしてますよね。当時、子供心にも「本当にひとみちゃんが『1・2のアッホ!!』なんか読んだのかよ」と思いました。頭ごなしに否定するのもなんですが、思いっきり「眉唾もの」ですね。別の巻には「ジャイアント馬場」が登場し、「僕は元・読売巨人軍の投手なんですが、『読捨拒人軍』(漫画に登場する球団)とはねぇ〜」と感想を語っていましたが、「絶対にウソだ!」と思いましたね、私は。 もし、ひとみちゃんに会う事があったら、「本当に読んだの?」と訊いてみたいです。 >>KOSUKEさん ♪だ〜い地震 だ〜い地震 グッラリグラリ・・・ なんて呑気に唄っている場合じゃないけど、本当に大迷惑の「大地震」です。 ♪臨時ニュースを 申し上げます・・・は仕方がないけど、FMに高校野球中継が回ってくるとはね・・・第2放送でやればいいのに。 でも今日の放送を聴いたら、選曲内容がかなりレベルダウンしていたから、「あぁ、これなら聴けなくてもよかったかな」なんて思いました。明日はどうでしょ。
こうそくひれん1号様 こんにちは。ところが今日は高校野球の中継でしたね。何もFMで野球中継しなくてもいいのに・・・
>>KOSUKEさん 朝刊のラテ欄確認しました。今週は毎日「アイドル特集」なんですね。今日も聴きながら歩きます。楽しみ〜。
って当時尾崎仁美さんは歌ってましたね? 実は彼女が上京する前後のころ、仕事でよく彼女の実家のホテルを利用していました。 (彼女のご両親にはお世話になりました!) 今はご主人と二人でホテルの跡を継いで「女将さん」をやっているようです。
こうそくひれん1号様 >私は通勤の途中で数十分間、歩く事があるんですが、耳が寂しいのでいつも携帯ラジオでNHK−FMを聴いています。今日もラジオを点けたら、その途端に聴き覚えのある歌が流れてきました。 こんばんは、♪似たようなこと誰でもしているのよ じゃないけれど、私も全く同じことをやっています。クラシックなんかも聴かれますか? >NHKでアイドル、それも27年も前の歌が流れたので嬉しくなっちゃいました。続いて流れたのが石川ひとみの「まちぶせ」。「ヤヤッ!今日はアイドル特集か?」。後で調べたら「80年代アイドルコレクション」だそうです。 私も聴きました。特に「春ラ!ラ!ラ!」「ヨコハマ・チーク」「少女人形」(レコードは買ったんですが)「あなた色のマノン」の4曲は全く音源がないので嬉しかったです。今週は最新のヒット曲が流れる金曜以外、期待していいと思いますよ。 >「ウォークマンでも持ち歩けばいいじゃん」なんて言う人がいるかもしれませんが、そうじゃないんですよ。たまたま点けたラジオから流れる歌声。次は何が流れるんだろう。そして「この曲は今、放送局から流れているんだ」という「生」感。これがいいんです。こういう気持ち、解ってもらえますか? よーくわかります。MDとかだと次に何がかかるかわかってるわけでしょう?ラジオはその点思いがけない曲が流れますからね。スーパーなんかのBGMでも同じことが言えるけど。 NHK-FMについては、「ステラ」というNHK主体のテレビ・ラジオ情報誌でだいたい翌週の番組内容がわかります。月曜16:00〜のつのだひろさんがやっているDJも、懐かしの邦楽がかかりますので嬉しいですね。
私は通勤の途中で数十分間、歩く事があるんですが、耳が寂しいのでいつも携帯ラジオでNHK−FMを聴いています。今日もラジオを点けたら、その途端に聴き覚えのある歌が流れてきました。 ♪春という字は「三人の日」と書きます。あなたと、私と、そして誰の日? おー!真子ちゃん。NHKでアイドル、それも27年も前の歌が流れたので嬉しくなっちゃいました。続いて流れたのが石川ひとみの「まちぶせ」。「ヤヤッ!今日はアイドル特集か?」。後で調べたら「80年代アイドルコレクション」だそうです。 他に流れたのは「ロックンロール・ウィドウ」「ブギウギ・アイラブユー」「気まぐれワンウェイボーイ」「ヨコハマチーク」「セクシーナイト」「E気持」「少女人形」「ラブレター」「ハローグッバイ」「あなた色のマノン」「青い珊瑚礁」。 また選曲がいいですね。「ヨコハマチーク」とか「E気持」とか。なんか道端で100円玉を13枚拾ったようで、足取りも軽くなっちゃいました。今日はラッキーデーでした。 な〜んて言うと「ウォークマンでも持ち歩けばいいじゃん」なんて言う人がいるかもしれませんが、そうじゃないんですよ。たまたま点けたラジオから流れる歌声。次は何が流れるんだろう。そして「この曲は今、放送局から流れているんだ」という「生」感。これがいいんです。こういう気持ち、解ってもらえますか? >>KOSUKEさん 「仁科ゆう子」ってのは聞いた事がありますね。今度、資料を調べてみます。 >>よっかーさん そうそう、よっかーさんは四国の出身でしたね。真っ先に訊くべきでした。 「尾崎仁美」ってのも聞いた事がありますが、彼女も高知出身でしたか。かなりマイナーな歌手ですが、5枚くらいはレコード出しているみたいですね。 へぇ、ソニンも高知出身なのかぁ。勉強になります。
土佐っ娘アイドルは、尾崎仁美(1986)は国実百合より早かったかな。 四万十市の旅館の娘さんなので、ずっと(歌手を)続けることはなかったみたい。 国実百合も地元で引退ライブして結婚したみたいだね。島崎和歌子は同じご町内出身。 仁科ゆう子さんというのは地元でもあまり知られてないねぇ。スタ誕出身ならもう少し知られてもいいと思うけど。島本須美(ナウシカ・声優)の方が知られてるなぁ。 今、県出身で知られてるのは、ソニン、前田有紀、広末涼子、島崎和歌子、島崎麻衣(和歌子の従姉妹)、岡本真夜、岡本知高、あたりかな。 高知県出身の芸能人は地元で人気が上がることが無いのが普通です。 誰一人地元でデビューイベントをしたことが無い。東京など都会で名をあげてからも地元ファンに何かをアピールすることがほとんどありません。地元に帰ってきても、ほんとに田舎に休みに帰省するイメージです。岡本真夜ですら今月の高知コンサートが初の本格的ライブだし。 でも5年ほど前に、サンミュージックの養成所が出来てからは、アイドルへの取っ掛かりができて地域限定アイドルユニット(エス@コレクション)もありますので、今後はもう少し増えてくる可能性はあります。 それ以前はよほど積極的に出て行かないと、芸能界デビューは考えられないのが高知県の地域性です。1997年までは民放2局でしたし、他県の電波も届かない地域ですから、広末涼子や島崎和歌子、国実百合のデビューですら、県民は数ヶ月遅れて知ることになりました。 そうそう、とろりさん。 今年も「よさこい鳴子踊り」に島崎和歌子は審査員・プレゼンターとして参加してました。 さすがに広末は月9ドラマ撮りなので帰ってませんでしたね。 高知東生・高島礼子夫婦は参加してました。
たつし様 クジラ2号様 >野路由紀子さん、レコードを沢山出していたのですね。「ゴールデンベスト」シリーズはBMGファンハウスも出しているので、野路さんの分も出してほしいですね。 BMGファンハウスで(過去に所属した歌手も含めて)7曲入りの「極上演歌シリーズ」(各\1,200)というのが発売されているんですよ。野路さんもそれなりの実績をあげていますから、この枠に是非入れてもらいたいですね。
> クジラ2号さん KOUSUKEさん 野路由紀子さん、レコードを沢山出していたのですね。「ゴールデンベスト」シリーズは BMGファンハウスも出しているので、野路さんの分も出してほしいですね。 野路さん絡みのトリビアを書きましょう。5年前に私が、山本正之さんのミニコンサート に行った時に知ったのですが、山本さんがほんの数日だけバーニングプロに務めていたのです(!) 野路さんや郷ひろみさんのことが登場したのですが、ファンは誰も野路さんを 知らなかったです。私だけが知っていた状態でした。「当時の名刺がどこかにあるはずなんだけど」とおっしゃっていましたが、もし見つかればかなりの「お宝」ですよね! 来週、山本さんは大阪にいらっしゃいます。アニメソングのコンサートで。私も行きます楽しみです!
