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過去の「モナ・ムール!歌謡ポップスの掲示板」(その54)

16.10.1〜16.10.31

76年レコ大について 投稿者:KOSUKE  投稿日:10月31日(日)23時25分42秒

 よっかー様

 羨ましいですねー。その玉置さんのコメントははっきり覚えています。ということは今日は11月末の部門賞の発表と、大晦日の最優秀の発表をまとめてやったような感じですね。

>芦川よしみがふさわしくないと判断したのなら、誰が選ばれていたらよかったのか。
レコ大以外の新人賞もほとんど、内藤と新沼が独占してましたが、「どうぞこのまま」丸山圭子、「春うらら」田山雅充、「まちぶせ」三木聖子、「水色の星」吉田真梨あたりまでが該当者ですかね。西島三重子、大塚博堂、桜たまこ、という名前も新宿音楽祭や銀座音楽祭では見られました。
チャート面から見るとどうですか?
 
 新人賞の開票シーンをはっきり覚えていますが、5枠が意外にも新沼さんと吉田さんの決戦投票だったんですね。チャートからいっても彼女の「水色の星」(39位、8万枚。事務所不明)はいい線いってました。歌謡大賞ではこの他に、三木聖子「まちぶせ」(47位、7万枚。ナベプロ)と朝田のぼる「白いスカーフ」(40位、5万枚。サンミュージック)もノミネートされていましたね。まあ吉田真梨か三木聖子が順当だったのでは?と個人的には思っています。でも芦川さんはどこの事務所だったんでしょうね?ちなみに「雪ごもり」はチャートインしていませんでした。

 新人賞の他には、大衆賞が郷ひろみ、金賞が梓みちよ・布施明・山口百恵・森昌子・研ナオコ・野口五郎・西城秀樹・八代亜紀・都はるみ・森進一で合ってますか?さすがに作詞賞・作曲賞までは覚えていません(笑)。私がこの時不満だったのは、あおい輝彦「あなただけを」・岩崎宏美「未来」そして(前年まで5年連続で入っていた)五木ひろし「愛の始発」(→この歌大好きなんです。カラオケのレパートリー)が漏れたことですね。「なんで森昌子の「恋ひとつ雪景色」(32位)が入ってるの?」と憤慨した覚えがあります。どうせなら桜田淳子の「夏にご用心」にして欲しかったですね。でも八代さんの「もう一度逢いたい」(確か最優秀歌唱賞?)と秀樹さんの「若き獅子たち」はいい曲ですね。この2曲は前述の「あなただけを」に加え、今でもたまに聴いています。よっかーさんのご感想はいかがですか?

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1976(昭和51)年レコード大賞新人賞 投稿者:よっかー  投稿日:10月31日(日)21時50分8秒

今、TBSチャンネルで見てます。
>KOSUKEさま
芦川よしみ。今見ると玉置宏さんの説明によると「視聴者の皆さんは、新人賞の中に芦川よしみの名前を見て、おやっ?と思われたかとおもいます。彼女はテレビでもあまり露出も少なく、売上げも顕著ではありませんでしたが、審査員41名中、30人の審査員が将来性を信じて受賞しました」と説明してました。(ふし穴かと...笑)
でも聞いてみると、歌は良かったですよ。(うまい下手でなくて)
審査員室で開票の様子が出てましたが、内藤やす子が31票、新沼謙治が6票(?)、ピンクレディーが4票(?)という感じで最優秀が決まりました。
内藤やす子「想いでぼろぼろ」は、この時は演歌と判断されて、この年の日本演歌大賞新人賞も受賞してましたが、最近の唄い方では演歌とは思えないですよね。アレンジ一つですね。

さて芦川よしみがふさわしくないと判断したのなら、誰が選ばれていたらよかったのか。
レコ大以外の新人賞もほとんど、内藤と新沼が独占してましたが、「どうぞこのまま」丸山圭子、「春うらら」田山雅充、「まちぶせ」三木聖子、「水色の星」吉田真梨あたりまでが該当者ですかね。西島三重子、大塚博堂、桜たまこ、という名前も新宿音楽祭や銀座音楽祭では見られました。
チャート面から見るとどうですか?

それにしても作詞賞受賞の阿木燿子さんの可愛いこと。当時は30歳くらいかな。

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でもこれだけは。 投稿者:KOSUKE  投稿日:10月31日(日)19時45分5秒

 よっかー様

>これも音楽、「楽」の部分の拡大の一つです。そんなに憂いでなくても大丈夫ですよ。
おととしのヒット「クリスマス・イブ・ラップ」も基本となってる曲があってのものですからね。
歌謡曲と呼ばれるジャンルの作家が歳を取りすぎたかな。
今日はTBSチャンネル「第18回輝く日本レコード大賞」1976が楽しみですね。

 こんばんは。このお返事はかなり予想していました。私の頭が固いだけかもしれないけれど、その基本となる曲すら減っていることが問題なんですよ。ラップはラップでいいのかもしれないけど。歌謡曲の作家だって、世代交代がうまくなされていない。私たちの世代ですら出てきませんし。出てくるのは楽天とか、IT企業関係の実業家ばっかり(ちょっと関係なかったですね)。
 それにしてもTBSチャンネルもご覧になれるのですか?いいですねー。なるほど、今晩9時〜76年レコ大になってますね(フジテレビ721すらきついのに、TBSチャンネルに払う余裕はありません)私自慢じゃありませんが、この時の各賞の受賞者をだいたい覚えてます。まあなんといっても芦川よしみさんの新人賞受賞に尽きますよね。今でも謎ですが(笑)、この時小6で、「ああ賞ってカネで決まるんだ」となーんとなくわかりました。夜ヒット再放送も見てますか?年内に「キャンディーズ解散宣言」をやると推定されますが。

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まぁまぁ 投稿者:よっかー  投稿日:10月31日(日)19時05分37秒

そんな固いことおっしゃらずに。

>初心者さま
もちろん作曲も作詞もありますよ。
即興でのことを「フリースタイル」とも言いますよ。

>KOSUKEさま
「DA・YO・NE」のEAST ENDのGAKUは、今もラップ・ミュージック界では特別な存在です。
キッカケはそれよりもさらに前の久保田利伸あたりから始まってますね。
これも音楽、「楽」の部分の拡大の一つです。そんなに憂いでなくても大丈夫ですよ。
おととしのヒット「クリスマス・イブ・ラップ」も基本となってる曲があってのものですからね。

歌謡曲と呼ばれるジャンルの作家が歳を取りすぎたかな。

今日はTBSチャンネル「第18回輝く日本レコード大賞」1976が楽しみですね。

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ラップ・ミュージック2 投稿者:初心者  投稿日:10月31日(日)16時24分39秒

ラップ・ミュージックはリズムだけなら作曲はどういう風になっているんですか?
作詞もその場その場で即興のようにも思うんです。

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音楽だとは思えません 投稿者:KOSUKE  投稿日:10月31日(日)09時37分12秒

 初心者様
  
 >「ラップ・ミュージック」音楽なんでしょうか? 何年前でしょうか、「ダヨネ」?なんて曲がヒットしていた時「ナンダコリャ」と思いました。「メロディ、リズム、ハーモニー」リズムが「少し有るかな」と思うだけです。

 おはようございます。なんかモナの掲示板も3日コメントが入らないと淋しいですね。
 私は個人的に、ラップは音楽だとは思えません。おっしゃるようにリズムが少しあるだけ、メロディーは全くありませんよね。メロディーがなければ音楽とは言えないんじゃないか、と思います。「DA・YO・NE」とか「まあいっか」はもう10年近く経ちますが、これらの大ヒットが今のラップの隆盛(?)につながっていることは確かでしょう。この現状を憂いています。

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ラップ・ミュージック 投稿者:初心者  投稿日:10月31日(日)07時21分59秒

一つお聞きしたいんですが、「ラップ・ミュージック」音楽なんでしょうか? 何年前でしょうか、「ダヨネ」?なんて曲がヒットしていた時「ナンダコリャ」と思いました。
「メロディ、リズム、ハーモニー」リズムが「少し有るかな」と思うだけです。

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眠れぬ夜のアイドル論 投稿者:KOSUKE  投稿日:10月28日(木)01時56分53秒

 よっかー様

>80年代後半から、第二次GSブームって訳じゃないけど、「イカ天」などのバンド・ブームがありましたよね。NHKですら、年末年始に何時間もブッ通しで生放送するほどのブームでしたから、各アイドル所属の事務所も何かアクションを起こしたかったんでしょう。

 こんばんは。バンドブームにしてもカバーブームにしても、すぐに便乗する事務所のポリシーの無さが感じられるケースが多いですね。長期的にそのタレントをどう方向付けていくか、プロデュースの要ができてないわけです。だから「アーティスト」って言葉が流行るとその路線に便乗してしまう。
 やっぱりそのタレントを長期的な目線で考えていたなあ、と思わせられるのは松田聖子さん(サンミュージック)ですね。ルックス的には1年目はあえて田舎っぽく、楽曲も最初(の3部作)は荒削りだったけど本人のパンチを最大限生かし、2年目はルックス面でも楽曲面も(ニューミュージックの大御所を起用したりして)、徐々におしゃれな方向に持っていった。そして3年目の第一作「赤いスイートピー」で課題だった女性ファンの獲得に成功したわけです。彼女は酒井プロデューサー陣営じゃなかったけど、よっぽど優秀なスタッフだったんでしょうね。もちろん本人の実力、楽曲の素晴らしさ、そして幸運が三位一体となった例だと思います。それ以外では山瀬まみさん(ホリプロ)。彼女はカバーで「可愛いひとよ」を歌ってたけど、無数に必然性のないカバーが続出していた当時、ある種のオリジナリティーを感じさせました。デビュー時に「オリコン・ウィークリー」の表紙インタビューでマネージャー氏が「アタマで勝負できるタレントにしたい」とコメントしていたんですね。当時TVで本人を見たことがなかったので、意味がわからなくて。いまはよくわかります。「アタマの回転を生かして「バラドル」というおいしい席を獲る」って意味だったんですね。別に普通のアイドルでも大成できたかもしれない歌唱力の持ち主なのに・・・この2例を見てわかることは、なまじっか中途半端なバンドブームやカバーブームには極力乗らない。「本人の資質を最大限生かす」ことを主眼に置いたプロデュースを手がけていますね。そういうオリジナリティーのようなものがないと、たいていの場合消えていくのがアイドルの宿命とも言えそうです。

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単にブームに乗ろうとしただけでは 投稿者:よっかー  投稿日:10月27日(水)23時23分48秒

80年代後半から、第二次GSブームって訳じゃないけど、「イカ天」などのバンド・ブームがありましたよね。NHKですら、年末年始に何時間もブッ通しで生放送するほどのブームでしたから、各アイドル所属の事務所も何かアクションを起こしたかったんでしょう。
歌でやっていきたいと思っていたアイドルなら、バンド活動にあこがれるのもわかります。それが向いてる向いてないはヌキにしてね。

誰が言い始めたのか「アーティスト」って呼び名・肩書きが、「アイドル」よりもステータスが上に見えるんでしょうねぇ。(最初に言い出したのはユーミンだっけ)

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イメチェンⅢ 投稿者:KOSUKE  投稿日:10月27日(水)22時28分47秒

 あきら様☆

>ラ・ムーは一体何だったのでしょうね。あの頃はアイドルがアーチストへ路線変更ってのがよく見られましたね。浅香唯さんや大西結花さん、「クリーミーマミ」の太田貴子さんもロック色の強い曲を出したりしてましたが。名前まで変えたのは菊池さんと本田美奈子さん?(→MINAKO WITH WILD CATS)まだ他にいましたっけ。姫乃樹リカさんも西邑理香へ改名してから西邑理香&COMING SOONというバンドを組んでましたね。

 こんばんは。これも週刊誌で拾ったネタですが、桃子さんは本田美奈子さんの出現にかなり焦りやコンプレックスを持っていたそうです。当時アイドルで出てきたのにやたら「ロックをやりたい」という傾向が感じられましたね。頻繁にそれを発言していたのは私の記憶では浅香唯さんと早見優さんですが、この2人や桃子さんに限らず、もっと「アイドルであること」に誇りと自信を持って欲しかったと私は思います。やはりアイドルであることにコンプレックスを持つのは、当時のプリプリの台頭や「いか天」に代表されるバンドブームの影響が大きかったんでしょうけど。やっぱり誰しも似合う路線は違うのです。菊池桃子だったら「雪にかいたLOVE LETTER」、早見優だったら「夏色のナンシー」。というのは私の独断ですが。

>渡瀬マキさんも一応、イメチェンに入るのでしょうか?「パールモンド・キス」でアイドルデビュー・CX系の「正義の味方株式会社」に出演→売れず→リンドバーグのボーカルへ といった流れでしたけど。

 まあ数少ないイメチェンの成功例でしょうね。うまいけど声質がアイドル向きではなかったため、ロックへの転向は正解だったと分析しています。

 ところであきらさんにお詫びしなければいけない件があります。
>森山加代子さんとか弘田三枝子さんは60年代前半のご活躍だったので、ビート・ガールズとまた違う範疇だと思うんです
 本日00:09付けでこう書いてしまいましたが、26日の22:01付けで

60年代末期に活躍したビート・ガールズ達は70年代への生き残りを賭けてかなりの割合でイメチェンを強いられてました。その他、代表的なところでは変身して出てきた弘田三枝子さん、森山加代子さん、

 と(弘田三枝子、森山加代子はビートガールズとは別だと)書いてらっしゃいました。これは私の読解力不足でしたね。ちゃんと読んでいなかったことをお詫びいたします。

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(無題) 投稿者:あきら  投稿日:10月27日(水)21時19分45秒

☆初心者様

>イメチェンかどうかは判断しずらいんですが浅香唯さんなんかは浅香唯→川崎亜紀→浅香唯なんてのは不思議に思います。

唯さんの場合はイメチェンではなかったように記憶してます。当時所属していた事務所とトラブルがあり浅香唯という芸名を差し押さえられたため、改名を余儀なくされてしまったからです。改名といっても浅香唯という芸名が使えないために本名に仕方なく戻しただけでしたけど。現在は決着が着いたようでまたもとの浅香唯を名乗っているようですね。

☆KOSUKE様

>それで私が即思い出したのが菊池桃子さん。菊池桃子→ラ・ムー(笑)はそれこそ衝撃でしたけど、1年後は何事もなかったように菊池桃子に戻って活動していました。

ラ・ムーは一体何だったのでしょうね。あの頃はアイドルがアーチストへ路線変更ってのがよく見られましたね。浅香唯さんや大西結花さん、「クリーミーマミ」の太田貴子さんもロック色の強い曲を出したりしてましたが。名前まで変えたのは菊池さんと本田美奈子さん?(→MINAKO WITH WILD CATS)まだ他にいましたっけ。姫乃樹リカさんも西邑理香へ改名してから西邑理香&COMING SOONというバンドを組んでましたね。渡瀬マキさんも一応、イメチェンに入るのでしょうか?「パールモンド・キス」でアイドルデビュー・CX系の「正義の味方株式会社」に出演→売れず→リンドバーグのボーカルへ といった流れでしたけど。

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イメチェンⅡ 投稿者:KOSUKE  投稿日:10月27日(水)09時23分1秒

 初心者様

>イメチェンかどうかは判断しずらいんですが浅香唯さんなんかは浅香唯→川崎亜紀→浅香唯なんてのは不思議に思います。一度イメチェンしかけてやっぱり元に戻るなんてのも稀に有りますね。

 おはようございます。それで私が即思い出したのが菊池桃子さん。菊池桃子→ラ・ムー(笑)はそれこそ衝撃でしたけど、1年後は何事もなかったように菊池桃子に戻って活動していました。それにしても浅香唯さんは惜しかったですね。まあ「歌唱力がある」というほどのレベルではないにしろ、伝わってくるものが大きかったような気がします。「セシル」とか「Melody」、私大好きなんです。ちなみに昨日葵テルヨシさんと紛らわしいとおっしゃってたあおい輝彦さん。彼の「あなただけを」「Hi-Hi-Hi」も大好きでした。
 

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イメチェン 投稿者:初心者  投稿日:10月27日(水)08時13分1秒

イメチェンかどうかは判断しずらいんですが浅香唯さんなんかは浅香唯→川崎亜紀→浅香唯なんてのは不思議に思います。一度イメチェンしかけてやっぱり元に戻るなんてのも稀に有りますね。GSなどのグループは解散した後再び活動を再開させています。私は最近映画「ゴールデンカップス」なんかちょっと楽しみにしています。

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流石。知ってたんですね・・・ 投稿者:KOSUKE  投稿日:10月27日(水)00時09分13秒

 あきら様

>江口有子さんの「恋のリズムボックス」に衝撃を受けられたようですね。

 こんばんは。やっぱりあきらさんはご存知だったんですね。小学校前半だったでしょうに、その詳しさはどういうルートから?私はこの方は全く知りませんでしたよ、(当時のアイドルで知らない人はいない(笑)と思い込んでいたのですが)「明星」「平凡」そして夕方のアイドル番組(例えば「ぎんざNOW」とか)にも全く出ていませんでしたから。未だにその画面が脳裏に焼きついており、まさに「『恋のリズムボックス』に衝撃」、略して「恋の衝撃」でした。

>60年代末期に活躍したビート・ガールズ達は70年代への生き残りを賭けてかなりの割合でイメチェンを強いられてました。

 イメチェンを強いられた、ってよりも消えた(→イメチェンの失敗の結果?)人の方が圧倒的に多いと思うんですがね。森山加代子さんとか弘田三枝子さんは60年代前半のご活躍だったので、ビート・ガールズとまた違う範疇だと思うんです。私なんか「イメチェン=山本リンダ」みたいな固定観念があるんですが、マイナーイメチェンなら無数にありましたね。以前もこの掲示板で話題になった秋川淳子さん(「南南西」→「横浜トワイライト」)なんかもその典型でしょう。

 >江口さんの場合は「夜ヒット」に出られたというだけでも奇跡(!)のようなものかもしれません。まぁ、当時の「夜ヒット」は後期のそれよりも出場歌手の許容範囲が広かったように思います

 普通ならゴールデンに出られない、チャートインできなかった歌手にも出演する機会を与えた、という意味でも(「紅白歌のベストテン」もそういう傾向はありましたが)「夜ヒット」は意義があった歌番組だったと思います。「夜ヒット」に出す=「ヒットを狙っている」とも言い換えられますから。私は後期までその傾向が続いてたと思うんですけどね。全く知らない歌手がよく出てましたし。まあ江口有子さんはこの曲がラスト・チャンスだったわけなんですね。ところでフジテレビ721をごらんになれる方、五十嵐夕紀さんの「六年たったら」が明日放送ですよ!(「バイバイボーイ」→「ホット・リップス」もイメチェンというより、チェンジしたイメージの拡大、って気がするんですけどね)

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(無題) 投稿者:あきら  投稿日:10月26日(火)22時01分43秒

☆KOSUKE様

江口有子さんの「恋のリズムボックス」に衝撃を受けられたようですね。
この曲は起死回生の1曲だったみたいですよ。第2弾の「ふたりの場合」から1年くらいの間隔が開いてましたし。その1年の間に顔つきまで変わって(変えた?)しまいましたし。結局売れませんでしたけど。このテのイメチェンは過去に、特に70年代によく使われていましたね。60年代末期に活躍したビート・ガールズ達は70年代への生き残りを賭けてかなりの割合でイメチェンを強いられてました。その他、代表的なところでは変身して出てきた弘田三枝子さん、森山加代子さん、五十嵐夕紀さん(2度!)の「えとらんぜ」→「ワル」へ、「バイバイボーイ」→「ホット・リップス」へ、神田広美さんの「薔薇詩集」→「ドンファン」へ、古くは小山ルミさん「はじめてのデート」→猛烈なセクシー路線へなどなど。まだまだたくさん「賭け」をした方はいらっしゃいました。江口さんの場合は「夜ヒット」に出られたというだけでも奇跡(!)のようなものかもしれません。まぁ、当時の「夜ヒット」は後期のそれよりも出場歌手の許容範囲が広かったように思いますが。キャニオンのNAVレーベル所属でしたが2曲目までの路線を考えるとどういう意図で売りたかったのかちょっと不明ですね。

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こんな歌手ご存知ですか? 投稿者:KOSUKE  投稿日:10月26日(火)10時05分59秒

 皆さんおはようございます。

 >葵テルヨシとあおい輝彦をややこしく思っていました

 初心者さん、確かにこの2人はややこしかったですね。葵テルヨシさんも確かジャニーズ事務所でした。「かんじる10代」とか「あの娘にクック」(作曲はいずれも京平先生)とか出してて、チャートインもしてましたけど、私の趣味ではなかった(笑)。おっさん臭いというのか・・・今は社長さんらしいですよ。

 ところで今日は、ご存知な方は思い出してほしいんですが、江口有子さんってアイドルを覚えてますか?私は当時知らなかったんですが、「NAVレコードオムニバス」というCDを小林美樹さんの「人魚の夏」が聴きたくて買ったんですよ。その中に「お茶の水あたり」という曲(デビュー曲。76.1発売)が収録されているんですが、ヘタな歌手が並ぶ中、ダントツでうまいんです。曲も哀愁が漂うバラードだったし。ただジャケ写を見る限り、はっきり言ってブ×だったし、やや太めでした。またうまいんだけど重いんですね。五輪真弓さんあたりに近い声質で、売れそうにはありませんでした。
 でその曲のことは忘れてたんですが、先日「夜ヒット」の再放送にその江口さんが出演していたんです(77.4)今度はガラリとイメチェンしちゃって、どんなダイエットをしたのか?信じられないくらい細くなってたんですね。まあ顔は、多少けばくなってた程度でしたが。で第何弾か知らないけど、歌った曲が「恋のリズムボックス」っていって、「御茶ノ水あたり」と違ってポップ調なんですけど、その歌詞(岡田富美子さん)に♪色気を発散させてよ とあるんです。その彼女、色気も何もない(元ファンの方失礼)のに「すごい歌詞だなあ」と思いました。これ「私には色気がある」という前提の詞でしょう?「すごい自信だなあ」とぶっ飛んでしまいました。とても自分の胸にはしまっておけない程のインパクトだったので、書かせて頂きました。興味のない方は悪しからず。

