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過去の「モナ・ムール!歌謡ポップスの掲示板」(その52)

16.8.1〜16.8.31

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また追加 投稿者:KOSUKE  投稿日: 8月31日(火)23時32分19秒

 あきら様 UKJ様

 まだ質問あったんですね、ごめんなさい。ラジオっ娘は残念ながら1曲もチャートインしておりません。

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追加 投稿者:KOSUKE  投稿日: 8月31日(火)23時21分46秒

 あきら様

 よく質問を読んでなくてすみません。アパッチは日テレ音楽祭に「あまったれ」で会場には呼ばれたものの落選、私が記憶している限りそれ以外の新人賞はいずれもノミネート・出場していませんでした。

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モナムール度が濃いですね(笑) 投稿者:KOSUKE  投稿日: 8月31日(火)23時16分50秒

 あきら様

 こちらこそ。いろいろと知らないことばかりなので楽しみにしてますよ。

>私は実はベリーズが歌っている場面をみたことがありません。
KOSUKEさんが忙しい時期だったのでしょうか?確か「全員集合」にもレギュラーで出てまして数回ほど番組内で歌わせてもらってたと思います。TBSの「街角テレビ」などに夏休み中は良く出てました。

 大學の後半で、まあ暇じゃなかったですね、いろいろと(笑)。この頃は「全員集合」はもう見てませんでしたし、「街角テレビ」(懐かし・・・)も見てませんでした、残念ながら。

>「リトル・キッス」ね。ほとんど見たことはなかったんで、出だしの♪リルキッス リルキッス リルキッスしか覚えてませんが、相当おませさんな歌詞だったんでしょ?荻野目姉妹は長女もアパッチ(♪丸秘 丸秘 恋のブロックサイン)に参加してたし、次女だけが何か雰囲気も生き方も違う(ちなみに同い年)という印象が前からあります。ところでキッズ・グループですが、「わたしのベイビー・ボーイ」を歌っていた「クリケッツ」はご存知でしょうか?♪問題なのよ 次の日曜日 で始まる曲なんですが、ちびっこのど自慢の常連で作られたグループでした。
>♪あの時見てたのドッキリ 優しく囁きながら キュートな誰かを抱きしめ あなたはショックなキッス 名前さえも知らず憧れたのとっても 揺れる青い眼差し 危険ね まぶしいわ OK! OK! あなたのすべて〜 知ってみたいのよ一度 あなたに強く抱かれて
試して試してみたいの 恋のはじめての手ほどき
間違ってるかもしれませんが当時の記憶を辿って書いてみました。「リトル・キッス」の歌詞です。湯川れい子先生の作でした。当時のオリコンの「101位以下の注目曲」のところに入ってたのを憶えてますので200位入りはしたと思われます。リアルタイムでのクリケッツは知りません。76年頃のデビューでしたか?

 よく覚えてるねー(唖然)。しかし湯川れい子さん、小学生にこんな歌詞歌わせていいんですか?小学生でこのテの歌詞は、SPPED「BODY&SOUL」が最初かと思ってましたが、すでに80年に、しかもあの荻野目ちゃんが??ショックです(笑)。
 クリケッツは76年7月デビューです。まあ一応91位にチャートインしたんですが、たぶん1曲でフェードアウトだったはずです。

>グッピーズ、良かったんですけどねー。
♪サタデーナイト・パーティー、サタデーナイト・パーティー、この指とまれ〜
ミルクもそうでしたけど、このグループのコーラスワークもなかなか上出来でした。
所属「エルボンレコード」ってなってましたけど、あまり馴染みの無い名前です。
CDでの復刻なんて期待できないですねー、これでは。どなたかエルボンってご存知ですか?たみちゃんは「うさぎ」の後、夜ヒットDXのダンサーとして一時踊ってましたね。

 さすがにエルボンレコードまでは知りません(笑)。ユピテルレコードは知ってますけど。
でもたみちゃん、夜ヒットDXのダンサー・・・この方がショックです。先日の川島恵さんのさいたまんぞうさんとのデュエット(演歌転向)に匹敵します。だって「たみちゃん」って番組名まであったんですから。

>アパッチは「ソウルこれっきりですか」のテレビ用の急造グループでしたがこれが意外に大ヒットとなって「恋のブロックサイン」で正規デビューになったのですよね?
賞レースは「77年歌謡大賞新人祭り」で選ばれたのが最高成績でしょうか?
「恋のブロックサイン」はピンクレディーの「サウスポー」のプロトタイプ的な感じがします。カラフルな野球のヘルメットにユニフォーム風のホットパンツが衣装でしたね。
この路線でもうちょっといってほしかったのですが第2弾の「あまったれ」からイロモノ→企画モノになってしまいナンシー・シナトラのカバー「レモンのキッス」がラスト。まぁ、長くもったほうでしょう。

 おっしゃる通りです。これはもともとマイナー・チューニング・バンドという(実在したかどうかはわかりませんが)のがオリジナルで、テレビ用にアパッチが結成されたんです。「恋のブロックサイン」はチャートインもしてませんし、新人祭りに当選したのは謎ですね。まあPLの「サウスポー」のプロトタイプだったということは充分考えられます。私は第三弾の「東京アパッチ」がベストだと思ってるんですけど。

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(無題) 投稿者:あきら  投稿日: 8月31日(火)22時51分44秒

☆UKJ様

こんばんは。いつもお世話になっています。

ラジオッ娘についてはあまり詳しくないのですが、オールナイトニッポンのパーソナリティになる前に受け持っていた番組「電話好きっ子ラジオッ子」で人気が出ての起用だったと思います。デビュー曲はその番組に沿った企画モノで「やったねMARIKO!」というタイトルでした。「茅ヶ崎サンライズ」は競作で新田さんをはじめアニソンの女王、堀江美都子さんも歌ってました。最高位が何位だったかはっきりと憶えてないです。KOSUKEさん、データブックに載ってますか?101位以下であれば当時のオリコンが自宅にあるので調べようと思えば調べることはできますが・・・。

☆KOSUKE様

いつも楽しい&ためになるレスをありがとうございます。

>私は実はベリーズが歌っている場面をみたことがありません。

KOSUKEさんが忙しい時期だったのでしょうか?確か「全員集合」にもレギュラーで出てまして数回ほど番組内で歌わせてもらってたと思います。TBSの「街角テレビ」などに夏休み中は良く出てました。

>「リトル・キッス」ね。ほとんど見たことはなかったんで、出だしの♪リルキッス リルキッス リルキッスしか覚えてませんが、相当おませさんな歌詞だったんでしょ?荻野目姉妹は長女もアパッチ(♪丸秘 丸秘 恋のブロックサイン)に参加してたし、次女だけが何か雰囲気も生き方も違う(ちなみに同い年)という印象が前からあります。ところでキッズ・グループですが、「わたしのベイビー・ボーイ」を歌っていた「クリケッツ」はご存知でしょうか?♪問題なのよ 次の日曜日 で始まる曲なんですが、ちびっこのど自慢の常連で作られたグループでした。

♪あの時見てたのドッキリ 優しく囁きながら キュートな誰かを抱きしめ あなたはショックなキッス 名前さえも知らず憧れたのとっても 揺れる青い眼差し 危険ね まぶしいわ OK! OK! あなたのすべて〜 知ってみたいのよ一度 あなたに強く抱かれて
試して試してみたいの 恋のはじめての手ほどき

間違ってるかもしれませんが当時の記憶を辿って書いてみました。「リトル・キッス」の歌詞です。湯川れい子先生の作でした。当時のオリコンの「101位以下の注目曲」のところに入ってたのを憶えてますので200位入りはしたと思われます。リアルタイムでのクリケッツは知りません。76年頃のデビューでしたか?

>さて「グッピーズ」は全く知りませんでした。(このレベルにいくとアイドルオタク度、と言うと語弊がありますので、「モナムール度」(造語)トリプルAくらいの方じゃないとダメなのでは?)たみちゃん、グループでもソロでもダメだったんですね。残念でした。

グッピーズ、良かったんですけどねー。
♪サタデーナイト・パーティー、サタデーナイト・パーティー、この指とまれ〜
ミルクもそうでしたけど、このグループのコーラスワークもなかなか上出来でした。
所属「エルボンレコード」ってなってましたけど、あまり馴染みの無い名前です。
CDでの復刻なんて期待できないですねー、これでは。どなたかエルボンってご存知ですか?たみちゃんは「うさぎ」の後、夜ヒットDXのダンサーとして一時踊ってましたね。

アパッチは「ソウルこれっきりですか」のテレビ用の急造グループでしたがこれが意外に大ヒットとなって「恋のブロックサイン」で正規デビューになったのですよね?
賞レースは「77年歌謡大賞新人祭り」で選ばれたのが最高成績でしょうか?
「恋のブロックサイン」はピンクレディーの「サウスポー」のプロトタイプ的な感じがします。カラフルな野球のヘルメットにユニフォーム風のホットパンツが衣装でしたね。
この路線でもうちょっといってほしかったのですが第2弾の「あまったれ」からイロモノ→企画モノになってしまいナンシー・シナトラのカバー「レモンのキッス」がラスト。まぁ、長くもったほうでしょう。

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オールナイトニッポン 投稿者:UKJ  投稿日: 8月31日(火)20時49分13秒

KOSUKE様はじめ、皆さんありがとうございました。

ところで、今の感覚だと考えられないんですが、売れないアイドルであったラジオッ娘が
オールナイトニッポンの1部パーソナリティを務めていたのには、いまだに疑問が残っています。
なぜ、彼女達のランクのアイドルが中島みゆきたタモリ、ビートたけしと同じ場にいたのか
不思議でなりません。
新田一郎作の「茅ヶ崎サンライズ」は名曲だと思いますが、オリコン何位までいったの
でしょうか?後藤次利アレンジバージョンが入ったアルバムは、もう手にはいらないのでしょうね。

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ご返信ありがとうございました 投稿者:KOSUKE  投稿日: 8月31日(火)19時13分56秒

 初心者様

 ご返信ありがとうございました。知らなかったことばかりで勉強になりました。

>嵐寛寿郎さんは何回か離婚されていますがその際には、財産といえる物何から何まで全て渡してご本人はすっからかんになったと聞いています。

 それではディック・ミネさんと同じですね。

>嵐寛寿郎さんのご葬儀の際、香典泥棒にあった話は有名ですね。女優の森光子さんは姪にあたります。

 これ、両方存じませんでした。しかし森光子さんも若いですよね・・・。

>眼鏡はもちろん当時はコンタクトも無かったのです。

 映画が量産されていた時代のような気がしますけど、作る側も演じる側もそれだけ真剣だったってことを物語っていますね。 

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KOSUKE様 投稿者:初心者  投稿日: 8月31日(火)18時56分14秒

嵐寛寿郎さんは何回か離婚されていますがその際には、財産といえる物何から何まで全て渡してご本人はすっからかんになったと聞いています。その時ではないですか?最後は、随分若い奥さんがいらしたのでご自身が新聞配達という事は無いのではないですか?尚余談かもしれませんが嵐寛寿郎さんのご葬儀の際、香典泥棒にあった話は有名ですね。女優の森光子さんは姪にあたります。生前嵐寛寿郎さんが話されていた話で面白い話があります。「大河内伝次郎さんとの立ち回りはまいった。」とか「あいつはスッゴイド近眼なのにホン身(真剣)で立ち回りをしよる!」と話されていました。眼鏡はもちろん当時はコンタクトも無かったのです。

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キッズ・グループ追加 投稿者:KOSUKE  投稿日: 8月31日(火)15時53分16秒

 あきら様

>思いつくところではクリッパーやたみちゃん(野崎たみこ)が在籍してたグッピーズとか。

クリッパー、いましたねー。さっき忘れてましたけど、ぎんざNOWのレギュラーがあったり、デビュー曲「あいつのストリート」で日清焼きそばのCFに出演と、知名度は高かったのですが。新人賞レースではダメでしたね。新人祭りも落選、日テレの例の新人品評会も500票いきませんでした。一応「あいつのストリート」(80位)、「BOY」(86位)とチャートインしたんですが。「BOY」は後で都倉俊一氏も「ウィンズ」としてセルフカバーしてましたが、このクリッパーのコーラス・ワークは素晴らしかったです。
 さて「グッピーズ」は全く知りませんでした。(このレベルにいくとアイドルオタク度、と言うと語弊がありますので、「モナムール度」(造語)トリプルAくらいの方じゃないとダメなのでは?)たみちゃん、グループでもソロでもダメだったんですね。残念でした。

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キッズ・グループ他 投稿者:KOSUKE  投稿日: 8月31日(火)10時14分7秒

 おはようございます。

 あきら様 

>ベリーズの賞レースはKOSUKEさんの言うとおりだと思います。86年デビューでしたが
賞レースに参加していたのを見たことはないです。

 私は実はベリーズが歌っている場面をみたことがありません。「その前にチェックオンチェック」、これお菓子のCFソングでしたよね?それで見ただけです。そのラズベリー、ブルーベリー、ストロベリーというのは「オリコン・ウィークリー」で知りましたが、今写真を見せられても誰が誰だかわからないので意味がないと思います(笑)。やっぱり「ぎんざNOW」とか「アップルシティ」(関東地区以外の方すみません)とか「レッツヤン」みたいな番組が全部終了したのは大きいですよ。こちらの責任(笑)ばかりとは言えません。

>「リトル・キッス」は荻野目さんが在籍してたMILKでしたね。夏休み限定でしたけど「紅白歌のベストテン」にも出たし短期間ではありましたが露出はかなりありました。実はメンバーのひとりと中学が一緒でした。あの頃はリトル・ピンクもそうですけど子供で構成されたグループが結構いましたね。

 「リトル・キッス」ね。ほとんど見たことはなかったんで、出だしの♪リルキッス リルキッス リルキッスしか覚えてませんが、相当おませさんな歌詞だったんでしょ?荻野目姉妹は長女もアパッチ(♪丸秘 丸秘 恋のブロックサイン)に参加してたし、次女だけが何か雰囲気も生き方も違う(ちなみに同い年)という印象が前からあります。ところでキッズ・グループですが、「わたしのベイビー・ボーイ」を歌っていた「クリケッツ」はご存知でしょうか?♪問題なのよ 次の日曜日 で始まる曲なんですが、ちびっこのど自慢の常連で作られたグループでした。

 初心者様

 あの「鞍馬天狗」の嵐寛寿郎さんが最後は新聞配達で食べていた、という話を耳にしたことがあるのですが、本当なんでしょうか?(サクセスとは逆ですが)

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ベリーズ 投稿者:あきら  投稿日: 8月31日(火)08時39分30秒

☆KOSUKE様

おはようございます!

ベリーズの賞レースはKOSUKEさんの言うとおりだと思います。86年デビューでしたが
賞レースに参加していたのを見たことはないです。あくまでもメジャーな音楽祭のみでの記憶の限りですが。僕もこの頃は段々と興味が失せていた時期なのでそれ以前ほどの記憶も残ってないです。ストロベリー、ラズベリー、ブルーベリーの3人組でクラウンレコードのイチオシでした。何かの番組で(夏休み中の昼間の番組でプールサイドからの中継だったような)ゲスト出演した時にベリーズの1人が歌用の靴を履くのが間に合わずひとりだけ裸足で歌っていたのを見た記憶があります。このテのグループにしては息も長かったですね。シングル5枚出てました。

「リトル・キッス」は荻野目さんが在籍してたMILKでしたね。夏休み限定でしたけど「紅白歌のベストテン」にも出たし短期間ではありましたが露出はかなりありました。実はメンバーのひとりと中学が一緒でした。あの頃はリトル・ピンクもそうですけど子供で構成されたグループが結構いましたね。思いつくところではクリッパーやたみちゃん(野崎たみこ)が在籍してたグッピーズとか。後者は夏休み中にテレ東の朝の番組でデビュー曲の「サタデーナイト・パーティー」が毎朝流されてましたし、向ヶ丘遊園地でデビュー曲発表のイベントをやるとかで駅にポスターまで貼ってあったのを憶えてます。熱海後楽園ポップランド(この遊園地ってまだあるのでしょうか?)のCMにも3人揃って出てました。マイナーな話題で失礼致しました!

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副業 投稿者:初心者  投稿日: 8月31日(火)07時59分24秒

色々な歌手、タレントが副業をやっています。その中で私が思う最も成功したのではと思うのは歌手ではないのですが昔の東映時代劇俳優「月形龍之介」さんなんです。信用金庫(新聞の折り込みチラシに本名と(芸名)が有りました)、タクシー会社などを経営されているんです。京都の「アオイグループ」がそうなんです。こんな所で才能を発揮され芸能界からは消えていく人もいるのです。

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ベリーズ 投稿者:KOSUKE  投稿日: 8月31日(火)07時15分37秒

 UKJ様

 おはようございます。

>ベリーズを思い出しました。
「その前にチェックオンチェック」や「女の子は何で出来てる」は賞レースに出れたのでしょうか?
どなたか教えていただければと思います。

 この頃は以前ほど詳しくはないのですが)私の記憶ではたぶん全く出ていなかったはずです。(あきらさん異論がありましたら宜しくお願いします)
 ちなみに「その前にチェックオンチェック」が91位、「タメシテみたい」が86位という結果でした。

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重ね重ねありがとうございます 投稿者:UK」  投稿日: 8月31日(火)01時24分46秒

あきらさん、KOSUKE さん、くじら2号さんありがとうございました。

KOSUKEさん>
私も2月生まれなので早生まれです。83年は大学入学して初の長期バイトだったので
記憶が鮮明なんですよね。

全く関係ありませんが、最近見かける「ベリーズ工房」とかいうグループを見て、
ベリーズを思い出しました。
「その前にチェックオンチェック」や「女の子は何で出来てる」は賞レースに出れたのでしょうか?
どなたか教えていただければと思います。

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ご先祖とは・・・? 投稿者:KOSUKE  投稿日: 8月30日(月)23時06分12秒

  とろりん村のとろり様

 やっぱりそう思われるでしょう?どこも追悼番組をやらないし、あれではかわいそうです。
 ところで、

>ぼくの先祖には、東映時代劇映画全盛期の監督、戦前の流行歌歌手がいます。
ぼくが歌謡曲好きなのは、たぶん、そういう遺伝子のせいなのだろうと思っています。

さっきここを見落としていましたが、具体的にどういう方なのですか?
間違いなくDN」Aの力は大きそうですね。私の母も芸能界大好きなんで(流石にチャートには興味がないようですが)、子供の成長に重要な3歳まで歌番組とかドラマをずっと流していたそうです。息子がこんなオタクになるとか想像しなかったんでしょうか、って感じです(笑)。

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♪ 投稿者:とろりん村のとろり  投稿日: 8月30日(月)22時35分5秒

☆KOSUKEさま

あれは、最悪でしたね。テレビ東京には朱里エイコが歌っている画像がないのかと思いま
した。あれならば、特に流す必要もなかったのではないかと思います。

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昭和歌謡大全集、ガックリ。 投稿者:KOSUKE  投稿日: 8月30日(月)22時09分33秒

 あきら様 とろりん村のとろり様 クジラ2号様

 こんばんは。

 あきらさん、83年度の歌謡大賞新人賞についてはありがとうございました。この時大学1年だったんですけど、バイトでもやってたんでしょうか?The Good-Byeと岩井小百合さん(「恋☆あなたしだい」も入手希望です)が放送音楽新人賞を獲ったのは記憶にありましたが、このノミネートの8人は知りませんでしたよ。「泣き虫なマリオネット」は当然存じません。金の鳩賞候補にも入ったんですね。この中で小野さとるさん「よこはまチャチャ」、チャートインしなかったので「なぜ?」(レコ大にも入ったのはご存知でしょう)とは思いましたが、曲自体はよくて、カラオケでも歌った記憶があります。

 とろりさん、今「昭和歌謡大全集」を私も拝見しました。昔の歌手もいいんだけど、あの朱里エイコさんの扱いは何ですか?昔の芸能ニュースの画像をつなげてレコードを流してるだけ。それもワンコーラス。あれはひどすぎます。昔の歌っている画面が入手できないのなら、無理してやる必要はなかったと思います。まあトリを橋幸夫さんの「恋のメキシカン・ロック」で締めてくれたのは、個人的にはありがたかったですが。

 クジラ2号様

 どういたしまして。そうですね、お仕事が忙しいとTVどころじゃありませんよね。お疲れさまでした。ちなみに「燃える想い」はカティーサークのCFソングで♪離れたくない 離さない でしたよね。36位で8万枚という結果でした。作曲は三木たかし氏だったんですね。

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(無題) 投稿者:あきら  投稿日: 8月30日(月)21時30分29秒

☆KOSUKE様

真祐美さんの賞レースについてですが・・・
原真祐美さんは「歌謡大賞」で8名(接線の為増員)に入りました!最優秀はTHE GOOD BYEと岩井小百合さん。他のノミネート歌手は桑田靖子さん、大沢逸美さん、伊藤麻衣子さん、森尾由美さん、小野さとるさんの計8名でした。
「金妻3」に出演された後にヌード発表→引退だったと記憶してます。
最後のシングルになった「泣き虫なマリオネット」はメディアでの披露は殆ど無かったと思います。2年目は日テレ音楽祭にて「夏のレッスン1」を引っさげて金の鳩賞候補に。
しかし該当者なしという結果に終わったことは有名なところですね。

☆クジラ2号様

はじめまして。こちらこそよろしくお願いします。

原あつこさんは同期の新人の中でもすごく大人の女性というイメージだったことを憶えています。スマッシュヒットした「燃える想い」はとても良い曲でした。
西部警察関連でヒットした「愛のゆくえ」の幸田薫さんも原さんほどではないですがアダルトな路線でした。「想い出はたそがれ色」もいい出来でした。後に紅理子と名乗って「女の60分」などで活躍されてましたね。

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♪ 投稿者:とろりん村のとろり  投稿日: 8月30日(月)21時24分22秒

今、「昭和歌謡大全集」(テレビ東京)を見ています。
やはり、断然、心惹かれます。

ぼくの先祖には、東映時代劇映画全盛期の監督、戦前の流行歌歌手がいます。
ぼくが歌謡曲好きなのは、たぶん、そういう遺伝子のせいなのだろうと思っています。

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にごり雨 投稿者:クジラ2号  投稿日: 8月30日(月)19時08分22秒

☆UKJさん
宮本典子「Rush」と「大宮京子&オレンジ」無事入手されると良いですね。
「大宮京子&オレンジ」はけっこうな価格ですね。

☆KOSUKEさん

1980年頃は 仕事が忙しくて、賞レースのTVが放送されていた時間帯は家にいなかったと思います。 フォローありがとうございました。

☆あきら さん
はじめまして(ですよね?)。
原あつこさんは、かなり聞いてました。「燃える想い」(フィリップス FS-2116)のB面「にごり雨」(丸山圭子作詞作曲)は、良い曲でした。バックのドラムとベースのノリも最高でした。
数年前「流氷の詩」も入手しましたが、こちらも良かったです。アルバムも1枚出してたと思います。 フィリップス音源は、テイチクのクロニクルさんから色々CD化再発されてますが、原あつこさんのベスト盤など発売してもらいたいですね。

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原真祐美さん 投稿者:KOSUKE  投稿日: 8月30日(月)17時15分36秒

 UKJ様

 こんにちは。くじら2号さんへのご質問のようなので、私が横レスでお答えするのも失礼かとは思いましたが。 
 83年の新人賞レースは、前年の82年が盛り上がりすぎたために、今ひとつパッとしなかった
印象を与えますが、松本明子さんを筆頭に、いとうまい子さんや森尾由美さんなど、息長く活躍している人も結構いますよね。
 原真祐美さんですが、偶然ですが私も「ByeBye September」(89位)と「夏のレッスン1」が好きなんですよ。新人賞レースは、かなり健闘してましたよ。歌謡大賞上半期新人祭りに当選、日テレ・銀座・新宿音楽祭すべてにノミネート or 出場しました。新宿音楽祭では銀賞を獲得しています。ただレコ大の5人には惜しくも入れませんでしたね(大沢逸美さんの「ダンシング・レディ」は当選しました)。あと年末の歌謡大賞の7組に入ったかどうか思い出せませんが・・・あきらさんご存知ですか?彼女は女優に転向して、もう引退したんですよね?あの「金妻3」に、篠ひろ子さんに憧れるOLの役で出演していたのを見たのが最後です。「金妻3」と書くと、自動的に♪I'm just a woman Ah fall in love...と「恋におちて」のメロが出てくるのですが(笑)。
 ところで40年って、昭和40年ですよね?79年とありますから、もしかして1940年かと一瞬は思いましたが(笑)、「夏休みのバイト」って書いてありますからね。私も早生まれですが同い年です。今後ともよろしくお願いいたします。

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(無題) 投稿者:あきら  投稿日: 8月30日(月)17時09分8秒

☆UKJ様

はじめまして。こちらこそよろしくお願い致します。

>原真祐美は新人賞レースではどうだったんでしょうか?
夏のバイトで、清涼飲料水関係の運搬助手をしていた夏休みに「ByeBye September」と
大沢逸見の「ダンシングクイーン」がラジオから嫌というほど流れていたのをよく覚えています。「夏のレッスン1」は名曲だと思いますね。

原さんの新人賞レース、かなり健闘した方だと思います。レコ大以外のメジャーな音楽祭にはすべて参加&優秀枠に選出されてました。新宿音楽祭ではたしか銀賞だったと思います。「メガロポリス音楽祭」では「決心」で、日テレ音楽祭では「恋人なんて」で、それ以降の音楽祭には「BYE BYE SEPTEMBER」でエントリーしてました。
デビュー曲の「決心」は最高102位でした。

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ありがとうございます。 投稿者:UK」  投稿日: 8月30日(月)15時57分42秒

くじら2号さん

ありがとうございます。早速手に入れたいとい思います。
私は40年なので、79年のレコ大はリアルなはずなんですは、KOSUKEさん、あきらさんの
やり取りは、自分がおぼえていない事が多々あり、読み応えがありました。

私が記憶しているのは、79年の新人賞レースについてある新聞に、前2年に比べて小粒
と書いてあったことですね。
しかし、今考えて見ると、今や生でテレビで見ることがなくなった竹内まりやや、
日本の女性R&Bシンガーとして本場で最も評価されているmimiが毎週のようにテレビで
歌っていたのは貴重ですよね。当時の映像はお宝だと思います。

ところで、時代が多少進みますが、原真祐美は新人賞レースではどうだったんでしょうか?
夏のバイトで、清涼飲料水関係の運搬助手をしていた夏休みに「ByeBye September」と
大沢逸見の「ダンシングクイーン」がラジオから嫌というほど流れていたのをよく覚えています。
「夏のレッスン1」は名曲だと思いますね。

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早速・・・ 投稿者:KOSUKE  投稿日: 8月30日(月)13時54分50秒

 あきら様

 なんか2人で盛り上がってる感がしないでもないですが(笑)、早速迫力に満ちたレスどうもありがとうございます。

>レコ売り上げやコネなどに左右されにくい賞であったことは他の年度の人選を見れば一目瞭然ですね
 全体的にセールスがイマイチの年でしたから、結果的にそうなったのかもしれませんね。私は結構逸材を輩出した年だと思っているのですが。

>ポップコーンは第2弾の「フレー!フレー!」(洋楽カバー)で日テレ音楽祭ノミネートに参加してました。デビュー曲の「ブルーロマンス薬局」は日テレの朝の子供番組で大プッシュされていたのでもう少し売れるかな?と当時は予想してました。

 「おはようこどもショー」でしょ?私はスタ誕のデビューコーナーと「レッツヤン」で見ただけですが、強烈なインパクトのためワンコーラスソラで歌えます(何の自慢にもならない。CDも後でゲットしましたが)。私も友達とこの曲に関しては盛り上がってましたよ。

>ロコとエッコの「かなしみ発しあわせ行」も日テレの「おはようこどもショー」関連で今月の歌のような形で放送されてました。

 もうついていけない(笑)。リトル・ピンクとか知りませんよ(「リトル・キッス」は知ってますが)。第二弾は最後の♪ 恋 恋 恋の熱しかわかりませんし。「かなしみ発しあわせ行」は♪花のように鳥のように 愛し合えたらいいね で肩をたたく振りが可愛かったです。ちなみに森田公一先生作。

>この時は倉田さんと井上さんを除いて皆、前年の新人賞に漏れた方(高見知佳さん、たかださん、BOROさん)で構成されてましたね。たかださんに関しては一時は演歌でゴールデンタイムの歌番組などにも頻繁に出演してましたのでこれから!という時のリタイヤが残念でした。後にワイドショーなどで自殺未遂をしたという話題で扱われてました。今はどうしていらっしゃるのでしょうか?

 これ覚えてませんねー。それにしてもすんごいラインナップ。BIBI「異性感覚」もダメでしたか。倉田さんは「DAY BY DAY」、井上さんは「悲恋一号」だと思いますが合ってます?たかださんの自殺未遂の件はあえて触れなかったんですが、舟木一夫さんと不倫してたというのはスポーツ紙で読んだ覚えがあります。今ねえ、私は歌手を続けているような予感がします。

 でまたあとで思い出したんですが、石川優子さん「レット・ミー・フライ」は新宿音楽祭で銀賞を獲得しています。これはレコード会社が文化放送系列のラジオシティということも大きかったと思いますが。あと松原のぶえさん、当時から上手かったですね。この時点ではチャートインしてませんでしたが、(芦川よしみさんと違って)彼女がレコ大新人賞の5人に入った時は異論がありませんでした。越美晴さんは出だしはよかったものの、後半伸び悩んでイマイチな結果ですね。新宿音楽祭では「サンレモ(=金賞のご褒美でイタリアのサンレモ音楽祭に参加できた特典)を狙う」と意気込んでいました。あと大滝裕子さん(キャッチフレーズは「ハレーション・シックスティーン」)も「A BOY」で新宿音楽祭に参加していましたね。彼女も上手かったです。

 

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(無題) 投稿者:あきら  投稿日: 8月30日(月)13時01分27秒

☆KOSUKE様

早速のレスをありがとうございました。

①竹内さんも健闘してましたね。自分の中でイメージ的に強かったのは桑江&倉田だったので。横浜音楽祭はさすが!とも言える人選ですね。レコ売り上げやコネなどに左右されにくい賞であったことは他の年度の人選を見れば一目瞭然ですね。
②ポップコーンは第2弾の「フレー!フレー!」(洋楽カバー)で日テレ音楽祭ノミネートに参加してました。デビュー曲の「ブルーロマンス薬局」は日テレの朝の子供番組で大プッシュされていたのでもう少し売れるかな?と当時は予想してました。当時、子供の間では人気がありましたよ。クラスで歌える人が何人もいましたがセールスには結びつかなかったようですね。赤木さとしさんは「あなたが選ぶ全日本音楽祭」で新人賞候補として出てましておそらくこれが成績としては最高でしょう。日テレ音楽祭ノミネートにも参加のみでした。ちなみにこの時は「ゲットバック」で先陣を切っての入場でした。(五十音のため)
③菅沢恵子さんもあっさりとフェイドアウトでした。「深夜族」を「おはスタ」で歌っていたのを見たのが最後でした。
④ロコとエッコの「かなしみ発しあわせ行」も日テレの「おはようこどもショー」関連で今月の歌のような形で放送されてました。放送ではNHKの「みんなの歌」のようにアニメが使われてまして、こちらも小学生の間では人気がありました。この番組はリトル・ピンク(「ピンクのいちご」「私はタバサ」「小学六年生」などを発売)などというピンクレディーの小学生版なるユニットを輩出したりしてましたし。リトル・ピンク自体も本家とは比べ物にならないですが小学生の間では話題になってました。ただ子供相手だとよほどのことがないかぎりセールスに結びつきにくいという難点がありました。当たれば大きいですけどね。ロコとエッコは「38度の恋の熱」の時に東京12チャンネルで放送されていたどっきりカメラ風(明らかに日テレの「どっきりカメラ」のパクリバージョン)の番組で彼女たちのCMを作るという設定で騙されていたのを見たのが最後でした。タヌキだかなんかの着ぐるみを着させられてました。子供時代の74年にもシングルを出していたようですが、こちらは企画ものです。
⑤たかだみゆきさんは演歌転向後は上向きで「あなたの女」の他にも「あなたが港町」「雨に咲く花」なども知られている方でしょう。カラオケにもしっかり入ってますし。
2年目の金の鳩賞の時は「愛子」で選ばれました。(結局は該当者なしでしたけど)新人賞の時は選に漏れたので小リベンジくらいにはなったのではないでしょうか。この時は倉田さんと井上さんを除いて皆、前年の新人賞に漏れた方(高見知佳さん、たかださん、BOROさん)で構成されてましたね。たかださんに関しては一時は演歌でゴールデンタイムの歌番組などにも頻繁に出演してましたのでこれから!という時のリタイヤが残念でした。後にワイドショーなどで自殺未遂をしたという話題で扱われてました。今はどうしていらっしゃるのでしょうか?
⑥番組放送時は♪声かけたのはあなたが先よの部分からサビ前までの歌唱のみでした。

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追加 投稿者:KOSUKE  投稿日: 8月30日(月)12時16分4秒

 あきら様

 たびたび失礼します。
 79年新人賞、男性で唯一健闘(?)した方を忘れてましたよ。
 村木賢吉さん「おやじの海」。5位で91万枚売ったのに、出場できたのは銀座音楽祭のみ。レコ大・紅白ともに落選でした。これはご本人が辞退したのかもしれませんが、銀座音楽祭は出場して(何賞か忘れましたけど)賞に入りましたからね。私は紅白で金田たつえさん「花街の母」VS「おやじの海」の対決を期待していた(のは日本中で私だけ?)んですが。地方在住ということもあったかもしれませんが、前年のさとう宗幸さん「青葉城恋唄」(これも持ち歌です(笑))が紅白を筆頭に、ほとんどの新人賞に入りました(しかもレコ大最優秀は渡辺真知子さん「かもめが翔んだ日」とデッドヒートを繰り広げましたからね)から、納得がいかないんですよ。「おやじの海」はCDを持ってるんでたまに聴きますが、大泉逸郎さんの「孫」みたいにヒットを意識して作った、という感じがまるでなくて、なんとも言えない味がありますよ。

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79年新人賞(若干の補足を・・・) 投稿者:KOSUKE  投稿日: 8月30日(月)11時31分29秒

 あきら様

 おはようございます。ひょっとして来るんじゃないかと予想してました(笑)。恐縮ですが、私の記憶から若干補足させて頂きます。まあ確かに「エピローグ」がチャートインできなかったのは納得がいきませんね。
 ① 最優秀に関しては、桑江知子さん・倉田まり子さんに加えて竹内まりやさんの三つ巴だったといえるでしょう。レコ大が桑江さん、歌謡大賞が桑江さん&倉田さん、新宿音楽祭が桑江さん&竹内さん、銀座音楽祭および東京音楽祭が竹内さん、FNS歌謡祭が倉田さんと記憶しています。その中で日テレ音楽祭の井上望さんと横浜音楽祭の宮本典子さんは、(望さんは「スタ誕」出身ということがあったにせよ)大健闘だったでしょう。 
 ② 男性陣は総じて不調だったと言えます。東寿明さん、ポップコーンは(日テレ音楽祭は記憶にないんですが)新人祭り落選、銀座・新宿の両音楽祭とも出演できませんでした。後者の「ブルーロマンス薬局」は名曲だし、サンミュージックも相当プッシュしていたと思われますが、やはり200位に入れなかったのが痛かったですね。赤木さとしさんも新人祭りで当選しただけのような記憶です。
 ③ 女性の方では、菅沢恵子さんも新人祭りには当選したものの、後半は惨敗でした。CBSソニーが後半鈴江真里さんに力を入れたからだと思われます。鈴江さんは200位に入れなかったものの、銀座・新宿両音楽祭に出場できました。
 ④ 意外な健闘を見せたのが7/21デビューのロコ&エッコ「かなしみ発しあわせ行」(キャニオン)。これも200位に入れなかったものの、銀座・新宿両音楽祭に出場できました。この曲は入手を希望しています。
 ⑤ たかだみゆきさん、いましたねー。♪そこはダメ 3人目 成り行きよ 4人目 抱きしめて 5人目の私 ですね?「恋愛未遂常習犯」。正月の「コロムビア新春大行進」で初めてこの曲を聴いた時のインパクトは・・・コート姿で歌っていたのが印象的。でも新人賞レースでは日テレ音楽祭に出場しただけでノミネートはされず、銀座・新宿音楽祭もダメでした。(コロムビアが高見知佳さんに力を入れてましたからね)むしろ3年目(演歌に転向した)、81年「あなたの女」。これは「おもいで酒」「みちづれ」「ふたり酒」に続く大ヒットを確信していたのですが、惜しくも最高55位(なのに33週チャートインで11万枚)に終わり、フェードアウトしてしまったようです。
 ⑥ 日テレ音楽祭、「金の鳩賞」該当者なしには笑ってしまいました(84年、岩井小百合さん達の時もそうでしたね)。知佳さん、「誘惑の熱い砂」で候補に入ったわけですね?♪教えてほしいのよ 恋が似合う女になりたいの・・・でしたっけ?でも挙げられているほとんどの新人が消えてしまった中で、彼女の息の長さは特筆モノでしょう。

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大宮京子&オレンジ 投稿者:クジラ2号  投稿日: 8月30日(月)10時07分45秒

☆UKJさん

中古LP「大宮京子&オレンジ」は、下記で売りに出てます。
邦楽アーティストの あ行 を見てください。
このLPに「シーズン」が収録されているかはわかりません。
(ごぞんじの方フォロー願います。)

 http://www.etcrec.co.jp/e-shop/
ネット上の中古レコード・ショップを探せばシングルも在ると思いますよ。

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エピローグ 投稿者:クジラ2号  投稿日: 8月30日(月)09時41分13秒

☆UKJさん
はじめまして。
宮本典子の「エピローグ」が収録されたCDは、現行品のようですよ。

「Rush」はLPで持ってました。
http://www.hmv.co.jp/product/detail.asp?sku=173179

宮本典子さんは、日本を代表する筋金入りのR&Bシンガーですね。
「ラスト・トレイン」もカッコよかったですね。現在はアメリカでMimi という名前で活躍しているようですね。アメリカ盤もでてますね。

大宮京子&オレンジの「シーズン」は、以前この掲示板で話題になりましたね。過去ログにあると思います。

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(無題) 投稿者:あきら  投稿日: 8月30日(月)09時33分36秒

☆KOSUKE様、UJK様

>どちらも79年に出ていましたが、いい曲でしたね。この頃はヒット曲のレベルが高かったのでしょうが、2曲ともかなり耳にしましたが、信じられないことにチャートイン(オリコンのベスト100に入ること)できませんでした。「エピローグ」は新人賞レースで大健闘しましたし。

「エピローグ」がチャートインなしというのには驚きですね。その割に79年度の新人賞レースは大健闘してましたけど。レコ大を除く殆どの新人賞レースに参加&優秀枠に選抜もされていましたし。レコ売り上げではなく本当の意味での歌を歌える実力派というのが選考理由でしょうか?79年度の新人賞レースの固定枠は彼女の他に井上望、倉田まり子、越美晴、桑江知子。それに加えてNM系の竹内まりや、杏里あたり。これに演歌の松原のぶえが絡んでくる様相を呈してました。結果的には「私のハートはストップモーション」がCM絡みでヒットした桑江さんVS倉田まり子さんの勝負といった感じでしたが。宮本さんは「あなたが選ぶ全日本歌謡音楽祭」で桑江さんと共に優秀新人賞も受賞でしたね。この時の最優秀新人賞は倉田さんでした。その他の候補群はBIBI、高見知佳、能瀬慶子、ポップコーン、赤木さとし、東寿明、菅沢恵子、たかだみゆき、原あつこ、鈴江真里あたりでしょうか。後に演歌に転向するたかだみゆきさんはこの頃はまだポップス枠でしょう。「恋愛未遂常習犯」でデビュー。日テレ音楽祭には「サブウェイ4:55AM」でエントリー。鈴江さんは前にもここで話題になりましたが歌のうまい実力派。
原あつこさんの「燃える想い」はCM関係でスマッシュヒット。有線大賞では上記の固定組に食い込む大健闘でした。東君とポップコーンのひろの君は後にAIRというバンドで一緒に活動、TBS系の「アップルシティ500」などに出演してました。79年度はアイドルよりもアーティストの色合いが強く出た賞レースといえましょう。意外なところではヤマハ系、ブレイク前の石川優子さんが「レット・ミー・フライ」で日テレ音楽祭新人賞ノミネートにエントリーというのがありました。結果は落選でしたが・・・。
高見知佳さんは「シンデレラ」で前年の11月に華々しく先陣を切ってデビュー。楽曲にも恵まれアイドル街道まっしぐらかと予想されましたが意外にも苦戦。「お譲さんおてやわらかに」で参加した日テレ音楽祭新人賞は落選。2年目のリベンジで「誘惑の熱い砂」を引っ提げて金の鳩賞候補になるも例の「該当者なし」で撃沈。素材が良かっただけに歌手としてブレイクしきれなかったことが悔やまれます。残念!