こうそくひれん1号様 >国実以前にも高知県出身のアイドルっていなかったのかなぁ。 おはようございます。非常に曖昧な記憶で検索もできないのですが、ちょうど30年前、75年の夏にデビューした「仁科ゆう子」(君スタ出身)さんは確か高知県出身だったと思います。デビュー曲(タイトルも忘れました。売れなかったし・・・)の終わりにペギー葉山さんの「南国土佐を後にして」=高知県民謡「はりまや橋」が入っていました。どなたか詳しい方がいらっしゃるといいのですが。
数日前から島崎和歌子が壁紙になっていますね。 一説によると国実百合が業界初の「高知県出身アイドル」だそうですが、となると島崎和歌子は「第2号」でしょうか。直後には広末涼子のようなスターも生まれているし、国実以前にも高知県出身のアイドルっていなかったのかなぁ。
クジラ2号様 たつし様 すごいですね。「大東京音頭」まで出してたんですか。お疲れ様でした。これだけ出しているのに、チャートインしているのはわずか5曲。ベストセールスは「北信濃絶唱」で最高23位、14万枚でした。
☆KOSUKEさん、たつしさん KOSUKEさんの「嫁入り舟」に関する書き込みに影響を受け、「嫁入り舟」が収録されている、 アルバム「彼岸花」を入手し、本当に良い歌声で他の音源も聞きたくなりました。 他にどんな曲を出しているのか知りたくて検索していました。 現在わかったのは、 「私が生まれて育ったところ/ネオン蝶々の子守唄」JRT-1153 1971年5月 「三つの涙/涙の墓標」 JRT-1190 1971年10月 「十九で別れた港町/愛の夢を下さい」 ? 「北信濃絶唱/私はいいの」 JRT-1235 1972年 「北国慕精/小っちゃな恋の思い出」 1973年1月 「嫁入り舟/ふるさとは遠いけれど」 JRT-1283 1973年 「彼岸花/夜汽車が着いたら」 JRT-1298 1973年9月 「恋は馬車にのって/涙旅行」 JRT-1333 1974年 「忍ぶ川/思い出のフリージア」 1975年6月 「信濃路にひとり/奥久慈旅情」 1975年12月 「あなたが遠くなる/恋の細道」 RVS-1013 1976年 「私が育った港町/西陣育ち」 RVS-1076 1977年7月 「星の夜北へ帰る/秘めごと」 RVS-1125 1978年5月 「大東京音頭/夢追い小唄」 1979年6月 「夢つみ草/なみだ酔い」RVS-1191 1979年11月 「広瀬川慕情/奥久慈旅情」RHS−68 1982年 「酔えなくて/越前川」RHS-215 1985年9月 「港の酒場」RT07-2319 「音無川」TOCT-5626 「いのち重ねて」KIDD-184 1991年 以上です。現在アルバム3枚とシングル3枚集まりました。 話は変わりますが、石川ひとみさんのオフィシャルサイトを見たら フォ−クソングを主体としたカヴァー・アルバムを9月21日に出すようです。 「あなたの心に」は、聞いてみたいですね。 ttp://www.fareastcompany.net/hitomi/index.html
たつし様 クジラ2号様 >はい、野路由紀子さんは昭和46(1971)年に『私が生まれて育ったところ』 がデビューなので今年が丁度35周年ですね。私も『嫁入り舟』は好きですよ。 こんにちは。今や芸能界の一大勢力となったバーニングプロの第1号歌手だそうですね。 「私が生まれて育ったところ」は32位で9万枚、バーニングの後輩の長山洋子さんもカバーしていましたね(77位)。
>クジラ2号さん KOUSUKEさん はい、野路由紀子さんは昭和46(1971)年に『私が生まれて育ったところ』 がデビューなので今年が丁度35周年ですね。私も『嫁入り舟』は好きですよ。
クジラ2号様 >”野路由紀子”で検索していたら、 こんばんは。ご無沙汰しております。またなぜ野路さんのご検索を?彼女先日夜ヒットの再放送に出演していましたが、うまかったですよねー。「嫁入り舟」(73年、54位)なんてラジオから流れてきた時感動いたしました。未だ現役とはもう35周年くらいでしょうか?こういう実力派にヒットが出ることを望みます。
お久しぶりです。 ”野路由紀子”で検索していたら、越前そばの里 夏まつり!(をクリック)2005年8月13日 野路由紀子歌謡ショーという告知がありました。現役で歌っていらっしゃるようですね。 そばの里に遊びに来られた有名人のところに島崎和歌子さんの写真が・・・ http://www.echizensoba.co.jp/
こうそくひれん1号様 池田バージョンはジャケットにも「ホリプロ・タレント・スカウト・キャラバン・テーマ曲」と銘打っており、その公式記録とやらがおかしいですよ。実際曲も夏らしくポップで良かったし、私はこの曲がチャートインできなかったことは今でも信じられません。
>>あきらさん 「HTSC 25周年メモリアル」のDVDにわずかに収録されている第1回のオープニングでは、池田ひろ子(らしき人)が中央で唄い、その左右に男性が2人ずついて(多分「ドルフィン」)踊っています。なのに公式記録では「テーマ曲を唄ったのは『ドルフィン』」となっています。これはどういう事なんでしょうね?
>>KOSUKEさん ああそうか。『友達から恋人に』はTSC開催前にリリースされていたのか。 私は、TSC用の歌を後からレコード発売したのかと思っていました。 更に映像を見直したところ、池田ひろ子(らしき人)は出場者にマイクを手渡したり、進行のお手伝いをしているようです。
>もしかしたら大会開催時は5人で「ドルフィン」で、その後レコード発売の都合で2組に分かれた、という事でしょうか。 ドルフィンは男の子4人組で最初はジャニーズ所属でしたけどドルフィンとしてこの曲でデビューした時はホリプロ所属になったようです。池田さんとは競作で発売日も一緒です。この曲を一緒に(ロス・インディオス&シルヴィアみたいに)歌うことはなかったと思いますが。あくまでも別々でしたよね?
こうそくひれん1号様 >もしかしたら大会開催時は5人で「ドルフィン」で、その後レコード発売の都合で2組に分かれた、という事でしょうか。 なんか複雑ですね。私はこの第1回決勝大会を見逃してるんですよ、父がどうしても野球を見たいって言うから(この時はふだんチャンネル権を譲る父も妙に頑張ってました)。ただ「ロス・インディオス&シルヴィア」みたいな形じゃなかったことは確かですよ。少なくとも私は池田さんとドルフィンが一緒に歌っている場面は見たことがありません。さっきも説明したように歌詞が微妙に違うんですから。それに大会は放送が76年の9月、録画だとしても8月頃だったでしょう?池田さんのレコード発売は1976/6/1で、彼女だけのジャケ写が最近(短期間でしたが)壁紙になってました。とにかくプロモは池田さん中心で、なんでドルフィンと競作にしたのか、そのホリプロの意図まではわかりませんね。
>>KOSUKEさん なるほど。説明により「ドルフィン」が男性4人組だという事と、『友達から恋人に』が「池田ひろ子」と「ドルフィン」の競作であるという事は判りました。でもまだ釈然としない気持ちが残ります。 映像では舞台に池田ひろ子(だと思う)と4人の男性がいます。しかし公式記録では、テーマ曲は「ドルフィンが唄う・・・」となっています。実際にはメインは池田ひろ子であり、表記も「池田ひろ子が唄う」となって当然だと思うし、せめて「池田ひろ子&ドルフィン」とするのがスジではないでしょうか。池田ひろ子の存在が無視されているのは何故なんでしょう。 もしかしたら大会開催時は5人で「ドルフィン」で、その後レコード発売の都合で2組に分かれた、という事でしょうか。
こうそくひれん1号様 >「HTSC 25周年メモリアル」の存在は快挙と言えるでしょう。こういうCD・DVDセットがあるのをご存じですか?。4枚組CDには全デビュー者の歌(一人1〜7曲)を全80曲(+榊原郁恵がLPで唄ったTSCテーマ曲「友達から恋人に」1曲)収録し、DVDは第1回〜第25回の全受賞者のオーディション、合格シーンが収録されています こんばんは。存じています。これも入手を検討しましたが、価格を見て断念しました。確かに資料としての価値はおっしゃるように高いんですけどね。 >第1回大会に於いてテーマ曲「友達から恋人に」を唄った「ドルフィン」って何者なんでしょうか?。実はDVDにその歌唱シーンがチラッと収録されており、いかにもアイドルの女の子一人と四人の男性が舞台に立っています。女の子の個人名が「ドルフィン」で男性たちは単なるダンサーなのか、それとも五人組のグループ名が「ドルフィン」なのかは分かりませんが、ホリプロのイベントなので同社所属の歌手には間違いないでしょう。 「友達から恋人に」は池田ひろ子さんとこのドルフィンの競作だったんですよ。池田さんは従兄弟がレコードを買ったこともあるし、「ぎんざNOW!」のレギュラーだったこともあってよく耳にしましたが、ドルフィンは露出が少なかったですね。当時多く見られた男性4人組で、レモンパイとかレオナルドとかと似た「フォーリーブス・フォロワー」的なグループで、間違いなくホリプロだったと思うんですけど。歌詞が微妙に違ってて、池田さんが♪真夏の急行 飛び乗ったのよ に対し、ドルフィン版は♪真夏の急行 飛び乗ったのさ 確かそんな感じで男言葉に詞を変えていました。いずれにしてもどっちも売れなかったんですけどね、(前も書きましたが)池田さんはこの曲で東京音楽祭・シルバーカナリー賞(新人部門)に出場したりしていましたよ。
>>KOSUKEさん 「スタ誕・スカウトシーン集」や「各種・新人音楽祭」のビデオソフト化は我々の理想ですが、クリアせねばならない難問も多く、実現は厳しいでしょうね。 そんな中で「HTSC 25周年メモリアル」の存在は快挙と言えるでしょう。こういうCD・DVDセットがあるのをご存じですか?。4枚組CDには全デビュー者の歌(一人1〜7曲)を全80曲(+榊原郁恵がLPで唄ったTSCテーマ曲「友達から恋人に」1曲)収録し、DVDは第1回〜第25回の全受賞者のオーディション、合格シーンが収録されています(映像が現存しない回、テレビ放送がなかった回、ブラジル・中国・ベトナムなどの海外大会は未収録)。一つの事務所のイベントならではの成せる技と言えますね。更に出身者のTV・CM集というオイシイ特典も収録されています。 定価は16,170円(税込)。ちょっと高いけど、その資料的価値は相当な物です。 ところで前から気になっていたんですが、第1回大会に於いてテーマ曲「友達から恋人に」を唄った「ドルフィン」って何者なんでしょうか?。実はDVDにその歌唱シーンがチラッと収録されており、いかにもアイドルの女の子一人と四人の男性が舞台に立っています。女の子の個人名が「ドルフィン」で男性たちは単なるダンサーなのか、それとも五人組のグループ名が「ドルフィン」なのかは分かりませんが、ホリプロのイベントなので同社所属の歌手には間違いないでしょう。映る時間が短く、アップにもならないので特定が難しいのですが、池田ひろ子のようにも見えます。わずかに流れる歌声も彼女の声に似ています。確か池田ひろ子は「友達から恋人に」をシングル発売してますよね。となると「ドルフィン」とは池田ひろ子だったのでしょうか。何故「ドルフィン」名義で唄ったのでしょうか?
