サイト内検索 powered by Google
キャプチャー画像集 過去の掲示板(2) キャプチャー画像集INDEX 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 EP1 EP2 EP3 EP4 EP5 EP6 EP7 EP8 bbs1 bbs2

PREV サイトマップ 随筆集 掲示板 ホーム過去の掲示板INDEXこのページ EP盤リスト キャプチャー画像集 LINKS とろりApps NEXT

過去の「モナ・ムール!歌謡ポップスの掲示板」(その24)

14.4.1〜14.4.30

------------------------------------------------------------------------
「トルコ行進曲」 投稿者:MACKY  投稿日: 4月30日(火)22時26分34秒

ノンノンさん>「トルコ行進曲」は、なんと言ったら良いのか、ハミングというか、ハモリというか、とにかく歌詞はないです。紅白でも一度披露したし、この前BSでも歌って(?)いました。う〜ん、とにかく一度ご覧になってくださいとしか言いようがないな。

私は恥ずかしながらその「Believe」を知りません。昨日私やよっかーさんの挙げた以外にもこのタイトルの曲があったような気がするのですが、どうしても思い出せません。

私はファーストフードは滅多に食べないのですが、ごく稀にどうしても食べたくなるときがあります。牛丼やスタンドカレーも同じような衝動がたまにあります。

------------------------------------------------------------------------
お元気ですか? 投稿者:ゆう☆  投稿日: 4月29日(月)23時25分03秒

とろりん村のとろりさん  こん**は〜
「Dream Town」のゆう☆です〜♪
ずいぶんご無沙汰してしまいましたので、
お忘れになられてるのかも知れませんねー(笑)

私は、毎日忙しい日々を過ごしてまして、
昔のように ネットサーフィンできない日々が続いてますが
なんとか 元気で 頑張ってます〜♪
とろりん村のとろりさんは お元気でしょうか?

巷では GWに突入して楽しい時間をお過ごしの方も 多いかと思います〜
私は カレンダーに近い休みの予定で のんびり過ごす予定です〜
とろりん村のとろりさんも 有意義なGWをお過ごしくださいねー

それでは また お邪魔させていただきますね〜♪

http://www.btvm.ne.jp/~you_/

------------------------------------------------------------------------
ビリーブ 投稿者:ノンノン  投稿日: 4月29日(月)22時15分52秒

とろりさん
景色の壁紙が綺麗ですね。何か、ゴールデン・ウィークに歩いてみたい様な場所ですね。石井まゆみさんのレコードジャケットがあったのですが、どういう歌なんでしょうか? タイトルを見て気になってしまいました。

MACKYさん
岩崎姉妹が歌う「白い色は恋人の色」いいですね。シモンズの「恋人もいないのに」もいいな。ザ・ピーナッツの曲も聴きたいな。
安田姉妹って、「トルコ行進曲」を歌うんですか。日本語で歌うのでしょうか?それに、どういう歌詞なんでしょうか?
「ビリーブ」は、私がカタカナで書いたからいけなかったみたいです。正式には「Believe」です。NHKの「生きもの地球紀行」のエンディングテーマ曲です。♪たとえば君が傷ついて くじけそうになったときは 必ず僕がそばにいて 支えてあげるよ その肩を♪ という歌詞です。学校の生徒達もよく歌う曲らしいです。私は、いろいろな歌に対して、聴いていても歌っていても、すぐ感情移入しちゃうんですよ。発表会などで、子供や老人が一生懸命に歌ったり楽器を演奏する姿も胸がいっぱいになって涙が出て来るし。年をとるごとに涙もろくなりますね〜。
「だいじょうぶマイ・フレンド」も子供達に聴かせてあげたい曲です。
マクドナルドのフィレオフイッシュは、若い頃よく食べました。今はちょっと胃腸に負担がかかって食べられなくなりました。

よっかーさん
「ビリーブ」って、そんなに何人もの人が歌っているんですね。知らなかったです。
モスバーガーって、ちょっと値段が高いですよね。でも、やっぱりおいしいですね。私は、季節限定の、チーズポンと、おもちとあずきの入ったのと、ホットココアが好きです。マクドナルドのココアは、生クリームがのってないけど、モスバーガーのココアは生クリームがのっています。ハンバーガーは、つくねバーガーが好きだったんですがなくなってしまいました。
ロッテリアは、若い頃はエビバーガーが好きだったけど、今は食べられなくなりました。
やっぱり、こってり系は段々食べられなくなるものですね。あっ、毎日ハンバーガー食べて生きているわけではありません。

------------------------------------------------------------------------
「BELIEVE」 投稿者:MACKY  投稿日: 4月29日(月)21時29分26秒

よっかーさん>やっぱり全部は放映できないんでしょうね。昨年の布施明さんの特集でも流れましたし、そうそう、「おふくろさん」の画像は何度か流れてますよね。あと不思議なのは1965年のビデオが、水前寺清子さんのところはカラーなのに都はるみさんのところは白黒だったりすること。同じ年なのに何故?あと1965年はカラーが残っているのにそのあとの66〜69年はモノクロしか残っていないのも不思議ですね。

モスは丁寧に作ってくれるのが良いところですが時間がかかるのが難点だな。

「ビリーヴ」と表記すると伊代さんですよね。「Believe」なら岡村孝子さん。「BELIEVE」と表記されると私は何といっても美里さん。ではノンノンさんの表記通り「ビリーブ」だと、う〜ん…

------------------------------------------------------------------------
甲子園大会は「青春」でしたね。 投稿者:よっかー  投稿日: 4月29日(月)17時34分22秒

MACKYさん
70、71年の紅白映像は、NHK-BSで昔「歌謡大全集」(?)とか、「阿久悠」さんの番組で少しずつ放送された事がありました。
どう例えたらいいのか、テレビ画面いっぱいに映さず、映像の悪さを考えて小さくトリミングした画面で放送されました。VTRで残ってなくて、キネコに収録していたんでしょうが、フィルムが傷だらけで、戦前の活弁映画のようなキズだらけでした。(いちおうカラー)
たぶん、その中でもマシな映像だけ放送したんでしょう。
「白い蝶のサンバ」「圭子の夢は夜ひらく」「もう恋なのか」「愛は傷つきやすく」
「知床旅情」「また逢う日まで」「17才」「わたしの城下町」「京都慕情」「さらば恋人」「おふくろさん」などは、まだ見れる映像です。
NHKさんが「70.71.ダイジェスト紅白」とでも銘打って放送してくれればなぁ。

私はマックより、モスバーガー派(笑)。テリヤキ・チキンがお気に入り。

「ビリーヴ」というと、松本伊代が真っ先に出ますが(笑)、やっぱMisiaでしょうか。それとも岡村孝子? 意表をついてBOOWY。

------------------------------------------------------------------------
「タッチ」 投稿者:MACKY  投稿日: 4月29日(月)00時04分36秒

ノンノンさん>ノンノンさんがお聴きになった「タッチ」はおそらく現在のヴァージョンだと思います。良美さんは過去の曲もすべてアレンジを変えて歌っています。サビの部分は「ここにタッチ」であっています。ただ個人的には現在のヴァージョンだと「あなたから〜」のあとにコーラスの「タッチ」が入らないのがちょっと物足りないです。

私はマックでは「フィレオフィッシュ」か「照り焼き」がお気に入りです。

一昨年だったか宏美さんのコンサートに良美さんがゲストで参加して、お二人で「白い色は恋人の色」をハモリました。その時のMCで宏美さんが、安田姉妹のディナーショーを見に行ったとき、「私たちを継げるのはあなた達だけよ」と言われたというエピソードを披露してました。「でも私たちはトルコ行進曲歌えないし…」というオチでしたが…

「ビリーブ」というタイトルの曲は何曲かありますが、ノンノンさんが歌われたのはどの曲でしょうか?

とろりさん、よっかーさん>今日時間があったので99年に放送された「紅白の歴史」のビデオを観直しました。1962年の紅白は「映像ニュース」という形で一部が残っているんですね。1970年の紅白はやっぱり雨が降っていました。71年の映像は全くなかったけどやっぱり画像が悪いのかな?

------------------------------------------------------------------------
ソーセージマフィンもおいしいかも 投稿者:ノンノン  投稿日: 4月28日(日)23時16分38秒

MACKYさん
マクドナルドのホットケーキおいしいですよね。ペッタンコですけど。
チキンタツタもおいしいですよ。サッパリしていて。
岩崎良美さんって、「タッチ」の主題歌をバラード調みたいにも歌っているんですね。ラジオで先日、聴いたのですが何か良かったです。♪タッチ タッチ ここにタッチ(頬にタッチ?)♪のところ、何か色っぽいですね。
安田姉妹でしたっけ?由紀さおりさんと、お姉さん。中学校に出向いてコンサートをする企画を考えているそうですね。岩崎姉妹もそういうことをされたらいいのになって思います。うちの学校に来て下さいって、あちこちから声がかかりそうですね。「聖母たちのララバイ」や「想い出の樹の下で」や「タッチ」など選曲ならいいかなって思います。「シンデレラハネムーン」は、ちょっと合わないかな。童謡や唱歌も綺麗な声で歌って下さるし、いいですよね。
安田姉妹は、やはり童謡や唱歌を歌うのでしょうかね。由紀さおりさんの曲で好きなのは、「生きがい」です。「ルームライト」もいいな。
私は以前、コーラスのサークルに入っていて小学校で「ビリーブ」という曲を歌ったのですが、途中で声が詰まって歌えなくなりました。ある小学校でとても大きな事件があり数人が犠牲者になってしまったニュースを聞いてまもない頃だったので・・・
中学校も荒れていますね。いじめている側もいじめられている側も、「イヤだ〜!」って心が叫んでいると思います。自分の心の叫びに耳を傾けてあげてほしい。私達大人も、子供達の心の叫びをわかってあげたい。小さな胸を痛めている子供達を抱きしめてあげたい。大人が作った世の中の犠牲者なんだよね・・・

------------------------------------------------------------------------
「愛してモナムール」 投稿者:MACKY  投稿日: 4月27日(土)23時26分59秒

とろりさん>良美さんは今フランスフリークで、数ヶ月に一度のライヴでも多いときは半分くらいフランスのカバー曲を歌っています。ならばいっそのこと「愛してモナムール」を歌ってくれればいいのに、と思い実際にアンケートに書いたこともありますが、いまだに歌ってくれません…

「Vacance」はスケールが大きい曲ですね。ただ個人的にはカップリングの「マルガリータ・ガール」の方が好きなのですが…

このワールドワイドな三部作(?)は確かに名曲揃いですが、当時としては大衆受けが難しかったかもしれませんね。

ふみおさん>よくアメリカと日本を同じレベルで比較する論調がありますが、事情が全然違うのですから無理ではないかといつも私は思っています。

私もあのドーナツ盤の中心孔は不思議でした。あれがあると、なんでしたっけシングルレコード用のあの丸いもの(ちょっと恥)、あれをなくしたときには便利ですけど、ある場合はあの中心孔があるレコードの度にあれを外さなければならなくて不便でした。

ノンノンさん>私もマックのホットケーキは好きですよ。

------------------------------------------------------------------------
ポカン!ポカン! イテッ!  という意味ではないですね? 投稿者:ノンノン  投稿日: 4月27日(土)22時07分55秒

とろりさん
「ポカン・ポカン」は梓みちよさんでよかったんですね。壁紙のジャケットを見ました。今度、「EP盤リスト」も見てみます。ところで、ポカンポカンって、どういう意味なんでしょうか?

ふ み おさん
昔の子供新聞には、確かに部分的にカラー刷りや漫画がありました。お弁当を包む物は、そのうちどこかのデパートの包装紙に変わりました。
ふみおさんは、子供の頃から優秀だったのでしょうね。私は塾には行った事がありません。そんなに有名な方と40年以上ものお付き合いだなんて、素晴らしいですね。

マクドナルドのメニューの中で好きなのは、チキンタツタです。朝のメニューのホットケーキも好きです。(すいません。単純な事しか書けなくて)
 
私が好きな学校の机は、パカッと蓋が開く机です。あの机、今も欲しいな〜。木の机っていいですよね。

------------------------------------------------------------------------
木製の校舎は詩になるけれど 投稿者:nattomaki  投稿日: 4月27日(土)10時06分59秒

>とろりん村のとろりさん
・わたしも小学校に入った頃は、宇宙企画が喜びそうな木製の校舎に、木製の机と椅子でした。
 2人用の机なので、重くて掃除の時は大変(笑)。机面が傷だらけで下敷きがないと字が書
 けないといったもので。この木製の机と椅子がしっくりハマル歌詞の歌謡ポップスはさすが
 に思い浮かびません(笑)

>ふ み おさん
>>友人のお父さんがここを紹介してくれたのです。その方は昔ビクターの生産技術担当役員で、80を越えた今でも現役のコンサルタントです。彼の最大の功
>>績のひとつはレコードサイドの工夫で、ターンテーブルにアダプターをつけることなしでドーナツ盤とLP盤をかけられるようにしたことです。
・その方、以前テレビで拝見したことがあります。“この人は何を発明した方でしょう”ということを質問するクイズのコーナーに出演されていたと思います。
 もう80になられるんですね。
 ということは、あのレコード形状は日本ビクターのパテントだったのかな?

------------------------------------------------------------------------
(無題) 投稿者:ふ み お  投稿日: 4月27日(土)06時21分59秒

*MACKY様

8年前くらいに米軍をリタイヤーし(といっても現在でも40代後半ですが)マイクロソフトにいるジムの奥さんダナはマクドナルドに複雑な思いを持っています。
彼女の両親は学生結婚(ハイスクールの時)しましたが、その結果親から勘当同然となり、彼女が小さいときは大変お金に困っていたそうです。唯一の外食はガソリンスタンドでもらう無料クーポンを使い兄弟でわけあった食べたマクドナルドだけだったとのこと。アメリカ版「いっぱいの掛けそば」ですね。
今でもマクドナルドを食べるとその時の辛かったことを思い出すそうです。

尚、彼の両親はその後一人が社会人、一人が学生という生活を交互に続け、ついに父親は修士課程までおさめたとのこと。いまはリタイヤして飛行機三昧です。自分の家の庭には3機の飛行機を格納しており、庭の前が緑の滑走路。上空から取った自宅の写真を見ましたが余りの広さにプールが小さな池に見えるほど。家族はそこにホームステイしましたが、あるひ突然二人のりの小さなセスナを庭に持ち出したかと思ったら、一人づつ空へ。皆ちょっとだけですが、操縦したそうです。アメリカって信じられない国ですね。

*よっかー様

ブラックディスクというのはCDが登場してから後からではないかと思います。(今度聞いてみます)ベンチャーズのレコード(東芝音楽工業)は赤のレコードもありましたが。
ところで、レーザーディスクを開発したときは、フォーカスモーターと言っていたものが、今業界では「光ピック」といったり単に「ピックアップ」と言っています。25年前はピックアップと言ったらレコード用のものでした。レコードが衰退したので、フォーカスモーターからピックアップといっても問題がなくなった為なのでしょうね。
12cm盤は5分程度入ります。以下で見えます。
http://www.toyokasei.co.jp/
また、開発中の専用プレイヤーは
http://www.toyokasei.co.jp/dev/
を見てください。

とろり様

80歳を越えてもまだ東南アジアに指導に行っております。
今でこそ東南アジアや中国での生産は当たり前ですが、彼は今から20年以上前に工場を立ち上げました。家電製品の工場立ち上げとしては初めてのころだと思います。
------------------------------------------------------------------------
♪ 投稿者:とろりん村のとろり  投稿日: 4月27日(土)00時45分33秒

☆MACKYさま

どうでしょう?もうあの頃はハワイ旅行はすっかり身近なものになっていたと思います。
ただ、ぼくはnattomakiさんと同様、いまだに海外へ行ったことはありませんが^^。

「どきどき旅行」(岩崎良美)。これは「愛してモナムール」、「どきどき旅行」、
「Vacance」と続く海外をテーマにした曲の中でも非常に悩ましい曲です。
そう、どうして突然、「ハワイ旅行」なのかと思ってしまうのです。

「愛してモナムール」はメロディといい、アレンジといい、歌詞といい、パリの香り横溢
するすばらしい曲で、ぼくにとっては「パリジェンヌとしての岩崎良美」を強く印象づけ
る作品でした。で、「Vacance」を聴いて思い浮かぶのは「地中海沿岸の町」です。
群青色をした地中海を見渡せる丘にカラリと晴れた青空から強い太陽の光がふりそそぎ、
その丘に白い瀟洒な館が建っている。その館にはパリからバカンスに訪れたお嬢さんが
いて、向こうに広がる海をじっと眺めている...。そういう光景を想像してしまいます。
まさに、彼女のアルバム「Cecile」のジャケットのような光景です。

ですから、「愛してモナムール」→「Vacance」というのは、曲の描く世界が見事につな
がるのです。

「どきどき旅行」は違う時期にリリースしたほうがよかったんじゃないかなというのは、
まあ、ぼくのよけいな思いこみなのですが...。

☆ふ み おさま

ビクターのそんな偉人をご存知なんですか!...驚愕です。(ふ み おさんの書き込
みにはいつも驚かされるのですが^^。)

実のところ、ビクターのレコードの、あの中心孔はどうしてEP盤用アダプターが不要な
形になっているんだろうと思い、ぼくなりにいろいろ考えてきました。今、書こうとする
と、とりとめのない長い文章になってしまうのは確実だと思えるので、また、改めて書こ
うと思います。

☆よっかーさま

「サウンドバーガー」!オーディオテクニカの逸品ですね。あれがあればどこででも
レコードが聴けますし。(←かなりの無理あり。)

以前、学研の「科学」になんと、レコードプレーヤーとレコードが教材としてついて
いたことがありました。しかも、グリーンレコードです。プレーヤーを組み立てて、
そのレコードをかけると、確かに「虫の声」を聴くことができました。

そういえば、「あれ」は手裏剣にピッタリですね。(←おいおい^^!)でも、何かもった
いなくて、今のところ切り取ったことはありません^^。

☆ノンノンさま

「ポカン・ポカン」は梓みちよですね。あのEP盤はウクレレのプレゼントつきだった
ようですよ。(今度、『EP盤リスト』に載せます。)

☆nattomakiさま

いや、信じられないほど老朽化した木造の講堂、とんでもなく古い木製の机と椅子。
どう考えても、ぼくが通っていた小学校は貧乏だったとしか思えませんA^^;;。

------------------------------------------------------------------------
ブラックディスク=レコード盤(?) 投稿者:よっかー  投稿日: 4月26日(金)23時40分42秒

ふ み おさん
いわゆる針を落として聞くレコード盤のことを、業界で「ブラックディスク」と言うんですか?

12cmのアナログ盤は、片面何分収録予定ですか?(回転数にもよるけど)
なんか可愛い盤になりそうで面白いですね。
昔の小学館の学年誌についてた付録のソノシートみたいな感じかな。「怪獣の鳴き声」とか「かあさん星の歌」なんてありましたけど。(ふ古い、誰も知らんぞ)
サウンドバーガーと言って、アナログ盤を挟んでテレコなどにつないで使うプレーヤーがありましたけど、コレなんかにピッタリ合いそうですね。

シングル盤に三つの橋あるのは、懐かしいね。
うまく切り抜いて手裏剣にした記憶があります。(笑)

------------------------------------------------------------------------
「どきどき旅行」 投稿者:MACKY  投稿日: 4月25日(木)21時21分34秒

ふみおさん>高島夫妻が結婚したのは昭和30年代の前半ですから、確かに当時のハワイは夢の場所だったでしょうね。マックが日本に入ってくるのはそれから10年以上も後ですから、日本で最も早い時期にマックのハンバーガーを食べた人達かもしれません。

ハワイがでてくる歌というと、良美さんの「どきどき旅行」がありますね。これは80年代の歌ですが、バブル前だからまだハワイが憧れの場所だったのかな?