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お知らせ 投稿者:KOSUKE  投稿日: 8月30日(月)09時06分42秒

 おはようございます。皆さんもうチェック済みかもしれませんが、
本日19:00〜のテレ東系「昭和歌謡大全集23弾」にあの朱里エイコ
さんが出演されます。たぶん「北国行きで」のビデオが流れると
予想はしていますが、実質唯一の追悼番組となるんでしょうね。
まともな追悼番組がなかったのは残念、というか不満ですが。

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両方いい曲でしたね 投稿者:KOSUKE  投稿日: 8月29日(日)23時18分35秒

 UKJ様

>宮本典子の「エピローグ」や大宮京子&オレンジの「シーズン」を探しているんですが、なかなか見つかりませんね。

 こんばんは、はじめまして。どちらも79年に出ていましたが、いい曲でしたね。この頃はヒット曲のレベルが高かったのでしょうが、2曲ともかなり耳にしましたが、信じられないことにチャートイン(オリコンのベスト100に入ること)できませんでした。「エピローグ」は新人賞レースで大健闘しましたし、「シーズン」は(♪春は絹をまといて・・でしたよね?)「夜ヒット」で相当プッシュされていたのに何故?(ちなみに後者はチャートインまであと一歩(101〜110位)だった記憶があります。まあこれだけ上手かった歌手が埋もれていくのも、誠に惜しいことで、再評価が必要ですね。

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感動しました。 投稿者:UK」  投稿日: 8月29日(日)22時06分26秒

一言、感動しました。実は私も気に入ったシングルは中古で手に入れたりして、コレクション
しているのですが、比較のしょうがない程の幅広い物が取り揃えてあり、
曲名を見たり隣のコメントを読むだけで時間が立つのを忘れました。

宮本典子の「エピローグ」や大宮京子&オレンジの「シーズン」を探しているんですが、なかなか見つかりませんね。

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ありがとうございます! 投稿者:すず  投稿日: 8月29日(日)10時29分46秒

TAT様、ありがとうございます!
「想い出を消さないで」というタイトルでしたか...いい曲でしたよね。
長年のつっかえが取れて感激です。
レコード番号までありがとうございます。あとは音源探し、頑張ってみます。

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全く同感です 投稿者:KOSUKE  投稿日: 8月29日(日)08時03分25秒

 通りすがりの者様 とし様

>私は、売り上げが落ちてからの淳子さんの曲もとても好きです。「MISS KISS」「パーティ イズ オーバー」「LADY」「美しい夏」「夕暮れはラブソング」「神戸で逢えたら」あたりは、もっと売れないかなと思いながら見てたんですけど…。楽曲としては高いレベルだったと思います。ところで、淳子さんが80年紅白で歌った曲は「美しい夏」ではなかったでしょうか?ちょっと記憶は曖昧です。

 そうですね。私もこの時期の歌も好きですよ。「MISS KISS」(25位)」を最後に30位に入れなくなり、次の「パーティー・イズ・オーバー」が51位。でもその次の「Lady」(51位)が尾崎亜美さんの作品だったんだけど、これがなかなかよかったと思います。
 80年の「紅白」で「美しい夏」を歌ったのはもちろん覚えています。この年唯一50位に入った曲(44位)だったからでしょう。でも「神戸で逢えたら」(85位)でアダルティーな淳子さんを見せてほしかったんですよ。皆さん必ずその年で一番売れた曲を歌っていたわけじゃないし、翌年の紅白の「This is a boogie」(これがラストシングルでしょうか?)はチャートインできませんでしたが、「化粧」(42位)「ミスティー」(53位。これもよかったです)よりこの曲で正解だったと思います。でも私が持っているベスト、今挙げた曲の中で「化粧」しか収録されてないんです。そのわりにB面とか、ライブのとかどうでもいいのが収録されてまして、2枚組なのに不満です。
まあ今年出た例のCD BOXまで買おうとは思いませんが。

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歌手淳子さん 投稿者:通りすがりの者  投稿日: 8月29日(日)00時39分4秒

KOSUKE様            こんばんは。私は、売り上げが落ちてからの淳子さんの曲もとても好きです。「MISS KISS」「パーティ イズ オーバー」「LADY」「美しい夏」「夕暮れはラブソング」「神戸で逢えたら」あたりは、もっと売れないかなと思いながら見てたんですけど…。楽曲としては高いレベルだったと思います。ところで、淳子さんが80年紅白で歌った曲は「美しい夏」ではなかったでしょうか?ちょっと記憶は曖昧です。

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ビンゴです 投稿者:TAT  投稿日: 8月28日(土)18時58分39秒

すす様はじめまして
東郷由紀さんで間違いないです。
「想い出を消さないで」(ワーナーパイオニア:L-1297R)です
ちなみに作詞は竜真知子さん、作曲とアレンジは馬飼野俊一さんです。
プロフィールがありますが
好きな歌手:カーペンターズ
とありました。

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はじめてですが、教えて下さい! 投稿者:すず  投稿日: 8月28日(土)14時04分31秒

はじめまして。
記憶の彼方に、ずーっと気になっている曲が、あります。
70年代後半かと思うのですが、こんな歌詞です。
「思い出すと会いたくなるから あなたの写真は片付けるわ
気が向いたら手紙書いてね 約束なんかじゃないけれど」
私の勘で、東郷由紀さんでは...と思いこのサイトにたどりつきました。
とろりん村のとろり様、他ご覧になっていらっしゃる方々、教えてください!

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すごいですね  投稿者:KOSUKE  投稿日: 8月28日(土)12時53分49秒

 とし様

>桜田淳子さんのシングル持ってます。 花物語から化粧までかな。 職場の文化祭で「私の宝物」というテーマで出展を募ったので出しました。 タイトルをつけて出すということでしたので私は「すっとあなたが好きだった。」というタイトルにした覚えがあります。 あり得ないでしょうが復帰して欲しいです。

 こんにちは。「花物語」から「化粧」まで全部持ってらっしゃるんですか?合計30枚、全てチャートインしているんですからすごいですね。(私は「This is a boogie」(合ってましたっけ?)の時に偶然サンシャインのイベントでご本人を拝見したんですが、やはり美しい方でした。「センス」という意味では、当時のアイドルでは群を抜いていたと思います。でもその中でとしさんのベスト3は何なのでしょう?私は(前も書きましたが)①「はじめての出来事」②「気まぐれヴィーナス」③「黄色いリボン」となります。幸い全部紅白で歌われましたが、80年の「神戸で逢えたら」もできればゴージャスな衣装で歌って欲しかったですね。まあ歌手としての復帰はありえないとしても(「ザ・ベストテン」の年末特別版でおっしゃってました)、女優としては復帰を期待したいところですね。

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淳子様 投稿者:とし  投稿日: 8月28日(土)12時19分6秒

 桜田淳子さんのシングル持ってます。 花物語から化粧までかな。 職場の文化祭で「私の宝物」というテーマで出展を募ったので出しました。 タイトルをつけて出すということでしたので私は「すっとあなたが好きだった。」というタイトルにした覚えがあります。 あり得ないでしょうが復帰して欲しいです。

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3人 投稿者:初心者  投稿日: 8月28日(土)07時48分54秒

昔から日本の場合3人を「御三家」だとか「3人娘」とか言うのですが、レコード会社の決めた場合と事務所が決めた場合とか色々あるんですね。ホリプロ、ホリプロ、サンミュージックとか渡辺プロ、渡辺プロ、?とか・・・。しかし、GSだけは3つ揃わず2つにしか成らないんです。タイガースとテンプターズ、スパイダースとブルーコメッツ、ワイルドワンズとヴィレジシンガーズです。

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さゆりさんの方こそ・・・ 投稿者:KOSUKE  投稿日: 8月27日(金)23時17分43秒

 通りすがりの者様 初心者様

 こんばんは。石川さゆりさんのデビュー曲は、おっしゃるように「かくれんぼ」(60位)です。
私は昌子さん、百恵さんがというより、むしろさゆりさんがどういう気持ちだったのかの方が興味があります。この73年ですが、ホリプロからは百恵さん、さゆりさん、そして藤正樹さんの3人をデビューさせています。百恵さんと藤さんは新人賞レースに参加していましたが、さゆりさんはカヤの外といった感じでした。「今週のヒット速報」で新人賞の話題で盛り上がってるのをよそに、「青い月夜の散歩道」(72位)を歌っていたさゆりさんが印象的でした。
 なお世間一般では、一年目は淳子さんがレコ大最優秀新人賞、歌謡大賞放送音楽新人賞を受賞したため、百恵さんをリードしたように思われています。しかしオリコンでは、先にベスト10に入ったのは百恵さん(「青い果実」9位、20万枚)でした。淳子さんは「天使も夢みる」が12位(12万枚)「わたしの青い鳥」が18位(16万枚)で、初のベスト10入りは百恵さんよりも後の「花物語」(9位、24万枚)でした。ホリプロ側で藤さんと、CBSソニー側で浅田美代子さんとプッシュが分散してしまったため、レコ大新人賞に入れなかった(この時は納得がいきませんでした)ことには憤慨してしまいました。結局「百恵さんを評価しているのかどうか?」と突っ込まれそうです。歌唱としては「夢先案内人」を筆頭に後半の方が評価できるものの、アイドルとしての評価は「前半の方が輝いていた」、というのが私の結論です。

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ホリプロ側の目論見 投稿者:通りすがりの者  投稿日: 8月27日(金)22時11分36秒

ホリプロとしては、森昌子さん、山口百恵さん、そして石川さゆりさんで3人娘として売り出すつもりだったそうですが、スタ誕(日テレ)がさゆりさんではなく淳子さんで「花の中3トリオ」としたらしいです。でもさゆりさんは、昌子さん百恵さんとは休みの日にボウリングをするなど仲が良かったのですね。このあたりは事務所の違いにもよるのですが、昌子さん百恵さんはどんな思いだったんでしょうね。

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エンジェルハット 投稿者:初心者  投稿日: 8月27日(金)19時01分58秒

桜田淳子さんと全く同じエンジェルハットを同時期に被ってデビューした歌手覚えていますか? 石川さゆりさんです。確か「かくれんぼ」という曲だったと思うんですが、如何にも2番せんじと言う感じだったのにその2番目の歌手が残ってオリジナルが消えたという感じなのは不思議です。

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天使も夢見る 投稿者:たつし  投稿日: 8月27日(金)08時45分34秒

 桜田淳子さんのこのデビュー曲、大好きなのです。
白い帽子(エンジェルハット)が大好きなので嬉しいです!
 私も淳子さんのファーストアルバム『そよ風の天使』持っています。
 『涙は大切に』という歌が大好きです。
 純白のハイソックス姿もかわいかったです。

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淳子さんだ! 投稿者:広  投稿日: 8月26日(木)20時50分8秒

はじめまして。
こんばんは。
ここはたまに覗かせていただいてました。
壁紙が「天使も夢みる」じゃ〜ありませんか〜!!ついつい書き込みしたくなっちゃいました(^^)
皆さん何でもご存知なんですね〜!25年前淳子ファンでしたが、社会人になってから遠ざかってましたが去年の初めからまた復活!これからもファンでいようと思い色んなHPを行って来ました。
そこで此処も知ることとなりはじめてのカキコで御座います。
何、話してんだろ?
いろいろ勉強させて頂いてます…。
これからも宜しくお願い致します。
では失礼致します。

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懐かしい「百恵ちゃんを守る会」 投稿者:yochy  投稿日: 8月25日(水)19時52分20秒

初心者 様
ありましたねー!「百恵ちゃんを守る会」。あれって洒落なんですか?でも、あの当時どうして「百恵ちゃん」にしたんでしょうね。淳子ちゃんではだめだったんだろか?
でも、百恵ちゃんの大物感(吉永小百合さんに通じるような……。早稲田では吉永小百合を守る会なんてのがあったそうですね)を演出するのには、絶好の材料だったと思います。
あと、私が思うのは、愛らしさ部門(そんなものがあるのか)において、つまりとろりん村のとろり様がおっしゃるように、まさに天使のような淳子ちゃんには、どうしたってかなわないと踏んだ百恵ちゃんのスタッフによる企画の勝利、楽曲の充実、篠山紀信さんによる写真、これも大きいと思っています。文芸路線で望んだ映画もよかったですね。
でも淳子ちゃん主演の映画「若い人」は、当初百恵ちゃんでやる予定だったんだそうです。それが、原作の石坂洋次郎先生が拒否。昔演じた吉永小百合さんのイメージが大きかったんでしょう、どちらかといえば小百合さんに似ている淳子ちゃんが演じた、というエピソードがあるらしいです。
とてもいい映画でした。でも淳子ちゃんの映画では「病院坂の首括りの家」「お引っ越し」がなんといっても好きです。
またまた乱筆で失礼いたしました。

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私も来ると思ってました(笑) 投稿者:KOSUKE  投稿日: 8月25日(水)09時45分22秒

 あきら様

KOSUKEさんのこの話題来ると思ってました!そうですねー。川島さん。何が敗因だったのでしょう?歌手としての質はあの歌唱力からも分かるとおり同期の中でも群を抜いてました。しいていえばルックスが当時のアイドル基準(聖子さんを中心にした)からやや外れてしまってた感がありましたが、それが決定的に敗因になったとも思えません。

 おはようございます。私もそろそろ頂くだろうとは予想していました(笑)。歌唱力はちょっとタイプが違うものの、中森明菜さんレベルに次ぐといっていいと思います。この82年組は全般に、歌唱力では(女性新人不作だったという)81年組にも劣ると私は思っているので、それを考慮してもなかなかのレベルでしょう。ルックスもこのジャケ写を見る限り、一般で言われているほど×とは私も思いません。東芝EMIもこの年は他に吉成香さんぐらいしか新人は思い当たらないので(後半つちやかおりさんが出てきましたが)、プッシュ体制も万全だったはずです。ラジオスポットも「僕は決めた、今年はこの人(これがキャッチフレーズかな?)で相当流していました。まあ強いて言うならば、石坂智子さんと同じく全体的に地味だった印象は否めませんね。

>「ミスター不思議」はKOSUKEさんがおっしゃるとおり岩崎宏美さんを思わせるような曲で
天高く伸びるような歌唱力が魅力ですね。「レッツヤン」でもかなりプッシュしていたのに100位にも入れないとは!当時「レッツヤン」は人気番組のひとつでもありまして視聴率もあった番組ですので相当の人がこの曲を耳にしていたはずなのですが。残念です。

 アレンジも詞も曲も歌唱も言うことありませんでした(→そればっか?)。サビの♪空を行く飛行船 見ているような思いの 恋をした16は 不思議の虜 ミスター不思議の のメロは声の伸びやかさと相まって、今思い出してもウキウキしてくるようなきらめきとポップ感にあふれています。おっしゃる通り、「レッツヤン」のサンデーズ・ソングとして3カ月歌うということは、視聴者に相当のインパクトを与えるはずですが、意外にもこのサンデーズソング、思ったほどの実績が得られていないケースが多かったですね。(例.五十嵐夕紀さん「ワル!」、天馬ルミ子さん「教えて下さい、神様」、浜田朱里さん「さよなら好き」etc.)「ミスター不思議」も130位前後だったような記憶なのですが・・・

>シングルは4枚。後にさいたまんぞうさんとのデュエット曲「東京カントリー・ナイト」を発売。こちらのB面で「恋心中」という演歌を吹き込んでます。事務所は倉田まり子さんや松本ちえこさんが所属したニューバンブー音楽事務所。当時は事務所の1年先輩、矢野良子さんと一緒に住んでいたようで彼女を「お姉さん」といって慕っていたそうです。「ぽこあぽこ」という雑誌の直筆アンケートにてそのように答えておりました。

 え、ということは演歌に転向したといってもリリースしたのは「東京カントリー・ナイト/恋心中」の一枚だけなんですか?86〜7年にさいたまんぞうさんと「男と女のラブゲーム」をリリースしたのは確認済みなんです。その時は4〜5年経っていたし、「エーッ!?」って目が点になってしまいました。あまりにもショックだったんで。

>新人賞はこれといって成果が出ませんでした。
「日テレ音楽祭ノミネート」の日はちょうど彼女のお誕生日だったようで入場行進の時のコメントでも紹介されてました。徳光さん「ザ・サンシャイン・ボーイズ」の曲をバックに「ニックネームはメグ。実は今日、彼女17歳の誕生日を迎えたそうであります」と。

 相変わらずすごいですね。ということはバースデーに入れなかったと。この毎回選ばれないという状況はアイドルにとって、相当ネガティブなインパクト(長嶋さんみたいで失礼)を与えたとは想像しますが・・・新人賞のトップをきったのはテレ東のメガロポリス歌謡祭でした(当然「ミスター不思議」だったでしょう)。この時も10組の枠を何組か増員しましたが、まずこれに入れなかった時にイヤな予感がしましたよ。まあ入れた新人は全員チャートイン組でしたから、そう考えれば納得はいきましたが。でも先日CDショップに行ったらなぜか「サンシャイン・ボーイズ」はオムニバスであったんですよ。でも私は今が夏の終わりだろうが、「ミスター不思議」じゃなきゃ意味がありません。テレビで最後に見たのが「レッツヤン」レギュラー終了の82年9月。その時の彼女の笑顔がなんとも印象的で忘れられません。お元気で過ごされていることを願っています。

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(無題) 投稿者:あきら  投稿日: 8月25日(水)08時59分30秒

☆KOSUKE様

>さて「ミスター不思議」は相当評価が高いみたいですね。前もこの件では話し合った記憶もありますが、とにかく82年組の曲でもポップ度が高い。阿久=大野コンビでした。「春の到来を思わせる曲とのびやかな歌唱の素晴らしさ」にこの曲の魅力は尽きます。東芝EMIがもうちょっとプッシュしてくれたら、「レッツヤン」でも毎週歌っていたし、チャートイン確実だったのに・・・と言ってもあとの祭りですね。川島恵さんは東芝タレントスカウトキャラバンで、宏美さんの「悲恋白書」を歌ったそうですが、これも阿久=大野コンビ。歌詞の内容は全く違えど、似た雰囲気を感じるのは私だけでしょうか?淳子さんの「ねえ!気がついてよ」(やはり阿久=大野コンビ)にも似ているような気がします。それにしても演歌に転向したとはショック・・・チャートインしていないのも、「アイドル界七不思議」、まさに「ミスター不思議」でした。この曲にはるかに劣る曲が(曲名は差し障りがあるので伏せますが)続々とチャートインしていたし、新人賞レースも新宿音楽祭の20名に選ばれたくらいの記憶しかありません。惜しかったです。

KOSUKEさんのこの話題来ると思ってました!そうですねー。川島さん。何が敗因だったのでしょう?歌手としての質はあの歌唱力からも分かるとおり同期の中でも群を抜いてました。しいていえばルックスが当時のアイドル基準(聖子さんを中心にした)からやや外れてしまってた感がありましたが、それが決定的に敗因になったとも思えません。
「ミスター不思議」はKOSUKEさんがおっしゃるとおり岩崎宏美さんを思わせるような曲で
天高く伸びるような歌唱力が魅力ですね。「レッツヤン」でもかなりプッシュしていたのに100位にも入れないとは!当時「レッツヤン」は人気番組のひとつでもありまして視聴率もあった番組ですので相当の人がこの曲を耳にしていたはずなのですが。残念です。
シングルは4枚。後にさいたまんぞうさんとのデュエット曲「東京カントリー・ナイト」を発売。こちらのB面で「恋心中」という演歌を吹き込んでます。事務所は倉田まり子さんや松本ちえこさんが所属したニューバンブー音楽事務所。当時は事務所の1年先輩、矢野良子さんと一緒に住んでいたようで彼女を「お姉さん」といって慕っていたそうです。「ぽこあぽこ」という雑誌の直筆アンケートにてそのように答えておりました。
新人賞はこれといって成果が出ませんでした。「歌謡大賞新人祭り」は「ミスター不思議」で。「日テレ音楽祭ノミネート」は「ザ・サンシャイン・ボーイズ」、「新宿音楽祭」は「処女飛行」でいづれも参加のみになっています。「横浜音楽祭」は今、手元に資料がないので確認できません。(出ていたような出ていなかったような。あやふやです)
「日テレ音楽祭ノミネート」の日はちょうど彼女のお誕生日だったようで入場行進の時のコメントでも紹介されてました。徳光さん「ザ・サンシャイン・ボーイズ」の曲をバックに「ニックネームはメグ。実は今日、彼女17歳の誕生日を迎えたそうであります」と。

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百恵さんブレーク 投稿者:初心者  投稿日: 8月25日(水)07時57分4秒

百恵さんの売れるきっかけは、わたしは東大だと思うのです。洒落で東大の学生さん達が「山口百恵を守る会」とかを作りそれから百恵さんが森昌子、桜田淳子に次ぐ3番目からダントツでトップに立った様に思います。ですから、学園祭などの学生の力はアイドルを売り出すには一番大きいのでしょう。

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ビクターと犬 投稿者:TAT  投稿日: 8月25日(水)01時10分55秒

こんばんは。お久しぶりです。
以前書き込みしたのはコロムビアでのオリコン1位獲得曲は・・・なんて話題だったと思いますが・・・・

とろり様、KOSUKE様

ビクターの「蓄音器の犬ゥ」のお話がありましたので私も便乗します。
私もレコード会社ののロゴの中で一番好きなデザインです。
昭和初期から一貫してあのデザインを変えていないところなど
ビクターは伝統にこだわりを持っている会社なのだとつくづく感じますね。

EP期はSV-6000番台から社名の書体が変わりました。(個人的にはやはり
以前の固いVictorの方が好きです)とろりさんがお書きになっているように蓄音器
と犬の位置関係は微妙に異なるのですがこれは戦前のSPから見ても同じで興味深いです
しかも昭和15年までのものは犬の足元に「影」まであります。

終戦末期は外国語使用禁止となり各レコード会社も“日本語”社名を名乗るのですが
ビクターは「日本音響」と変わってもレーベル上は「Victor」で押し通してました。
このあたり意地のようなものを感じますよね。

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ビクターと川島恵さん 投稿者:KOSUKE  投稿日: 8月25日(水)00時20分44秒

 とろりん村のとろり様

>桜田淳子はデビュー当時、ほんとうに「天使」でしたね。あの頃の彼女の華やかさ、愛ら
しさは、明らかに山口百恵を上回っていたとぼくは思います。

 こんばんは。なんてったってキャッチフレーズが「そよ風天使」ですからね。スタ誕の決戦大会で上がったスカウトの札は25社とか。この記録も破られてはいないでしょう。でも私は、百恵さんを「ベスト30歌謡曲」で初めて見た時、確かに華やかさはなけれど、絶対売れる!というオーラを感じました。

>KOSUKEさんがおっしゃるビクターのあの商標には、ぼくは「伝統」を感じます。「小さい
犬が蓄音機を見ている」というデザイン自体は、ずっと変わらないし、しかも、一貫して
ジャケットの表に登場していますね。

 ところがこの明朝体(?)っぽい「VICTOR」のロゴがよかったのに、1977/9/5発売分(確か。ピンクレディー「ウォンテッド」・岩崎宏美さん「思秋期」etc.)から柔らかい「victor」のロゴに変わったんですね。前の方がいいなあと思いました。

>ビクターのこだわりを感じます。レコード会社のトレードマークとしては、日本一、有名
なのではないでしょうか。

 ビクターはメーカーの日本ビクターも同じトレードマークを使ってますから、どうしても頭に残りやすいですね。おっしゃる通りたぶん日本一有名でしょう。次はやはり、メーカーとレコード会社が同じトレードマークを使っていた東芝(「ミスター不思議」のジャケ写参照)が有名でしょう。

>手元にあるビクターのEP盤を見ていると、「犬と蓄音機」と「VICTOR」の位置関係や大
きさが時代とともに微妙に変遷していて、見ていておもしろいです^^。

 60年代はリアルタイムでは覚えていませんが、この「天使も夢みる」の頃より強烈なインパクトを感じますね。「ビクターレコード」の標記もあったし、ポリドールや徳間音工もそうなんですけど、ジャケットに占めるロゴの割合が大きかったですよね。

 さて「ミスター不思議」は相当評価が高いみたいですね。前もこの件では話し合った記憶もありますが、とにかく82年組の曲でもポップ度が高い。阿久=大野コンビでした。「春の到来を思わせる曲とのびやかな歌唱の素晴らしさ」にこの曲の魅力は尽きます。東芝EMIがもうちょっとプッシュしてくれたら、「レッツヤン」でも毎週歌っていたし、チャートイン確実だったのに・・・と言ってもあとの祭りですね。川島恵さんは東芝タレントスカウトキャラバンで、宏美さんの「悲恋白書」を歌ったそうですが、これも阿久=大野コンビ。歌詞の内容は全く違えど、似た雰囲気を感じるのは私だけでしょうか?淳子さんの「ねえ!気がついてよ」(やはり阿久=大野コンビ)にも似ているような気がします。それにしても演歌に転向したとはショック・・・チャートインしていないのも、「アイドル界七不思議」、まさに「ミスター不思議」でした。この曲にはるかに劣る曲が(曲名は差し障りがあるので伏せますが)続々とチャートインしていたし、新人賞レースも新宿音楽祭の20名に選ばれたくらいの記憶しかありません。惜しかったです。

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♪ 投稿者:とろりん村のとろり  投稿日: 8月24日(火)23時42分6秒

☆KOSUKEさま

桜田淳子はデビュー当時、ほんとうに「天使」でしたね。あの頃の彼女の華やかさ、愛ら
しさは、明らかに山口百恵を上回っていたとぼくは思います。

KOSUKEさんがおっしゃるビクターのあの商標には、ぼくは「伝統」を感じます。「小さい
犬が蓄音機を見ている」というデザイン自体は、ずっと変わらないし、しかも、一貫して
ジャケットの表に登場していますね。

ビクターのこだわりを感じます。レコード会社のトレードマークとしては、日本一、有名
なのではないでしょうか。

手元にあるビクターのEP盤を見ていると、「犬と蓄音機」と「VICTOR」の位置関係や大
きさが時代とともに微妙に変遷していて、見ていておもしろいです^^。

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私も「迷路」がベストです 投稿者:KOSUKE  投稿日: 8月24日(火)20時08分48秒

 通りすがりの者様

>百恵さんが出演していた赤いシリーズの中で、「赤い迷路」が一番サスペンス感があり好きでした。(恋愛の話も子供だったせいか出なかったし)もっとも、リアルタイムでなく再放送で見たんですが。でもこの作品、他の作品に比べると評価がイマイチですね。もっと注目されてもいいと思うのですが。

 こんばんは。「百恵さんは演技がヘタ」とか申し上げておいてなんですが、私も出来栄えでは「赤い迷路」がNO.1だと思っています。リアルタイムで毎週見てました。これは完全なサスペンスでしたし、主演の宇津井健さんをはじめ、脇が松田優作さん、中野良子さん、長山藍子さんetcと豪華に固めていました。なんといっても脚本がジェームス三木さんでしたからね。まあ次の「赤い疑惑」がTVでは友和さんとの初共演作ということもあって、その陰に隠れがちですが、評価はそんなに低くないと思うんですけど・・・でも何と言っても過小評価されているのは、百恵さんと宇津井健さんが最初に共演した(百恵さん初のドラマ出演作?)「顔で笑って」だと思いますね。このドラマで抜擢されたから、百恵さんはスターになったと私は確信しています(まあ、並行して「青い果実」もベスト10ヒットとなりましたが)。
 まあyochyさんがおっしゃる「百恵さんがあれだけ売れたのは、なんといってもスタッフの力が大でした。そういうスタッフに恵まれると、デビュー前に百恵さんが予測していたとは、とても思えません。」これは言うまでもないことで、どんなタレントだってどんなスタッフに恵まれるか、予測はできません。まして百恵さんは13歳でスタ誕に合格したのですから、「芸能界で稼げるかどうか」はまさに賭けだったでしょう。ほとんどの人が成功しない、でも成功すれば莫大の金が稼げる。だから芸能界やスポーツ界を志望する人が多いと言えるのではないでしょうか?
 
 とろりん村のとろり様

 また驚きました。トップページが「ミスター不思議」(ホントにこの曲が聴きたいです!)、壁紙が「天使も夢みる」。まあ両者共コメントに登場していますけどね。この「天使も夢みる」はジャケ写・詞・曲・アレンジ・歌唱・振りつけ(はあったかな?)・コスチューム、すべて完璧に近かったと思います。デビュー曲にして12位を記録しただけのことはありました。ビクターのこのロゴ(確かピンクレディーは「渚のシンドバッド」まで、淳子さんは「気まぐれヴィーナス」まででした)もよかったですね。何か威厳を感じさせました。

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赤い迷路 投稿者:通りすがりの者  投稿日: 8月24日(火)19時19分18秒

百恵さんが出演していた赤いシリーズの中で、「赤い迷路」が一番サスペンス感があり好きでした。(恋愛の話も子供だったせいか出なかったし)もっとも、リアルタイムでなく再放送で見たんですが。でもこの作品、他の作品に比べると評価がイマイチですね。もっと注目されてもいいと思うのですが。

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踏ん切り 投稿者:初心者  投稿日: 8月24日(火)18時06分28秒

サザンの桑田さんは、息子さんの小学校卒業のとき最後教室に集まった時に「今までお世話になりました」といってギターで「TUNAMI]を歌ったそうですが、百恵さんが(お子さんのPTA関連のパーティーなんかの時)「秋桜」を歌うとか言う事があったけれど結局「ドタキャン」だった。何か踏ん切りがつかないのじゃないですか?

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しつこく百恵さん 投稿者:yochy  投稿日: 8月24日(火)13時04分35秒

初心者 様
確かにそうですね。百恵さんは引退後もアン・ルイスさんのために作詞したり、雑誌にエッセイを載せたり、ああ「Free」というすぐ廃刊になった雑誌の創刊号の目玉として、登場していました。完全引退の割にはなあ、なんて当時は思っていました。さすがに最近はそんなことなくなりましたが。
KOSUKEさんは百恵さんを「生活のために芸能界に入った」というようなことをおっしゃっています。確かにそれが一番大きな理由だったんでしょう。でも、生活のために、売れるかどうかわからない芸能人という仕事を選ぶのもなんだかなあと思います。百恵さんがあれだけ売れたのは、なんといってもスタッフの力が大でした。そういうスタッフに恵まれると、デビュー前に百恵さんが予測していたとは、とても思えません。
なにが言いたいのかわからなくなってきました(笑)。あっ、そうそう、結局百恵さんも芸能人で、自己顕示欲の強い人だったんだろうということです。これは全然悪い意味で言っているのではありません。芸能人なら当たり前。ただ、彼女はとても頭のいい人なので、客観的に自分の立ち位置を見ることができて、もう表舞台に出ない方がいいと判断しているのでしょう。
でも、時は流れました。子どもも大きく成長したでしょう。自分をコントロールすることをしばし忘れて、芸能界をちょっと「楽しんで」みたらどうだろう、と思うのです。

あれれ、本当は淳子ちゃんのことを書こうと思ったんですけど、もう昼休みは終わりです。ではまた。

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山口さんから三浦さんへ 投稿者:初心者  投稿日: 8月23日(月)18時20分37秒

百恵さんは、本当の意味では完全に引退して無いんじゃないかと思っているんです。
最近もCD Boxの様な物出たり雑誌や百恵さんのことが書かれた本なんかもあったりします。もう引退して何年もけいかしているのにいまだにこうですから・・・?本当の引退とは「原節子さん」のような人の事を言うではないですか?百恵さん御自身のご両親の事も有って家庭を大事にしたかったのでしょう。

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ほぼ異論はありません 投稿者:KOSUKE  投稿日: 8月23日(月)18時18分31秒

yochy様

>それだけ演技力に関しては「?」の百恵さんですが、マスコミによって作り上げられたところもありますが「時代と寝た」というカリスマ性、オーラなどは、他の誰にも真似できなかったと思います。
それに、役者にとって、芸能人にとって大切なのは、「演技が上手い」「歌が上手い」よりも、「お金を払ってでも見たい」と思わせる力だと思います。ですから、いくら演技力が劣っていても、客を呼べるのなら映画会社はその人を主役にするだろうし、百恵さんはそうなっていたと思うのですが、いかがでしょう。
ただ、それは百恵さんが、あれからも事務所の大バックアップを得て、順風満帆に芸能界を渡っていたらの話です。アイドルを卒業したら事務所はつぎのアイドルに力を入れるだろうし、オーラだっていつのまにか薄くなってしまいますし、もしかしたら大変なスキャンダルに巻き込まれていたかもしれません。スキャンダルを全て肥やしにしたきた松田聖子さんのようには、なかなかなれるものではありません。
でも、いつか「花の中三トリオ復活祭」とかいって、桜田淳子さんなどとともに、一度でいいから私たちに姿を見せてもらいたいなあなんて、思う今日この頃です。

 まあyochyさんのおっしゃることにはほぼ異論はありません。確かに歌が上手かろうが、演技が上手かろうが、数字に反映されなければ芸能界という所は意味がないわけですから。でも百恵さんのカリスマ性がどこまで維持されたのか?聖子さんという女性とどれくらい伍してやれたのか?となると、やっぱり疑問となってきます。(引退してしまったからカリスマ性が残っているような気もするんですよ)だからそこも意見としては結局同じですね。友和さんは百恵さんがもう少し芸能界に執着し、稼ぎも見込んでいたという記事も読んだことはありますが、果たして真相はどうだったのか?あれだけパッと幕を自分の手で引けた、っていうことはよっぽど執着がなかったんだと思います。比較するのもなんですが、同じ貧しい家庭の出身だった清水由貴子さんの方がずっと執着があったというのか、根性があったようにも思えてなりません。
 まあそれにしても中3トリオの復活、見てみたいのは言うまでもありません。桜田淳子さんは例の教団さえ脱退すれば、復帰の可能性大と見てるのですが、実際は難しいんでしょうね。百恵さんは残念ながらないと思います。スタ誕の同窓会でも10年ぶりに開き、それに出席ぐらいはして下さってもいいのではと思いますが・・・。

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私的百恵論 投稿者:yochy  投稿日: 8月23日(月)17時45分13秒

KOSUKE様
百恵さんについての考察、ありがとうごさいます。
深夜に「赤い衝撃」の再放送をやっていましたが、いま見るとちょっと苦笑、ですね。「スチュワーデス物語」の原型がそこにあったような気もしてしまいます。
それだけ演技力に関しては「?」の百恵さんですが、マスコミによって作り上げられたところもありますが「時代と寝た」というカリスマ性、オーラなどは、他の誰にも真似できなかったと思います。
それに、役者にとって、芸能人にとって大切なのは、「演技が上手い」「歌が上手い」よりも、「お金を払ってでも見たい」と思わせる力だと思います。ですから、いくら演技力が劣っていても、客を呼べるのなら映画会社はその人を主役にするだろうし、百恵さんはそうなっていたと思うのですが、いかがでしょう。
ただ、それは百恵さんが、あれからも事務所の大バックアップを得て、順風満帆に芸能界を渡っていたらの話です。アイドルを卒業したら事務所はつぎのアイドルに力を入れるだろうし、オーラだっていつのまにか薄くなってしまいますし、もしかしたら大変なスキャンダルに巻き込まれていたかもしれません。スキャンダルを全て肥やしにしたきた松田聖子さんのようには、なかなかなれるものではありません。
でも、いつか「花の中三トリオ復活祭」とかいって、桜田淳子さんなどとともに、一度でいいから私たちに姿を見せてもらいたいなあなんて、思う今日この頃です。

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百恵さんのIf・・・ 投稿者:KOSUKE  投稿日: 8月23日(月)13時00分2秒

yochy様

>ところで最近、友人とよく話すのですが、「百恵ちゃんって、ずっと芸能界に残っていたら、どんな仕事をして、どんなポジションにいるんだろうね」という話題が出ます。で、「極道の妻たち」には出てるよね、とか、吉永小百合さんみたいに年一回映画に出て、あとはCMだけなんじゃない、とか、歌はまだ歌っていて、シャンソンなんか歌っているんじゃない? なんて意見が出ます。みなさんはどう思われますか? 以前どなたかが、片平なぎささんより売れてなかっただろうみたいなことをおっしゃっていたと思いますが、たぶん百恵さんが現役を続けていたら、片平なぎささんとは違うステージに立っていて、比較の対象にならなかったのでは、とも思います。
ま、確かに百恵さんは「演技派」ではありませんでしたから、器用にどんな役でもこなす女優さんにはなれなかったような気もします。

 こんにちは。「片平なぎささんが抜いただろう」と発言したのは私でした。百恵さんはもともと家庭が貧しく、一家を支えるために芸能界に入った方です。義務感で芸能活動をやっていた面もたぶんにあったと思います。でもいろんな他の女優の演技や歌手の歌唱と比較し、才能の限界を感じて結婚・引退を決めたのだろうと私は当時から思ってました。この人の場合、歌に関してはかなりの進歩が見られましたが、やはり彼女の魅力は「少女の輝き」に尽きた(最初の3年間が一番輝いていたという意味)という点だと思うのです。もし結婚してなかったら、73〜80当時の7年間ほど派手ではなくても、歌を続けていたでしょう。シャンソン歌手への転向もあったかもしれません。 女優としては、あの演技力では主演を続けるのは難しかったでしょう。あの国民的アイドルだった薬師丸ひろ子さんの現状を例にとっても、それは想像がつきます(今はむしろ、杉田かおるさんの方が再ブレイクしてしまいましたし(笑))。とにかく当時からなぎささんとは(あくまでも演技力では)比較にならなかったというのは、両者の当時の演技を比較すれば一目瞭然です。

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今度は百恵さん 投稿者:yochy  投稿日: 8月23日(月)12時23分40秒

初心者さん、あきらさん、貴重な情報をありがとうごさいました。
んー。日本のプレイヤーでは見れないんですか。残念。「見るに耐えない」とのことですが、私は耐えてみせる自信があったので(笑)、なんとかして見れる環境を整えたいと思っています。

ところで最近、友人とよく話すのですが、「百恵ちゃんって、ずっと芸能界に残っていたら、どんな仕事をして、どんなポジションにいるんだろうね」という話題が出ます。で、「極道の妻たち」には出てるよね、とか、吉永小百合さんみたいに年一回映画に出て、あとはCMだけなんじゃない、とか、歌はまだ歌っていて、シャンソンなんか歌っているんじゃない? なんて意見が出ます。みなさんはどう思われますか? 以前どなたかが、片平なぎささんより売れてなかっただろうみたいなことをおっしゃっていたと思いますが、たぶん百恵さんが現役を続けていたら、片平なぎささんとは違うステージに立っていて、比較の対象にならなかったのでは、とも思います。
ま、確かに百恵さんは「演技派」ではありませんでしたから、器用にどんな役でもこなす女優さんにはなれなかったような気もします。

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Unbelievable! 投稿者:KOSUKE  投稿日: 8月23日(月)09時31分22秒

 あきら様

>もちろんです。(笑)その紹介文も憶えてました。当時テレビを見ていてウケました。
結果から言うと、おそらく東京タワーで食事をしたのでしょうね。
80年だと他のも叩けばもっと出てくると思いますよ。(笑)

 おはようございます。そりゃ小学校2年の時の新人祭りを覚えてらっしゃるんですから、後は
もっと記憶がクリアなのは当然ですよね。パティー・リンさんは香港だったような気もします。もう私の記憶はいい加減、信頼できるのはオリコンのデータだけですので(笑)。間違いなく東京タワーでやったと思いますが、どんな情景だったんでしょうか?♪ティファニーよりも素敵なメニューだったことを願います。(ってもう24年前ですが)
すぐに出てくるものだと・・・

>石坂智子さん「石川県金沢市出身らしくおっとりとした性格が魅力の石坂智子はありがとうでデビュー」
石崎はるこさん「名付け親は長洲神奈川県知事という石崎はるこはヨコハマは何処ですかでエントリー」
千葉まなみさん「杜の都、仙台出身の千葉まなみ。地元仙台の七夕まつりで記した言葉はもちろん新人賞」などなど・・・。千葉さんは落選だったので託した願い事が叶わなかったということですねー。残念ながら。
たしか千葉さんはこの時点で2枚目の「ときめきの季節」が既に発売していたと思われますがデビュー曲の「早春賦」でエントリーでした。♪並木の桜がすっかり咲いたら〜女になろうとの部分が使われてました。なぜでしょう?「早春賦」の方が売れたからですかね?