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グループ 投稿者:初心者  投稿日:10月26日(火)08時10分36秒

芸歴の長いグループを考えるとたまに物まね番組に出てくる御本人(主に海外の)は「まだこのグループあったの?」というグループがあります。ママス&パパスとかプラターズです。ママス&パパスは曲を提供した歌手がリードボーカルになってたり、プラターズなんかは、もともとのメンバーがメインボーカルに変わったりしてましたが日本のグループにはなかなか無いと思います。

昔、葵テルヨシとあおい輝彦をややこしく思っていました。曲も「二人の世界」は石原裕次郎さんとあおい輝彦さんの方が好きだったりしました。最近もよく似た名前のタレントがいたり昔の曲のリメイクかと思ったら全くの新曲だったりしました。

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とろりさん、どーも! 投稿者:よっかー  投稿日:10月26日(火)01時29分31秒

姉妹だけでなく、他人と組んでのグループだけに長く仲良く続けるのは大変ですよね〜。

かしまし娘って芸歴がありますねえ。個人的には「ちゃっきり娘」の方が好き(笑)。

そうか。こまどり姉妹の活動期間(休止期間を除く)が長そうですね。
今年も「昭和歌謡大全集」にも出てましたね。

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お疲れ様でした 投稿者:KOSUKE  投稿日:10月25日(月)23時10分32秒

 とろりん村のとろり様

 こんばんは。かしまし娘は半分ジョークだったのですが、調べて頂いてどうもありがとう
ございました。もう活動休止していたのですね。でもこまどり姉妹、スリーグレーセス
(たまにNHK-BSの「懐かしのポップス」のような番組に出演していますよ)、かしまし娘
共にメンバーチェンジしていないのは素晴らしいことです。

 ところで・・・あっという間に消えた壁紙の歌手(もう題名を忘れてしまいましたが)
はいったいどなたでしょう?60年代後半のビート・ガールズには見えなかったのですが・・

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♪ 投稿者:とろりん村のとろり  投稿日:10月25日(月)22時48分18秒

☆よっかーさま、KOSUKEさま

「女性グループで一番仲良く長持ちしてるのは『スリーグレイセス』ということでいいですかね。」

「スリー・グレイセス」が今も活動しているのを知って、少なからず驚きました。

ぼくの頭にまっさきに浮かんだのは、「こまどり姉妹」でした^^。ジャンルは違えども、
ザ・ピーナッツと同じ双子デュオですから。

ということで、「スリー・グレイセス」「こまどり姉妹」「かしまし娘」のうち、どれが
最も芸歴が長いのかを少し調べてみました。

・スリー・グレイセス

1958年   小島正雄氏のもとでグループが結成される。
1959年3月 NHK「きらめくリズム」に出演し、デビュー。
1960年7月 LP「スリー・グレイセスは唄う」でレコードデビュー。
1967年   三人とも出産。家事と育児に専念するため、活動を休止。
1989年   活動を再開。

・こまどり姉妹

1951年   父が勤めていた炭坑が閉山。一家で釧路から上京し、家計を支えるため、
      歌手活動を始める。
1959年   遠藤実氏のもとで本格的に歌の勉強を始める。
1959年11月 EP「浅草姉妹」でレコードデビュー
      (現在も、活動中)

・かしまし娘

1929年   正司歌江、北海道で生まれる。
      父は旅回りの興行師で、3歳で初舞台をふむ。
      「歌江・照江」→「照江・花江」とコンビは変遷するが、漫才活動を続ける。
1951年   歌江、照江、花江で「かしまし娘」を結成。
1981年   活動休止。

調べているうちに、よくわからなくなりました^^。
ただ、よっかーさんがおっしゃる通り、「スリー・グレイセス」は日本ポピュラー界にお
いて、最も歴史ある女性グループだと思います。

「かしまし娘」は、関西人のぼくにとって非常になじみ深い漫才師ですね。ちなみに、
「かしまし娘のドンパン娘」というレコードを出しているようです。

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こちらは? 投稿者:KOSUKE  投稿日:10月25日(月)11時34分16秒

よっかー様

>女性グループで一番仲良く長持ちしてるのは「スリーグレイセス」ということでいいですかね。結成から40年以上経ってる。結婚子育てで活動休止はあったものの現在も活動してるし(笑)。

 こんにちは。私は即「かしまし娘」(笑)を思い出しましたが。レコードを出しているかどうかはわからないものの、解散宣言してませんし、3人とも御生存とのことで。

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女性グループの長持ち記録は 投稿者:よっかー  投稿日:10月25日(月)10時15分0秒

モー娘。はメヌードとか、アースウインド&ファイヤー方式ですかね。
なんにしても5年以上ランキング上位で活動つづけたアイドルグループとしては初。そこのとこは評価しましょう。ランキングにも上がらないアイドルグループとしては12年目に入った制服向上委員会なんてのもいます。

女性グループで一番仲良く長持ちしてるのは「スリーグレイセス」ということでいいですかね。結成から40年以上経ってる。結婚子育てで活動休止はあったものの現在も活動してるし(笑)。

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女性グループの難しさ 投稿者:KOSUKE  投稿日:10月25日(月)01時33分25秒

 あきら様☆

 こんばんは。
 
>歌手としての最後のシングルは「かわいい貴方」でした。こちらもランクインはしていないと思います。「おもいで不足」の頃からさまざまなゴシップが週刊誌に載るようになってアイドル的な人気が落ちていきましたよね?「かわいい貴方」はテレビで見たのはほんの数回ほど。プロモも殆どなかったと記憶してます。

 ご指摘ありがとうございます。今朝書いた後に、「もう1曲あったぞ」と思い出し、題名がでてきませんでしたが「かわいい貴方」でした。この「フラワー・メッセージ」の頃に妊娠騒ぎがありましたね。もうチャート上では下降線の一方だったんですが、やはりあの事件が引き金となったんでしょう。せっかくのバスボンのCFもバスボン・ガールズ(=BIBI)に獲られちゃうし。この年は松本さん、まだ「博多っ子純情」なんて映画に出たりして清純路線でしたが、翌79年にアイドル史上初のヘア・ヌードを披露してフェードアウト。もっとも彼女も元ヤンだったとの噂が・・・。

>女性のグループ歌手というのはこのメンバーチェンジ(抜けも含む)というのがいつも付き纏いますね。ソフトクリーム、ゴールデン・ハーフ、ゴールデン・ハーフ・スペシャル、ギャル、ラヴ・ウィンクス、トライアングル、少女隊、パンプキンなど。キャッツ☆アイに至っては相方に逃げられてユニット自体が空中分解してしまいましたし。

 私も以前の職場(課)が女性ばかりでしたので、女性チームの難しさはよくわかってるつもりです。このトリオは「誰がセンターを取るか」がまずもめる一因になります。例外としてフィーバーはさすが番組で選ばれただけあって、メンバーチェンジはありませんでしたね。(その前にみんなが忘れてしまっていただけかも)Babeみたいに片割れの結婚・出産で解散を余儀なくされるパターンもありますが、Cancan・ラジオっ娘・ラブリーズ・チェリーズはメンバーチェンジ以前にフェード・アウトってパターンでしょうか?でもえらいのはやっぱりオリジナルメンバーが変わらなかったキャンディーズ・ピンクレディー・Wink・じゅんとネネ・BIBIでしょう。ゴールデンハーフなんか常に誰か病欠だった記憶があります。学校やOLじゃないんだから。それで逆モー娘。で追加補充をせず、どんどん人数を減らしていったのがしぶい。事務所サイドでは人件費のカットができますから。それにしてもおニャン子とモー娘。の入れ替わりの激しいこと・・・
 その点双子は結束固いですよね。ザ・ピーナッツを筆頭にリリーズ・リンリンランラン・あいあい・キューピッド・ロコとエッコ・祐子と弥生(笑)、ツインキー、誰もメンバーチェンジしてませんね。双子ってことが売り物だから当たり前か(笑)。

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(無題) 投稿者:あきら  投稿日:10月24日(日)22時20分7秒

☆KOSUKE様

こんばんは。

>松本さん、翌年の「ワンダフル・ヒーロー」がラストシングルでしたよね?

歌手としての最後のシングルは「かわいい貴方」でした。こちらもランクインはしていないと思います。「おもいで不足」の頃からさまざまなゴシップが週刊誌に載るようになってアイドル的な人気が落ちていきましたよね?「かわいい貴方」はテレビで見たのはほんの数回ほど。プロモも殆どなかったと記憶してます。実際、これがラストシングルとなったわけですから比企理恵さんの「想像力少女」状態とでもいいましょうか松本さんの曲の中ではレア度が高いと思います。

>それからセイントフォーがやっとこの掲示板に出てきましたが、彼女たちは「太陽を抱きしめろ」で燃え尽きたんだと思いますよ。新人賞もメガロポリス歌謡祭と日テレ音楽祭以外は惨敗、「ハートジャックWAR」から一年半もシングルが出せずにレッスンの日々→解散。「アイドル野麦峠」とか「週刊文春」にまで書かれてましたね。

そうですねー。加瀬さんが書いた2曲目までは調子良かったのですが3曲目の失敗を境にして事務所関係のゴタゴタなどもありましたし状況は新人賞どころではなかったですね。
「ハートジャックWAR」はヒットした2曲の延長線上の曲でスピード感もありましたしダンサンブルなナンバーで決して出来は悪くなかったと思いますがこの後にメンバーチェンジなどまたもや落ち着かない状況になってしまい、結局盛り返すことは出来ませんでした。鈴木さんと濱田さんでピンクジャガーというユニットを一時やってましたがこちらもパッとせず・・・。やはり「太陽を抱きしめろ」で燃え尽きてしまったというのが定説でしょう。しかし女性のグループ歌手というのはこのメンバーチェンジ(抜けも含む)というのがいつも付き纏いますね。ソフトクリーム、ゴールデン・ハーフ、ゴールデン・ハーフ・スペシャル、ギャル、ラヴ・ウィンクス、トライアングル、少女隊、パンプキンなど。キャッツ☆アイに至っては相方に逃げられてユニット自体が空中分解してしまいましたし。トライアングルは一番人気だったクーコさんが抜けてアキさんが加入。再編成後はアキさんがセンターで「冬が近い」をリリース。なのに次に出した「本日晴天ナリ!」ではアキさん、センターから即効外されセンターは小森さんが・・・。一番平和だったのは常時端っこだったマミさんということか・・・。

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残念ですが・・・ 投稿者:KOSUKE  投稿日:10月24日(日)08時19分21秒

 クジラ2号様 あきら様

 おはようございます。オリコン・データ・ブックで「あ」から調べたんですが、「い」で挫折しました。

 >「フラワー・メッセージ」「ゆずって下さい」(松本ちえこ)が愛聴盤です。

 ♪この花が最後なの50本目 あなたへのお別れのメッセージ 77年に彼女が出した曲の中では
ベストだと思いますが、残念ながらこの曲からチャートインしてなく、調べようがありませんんでした。加瀬氏だったんですか・・・松本さん、翌年の「ワンダフル・ヒーロー」がラストシングルでしたよね?

 榊原郁恵「夢見るマイ・ボーイ」
能瀬慶子「ほほえみプレリュード」(アルバムの曲だったと思います)
セイント・フォー「不思議TOKYOシンデレラ」「太陽を抱きしめろ」他数曲あり
それからあいざき進也さんの後期の3曲は連続で加瀬さんだったと思います。
「ストーミーラブ」「セクシーレディー」「雨は降る降る」
あとはアン・ルイスの「女はそれを我慢できない」も?記憶によれば・・・。
セイント・フォーといえば加瀬作品が2作続いた後のシングル第3弾「ハイ!先生」での転落が思い浮かびますが加瀬さんから離れて無理にイメチェンを図ったのが転落の原因だったのでしょうかね〜。

 これはすごい。全部覚えてたんですか?全員正解です。「女はそれを我慢できない」なんてレコードまで買ったのに見事に忘れてましたよ(笑)。もうアルツ寸前です、完全に。それからセイントフォーがやっとこの掲示板に出てきましたが、彼女たちは「太陽を抱きしめろ」で燃え尽きたんだと思いますよ。あれ以上高度なバク転ができるわけもなかったですし。まあ濱田のり子さんは未だに脱ぎまくってますが、この4人こそ「芸能界の犠牲者」というのは一般通念に近いでしょう。ずーっと月給は10万いかず、新人賞もメガロポリス歌謡祭と日テレ音楽祭以外は惨敗、「ハートジャックWAR」から一年半もシングルが出せずにレッスンの日々→解散。「アイドル野麦峠」とか「週刊文春」にまで書かれてましたね。

 

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加瀬さんの曲といえば・・・ 投稿者:あきら  投稿日:10月24日(日)07時55分32秒

加瀬さんの曲が話題に上っていますが他にも思い出したので書き込みします。
榊原郁恵「夢見るマイ・ボーイ」
能瀬慶子「ほほえみプレリュード」(アルバムの曲だったと思います)
セイント・フォー「不思議TOKYOシンデレラ」「太陽を抱きしめろ」他数曲あり
それからあいざき進也さんの後期の3曲は連続で加瀬さんだったと思います。
「ストーミーラブ」「セクシーレディー」「雨は降る降る」
あとはアン・ルイスの「女はそれを我慢できない」も?記憶によれば・・・。
セイント・フォーといえば加瀬作品が2作続いた後のシングル第3弾「ハイ!先生」での転落が思い浮かびますが加瀬さんから離れて無理にイメチェンを図ったのが転落の原因だったのでしょうかね〜。

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フラワー・メッセージ 投稿者:クジラ2号  投稿日:10月23日(土)20時39分59秒

☆KOSUKE さん
「シー・シー・シー」の緊急レコーディングに関しては色々あったようです。
加瀬さんの曲では、「フラワー・メッセージ」「ゆずって下さい」(松本ちえこ)が愛聴盤です。
アグネス・チャンさん「心に翼を下さい」は、派手さはないですが、詩の良さも相まってなかなかの名曲ですね。アグネスさんの「雨の坂道で」も加瀬さんの曲で軽快な良い曲でした。

「さよならファンキー・ボーイ」(秋ひとみ)、「涙色の幸福」(キャンディーズ)、「田園都市線」(小鹿みき)、「幸だったわありがとう」(いしだあゆみ)とか沢山ありますね。

☆初心者さん
「愛するアニタ」は、テンプターズもレコーディングしてましたね。CDで持っていたと思います。

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「愛するアニタ」 投稿者:初心者  投稿日:10月22日(金)21時49分14秒

「愛するアニタ」はTIGERSが「可愛いアニタ」として出す予定がダメになりその後フラワーズと言うバンドが出す予定がダメそして最後はワイルドワンズ担ったいわくつきの曲らしい。何故なんでしょう?TIGERSの「可愛いアニタ」はThe Tigers Perfect CD BOXのLegend of The TIGERSの4曲目に入っています。尚、10曲目の「坊や祈っておくれ」岸部おさみ/森本太郎も良い曲で好きな曲です。この曲はアカペラでいう珍しい曲です。

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加瀬邦彦ワールド 投稿者:KOSUKE  投稿日:10月22日(金)19時43分10秒

クジラ2号様

>沢田さんはTIGERSの頃に、6枚目のシングル「シー・シー・シー」(1968年7月)ですでに「安井=加瀬コンビ」作品を歌っていましたね。(実はそれより前に加瀬作品’作詞は山上路夫「愛するアニタ」をレコーディングしていましたがオクラ入りとなりました)
「シー・シー・シー」は、発注をうけてから、1日でほとんどのレコーディングを済ませてしまったそうですね。オケをレコーディングしている間に詩を完成させたようです。コーラスには加瀬さん自身も参加していたようです

 こんばんは、発注を受けてから1日でほとんどのレコーディングを済ませてしまったなんて、当時としては異例の速さではなかったんですか?この「シー・シー・シー」はチャートアクションも速く、当時にしては珍しく初登場でベスト10入り、2週目には首位だったとか。人気のすごさが窺えます。一旦終わったのかと思ったらまた始まるという、不思議な曲という印象です。

 >宮川さんが加瀬さんの作曲の才能を高く評価していたという事だったようです。

 調べたらいろんな人に曲を書いてるんですね、加瀬氏は。あいざき進也さん「君のハートに火をつけて」・アグネス・チャンさん「心に翼を下さい」、いしだあゆみさん「美しい別れ」(→好きです)、伊丹幸雄さん「青い麦」、小柳ルミ子さん「冬の駅」(→名曲)、ひかる一平さん「青空オンリー・ユー」(→そういえば「青い麦」に似てるようなメロディー)etc。ナベプロ系の歌手が多いようですが、全体的にメロディアスな曲調が多い感じですね。

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シー・シー・シー 投稿者:クジラ2号  投稿日:10月22日(金)19時19分55秒

☆KOSUKE さん
>「安井=加瀬コンビ」の楽曲の方が好きですね
沢田さんはTIGERSの頃に、6枚目のシングル「シー・シー・シー」(1968年7月)ですでに「安井=加瀬コンビ」作品を歌っていましたね。(実はそれより前に加瀬作品’作詞は山上路夫「愛するアニタ」をレコーディングしていましたがオクラ入りとなりました)
「シー・シー・シー」は、発注をうけてから、1日でほとんどのレコーディングを済ませてしまったそうですね。オケをレコーディングしている間に詩を完成させたようです。コーラスには加瀬さん自身も参加していたようです。

加瀬さんは初期のスパイダースのメンバーで、寺内タケシとブルージーンズに引き抜かれ、その後自身のバンド、ワイルド・ワンズを結成しました。私が最初に聴いた加瀬さんの曲は、ブルージーンズのインストで「雨の思い出」でした。この曲は、映画音楽にでも使えそうな、哀愁のある綺麗な曲でした。このころは、加瀬さんは作曲家 宮川泰さんの1番弟子と雑誌では書かれていましたが、実は宮川さんが加瀬さんの作曲の才能を高く評価していたという事だったようです。

☆初心者さん
「出発のほかに何がある」は、沢田さんの朗読ではじまり岸部シローさんのリードボーカルでしたね。森本太郎さんらしい曲でした。
TIGERSのメンバーは曲によって全員がリードボーカルとってましたね。
ドラムの瞳みのるさんもライブではソロで歌ってましたね。(その時は沢田さんがドラムをたたいていました。)
TIGERSのデビュー曲のB面「こっちを向いて」のリード・ボーカルは岸部修三さんでした。

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残念ながら・・・ 投稿者:KOSUKE  投稿日:10月22日(金)09時16分36秒

 初心者様

>TIGERS最後のシングル誓いの明日1970.11(DP-2079)のB面のジャン得永、森本太郎コンビの曲なんですがこの曲が好きなんです。ご存知ですか?この頃はGSからフォークへと変わる頃でしょう。

 おはようございます。残念ながらそのラスト・シングル(18位)も聴いたことがありません(ジャケ写は素晴らしいと思いますが)。この70年にGSはすべて幕を引いたような感じですね。その中でも後半は下降線とはいっても、全曲ベスト20には入ったんだから大したものです(GSで全曲20位に入ったのはタイガースだけ。スパイダーズもテンプターズも最後は50位に入れませんでした)。「僕のマリー」「シーサイド・バウンド」はオリコン設立前で資料がありませんが、どうだったんでしょう?私は再結成の時の「色つきの女でいてくれよ」(4位、43万枚)これも好きでし
たね。全然関係ないんですけど(継続中のSMAPやKINKI-KIDSは別として)、全曲ベスト10に入れたのはチェッカーズだけでした。やはりバンドは強し。

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出発のほかに何がある 投稿者:初心者  投稿日:10月22日(金)08時18分26秒

TIGERS最後のシングル誓いの明日1970.11(DP-2079)のB面のジャン得永、森本太郎コンビの曲なんですがこの曲が好きなんです。ご存知ですか?この頃はGSからフォークへと変わる頃でしょう。

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同意です 投稿者:KOSUKE  投稿日:10月21日(木)21時23分5秒

 クジラ2号様

>沢田さんはタイガースの頃すでに「素晴しい旅行」で作曲してましたね。その前にザ・ピ-ナツに曲を提供してましたが (沢田さんが他の歌手に提供した曲に関しては、以前この板で出たので書きませんが・・・)

 こんばんは。タイガースが幼稚園に入るかどうかの頃だったので、リアルタイムで聴けなかったのが悔しいところです。その「素晴らしい旅行」も未聴です。まあ昔の職場ではカラオケで「花の首飾り」を歌う人は多かったですね。ピーナッツに書いたのは「男と女の世界」って曲でしょ?Mちろん聴いたことはありませんが。

>同じく沢田さん作曲の「渚のラブレター」もよかったですね。

 この81年は後半の「ス・ト・リ・ッ・パ・-」の方が売れ、紅白でも歌ったんですけど、私も
「渚のラブレター」の方が好きですよ。当時TBSラジオでジュリーが深夜放送(「パックインミュージックの前、12時台でしたね)のDJをやっていて、毎週この曲がかかっていたのが懐かしいです。私はジュリーに関しては、基本的に「阿久=大野コンビ」よりその前の「安井=加瀬コンビ」の楽曲の方が好きですね。(「危険なふたり」とか「追憶」です)でも運気がいい時って、歌手もいい歌が来るし、書けるもんだとつくづく思います。「コバルトの季節の中で」と「渚のラブレター」の2曲を書いただけでもすごい才能ではないでしょうか。