------------------------------------------------------------------------
ブラックディスク 投稿者:ふ み お  投稿日: 4月25日(木)09時54分36秒

私は、日本で唯一ブラックディスク(レコード)を製造している企業のお手伝いの仕事もしております。
友人のお父さんがここを紹介してくれたのです。その方は昔ビクターの生産技術担当役員で、80を越えた今でも現役のコンサルタントです。彼の最大の功績のひとつはレコードサイドの工夫で、ターンテーブルにアダプターをつけることなしでドーナツ盤とLP盤をかけられるようにしたことです。
ドーナツ盤はアメリカ文化の象徴だったジュークボックスに大量に使用され、その自動演奏には中心に大きな孔を開ける必要があったのでしょうね。それを民生用のプレイヤーでの再生する時はアダプターで対応していました。
そこで友人のお父さんはドーナツ盤もLPプレイヤーでかけられるようにと中心部は小さな孔とし、ジュークボックスでかけるときはその部分を簡単に切除できるような細工をしたのです。
ドーナツ盤の大きさの穴の中に三つの橋があり、その中に小島があり、小島には小さな孔があいている形状ですが、これは波及効果として盤の扱いも便利にしました。(見たことにない方、理解できますか)

私は今CDと同一サイズの12cmのアナログシングルと、裏面印刷した配布用ソノシートの商品開発も企画しています。アナログの音の良し悪しは別として、マイルドで懐かしい音がすることは確かです。

------------------------------------------------------------------------
昔、大昔、そして太古の昔 投稿者:ふ み お  投稿日: 4月25日(木)08時32分39秒

nattomakiさん、こんにちは。
>・細かいこと言うと、ハワイ諸島は天皇海山列の最後尾なので、日本列島に近づいたと思ったらターンして
 アリューシャン列島のほうに行っちゃいますね。

1億年近く待ってやっと顔が見えたと思ったら、向きを変えてとなりの友達のところへいってしまったら誰でも怒り心頭ですね。

ノンノンさん。
>その後、転校してお弁当になったんですが、ほとんどの子が新聞紙にお弁当を包んでいました。子供新聞で包んで来る子もいて、羨ましかったです。
子供新聞は漫画とか部分的にカラー刷がなかったですか。そんなことを思い出しました。

>神山純一さん、お名前をよく耳にします。有名な方なんですね。
彼とは小学校がとなり、塾が一緒でした。中学では同じ卓球部でした。歌のうまさは地域に鳴り響いていました。(「こじかのバンビ」という童謡のシングルも出していました)
それ以来ですから既に40年以上付き合っていることになります。

MACKYさん
アップダウンクイズで10問回答すると、突然ハワイアンが流れ、日航?の現役スチュワーデスが飛行機のタラップを擬した階段をあがり、正解者にレイをかけていましたね。(多分)当時搭乗するのはタラップしか方法がなかった時代だったのですね。
ところで、当時はハワイに行くことは庶民では夢の世界だったので、あれだけの人気番組になったのだと思います。
人気俳優高嶋忠夫と宝塚の寿美花代の新婚旅行はハワイでした。10年前くらい高嶋忠夫がその時のことを話しているのをTVで聞いたことがあります。
あんな有名な芸能人でも収入は当時の円レート(360円)で換算するとアメリカ人の上流クラスには到底届かなかったようですね。ホテルでの食事なんてとてもで、毎日マクドナルドを食べていたとのことです。

------------------------------------------------------------------------
「哀愁のワインティングロード」 投稿者:MACKY  投稿日: 4月24日(水)22時21分48秒

とろりさん>アップダウンクイズで想い出すのは、晩年(?)の西郷輝彦さんの司会の頃、「横浜銀蠅の最後のシングルは?」という問題で解答者は正答したのに、西郷さんは「哀愁」を「わかれ」と読むのを知らなかったらしくわざわざ「あいしゅう」と訂正させてやっと正解にさせた事件ですね。これは当時某週刊誌に投書が載り、何週間後かに西郷さんが番組内で謝っていました。とろりさんが仰るように不正解には厳しい番組なので、もしお手つきにしてたら大変なことになっていたところです。

ふみおさん>やっぱり音楽関係のお仕事もされているんですね。

給食といえば、私の頃はもう完全に牛乳でしたが、担任から脱脂粉乳がどんなに不味かったか、牛乳を飲めるのがどんなに幸せかを諄々と語られたことがあります。でも給食費の内訳にはまだ脱脂粉乳の欄がありました。もう今は流石にないかなあ?

それから昨日の私のカキコ中、「桑港のチャイナタウン」の特別歌唱は1度でした。お詫びして訂正します…。

------------------------------------------------------------------------
サビタ? 錆びたノンノン? 投稿者:ノンノン  投稿日: 4月24日(水)22時18分24秒

とろりさん
わァ〜、日野てる子さん、綺麗! 髪の毛を片側に一つに結んで、大きなお花を付けて歌っていましたね。いつも、綺麗な女性だなと思って観ていました。サビタってどこなんでしょうか?ハワイですか?
♪甘えてみたい二人 恋してみたい二人 夢から醒めりゃ ポカンポカンポカン♪っていう歌は、日野てる子さんの歌ですか? 梓みちよさんではなかったでしたっけ? それとも別の人ですか?
一億年後まで、大丈夫、私一人でも生き延びていますから。(笑) でも、その頃ってどうなっているんでしょうね。100年後はどうなっているんでしょう。私は生まれかわっているのかな〜。

ふ み おさん
私が食べた給食も、コッペパンが多かったです。揚げパンがおいしかったな。
その後、転校してお弁当になったんですが、ほとんどの子が新聞紙にお弁当を包んでいました。子供新聞で包んで来る子もいて、羨ましかったです。
神山純一さん、お名前をよく耳にします。有名な方なんですね。

------------------------------------------------------------------------
脱脂粉乳 投稿者:nattomaki  投稿日: 4月24日(水)21時54分39秒

 級宿のこと
・わたしは給食で脱脂粉乳飲まされたことがあるぞ(爆)。年齢は、とろりん村のとろりんさんと
 あまり変わらないはずなのに…ね。
 わたしの町は貧乏だったんだなぁ。

 ハワイのこと
・細かいこと言うと、ハワイ諸島は天皇海山列の最後尾なので、日本列島に近づいたと思ったらターンして
 アリューシャン列島のほうに行っちゃいますね。
・アップダウンクイズは、小学生の頃に“出たいなー、出さえすればすぐにハワイに行けるのに”って思いながら
 見てました。で、いまだに海外は行ったことがありません。

------------------------------------------------------------------------
昔話 投稿者:ふ み お  投稿日: 4月24日(水)07時49分45秒

ノンノンさん。
>昔、お弁当を持って来られない生徒は校庭で水を飲んでいたなんて、すごくかわいそうだと思いました。

この辛さを実感したのは実は10年前くらい、ちょっとした手術で入院したときです。
簡単な手術でしたが、前日は食事制限があり、朝から流動食、夕食は薄いジュースだけ。
相部屋で回りの人は普通食。
私の体はなんともない状況でしたので、もの凄くおなかがへり、周りが気になって仕方がありませんでした。
当時の平均的な病院食で、通常時だったら食べたくないようなぬるい味噌汁とか味付けの薄い煮物とかでしたが、本当に人のものを取り上げても食べたいような気がしました。
その時、兄に聞いた欠食児童のことを思い出しました。小学生の時にそんな経験はさぞかし辛かったろうなとしみじみ思いました。(空腹は最高のご馳走とも思いましたが)

>デュークエイセスが歌う、大原三千院の歌って「女ひとり」でしょうか? ♪恋に疲れた女が 一人♪っていう歌ですか? その歌、私も好きです。

はい、そうです。何回か三千院に行きましたが、うっすら積もった雪の庭の佇まいが一番良かったですね。メロディーがそういう雰囲気をよくあらわしていると思います。

>私も庭でウクレレを弾こうかな。おもちゃのウクレレじゃダメかな。

将来のハワイ旅行に備え、どんなものでも良いから、ウクレレを練習しとくことをお奨めします。
ハワイの楽器店で自分にあったウクレレを選ぶなんて、良い感じです。

MACKYさん
>ふみおさんはもしや、何人かのミュージシャンとお知り合いではないですか?
サラリーマン時代新商品開発を担当していましたので、色々な分野のひとと付き合いました。
その中に高校同期の作曲家がいました。神山純一と言い、環境音楽で有名です。
彼のURLは
http://www.supercompany.co.jp/
です。彼と一緒に仕事をしました(現在もしております)のでそれを通じて何人か知っている程度です。(彼は今ニュースの森のテーマ曲を担当しています)

とろり様
>ブリキのような金属でできていました。今から思うとまるで「刑務所」ですね。でも
何も気にせず食べていましたが。鯨カツが2週間に1回くらい出て、食パンが2切れくら
いついていて。それを冬場には「石炭ストーブ」でトーストにして食べたりしていました。

アルマイトといいます。アルミに表面処理をしたものです。酸に弱く、溶けて孔が開いてしまうことよくありました。
我々はコッペパンでかなりおいしくないパンでした。鯨は竜田揚げで、皆この日は喜んでいました。横須賀の冬はそれほど寒くは無いのですが、当時は今より寒かったですね。廊下の消火用にバケツが置いてありましたが、氷が張っていることもありました。4年生まではストーブはありませんでした。皆、しもやけと皸で、指は血だらけになっていました。
今から考えるとほとんど難民の世界ですね。

------------------------------------------------------------------------
♪ 投稿者:とろりん村のとろり  投稿日: 4月24日(水)01時24分17秒

日本では昔から「ハワイアン」に人気があったせいか、中古レコード店巡りをしていると
よくハワイアンのレコードに出会います。たとえば、バッキー白片とアロハ・ハワイアン
ズ、 大橋節夫とハニー・アイランダース、エセル中田、南かおる...。

ぼくは、中でも、日野てる子が好きです。彼女のファルセットは非常にきれいです。

☆MACKYさま

そうそう!不正解だと×印のプレートが置かれて、それが2個になるとゴンドラから出さ
れて...というパターンでしたね。
小池さんが振っても答えられないと目もあてられませんでした。それと、9問までいって
いながら「最後の問題」になってしまい、ハワイに行けないというのもあったりして。
小池さんの後は西郷輝彦が司会者になって、番組終了になりましたが、かなりの長寿番組
でした。(←われながらよく覚えているなあ^^。)

☆ノンノンさま

1億年後ですか。うーん...アウストラロピテクスが出現したのは今からたった4百万
年前で、そんなに大昔じゃないんですよ。1億年後まで人類が滅亡せずにいられるかどう
か、かなり不安ですね^^;。

☆ふ み おさま

プレートテクトニクス理論によればおっしゃる通り、ほんとうに少しずつ近づいているは
ずなのですが、やっと近づいてきたかなと思った頃に大地震が起こって、「アップダウン
クイズ」みたいに振り出しに戻ったりして...^^。

ぼくの父親はまさしく、その脱脂粉乳を飲んだ世代です。溶けきらない白い粉がプカプカ
浮いていたそうで、「わしらにはうまいもんやったけど、アメリカの家畜のエサやったん
やで。」という話は1億回くらい聞かされました。

ぼくの小学生の頃は瓶に入った牛乳になっていましたが、トレー、食器、スプーン、すべ
てがブリキのような金属でできていました。今から思うとまるで「刑務所」ですね。でも
何も気にせず食べていましたが。鯨カツが2週間に1回くらい出て、食パンが2切れくら
いついていて。それを冬場には「石炭ストーブ」でトーストにして食べたりしていました。
昭和40年代末頃の話です。あの頃、日本はまだまだ貧しかったんですね(しみじみ)。

でも、父親から戦争中と戦争直後の生活を耳にたこができるくらい聞かされていたので、
ぼくは贅沢な生活をしているんだなあと当時、思い込んでました。

------------------------------------------------------------------------
「桑港のチャイナタウン」 投稿者:MACKY  投稿日: 4月23日(火)22時02分20秒

とろりさん>小池さんはご健在ですか。アップダウンクイズは1度間違えるとゴンドラが落ち、2度間違えると失格、その後誰も答えられない問題を小池さんが失格者に振って(これは必ず振ってもらえるとは限らない)、答えられたら復活、という、お手つきに厳しいクイズ番組でしたね。

岡さんの曲では、この前BSで新沼謙治さんが「東京の花売り娘」を歌っていました。岡さんや小畑実さん、そして灰田勝彦さんは若くして亡くなりましたが、その分(?)田端義夫さんと岡本敦郎さんがお元気ですね。

異国情緒あふれる曲と言えば、昭和27年頃の「カスバの女」が私は真っ先に思い浮かびます。でも「ここは地の果てアルジェリア」はちょっとひどいですよね。

よっかーさん>「桑港のチャイナタウン」(私はこの表記が落ち着きます)は特別出演で2回歌ってるんですよね。4回歌唱は「君恋し」とか「昴」とか「いつでも夢を」「おふくろさん」等数曲あるはずです。

ふみおさん>ふみおさんはもしや、何人かのミュージシャンとお知り合いではないですか?

------------------------------------------------------------------------
でも・・・一億年後まで生きられるのかな〜??? 投稿者:ノンノン  投稿日: 4月23日(火)21時39分54秒

ふ み おさん
ハイ。一億年後にハワイに行って来ます。そしたら、ここで報告します。皆さん、それまで頑張って生きていて下さい。
昔、お弁当を持って来られない生徒は校庭で水を飲んでいたなんて、すごくかわいそうだと思いました。やっと持って行ったお弁当もご飯に梅干しだけという生徒もたくさんいたらしいですね。今の子供は恵まれていますね。私は、給食は小学1年と2年の2年間しか食べませんでした。脱脂粉乳の牛乳を飲んだ記憶があります。今の給食は、その頃に比べるとかなり豪華ですよね。毎日、メニューが変わって、しっかり栄養を考えて作られているし、アイスやプリンやケーキや、いろいろなデザートが付くんですよね。おかわりも出来るし。
デュークエイセスが歌う、大原三千院の歌って「女ひとり」でしょうか? ♪恋に疲れた女が 一人♪っていう歌ですか? その歌、私も好きです。
すごい! 女子大で演奏してそんなにたくさんのお金をいただいて、しかもデュークエイセスと同じステージで! 今でも、その時の事が目に焼き付いていらっしゃるのではないでしょうか? とても良い思い出ですね。
私も庭でウクレレを弾こうかな。おもちゃのウクレレじゃダメかな。

------------------------------------------------------------------------
プレートテクトニクス 投稿者:ふ み お  投稿日: 4月23日(火)13時59分35秒

ハワイのマップが背景ですね。地名や公園がかいてありますが、懐かしい名も散見されます。

一番南にあるのがハワイ島(別名ビックアイランド)それからマウイ島、オアフ島、カウアイ島となります。普通ハワイというとこの4つの島を指します。ホノルルやワイキキはオアフ島にあります。
それにラナイ島、ニーハウ島もある程度の大きさがあります。無人島まで入れれば無数と言えるくらいです。

ハワイ島には世界最大の活火山があり、今も溶岩が海に流れております。
ハワイ諸島は東京に向って毎年6.5cm進んでいます。

従って映画「ブルーハワイ」ウエディングソングがうたわれるシダの洞窟があるカウアイは四つの中では一番古い島です。古い島ですので土壌も肥沃で大木が生い茂っており、ジュラシックパークのロケに使われています。

ハワイ諸島のはるか前方(日本寄り)には日本人にとって忘れることの出来ないミッドウエイ島があります。

ノンノンさん。
そのうち日本とハワイは陸続きになりますから、それまでまってもいいですね。
日本-ハワイ間は5700km位ですから、一億年くらい待てばいいのです。

------------------------------------------------------------------------
欠食児童 投稿者:ふ み お  投稿日: 4月23日(火)13時04分32秒

とろり様
>「あこがれのハワイ航路」って、石本美由起が作詩しているんですね。彼はハワイに行っ
たことがあるのでしょうか。昭和23年という時代を考えると、よくぞここまでハワイの
雰囲気や風景を描写できたものだと思います。

私が生まれたのが昭和23年です。
長男はそのころ小学校でしたが、そのころの話を聞く機会がありました。
お昼になるとお弁当を持ってこられない生徒は、校庭で水を飲んで遊んでいたそうです。
日本中そういう生徒が結構いたそうで(欠食児童)、それを見かねた米軍人が家畜の資料だった脱脂粉乳等を使った給食を始めたそうです。
脱脂粉乳は私は駄目でしたね。臭いし、時間がたつと上澄みに薄皮がはるし、人間の食べものでない、あんな金持ちの米国人はどうなっているのかと思っていました。(その時は飼料とは知りませんでしたので)
そんなときに、「憧れのハワイ航路」なんて雰囲気のものを作ったのでしたら、当時は今の中国のように相当な貧富の差があったのでしょうね。

>「ひとりデッキで ウクレレ弾けば 歌もなつかし あのアロハオエ...」
「夢も通うよ あのホノルルの 椰子の並木路 ホワイト・ホテル

何回もリアルタイムで聞きましたが、何十年もたったので歌詞は忘れていました。
ハワイに行ってからは聞いたことがありません。
この歌詞は今でも立派に通用しますね。ハワイはあまり変わっていないからなのでしょう。

ところで、昨年ハワイに行ったときにウクレレを買いました。
カマカというメーカー製のものですが、これが一番良いと言われています。(ハワイの音がする
ということになっています)
小さな庭に自分で作ったウッドデッキにでウクレレを持ち出して弾くと、ハワイのホテルのラナイ(ベランダ)で弾いているような気分になれます。擬似ハワイ状態になりますので、時々弾いています。

------------------------------------------------------------------------
上海、ハワイ 投稿者:ふ み お  投稿日: 4月23日(火)10時31分18秒

私の脳裏には5,6才の時聞いた歌謡曲がのこっています。当時は海外と言えば歌の世界だけのバーチャルな世界でした。
それだけに今から20年以上前にハワイに初めていったときは感激しました。最近上海に初めて行きましたが、やはり同様に感激しました。歌で聞いて自分の頭の中にイメージを作っていなかったらそんなに感激しなかったと思います。

10歳くらいになると各新聞社等が世界各国の風景や名所旧跡をのせた写真集を販売、ヒット商品になりました。毎月一つの国が特集され、配本されました。毎月楽しみにしていました。それを見ていつか外国へ行ってみたいと夢みていました。

その写真集がまだ残っていますが、その本のハワイを見ると椰子の木の小さいこと。カラカウア通り(ワイキキのメインストリート)のものは5メートル以下のものが大半です。
今は全て10メートル以上あると思います。(この高さから落ちてきた椰子のみが頭にあたったら大変なことになりますので、ハワイの市街地ではしょっちゅう実をとっています)

旅行代理店の頑張りにより、新婚旅行は 箱根・熱海ー九州・北海道ーグァムーハワイー世界中どこでも と変遷したのですが、私は今から23年前、ちょうどハワイに移行し始めたときに結婚しました。

さて、かつてデューエイセスが日本各地の歌をうたっていましたね。このシリーズは今から30数年前くらいからはじまりましたが、宮崎は新婚旅行を題材にしたものだったと思います。
(このシリーズで一番すきなのは 大原三千院 のものです。三千院が大好きで、何回かいっております)

 今から32年前だったと思いますが、ある女子大の前夜祭はデューエイセスで 「ビバノンノン」とやっていました。(こっちが本家)我々はなんとその女子大の後夜祭で演奏したのです。演奏がおわって打ち上げのとき、「演奏料は1万円で良いですか。」と聞かれました。グループ全体で2万円くらいもらったこともありましたが、ただの時もありましたので、「結構です」とリーダーが答えました。
後で袋を見たら、4万円も入っているのです。一人1万円だったのです。前夜祭で莫大なお金を払ってので、それにつられていたようです。物凄い数の女子大生に接待され、その上1万円は最高でした)

------------------------------------------------------------------------
戦後のヒット歌謡曲 投稿者:よっかー  投稿日: 4月23日(火)01時11分06秒

日本の歌謡史をさかのぼっていくと、「憧れのハワイ航路」がヒットしてた頃の一連のヒット曲って、すごくバラエティーにとんでますよね。
実体験は無いのに、馴染みの歌ばかりです。
モノの本によると、中国ブーム、米国ブーム、そしてそこへ行くには船での旅行なんですよね。
昭和25年の「桑港のチャイナ街」を唄った渡辺はま子さんが、戦後はじめて、ハワイ、ニューヨークに渡った芸能人第一号なんだそうです。
岡晴夫さんって、昭和の芸能史を調べてると、もうとてつもない人気歌手だったことがわかってきて面白いです。石本美由起先生も「憧れの〜」を作った時は、24歳だったんですねぇ。

ちなみに紅白歌合戦クイズで、「一人の歌手がもっと多く唄った歌」というのがあって、「桑港のチャイナ街」が5回も歌われてました。(同じく5回に「北国の春」も)

------------------------------------------------------------------------
♪ 投稿者:とろりん村のとろり  投稿日: 4月22日(月)23時52分14秒

☆MACKYさま

「アップダウンクイズ」は昨年、復活しましたね。とはいっても、1回きりでしたが。
「スポニチ」か何かで読みました。
小池清さんはもう70歳だそうですが、ご健在のようです。

ゴンドラがいちばん上まで行くと、タラップが出てきて、首に「レイ」をかけてもらえる
んですよね。でも、一問でも間違えるといちばん下までゴンドラがおりて、(あれは伊
丹空港へ引き返されちゃったということなのでしょうか?)さらに不正解を重ねるとゴン
ドラからも出されてしまったりして、ルールは単純でありながら、わりとエキサイトし
て見ておりました。MBSの名番組のひとつでしたねえ、あれは。

アシスタントだった佐々木美絵アナウンサーは「ヤングOH!OH!」の司会者だった斉藤努
氏と結婚して、美絵ファンの大顰蹙をかったものです。(←ぼくだけかな^^?)