 石崎はるこさん?全く存じません。ちなみに千葉まなみさんは全曲チャートインしていません。200位に入ってた記憶もないんですが、ここはあやふやです。それなのに新人祭りは当選、新宿音楽祭は敢闘賞。「さよなら好き」58位の浜田朱里さんより成績はベターだったんですよ。(日テレ品評会では千葉さんは×で、朱里さんは3回目で○でした。しつこくてすみませんが、後者が大ファンだっただけに納得がいきません。 
 で私はもう1つ思い出しました。83年日テレ音楽祭、菊池陽子さん「風色タッチ」。「元気なのは落ち着いてないからではありません(笑)。好奇心が強いからです」ちょっと好奇心、じゃなくてちょっと違ってたかもしれません。あとはもう思い出せませんなあ。

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(無題) 投稿者:あきら  投稿日: 8月23日(月)08時47分31秒

☆KOSUKE様

楽しんで頂いたようで嬉しく思います!

>私がやっと(紹介を)思い出した人が1人。80年の日テレ音楽祭で。パティー・リンさん「クイーンメリーで朝食を」徳光氏「この曲がヒットしたらクイーンメリーで食事会を、ヒットしなかったら東京タワーで食事会(笑)をするそうです」だけです。この方は台湾出身で、TVでは「紅白歌のベストテン」の推薦曲コーナーで見ただけですが、ラジオでは相当スポットを流していましたので、ご存知・・・ですよね?あきらさんなら。

もちろんです。(笑)その紹介文も憶えてました。当時テレビを見ていてウケました。
結果から言うと、おそらく東京タワーで食事をしたのでしょうね。
80年だと他のも叩けばもっと出てくると思いますよ。(笑)
すぐに出てくるものだと・・・
石坂智子さん「石川県金沢市出身らしくおっとりとした性格が魅力の石坂智子はありがとうでデビュー」
石崎はるこさん「名付け親は長洲神奈川県知事という石崎はるこはヨコハマは何処ですかでエントリー」
千葉まなみさん「杜の都、仙台出身の千葉まなみ。地元仙台の七夕まつりで記した言葉はもちろん新人賞」などなど・・・。千葉さんは落選だったので託した願い事が叶わなかったということですねー。残念ながら。
たしか千葉さんはこの時点で2枚目の「ときめきの季節」が既に発売していたと思われますがデビュー曲の「早春賦」でエントリーでした。♪並木の桜がすっかり咲いたら〜女になろうとの部分が使われてました。なぜでしょう?「早春賦」の方が売れたからですかね?

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唖然。楽しませて頂きました。 投稿者:KOSUKE  投稿日: 8月22日(日)23時44分40秒

 あきら様

 す、すごいです・・・。77年の新人祭りの紹介、早速どうもありがとうございました。イヤーこちらも10秒で読ませて頂きましたが、これは楽しませて頂きましたよ。よく覚えてますねー。でもだいたいキャッチフレーズを中心にまとめていますね。私がやっと(紹介を)思い出した人が1人。80年の日テレ音楽祭で。パティー・リンさん「クイーンメリーで朝食を」徳光氏「この曲がヒットしたらクイーンメリーで食事会を、ヒットしなかったら東京タワーで食事会(笑)をするそうです」だけです。この方は台湾出身で、TVでは「紅白歌のベストテン」の推薦曲コーナーで見ただけですが、ラジオでは相当スポットを流していましたので、ご存知・・・ですよね?あきらさんなら。
 それにしても、パル「夜明けのマイウェイ」とヒストリー「結婚します」をフィーチャーして頂いて、こちらもありがとうございました。パオの「サンセット・キッス」もドラマ絡みだったとは知りませんでした。ちなみに「夜明けのマイウェイ」は18位、19万枚。「結婚します」は42位、7万枚。「サンセット・キッス」は19位、9万枚という結果でした。

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森山加代子 投稿者:良子  投稿日: 8月22日(日)23時14分30秒

森山加代子のシングルで「一人で泣かせて/月へ帰ろう」以降から「白い蝶のサンバ」迄に
出されたシングルと「白い蝶のサンバ」以降のシングルで何か情報を
知っておられるかたいませんか?
・ふりむいてみても昭和45年5月1日発売 最高35位
・お嫁にゆきたい昭和45年7月25日発売 最高100位
あと、「恋の魔法使い」「沖縄サンバ」「電車でデイト」の発売時期なども
知っておられるかた教えてください!

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(無題) 投稿者:あきら  投稿日: 8月22日(日)22時56分23秒

☆初心者様

「まんが日本昔ばなし」の主題歌は花頭巾というグループではないですか?
確かにドラマの主題歌を歌っていたグループって聞きなれない名前のグループが多かったですし、しかもその曲が唯一のヒット曲(もしくは唯一の発売曲)になったりしてますね。TBS系で放送された三田寛子&草刈正雄主演の「激愛・3月までの」の主題歌も
コンボ・トウシューというグループが「風色のサンバ」という曲を歌ってましたが彼等の実態は良く分かりませんでした。これ1枚だけでしょうか?当初は三田さんの「春の冒険」が主題歌に決まっていたのが急遽変更になったようです。「欽ちゃんのちゃーんと考えてね」の主題歌だった「街はおしゃべり」。こちらはスタ誕出身の鯨井ゆかりさんがオパというグループと組んでのデビューでした。デビュー曲でいきなりオパと組まされるというのも運が良かったのか悪かったのか。曲も良かったですし歌もうまかったのでソロでいってほしかったです。オパの逆でパオというグループが映画「リトルロマンス」関連で「サンセット・キッス」という曲をスマッシュヒットさせたり。「夜明けのマイウェイ」がヒットしたパルは有名な方でしょう。KOSUKEさんお気に入りで「結婚します」のヒストリー。こちらはTBS系「熱愛一家LOVE」の主題歌でスマッシュヒットでしたね。

☆KOSUKE様

>「タンゴ熱愛」、67位で10週チャートイン、2.8万枚でした。
詞も曲もなかにし礼氏ですね。なんか濃そうな内容を想像してしまいます。

ありがとうございます。思ったよりも売れていました。
有線などでも人気のあった曲でした。

77年の「新人祭り」の入場行進時のアナウンスは全て正確に、というワケにはいかないのですが要所要所であれば憶えてます。すべての歌手にレコード会社とデビュー曲名、一部の歌手にデビューした日付も紹介されてまして、それにプラスαの短い紹介が付いてました。五十嵐夕紀さんは「なによりも瞬間を大切にする行動派」、大場久美子さんは「長い髪がチャームポイントの大場久美子は東芝EMIよりあこがれでデビュー」、木川かおりさんは「○○の木川選手に応援されてのデビュー、胸に可愛いかおりのペンダントを集めています」(注:○○の部分はプロ野球の球団名、おそらく阪神?でしたが忘れました)清水健太郎さんは「絵になる男、ケンタロウ」、太川陽介さんは「昇れ太陽君のキャッチフレーズと共に人気も上昇中」、渡真介さんは「街に貼られたポスターに、誰が書いたかステキ、スキ」、ビューティーペア「女子プロレスから歌謡界に殴りこみをかけましたが本日は残念ながら欠席をしております」、山川ユキさんは「山川ユキは徳間音工より新宿ダダでデビュー、そのパンチある歌唱力で将来を大きく期待されております」とか。こんなところでよろしいでしょうか?
これらの紹介は徳光さんともうひとりの方で交互にやってました。荒木由美子さんのところでマイクの音声が入らなかったり、欠席のチェルシア・チャンのところでアナウンスがなかなか入らなかったりのハプニングがありました。(これは読み手に欠席が伝えられていなかったか、急な欠席だったか不明なのですが、曲が消えかかったときに慌てながら「インスピレーションでデビューしたチャルシア・チャンさんですが本日はちょっと欠席をしております(汗)」などと言いながら穴埋めしてました。もうその時点で次の歌手の曲が流れ始めてしまってましたし。後半にいくにしたがってズレが生じたりしてました。10秒そこそこの間にこれだけのことを紹介するのですから仕方がないですね。

山川ユキ

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どんなグループ? 投稿者:初心者  投稿日: 8月22日(日)21時12分23秒

時々昔のドラマなどの主題歌を歌っていたグループが聞きなれない名前だったのでご存知だったら教えていただきたい。「坊や良い子だ寝んねしな・・・」日本昔話の主題歌を歌った「?」というグループ、親分&子分ズは遠山の金さん主題歌を歌っていましたね?
宜しくお願いします。失礼しました。

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タンゴ熱愛、見事チャートイン! 投稿者:KOSUKE  投稿日: 8月22日(日)19時36分51秒

 あきら様

>これは日高さんの名前が分かった時に例の「新人まつり」入場行進をあいうえお順にもう一度暗礁してみたんです。そうしたらアナウンスの部分も脳のどっかから出てきました。(笑)流れていた曲自体は憶えていたので。当時の録音テープは自宅にあります。

 こんばんは。あきらさんの記憶力ってちょっと信じられません。私も結構とんでもないことを覚えてるんですが(笑)、まさか出席の28組全部覚えてらっしゃるっていうのはムリですよね?特に山川ユキさんの紹介が興味ありますが(笑)、まあ彼女がダメでも、もし覚えてらっしゃる方があれば是非ご紹介ください。

>千葉さんの「タンゴ熱愛」は100位に入りましたか?ちょっと気になったので。
80位くらい?は来ていたような・・・。100以下のところの注目曲としては
良く扱われていたのは憶えていたのですが・・・。

 おめでとうございます(笑)。「タンゴ熱愛」、67位で10週チャートイン、2.8万枚でした。
詞も曲もなかにし礼氏ですね。なんか濃そうな内容を想像してしまいます。

 それにしてもピンクレディーのスタ誕決戦大会で、「芸映」のスカウトが上がったのは私も
はっきり覚えていましたので、T&C(当時は「アクトワン」でした)に行ったのは疑問に思っていました。そういうことだったんですね。伊藤咲子さんも15社スカウトが上がったのに、確か「ユニオン企画」(違ってるかもしれません)という阿久先生が絡んでいる事務所に入ったのですが、理由は「デビュー曲(「ひまわり娘」)のレコーディングをロンドンで行うことを決めていた、という理由だったからと何かで読んだ記憶があります。

 一応常連でした様

 はじめまして、宜しくお願いします。私も「オリコン・ウィークリー」は当時毎週買っていたので、くだらないネタを何度かオリ通に投稿しましたが、全部採用して頂きました(笑)。私のPNは「フミヤの弟になりたい大学生」でした。この掲示板に近いものもあれど、ちょっと子供っぽかったかもしれません。段田男さんも一時話題になってましたよね?まあ今後も、どんどんお書き込みをお待ちしております。

 こんばんは。

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(無題) 投稿者:あきら  投稿日: 8月22日(日)17時11分27秒

☆yochy様

こんにちは。いつも書き込みを楽しく拝見させて頂いています。

>彼女たちが出た「スター誕生」決戦大会のVTRを見ていて気がついたのですが、彼女たちには「芸映」のような大手プロダクションもプラカードを上げていたんですね。それなのにどうしてT&Cなんか(失礼!)に行ったのか、ちょっと疑問が残ります。まあ、こういう小さな事務所だったからこそ、あとがない死にものぐるいな感じでプロモーション活動をすることができたのかもしれませんが。
ところでところで、アメリカで放映されたピンクレディーの番組って、DVDで発売されているんでしょうか。見たいなあと思って四半世紀(笑)、なにか情報をお持ちの方がいらしたら、教えてください。

T&Cを選んだ理由などはかつてテレ東で放映されていたアニメ「栄光の天使たち」等でも扱われていた記憶があります。相馬社長の熱心さに心が動いたとか、そんな感じだったと思います。現にミーはMIEになってからしばらくは相馬さんの事務所であったソーマオフィスに所属もしてましたし。当時、ケイブン社という出版社から発行されていた小学生用の分厚い本(確かタイトルは「ピンクレディーのすべて」か「ピンクレディー大百科」でしたか、自信ありませんが)タレント大百科などを出していたところと同じ出版社だったと思います。3巻分自宅にありますが、デビュー前やした後の頃のエピソードなどは日付ごとに詳しく写真入で記述がありました。

「PINK LADY & JEFF」はアメリカでDVD発売されてましてアマゾンなどで購入できました。全エピソード発売されています。現在も扱っているかどうかは分かりません。リージョンコードが日本のそれとは違うので視聴の際にはリージョンフリー、マルチ対応のプレイヤーが必要になります。

☆一応常連でした様

僕も当時オリコンに投稿しまして何度か楽曲レビューが載ったことがありました。

☆KOSUKE様

いつもお世話になってます!

>念のためですが、このアナウンスの部分はテープに録音されているんですか?いや、もし覚えてたらすごいと思いまして。私は神田広美さんの「○○も××も一級品」(その○○や××が思い出せないんですが、たぶん「ルックス」や「歌唱力」といった言葉だったんでしょうね)しか覚えていません。ちなみにこれは新人祭りじゃなくて日テレ音楽祭でのことでした。

これは日高さんの名前が分かった時に例の「新人まつり」入場行進をあいうえお順にもう一度暗礁してみたんです。そうしたらアナウンスの部分も脳のどっかから出てきました。(笑)流れていた曲自体は憶えていたので。当時の録音テープは自宅にあります。

千葉さんの「タンゴ熱愛」は100位に入りましたか?ちょっと気になったので。
80位くらい?は来ていたような・・・。100以下のところの注目曲としては
良く扱われていたのは憶えていたのですが・・・。

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yochy 様 投稿者:初心者  投稿日: 8月22日(日)16時55分42秒

DVDの件ですが、なんか見るに耐えないようなものらしいのです。メインの出演者のそばで水着かバスタオルなのかそんな格好で居るだけらしいです。坂本九さんの「スキヤキ」とは随分違うようです。
あくまで数年前ラジオでいっていた情報です。

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はじめまして? 投稿者:一応常連でした  投稿日: 8月22日(日)14時41分35秒

はじめまして 突然ですが、お邪魔致します。こちらのサイトを知ったのは、ひょんなことでした。クロベエさんが亡くなられて、そう言えばチェッカーズって人気あったな、オリコンのヒットチャートでいつも上位だった、オリコン・・そう言えばオリ通ってあったな。それで「オリ通」で検索しましたらこちらのサイトが表示されました。私も当時オリ通は、熟読していたので「とろり村のとろり」さんのPNは勿論憶えています。過去のBBSを拝見しましたら、当時の編集部の治さんや今井まことサン、いちようサン、るりるりルリ子ちゃんサンなど色んなオリ通関係者の方々が訪れていらしゃったんですね。とても懐かしく思います。私も確か84年頃から87年頃まで投稿していました。子供の考えた他愛無いものばかりなのに100回近くも掲載させて頂いたと思います。当時勉強もしないで投稿ばかりしていた記憶があります。その後私は、マスコミ関連の職に就き当時憧れていたタレントさん達に会えたりして小さな夢は叶ったと思っています。このサイト見てこのまま立ち去ろうと始め思いましたが、過去の色んな方々の書き込みをみて私も足跡を残すことにしました。こんな私の書き込みをみて懐かしく思って頂いたり、この場に私のように書き込んだりする方がいらしゃるかもしれないので。「オリ通同窓会」みたいな書き込みですいません。当時投稿していた方が現在も尚このようなHPを持っていらっしゃってとても素敵な事と思います。ちなに私は当時「ポケットの中の500円玉」ってPNで出ていました。とてもB級な投稿者でした。もう20年くらい昔の話ですが。

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ちょっとしつこくピンクレディー 投稿者:yochy  投稿日: 8月22日(日)13時01分19秒

私はピンクレディーと同じ静岡出身ということもあり、彼女たちがデビューしたときは「これは売れる!」というより、「売れろ売れろ!」という願いのほうが強かったです。当時は静岡出身の歌手というのは全然いなくて(伊豆出身の研ナオコさんぐらい)、お寒い状況でしたからね。県民全部で彼女たちを応援していたような気がします。でも、デビュー直前に静岡のお祭りに彼女たちが出演したのですが、新しいなにかを感じつつも、あそこまで売れてしまうグループになるとは、まさか想像もつきませんでした。
ところで、彼女たちが出た「スター誕生」決戦大会のVTRを見ていて気がついたのですが、彼女たちには「芸映」のような大手プロダクションもプラカードを上げていたんですね。それなのにどうしてT&Cなんか(失礼!)に行ったのか、ちょっと疑問が残ります。まあ、こういう小さな事務所だったからこそ、あとがない死にものぐるいな感じでプロモーション活動をすることができたのかもしれませんが。
ところでところで、アメリカで放映されたピンクレディーの番組って、DVDで発売されているんでしょうか。見たいなあと思って四半世紀(笑)、なにか情報をお持ちの方がいらしたら、教えてください。

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訂正 投稿者:KOSUKE  投稿日: 8月22日(日)10時15分12秒

 もう完全に左脳の老化が始まったようです。(やはり目覚めに書いちゃいけませんね)
 千葉紘子さんの部分ですが、
 これも → 含めて
 「歌謡曲歌手」と意味では → 「歌謡曲歌手」という意味では
 「初めてのお酒」とか(それも一部しか)→ 「初めてのお酒」とか(それも一部)しか
 
 に訂正お願いいたします。大変失礼しました。

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あきら様 投稿者:KOSUKE  投稿日: 8月22日(日)10時09分31秒

>番組内での入場行進時のアナウンスは正確には憶えてないのですが「三橋美智也の高音に、北島演歌の真髄を」といった感じで流しで鍛えたなどの経歴を徳光さんがアナウンスしてました。

 おはようございます。念のためですが、このアナウンスの部分はテープに録音されているんですか?いや、もし覚えてたらすごいと思いまして。私は神田広美さんの「○○も××も一級品」(その○○や××が思い出せないんですが、たぶん「ルックス」や「歌唱力」といった言葉だったんでしょうね)しか覚えていません。ちなみにこれは新人祭りじゃなくて日テレ音楽祭でのことでした。

>彼女はフジテレビの「スターどっきりマル秘報告」でのメンバーのひとりとして活躍していた印象が強いです。「折鶴」の他に良くテレビで見たのは「タンゴ熱愛」や「宗谷岬」などです。「タンゴ熱愛」は「折鶴」ほどではないですが彼女の曲の中では話題になったほうでしょう。当時、日テレで金曜日の7時から放送されていた「歌まねフリまね新スターに挑戦」によくゲスト出演されてました。藍美代子さんとは当時から仲が良く、今でも親交があるそうです。

 へえ、「スターどっきり」の件も(見てたはずなんですが・・・)これも全て知りませんでした。そうね、彼女は存在的には藍美代子さんに近かったでしょうね。歌唱力抜群で1曲超名曲を残した「歌謡曲歌手」と意味では。私は「泣いてもいいでしょ」とか「初めてのお酒」とか(それも一部しか)覚えてませんが、両方「全員集合」(笑)で歌っていたんです。なんて懐の深い番組だったんでしょう。

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(無題) 投稿者:あきら  投稿日: 8月22日(日)09時05分8秒

☆通りすがりの者様

こんにちは。

>77年組新人で、日高正人さんの名前を挙げていましたが、私は日高一也さんではないかと思います。実家に古いタレント名鑑があり確認したのですが、昭和52年4月25日「両親」でデビュー、「雪の宿」で新宿音楽祭銅賞受賞となっていました。更に日高さん渥美二郎さん川中美幸さんで「一二美の会」を結成していたそうです。でも私は、日高一也さんについては正直記憶がありませんでした。

77年の新人祭りのリストを書き込みしたあきらです。日高さんの名前はすっかり忘れておりまして(入場行進の時の曲は憶えていたのですが)KOSUKEさんが「日高さんでは?」と教えてくださいましたが、日高一也さんだったのですね。
番組内での入場行進時のアナウンスは正確には憶えてないのですが「三橋美智也の高音に、北島演歌の真髄を」といった感じで流しで鍛えたなどの経歴を徳光さんがアナウンスしてました。先日、テレビ東京で川中美幸さんが想い出の地を訪ねる番組を放送していたのですがその時に「一二三の会」の際にお世話になった人を北海道まで訪ねてました。
当時の写真なども番組内で公開してました。教えて頂いてありがとうございました!

☆KOSUKE様

>千葉紘子さんは3日前「夜ヒット」の再放送に出てたのを見ましたが、やっぱり上手いですね。「折鶴」(9位、28万枚)1曲だけのヒットというのは惜しいです。

同意です。彼女はフジテレビの「スターどっきりマル秘報告」でのメンバーのひとりとして活躍していた印象が強いです。「折鶴」の他に良くテレビで見たのは「タンゴ熱愛」や「宗谷岬」などです。「タンゴ熱愛」は「折鶴」ほどではないですが彼女の曲の中では話題になったほうでしょう。当時、日テレで金曜日の7時から放送されていた「歌まねフリまね新スターに挑戦」によくゲスト出演されてました。
藍美代子さんとは当時から仲が良く、今でも親交があるそうです。

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ピーマンと千葉紘子さん 投稿者:KOSUKE  投稿日: 8月22日(日)07時22分20秒

 初心者様

 (あきら様へのご質問にも見えますので、大変失礼かと思いますが)
 おはようございます。ピーマンは74年デビューの3人の女性グループ(デビュー曲は「恋のライバル3対1」)でした。所属はヤマハ、レコード会社はワーナーパイオニア。あのサーカスの叶姉弟のお姉さんが在籍していたことで知られています。とにかく「ヤマハのキャンディーズ」ということでキャンディーズに追いつけ追い越せだったようですが、残念ながら一曲もチャートインできmせんでした。まあアイドル路線とニューミュージックの中間的な位置づけだったようですよ。(もとも私も、このグループの曲を聴いてないのでなんともいえませんが)叶さんはこの路線がいやでしょうがなかったとのことです。
 でも狩人が2人別々で出てたというのは存じませんでしたが、これは2人別々でオーディションを受けたということなんでしょうか?
 それにしてもS30年代はA面とB面が違う歌手というレコードがよく見受けられますね。この中で、新人の方が売れた例ってどんな曲があるのでしょうか?
 千葉紘子さんは3日前「夜ヒット」の再放送に出てたのを見ましたが、やっぱり上手いですね。「折鶴」(9位、28万枚)1曲だけのヒットというのは惜しいです。RUMICO(小柳)さんにも合っていたとは思いますが、この曲は完全にカバーの千葉さんの勝ちではと想像します。なんといっても安井かずみさんの♪いろんなことがあるけれど それは誰でもそうだけど というシンプルな詞が秀逸!今こんな詞を書ける人なんていないんじゃないでしょうか?以前はFM東京でDJをやっていた千葉さん、最近は刑務所の慰問活動に力を入れているとか。

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ピーマンの「部屋を出てください」 投稿者:初心者  投稿日: 8月22日(日)06時25分16秒

あきら様有難う御座いました。
2人別々で出たというのは、今思えば「狩人」のお二人だったと思います。ピーマンというグループが「部屋を出てください」を歌っていたんですね。どんなグループなんでしょうか?
先日ラジオの音楽番組で島倉千代子さんの昭和30年代の曲が流れていました。その頃は新人歌手がベテランやヒット歌手とAB面のカップリングで新人の売り出しのサポート?をしてたと放送してました。今はCDですがこういうの今でもいい企画じゃないかと思うのです。かえって新人歌手の方が売れたりしますね?
千葉紘子さんの「折鶴」は元々小柳ルミ子さんのLPアルバムの中の曲だった。こんなのも捜して見ると面白いですね。

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ご指摘ありがとうございました 投稿者:KOSUKE  投稿日: 8月21日(土)22時08分10秒

 通りすがりの者様

 こんばんは。大変失礼いたしました。ご指摘ありがとうございました。間違いなくそのお名前だろうと思います。私も「日高」さんという苗字しか確信がなく、ファーストネームはちょっとあやふやでした。その「両親」という曲は聴いたことはありますが、メロは全く覚えていません。
 しかし新人祭りの30組に渥美二郎さんが入ってないのも、何か変だと思いません?まあ最初は売れてませんでしたけど、新宿音楽祭の20組には入り、敢闘賞をビューティ・ペアにするか渥美さんにするかでもめたらしいですから。だったら両方にあげればいいのに・・・(結局ビューティ・ペアのみが受賞しました。当時の「週刊明星」で読んだ記憶によれば)

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同じ日高さん 投稿者:通りすがりの者  投稿日: 8月21日(土)21時20分32秒

KOSUKE様    こんばんは。以前KOSUKEさんが77年組新人で、日高正人さんの名前を挙げていましたが、私は日高一也さんではないかと思います。実家に古いタレント名鑑があり確認したのですが、昭和52年4月25日「両親」でデビュー、「雪の宿」で新宿音楽祭銅賞受賞となっていました。更に日高さん渥美二郎さん川中美幸さんで「一二美の会」を結成していたそうです。でも私は、日高一也さんについては正直記憶がありませんでした。

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その続き 投稿者:KOSUKE  投稿日: 8月21日(土)19時08分5秒

 あきら様 初心者様
 
 こんばんは。流石あきらさん、ファン中のファンといっても過言ではない博識さですね。「ペッパー警部」は当初はオリコンの100位に入ったけれど翌週は圏外、といった状態だったらしいですよ。「全日本歌謡選抜」の50位に入ったのが10月上旬だったと記憶しています。その直後に新宿音楽祭で銀賞を獲って、火がついたみたいですね。もっともスタ誕の決戦大会の時、大本命は清水由貴子さん。しかし私はこの2人にスカウトの札が上がると確信しました。彼女たちが確か8社、清水さんが15社だったんですけど、間違いなく売れるのは根本=増田ペアだろうと思いました。

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(無題) 投稿者:あきら  投稿日: 8月21日(土)17時18分0秒

☆初心者様

「君こそスターだ」の時もふたりで出場しました。この時はすでにクッキーとして活動していたのでそれとほぼ同じスタイルでの出場となりましたがこの時は失格で、失格理由が素人っぽくないということでした。「スタ誕」ではその失敗に学んであえて田舎娘っぽさを強調して出場したと本人達が日テレの「速報!歌の大辞典」出演時に語ってました。歌った曲はピーマンの「部屋を出てください」でしたがこれも作戦でなるべく知られてない歌をあえて選んだそうです。ミーは中学生の時にソロで「スタ誕」に応募しましたがこの時は落選でした。もともと彼女たちはクッキーでピンクレディーに近いことをやっていまして歌手としてはビートの効いた曲を得意としていきたい意向があったのですが、「スタ誕」で「部屋を出てください」で合格したことによりフォークでデビューという話しになってしまい、白い風船、みかん箱やちゃっきり娘(←これは静岡出身からちなんで)などのユニット名候補があがっていたそうです。ピンクレディーに決まった後もビクターの新人評価はCで「ゲテモノ」扱いだったそうです。ビクター側は「ペッパー警部」を嫌ってB面の「乾杯お嬢さん」を推したそうですが阿久&都倉コンビがどうしても「ペッパー警部」でいきたいとゴリ押ししたとのことです。デビュー直後は火が点くどころか客から「もっと股を開け」などの野次が飛ぶような状態だったようです。
しかし9月そして10月の音楽祭シーズン頃からジワリジワリと話題になりはじめ、あれよあれよという間に年末の歌謡大賞&レコ大の新人賞に8月25日という遅いデビューをものともせずノミネートされてしまいました。その後の活躍は皆様もご存知のとおりです。

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ピンクレディー 投稿者:初心者  投稿日: 8月21日(土)12時30分17秒

最初彼女達を見た時は、「スター誕生」でした。その時は2人ともオーバーオールのジーンズでした。そして、歌はフォーク風の曲でした。しかしデビュー曲が出たら全く感じが違いました。名前もピンクレディって変と感じました。如何なんですかねぇ?彼女達は「スター誕生」の前にもフジTVの「君こそスターだ」?にも出ていたそうですが。その時は1人ずつだったんでしょうか?

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もう燃え尽きていたような気がします 投稿者:KOSUKE  投稿日: 8月20日(金)23時16分18秒

 あきら様 yochy様

>当時、小学生だった僕からの意見を言わせてもらうとやはり「事件が起きたらベルが鳴る」の方が曲的にも、演出効果を考えてもおもしろみを持たせることができた作品であったような気がします。これはあくまでも「ジパング」と比べての話しですが。

 「事件が起きたらベルが鳴る」を聴いてないんで「ジパング」と比較のしようがないんですが、いずれにしても結果は大して変わらなかったのでは?と思います。紅白を辞退したことも戦略ミスだったし、「UFO」でレコ大を獲ってある意味では頂点を極めてしまったわけでしょう?それなのにアメリカでは受けない(ケイさんは行きたくなく、向こうでも半ばノイローゼだったとか)。うまく書けませんけど、あの時点でもうPLは燃え尽きていた。としか私は思えないのです。

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(無題) 投稿者:あきら  投稿日: 8月20日(金)22時21分1秒

☆yochy様、KOSUKE様

皆さんそれぞれ色々な意見をお持ちですね。
当時、小学生だった僕からの意見を言わせてもらうとやはり「事件が起きたらベルが鳴る」の方が曲的にも、演出効果を考えてもおもしろみを持たせることができた作品であったような気がします。これはあくまでも「ジパング」と比べての話しですが。
ベストを通して聴いていると良く分かるのですが「ジパング」のところにくるとなんだか
他の曲とは明らかに違う雰囲気が漂うのです。「ジパング」自体は決して悪い曲ではないと思いますが小学生の心を掴むような何か曲の持つパワーのようなものが他の曲と比べて不足している気がしますし(これは当時から思ってました)、例の発売前のゴタゴタなども影響して準備不足もあったのではないでしょうか?衣装も他の曲に比べてイマイチでしたし。(ケイがターバンを頭に巻いたりした分はデザイン的にはおもしろかったですけど着用したのは最初のウチだけですぐに他の衣装に切り替わってしまいましたし)

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追伸 投稿者:yochy  投稿日: 8月20日(金)19時35分48秒

ピンクレディーのDVDプレゼントは、セブンイレブン限定企画でした。あしからず。

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私は…… 投稿者:yochy  投稿日: 8月20日(金)19時32分11秒

あきらさん、KOSUKEさん、早速のレスありがとうごさいました。
みなさまの御意見、なるほどなと思いました。
私はピンクレディー絶頂のとき、すでに高校生でしたので(ああ恥ずかしい)、そのころ彼女たちのレコードを買っていた(と思われる)小学生の感覚がちょっとつかめないのですが、もしも、あのときの新曲が「事件が起きたらベルが鳴る」だったら、あるいはもうちょっと売れていたのではと思うのです。
「事件が〜」だったら、衣装とか振り付けとか、面白く演出するネタは揃っていたと思うのです。例えばシャーロック・ホームズ風の衣装にするとか、怪人二十面相風のバックダンサーを従えるとか、いろいろ(例がしょぼいですか?)。でも「ジパング」のときは、普通の白いフリフリの衣装でしたよね。なんだか急に力を抜いてしまったような感じがありました。
「ジパング」のような、完成度の高い曲が同時にできてしまったのも原因かもしれません。絶頂期のときは、A面はものすごく力の入った曲、でもB面はなんだかなあ、というパターンが多くありました。それだけ、スタッフにもいろいろと迷いがあったのかもしれません。
ところで話は変わりますが、いまキリンビールを買うと、ピンクレディーのDVDがついているんですね。さっそく1ダースも買い求めて、「UFO」と「サウスポー」のDVDをゲットしました。昔の映像かと思ったら、いまのピンクレディーでした。ちょっと苦笑。

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曲の出来栄えはもう関係なかったと思います 投稿者:KOSUKE  投稿日: 8月20日(金)18時04分23秒

 yochy様 あきら様

 こんにちは。ここ数日コメントも極端に少なく、夏バテ気味なのかな?と思えたモナムールですが、久々に読み応えのある内容を拝見したように思います。確かに「カメレオン・アーミー」の71万枚から急落し、27万枚(4位)に終わった「ジパング」。記録を更新し続けていた首位連続曲数も9曲でストップとなってしまいました。この原因について、yochy様の挙げて下さった項目をまとめると、

 ① 発売直前にひっくり返されて「ジパング」がA面になった
 ② ピンクレディーはもう「賞味期限切れ」で、どの曲が発売されても同じような結果に終わっていた
 ③ ちょうどその頃のピンクレディーはアメリカの番組出演で忙しく、日本のTV露出がガクンと減って、それが原因で人気がなくなった

 私はズバリ②と③の両方だと思いますよ。「ジパング」自体は曲もアレンジもなかなかキャッチーで素晴らしかったと思うのです。ただ事実上「サウスポー」で燃え尽きてしまった感があり、「モンスター」「透明人間」「カメレオン・アーミー」というお子様向けの3曲はその余波というか、連鎖反応でたまたま首位になったとしか思えないのです。それに例のアメリカ進出が「火に油を注ぐ」ような結果になったと私は考えます。「ピンク・タイフーン」で巻き返したといっても所詮6位、30万枚。そして次の「波乗りパイレーツ」(4位、24万枚)が彼女たちにとって最後のベストテン入りとなり、あとは信じられないような急降下ぶり。とにかくピンク・レディー自体もうデビュー当時のモチベーションを維持していくこと自体難しかったでしょうし、(仮に「マンデー・モナリザ・クラブ」も含めて)どんな曲が来ても機械的に「こなす」だけで、結局セールスは急落していただろうと感じますよ。「カルメン'77」などで(特にミーさんに)見られた情熱のかけらも感じられなかった、というのが79年のピンク・レディーの印象でした。
 似たようなパターンとしては、光GENJIの「太陽がいっぱい」(89.7発売 69万枚)→「荒野のメガロポリス」(90.2発売 26万枚)の急落が思い出されますね。光GENJIは特に外国に行って日本のファンに顔を見せなかった、という記憶はありませんが、やはりこの2曲の半年という間隔が長すぎましたし、完全に賞味期限が切れたのでしょう。最近のモーニング娘。にも同じような傾向が感じられます。「恋愛レボリューション21」は1週目に50万枚以上売って当然ミリオンだったのに、最近は10万枚がやっとでしょう?(どんな曲を出してるのかもわからないうちにベスト10から消えてますし)もうX-dayは近いと私は見ています。 

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ピンクレディー考察 投稿者:あきら  投稿日: 8月20日(金)13時51分3秒

☆yochy様

こんにちは。僕もピンクレディーのファンでしたので(というか今もファンですが)、yochyさんと同じようなことを何度か考えたことがありました。
「ジパング」はyochyさんが書いてらっしゃる通り阿久&都倉コンビのいい曲ではありましたが前年(78年)の作品群に比べるとややインパクトやテーマが弱かったように思います。当時の話しによると「カメレオン・アーミー」までの一連の作品が終焉し阿久&都倉コンビ、それからスタッフも次をどんな曲にするか相当迷い苦しんでいたそうです。
そういった迷いが「事件・・・」と「ジパング」の発売前急遽すりかえなどに発展していたようです。ピンクレディーの人気としては曲を出すごとにレコ売り上げは下がってきてはいたものの、それでも70万〜80万枚の売り上げは達成してました。当時のヒットと呼べるレベルは15万枚〜20万枚、大ヒットになると50万枚以上といった感じでしたのでピンクの「透明人間」や「カメレオン・・・」に関してはそれを遥かに凌いでいたと言えましょう。「カメレオン・・・」に関しては発売僅か数日で一旦88位につけ翌週には1位にジャンプアップして1位を数週間独占するという快挙を成し遂げたほどのパワーは残していましたので「カメレオン・・・」の次の曲しだいでは結果に多少の違いはあったように思います。
「ジパング」でレコ売り上げは激減しましたが次の「ピンク・タイフーン」では洋楽カバー+ディスコブームに乗って僅かながら盛り返しましたのでパワーは充分残っていたと推測します。78年までの出せば売れる状態から79年は曲の良し悪しが左右する微妙な時期に差し掛かっていたように思います。ですから出す曲の出来次第で結果に違いはあったと考えます。僕は当時、小学生でしたけど「ジパング」が出たときは子供ながらにいささか物足りなさを感じた記憶があります。何か今までの曲のようにグイグイと引っ張られる感じがあまり無かったような。この曲からフリツケが子供達の間であまり話題にならなくなりましたし。解散前の本人達のレビューでは「カメレオン・・・」までの子供向け路線には嫌気がさしていたと語っていましたし、彼女たちのファンの大半であった子供達自身にも”飽き”がきていたのかもしれません。今ほどプロデュース体制が確立されていない時代でしたからスタッフも困惑してしまったのでしょう。結果的に「マンモナ」での急な大人路線&「KISS IN THE DARK」の二枚看板がファンを困惑、人気を分散などアダとなってしまいそれ以降ヒットシーンに返り咲くことは出来ませんでしたが「マンモナ」自体は曲も良かったですし「カメレオン・・・」から徐々に路線変更と言う形をとっていきこの曲を持ってきていたら結果は違っていたかもしれません。「波乗りパイレーツ」の後「マンモナ」では違いがあまりにも大きすぎましね。

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ピンクレディーについて 投稿者:yochy  投稿日: 8月20日(金)10時32分57秒

突然ですが、ずっと考えていることがありまして、みなさんの御意見を聞かせていただきます。
ピンクレディーがオリコンの1位を逃した最初の曲「ジパング」についてです。
この曲、実はB面の「事件が起きたらベルが鳴る」がA面の予定だったのが、発売直前にひっくり返されて「ジパング」がA面になった、ということは有名な話ですが、結局、この選択がまちがっていたのでしようか。それとも、その頃のピンクレディーはもう「賞味期限切れ」で、どの曲が発売されても同じような結果に終わっていたのでしょうか。それとも、ちょうどその頃のピンクレディーはアメリカの番組出演で忙しく(まあずっと忙しい人たちでしたが)、日本のTV露出がガクンと減って、それが原因で人気がなくなってしまったのでしょうか。
私自身、「ジパング」という曲はピンクレディーの中でも1、2位を争うほど好きな曲で、どなたが書いたのか忘れましたが「どうにもとまらない歌謡曲」という本の中で、この曲を「阿久悠が残した21世紀への予言の歌」のような評価をしていて(あっ、これは正確なニュアンスじゃないですが)、なるほどと思い、いまでもときどき感慨深く聞いている曲です。
ただ、「サウスポー」「モンスター」のような「大アトラクションソング」に比べると少々地味なのかな、という印象はあるし、曲から連想するビジュアル的なことを考えると、「事件が〜」のほうが断然想像力がかきたてられます。実際、発売前から「明星」で、「つぎの新曲、『事件が〜』の振りつけ募集」なんてやってましたからね。
というわけで、死んだ子の歳を数えるみたいで恐縮ですが、もしも○○だったらということで、みなさんの考えをお聞かせください。