>>あきらさん 「伊藤咲子オフィシャルサイト」のご紹介、ありがとうございます。さっき見てきました。そんなサイトがあるんだろうなぁとは思っていましたが、今まで特にチェックはしていませんでした。 しかし意外と言っては何なんですが、結構仕事があるんですね、サッコちゃん。いや、何よりです。特に私が注目したのは、21日の「ランチ&ディナーショー」。会場の「つくば三井ビル」は元・学園都市民の私にはとても馴染みのある場所で、何度も上った事があります。でも何で「8月21日」なのかな。24日以降なら「つくばエクスプレス」で東京方面から駆けつけるファンも多いと思うけどな。私も駆けつけたいけど、仕事の予定です(トホホ)
こうそくひれん1号様 >それらを商品化するのは難しいと思いますが、「懐かしの『輝く!レコード大賞・新人賞』特集」という括りなら可能では。商品化キボンヌ! おはようございます。レコ大はとりあえず68(S43)年度以降は全部保存してあるんでしょ?値段次第によっては売れるかもしれないけど、ヘンに選んだりしないで1回全員のをワンコーラスでいいから放送してほしいですね。しかも部門賞で選ばれた(号泣シーンわんさかの)場面を希望します。それこそ紅白の裏だったら数字が取れるんじゃないですか?
>楽曲自体は今ベストを聴いていても、なかなかの水準なんですよ。ただ視聴者側にとって難しすぎたのかな?「何が私に起こったか」(73位)とか今回の「寒い夏」とか。もうちょっと「きみ可愛いね」(9位、21万枚)みたいにポップな路線で展開していればと思いますね。 作家の先生方(阿久さん&三木さん)がサッコならこれだけ難しい曲調でも歌いこなせるだろうと、どんどんエスカレートして難しい曲を与えたそうだけど、本人はそれが凄く重荷になっていたようです。そんなこともあって色々と悩まれていたのだと思いますよ。でも今はそういった過去をふっきって歌手活動を再開&謳歌されているのだから結果オーライではないでしょうか。何度聴いても「何が私に起こったか」なんて大人が歌う曲で当時のサッコさんの年齢を考えたらテーマが重過ぎますし。先生方の期待が裏目に出てしまったのでしょうね。サッコさんのファンが公開しているオフィシャルファンページでサッコさんご本人が書いた全曲についてのコメントを公表しているのですが、「何が私に起こったか」のところでは「この辺りから先生方が、これでもか!!って言う位難しい曲を作られるんですよ。自動的に売れなくなってきて・・・10代の女の子が歌う楽曲じゃないですよね...」といった内容のコメントされています。ご興味のある方はGoogleでググってみて下さい。
たった今「はなまるマーケット」で片平なぎさの「美しい契り」(昭和50年「レコ大・新人賞」)が流された。改めて「放送局には貴重なお宝映像が人目に触れず眠っているんだなぁ」と実感しました。 それらを商品化するのは難しいと思いますが、「懐かしの『輝く!レコード大賞・新人賞』特集」という括りなら可能では。商品化キボンヌ!
こうそくひれん1号様 とろりん村のとろり様 おはようございます。寝る前もモナ、目覚めてもモナ(笑)。 >更に彼女にとって失策だったのはポルノに出演した事だと思いますね。まあサッコが自分で選んだ仕事だから、それはそれで何か考えがあったのかもしれないし、ポルノ自体が悪い訳じゃないんだけど、ただ女優に転身するつもりならともかく、あくまで歌手として大成する気があるのなら、安易に「(あのアイドルの伊藤咲子という)ブランドを利用される」ような映画には出てほしくなかったですね。 そうですね・・・ポルノの前に(80年位?)もうグラビアで全裸は披露していたんですよ。これは彼女が選んだ仕事というより事務所が選んだ仕事で、強制的な面もあったのかもしれません。しかし(私は何でも自分に置き換えて考える癖があるのですが)私だったら・・・新しい局面を求めて脱ぐだろう、ポルノもやるだろうと思います。別にカラダに自信があるわけでも、露出狂でもありませんよ(笑)。「豪快でパッショネイティヴ」な彼女だからこそそれができたのだろうし、結果的に成功するかどうかはわからないわけですから。小柳ルミ子さんも「白蛇抄」という映画で脱いで、結果的に(偶然かもしれませんが)「お久しぶりね」(8位、40万枚)のヒットにもつながったわけですし。少なくともイメチェンの時点では、ただいい歌が来るのを待っているだけの姿勢ではダメだと思いますね。(まあ、甲斐智枝美さんの場合は早すぎたというか、失敗だった気がしますが) >岩崎宏美の曲を聴いていると、一つ一つのフレーズに強い思いが込められているように 感じられるのです。ただ、伊藤咲子との違いは「あえて、そうした思いを楽譜の与える指示の枠内におさめて」歌っているところなのではないでしょうか。 宏美さんの歌を聴いていて絶対に「冷たい」とは感じませんね。譜面に忠実だろうが。やはり情熱めいたものはすべての曲から伝わってきます。逆に譜面に忠実なのに情熱めいたものを感じさせる、これは並みのテクニックではありません。(カラオケでもごく稀にそういう人がいますが) >そのボーカルは非常に表情豊かで伸びやか、そして豪快でパッショネイティヴである と思います。聴いていて、痛快さを感じるくらいです。 サッコさんのその魅力がよく現れている一例が「青い鳥逃げても」(48位、3万枚)だと思います。こういうスケールの大きな歌を歌いこなせるアイドルって、めったにいません。「寒い夏」以降はどうしてもキャバレー回りとかの仕事が多く、それがやる気のなさにつながっていったと去年だったかな?あるTV番組で語っておりました。
☆KOSUKEさま KOSUKEさんと同感です。 ぼくは、どちらかといえば、パッションにあふれた豪快な歌唱をする歌手が好きです。 ですから、伊藤咲子は、ぼくが特に好きな歌手の一人です(LPも数枚持っています)。彼女の歌唱には聴く者に対 する強烈な訴えかけがあり、そのボーカルは非常に表情豊かで伸びやか、そして豪快でパッショネイティヴである と思います。聴いていて、痛快さを感じるくらいです。 岩崎宏美は、ある意味で伊藤咲子と好対照をなす歌手でしょう。彼女のボーカルは、オーソドックスでインテンポ です。あまり感情を歌唱に出さないタイプの歌手であるように思います。 しかしながら、心惹かれる岩崎宏美の曲は少なからずありのです。矛盾しているのではないかとお思いになるかも しれませんが。 彼女は歌が「うまい」歌手とよく言われます。しかし、彼女は決して歌唱の外面的な美しさだけを追い求めている 歌手ではないと思います。岩崎宏美の曲を聴いていると、一つ一つのフレーズに強い思いが込められているように 感じられるのです。ただ、伊藤咲子との違いは「あえて、そうした思いを楽譜の与える指示の枠内におさめて」 歌っているところなのではないでしょうか。 伊藤咲子と岩崎宏美は表現方法に違いはあれど、歌うときの二人の内面には相通じるものがあるのではないかとい うのが、ぼくなりの結論です。 >時代に求められなくなり、彼女もやる気を失っていったのは事実のようです。 伊藤咲子本人は「『寒い夏』リリースの頃から、『自立心』が芽生えてきた」と語っているようなので、やる気そ のものはあったのではないでしょうか。ただ、残念ながら「時代に求められなくな」ったのは、確かなことなので しょう。
健二様 >今も聴いても、あの歌唱力は素晴らしい。もてあまし気味に聴こえるほどの歌唱力ですが、もっと別な楽曲に出会えたら・・・と思う次第です。 こんばんは。楽曲自体は今ベストを聴いていても、なかなかの水準なんですよ。ただ視聴者側にとって難しすぎたのかな?「何が私に起こったか」(73位)とか今回の「寒い夏」とか。もうちょっと「きみ可愛いね」(9位、21万枚)みたいにポップな路線で展開していればと思いますね。そういう路線でも歌唱力は充分に発揮されていたと思いますから。この「きみ可愛いね」で76年唯一の紅白出場を果たしているのですが、もう文句なしの歌唱でした。