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渚のラブレター 投稿者:クジラ2号  投稿日:10月21日(木)19時36分0秒

☆KOSUKE さん

沢田さんはタイガースの頃すでに「素晴しい旅行」で作曲してましたね。その前にザ・ピ-ナツに曲を提供してましたが (沢田さんが他の歌手に提供した曲に関しては、以前この板で出たので書きませんが・・・)

「コバルトの季節の中で」は、良い曲でしたね。同じく沢田さん作曲の「渚のラブレター」もよかったですね。B面ですが「あなたに今夜はワインをふりかけ」「お嬢さんお手上げだ」「やさしく愛して」も良く聴いてました。
 http://julie.stripper.jp/disc/pos.html

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田中好子、カボシャールがCD化! 投稿者:もーりもり  投稿日:10月21日(木)14時14分21秒

こんにちは、もーりもりと申します。

今、ホームページをなんとなく見ていたら、ビクターから
11月17日に、『Eternal Ballads』という80年代の
女性ボーカルコンピが出るみたいなんですが、
収録曲を見たら、ぶっ飛びそうになりました。

な、な、なんと、田中好子さんの「カボシャール」が
入っているではありませんか!!!
20年ぶりのCD化でしょうか?他にも、
河合奈保子「ハーフムーン・セレナーデ」!、
酒井法子「LOVE LETTER」!!、桜田淳子「窓」!!!
・・なんか、この編者の方の趣味が色濃く出ているような
気がします。(ヒット曲より名曲を選んでいるような。)

・・と、思っていたら、選曲担当らしき方のサイトも
発見。岩崎宏美「聖母たちのララバイ」は、なんと
『夕暮れから・・ひとり』収録の幻のTVバージョン!!
とのこと。これって、初CD化でしたっけ?

http://www3.point.ne.jp/~usu/index.html

ちょっと眩暈がしてきた。(笑)
か、買うわ、私、買うわ〜。(ちょっととり憑かれてしまいました。)

以上です。とにかく、スーちゃん「カボシャール」CD化に感謝!

http://www.jvcmusic.co.jp/-/Discography/-/VICL-61542.html

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ジュリーについて 投稿者:KOSUKE  投稿日:10月21日(木)11時36分54秒

 初心者様

 >今日のスポーツ新聞の情報で沢田研二さんが1700人ほどの劇場が半分程度のお客さんしか集められなかった事で開演直前にコンサートを中止されたそうですが、加橋さんともすっぽかしなどで喧嘩に成ったりしたそうですが沢田さんも新幹線ホーム?で暴力事件を起こしたり色々有るんですね。

 おはようございます。「ザ・ベストテン」では軒並み「一等賞」を獲っていた人からは考えられない事態ですね。オリコンでも、(ソロに限定すると)11年連続(72〜82)ベスト10入りを果たしていました。私は彼の「コバルトの季節の中で」が一番好きなんですが、ちょうどその年(76年)におっしゃっている「新幹線ホーム暴力事件」があって、紅白に出られなかったんですね。今回の「夜ヒット」の再放送もその曲の時期に該当するので、期待したけどダメでした。ベストも通常のベストには入ってませんので、カセットで聴いている状態です。本当に今の時期にピッタリで、(私の知っている限りではこの曲が最初ですが)船山基紀氏のアレンジが特筆ものです。そして驚くことに、作曲はジュリーご本人でした。
 

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沢田研二 投稿者:初心者  投稿日:10月21日(木)08時05分24秒

今日のスポーツ新聞の情報で沢田研二さんが1700人ほどの劇場が半分程度のお客さんしか集められなかった事で開演直前にコンサートを中止されたそうですが、加橋さんともすっぽかしなどで喧嘩に成ったりしたそうですが沢田さんも新幹線ホーム?で暴力事件を起こしたり色々有るんですね。昔、ローリング・ストーンズ来日の際にもどっちにしても儲からず損をするだけなんて情報がありました。今回の沢田研二ショー中止で大損するところが存在するんでしょうね。

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台風上陸した県に住んでますが 投稿者:よっかー  投稿日:10月20日(水)20時06分9秒

我が家は、今回は大丈夫でした。今回は完全な雨台風でして、町の中心地は膝上浸水してます。町を流れる四万十川はあふれて、通常50mくらいの川幅が200mくらいになってるところもあります。電柱の地盤が流されて何本も倒れてます。また、停電になりそう。
現在は通り過ぎて、星空の下ただ風が吹いてます。

ご心配ありがとうございます。
この台風はいずれ皆さんの町へ行くんでしょうかね。
うかつな事はなさらないように。

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MCAでした 投稿者:クジラ2号  投稿日:10月20日(水)19時25分13秒

☆KOSUKE さん
間違えました。かずみあいさんの「恋おんな」(E-1032)は、MCA RECORDS(発売元 日本ビクター)となっていました。かずみさんの他の盤の「あんた」(SV-2369 1973年)は、単にビクターレコードとなっています。
野路由紀子さんは、張りがあって良くとおる声でしたね。「嫁入り舟」は覚えていませんが、聴いてみたいですね。

☆よっかーさん
>有線放送局が処分レコード盤をいっぺんに持ち込んできたようなんです・・・
それは、レア盤がたくさんありそうですね。うらやまし〜
低価格で放出されるといいですね。お宝がありましたらこちらの板で紹介してください。

四国は台風でたいへんなようですね。無事に通過すればよいのですが・・・

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キャッチフレーズまで判明 投稿者:KOSUKE  投稿日:10月20日(水)17時56分44秒

 よっかー様

>チャート・データはさすがっスね。じゃあ、歴史に例えたらアイドルの戦国時代は1985-1987年かな(笑)。1973年は大化の改新(笑)。

 こんばんは。台風の方は大丈夫でしょうか?東京はこれからです。
 紀元というのは、(一般通念でしょうが)シンシア=キリスト(笑)という前提で書いています。ナベプロがローマ帝国みたいなもんでしょう。大化の改新は異議なしですが、戦国時代はやはり80〜82年では?おニャン子がフランス革命(笑)みたいなもんでしょうか。森高さんが明治維新(笑)のようなものでしょう。さて第一次世界大戦を起こすのは誰だ!?
 ところで、資料(「宝島別冊」)によればキャッチフレーズまで発掘(笑)できました。
 川奈ミキさん 「はちきれんばかりの(笑)セブンティーン」
 津々井まりさん「セクシージャンボ(笑)'70」ちなみにこの年ジャンボ機が登場しています。しかしこの頃の新人アイドル、けばいですなあ。

 クジラ2号様

>当時のRCAビクターの歌謡曲は、かずみあいさんの「恋おんな」をはじめ圧倒されるものが有ります。

 私は当時のRCAでは、半分演歌ですが野路由紀子さんですね。バーニング第一号歌手で、デビュー曲の「私が生まれて育ったところ」は後輩の長山洋子さんにカバーされました。でもなんといっても素晴らしいと思うのは「嫁入り舟」です。♪今日の最終で この街出たいけど 老いた母ひとり 残していかれない とにかくうまかったですよ。

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皆さん、ありがとー。 投稿者:よっかー  投稿日:10月20日(水)11時17分7秒

ほぽ同時期に出た歌手なんですね。
その中古レコード店に有線放送局が処分レコード盤をいっぺんに持ち込んできたようなんです。ジャケットの状態はあまり良くないけど、有線ならではの珍品がまだまだありそうなので、またチェックに行く予定です。が、あまりに大量に持ち込まれたため、店長一人の小さな店はダンボールの箱だらけ。しばらくは何ともしようが無いという感じ。

>あきら さん
川奈ミキさんのジャケを見ると、やっぱ当時の流行はショートカットだったんだなぁと。

>クジラ2号さん
そう言われれば、津々井まりさんのジャケはフェロモン系のポーズでした。真っ赤なルージュで。

>KOSUKEさん
チャート・データはさすがっスね。じゃあ、歴史に例えたらアイドルの戦国時代は1985-1987年かな(笑)。1973年は大化の改新(笑)。

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チャート情報 投稿者:KOSUKE  投稿日:10月19日(火)21時14分15秒

 こんばんは。

 クジラ2号様

>「愛は突然に・・」(作詞/加橋かつみ 作曲/荒井由実)は、2枚目のアルバム「1971・花」に収録されています。

 第二弾のアルバムだったわけですね。ユーミンは初期に才能を発揮しすぎたと思っているのは私だけでしょうか?「守ってあげたい」や「恋人はサンタクロース」は別として、ユーミンの曲で私がいいと思うのは「荒井由実」時代に書いたものばかりです。しかし「ホテルに軟禁」とか「北島音楽事務所にいた」とか、信じられないと言うかすごい話ですね。

 よっかー様

 一応オリコンチャートでは、梢みわさん「恋のバイカル」(69位/68.5.10発売)川奈ミキさん「夢のソネット」(55位/68.7.15発売)津々井まりさん「人魚の恋」(58位/70.3.5発売)「女は小さなチャンスに賭ける」(68位/70.10.5発売)となっています。歴史にたとえれば紀元前といった感じのアイドル陣ですが、この頃もチャートインは大変だったようです。洋楽がかなりのシェアを占めていましたから。鍵山さんは「ふたりの銀座」で知られる山内賢さんと、東芝の「ヤングエコー」というトランシーバー(時代を感じさせる・・・)のCMに出ていた模様です。

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加橋かつみさん 2 投稿者:クジラ2号  投稿日:10月19日(火)19時43分42秒

TIGERS CD-BOXのライナーでは、

加橋さんは何回か仕事をすっぽかした事があり、沢田さんとは68年1月の労音のショーで大ゲンカして以来ほとんど口をきかなくなっていた。すでに68年5月、脱退したいことを関係者には、ほのめかしていた。
68年いっぱいでやめたいと申し入れしていたのだが、のびのびになっていた。・・・
渡辺プロ松下制作部長が「除名」を発表しました記者会見時には、ほんとうは行方不明になっていたのではなく、加橋さんは東京のヒルトンホテルに母親とともに軟禁されていて、渡辺プロ側がヨーロッパ行きの説得をしていた。・・・と書かれています。

☆初心者さん
>北島三郎さんの事務所に一時期居られたようです。そのときは演歌風の曲を出されているようです・・・
その頃発売の「哀哭」は演歌というよりは叙情歌という感じです。アルバム「郷愁」の収録曲に「浜辺の歌」「宵待草」が収録されているのを見てもそのあたりがねらいだったと思われます。
 http://www.katsumi-k.com/solo.htm

☆KOSUKE さん

「愛は突然に・・」(作詞/加橋かつみ 作曲/荒井由実)は、2枚目のアルバム「1971・花」に収録されています。シングルでも発売されましたがB面の「風のささやき」(作詞、作曲/加橋かつみ )の方が良い曲だと思います。

☆よっかーさん
川奈ミキ、津々井まり、梢みわ、鍵山珠理・・・私だったら全部購入します。

津々井まりさんは、グルーヴ歌謡&フェロモン歌謡としてよく紹介されていますが、ぜったい買い! です。当時のRCAビクターの歌謡曲は、かずみあいさんの「恋おんな」をはじめ圧倒されるものが有ります。

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加橋かつみさん 投稿者:初心者  投稿日:10月19日(火)18時11分3秒

加橋かつみさん 本名.高橋克己 昭和23年2月4日生大阪府堺市緑ヶ丘生まれでお父さんは堺市役所勤務お母さんは元教師で大阪母親連絡協議会の理事でした。加橋かつみさんが中学生の頃離婚されたようでその後京都に移られたんじゃないですか。一人っ子らしい性格が伺われます。TIGERSを抜けた後北島三郎さんの事務所に一時期居られたようです。そのときは演歌風の曲を出されているようです。

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TIGERSⅡ 投稿者:KOSUKE  投稿日:10月19日(火)12時05分6秒

 初心者様

>これには色々「?」が有り彼は監禁されていてやや落ち気味のTIGERSへのテコ入れの犠牲になったんじゃないかとの憶測もありました。

 こんにちは。加橋さんは脱けたがっていたんですかね?それにしてもテコ入れの結果が岸部シローさんならトホホ・・・という感じですね。この交替時期からチャートの方も下がっていく一方だったようですし。あのジュリーとのツイン・ボーカルだから受けていた面もあったのでは?

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お詫びそして加橋さんとTIGERS 投稿者:初心者  投稿日:10月18日(月)23時34分4秒

>やっぱしグループとか音楽のジャンルによってはは怪しまれるんですかね。

私のこの言葉は加橋さんとTIGERSを指したのではなく新たに書き込んだつもりだったのですが判りずらく失礼しました。年齢詐称、麻薬事件などのここでの書き込みは以後終わりにします。
加橋かつみさんのTIGERSからの脱退は昭和44年3月5日A.M.11:00〜東京渋谷・宮益坂の斉藤楽器のスタジオでレッスンそしてレコーディングの予定だったところP.M.6:00〜8:00の間に外出後そのまま戻らなくなり、後日3月8日P.M.4:30日比谷のピータース・レストランで緊急会見し渡辺プロ松下制作部長が「除名」を発表しました。だから「脱退」じゃなく「除名」という発表だったのです。でも、これには色々「?」が有り彼は監禁されていてやや落ち気味のTIGERSへのテコ入れの犠牲になったんじゃないかとの憶測もありました。

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(無題) 投稿者:あきら  投稿日:10月18日(月)22時09分15秒

☆よっかー様

4人の中では川奈ミキさんが一番有名のような気がしますが。ひとりGSのビート・ガールとしての位置づけが適当でしょうか。同じ事務所には泉アキさん、ジャガーズなどが所属してました。近年発売されたビートガールもののコンピや筒美先生のコンピにも収録があります。この辺の時代の方はリアルで全く分かりませんが、音源を聴いた印象では同時代に活躍した黛ジュンさん、響かおるさん、青山ミチさん系のちょっとハスキーでパンチのある系とでもいいましょうか、典型的な60年代ビート・ガールといった雰囲気です。
「愛のおもかげ」や「夢のソネット」などが代表的なところでしょうか。「夢のソネット」は「みずいろのうわさ」のB面で京平先生の作品です。68年の作品でした。80年代に入ってからも歌っていたようですが詳しくは分かりません。
「すきすき歌謡曲」というホームページがあるのですがこの辺の時代の方の情報がたくさん出ています。Googleなどでググってみてください。梢みわさんのシングルジャケも出てました。

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訂正 投稿者:KOSUKE  投稿日:10月18日(月)21時16分9秒

 >68年に出した「涙は紅く」はご本家のリンダさんが70年にカバーしました

 鍵山さんが出した時点のタイトルは「涙は春に」でした。(京平先生作)失礼しました。

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鍵山珠理さん 投稿者:KOSUKE  投稿日:10月18日(月)21時11分25秒

 よっかー様

 私もこの4名はリアルタイムで聴いたことはありませんが、鍵山珠理さんについては資料があります。ハーフで山本リンダさんフォロワーだったようですね。東芝より数枚のレコードを発売したようですが、残念ながらチャートインに至りませんでした。69年には「ジュリーとバロン」という名義で「ブルー・ロンサム・ドリーム」という曲を出していますが、このバロンというGSにはあの宇崎竜童さんが在籍しており、この曲が阿木=宇崎コンビの第一号と思われます。68年に出した「涙は紅く」はご本家のリンダさんが70年にカバーしましたが、こちらもチャートインには至りませんでした。(しかし曲を聴いたことがないので、感想らしきものが書けないのが残念です)

 クジラ2号様

 加橋かつみさんの情報どうもありがとうございました。確かその「パリ1969」というアルバムでユーミン(当時15歳)が作家デビューしたと聞いたことがあります。

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もうこのへんで切り上げましょう。 投稿者:よっかー  投稿日:10月18日(月)20時37分13秒

年齢詐称、麻薬事件。
ここでの書き込みは似合いません。

とある中古レコード店で見かけた、あまり記憶に無い歌手についてご存知の方、一言コメントよろしくお願いします。まだ整理中ということで売ってもらえなかったんですよね〜。
川奈ミキ、津々井まり、梢みわ、鍵山珠理という歌手たち。
自分もそこそこ調べてみたけど、とにかく聞いたことがないのが残念。いずれはまた店に行って購入したものです。

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パリ1969  2 投稿者:クジラ2号  投稿日:10月18日(月)20時04分33秒

加橋かつみさんのソロ・アルバムのページがありました。
 http://www.katsumi-k.com/solo.htm

「郷愁」以外の4枚は、所持しています。
中でも「パリ1969」は名曲ぞろいです。

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パリ1969 投稿者:クジラ2号  投稿日:10月18日(月)19時53分36秒

☆KOSUKE さん

加橋かつみさんは、タイガースを脱退(1969年3月)後、フランスへ渡り、ソロアルバムをレコーディングしていました。その後日本に戻りミュージカル「ヘアー」(日本版)に出演している頃(1971年?)に逮捕されました。
加橋かつみさんが大麻不法所持で逮捕された時は、すでにタイガースを脱退していました。

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逮捕Ⅱ 投稿者:KOSUKE  投稿日:10月18日(月)18時30分16秒

 初心者様

>美川憲一、研ナオコ、内藤やす子 と言った方々は確か2度逮捕されていると思うんです。

 えーっそれは知りませんでしたよ。じゃあ研ナオコさん、何で通算10回(76&78〜86)も紅白に出られたのか?全くの謎ですね。

> 日本で初めて公になって逮捕された?のは加橋かつみさんでした。やっぱしグループとか音楽のジャンルによってはは怪しまれるんですかね。

 それも知りませんでした。やっぱりドラッグ関係でしたか?それでタイガースを脱退したとか?
かつみといえば克美茂さん(76年に殺人で逮捕)、「あの人は今」に去年だったかな?出てましたね。私は個人的に、ハイファイセットの左にいた大川茂さんがコンビニ強盗で逮捕されたため、(ハイファイセットが)2度と再結成されないことが一番残念です。

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逮捕 投稿者:初心者  投稿日:10月18日(月)18時19分41秒

不確かな記憶で失礼ですが美川憲一、研ナオコ、内藤やす子 と言った方々は確か2度逮捕されていると思うんです。 田代まさしが今回のような事をしていなければラッツ&スター(又はシャネルズ)が再結成されていたのに残念です。確か日本で初めて公になって逮捕された?のは加橋かつみさんでした。やっぱしグループとか音楽のジャンルによってはは怪しまれるんですかね。

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麻薬と歌手 投稿者:KOSUKE  投稿日:10月18日(月)11時43分17秒

 初心者様

>にしきのあきらさんって、S52年に大麻で逮捕されたんですか。先日の田代まさし逮捕の時に過去の逮捕者に出てたんでしょうか?2,3人いつも引き合いに出される人もいますがあまり目立たないですね。

 こんにちは。この件は意外と知られていないようですね。私が中1の今頃でしたが、にしきのさんをはじめ、井上陽水、内藤やす子、ジョー山中、桑名正博、美川憲一、研ナオコ(ナオコさんはなぜか書類送検)といった方々が逮捕されたんですよ。確か美川さんもS21生まれだったはずがS19生まれなのがばれたようですね。まあ、天地真理さんでさえ最初は1つサバを読んでましたから、「空白の1年間ソープ嬢をしていた」とか書かれてましたね。でも何度も繰り返す田代まさしや清水健太郎といった面々は本当に懲りないというか・・・問題なのはこういう事態になると、「め組のひと」とか「ランナウェイ」とか二度と昔の映像が放映されなくなることですね。健太郎さんも「夜ヒット」の再放送で、「失恋レストラン」や「帰らない」で出演したであろう回は見事にカットされていましたし。それでも復帰できちゃう(さすがに今度はもうダメでしょうけど)
ところが芸能界の甘さですよね。

 とろり様

 中尾ミエさんについて書き忘れたことがあります。「NHKステラ」の紅白特集号で「紅白だって仕事の一環。出られる出られないで大騒ぎすることはないんです」とコメントしていました。なかなかクールな人みたいですね。

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中尾ミエさん 投稿者:KOSUKE  投稿日:10月18日(月)08時10分19秒

 とろりん村のとろり様

> 中尾ミエは勝ち気で、歯に衣着せぬ物言いをするひとだと思っていました。繊細で、感受性の強い心をも兼ね備えているひとでもあるのでしょう。両者は、確かに矛盾しています。しかしながら、こうした矛盾した心の絶え間ない葛藤が、彼女の優れた音楽性を産み出しているのではないかとも思います。

 おはようございます。私は人間誰しも、二面性を持っているとこの頃確信するようになりました。中尾ミエさんの「歯に衣着せぬ物言いをする」というのも多少は演技が入っているかもしれないし、またそんな面が実際にあるのかもしれません。ただそれだけではスターの座を維持できるわけないですよね。一般に知られたヒット曲にもそんなに恵まれているわけではないし。やはり繊細な感受性という、タレントには必須の条件を兼ね備えているから、40年以上も活躍できるのだと思いますよ。あの和田アキ子さんでさえ、未だにステージの前はとにかく緊張するそうですし。ただがさつなだけの歌手ならとっくに消えていると思いますよ。

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KOSUKE様 投稿者:初心者  投稿日:10月18日(月)08時08分27秒

にしきのあきらさんって、S52年に大麻で逮捕されたんですか。先日の田代まさし逮捕の時に過去の逮捕者に出てたんでしょうか?2,3人いつも引き合いに出される人もいますがあまり目立たないですね。

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♪ 投稿者:とろりん村のとろり  投稿日:10月17日(日)21時54分24秒

☆KOSUKEさま、ふ み おさま

ぼくも、中尾ミエは勝ち気で、歯に衣着せぬ物言いをするひとだと思っていました。でも、繊細で、感受性の強い
心をも兼ね備えているひとでもあるのでしょう。両者は、確かに矛盾しています。しかしながら、こうした矛盾し
た心の絶え間ない葛藤が、彼女の優れた音楽性を産み出しているのではないかとも思います。甚だ、自信のない考
えではありますが。