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若いのですね 投稿者:KOSUKE  投稿日: 8月19日(木)09時57分12秒

 たつし様

>チェッカーズのクロベエさんの訃報はショックでした。チェッカーズは私が
小、中学生の頃ものすごい人気でしたから。『涙のリクエスト』『SONG FOR
USA』が好きな歌です。安らかにお眠りください。

 おはようございます。ちょっと新聞での扱いも小さすぎますよね。フミヤさんに比べて知名度
は低いとはいえ・・・それにしてもお若いんですね。私はこのチェッカーズとほぼ同年代ですから。あと(どうでもいいのですが)私は「KOSUKE」です。五輪で金を二冠獲った方と同じ名前です。

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ドウディー ランブラーズ 投稿者:たつし  投稿日: 8月19日(木)09時09分16秒

 >初心者さん

 はしだのりひこさんが在籍したこのグループは、クラウンからレコードを
発売です。『真っ赤なリボン/戦争は一度だけでいい』の一枚のみです。
この歌はCD『フォークソング グラフィティ』(テイチク クロニクルレーベル)
より発売中です。

 >KOKUSUKEさん

 チェッカーズのクロベエさんの訃報はショックでした。チェッカーズは私が
小、中学生の頃ものすごい人気でしたから。『涙のリクエスト』『SONG FOR
USA』が好きな歌です。安らかにお眠りください。

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ありがとうございました&チェッカーズ 投稿者:KOSUKE  投稿日: 8月17日(火)21時37分1秒

 初心者様 よっかー様

 こんばんは。フォークルの件、ご回答どうもありがとうございました。そういう事情があったのはわかるにしても、一応あの3人で活躍していたわけですからね。まあもう終わったことですし。
 チェッカーズのクロベエさんのご逝去はまたショックですね。彼も同学年ですから。最近若い世代の癌とか糖尿病とかの成人病が増えているようですので、よっかーさんもお互いに気をつけましょうね。40歳の死はどう考えても早すぎます。チェッカーズといえば、一時私はカラオケで「涙のリクエスト」を必ず歌ってた時期がありましたね。20年前になりますが。知り合いの女の子を連れて読売ランドのコンサートに行ったのもその頃。まあ好きな曲は結構ありますが、チェッカーズのベストを挙げろ、と言われたら「涙のリクエスト」か「I love you,SAYONARA」かと迷います。後者は大学を卒業して会社に入った頃なので、そういう意味でもインパクトが強いんですね。当然両方レコードを買いました。それにしても、ご冥福をお祈り申し上げます。

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チェッカーズのクロベエさん 投稿者:初心者  投稿日: 8月17日(火)19時01分14秒

クロベエさん亡くなったのですね。寂しいです。たしか、チェッカーズ全盛の頃お父様が不運な亡くなられ方されたのに、忙しいチェッカーズのドラマーとして懸命に叩いていたのを覚えています。謹んでご冥福を祈ります。

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ありがとうございます。KOSUKE様 投稿者:初心者  投稿日: 8月17日(火)18時15分28秒

>なぜはしだのりひこさんが入らずに坂崎幸之助さんが入ったんでしょうか?
私個人の考えですが、そもそもはしださんはメンバーじゃなかったんです。最初は5人でアマチュア時代最後のメンバーで平沼義男さん(TIGERSの瞳みのるさんと同級生)が家業の都合上プロデビューを拒否した為仲間のはしださん(キングからドゥディーランブラーズでデビュー済み)が助っ人として入っただけなんです。フォークル結成の際京都のアマチュアフォーク連盟の幹部としてオーディションに立ち会ったのがはしださんだったんです。だから、今回の助っ人は再結成の尽力者として入ったのではと思います。
私はむしろ「青年は荒野をめざす」が決して演奏されない方が不思議です。

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ここで話題になるグループじゃないけれど 投稿者:よっかー  投稿日: 8月17日(火)17時27分5秒

ずうとるび、ではなくチェッカーズのドラム担当のクロベエ(徳永善也)さんが亡くなったそうです。まだ40歳なのに、舌癌だそうです。もう再結成されることも無くなっちゃった...。
私らと、ほぼ同じ歳なので人事とも思えず、とても残念です。(合掌)

高杢禎彦(モク)さんも癌を患って、回復したとか芸能ニュースで見たけど、えらく病魔に襲われてるなぁ。ファンサイトもたいへんな騒ぎになってますね。

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フォークル再結成の謎 投稿者:KOSUKE  投稿日: 8月17日(火)08時27分7秒

 初心者様

 >私は、墓参りや健康診断や区役所に行ったりしてました。その区役所に行った帰り、ふと近くに在る内科医院がフォークルの北山修さんの旧実家だったと気付いたんです。2年前復活フォークルのTV番組で加藤和彦さん坂崎幸之助さん佐野史郎さんがこの北山さんの旧実家前から放送してたのを思い出したのです

おはようございます。私は短い夏休みが3回ですが、結局授業の準備や予習にとられてしまいます。でも趣味の水泳には必ず週2回は行くウォーターボーイ(って年かよ?)なので、五輪のKOSUKE君(北島選手)の金メダルは他人事だと思えません。
 さて素朴な疑問なんですけど、2年前のフォークルの再結成で、なぜはしだのりひこさんが入らずに坂崎幸之助さんが入ったんでしょうか?はしださんとの音楽性の違いなのか、性格が合わないからか、それとも単に見かけ(今ちょっと、失礼だけどひど過ぎますよね)なのか?とても謎でした。ご存知でしたらご教示お願いします。
 フォークルは私が3歳の時なので、リアルタイムでは覚えていないのが残念ですが、当時のビデを見ると北山修さんはダンディーでハンサムでしたよね。作詞の才能も一連の「風」「花嫁」「あの素晴らしいもう一度」すべて素晴らしいし、おまけに堺正章さんの「さらば恋人」(これは超名曲だと今でも思っています)まで手がけたレベルでしょう?そのうえ精神科医を本業とする頭脳の持ち主なんですから、世の中不公平すぎます(笑)。

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お盆休み 投稿者:初心者  投稿日: 8月17日(火)08時14分55秒

お盆休みは皆さん如何過ごされていますか?私は、墓参りや健康診断や区役所に行ったりしてました。その区役所に行った帰り、ふと近くに在る内科医院がフォークルの北山修さんの旧実家だったと気付いたんです。2年前復活フォークルのTV番組で加藤和彦さん坂崎幸之助さん佐野史郎さんがこの北山さんの旧実家前から放送してたのを思い出したのです。
なんか嬉しい! 失礼しました。

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どういたしまして。 投稿者:KOSUKE  投稿日: 8月17日(火)00時43分40秒

 ミミ様

>しつこい質問攻撃に丁寧に対応して下さりまして心から感謝致します。貴方様からいただきました文面全て大切に保管させていただきます。私の思い出巡りにお付き合い下さってありがとうございました。

 こんばんは。全然迷惑だとかしつこいとか思ってませんからね。もうこれ以上は知らないということです。掲示板を開いた時点で、何か入っていれば嬉しいものですから。また誤りもあるかと思いますので(オリコンのデータは確かですが)保管までされることもないですよ。とにかくずうとるびのべストが出るといいですね。私はくどいけど「初恋の絵日記」と「恋の夜行列車」の2曲はもう一度聴いてみたいと思っています。とにかくいい歌でしたから。

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ありがとうございました 投稿者:ミミ  投稿日: 8月16日(月)22時53分59秒

KOSUKEさんへ

しつこい質問攻撃に丁寧に対応して下さりまして心から感謝致します。貴方様からいただきました文面全て大切に保管させていただきます。私の思い出巡りにお付き合い下さってありがとうございました。

よっきーさんへ

貴重な情報ありがとうございました。何かお手元に資料など残っていらっしゃるのでしょうか?私は何も知らないので、つい色々BBSに書いてしまっていてスミマセン!

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ずうとるび?(結局まだ継続) 投稿者:KOSUKE  投稿日: 8月16日(月)22時34分35秒

 よっかー様

>ずうとるび(1974-1982)は、山田くんが辞めた時に解散してもよかったのに、池田善彦くんを加えてずるずると昭和57年に解散するまでやってしまったのが残念と言えば残念。

 こんばんは。そんなにやってたとは知りませんでした。じゃあ池田さんの方が山田さんより長かったのですね。80年くらいは凸凹大学校を見てました(野中小百合さん→糸川蛍子さんもレギュラー出演してました)けど、最後の方は全く記憶にありませんでしたよ。

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カヴァーと言えば 投稿者:あみだ池  投稿日: 8月16日(月)22時20分52秒

五郎部俊朗さんの『歌は美しかった』シリーズがありますね。最新コンサートの詳細は
http://www.asahi.co.jp/symphony/symphony2004/c20041114.html 
CD3枚持ってますが、ホンマに素晴らしいです。特に藤山一郎さんの歌を聴くとハマリますよ。

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.....ずうとるび 投稿者:よっかー  投稿日: 8月16日(月)21時46分21秒

近藤久美子(相本)も出てた『学校そば屋テレビ局』(1974NET)ってコント番組にもレギュラーで出てたよ。当時のスケジュールを見ると週6本のテレビ番組にレギュラー出演してたそうです。
ずうとるび(1974-1982)は、山田くんが辞めた時に解散してもよかったのに、池田善彦くんを加えてずるずると昭和57年に解散するまでやってしまったのが残念と言えば残念。
所属はエレフォン企画と記載されてましたが。

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ずうとるびⅤ(これが最後です) 投稿者:KOSUKE  投稿日: 8月16日(月)07時06分44秒

ミミ様

>いつも色々教えて下さりありがとうございます。単独というか出演していた番組での事などうかがえたらと思ったのですが…別に番組に限らず何でも構いません、もう沢山書いて頂いてないかもしれませんが引き続き思い出す事があった際には書いて下さいネ

 おはようございます。整理すると、レギュラーだったのは(私の記憶の限り)では13日(金)の最初のレスで書いた「レッツゴーヤング」(NHK)「笑って!笑って!60分」「ぎんざNOW!」(TBS)「三波真介の凸凹大学校」(テレ東)以上です。最後の「凸凹」以外は山田氏の脱退前。
山田氏がいた頃が三枚目色が強く、それでウケていたようですね。一方「笑って!笑って!60分」
の中のドラマ「哀愁学園」ではシリアスな演技にも挑戦していました(ちなみに「まちぶせ」でレコードデビューする前の三木聖子さんも出演していました)。ソロとしては江藤さんが「クイズ!ドレミファドン」のレポーター(?)らしきものをやっていたのが記憶にあります。

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いつもありがとうございます 投稿者:ミミ  投稿日: 8月16日(月)00時56分8秒

KOSUKEさん

いつも色々教えて下さりありがとうございます。単独というか出演していた番組での事などうかがえたらと思ったのですが…別に番組に限らず何でも構いません、もう沢山書いて頂いてないかもしれませんが引き続き思い出す事があった際には書いて下さいネ

YOCHYさん

書き込みありがとうございました。そのお菓子の事は私も憶えています!当時おこづかいで買って食べたらミント味で…今のメントスみたいな感じなんですよね? 曲も憶えています。今もレコード持っています!CMは私の記憶だと確かパラグライダーに乗ってるやつじゃありませんでしたか??その辺合っているか是非教えて下さいませんか? あと、その時の歌の衣裳は水色のつなぎに白のロングブーツだった気がするのですが憶えてませんか?ノーパンだった…そう言われれば、そんな話をテレビでしていた気もするのですがハッキリ憶えてないです。でも、そんな感じの衣裳だったような…何だか記憶がかすかに甦ってきた気がして嬉しいです。
樹木さんとドラマ? いつ頃の事ですか?何だかそう言われるとあったのかなぁ…?
判る方がいたら是非補足して頂きたいです!宜しくお願いします!

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思い出しました 投稿者:KOSUKE  投稿日: 8月16日(月)00時41分42秒

 yochy様

 こんばんは、確かにありましたね、気球に乗るCMでしょ?CFソングは「スカイランデブー」、池田さんがリードボーカルだったけど69位に終わっています。でもなんでノーパンだったんですかね?ちなみに川崎麻世さんが14歳(中3)でデビューした時、ノーパンだということで話題になっていましたね。とにかく彼は若かったのによく脱がされてました。「明星」「平凡」でも15歳なのに黒ビキニ一丁とか、(バックだけど)オールヌードとか、自分よりたった2歳上の人がそんなことをやらされるなんて信じられなかったし、尊敬に近い念がありました。本人もヤだったと思いますよ。まあ脱いででもスターになりたいという根性なら立派です。
 あとそのドラマ、思い出しました。「ばあちゃんの星」TBS系金曜20:00でしたね。悠木千帆(樹木希林)さんの「ずうとるびは先輩に対する態度がなってない」、ってコメントが友達の家の「中一時代」に載っていたのを覚えています。とにかく「ムー」で共演した郷ひろみさんにも厳しかったらしいですよ。「あんた、台詞は3通りくらい考えてきてプロよ」とか。風吹ジュンさんも女優転向の第一作が「寺内貫太郎一家2」だったんで、相当厳しい指導を受けたらしいけど、そのおかげでいまの自分があるとか。この「ばあちゃんの星」からは秋本圭子(けいこさんばっかり・・・)さんが出ましたね。「蝶」とか「あなたはどこの誰ですか?」とかよく「ぎんざNOW!」で歌ってましたよ。かなりおじさんなだけ、後から思い出すことが多くなりました(笑)。

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ずうとるびについてうろ覚えですが 投稿者:yochy  投稿日: 8月15日(日)22時59分57秒

グリコのキャンディー(ミント味のキャラメルみたいな丸いもの)のコマーシャルに出てましたね。そのコマーシャルソングも歌ってました。タイトルは忘れましたが、その衣装はノーパンだったと話題になったような気がします。
あと、樹木希林さんがおばあちゃん役で4人が主役のドラマがあったような気がします。アドリブが全然利かないって、樹木さんがずうとるびのことを怒っていたとかいないとか。
ちょっとおじさんなだけ、知っていることが多くありました(笑)。

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「潮来笠」カバー希望 投稿者:KOSUKE  投稿日: 8月15日(日)22時54分0秒

 あみだ池様

>今日『のど自慢』を見てたら、ゲストの山川豊さんの歌が、山田真二さんの『哀愁の街に霧が降る』だったのでびっくり。さっそく検索してみたら、48年ぶりのカヴァーとのこと。山川さんに合っててエエ感じでした。

 こんばんは。ということはオリジナルはS31だったんですか?じゃあ「ここに幸あり」とか「月がとっても青いから」とか「お富さん」なんかもカバーされる可能性大ですね。私は先週のNHK「歌謡コンサート」で聴きましたが、無理やり歌わされてた司会の阿部渉アナ(私、彼のファンなんです)の方が合ってる(笑)と思いましたよ。山川豊さんは「函館本線」で新人賞を総なめにした直後に、私の地元のひばりが丘に新曲のキャンペーンで来たので見に行きましたが、その頃の方がカッコよかったですね。

>しかし、山本譲二さんの『ふるさとのはなしをしよう』もそうですが、最近カヴァーが流行ってますね。やっぱり今の歌って煮詰まってるのかな…?ま、懐メロファンとしては嬉しいんですが。

 演歌もそんなにカバーが出るということは、もう作家の方がゆきづまっているんでしょうか?私は橋幸夫さんの「潮来笠」でもカバーしたら(ただし氷川きよしさん以外で)受けるんじゃないかと思ってるんですが。とにかく今私の演歌のイチオシは、北島三郎さんの最後の弟子・北山たけしさんの「片道切符」ですね(最高18位)。レコ大・有線大賞とも最優秀新人賞は有力とみています。
  

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カヴァー流行り 投稿者:あみだ池  投稿日: 8月15日(日)22時01分54秒

今日『のど自慢』を見てたら、ゲストの山川豊さんの歌が、山田真二さんの『哀愁の街に霧が降る』だったのでびっくり。さっそく検索してみたら、48年ぶりのカヴァーとのこと。山川さんに合っててエエ感じでした。

しかし、山本譲二さんの『ふるさとのはなしをしよう』もそうですが、最近カヴァーが流行ってますね。やっぱり今の歌って煮詰まってるのかな…?ま、懐メロファンとしては嬉しいんですが。

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単独の番組はなかったのでは? 投稿者:KOSUKE  投稿日: 8月15日(日)13時55分19秒

 ミミ様

 こんにちは。吉川桂子さん(74年デビュー)は当時も売れなかったし、「山田隆夫と結婚したアイドル」で注目されたぐらいで、ほとんど知名度はなかったと思いますよ。今のけいこさんはわかりませんが・・・それに「ヤングオーオー!」は初心者さんも書いてらっしゃるように、ずうとるびはゲストで出ただけで、「ぎんざNOW!」もずうとるびの番組ではなく、いろんなアイドルやコメディアンが出る番組でした。司会はせんだみつおさんでしたが、ご存知ですか?「レッツゴーヤング」はご存知かと思いますが、左に同じです。ずうとるびの単独の番組というのは私は記憶にありませんね。CMはサントリーのジュースが記憶にあるぐらいで。今の夫人は一般の人だと思いますが、詳しいことはわかりません。

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みなさんよくご存知ですね 投稿者:ミミ  投稿日: 8月15日(日)13時19分43秒

実際吉川桂子さんの知名度ってどの位あったんですか? 又、再婚された けいこさん は一般の方なんでしょうか?
ヤングオーオー、ギンザNEWという番組は、ずうとるびのレギュラー番組ではなかったんですか? レギュラー番組のお話も聞かせていただけたらと思います。

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わかりました 投稿者:KOSUKE  投稿日: 8月15日(日)06時58分39秒

 初心者様

 おはようございます。意味がわかりました、どうもありがとうございます。ただ吉川さんは「ぎんざNOW!」でもレギュラーだった(私は当時この番組は見てなくて、聞いた話なのですが)そうです。
 「ズートルビー」、名前だけは知っていますが流石に曲までは・・・ジャガーズの件も知りませんでした(GSは、リアルタイムで全く記憶にないので)。いろいろあるんですね。

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KOSUKE様 投稿者:初心者  投稿日: 8月15日(日)06時35分17秒

吉川桂子という人は、タレントデビューの前に「ヤングオーオー」にアシスタントととして出ていたのです。その時「ヤングオーオー」にゲストとして出たのがずうとるびなのです。そして、その番組内で吉川桂子を贔屓にして公私共に仲良くなった後、タレント吉川桂子が出て「銀座NOW」に出たのではないですか。その後二人は結婚し(子供も出来た?)離婚し同じ名前の「けいこ」さんと再婚したのです。「ズートルビー」って知ってますか?フォークルがシャレで付け「水虫の歌」を出しているんです。
ずうとるびは山田隆夫さんが作ったがその作った人が結局追い出された?その昔GSのジャガーズが同じですね、宮ユキオさんが自分が作ったグループから追放され「ニュージャガーズ」を結成しています。しかし、再結成後何事も無かったようにふっきしていますけれど・・・。大人の成ったんですね

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ありがとうございます 投稿者:ミミ  投稿日: 8月15日(日)01時19分41秒

KOSUKEさんへ3

ヘンな質問までしてしまい、スミマセンでした。他にうかがえる方もいなかったものですから、つい余計な質問までしてしまいました。なのに応えて頂けて本当に嬉しかったです。またメンバーや番組や曲の事など思い出して頂けたら是非教えて欲しいです。頼りにしてます!

とろりん村のとろりさんへ

初めまして、こちらこそ宜しくお願いします。
私のわがままなカキコに返信を下さりありがとうございました。
ずうとるびは私が初めて好きになった芸能人で大変に思い出深い人達なんです。 ただまだ私は小学生でテレビを見る位しか応援も出来なくて、手元に残る品物もEPレコード4枚だけなんです。ビデオもないし、記憶を振り返るにも自分の憶測だけで何か当時の話など教えて貰える方法はないかと思案していました。掲示板をお借りして恐縮ですが、何なりご存知の事がありましたら教えて頂けたらと思います。宜しくお願いします。

初心者さんへ

私のわがままな 今更何しょーもない話してんだっていうような話題によくぞカキコして下さいました。ありがとうございます。感謝していますので、何かご存知の事がありましたら引き続き是非お付き合いの程宜しくお願いします。

山田さんの結婚の話が盛り上がっていますね。
検索から昔のどこかのサイトに確かに 山田さんは初婚再婚共に けいこさん という名前の方と書き残されていました。 初婚のけいこさんは可愛い人だったともあって、タレントの可愛らしい方だったんだろうなって思いました… おっしゃる通り残念ながら知りません… 恥
 それにしても、私が1番ファンでした池田善彦さんは本当に影が薄かったんですね… 初めて知る事ばかりで驚きながら読ませていただいています… (*_*)
でも、ずうとるびのお話が出来て本当に本当に嬉しいです♪

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山田=吉川カップルについて 投稿者:KOSUKE  投稿日: 8月14日(土)21時36分22秒

 とろりん村のとろり様

>山田隆夫はアイドルと結婚していたのですか!それは知りませんでした。
「オレンジの木の下で」(吉川桂子)は中古レコード店でときどき見かけます。

失礼しました、とろりさんのレスに気づきませんでした。
これは当時大騒ぎになったんですよ。もっとも「オレンジの樹の下で」も
サビしか覚えてないんで、「名曲」って断言するのもナンですけど、その
サビのメロディーだけでも素晴らしかったんです。

>人様の結婚について、あれこれ言うのは気がひけます。
でも、あえて言うならば、はたしてこの結婚は双方にとってハッビーなものだったので
しょうか。

 まあ若気の至りだったんじゃないですか?山田さんも21歳、吉川さんはたぶんもっと
若かったんでしょう。好きになって突っ走った結婚だったと思いますよ。昔の話だけど、
貴乃花と宮沢りえさんを連想させます。またHAPPYじゃなかったから短い結婚生活に
終わったんでしょうし。

>まだ21歳。しかも、男性のミュージシャンが結婚を理由にグループを脱退するというの
も、あまり聞かない話です。ましてや、彼は「ずうとるび」の中核的存在だったのですから。

私は結婚じゃなくて、グループ内の不和が理由で山田隆夫さんは脱退したと思い込んでた
んですよ。だからとろりさんの今朝のコメントを読んで、「ああ、結婚が理由だったんだ」
って思ったくらいです。だってSMAPのキムタクだって結婚したのに脱退してないし。まあ
時代が違いますし、年齢も若かったから、アイドルの結婚がタブーだったことは想像でき
ます。山田さんもソロになったはいいけど、サッパリでしたからね。仕事がない→離婚に
至ったということは充分考えられます。

>きっと、いろいろな事情があったのだろうとは思いますが...。
何かすっかり、説教じみたことを書いてしまいました。すいませんm(__)m。
そもそも、ぼくに、こんなことを書く資格なんてあるのかなあ(自嘲)。

私の場合、結婚生活についてまだイメージができません。もう友達
の話を聞くと、ネガティブなイメージしかわいてこないし、迷いますよ。
決して考えてないわけじゃないけど、結婚って勢いとエネルギーが必要でしょう?
だからこの山田=吉川カップルは逆に結婚してしまったのかもしれませんが。
(なんか話が意外な方向に展開してしまいましたね)

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吉川桂子さん(??) 投稿者:KOSUKE  投稿日: 8月14日(土)21時23分13秒

初心者様

>関西の私にとって「銀座NOW]という番組が有ったのは知っているのですが関東ローカル?なのか馴染薄です。吉川桂子さんはアイドルとしてより当時の「ヤングオーオー」のアシスタントとしてのイメージが強いのです。その番組内で彼女を贔屓にし「桂子ちゃん桂子ちゃん」と連呼して何回も番組に出てました。その後それが縁で吉川桂子というタレントがデビューし、結婚離婚同名の人と再婚と成ったようです。 失礼しました

 すみません、ちょっと意味がわからないのですが。もともと「ヤングオーオー」のアシスタントをしていたのが吉川桂子さんで、それからアイドル歌手になったってことなんですか?「結婚離婚同名の人と再婚」の箇所も?です。恐縮ですが。

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♪♪ 投稿者:とろりん村のとろり  投稿日: 8月14日(土)20時31分7秒

☆KOSUKEさま

山田隆夫はアイドルと結婚していたのですか!それは知りませんでした。
「オレンジの木の下で」(吉川桂子)は中古レコード店でときどき見かけます。

人様の結婚について、あれこれ言うのは気がひけます。
でも、あえて言うならば、はたしてこの結婚は双方にとってハッビーなものだったので
しょうか。

まだ21歳。しかも、男性のミュージシャンが結婚を理由にグループを脱退するというの
も、あまり聞かない話です。ましてや、彼は「ずうとるび」の中核的存在だったのですから。

きっと、いろいろな事情があったのだろうとは思いますが...。

何かすっかり、説教じみたことを書いてしまいました。すいませんm(__)m。
そもそも、ぼくに、こんなことを書く資格なんてあるのかなあ(自嘲)。

☆ミミさま

山田隆夫さんの芸歴について、少し補足します。

彼は「劇団ひまわり」の子役出身で、66年に「ちびっこのど自慢」(フジテレビ)で優勝。
その後、69年に「笑点」(日本テレビ)の「ちびっ子大喜利」のレギュラーになり、73年
の「ずうとるび」結成に至ります。

現在は、「笑点」の座布団運び担当の他、落語家としても活動しているようです。(高座
名は『鈴々舎鈴丸』。)

「ずうとるび」は、KOSUKEさんのおっしゃる通り、山田隆夫脱退前が全盛期だったように
思います。その後は、どんどんフェードアウトしてしまい、正式に解散したのが82年
だったとはいえ、その頃にグループとして活動していた記憶が、ぼくにはありません。

ぼくが「笑点」をみていた頃の座布団運び担当は、松崎真でした。(『手をあげて、横断
歩道を渡りましょう。』って覚えておられますか?))

最近は、「笑点」もすっかりみなくなりました^^;;。

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ずうとるび 投稿者:初心者  投稿日: 8月14日(土)19時58分46秒

KOSUKE様  関西の私にとって「銀座NOW]という番組が有ったのは知っているのですが関東ローカル?なのか馴染薄です。吉川桂子さんはアイドルとしてより当時の「ヤングオーオー」のアシスタントとしてのイメージが強いのです。その番組内で彼女を贔屓にし「桂子ちゃん桂子ちゃん」と連呼して何回も番組に出てました。その後それが縁で吉川桂子というタレントがデビューし、結婚離婚同名の人と再婚と成ったようです。 失礼しました

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ずうとるびⅣ 投稿者:KOSUKE  投稿日: 8月14日(土)11時27分57秒

 ミミ様 とろりん村のとろり様

 ずうとるびに関しては、ベストがあれば購入したいと思ってるくらいです(結局購入したいものがまだありすぎて、何も買えない状態。トホホ・・・)。「初恋の絵日記」もテープに録音してたのを誤って消しちゃったし。
 で山田さんの脱退のきっかけとなった結婚なんですが、この夫人(確かすぐ離婚しましたが)がアイドルだったんですよ。ミミさんはご存知ないと思いますが、とろりさんはご存知ですよね?吉川桂子さん「オレンジの樹の下で」(宏美さんの「想い出の樹の下で」はこれをパクったんじゃないかと・・・まあそれはありえませんが)。これはチャートインできなかったものの、名曲でした。確かCBSソニーだった記憶があるのですが、「アーリー・フィメール・コレクション」にも収録されてないし。「ぎんざNOW!」で彼女と共演しててデキちゃったらしいですよ。山田氏当時21歳、来年不惑の私はこういう話を聞くと激しいコンプレックスを感じます。まあ人は人ですけど。

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♪ 投稿者:とろりん村のとろり  投稿日: 8月14日(土)10時22分24秒

☆ミミさま

はじめまして^^!

「ずうとるび」についてですが...。

1,デビューのきっかけについて

「笑点」(日本テレビ)のチビッコ大喜利のコーナーで、山田隆夫がいちばん多くの座布
団をとった。そこで、司会の三波伸介が山田に「君の夢をかなえよう。」と言ったところ、
山田が「何かグルーブをつくりたい。」と答えたので、他のメンバーとして、座布団獲得
枚数順で江藤、新井、今村の三人を選び、「ずうとるび」が結成された。

なお、当時は四人とも、すでに子役として活動していた。

山田隆夫は1977年、結婚のため、ずうとるびを脱退。かわりに池田よしおが加入した。

2.元メンバーの近況について

・山田隆夫 1956.08.23生 日大豊山高校出身

「笑点」に出演中。

・江藤博利 1958.09.05生 宮崎県都城市出身

六本木スクェアビル8Fにある「カラオケGSスタジオ」六本木店の店長をしているらし
い...。

・今村良樹  1957.09.19生

富山の北日本放送で、毎週土曜日午後0:30〜5:00放送の「今村良樹のどよう極
楽放送局」というラジオ番組に出演中。

番組ホームページは、http://www.knb.ne.jp/program/gokuraku.htm

・新井康弘 1956.12.05生

俳優として活躍中。

・池田よしおさんについてはよくわかりませんm(__)m。

今後とも、何とぞ、よろしくお願いいたしますm(__)m。

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追加 投稿者:KOSUKE  投稿日: 8月14日(土)09時16分57秒

 池田さんはS34、加入時高3だと言ってた記憶があります。抜けており失礼しました。

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ずうとるびⅢ 投稿者:KOSUKE  投稿日: 8月14日(土)09時15分19秒

 ミミ様

 おはようございます。なんか流れがすっかり変わってしまいましたね。
 私もずうとるびフリークでもなかったので、知ってることはほとんど書いちゃったんですが。
 出身地や学校もわからない(ただ山田さんが大学に進学した時は相当話題になりましたが、どこなのかはわからないんですよ)し、池田さんの時も特に一般公募を大々的にやったような記憶はありません。事務所(これもわからないんですが)でオーディションなりスカウトなりをやったのかもしれませんね。
 ただ年齢は全員知っています。山田さんと新井さんがS31、今村さんがS32、江藤さんがS33。これは間違いないはずです。年齢的に言うと山田さんの後は新井さんがリーダーだったと想像しますが、新井さんがリードボーカルを取ったのって79年の「LOVE TRIP」だけなんですよね。
 他の方、何か情報をお持ちでしょうか?

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KOSUKEさんへ2 投稿者:ミミ  投稿日: 8月14日(土)08時04分2秒

何度も貴重なお話をありがとうございました!
驚きの連発です!
「止めるならいまのうち」の頃は既に人気も低迷してたなんて…テレビでも聴いていたのに実際には売れてなかったんですね…山田さんの頃の曲は「みかん色の恋」だけ東芝EMIからCD化されていて聴いた事がありますが他は全く知りません。大変残念です…
KOSUKEさんが詳しいのでまた聞いてしまうんですが 山田さんが抜けた後どなたがリーダーになったんですか? 結成当時メンバーは何才だったんですか?どちらの出身で学校はどうしてたんでしょうか? 池田さんはどういうきっかけでメンバーになったんですか?オーデションがあったんですか? 難しい事ばかりでごめんなさい…わかる範囲で構わないのでよろしくお願いします…

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ずうとるびⅡ 投稿者:KOSUKE  投稿日: 8月13日(金)23時52分54秒

>感激しました!カキコしてみて良かったです!
山田さんの脱退理由は全然知りませんでした。 池田さんに代わる前の方が人気があった事にも驚いてしまいました。確かに ずうとるび=山田隆夫というイメージは私の周りでも一般的な感じではありましたが…
記憶違いかもしれませんが「アイドル登場」?という番組にもレギュラー?で、番組の終わりに「止めるならいまのうち」という唄を歌いファンが凄い声援をしていて人気があるんだぁ〜と幼い私は思っていました。笑〃
それから書かれていた「青春のひらめき」は私が初めて買ったレコードです。押し入れから、ずうとるびのレコード達を出してきました!懐かしさにジーンとしています。
でも、一番人気があったのは、やはり山田さんだったのでしょうか?
あと、補足で池田さんは新宿でお店を出しているとテレビでやっていました。何年も前なので現在はどうかは私も不明です。

 こんばんは。こちらこそお役に立てたなら幸いです。
 「止めるなら今のうち」は池田さんに代わって第二弾ですね。この頃はもう人気はなかったはずですよ。チャートインしてなかった(=オリコンの100位に入れなかった)ですから。山田隆夫さんがリード・ボーカルってパターンが多かったし、リーダーだったこともあり、当然彼が一番人気があったのでは?と思います。ちょうどフィンガー5と入れ替わりだったような記憶があります。「みかん色の恋」なんて♪好きなんだ 好きなんだ 逆立ちしたいほど・・・とクラスで歌ってる子もいましたし。私は「恋の夜行列車」も好きでしたけど。池田さんはお店を出したのですか?ちょっと私にはわかりません。悪しからず。

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KOSUKEさんへ 投稿者:ミミ  投稿日: 8月13日(金)21時52分32秒

ありがとうございます。
感激しました!カキコしてみて良かったです!
山田さんの脱退理由は全然知りませんでした。 池田さんに代わる前の方が人気があった事にも驚いてしまいました。確かに ずうとるび=山田隆夫というイメージは私の周りでも一般的な感じではありましたが…
記憶違いかもしれませんが「アイドル登場」?という番組にもレギュラー?で、番組の終わりに「止めるならいまのうち」という唄を歌いファンが凄い声援をしていて人気があるんだぁ〜と幼い私は思っていました。笑〃
それから書かれていた「青春のひらめき」は私が初めて買ったレコードです。押し入れから、ずうとるびのレコード達を出してきました!懐かしさにジーンとしています。
でも、一番人気があったのは、やはり山田さんだったのでしょうか?
あと、補足で池田さんは新宿でお店を出しているとテレビでやっていました。何年も前なので現在はどうかは私も不明です。
KOSUKEさん、また何か私のカキコに対して判る事がありましたら補足いただけませんか? 他にご存じの方も是非お願いします!!!!

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ずうとるびの当時と近況 投稿者:KOSUKE  投稿日: 8月13日(金)17時19分9秒

 ミミ様

 はじめまして。宜しくお願いします。

 ① ずうとるびのデータ
 74年に日テレ「笑点」の「ちびっこ大喜利」に出演していた4名で結成され、エレックレコードより「透明人間」でデビュー、同年11月リリースの「みかん色の恋」が初ヒット(14位、15万枚)となりました。最高セールスは75年3月「恋があぶない」(13位、16万枚)、この年の年末には「初恋の絵日記」(20位、8万枚。これは入手を希望するほど好きな歌です)で見事紅白にも初出場、ちなみにNHK「レッツゴーヤング」の(サンデーズ体制になる前)レギュラーとして出演していました。ご指摘のテレ東「凸凹大学校」、TBS「笑って笑って60分!」の他には、TBS「ぎんざNOW!」にもレギュラー出演していました。
 76年には東芝EMIに移籍したのですが、この頃からメンバーの不和(山田隆夫さんVS他の3人)が週刊誌でも取り沙汰されるようになり、オリコンでも50位に入るのがやっとという状況になってしまいました。77年に山田さんが脱退し、池田さんに交代して「青春のひらめき」をリリースするものの、40位止まりに終わりました。78年の「Dr.スロットマシーン」以降チャートインせず、いつ解散したのかも不明という感じでフェード・アウトでした。

 ② 近況
 山田さんは「笑点」の座布団運び係ということはご存知でしょう。でもこれだけで豪邸を建てたそうだから、大したものです。今村俊樹さんは放送作家、新井康弘さんは俳優、江藤博利さんはカラオケ店の店長らしいです。池田さんのみが不明です。

 といったところですが、「ここは違う」という点がございましたら、ご指摘お願いいたします。

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はじめて書き込みます 投稿者:ミミ  投稿日: 8月13日(金)15時28分3秒

私が初めて好きになったアイドルは「ずうとるび」でした。
小3・4年の頃の話なので、正直おぼろにしか覚えていません。
でも、ずうとるび の事を時々思い出しては当時の事を教えて下さる方がいないかな〜と思っています。
当時彼らの出演番組を覚えていらっしゃる方(凸凹大学校、アイドル登場、笑って笑って60分など・・・)又今現在メンバーの方はどうしていらしゃるのかご存知の方、ファンサイトをご存知の方、出来ましたら 当時ファンだったという方がいらっしゃいましたら直メでも構いませんのでご連絡下さい。
ちなみに私は、山田さんの頃ではなくて池田さんが加入してからのファンです。
切実に上記の方を探しています。
宜しくお願いします。

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結構いますよね 投稿者:KOSUKE  投稿日: 8月13日(金)01時02分1秒

 通りすがりの者様
 
 こんばんは。私も送信して、牧村三枝子さん、小林麻美さん、奈良富士子さんの3名を忘れてた!ってことに気がついたんですよ。山口いづみさん「緑の季節」も72年でしたね。松木さよりさんとルリーズは存在自体全く知りません。あと中村雅俊さんの夫人、五十嵐じゅんさんも確かこの年では?あとマイナーですけど、「大人同士」を歌ってた葉山ユリさんも思い出しました。でも何かの本で読んだんですが、この72年は1,000人近くデビューして、翌73年は300人台に絞ったらしいですよ。73年になると今の時点で30名は出てきますから、72年がいかにマイナー率(?)が高かったかを証明していますね。

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72年組も選んでみました 投稿者:通りすがりの者  投稿日: 8月12日(木)23時47分11秒

KOSUKE様                こんばんは。私が小学生の時はあまり歌番組に興味がなかったので、72年組と言えばやはりその7組位しか知りませんでした。でも近頃色々なCDを買い解説等を読んで、私なりの72年組の人達の曲を集める事が出来ました。名前を挙げてみますと...青い三角定規、伊丹幸雄、山口いづみ、アリス、三善英史、麻丘めぐみ、ガロ、松木さより、森昌子、芹洋子、三橋ひろ子、牧村三枝子、郷ひろみ、小林麻美、西城秀樹、コスモス、ルリーズ、奈良富士子、以上。かなり御存知でしょう。KOSUKE様の豊富な情報今後も楽しみです

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大混戦!77年組?(唖然) 投稿者:KOSUKE  投稿日: 8月12日(木)14時35分56秒

 あきら様

 早速どうもありがとうございました。今日はオフでしかもちょっと体調が悪く、おかげさまで即レスできる体制(笑)なんです。なんかお互いが独占してるような気がしないでもないですが、まあいいでしょう。貴重なネタですし。
私は10組だけを予想してたんですが、その候補まで書いてくださるとは想像してませんでした。ちょっと全部覚えてらっしゃるのが信じられません。いずれにしてもお疲れ様でした。
 まず大場久美子さんが新宿・銀座両音楽祭に入れなかったので意外でした。(翌年の東京音楽祭は人気がアップした頃なので当然入りましたが)またアルルが入ってるのはどう考えてもおかしいですね。山川ユキさんも入ったんですね、おめでとうございます。(新宿音楽祭にも入ったのは、タイトルからしてお約束でしょう)で太川陽介さんが入ってない、ってことは(東京音楽祭は漏れましたけど)まずありえないと私は思うのですが・・・ビクター&サンミュージックのイチオシだったんですから。渡真介さんもいましたね。「純情派」、いい歌でした。ナベプロが五十嵐さんに次ぐプッシュをしていたのに、1年くらいで演歌に転向しちゃいました。でも(欠席)には笑わせてもらいました。ビューティー・ペアはこの時の人気からして当然入ってなきゃおかしいのですが、年末の歌謡大賞は出席したもののダメでしたね。それでこれは五十音順なのですが、不明の演歌の男性は間違いなく「日高正人さん」だと思われます(タイトルは忘れましたが)。それにしても、もうテープ起こしとかなさらなくて結構ですよ。みずきあいさんって人は日テレのオーディションで1位になり、「紅白歌のベストテン」で1ヶ月聴いたんですけど、サビの♪愛は 引き潮のように そこしか覚えていません。なんか早川由貴さんの「乱気流」と似てましたから、記憶がダブるんですね。

 >ホリプロの焦る気持ちは分かりますが。81年のナベプロ(沢田富美子、和泉智子、若杉ひと美、速水陽子)もそうでしたけど1年に3人、4人もってのは多すぎませんか?プッシュが散漫になるような気がします。

 もう言うまでもありません。実際には「数打ちゃ当たる」でそれ以上デビューさせてるのかもしれませんけど、本命と大穴で2人までが限度ですよ。3人以上はムダな投資です。

>82年度の新人祭りも言わずと知れた大激戦でかなりの数の新人歌手がエントリーされてました。(ここで明菜さんが漏れるというハプニングもありました)

 この時は受験で、予備校にでも行ってたのかな?やはり見てないんです。あとでラジオでノミネートされた歌手を聞いて、明菜さんが入ってないので憤慨した覚えがあります。あと日テレ音楽祭には三田寛子さんが入れなかったし、メガロポリス歌謡祭は小泉今日子さんが入れなかったなど、最後のレコ大まで疑問の連続の82年でしたね。(こういう新人賞とかの再放送をやったら結構数字が取れると思うんですが、どうしてどこの局も考えないんでしょう?)