「ヤングOH!OH!」も毎週見ていていました。若き日のさんまや紳助も出ていて、今、振り
返ると懐かしいですね。

「あこがれのハワイ航路」って、石本美由起が作詩しているんですね。彼はハワイに行っ
たことがあるのでしょうか。昭和23年という時代を考えると、よくぞここまでハワイの
雰囲気や風景を描写できたものだと思います。

「ひとりデッキで ウクレレ弾けば 歌もなつかし あのアロハオエ...」
「夢も通うよ あのホノルルの 椰子の並木路 ホワイト・ホテル...」

あるいは、灰田勝彦からハワイについて話をおききになったのかもしれません。

岡晴夫って、「上海の花売娘」とか「パラオ恋しや」「花の広東航路」と、とても異国
情緒のある曲をよく歌っていますね。今と比べると海外渡航がはるかに困難な時代であっ
たはずなのに...。

いや、でも、彼に限らず、例えば、渡辺はま子も「桑港のチャイナ街」とか「蘇州夜曲」
「あヽモンテンルパの夜は更けて」...などを歌っていますから、もしかすると海外
旅行は夢のまた夢という時代であったがために、かえって、歌謡曲の描く世界の舞台とな
り得たのかもしれません。

------------------------------------------------------------------------
「憧れのハワイ航路」 投稿者:MACKY  投稿日: 4月22日(月)21時34分39秒

ふみおさんとノンノンさんのカキコを見て、何となく随分古い歌を想い出してしまいました。そういえば昔、アップダウンクイズで「夢のハワイへのご招待!」と言っていた小池清さんはどうしたかな?

------------------------------------------------------------------------
500円玉貯金!! エイエイ、オー!! 投稿者:ノンノン  投稿日: 4月22日(月)21時26分21秒

ふ み おさん
そうか!!500円玉貯金だ!!  ハワイ用に500円玉貯金をすればいいんですよね。お金を貯めても、いつ行けるかが問題なのですが・・・。 私は、肉体労働なのでパソコンを持って行っても仕事が出来ないんですよ。貧乏暇なしとは、まさに私の事ですね。(笑) いつまで働くのかな〜。動けなくなるまでだろうな〜。女を捨ててます。本当に。(笑)
日本人は働き過ぎですよね。身体も心も壊してストレスいっぱいで。皆、気持ちに余裕がなくて、自分のことだけで精一杯で思いやりもなくなって意地悪な冷たい人が増えて・・・人が困っていても見て見ぬ振りをしなければ恐い世の中で・・・今の日本人は変、大人も子供も・・・動物も人間の犠牲になっている・・・こんな世の中に皆、傷ついているんだよね・・・
おばあさんになったってハワイに行けますよね。歯は、いい ってわけにはいかないけど、ビキニを着て浜辺を歩いて、若い男性をナンパするぞ!

------------------------------------------------------------------------
ハワイ 投稿者:ふ み お  投稿日: 4月22日(月)11時58分01秒

ノンノンさん。

2年前にサラリーマンをやめ、自営ですので、私も日曜日とかは関係ない仕事になりました。
昨年家族旅行でハワイに行ったときに初めてパソコンを持っていき、ホテルでも仕事をしました。
地元のFM放送のハワイアンミュージックを聞きながらです。
何もハワイまで言ってと思われるかもしれませんが、海を見ながらの仕事は楽しかったですし、
能率も上がりました。時間場所を選ばない仕事が今後どんどん増えるのでしょうね。

グァムには行った事がありませんが、リピーターは余りいないようです。
ハワイとグァム双方言った人の話では、圧倒的にハワイが良いという人が多いです。
ハワイのリピーターは、生活の中心にハワイを置いている人が多いですね。
物凄い頑張りで一年節約し、その資金で行かれる人も少なくありません。

音楽は場所と時代背景を移しますね。アメリカオールディーズなんてアメリカの当時の雰囲気がはっきり出ているように思います。
ハワイアンもハワイで聞くとまた違った感じになります。
あのとろーんとしたメロディーそのままの生活です。
ハワイのビジネスの中心であるダウンタウンでもあくせくした人はあまり見たことは無いです。(サラリーマンの場合、朝8時ごろ出勤で日本と余り変わりませんが、帰りは3時ごろです。そのころ高速はラッシュになり、渋滞しますが、先を争う人はまずいません)

ということで今日から500円玉貯金をされたらいかがですか。100個集めれば良いのです。

------------------------------------------------------------------------
「バラの恋人」 投稿者:ノンノン  投稿日: 4月21日(日)21時34分55秒

ふ み おさん
ハワイに、5万円で行けるとは安いんでしょうね。でも、それでも、貧乏人の私には無理かも。暇もお金もないし。でも、いつかは行きたい、夢のハワイへ。いつになるかな〜。今、私がやっている仕事は、まとまった休みがないんですよ。ゴールデンウィークもお盆も暮れも正月も仕事をしています。土日も、時々、仕事があるし。今の私の望みは、まとまった休みが欲しい事です。
グアムには行った事があるんですよ。私が行った唯一の外国です。でも、なぜか、また行きたいとは特に思いません。
バニーズは、ブルージーンズの後なんですか。加瀬邦彦さんがブルージーンズにいたんですね。私は、「バラの恋人」を歌っていた、チャッピーこと渡辺茂樹さんが好きでした。一番背が高くてギターを弾いていたハーフっぽい人も素敵でした。

MACKYさん
私は、子供の頃(5歳位の頃)、テレビの中に人が入っていると思っていて、テレビの横や後ろの穴がボツボツ開いている所を覗いていました。

よっかーさん
よっかーさんが住んでいらっしゃる所って、のどかな感じの所っぽいですね。となり村って書いてあったので、そう思いました。私の家には猿がたまに遊びに来ます。もう少し奥に行くと、狸や鹿や猪も山にいます。

------------------------------------------------------------------------
わーお、ありがとうございます。 投稿者:よっかー  投稿日: 4月21日(日)12時39分57秒

そうかLDはアナログだったのか。見た目で思い違いをしてましたね。
かさばるけど、LPやLDのサイズはジャケットも魅力なんだよね。
通信カラオケが始まる前は、LDカラオケ・セットをずいぶん売ってたんだけどね。
私んちはちっちゃな家電店なのもで。

今、ベンチャーズのLD「ライブ・イン・LA」を出してきて見てます。
そうそう、去年末にとなり村(人口2500)にも来てコンサートしてました。彼等は本国よりも日本での活動がメインみたいですねぇ。ありがたいことです。

------------------------------------------------------------------------
レーザーディスク 投稿者:ふ み お  投稿日: 4月21日(日)07時51分44秒

よっかーさん。
>寺内タケシを知らない、うちの弟はビデオで見て「そんなバカな!」と突っ込んでましたが、ま、お約束のシーンで、私は大好きなんですよね。

演技もなにもない素のままの寺内タケシだったので、「何でおかもちもっているの。」という感じで、突然名演奏をしても、なにも不自然に感じがしませんでしたね。

>残念ながら生で「寺内タケシとブルージーンズ」のライブを見たことがないんですが、ベンチャーズのようにほぼ全曲インストゥなんでしょうか?

少なくとも初期はインストだけでしたね。彼の演奏はバックには向きません。極端な目立ちたがり屋ですので、バックバンドの時でもがんがんやってしまうのです。また初期のころはほとんど同じフレーズのアレンジしかできませんでしたので、どんな曲も同じになってしまうのです。

この点で決定的にベンチャーズと差がありました。ベンチャーズはその曲想を理解して、見事にそれをアレンジします。
加山雄三の「夕日はあかく」のインスト曲を聞いてください。加山雄三も自分の曲をこんなに素晴らしくしてくれたと感動の言葉を発していましたが、あのダイナミック・ベンチャーズ(ライブの時フィリピン系アメリカ人?の司会が騒いでいた)の素晴らしいアレンジで、叙情的な曲に仕上がっています。今でもあれだけのアレンジができる日本のアーティストはなかなかいないのでは。
今でこそ寺内たけしも結構なアレンジをしますが、当時は「日本的な超絶技巧の王者」と思っていました。

>レーザーディスクのピックアップ開発って…「ワーナーパイオニア」の開発部にでも勤めてたんですか? すげぇなぁ。

たまたま入社したパイオニアが「世界のステレオ」から「絵の出るレコード」に方針を大変換したときでしたので、その基礎開発を担当しました。量産の時はソフトを供給するユニバーサルが出資、ユニバーサル・パイオニアになりました。(すぐに逃げられ、その後はカラオケまで苦しい戦いが続きましたが。IBMも資本参加という打診があり、かなりの線まで行ったのですがやはり逃げられました)
いま自営業ですが、中国展開を進めている先峰(パイオニア)のDVDピックアップの総経理(工場長)と先日東莞で会ってきました。埼玉でピックアップを研究しているグループリーダーはかつての後輩です。

>レーザーディスクのサイズでDVDを作れば、1枚で普通のドラマが全話収録できるんじゃないのか。と考えたりしてる私です。

レーザーディスクは意外でしょうがアナログです。同時に開発されたCDはデジタルなので光学的にははるかに楽です。DVDはあの大きさに2時間入りますので、優れたものですが、画像圧縮で無理やりいれていますので、動きが早い場面では解像度が落ちます。絵そのものはレーザーディスクのほうが上です。CDとブラックディスクも同じですね。
最近J-pop(つなみとか)のジャズアレンジを最先端のデジタル機器、および最高のアナログ機器を引っ張り出し、同時録音をしました。そのうちに発売しますので、機会があったら聞き比べてください。少なくともジャズではブラックディスクの方が良いような気がします。

日亜と特許でもめているいる中村修二さんが開発したブルーレーザーを使ったbーDVDが実用化されれば、従来のNTSC(解像度525本)なら一枚に10時間は入ります。(ソフトの価格をどうするかが問題ですね。ソフトの内容から考えれば一枚3万円とかになりますから。)

------------------------------------------------------------------------
寺内タケシさんと言うと...。 投稿者:よっかー  投稿日: 4月21日(日)00時28分19秒

どーしても「エレキの若大将」での、出前持ちなのに初めて弾いた瞬間から、名演奏で若大将から「なかなかやるじゃないか」って言われるシーンが思い出されます。(笑)
寺内タケシを知らない、うちの弟はビデオで見て「そんなバカな!」と突っ込んでましたが、ま、お約束のシーンで、私は大好きなんですよね。

ふ み お さん
残念ながら生で「寺内タケシとブルージーンズ」のライブを見たことがないんですが、ベンチャーズのようにほぼ全曲インストゥなんでしょうか?

デビュー当時の活動は、今でいうと東京スカパラダイスオーケストラのような活動だったんでしょうか。東京スカパラが奥田民生や、田島貴男などをヴォーカルに迎えてリリースするように、ブルージーンズも木の実ナナ、藤本好一、植木等、内田裕也、ほりまさゆき、桜井五郎などといっしょに何枚もリリースしてますね。(ちょっと例えが強引ですが)

レーザーディスクのピックアップ開発って…「ワーナーパイオニア」の開発部にでも勤めてたんですか? すげぇなぁ。
レーザーディスクのサイズでDVDを作れば、1枚で普通のドラマが全話収録できるんじゃないのか。と考えたりしてる私です。

とろりさん
お大事に。最近、暖かかったり、寒かったりで油断すると、鼻がズーズーいいだすんだよね。
お互い健康第一でいきましょね。

------------------------------------------------------------------------
「僕は野球の選手」 投稿者:MACKY  投稿日: 4月20日(土)23時20分55秒

ふみおさん>灰田勝彦さんはとにかく野球の好きな方だったようですね。「僕は野球の選手」とかいう歌もありますね。タイトルしか知りませんが…

若大将シリーズで加山雄三さんがギターを練習していると店員役の寺内タケシさんがやってきて、「試しに弾いてみる?」といわれギターを持って演奏をするという、当人たちも「ちょっと無理があったよなあ」と苦笑したシーンがありましたよね。

ノンノンさん>あの番組、77年頃までは私も見ていた記憶があるんですよ。当時、日曜の午前中にも玉置さんの司会する番組があって、当時子供の私は最初は同じ番組の午前部と午後部だと思い、それが違うと分かると「この人はお昼の休憩をするだけで日曜日はずっと仕事なんだ、凄いなあ」と思っていました。

モボというと私はエノケンの「伊達男」を想い出します。これ学生時代にカラオケで歌って、「えっこんなオチがあるんだ」とビックリしました。

------------------------------------------------------------------------
湘南サウンド 投稿者:ふ み お  投稿日: 4月20日(土)22時07分46秒

ノンノンさん。
>私は一度も行った事がないのですが、ハワイで暮らす事が夢です。でも、多分、かなわない夢だと思います。
オフシーズンなら一人5万円で行けます。夢なんてことは決してありません。
ハワイは本当に好きです。湘南の海で学生時代をすごしましたが、とても太刀打ちできない素晴らしいところだと思っています。
私もできれば10年後くらいにはハワイで一年の半分くらいをすごしたいと思っています。

>灰田勝彦さんの事は、名前は知っています。若者(モボ)って何の事ですか?
モダンボーイの略称です。アメリカ文化にあこがれ、それを日本で実践しようとした人たちですね。

>寺内タケシさんって、最初は、バニーズというグループにいたんでしたっけ? その後、寺内タケシ&ブルージーンズというグループを結成したんでしたっけ?
逆なんです。
寺内たけしとブルージーンズが最初です。「思い出の渚」で有名になった加瀬邦彦等がオリジナルメンバーです。このあたりの人は加山雄三とも親密な関係にあったようです。加山雄三が「あのリズム音痴の加瀬があんな良い曲を(思い出の渚のこと)作りやがって」と話したことを何かで読んだことがあります。

------------------------------------------------------------------------
とろりさん、ゆっくり休養なさって下さい。 投稿者:ノンノン  投稿日: 4月20日(土)21時18分43秒

とろりさん
風邪をこじらせてしまったそうですが、大丈夫ですか? 無理をしてしまったんですね。病院に行かれましたか? 病院でお薬を頂いて飲んだ方が早く良くなると思います。具合が悪いと辛いですよね。今は季節の変わり目で、夏日になったと思うと翌日は寒くなったりして、身体の調子を崩しやすいので、けっこう風邪をひいている人がいると思います。食欲が出てきたら、栄養があって消化の良い物をお食べになった方がいいですね。無理をなさらない様に、ゆっくりおやすみになって下さいね。どうぞ、おだいじになさって下さい。

よっかーさん
ヘドバ&ダビデは、イスラエル人なんですか。そういえば、聖書に出てきそうな名前ですね。

ふ み おさん
新婚旅行でハワイに行かれたなんて、すごいですね。最近は、ハワイに行く人が多いですが、昔は、とても数少なかったですよね。しかも、10数回も行かれてるなんて、とても羨ましいです。ハワイはいいですよね。私は一度も行った事がないのですが、ハワイで暮らす事が夢です。でも、多分、かなわない夢だと思います。灰田勝彦さんの事は、名前は知っています。若者(モボ)って何の事ですか?
車を設計したり、レーザーディスクの光を開発したり出来るなんて、すごいですね。私は壊したら最後、直せないです。
寺内タケシさんって、最初は、バニーズというグループにいたんでしたっけ? その後、寺内タケシ&ブルージーンズというグループを結成したんでしたっけ?

MACKYさん
玉置弘さんの番組は、30年ぐらい前まで放送していた様な気がします。サマーランドやヘルスセンターなどで中継したりしてました。フォーリーブスはよく出ていましたよ。

------------------------------------------------------------------------
失礼しました 投稿者:ふ み お  投稿日: 4月20日(土)09時46分21秒

自己レスです。

>ヘドバとダビデは日本で開催された音楽祭で最優秀賞をとったのでしたっけ。

確か第1回世界歌謡祭のグランプリこそ、ヘドバ&ダビデでしたが、歌唱グランプリは雪村いづみさん

とよっかーさんが書かれていますね。失礼しました。

------------------------------------------------------------------------
寺内たけし他 投稿者:ふ み お  投稿日: 4月20日(土)09時26分45秒

ノンノンさん
>寺内タケシさんって、全国の高校をボランティアで巡回しているんですか。今もなんでしょうか?
昨年記念すべきジャストの回数(失念)になったとかのことで、各種メディアに露出されたと思います。当初ボランティアで演奏すると申し入れても、どの高校からも拒絶されたようです。どうしようもなく彼の母校の校長に頼んで、始まったとのこと。その演奏のすばらしさが評判になり、徐々に受け入れる学校が出てきたようですね。記念のX回目はその母校でやりました。
そんな誇らしい人生の収穫期に癌になり、その病床で息子がドラッグ逮捕ですからね。
先日病気復帰後はじめての公演があったようですが、ファンに応援され、嬉し涙で演奏していましたね。

とろりさん
>「太陽の彼方に」を日本ではじめてカバーしたのは藤本好一かと思います。
確かにそうです。スポーツマンタイプでした。作詞家としても活躍していたのですね。

MACKYさん
ヘドバとダビデは日本で開催された音楽祭で最優秀賞をとったのでしたっけ。
>灰田勝彦さん、「野球小僧」の方ですよね。
そうです。
アレン灰田から聞いたのですが、慶応大学でハモニカバンドのリーダーをやり(明治生まれの私の親父も他の大学でハモニカバンドのリーダーで、かつ硬式野球の正選手でした。当時の若者(モボ)のはやりだったようです)その後アメリカ本土で仕事、その後ハワイでハワイアンをやり、日本で流行歌手になったとのことです。

------------------------------------------------------------------------
「ナオミの夢」 投稿者:MACKY  投稿日: 4月20日(土)00時05分01秒

よっかーさん>ありがとうございます。やっぱりシングルのA面曲ではなかったんですね。さだめ、ならやっぱり運命って書くだろうからしゅくめいのような気もしますが…この年の美空ひばりさんの「別れてもありがとう」もシングルのA面曲じゃないですよね。この再放送で人気が出て今度シングルとして発売されるそうですが…

ノンノンさん>大物歌手の方は10年くらい前のバラエティー番組で自らが、ロック系歌手の方は15年くらい前の音楽特番でユーミンにばらされていました。佐川満男さんも独身時代はかなり色々浮いた噂のあった人みたいですね。伊東ゆかりさんの方は某新聞系球団の当時の1番打者と噂があって、その選手がバッターボックスに入ると、「ゆかりが噛んだ小指が痛い」などとヤジが飛んだそうですが…

ヘドバとダビデは確か男性の方が亡くなったんですよね。この「ナオミの夢」のナオミが日本人だと思っている人、かなりいるんだろうなあ…

こんちさん>その番組の話は流石に知りませんでした。ところであの番組、いつ頃まで放送してましたっけ?