中尾ミエがコンサートをするときには、必ず、「片想い」を最後に歌うそうです。
彼女にとって、この曲は、それほどまでに特別な存在なのでしょう。

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?? 投稿者:KOSUKE  投稿日:10月17日(日)20時55分56秒

 よっかー様

 こんばんは。にしきのあきらさんはデビュー当時からずっと「S25年生まれ」というプロフィールになっておりました(紅白でもS48の暮れに「来年の年男」として紹介されていました)。しかし大麻で逮捕されたS52年に「S23年生まれ」という実年齢がばれた、というふうに私は解釈しているのですが。まあ小林幸子さんが15歳なのに18歳と偽ってキャバレー回りをしていた、そういう話は勿論別ですよ。(大昔「ウィークエンダー」で小6の女子が18歳と偽ってホステスをやっていたものの、途中で眠くなって寝てしまった、なんて話もありましたが)

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いや、逆サバは昔ほどありましたよ。 投稿者:よっかー  投稿日:10月17日(日)19時43分31秒

「にしきのあきら」とか、ピンキーこと「今陽子」なんかは逆サバでしたよ。にしきのあきらはキャバレーとかクラブで歌うのに実年齢では都合が悪かったり、子ども扱いされるのを回避するため。今陽子も長身だったために大人っぽくするために。
昭和35〜45年頃までのムード歌謡とか、演歌歌手はそういう年齢のごまかしは活動上、仕方なくやってたという話は聞きますよ。

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真相はわかりませんが 投稿者:KOSUKE  投稿日:10月17日(日)19時07分46秒

通りすがりの者様

>普通芸能人は若く見せると思うのですが、逆というのはお酒のCMをやったせい?大人っぽく見せるため?意外な戦略です。

 こんばんは。しつこくて恐縮です(笑)が、やっぱり勿体無いでしょ?逆サバは芸能界広しといえども彼女だけでしょう。普通ありえない発想で、私も本当のところはわからないんですが、後者だと思いますよ。「東京ららばい」のイメージに合わせるためでもあったでしょうし。

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逆サバって珍しい 投稿者:通りすがりの者  投稿日:10月17日(日)15時37分38秒

KOSUKE様              こんにちは。KOSUKEさんは中原理恵さんの復帰を強く希望されているようですが、私も同感です。歌にドラマにコメディーに、そして司会等々何をやってもあれだけの良い味を出せる理恵さんは、このまま引退のような形になるのはもったいないエンターテイナーの一人です。話は変わりますが、中原理恵さんはデビュー時、19歳だったのに21歳と逆サバをしていたんですね。普通芸能人は若く見せると思うのですが、逆というのはお酒のCMをやったせい?大人っぽく見せるため?意外な戦略です。

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(無題) 投稿者:あきら  投稿日:10月16日(土)08時45分15秒

☆とろり様 ふ み お様 KOSUKE様

僕もミエさんの中では「バイバイバ-ディー」と「片想い」がベストだと思います。
「バイバイ・・・」はアメリカのセクシー女優、アン・マーグレットのカバーでしたけど
ミエさんの数あるアメリカンポップスカバーの中でも抜群の出来ですね。
「片想い」は良く「可愛いベイビー」ともうひとつの唯一のヒット曲ということでご本人もステージなどでネタにしてますがやはり良い曲ですね。ミエさんのこの曲を色々な歌手の方がカバーもしてますね。明菜さんをはじめ柏原芳恵さんも「最愛」の頃出したアルバムでカバーしてました。このアルバムにはもう1曲、カバーがありまして豊広純子さんの「たわむれの恋のままに」です。ご本家の方はあまりヒットはしませんでしたが隠れた名曲と言えましょう。どちらも芳恵さんに合っていたような感じがしました。 

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ビッグバンド 投稿者:初心者  投稿日:10月16日(土)05時48分14秒

歌謡曲番組に必ず出ていた色々なビッグバンド(ジャズバンド?)今はたまにニューブリードが出てますが他のバンドは如何しているんでしょうね。小野満さんなんかはスィングビーバーズでしか知らなかったんです。美空ひばりさんの家庭教師とか初恋の人とかBig4とかは知らなかったんです。紅白歌合戦なんか(今は余り見てないので・・・)2つのバンドが紅(ニューブリード)白(スィングビーバーズ)だった。

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片思い 投稿者:ふ み お  投稿日:10月15日(金)22時59分16秒

とろり様
>この「合歓ポピュラーフェスティバル'69」には中尾ミエも出場しています。その際に、彼
女は、槇みちるが歌う「片想い」を聴いて大きな衝撃を受け、自ら「ぜひ、歌いたい」と
希望して、レコーディング、リリース(1971年)ということになったようです。

こういういきさつは知りませんでしたが、この「片思い」曲を歌う時の中尾ミエは普段のキャラと違う(普段は目立ちたがり屋の明るく軽い娘を演じていた)おとなしい、しっとりした女性という感じで歌っており、不思議な思いがしました。またこちらが本当の彼女かなと感じたことを憶えています。(歌い終わるとちょっとテレつついつもの彼女に戻りましたが)この曲に対する思いいれは凄いものがあったのですね。

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やっぱり感性の一致ですね 投稿者:KOSUKE  投稿日:10月15日(金)22時43分52秒

 とろりん村のとろり様

 「片想い」の情報どうもありがとうございました。私は中1の夏だったんですが、ラジオでよく流れてて、毎度いい歌だなあと思っていました。イントロのオルガン(?)やエンディングも含めてね。しかし1969年、そんなに古い曲だとは想像していませんでした。今度「夜ヒット」の再放送にミエさんが出演し歌う予定なので、楽しみにしています。

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♪ 投稿者:とろりん村のとろり  投稿日:10月15日(金)22時08分47秒

☆KOSUKEさま

・「片想い」(中尾ミエ)について

中尾ミエの曲の中で、ぼくがいちばん好きなのは「バイ・バイ・バーディ」と「片想い」
です。でも、どうしても一曲にしぼらないといけないということになれば、やはり、「片
想い」を選ぶでしょう。

「片想い」をはじめて聴いたのは、ぼくが小学校六年生か中学一年生のときでした。当時、
毎週、聴いていた近畿放送(今のKBS京都)の電話リクエスト番組で流されたのです。
聴いて、痛く感動したのを覚えています。その番組では、どういうわけか、この曲に人気
があって、その後、何度も流されました。そのたびに、「いい曲だなあ」と胸が熱くなる
のを感じたものです。

KOSUKEさんがおっしゃる通り、この曲のオリジナルを歌ったのは渡辺プロダクションの後
輩・槇みちるです。

1969年に開催された「合歓ポピュラーフェスティバル'69」で槇みちるが歌い、後に、
彼女のEP盤「鈴の音が聞こえる」のB面に収録されました。

この「合歓ポピュラーフェスティバル'69」には中尾ミエも出場しています。その際に、彼
女は、槇みちるが歌う「片想い」を聴いて大きな衝撃を受け、自ら「ぜひ、歌いたい」と
希望して、レコーディング、リリース(1971年)ということになったようです。

しかし、レコードセールスは伸びず、廃盤。ところが、1977年になって突然、有線放
送でヒットし、ビクターは急遽「片想い」を再発売しました。KOSUKEさんが書いておられ
るのは、こちらの方かと思います。ジャケットが二種類あるのは、そのためです。

曲そのものについての感想は、「EP盤リスト」(その5)で少し詳しく書きましたので、
ここでは重複を避けます。

ただ、一言。「片想い」(中尾ミエ)は、大変な名曲だとぼくも思います。

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レコ大&「片想い」の続き 投稿者:KOSUKE  投稿日:10月15日(金)21時50分19秒

よっかー様

 ① 天地真理さんの件は、(「時間ですよ」が71年の何月放送だったかは覚えていませんが)できるだけインパクトのある、印象が強烈なうちにデビューさせる方が、新人賞を獲らせるよりもベターだと考えたんでしょうね。この判断は賢明だったと思っています。一緒に「時間ですよ」でデビューし、劇中歌を歌っていた西真澄さんの「ひとりごと」は35位(またこれは歌もよくなかった)に終わりましたし。翌年の新人賞に食い込むといっても、この72年の5組は全員ベスト10入りを果たしましたから(私が記憶している範囲では全員ベスト10入りはこの年だけ)、仮に真理さんを入れるとしたら、誰を落とすかもめたでしょうね。

 ② ゴールデン・アイドル賞、確かに82年組の「金の鳩賞」みたいなもんでしたね。でも81年にも設けられていたんですよ。この年はトシちゃん、聖子さん、河合奈保子さん、そして前年の新人賞に漏れた柏原よしえさんが受賞と記憶しています。聖子さんが「今年つらかったことは?」の質問に「声が出なかったことです」と号泣しながら答え、「風立ちぬ」(紅白でもこれを歌えばよかったのに・・・)を歌っていたのが印象的でした。

 ③ 74年大衆賞、よく覚えてますねー。フィンガー5はヤング・アイドル賞でしたか?この年の「恋の大予言」まで盛り上がっていましたね。(そこからずうとるびに小学生の支持がシフトしたような印象)前年新人賞に漏れたのは、すでにレコードを出していたから(ベイビー・ブラザーズでしたっけ?)だといとこの「中一時代」かなんかで読んだ覚えがあります。それにしても殿キンも中条さんも梓さんも百恵さんもひっくるめて入れちゃう、ってのがすごい発想(笑)ですね。歌唱賞のワクが5組だったから仕方がなく、そういう意味では確かに都合のいい賞でしたね(笑)。
 
 とろりん村のとろり様

 壁紙の「片想い」ですが、このビクターのロゴは70〜71年に使用されていたものですよね、確か。ということは77年は再発ということだったんですね。私がレコード屋で見た「片想い」とジャケットの写真が全く違うので。金田たつえさんの「花街の母」(笑)じゃないけど、この「片想い」も陽の目をみるまでにずい分と時間がかかってるんですね。

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真理ちゃんの微妙な活躍時期 投稿者:よっかー  投稿日:10月15日(金)19時23分29秒

>KOSUKEさま
翌年になっても森昌子、麻丘めぐみ、郷ひろみ、三善英史らが相手になって、これまた微妙な争いになってたでしょうね(笑)。でもどうなんでしょう。レコ大新人賞をムキになって獲りにいくなら、10月デビューは難しい判断か、たまたま流れでこの時期になったのか、ですよね。

ゴールデンアイドル賞も1983年だけでしたね。いかに82年組の人気がすごかったかを物語る賞ですね。前年の新人賞に足りなかったキョンキョンと明菜を加えて、ステージも華やかだった。それでも落ち込み始めた視聴率は戻らず、前年より10%ダウンで歌番組人気が下がり始めた年になってしまいました。

フィンガー5はヤングアイドル賞ってヤツでした。
彼等はデビューが早くてキャリアがあったから新人扱いでもなく、年末には下降ぎみだったために大衆賞(この年は、殿さまキングス、梓みちよ、山口百恵、中条きよし)に割って入れず、それでも低学年に人気絶大だったので、なんとか賞して出演させようとしたんでしょうね。

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大衆賞と天地真理 投稿者:KOSUKE  投稿日:10月15日(金)11時09分16秒

 よっかー様

>ガロと似たような大衆賞は天地真理もですね。同じ事務所で3人も超強力な新人がいると、デビューさせる時期も大変だ(笑)。真理ちゃんは翌年に回されたから大衆賞になった訳だ。
この大衆賞って便利な賞だったのに1980年の百恵ちゃんを最後になくなっちゃった

 大衆賞は百恵さんが最後でしたか?その後もゴールデン・アイドル賞とか名前を変えて、82年組がわんさか受賞していましたね。(キョンキョンの「艶姿ナミダ娘」とか)フィンガー5の「恋のアメリカン・フットボール」もなぜか大衆賞ではなくアイドル賞みたいな名前だった記憶があります。
 真理さんはデビューの時期が悪かったですね。もうちょっと遅らせれば72年の最優秀新人賞は確実だったのに。ナベプロも山口いづみさんの「緑の季節」ぐらいで、相手にならなかったでしょう。「水色の恋」は71/10/1発売で、どれくらいの速さでベスト10入りしたかは記憶にありませんが、レコ大の選考時点にはおそらく間に合わなかったでしょう。71年新人賞に入ってもおかしくはなかったのですが・・・「ひとりじゃないの」は小柳ルミ子さんの「瀬戸の花嫁」と並んでレコ大・歌謡大賞候補と書かれていたそうですし、大衆賞でもガッカリだったんじゃないでしょうか?(しかしこの時の白い衣装はよかったです)一緒に獲ったのが橋幸夫さんの「子連れ狼」というのもまたシブかったですね(笑)。 

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今の歌番組 投稿者:よっかー  投稿日:10月15日(金)10時16分38秒

>初心者さま
ほんの4年前に宇多田ヒカルがテレビ出演で話題になった頃、本人が言ってたよ「今、歌番組って無いじゃん」って(笑)。これは「どうしてテレビに出ないの?」と訊かれての答えでしたけど。
まあトークが中心で、視聴率グラフを見ても唄いだすと視聴率が落ち始めるから仕方ない。昔ながらの歌番組はNHKにしか無いのかもね。

>KOSUKEさん
ガロと似たような大衆賞は天地真理もですね。同じ事務所で3人も超強力な新人がいると、デビューさせる時期も大変だ(笑)。真理ちゃんは翌年に回されたから大衆賞になった訳だ。
この大衆賞って便利な賞だったのに1980年の百恵ちゃんを最後になくなっちゃった。

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歌番組Ⅱ 投稿者:KOSUKE  投稿日:10月15日(金)09時48分10秒

 初心者様

>最近、歌番組を見ているんですが、歌より大半がトークの場面の様な気がします。又昔はニューブリードとかb&#の生のビッグバンドが出てました

 おはようございます。今の歌番組でトークがそれほど多くないのは(「ミュージックフェア」以外では)「歌謡コンサート」くらいでしょう。「HEY!HEY!HEY!」なんかはトーク偏重型の典型で、見る気がいたしません。「夜ヒット」の再放送を見てて思うのは、歌とトークのバランスが絶妙でした。それは「ザ・ベストテン」にも言えることなのですが、「夜ヒット」の方が雰囲気がゆったりしてる分、余計にそれを感じさせます。これは司会の力もあり、放送作家の力もあったんでしょう。

>もう「歌謡曲」も死語ですね。

 これはCD会社の方々に頑張ってもらって、何とか「歌謡曲」を復権させたいものです。大人向けの歌謡曲をつくっていく試みは業界でも見られるようですけどね。

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歌番組 投稿者:初心者  投稿日:10月15日(金)08時12分20秒

最近、歌番組を見ているんですが、歌より大半がトークの場面の様な気がします。又昔はニューブリードとかb&#の生のビッグバンドが出てましたが、今はほぼ100%がテープなどを流しているんですね。ミュージックフェア位しかほんとの音楽番組無いのかもしれません。もう「歌謡曲」も死語ですね。

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私だったら・・・クールファイブに投票 投稿者:KOSUKE  投稿日:10月15日(金)06時56分24秒

 よっかー様

>レコード売上げが、即、受賞理由になってなかったのが、子供心にも「審査」されて受賞が決まるレコ大の面白さと承知してました。放送日まで誰が受賞するか判らない魅力でした。

 おはようございます。なるほど、この点もまたいろんな価値観があるものだと思いました。確かに歴代の最優秀新人賞の顔ぶれを見ても、セールスNO.1の人が獲っているとも限りません(ex.
74年麻生よう子さん「逃避行」etc.)でも私だったら歌唱力・セールス・曲の良さからいってこの年は「長崎は今日も雨だった」に投票しますけどね。「風」も「真夜中のギター」も甲乙つけがたい名曲ですし、選考は最後までモメにモメたと思いますよ。確かに最優秀新人賞に「将来性」という項目があるなら、ピーターさんもそこは強いとは思いますが、大衆賞でよかったのでは、という気がします。(もっとも大衆賞を新人が獲った例は73年のガロの「ロマンス」だけなんですが、これは「学生街の喫茶店」が72年5月発売なので新人賞に該当しなかったからでしょう)
 私がこれだけチャートにこだわる理由というのは、物心ついて最初に見た歌番組がフジの金曜20:00〜の「今週のヒット速報」だったからだと思います。(「夜ヒット」は幼稚園、小学校前半は時刻が遅いので見せてもらえませんでした)「ザ・ベストテン」と同じくベスト10番組で、ランクインした曲&話題曲(「ザ・ベストテン」で言えばスポットライト)という構成で、その後のいろんなベスト10番組に影響を与えているにちがいありません。ちなみにこの番組の司会が高橋圭三氏、ごらんになっていた方も結構いるんでしょうね。

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だから良かったレコード大賞 投稿者:よっかー  投稿日:10月15日(金)01時12分56秒

レコード売上げが、即、受賞理由になってなかったのが、子供心にも「審査」されて受賞が決まるレコ大の面白さと承知してました。放送日まで誰が受賞するか判らない魅力でした。

ピーターが最優秀新人に選ばれたのは、1969年を象徴的に表す代表的なアイドルだったからですよ。レコードのセールス、楽曲の出来もさることながら「ピーター」という存在が最優秀新人に値したということなんでしょう。ユニセックス、パンタロン、付けマツゲ、ここを境に少女漫画なんかにものすごい影響を与えてましたよね。それゆえに最優秀新人なのに紅白には出してもらえませんでした。インパクトで受賞した最初の例なんじゃないでしょうか。

その審査員の判断は間違ってなかったと思います。

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凄すぎる顔ぶれ 投稿者:KOSUKE  投稿日:10月14日(木)23時18分10秒

 通りすがりの者様

 こんばんは。私も当時4歳でした。追加させて頂くと、「白いサンゴ礁」(ズー・ニー・ヴー)、「なぜに2人はここに」(Kとブルンネン)なんて方々も69年デビューを飾っております。
 それで私が疑問なのは、レコ大の最優秀新人賞がピーターさんの「夜と朝のあいだに」なんですね。これは10/1発売で9位、26万枚。(デビュー日の遅さから言えばおそらく最短記録だと思われます)ところが他の新人賞を獲った顔ぶれではクールファイブ「長崎は今日も雨だった」(2位、73万枚)、シューベルツ「風」(2位、58万枚)、千賀かほるさん「真夜中のギター」(4位、45万枚)の方がセールス的には勝っています。これは当時から新人賞=カネだったのか、それともピーターさんと関係を持った審査員が何人もいたのか(笑)、なんて下世話なことまで想像してしまいます。この頃の歌手の所属事務所なんてほとんどわかりませんが、ピーターさんは意外と大手に湯所属していたのかもしれません。

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藤圭子さんで思い出したのですが 投稿者:通りすがりの者  投稿日:10月14日(木)22時48分13秒

1969年デビューですよね。この年デビューの人を見ると凄いメンバーですね。藤圭子さん、箱崎晋一郎さん、シューベルツ、ビリーバンバン、クールファイブ、カルメンマキさん、高田恭子さん、和田アキ子さん、トワエモア、ちあきなおみさん、大川栄策さん、新谷のり子さん、浅川マキさん、長谷川きよしさん、千賀かおるさん、小川ローザさん、ピーターさん、などなど。しかも皆さん後世に残る曲ばかり。当時四歳の私でも知ってるのだから、凄い年だと思います。

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たまねぎ 投稿者:クジラ2号  投稿日:10月14日(木)13時34分34秒

山平和彦さんが10月13日未明、交通事故で亡くなられたそうです。
以前、ラジオの深夜放送でよく「たまねぎ」という曲を聴いていました。
バック・バンドをやっていたマイ・ペースが独立して「東京」という曲をヒットさせましたが、この曲のプロデュースも担当されていたんですね。 合掌。

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中山圭子さんHPについて 投稿者:KOSUKE  投稿日:10月14日(木)08時11分56秒

 通りすがりの者様 あきら様

 おはようございます。昨日から話題になっている中山さんの件、やはり「圭以子」で検索したらHPが見つかりましたので、ザーッと読んでみました。確かにこの話はひどすぎます。サンミュージックはある種事務所サイドの責任であるにもかかわらず、突然松田聖子さんに破格の宣伝費をかけ、カヤの外に外された中山さんには態度を変える。ましてキャンペーンで「青い珊瑚礁」もセットで売らせる?・・・岡田有希子さんの件だってこの「サンミュージックの体質」が原因だったのかもしれない、と今になって思えてきました。まあ、芸能プロはどこもそんな体質が多かれ少なかれあるんでしょうけど。
 ただ一瞬一瞬を切り取ればいかにも聖子さんの方が幸せに見えますが、女性のトータルの人生として考えればどちらが幸せかは一概に言えないものです。アイドルとは無縁でも、本当に歌うことに喜びを見出し、天職とした中山さんの方がある意味では幸せなのかもしれません。そんなことは客観的に決められるはずもなく、すべてご本人の「思い」次第ですから。こういう「運命のいたずら」ってのは何も芸能界にだけ起こる話ではなく、それほど大袈裟でなくても男(サラリーマン)の世界でも度々起こっていることです。私にだって今から思い出しても悔しいということは、サラリーマン時代いろいろありました。でも逆に幸運だったと思えることも結構ありました。結局はそれぞれがそういった経験をどう糧にしていくか、としか言えませんね。決して無駄な経験と言うものはないと思いますし。

http://homepage3.nifty.com/KeikoN/keiko.htm

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お久しぶりです 投稿者:なお  投稿日:10月14日(木)00時22分14秒

前にBIBI事でカキ子したものです。今回比企理恵がベスト発売と言うことで
カキ子します。まさかベストが出おのおるとは思ってなかったので非常にうれしいです
ここのスレにも何度も出てきてうれしいです。みなさんはベスト買うのですか?
自分は買います。騙されたと思って1回聞いてみてください
自分勝手な内容ですみません!