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(無題) 投稿者:あきら  投稿日: 8月12日(木)13時00分11秒

☆KOSUKE様

いつもお世話になってます。レスが早いですね!記憶があやふやにならない内に書き込みしておきますね。

>昨日書いてくださったリストというのは、日テレ新人品評会はのぞいて
歌謡大賞新人祭りの(会場には呼ばれたけど歌えなかった)20組が含まれて
いるんでしょうか?今さらどうでもいいことなんですけど、そのギャートルズ
やみずきあいさんとか、賞レースに参加していた記憶が全くありませんので。
そして、お手数ですがその新人祭りに当選した10組(前後?)を教えて
頂ければ幸いです。

その当時のテレビはもちろん見ましたが、(ゲストは前年度の歌謡大賞新人賞受賞者、ピンクレディー、新沼謙二、内藤やすこ、吉田真利・各2曲づつ熱唱)もちろんピンクレディー目当てだったのですがこの時くらいから賞レースに興味を持つようになったと記憶してます。もうこの時はピンク旋風が吹き荒れてた頃なのでゲストのトークなどはピンクレディー中心でした。テレビ放送時の録音テープがまだありますので機会がありましたらいつか。
今手元にテープが無いので入場行進の時の歌を辿りながらエントリー歌手を書くことにします。演歌系など抜けている方がまだいるかもしれませんがお許し下さい。

○アパッチ「恋のブロックサイン」
○荒木由美子「渚でクロス」
○アルル「背中あわせ」
○五十嵐夕紀「6年たったら」
○大場久美子「あこがれ」
 小川貴美「兄ちゃん」
 桂五郎「心のきず」
○狩人「あずさ2号」
 川中美幸「あなたに命がけ」
○神田広美「哀しみ予報」
 木川かおり「表通り」
○キャッツ☆アイ「アバンチュール」
 ギャートルズ「ロマンスシート」
 久木田美弥「少女自身」
○香坂みゆき「愛のめばえ」
○榊原郁恵「わがまま金曜日」
 坂口順子「恋のためらい」
○清水健太郎「恋人よ」
○清水由貴子「明日草」
 鈴木みどり「ころがりついでのもう20歳」
○高田みづえ「硝子坂」
 太川陽介「ルイルイ」
 田島真吾「忘れてください」
 チェルシア・チャン「インスピレーション」(欠席)
 演歌歌手の男性(名前分かりません)
 ビューティー・ペア「真っ赤な青春」(欠席)
 みき&ナナ「青い秘密」
 みずきあい「愛は引き潮」
○山川ユキ「新宿ダダ」
 若原ケイイチロウ「青春恋路が浜」(若原一郎さんの息子)
 渡真介「純情派」

渡さん、太川さん、演歌の桂さんが選ばれていたかどうかちょっとあやふやなのであえて○印つけませんでした。今度テープ起こしでもしてみます。アルルは選ばれてました。おそらくこの辺りが問題になったところなのでしょうか?この年度は20組とか10組とか特に決まりがなかったようですね。エントリーだけでも30組以上いますし。82年度の新人祭りも言わずと知れた大激戦でかなりの数の新人歌手がエントリーされてました。(ここで明菜さんが漏れるというハプニングもありました)みずきあいさんは随分後になって俳優の清水昭博さん(夕陽丘の総理大臣やあさひケ丘の大統領に生徒役で出演)と「六本木あたり」をあい&AKI名義でリリースしてました。

参考になりましたでしょうか?そうですよね。もう27年前になるのですから記憶があやふやっていうのは仕方がないところです。お許し下さい。

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大混戦!77年組Ⅴ 投稿者:KOSUKE  投稿日: 8月12日(木)10時49分53秒

 あきら様

 おはようございます。
 こちらこそ(27年前のことでもあるし)記憶があやふやなんですけど、
ちょっと確認させて頂けますか?
 昨日書いてくださったリストというのは、日テレ新人品評会はのぞいて
歌謡大賞新人祭りの(会場には呼ばれたけど歌えなかった)20組が含まれて
いるんでしょうか?今さらどうでもいいことなんですけど、そのギャートルズ
やみずきあいさんとか、賞レースに参加していた記憶が全くありませんので。
 そして、お手数ですがその新人祭りに当選した10組(前後?)を教えて
頂ければ幸いです。

 それにしても(年齢を言っていいのかな?)小学校2年でしょ?こういうのは
あとから調べられるものではないし、リアルタイムの記憶だとしたら驚異です。
私が小2だった72年、覚えている新人は7組だけ(笑)。森昌子さん、麻丘めぐみ
さん、三善英次さん、郷ひろみさん、青い三角定規、伊丹幸雄さん、西城秀樹さん、
以上。この頃は歌番組は見てましたけど、チャートとか賞関係は全然興味なかった
ですね。翌年の73年が新人賞レースが大混戦だったこともあって、この頃から
突然チャートや賞レースに興味を持つようになってしまいました。

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(無題) 投稿者:あきら  投稿日: 8月12日(木)09時33分1秒

☆KOSUKE様

いいえ。こちらこそ間違っていたり、思い出せないことなどたくさんありますので
丁寧にレスしていただいて感謝しております。こちらも記憶のみを辿って書いてますので
間違いなどは多々発生していることと思います。これからも色々と教えてください。

① 谷ちえ子さんはあえて外されたのでしょうか?

僕の記憶では谷さん、一度も新人賞レースに参加したというのは無かったので外させて頂きました。例の新人品評会のみです、憶えてる限りでは。ご存知の方は情報をお願いします。

③ 小川貴美さんは(細かいですが)「兄ちゃん」です。日テレの新人品評会(?)では惜しくも500票行きませんでしたね。一応チャートイン(95位)しております。

「兄ちゃん」でしたか。新宿音楽祭にもご出演されてましたね。

④ 大場久美子さんは、私の記憶ではどの音楽祭にも(日テレ新人品評会含めて)出ていないような気がします。横浜音楽祭はわかりませんが。東芝EMIは五十嵐夕紀さんに絞っていましたからね、2年目に大逆転したのですが・・・。

大場さんは「歌謡大賞新人まつり」(番組内では公式第一線って言ってました)にエントリーしてました。曲は「あこがれ」。選ばれまして舞台上で歌の披露にも至ってます。これ以外には記憶がないですが。

⑤ ギャートルズのデビュー曲は「ロマンスシート」です。

ありがとございました!曲は憶えていたのですがタイトルが出ませんでした。助かりました!

⑥ レコ大新人賞候補ですが、児島洋子さん「パピヨン(女蝶)」が入っておりました。

この方は記憶になかったです。

⑦ チェルシア・チャンさんの「インスピレーション」は最高74位なのに新人賞レースに
全く参加していませんでしたね。

例の「公式第一線」には一応エントリーはしてましたが、当日は何らかの理由で欠席でした。おそらくこれが最初で最後の賞関係のエントリーだったようですね。

⑨ 田島真吾さん、まだ芸能界にいるんですか?

まだ俳優としてご活躍です。代表的なところではウルトラマンシリーズなどに出演です。

⑩ ビューティ・ペアを出すのなら、是非ナンシー久美さん「夢見るナンシー」もお願いします。

ナンシーさんはもちろん記憶にあったのですが賞レースには参加なかったようですので外させて頂きました。ナンシーさんといえば晩年の「アマゾネス女王」が凄い!ですね。ビューティーペアのブーム終焉後もデビル、ミミ、ジャガーの3体制の中で頑張ってらっしゃいましたね。軍団抗争時代(ブラックデビル、ダイナミック・ジャガーズ、レッド・フェニックス)でレッドの首領を務めてました。

⑫ ホリプロではもう1人重要な人がいましたよ。三谷晃代さん「絶交」。4人で成城のホリプロの寮に住んでいたそうですから。久木田美弥さんもこの三谷さんも、(当時の郁恵さんより)はるかに上手かったし、曲もなかなかの出来でしたからお気の毒でしたね。うーん、タレントスカウト出身者を大事にすると言っても、80年は比企理恵さんより甲斐智枝美さんをプッシュしたでしょう?新人賞レースの時点ではどっちもチャート的にはいい勝負でしたからね。

そうすると三谷さんは久木田さんよりも・・・。三谷さんは完全に3人娘の陰に隠れてしまった印象でしたが。もうある程度結果の出た後半からホリプロは郁恵さんと由美子さんにプッシュを絞っていたように思えました。80年も前半(甲斐さんがデビューするまで)は比企さんプッシュだったような。しかし前年度の12月にデビューさせたはいいものの、結果イマひとつだったことを受けて替え玉みたいな感じで徐々に甲斐さんへ移行って印象がありましたが。比企さんのデビュー時はかなりお金かかっていたように思います。ラジオのスポットなども相当流れてましたし、テレビの出演もかなりありました。甲斐さんデビュー時よりも遥かに。78年の西村まゆ子さんの時も彼女の例のアクシデントに伴ってHSC関連の高田橋久子さんを急に引っ張り出してプッシュしだしましたし。ホリプロの焦る気持ちは分かりますが。81年のナベプロ(沢田富美子、和泉智子、若杉ひと美、速水陽子)もそうでしたけど1年に3人、4人もってのは多すぎませんか?プッシュが散漫になるような気がします。

木川かおりさんの「表通り」はキャッチーでそこそこいい曲だと思いますが、売れません
でしたね。確かに彼女に関しては知られてないですねー。

☆通りすがりの者様

ピン子さんも「哀恋蝶」のヒットで賞レース参加なさってましたね。ありがとうございました!レコ大のノミネートの時にご本人のお父様と会場で電話越しに話されてお父様が「じゃあ、頑張って歌ってくれ」とピン子さんに言うと彼女はすかさず「お父ちゃん、5人の中に入らないと歌わせてもらえないんだってば!」と返して会場を沸かせてましたっけ。

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Girls&三谷晃代さん 投稿者:KOSUKE  投稿日: 8月12日(木)06時46分48秒

 おはようございます。

 初心者様

>「ガールズ」 覚えています。 確か、GIRLSと5個のアルファベットそれぞれをメンバーの名前の頭文字にに付けた。その「I」がイリアさんでした。
ランナウェイズはリードボーカルがチェリーさんで曲が「チェリーBOMB」でした。チェリーさん双子でその後双子のグループで来日した筈です。
榊原郁恵さんの「いとしのロビンフッド様」って歌詞に嘘がありますね! 歌詞の最後に「りんごから矢を抜いたまま・・・」とありますが、りんごに矢を射たのはウィリアム・テルでロビンフッドじゃないです。ウィリアム・テルはスイス独立運動の時の弓の名人。
ロビンフッドはイギリスのシャーウッドの森に住む弓の名人です。弓の形もそれぞれライフル型とアーチェリー型と違う?のでは。     

 全て知らないことだらけで、勉強になりました。ありがとうございます。「野良猫」もよく覚えてなくて、♪ちょっと映画で裸になったのさ とサビの♪ ??? ロックで踊るぞー アーハン(完全に詞が違ってると思いますが)でもイリアさん、1人の人間があんなに両極端に違う声を出した例は、歌謡界広しといえどもこの人以上にはいないでしょう。

 とろりん村のとろり様

 おはようございます。三谷晃代さんはトップページ、壁紙両方の更新ですが、相当の思い入れがあるようですね。「ひい・ふう・みい」という第三弾は全く覚えておりませんが、それ以外の3曲はなかなかの出来でした。特に♪嫌い 嫌い あなたなんて 顔も 顔も 見たくないわ の「絶交」はできれば入手希望です。ラスト(?)の「想い出のファースト・キッス」は浜田省吾氏作曲だったそうですね。彼女、よく「ぎんざNOW!」に出てました。

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KOSUKE様 投稿者:初心者  投稿日: 8月12日(木)06時04分22秒

⑧ ガールズ「野良猫」がやはり日テレ新人品評会に出ましたが、惜しくも500票に届かず。これは当時大人気の下着姿で演奏する女性バンド「ランナウェイズ」の日本版でした。ちなみにこの中の1人が、3年後「ジェニーはご機嫌ななめ」でヒットを飛ばしたジューシー・フルーツのイリアさんでした。

「ガールズ」 覚えています。 確か、GIRLSと5個のアルファベットそれぞれをメンバーの名前の頭文字にに付けた。その「I」がイリアさんでした。
ランナウェイズはリードボーカルがチェリーさんで曲が「チェリーBOMB」でした。チェリーさん双子でその後双子のグループで来日した筈です。
榊原郁恵さんの「いとしのロビンフッド様」って歌詞に嘘がありますね! 歌詞の最後に「りんごから矢を抜いたまま・・・」とありますが、りんごに矢を射たのはウィリアム・テルでロビンフッドじゃないです。ウィリアム・テルはスイス独立運動の時の弓の名人。
ロビンフッドはイギリスのシャーウッドの森に住む弓の名人です。弓の形もそれぞれライフル型とアーチェリー型と違う?のでは。     失礼しました。

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大混戦!77年組Ⅳ 投稿者:KOSUKE  投稿日: 8月11日(水)22時22分21秒

 あきら様

 こんばんは。またすごい記憶力ですねー。私が知らない人が何人もいます。
 これ以上思い出すのも面倒ですので(笑)、ちょっと補足&解説をさせていただきましょう。

① 谷ちえ子さんはあえて外されたのでしょうか?
② 岸本加世子さんは一部参加しています。キャニオンということで銀座音楽祭でアイドル賞を受賞、TBS「ムー」でのデビューなのでレコ大新人賞の候補15名にも入りました。
③ 小川貴美さんは(細かいですが)「兄ちゃん」です。日テレの新人品評会(?)では惜しくも500票行きませんでしたね。一応チャートイン(95位)しております。
④ 大場久美子さんは、私の記憶ではどの音楽祭にも(日テレ新人品評会含めて)出ていないような気がします。横浜音楽祭はわかりませんが。東芝EMIは五十嵐夕紀さんに絞っていましたからね、2年目に大逆転したのですが・・・。
⑤ ギャートルズのデビュー曲は「ロマンスシート」です。
⑥ レコ大新人賞候補ですが、児島洋子さん「パピヨン(女蝶)」が入っておりました。(イントロでドレスをひらひら蝶のように動かして歌ってました)
⑦ チェルシア・チャンさんの「インスピレーション」は最高74位なのに新人賞レースに全く参加していませんでしたね。「六年たったら」「夕立ち日記」「シンデレラ」が70年代後半、京平先生のマイナー・アイドルソングベスト3と以前書きましたが、私としては「インスピレーション」も外せません。名曲でしたね。
⑧ ガールズ「野良猫」がやはり日テレ新人品評会に出ましたが、惜しくも500票に届かず。これは当時大人気の下着姿で演奏する女性バンド「ランナウェイズ」の日本版でした。ちなみにこの中の1人が、3年後「ジェニーはご機嫌ななめ」でヒットを飛ばしたジューシー・フルーツのイリアさんでした。
⑨ 田島真吾さん、まだ芸能界にいるんですか?日テレの新人品評会で1回目で500票行って、驚いた(というか「怪しいぞー(笑)」と思った)覚えがあります。だってチャートインしてませんから。20年前、某女性誌で当時男としてはまだ珍しかったヘアヌードを披露して話題になりました。
⑩ ビューティ・ペアを出すのなら、是非ナンシー久美さん「夢見るナンシー」もお願いします。
⑪ この年の歌謡大賞上半期新人祭りは、土曜の午後だったこともありほとんど見てません。
>当時の審査員による得票数のグラフとともに記述がありました。まったく無名の歌手が数名選ばれてしまったことが問題になったようです。
  その無名の歌手ってどなたですか?
⑫ ホリプロではもう1人重要な人がいましたよ。三谷晃代さん「絶交」。4人で成城のホリプロの寮に住んでいたそうですから。久木田美弥さんもこの三谷さんも、(当時の郁恵さんより)はるかに上手かったし、曲もなかなかの出来でしたからお気の毒でしたね。うーん、タレントスカウト出身者を大事にすると言っても、80年は比企理恵さんより甲斐智枝美さんをプッシュしたでしょう?新人賞レースの時点ではどっちもチャート的にはいい勝負でしたからね。
⑬ ジャニーズでは未都由さん「こんな娘が好き」もいます。もっとも新人賞レースでは川崎麻世さんをプッシュしてたので全く出てませんでしたが、一応初代サンデーズということで挙げさせて頂きます。この頃のジャニーズは暗黒時代だったようですね。

 なんかあら捜しっぽくなってしまいましたね。お気を悪くされたらごめんなさい。
(でも鈴木みどりさんとか、木川かおりさんとか、記憶のどこを探しても出てきません。ちなみにみき&ナナは「全日本歌謡選抜」の電話オペレーターだったそうです。なんかじゅん&ネネと比べるとずい分悲しげな雰囲気でしたね)

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大混戦!77年組(おまけ) 投稿者:通りすがりの者  投稿日: 8月11日(水)22時03分29秒

あきら様                こんばんは。大変詳しい77年組の新人賞レース報告、脱帽です。岸本加世子さんは、銀座音楽祭でアイドル賞を受賞しています。では私も77年組で他に思い浮かんだ人を挙げてみます。まず泉ピン子さん。「哀恋蝶」で有線大賞新人賞を受賞しています。他にレコード大賞新人賞のノミネートもされました。何年か前、松居直美さんがピン子さんの物真似をして、ご本人も久々に歌ってました。他にレイジー。デビュー翌年日本テレビ音楽祭の金の鳩賞候補5組の中に挙がってました。「赤頭巾ちゃん御用心」が有名ですね。

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大混戦!77年組Ⅲ 投稿者:あきら  投稿日: 8月11日(水)09時44分6秒

☆KOSUKE様、通りすがりの者様

おはようございます。77年度の新人賞レースが話題になっているようですね。

憶えているところだと

清水健太郎、高田みづえ、狩人、榊原郁恵、清水由貴子、荒木由美子、太川陽介、神田広美、香坂みゆき、五十嵐夕紀、キャッツ☆アイ、川崎麻世、田島真吾、アパッチ、大場久美子、アルル、川中美幸、木川かおり、小川貴美、ギャートルズ、久木田美弥、坂口順子、鈴木みどり、チェルシア・チャン、みき&ナナ、山川ユキ、ものえ和恵、みずきあい、桂五郎、渡真介、渥美二郎、西かおり、あと特別枠でビューティー・ペアといったところ?岸本加代子さんもこの年度のデビューでしたが賞レースは参加???

まだ他にいらっしゃいましたら教えて下さい。
ざっと見渡してみるとまだ芸能界でご活躍の方、かなりいらっしゃいますねー。演歌も含めて。川中美幸さんはこの年度、改名後の再デビューでしたけど「あなたに命がけ」で新人としてノミネートされてました。有名どころは解説の必要はないと思いますので、それ以外の方のデータを少し。

田島真吾「忘れてください」、アルル「背中あわせ」、木川かおり「表通り」、小川貴美「兄さん」、坂口順子「恋のためらい」、鈴木みどり「ころがりついでのもう20歳」、チェルシア・チャン「インスピレーション」、みき&ナナ「青い秘密」、みずきあい「愛は引き潮」、ギャートルズ(曲名忘れました)、西かおり「恋は大ピンチ」

田島真吾さんは「僕は40度」などもリリースしてました。現在も俳優としてご活躍。
坂口順子さんはご病気をされた後復帰して日テレの「歌まねふりまね新・スターに挑戦」のエンディングにて「お月さん小唄」やら「かわいそう小唄」などを歌ってました。消息は分かりません。ギャートルズはあの「はじめ人間・・・」ではなく男性のアイドルグループだったようですがデビュー曲の曲名が出てきません。「恋の・・・」とかそんなタイトルだったような気がします。鈴木みどりさんは当時みこし担ぎが大好きとかって言ってましたがその後消息聞きません。でもこのタイトル「こりがりついでのもう20歳」ってのも凄い!ですね。チェルシア・チャンの「インスピレーション」はオリコンでのラインクインもあったと記憶してます。みき&ナナは名前からも分かるとおり、じゅんとネネのフォロワーでした。木川かおりさんはペンダント集めが趣味だとか。この方あまり記憶にないです。

歌謡大賞新人まつり(たしかこの時は新人まつりではなく公式第一線とかってタイトルが付いていたような)は日テレ担当。司会は徳光さんをはじめ日テレアナウンサー群。たしかアナウンサー時代の楠田枝里子さんもメインを努めてました。この時は審査員買収などが行われたとして後に日本歌謡史についての年鑑にて当時の審査員による得票数のグラフとともに記述がありました。まったく無名の歌手が数名選ばれてしまったことが問題になったようです。

この年度はホリプロが3人娘(榊原郁恵、荒木由美子、久木田美弥)を送り出したけれど、久木田さんにとってはなんとも辛い状況になってしまったんですよね。上記の「新人まつり」では選出前のインタビューで郁恵さんが「今日の朝、寮を出るときにゆみちゃんとみやちゃんと一緒に頑張ろうねって励まして合って出てきました」と答えてました。がフタを開けてみたら久木田さんだけが落選!その後の賞レースでも郁恵さんと由美子さんは上向き、なのに久木田さんだけが伸び悩む結果になってしまいました。素材は悪くなかったと思います。歌も上手かったですし。スタ誕出身だけありますが、ホリプロはどうもスタ誕出身歌手をないがしろにする傾向がありましたね。スカウトキャラバンを優先した気持ちは分かりますが、久木田さんや甲斐智枝美さんなどはもう少し大事に扱って欲しかったなと・・・。

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大混戦!77年組Ⅱ 投稿者:KOSUKE  投稿日: 8月11日(水)00時10分23秒

 あきら様 通りすがりの者様

 こんばんは。あきらさんはレス漏れでしたね。完全に見逃しており、大変失礼いたしました。
「見逃してくれよ」と言いたいところです。そういえば山川さんは違うけれど、ものえ和恵さんも含めて(また変わったジャケ写・・・)全員スタ誕出身ですね。

>♪「花の女子高数え歌」(谷ちえ子さん)
>本当にある意味すごい曲でインパクト大でしたよね、ゴールデンタイムの歌番組にもかなり出演してましたし。僕も当時そのインパクトに負けてレコードを買いました。確かジャケが2種類。最初のはブルーの背景で谷さんが教科書を手に持って微笑んでいるもの、2番目のは例のステージ衣装に身を包んだ谷さんが花にかこまれてといったものでしたが2枚目はあまり見かけません。77年度の新人賞は激戦でしたけど彼女は本当に出ませんでしたねー。どうしてでしょう?レコード会社はコロムビア。となるとコロムビアは郁恵さんプッシュに大忙しだったのでしょうか?彼女はシングル4枚、アルバム1枚でフェイドアウトしました。シングルは既出の他に「あなたを愛したい」「逃げて大阪」です。やはりデビュー曲の圧倒的なインパクトに負けてしまった感がありました。「私はシンデレラ」まではテレビへの露出もありました。

 あれから考えたのですが、谷ちえ子さんが新人賞レースに全く出なかったのは、コロムビアが郁恵さんをプッシュということもあるけど、それ以上にT&Cがピンク・レディーをプッシュしたことの方が大きい(笑)のではないかと思います。ジャケが二種類ありますが、最初のは髪が長いでしょ?スタ誕の決戦大会の時点はこの髪型でしたよ。「あなたを愛したい」は出だししか覚えておらず、「逃げて大阪」は完全に未聴です。で山川ユキさんのところで書いてらっしゃる「日テレの新人品評会」って何?って最初思いましたが、例の「紅白歌のベストテン」で500点以上投票がいけば歌える、ってことでしょ?谷さんも3回目で合格し、福留アナが「函館のお母さんも泣いて喜んでらっしゃることでしょう」とコメントしたのが忘れられません。

>山川ユキさん「新宿ダダ」
憶えてますよ。山川さん。彼女の「新宿ダダ」はものすごいインパクトがありました。石坂まさを先生の作品でした。チャートも最高41位ということでかなり健闘したようですね。例の日テレ新人品評会ではギリギリ3度目で合格してました。この頃の徳間音工のラインナップはすごいですねー。「東京娘」「おじさんルンバ」の桜たまこさんといい、彼女といい。78年の天馬さんも徳間でしたし、同じ78年には「恋はBAN BON」なるタイトルが印象的な中野知子さんもデビューしました。しかしBAN BONってなんでしょう?ルルの「恋のブンバカバン」に似た響き・・・。山川ユキさんは全部で4枚?「新宿ダダ」「真夜中ロック」「ウラトビサスケ'78」「ケリ」でしょうか?「ケリ」は未聴ですが「ケリ」というタイトル、凄いです。

 もうこの徳間音工ってのは何考えてんですかね?「ダダ」も「恋はBAN BON」も意味が全くわかりません。中野知子さん、いましたね。デビュー時は「夜ヒット」にまで出たから、天馬ルミ子さんと78年の二枚看板だったのでしょう。(買った友達がいました)この歌はワンコーラスはっきり覚えてますが、第二弾以降は・・・結構すぐ脱いじゃいましたしね。山川ユキさんに戻るけど、私もその4曲までは知っています。♪けりをつけるつもりが けりをつけられ けり・・すごい歌詞。でも徳間音工では(以前ここでも話題になりましたが)小川順子さん「夜の訪問者」もお忘れなく。

>私が欲しいCDに神田広美さんの「人見知り」があるのですが、どうやらCD化されてないようで残念です。広美さんもスタ誕出身で、デビュー時既に21歳でしたからアイドルというよりシンガー的売り出し方だったと記憶してます。新人賞レースは出遅れに見えながらも、新宿音楽祭では見事銀賞受賞。2年目に「ドンファン」という今までと違う雰囲気の曲でヒットを飛ばしたと思ったら突然引退。どうも広美さんは過小評価のような気がします。

 セールスの割に新人賞レースがイマイチでしたね。その「日テレ新人品評会」、彼女も3回目の合格でしたし。私も「人見知り」は大好きだったのですが、今度「夜ヒット」の再放送に出るらしので楽しみです。「ドンファン」がせっかく58位までいったのに突然引退した理由を後年語っていましたが、「音楽をやりたかったのに、グラビアでセミヌードを要求されたりするのがいやだった。芸能界が性格に合わなかった」とのことです。その後作詞家に転向し、速水陽子さんの「い・か・が」とか荻野目洋子さんの「未来航海」を「神田広美」名義で書いています。ちなみにスタ誕決戦大会では6社スカウトが挙がったのを覚えています。

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大混戦!77年組 投稿者:通りすがりの者  投稿日: 8月10日(火)23時11分52秒

最近五十嵐夕紀さん、山川ユキさん、谷ちえ子さん、ものえ和恵さんといった77年組の人達が話題になってますね。私が欲しいCDに神田広美さんの「人見知り」があるのですが、どうやらCD化されてないようで残念です。広美さんもスタ誕出身で、デビュー時既に21歳でしたからアイドルというよりシンガー的売り出し方だったと記憶してます。新人賞レースは出遅れに見えながらも、新宿音楽祭では見事銀賞受賞。2年目に「ドンファン」という今までと違う雰囲気の曲でヒットを飛ばしたと思ったら突然引退。どうも広美さんは過小評価のような気がします。

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それは本質を突いてますよ 投稿者:KOSUKE  投稿日: 8月10日(火)11時00分13秒

>歌もそれなりによかったし、結構上手かった。好みにもよるけどそれなりにかわいかったし、スタイルもまあまあよかった。
結局、そのすべての部分が「及第点」であって、悪く言うと「中途半端」だったんだと思います。なにかひとつでもキラリとしたものがあれば、レコードを買おうという動機づけになったと思うんですが、カラオケで「上手い」、道を歩いていて「おっ、かわいい」と言われるくらいでは、芸能人としては大成しないんじゃないかと思います。
売れるのはもちろん「抜群に」きれいか歌が上手いか、やっぱり事務所の力、そして誰にもわからない本人が持つ熱気、オーラ、時代を読む力、そんなものだと勝手に思っております。

 おはようございます。なるほどね、おっしゃることは一理ある、というか本質をついていると思いますよ。あべ静江さん(あくまでもデビュー時)のように群を抜く美人とか、岩崎宏美さんのように群を抜く歌唱力とか、そういうものが絶対に必要ってことですね。あとインパクトだけあってもそれが時代に合わないと、外しちゃうということはありますね。
 私が思うには、この天馬ルミ子さんも五十嵐夕紀さんも「完成されていた」のが敗因ということですね。まあ2人とも新人にしては上手く、かなりレベルの高いデビュー曲をもらい、しかも大プッシュがなされたのにダメだった。その点、浅田美代子さんとか山口百恵さんは、歌はヘタだったにせよ「これから変わることを予感させる未完成さ」があったと思うんですね。全然説得力はないのですが。
 今受験生を教えていて思うのは、秋以降伸びてくる子と伸びない子はある程度わかるんです。勉強の場合は「完成されている」という言い方はおかしいですが、「小器用な子」というのはどうしても伸びにくい。現時点では不器用でも、(受験の先の医者になった場面で)大物感を感じさせる子というのは確かにいます。まあ予備校というのは芸能プロと違って「イチオシ」というのはありえません。しかし予備校が全員合格させなければいけないように、芸能プロも本来投資を少しでもした以上は、全員成功させなくてはいけないわけで、そこは共通しているとよく思うんです。

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天馬ルミ子さんについて 投稿者:yochy  投稿日: 8月10日(火)10時15分20秒

天馬ルミ子さんについてですが、私も一言。
歌もそれなりによかったし、結構上手かった。好みにもよるけどそれなりにかわいかったし、スタイルもまあまあよかった。
結局、そのすべての部分が「及第点」であって、悪く言うと「中途半端」だったんだと思います。なにかひとつでもキラリとしたものがあれば、レコードを買おうという動機づけになったと思うんですが、カラオケで「上手い」、道を歩いていて「おっ、かわいい」と言われるくらいでは、芸能人としては大成しないんじゃないかと思います。
売れるのはもちろん「抜群に」きれいか歌が上手いか、やっぱり事務所の力、そして誰にもわからない本人が持つ熱気、オーラ、時代を読む力、そんなものだと勝手に思っております。

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モナムールから帰っちまえ!(冗談) 投稿者:KOSUKE  投稿日: 8月10日(火)09時33分51秒

 たつし様 あきら様

 おはようございます。

>尾藤さんといえば『悲しき願い』と『あしたのジョ-』ばかりが取り上げられますが
昭和52、53年頃に『みんなのうた』で『赤鬼と青鬼のタンゴ』という歌も
有名です。今年の4月に発売された「みんなのうた」の初期から最近までの歌を集めたDVDにも入っています。

 その歌は知りませんでした。有名なんですか?尾藤イサオさんってもちろん「悲しき願い」のイメージですけど、これを含めて洋楽の印象が強いですね。NHKの「青春のポップス」にもよく出てたし。

>ささきいさおさんは、実は日曜日に毎週歌声が聞けます。テレビ朝日で日曜日
朝7時半より放映中の『特捜戦隊デカレンジャー』のエンディング『ミッドナイト
デカレンジャー』を歌っています。
 実は22日に、ささきさんが大阪にいらっしゃるのです。アニメ関係のライブです。
待ち遠しいです。

 それは楽しみですね。アニメ=よっかーさんという刷り込みが私の中では行われているので、
ちょっとわかりませんが。最初は俳優と兼業だったそうですよ。これも有名なんでしょうか?
彼の声、太くて素敵ですよね。

>他のインパクトものといえば、ものえ和恵さんの「帰っちまえ」というのがありました。
スタ誕出身、デビュー時に「3年頑張ってダメだったら故郷に帰ります」とおっしゃってましたが、帰られたのでしょうか?

 出たー、ものえ和恵さん。まあ山川ユキさんには負けるけど、インパクト大でしたね。なんたってキャッチフレーズが「モンペリッシュ・ガール」(これは名コピーだと思ってます。クイズに出そうと検討したほどですから(笑))ですよ。第二弾は出る予定が、にこらさんによれば発売中止になったそうだから、1年足らずで帰郷されたと思います。私は「1年やってだめだったら・・・」って聞いた記憶があるんですけど、間違いかな?とにかく新宿音楽祭に出たんですよ。谷ちえ子さんが選ばれなかった(辞退とは思えません。当時、新人賞の辞退はニューミュージックぐらいでした。チューリップの「心の旅」も歌謡大賞の新人賞候補にノミネートされたぐらいですから)から、「なんでだろう」と「疑問」だったんです。でも♪かえっちまーえー の振りがすごかった。
 話は昨日に戻るんですが、天馬ルミ子さんって不思議なことにたいていの人が覚えてるんですよ。うちの両親も知ってて、母は応援(?)してましたし。一方五十嵐夕紀さんはほとんどの人が知りませんね。

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追記 投稿者:あきら  投稿日: 8月10日(火)09時12分16秒

他のインパクトものといえば、ものえ和恵さんの「帰っちまえ」というのがありました。
スタ誕出身、デビュー時に「3年頑張ってダメだったら故郷に帰ります」とおっしゃってましたが、帰られたのでしょうか?