ふみおさん>本当にお詳しいですね。私はハワイというと、どうしても「南の島の大王はその名も偉大なカメハメハ…」を想い出しますが…

灰田勝彦さん、「野球小僧」の方ですよね。でも私は生前のお姿を知りません…

------------------------------------------------------------------------
m(_ _)m 投稿者:とろりん村のとろり  投稿日: 4月19日(金)23時44分58秒

☆ふ み おさま

「太陽の彼方に」を日本ではじめてカバーしたのは藤本好一かと思います。
「EP盤リスト(その3)」の「恋のシーサイド」(小畑ミキ)のところをご覧いただけた
ら幸いです。

http://風邪のため、たったこれだけのレスですいませんm(__)m。

------------------------------------------------------------------------
1960年後半 投稿者:ふ み お  投稿日: 4月19日(金)22時45分28秒

よっかーさん
>アストロノーツの「太陽の彼方」も小学校の頃は、エレキは全部ベンチャーズだと思ってましたから。(笑) 
ベンチャーズのリズム主体のエレキに対して、綺麗なメロディ、音色が売りの英国のバンド「シャドーズ」も人気がありました。最大のヒット曲は「春が一杯」です。当時は気にしませんでしたが、超訳でとんでもないタイトルをつけたのですね。

>のってけって歌詞で唄ってたのは、ゴールデンハーフでしたよね。
ゴールデンハーフは数年後リバイバルでうたいましたが、最初は若い男性の歌手でした。(名前失念)

ノンノンさん
>歴史の先生をなさっていらっしゃるのでしょうか? 私が無知過ぎるのかもしれないのですが、ハワイについて、とても詳しいのですね。
歴史が一番苦手でしたが、理系は割と得意でした。学生時代車が一番好きでしたが、自分が設計した車で人が死ぬのは耐えられないと思い、二番目に好きなオーディオにし、そこでレーザーディスクの光ピックアップを一人でこつこつ開発していました。

学生時代、夏はベレGで三浦海岸に行き、ハワイからきたプロのフラダンサーによるフラやタヒチアンダンス、ファイヤーダンスを見てハワイに行きたいと思っていました。(三浦海岸では例のズートルビーのステージもありました)

新婚旅行がハワイで、それ以来10数回ハワイに行っており、そっちのフォーラムでは結構書いています。
昨年タイムシェアのコンドを手に入れました。その時の私たちの担当者はアレン灰田でした。
灰田勝彦さんの兄が彼の父親です。
さて灰田勝彦さんて知っている人はいますか。>all
紅白にも何回かでていたと思いますが。

------------------------------------------------------------------------
イスラエルなんだな。 投稿者:よっかー  投稿日: 4月19日(金)22時00分28秒

去年の「あの人は今」に出てました。チラッと見たんですが、どちらかの方が亡くなってるんですよね。ヘドバとダビデって聖書に出てきそうな名前じゃないですか。

------------------------------------------------------------------------
二人の世界 投稿者:ノンノン  投稿日: 4月19日(金)21時26分56秒

とろりさん
さっき、「ふたりのビッグショー」に、あおい輝彦さんが出演して「二人の世界」を歌っていました。とろりさん、この曲好きですよね。私も大好きなんです。♪だから明日も生きるんだ♪とか♪だから強く生きるんだ♪とか、いい歌詞ですよね。

よっかーさん
ヘドバ&ダビデ  懐かしい名前ですね。「ナオミの夢」ですね。最初、この名前の、ヘドバって聞いた時、おもしろい変わった名前だなって思いました。どこの国の人だったんでしょうか?その頃って、「シェリーにくちづけ」とか「ローズガーデン」とかもヒットしていましたよね。

こんちさん
♪空に燃えてる でっかい太陽♪ってありましたね。「でっかい青春」っていう学園ドラマでしたっけ? ♪大きな空に はしごをかけて♪は、「これが青春だ」でしたっけ? あれ? 何か、まぜこぜになってるかな? 全然、違うかな? 
伊東ゆかりさんの「あなたしか見えない」って、いい歌ですよね。♪今まで付き合ってきた女の子に比べたら 私は真面目すぎて あなた つまらないでしょう♪っていう歌ですよね。
少し前にテレビで、伊東ゆかりさんと佐川満男さんがデュエットしていましたね。何か、いいですね。別れても一緒に歌えるなんて。かなりの年月を経ているっていう事もあるのだと思いますが。
かまやつひろしさん  台湾乞食  何か、想像してしまいました。何か、違和感を感じないのはなぜなんでしょうか。かまやつひろしさんって、バナナが似合いますよね。堺正章さんも似合いますね。二人共、個性があって素敵ですよね。
私は、前川清さんソロになってからの曲なのか、クールファイブの時の曲か、わからないのですが、♪昔があるから私は あなたと歩いて行ける♪っていう曲が好きです。

ふ み おさん
違っていたら、本当にごめんなさい。ふみおさんは、歴史の先生をなさっていらっしゃるのでしょうか? 私が無知過ぎるのかもしれないのですが、ハワイについて、とても詳しいのですね。詳しい人は先生だと思ってしまう私は単純ですね。
大昔、王の前でフラダンスを間違えると死刑だったなんて、すごい!ですね。
スイムという踊りとサーフィンという踊りは別のものなんですね。スイムはサーフィンを真似した感じなんですね。
寺内タケシさんって、全国の高校をボランティアで巡回しているんですか。今もなんでしょうか?エレキに対して誇りと情熱を持っているのでしょうね。一生懸命さがカッコイイですね。
エレキは不良  GSは不良  長髪は不良とかいろいろ言われてましたよね。

 

------------------------------------------------------------------------
ふ み おさんの思い出話はうれしい。 投稿者:よっかー  投稿日: 4月19日(金)20時40分52秒

ふ み おさんのお話はとても興味あります。

アストロノーツの「太陽の彼方」も小学校の頃は、エレキは全部ベンチャーズだと思ってましたから。(笑) のってけ、のってけって歌詞で唄ってたのは、ゴールデンハーフでしたよね。
歌詞は単純でも、こんなに憶えやすいのは無いよね。

乗ってけ 乗ってけ 乗ってけ サーフィン
波に 波に 波に乗れ乗れ
揺れて 揺られて 夢の小舟は
太陽の彼方

この後、踊れ、燃えろ、泳げと5番まであったっけ。(笑)
関係ないけど、Gメンの速水涼子刑事(森マリア)好きだったなぁ。

------------------------------------------------------------------------
エレキの歴史 投稿者:ふ み お  投稿日: 4月19日(金)18時04分27秒

>MACKY さん、とろりさん。
スイムというのはどういうルーツか分かりませんが、橋さんもそのころあまり売れない時期にありプロダクションのスタッフが話題つくりにいろいろ考えたのでしょう。

さて、昔をしる人間として、そのころの話を書いてみますね。(個人的な記憶ですので、間違えているところも多々あるかもしれません)

当時オーディオマニアだった兄の影響で私はFM放送でサンメイドレイズン提供のトップテンを聞いていました。1960年ごろです。GIブルースなんてはリアルタイムになります。ポールアンカのダイアナなんてもそうですね。

そうこうしているうちに、突然聞いたことのない、凄く躍動感あふれるエレキギターが現れました。
アストロノウツの「太陽の彼方」のってけ、のってけ・・です。
このころは無理やりインストの曲に歌詞をつけましたが、この太陽の彼方なんか、ほとんど歌詞といえない文節の繰り返しですね。

この曲でサーフィンという踊りがはやったような記憶があります。そのパクリがスイムだった様な気がします。
この曲は大ヒットとなり、夏の海岸はこの曲であふれました。この曲は物凄いリバーブをかけています。当時電子的なエフェクターなんてありません。このリバーブは機械的にやっており、スプリングを利用していました。(音の振動ースプリングで共振ーマイクという原理です)

さて、アストロノウツはベンチャーズと一緒に来ました。その演奏のかっこ良さやリズムに若者は完全にとりこになりました。
ハンサムな若者達に対し、どんくさいおっさんのグループベンチャーズと言う感じでしたが、しばらくすると、ベンチャーズの圧倒的な演奏のうまさに皆が気付き、あっという間にノーキーはエレキの神様になりました。寺内たけしや加山雄三もモズライトのベンチャーズモデルで演奏、圧倒的な迫力で一気にエレキブームとなりました。
当時のモズライトの価格は27万円。初任給は2万円もなかった時代です。当時のエレキたとえばフェンダーではピックアップは一個で複数の弦の電気信号をとりますが、モズライトはひとつの弦に対して一個のピックアップを配置しました。そのため電気出力が莫大で、管球アンプはひずんだ音になりました。そのひずみ音がなんともいえない音だったのです。

あまりのブームに、ついに エレキ=不良(死語ですね)という図式となりました。
理不尽な扱いに対して、寺内たけしはそれ以来日本全国の高校をボランティアで巡回していますね。

------------------------------------------------------------------------
ハーフでなくてクオーター 投稿者:ふ み お  投稿日: 4月19日(金)15時02分40秒

ノンノンさん。
アグネス・ラムに限らず、沢山の血が混ざっているロコは多いです。ハワイの原住民の文化では、より数多くの血が混ざっていることを誇りとします。
その結果、純粋のポリネシアンがほとんどいなくなり、現在州や米国政府はその血統を守るためにかなりの支援を続けています。
大昔ですが宣教師によりフラが禁止されました。本来のフラは踊りというより、宗教的な意味を持つ儀式で、キリスト教と摩擦があったからです。(王の前でのフラダンスを間違えると死刑というすごさで、文字のないハワイでは、フラによって民族の誇りを伝承したのです。あの手の動きは全て言葉としての意味をもちます)
ケアリー・レイシェル、ブラザーズ・カジメロもポリネシアンの末裔ですが、売れて生活が安定してからは、むしろフラやハワイ古典の音楽をやるようになっていますね。

一般的に原住民の子孫の暮らし向きは良くありませんので、住居等を安価で提供しています。ワイキキは海とアラワイ運河に挟まれたところですが、その運河を隔てたところに曲面を多用した優美なアパートがあります。そこは原住民のためのものです。少しの混血があっても支援を受けられると聞いています。

ハワイではハーフはあまりいないかもしれません。純粋の外国人あるいは4カ国をルーツにもつクオーターとかのロコ達が大半ですから。

------------------------------------------------------------------------
伊東ゆかりさんなど。 投稿者:こんち  投稿日: 4月19日(金)12時03分09秒

>よっかーさん

伊東ゆかりさんがリタ・クーリッジのカヴァーバージョンで歌っていた「あなたしか見えない」
がとっても好きでした。

>ノンノンさん

青春ドラマの挿入歌で布施明さんが歌っていた『そーらーに燃えてる〜、でっかい太陽〜♪』
という歌詞の曲がお気に入りでした。あの曲が入るとなんだか燃えました(笑)。

>MACKYさん

GSは紅白にもなかなか出演できませんでしたけど、「ロ○テ歌のアルバム」にも
出してもらえなかったみたいでしたね。司会の玉置宏が長髪が大嫌いだったらしくて。
スパイダースのかまやつひろしが『あんな台湾乞食みたいな奴らを出せるか!』と
玉置さんが言ったと伝え聞いて『俺のこと?』と気にしていたとか。

>前川清とクールファイブ

ややマイナーな印象のある曲ですが、「さよならの彼方に」という曲が好きでした。
演歌というより歌謡曲よりなんですが、伝わってくる情念が凄いっ!と当時思いました。

------------------------------------------------------------------------
しゅくめい?さだめ? 投稿者:よっかー  投稿日: 4月19日(金)01時09分50秒

MACKYさん
1969年の「宿命の祈り/伊東ゆかり」の曲紹介が、VTR不良で確認できないもんね。(笑)
作詞・安井かずみさんだけに「さだめ〜」かも。
この曲はヤマハ主宰「合歓ポピュラーフェスティバル'69」で、グランプリをもらった『青空のゆくえ/伊東ゆかり』のカップリングでした。同フェスティバルで作曲賞を『宿命の祈り』でも受賞してますので、この年ヒットした「知らなかったの」よりも、賞をもらった曲を選んだんじゃないでしょうか。(私の勝手な推測です。詳しい方、教えてちょ。)

この年から4〜5年間くらいの頃、ポプコンとか、フェスティバル、ジャンボリー、世界歌謡祭、東京音楽祭世界大会とか、歌唱に対する受賞イベントが盛んに行なわれ始めたんじゃないでしょうか。海外でもウッドストックとかあった年だし、ヒット曲は少ないけど歌唱力があると言われた歌手の見せ場、いや聞かせ場になってたかな。確か第1回世界歌謡祭のグランプリこそ、ヘドバ&ダビデでしたが、歌唱グランプリは雪村いづみさん。第1回東京音楽祭でもグランプリ。その時の2位が伊東ゆかりさんでした。以降この大会で日本人グランプリは出なかったなぁ。
今はもうなくなっちゃったけど、近年また歌の上手な歌手が増えてきたので、こんな歌謡祭が見たいなぁ。

------------------------------------------------------------------------
♪ほら ほ〜ら 黄色いさくらんぼ〜♪ 投稿者:ノンノン  投稿日: 4月18日(木)21時45分54秒

MACKYさん
ブルーコメッツは、3年連続で出場をしたんですね。この頃は、紅白を見た覚えがありません。白黒のテレビはあったのですが、多分、眠っていたのかも。子供の頃、ブルーコメッツは興味がなかったのですが、今は、カッコイイグループだったんだなって思います。音楽的にも素晴らしいし大人の雰囲気が素敵だと思います。
え!?前川清さんって、♪あの鐘を〜♪の人と、あと、グッバイ何とかいう人とお付き合いをしていたんですか? 
前川清さんが、最初に結婚した演歌の人って、オリーブのボーカルの木村稔さん(?)と外国で暮らしていたんですよね。確か、前川清さんと離婚をした後だったと思います。(いいのかな。こんな事を書いてしまっても。)
オリーブは、確か、「君は白い花のように」という曲をうたっていたと思います。ピーターズと同じ頃に人気があったと思います。ピーターズの「虹のキャンドル」とか「白い荒野」とか好きでした。

よっかーさん
アグネス・ラムさんって、そんなに何各国ものハーフなんですね。ハーフって、魅力のある人が多いですね。ゴールデンハーフとかゴールデンハーフスペシャルとかいうハーフの女性達のグループがありましたね。でも、あのねのね の清水邦明さんが最初に結婚したクーコ(?)さんは、ハーフではないですよね?
前川清さんって、昔は、喋らないし笑わないしみたいな感じでしたよね。

------------------------------------------------------------------------
「宿命の祈り」 投稿者:MACKY  投稿日: 4月18日(木)21時18分04秒

よっかーさん>そうですね。あのそそくさと去っていく姿はどうも不自然で気になります。一昨年放映された1969年になるとそれでも少しは歌手がコメントしたりしていますがこの頃は応援ゲストがこれでもか、これでもかと出てきて、こんなことに時間を使うならばもう少し歌を聴きたいなあという感じもあります。ところでこの1969年に司会をした伊東ゆかりさんの歌唱曲が「宿命の祈り」ですが、これ、タイトルの読み方も含めて謎の曲です。というよりシングルで発売された形跡もないし、この年彼女はたくさんのヒット曲があったのに何故この曲を歌ったのでしょうか?

------------------------------------------------------------------------
アグネス・ラムっていいよなぁ〜。(笑) 投稿者:よっかー  投稿日: 4月17日(水)23時24分11秒

日本人向けグラビア・アイドルとしては、全てを兼ね備えてましたよね。プロポーションも魅力的、顔もエキゾチックで親しみやすいという。初代にして最強!
クイズで彼女は何ヶ国のハーフでしょう?っていうのがあったよ。
確か、中国、ポルトガル、イングランド、アイルランド、ハワイでしたか。初代クラリオンガールですよね。

MACKYさん
ほんとそうです。紅白って唄ったらすぐ袖へ逃げるように去っていくんですよね。生放送と言う事で時間厳守を徹底してたのかな。余韻もへったくれもなくて、ビックリですよね。でもそれも歌合戦なんだよね。
前川清さんは、欽ちゃんのおかげでスッカリお笑いのキャラに成り果ててしまいましたね。(笑)
欽ちゃんの番組に出るまでは、ほんとに「クール」ファイブだったのに。 

------------------------------------------------------------------------
「ブルー・シャトー」 投稿者:MACKY  投稿日: 4月17日(水)22時25分00秒

ノンノンさん>ブルーコメッツの出場曲は、順に「青い瞳」「ブルー・シャトー」「草原の輝き」です。「北国の二人」が歌われていないのはちょうど年をまたいだ時期の曲だからでしょうね。「ブルー・シャトー」の時は司会の宮田輝さんが、「音声さん、(音が大きいので)針が飛ばないように気を付けてね」と紹介したそうですが、隔世の感がありますね…

前川清さんは、私の知っているだけでも、ちょうどこの前ここで話題になった某大物歌手(ドライブに行って車がエンストした話は笑えます)とか、一人息子がミュージシャンになった某ロック系歌手とかとお付き合いをされていたようです。それとは別に、今ヒット中の方の母親と結婚されていたんですからね…。

ふみおさん>橋さんは毎年夏になると「今年はスイムだ」とか「今年はメキシカンロックだ」とかというように、新曲で目新しいリズムを紹介していたそうですね。もちろん、私の生まれる前なので本で知ったことですが…。

とろりさん>流石、レコードを持ってらっしゃるとは。

------------------------------------------------------------------------
スイム 投稿者:ノンノン  投稿日: 4月17日(水)22時01分03秒

とろりさん
スイムの踊り方を見てみました。踊りは、私にはよくわからないのですが、すごいですね。37年も前のレコードを持っていらっしゃるなんて。とろりさんは、ちょうどこの頃にお産まれになったんですね。スパイダースも何かの曲で、この踊りを踊りませんでしたっけ? あと、♪乗ってけ 乗ってけ 乗ってけ サーフイン 波に 波に 波に揺られて♪っていう曲も、この踊りを踊っていませんでしたっけ?

MACKYさん
ブルーコメッツは、短い髪で衣装も清潔感がありましたものね。3年も連続で出場したんですか。「ブルーシャトー」「マリアの泉」「青い瞳」「北国の二人」などを歌ったのでしょうか?
前川清さんって、相当なプレーボーイだったんですか。自分から声をかけなくても女性の方からよって来られたのかな〜。でも、元々は真面目な人だと思うのですが。前川清さんって、お年寄りが好きで優しいんですよ。私は、そういう部分が特に好きです。プレーボーイというと、森進一さんも、そういう噂がありましたね。でも、やはり真面目な方ですよね。

ふ み おさん
アグネス・ラムさん、素敵でしたよね。「雨あがりダウンタウン」とかいう曲を歌っていましたね。小麦色の肌で、髪は真っ黒なロングでしたね。宮崎美子さんって、アグネス・ラムさんに似ていませんでした?

------------------------------------------------------------------------
♪ 投稿者:とろりん村のとろり  投稿日: 4月17日(水)20時44分37秒

・「スイム」について

「あの娘と僕」(橋幸夫)のジャケットの中面に「スイムの踊り方」が載っています。
要するに「上体と脚で泳ぎ《スイム》の各スタイルを表現する」踊りのようです。
ふ み おさんのご覧になったのは、たぶん「スイム」の「ブレスト・スクロール」で、
この他に「バック・ストローク」という背泳の型や、クロール、立泳、潜水など、いろい
ろな型があったようです。ですから、各自が自由に「スイム」を踊ると、よっかーさんの
おっしゃるように「バカ騒ぎ」に見えても不思議ではないですねA^^;;。

プレスリーやジャニーズも「スイム」のレコードを出しているようです。しかし、「スイ
ム」って、ほんとうに流行したのでしょうか。ぼくは65年11月の生まれなので、知る
由もありません...。

------------------------------------------------------------------------
アグネス他 投稿者:ふ み お  投稿日: 4月17日(水)08時54分26秒

ノンノンさん。
>私が高校生の頃、松本ちえ子さんが、バスボンシャンプーのCMに出て歌も歌っていました。♪
彼女は体を上下させる振りで歌っていましたが(今考えると単純そのものの)その度に彼女の前髪が上下しました。それがしろうっとぽく、なんともいえない可愛らしさをかもし出していました。

>ミンキーというシャンプーもあったのですが、そのCMは、アグネス・ラムさんでしたっけ
シャンプーの名前は忘れましたが、そのCMでアグネスラムは衝撃的なデビューとなりましたね。
道で人と出会う度にったときに会釈して「ホッ・・・」というものだったと思いますが、彼女のかわいい笑顔とグラマーな体のミスマッチングはその後男性週刊誌のグラビアを独占することになりました。

MACKYさん。
>あの娘と僕」はスイムの曲ですね。といっても私自身スイムって何?って感じなんですが。
スイムって確か手の振りは平泳ぎみたいな踊りだったと思います。
誰かがはやらそうとしたのでしょうが、だめでしたね。なんとなくドンくさい振りでした。

------------------------------------------------------------------------
「東京砂漠」 投稿者:MACKY  投稿日: 4月16日(火)22時29分25秒

よっかーさん>私はその映像を写真でしか知りません。かなり盛り上がったようですね。

「逢いたくて逢いたくて」良いですねえ…何ともない歌詞なのに妙に色っぽいですよね。

昨年暮れに放映した1963年の紅白を観てちょっと違和感を感じたのは、当時の出場歌手って本当に歌を歌うだけで応援はおろかコメントもほとんどありませんよね。おしゃべりはほとんど司会者の独壇場です。当時はハッキリとした区分があったんでしょうが、今のバラエティ紅白を見慣れているとちょっと不思議ですね。

ノンノンさん>「あの娘と僕」はスイムの曲ですね。といっても私自身スイムって何?って感じなんですが。

紅白にリアルタイムで出たGSはブルーコメッツ(1966〜68年)だけだと思います。例の長髪はダメの規定でタイガースなどは出られなかったんですよね。

前川清さんなら私は何といっても「東京砂漠」だな。この前のBSでワンコーラスしか歌ってくれなかったのが残念だったです。この人、若い頃は相当のプレーボーイだったみたいですね。

------------------------------------------------------------------------
あの娘と僕 投稿者:ノンノン  投稿日: 4月16日(火)21時12分38秒