>>とろりん村のとろりさん、KOSUKEさん 特に気にしていなかったので、「寒い夏」が阿久・三木コンビの作品でない事には気付きませんでした。確かに「純粋なアイドル時代」と比べると、この辺りからイメージが変わってきてますね。 ある程度売れた歌手はどこかでイメチェンを図るものだけど、ハッキリ言って彼女の場合は大失敗。もっともスキャンダルがイメチェンのきっかけじゃ無理もないけどネ。 更に彼女にとって失策だったのはポルノに出演した事だと思いますね。まあサッコが自分で選んだ仕事だから、それはそれで何か考えがあったのかもしれないし、ポルノ自体が悪い訳じゃないんだけど、ただ女優に転身するつもりならともかく、あくまで歌手として大成する気があるのなら、安易に「(あのアイドルの伊藤咲子という)ブランドを利用される」ような映画には出てほしくなかったですね。 歌手業にこだわり続ければ、石川ひとみ「まちぶせ」や岩崎宏美「聖母たちのララバイ」のような「代表曲」に出逢えたかもしれないのに。もったいない話です。
KOSUKE様、こんばんは! 貴方のコメントの通りですね。 今も聴いても、あの歌唱力は素晴らしい。もてあまし気味に聴こえるほどの歌唱力ですが、もっと別な楽曲に出会えたら・・・と思う次第です。
>>「ボビーに片想い」(手塚さとみ)は、CD「ソング・アクトレス」(フォーライフ)の1曲目に収録されています。 ただ、1999年発売のCDですので、廃盤になっているかもしれません。詳細は、下記URLのサイトをご覧ください。 どうも有難うございました。早速買ってみます。 ps:ご紹介頂いた、桑江知子/永遠の朝、とても気に入っています。 どうも有難うございました。
とろりん村のとろり様 >伊藤咲子は70年代屈指の女性ボーカリストだと思うのですが、巷間では過小評価されているのが残念です。 スタ誕出身アイドルでも、サッコさんは岩崎宏美さんと歌唱力においては遜色がないと思います。後から出てきた中森明菜さん、柏原芳恵さんで「スタ誕四天王」と(歌唱力に限定すれば)言っていいのではと個人的に思います。宏美さんとの比較で言えば、宏美さんが音譜に忠実に歌うタイプならば、サッコさんはよりダイナミックな唱法だったと思いますね。「乙女のワルツ」以降にそれが顕著に現れている気がします。「寒い夏」は「阿久=三木(or シュキ・レディ)」コンビを離れた初のシングルであると同時に、初のチャートインできなかったシングルでもあります。当時城みちるさんとの恋愛騒動で仕事をすっぽかした、とか芸能週刊誌には書かれていましたが、真相はいかに?ただ時代に求められなくなり、彼女もやる気を失っていったのは事実のようです。今になって再評価されているようですが、本当にもっとヒット曲が出せる人だったと思いますので、惜しいの一言です。とろりさんはどうお考えですか?
☆こうそくひれん1号さま カウンターをチェックしてくださっているのですか。ありがとうございます。 実のところ、ぼくはあまりチェックしていないんですA^^;;(←ウェプマスターがこんなことではいけないのです が...)。 ところで、「寒い夏」(伊藤咲子)は彼女にとって一つの転換点となった曲かもしれませんね。「ひまわり娘」を 除けば、「三木たかし−阿久悠」コンビ以外の手になる初めてのシングルですから。 伊藤咲子は70年代屈指の女性ボーカリストだと思うのですが、巷間では過小評価されているのが残念です。
私は月に1度か2度、数日間、留守にする事があります(主に実家へ行きます。「下妻物語」の舞台になった所です)。いつもその間に書き込みが溜まり、(話題が次々と変わるので)興味深いネタでも時機を逸してしまい、レスしづらくなる事も度々です(残念!) さて今回は・・・・・と思ったら、えらく空白の日々があった上に、書き込みはホンの4つばかり。おまけになんか妙な雰囲気・・・ですね。 まあ雰囲気はともかく、来訪者のみなさんが「音無しの構え」なのが気になります。私はカウンターをチェックしているのですが、相当数のアクセスがあるのに(アクセスしても掲示板に行かなかったり、延べ数だから同じ人が何度も、という事もありますが)もかかわらず、書き込み少なすぎ。なんか書いてくれればいいのに、みんな冷たいなぁ。なんか「寒い夏」(by 伊藤咲子)になっちゃいました(苦笑) 天気予報によると明日も暑くなりそうです。この掲示板にも、また熱気が訪れるのではないでしょーか。
申し上げるまでもないことではありますが、書き込みをしてくださる際には言葉遣いに細心の注意を払ってくださ るよう、お願いいたします。 ☆tendaさま 「ボビーに片想い」(手塚さとみ)は、CD「ソング・アクトレス」(フォーライフ)の1曲目に収録されています。 ただ、1999年発売のCDですので、廃盤になっているかもしれません。詳細は、下記URLのサイトをご覧ください。 http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B00005G5GG/249-4394836-3661931
皆さん、毎度! 手塚さとみ「ボビーに片想い」がどこかのコンピに入ってるという 情報を頂きましたが、探してるのですが、どうも見つかりません。 何というタイトルのものかお分かりの方いらっしゃいましたら 教えて下さい。よろしくお願い致します。
もうこういう雰囲気って耐えられません。確かに6日(土)の私の「正直言ってそこまでチェックしてほしくない」という云々は、ごく常識的なことを書いたつもりだし、全く反省していません。だからといってこうそくひれん1号さんに対して怒っているわけじゃありませんよ(瞬間的にカチンときたので書きましたが)。彼の軽妙な文体をいつも楽しみにしている1人ですし。しかし結果的にモナをトーンダウンさせてしまったのも事実。それに関しては責任を感じています。このままじゃ衆議院みたいに「解散」になるのではと不安になってきました。一日も早く、「書きたいことは即書ける」モナの雰囲気になることを願ってやみません。
こうそくひれん1号様 >言い方が悪くて誤解されちゃったかなぁ。「コメント」とは本人がそう語ったという意味ではなく、番組でそういう紹介をされる事が多かった、という事です。 私もあとでそうだっただろうなあと思いました。読解力が不足していましたね。 >参考までに言うと「よっかーさん」は4日ぶりのご無沙汰ですです(笑) 私自身とよっかーさんは直にコミュニケーションを取っていないという意味での「ご無沙汰」なのです。正直言って、そこまでチェックしてほしくないですね。
>>KOSUKEさん 言い方が悪くて誤解されちゃったかなぁ。「コメント」とは本人がそう語ったという意味ではなく、番組でそういう紹介をされる事が多かった、という事です。 参考までに言うと「よっかーさん」は4日ぶりのご無沙汰ですです(笑)
こうそくひれん1号様 よっかー様 こんばんは。よっかーさんは本当にご無沙汰しておりますね。何ヶ月ぶりでしょうか? >「あの人は今」的な番組で(よしえが)「ハローグッバイ」を唄うと必ず、「元はアグネス・チャンの歌」というコメントがあり、讃岐裕子の「さの字」も出て来ません。島崎和歌子の「南南西」も、シングル発売の秋川淳子を差し置いて、LP曲の高田みづえが紹介されています。マニアにとっては非常に面白くない話ですね。 なるほど、そうだったんですか?それは事務所(ゴールデンミュージック)の教育がなってない証拠ですよ。 >'88年11月3日 南野陽子「秋からもそばにいて」 「ザ・ベストテン」で歌唱中、途中まで唄った所で突然の絶句。 こういう時って本人はごまかしてコメントするけど、私は「楽屋で絶対何かあった」と取るんですよ。何か揉め事やイジメみたいなのがあったとか想像しちゃいますね。 大昔の話なんですけど、TBSの「歌えファンファーレ」(という題だったと思います、とにかく火曜夜8時でした)であべ静江さんが「秋日和」(41位)を歌ってる最中に突然号泣しちゃったことがあるんですが、ごらんになった方いらっしゃるでしょうか?もちろん原因はわかりませんが、子供心に「芸能界ってコワイところみたいだ」と思ったのをはっきり覚えています。
「ハロー・グッバイ」は讃岐裕子のカバーで、アグネスのは「ハロー・グッドバイ」と説明してあげましょう(笑)。歌詞もちょこっと違うから。 友人にコレを言うと、毎度煙たがられるわ...。 >こうそくひれん1号さん ナンノの「秋からもそばにいて」の歌詞ド忘れシーンは、見てるこちらも怖かったねぇ。どーなっちゃうのかと。その後の工藤静香がまた堂々と歌っちゃうし。 生放送ならではのシーンですよね。 http://bijinga.net/najyo/src/1121962853094.jpg
「ハロー・グッバイ」は讃岐裕子のカバーで、アグネスのは「ハロー・グッドバイ」と説明してあげましょう(笑)。歌詞もちょこっと違うから。 友人にコレを言うと、毎度煙たがられるわ...。 >こうそくひれん1号さん ナンノの「秋からもそばにいて」の歌詞ド忘れシーンは、見てるこちらも怖かったねぇ。どーなっちゃうのかと。その後の工藤静香がまた堂々と歌っちゃうし。 生放送ならではのシーンですよね。