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二人いさお 投稿者:たつし  投稿日: 8月10日(火)08時55分26秒

 >KOKUSUKEさん

 尾藤イサオさんは18年のお生まれでしたか。そうなると、私の母と同じですね。
尾藤さんといえば『悲しき願い』と『あしたのジョ-』ばかりが取り上げられますが
昭和52、53年頃に『みんなのうた』で『赤鬼と青鬼のタンゴ』という歌も
有名です。今年の4月に発売された「みんなのうた」の初期から最近までの歌を集めたDVDにも入っています。

 ささきいさおさんは、実は日曜日に毎週歌声が聞けます。テレビ朝日で日曜日
朝7時半より放映中の『特捜戦隊デカレンジャー』のエンディング『ミッドナイト
デカレンジャー』を歌っています。
 実は22日に、ささきさんが大阪にいらっしゃるのです。アニメ関係のライブです。
待ち遠しいです。

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(無題) 投稿者:あきら  投稿日: 8月10日(火)08時49分32秒

☆KOSUKE様

こちらこそいつも楽しませて頂いてます。

>♪私の場合は演歌が好きで・・・ですね。「花の女子高数え歌」、チャートインしたのになぜか新人賞レースに全く入ってませんでしたね。

本当にある意味すごい曲でインパクト大でしたよね、ゴールデンタイムの歌番組にもかなり出演してましたし。僕も当時そのインパクトに負けてレコードを買いました。確かジャケが2種類。最初のはブルーの背景で谷さんが教科書を手に持って微笑んでいるもの、2番目のは例のステージ衣装に身を包んだ谷さんが花にかこまれてといったものでしたが2枚目はあまり見かけません。77年度の新人賞は激戦でしたけど彼女は本当に出ませんでしたねー。どうしてでしょう?レコード会社はコロムビア。となるとコロムビアは郁恵さんプッシュに大忙しだったのでしょうか?彼女はシングル4枚、アルバム1枚でフェイドアウトしました。シングルは既出の他に「あなたを愛したい」「逃げて大阪」です。やはりデビュー曲の圧倒的なインパクトに負けてしまった感がありました。「私はシンデレラ」まではテレビへの露出もありました。

>山川ユキさん「新宿ダダ」

憶えてますよ。山川さん。彼女の「新宿ダダ」はものすごいインパクトがありました。石坂まさを先生の作品でした。チャートも最高41位ということでかなり健闘したようですね。例の日テレ新人品評会ではギリギリ3度目で合格してました。この頃の徳間音工のラインナップはすごいですねー。「東京娘」「おじさんルンバ」の桜たまこさんといい、彼女といい。78年の天馬さんも徳間でしたし、同じ78年には「恋はBAN BON」なるタイトルが印象的な中野知子さんもデビューしました。しかしBAN BONってなんでしょう?ルルの「恋のブンバカバン」に似た響き・・・。山川ユキさんは全部で4枚?「新宿ダダ」「真夜中ロック」「ウラトビサスケ'78」「ケリ」でしょうか?「ケリ」は未聴ですが「ケリ」というタイトル、凄いです。

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ドット 30歌謡曲 投稿者:初心者  投稿日: 8月10日(火)06時05分41秒

その昔、確か?「ドット30歌謡曲」成る番組が有ったと記憶してるんです。「噂のチャンネル」が人気の頃か?と記憶してるんですが。この中で出演してた、せんだみつおさんなんかがコントの中で「ドットレコード」とか言ってしきりにやってたのを覚えています。が、有名歌手パット・ブーンさんは、アメリカで所属していたのが「ドットレコード」だったんです。もっとよく調べてから脚本書けばよかったのにと今も思っているんです。

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T&C他 投稿者:KOSUKE  投稿日: 8月10日(火)00時36分25秒

 あきら様

 こんばんは。またまた中身の濃い内容で、楽しませて頂きました。
 今回は分けて書きます。

 ① 天馬ルミ子さん

 それにしても振りまでよく覚えてるねー。私はサビの♪教えて下さい神様 愛とはどんなこと
でひざまづく所と、イントロがやたら長くて振りが大変そうだなあという点しか覚えていません。でクラスで真似してたって、小学校2年でしょ?♪好きな人にはすべてをあげても 構わないものですか なんて意味わかってたんですか?(私はわかってなかったような・・・)うちのクラスは同い年の嫉妬というヤツでしょうか、女子は嫌ってましたねー。第二弾以降はいつ出そうが売れてなかったと思いますよ。デビュー曲の路線でしばらくいくべきでした。「その時私は・・・」にしても、♪環七から玉川通り 右へ曲がり なんて東京に住んでる私でさえ環七とか玉川通りがどこなのかよくわかってないんだから(笑)、まして東京以外の方は「ハイッ?」って感じでしょう。

 ② 谷ちえ子さん

 ♪私の場合は演歌が好きで・・・ですね。「花の女子高数え歌」、チャートインしたのになぜか新人賞レースに全く入ってませんでしたね。当時「中一時代」(勉強の雑誌なのにアイドル系の記事がやたら充実してました。秋ひとみさんや横須賀昌美さんも、レコードデビュー直前に表紙を飾りました)の新人歌手コーナーで「ジーンズホットがよく似合う」と紹介していましたが、歌以上に振りがクネクネしてて強烈でしたね。第二弾「私はシンデレラ」もよかったと私は思うんですが、「見ごろ!食べごろ!笑いごろ!」に出演して、「目標はピンクレディー」と言(わせられた?)ったこともあります。
 
 ③ 鹿取容子さん

 「ゴーイン・バック・トゥ・チャイナ」ベスト50に入りましたからね。新人賞でも日テレ音楽祭候補に入ったり、新宿音楽祭でも銀賞を獲ったり、健闘しました。同い年の聖子さんより(曲の影響もあるけど)断然アダルティーな雰囲気が感じられました。交通事故にあってどん底の生活を送ったり、波乱万丈のようでしたが今は(あの人は今を見た限り)お元気そうでよかったです。

 ④ 第二弾がダメだった方々
 
 もうこれを挙げるときりがないですよ。私がぱっと浮かんだだけでも(ちょっと古くて恐縮ですが)奈良富士子さん、藍美代子さん、水沢アキさん、あと能瀬慶子さんもそうでしょう。でもその中で忘れられないのが、山川ユキさん「新宿ダダ」。「花の女子高数え歌」の3倍、「王様と私」の倍くらいインパクト・・そんな言葉では表せない、最初この人を「ぎんざNOW!」で見た時の衝撃はたぶん一生忘れられない(ご存知ですか?)でしょう。♪ダダッ ダダッ ダダダダダダ 新宿生まれで 新宿そっだちー という詞に合わせ、これ以上ムリと言うぐらいに激しく腰を左右に振っていました。一応最高41位でしたが、それっきりでしたね。

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ピンクレディーの妹分・2 投稿者:あきら  投稿日: 8月 9日(月)21時49分33秒

☆KOSUKE様、通りすがりの者様

天馬ルミ子さんに関しては全くの同感です。
「教えてください、神様」はユニークなフリツケも付いていたし(♪そうよ私は好奇心、のところで手で眼鏡の形を作るアレですね)、ピンクレディーと同じ事務所ということも手伝って小学生の間では人気がありました。天馬という変わった芸名もインパクトがありましたし(確かご本名はテンマダテルミコさんでした)、クラスで休み時間にマネていた子もいるくらいでした。2曲目以降の伸び悩み。これはよくあるパターンですね。五十嵐夕紀さん、神田広美さん、鹿取洋子さん、それから石坂智子さんもこのパターンでしょうか。天馬さんの場合はやはりデビュー曲の流れを汲む明るい路線を出していた方が結果は良かったのではないかと思われます。曲を出すごとにどんどん暗いイメージになってしまったのが戦略ミスというか。もったいなかったですね。大人っぽいイメージで売るには早すぎましたし。2曲目以降の曲はなんだかある程度人気出た後に出した方が良さそうな感じの曲ばかりでしたから。明るめのキャッチーな曲で年末の賞レースまで引っ張ってしまった方がベターだったような気がします。
あっ、そうそう。T&Cは他にもスタ誕出身の谷ちえ子さんも輩出しましたが、こちらも1曲目のインパクト(花の女子高数え歌)に2曲目以降(私はシンデレラ等)がついていかなかった感じ。デビュー時は黒いエナメル系のテカテカ光るタイトな衣装が印象的でしたが。「ゴーイング・バック・トゥ・チャイナ」がヒットした鹿取さんも同じパターンでやはり事務所はT&Cでした。鹿取さんの場合は賞レース、かなり健闘しましたが。
こうして振り返ってみるとT&Cの相馬社長のお好みなのかフォトジェニック系が多かったですね。(ピンクレディーも含めて)皆、スタイルのいい方ばかりです。天馬さんと谷さんはピンクでたくさん稼いだ事務所からのご褒美ということでハワイだかグアムだかどこかにピンクレディーと一緒に同行したことがありました。たしか当時の明星か平凡のピンクレディーの記事のところに小さな写真と共に紹介されてました。

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全く同感です 投稿者:KOSUKE  投稿日: 8月 9日(月)13時32分9秒

 通りすがりの者様

こんにちは。天馬ルミ子さんについてですが、当時13歳にしては大人っぽかったですね。デビュー時の年齢は浅野ゆう子さんより若く、ピンクレディーと同事務所ということでかなり話題になりました。「教えて下さい神様」はヒットしましたが、その後の「ありがとう青春」「そのとき私はタクシーを停めた」「ミスターシャドー」は、全く売れないという感じでしたね。大人っぽい曲ばかりでなくもっと年相応の明るい歌を歌えばいいのにと思ってました。

 こんにちは。確かに彼女は新人賞の下馬評も高く、「教えて下さい、神様」のリリース時には
かなりのラジオ・スポットが流されたそうです。それなのに・・・結果は最高83位。これは意外
以外(オヤジギャグにもなってませんね、悪しからず)の何ものでもありませんでした。確かに妙に上手かったから、オトナっぽい路線にしたんでしょうが、なんか「生意気」みたいなイメージを
中・高生に植え付けてしまったようです。第三弾の「その時私はTAXIを停めた」なんて、今ならいざ知らず、当時は中学生が1人でタクシーに乗って彼氏に会いにいくなんて、イヤミ以外の何ものでもありませんよ。新人賞レースも歌謡大賞上半期の10組には選ばれたけど、年末はもう惨敗でしたね。事務所のT&Cもいろいろゴタゴタがあったし、お気の毒だったとしか言いようがありません。

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ピンクレディーの妹分 投稿者:通りすがりの者  投稿日: 8月 9日(月)12時55分27秒

KOSUKE様                こんにちは。天馬ルミ子さんについてですが、当時13歳にしては大人っぽかったですね。デビュー時の年齢は浅野ゆう子さんより若く、ピンクレディーと同事務所ということでかなり話題になりました。「教えて下さい神様」はヒットしましたが、その後の「ありがとう青春」「そのとき私はタクシーを停めた」「ミスターシャドー」は、全く売れないという感じでしたね。大人っぽい曲ばかりでなくもっと年相応の明るい歌を歌えばいいのにと思ってました。

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皆さん若いですね 投稿者:KOSUKE  投稿日: 8月 9日(月)09時58分52秒

 たつし様
 
>ロカビリーメドレーでは、途中参加の氷川きよしさんを除けば、尾藤さんは
メンバーでは最年少です(昭和19年生まれ)。ささきいさおさん&飯田久彦さんは17年
平尾昌晃さんは12年生まれ、ささき&飯田のお二人は私の父と同い年
ですから実年齢よりはすごく若いですよねえ。

 おはようございます。確かに私も、他の3人も若いと思いました(尾藤イサオさんはS18生まれとTVガイドのスター名鑑には載っているのですが・・・)。平尾さんは未だに♪Love letter from Canadaが似合いそうですし、飯田さんもテイチクの社長をされているにもかかわらず歌唱力が全く衰えてないですし、ささきさんもあの腰の振りがまだ色気があり、皆さん素晴らしいと思いました。やはりエネルギッシュに生きていれば老けないのだ、ということを感じさせられましたね。もっとも今は、60代の男性も若く見える人が増えましたし、すべての年代で昔より10歳は若く(精神年齢も含め?)なっている、というのが私の印象です。

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思い出のメロディー 2 投稿者:たつし  投稿日: 8月 9日(月)09時27分39秒

 >KOKUSUKEさん

 ロカビリーメドレーでは、途中参加の氷川きよしさんを除けば、尾藤さんは
メンバーでは最年少です(昭和19年生まれ)。ささきいさおさん&飯田久彦さんは17年
平尾昌晃さんは12年生まれ、ささき&飯田のお二人は私の父と同い年
ですから実年齢よりはすごく若いですよねえ。

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正解。今日は易しすぎましたね。 投稿者:KOSUKE  投稿日: 8月 8日(日)23時25分45秒

 あきら様

>まったく憶えてませんが、時期的なものと当時のメンバーから推測すると
天馬ルミ子さんの「教えてください神様」でしょうか?

1時間以内に正解が来るだろうと思ってました。ズバリ正解です。それにしても「全く覚えてません」ってホントですか?ちなみに私は狩人の「あずさ2号」以来、ほとんど覚えています。って威張んなよってところですが。特に天馬さんはインパクト大でした。私と同い年で中1のデビュー、それにしては早熟な歌詞で大騒ぎになったものです。「天才少女」とか言われてたのに・・・。 

>僕も「スタア」「マーマレード気分」と「さよならサンセット」あたりが彼女の曲の中でのベストです。そうですねー。「誘ってルンナ」までは思いっきりアイドルしてたのに
その僅か半年後くらいには・・・。「誘ってルンナ」が200位入り出来なくて事務所から決断を迫られたのでしょうか?「枯葉天使」までせっかく昇り調子だったのに「誘って・・・」の安易とも言えるカバーで失敗してしまった感がありましたが・・・。

 あの、全然短くないですよ(笑)。
 ええ、まさにおっしゃる通り、甲斐智枝美さんは完全にホリプロの戦略ミスでした。82年5月、デビューから2年足らずで脱ぐ必要がどこにあったのか?そりゃ多くの男が喜んだだろうと想像しますが、アイドル歌手はAV女優じゃないんですから。最初の3曲の路線を続けるべきだったのに、私は4thの「いつでも答えはYESなのよ!」でもうヤバイと思いましたね。せっかく「マーマレード気分」がチャートイン寸前だったんですから、特にそう感じます。

>理恵さんも人気とレコ売り上げが結びつかなかった歌手のひとりでしたよね。
ドラマ「秘密のデカちゃん」の出演で知名度もあって高校生を中心に人気もあったと思いますが。結局5枚で歌手は廃業?「恋のローラーブーツ」は僕ももっと売れるって思ってました。デビューの時期(12月)がちょっと悪かったかな?せめて年明けとか。榊原郁恵の1月デビューが成功したことを受けての計画だったのでしょうか?「恋のワナワナ」まではテレビなどでもよく見かけましたが(確か新宿音楽祭もこの曲で出場)その後の「想像力少女」からは歌手としてはあまり見かけなくなりました。
  
 ええ、私も彼女は歌手としては新宿音楽祭で見たのが最後で(「恋のワナワナ」を歌いました)、「想像力少女」は未聴です。やっぱり10〜12月のデビューは一番ノリ、って利点はあるものの、だいたい新人賞レースでは失敗に終わってますね。例外が「センチメンタル・ジャーニー」の松本伊代さんだけだったという印象です。比企理恵さんの場合、8月にタレントスカウトで優勝して、12/1のデビューはいろんな意味で準備期間が短すぎたんじゃないでしょうか?

>「裸足でヤングラブ」は101位だったのですね。「HE IS コットン 100%」はどれくらいまでいったのでしょうか?日テレ音楽祭の時は「HE IS...」での出場でした。結果落選でしたが。レコ売り上げだけを見るとかなり健闘した方ですよね?彼女の歌唱力に関するコメントも手厳しいものが。歌本にさえ「賞レース狙える実績あるも歌唱力がネックとなり伸び悩み」とかなんだかちょっとそこまで書かなくても・・・って感じでした。
「美少女時代」では新宿音楽祭に出てたのをみた記憶が・・・。ちょっとあやふやです。テレビだったので新宿だと思うのですがもしかしたら銀座だったかも?でもこの頃はなんだかもう精気がないというか、ステージ上でもあまり目立ちませんでした。
テレ朝系の音楽祭「あなたが選ぶ全日本」にはノミネートされてました。

 新宿・銀座両音楽祭は辞退しています。ドラマ「赤い嵐」の撮影で下着姿になることが相当イヤで、「能瀬慶子ノイローゼ」と当時の「週刊明星」で読みました。もうこの時点で辞めたがってたと思いますよ。「赤い嵐」の終了と同時に突然去っていきましたから。「He is コットン100%」の順位はかなりあやふやなんですけど、やはり130位前後だったような気がします。

>五十嵐さんと言えば東京12チャンネル(当時)で「ときめき十字星」ってドラマに高見知佳さんと山本百合子さん(後に声優へ転向・代表作に「レディー・ジョージィ」など)と共演なんてのがありました。憶えてますか?数年前CSでも再放送してました。3人とも歌手になるためにレッスンを受けているって役柄でした。その中では五十嵐さんはちょっといじわるな役で番組内では「恋人たちの季節」を役の上でのデビュー曲ということで何度も歌ってました。ちなみに主題歌は知佳さんの「心のシャイニング・スター」でした。

 すみません、そのドラマも「心のシャイニング・スター」も存じません。「ミスター・レイン」はいい曲でしたね。この曲で銀座・新宿両音楽祭には参加していました。
 それではまた。

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(無題) 投稿者:あきら  投稿日: 8月 8日(日)22時04分41秒

>KOSUKEさんクイズ

まったく憶えてませんが、時期的なものと当時のメンバーから推測すると
天馬ルミ子さんの「教えてください神様」でしょうか?

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(無題) 投稿者:あきら  投稿日: 8月 8日(日)21時55分51秒

☆KOSUKE様

こんばんは。レスがちょっと遅れました。すみません!
今回は短めの返信をちょっとだけ。

>私は「さよならサンセット」(第二弾で新人賞レース参加曲)
も好きでしたが・・・それにしても脱ぐのが早すぎたと思います。

僕も「スタア」「マーマレード気分」と「さよならサンセット」あたりが彼女の曲の中でのベストです。そうですねー。「誘ってルンナ」までは思いっきりアイドルしてたのに
その僅か半年後くらいには・・・。「誘ってルンナ」が200位入り出来なくて事務所から決断を迫られたのでしょうか?「枯葉天使」までせっかく昇り調子だったのに「誘って・・・」の安易とも言えるカバーで失敗してしまった感がありましたが・・・。

>比企理恵さんの「恋のローラーブーツ」のその順位は私も覚えていました。
曲もよかったし、ジャケ写もよかったので、なぜ?とは思いましたね。

理恵さんも人気とレコ売り上げが結びつかなかった歌手のひとりでしたよね。
ドラマ「秘密のデカちゃん」の出演で知名度もあって高校生を中心に人気もあったと思いますが。結局5枚で歌手は廃業?「恋のローラーブーツ」は僕ももっと売れるって思ってました。デビューの時期(12月)がちょっと悪かったかな?せめて年明けとか。榊原郁恵の1月デビューが成功したことを受けての計画だったのでしょうか?「恋のワナワナ」まではテレビなどでもよく見かけましたが(確か新宿音楽祭もこの曲で出場)その後の「想像力少女」からは歌手としてはあまり見かけなくなりました。

>私が今回唯一提供できるネタは能瀬慶子さん。「アテンションプリーズ」こそ
チャートイン(62位)したものの、第二弾の「裸足でヤングラブ」が惜しくも
101位、ラストシングルの「美少女時代」は130位台だったと記憶しています。
「美少女時代」なんか名曲だったし、あのノイローゼ事件さえなかったら全
音楽祭に出場していたでしょう。新宿音楽祭はホリプロで不作の79年で62位
までいったのですから、銀賞は堅かったと思います。

「裸足でヤングラブ」は101位だったのですね。「HE IS コットン 100%」はどれくらいまでいったのでしょうか?日テレ音楽祭の時は「HE IS...」での出場でした。結果落選でしたが。レコ売り上げだけを見るとかなり健闘した方ですよね?彼女の歌唱力に関するコメントも手厳しいものが。歌本にさえ「賞レース狙える実績あるも歌唱力がネックとなり伸び悩み」とかなんだかちょっとそこまで書かなくても・・・って感じでした。
「美少女時代」では新宿音楽祭に出てたのをみた記憶が・・・。ちょっとあやふやです。テレビだったので新宿だと思うのですがもしかしたら銀座だったかも?でもこの頃はなんだかもう精気がないというか、ステージ上でもあまり目立ちませんでした。
テレ朝系の音楽祭「あなたが選ぶ全日本」にはノミネートされてました。

>五十嵐夕紀さん

五十嵐さんと言えば東京12チャンネル(当時)で「ときめき十字星」ってドラマに高見知佳さんと山本百合子さん(後に声優へ転向・代表作に「レディー・ジョージィ」など)と共演なんてのがありました。憶えてますか?数年前CSでも再放送してました。3人とも歌手になるためにレッスンを受けているって役柄でした。その中では五十嵐さんはちょっといじわるな役で番組内では「恋人たちの季節」を役の上でのデビュー曲ということで何度も歌ってました。ちなみに主題歌は知佳さんの「心のシャイニング・スター」でした。

今日はこの辺にしておきます。

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サンデーズ 投稿者:KOSUKE  投稿日: 8月 8日(日)21時21分42秒

 クジラ2号様

>”レッツヤン同窓会”は、司会者の同窓会でしたか、太川陽介さん「Lui-Lui」は久々かな?

 まあ「Lui-Lui」はしょっちゅう歌っていることでしょう、唯一の持ちネタですし。ちなみに
私は当時(中1)このレコードを買いました。とにかく好きでしたね。郁恵さんが十数年ぶりに
NHKホールで歌ったそうですよ。でも振りは完璧でした。機会があったら「スタ誕同窓会」じゃ
なくて「サンデーズ同窓会」でもやってほしいですね。
 それでは突然ですが、ここで「サンデーズクイズ」です。
 サンデーズに選ばれた歌手は3ヶ月交代で新曲を毎週歌っていましたが、
 78年1月〜3月に歌っていた歌手名と曲名を御記入ください。
 ヒント:デビュー曲でした。大プッシュでした。ちなみに私は今入手を希望しております。

>鈴木ヒロミツさんは「たどりついたらいつも雨ふり」かと予想していましたが、ハズレましたね。
「でも、何かが違う」「何処かで失くしたやさしさを」「愛に野菊を」の3枚のシングル盤は、最近入手しましたが、中では、「でも、何かが違う」が一番いいですね。
ソロでのLP「永遠の輪廻」(東芝EMI Express ETP-72205 1976年10月05日発売 )は、聞いた事がないので、聞いてみたいですね。

 鈴木ヒロミツさんって「夜明けの刑事」も見てなかったし、俳優ってイメージがあんまりないんですね。上記の曲でも「でも、何かが違う」以外は知りません。「永遠の輪廻」って題も本人のイメージからあまりにも離れてるというか・・・やはり彼は司会者のイメージですね。それこそサンデーズができる前のレッツヤンの司会は彼でしたし、TBSラジオ(これは関東地区限定だったのでしょうか?)の「ヤングタウン東京」をアン・ルイスさんや岸本加世子さんと司会していたのは
よく覚えています。

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でも、何かが違う 投稿者:クジラ2号  投稿日: 8月 8日(日)20時09分37秒

☆KOSUKEさん
「想い出のメロディー」情報ありがとうございました。
”レッツヤン同窓会”は、司会者の同窓会でしたか、太川陽介さん「Lui-Lui」は久々かな?

鈴木ヒロミツさんは「たどりついたらいつも雨ふり」かと予想していましたが、ハズレましたね。

「でも、何かが違う」「何処かで失くしたやさしさを」「愛に野菊を」の3枚のシングル盤は、最近入手しましたが、中では、「でも、何かが違う」が一番いいですね。
ソロでのLP「永遠の輪廻」(東芝EMI Express ETP-72205 1976年10月05日発売 )は、聞いた事がないので、聞いてみたいですね。

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想い出のメロディー 投稿者:KOSUKE  投稿日: 8月 8日(日)13時24分5秒

クジラ2号様

 こんにちは。「想い出のメロディー」よりやっぱりアジアカップが大事ですよね、普通(笑)。
でも私はフルで見ましたので。尾藤イサオさんは還暦ですよ。信じられない若さですね。
 ① レッツヤン同窓会
 といっても司会者の同窓会でした。(まさか川島恵さんとか浜田朱里さんとか五十嵐夕紀
 さんが出るわけないですよね、少し期待した私がバカでした)太川陽介さん「Lui-Lui」、
 石野真子さん「ジュリーがライバル」、石川ひとみさん「まちぶせ」、榊原郁恵さん
 「夏のお嬢さん」以上でした。
 ② 鈴木ヒロミツさん
 意外にもしぶい『夜明けの刑事』主題歌「でも、何かが違う」NHKも腐敗している一方、
 だいぶ進歩してきたと思いましたよ。ちなみにこれは最高48位でした。

 それにしても、尾崎紀世彦さん「また逢う日まで」2コーラスでメロを変えないでほしい
です(前も書いたかもしれませんね、これは)京平先生に対して失礼ですよ。  

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Party  投稿者:クジラ2号  投稿日: 8月 8日(日)11時08分30秒

朱里エイコ さんで検索していたら、こんなCDがでてました。
 http://www.hmv.co.jp/product/detail.asp?sku=1919992
「Party」冨田勲氏が全曲を手がけたそうでスゴイですね〜!

☆にこらさん
知らない曲ばかりですね。”哀愁のビート歌謡”・・・気になりますね。

みなさんNHK-TV「思い出のメロディー」見ましたか?尾藤さん元気で若い!!
途中からサッカー・アジア・カップを見てしまい、ビデオに録画するのを忘れていました。
レッゴー・ヤング同窓会というのが、あった様ですね。
鈴木ヒロミツさんは、何をうたったのでしょうか?

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巨匠作品ほか 投稿者:にこら  投稿日: 8月 6日(金)20時40分29秒

①中原まゆみ「朝がくるまで/想い出のあしあと」69年
②浅尾千亜紀「涙をみせないわ/湖は少女」68年
③田中エリカ「愛のクエスチョン/花嫁の手紙」74年
④江間優子「恋よさよなら/愛のおそれ」71年
⑤あにたゆみ「恋するふたりに/ペイネの恋人たち」74年

①“シャルル・オンブル”楽団演奏の普通の歌謡曲。
②B面が哀愁のビート歌謡のソニー初期の人。「昨日と今日のブルース」(この前壁紙で出た)はまだ持っていません。
③「京都ふたたび」に続く2枚目、B面が感動的な曲。
④・⑤は巨匠作品、結構有名なんでしょうか?? 「筒美京平掲示板」に行けばわかるかも。

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こちらなネタ切れ寸前 投稿者:KOSUKE  投稿日: 8月 6日(金)17時56分48秒

 あきら様
 
 こんばんは。相変わらずすごい情報をありがとうございます。
 (チャート関係に興味のない方、恐縮です。読み飛ばして頂いて結構です)

 ① ホリプロ

 甲斐智枝美さんは「SI!SI! C!」もチャートイン寸前だったんですか、惜しかった!
♪生き生き今日もプラッシー のCFソングでしたし、あの赤いビキニはインパクト
ありましたからね。私は「さよならサンセット」(第二弾で新人賞レース参加曲)
も好きでしたが・・・それにしても脱ぐのが早すぎたと思います。まあ「スコラ」詩
で彼女のオールヌードを見たときの衝撃(書いてて突然興奮してきました(笑))
は、宮沢りえさんの10倍以上でした。私も高校生で、若かったから。
 比企理恵さんの「恋のローラーブーツ」のその順位は私も覚えていました。
曲もよかったし、ジャケ写もよかったので、なぜ?とは思いましたね。オリコンの
故・小池元社長も「チャートインの可能性大」とコメントしていましたから。
でも当然他の4枚は200位に入っていないですよね?タレントスカウトでグランプリ
を獲っても厳しいものです。でも高見知佳さんも彼女も、長く芸能界にいるもん
だから、オリコンの順位なんて絶対的なものじゃないですね。
 私が今回唯一提供できるネタは能瀬慶子さん。「アテンションプリーズ」こそ
チャートイン(62位)したものの、第二弾の「裸足でヤングラブ」が惜しくも
101位、ラストシングルの「美少女時代」は130位台だったと記憶しています。
「美少女時代」なんか名曲だったし、あのノイローゼ事件さえなかったら全
音楽祭に出場していたでしょう。新宿音楽祭はホリプロで不作の79年で62位
までいったのですから、銀賞は堅かったと思います。レコ大は厳しかったにせよ。

 ② 五十嵐夕紀さん

 最初はポニーテールで後から降ろしたのはその通りです。やっぱりぎんざNOW!
で初めてごらんになりましたか?どうもあの水曜レギュラーはナベプロ枠だった
みたいで、太田裕美さん→三木聖子さん→五十嵐さん、という順番になってました。
(もっとも五十嵐さんの後任(?)の久我直子さん(「ノアノア気分」)はナベプロ
じゃなかったですが。新人賞レースは東京・新宿・銀座音楽祭全部に出場、歌謡大賞
上半期新人祭りの10組にも選ばれたのはたぶんご存知でしょうね。まあ、ナベプロ
と東芝EMIのイチオシだったんですから、当然でしょう。「ワル!泣くのはおよし」は
200位には入っただろうと予測していますあ、正確な順位はわからず。悪しからず。

 ③ 音楽祭

 「前年度の入賞者(聖子さん、良美さん、トシちゃんなど)がステージ下に
設けられた色分けされた各テーブルに座った新人歌手へ花束を持って先導しに
いくのです」というのはなかなかナイスなアイデアですね。銀座音楽祭は
77〜79年まではまず30組が選ばれ、一般聴取者の電話による投票での上位
15組が選抜されるという仕組みでした。これもなかなか「はらはらサマー・
タイム」(意味不明)でしたよ。

 ④ その他

 矢野良子さん・川島恵さんが所属していたという「ニューバンブー事務所」
は検索しても出てこないし、10年前の「TVガイド臨時増刊 TVスター名鑑」
のプロダクション・リストにも入っていませんでした。すでに消滅したと
見ていいでしょう。
 それから古賀栄子さん・菅沢恵子さんは私の記憶でもその2枚ずつですが
まだ出してたのかもしれませんね。古賀さんは「セイ!ヤング」(よく
聴いてました。ちなみに私の職場は文化放送の近所です)で甲斐よしひろ
さんと対談したのですか。同じ福岡出身で意気投合したんでしょうね。
「夕立ち日記」が西友ができる前(笑)の歌なので、200位に入ったか
どうか不明なんですよ。
 菅沢さんは、ちょっと声が重過ぎましたね。美人でしたけど、20歳と
いう年齢も災いしたのかな?200位には入れませんでしたが、歌謡大賞
上半期の10組にはノミネートされました。CBSソニーの力の巨大さを
感じさせられます。

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歌は美しかった 投稿者:あみだ池  投稿日: 8月 6日(金)14時25分5秒

リリック・テノール歌手の五郎部俊朗さんという方をご存知ですか?この方が吹き込まれた『歌は美しかった〜蘇る!伊藤久男、近江俊郎、岡本敦郎、霧島昇の名曲〜』と言うCDを買いました。これがもう最高!こうした形で名曲が歌い継がれていくのは嬉しい事ですね。

検索してみると、2000年には藤山一郎さんのベスト版も吹き込んではる(と言うか、この企画がヒットして今回のCDが出たらしい。そして、コンサートではオカッパルの『憧れのハワイ航路』や、灰田勝彦さんの『森の小途』なども歌ってはる様です)。早速注文しました。

個人的にお勧めは『夢去りぬ』『南の薔薇』『高原列車は行く』『誰か故郷を想わざる』でしょうか。とにかく、お勧めです!!

ある時代の歌謡曲と歌曲がこれほど近い存在だったと言う事が驚きで、新鮮でした。

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VOL.2 投稿者:あきら  投稿日: 8月 6日(金)09時07分30秒

>高見さんの「シンデレラ」・五十嵐さんの「六年たったら」・古賀栄子さんの「夕立ち日記」がいずれもチャートインしなかったことは、本当にアタマにきてました。

そうですねー。どれもヒットしてもおかしくない曲ばかり。当時は榊原郁恵や石野真子クラスでさえベスト20に食い込むのが精一杯という時代でしたからね。しかも五十嵐さんがデビューした77年度はピンクレディー旋風の真っ只中でしたから余計に状況が厳しかったのかもしれません。古賀栄子さんのことで憶えてるのは当時、文化放送で深夜に放送されていた「セイヤング」の世良公則さん担当の日にゲスト出演してまして色々と世良さんからインタビューを受けてました。古賀さんの発表された曲は「夕立ち日記」と「逢いたさ指数」の2曲でしたか?

>高見さんですが「セザンヌの絵」は残念ながら聴いたことがないんですよ。一応ご本人が出演されたTBSの「家路」というドラマの挿入歌ということになっていたのですが、ほとんど流れなかった(笑)んですね。

この曲はピアノの切ない旋律が美しいバラードなんですよ。西島三重子さんの作品です。
パリに憧れる画家を目指す恋人がテーマです。「ミスターレイン」と「少しは私を好きでしたか」も彼女の作品でした。

>五十嵐さんは確かに知名度はあったと思います。「ぎんざNOW!」もレギュラー出演していましたし。それなのに第二弾「私が選んだあなたです」は200位入りできず、次の「第一印象」は190位前後。「ワル!(泣くのはおよし)」は不明です。

この成績の割には賞レース健闘してましたね。ナベプロのお力添えもあったのでしょうが。彼女を最初に見たのは「きんざNOW」でした。最初はポニーテールでしたけど途中から下ろしたスタイルに変えましたよね?「ワル」はもっと売れていたと勝手に思ってました。チャートブックに載っていないということは100位に入らなかったということですよね?ちょっと意外ですねー。レッツヤンでも何度も歌ってましたし、ゴールデンでのテレビ出演もたくさんありましたし。一般層にもこの曲を知っている人は多いですし。

>その矢野さんが「当確」だったなんて知りませんでした。歌謡大賞の上半期新人祭りの10人にも入れなかったですから。

これは事実なんですよ。あくまでも記者による予想の上での記事だったとは思いますが。
当時は賞レースや紅白出場を予想する記事などもたくさんありましたよね。
矢野さんは賞レース割と検討した方ではないでしょうか?あくまでも他の同期の女性陣と比較しての話ですが。歌謡大賞新人祭り、日テレ音楽祭、銀座、新宿、横浜音楽祭には全て出場。ABC歌謡新人グランプリでは10人に選出されましたし。年末の賞レース追い込み時期になる前まではフル出場してました。横浜音楽祭での優秀新人賞は本人は「信じられません」を連発してました。当時はラジオとテレビ(テレビ神奈川)で同時生放送されていてもちろんテレビで見ていました。この時は選出方法もユニーク。前年度の入賞者(聖子さん、良美さん、トシちゃんなど)がステージ下に設けられた色分けされた各テーブルに座った新人歌手へ花束を持って先導しにいくのです。矢野さんの時はたしかトシちゃんが担当で花束を渡された瞬間、ア然としてました。ステージに上がってからは「まさか頂けるとは思ってませんでした」とコメントしてましたのでかなり嬉しかったはずです。80年度は良美さんがグランプリでしたし、横浜音楽祭はそういった意味では実力優先主義みたいなところがあって好きでした。激戦の82年度はなんと「冬の蝶」がヒットした叶和貴子さんが優秀新人に食い込むなど、ここらへんとてもイケてます。

>この79年の前半、CBSソニーのイチオシはスタ誕出身の菅沢恵子さん「哀しくて哀しくて」だったようですが、後半は鈴江さんに変更されたようですね。

菅沢恵子さん、いましたねー。シングルはそれと「深夜族」の2枚でフェイドアウトでしょうか?「おはスタ」で「深夜族」を歌っていたのを見たのが最後と記憶してます。
79年の日テレ音楽祭には鈴江さんとふたり揃ってのエントリーでしたね。

☆HAKKO様

鈴江さんは歌がとっても上手だったので個人的にはもっと売れて欲しかった歌手のひとりでもありました。あれだけ上手かったのなら今もどこかで歌っているかもしれないですね。

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VOL.1 投稿者:あきら  投稿日: 8月 6日(金)09時06分55秒

☆KOSUKE様

おはようございます。いつも楽しいレスをありがとうございます。

>川島さんの「ミスター不思議」は130位くらいまでは行ったと記憶しておりますが、82年組でも相当いい出来でした。

「ミスター不思議」は記憶によれば最高140位だったと思います。これに関してはちょっと自信はないのですが。出来は良かった上、歌唱力も優れてましたね。せめて100圏内に入っても良さそうな感じでしたね。

>矢野良子さんと同じということは、松本ちえこさんや倉田まり子さんも所属していた「ニューバンブー事務所」ですね。

そのとおりです。今この事務所は存在しているのでしょうか?あまり聞かないですが。

>甲斐智枝美さんの「マーマレード気分」は惜しいと思いましたよ。「スタア」ははっきり確認できないのですが(あ、でもあきらさんの方でわかるんですよね)200位には入ってました、確実に。

「スタア」は最高181位だったと記憶してます。甲斐さんの場合はデビュー時はイマひとつパッとしませんでしたが、「マーマレード気分」をきっかけにして跳ね上がり(この曲はテレビでのゴールデンタイムの露出も多かった&衣装も可愛かったですね)次の「いつでも答えはYESなのよ」から「枯葉天使」までは101位〜140位間にはランクインしてましたね。「誘ってルンナ」から200位に入らなくなりました。「マーマレード・・・」と「SI!SI! C!」はもう少しのところで100位圏内突破だったのですが、惜しかったですね。前年と比較して石坂智子さんがデビュー翌年は息切れ気味だったの対し甲斐さんの方が勢いがあったための金の鳩賞入賞ということでしょうか。
80年度のホリプロのイチオシはスカウトキャラバン優勝の比企理恵さんでしたけど、比企さんの場合はデビューが前年の12月デビューと早かったためにちょっと息切れ感がありましたね。賞レース後半からは徐々に甲斐さんにスイッチしていったようです。比企さんのデビュー曲「恋のローラーブーツ」は最高199位でした。全体を通しての作品の出来は良かったと思います。「陽気なフラベイビー」とか「恋のワナワナ」とか。コミカルな味が魅力でした。

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こちらこそ 投稿者:KOSUKE  投稿日: 8月 6日(金)00時42分42秒

  HAKKO様 yochy様 とろりん村のとろり様

 こんばんは。

>鈴江さんと渡辺真知子さんとの関連性については
当時、ラジオか何かで渡辺さんが鈴江さんを紹介し、
鈴江さんを「後輩なのでよろしく」というような事を
聴いた憶えがあり、どうしてもイメージがダブって
しまうのかもしれません。

 どういたしまして。
 まあレコード会社が同じだから、当然「後輩なので
よろしく」というのはありますよね。事務所は検索
しても当然出てこないし、当時レコードを買った方しか
(当時はジャケット裏にプロフィールが載っていました
から)わからないでしょうね。

>確かに鈴江さんの場合、自作ではないですが
デビュー当時の雰囲気・イメージとしては
渡辺さんから「毒気」を抜いた爽やかさ(笑)を
目指していたのかなあと思っていました。

 この表現はかなり当たってますね。やっぱり
宝塚ですし。渡辺真知子さんより洗練されていた
という印象はあります。真知子さんも初期に
才能を出し尽くしてしました感がありますね。
一年目の名曲三部作はともかく、「ホールド
ミータイト」なんかもいい曲でした。 

 次にyochyさんですが、「ミカンが実る頃」
前も書きましたが超名曲でしたね。CD「フラワー・
ポップス・シリーズ1」(新星堂・SPW-10001)
に収録されておりますのでお薦めです。

 最後にとろりさん、「海が見える場所」川口真氏
の件、どうもありがとうございました。

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ありがとうございます 投稿者:HAKKO  投稿日: 8月 5日(木)23時45分14秒

KOUSKE様、あきら様、とろりん村のとろり様、
鈴江さんに関するレス・情報いろいろとありがとうございます。

鈴江さんと渡辺真知子さんとの関連性については
当時、ラジオか何かで渡辺さんが鈴江さんを紹介し、
鈴江さんを「後輩なのでよろしく」というような事を
聴いた憶えがあり、どうしてもイメージがダブって
しまうのかもしれません。

確かに鈴江さんの場合、自作ではないですが
デビュー当時の雰囲気・イメージとしては
渡辺さんから「毒気」を抜いた爽やかさ(笑)を
目指していたのかなあと思っていました。

リアルタイムで同じように見ていても
印象というのは人により少しづつ違うものですね。
参考になりました。皆様ありがとうございます。

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ありがとうございます 投稿者:yochy  投稿日: 8月 5日(木)19時35分57秒

とろりん村のとろり様
「ミカンが実る頃」ですか。わかりました。
やっぱりさすが、ですね。ありがとうごさいました。
これからもちょくちょく、頼りにしております。

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♪ 投稿者:とろりん村のとろり  投稿日: 8月 5日(木)18時06分41秒

☆yochyさま

♪青いみかんが 実った ふるさとの丘に...