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圭以子さん 投稿者:通りすがりの者  投稿日:10月14日(木)00時20分25秒

中山圭子さんの話題が続いておりますが、本名の字は圭似子でなく、「圭以子」が正しいのです。細かいことですみませんが、一ファンとして付け加えておきます。高一の時、ラジオで「圭子の幸せ向かい風」といいのをやっていて、電波状態が悪いながらも毎晩楽しみに聴いてました。(ネット局が秋田放送、山形放送、信越放送、熊本放送のみ)その中で「新曲(第3弾)レコーディング中です」と言っていたので、本当に楽しみにしてたんですが…。最終回を聞き逃し、突然消え去ってしまいました。

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「片想い」について他 投稿者:KOSUKE  投稿日:10月13日(水)17時23分29秒

あきら様 とろりん村のとろり様

>最初、彼女も中山圭似子として太田裕美さん作詞の「そよ風のベンジー」という曲や雑誌のモデルなどをされてました。プレデビューということになりますね。で「パパが私を愛してる」のデビューに伴い圭子へ改名され、80年頃にはまた本名に戻されています。
一時はNHKの子供番組などにも出演され歌のおねえさんも務められてました。現在も現役です。

 こんばんは、確か「オールスター家族対抗歌合戦」に出場した時にスカウトされたんですってね、松本友里さんと同じで。最初は「中1コース」(学研)の表紙モデルがデビューらしかったです。しかし40を先日迎えてるはずですが、まだ現役ってすごいですね。

>当時は聖子さんと一緒にレッスンなどもされていたようです。ご本人のホームページがありましてその辺の詳しい事情などはすべて書かれています。タイアップになるはずだったシャンプーが輸入禁止になり当初の予定とは違った形でデビューしなければならなかったこと、2年間は同じ事務所から新人を出さないとの約束をあっさり破られたこと、聖子さんとの運命のいたずら、「紅白歌のベストテン」での新人品評会での哀しい出来事、80年度のイシオシ新人だったにもかかわらずほんの少しの歯車のかみ違いから引退を迫られるまでになってしまったこと等、ご本人の苦しい葛藤やこれまでの道のりを隠すことなく記述されています。読んでいると胸に詰まるものを感じるほどです。

 こういうのは実際その場で経験してみないと気持は理解できないでしょうね。新人賞に1つも入れなかったというのも、約束を破られたというのも、引退を迫られたというのも、視聴者の側は何も思わなくても、ご本人の心情を想像すると(また確率的にそういう人の方が多いですし)改めてキツイものがありますよね。まして期待されてのデビューなら余計そうでしょう。年齢も15〜6歳と、一番多感な頃ですからね。

 ところで今日のNHK-FMの「ひるの歌謡曲」は中尾ミエさんの特集をやっていました。ふ み お さんのコメントではとにかく目立ちたがり屋だったとのことですが、改めて聴くとうまいですね。特に「片想い」。これは安井=川口コンビで、オリジナルが「若いって素晴らしい」の槇みちるさんらしいのですが、改めて一音一音に集中させられるうまさです。「パステル・ラヴ」の金井夕子さんもスタ誕の決戦大会で歌った曲ですが、全くもって「ムダのない歌」。詞・曲ともに完璧だし、ミエさんの歌唱も感情移入がそれほどされず、淡々と歌ってるのでかえって説得力があるのです。これは77/6/10の発売、最高28位ながら36週チャートインして18万枚のヒットとなっています。ベスト10に入ってもおかしくなかったのに。ミエさんは「歌えない曲はほとんどない」とある本で豪語していましたが、もしかしたらそうかもしれません。とにかくカラオケで挑戦してみたい一曲です。(明日、明後日は園まりさん、伊東ゆかりさんの可能性大ですよ)

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(無題) 投稿者:あきら  投稿日:10月13日(水)15時25分59秒

☆とろり様 KOSUKE様

こんにちは。ちょっと来ない間にすごい盛り上がりですね。
中山圭子さんの話題も引き続き出ているようなので少し・・・。

>藤圭子は、後に「藤圭似子」に改名しましたが、中山圭子の本名は「中山圭似子」という
のですね。中山圭子の話題の後に、初心者さんが藤圭子の名前をお出しになったのは、偶
然とはいえ、何か不思議です^^。

最初、彼女も中山圭似子として太田裕美さん作詞の「そよ風のベンジー」という曲や雑誌のモデルなどをされてました。プレデビューということになりますね。で「パパが私を愛してる」のデビューに伴い圭子へ改名され、80年頃にはまた本名に戻されています。
一時はNHKの子供番組などにも出演され歌のおねえさんも務められてました。現在も現役です。

>第二弾の「タッチ・ユー」のジャケ写がピンぼけ気味だったので余計ね。このレベルは篠山巨匠クラスでは?とにかく南こうせつさんがアイドルに書き下ろしたのは、この曲と伊藤つかささんの「少女人形」しか思い浮かびません。

当時は聖子さんと一緒にレッスンなどもされていたようです。ご本人のホームページがありましてその辺の詳しい事情などはすべて書かれています。タイアップになるはずだったシャンプーが輸入禁止になり当初の予定とは違った形でデビューしなければならなかったこと、2年間は同じ事務所から新人を出さないとの約束をあっさり破られたこと、聖子さんとの運命のいたずら、「紅白歌のベストテン」での新人品評会での哀しい出来事、80年度のイシオシ新人だったにもかかわらずほんの少しの歯車のかみ違いから引退を迫られるまでになってしまったこと等、ご本人の苦しい葛藤やこれまでの道のりを隠すことなく記述されています。読んでいると胸に詰まるものを感じるほどです。
ご興味のある方はGoogleなどで名前をアルファベットで検索してみて下さい。

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意外な盛り上がり 投稿者:KOSUKE  投稿日:10月13日(水)00時34分3秒

 こんばんは。「東京の山賊」→「園まりさん」→「夢は夜ひらく」→「藤圭子さん」と、予想外な展開で驚きです。静かだったこの掲示板にも、久々に怒涛のような波があふれています。

 ふ み お 様

>まるで性格が違う三人を束ねて売り込んでいただけという感じだったので誰が一番というのは難しいですね。

 どうもありがとうございました。時期は少々ずれるものの、3人とも大ヒットを出してますもんね。それぞれの個性が三者三様だったということですね。でも園まりさんが音大出(当時の歌謡界で、女性の大卒は珍しかったのでは?。まあ、芸大とかは別にして)というのは存じませんでした。

 yochy様

>KOSUKEさんがいつも気にしている中原理恵さんですが、私の友人(スタイリストをしています)が、彼女の大親友なんです。いまも元気でいらっしゃるようですよ。あんまり欲がない人らしくって、でもいい仕事があればやりたいと思っているらしい、です。

 覚えててくださってどうもありがとうございます。やはりしつこく言っておくものですね(笑)。そうですか、欲がない。「自信のある仕事しかしない」と欽ドンに出てた頃、偶然「徹子の部屋」で語っていました。まあ今はまだ知名度も高いとはいっても、30代より下は知らない人も多いでしょう。まさにおっしゃる通り、まだ彼女の期待を活躍している人は多いはずです。是非とも(マイペースでもいいですから)復活を期待したいところです。

 とろりん村のとろり様

>星のフラメンコ」(西郷輝彦)もあの年でしたか。これも、名曲ですね。フラメンコの
風味を損なうことなく歌謡曲にアレンジしてみせるセンスのよさ一つをとっても、浜口庫
之助の偉大さを痛感します。「♪君は僕の心の星〜」のところの躍動感あふれる三連符は、
非常にかっこいいですね。

 名曲でしょ?これが66年の年間トップ1かどうかはわかりませんが、紅白では白組のトップバッターで歌っていましたね。浜口先生、もっと評価されていいと思います。にしきのあきらさんの一連の曲も名曲ぞろいだったし。

>「1.帝劇でやる2.紅白の直前にやる3.司会が高橋圭三氏 これがレコ大の3大権威の
要素だったと思います。」
>これには、同感です。そうです、レコ大の司会は、やはり、高橋圭三でなくてはなりません。
高橋圭三は、この人が司会をするということだけで、その番組をものすごく特別なもののよ
うに感じさせる人でしたね。はたして、そんな人が今、いるでしょうか?

 やっぱりそう思われます?私は中・高(正確には高2まで)と絶対アナウンサー志望で、放送部に入っていたくらいですが、それも高橋圭三さんの影響が大きいんです。軽妙だけど浮ついてない、重みのあるコメント。当然そんな人は今いません。でも私が期待するのは、すでに紅白司会を3年連続務めた(圭三氏と同じ岩手県出身の)NHKの阿部渉アナだけですね。あとは「ポスト圭三」はいないと思いますね。

>ジャケットを裏返してみたら、「パパが私を愛してる」(中山圭子)の作詞は阿木燿子、
作曲は南こうせつだったのですね。これをみても、サンミュージックが当時、彼女をプッ
シュしていたことがよくわかります。

 第二弾の「タッチ・ユー」のジャケ写がピンぼけ気味だったので余計ね。このレベルは篠山巨匠クラスでは?とにかく南こうせつさんがアイドルに書き下ろしたのは、この曲と伊藤つかささんの「少女人形」しか思い浮かびません。

>藤圭子は、後に「藤圭似子」に改名しましたが、中山圭子の本名は「中山圭似子」という
のですね。中山圭子の話題の後に、初心者さんが藤圭子の名前をお出しになったのは、偶
然とはいえ、何か不思議です^^。

 藤圭子さんは実際とても「ネアカ(超死語)」な女性だったらしいですね。暗いイメージを要求されるのは苦痛だったのでは?でも25年くらい前かな、彼女がある男性と噂になって(宇多田さんだったのかもしれません)、記者会見があった時「記者さんは恋をしないんですか?」って彼女がビシッと言ったのをはっきり覚えています。その頃からなんとなくフェードアウトしたと思ったら、20年後に娘がデビューしてブレイク(これも「芸能界を見返してやろう」という彼女の悔しさから来てると思うのですが)、聖子さんでさえ成し遂げられなかった親子二代両方ブレイク(しかも偶然2人とも第二弾でオリコンの首位を獲得)をやってのけました。他に例を見ない出来事、すごいの一言しかありません。でも「新宿の女」なんてこないだラジオから流れてきましたが、名曲ですねー。私は「夢は夜ひらく」よりこちらの方が好きです。

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三人娘 投稿者:ふ み お  投稿日:10月12日(火)23時13分50秒

KOSUKE 様
三人娘はスマイリー小原さんが指揮をしていたスパークショーで「スパーク三人娘」なんて命名されたと記憶しています。
>実際セールス的にはどなたが一番売れていたんでしょうか?

まるで性格が違う三人を束ねて売り込んでいただけという感じだったので誰が一番というのは難しいですね。
中尾ミエさんは「目立ちたがり屋」的な振る舞いをしており、実際一番目立ちましたし、自分が一番と思っていたでしょう。
伊藤ゆかりさんは小さいときに売れた割には芸能人としては不向きなような目立たない、」ちょっと位感じもあり、ちょっと気の毒というか、本人も三人の中で嬉しくないと感じていたと思います。
園まりさんは他の二人とは違う、というだけでなく当時の芸能界では珍しく音楽を学問として習得していたので、その自信というか、他の歌手達とは違うというプライドが当初は垣間見えました。またそれが人気の邪魔をしている部分がありました。

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プチ情報 投稿者:yochy  投稿日:10月12日(火)23時07分58秒

久しぶりで書き込みをして、話の腰を折って恐縮ですが、さくらももこさんの新刊本で、70年代の思い出アイドルなんかの話をしているものがありました。さっと立ち読みしただけなんですが、私は彼女と同じ静岡出身ということもあって、ピンクレディーに関する考察とか、楽しく読めました。
さくらももこの本を買う私、というのはちょっと許せないのですが(あいかわらず失礼)、買っちゃおうかなと思っています。
あとひとつ、日曜の夜日本テレビでやっている「ブラックバラエティ」という番組は、よく藤井一子さんの歌とか堤大二郎さんの歌とかをBGMで使っています。ディレクターが趣味なのかもしれませんね。
あと、KOSUKEさんがいつも気にしている中原理恵さんですが、私の友人(スタイリストをしています)が、彼女の大親友なんです。いまも元気でいらっしゃるようですよ。あんまり欲がない人らしくって、でもいい仕事があればやりたいと思っているらしい、です。
「ポスト黒柳徹子は中原理恵。いまはまだ人々が覚えているからいいけど、あと5年経ったらどうなってるかわからないんだから、出られるうちに出て地盤を固めておくべき、と伝えておいて」と言っておきました。余計なおせっかいでした。

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園まりさん 投稿者:ふ み お  投稿日:10月12日(火)22時58分56秒

とろり様
以下全て自分の感じであり、しかも古い記憶ですのであしからず。

>誤解を招く表現かもしれませんが、フェイクしたり、崩した
りして歌うのは不得意なのではないかと。
きっちりうたい方ができており(できてしまっており)デビュー当初はそこから抜け出せないという感じでした。その後TVの歌手に求められている歌唱法を自分なりに考えて行ったように思います。

>「鍛冶屋のルンバ」で、二曲目が「マッシュ・ポテト・タイム」ではないでしょうか。
そうだったのですか。私がはじめて彼女の歌声をTVで見たのは2曲目だったのですね。

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♪♪ 投稿者:とろりん村のとろり  投稿日:10月12日(火)22時57分35秒

☆ふ み おさま

ふ み おさんの書きこみを拝読して、園まりが音大出身だということをはじめて知りま
した。彼女は児童合唱団→モデル→音大→芸能界というキャリアの持ち主だったのですね。
「なるほど、そうだったのか」と妙に納得しました。

園まりは、西田佐知子、日野てる子とともに戦後のポリドールを代表する女性歌手だとぼ
くは思っています。父も母も、昔から、彼女を「玄人好みのする歌手だ。」と評していま
した。(もっとも、その頃のぼくには、それがどういう意味なのかよくわかりませんでし
たが。)

彼女の曲を聴いていると、彼女は、本来、正攻法でストレートに歌い上げるタイプの歌手
なのではないかと思います。誤解を招く表現かもしれませんが、フェイクしたり、崩した
りして歌うのは不得意なのではないでしょうか。

初期の彼女は、どうも、きっちりと歌い過ぎているような気がして、中尾ミエのような自
由闊達でのびやかな歌い方とは好対照だと感じます。

たとえば、彼女の「ほゝにかゝる涙」は、ボビー・ソロのように哀愁を感じさせることな
く、あくまで、彼女らしく高らかに歌い上げるのですが、そこが、少しもの足りない。

両親のいう「玄人好みのする歌手だ」というのは、彼女の歌唱のよさはわかりにくいとい
う意味なのだろう。ぼくは、そう解釈しています。ぼくには、まだ、彼女のよさがわから
ないのでしょう。

しかし、「逢いたくて 逢いたくて」は、すばらしい。彼女にしては抑え気味の歌唱です
が、その中に百万言、費やしても語り尽くせない感情が深く込められていて、感情ととも
にうつろいゆく声色の変化がしみじみと胸にしみる名唱だと思います。円熟というのは、
こういうことをいうのかとも思います。

とりとめのないことを書きました...。

ふ み おさん、園まりのデビュー曲は、「鍛冶屋のルンバ」で、二曲目が「マッシュ・
ポテト・タイム」ではないでしょうか。(間違っていたら、すいませんm(__)m。)

☆まるこめさま

こちらこそ、ごぶさたしております^^。

あの曲をリアルタイムでお聴きになったのであれば、他の歌手が歌う「逢いたくて 逢いた
くて」は、きっと、もの足らないだろうとぼくも思います。
中森明菜のカバー盤は未聴ですが、園まり以上の歌唱がこの世に存在するとは思えません。

「逢いたくて 逢いたくて」(園まり)がリリースされたのは、ぼくが一歳の頃ですから、
まるこめさんはぼくより、少し年輩の方かと拝察いたします。

生粋の湘南ボーイであるまるこめさんは、加山雄三の曲を聴きながら海を眺めてお育ちに
なったのでしょうね。(←あ、これはぼくの勝手な想像です^^;;)うらやましい限りです。
茅ヶ崎ではありませんが、ぼくも一時期、にわか「湘南ボーイ」になったことがあります。
(残念ながら、もう転勤してしまいましたが。)あのあたりは、日本離れした独特の雰囲
気がありますね。

☆KOSUKEさま

「星のフラメンコ」(西郷輝彦)もあの年でしたか。これも、名曲ですね。フラメンコの
風味を損なうことなく歌謡曲にアレンジしてみせるセンスのよさ一つをとっても、浜口庫
之助の偉大さを痛感します。「♪君は僕の心の星〜」のところの躍動感あふれる三連符は、
非常にかっこいいですね。

「1.帝劇でやる2.紅白の直前にやる3.司会が高橋圭三氏 これがレコ大の3大権威の
要素だったと思います。」

これには、同感です。そうです、レコ大の司会は、やはり、高橋圭三でなくてはなりません。
高橋圭三は、この人が司会をするということだけで、その番組をものすごく特別なもののよ
うに感じさせる人でしたね。はたして、そんな人が今、いるでしょうか?

ジャケットを裏返してみたら、「パパが私を愛してる」(中山圭子)の作詞は阿木燿子、
作曲は南こうせつだったのですね。これをみても、サンミュージックが当時、彼女をプッ
シュしていたことがよくわかります。

藤圭子は、後に「藤圭似子」に改名しましたが、中山圭子の本名は「中山圭似子」という
のですね。中山圭子の話題の後に、初心者さんが藤圭子の名前をお出しになったのは、偶
然とはいえ、何か不思議です^^。

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「夢は夜ひらく」は私も圭子のが 投稿者:よっかー  投稿日:10月12日(火)22時22分2秒

一番記憶に残ってます。
子供の頃、近所のおじさん、おばさんがこの歌を口ずさむ度に歌詞がバラバラだったのは、競作だったり、歌詞違いの歌が多々あったからだというのがわかっのは中学校になってからでした。
♪十五、十六、十七と私の人生 暗かった...
「あんなもの、暗いうちに入らん...あの頃に戻りたい...」と、場がシラける発言する星飛雄馬を思い出す私はマニアック(笑)。

子供の頃、藤圭子が映画「ずべ公番長 夢は夜ひらく」とか出てたのを見て、イメージをそのまま信じてましたねー。後年、テレビショッピングでベラベラおしゃべりする彼女を見てビックリしたことがあります。

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「夢は夜ひらく」と「圭子の夢は夜ひらく」 投稿者:初心者  投稿日:10月12日(火)21時15分31秒

「夢は夜ひらく」と「圭子の夢は夜ひらく」は別?だったんですね。
藤圭子さんが流しだったなら、北島三郎さんと一緒ですね。でも北島さんは漫才師「チンタポンタ」として出ていたことがあるとか、デビュー曲も発売中止と付いてなかったらしいです。

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ナベプロ3人娘 投稿者:KOSUKE  投稿日:10月12日(火)20時58分20秒

 ふ み お 様

>伊東ゆかりさんはクワイガーマーチで小学生でのデビューでしたし、中尾みえさんもそれからしばらくして、一番お姉さんの園まりさんは5年以上遅れてのデビューでしたが、渡辺プロとしては三人娘というかたちで一気に売りたかったのでしょうね。
園まりさんは「マッシュポテト」という踊りを入れた曲でのデビューで、(この踊りはまるで足でジャガイモをすりつぶす様な感じだったと思います)

 こんばんは。マッシュポテトとはそういう踊りだったんですか?「ヴァケーション」で♪マッシュポテトを水辺で あの人と踊ろう ってどういう意味かとずーっと思ってました。
 さて3人娘(スパーク3人娘でしたっけ?)ですが、中尾ミエさんが62年に「可愛いベイビー」でソロで紅白に初出場し、翌年は3人娘としての出場だったそうですね。ミエさんは「『紅白』はともかく、他の番組で3人セットはイヤ」とナベプロと喧嘩したそうですが・・・実際セールス的にはどなたが一番売れていたんでしょうか?