http://bijinga.net/najyo/src/1121962853094.jpg
生放送にはハプニングが付き物ですが、アイドルたちもいろいろやってます。中でも中山美穂は晴れの舞台で大ポカをやっています。有名なので知っている人も多いと思いますが、それは'89年12月31日の「紅白歌合戦」での事。 イントロの時、舞台上の箱を開ける。中には誰もいない。戸を閉めて1回転。再び開けると中から中山美穂登場。そして唄いだす。 という段取りだったんですが、最初に戸を開けた時に、なんと美穂ちゃんがヒョコッと顔を出しちゃったんです。横で見ていた司会の和田アキ子が「アリャリャ!?」という顔をしていたのは忘れられません。その後、何食わぬ顔で登場し唄い始めた美穂ちゃんですが、もうドッチラケ。番組中、その失敗には敢えて触れられませんでしたが、折角のマジックが台無しでした。 他に目立ったハプニングというと、下記の物がベスト3(順不同)ですね。 '88年11月3日 南野陽子「秋からもそばにいて」 「ザ・ベストテン」で歌唱中、途中まで唄った所で突然の絶句。歌詞を忘れたのか、唄えなくなってしまったんです。何とか唄い続けようとするものの、歌詞はしどろもどろ。声は上擦り、手は振るえ。ナンノちゃんに何かあったんでしょうか。 '89年12月25日 南野陽子「フイルムの向う側」 これもナンノちゃんのハプニング。映画撮影の関係で大泉の東映からの中継(歌のトップテン)だったんですが、舞台で歌っている時に端の方から(映画の)共演者2名が上がったんです。ナンノちゃんはそれを乱入者と勘違いしたのか、唄いながら「うわッ」ってビビッたんです。すぐに間違いと気付き「しまった!」という表情で照れ笑いしてました。 でも気持ち解りますね。松田聖子が棒で殴られたり、倉沢淳美が手首を切られたりと、アイドルって危険と隣り合わせなんですよね。 '91年6月30日 ribbon「サイレント・サマー」 CM明けで歌が始まったんですが、何故かアミちゃんだけがオロオロしてるんです。どうしたのかな?と思ったら、アミちゃんのスタンドだけマイクが付いてないんです。ADが付け忘れたんでしょう。歌が始まり、まずは博美ちゃんのパート。続いてアミちゃんのパートはどうするのかと思ったら、博美ちゃんが自分のマイクを抜き、アミちゃんに手渡したんです。再びアミちゃんから博美ちゃんにマイクが渡され、このファインプレーで何とかピンチを乗り切りました。共演の石倉三郎から「さすがプロ」とお褒めの言葉をもらってました。 >>KOSUKEさん 「あの人は今」的な番組で(よしえが)「ハローグッバイ」を唄うと必ず、「元はアグネス・チャンの歌」というコメントがあり、讃岐裕子の「さの字」も出て来ません。島崎和歌子の「南南西」も、シングル発売の秋川淳子を差し置いて、LP曲の高田みづえが紹介されています。マニアにとっては非常に面白くない話ですね。 ちなみにアグネス版の「ハローグッバイ」はLP収録後、「冬の帰り道」のB面としてシングル発売されています。
こうそくひれん1号様 >『ハローグッバイ』って最初、アグネス・チャンが唄ってたんだよな」なんてもっともらしく語る香具師がいたら、「讃岐裕子だよ。何にも知らねぇんだな」と言ってあげましょう(微笑) この「ハロー・グッバイ」がアグネスのカバーだということは、アルバムの1曲だということもあって(歌謡曲に興味がない人には)それほど知られていないと思いますよ。歌謡曲に興味がある人の間では、讃岐裕子さんのカバーで通っているだろうと推測します。そりゃあ「ガラス」より「夕陽」になりたいし、「あなたの心をのぞいてみたい」よりは「あなたの心にしずんでみたい」の方が歌謡曲の歌詞としてはベターでしょうな。
>>たつしさん 「ビーネ」のHPの紹介、ありがとうございます。今、見てきました。 でも、ビックリ!私がつい最近発見した資料とほぼ同じ情報が、HPに掲載されてたなんて。「ジャケット」や「曲調」などHPには載ってなかった情報も書き込んだから良かったものの、そうでなければ「HPの受け売りで偉そうに語りやがって」なんて思われちゃうトコでした(汗)。
これまた「そんなの知ってるよ」なんて言われちゃいそうですが、興味深い事実を最近知りました(私としては「満へぇ」です)。 柏原よしえの「ハローグッバイ」は世間一般では、元々アグネス・チャンが唄っていたと知られていますが、実は「アグネス版」と「讃岐裕子版」では2番の歌詞が若干違うそうです。「よしえ版」は「讃岐版」と同じ歌詞。つまり「よしえ版」は「讃岐版」のリメイクである、というのが正しい考え方なんですね。もし「(よしえの)『ハローグッバイ』って最初、アグネス・チャンが唄ってたんだよな」なんてもっともらしく語る香具師がいたら、「讃岐裕子だよ。何にも知らねぇんだな」と言ってあげましょう(微笑)。 ちなみにその歌詞の違いは、 吹き来る風は もう冷たくて→吹き来る風は まだ冷たくて 私こんなきれいな ガラスになりたい→私、春のきれいな 夕陽になりたい あなたはふっと立ち止まり→静かにそっと燃えながら 私の心をのぞいてほしい→あなたの心にしずんでみたい というものです。
たつし様 こうそくひれん1号様 おはようございます。たつしさん、藍美代子さんのサイトを添付して頂きどうもありがとうございました。ブランクがあったとは言え、再び「現役」として歌手活動を再開したのですね。でも当時の年齢から計算しても・・・若い。もっとおばさんになったのかなと想像していましたから。私が知らないことも結構多く、「あの人は今」でホステスに転職したのかと思っていたら、米国留学のあとにご自分のお店をオープンしていたんですね。 また思っていた以上にアクティブなようで。当時と違う魅力が発見できました。
>>たつしさん 純エリ子が「よーいどん!」の歌を唄い、CDも発売中・・・・・ほう、それは知りませんでした。貴重な資料ですね。 藍美代子としては童謡歌手のような歌声と、その実力を買われ、NHK「みんなのうた」のLPに参加しているようです。 >>藍美代子に興味のある方々 ワーナーのアイドルは、その一部を除きベストCDが出されていないようです。藍美代子はシングルだけでも(AB合わせて)14曲(コロムビア時代を合わせれば22曲)もあるのですから、是非ともベストCDを出してもらいたいものです。 LP「わたしの四季」は8年前に復刻CDが発売されています。デビュー曲のAB面以外は全てスタンダードのカバー曲で、「あなたの心に」も唄われています。いかにも「らしい」ですね。
>こうそくひれん1号さん、KOUSUKEさん 藍美代子さんが「純エリ子」だった時の歌でCD化されている歌はありますよ。 当時のNETで放映されていた幼児番組『よーいどん!』のレコード 『よーいどん/とんでけじゃん』という歌がコロムビアから発売中の 「昭和キッズTVシングルス 6」に収録されていますよ。 現在の藍美代子さんは、仙台でパブ「ビーネ」を経営しながら、歌手活動も 再開されました。ビーネのHPは↓です http://www2.ocn.ne.jp/~biene/index2.html
>こうそくひれん1号さん、KOUSUKEさん 藍美代子さんが「純エリ子」だった時の歌でCD化されている歌はありますよ。 当時のNETで放映されていた幼児番組『よーいどん!』のレコード 『よーいどん/とんでけじゃん』という歌がコロムビアから発売中の 「昭和キッズTVシングルス 6」に収録されていますよ。 現在の藍美代子さんは、仙台でパブ「ビーネ」を経営しながら、歌手活動も 再開されました。ビーネのHPは↓です
http://www2.ocn.ne.jp/~biene/index2.html
こうそくひれん1号様 どうもありがとうございました。ウーン、人に歴史あり。「あなたならOK」も「全日本歌謡選手権」と同じでプロ歌手でもOKだったんですね。純エリ子さんの曲は全く聴いたことがありませんでしたが、「若草の誓い」(65位)もなかなかいい曲でした。結局ナベプロからデュエットを組むように言われたのが引退のきっかけだと聞いております。うまい人だったのに残念。「ミカンが実る頃」はいつ聴いても感動しますが、あと一ヶ月ぐらいたったら旬(笑)でしょうなあ。