その曲は、「ミカンが実る頃」(藍美代子)です。

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質問 投稿者:yochy  投稿日: 8月 5日(木)17時55分36秒

こんにちは。
私がよく行く西麻布のバーは、70年代ポップスの有線が流れている、とっても素敵な飲み屋なんですけど(というか、私が強制的にチャンネルを変えさせているんです)、ゆうべ聞こえてきた歌が、誰の、なんという歌かわからなくて、このサイトをご覧になっている方ならわかるはずだと思い、書き込んでみました。
「青いみかんが○○○○○(←忘れた)故郷の丘に〜」
きれいな透き通る女性の声でした。
なんとなく聞いたことはあるんですけど、タイトルと歌手名がわからなくて……。
たまにしか発言しないんで、ちょっと恐縮ですが、わかったら教えてください。

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ほぼ同感ですPARTⅡ 投稿者:KOSUKE  投稿日: 8月 5日(木)13時10分7秒

② 音楽祭

 当時はいろんな音楽祭があって、盛り上がっていた時代でした。でもいい加減なのが前述の日テレ音楽祭で、毎年ノミネートされる人数がコロコロと変わっていましたね。その矢野さんが「当確」だったなんて知りませんでした。歌謡大賞の上半期新人祭りの10人にも入れなかったですから。私は男の歌手も好きですが、当選したのが全員男っていうのもなんかムサイですね(笑)。
 でも流石と思わせるのが横浜音楽祭です。わが家はラジオ日本が入らないので、残念ながら1回も聴いたことがありませんが。矢野さんはこれにはノミネートされたということで、本人もイヤな気持ちで過ごしていたと思いますが、これは嬉しかったでしょうね。ちなみに79年のグランプリがあなたも書いてらっしゃる宮本典子さん「エピローグ」(これも名曲でした・・・)、82年がなんと他では1つもグランプリが取れなかった中森明菜さん「少女A」でした。センスがいいなあと思いました。

 ③ 鈴江真里さん

 私もあなたと全く同意見です。まあ中原理恵さんからはかなり劣るとは思いますが、いい女系(?)ということで中原理恵フォロワーだったのでは、と予測しています。この79年の前半、CBSソニーのイチオシはスタ誕出身の菅沢恵子さん「哀しくて哀しくて」だったようですが、後半は鈴江さんに変更されたようですね。まあこの年、CBSソニーのイチオシは言うまでもなくジュディ・オングさんの「魅せられて」(笑)だったでしょう。この歌が首位を独走していた時(今ならありえない話ですが)、例の西友に来てサイン会を開いたんですよ。東京郊外の田舎だからもう大騒ぎ(笑)で、早速友達と見に行きました。綺麗な方でしたよー。

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ほぼ同感です 投稿者:KOSUKE  投稿日: 8月 5日(木)13時08分56秒

 あきら様

 こんにちは。まず最初に、皆様へ

 >だって水谷絵津子さんの「キラリ・涙」とか、三井比佐子さんの「月曜日はシックシック」とか、81年だったら200位にも入れそうもない曲がチャートインしてるんですもん。

 これはちょっと憶測で書いてしまって、失言でした。元ファンの方がいらっしゃいましたらお詫び申し上げます。大変失礼いたしました。

 あきら様、こちらこそ情報満載のレスに感謝しています。

 ① チャート

 相変わらず詳しいですねー。それにしても八木さんの「シークレット・ラブ」は160位でしたか、記憶とずい分差がありましたね(笑)。川島さんの「ミスター不思議」は130位くらいまでは行ったと記憶しておりますが、82年組でも相当いい出来でした。でもやっぱり事務所の力が弱かったんでしょうか?矢野良子さんと同じということは、松本ちえこさんや倉田まり子さんも所属していた「ニューバンブー事務所」ですね。でも倉田さんは新人賞総ナメでしたから、やっぱり関係ないのかな?甲斐智枝美さんの「マーマレード気分」は惜しいと思いましたよ。でも103位までいったから、日テレ音楽祭の金の鳩賞候補にもノミネートされたのでしょう。「スタア」ははっきり確認できないのですが(あ、でもあきらさんの方でわかるんですよね)200位には入ってました、確実に。

 高見さんの「シンデレラ」・五十嵐さんの「六年たったら」・古賀栄子さんの「夕立ち日記」
がいずれもチャートインしなかったことは、本当にアタマにきてました(と言いながら私も買って
ませんでした。当時の中学生のお小遣いで、シングル盤の600円は決して安くなかったですし。今は全部CDを入手しました)。この3曲は、京平先生の70年代後半マイナーアイドルの曲のベスト3に入ると勝手に思っておりますので。高見さんですが「セザンヌの絵」は残念ながら聴いたことがないんですよ。一応ご本人が出演されたTBSの「家路」というドラマの挿入歌ということになっていたのですが、ほとんど流れなかった(笑)んですね。まあ彼女の曲はどれも難しいと思います。当時「コンフィデンス」でも、歌謡評論家が「歌唱力は高田みづえには劣るが、榊原郁恵・石野真子をはるかに上回っている(聴けばわかることですが)」と絶賛していました。第二弾「シルエット」もやはり180位前後でしたが、「お嬢さんおてやわらかに」と「ミスター・レイン」は200位に入れませんでした。「シンデレラ」の公称売上枚数が23,000枚だったそうです。そのわりには息が長い(かった?)ですよねー。五十嵐さんは確かに知名度はあったと思います。「ぎんざNOW!」もレギュラー出演していましたし。それなのに第二弾「私が選んだあなたです」は200位入りできず、次の「第一印象」は190位前後。「ワル!(泣くのはおよし)」は不明です、話題にはなりましたが、ちょっとイメチェンが早すぎると思いましたね。いずれにしても彼女も一曲もチャートインを果たせませんでした。古賀さんは(まずご存知だと思いますが)まず誰も覚えている人間が周囲にいませんね。当然チャートインもできないし、銀座・新宿両音楽祭も出場できませんでした。いい歌だったのに・・・。あと石原佑さん、もちろん覚えています。字もそれで正解です。麻薬で逮捕されてしまい、フェードアウトしたのが残念でしたね。「薄荷煙草」のみチャートイン(60位)していますね。(続きはPARTⅡで)

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(無題) 投稿者:あきら  投稿日: 8月 5日(木)09時29分41秒

☆KOSUKE様

おはようございます。またまた内容充実のレスをありがとうございました。

>だって水谷絵津子さんの「キラリ・涙」とか、三井比佐子さんの「月曜日はシックシック」とか、81年だったら200位にも入れそうもない曲がチャートインしてるんですもん。

そうですねー。その割りに他の良い曲(自分の好みですけど)、たとえば川島恵さんの「ミスター不思議」をはじめ「ザ・サンシャイン・ボーイズ」、「処女飛行」はすべて100位以内ランクインなかったですし、大人っぽい雰囲気が良かった渡辺めぐみの「誘われて南南西」も100位以内に入れませんでしたし。高橋美枝の「ひとりぼっちは嫌い」においては最高120位、白石まるみの「オリオン座のむこう」は超強力作家陣のバックアップを得たにもかかわらず155位ですよ。八木美代子の「シークレットラブ」だって160位が最高。甲斐智枝美の全曲はいずれも100位圏外でした。(「マーマレード気分」103位という惜しいのもありましたけどね!)KOSUKE様の書き込みのとおり五十嵐夕紀の「6年たったら」が100位に入ってないというのもちょっと驚きですね。それとイメチェンした「ワル(泣くのはおよし!)」くらいはランクインしてたのかと思ってました。当時は両曲ともテレビの露出たくさんありましたし。でもその割には彼女、知名度は高いですよね。一般層にも名前は浸透してますしね。これはきっと当時ドレミファドンとかレッツゴーヤングとかレギュラーがありテレビの露出が高かったからなんでしょうね。
高見知佳の「シンデレラ」が180位とは・・・。当時はかなりテレビの露出もありましたし、しかもあのかわいい衣装もかなり話題になっていましたからもっと売れていたと思ってました。彼女も知名度はありながら歌での成果があまり出なかった歌手のひとりでもありますね。昨年、彼女のベストを購入しましたがもう弾けるような名曲揃い!しかもその名曲を歌いこなせる彼女の歌唱力が素晴らしいですよ。とくに「セザンヌの絵」なんてデビューして1年かそこらのアイドルが歌うには難しすぎるくらいの楽曲なんですが、彼女は歌いこなしてますから。しかも曲調によって声色も調整できる才能もありました。「お嬢さんおてやわらかに」は彼女の高音部を生かしきった楽曲。日テレ音楽祭ノミネートの時にはこの曲でエントリーしました(結果は落選でしたけど)。この時はブロンズ色の肌にスパンコール系の肩紐なしの超ミニを着ていて入場時のコメントは「今にもはじけそう、水着の後がまぶしい」とかだったと思います。70年代はアイドルの曲が一般に浸透してランクの上位に食い込むのが難しい時代でもありましたから仕方がないにしても80年代のアイドル黄金時代に「ひとりぼっちは嫌い」などのような良い曲が100位入り出来なかったというのも?ですね。タイミングとか運とか色々がかみ合わさってのことなのでしょうけど。
前にもカキコしましたが矢野良子の「リリカルなさよなら」。こちらもヒットしなかったことが納得し難い曲のひとつです。作詞、作曲ともに松宮恭子。恋人同士の別れの描写を軽いボサノバに乗せてます。リリカルという言葉を多用したサビがとっても印象的で覚えやすいのですが、ヒットしませんでした、というか200位にすら入りませんでしたね。1年くらいプロモしてましたけど。本人はこの曲でアイドル→歌手への突破口にしたかったみたいです。当時の雑誌によればアルバムの準備も進行中とかで、何曲かはレコーディングも終了しているとのことでしたが、これはオクラ入りなんですねー。あっ、そうそう。川島恵さんと矢野良子さんは当時同じ事務所で一時期一緒に住んでらしたとか。

鈴江真里さんに関しての僕の当時の印象は歌のうまい実力派といったところでした。
渡辺真知子さんはシンガーソングライターでしたし、鈴江さんとはちょっと違うかな?と。どちらかといえば中原理恵系のいい女&大人路線だったような。この時代には割りとこのカテゴリーの歌手がまだいましたね。アイドル全盛になる前だったので。
女ジュリーと呼ばれた石原祐さんは憶えてますか?(漢字があってるか定かでないです)「薄荷煙草」とか「リップスティック・ジャングル」とか歌ってました。「レッツゴーヤング」の公録で生歌を聴きましたが上手かったです。宮本典子さんの「エピローグ」とかも完全に大人路線でしょう。彼女、堀内孝雄&滝ともはるの「南回帰線」のヒットの後に「北回帰線」ってのを出したのにはちょっとウケましたけど。これは桜田淳子「追いかけてヨコハマ」&谷ちえこ「逃げて大阪」に継ぐものがありますね。

今日はこの辺にしておきますね!

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改名シリーズ 投稿者:たつし  投稿日: 8月 5日(木)09時04分14秒

 演歌歌手では吉幾三さんは山岡英二さんで、伍代夏子さんは、中川輝美さん
中村美律子さんは小松みつ子さん、小林幸子さんは、一時「岡真佑美」でした。
 美空ひばりさんは、正式にデビューする前は「美空和枝」で活動されていました。

 森本英世さんが「新田洋」の名前で『タイガーマスク』の主題歌を歌っていたことは
結構知られていますが、昭和44年の「東映まんがまつり」のなかで上映された作品
『空飛ぶゆうれい船』の主題歌『隼人のテーマ』を本名の「泉谷洋」で歌っていましたよ。

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改名&追加 投稿者:KOSUKE  投稿日: 8月 5日(木)07時48分12秒

 おはようございます。

 初心者様

 まあ改名後メジャーになったケースは、演歌で特に顕著に見られますね。例.松山まさる→一条英一→三谷謙→五木ひろし とか、春日はるみ→川中美幸 とか、 伊達春樹→山本譲二 とか。
でもその美空ひばりさんの件は全く存じませんでした。2代目ですか?「初代コロムビア・ローズ」みたいなもんですね(笑)。いやあ、まさにこの掲示板はトリビアの泉(というより池)です。

 とろりん村のとろり様

 朱里エイコさんの件で思い出したのですが、川口真氏の好きな曲で「ジェット最終便」が抜けておりました。追加させていただきます。

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たつし様 投稿者:初心者  投稿日: 8月 5日(木)07時27分32秒

有難う御座いました。時としてオリジナルよりカバーの方が有名な場合が有りますが、朱里エイコさんの印象は全く無いのです。それは、有名になったときは既に改名された後だったりすると更にそれが強いです。タイガーマスクのエンディングを歌った新田洋は森本英世さんだし子門真人さんも藤浩一さんだった。プリプリだって赤坂小町だし、美空ひばりさんだって「加藤ヒバリ」「美空ヒバリ」「美空ひばり」と改名されたとか?美空ひばりという名前は元々松竹の名跡で初代にあたる人が居たらしく我々の良く知る「美空ひばり」さんは2代目とか?以前、TV特集で放送してました。

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すみません 投稿者:KOSUKE  投稿日: 8月 5日(木)07時23分41秒

 スキャンドール様、大変申し訳ございません。お名前書き忘れました。もうボケが始まりつつあるようです。

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おはようございます 投稿者:KOSUKE  投稿日: 8月 5日(木)07時22分23秒

 とろりん村のとろり様

>私は、このシリーズのキング編を買いそびれてしまいました。
小出広美さんの未発表曲が原因で、販売中止となったみたいです。
インディーズメーカーのCDは、どこでも売っている訳では無いみたいで
何十件のショップを探して購入したのですが、発売より一年以上してから探しても
遅すぎたみたいです。
音故知新シリーズもコロムビア編を購入しそびれました。
(高見知佳さん、志村香さんの入っているCD)
こちらについては、後にベストCDが発売されたので後悔はありませんが…。

 おはようございます。でも1人の歌手の曲が未発表で販売中止なんて勝手というか、ユーザーをなめた行為ですね。だって小出広美さんの「最近のム・ス・メ」でしたっけ?あれが発売中止(=歌手廃業)は20年前のことですよ。だったらベストはその曲を外して製作するのが普通というか、常識でしょう?ちょっと腑に落ちない話です。
 まあなかなかこのテのアイドルものは見つからないもんですよね。私の場合、高見知佳さんの「シンデレラ」のみオムニバスで持っています。彼女のベストを購入するほどのファンではないし、だいたいオムニバスが今所有しているCDの1/3ですね。「お嬢さんおてやわらかに」・「ミスターレイン」・「ジャングル・ラブなんかも聴いてみたい気がするのですが、やはりCDに出せる費用は(私の場合ですが)限られますからね。でも中原理恵さんの「SHOW BOAT」はオムニバスでも出そうにないし、思い切ってベストを買ったんですよ。

 >渡辺真知子さんは、いわゆる「シンガー・ソングライター」ですが、鈴江真理さ
んの曲は大部分が「作曲:川口真、作詞:伊藤アキラ」です。

 さすが管理人、詳しいですね。作曲は川口真氏ですか、どうりでレベルが高いと思いました。
この方ってほとんど紹介されてませんよね。京平先生に次ぐ実績だと思いますが、不公平な気がいたします。私がこの方の作品でいい!と思うのは、(敬称略)弘田三枝子「人形の家」・由紀さおり「手紙」・尾崎紀世彦「さよならをもう一度」・夏木マリ「絹の靴下」・内田あかり「浮世絵の街」・新沼謙治「おもいで岬」・岩崎宏美「熱帯魚」・布施明「積木の部屋」といったところですね(「おもいで岬」だけCDがなく、テープで聴いています。まだ他にも名曲が数々あるはず(あっ、「ウルトラマンタロウ」を忘れていました(笑))ですが、とろりさんはどの曲を推されるでしょうか?また「全曲一致」なんてことになったらちょっとこわいですが(笑)。「海が見える場所」も京平先生じゃないだろうけど、並の作曲家ではないだろうと思っていました。彼の場合、何かと大袈裟なメロディーが好きなんですよ。とにかくもっと評価されるべし。

>川島恵の代表曲は、やはり「ミスター不思議」ですね。同感です。
今、頭の中で再生させていますが、とても気分がいいです^^。

 というか、「ミスター不思議」しか知らないんです(笑)。私も♪空をいく 飛行船 見ているような思いの・・・と頭の中で再生させています(笑)。キャッチフレーズが確か「僕は決めた、今年はこの人」だったと思いますが、なんとも「春(恋)の始まり」を予感させる、気持ちのいい名曲でしたね。しつこいけど、レコードよりも「レッツゴーヤング」ではつらつと歌っていたのが忘れられません。大野克夫氏(この方もすごいですね。もっと評価されるべし)作品ということは、東芝EMIも相当期待していたはずです。なぜチャートインしなかったのか?それにしてもなんとかして入手したいものですね。天馬ルミ子さんの「教えてください、神様」・三谷晃代「絶交」も左に同じです。 

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♪ 投稿者:とろりん村のとろり  投稿日: 8月 5日(木)04時41分14秒

☆スキャンドールさま

沢田富美子のライブ盤の件ですが、
長い間生きていると、信じられないことが起こるものですね...。

彼女のコンサートは一度だけしか行われていないはずですし、それを収録したカセット
テープ(何と、レコードではない!)も、ファンクラブ会員しか買うことができなかっ
たのですから、中古レコード市場には、まず流通していないでしょう。
彼女が「沢田冨美子」だった頃に出した「ノルマリーナ・ミーシャ」も、コンサートで
歌っていたんですね〜!!

当時、ファンクラブ会員だったひとは、きっと複雑な心境でしょうが。

教えていただきまして、ほんとうにありがとうございますm(__)m。

☆HAKKOさま

こちらこそ、はじめましてm(__)m。

渡辺真知子の「真知子節」は、亜流を許さないというか、彼女以外のだれにも真似できな
いものだと思っています。

ぼくは、「ブルー」がいちばん好きですが、サビに向かうまでの「すごいサビがきそう
だ」という期待感と、「真知子節」が炸裂するサビでの胸を抉るような哀感は何度聴いて
も、やはり、すごい。「ブルー」をカラオケで歌うと、たいてい、自己陶酔の境地に陥り
ます。(←自分でもバカだとは思います^^。)

それと、渡辺真知子さんは、いわゆる「シンガー・ソングライター」ですが、鈴江真理さ
んの曲は大部分が「作曲:川口真、作詞:伊藤アキラ」です。

☆クジラ2号さま

「南南西」(島崎和歌子)の件、お教えいただきまして、ありがとうございますm(__)m。
さっそく、入札しようと思います。

☆KOSUKEさま

川島恵の代表曲は、やはり「ミスター不思議」ですね。同感です。
今、頭の中で再生させていますが、とても気分がいいです^^。 

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こんばんは… 投稿者:スキャンドール    投稿日: 8月 4日(水)23時35分47秒

KOSUKE様
>どうもありがとうございます。スキャンドールさんがこの掲示板に参加される前に、前者のCDについてはさんざん書いたんですよ。

私は、このシリーズのキング編を買いそびれてしまいました。
小出広美さんの未発表曲が原因で、販売中止となったみたいです。
インディーズメーカーのCDは、どこでも売っている訳では無いみたいで
何十件のショップを探して購入したのですが、発売より一年以上してから探しても
遅すぎたみたいです。
音故知新シリーズもコロムビア編を購入しそびれました。
(高見知佳さん、志村香さんの入っているCD)
こちらについては、後にベストCDが発売されたので後悔はありませんが…。

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南南西 投稿者:クジラ2号  投稿日: 8月 4日(水)19時49分39秒

☆とろりん村のとろりさん

島崎さんの「南南西」シングル(Promo only)下記のオークションの
アイドルポップスのコーナーに出品されてますよ。(8月6日締切り)
http://www.vintagerecord.com/flame%20auc.htm

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またまたすごいですね 投稿者:KOSUKE  投稿日: 8月 4日(水)11時22分36秒

 あきら様
 
 こんにちは。どうしても字数オーバーになりがちなので、要点のみかいつまんで。

 ① チャート

 「風のシルエット」は200位にも入らなかったのですか?まあ沢田富美子さんは一般には浸透していませんでしたね。TVで見る機会があったのも本当に「ポップアップ」(?)のCFぐらい(「押せば出る、押さなきゃ出ない」って台詞でしたよね、確か。おっしゃる通りで、81年組は82年だったらチャートインが続出していた可能性大です。だって水谷絵津子さんの「キラリ・涙」とか、三井比佐子さんの「月曜日はシックシック」とか、81年だったら200位にも入れそうもない曲がチャートインしてるんですもん。82年はメディアの盛り上げ方もすごかったし、81年より低年齢化してきましたね(この年、私より年下のアイドルが急速に、というか大部分になりました)他にも信じられないと思ったのが、高見知佳さんの「シンデレラ」が180位前後、五十嵐夕紀さんの「六年たったら」が120位。この京平先生の名曲がこの結果だというのは、とても納得がいきませんでした。
 それにチャートインしてからじわじわ上がるのが逆だったのに対し、今は1週目だけ上位につけ、翌週以降は急降下というパターンが多いですね。先日2位→30位くらいにダウンした曲がありました。この傾向はおニャン子に始まったと私は分析しています。ほんとうに10万枚をクリアしてる曲さえ最近は少ないですね。その反対に森山直太郎さんの「さくら」のように下から上がってきた局は息が長く、すでに70週を突破したそうです。

 ② 歌謡選抜

 やはり聴いてらっしゃいましたね。この当時小学生でいらしたということは、私より少しお若いのかな?私が小6の時にこの番組が始まって(それまでは同じQRの「全国歌謡ベストテン」を土曜の午後に聴いて、やはりチャートをメモってました)、会社に入って3年目まで聴いていましたね。よく「自宅の○○さんからお電話でーす」と丹羽アナが小川哲哉アナにつないでいましたが、
「白々しい。どうせ事務所からかけてるのに決まってんのに(笑)」と思ってましたね。あとベスト10の曲をかける時のオペレーターの謎の拍手。でも実際電リクに参加されたとはすごいですね。
ちなみに「マンモナ」って「マンデー・モナリザ・クラブ」ですよね?最初なんのことかわかりませんでした(笑)。
 
 ③ 朱里エイコさん

 まあこれから彼女に関しては追悼盤のようなものが出るでしょう。評価は高かったから。私はボサノバも結構聴きますし、「マシュ・ケナダ」は知っていますが、どんな出来栄えなのか?それにしてもトップページのジャケット、いくら時代とは言ってもメイク濃すぎ・・・。

 ④ 鈴江真里さん

 そんなに出していたとは知りませんでした。結構知らない曲があるんでしょうね。まあ「海が見える場所」に関して、作家陣がわかりましたらご教示頂ければ幸いです。

 ⑤ 矢野良子さん

 「ちょっと好奇心」のCDがあるので聴いてみましたが、間奏の台詞がいいですね。♪音をたてずに電話をきってみて・・・ですって。薬師丸ひろ子さんの「あなたを・もっと・知りたくて」の電話の台詞は、この曲からパクった可能性もありそうですね(笑)。

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追加 投稿者:あきら  投稿日: 8月 4日(水)09時16分30秒

下のカキコで誤りがあります。鈴江真里さんのアルバム出ていたようです。気になったので調べてみたらネットで引っかかりました。「降りだす雨にぬれて〜ファースト」番号はCBS/SONY / 25AH-883です。
 

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KOSUKE様 VOL.2 投稿者:あきら  投稿日: 8月 4日(水)09時01分21秒

>沢田富美子・彼女をTVで見たのはホント新人賞関連くらいで、あとはもっぱらラジオだけでしたね。でも82年の新人が軒並みチャートインできたのは、私は81年の時点では100位に洋楽・演歌・ニューミュージックの占める率が高かったけど、82年にその3つが低くなったような気がするんですね。

そのとおりですね。彼女に関しては運の巡り合わせが悪かったとしかいいようがありません。でも「風のシルエット」のような曲が200位にすら入れなかったなんて未だに信じられません。当時オリコンの101位〜200位のところを毎週穴があくほどチェックしてましたけど(笑)、「風のシルエット」が一向にランクインしてこないことに呆然としました。これが82年度であれば簡単に入ったでしょうに・・・。ただ82年にデビューしていたとしても同期のローティーン(15,16歳)の中にいたら19歳になってしまっていた彼女はおそらく浮いてしまっただろうし・・・。やはり運が無かったとしか・・・。「ぽこ・あ・ぽこ」というアイドル雑誌がかつてありまして彼女のインタビュー記事をはじめ矢野良子の私的日記公開とかすごい企画もかなりあったはずなので自宅に戻った時にでも引っ張り出して調べてみようと思います。

>毎週土曜でした。私もチャートのメモ取りは、日曜午後のQR「決定!全日本歌謡選抜」(も当然聴いてらっしゃいました?)ではやってました。

懐かしいですねー。僕も電話でのリクエストに参加してました。だけど末尾制限とかあっったし、当時は小学生、しかも黒電話だったのでダイヤルを回すのが大変でした。なかなかテエがらないし親から良く怒られました。何度かラジオで名前を読んでもらったことがあります。その時はたしかピンクレディーの「マンモナ」かなんかをリクエストした時だと記憶してます。

>当初の頃はデビュー曲が1週目でチャートインするのは稀でしたね。まあクリスタルキングの「大都会」が初登場28位だったのは例外でしたが、それだけに翌年の春に岩崎良美さんの「赤と黒」が確か初登場58位だったので驚いた記憶があります。

そうですねー。当時はまだ今ほどメディアが発達してなかったので曲に対する人気は徐々に広がっていくってのが普通でしたね。その分当たると息も長かったですよね。今はその逆で初登場の順位は高いけれど、その後は急降下ってのが多いですしね。ゴマキの新曲の急降下ぶりには唖然としました。この状態だと一見売れているようなんですけど実際の売り上げとしては80年代のB級アイドル並みになりますね。

>「シークレットラブ」はおっしゃる通りで、初夏を思わせる綺麗なメロディーでした。やっぱりサビの♪誰にも知られたくないと・・が一番の聴き所ですよ。

「シークレットラブ」の初CD化は当初予定になかったそうですが、テイチクのホームページでの要望がものすごく強かったとのことで今回の実現に結びついたそうです。
八木さんは当時、あまり目立ちませんでしたけど今になって再評価というか、やはりあの声の綺麗さは特筆ものですよー。2ndの「夢少女」もいいですよ。「シークレット・・・」のようなポップ感はなくかなり落ち着いた作品ですが。シュガーの「ウェディング・ベル」で有名な古田喜昭さんの作品です。秋らしいというか、暮れなずむ晩秋の淋しさみたいな雰囲気がずっしり伝わってくる曲に仕上がってます。ジャケットの彼女の聖子カットもこれでもか!というくらいにキマってますし。(笑)

今日はこの辺にしておきます。

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KOSUKE様 VOL.1  投稿者:あきら  投稿日: 8月 4日(水)08時59分13秒

☆KOSUKE様

おはようございます。お返事が遅れてしまいました。
あきらⅠ、Ⅱに加えて追加分まで!何だかシリーズものみたいですね!ありがとうございます。

>「マシュ・ケナダ」なんてブラジルのボサノバでしょう?まだ全然日本に普及していない時代に、それを取り上げたプロデューサーもすごいし、歌いこなした朱里さんもエライ。60年代後半のキング時代の作品は未聴なので、機会があったら聴いてみたいですね。

本当に機会があったらぜひ聴いてみて下さい。もう歌謡曲とかその辺りの域は超越してしまってます。今、どこかでかかっていたとしても何ら違和感はないというか、日本人が歌っているとは誰も思わないでしょう。前に挙げた曲の他に「クレイジー・ラヴ」という曲も60年代末期の作品でこちらはいわゆるひとりGSなのですが、勢いの止まらない車輪のような疾走感がすばらしいです。

>鈴江さんは2nd「降り出す雨にぬれて」(未聴)でフェードアウトしたようですね。

僕も2nd以降は詳しくないのですが、記憶によるとあと数枚は出していたはずです。その内の1曲は「イルミネーション」という曲です。彼女のシングルは全部で5枚くらいはあると思います。なので2年くらいは活動されていたのではないでしょうか?「海が見える場所」は自作ではないと記憶してます。当時の歌本で調べる機会がありましたら作家陣を報告しますね。アルバムの発売は残念ながらないようです。

>ヘレン笹野・秋の音楽祭は完全に漏れましたね。東芝EMIがこの年「函館本線」の山川豊さんを大プッシュしたので、ヘレンさんまでプッシュが行かなかったでしょう。でもデビュー曲から3曲連続で東芝のCFソングでしたから、全く力を入れていなかったわけじゃないと思いますよ。

そうですね。彼女を売ろうとする意気込みは感じられましたね。最後の最後には「うる星やつら」関連で100位以内のチャートインもできましたし・・・。この頃もテレビ東京の「おはスタ」などに出演して歌披露をしてましたし。アイドルってヘレンや三田寛子、佐野量子などのようにそれほど売れてなくてもスタッフからの手厚いバックアップがある場合とそうでない場合にくっきり分かれますよねー。

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初心者さん 投稿者:たつし  投稿日: 8月 4日(水)08時54分29秒

 確かに鶴間エリさんも『アニマル1』をレコーディングなさっています。
ただ、それはコロムビアからのカバーバージョンなのです。
版権の都合でしょうね
 オリジナルは、朱里さんです。アニメのオープニングの主題歌集に
収録されていました。

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どちらにしようか迷いますね 投稿者:KOSUKE  投稿日: 8月 4日(水)06時03分25秒

 スキャンドール様

 おはようございます。ご無沙汰といっても2・3日ぶりでは?

>女性では「ミスター不思議」(欲しい!!)の川島恵さん・・・あとが思い出せません。

P-VINEレーベルの“おしえてアイドル 東芝EMI編 秘密じゃないけど秘密
(PCD-1365)”の1曲目に収録されていますが、入手が難しいかもしれません。
ちなみに、“ザ・サンシャイン・ボーイズ”は、東芝EMIから
“BOMB presents 永遠の’80蔵出しアイドル大集合
(TOCT-10892〜3)”のCD2の14曲目に収録されています。

 どうもありがとうございます。スキャンドールさんがこの掲示板に参加される前に、前者のCDについてはさんざん書いたんですよ。で池袋のヴァージンメガストアに予約を入れていたのですが、どうも東芝EMI側ですでにCDの製造・販売を中止したと(2〜3ヶ月経ってから)連絡が入りました。私はやはり「ミスター不思議」を聴きたいので、別の機会を待ちたいと思います。

>「旅の手帖」(石毛礼子)…。
>こちらも同じく、おしえてアイドル ポリドール・リクエスト編(PCD-1395)の
4曲目に収録されています。
8月25日にテイチクからアイドルオムニバスCDが発売されるのですが、
その中に八木美代子さんの曲が収録されるみたいです。

 まあ経済状況から両方はムリなので、「旅の手帖」が収録されている
前者を頑張って探します。もっともテイチクの方が風吹ジュンさんの
「愛がはじまる時」か「涙に微笑を」でも収録されている場合は、
後者優先(笑)です。いずれにしてもご教示感謝します。

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こんばんは… 投稿者:スキャンドール    投稿日: 8月 4日(水)02時55分48秒

KOSUKE様

ご無沙汰しております。

>女性では「ミスター不思議」(欲しい!!)の川島恵さん・・・あとが思い出せません。

P-VINEレーベルの“おしえてアイドル 東芝EMI編 秘密じゃないけど秘密
(PCD-1365)”の1曲目に収録されていますが、入手が難しいかもしれません。
ちなみに、“ザ・サンシャイン・ボーイズ”は、東芝EMIから
“BOMB presents 永遠の’80蔵出しアイドル大集合
(TOCT-10892〜3)”のCD2の14曲目に収録されています。

>「旅の手帖」(石毛礼子)…。

こちらも同じく、おしえてアイドル ポリドール・リクエスト編(PCD-1395)の
4曲目に収録されています。

8月25日にテイチクからアイドルオムニバスCDが発売されるのですが、
その中に八木美代子さんの曲が収録されるみたいです。

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ちょっぴり ご無沙汰… 投稿者:スキャンドール    投稿日: 8月 4日(水)02時34分55秒

とろりん村のとろり様
>「ちょっと春風」のライブバージョン...!!ということは、「幻のライブカセットテープ」の少なくとも一部がCD化されているのですか?

ずばり、入っています!
“ちょっと春風(ライブ・ヴァージョン)”は、新星堂と渡辺プロの共同企画のCDで、
“フラワー・ポップス Vol.2”(1,800円!)の6曲目に収録されています。
少し歌詞がレコードと違うところも聴き所だと思います。
(それにしても親衛隊の掛け声がすごかったです。)
ちなみに3曲目には、和泉友子さんの“青い水平線”も収録されています。
そして、同レーベルより発売の“幻のビューティー・アイドル”(1,800円!)には、
“風のシルエット(ライブ・ヴァージョン)”が収録されています。
ちなみに12曲目には、和泉友子さんの街角ロンリネスも収録されています。
またまた、ちなみに“幻のビューティー・アイドル Vol.3”(1,575円!)の
2曲目に幻のプレデビュー曲“ノルマリーナ・ミーシャ(ライブ・ヴァージョン)”が
収録されています。

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鈴江真里さん 投稿者:KOSUKE  投稿日: 8月 4日(水)01時27分4秒

HAKKO様

はじめまして。こちらこそ宜しくお願いいたします。

>実は私、渡辺真知子さんのファンなのですが、この「鈴江真理」
(万理?万里?だったような記憶もあるのですが)さんは
渡辺真知子さんの妹分として、というかはっきり言って
「二匹目のドジョウ」狙いで売り出されたという印象でした。
「海」をテーマにした作品、歌唱力のある本格派の歌い手という
明らかに「渡辺真知子が成功させた路線」を意識した
売り出し方をしていました。
確か、レコード会社はソニー(当時CBSソニー)、
所属事務所はもしかしたら真知子さんと同じ
エイプリルミュージック(現SMA)だったでしょうか?

 なるほど、それは気がつきませんでした。でも「海が見える場所」はたぶん自作じゃないでしょう?もし自作ならとんでもない才能だと思います。レコード会社はCBSソニー、プロダクションはわかりませんね。相当ラジオでスポットを流したのに売れ行きは芳しくなかったものの、銀座・新宿両音楽祭には出場しました。名前の表記は、「鈴江真里」さんだったような記憶があるものの、正確ではないので悪しからず。でもほとんど誰も覚えていない、それ以前に知らないでしょうね。

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はじめまして 投稿者:HAKKO  投稿日: 8月 4日(水)00時15分14秒

はじめまして。HAKKOと申します。

時折、拝見してはいたのですが「鈴江真理」さんに関する
書き込みを見てビックリしました。

殆どご存知の方は居ないだろうなあと思っていましたが、
さすがにその道(?)の専門家の皆さんの情報・知識には
改めて敬服致しました。

実は私、渡辺真知子さんのファンなのですが、この「鈴江真理」
(万理?万里?だったような記憶もあるのですが)さんは
渡辺真知子さんの妹分として、というかはっきり言って
「二匹目のドジョウ」狙いで売り出されたという印象でした。
「海」をテーマにした作品、歌唱力のある本格派の歌い手という
明らかに「渡辺真知子が成功させた路線」を意識した
売り出し方をしていました。
確か、レコード会社はソニー(当時CBSソニー)、
所属事務所はもしかしたら真知子さんと同じ
エイプリルミュージック(現SMA)だったでしょうか?

真知子ファンとしては、当時鈴江さんがデビューした時
イメージを真似されているようで複雑な気分だったのを
よく憶えています(笑)。

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たつし様 投稿者:初心者  投稿日: 8月 3日(火)21時21分40秒

実は、デビューは本名の田辺エイ子でビクターからレコードを出していたのです。
アニメ『アニマル1』の主題歌も彼女です。

アニメ『アニマル1』は確か俳優岡本冨士太さんの奥様「鶴間えり」さんでは・・・?

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追加 投稿者:KOSUKE  投稿日: 8月 3日(火)12時33分10秒

 あきら様

>昨日お返事で抜けていた点がありましたので、補足させていただきます。

その番組、毎週土曜日の午後でしたよね?すごく楽しみに聞いてました。100位から必死でメモしたりしてました。確か「ヒゲのテーマ」か何かに合わせて女性アナウンサーが順位を100位から読み上げるのですよね?

 毎週土曜でした。私もチャートのメモ取りは、日曜午後のQR「決定!全日本歌謡選抜」(も当然聴いてらっしゃいました?)ではやってました。(親にこの件ではよく説教されたけど・・・)
このオリコンのチャート紹介も、女性アナだけでやるのではなく、100位〜91位を高島ヒゲ武アナ
(だからBGMが「ヒゲのテーマ」だったと思いますよ)、90位〜81位を女性アナというふうに交互にやってました。初登場曲は爆音(?)が鳴るし、なかなかスピード感にあふれてましたね。でベスト10を最後にフルコーラスでかけるという、作りとしては前述の「歌謡選抜」に似てました。当初の頃はデビュー曲が1週目でチャートインするのは稀でしたね。まあクリスタルキングの「大都会」が初登場28位だったのは例外でしたが、それだけに翌年の春に岩崎良美さんの「赤と黒」が確か初登場58位だったので驚いた記憶があります。

>その西友に売っていた業界向けのオリコンというのは羨ましいですねー。

 78暮れ年に西友(ひばりが丘)がオープンし、しばらくの間だけでした。オリコンウィークリーが本格的になってから、その業界向け(正確には「コンフィデンス」)は店頭から姿を消しました。

>八木美代子さんの「シークレット・ラブ」の作家陣は作詞中山大三郎、作曲鈴木邦彦、編曲若草恵です。

 どうもありがとうございました。鈴木邦彦氏ですか・・・この人も過小評価されているとしか思いません。朱里エイコさんの「北国行きで」も彼の作品(これは「サビの前のアーが難しい」と、以前審査員をしていたフジのものまね番組で方っておられました)ですし、オムニバスでいいから特集でも組んでほしいですね。「シークレットラブ」はおっしゃる通りで、初夏を思わせる綺麗なメロディーでした。やっぱりサビの♪誰にも知られたくないと・・が一番の聴き所ですよ。

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朱里エイコさん 投稿者:たつし  投稿日: 8月 3日(火)09時02分9秒

 実は、デビューは本名の田辺エイ子でビクターからレコードを出していたのです。
アニメ『アニマル1』の主題歌も彼女です。
 ご冥福をお祈りいたします。

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あきら様へⅡ 投稿者:KOSUKE  投稿日: 8月 3日(火)01時35分3秒

すがなんだか納得がいかなかったですね。その後は沢田富美子は新宿音楽祭のみの賞レースになってしまったし・・・。日テレ音楽祭の下馬評(当時の週間TV番組の記事)ではマッチ、沖田、ひかるに続いてスタ誕出身の矢野良子が当確!って載ってたのですが実際は落選でしたしね。横浜音楽祭で日の目を見れたのでまだ良かったですけど。

 ええ、クレームをオリコンにつけても意味がないので、単なる憤慨レターです。ちなみに和泉友子さん「青い水平線」も200位入りできなかったのにノミネートされたので(おそらくこの辺りを
「ナベプロが和泉さんを新人賞レースで推した」と表現されたのですね)同様に入っていました。

>ヘレン笹野はそれがおそらく最初で最後の賞レースでは?他に出ていたという記憶はないです。

秋の音楽祭は完全に漏れましたね。東芝EMIがこの年「函館本線」の山川豊さんを大プッシュしたので、ヘレンさんまでプッシュが行かなかったでしょう。でもデビュー曲から3曲連続で東芝のCFソングでしたから、全く力を入れていなかったわけじゃないと思いますよ。

>楽曲としては「風のシルエット」の方がまとまりがいいですね。彼女の武器である伸びのあるハイト-ンボイスもサビ前のところ(♪ときめく鼓動で歌うのメロディ〜)で生かされてますし。間奏のクラシック曲をフューチャーしたところも好きですし。

 全く同じ感想です。彼女をTVで見たのはホント新人賞関連くらいで、あとはもっぱらラジオだけでしたね。可愛くても当たることが全く保証されないのが歌謡界。でも82年の新人が軒並みチャートインできたのは、私は81年の時点では100位に洋楽・演歌・ニューミュージックの占める率が高かったけど、82年にその3つが低くなったような気がするんですね。

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あきら様へⅠ 投稿者:KOSUKE  投稿日: 8月 3日(火)01時32分35秒

 あきら様

>朱里エイコさんのニュースを今日の朝知り、大変驚きました。僕もかなりショックです。
数少ない日本が誇れるエンターテイナーの1人をまた失ってしまったという感じがします。僕もその紅白の再放送見ましたが歌も踊りもすばらしかったのを憶えてます。
アメリカ仕込みの垢抜けたセンスとパンチのある歌唱法が大好きでした。本当に残念です。朱里さんは「北国行きで」以降はもちろんですけど、それ以前60年代後半にもいくつかすばらしい楽曲を残してくれています。ひとりGSっぽい「悪魔のとりこ」、スマイリー小原さんの声がフューチャーされた怪しげな「まぼろしの声」それから「マシュ・ケナダ」など。特に「マシュ・ケナダ」の歌唱は秀逸です。当時日本人であれだけのセンスを持った歌手は朱里さんを除いていなかったのでは?と思わせる出来映えです。

 当時(67年くらいですか)、「マシュ・ケナダ」なんてブラジルのボサノバでしょう?まだ全然日本に普及していない時代に、それを取り上げたプロデューサーもすごいし、歌いこなした朱里さんもエライ。60年代後半のキング時代の作品は未聴なので、機会があったら聴いてみたいですね。

>(鈴江真理さん)
こちらこそ嬉しいです。当時の資料やらはすべて自宅に置いてあるので今、手元には無いのですが当時の明星や平凡の歌本を見れば「海が見える場所」や他の作品の作家陣、また本誌の方で彼女の詳しいプロフィールや記事などは見つけることができると思います。

 すごい。頼もしいですね。でもそれだけの規模なら、資料の整理だけでも大変でしょう?
どんどんこちらの掲示板にご紹介願います(私は昔の平凡・明星・オリコンウィークリーは
完全に捨ててしまいました)。鈴江さんは2nd「降り出す雨にぬれて」(未聴)でフェードアウトしたようですね。

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(無題) 投稿者:あきら  投稿日: 8月 2日(月)22時14分31秒

☆KOSUKE様

朱里エイコさんのニュースを今日の朝知り、大変驚きました。僕もかなりショックです。
数少ない日本が誇れるエンターテイナーの1人をまた失ってしまったという感じがします。僕もその紅白の再放送見ましたが歌も踊りもすばらしかったのを憶えてます。
アメリカ仕込みの垢抜けたセンスとパンチのある歌唱法が大好きでした。本当に残念です。朱里さんは「北国行きで」以降はもちろんですけど、それ以前60年代後半にもいくつかすばらしい楽曲を残してくれています。ひとりGSっぽい「悪魔のとりこ」、スマイリー小原さんの声がフューチャーされた怪しげな「まぼろしの声」それから「マシュ・ケナダ」など。特に「マシュ・ケナダ」の歌唱は秀逸です。当時日本人であれだけのセンスを持った歌手は朱里さんを除いていなかったのでは?と思わせる出来映えです。

>鈴江真理・間違いなくご存知だろうと思ってました。(当然私の周囲に彼女の存在を記憶している人間がいるはずもなく、もう彼女のことを語り合う機会なんてありえないと思っていましたので、嬉しい限りです)

こちらこそ嬉しいです。当時の資料やらはすべて自宅に置いてあるので今、手元には無いのですが当時の明星や平凡の歌本を見れば「海が見える場所」や他の作品の作家陣、また本誌の方で彼女の詳しいプロフィールや記事などは見つけることができると思います。

>ニッポン放送で土曜の午後にオリコンの順位を発表するようになったのも同時期からでした。ただおっしゃるように100位までだったんですね。私がなぜ知っているかといいますと、業界向けの分厚いオリコンがなぜか西友で売られておりまして、そこに200位まで載っていたんです。

その番組、毎週土曜日の午後でしたよね?すごく楽しみに聞いてました。100位から必死でメモしたりしてました。確か「ヒゲのテーマ」か何かに合わせて女性アナウンサーが順位を100位から読み上げるのですよね?
その西友に売っていた業界向けのオリコンというのは羨ましいですねー。