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♪ 投稿者:とろりん村のとろり  投稿日:10月12日(火)19時30分54秒

☆初心者さま

「夢は夜ひらく」は、1966年に園まり、緑川アコなどが競作し、後年、藤圭子が「圭
子の夢は夜ひらく」として、カバーした作品だと思います。

オリジナルは、水島 哲作詞で、藤圭子のカバー盤は石坂まさを作詞です。

子供の頃、藤圭子がテレビで歌っているのをみたので、ぼくにとっての「夢は夜ひらく」
は、「圭子の夢は夜ひらく」です。聴いて、子供心にぞっとしました。

「十五 十六 十七と私の人生 暗かった...」

この曲の主人公が、ほんとうに藤圭子のように思えて、「この人の半生は暗かったのだろ
うなあ。」と、わけもなく思ったものです。そういう薄幸な雰囲気が彼女にはありました。

藤圭子が、レコードデビュー前に新宿で「流し」をしていたことを知ったのは、ぼくが大
人になってからでした。

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夢は夜ひらく 投稿者:初心者  投稿日:10月12日(火)18時01分15秒

たしか「夢は夜ひらく」は藤圭子さん、と共に競作で園まりさんも出していたと思うのですが、どちらが良かったのでしょう。

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三人娘 投稿者:ふ み お  投稿日:10月12日(火)14時40分15秒

伊東ゆかりさんはクワイガーマーチで小学生でのデビューでしたし、中尾みえさんもそれからしばらくして、一番お姉さんの園まりさんは5年以上遅れてのデビューでしたが、渡辺プロとしては三人娘というかたちで一気に売りたかったのでしょうね。
園まりさんは「マッシュポテト」という踊りを入れた曲でのデビューで、(この踊りはまるで足でジャガイモをすりつぶす様な感じだったと思います)音大出を売りにした彼女の声と全くあいませんでした。(デビュー直後は初見の楽譜を歌ってみせたこともあります。本当に初見かどうか疑問ですが)
服装もカリプソ娘という感じで、あの顔つきにあいませんでした。(全く売れなかったと思います)
それで2曲目はムード歌謡?に大変換しました。それが成功し一気に有名になりました。

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逢いたくて 逢いたくて 投稿者:まるこめ  投稿日:10月12日(火)06時32分20秒

大変お久しぶりでございます。
「逢いたくて 逢いたくて」、ぼくも大好きな曲です。
当時小学生だったぼくですが、この曲を聴くたび胸をきゅんきゅんさせていました。
園まりはもしかすると、ぼくが最初に恋をした歌い手かもしれません。

数年前、『歌姫』で中森明菜がカバーしていたので期待して聴いた記憶がありますが、
胸がきゅんとしたりはしなかったのは、ぼくの方に問題があったのでしょうか。

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レコ大他思うこと 投稿者:KOSUKE  投稿日:10月12日(火)00時33分37秒

 とろりん村のとろり様

>由美かおるは、不思議なくらいに容姿が変わりませんね。テレビでみると、アース渦巻の
ホーロー看板のままのような感じがします。京都の女性は、やはり、きれいです。(←え
〜、単なるお国自慢です^^)

 こんばんは。確かに西野バレエ団で一緒だった奈美悦子さんや金井克子さんは、信じられないくらい老けましたからね。やはり由美かおるさんは「気」の健康法が相当効果が上がっているのでしょう。信じられないことに、いわゆる「ダイエット」なることをしたことがないそうです。

>園まりは新三人娘の中で、いちばんの美人だと思います。彼女の「逢いたくて 逢いたく
て」は、あらゆる歌謡曲の中でも、最も好きな曲のひとつです。声だけを聴いても、お嬢
さまっぽい清楚な色気が何ともいえません。

 3人娘の中では一番ヒット曲に恵まれ、お色気たっぷりで歌番組のトリの常連だったとか。私も「逢いたくて逢いたくて」は好きですよ。男がカラオケで歌っても(人によるけど)、この曲は違和感がないと思います。でも紅白に落選したのは一番早かった(69年)ですね。でもこの当時に比べると伊東ゆかりさんは美しく変貌しましたねー。

>1966年の日本レコード大賞受賞曲が、「逢いたくて 逢いたくて」でも、「君といつまで
も」(加山雄三)でもなくて、「霧氷」(橋幸夫)だったのは、どうも解せません。

 先日もこれは話題になっていましたね。私はむしろ西郷輝彦さんの「星のフラメンコ」が妥当だったような気がしますが、オリコン設立前で売上げの資料がないから何とも言えません。ただ私の母は「霧氷」が出た時「今年のレコ大はこの曲」と確信したらしいんです。橋さんは、この年「雨の中の二人」も大ヒットさせたらしいので、それも参考になったんじゃないでしょうか。

>「日本レコード大賞」の放送日は、1969年以来ずっと大晦日だったのに、とうとう今年は
12月30日になりましたね。会場も、帝国劇場、日本武道館から、いつのまにかTBS
のスタジオになってしまっていて、「レコ大」の権威の低下を象徴しているかのようです。
ぼくにとっては、「今年のレコード大賞をとるのは誰か、最優秀新人賞は誰か」と胸をド
キドキさせながらテレビをみていたのが遠い過去のことのように思えます。

 さっきも考えていたのですが、やっぱり① 帝劇でやる ② 紅白の直前にやる ③ 司会が高橋圭三氏 これがレコ大の3大権威の要素だったと思います。74〜77年あたりは視聴率も約40%と、今の紅白に匹敵する数字だったとか。それにしても(誰もが納得する)ヒット曲が現実に減っているのがこのテの賞の大きな権威低下の原因でしょうね。もう「大賞は氷川きよしで決まってる」なんて報道されてるから白けるのです。新人賞も11/20前後に、誰がわからない状況で開票速報があって、入った歌手が号泣(私も毎年ハラハラしながら見てました)。そんなおいしい場面があったから盛り上がるんであって、今みたいに初めから決まってて、新聞の芸能欄で新人賞歌手を知るようでは面白くないですよ。私は確か93年から見てません。

>いろいろ、お教えいただきまして、ありがとうございますm(__)m。
ぼくには、一人でいろいろ考え込んでしまう悪い癖があるので、大変参考になりました。

 いや、これは誰しも同じじゃないでしょうか?それぞれの方々がご自分の得られた情報の範囲で説を展開しているわけですから、必ずしも真実を言い当ててるとは限りませんよね。推測の部分って大きいし、実際に「プッシュ」を連発していても、それがどういう仕組みか(下世話な書き方をすると裏金がどうTV局や審査員に流れているのか)は業界の方じゃない限りわからないと思うんです。いろんな情報、意見が入ってきてそれが知識としても蓄積されていくわけですから。 
 
 それにしても壁紙の中山圭子さん、「パパが私を愛してる」のジャケ写は可愛く撮れてますねー。サンミュージックが最初力を入れていたことはこの1枚からもわかります。CBSソニーのセンスを感じさせる写真ですね。

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♪ 投稿者:とろりん村のとろり  投稿日:10月11日(月)23時37分14秒

☆よっかーさま

「東京の山賊」。ああ、みていませんでした...。
というより、最近、すっかり、テレビをみなくなってしまって...。

由美かおるは、不思議なくらいに容姿が変わりませんね。テレビでみると、アース渦巻の
ホーロー看板のままのような感じがします。京都の女性は、やはり、きれいです。(←え
〜、単なるお国自慢です^^)

園まりは新三人娘の中で、いちばんの美人だと思います。彼女の「逢いたくて 逢いたく
て」は、あらゆる歌謡曲の中でも、最も好きな曲のひとつです。声だけを聴いても、お嬢
さまっぽい清楚な色気が何ともいえません。

1966年の日本レコード大賞受賞曲が、「逢いたくて 逢いたくて」でも、「君といつまで
も」(加山雄三)でもなくて、「霧氷」(橋幸夫)だったのは、どうも解せません。

「日本レコード大賞」の放送日は、1969年以来ずっと大晦日だったのに、とうとう今年は
12月30日になりましたね。会場も、帝国劇場、日本武道館から、いつのまにかTBS
のスタジオになってしまっていて、「レコ大」の権威の低下を象徴しているかのようです。

ぼくにとっては、「今年のレコード大賞をとるのは誰か、最優秀新人賞は誰か」と胸をド
キドキさせながらテレビをみていたのが遠い過去のことのように思えます。

☆KOSUKEさま、あきらさま、通りすがりの者さま

いろいろ、お教えいただきまして、ありがとうございますm(__)m。
ぼくには、一人でいろいろ考え込んでしまう悪い癖があるので、大変参考になりました。

☆最後に、おしらせです。
10月5日に新ジオシティーズと旧ジオシティーズが統合になって、トップページの
URLが変わりました。

新URLは、http://www.geocities.jp/tororinmura/です。

「モナ・ムール!歌謡ポップス」を「ブックマーク」や「お気に入り」に追加してくだ
さっている方がいらっしゃいましたら、お手数をおかけしますが、ご変更のほど、よろし
くお願いいたします。

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見ました(横レス失礼) 投稿者:KOSUKE  投稿日:10月11日(月)01時05分17秒

 よっかー様

>NHKアーカイブス「東京の山賊」1970
由美かおるは二十歳でテカテカに可愛いし、園まり様は看護婦姿で艶っぽいし(ホンの少しだけど)。いやぁ〜久しぶりいいモン見ました。

 こんばんは。横レス失礼します。今見ましたよ。この掲示板で「NHKアーカイブス」の話が出てくるとは想像してなかったけど、やはり視点が違いますよ(笑)。私は「由美かおるはいつの時代も演技ヘタだなあ」という感想。あれで生き残ってるのは、ご本人が努力家で真面目だからなんでしょうね。ちょうど「同棲時代」でブームになる2〜3年前でしょうか?園まりさんは昔のあべ静江さんに似てるというか、美人でしたね。関口宏さんにもあんなに初々しい時代があったとは・・・
私はむしろ、昔の東京の風景が見られたのがよかったです。その前の日劇の話も含めて。今よりずっと街並みに威厳があった気がしますね。都電も街に調和していたし。「東京の山賊」は、クルマ社会に移行する東京への批判でしょうね。面白かったです。

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とろりさん見た? 投稿者:よっかー  投稿日:10月11日(月)00時52分28秒

NHKアーカイブス「東京の山賊」1970
由美かおるは二十歳でテカテカに可愛いし、園まり様は看護婦姿で艶っぽいし(ホンの少しだけど)。いやぁ〜久しぶりいいモン見ました。

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その通りです。 投稿者:KOSUKE  投稿日:10月10日(日)18時34分53秒

 通りすがりの者様

>浜田朱里さんの曲で好きなのは、2年目に出した「黒い瞳」ですね。それまでの暗いイメージから、明るくポップになり曲は好きでした。

 こんばんは。彼女のシングルで明るい曲って「黒い瞳」だけなんですね。あきらさんは及第点とおっしゃっていましたが、デビュー曲の「さよなら好き」も暗い曲でした。私もこの「黒い瞳」には相当期待してて、豊島園の新曲発表会でこのレコードを買ったのがついこの間のようですが、もう23年前、高2の夏のことでした。やっぱり聖子陣営と違って、テーマみたいなのがよく見えなかったですね。突如カバーを出してみたり・・・酒井プロデューサーは朱里陣営だったはずなんですが。つくづく悔やまれるアイドルの1人です。それにしても中山圭子さん、どこまでも不運だったんですね・・・。

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浜田朱里さん 投稿者:通りすがりの者  投稿日:10月10日(日)15時55分9秒

KOSUKE様             こんにちは。私が浜田朱里さんの曲で好きなのは、2年目に出した「黒い瞳」ですね。それまでの暗いイメージから、明るくポップになり曲は好きでした。それだけに、その後「想い出のセレナーデ」「悲しみは駆け足でやってくる」とリバイバル路線になってしまったのは残念でした。ところで中山圭子さんについてですが、デビュー曲はシャンプーのCMソングに使われる予定だったのですが、直前になりシャンプーが輸入禁止になり、CMはパーとなり歌のみではインパクトも弱く、浮上できなかったのです。

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異議なしですが 投稿者:KOSUKE  投稿日:10月10日(日)11時59分19秒

 あきら様

 おはようございます。全く鋭い分析で、私としては申し上げることもございません。
 ただ追加させて頂くと、この80年のCBSソニーサイドの一押しは当初浜田朱里さんでした。
聖子さんは(どなたか書いてらっしゃいましたが)80年後半のデビュー予定だったそうなので。
でも「裸足の季節」だろうが「風は秋色」だろうが、どっちにしてもアイドル歌謡における台風みたいな曲です。どこかの時点で浜田朱里は抜かれていたのは間違いありません。
 それにしてもホリプロに話を移すと、「サルサ・ボニータ」のエリアナさんは入る余地がなかったですなー(笑)。ブラジルまで行ってタレント・スカウト・キャラバンをやったのも無駄遣いのように思えてなりません。これもホリプロの失敗例といえそうですね。

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(無題) 投稿者:あきら  投稿日:10月10日(日)09時45分51秒

☆とろり様 KOSUKE様 通りすがりの者様

おはようございます。比企さんの話題が続いているようですね。

>私はキャラクターから考えると三原順子さんが近いとその当時は思ってました。松田聖子さんは歌手デビューの予定が80年10月でしたが、サンミュージック一押し中山圭子さんのCMが流れて急遽デビューとなり、正に幸運でした。

たしかにキャラクターでいえば三原さんは近かった(大人びたところなど)ですが百恵さんは歌によって色々なキャラクターを演じることができたのに対して三原さんはつっぱり路線の一点張りだったような気がします。何曲か明るめのポップスも歌いましたが彼女が発売した曲のラインナップを見ると、やはりつっぱり路線のイメージが離れなかったのは否めません。ポスト百恵として82年にデビューした中野美紀さんも百恵さんを彷彿とさせる陰りや暗さはありましたがポスト百恵を意識しすぎたのが敗因でしょう。

たしかに当時のサンミュージックのイチオシは聖子さんではなく中山圭子さんでした。しかし期待された彼女のデビュー曲「パパが私を愛してる」が予想されたほど火が点かず棚ぼたのような形で聖子さんへシフトといった流れがあったようです。おそらくそういう運命になっていたのでしょうね。

>私はこれには少々異議があって、甲斐智枝美さんも後者の3名と同じくらいのタレント性を兼ね備えており、決して地味ではなかったと思います。曲のレベルも一年目は負けていなかったと思いますし。ホリプロやビクターのプッシュが、一押しといっても足りなかったのでは・・・との感想です。そんな中で確かに地味ではありましたが、私が「ポスト百恵」と勝手に決めていたのは浜田朱里さんでした。曲には正直言って恵まれませんでしたが、百恵さんに匹敵する大物感があったと思いますし、第二弾の「あなたに熱中」あたりから「想い出のセレナーデ」まではまっていました。

僕もKOSUKEさんとほぼ同じ意見です。甲斐さんの状況も聖子さんのそれと似ていました。
HTSC優勝の比企さんが期待されたほど伸びず、その結果をふまえて6月デビューの甲斐さんへ徐々にシフトといった形でした。両者のデビュー時のプッシュには明らかに差がありました。ただ完全にシフトなら良かったのですが音楽祭シーズンの秋口の時点でもデビュー時のそれほどではありませんでしたが、HTSC優勝者であった比企さんへのプッシュも多少残っており、このため甲斐さんへのプッシュも全社あげてのものではなく分散する形となってしまった感がありました。ここが聖子さんの状況と甲斐さんの状況の相違点だと認識しています。「マーマレード気分」以降は明らかに甲斐さんプッシュへ完全にシフトされ比企さんは歌手廃業→女優業といった道を歩まれましたが。KOSUKEさんのいう通り甲斐さんは「スタア」といい「さよならサンセット」といい曲に恵まれてましたのでこのプッシュ体制がもう少し早い時期に組まれていれば賞レースの結果にも影響していたかもしれませんね。浜田さんも百恵さんの雰囲気を持ち、さらにその大人びたルックスから醸し出される大物感がありましたが彼女の場合は曲に恵まれませんでしたね。「さよなら好き」は及第点でしたがこの後に出した「あなたに熱中」「青い花火」「青い嫉妬」と暗い曲が続き、しかも百恵さんの一連のドラマを彷彿させるべくタイトルに色をつかうなど百恵色を強く出しすぎたのが敗因とみてます。彼女も聖子さんの勢いに飲み込まれてしまったひとりでもありました。しかもレコード会社も同じという不運を背負いましたし。
魅力があっただけに残念でした。

>「スポーツをテーマにした曲を歌わせる」というコンセプトが比企理恵さんにはあったらしいですよ。じゃあ「恋のワナワナ」や「想像力少女」は何だったんだろう、という疑問がまた出てきますけどね。

これは最近の彼女のインタビューでもご本人がそのように答えておりました。
かつてのアイドル時代を振り返って「スポーツをテーマにした曲を数曲だしたけど売れなかった」と。たしかに「恋のローラーブーツ」は言うまでもなく「ARE YOU HAPPY?」はテニス、「陽気なフラベイビー」はサーフィンがテーマとなっておりました。おそらく「恋のワナワナ」からはそのスポーツ3部作が売れなかったための路線変更でしょう。比企さん独特の曲のコミカルな雰囲気は継続されたもののスポーツをテーマとするものは一応「陽気な・・・」で終了といった流れではなかったのでしょうか。

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ポスト百恵について 投稿者:通りすがりの者  投稿日:10月10日(日)06時10分27秒

ポスト百恵についての話題が出ていますが、私はキャラクターから考えると三原順子さんが近いとその当時は思ってました。比企理恵さんは、スカウトキャラバン優勝をTVで見てましたが正直(何でこんな娘が)と言う印象でした。でもまだ13歳でしたから、百恵さんを育てたようにじっくりと売り出すのかなと感じました。雑誌に「時代が変わればアイドルも変わる、そう比企理恵クンの登場!」と書かれてました。松田聖子さんは歌手デビューの予定が80年10月でしたが、サンミュージック一押し中山圭子さんのCMが流れて急遽デビューとなり、正に幸運でした。

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ポスト百恵と80年 投稿者:KOSUKE  投稿日:10月 9日(土)23時40分25秒

 とろりん村のとろり様

>すでにこの年、山口百恵が引退することが決まっていて、「ポスト百恵」は誰かというこ
とが話題の焦点になっていました。
ぼくは、ラジオで「裸足の季節」を聞いたとき、「それは松田聖子だ」と直感しましたが。

 こんばんは。それは鋭いですね。私も「裸足の季節」を「資生堂エクボ」のCFソングとしてラジオで聴いた時、誰が歌っているかはわからなかったものの、ヒットは確実だろうと思いました。歌唱への気合の入り方が違うと感じましたね。

>もちろん、「ポスト百恵」の座がかかっているのですから、ホリプロがいちばん気合いを
入れてプロモーションをしていたであろうことは想像に難くありません。しかし、事務所
がどんなにプッシュしても、甲斐智枝美、比企理恵を松田聖子、河合奈保子、岩崎良美と
比較すると、やはり、地味な印象は否めなかったように思います。(でも、ぼくは好きで
す。)この年のホリプロの一押しは甲斐智枝美だったと、ぼくは思います。彼女は今では「マイ
ナーアイドル」にカテゴライズされるのでしょうが、ぼくにとっては歌唱がとても魅力的
な歌手で、LP「WINK」「VENUS」は愛聴盤です。

 私はこれには少々異議があって、甲斐智枝美さんも後者の3名と同じくらいのタレント性を兼ね備えており、決して地味ではなかったと思います。曲のレベルも一年目は負けていなかったと思いますし。ホリプロやビクターのプッシュが、一押しといっても足りなかったのでは・・・との感想です。そんな中で確かに地味ではありましたが、私が「ポスト百恵」と勝手に決めていたのは浜田朱里さんでした。曲には正直言って恵まれませんでしたが、百恵さんに匹敵する大物感があったと思いますし、第二弾の「あなたに熱中」あたりから「想い出のセレナーデ」まではまっていました。

>甲斐智枝美の曲は、80年代的な感じがしますが、比企理恵の曲は、70年代の名残りが
強い気がします。佐々木勉が手がけた曲が多いからかもしれませんが。ぼくが思うに、比
企理恵は榊原郁恵の系譜を引き継いだのでしょう。健康的で、元気なアイドルというコン
セプトは、比企理恵を経て、林紀恵、堀ちえみ、伊藤美紀へと受け継がれているように思
います。その意味では、甲斐智枝美よりはむしろ、比企理恵こそが、正統なホリプロアイ
ドルだったのではないでしょうか。

 うーん、この点もまさに事実ではありますが、だとしたら百恵さんや片平なぎささんは正統ではなかったのか?という疑問を持ってしまいます。確かに郁恵さんでホリプロの流れ、というか方向性が変わったのは認めますけどね。その次に流れを変えたのはやはり「バラドル」という(ゴールデンハーフ以来存在はしていたものの、今ひとつ認知されていなかった)単語を世に知らしめた、井森美幸さんと山瀬まみさんということになるような気がします。

>これは、あくまで「ホリプロがそう意図したのだろう」というぼくの憶測です。比企理恵
が唯一残したLP「ラッキー・ギャル」を聴いていると、ローラースケート(『恋のローラ
ー・ブーツ』)や、アメリカンフットボール(『Mr.スーパーボール』)など、「ス
ポーツ」あるいは「スボーツをしている彼」を主題にした曲が確かによく出てきます。

 「スポーツをテーマにした曲を歌わせる」というコンセプトが比企理恵さんにはあったらしいですよ。じゃあ「恋のワナワナ」や「想像力少女」は何だったんだろう、という疑問がまた出てきますけどね。

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♪♪ 投稿者:とろりん村のとろり  投稿日:10月 9日(土)21時28分10秒

☆九埜 さま

はじめまして。こちらこそ、よろしくお願いいたしますm(__)m。

「梅木マリ」さんについてなんですが、「白ゆりの丘」持ってますよ。

あっあと、LP「可愛いグッド・ラック・チャーム」もサイン入りがあります。

「フォノブック」って書いてあるシートレコードとでもいうですかね。
それもサイン入りで三枚ぐらい出てきました。

...あまりのうらやましさに、身悶えしてしまいました。
率直に申し上げますと、梅木マリに関していえば、この掲示板によく書き込んでくださる
「ふ み お」さんのお話をお聴きして以来のうらやましさです。

「白ゆりの丘」は、マスターテープが行方不明である以上、リイシューは半永久的に不可
能でしょう。彼女のEP盤で、いちばんレアなのは「ピーナッツ」だと言われています
が、ぼくが最も聴きたいのは「白ゆりの丘」(と、そのB面の「夢の恋人」)です。
一度も聴いたことがないので...。

LP「可愛いグッド・ラック・チャーム」は、中古レコード市場でも極めてレアなレコー
ドで、入手困難というより、「入手絶望的」と言った方が正確かもしれません。
これを発見しながら買い逃したことを、ぼくは一生後悔すると思います^^。

当時、ご購入なさったのですか?ぼくの方こそ、いろいろお教えいただけたらと思います。

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♪ 投稿者:とろりん村のとろり  投稿日:10月 9日(土)20時49分56秒

そうですね。「恋のワナ・ワナ」(比企理恵)といえば、「宇宙人ワナワナ」(アパッ
チ)、「心ゆらゆら」(西かおり)、「ノアノア気分」(久我直子)...などを思い浮
かべてしまいます^^。