・・・になるかもしれませんが、藍美代子に関する資料を発見したので報告させていただきます。 彼女は元々「純エリ子」としてデビューした訳ですが、壁紙にあった「恋のチュチュチュ」は2ndシングルだそうですね。デビュー曲は「初めての約束」で、「恋の〜」の後に2枚のシングルを出し、計4枚をリリースしたそうです。 ところがこれが4枚とも全く曲調の違う楽曲で、「初めての約束」は昭和30年代青春歌謡風、「恋のチュチュチュ」は昭和30年代サンバ風、「バラは贈らないで」はカンツォーネ風、「サムデイ」は(カントリーでない)ウエスタン風歌謡だったそうです。よく言えば何でも唄いこなせる実力の持ち主という事になりますが、試行錯誤の連続だったのだと思われます。 その後「宮沢美代子(本名)」に戻り、渡辺プロ絡みのオーディション番組「あなたならOK」(テレビ朝日)に出場し、合格。「ミカンが実る頃」で再デビューを果たし、計7枚のレコードをリリースしたそうです。2枚目以降は「若草の誓い」「星の子チョビン」「手のひらの秋」「あじさいの寺」「母」「くもりのち晴れ」ですが、藍美代子といえば「ミカンの実る頃」のジャケ写のイメージだった私はビックリ。どのジャケットも全然似てないというか、それぞれ別人のように見えるんです(吉田真梨もそうでしたね)。強いて言えば2ndと3rdは、まあ似てるんですが、その他は全く。「くもりのち晴れ」なんて有吉ジュン風です。 ちなみに「別れの会話」という歌が8枚目のシングルとして発売される予定だったそうです。この歌は、太田裕美のLP「手作りの画集」に収録されている曲と同じ物だそうです。 >>KOSUKEさん 林紀江の「江」を「恵」に変えたのは、「江」では華やかさに欠けるという事と、「郁恵」「理恵」と統一を図る、という意味があったのではないでしょうか。 「森(田)昌子」が「森内昌子」になったのは、「西村知美」が「西尾知美」になったのと似てますね。
とろりん村のとろり様 >「憧憬」(北岡夢子)は、ラジオで聴いた瞬間に好きになった曲です。彼女の伸びやかなボーカルには、心の曇りを拭い取るような爽やかさがありました。 おはようございます。顔も当時の記憶よりずっと可愛いんじゃない、と思いました。「夢をあげよう」(28位、1万枚)のジャケ写を拝見する限りでは。
☆こうそくひれん1号さま、KOSUKEさま そうですね。 EP盤リストにも書きましたが、「少し遠出をしてみませんか」(浦部雅美)は森田公一作品らしいハッピーなC&W で、どこか、ジョン・デンバーを彷彿とさせます。 しかし、この曲のイントロが「結婚しようよ」(吉田拓郎)に似ていることには気づきませんでした^^。 ☆KOSUKEさま 「憧憬」(北岡夢子)は、ラジオで聴いた瞬間に好きになった曲です。彼女の伸びやかなボーカルには、心の曇り を拭い取るような爽やかさがありました。
こうそくひれん1号様 とろりん村のとろり様 >壁紙が浦部雅美(うらべまさみ)になりましたが、その「少し遠出をしてみませんか」のイントロって、吉田拓郎の「結婚しようよ」(♪僕の髪ィが〜 肩まで伸びて〜)に似てると思いませんか? 私はこの「少し遠出をしてみませんか」が「カントリー・ロード」に似てるとずっと思ってたんですけど。そうですね、言われてみればイントロは「結婚しようよ」に似てますね。パクッてるわけではないと思いますけど。しかし「ふるさとは春です」まで覚えてるところ、お互いに相当重症かと思われます(笑)。私は第三弾「雨に歌えば」までは知ってますが(この曲で日テレ音楽祭最終ノミネート)、残念ながら聴いたことはございません。 ところで彼女が合格した時のスタ誕決戦大会は珍しく(彼女を含めて)5人合格(あとは朝田のぼる、神保美喜、久木田美弥、残りの1人が不明)したんですが、浦部さん、朝田さん、神保さんの3人がサンミュージック所属となったんですね。よく3人も引き取る金があったなあと思いましたが・・・。 >「西村真優美」「高田橋尚子」「比企理恵子」「林紀江」「堀智栄美」なんてのもいますが、いずれも本名をチョコッとひねった程度ですね。 「林紀江」さんなんて知りませんでしたよ。「江」を「恵」に変えるなんてほとんど無意味では?画数の関連でしょうか?極めつけは「森田昌子」→「森昌子」さん、森内昌子さんになりましたがまた森田昌子さんに戻るんでしょうかね?
>>とろりん村のとろりさん、KOSUKEさん 壁紙が浦部雅美(うらべまさみ)になりましたが、その「少し遠出をしてみませんか」のイントロって、吉田拓郎の「結婚しようよ」(♪僕の髪ィが〜 肩まで伸びて〜)に似てると思いませんか?23年前、うらべまさみが某ラジオ番組にゲスト出演した時、その事が話題になりました。MCの人は「作曲は誰?森田公一?盗作だね」なんて言ってました。 ちなみに2ndの「ふるさとは春です」も、まあこれは意識的にやってるのかもしれないけど、「カントリーロード」に曲調が似てますね。 >>KOSUKEさん 「西村真優美」「高田橋尚子」「比企理恵子」「林紀江」「堀智栄美」なんてのもいますが、いずれも本名をチョコッとひねった程度ですね。
>MACKYさん 酒井法子さんの『夢冒険』が使われたアニメは昭和62〜3年頃に放映された 『アニメ三銃士』で、この歌は春のセンバツ高校野球のテーマ曲になりましたよ。 >あきらさん 『東京っ子』は童謡と青春歌謡を足して2で割ったような歌です。当時の大杉久美子 (柴山モモ子)さんは当時13歳で、キャッチフレーズが「ミス クラウン」です。
とろりん村のとろり様 こうそくひれん1号様 おはようございます。 >北岡夢子がデビューした頃、京都太秦映画村で彼女のイベント(と握手会)がありました。そこで彼女の生歌を聴いたのですが、歌唱力は抜群でしたね やはりそうでしたか。また歌えるアイドルをつぶしてしまった一例ですね。4月という新人賞レースには絶好の時期のデビューだけに、惜しまれます。 >田村英里子の本名は「坂本絵理子」です。 なるほど、ありがとうございました。ところで壁紙を浦部雅美さんに更新して頂きましてありがとうございます。何気なく書いた一言なのに・・・彼女がスタ誕決戦大会の時、ジュリーの「巴里にひとり」を歌いました。まあ売れないだろうとはその時感じましたが、この「少し遠出をしてみませんか」はカントリー調で、森田公一氏による彼女の道産子らしさをうまく生かした名曲だと思っています。詞は先日も話題になった中里綴さん。最高71位でしたが、9/25というデビューの時期が悪すぎた。まだ8/25のPLはよかったけど、9月末では新人賞に間に合いません。翌年の日テレ音楽祭の新人賞最終ノミネートには参加していましたけど、すでにサンミュージックのイチオシは「Lui-Lui」(38位、6万枚。レコード持ってます)の太川陽介さんでしたからね。 >逆に本名を尊重するのは「ホリプロ」ですね。 ほとんどの人が本名のままか本名をもじった芸名で、(本名と)全く違った名前の人はいないんじゃないかな。 まあせいぜい「石川絹代」→「石川さゆり」さん、「山瀬真巳子」→「山瀬まみ」さんといったところですもんね。そのわりにはHTSCに優勝すると「芸名募集」とかやって笑わせてくれました。あと「徹底的本名派」は何と言っても芸映で、「木本龍雄」→「西城秀樹」さんぐらいしか思いつきません。その「秀樹の弟妹コンテスト」で優勝した石川秀美さんは「オリコン・ウィークリー」に「石川ひとみと紛らわしい」とデビュー前さんざん書かれていましたが、わけのわかんない芸名をつけられるより「石川秀美」で正解だったといえるでしょう。
>>MACKYさん 捜せばまだまだありそうですね。 プリンセスプリンセス(赤坂小町)の「コアラボーイ・コッキィ」や、八木さおりの「KUNG-FU BOY」なんてのもありますね。 田村英里子や田中陽子は「えり子」や「よう子」で、自分で主題歌を唄っていたんですかね。タムエリは「アシベ」の歌も唄ってましたね。
>>KOSUKEさん 逆に本名を尊重するのは「ホリプロ」ですね。 ほとんどの人が本名のままか本名をもじった芸名で、(本名と)全く違った名前の人はいないんじゃないかな。
北岡夢子がデビューした頃、京都太秦映画村で彼女のイベント(と握手会)がありました。 そこで彼女の生歌を聴いたのですが、歌唱力は抜群でしたね。 ☆KOSUKEさま 田村英里子の本名は「坂本絵理子」です。
サンミュージックでも神保美喜さんと竹本孝之さんは本名でした。浦部雅美さんは途中から「うらべまさみ」さんに改名していますね。田村恵里子さんは本名だったんでしょうか?