MACKYさん  よっかーさん
橋幸夫さんの「あの娘と僕」は、私は聴いたことがないです。バックでみんなが踊ったということは、軽快なリズムの曲なんでしょうね。「恋をするなら」は、よく知っていて好きです。
1965年というと、まだGSは「紅白歌合戦」に出場していなかったのでしょうか?と、いうよりGSは出場したことがなかったでしたっけ?
園まりさんは、いつも不思議に思うのですが、あまり口を開けて歌わないのに、言葉がハッキリと
聞こえるし上手ですね。
エメロンシャンプーのCMの女性、そういえば昔の方が恥じらいがあって奥ゆかしかった気がします。

さっき、「NHK歌謡コンサート」に海援隊が出演していました。武田鉄也さんって、素敵な大人の男性だなって思います。私が、中学生の時に初めて知ったのですが、その時は、いい歌を歌っているなぐらいしか思わなかったのですが、今は、武田鉄也さんに魅力を感じます。昔より、とても味が出てきましたよね。暖かくて、人間的に好きです。
やはりNHKの「ふるさと皆様劇場」に、いつも出ている前川清さん。私が小学生の時に初めて知ったのですが、その時は特に好きではなかったのですが、今は、武田鉄也さんと同じ様に魅力を感じます。年齢を重ねてくると、異性に対しての好みや考え方などが変わりますよね。

------------------------------------------------------------------------
ちょっと見てみました。 投稿者:よっかー  投稿日: 4月16日(火)02時13分17秒

MACKYさん
「あの娘と僕」を唄う橋幸夫のバックに、ジャニーズが飛び出して、クレージーキャッツ、渥美清、九ちゃん等が見えます。バックダンスというより、バカ騒ぎ(笑)にも見えるような踊りですけどね。とても楽しい一コマですね。
この1965(昭和40)年紅白では、園まり様「逢いたくて逢いたくて」がいいなぁ。ジャケット写真や、当時のスチールを見ると、いわゆるタヌキ顔と言われそうな園まり様ですが、唄ってる表情が一番です!それから西田佐知子「赤坂の夜は更けて」もいいですよ。
この頃の歌手の一番素晴らしいのは、皆さんテレビ写りがいいことです。
というのは、画面に歌手の顔がアップに写っても(鎖骨近くから上)マイクがかぶってこない事です。最近はアッコさんがマイクを離して唄ったことが話題になったりしますが、昔の歌手はみんな声量がしっかりしてたんでしょうね。マイクの性能は確実に現在のほうが優れてるはずですからね。みんな歌がうまいわ〜。(ホントは当たり前ですが)

ノンノンさん
エメロンの「ふりむかないで」のCM、昔と違ってるのが、声をかけられた女性の対応です。もうテレビ慣れ、カメラ慣れの世代ですから、受け答えが下品で嘆かわしい。
なんていうと年寄りくさいとか、女性べっ視とか言われそうですが、昔の方が声かけられた女性が上品に見えました。(笑)

------------------------------------------------------------------------
「あの娘と僕」 投稿者:MACKY  投稿日: 4月15日(月)22時02分57秒

よっかーさん>翌1965年はおそらく映像が残っていると思いますが、この年のトリの橋幸夫さんの「あの娘と僕」を観てみたいです。この曲は白組総動員で踊ったらしいですね。

ノンノンさん>片想いしている時期…そんなこともあったなあ、って感じです…

------------------------------------------------------------------------
シャワラン♪ 投稿者:ノンノン  投稿日: 4月15日(月)22時00分20秒

よっかーさん
酒井和歌子さんって、今日、53歳になったんですか。名前のとおり、わか子さんですね。綺麗な53歳ですよね。
私が、初めて観た学園ドラマは確か、「でっかい青春」だったかな。竜雷太さんが先生役で、生徒は岡田可愛さんなどで、主題歌は、布施明さんが♪大きな空に はしごをかけて〜♪という歌を歌ってました。再放送で観たのですが、もしかしたら番組名や主題歌とかが他の学園ドラマとごちゃごちゃになっているかもしれません。
シャワランは、ピンクレディーですね。エッセンシャルは、岩崎宏美さんですね。
最近、又、エメロンシャンプーの♪ふりむかないで〜♪っていうCMをやっていますね。あのCMは、顔を前もって見てから声をかけているのでしょうか?

------------------------------------------------------------------------
ひろべえさんへ 投稿者:よっかー  投稿日: 4月15日(月)00時53分02秒

讃岐裕子「メリー・ゴーラウンド」を『音吉プレミアム』ってトコで見ましたけど…。
もう遅いかな。

------------------------------------------------------------------------
写真集は8月発売? 投稿者:よっかー  投稿日: 4月15日(月)00時27分55秒

ノンノンさん
私も酒井和歌子さん好きですね〜。
東宝映画でリアルタイムで見た「若大将シリーズ」でおなじみだったんですが、幼かったので名前と一致したのは「飛び出せ!青春」の先生役からですね。これが一番有名な出演作でしょうか。
顔も可愛い、演技もバッチリ、スタイルもいいのに、彼女をうまく使いこなした映画や、ドラマが少ないのがとても残念。とてもキレイな歳の取り方をしてますよね。
実はタイムリーにも、4月15日が誕生日ですよ。信じられない事だが53歳だって。

松本ちえ子「恋人試験」ですよね。シャンプーというとシャワラン(?)のピンクレディーを思い出します。

MACKYさん
1964年の中では、西田佐知子「東京ブルース」、橋幸夫「恋をするなら」、新川二郎「東京の灯よいつまでも」、それから植木等「だまって俺についてこい」を聞いてみたいね。こち亀じゃなくオリジナルをね。

------------------------------------------------------------------------
♪知っているのに わざと間違える 65点の人が好き好き好き♪ 投稿者:ノンノン  投稿日: 4月14日(日)22時06分13秒

とろりさん
私が高校生の頃、松本ちえ子さんが、バスボンシャンプーのCMに出て歌も歌っていました。♪ねっ バスボン♪っていう歌です。あのシャンプー好きだったんですけど、とっくの昔に消えてしまいました。レモンの香りが好きでした。松本ちえ子さんの代表曲は「恋人試験」でしょうか?
ミンキーというシャンプーもあったのですが、そのCMは、アグネス・ラムさんでしたっけ?記憶違いかな。花王フェザーシャンプーは、浅田美代子さんでしたっけ? メリットシャンプーは、荒木由美子さんでしたっけ? シャンプーのCMって、大抵、髪の長い女性が出てるのですが、松本ちえ子さんは、ショートカットに近くて健康的なイメージのCMでしたね。
酒井和歌子さんって、写真集を出されたんですか? 今も、とても綺麗ですよね。 何歳ぐらいになるのでしょうか? 昔、青春ドラマの先生役をしてましたよね。青い三角定規の「太陽がくれた季節」が主題歌の「飛び出せ青春」でしたっけ? 昔、酒井和歌子さんと松原智恵子さんって、同じぐらいの時期にすごく人気がありましたよね。松原智恵子さんは、「ある日わたしは」に確か出演していましたよね。
神崎ゆう子さんって、讃岐裕子さんに似ていませんか? 「おかあさんといっしょ」で、神崎ゆう子さんを初めて見た時、名前も同じだし、顔も声もよく似ていると思って同人物ではないかと思っていました。
讃岐裕子さんって確かに、薬師丸ひろ子さんにも声がよく似ていますよね。「ぎんざNOW」の司会だったかアシスタントだったかをしていた覚えがあるのですが、違ったかな。

MACKYさん
ユーミンの「最後の春休み」も村下孝蔵さんの「初恋」もいいですよね。何か、学生時代がとっても懐かしく切なく愛おしくなりますよね。片思いしている時期っていうのもいいですよね。
梓みちよさんというと私は♪ポカン ポカン ポカン♪ という歌を思い出します。

ふ み おさん
エレキの音は、小学生の頃から好きでした。でも、難しい事はサッパリわかりません。あ〜、いい音だな〜、心臓にズンズン響くな〜、ぐらいです。難しい音符が読めて楽器の上手な人って、すご〜い!って、いつも思います。尊敬してしまいます。
和泉雅子さんって、飾らない人柄なんですね。いいですね。そういう人って。とても、美人なのに、そういうことを忘れてるというか、意識してないところに、とても好感が持てます。

------------------------------------------------------------------------
「メリー・ゴーラウンド」やーい! 投稿者:ひろべえ  投稿日: 4月14日(日)21時08分46秒

下記にありました讃岐裕子さんの「メリー・ゴーラウンド」を京阪神地区のCDショップ、中古レコード店など片っ端から探しましたが見つかりません。通販でも「在庫なし」の返事。 どこか「置いてあったよ」の情報はありませんか?たとえ名古屋でも東京でも買いに行きたいです。

------------------------------------------------------------------------
訂正 投稿者:MACKY  投稿日: 4月14日(日)21時01分45秒

伊東久男さん→伊藤久男さん、ですね。今日TBSの字幕に「ユーミンの実の字が違う」とつっこみ入れたばっかりなのに恥ずかしい…

------------------------------------------------------------------------
「イヨマンテの夜」 投稿者:MACKY  投稿日: 4月14日(日)21時00分00秒

とろりさん、よっかーさん>よっかーさんのおっしゃるとおり、それは家庭用ビデオテープ(超初期ものですね)かもしれませんね。1969年以前の紅白の映像で残っているのはすべてモノクロですもんね。ただし、1964年はカラーの最初の年なので記念に残してあるのかも…

1964年でもう一つ観てみたいのは伊東久男さんの「イヨマンテの夜」ですね。この時は15回記念で4人が特別出場したんですよね。この「イヨマンテの夜」はバックバンド時代の加藤茶さんが知らずにドラムを倍のテンポで叩いて失敗したことがあるそうですね。

1963年以前の紅白は、映像どころか写真もあまり残っていないようですね。高橋圭三さんの追悼番組で第4回のフィナーレの写真が何度も出ましたけど、この頃は2〜3枚しか写真が残っていないみたいだし。面白いのは70年代の紅白の写真もモノクロが多いですね。この頃までカラー写真って貴重だったんですよね。私もよっかーさんのおっしゃるようにテープでも良いから聴いてみたい。「黒い花びら」のピアノ弾き語りなんてぜひ聴いてみたいな。もちろん平尾さんの「ミヨちゃん」もね。

------------------------------------------------------------------------
エレキの若大将 投稿者:ふ み お  投稿日: 4月14日(日)08時58分50秒

とろりさま
>「君といつまでも」が歌われるということは、「エレキの若大将」のワンシーンでしょう

そうです。最後のシーンです。
当時は若大将と無責任シリーズがパックで上映されていました。若き植木等と日本人離れした美貌の浜美枝が必ず出演していましたが、こちらは浜美枝が淡い恋心を持っていると言う程度で、恋人という設定ではなかったですね。(この頃は東京の一流企業に勤めるということは庶民の夢で、途中で丸の内の界隈のシーンがあると、字幕でいろいろ説明されました。日比谷公園とか二重橋とかです。まさにはとバスツアーみたいなシーンが盛り込まれていました。)

エレキの若大将にはベンチャーズが友情出演(死語ですか)するといううわさがあったのですが、それはありませんでした。
TVのコンテストを見ているシーンの飯田蝶子さん(おばあちゃん役)の笑顔が忘れられません。コレにも寺内たかしがモデルブルージーンズや加山雄三の白のモズライトのギターでの演奏シーンがあり、それを食い入るように見ているエレキ小僧が沢山いました。

>?東宝の映画、特に「若大将シリーズ」はアメリカナイズされたカラリとした明るさ
があるような気がしますので、加山雄三と星由里子がちょっとデュエットしても違和感
がなさそうですね。

でも、「ドシラソソド」だと、盛り上がらないような気が...あ、デュエットだから、
その方がいいのか(←ひとりごと)。

あの最後のメロディーは吉永と橋のデュエットみたいな雰囲気で、ご指摘の通り若大将のアメリカ的な明るいイメージに合わなかったのだと思います。それで後で変えたのでしょうね。
ところで、あの二人がなぜ結婚しなかったのか、いろいろ経済的な面があったのでしょうが不思議ですね。

------------------------------------------------------------------------
♪ 投稿者:とろりん村のとろり  投稿日: 4月14日(日)02時26分23秒

☆ひろべえさま

いえいえ、どういたしまして。
以前もどこかに書きましたが、讃岐裕子はルックスも声も薬師丸ひろ子に似ていますが、
もっと透明感のあるすばらしい美声で、聴いていてほんとうに心洗われる思いがします。
おそらく、唯一のLP「メリーゴーラウンド」は名盤です。何年か前にCD化されたもの
の、すでに廃盤になってしまったようです。まだ店頭にストックが残っている...かも
しれません。

☆ノンノンさま

そうです!「キスミー・シャインリップ」のCMソングでした。
だから「『シャイン』の秋」なのでしょう。
しかし、「シャインリップ」とはうまいネーミングですね^^。

リップが
リップクリームのことならば→くちびるの荒れを防ぐ→校則違反じゃない。
リップスティックのことならば→口紅→校則違反。

というわけで、とても「微妙」なネーミングなのですA^^;;。
(『キスミー化粧品』はぼくが中学生の頃もありました。)

☆MACKYさま

ぼくも1964年の「紅白」の映像が残っているなら、見たい曲がいくつもあります。
特に弘田三枝子の「アレキサンダーズ・ラグタイム・バンド」はほんとうに見たい!
あれはミコの最高傑作かもしれません。
あと、西田佐知子の「東京ブルース」とか、藤山一郎の「長崎の鐘」とか...。
あ、「ブルースの女王」さまも出ておられますね^^。

☆ふ み おさま

「君といつまでも」が歌われるということは、「エレキの若大将」のワンシーンでしょう
か?東宝の映画、特に「若大将シリーズ」はアメリカナイズされたカラリとした明るさ
があるような気がしますので、加山雄三と星由里子がちょっとデュエットしても違和感
がなさそうですね。

でも、「ドシラソソド」だと、盛り上がらないような気が...あ、デュエットだから、
その方がいいのか(←ひとりごと)。

えー、何の関係もありませんが、この間、「酒井和歌子写真集」を買ってしまいました。
きれいですね〜!

☆よっかーさま

そうかもしれませんね。
とすると、ちあきなおみは「喝采」を歌うとき、自分が経験した過去の悲しい出来事と
「喝采」の描くストーリーとを必死に切り離そうとしたんでしょうか。

それも、つらいことだったでしょうね。

------------------------------------------------------------------------
あ〜ひょっとしたら… 投稿者:よっかー  投稿日: 4月14日(日)00時59分10秒

MACKYさん
1964年の紅白の映像は、亡くなった直後の「美空ひばり」特集で見ました。「柔」を唄ってましたから間違いないと思います。カラーなんですがスゴク色が落ちていて、ノイズもあっていっそ白黒にしたほうがいいような画面でした。NHKの番組でしたが、ひょっとしたら息子さんの加藤氏が所有しているビデオだったのかも知れません。
放送局に無くて、大物タレントが所有しているケースも多々あるようですから。
1963年以前のモノの録音テープがあるらしいんですよ。聞いてみたいねー。

「星の流れに」は女王(笑)が辞退してたんでしたか。
なるほど、上品なプライドを持つ彼女なら言いそうだね。

とろりさん
経験よりも想像で補った方がヒットしたというケースはよくありますね。
歌の世界でなくても、漫画や小説も知りすぎるとダメのようですよ。あまりに感情移入しすぎて動けなくなるそうです。まったく知らないのも困りますが。

------------------------------------------------------------------------
ベンチャーズ日本の曲 投稿者:ふ み お  投稿日: 4月14日(日)00時02分19秒

ノンノンさん
ベンチャーズはメジャーコードの曲で日本の叙情性を表現した初めてのミュージシャンかも知れません。(ほとんどの古い演歌は Am、Dm、E7の3コードでできています)
ところで二人の銀座(確か「銀座ナイト」)とか北国の空(北海道スカイ)とか京都の恋、とかで奥村ちよが見事カムバック、渚ゆう子、さらに「おうやんふいふい」(正確な漢字忘れました)が一流になりました。ベンチャーズはエレキの神様と言われていましたが、彼女らにとっては仏様みたいな存在でした。
これらの歌はもともとインスト曲ですので、音域が広かったり、エレキ独特の節回しとかがあり、歌手も大変だったと思います。無理やり歌詞をつけたわけですから。
さすがにミュート・トレモロ・グリッサンド奏法(テケテケのこと)の曲(例えばダイアモンドヘッドやパイプライン)は歌にしませんでしたね。
和泉雅子さんの自転車は車輪の小さい、後ろに籠がついた三輪車みたいなものだったと思います。もう5年くらい前ですが、銀座4丁目の交差点(三越前)で2回見ました。
尚彼女の弟が高校野球の名選手で、一緒にTVに出演したことがありますが、良く似た兄弟でした。

とろりさん
若大将シリーズで「君といつまでも」が歌われる場面があります。例によって湖面がきらきら光っているようなところです。(水面きらきらはこのシリーズでは良くありました)このシーンではほとんど加山雄三が歌っていますが、最後の方は星由里子が一緒に歌っていたと思います。
このときの歌の最後の小節「・・・・いつまでも」というところのメロディーがレコードと違います。
レコードでは ドシラシド(いつまでも) ですが、映画では ドシラソソド(いつまでもー)というものでした。(余りよくありませんので変えたのでしょうね)
尚、中学3年くらいの時に生まれて初めて一人で銀座に行きましたが、当然「銀座のバカンス」でした。

------------------------------------------------------------------------
「戦友」 投稿者:MACKY  投稿日: 4月13日(土)23時31分15秒

とろりさん>ええ、私も表現に迷ったのですが、他の言い回しが思いつかなかったので…
梓みちよさんはもちろん「こんにちは赤ちゃん」も知っていますが、私にとっては「二人でお酒を」とか「メランコリー」の人だなあ…というより、「新婚さんいらっしゃい」の司会の方が何故か強い印象があります。

ノンノンさん>ユーミンが最後の音を高くあげるのは彼女のクセじゃないでしょうか?私の好きな「わき役でいいから」とか「青春のリグレット」も最後の音をあげています。話せなかった想い出というと中学の頃を想い出しますが、恥ずかしいので勘弁してください。それこそこの前の村下さんの「初恋」がヒットした頃です。

よっかーさん>え〜、1964年の紅白の映像って残っているんですか?この年の映像は最近の回顧番組でも一切出ないのでないのかと思ってました。この年の紅白は見たい曲がいくつかあります。特に「ウナ・セラ・ディ東京」は1969年版を見てるけど、このオリジナルを見たいなあ。そしてこの年の最大の謎の選曲、森繁久弥さんの「戦友」…どうして東京オリンピックの年にこの曲を歌ったのか、当時の2分弱の持ち時間であの長い曲の何処を歌ったのか、興味は尽きません。

去年の暮れ布施明さんが回顧番組に出たときに布施さんの紅白出場シーンを全部流したけど、1970年とか71年あたりは相当保存状態が悪そうですね。もっとも1973年の「ありがとう」とか「太陽にほえろ」なども時々危ないときがあるから仕方ないか…

------------------------------------------------------------------------
シャインの秋 投稿者:ノンノン  投稿日: 4月13日(土)22時11分33秒

とろりさん
讃岐裕子さんの「社員の飽き」じゃなくて、「シャインの秋」って、CMソングなのでしょうか?その当時、キスミーシャインリップという口紅をつけるのが中高校生の間で流行っていたんですよ。ピンク、レッド、オレンジなどいろいろあったのですが、シャインと聞くとすぐシャインリップが思い浮かびます。高校生の時に、その口紅をつけて学校に行っていたのですが、生徒指導の先生に「口が赤いぞ。何つけてるんだ」と聞かれ「リップクリームです。」と答えたら「じゃあ、見せてみろ」と言われ、素直に見せたら「ほら、口紅じゃないか」と言われたので、底を見てみたら、口紅と書いてありました。それまで、リップクリームだとばかり思っていたので、ビックリしてしまいました。その後、廊下ですれ違った後に、振り向いて、ベェ〜って舌を出したら、急に振り向かれて今度は赤いベロを見られてしまいました。でも、怒らない優しい先生だったな。
「二人の銀座」の歌詞で♪灯ともしごろ♪ってところ、私は最初、♪人も しごろ♪だと思っていて若い頃、職場の社長に「人も、しごろって何をしごろなんですか?」って聞いて笑われました。歌詞に♪重なる時 初めてのキス♪なんてあるから、そんなことをしごろなのかな。なんて思っていました。私ぐらいですね。こんなバカは。(笑)
私は、昔、銀座を歩いた時は、頭の中で、CMソングだった♪ギンザ レッドレッド ウイウイ〜♪が流れていました。

MACKYさん
平尾昌章さんの改名の件と、ユーミンの曲名を教えて下さってありがとうございます。
私の書いた歌詞は何か自分で勝手に作ってしまいました。(笑)
同じクラスにいて何かとっても気になるのに、話しかけられないし告白も出来ないで、卒業してしまったっていうこと、けっこう男性も女性もあるのでしょうね。私は、高校の時、同じクラスにいるのに話したことのない男の子がいて、振り向いたりするといつもその人の視線を感じていました。その時は何かイヤで、もしかして私のこと?なんてことも思わなかったのですが、卒業して何年もたってから、私に興味があったのかなあ。なんて勝手に思ってしまいました。
彼女になりたかったのに、話しかけられなかった男の子もいました。何か、淡い切ない思い出がどなたの心にも大切な思い出としてあるのでしょうね。ユーミンの「最後の春休み」は、そんな淡い思い出が蘇って来る様な歌ですね。最後の、♪今は 春休み♪の、♪みー♪がとても高くて特徴がありますね。何か、その部分に意味があるのでしょうか?