八木美代子さんの「シークレット・ラブ」の作家陣は作詞中山大三郎、作曲鈴木邦彦、編曲若草恵です。

>あの、失礼ですが当時のオリコンウィークリーをまだ保管されているとか?それとも記憶されているのでしょうか?私も自分でもよくこんなこと覚えているなあと思っているのですが、正確に順位を覚えてらっしゃるのは驚きです。

ここに書いていることは記憶からが殆どです。上にも書きましたが今、手元に過去の資料が何もないので記憶に頼るしか・・・。だから間違っていることも多々あると思いますがお手柔らかにお願いします。(笑)オリコンは創刊号から86年あたりくらいまで全号保存してあります。それ以降はなんとなく歌謡曲から離れてしまいオリコン自体を買わなくなってしまいました。

>歌謡大賞上半期新人祭りに、200位に入っていなかった横須賀昌美さん「恋のマグニチュード」と林紀恵さん「素敵なラブモーション」が10人にノミネートされ、八木さん・矢野さん・沢田さん・ヘレンさんが全員落選だったので、オリコンウィークリーにクレームが来たのを覚えています。

クレームが来たとは!知りませんでした。僕もあの番組を見てましたが憤慨した視聴者のひとりでもありました。オリコンの順位だけが審査基準ではないのは分かっていたのですがなんだか納得がいかなかったですね。その後は沢田富美子は新宿音楽祭のみの賞レースになってしまったし・・・。日テレ音楽祭の下馬評(当時の週間TV番組の記事)ではマッチ、沖田、ひかるに続いてスタ誕出身の矢野良子が当確!って載ってたのですが実際は落選でしたしね。横浜音楽祭で日の目を見れたのでまだ良かったですけど。
ヘレン笹野はそれがおそらく最初で最後の賞レースでは?他に出ていたという記憶はないです。

>でも沢田さんに関しては、私としては「ちょっと春風」より「風のシルエット」の方がベターだと思ってるんですよ。

楽曲としては「風のシルエット」の方がまとまりがいいですね。彼女の武器である伸びのあるハイト-ンボイスもサビ前のところ(♪ときめく鼓動で歌うのメロディ〜)で生かされてますし。間奏のクラシック曲をフューチャーしたところも好きですし。これを生で歌う彼女は本当に可愛かったですよー。2度ほど公録で見ましたがこれでなぜ売れないのか本当に不思議になるほどの可愛さでした。

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ご冥福をお祈り致します 投稿者:George  投稿日: 8月 2日(月)21時59分14秒

朱里エイコさん、突然の訃報。
ご冥福をお祈り致します。
まだお若いのに。

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惜しいですね 投稿者:KOSUKE  投稿日: 8月 2日(月)21時25分54秒

 クジラ2号様

 こんばんは。朱里エイコさんの訃報は大ショックですね。「北国行きで」ももちろん素晴らしく、6位まで上昇しました。しかし私は10年ほど前に見たNHK-BS「想い出の紅白」73年で彼女が歌った「ジェット最終便」にはまってしまったんですね。番組は年末でしたが、年明けの1ヶ月くらい毎日聴いていました。なにしろ歌唱力は言うまでもないのですが、それ以上に素晴らしいのが踊りのセンス。流石お母様が宝塚でダンスを指導される程の存在だけあって、これはDNA、先天的な才能だったんでしょうね。すべてが細かいんですよ。普通の歌手みたいに、「決められた振りをやっている」という印象がなく、自然だけど凝った振りでしたね。まあラスベガス仕込みということもありますし。直後にベストCDを買いましたが、やっぱりこの方はビジュアルも含めて鑑賞しないと意味がない。脚線美に保険を掛けた唯一の歌手ですしね。トップページの写真はキングになってますから「北国行きで」以前でしょうが、いつ頃なんですかね?顔が全然違いますが。まあずっとどうしてるか気になっていただけに、数年前から変わり果てたとは言え、何度か拝聴できたのはよかったです。心よりご冥福をお祈りしています。

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北国行きで 投稿者:クジラ2号  投稿日: 8月 2日(月)21時14分38秒

2004年8月25日発売予定のクラウンからの”ゴールデン☆ベスト”は、
青山ミチさんと泉アキさんですね。
 http://www.goldenbest.net/

朱里エイコさんが、7月31日自宅で死去されました。合掌。

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すごすぎ・・・ 投稿者:KOSUKE  投稿日: 8月 2日(月)11時28分7秒

 あきら様
 
>鈴江真理さん、憶えてますよ。アイドルというよりは実力派の部類でしょう。79年度の日テレ音楽祭のノミネートに出演されてました。宝塚関連、たしかお姉さんが宝塚所属で姉妹で頑張るみたいな福留さんのコメントと共に入場だったような気がします。当時録音したテープが今手元にありませんので定かではありませんが。歌はかなり上手いですよね。どこかの公録で生歌聞いてます。「海が見える場所」の後も数枚出してます。79年頃のオリコンは持っているのですが紙1枚の裏と表にランキングと記事が掲載されているだけのもので(今は冊子ですが)ランキング自体も100位まで。なのでこの曲が200以内に入ったかどうかは確認できませんでした。TVガイドと似た雑誌で当時TVライフというのがあったのですがそちらには200位くらいまでの順位(おそらくオリコンではなくミュージック・リサーチのだと思います)が載っていました。今となっては詳しい順位は調べようがないですねー。

 おはようございます。間違いなくご存知だろうと思ってました。(当然私の周囲に彼女の存在を記憶している人間がいるはずもなく、もう彼女のことを語り合う機会なんてありえないと思っていましたので、嬉しい限りです)宝塚歌謡学校出身ということは知っていましたが、お姉さんも?「シークレットラブ」もそうなんですが、チャートインしていないために誰の作品かが確認できないんですよね。ワンコーラス全部覚えてますが、まさに海が目に浮かんでくるようなスケールの大きさがありました。オリコン・ウィークリーの創刊はまさにこの頃の79年7月で(ちょうど25年前)で、ニッポン放送で土曜の午後にオリコンの順位を発表するようになったのも同時期からでした。ただおっしゃるように100位までだったんですね。私がなぜ知っているかといいますと、業界向けの分厚いオリコンがなぜか西友で売られておりまして、そこに200位まで載っていたんです。
いずれにしてもこの曲、CD化を要望しています。

>そうですね。矢野良子さんの「ちょっと好奇心」とタイトルが似ていたので当時のオリコンでは「ちょっと戦争」というタイトルで記事も載ってました。チャートアクションは良子さんのが一番息が長かったと思います。(最高111位で2ヶ月前後チャートインしてました)「ちょっと春風」は最高114位でした。矢野良子さんのデビューは遅かったですね。当時21歳で呉服問屋のOLからの転職でしたから。でも81年組としてはかなり健闘した方でしょう。2曲目の「はらはらサマータイム」も僅か3週ですがランクインしてますし。(最高180位)横浜音楽祭では健闘して優秀新人7人の中に入りました。

 あの、失礼ですが当時のオリコンウィークリーをまだ保管されているとか?それとも記憶されているのでしょうか?私も自分でもよくこんなこと覚えているなあと思っているのですが、正確に順位を覚えてらっしゃるのは驚きです。「ちょっと戦争」ね・・・「ちょっと好奇心」は春らしくてポップな歌だけに惜しまれますね。2ヶ月も準チャートイン(造語)していたなら惜しいです。スタ誕で「オリビアを聴きながら」を歌って合格したんですが、当時20歳にしては若く見えたからスカウトが上がったんでしょうね。まあ横浜音楽祭の7人に入っただけでもよかったです。当時歌謡大賞上半期新人祭りに、200位に入っていなかった横須賀昌美さん「恋のマグニチュード」と林紀恵さん「素敵なラブモーション」が10人にノミネートされ、八木さん・矢野さん・沢田さん・ヘレンさんが全員落選だったので、オリコンウィークリーにクレームが来たのを覚えています。ホリプロの力なのか、テレ朝の音楽祭は林紀恵さんがまた入ってましたし。でも沢田さんに関しては、私としては「ちょっと春風」より「風のシルエット」の方がベターだと思ってるんですよ。

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(無題) 投稿者:あきら  投稿日: 8月 2日(月)08時42分52秒

☆KOSUKE様

こんにちは。いいえこちらこそ知らないことがまだいっぱいありまして皆様のカキコで教えてもらっているくらいなんですよ。これからもよろしくお願いします。

>鈴江真里さんの「海が見える場所」(79年・CBSソニー)はご存知ですか?出だしが♪ああ この海に 私の夏がある・・・スケールの大きい名曲でしたが、なんと200位にも入らず信じられませんでした。

鈴江真理さん、憶えてますよ。アイドルというよりは実力派の部類でしょう。79年度の日テレ音楽祭のノミネートに出演されてました。宝塚関連、たしかお姉さんが宝塚所属で姉妹で頑張るみたいな福留さんのコメントと共に入場だったような気がします。当時録音したテープが今手元にありませんので定かではありませんが。歌はかなり上手いですよね。どこかの公録で生歌聞いてます。「海が見える場所」の後も数枚出してます。79年頃のオリコンは持っているのですが紙1枚の裏と表にランキングと記事が掲載されているだけのもので(今は冊子ですが)ランキング自体も100位まで。なのでこの曲が200以内に入ったかどうかは確認できませんでした。TVガイドと似た雑誌で当時TVライフというのがあったのですがそちらには200位くらいまでの順位(おそらくオリコンではなくミュージック・リサーチのだと思います)が載っていました。今となっては詳しい順位は調べようがないですねー。

>当時の記憶ですが、この曲・矢野良子さん「ちょっと好奇心」・八木美代子さん「シークレットラブ」・ヘレン笹野さん「キュン!と片想い」があと一歩でチャートイン(どれも最高110位前後)だったような気がします。

そうですね。矢野良子さんの「ちょっと好奇心」とタイトルが似ていたので当時のオリコンでは「ちょっと戦争」というタイトルで記事も載ってました。チャートアクションは良子さんのが一番息が長かったと思います。(最高111位で2ヶ月前後チャートインしてました)「ちょっと春風」は最高114位でした。矢野良子さんのデビューは遅かったですね。当時21歳で呉服問屋のOLからの転職でしたから。でも81年組としてはかなり健闘した方でしょう。2曲目の「はらはらサマータイム」も僅か3週ですがランクインしてますし。(最高180位)横浜音楽祭では健闘して優秀新人7人の中に入りました。

☆とろり様

>「ちょっと春風」(沢田富美子)は不朽の名曲だと思います。この曲がリリースされた
のは、ちょうど、ぼくが高校に入学した頃ですが、イントロを聴いただけで、いまだに胸
がときめきます。

本当に。その通りですね。当時のポップアップのCMやテレビで歌っているところを見て、
あのサビの部分にはびっくりしたものです。デビューしてすぐの頃はメディアへの露出もたくさんあったのでかなりの回数見ましたが、未だに脳裏に焼きついてます。前にも書きましたが2曲目の「風のシルエット」までの間隔が長すぎましたね。6月頃に第2弾を出していたらもう少し良い結果を望めたでしょう。

>「涙のコンチェルト」の歌詞は、ずばり、その通りです。よく覚えておられますね!

この曲は当時のお気に入り曲のひとつだったので何度も繰り返し聞いてました。
最近のヒット曲とは比べものにならないほど情感豊かな仕上がりです。歌詞もアレンジも上出来です。

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とろりん村のとろり様へ 投稿者:KOSUKE  投稿日: 8月 2日(月)06時12分52秒

 スキャンドール様

 おはようございます。

>石川ひとみが三木聖子の「まちぶせ」をカバーしてブレイクしたように、沢田富美子も
渡辺プロダクションの大先輩-トワ・エ・モワの「愛の泉」をカバーしたのでしょうが、
残念ながら、フェイドアウトしてしまいましたね...。

 かなり熱唱していた印象があります、「愛の泉」。前2作のようにぶりっ子的な唱法ではなくなっていたような気がしますね。まあこれは「まちぶせ」の二番煎じの可能性もあるかもしれません。確かに「ちょっと春風」(不朽の名曲とまでは私は思いませんが)、イントロを聴いただけで何かが始まるようなウキウキ感があります。当時の記憶ですが、この曲・矢野良子さん「ちょっと好奇心」・八木美代子さん「シークレットラブ」・ヘレン笹野さん「キュン!と片想い」があと一歩でチャートイン(どれも最高110位前後)だったような気がします。

>・「旅の手帖」(石毛礼子)のジャケット裏に掲載されているプロフィールに「ヤマハ・
ヴォーカルコース大阪校に入学、将来性を見込まれヤマハ・オーディションに合格」とあ
ることから考えると、彼女はやはり、ヤマハ所属ではないでしょうか。

 ジャケット裏に書かれているなら間違いありませんね。失礼いたしました。私が夜ヒットで
見たのはヤマハのスタッフだったのでしょう。でもヤマハが「石毛選手にあやかって」芸名をつけること自体意外としかいいようがありません。小林千絵さんやチェッカーズと同じく、ヤマハでも完全にアイドル的位置づけだったんでしょうね。

>彼女には、せめて1枚だけでもいいから、LPを出してほしかった。でも、デビュー時に
すでに21歳だったことが「アイドル」としてはネックになったのでしょうね...。

 確かに珍しいですよね。それは矢野良子さんにも言えるのですが。私が記憶している限り、アイドルでデビューした最高齢・・・いや、大物を忘れていた(笑)。風吹ジュンさんが「愛がはじまる時」の時点で22歳でした(もっともプロフィールには19歳となっていましたが、翌年何の釈明もなく「23才」をリリースしていますから、一年で4つ年をとる?ドッグイヤーもビックリ(笑)です。この辺のフォローがなされなかったところも、テイチクらしいですね)。まあ石毛礼子さんはそれだけの資質の持ち主なら、アルバムを出してほしかったですね。

 ところでとろりさん(及びごらんの皆さん)、鈴江真里さんの「海が見える場所」(79年・CBSソニー)はご存知ですか?出だしが♪ああ この海に 私の夏がある・・・スケールの大きい名曲でしたが、なんと200位にも入らず信じられませんでした。

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♪ 投稿者:とろりん村のとろり  投稿日: 8月 2日(月)03時18分41秒

☆KOSUKEさま

・石川ひとみが三木聖子の「まちぶせ」をカバーしてブレイクしたように、沢田富美子も
渡辺プロダクションの大先輩-トワ・エ・モワの「愛の泉」をカバーしたのでしょうが、
残念ながら、フェイドアウトしてしまいましたね...。

・「旅の手帖」(石毛礼子)のジャケット裏に掲載されているプロフィールに「ヤマハ・
ヴォーカルコース大阪校に入学、将来性を見込まれヤマハ・オーディションに合格」とあ
ることから考えると、彼女はやはり、ヤマハ所属ではないでしょうか。

彼女には、せめて1枚だけでもいいから、LPを出してほしかった。でも、デビュー時に
すでに21歳だったことが「アイドル」としてはネックになったのでしょうね...。

☆スキャンドールさま

・「街角ロンリネス」(和泉友子)。確かに、これもいい曲ですね。

ジャケットに写っている彼女の表情が、何かものうげなのが気にかかりますが、曲のタイ
トルが「ロンリネス」だからしかたないのか...^^。

彼女はロックバンドを組んでいたのですか。あの頃はハードロック、ヘヴィメタルの時代
でしたから、レッド・ツェッペリンとかディープ・パープルとかの曲をレパートリーにし
ていたのでしょうね。,,,うーん、でも、どうしても、そういうイメージが浮かんでき
ません^^;。

・「ちょっと春風」(沢田富美子)は不朽の名曲だと思います。この曲がリリースされた
のは、ちょうど、ぼくが高校に入学した頃ですが、イントロを聴いただけで、いまだに胸
がときめきます。

「ちょっと春風」のライブバージョン...!!

ということは、「幻のライブカセットテープ」の少なくとも一部がCD化されているので
すか?そのカセットテープには彼女の唯一のコンサートの模様が収録されているそうです
が、ファンクラブ会員だけに通信販売されたものらしくて、ぼくが生きている間に聴く機
会はないと思っていたのですが...。

☆あきらさま

「涙のコンチェルト」の歌詞は、ずばり、その通りです。よく覚えておられますね!

松本隆の作詞ですから、「♪雨だれはピアノ」という何げないフレーズですら、「これ
は、太田裕美の『雨だれ』の世界をリスナーに意識させようとしているのではないか」な
どと余計なことを思ってしまいます。ちょっと考えすぎですね^^。

ヤマハのアーティストって、何かはかない。すごい名曲を少しだけ残して、ひとびとの記
憶から消えていってしまうひとが少なくないような気がします。

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驚きました 投稿者:KOSUKE  投稿日: 8月 1日(日)12時30分39秒

 あきら様

 こんにちは。恐ろしいとしか表現のない博識さに、ただ驚いています。いかに私が断片的な記憶で物を書いているかを反省させられます。持っているレコード・CDの数も桁外れに違うんでしょうね。オリコンも一時200位まで発表していた時期があり、私も部分的には覚えていますが、「オリコン・データ・ブック」には101位以下の情報は一切載っていないので、正確なことは書けません。
 それにしても、和泉友子さんも沢田富美子さんも新宿音楽祭に出場したのですね。失礼しました。全く覚えていませんでしたね。しかし新宿音楽祭は枠が20名、銅賞の時点では女性も結構はいたんでしょうね。とにかく祐子と弥生以外と早瀬ひとみさん(演歌)以外は、各賞が全て男性で占められたと記憶しています。珍しい年でした。
 でも石毛礼子さんはその新宿音楽祭にも出場していませんよね?となると私の「石毛=バーニング所属説」はかなり怪しくなってきました(笑)。バーニングで、チャートインしたのに20名に漏れるなんて、辞退以外にありえませんから。それに「コッキーポップ」ならヤマハ以外の歌手が出るってことはありえませんものね。でも確かに覚えているのです。バーニングの周防社長が「夜ヒット」に出てきて、「石毛選手にあやかって芸名をつけた」とコメントしていることを。私の幻視・幻聴(笑)だったのでしょうか?
 でも若杉ひと美さんや中野美紀さんの第二弾とか、八木美代子さんがそんなに活動していたとか、全て存じませんでした。矢野良子さんも「リリカルなさよなら」のみ聴いたことがないですし、そんなにいい歌だったら残念。(これを含めて4枚でフェード・アウトでしたよね?)勉強になりました。ただ沢田富美子さんの件は覚えています。確かに石川ひとみさんにすべてが流れましたよね。あの「まちぶせ」は起死回生の策だったのは間違いないし、だったら他に新人アイドルを4人も出すのは明らかな判断ミスでした。沢田さん、第三弾「愛の泉」は「風のシルエット」の一年後でしたからね。まあ今後もいろいろご教示宜しくお願いします。

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(無題) 投稿者:あきら  投稿日: 8月 1日(日)09時53分16秒

>続きです(長くてすみません)

>歌謡大賞上半期新人祭りの紹介の際、徳光和夫氏が「八木美代子は今燃えています。夢はミュージカル」と語ったのが忘れられません。ミュージカルが夢だった少女、シークレットの如く1年足らずで姿を消しましたが、お元気でお過ごしでしょうか。

彼女も前半は賞レースに参加してましたけど秋以降は出ませんでしたね。第2弾「夢少女」の後はTBS「わが子よ」のテーマだった「青空天使」、三田寛子の「死ぬまで笑ってて」の原曲「つまんない」、西部警察の挿入歌「男と女のワルツ」とか色々出したのですがこれといった結果が出ませんでしたね。東京12チャンネルの「美代子の夕焼け歌謡曲」良く見てました。ちょっとブランクが空いてから「夜ヒットDX」にMIYOKOって名前でも出てましたよね?最終的には3年くらい活動していたはずです。声がとてもきれいでしたね。「シークレットラブ」は初夏の清々しさを感じさせるすてきな曲です。サビの♪誰にも〜知られたくないの〜が聞かせどころでしょうか?

>第二作目の「涙のコンチェルト」は、タイトルが示す通り、管弦とピアノの響きが美し
い、クラシカルな趣のある曲です。

とろりん様に同じく「涙のコンチェルト」推薦します。彼女の歌唱力を生かすスケールの大きな曲でした。公開録音の時に生で聴いたことがあります。多少は売れるかな?って思ってたのですが200位内に入りませんでした。

♪雨だれはピアノ、ためいきはビオラ
ふたりの別れを知って歌うのよ

とろりん様、歌詞あってますか?ちょっとうる憶えです。歌詞も叙情的ですね。
ヤマハ関連ということで日テレの「コッキー・ポップ」にも出演してましたね。2曲目以降低迷してしまったことが残念。「罠におちたら」でイメチェン狙いましたけど当たりませんでした。

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(無題) 投稿者:あきら  投稿日: 8月 1日(日)09時51分6秒

KOSUKE様すばやいレスをありがとうございました!KOSUKE様やとろりん様をはじめみなさん詳しい方ばかりですね。

>♪待ってておくれよ ヨシオちゃん でしょ?私は即座に「あ、松村和子フォロワーだな」と思いました。女性不作で有名な81年、ナベプロの「焦り」が感じられますね。

彼女の場合、プロモーション的には良かったと思うし、結果も81年度としてはまぁまぁ(200以内で健闘)でしたけど、最終的には第2弾で本格的演歌に移行、「別れ駅」を出してすぐにフェードアウトしましたね。

>中野美紀「大物感はあっても華がなかった」典型でしょうね。しかし「未経験」、そんなにスポット流れてたんですか?

日テレの午後3時頃にやっていた奥様番組と5時前後のアニメの時間帯中心にスポットが流れてました。かなりの回数見た記憶があるので宣伝費はかなりかかっていたはずです。
内容は彼女のプロモ(存在してたかどうかは不明ですが)の一部みたいな感じでした。最後にテロップと共に「中野美紀、未経験」とアナウンスされます。でもその割りにTV出演とか雑誌、レコード店などでのプロモとかあまり無かったような。売り出し方によってはかなりの大当たりになったでしょう。KOSUKE様のいうとおり確かに華はなかったですね。
2曲目は「破れたダイアリー」。確かかなりの長いブランクが空いてのリリースだったような。この曲で公開録音で見たのが憶えてる内での最後・・・です。

>沢田富美子さん、聖子さんと同じスタッフだったらしいですからね。ちょっと声が甘すぎたのが敗因だったのかもしれません。でもナベプロが和泉さんを賞レースに出したのは、私の記憶では「歌謡大賞上半期新人祭り」と「日本テレビ音楽祭」位ですよ。もう秋(銀座音楽祭・新宿音楽祭)では速水陽子さんにイチオシが変更になっていたはずです。

それが和泉さんの場合、新宿音楽祭にも出ていたのですよ。武道館で歌うことを実兄に話したら「すごいねー」って言われたとかってコメントしてました。その時はめずらしく沢田富美子もノミネート。「風のシルエット」で花飾りを頭に載せ歌唱し終了後には司会の梶原さんに「本当にかわいいですねー。」とコメントされてましたっけ。ラジオでも聞きましたがテレビの放送も当時ありましたね。彼女の敗因は運の悪さ・・・でしょうか?81年はナベプロが4人も新人をデビューさせたけど1人も当たらず、以外にも同じ事務所の先輩格「まちぶせ」の石川ひとみに脚光が当たってしまう。そのヒットによりあの年は明らかにナベプロは石川ひとみ大プッシュっに移行してしまいましたから。沢田富美子の第2弾は延々と発売されずデビューから5ヶ月もたった9月にやっと発売。当時新曲のリリースに5ヶ月も空けるのはかなりの怠惰ですよー。普通は3ヶ月が原則でしたから。なのにこれといったメディア出演も少なく・・・。「ノルマリーナ・ミーシャ」でプレデビューした時点で違う曲で本デビューした方が良かったのでしょうか?81年は女性新人にとって運が悪すぎました。沢田さんの他にも石毛礼子、中島めぐみ、矢野良子とかいい逸材がたくさんいたのに。矢野良子の「リリカルなさよなら」なんてほんと良い曲なのに200位にも入らないなんて信じられませんでした。

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V3おめでとうございます!流石! 投稿者:KOSUKE  投稿日: 8月 1日(日)08時43分59秒

 スキャンドール様

 おはようございます。私がもう少し宵っ張りならいいのですが、最近40前にして早寝の習慣がついちゃいましてね。これじゃ結婚生活なんてムリですね☆(意味?わかんなーい)

>作詞は、島田まゆみさんです。(と言っても誰だか知りませんが…)

 はい、わかりました。「花占い」と同時期の百恵さんの「ちっぽけな感傷」が、両方明星か平凡で歌詞を一般公募したんです(当時はこれが多かったんですよ)。その「花占い」はこの女性が作詞をして当選し、阿久先生が補作しているんですね。

>私の場合は、「おとなしい」とか「穏やかな性格」と、書かれていました。
 
 余計なことを書かせちゃいましたね。なるほど、私と似てます。まあそれだけ幼少期から歌謡曲に強かったということは、腕白少年系じゃなかっただろうということは想像がついてました。よくないことなんだけど、私人の幼少期にとにかく興味があるんです。そこで本質がわかるので。

>(高橋美枝さん)歌唱力があると色々な路線を試したくなるのですね。(良し悪しは別として…)

 ええ、いいことだとは思うんですよ。実際聖子さんだっていろんな路線を試したし、大事なことなんです。ただ一本の線でつながっているというか・・・脈略が大事なんですね。それは(もう言いますが)今回ご名答だった五十嵐夕紀さんにも言えることです。まあ「オフリミット」は完全にイメチェンだったんでしょうね。

>(沢村美奈子さん)
レッツゴーヤングのサンデーズメンバーでしたね。
『♪好っきっ』の所の親衛隊の野太い掛け声『すっきー』は、今でも忘れられません。

 結局覚えてるんじゃないですか。ええ一緒にサンデーズをやっていたのは、女性では「ミスター不思議」(欲しい!!)の川島恵さん・・・あとが思い出せません。

>(竹本孝之さん)
>私にとってベストは、やはり“てれてZin Zin”です。
歯を食いしばった力唱は、マッチ以上でした。

 CD持ってます。「てれてZin Zin」ははじけるような名曲で、私もこちらが好きです。(当時の彼光ってたし、男ではファンでしたね)小川哲哉アナ(は覚えてます?どうしたんでしょうね)
がQR「決定!全日本歌謡選抜」(聴いてたでしょ?)の新人コーナーで「今までにいないタイプのアイドル」と紹介していたのが印象的。とにかく仲間とよく歌いました。当時高校生にカラオケスナックは高かったんで、家にレコードを持って行って集まりながら。

>(岡本舞子さん)
>秀樹さんが司会のモーニングサラダにマスコットガールで出演されていたと思います。
舞子さん、デビュー当時は、なんとなく甘ったれた歌い方が嫌いでした。
20歳を過ぎた頃に、ふいに“愛って林檎ですか”のワンフレーズを
思い出してから気になる存在になりました。
最近、ファーストとセカンドアルバムを購入しましたが、
“ファンレター”の伸びやかなボーカルは、今聴くとくせになるほど心地良いです。
“11月のソフィア”もかなりお薦めです。

クランクアップ後、かなりしてから上映された不思議な映画でした。
宇佐美さんと同じで映画で躓いてしまった感が否めないです。

ああ、もうほとんどこの人の曲は覚えてないんです。ただ綺麗な娘だったなあという印象のみ。
「舞妓物語」に関してはそうだったんですか?何か事務所サイドでトラブルがあったんでしょうが、惜しいことをしましたね。ちょっとインパクト(そういえば流石に、ビクター80年代に岡谷章子さんまでは入っていませんでしたね(笑))は足りなかったですね。

>「シックスティーンの肌触り」
(ヒント:渡辺プロ・京平先生作曲・70年代)比較的有名な方ですが、歌手名とデビュー曲名を御記入ください。
>なんとなくですが『五十嵐 夕紀さん 6年たったら』のような気がします。

 流石。青木美冴さん、岡本舞子さんに次いでV3おめでとうございます。私から「KOSUKE賞(何の意味もなし)」を贈呈させて頂きますが、副賞でハワイ旅行とか金一封とかはありません。悪しからず。でもこれだけ真剣に考えて頂けるのはこちらとしてもありがたいことです。
 五十嵐夕紀さんの「6年たったら」は個人的にアイドルの曲の中でベスト10に入れます。ユーミン作詞とか、京平先生作曲ということは関係なく、もうすべてが100点。それこそ「ぎんざNOW!」(水曜レギュラーでした)で初めて聴いたんですが、中学に入学した日だったんで余計印象が強いんですね。この曲を探し出したのが確か92年頃で、もうほとんど諦めていましたが、文字通り6年後の98年にゲットしたといういわくつきです。

------------------------------------------------------------------------
早くも訂正 投稿者:KOSUKE  投稿日: 8月 1日(日)08時04分53秒

起きたばかりでまだ寝ぼけているようです。
>実は「旅の手帖」・・・CDは未入手で、こちらの方が好きです。→
 実は「旅の手帖」・・・CDは未入手で、こちらの方が先です。 に訂正をお願いします。
大変失礼いたしました。

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目のつけどころが違いますね 投稿者:KOSUKE  投稿日: 8月 1日(日)08時00分48秒

 とろりん村のとろり様
 
 おはようございます。流石管理人、私と歌謡曲への造詣が全然違いますね。単に博識というだけでなく、ものの見方の問題でしょう。

>不作だと言われている81年デビュー組のアイドルですが、さすがに80年代アイドル
黄金時代の黎明期だけあって、実際はタレント揃いだと思います。

 まあそこまでかどうかはわかりませんが、82年に比較して不当な扱いを受けている、といったら語弊があるでしょうか。なかなかインパクトのある女性は多かったです。

>とりわけ、ぼくの心の中で、ボーカルの繊細な美しさという点で双璧をなしているのが
石毛礼子と八木美代子です。
KOSUKEさんが強く推薦なさる「旅の手帖」(石毛礼子)は、ぼくも好きです。
網倉一也独特の、きらきら輝くようなおしゃれなメロディラインに加え、松本隆のかい
た歌詞は、彼の本領を十二分に発揮した会心のできばえではないかと思います。

愛してない 好きじゃない
気にしていない 泣いてない
このフレーズのリズミカルな軽やかさ。そして、
いろんな言葉の「ナイ」を消したら
それが真実(ホント)の気持だったの
という帰結の鮮やかさ。
すばらしいとしかいいようがありません。

全く同感です。松本隆氏が女性アイドルに提供した楽曲の中でも、この詞は個人的にベスト10に入れます。松本氏に石毛礼子さんへの思い入れが相当あったのかどうかはわかりませんが、私はその「言葉遊び」+♪出会いから別れまで 私は旅人 の部分がすごいだと思いますね。

>曲全体としては、ヤマハらしいクオリティの高さを維持しつつも、デビュー曲というこ
とを勘案してか、いくぶんキャッチーな感じがします。

 Aメロは静かに始まり、Bメロで何かが起こる予感をさせ、サビの♪星明りで書く 旅の手帖
で一気に盛り上げるメロディーも素晴らしいのですが、それ以上に秀逸なのがアレンジですね。
イントロ・2コーラスからサビのリフレインの間奏・エンディング、どれを取っても完璧です。
太田裕美さんの「南風」に次いで、網倉一也氏の力量を印象付けられました。

 中学の友人から「『旅の手帖』いいね」とテープを送ってもらったのが高2の夏。23回夏は過ぎ、再びこうやって「旅の手帖」について(顔を存じないとろりさんとではありますが)語り合えるのは本当に幸せで、「まだ青春を俺は歩いてるのかも(キザ?)」なーんて感じてしまいました。

>第二作目の「涙のコンチェルト」は、タイトルが示す通り、管弦とピアノの響きが美し
い、クラシカルな趣のある曲です。
「旅の手帖」と甲乙つけがたいですが、石毛礼子のボーカルをじっくり味わえるという
点を重視すれば、こちらの方が秀でているかもしれません。
どこかでこのレコードを見かけたならば、買っても決して損をすることはないと思います。

 なるほど、石毛礼子のベストは出ないでしょうから、どこかのオムニバスに入るのを一生かけても探しましょう。実は「旅の手帖」もにこらさんが送って頂いた壷井むつ美さんの「高校野球」に一緒に収められているのを聴いている状態で、CDは未入手で、こちらの方が好きです。

 八木美代子さんは「シークレット・ラブ」。♪この夏は あなたと過ごしたい それが私のシークレットラブ 遊びじゃないとあなたは言ったわ それを信じてシークレットラブ そこしか覚えていません。(2nd「夢少女」は全く覚えていません)サビの♪誰にも知られたくないと そこの高音部はきれいでしたね。歌謡大賞上半期新人祭りの紹介の際、徳光和夫氏が「八木美代子は今燃えています。夢はミュージカル」と語ったのが忘れられません。ミュージカルが夢だった少女、シークレットの如く1年足らずで姿を消しましたが、お元気でお過ごしでしょうか。

 どうもありがとうございました。
 

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かわいい… 投稿者:スキャンドール    投稿日: 8月 1日(日)01時13分26秒

とろりん村のとろり様
沢田富美子さん、本当にかわいいですね…大好きです。
テレビ番組で、見たことはありませんでしたが、
アイスのCM(ポップアップだったと思います)での“ちょっと春風”のさびの部分の
透き通るボーカルは、初めて聴いた子供心にも強い印象を与えてくれました。
きちんとCDで最初に聴いたのがライブバーションでしたが、
シングルバージョンよりもしっかりと歌っていて素晴らしい歌唱力と感心しました。

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♪ 投稿者:とろりん村のとろり  投稿日: 8月 1日(日)01時00分38秒

KOSUKEさま

不作だと言われている81年デビュー組のアイドルですが、さすがに80年代アイドル
黄金時代の黎明期だけあって、実際はタレント揃いだと思います。

とりわけ、ぼくの心の中で、ボーカルの繊細な美しさという点で双璧をなしているのが
石毛礼子と八木美代子です。

KOSUKEさんが強く推薦なさる「旅の手帖」(石毛礼子)は、ぼくも好きです。
網倉一也独特の、きらきら輝くようなおしゃれなメロディラインに加え、松本隆のかい
た歌詞は、彼の本領を十二分に発揮した会心のできばえではないかと思います。

愛してない 好きじゃない
気にしていない 泣いてない

このフレーズのリズミカルな軽やかさ。そして、

いろんな言葉の「ナイ」を消したら
それが真実(ホント)の気持だったの

という帰結の鮮やかさ。

すばらしいとしかいいようがありません。

曲全体としては、ヤマハらしいクオリティの高さを維持しつつも、デビュー曲というこ
とを勘案してか、いくぶんキャッチーな感じがします。

第二作目の「涙のコンチェルト」は、タイトルが示す通り、管弦とピアノの響きが美し
い、クラシカルな趣のある曲です。
「旅の手帖」と甲乙つけがたいですが、石毛礼子のボーカルをじっくり味わえるという
点を重視すれば、こちらの方が秀でているかもしれません。

どこかでこのレコードを見かけたならば、買っても決して損をすることはないと思います。

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もしかして… 投稿者:スキャンドール    投稿日: 8月 1日(日)00時57分21秒

KOSUKE様
>えっ、このフレーズ淳子さんが考えたの?

作詞は、島田まゆみさんです。(と言っても誰だか知りませんが…)

>自分で言うのもなんだけど、小学校から通信簿に「マジメすぎる」って書かれてた位。

私の場合は、「おとなしい」とか「穏やかな性格」と、書かれていました。

>誰もが「ひとりぼっちは嫌い」の路線を続けることを望んでいたと思いますから。

歌唱力があると色々な路線を試したくなるのですね。(良し悪しは別として…)

>でも伊代さんなら番組を仕切れそうな気がするんですが、いかがでしょう。

少し、天然が入っていて、アイドル時は見ていて楽しかったですね。
番組については、お子さんがそろそろ難しいとしごろに差し掛かっているので、
無理でしょうね…。
(そういえば姑問題も少し前に話題になりましたね。)

>いや、デビュー曲が「インスピレーション」♪ねえ 私のくちびる す・き?(す・きbyファン)でした。レッツヤンで毎週歌ってました。グリコCFの「パンプキンラブ」は第二弾でした。

大変失礼しました…。
レッツゴーヤングのサンデーズメンバーでしたね。
『♪好っきっ』の所の親衛隊の野太い掛け声『すっきー』は、今でも忘れられません。

>私このドラマの主題歌 竹本孝之さん「とっておきの君」(作詞:小椋佳氏)好きでした。

私にとってベストは、やはり“てれてZin Zin”です。
歯を食いしばった力唱は、マッチ以上でした。

>正解は、最初の岡本舞子さん…。

秀樹さんが司会のモーニングサラダにマスコットガールで出演されていたと思います。
舞子さん、デビュー当時は、なんとなく甘ったれた歌い方が嫌いでした。
20歳を過ぎた頃に、ふいに“愛って林檎ですか”のワンフレーズを
思い出してから気になる存在になりました。
最近、ファーストとセカンドアルバムを購入しましたが、
“ファンレター”の伸びやかなボーカルは、今聴くとくせになるほど心地良いです。
“11月のソフィア”もかなりお薦めです。

>2年後の87年、映画「舞妓物語」主演と共に突如フェード・アウト。原因不明でした。

クランクアップ後、かなりしてから上映された不思議な映画でした。
宇佐美さんと同じで映画で躓いてしまった感が否めないです。

>「シックスティーンの肌触り」
(ヒント:渡辺プロ・京平先生作曲・70年代)比較的有名な方ですが、歌手名とデビュー曲名を御記入ください。

なんとなくですが『五十嵐 夕紀さん 6年たったら』のような気がします。

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ご賛同ありがとうございます 投稿者:KOSUKE  投稿日: 8月 1日(日)00時52分56秒

 通りすがりの者様
 
>こんばんは。石毛礼子さんの「旅の手帖」についてコメントさせて下さい。とても爽やかなメロディーで歌も上手く、不作と言われた81年新人女性群の中でもお気に入りな存在でした。でも残念ながら2曲目以降は存じ上げません。1年ほど前に中古レコード店で「旅の手帖」を見つけ、思わず買ってしまいました。改めて聴いてみてやはり素敵な曲ですね。プロフィールに「ヤマハのオーディション合格」と書かれていてB面がヤマハ所属の下成佐登子さん「雨」のカバーだったので、ヤマハ所属だとばかり思ってました。

 こんばんは。ご賛同ありがとうございます。(なかなかこの曲についてご反応を頂けなかったので、嬉しいですね)詞も曲もアレンジも歌唱も80点以上なんて曲はなかなかありませんが、この曲は完全にクリアしており、私もほぼ毎晩聴いております。何しろこの81年の女性新人歌手でチャートインしたのは中島めぐみさん(「ラメ色のデカメロン」)、速水陽子さん、祐子と弥生、そしてこの石毛礼子さんと4組だけですからね。史上最低なのは間違いないでしょう。「旅の手帖」は77位に終わりましたが、プッシュ次第では30位前後までアップも可能だったと思います。それにしてもヤマハのオーディション合格でしたか?いや、バーニングというのは確かな情報ではなく、発売時に「夜ヒット」に彼女が出演し、バーニングの人が来て「(当時西武ライオンズのルーキーだった)石毛選手にちなんで芸名をつけた」と紹介していたからなんです。もしバーニングじゃなかったらごめんなさい。しかし今後このレベルの曲が出現する可能性は、残念ながらほぼ0に近いでしょう。

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旅の手帖は名曲! 投稿者:通りすがりの者  投稿日: 8月 1日(日)00時33分55秒

KOSUKE様                こんばんは。石毛礼子さんの「旅の手帖」についてコメントさせて下さい。とても爽やかなメロディーで歌も上手く、不作と言われた81年新人女性群の中でもお気に入りな存在でした。でも残念ながら2曲目以降は存じ上げません。1年ほど前に中古レコード店で「旅の手帖」を見つけ、思わず買ってしまいました。改めて聴いてみてやはり素敵な曲ですね。プロフィールに「ヤマハのオーディション合格」と書かれていてB面がヤマハ所属の下成佐登子さん「雨」のカバーだったので、ヤマハ所属だとばかり思ってました。

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