あきら様☆ こうそくひれん1号様 >「夢子」って芸名が、また安かったですねぇ。例の坊さんが付けたんだろうけど・・・。本名は「中山貴久子」だったかな。本名でも良かったんじゃないでしょうか それでキャッチフレーズが「北の岡の夢の子」でしょ?マジで売る気があったんでしょうか?本名でよかったと思いますよ。それにしてもサンミュージックは「芸名派事務所」ですね。本名だったのって私の記憶では淳子さんとのりピーだけ。橋本美加子さんなんか本名「杉本亜由美」さんでしたよね、ちょっと自信ないけど。だったら「美加子」なんて言いにくい名前よりもっといい名前があったんじゃないかと?(まあ、あんまり関係ないか)「桜田」にちなんで「松田」「杉田」「桑田」というのもスゴイ。まあそんな中で「早見優」という芸名はなかなかのセンスだったと個人的には思っています。
アイドルのアニソンといえば、「うしろゆびさされ組」をはじめとして、うしろゆび&うしろ髪ひかれ隊のシングルは全部アニソンですが…あと酒井法子さんの「夢冒険」はNHKアニメ(このタイトル前によっかーさんに教えてもらったのにまた忘れた…)の主題歌でしたね。ピンク・レディーの「スーパーモンキー孫悟空」は…アニメじゃないからダメか。 長淵剛さんの「激愛」の最初の部分が「北岡夢子」と聞こえるってのは…ただのギャグです。
>>KOSUKEさん 「夢子」って芸名が、また安かったですねぇ。例の坊さんが付けたんだろうけど・・・。 本名は「中山貴久子」だったかな。本名でも良かったんじゃないでしょうか。 「憧憬」「告白」「恋心」と歌は良かっただけに、伸び悩んだのが残念です。
KOSUKEさん >ところで思い出したのが北岡夢子さん。88年「憧憬(あこがれ)」でデビューしていますね(65位)。まあこの年のサンミュージックは大和さくらさん一色だったからプッシュが分散したのは仕方ないにしても、前年の新人、酒井法子さんの「男の子になりたい」は初登場6位でしたから。まして北岡さん、アイドル的なルックスじゃなかったにしても、非常に丁寧に歌うタイプの子だったでしょう?この65位という結果は残念な気がしました。 彼女の場合、たしかに大和さくらさんと抱き合わせ売り出しのような感じになってしまったってのもあったけど売り出す際の戦略もどうかなって思いました。88年といえばアイドルがだんだん飽きられてきた頃であり、あえてちょっと古めの70年代を思わせるアイドル路線を採用したのだと思うのですが、サンミュージックの割にはあまり宣伝されてなかったし彼女の場合はすべてが地味に終わってしまった感がありましたね。TVのメジャーな番組への露出も極端に少なかったし。水谷麻里さんやのりぴーの時のそれと比べたら天と地の開きがあったように思います。歌は丁寧に歌える方だったから時代が違ったらもう少し違った結果が出ていたのかもしれませんが。残念でしたね。
>>あきらさん 姫乃樹リカと北岡夢子が出演したという事は'88年4月以降ですね。その年の秋には16時30分の枠が「圭修のシャープ・ビンカンアイドル」に変わっているので、あきらさんが行かれたのは「アクセス・ポップ&ポップ(ポップンポップ)」ですね。司会は竹内靖夫、アシスタントが井森美幸だったはずです。 「テクギン〜」のタイトルが2度変わった、と書きましたが、共通点は「同じ音楽番組で公録の場所も同じ、放送時間も同じ」というだけで、「テクギン〜」と「パナメディア〜(アクセス〜)」は別番組(大幅な模様替え?)と考えていいようです。出演者(司会)も違います。
あきら様☆ こうそくひれん1号様 たつし様 いやあ、皆さん博識ですねー。特に >大杉久美子さんは「環ルナ」以前に日本クラウンより「柴山モモ子」という名前で 昭和39年に『東京っ子』という歌でデビューしています。 ここにはびっくりしてしまいました。そんな過去があったとは・・・とにかくうまいですもんね、彼女。 ところで思い出したのが北岡夢子さん。88年「憧憬(あこがれ)」でデビューしていますね(65位)。まあこの年のサンミュージックは大和さくらさん一色だったからプッシュが分散したのは仕方ないにしても、前年の新人、酒井法子さんの「男の子になりたい」は初登場6位でしたから。まして北岡さん、アイドル的なルックスじゃなかったにしても、非常に丁寧に歌うタイプの子だったでしょう?この65位という結果は残念な気がしました。その後のシングルはベスト50に入りましたが、結局彼女も(サンミュージックなのに)セミヌードになったりしてフェードアウトしていきました。それともまだ現役でやってるのかしら?
こうそくひれん1号さん たつしさん KOSUKEさん >文化放送・日曜16時30分の番組は「テクギン・サウンドスポット」ですね。毎回欠かさず聴いていた訳ではないんですが、「テクギン」というくらいだから公録は「テクニクスギンザ」だったと思います。 一度、姫乃樹リカさんを見に行ったことがあります。その時は北岡夢子さんと一緒の出演で場所は銀座でした。この番組のタイトル忘れてました。ありがとうございます。 >大杉久美子さんは「環ルナ」以前に日本クラウンより「柴山モモ子」という名前で 昭和39年に『東京っ子』という歌でデビューしています。 柴山時代がありましたね。すみませんでした。「東京っ子」は聴いたことないのですがやはりアイドルですか?大杉さんも経歴が長いですよね。昭和39年とは!まだ生まれてないです。個人的にはアニメ歌手としての彼女も好きなのですが環ルナ時代も好きです。 >ナニ、それは初耳です。いったいまた何の目的だったんでしょうね?1984年3月に「サマーホリデー」でデビューして97位にチャートイン。 ジャニーズが男性ばかりの事務所というイメージを払拭するためというのが目的だったみたいです。彼女たちのコンセプトはオールディーズ風カレッジポップスで後のMikeのスタイルに近いかもしれませんね。だから題名もそれを意識した作りになっていて「サマー・ホリデー」(クリフ・リチャードのヒット曲から)と「涙のキスマーク」(50sカバーの日本語タイトルは恋とか涙が題名に使われる率が高かった)なんですね。後追いを狙ってわざと似せて作ったか、コンセプトに基づいた結果、単に似てしまっただけなのか、どちらかでしょうね。
>>よっかーさん さすがは博識のよっかーさん。外国作品とは気がつきませんでした。確かに「トムとジェリー」は梅木マリが唄っていましたね。あんまり古過ぎて馴染みはないんですが、流行の歌手にアニソンを唄わせた「第1号」かもしれませんね。 「電子鳥人Uバード」のフォーリーブス・・・・・そうでした。私はアイドルといえば女性の事ばかり考えていたんですが、男性まで範囲を広げると結構いるもんですね。 >>あきらさん アイドルデビュー前のリリースとはいえ、確かに沢田富美子が「子ぐまのミーシャ」を唄ってましたっけね。「富美子」じゃなくて「冨美子」だなんて、いや細かい細かい。言われるまで気がつきませんでした。 こうして見ると、いろんなアイドルがいろんなアニメを唄っているもんですね。「レースのカーディガン」が「キテレツ大百科」の歌だったなんてビックリです。どう考えてもアニメと歌が合わないような気がします。 >>あきらさん、KOSUKEさん 私が所有する音源は、ほとんどが「部分的」にしか遺っていませんが、「モアモア歌謡センター」などは1回分だけですが丸々30分録音してあります。ゲストは河上幸恵と麻生よう子(「逃避行」の)ですが当時、河上幸恵ちゃんに注目していたので、これを録音しました。テープを最後まで回したので、「モアモア」の後に「シブがき隊・ホットヒットハット」なんて番組も約10分入っています。 文化放送・日曜16時30分の番組は「テクギン・サウンドスポット」ですね。毎回欠かさず聴いていた訳ではないんですが、「テクギン」というくらいだから公録は「テクニクスギンザ」だったと思います。ただ前番組は「銀座・新宿ミュージックタウン」だったので、「テクニクスギンザ」だけでなく「新宿小田急ナショナルショールーム」からも放送したのかもしれません。「テクギン・サウンドスポット」はショールームの名称変更に伴い、「パナメディア・ポップンポップ」「アクセス・ポップンポップ」と2度、タイトルが変更されています。
>あきらさん 大杉久美子さんは「環ルナ」以前に日本クラウンより「柴山モモ子」という名前で 昭和39年に『東京っ子』という歌でデビューしています。 アイドルではありませんが、子門真人さんも昭和41年に『涙のギター』という歌を 「藤浩一」(本名の「藤川」と師匠の「すぎやまこういち」さんの本名「浩一」から 来ている)名で出しています。水木一郎さんも43年にアニメデビューする前に 『君にささげる僕の歌』を始めとするか歌謡曲レコードを何枚か出しています。 他に『The かぼちゃワイン』や『樫の木モック』等のアニソンを歌われた 「かおりくみこ」さん(私が日本一大好きな歌手です!)は、一時「三純和子 (みすみ かずこ)」という名前で昭和50年に『彼によろしく』『書きかけの手紙』 というシングルをCBSソニーから発売しています。アニメ歌手として再スタートされたのは昭和52年の『若草のシャルロット』からです。