ふ み おさん
「二人の銀座」は、元はベンチャーズのインストの曲なんですか。知りませんでした。すごく早く歌うところがありますよね。そこを歌う時に早くてついていけない人がいますね。それで、そのあとの♪ふ〜たりの ぎんざ〜♪でホッとしているみたいです。
和泉雅子さんって、素敵な女性だなって思います。イキイキしていますよね。たくましい女性ですね。銀座で自転車に乗っているんですか。♪ふ〜たりの ぎんざ〜♪って歌いながらですか?

------------------------------------------------------------------------
爽やかな気分!!! 投稿者:ひろべえ  投稿日: 4月13日(土)11時07分20秒

よっかーさん、讃岐裕子さんについてのお答えを頂き、有難うございました。 少しづつ知識が増えそうです。 それから、今日このページを開けたら、背景がすべて裕子ちゃんになっていて、思わず嬉しくなりました。朝から爽やかな気分です。僕達の永遠のアイドル讃岐裕子さんに幸あれ。
管理人さん、どうも有難うございました。

------------------------------------------------------------------------
♪ 投稿者:とろりん村のとろり  投稿日: 4月13日(土)02時39分53秒

☆ふ み おさま

ぼくが好きな「デュエット曲」というのは特にありませんが、しいてあげるならば、「い
つでも夢を」(吉永小百合・橋幸夫)にするでしょう。

しかし、和泉雅子と山内賢のデュエットの方が、何となく「さわやか」ですね^^。
「二人の銀座」も疾走感があって、デュエット曲によくある「もたつき」感がないし、
ふ み おさんの投稿を拝読して、心が揺り動いています^^;。

ところで、一時期の日活映画というと、吉永小百合と浜田光夫が必ずと言っていいほど共
演していますが、あの二人はデュエット曲を歌っているのでしょうか?ぼくは聴いたこ
とがありません。そういえば、石原裕次郎と北原三枝のデュエットも聴いたことがない
し...。映画での共演者とはデュエットしないという不文律のようなものがあったので
しょうか?だったら、和泉雅子と山内賢は「掟やぶり」ですね。

ぼくが銀座を歩くとき、頭の中は「銀座のバカンス」(梅木マリ)のエンドレステープ
状態です。(←あほまるだし^^)

☆よっかーさま、MACKYさま

MACKYさん、「ブルースの女王」って、ほとんど実名を出してるのと同じじゃないです
か^^!
頭の中で「ブルースの女王」バージョンの「星の流れに」を再生してみましたが、確か
に、ぴたりとはまりますね。
それと、「ブルースの王女^^」藤圭子も1stLP「新宿の女」でこの曲をカバーしていま
すが、強烈なコブシと「怨歌」と呼ぶにふさわしい深い感情移入で「星の流れに」を歌
っていて、これはナイスカバーだと思いました。

ただ、それでもやはり、当時、新人歌手であった菊池章子が歌った「星の流れに」に、
ぼくは最も心打たれるし、彼女が歌うことになったのは「天の配剤」だったのではない
かとさえ思います。
「ブルースの女王」はどうかわかりませんが、藤圭子は新宿などで「流し」をしていた
そうですから、あるいは、「夜の女」を見る機会はあったでしょう。
一方、菊池章子は音楽学校を出たばかりの、「世間ずれ」していないときに、必死に
想像力で補って、「星の流れに」を歌ったのだと思います。

それが、かえって、聴く者の心を強く打つこともあるのでしょう。たとえば...、

「こんにちは赤ちゃん」を歌ったとき、梓みちよは独身で、子供を産んだ経験はまった
くなかったのです。

これはなぜでしょう。聴く者に「初心」というか、そういう初々しい気持ちをリマイン
ドさせるからなのでしょうか。

http://すいません、今日はここで力尽きましたm(__)m。

------------------------------------------------------------------------
キネコは保存状態が悪いみたい。 投稿者:よっかー  投稿日: 4月13日(土)02時20分37秒

まぁNHKの保存が悪いのは、たかだか1000円足らずの頃の視聴料を払わず、赤字状態を続けさせた世代の方々のせいでしょう。「私の秘密」などもホンの1回分の映像を保存用に残ってるだけらしいよ。昭和38年以前のビデオって、もうだいぶヤバイ状態なんでしょ。テレビ画面を直接フィルム撮りしたキネコが、唯一の記録方法だったからフィルム・チェンジの時が、映像が無かったりするんじゃないかと推測されますが。
昭和39年度の第15回紅白の映像を見たことがありますが、傷だらけで退色がひどくて全部は残ってないと言ってました。一応カラーなんですよ。美空ひばりさんのところだけを最新技術で見やすく直してましたが、それでも苦しい画面でしたね。
最近はDVDにするのに、かなり画像処理が向上してますから、第21回紅白なんかのフィルムをなんとか修理して放送してほしいものです。

------------------------------------------------------------------------
二人の銀座 投稿者:ふ み お  投稿日: 4月13日(土)00時25分24秒

ノンノンさん。
>私は、デュエットで一番好きな曲は「二人の銀座」です。
もともとはベンチャーズのインストの曲ですね。当時モズライのト12弦ギターをこの曲の演奏ではじめて見ました。12弦ギターは人の琴線に触れる音色があるようですね。思い出の渚もモデルブルージーンズの12弦ギターでの間奏がありますが、それがヒットした理由の大きな要素を占めていると思います。(ところでブルージーンズ寺内たけしさんは今大変ですね。彼は「とおるちゃん」の先輩で関東学院大学卒です)
この曲は和泉雅子&山内賢さんで大ヒットしましたね。
和泉雅子さんは現在は顔に凍傷のあとを残すようなすごい生き方をしていますね。銀座で自転車に乗っているところを何回か見たことがあります。

------------------------------------------------------------------------
「最後の春休み」 投稿者:MACKY  投稿日: 4月12日(金)23時30分27秒

ノンノンさん>平尾昌章さんの改名のきっかけになったのは、1965年の拳銃不法所持事件です。私の生まれる前のことですのであまり詳しくはないのですが、当時の流行作家、売れっ子の漫画家等が逮捕され、人気・実力ともに絶頂の大横綱が隅田川に拳銃を捨てて警察に出頭するなど、大騒動を巻き起こした事件だったらしいですね。

ノンノンさんが書かれた歌詞とちょっと違いますが、おそらくその曲は『OLIVE』というアルバムに収録されている「最後の春休み」ではないですか?「春休みのロッカー室に忘れたものを取りに行った ひっそりとした長い廊下を歩いてたら泣きたくなった 目立たなかった私となんて交わした言葉数えるほど アルファベットの名前順さえ あなたはひどく離れてた」という、同級生に対する届かぬ想いを歌った曲ですね。一時期私も大好きでしたし、人気も高い曲ですね。

よっかーさん>「星の流れに」は「ブルースの女王」が歌う予定だったのがよっかーさんの書かれた理由で菊池章子さんに変わったんですよね。

ごんちさん>実は上の平尾さんの話もこの本から学びました。94年頃の本ですからそろそろ手に入れにくくなっているかも…ただ私今年になってからも書店で見かけたはずですので、まだ売っているとは思いますが…

とろりさん>NHKのニュースで高橋圭三さんの追悼をしているときに、1958年の「私の秘密」の映像が流れました。これがあるのにどうして紅白は1963年のものが一番古いんでしょうね…もしかしたら断片的な映像はあるけど2時間以上の完全版はないとか…

------------------------------------------------------------------------
瞳を閉じて 投稿者:ノンノン  投稿日: 4月12日(金)21時22分58秒

こんちさん
ユーミンの「瞳を閉じて」って、いい歌ですよね。ゆっくりとした感じが好きです。
さだまさしさん、ハウンドドックの人なども校歌を作っているんですよね。うらやましいです。
今の中学校の国語の教科書には、ユーミンの「春よ来い」の詞が載っているんですね。音楽の教科書には、井上陽水さんの「少年時代」や山口百恵さんの「いい日旅立ち」や坂本九さんの「上を向いて歩こう」や赤い鳥(?)の「翼をください」などが載っていますね。ビートルズの「Hey Jude」も載っています。
団伊玖磨さんにも感心されたという、ユーミンって偉大な人ですね。

------------------------------------------------------------------------
こんばんは。 投稿者:こんち  投稿日: 4月12日(金)02時12分02秒

>MACKYさん

本、まだ手に入れていないんですよ〜(滝汗)。

>ユーミン

「瞳を閉じて」は最初、校歌を作ってくださいと頼まれて書いた曲だったそうですね。
後に、校歌に相応しくないんじゃないかということでクレームがついて別に校歌ができ、
「瞳を閉じて」は愛唱歌に変更されたらしいです。
生徒達には「瞳を閉じて」は校歌として好評だったらしいのですが。
当時の親達は頭が固かったのかもしれません。
ところで、音楽の教科書でお馴染みで、校歌の作曲者としても見かける 団伊玖磨さんは
ユーミンがデビューして間もない頃、自分の子供が夢中になって聴いているのを知って、
『どうせ今時のろくでもないものを聴いているんだろう』と思いながら、子供の留守中に
ユーミンのLPを聴いて、とてもいい音楽を作っているといたく感心したという実話を
著書の中で語っていました。

------------------------------------------------------------------------
☆の流れに... 投稿者:よっかー  投稿日: 4月12日(金)00時21分07秒

とろりさん
ちょっと遅くなりましたが、菊池章子さんのジャケ見てきました。
コメントも入ってて感激しました。
懐かしの歌番組などで、人当たりの優しい方だったのでとても残念です。昭和歌謡界の生き字引のような方が少なくなるのはホントにさびしいことですね。
もう「思い出のメロディー」で見られないかと思うと残念。
当然ながら、菊池章子さんの全盛期なんかは知らないけど、戦争直後を舞台にした映画やドラマでよく流れた「星の流れに」は、当初予定していた歌手が、夜の女の仲間と思われたくないと、辞退した為、菊池さんが歌うことになった。という裏話を聞いたことがあります。

ひろべえさん
「シャインの秋」も平尾さんの作曲ですね。
4枚目でしたっけ。1「ある晴れた日に」2「ハロー・グッバイ」3「白い花の下で」...。
5枚出してたと思うけど忘れちゃった。
東京出身だったと思う。讃岐裕子さんのピークは1977年前半までじゃなかったかな。
一番有名な「ハロー・グッバイ」がオリコン71位(?)だったし。
私らのトコでは、民放2局のさびしい県ではあまりテレビで見ることがなかったです。
雑誌では良く見てたのに、なんかメジャーになりきれない感じでしたね。
レーベルのTV-Asahi Musicというのは、やはりマイナーだったんでしょうか。

------------------------------------------------------------------------
☆はなんでも知っている 投稿者:ノンノン  投稿日: 4月11日(木)21時53分43秒

とろりさん
和田アキ子さんの「どしゃぶりの雨の中で」のジャケット、おもしろいですね。和田アキ子さんが6人いてビックリです。全員、本人ですよね。微妙に、6人が違う人の様に見えるのですが、気のせいですね。
平尾昌章さんの「星はなんでも知っている」は、1959年発売なんですか。そうすると、平尾昌章さんって、今、60歳ぐらいになるのでしょうか? すごい若く見えますよね。今でも、充分に素敵だと思います。平尾昌章さんの歌って男性も、うっとりしてしまうのですね。

MACKYさん
平尾昌章さんの、ある事件って何ですか? 何か気になってしまいました。でも、こちらに書かれる事が難しいのであれば、知らないままでもいいです。
ユーミンの曲で、♪目立たなかった私なんて もう気づいてもくれないね♪とか♪今は春休み♪とかいう歌詞が出てくる曲のタイトルを知りたいのですが、教えて頂けますか?
「カナダからの手紙」を上手に歌われるのですね。私は、デュエットで一番好きな曲は「二人の銀座」です。「銀座の恋の物語」や「東京ナイトクラブ」は、歌いすぎて飽きてしまった感じです。何か、思い出すだけで、あくびが出そうになります。

------------------------------------------------------------------------
讃岐裕子さんについて教えて下さい 投稿者:ひろべえ  投稿日: 4月11日(木)21時45分43秒

今から20数年前に現役だった「讃岐裕子」のレコード『シャインの秋』
を中古レコード屋で買って以来、なぜか夢にまで出てくるぐらい
取り付かれています。あの甘く、爽やかな声が魅力です。彼女について
詳しく知っておられる方、教えて頂けませんか? 生年月日とか、
全盛期の様子などを。

------------------------------------------------------------------------
♪ 投稿者:とろりん村のとろり  投稿日: 4月10日(水)23時08分14秒

・平尾昌章について

ぼくが持っている平尾昌章のレコードは、「星はなんでも知っている」と「ミヨちゃん」
だけです。ただ、両曲とも歌謡曲っぽくて親しみやすいがために大ヒットしたものの、
ロカビリアンとしての平尾昌章が好きなひとには不満な曲なのではないでしょうか。
ぼくもこの2曲だけを聴いて、平尾昌章を語るつもりはないですし、そもそもそんなこと
は不可能でしょう。以下、「星はなんでも知っている」を中心に書きます。

「星はなんでも知っている」は1959年発売のわりには録音がよく、ボーカルもよく
聴き取れます。平尾昌章のボーカルは何の力みもなく、ごく自然な感じで流れていきま
す。リスナーであるぼくは彼の歌の流れにただただ、身をゆだねるだけです。彼のボーカ
ルは極めて流暢で、安心して身をゆだねていくうちにどんどんと「陶酔」の世界に入って
いきます。

平尾昌章のボーカルはよっかーさんのおっしゃる通り、甘いです。ただし、べたべたした
甘さではなく、上等な和菓子のようなさらりとした甘さなのです。

途中で台詞が入ります。この台詞の言いまわしがまた、非常にかっこいい!

まあ、こんな感じで、聴き終える頃にはすっかり、「うっとり」状態です。何の計算も
感じさせず、ごく自然に歌うだけで、聴くひとをして陶然とせしめる平尾昌章にぼくは
底知れぬ歌唱力を感じます。

ロカビリー三人男が出演している「ウエスタン・カーニバル」の映像で忘我状態になっ
て絶叫している女性たちがよく写りますが、彼女らに何となく共感を覚えます。

------------------------------------------------------------------------
「カナダからの手紙」 投稿者:MACKY  投稿日: 4月10日(水)22時42分33秒

よっかーさん>「大変うたい込み」はその歌です。私はパニックになるといつも「大変だ、大変だ、何とかしなくちゃ大変だ 大変だ、大変だ、それとも様子を見ましょうか」などと口ずさんでしまいます。

平尾さんはある事件をきっかけに改名されたんですよね。

ノンノンさん>この当時のユーミンの曲って、文字通り「やさしさに包まれた」曲が多いですよね。私は前にも書いた「魔法の鏡」とか「GOODLUCK and GOOD-BYE」等も大好きです。「瞳を閉じて」の話は前に聞いたのですが忘れました…確か愛唱歌というか歌碑があるんじゃなかったかな?一時期、ユーミンとみゆきさんのアルバムは全部曲順まで覚えていたんだけど流石に忘れたなあ…

歌の下手な私ですが、「カナダからの手紙」の平尾さんのパートは自信があります。カラオケでデュエットして女性から褒められたのはこの曲だけです。

------------------------------------------------------------------------
カナダからの手紙 投稿者:ノンノン  投稿日: 4月10日(水)22時23分32秒

「ミヨちゃん」と聞くと、私は、やはり浅田美代子さんです。「赤いふうせん」を歌っている浅田美代子さんが一番印象に残っています。「赤いふうせん」のジャケットもすごい可愛いですよ。
ドリフターズは「いい湯だな」が好きです。「8時だよ全員集合」で最後にいつも、「ババンババンバンバン」って、加藤茶さんがいろんなこと言ってましたね。

ふ み おさん
今、かなり運転が上手でしょうね。今は、その当時の様に運転をしたいとは思われないですか?
私は、年齢とともに無茶が出来なくなって来ました。(運転の事ではないのですが)
若い頃って、恐いもの知らずで無茶が出来ちゃうのでしょうか?年齢と共に保守的になりました。

MACKYさん
「少しだけ片想い」って、「あの日にかえりたい」のB面ですね。
「瞳をとじて」は、どこかの高校の愛唱歌になっているらしいですね。先日、朝の番組でそのような事を言ってました。「やさしさにつつまれたなら」は、昔、不二家ノースキャロライナのCMソングでしたよね?

よっかーさん
私は、平尾昌章さんの若い頃は知らないのですが、素敵な大人の男性だなって感じがします。甘い歌い方もいいな〜って思います。優しそうな感じが好きです。男性から見た感じと女性から見た感じって違うんでしょうね。畑中葉子さんとの「カナダからの手紙」ヒットしましたね。

------------------------------------------------------------------------
うへ〜っ 投稿者:よっかー  投稿日: 4月10日(水)02時30分25秒

「ミヨちゃん/平尾昌章」のジャケ初めて見た〜。「昌章」なんですね。今は「昌晃」ですよね。
時々オールディーズ特集で「ミヨちゃん」「星はなんでも知っている」「恋の片道切符」を唄ってくれるので、よく見聞きしますが、当時のレコードにはどんな感じで収録されてるんでしょう。
最近のテレビで平尾さんが歌うのを見ると、すごくあま〜い唄い方じゃないですか。当時もそうだったんでしょうか? 子供の頃、テレビで見た時はもっとカッコよかった記憶が・・・。(笑)

「大変うたい込み」って、あれはえーえとこ〜りゃ たいへんだ〜な〜ってヤツですかね。
ドリフのレコードは小学校の頃、擦り切れるほど聞いてたな〜。
去年の「思い出のメロディ」「紅白」は貴重でしたね。
全員集合となかなか揃わなくなっちゃったからねぇ。元気なうちにNHKの「ビッグショー」あたりで、色々と歌って欲しいという気持ちもあります。

------------------------------------------------------------------------
「ドリフの真っ赤な封筒」 投稿者:MACKY  投稿日: 4月 9日(火)21時55分21秒

おお、伝説の平尾昌晃さんの「ミヨちゃん」ではないですか。今年の春のBSの番組で平尾さんがこの曲を歌ったところを見逃したのが悲しいです…ちなみに某ツールで渥美清さんの「ミヨちゃん」も聴きました。やっぱりちょっと違和感がありますね。

よっかーさん、ふみおさん>皆さんと同じで嬉しいです。

昨年の紅白でドリフに「ミヨちゃん」を歌って欲しかったなあ…他のメンバーが「どんな娘よ、どんな娘よ」とか「相当不味いなあ」とか突っ込めばかなり面白かっただろうに…でも一番テレビで見たいのは「ドリフの真っ赤な封筒」です。これ、荒井注さんのパートを何とかすれば今でも面白いと思うなあ…あと「大変歌い込み」もテレビで見たいけどこれはちょっとあぶないかな?