アパッチのEPは中古レコード店で、よく見かけます。マイナー・アイドルグループらし
い「あやしさ」に強く心惹かれるのに、なぜかレコードは「東京アパッチ」しか持ってい
ません。

しかし、彼女らのEPの中で特に「あやしい」のは、何といっても、あきらさんのおっ
しゃる「宇宙人ワナワナ」ですね。そもそも、タイトルが意味不明。しかも、ジャケット
のデザインがすごく胡散くさく、三人のポーズもへんてこで、ずば抜けて「あやしげ」で
す。とてもCBS・ソニーのレコードとは思えません。

「インベーダー&テクノ風のシンセ音が前半ガンガン入る」のですか。それは聴いてみた
いですね。今度見かけたら、買ってみます。

80年デビュー組のアイドルでは、松田聖子、河合奈保子、岩崎良美が頭一つ抜けていて、
その次が甲斐智枝美、柏原よしえ、石坂智子、比企理恵...という印象があります。

一つの時代が幕を開けるときには、不思議とすごい新人がそろってデビューするものです
が、アイドル界にしてみれば80年はまさしくそういう年でした。KOSUKEさんがおっしゃ
る通り、この顔ぶれでは、ホリプロ所属のアイドルといえども、トップに立つのは難し
かったと思います。

すでにこの年、山口百恵が引退することが決まっていて、「ポスト百恵」は誰かというこ
とが話題の焦点になっていました。

ぼくは、ラジオで「裸足の季節」を聞いたとき、「それは松田聖子だ」と直感しましたが。

もちろん、「ポスト百恵」の座がかかっているのですから、ホリプロがいちばん気合いを
入れてプロモーションをしていたであろうことは想像に難くありません。しかし、事務所
がどんなにプッシュしても、甲斐智枝美、比企理恵を松田聖子、河合奈保子、岩崎良美と
比較すると、やはり、地味な印象は否めなかったように思います。(でも、ぼくは好きで
す。)

この年のホリプロの一押しは甲斐智枝美だったと、ぼくは思います。彼女は今では「マイ
ナーアイドル」にカテゴライズされるのでしょうが、ぼくにとっては歌唱がとても魅力的
な歌手で、LP「WINK」「VENUS」は愛聴盤です。

甲斐智枝美の曲は、80年代的な感じがしますが、比企理恵の曲は、70年代の名残りが
強い気がします。佐々木勉が手がけた曲が多いからかもしれませんが。ぼくが思うに、比
企理恵は榊原郁恵の系譜を引き継いだのでしょう。健康的で、元気なアイドルというコン
セプトは、比企理恵を経て、林紀恵、堀ちえみ、伊藤美紀へと受け継がれているように思
います。その意味では、甲斐智枝美よりはむしろ、比企理恵こそが、正統なホリプロアイ
ドルだったのではないでしょうか。

これは、あくまで「ホリプロがそう意図したのだろう」というぼくの憶測です。比企理恵
が唯一残したLP「ラッキー・ギャル」を聴いていると、ローラースケート(『恋のローラ
ー・ブーツ』)や、アメリカンフットボール(『Mr.スーパーボール』)など、「ス
ポーツ」あるいは「スボーツをしている彼」を主題にした曲が確かによく出てきます。

しかし、このLPを聴いていると、彼女はお転婆だけれども、どこか病的で、キッチュな印
象を受けます。ちょうど、森尾由美のプロトタイプのような感じです。

「恋のワナ・ワナ」(森雪之丞作詞)では、アイドルである彼女が自己卑下しています。
「あいつときたら はじめてのデートなのに アイドル歌手の 話ばかりするのよ」
これは、ある意味で、「なんてったってアイドル」(小泉今日子)の先駆けです。

比企理恵自身は、アイドルとしてはマイナーな存在に終わってしまいましたが、振り返り
みれば、80年代アイドルの多様性の預言者であったように思います。

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「帰ってこいよ」他 投稿者:KOSUKE  投稿日:10月 9日(土)13時46分26秒

あきら様

>昨晩寝るときにアパッチの他のシングルは何だっけ?って考えていたのですが思い出したので書き込みしておきます。「カーニバル」の後は「怪盗アリババ」でその次が「宇宙人ワナワナ」でラストが「レモンのキッス」です。合計で7枚出してると思います。

 こんにちは、「怪盗アリババ」も「宇宙人ワナワナ」も記憶のどこを突付いても出てきませんでした。

>松村さんの「帰ってこいよ」は日テレ音楽祭ノミネートでは聖子さんのすぐ後に入場。
結果は落選でした。この頃はブレイクする兆しは見えていたもののまだチャートを駆け上がる前の段階でしたのでこの時点では落選という結果だったと思われます。「歌謡大賞新人まつり」も同じ状況での落選でしょうね。演歌はこういった事がよく起きますね。
神野美伽さんも日テレ音楽祭で「なみだ川」を引っ提げて入場。デビュー曲ともどもチャート上ではそこそこ健闘してましたが落選。しかし秋あたりからグングン頭角をあらわしはじめテレ朝の「あなたが選ぶ全日本歌謡祭」を皮切りに「FNS歌謡祭」「歌謡大賞」にて優秀新人に選ばれました。レコ大では候補に入っていながら最後の最後で渡辺桂子さんと共に落選という結果でしたけど。松村さんも同じようなパターンでしたよね?最終的にはレコ大でそれまで選ばれていた石坂智子さんを蹴落として新人賞5人枠に食い込み、しかも紅白にまで出てしまいましたから。

 「帰ってこいよ」は日テレ新人品評会(ホントにこんな題だったっけ?)では2回目に当選したんですよ。ラジオではすでに数回聴いていましたけど、TVで見たのはこの時が初めてでした。強烈はインパクトでしたねーパチンコ屋でもよくかかってましたよ。夏頃はまだチャートインしたばかりで、今ひとつ浸透しきれてなかったですね。ビクターでも甲斐智枝美さんとどちらをプッシュするか、まだもめてたんじゃないでしょうか?チャートがぐんぐん上昇したのは二学期、秋からですね。最終的には年末に5位まで行き、68万枚までいきましたからね。新宿音楽祭の銀賞を皮切りに軒並み新人賞に入り、有線大賞では最優秀新人賞に輝きましたから。ちなみに松村さんの日テレ音楽祭の行進のコメントは何だったのでしょうか?
 神野さんのレコ大新人賞落選は、それまで賞レースに参加していなかった一世風靡セピア、菊池桃子さん、SALLYが入ったからでしょうね。この3人じゃなかったら長山洋子さん、渡辺桂子さん、神野さん、荻野目洋子さんの中からだったと思いますよ。

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(無題) 投稿者:あきら  投稿日:10月 9日(土)08時12分21秒

☆KOSUKE様

昨晩寝るときにアパッチの他のシングルは何だっけ?って考えていたのですが思い出したので書き込みしておきます。「カーニバル」の後は「怪盗アリババ」でその次が「宇宙人ワナワナ」でラストが「レモンのキッス」です。合計で7枚出してると思います。

>意外なところでは、鹿取容子さん「ゴーイン・バック・トゥ・チャイナ」・松村和子さん「帰ってこいよ」が落選だったそうです。

松村さんの「帰ってこいよ」は日テレ音楽祭ノミネートでは聖子さんのすぐ後に入場。
結果は落選でした。この頃はブレイクする兆しは見えていたもののまだチャートを駆け上がる前の段階でしたのでこの時点では落選という結果だったと思われます。「歌謡大賞新人まつり」も同じ状況での落選でしょうね。演歌はこういった事がよく起きますね。
神野美伽さんも日テレ音楽祭で「なみだ川」を引っ提げて入場。デビュー曲ともどもチャート上ではそこそこ健闘してましたが落選。しかし秋あたりからグングン頭角をあらわしはじめテレ朝の「あなたが選ぶ全日本歌謡祭」を皮切りに「FNS歌謡祭」「歌謡大賞」にて優秀新人に選ばれました。レコ大では候補に入っていながら最後の最後で渡辺桂子さんと共に落選という結果でしたけど。松村さんも同じようなパターンでしたよね?最終的にはレコ大でそれまで選ばれていた石坂智子さんを蹴落として新人賞5人枠に食い込み、しかも紅白にまで出てしまいましたから。

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短期の準備期間のデビューについて他 投稿者:KOSUKE  投稿日:10月 9日(土)00時57分9秒

あきら様

>アパッチは長いですよー。最後のシングル「レモンのキッス」(サントリーレモンCMソング)の発売が1980年ですから少なくとも3年はやっていましたよ。このCMはテレビでよく流れてました。ブッチャーがメインキャラでアパッチの曲がバックで流れてました。これは例のナンシー・シナトラのカバーでみナみかズみ(現:安井かずみ)さんが日本語の詞をつけた有名な曲でもありますが。なんとアパッチバージョンは大滝詠一さんが編曲担当してました。よく予算が続いたものです。「宇宙人ワナワナ」で切り詰めた分を使ったのでしょうか?「カーニバル」の後もワナワナ以外に数枚出してました。

 こんばんは。そのCMは覚えてます。アパッチが歌っていたとは想像していませんでした。ということは1980年、荻野目家は長女がアパッチ、次女はすでに女優デビュー、三女はMILKと三姉妹全員芸能人だったわけですね。想像するに大変な状況だったんでしょう、お母様も心配だったでしょうね(笑)。

>えっ?スコッチが?新人祭り当選したのですか?「君はナチュラル」たしかにいい曲でした。ルックスが確かに・・・。「カックラキン大放送」とかその他の歌番組への露出もかなりありましたよね。前半サビのI LOVE YOUを連発するところが印象的でした。彼は1曲でフェイドアウトですか?中川みどりさん。うーん。可愛かったのですがうれませんでしたね。彼女も早世ひとみさん同様、演歌歌手でありながらもアイドル的な人気がありましたね。途中「奥の細道ひとり旅」という曲をかなり長い間プッシュしていたのを憶えてます。これはあの松尾芭蕉の有名な句 〜五月雨をあつめて・・・〜ってのを歌詞にとりいれてまして出来は良かったと思うのですがチャートインできず仕舞でしたね。
東京12チャンネル(当時)で放送されていた「夕焼け歌謡曲」の常連でした。12チャンネルではかなりプッシュされていたように思うのですが。ただ「奥の細道ひとり旅」のワインカラーの衣装、1年間ずっと同じでなんだかちょっと痛々しかったなぁ。あの程度の衣装ならそこらで既製の調達できただろうに・・・。

 新人祭りは部活で見ることができなかったんですが、友達からも聞いたし、スポーツ紙でも確認しました(笑)。浜田朱里さんもこれだけは当選したんですよ。意外なところでは、鹿取容子さん「ゴーイン・バック・トゥ・チャイナ」・松村和子さん「帰ってこいよ」が落選だったそうです。友達の話によると、松原みきさんも当選したのですが、待ち時間ずっとゲームで遊んでいたそうです(笑)。スコッチは未確認ですが、1曲でフェードアウトだったのでは?でも新宿音楽祭には出てましたね。これも友達からの情報ですが、とにかくデビューの翌年にはすでに郷里の久留米(福岡県)に帰り、家業の酒屋さんを継いだそうです。中川みどりさんは残念ながら曲も顔もよく覚えてないんだなあ。新人祭りも日テレの品評会も×でしたね。その「夕焼け歌謡曲」というのは見たことないし、「奥の細道ひとり旅」も知らないんですが、1年間同じ衣装ってのはちょっと手抜き過ぎですね。お気の毒でした。

 >(比企理恵さん)デビューまでの準備期間が短すぎたのが敗因でしょうか。

 確かに第10回(山瀬まみさん)までのグランプリで、年越しを待たずにその年にデビューしたのは比企理恵さんだけですね。あきらさんは前年末のデビューは不利、って持論のようですが、私はそのグランプリの人の印象が強烈な(消えてない)うちにデビューさせた方がかえってプラス、という考えなんです。「恋のローラーブーツ」の時点では、オーディションの時から歌唱力も格段にアップしていたし、いろんな意味で態勢は整っていたと思うのですよ。河合奈保子さんだってオーディションから3ヶ月後のデビューでしたからね。敗因は時代が「ポスト百恵」という名の正統派アイドルを待っていたのに、ちょっとこの彼女の個性はマッチしなかったからかもしれない。
 むしろ逆に長すぎる方がかえってマイナスだと思うんです。やはりホリプロで河上幸恵さんというスタ誕出身のアイドルは当然ご存知でしょうが、決戦大会合格が81年の初夏だったのに、デビューは2年後の83年7月でした。こうなるともうスタ誕での新鮮味が薄れてしまうと思うんですね。まあその反面、準備はきっちりされていたんでしょうが・・・この後期のスタ誕はメチャクチャでしたね。堤久美子さんなんか決戦大会より3年後のデビューでした。もうプッシュとか、力を入れるには当然至らなかったでしょう。

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はじめまして 投稿者:九埜  投稿日:10月 8日(金)23時15分29秒

初めて書き込み致します。
よろしくおねがいします。
年代が変わらないのにとてもお詳しく、楽しんでは意見させて頂きました。
「梅木マリ」さんについてなんですが、「白ゆりの丘」持ってますよ。笑
そんなにレアと言いますか、凄いものとは思わず・・・。
あっあと、LP「可愛いグッド・ラック・チャーム」もサイン入りがあります。
一枚は、ジャケットしか無いんですけど。笑
「梅木マリ」さんって、凄い方だったんですねぇ。
「フォノブック」って書いてあるシートレコードとでもいうですかね。
それもサイン入りで三枚ぐらい出てきました。笑
いろいろと、教えて下さい。
宜しくお願いします。

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(無題) 投稿者:あきら  投稿日:10月 8日(金)12時38分34秒

☆KOSUKE様

>今読んでびっくりしたんですが、アパッチってそんなに長くやってたんですか?77年のはじめに出てきたんですが、最初の1年(具体的にはオリジナル4枚目の「カーニバル」まで)しか覚えていません。トライアングルにしろフィーバーにしろギャルにしろ、トリオってのは何でこうだめなんでしょう?最初は華やかに出てくるのに、全部尻すぼみ状態で消えていきましたからね。

アパッチは長いですよー。最後のシングル「レモンのキッス」(サントリーレモンCMソング)の発売が1980年ですから少なくとも3年はやっていましたよ。このCMはテレビでよく流れてました。ブッチャーがメインキャラでアパッチの曲がバックで流れてました。これは例のナンシー・シナトラのカバーでみナみかズみ(現:安井かずみ)さんが日本語の詞をつけた有名な曲でもありますが。なんとアパッチバージョンは大滝詠一さんが編曲担当してました。よく予算が続いたものです。「宇宙人ワナワナ」で切り詰めた分を使ったのでしょうか?「カーニバル」の後もワナワナ以外に数枚出してました。

>ところで日テレ音楽祭の記憶、相変わらず素晴らしいですが、懐かしいお名前を拝見しましたね。中川みどりさん、「恋いちりん」でしたね。キャッチフレーズが「見ごろ!食べごろ!17歳」(笑)って何考えてたんでしょう?パティー・リンさんは同年デビューのパティーさんと紛らわしいのですが、「クイーンメリーで朝食を」にひっかけて「パティー・クルー」なるファンクラブを作るなどプッシュはされていたようですが、その努力も実らず。香港ではスターだったらしいから、スタッフも首をかしげただろうし、ご本人もショックだったでしょうね。あとスコッチですよ、「君はナチュラル」。これは網倉一也氏で名曲です。この芸名の由来は私もわかりませんが、「君こそスターだ」出身でした。歌はよかったんだけど容姿がね・・ちょっとオヤジが入ってたのが敗因か?200位には入りましたし、新人祭りも当選したんですけど。

えっ?スコッチが?新人祭り当選したのですか?「君はナチュラル」たしかにいい曲でした。ルックスが確かに・・・。「カックラキン大放送」とかその他の歌番組への露出もかなりありましたよね。前半サビのI LOVE YOUを連発するところが印象的でした。彼は1曲でフェイドアウトですか?中川みどりさん。うーん。可愛かったのですがうれませんでしたね。彼女も早世ひとみさん同様、演歌歌手でありながらもアイドル的な人気がありましたね。途中「奥の細道ひとり旅」という曲をかなり長い間プッシュしていたのを憶えてます。これはあの松尾芭蕉の有名な句 〜五月雨をあつめて・・・〜ってのを歌詞にとりいれてまして出来は良かったと思うのですがチャートインできず仕舞でしたね。
東京12チャンネル(当時)で放送されていた「夕焼け歌謡曲」の常連でした。12チャンネルではかなりプッシュされていたように思うのですが。ただ「奥の細道ひとり旅」のワインカラーの衣装、1年間ずっと同じでなんだかちょっと痛々しかったなぁ。あの程度の衣装ならそこらで既製の調達できただろうに・・・。

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80年の新人 投稿者:KOSUKE  投稿日:10月 8日(金)11時03分24秒

 あきら様
 
 おはようございます。

>郁恵さんの「ROBOT」、アパッチの「宇宙人ワナワナ」などに共通項があるように思います。今、気づいたのですが理恵さんの「恋のワナワナ」とアパッチの「宇宙人ワナワナ」って・・・。両方ともワナワナだったのですね。

 今読んでびっくりしたんですが、アパッチってそんなに長くやってたんですか?77年のはじめに
出てきたんですが、最初の1年(具体的にはオリジナル4枚目の「カーニバル」まで)しか覚えていません。トライアングルにしろフィーバーにしろギャルにしろ、トリオってのは何でこうだめなんでしょう?最初は華やかに出てくるのに、全部尻すぼみ状態で消えていきましたからね。

>理恵さんといえば新宿音楽祭で「恋のワナワナ」を元気いっぱいに歌う姿が印象的でしたが、残念ながら賞レースでは全く活躍できず仕舞でした。日テレ音楽祭では「陽気なフラベイビー」を引っ提げて登場。順番は聖子さんのひとつ前。が新人賞候補7人に選ばれずスコッチ、千葉まなみ、中川みどり、パティー・リンとともにステージの後ろに残されてしまいました。曲やキャラは良かったんだけどな。デビューまでの準備期間が短すぎたのが敗因でしょうか。ドラマ出演などで知名度や人気はあったと思うのですがそれがレコ売り上げにテエがらなかった感がありましたね。

 私は「恋のワナワナ」をまともに聴いたのは新宿音楽祭だけでした。やっぱり甲斐智枝美さんとどちらをプッシュするかでもめてたんじゃないですか、この年のホリプロ。とにかくホリプロが入る余地はなかったですね。比企理恵さんは知名度や人気があったといっても、一部のアイドルファンに限られたのでは・・・という気もします。ところで私は「想像力少女」をずっと「超能力少女」と勘違いしてましたよ。失礼しました、ってところですが。
 ところで日テレ音楽祭の記憶、相変わらず素晴らしいですが、懐かしいお名前を拝見しましたね。中川みどりさん、「恋いちりん」でしたね。キャッチフレーズが「見ごろ!食べごろ!17歳」(笑)って何考えてたんでしょう?パティー・リンさんは同年デビューのパティーさんと紛らわしいのですが、「クイーンメリーで朝食を」にひっかけて「パティー・クルー」なるファンクラブを作るなどプッシュはされていたようですが、その努力も実らず。香港ではスターだったらしいから、スタッフも首をかしげただろうし、ご本人もショックだったでしょうね。あとスコッチですよ、「君はナチュラル」。これは網倉一也氏で名曲です。この芸名の由来は私もわかりませんが、「君こそスターだ」出身でした。歌はよかったんだけど容姿がね・・ちょっとオヤジが入ってたのが敗因か?200位には入りましたし、新人祭りも当選したんですけど。 

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(無題) 投稿者:あきら  投稿日:10月 8日(金)08時52分0秒

☆KOSUKE様

ついに出ましたねー!理恵さんの「想像力少女」。
この曲は彼女のアルバムにも入ってないし、プロモも殆ど無かったしでレア感の強い曲
ですよね。衣装が同じかどうかはあまり憶えてないのですが、おそらく歌手廃業寸前の頃なので事務所もお金をかけなかったのでしょうね。曲の方は当時の流行でもあったテクノとでも言いましょうか、郁恵さんの「ROBOT」、アパッチの「宇宙人ワナワナ」などに共通項があるように思います。今、気づいたのですが理恵さんの「恋のワナワナ」とアパッチの「宇宙人ワナワナ」って・・・。両方ともワナワナだったのですね。アパッチのは当時流行のインベーダー&テクノ風のシンセ音が前半ガンガン入るのですが後半になってそれが全く入らなくなるというシロモノでしたけど、予算の都合でもあったのでしょうか。今となっては謎ですね。(笑)理恵さんといえば新宿音楽祭で「恋のワナワナ」を元気いっぱいに歌う姿が印象的でしたが、残念ながら賞レースでは全く活躍できず仕舞でした。日テレ音楽祭では「陽気なフラベイビー」を引っ提げて登場。順番は聖子さんのひとつ前。が新人賞候補7人に選ばれずスコッチ、千葉まなみ、中川みどり、パティー・リンとともにステージの後ろに残されてしまいました。曲やキャラは良かったんだけどな。デビューまでの準備期間が短すぎたのが敗因でしょうか。ドラマ出演などで知名度や人気はあったと思うのですがそれがレコ売り上げにテエがらなかった感がありましたね。

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出た、「想像力少女」 投稿者:KOSUKE  投稿日:10月 8日(金)07時48分36秒

 とろりん村のとろり様 あきら様

 おはようございます。壁紙の変更ありがとうございました。
 「想像力少女」、比企理恵さんの顔がいまひとつはっきり
してないのが残念なんだけど、どんな歌詞というか、何を
想像してる少女だったんでしょうかね?片想いの男にきまってる
だろって?聞いた話では「恋のワナワナ」と「想像力少女」
が同じ衣装だったそうで、ホリプロさんそれはちょっとご無体な。
 小林幸子さんの「青い太陽」(ひとりGSの田村エミさんは未聴
ですが「黒い太陽」でしたね。いずれにしてもこわい現象)
でのセーラー服姿も超レアで楽しませて頂きました。あのジャケ写
から紅白の例の電動衣装を想像した人が何人いるのやら?