あきら様☆ >川崎岡田屋モアーズで公録してたのは何でしたっけ?あと銀座のどこかでテクニクスが提供のはどれでしたっけ? おはようございます。岡田屋モアーズが土曜午後のニッポン放送「モアモア歌謡センター」(これはオリコンの順位を紹介する大きい時間枠の一部でしたね。鈴江真里さんの「海が見える場所」を初めて聴いたのがこの番組でした。銀座のテクニクスは文化放送の日曜16:30〜で、梶原茂アナの司会でした。確か銀座・新宿・池袋の各テクニクスのショールームから交互にやっていたのでは?柏原よしえさんが「乙女心何色?」で出演した時のを録音していたのですが、引越しの際にどこかに行ってしまいました。 >ジャニーズにはその後、オレンジシスターズという「サマーホリデー」でデビューした3人組のアイドルがいたから唯一とは言えないかも・・・。オレンジの方が純粋な女性アイドルでしたので。彼女たちはジャニーズ所属でした。 ナニ、それは初耳です。いったいまた何の目的だったんでしょうね?1984年3月に「サマーホリデー」でデビューして97位にチャートインはさせたものの、メガロポリス歌謡祭では会場に来ていたもののノミネートされず。第二弾「涙のキスマーク」(「涙のリクエスト」の直後だったので笑わせてもらいました)も不発。当時大流行だった女子大生アイドルグループの一環でしたが、敗因はケバかった=いかにも遊んでますみたいなイメージが災いした(笑)ことと、おかわりシスターズ(フジの「オールナイトフジ」)の予想を上回る健闘ぶり(?)だったと分析していますが。
こうそくひれん1号さん KOSUKEさん >「ロッテ集まれヤンヤン」「味の素リクエストベストテン」「ハローサタデー」「平凡アワー」「ぼんちのヤンタン」「ミュージックスクウェア」「ハローヤングラブ」「モアモア歌謡センター」等。 タイトルを見ているだけでも懐かしいですね。川崎岡田屋モアーズで公録してたのは何でしたっけ?あと銀座のどこかでテクニクスが提供のはどれでしたっけ? 「夏だ三浦だ」のテープは数本あります。82年の分です。今では聴けないであろうルー・フィン・チャウさんや矢野良子さんの生歌が聴ける貴重なテープですね。 >もし井上望よりも前にアニソンを唄っているアイドルがいましたら教えて下さい。すでにビッグネームの水前寺清子が「みつばちマーヤ」を、女優の沢田亜矢子が「家なき子」を唄っているのは知っているんですが、純粋なアイドルの情報をお願いします。また'80年代以降、アイドルが唄ったアニソンにはどのような物があるでしょうか?これも情報いただければ幸いです。 79年にプレデビューとして沢田富美子さんが沢田冨美子名義で「子ぐまのミーシャ」を歌ってましたけど正式デビュー前だから対象外ですか。望さんのスパンクより早いですね。 もっと古い方になると大杉久美子さん。彼女はアニメ歌手として認識されてますけど実は60年代後期はアイドル歌手をやってまして芸名は環ルナでした。ビートガールのひとりとしてそのキュートな声とミニスカートで人気があったみたいです。代表作に「ブーガルーダウン銀座」「燃えろブーガルー」などがあります。数年前に出たコンピで聴けます。その後何度も改名して歌謡曲をやりながらアニメの歌を歌ってたのでやはり大杉さんが元祖じゃないでしょうかね。スリーグレイセスもアニメ「さすらいの太陽」の主題歌を70年代初頭にやってましたけどアイドル・・・とは言えないかな。80年代以降というのは80年代も入るのですか?もし入ればそれこそたくさんいませんか?「恋のキラキラダンス」の仁科恵子さんは「新みつばちマーヤの冒険」(チータと同じ曲)を発売したし、元レイジーの影山ヒロノブさんのアニメ関連曲は有名ですよね?ヒロくんは「冬のライオン」(キャプテン翼)があったし、日高のり子さん(るろうに剣心)、島崎和歌子さん(燃えろトップストライカー)、小林千絵さん(牧場の少女カトリ)、新田恵利さん(若草の四姉妹)、工藤夕貴さん(ポリアンナ物語)、ヘレン笹野さん(うる星やつら)、タッチ関連でヒットした岩崎良美さん、ガンダム系の鮎川麻弥さん、森口博子さんとか。その後はアニメとあまり関連がない新人歌手の売出しを目的にしたタイアップがたくさんありましたよね?坂上香織さんの「レースのカーディガン」は「キテレツ」でしたっけ?森恵さんもキテレツの主題歌歌ってたと記憶してます。あとはNHK関連で森川美穂さんの「ブルーウォーター」(ふしぎな海のナディア)とかパンプキンの「誓約 プレッジハート」(三銃士)とか。書ききれません。 >78年にVIP(J.J.S&女性2人の5人組で、知る人ぞ知るジャニーズ事務所唯一の女性アイドル)が「青春にかけろ!」(96位)という曲をリリースしていますが、これ何かのアニメ関連じゃなかったでしたっけ? 「新エースをねらえ」の主題歌です。EDも担当してました。ジャニーズにはその後、オレンジシスターズという「サマーホリデー」でデビューした3人組のアイドルがいたから唯一とは言えないかも・・・。オレンジの方が純粋な女性アイドルでしたので。彼女たちはジャニーズ所属でした。
>こうそくひれん1号さん 「トムとジェリー」1964....梅木マリ 「電子鳥人Uバード」1971....フォーリーブス っていうのはダメっスかね。いちおうアイドルでは(^^ゞ http://bijinga.net/najyo/src/1121962853094.jpg
>こうそくひれん1号さん 「トムとジェリー」1964....梅木マリ 「電子鳥人Uバード」1971....フォーリーブス っていうのはダメっスかね。いちおうアイドルでは(^^ゞ
>>kansukeさん 「榎さんのお早うさ〜ん」というのは、狙った「オチ」ですか?読んでて思わず「プッ!」っと吹いちゃいました。まあ榎さんも、ラジオファンにとってはアイドルですが。
>>とろりん村のとろりさん 「壁紙」お気遣いいただきありがとうございます(恐縮)。
>>KOSUKEさん ああ「VIP」ね。そういう意見も出るかな、と思ってました。確かに「新・エースをねらえ!」の主題歌を唄ってましたね。でも半分が男性歌手な上に、残りの二人はどこの誰だか分からないですからねぇ・・・・・対象から外してました。 「大ちゃん数え唄」の吉田よしみももちろん知っているんですが、まだ「天童」ではないですし、そもそも天童よしみは・・・・・まあアイドルではないですよねぇ・・・。 今思うと「ピンクレディー物語・栄光の天使たち」は、本人たちが主題歌を唄っても良かったんじゃないかな、と思いますね。
は、松田聖子・ピンクのスニーカー、ポップンポップ夜の放課後マッチとデート、杉田かおる・ミッドナイトアルペジオ、石野真子・ジェミニミュージックパートナー、じゃじゃ馬BaBeのハロームービー、ユリリンのもぎたてラジオ缶、榎さんのお早うさ〜ん、など全て一部ですが、音源を保存してます。
こうそくひれん1号様 >もし井上望よりも前にアニソンを唄っているアイドルがいましたら教えて下さい こんばんは。78年にVIP(J.J.S&女性2人の5人組で、知る人ぞ知るジャニーズ事務所唯一の女性アイドル)が「青春にかけろ!」(96位)という曲をリリースしていますが、これ何かのアニメ関連じゃなかったでしたっけ?自信がありませんが。あと天童(吉田)よしみさんの「いなかっぺ大将」の主題歌「大ちゃん数え歌」は、やっぱり当時でも「純粋なアイドル」として認定は不可でしょうか?
さっきまで表示されていた壁紙、純エリ子・・・・・そうか藍美代子か。言われてみれば確かにその通りですね。 藍美代子といえば「ミカンが実る頃」ですが、もう一つの代表曲といえば「星の子チョビン」ですね。「レオのうた」(「ジャングル大帝」副主題歌)の弘田三枝子を別格とすれば、藍美代子はアニメソングを唄うアイドル第1号ではないでしょうか(朱里エイ子の「アニマル1のうた」なんてのもあるんですが、彼女はアイドルかなぁ?)。 でも当時はアニソンはアニメ歌手(主題歌専門歌手)が唄うのが当たり前だったのか、後に続くアイドルはいませんでしたね。'80年代以降、アイドルもアニソンを唄うようになりましたが、ようやく登場した「第2号」は「おはようスパンク」の井上望あたりでしょうか。 もし井上望よりも前にアニソンを唄っているアイドルがいましたら教えて下さい。すでにビッグネームの水前寺清子が「みつばちマーヤ」を、女優の沢田亜矢子が「家なき子」を唄っているのは知っているんですが、純粋なアイドルの情報をお願いします。 また'80年代以降、アイドルが唄ったアニソンにはどのような物があるでしょうか?これも情報いただければ幸いです。
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