『COBALT HOUR』の中では「少しだけ片想い」が好きです。このアルバム、一時期さんざん聴いたけどあまり印象にないなあ…

------------------------------------------------------------------------
平尾昌章 投稿者:ふ み お  投稿日: 4月 9日(火)15時09分06秒

MACKYさん、よっかーさん
ミヨちゃんといえば、私も「ぼーくの・・・」ですが、ただ平尾昌章さんなんです。(^^;;;

ノンノンさん、
ひっくり返った後も性懲りもなく自爆の連続でした。ぶつけ慣れてくるとぶつかることが不可避な状態になっても結構冷静な気持ちでいられ、どこをぶつけたら一番安く修理できるかなんて、考える余裕がありました。(相手は全て無機物です。念のため)
ところで当時は一所懸命というより、自分がどこまで出来るかということを試していたような気がします。他人がどう思うが関係なく、自身の問題でしたので、誰もいないところを選んでやっていました。(夜の城ヶ島の駐車場とか、閉鎖された道路とか)
バンドも自分達がどこまで納得できる演奏ができるかが問題で、観客に迎合しているようなバンドを見ると、軽蔑していました。
今でも自分達の音を作っているバンドは好きですが、マーケティング技術を駆使して有名になっているバンドの音は聞きたくないですね。

------------------------------------------------------------------------
「うわさのチャンネル」 投稿者:よっかー  投稿日: 4月 9日(火)01時28分21秒

せんだみつおの「うわさのダレ犬」っていうレコード盤をなぜか持ってる。(笑)

動物に弱い和田アキ子はよく泣いてたなぁ。男にはめっぽう強いのに、まるで「花山大吉」だ〜。と言っても誰も知らねー。

70年代のホリプロ筆頭格は、やはり山口百恵でしょう。和田さんは用心棒です。
70年代の歌番組系バラエティーには、和田さんより先輩歌手がたくさん出てて、今と比べるとすごく大人しかったですよね。和田さんの80年代はドラマの時代(この頃大映ドラマや、妻たちの課外授業などでイメージアップ!)で、90年に入ると同時に現在のような「おっかないオーラ」を撒き散らすキャラを確立しました。(と私は思う)

MACKYさん
私も「ぼ〜くの可愛いミヨちゃんは〜」と出てしまいますよ〜。
浅田美代子さんは、ずぅ〜とイメージが変わりませんよね。(年はとりましたけど)
本棚にある昔の「テレビランド(1974)」にまで、音痴のミヨちゃんが・・・という記事が載ってるよ。(笑) 

------------------------------------------------------------------------
「ミヨちゃん」 投稿者:MACKY  投稿日: 4月 8日(月)23時16分29秒

ノンノンさんのタイトルを見て、すぐに「僕の可愛いミヨちゃんは…」と反応してしまう悲しい性です。特にドリフの話題が出てるし…

ふみおさん>加藤さんの前名は加藤英文だったはずです。芸名の由来はいかりやさんも加藤さんも書いたり喋ったりしてますね。

とろりさん>70年代のホリプロはものすごい勢力でしたが、その筆頭格が和田さんでしょうね。

今日は時間がないので『Cobalt Hour』の話はまた後日に。

------------------------------------------------------------------------
ミヨちゃん 投稿者:ノンノン  投稿日: 4月 8日(月)22時03分24秒

ふ み おさん
スゴイですね! 私だったら、そんな状態になったら気を失っていそうです。腕に怪我をされただけですんで良かったですね。周りにいた人達も、かなり驚いたでしょうね。今は、そういう運転はされていませんよね? でも、そんな恐い出来事も今となっては、とても良い思い出なんでしょうね。ふみおさんの輝いていた青春時代が、瞼に浮かんで来ます。とっても、度胸のある方だったんですね。
学生バンドも一生懸命されていたんですね。車の運転にしても音楽にしても情熱をそそいで燃えていらっしゃったのでしょうね。私はというと、若い頃に情熱をそそいだという思い出は・・・何だろう・・・多分、恋人にかも・・・
「コバルトアワー」の件、私は文章を読む力がないし、おまけにカンも鈍いときているのですいません。1960年代の世界にひたれるんですね。私は、1959年生まれなので、友達と遊んだ事とか家族との思い出の世界かな〜。まだ、恋という恋はしてなかったしな〜。

浅田美代子さん、好きだったな〜。中学生の頃、この「ひとりっ子 甘えっ子」のジャケットの様に、髪型を真似していました。目つきも笑い方も洋服も真似していました。そんな私を見ていた人達は、きっと滑稽に思っていたんでしょうが。(笑)

------------------------------------------------------------------------
1960年代 投稿者:ふ み お  投稿日: 4月 8日(月)06時27分58秒

ノンノンさん、
車がひっくり返ったときのことは今でも網膜に焼き付いていますが、地球が廻ったという天動説ですね。(^^;;;;
ひっくり返ってもエンジンは廻っており、カーステもカントリーミュージックを流していました。シートベルトで宙吊りになり、それをはずして脱出したときに壊れたガラスで腕に怪我をしましたが、それ以外は何でもありませんでした。(安い車が買えるほどの修理代になりましたが)
ところで私の書き方が悪かったのですが、コバルトアワーはケンメリより10年以上前の世界で、す。
歌詞にありますが、1960年代の風景です。そのころのベレGはケンメリの世界「女性と一緒にドライブ」というより、自分ひとりで誰も来ないところに行って、ひたすら運転技術を向上させるという乗り方が主流でした。(後の暴走族のようにつるんで走るということはあり得ませんでした)
このころ私は学生バンドをやっており、友人の紹介で葉山にある慶応大学広告研究会のキャンプストア(海の家)で演奏したことがあります。ここはランチャーズとか後の湘南サウンドのひとつの拠点となったところです。

------------------------------------------------------------------------
コバルトアワー 投稿者:ノンノン  投稿日: 4月 7日(日)21時59分35秒

とろりさん
とろりさんは、桜の花が満開になると寂しくなるんですね。それから先の光景が浮かんでしまうんですね。花の命は短いですよね。華やかな時は短いんですね。でも、桜は、毎年繰り返し繰り返し咲いてくれる。綺麗な花を見させてくれて、ありがとう。来年もよろしく。って思います。♪今 春が来て君は綺麗になった 去年よりずっと綺麗になった♪ みたいに来年は、もっと綺麗な花を咲かせてくれるんでしょうね。
私は、満開が好きなんですよ。何か、ルンルンして来て・・・ あと、花びらがヒラヒラとたくさん落ちていく光景が好きです。その中を歩くのが好きです。
「うわさのチャンネル」にゲストで浅田美代子さんが出て、泣いていたのが印象に残っています。笑わせる為の番組だったんでしょうが、かわいそうで笑えないところもたくさんありました。
山口百恵さんの、目標とする歌手は和田アキ子さんだったんですか。歌唱力を目標としていたのでしょうか。山口百恵さんって、小学生の頃、家計を助ける為に早起きをして新聞配達をしていたんですよね。幼い頃から芯の強い女性だったんでしょうね。
ちあきなおみさんというと、私は「夜間飛行」が浮かびます。この言葉って、すごく、ロマンティックな響きを感じて好きです。

ふ み おさん
ふ み おさん、とろりさん、ベレGの事を教えて下さってありがとうございます。すごい人気のあった車なんですね。私は、車の事って疎くてすいません。ふみおさんって、すごいんですね。そんな人気のあった運転の難しい車を乗りこなしていらっしゃったなんて。しかも、車をひっくり返した事もあるなんて、怪我をされなかったんですか?  私も車を運転するのですが、オートマしか乗れないし、田舎しか走れないし、かなり下手です。でも、下手なくせにスピードを出すのは好きです。もちろん、安全な道路でしか出しませんが。
ユーミンの「コバルトアワー」を今度、聴いてみます。そのアルバムの中の何曲かは知っていて、よく聴くのですが、聴いた事のない曲もあるので聴いてみて、ケンとメリーのその頃に戻ってみたいと思います。

------------------------------------------------------------------------
ベレG 投稿者:ふ み お  投稿日: 4月 7日(日)06時36分18秒

ベレGはいすゞが元気なころ、作られた車です。
一部の人に大変愛されましたが、あまり売れませんでした。
四輪独立懸架、ラックピニオンのステアリング、ショートストロークのマニュアルギア、
ディスクブレーキ、大型円形メーター等当時としては最先端な装備をし、オーバルライン
を基本としたデザインの純日本のGTカーとしてヨーロッパのカー雑誌にも注目されました。

ただ、小さい、運転が難しい(ヒールアンドトーとかできないとうまく走らない)、その割に
高かったので、月産数十台という程度と商売としては失敗作でした。
ただ慣れるとコンパクト、剛性が高い、思いのまま動いてくれるということで、人馬一体と
いう感じで運転ができましたので、本当に自分の分身みたいな感じになりました。
余り売れない車でしたので、同じ車と遭遇することは少なかったのですが、会ったときには
互いに会釈するような感じもありました。

今から31,2年前に中古を買い、その2年後に新車を購入しました。
5年乗りましたが、メンテコストに耐えられなくなり、手放しました。5年で18万キロ
乗りました。当時は積算計が一周したので、ディーラーから「8万も良く乗りましたね」
といわれました。
ガソリンは週2回満タン、タイヤは2ヶ月、ディスクパッドは4ヶ月くらいでだめになる
運転をしていました。スピンターンが得意でした。
まだ良く生きていると今考えるときがあります。(車をひっくり返したこともあります)
尚、当時いすゞはイタリアのベルトーネンのデザインによる117クーペという車も
作っていましたが、その優美さは日本の車にはまったく無いものでした。
>ノンノンさん、
「愛のサーフィンライン」初代の蟇目良も(本名は蟇目邦良)「ケンメリ」の2代目もハーフです。(機会があったら前にも書きましたがユーミンの「コバルトアワー」を聞いてください。当時の雰囲気が感じられると思います。)

------------------------------------------------------------------------
♪ 投稿者:とろりん村のとろり  投稿日: 4月 7日(日)03時52分23秒

☆ノンノンさま

「ひさかたの 光のどけき 春の日に しづ心なく 花の散るらむ」...。
東京では、もうすっかり「葉桜」になってしまっています。

ぼくは桜の花が満開になると、何か寂しくなります。あとは散っていくだけかと思う
と...心の片すみにもやもやした曇りができてしまって、桜を見上げても、どうし
ても心静かには見ていられないのです。

ぼくにとっては、桜は七分咲きの頃がいちばんです。

和田アキ子とせんだみつおが出演していた番組といえば、「うわさのチャンネル」で
すね。これは見ていました。あの「ゴッドねえちゃん」のイメージがいまだに残って
いて、彼女のキャラクターを形成しているのか!なるほど、と思いました。
「うわさのチャンネル」といえば、若かりし頃の徳光和夫がデストロイヤーに四の字
固めをかけられて、悶絶しているシーンとか、そういう、どうでもいいことが妙に
記憶に残っています^^。

☆ふ み おさま

>私も白いベレGに乗って、そのカーブを攻めていたので、

もう、この一節を読んだだけで「かっこいい!」というか、「渋い!」ですね。

ノンノンさん、「ベレG」というのは、昔、いすゞが製造していたベレットGTとい
うクルマで、クルマをよく知る人々にこよなく愛された伝説のスポーツカーです。
(←ふ み おさん、これであってますでしょうか?)

☆MACKYさま

少なくとも70年代初め頃、ホリプロでいちばんの「売れっ子」だったのは、和
田アキ子だったと思います。(ちなみに、山口百恵のデビュー曲「としごろ」の
ジャケット裏面には「目標とする歌手 和田アキ子」と書かれていますA^^;;;。)
どんどん仕事の依頼が来るけれども、大阪人らしい「サービス精神」のおかげで、
どんな仕事もこなしてしまえたのが、あるいは災いしたのかもしれませんね。

☆こんちさま

そうですね...ぼくも、ちあきなおみは「歌うこと」に関する天才だと思って
います。ただ、比較のために和田アキ子の歌唱を思い浮かべると、やはり、こち
らも捨てがたい...。
というわけで、ぼくの心の中ではどちらにも軍配があがってしまいます^^。

------------------------------------------------------------------------
最近、桜の花びらが降っています 投稿者:ノンノン  投稿日: 4月 6日(土)23時21分08秒

とろりさん
「真夜中の並木道」は、フォークソングの様な感じですか。フォークか演歌かなとは思っていました。
和田アキ子さんの、バラエティ番組というと、ゴット姉ちゃんをやっていた番組を思い出します。せんだみつおさんが、バシバシひっぱたかれていましたよね。でも、犬が出てくると、和田アキ子さんは泣いてしまうんですよね。♪750のエンジン 雨のサタディナイト♪ の、マギーミネンコさんも出ていましたね。「燃えろブンブン」でしたっけ? 木の葉のこさんも出てましたね。
とろりさんが子供の頃に、蟻と遊んでいる光景を想像してみました。みんなが見落としがちな小さな虫などを、何時間も観察できるって素晴らしいことだと思います。そういう経験から、人間やいろいろな物事を深く、いろいろな角度から見ることが出来る様になるのではないでしょうか。とろりさんは、他の人が気がつかない様な事も気がついたり出来る方の様な気がします。私は、子供の頃からどこかいつも冷めていました。小学生の頃は、自閉症っぽかったです。今は、随分変わりましたが、人間不信のところはたまにチラチラと顔を覗かせます。

こんちさん
私は、雷って好きなんですよ。音も好きだし、光も綺麗だと思います。よく、雷を怖がる人がいますが、私は、あの音を聴くと何だかスカッとした気分になります。きっと、恐い経験をしたことがないから、こう思えるのでしょうね。

MACKYさん
「あの鐘を鳴らすのはあなた」は、それだけの売り上げなんですか。本当に驚く数字なんですね。

ふ み お さん
二代目スカイラインCMのモデルが、事故で亡くなった事、何となく覚えています。ハーフの男性でしたよね? 私が高校生の頃、通学カバンに、ケンとメリーのカサのマークのシールをつけている人がいっぱいいました。バズっていう男性二人が、そのCMを歌っていましたよね。「愛と風のように」でしたっけ? ベレGって、バイクですか? 車ですか? 何か、もしかしたら私ぐらいですか?こういうことを知らないなんて。変な質問をしてすいません。

------------------------------------------------------------------------
35年前くらいの話 投稿者:ふ み お  投稿日: 4月 6日(土)21時13分27秒

>MACKYさん
ドリフのメンバーはあるとき全員名前が変わりましたね。苗字は変えませんでしたが。
ハナさんが考えたのですね。当事はなべプロが圧倒的に強い時代でした。
加藤茶さんは前は何でしたっけ。

>ノンノンさん
あの時小山ルミが「とおるちゃん、とおるちゃん」と誰に言うでもなく叫びつづけたので、その声は今でもはっきり覚えていますが、彼の苗字は忘れていました。ありがとうございます。
本当にあの時の番組の雰囲気は今ではあり得ないと思います。スタジオも混乱のきわみでした。

>とろりんさん
私もあのころ良く第三京浜を走っていました。駒沢方面から第三京浜に入った直後大きなカーブがありますが、ここで彼が事故ったのといつも思っていました。尚、彼は歌も歌っていましたが、タレントで歌手ではなかったと思います。濃い眉が印象的でした。
カーブでの事故といえば二代目スカイラインのCMをやっていたモデルが久里浜の有名なカーブでやはりなくなりました。私も白いベレGに乗って、そのカーブを攻めていたので、ショックを受けました。当時私はユーミンのコバルトアワーの世界にいました。(スカイラインの初代のCMをやっていた蟇目良は高校同期です)

------------------------------------------------------------------------
「笑って許して」 投稿者:MACKY  投稿日: 4月 6日(土)11時19分35秒

ノンノンさん>和田アキ子さんの最大のヒット曲は、「天使になれない」で、次が「だってしょうがないじゃない」その次が有名な「笑って許して」です。「あの鐘を鳴らすのはあなた」は売り上げ的には(ちょっと信じられませんが)4.1万枚です。でも今や彼女の代表曲ですね。

流石に私も加藤さんと小山さんのきっかけは知りません…

ふみおさん>加藤茶さんに限らず当時のドリフのメンバーの芸名はすべてハナ肇さんが命名したらしいですが…ただ確かに「カトチャン」がヒントになったらしいですね。

こんちさん>いえいえ、本は見つかりましたでしょうか?

とろりさん>まあ歌手個人の評価は人それぞれですが、私の考えでは、やっぱり大手プロダクションの筆頭格になってしまったこと、他のタレントたちがネタとして和田さんを持ち出すことが多いことなどから、どうしてもバラエティー色が強くなったのではないでしょうか?とろりさんと同じ意見の評論家なども多いようですね。

------------------------------------------------------------------------
無題。 投稿者:こんち  投稿日: 4月 6日(土)01時32分40秒

>ノンノン さん
>『冬の稲妻』

稲妻というと夏の風物詩ということで、冬に稲妻なんて見かけないことから
いかにショックを受けたかという比喩で歌詞にしたんでしょうけれど、
僕の住んでいる北陸では稲妻というと冬に見かけるのが当たり前なので
最初、タイトルがピンと来ませんでした(苦笑)。
カルチャーの違い、じゃなくてネイチャーの違いですね(汗)。

>MACKYさん
>『あの鐘を鳴らすのはあなた』

いつぞやは丁寧に貴重な本の情報をお教え頂いたのに、きちんとレスも返せませんで
本当に失礼しました。
それにしてもMACKYさん、良くご存知ですね。
この曲は今でも本当にいい曲だと思います。
レコード大賞の最優秀歌唱賞は子供心にも『いちばん値打ちがある賞だ』と思って
いましたのでこの賞が消えたこと自体、納得できないものがありました。

>とろりん村のとろりさん

本当にご無沙汰しています。
時々、ROMさせて頂いているのですが、とろりさんの書き込みはいつも歌手の方達、
無数の曲たちへの愛情が溢れていて、気持ちがぽかぽかしてきます。

和田アキ子については、歌が上手いことを忘れていた時期がありました。
♪だってしょうがないじゃない♪とかいう歌詞の歌がスマッシュヒットになった時に
改めて、上手いな〜と思い出したものです。
ただ、シンガーとしての表現力の幅広さ、深みという点ではちあきなおみに及ばない
ように思えます。
ちあきなおみがビリー・ホリディを歌ったのを是非聴きたいと思っていたのですが
結局、聴きに行けず残念な思いをしたのを憶えています。

------------------------------------------------------------------------
♪♪ 投稿者:とろりん村のとろり  投稿日: 4月 6日(土)00時55分03秒

☆ノンノンさま

先を越されてしまいましたA^^;;。

「真夜中の並木道」は、あえてジャンルわけをすると、フォークソングのような感じの
曲です。ジャケット写真から受ける小柳徹のイメージはふ み おさんのおっしゃる通り、
「育ちがいい」感じがしますね。

岡崎友紀はちょうど、ぼくが物心ついた頃、何本ものドラマに出ていたような気がしま
す。でも、記憶に残っているのは、「いろんなドラマに出演していた。」ということだ
けで、「ちいさな恋の物語」に出ていたかどうかは定かではありませんm(_ _)m。

岡崎友紀は歌もうまくて、「筒美京平-橋本淳」の名コンビでいろいろな名曲を残して
いますね。代表曲は確かに「私は忘れない」でしょうが、ぼくがいちばん好きなのは、
「風に乗って」です。これは、聴いていてすごく気分のいい、最高のソフトロックだと
思います。

ぼくは子供の頃から、やや「ひきこもり」気味^^で、学校から帰ってきて、日が暮れる
まで蟻の様子を見ていたりするのも好きでした。家の近くのコンクリートの小さな隙間
に蟻の巣の穴があって、そこでよく蟻と遊んだものです。(←すっかり、懐古話^^。)

☆よっかーさま、MACKYさま

「紅白歌合戦」に対するNHKのスタンスがぼくにはよくわかりません。
お話に出てきた「時間制限」で歌をカットしたり、テンポをあげたり...というのも
そうですし、その他、たとえば、昔の(といっても、昭和40年代初め頃)「紅白」の
ビデオテープの画質と保存状態の悪さはあまりにもひどすぎます。その頃にはすでに看
板番組になっていたはずです。そのコンテンツを自ら薄っぺらなものにしたり、保存を
怠ったり、というのは理解に苦しみます。

和田アキ子はある意味、アンラッキーな歌手です。彼女の歌唱力のすごさが最もよく
発揮されるのは、彼女も好きなはずの泥臭いR&Bを歌うときだと思います。
でも、そういうR&Bは日本の歌謡界では今一つメジャーではない...。
また、彼女がキャラクター的にバラエティ番組向きなこともあって、いつのまにか、
「歌手」という色あいが希薄になってしまった感は否めません。しかし、彼女はおそ
らく、過小評価されています。
彼女はシングルA面の曲はかなり歌いにくそうにしていますが、「バイバイ・アダ
ム」、「ボーイ・アンド・ガール」などを歌うときの歌唱は、阿修羅のような圧倒感
があります。

ぼくとしては、歌手としての活動にもっとウェイトをおいてほしいと思っています。
彼女は依然として「自分は歌手だ。」という意識を持ち続けているそうですが、
それがほんとうならば、心強い話です。

------------------------------------------------------------------------
♪ 投稿者:とろりん村のとろり  投稿日: 4月 5日(金)22時27分59秒

☆ふ み おさま、ノンノンさま

ふ み おさんの最初の書き込みを拝読したとき、それは「小柳徹」のことではないか
と思いました。ある中古レコード店で、昔、気まぐれに彼のレコードを買ったとき、
「若くして、第三京浜で事故死した悲運の歌手」という旨の店のコメントがついていた
のをなぜか、覚えていたからです。(『EP盤リスト(その1)』に彼の『真夜中の並木
道』を掲載しています。)
ぼくは、小柳徹をこのレコードを通してしか知りません。ただ、男から見ても「男前」で
すね。それと...これは気のせいなのかもしれませんが、夭折したひとに特有の一種の
「はかなさ」を感じます。