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グループ名 投稿者:初心者  投稿日:10月 7日(木)08時09分35秒

色々なグループが色々な名前をつけています。昔は「・・・ズ」と言うのが普通でした。私の記憶が確かなら「チェッカーズ」の頃まではそうでした。マンションの名前も直訳すると変と聞きましたが、今ではミュージシャンのグループ名も不思議なのもありますね。直訳すれば変なのも昔にも有りました。「ヴィレッジシンガーズ」は「村の歌手達?」他にも幾つもある・・・? GLAYも最初はGRAYだったとか?  失礼しました。

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追加 投稿者:KOSUKE  投稿日:10月 6日(水)23時53分51秒

 あきら様

 抜けておりました。大変失礼いたしました。

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再放送と視聴率他 投稿者:KOSUKE  投稿日:10月 6日(水)23時52分18秒

 よっかー様

>この二人のキャラバンは映像が残ってないのか、見つかってないのか、出てきてませんね。
記念盤のDVDにも収録されてなかったのでテレ朝に残ってないんでしょう。ホリプロにも。
一般の視聴者がビデオで記録しているものが出てこなければ、幻の映像ということになるでしょうね。

 いや、例の番組で(それほど詳しくはないけど)この2人の映像は見ることはできましたよ。

>比企さんのホリプロ優勝映像、前にどっかの番組で見たことがありましたよ。かなり前ですが。大沢さんのはリアルで見て憶えてますけど、テレ朝はテープを保存してないのでしょうか。僕も比企さん、期待してます。コンプリートになるとのことなので出したシングル5枚のAB面はすべて収録ですね。個人的には「陽気なフラベイビー」が好きです。「恋のワナワナ」も良かったですけど。最後の「想像力少女」はあまりプロモもされなかったからレアですね。ちなみに「恋のローラー・ブーツ」はどっかのサイトで無料視聴ができましたよ。最近はお寺巡りに関する本も出されてますよね。一時、精神的に病気になってそれを救ってくれたのがお寺さんだったそうで。

 私は逆に、比企さんのはリアルタイムで見ました。ちょうど25年前。「何でこんな娘を?」と驚いた記憶がありますが(ちょっと今までに見たことがないタイプだったこともあって)、個性的だとは思いましたね。お寺めぐりの件は存じてます。私も精神的にヤバクなったことがあるのですが、お寺や神社は確かに効果はあると思いますよ。まあ芸能界に20年もいれば、いろいろキツイこともあるでしょうしね。曲に関しては「想像力少女」のみやはり未聴です。やっぱり私としてはベストは「恋のローラーブーツ」(198位。確か)でしょうか。

 >ところで沢田玉恵さんがひっそりと復帰してるの知ってますぅ?

 もう30は過ぎたでしょう?「何を今さら」って感想ですが。

>放送局はノスタルジアに答える気はさらさらありませんよ。
とにかく新しい物を作ってスポンサーから金を集めなければならないからね。昔の作品を放送しても新しく集金できないので再放送には後ろ向きなのです。
何でも利権が引っかかってくる時代になったので、地上波ではドラマですらゴールデンタイム、プライムタイムでの再放送が難しいみたいです。おととし「踊る大捜査線」が再放送されたときは特別な処置でしたが、視聴率が20%を超えて「やっぱりな」と思いました。
昔の名作と呼ばれる作品をゴールデンに再放送するほうが、新作を放送するよりも確実に視聴率を獲れるのにどうして新作を作りつづけなければならないのか。
これがクリアされれば、懐かしい映像がどんどん流れるようになるでしょうね。

 なるほどね。スポンサーというハードルをクリアしなきゃならないわけですね。でも昔の番組(ウワッ、すごい地震)を放送しても集金できないのかな?あくまでも視聴率の問題だと思っていましたが、人気番組を放送して視聴率が取れれば御の字なんて単純な世界じゃないんでしょうか?
 最近のTV欄を見ても、とにかく枠を埋めるためにムリして作っている番組だらけだな、という気がするんですよ。CATVの「夜ヒット」がどれだけの視聴率かはわからないけれど、それなりの需要はあるわけだから繰り返してまで放送されているんでしょう、きっと。それは他の人気番組だったものにも共通して言えると思いますよ。

>そう言えば「あの人は今」系の番組でも、讃岐裕子は無いよねぇ。
 私はいつも期待してるのは「スポニチ芸能ニュース」のDVD化です。

 見事に無視されてますね。それほど知名度も高くなかった気もするしね。私はとにかく木之内みどりさん、能瀬慶子さん、中原理恵さん(しつこくてすみません)の3人を取り上げてくれれば満足。まあ他のマイナー・アイドルも大歓迎ですよ。「スポニチ芸能ニュース」でもいいし、「スター千一夜」でも「スタ誕決戦大会」でもDVD化されればすべて歓迎です。

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(無題) 投稿者:あきら  投稿日:10月 6日(水)23時07分22秒

☆よっかー様

ご無沙汰してます。

>私は「伊藤かずえ・ベスト」がうれしくてたまりませんよ。
ところで沢田玉恵さんがひっそりと復帰してるの知ってますぅ?

伊藤さんもかなりのシングル出してますからね。充実したベストになることでしょうね。
デビュー曲や「風と光のスニーカー」小ヒットした「17歳のテロル」は当然としても「悪魔の花嫁」なんかも入るのでしょうか?全曲網羅・・・ですよね?
沢田玉恵さんは前に消えたアイドルを追跡する本か何かでインタビューに答えていて、しかも思いっきりポーズをとった写真が載っていたので復帰する意思がありありなんだろうなって思ってました。

☆KOSUKE様

>こんばんは、よく覚えてますね。残念ながらチャートインもしてませんが。まさかこれもアグネス・チャンのカバーかと思ったら・・・あっ、こちらは「冬の日の帰り道」でした。(笑)

そう。僕も一瞬いつも「あれ?」って思うのですが微妙に違いましたね。

>とりあえず比企理恵さんに興味津々(笑)です。とにかくホリプロタレントスカウトの映像のインパクトがすごすぎて(笑。榊原郁恵さんの「青春気流」を熱唱)、もうシングル5枚のどれでもいいから聴いてみたいような気がします。

比企さんのホリプロ優勝映像、前にどっかの番組で見たことがありましたよ。かなり前ですが。大沢さんのはリアルで見て憶えてますけど、テレ朝はテープを保存してないのでしょうか。僕も比企さん、期待してます。コンプリートになるとのことなので出したシングル5枚のAB面はすべて収録ですね。個人的には「陽気なフラベイビー」が好きです。「恋のワナワナ」も良かったですけど。最後の「想像力少女」はあまりプロモもされなかったからレアですね。ちなみに「恋のローラー・ブーツ」はどっかのサイトで無料視聴ができましたよ。最近はお寺巡りに関する本も出されてますよね。一時、精神的に病気になってそれを救ってくれたのがお寺さんだったそうで。

>それはおめでとうございます。沢田さんってそんなにひどい扱いだったんですか?ナベプロだったし、とっくに(ちゃんとした)CD出てるのかと思っていました。

これまでは版権だかの問題でCBSソニーでは何も出来なかったみたいですが、今回ようやっと重い腰が動いたようですね。「愛の泉」はB面がカラオケだったので合計で9曲収録予定ですね。3人の中では名前が最初にきてるし、曲も1番手に収録されるみたいなので一応この盤ではメインなのでしょうか。とにかく嬉しいですね。

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おめでとうございます 投稿者:KOSUKE  投稿日:10月 6日(水)22時34分12秒

 あきら様

>彼女の第5弾は「夕映えの帰り道」ではなかったですか?これがラストシングルだったと思います。

こんばんは、よく覚えてますね。残念ながらチャートインもしてませんが。まさかこれもアグネス・チャンのカバーかと思ったら・・・あっ、こちらは「冬の日の帰り道」でした。(笑)

>今度のラインナップは凄いですね。比企理恵さんや渡辺典子さん、そしてついに出るのが沢田富美子さんですね。

 とりあえず比企理恵さんに興味津々(笑)です。とにかくホリプロタレントスカウトの映像のインパクトがすごすぎて(笑。榊原郁恵さんの「青春気流」を熱唱)、もうシングル5枚のどれでもいいから聴いてみたいような気がします。

>「ちょっと春風」や「風のシルエット」はこれまで当時ファンクラブ内で販売されたライブカセットからのライブ・バージョンでしかCD化されてませんでしたので

 それはおめでとうございます。沢田さんってそんなにひどい扱いだったんですか?ナベプロだったし、とっくに(ちゃんとした)CD出てるのかと思っていました。

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年末のミラクルバイブルシリーズ 投稿者:よっかー  投稿日:10月 6日(水)22時30分37秒

>あきら様
私は「伊藤かずえ・ベスト」がうれしくてたまりませんよ。

ところで沢田玉恵さんがひっそりと復帰してるの知ってますぅ?

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比企理恵・大沢逸美のキャラバン 投稿者:よっかー  投稿日:10月 6日(水)22時27分36秒

この二人のキャラバンは映像が残ってないのか、見つかってないのか、出てきてませんね。
記念盤のDVDにも収録されてなかったのでテレ朝に残ってないんでしょう。ホリプロにも。
一般の視聴者がビデオで記録しているものが出てこなければ、幻の映像ということになるでしょうね。

「@サプリッ!」は全国ネットが少ないですね。関西、中四国には放送されてないので、私らには見ることができません。九州も福岡、長崎、佐賀、大分までらしいです。
放送局はノスタルジアに答える気はさらさらありませんよ。
とにかく新しい物を作ってスポンサーから金を集めなければならないからね。昔の作品を放送しても新しく集金できないので再放送には後ろ向きなのです。
何でも利権が引っかかってくる時代になったので、地上波ではドラマですらゴールデンタイム、プライムタイムでの再放送が難しいみたいです。おととし「踊る大捜査線」が再放送されたときは特別な処置でしたが、視聴率が20%を超えて「やっぱりな」と思いました。
昔の名作と呼ばれる作品をゴールデンに再放送するほうが、新作を放送するよりも確実に視聴率を獲れるのにどうして新作を作りつづけなければならないのか。
これがクリアされれば、懐かしい映像がどんどん流れるようになるでしょうね。

そう言えば「あの人は今」系の番組でも、讃岐裕子は無いよねぇ。

私はいつも期待してるのは「スポニチ芸能ニュース」のDVD化です。
これならかなりマニアックなアイドルもほぼ網羅できると思います。誰か働きかけてくれないかなぁ。

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(無題) 投稿者:あきら  投稿日:10月 6日(水)22時21分11秒

ご参加の皆様、こんばんは。お久しぶりです。ご無沙汰してました。

>第4弾「シャインの秋」は未聴、第5弾(タイトル失念)はコカ・コーラだかのイメージソングで、作家がNMの人なのでそれだけで拒否感が...。

コカ・コーラのイメージソングだったかどうかは憶えてないのですが彼女の第5弾は「夕映えの帰り道」ではなかったですか?これがラストシングルだったと思います。

そういえば12月にアイドルミラクルバイブルシリーズ出ますねー。今度のラインナップは凄いですね。比企理恵さんや渡辺典子さん、そしてついに出るのが沢田富美子さんですね。こちらはプレデビューの沢田冨美子名義の曲と改名後の桜井真理亜名義の曲がなんと両方とも入る、いわばコンプリートベストになりますね。残念ながら単独での発売ではなくて同じレコード会社で曲数の少なかった佐東由梨さんと沢田玉恵さんとのカップリングになりますが。「ちょっと春風」や「風のシルエット」はこれまで当時ファンクラブ内で販売されたライブカセットからのライブ・バージョンでしかCD化されてませんでしたので今回はめでたく正規の音源が初CD化ということになりますね。

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「@サプリッ!」って番組です 投稿者:KOSUKE  投稿日:10月 6日(水)19時39分46秒

 よっかー様 

>KOSUKEさんはテレビ局に期待しすぎじゃないですか〜。気持ちはわかるけど、視聴者のそんな気持ちをくんで放送してるとは思えないですよ。そんな昼前の時間帯で。
しかも日本テレビだったんでしょう

 こんばんは。そんな、謝られるようなことじゃないんですよ。かえって恐縮です。確かにそうですよね、日テレですから期待するこちらがバカでした。

>第29回までのうち放送されなかったのは5回くらいで、とりあえずは色々な形で放送されてますよ。深夜に放送されたり、特番内で放送されたり、関東ローカルだけだったりとね。

 ええ、私も戸田菜穂さんがグランプリを獲ったのと、男に限定した(優勝ではなかったけど、工藤兄弟を輩出)回の2つは見たのを覚えています。何か放送したりしなかったりと、86年以降は一貫してないんですよねー。

>一昨日に見たという番組名は何ですか? 関東ローカルですか?

「@サプリッ!」という番組でした。関東ローカルかどうかはわからないけど、この時間帯からして全国ネットでは?少年隊東山氏が一応司会です。ちなみに「いつ見ても波乱万丈」が岩崎宏美さんだったんで見て、つけっ放しにしてたらたまたまやってたから、ラッキーだったのかもしれない。比企理恵さんとか大沢逸美さんとかは、なかなか見る機会がないですからね。

 にこら様

 お久しぶりじゃないですかー。お元気ですか?全然コメントがないので、もうご覧になってないのかと思ってましたよ。しかし讃岐さん、「シャインの秋」こそいい歌で、一応セールス的にもベストだったんです。私は逆にこの曲と「ハロー・グッバイ」以外を知らないんですが、CMソング(ナビスコ「リッツ」とか)はよく歌ってた記憶があります。

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讃岐さん 投稿者:にこら  投稿日:10月 6日(水)14時41分27秒

 といえば何と言ってもデビュー曲「ある晴れた日に」が素晴らしいです。続く第2弾「白い花の下で」は出来に期待しすぎましたがポテンヒットでした...第3弾「ハロー・グッバイ」は柏原さんの曲を聞く限りでは平凡な出来です...お昼のワイドショーの健康体操のコーナーでこの曲使われていましたが何となくお昼のエアロビ向けの曲でしょうか????? 第4弾「シャインの秋」は未聴、第5弾(タイトル失念)はコカ・コーラだかのイメージソングで、作家がNMの人なのでそれだけで拒否感が...。

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そうかなぁ〜 投稿者:よっかー  投稿日:10月 6日(水)13時18分3秒

申し訳ない。その番組を見てないので推測でしか話せないので失礼しました。

しかし、KOSUKEさんはテレビ局に期待しすぎじゃないですか〜。気持ちはわかるけど、視聴者のそんな気持ちをくんで放送してるとは思えないですよ。そんな昼前の時間帯で。
しかも日本テレビだったんでしょう。どうせホリプロのスカウトキャラバンBOXのDVDを利用した映像以上のモノは出なかったんでしょう。スカウトキャラバンはテレ朝がメインだからね。

ちなみに第29回までのうち放送されなかったのは5回くらいで、とりあえずは色々な形で放送されてますよ。深夜に放送されたり、特番内で放送されたり、関東ローカルだけだったりとね。

一昨日に見たという番組名は何ですか? 関東ローカルですか?
その番組は懐かしい人をいつも紹介してる番組なんですか?
新聞か何かで確認できませんか?

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HTSCグランプリⅡ 投稿者:KOSUKE  投稿日:10月 5日(火)21時11分9秒

 よっかー様

>現役組の映像しか流さないのはあたり前。
だってその時間の視聴者の大半は現役しか知らないじゃん。
ま、80年代後半から興味が薄れた方々には「誰じゃこりゃ」ってのは仕方ないですよ。

>こんばんは。それはちょっと違うと思いますけどね。だいたいこんな歴代グランプリを見ようと思うのは、私みたいにノスタルジアというか、思い出で見ている層が多いと思います。じゃあ例えばの話になりますが、その番組の(最近のタレントしか知らない)視聴者で比企理恵さんを知っている人がどれだけいるのか?ということになってくるでしょう。こちらとしては最近出てきた知らないタレントより、西村まゆ子さんや能瀬慶子さんの受賞シーン(まあ、どうしてもとまでは言わないけど)を見たいと思うのは当然ですよ。
 百恵さんレベルと比較しても無意味だけど、このコンテストはレベルが下がりすぎました。板倉さんのおっしゃることはある意味ごもっともで、もうこのコンテストが時代にそぐわなくなってきたのは言うまでもありません。やっぱりおニャン子が出てくる前がピークだったと思うんですね。(井森さん・山瀬さんの時が応募者約12万人だったらしいですし)

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HTSCGP(こんな略でいいのか?) 投稿者:よっかー  投稿日:10月 5日(火)19時34分18秒

現役組の映像しか流さないのはあたり前。
だってその時間の視聴者の大半は現役しか知らないじゃん。
ま、80年代後半から興味が薄れた方々には「誰じゃこりゃ」ってのは仕方ないですよ。
一昨年の石原さとみなんかドラマで大活躍してるからいいと思うけどなぁ。
毎回テーマを変えてやってるオーディションだから、歌手が出てないのは仕方ないね。
今年の第29回は「歌」で選んだから楽しみじゃないでしょうか。
佐藤千亜妃さん(岩手・16歳)がグランプリでしたね。

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スカウトについて 投稿者:板倉弘志  投稿日:10月 5日(火)11時40分17秒

タレントスカウトってさ、素人なりセミプロの人に対して
「君こっちにこないか」と誘う方法ですよね。
「私を採用してください」と素人側からアピールするのは
オーディションと言うはず。
もともとのコンセプトをはき違えたままよくここまで
ホリプロも続けてきたね。
70年代80年代はこのやり方で十分商売できたけど
ネットオーディションから古典的ミス・コンテストまで
ごまんとあるご時世ですからねぇ。
もうここらが潮時ではないでしょうか。

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HTSCグランプリ 投稿者:KOSUKE  投稿日:10月 5日(火)11時31分17秒

 こんにちは。
 一昨日日テレの昼前の番組(タイトルは忘れてますが)で、歴代のホリプロ・タレント・スカウトのグランプリを全員紹介していました。学生時代は真剣に見ていましたこの番組も、第11回の伊藤美紀さんからテレビ放送がなくなったせいもあり、社会人になったこともあり興味は薄れていきました。しかしこのコンテストで優勝しても成功したタレントはごく一部ですね。どこに基準を置くかにもよりますが、榊原郁恵さん・堀ちえみさん・井森美幸さん・山瀬まみさん・戸田菜穂さん・深田恭子さんといったぐらいでしょうか?(審査員特別賞は除く)
 とにかく後半の人達は歌を出してないから、誰が誰かわからないし、「なんでこんな人が?」って方が結構優勝してます。それで現役組だけVTRを流す、って手法(こういうのも肖像権の問題で本人の許可がいって、引退した人には連絡がつかないからでしょうか)にはアタマにきましたが、やはり一番可愛かったのはなんといっても能瀬慶子さんでしょう。異論はあるかと思いますが、ごらんになった方はぜひご感想をどうぞ。 

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さっそくありがとうございました 投稿者:KOSUKE  投稿日:10月 4日(月)23時03分17秒

 とろりん村のとろり様

 早速どうも変更ありがとうございました。わがままを申し上げてすみませんでした。
 「シャインの秋」、(今もあるのかな?)キスミー化粧品のCFソングでしたね。
 讃岐裕子さん、この曲(67位)と後に超有名になった「ハロー・グッバイ」(71位)
と2曲チャートインしています。
 それにしてもバックの紅葉の写真も、とてもきれいに撮れていますよ。 

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表紙 投稿者:KOSUKE  投稿日:10月 4日(月)21時46分15秒

 とろりん村のとろり様

 こんばんは。なんか盛り下がってますね。
 ところでもう9月も終わりましたし、表紙の「さよならセプテンバー」は見飽きました。
 とろりさんの趣味なんでしょうけど、お気を悪くされたなら申し訳ございません。

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裏番組 投稿者:初心者  投稿日:10月 4日(月)08時16分33秒

金曜日以来1件も入ってないですが・・・?
関西の朝の番組には「おはよう朝日です」ABCと言う番組があります。その番組の準レギュラーリポーターにHOP CLUBがいます。そのなかの加美真陽さんがいます。彼女が、その裏の「あん」MBSと言う番組にゲストで出ちゃったのです。規制は無かったのでしょうが歌番組とドラマとかジャンルが違っても考えられないでしょう?でもこの2番組は殆ど同じ内容の番組なので凄く不思議です。  この掲示板の趣旨から離れた話題で失礼しました。

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ドリフはたしかに古いね 投稿者:板倉弘志  投稿日:10月 1日(金)16時51分46秒

久し振りにここのサイトを覗いたらドリフにふれていたので当時のバンド
形成についてお話しします。といっても僕も人から聞いた話なので
信憑性はさだかではありません。
彼らはもともと戦後お金の稼ぐ口として楽隊稼業をしていた連中です。
米軍キャンプで演奏してギャラをいただきオマンマをくってたわけ。
そんな連中が次々と現れると英語が達者な手配士が現れる。
上野の駅前で楽器が弾ける連中が集合し、
「ギターはお前、ドラムはお前、ピアノとベースはあんたとあんた」
てな具合。バンド名も適当につけていたらしいからバンド名同じでメンバー
がバラバラのこともあったそうな。
この手配士という商売が日本の芸能プロダクションのルーツです。
ドリフターズも同期のクレイジーキャッツも米軍キャンプまわりの
ウェスタンバンドやジャズバンド出身ですからね
オリジナルメンバーを確定できるのは不可能かもね。
ちなみにいかりや氏の前バンドは「ジミー時田とマウンテンプレイボーイズ」
です。現在入手可能。CD出てますね。

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