------------------------------------------------------------------------
カトちゃん 投稿者:ノンノン  投稿日: 4月 5日(金)22時23分43秒

とろりさん
小柳徹さんって、レコードを出してたんですか。全く、知らなかったです。このジャケットの、顔もスタイルも全体的に大人っぽいですね。この「真夜中の並木道」って、どういう感じの曲なんでしょうか? 髪型とか服装が何となく、ヴィレッジシンガーズっぽい感じがします。

MACKYさん
「あの鐘を鳴らすのはあなた」って、レコードの売り上げは少ないんですか。でも、和田アキ子さんの曲の中では一番多いのでしょうか? 
小山ルミさんと加藤茶さんって、どういうきっかけで交際するようになったのでしょうね。
「科学」「学習」は、確かに読む子供達が減った気がしますよね。今の子供は、本を読むよりゲームをする事が多いですよね。あとは、漫画を読んでいますよね。親は子供に対して、塾や習い事にお金をかけていることが多いですよね。

ふ み お さん
私、小山ルミさんがそんなに動揺していたこと、覚えてないんですよ。その時、ちょうど見てなかったのかな〜。それとも、気にとめなかったのかな〜。でも、小柳徹さんが亡くなった事は聞いた時、ショックでした。その頃の私は小学3年か4年で子供だったので、受け止め方も幼かったかもしれません。
加藤茶さんは、そういう名前の由来があったんですね。けっこう女性タレントにも、モテていたんでしょうね。

------------------------------------------------------------------------
720 投稿者:ふ み お  投稿日: 4月 5日(金)13時38分37秒

ノンノンさん、
小柳徹さん、大正解です。
あの悲劇のあとの番組で「とおるちゃん」「とおるちゃん」と最初から最後まで悲痛な声で叫んでいました。
小柳徹さんはちょっと育ちがよさそうな、どこにでもいそうな男の子でしたが、ルミさんには、好意以上のものがあったのでしょうね。
ところで加藤茶さんはスタジオ番組「ほいほいミュージックスクール」でバックバンドをつとめていましたが、あるとき大きな劇場を使っての放送がありました。
その時「加藤ちゃん、加藤ちゃん」と女の子の絶叫が続き、本人も驚く人気ぶり。結局「加藤茶」に芸名を変えました。

------------------------------------------------------------------------
「あの鐘を鳴らすのはあなた」 投稿者:MACKY  投稿日: 4月 4日(木)22時12分06秒

日本レコード大賞の最優秀歌唱賞受賞曲ですね。でも実はレコードの売り上げは驚くほど少ないんですよね。これ不朽の名曲だから何も問題なかっただろうけど、ひとつ間違えたら某レコード大賞受賞曲のように「大手プロダクションの強引な賞取り」と言われてたかもしれませんよね。

レコード大賞の最優秀歌唱賞って、今ではあるのかどうかも分からないくらいの賞になっちゃったけど(ちなみにまだあるけどね)、70年代には大賞に匹敵するくらいの賞だったんですよね。この賞の価値が下がったきっかけって、やっぱり「歌唱賞」部門をなくしてからでしょうね。歌唱賞のトップが最優秀歌唱賞なのに、金賞になってしまったら別の賞みたいですもんね。

よっかーさん>78年の「シンデレラハネムーン」とか「ブルースカイブルー」とか、ちょっと無理じゃないかってくらいのアップテンポで歌ってますよね。「関白宣言」の79年に、某大物歌手がイントロを3秒削ってくれって言われて激怒したっていう事件、いまだに覚えています。そのくらい当時は秒単位の勝負だったんですよね。80年くらいから出場歌手を減らして持ち時間を増やすようになっていきますね。今は全体の時間が長くなったから、もうこんなことで揉めたりはなくなりましたね。

ノンノンさん>小山ルミさんと加藤茶さんのことはノンノンさんのおっしゃるとおりです。事故でデートが発覚したどころか二人とも大怪我してしまったんですよね。もちろん私もリアルタイムで知ったわけではありませんが…

「科学」と「学習」は学習研究社の宅配教材ですよね。でも今購読している人減ったんじゃないかなあ…

------------------------------------------------------------------------
「ヤング720」 投稿者:ノンノン  投稿日: 4月 4日(木)21時24分05秒

とろりさん
岡崎友紀さんって、「ちいさな恋の物語」っていうドラマに出演していませんでしたっけ? チッチの役で。沖雅也さんがサリーの役で。記憶違いかもしれません。
「なんたって18歳」も人気ドラマでしたね。「奥様は18歳」も。
その頃って、幼妻にあこがれる人が多かったのかな〜。テレビでは、麻田ルミさん、映画では、関根恵子さんが「おさな妻」を演じていましたね。私、小学校の時に夢中で観ていました。16歳になったら幼妻になりたいって思っていました。
岡崎友紀さんの代表曲は「わたしは忘れない」でしょうね。

加藤茶さんと小山ルミさんが交際していたことは、記憶違いかもしれません。でも、加藤茶さんが運転していた車に小山ルミさんが乗っていて事故にあってしまったということを聞いたことがあるような覚えがあります。

そういえば、「あの鐘を鳴らすのはあなた」って、もうすぐ年が明ける時に合っている気がします。

私は、たまに、蟻をジッーと見ていることがあるんですよ。他の虫の死骸を運んだり、人間の食べる物を運んだり、重くて途中でズッコケたり、共同作業もするし、単独でも働いているし、死んでしまった仲間を運んだりもするんですよ。蟻の巣の中って、どうなっているんだろうって思います。そうやって考えていると、うちの犬がノコノコやって来て、パクって蟻を食べちゃうんですよ。まったくもう〜! せっかく蟻さん達が必死で生きているのに〜! って思います。

よっかーさん
今でも、小学校で「科学」と「学習」の販売をしているみたいですよ。子供達にとって、毎月の楽しみなんでしょうね。私の住んでいる近くのデパートにも売っています。本屋さんではなくて文房具売場にありました。
 
和田アキ子さんって、キス魔で有名ですよね。どうして、酔うとキスをしたくなるんでしょうね?酔うと、いろいろな人がいますよね。脱いでしまったり。私は、おしゃべりになって、よく笑うようになります。でも、お酒は、好きではなくて、付き合いで楽しい雰囲気の時しか呑みません。

ふみおさん
小柳徹さんという名前ではなかったでしょうか?違っていたらすいません。「ヤング720」の司会をしていましたよね。ヤエ歯がある人でしたよね。オートバイ事故だったんですよね。私は、毎日「ヤング720」を見ていたので、衝撃的でした。
 

------------------------------------------------------------------------
小山ルミ 投稿者:ふ み お  投稿日: 4月 4日(木)10時20分13秒

小山ルミは確か私の住む横須賀出身だったと思います。青山ミチは横須賀生まれで
したね。
小山ルミと朝の番組でコンビを組んでいた関東学院大学出身のタレント(名前失念)
が第三京浜のカーブで事故死しました。
直後のその番組で最初から最後まで泣きじゃくっていたのをよく覚えています。
外見はハーフとしてもアメリカ人に近い女の子でしたが、こころはまさに日本の可愛
い女の子だとその時強く思いました。
(そのギャップが彼女を芸能界をやめることになったとかってに思っています)

------------------------------------------------------------------------
「蟻の巣作り」教材って懐かしい。 投稿者:よっかー  投稿日: 4月 4日(木)02時01分25秒

今の子も、科学と学習って見てるのかな。
シーモンキーとか、プランクトンを育てるのとか、いろいろやったなぁ。

和田アキ子って、酒も煙草もすごいのに、喉もタフだよね。ある意味すごい歌手です。
それとも見えないところでメンテナンスもしっかりやってるのかなぁ。
人の事に余計な介入さえ無ければ悪い人じゃないんだけど。

MACKYさん
そうか。紅白は持ち時間もあったんでしたね。ピンクレディーの「ウォンテッド」も通常より速い演奏で違和感があったのを憶えてます。そう言えば、ある歌手がイントロを削って3番まで唄えるようにしたという話を聞いたことがあります。
さだまさし「関白宣言」あたりから、NHKも折れるようになってきたのかな。
昔に比べると、NHKも歌手をヨイショしてあげてるよ。
長渕剛が3曲も唄った時は、あんなに特別扱いしなきゃならない歌手かよと、突っ込んだモンでした。そうだ、宮沢りえもヘンな演出で唄ってたなぁ。

------------------------------------------------------------------------
♪ 投稿者:とろりん村のとろり  投稿日: 4月 4日(木)00時46分53秒

☆ノンノンさま

おっしゃる通りです。「♪あなたの飲んだ紅茶 冷たくなって残る...」
岡崎友紀は歌っていたかなあ?ちょっと、わかりません。
でも、岡崎友紀が歌ったとしても、ぜんぜんおかしくない曲だし、岡崎友紀のアルバム
には、たいてい、バラエティに富んだカバー曲が多数収録されているので、「ひとりぼ
っちのレモンティー」もカバーしているかもしれませんね。

加藤茶と小山ルミの「噂」。これはリアルタイムで知らないんですよ(寂)。

「あの鐘を鳴らすのはあなた」(和田アキ子)は好きです。カラオケで歌ったりもしま
す。しかし、たとえば、あのスローテンポから一気に加速するところ、ひとつとっても、
彼女ほどパワフルには絶対、歌えません^^。ものすごい歌唱力の持ち主だと思います。

そういえば、学研の「科学」に蟻の巣作りの様子が観察できる教材がついていたことが
ありました。蟻を何匹か捕まえて、それに入れてみたら、ものの見事に巣を作ったこと
にびっくりした記憶があります。

------------------------------------------------------------------------
レモンティー飲みたくなったな 投稿者:ノンノン  投稿日: 4月 3日(水)23時00分00秒

とろりさん
小山ルミさんの「ひとりぼっちのレモンティー」って、♪あなたの飲んだ紅茶 ♪ っていう曲でしたっけ?  その曲は、岡崎友紀さんも歌っていませんでしたっけ? 勘違いかな?
小山ルミさんって、昔、加藤茶さんと交際をしていたんですよね。

MACKYさん
今村良樹さんは、放送作家になっているんですか。山田隆夫さんは作詞もしていたんですね。「恋の夜行列車」は、けっこうヒットした様な覚えがあります。

「紅白歌合戦」について思う事は、私としては、第一部はポップス 第二部は演歌 という様に分けてほしいです。私、演歌は何故か眠くなってしまうんですよ。だから、好きな曲だけ聴いたら、サッサと眠りたいのです。「紅白歌合戦」と聞くと、すぐ浮かぶのは、和田アキコさんの「あの鐘を鳴らすのはあなた」です。この歌は、歌詞も曲も大好きです。
月日の経つのは早いですね。去年の「紅白歌合戦」からもう3ヶ月が過ぎました。たった3ヶ月でこんなに暖かくなるんですね。アリさんも、せっせと働き始めたし、吸血鬼の蚊も活動し始めました。今日、高校生ぐらいの男の子が虫かごを買ってました。今から虫かごに入れる虫なんているのかな〜。なんて考えてしまいました。土を入れて蟻の研究をするのかな。

------------------------------------------------------------------------
「悲恋白書」 投稿者:MACKY  投稿日: 4月 3日(水)21時48分49秒

よっかーさん>「悲恋白書」の件は一度書こうと思っていました。これはおそらく、当時の紅白の一人あたりの持ち時間が2分弱と少なく、当時大ヒット中だった「思秋期」(レコード大賞歌唱賞受賞曲)は時間的に1コーラスも厳しい状況だったので敢えて外したのではないでしょうか?全く同じ理由だと推察されるのが同じ年の山口百恵さんの「イミテーション・ゴールド」ですね。まあこの曲はかなり売れたから良いのですが、いかにもNHKが好きそうな「秋桜」(これもレコード大賞歌唱賞)が歌われていませんもんね。「秋桜」は90年代になってからさだまさしさんが歌ってますが、やっぱり百恵さんで聴きたかったなあ…

82年は名曲紅白ということで、かなり変な選曲ですよね。よっかーさんが挙げられた2曲以外にも西田敏行さんの「ああ上野駅」とか森進一さんの「影を慕いて」とか…お陰でこの年は視聴率が急激に下がり、これで貧乏くじを引いたのが白組司会の山川アナですよね。翌年降板ですからね。

先日私が挙げた2曲とか、よっかーさんの⑥⑧あたりは、「その時期に歌っていた曲」ですね。西城秀樹さんは他にも「ボタンを外せ」(77年)「サンタマリアの祈り」(80年)「ジプシー」(81年)など変な曲が多いです。「ジプシー」なんて年末に発表した曲なのにね。平田隆夫とセルスターズなんて逆に大ヒットの「悪魔がにくい」より紅白で歌った「ハチのムサシは死んだのさ」の方が今では有名ですよね。

あと不思議なのは郷ひろみさん(74年)「花とみつばち」(「よろしく哀愁」ではなくて?)研ナオコさん(76年)「LA-LA-LA」(「あばよ」ではなくて?)…やっぱり当時バラードって嫌われたのかなあ?

------------------------------------------------------------------------
「えっなぜこの歌なの」〜紅白編 投稿者:よっかー  投稿日: 4月 2日(火)22時39分51秒

MACKYさん
私も同じ事、思ってました。色々と推測されます。あまりにCM色の強いもの、他局のドラマ主題歌の色が強いものがNHKに嫌がられたとか、思われてますよね。

そこで、「紅白・残念ソング・ベスト10」。
その年の紅白で期待はずれの選曲だった歌、なぜ???度が強いほどランク上位。

①「セーラー服と機関銃/桜田淳子(第33回)」1982
②「タイム・トラベル/原田真二(第29回)」1978
③「浪花節だよ人生は/水前寺清子(第35回)」1984
④「坊がつる賛歌/芹 洋子(第29回)」1978
⑤「なごり雪/榊原郁恵(第33回)」1982
⑥「Lucky Chanceをもう一度/C-C-B(第36回)」1985
⑦「悲恋白書/岩崎宏美(第28回)」1977
⑧「白い教会/西城秀樹(第26回)」1975
⑨「Forever Yours/久保田利伸(第41回)」1990
⑩「イマジン/EVE(第41回)」1990

と挙げてはみたけど、後から見れば貴重な一曲になってるのもありますが、その時はすごくガッカリした記憶があるものを選んでみました。
やはり代役で唄った印象があるものが、ガッカリ度が高かったです。
岩崎宏美のはある意味貴重だけど、この年は「思秋期」「熱帯魚」というヒット曲があったのに。
原田真二なんかは微妙なんだよね。最大ヒット曲が前年の末だったためズレちゃった感があるんだよね。「四季の歌」芹洋子も同じような感じだったと記憶してます。

------------------------------------------------------------------------
「遠雷」 投稿者:MACKY  投稿日: 4月 2日(火)21時44分02秒

ノンノンさん>今村良樹さんは確か放送作家をされていらっしゃるはずです。「高校生クイズ」などを担当されているらしいですが…

山田隆夫さんの作曲したのは「恋の夜行列車」「ペチャパイ・ブギ」(この2曲は作詞も)、「明日の花嫁さん」の3曲です。

カミナリをテーマにした曲は、「冬の稲妻」以外にはユーミン&みゆきさんの同名異曲「遠雷」くらいしか知りません。ちなみにどちらもATGの映画とも無関係です。

------------------------------------------------------------------------
ズートルビーっていうグループいましたよね? 投稿者:ノンノン  投稿日: 4月 1日(月)21時55分58秒

MACKYさん
新井康弘さんは、テレ屋さんだったんですよね。今村良樹さんは、今どうしていらっしゃるのでしょうね。八重歯がチャームポイントの可愛い感じでしたね。山田隆夫さんは、いつもニコニコ、座布団を運んでいますよね。江藤博利さんは、昔より体格いいですね。
山田隆夫さんは、作曲もしてたんですか。知らなかったです。何の曲ですか? 山田隆夫さんは、30年くらい前に教育テレビの「明るい仲間」に出演していましたよね? 小学校の時の授業中にいつも見せられていました。

ふ み おさん
ずうとるびが人気があった頃って、可愛いければイイ、カッコよければイイ、それだけで許しちゃうみたいなところがありましたよね。そういうアイドルがけっこういた様な気がします。本人は歌いたくないのに歌わされていた人も、けっこういるんでしょうね。でも、若いアイドルの女の子の場合は、歌い方が不器用なほど何か可愛かったな〜。
アマチュアで、一生懸命に努力して勉強してプロに近づこうと頑張っている人達には、きっとイラ立ちを覚えたり、聴いているこちら側が恥ずかしくなったりしてしまうのかもしれませんね。私は、音楽的に難しい事は全然わからないのですが。

よっかーさん
ズートルビーって、「水虫のうた」を歌っていませんでしたっけ? 確か、カラオケ曲の中にも入っていませんでしたっけ?

昨日、雷がすごかったんですよ。「春雷」って、ふきのとうの曲でしたっけ?
雷の歌は、あと、アリスの「冬の稲妻」がありますけど、夏と秋の雷の歌を思い出せません。なかったでしたっけ?

------------------------------------------------------------------------
「初恋の絵日記」 投稿者:MACKY  投稿日: 4月 1日(月)21時32分27秒

ふみおさん>いえいえ、気になさらないでください。

ずうとるびは紅白に出場していますが、この時の曲は当時歌っていた「初恋の絵日記」ですが、私はこの曲全く知りません…紅白で歌った曲って、えっどうしてあの曲じゃなくてこれなの?というのがいくつかありますね。例えば三原順子さんの「ホンキでLOVE ME GOOD!」とか…。

------------------------------------------------------------------------
「ずうとるび」「ずーとるび」「ずーとるびー」「ズートルビ」 投稿者:よっかー  投稿日: 4月 1日(月)19時52分15秒

やっぱ「-」が入らない方がシックリくるね。(笑)
ビートルズを逆さまにしたネームと言うのが有名だけど、「ずるとうび」じゃないんだね。
昔、映画「ずうとるび前進!前進!大前進!!」(1975東映)というのを見たことがあります。
有名な「新幹線大爆破」とカップリングで、地方の私の所へ来た記憶があります。
そんなに演奏がお粗末とは、映像からはわかりませんでした。元々のスタートがバラエティー出身でしたから、私ら近所ではうまいヘタの見方は全然してませんでしたね。

ふみお様
今にあてはめれば、ウンナンの「ポケットビスケッツ」「ブラックビスケッツ」のウドや、ウッちゃんの演奏みたいなモンでしょうかねぇ。

話は変わって
昨日、また中古店で『北川とみ/忘れたいのに』1976(LP.300円)を買ってきて聞いてます。
作詞作曲に高木麻早、谷村新司、奥山景三などが参加してます。
この「北川とみ」さんのプロフィールに詳しい方、よろしくお願いします。
この時、何歳くらいなんだろう? 

------------------------------------------------------------------------
時代背景 投稿者:ふ み お  投稿日: 4月 1日(月)13時19分22秒

MACKYさん
>子役俳優の集まりですから、音楽レベルの低いのは仕方ないですよね。
ちょっと時代の背景を触れないで書いてしまい、楽しい思い出に水をさして
しまいまして失礼しました。
当時はプロのミュージシャンというのはまさに「プロフェッショナル」で
アマチャがどんなに練習しても追いつけない人達ばかりでした。
学生バンドの我々も少しでも彼らの演奏に近づきたいと努力していま
した。
ベンチャーズの公演なんか双眼鏡でノーキーの指使いを見ている人も
結構いました。(楽器点で入手できるスコアは原曲と全くちがう音符
がならんでいました。)

そういう時代に「若い女性の人気」をビジネスにした「ずーとるびー」
の企画を考えた人は時代の最先端だったのです。
現在では「歌のうまい歌手」がデビューするとどうなっているのという
ほどになっていますが。
ps:
私は梅木マリと同じ世代です。本当に可愛いマリちゃんの大ファン
でした。
当時は歌を聞くというより、その愛らしい姿を見る為に「若さで
行こう」を毎週楽しみにしていました。
今この年になって改めて彼女の歌を聞いて見ると、12歳の時の彼女
の歌でも大人に対し充分な説得力がありますね。
あの頃はいくら可愛くてもまず歌がうまくないとどうにも
ならなかったからだと思います。

PREV サイトマップ 随筆集 掲示板 ホーム過去の掲示板INDEXこのページ EP盤リスト キャプチャー画像集 LINKS とろりApps NEXT

歌謡曲、女性アイドル音楽...etc「モナ・ムール!歌謡ポップス」 「モナ・ムール!歌謡ポップス」EP盤のコレクションと、そのレビュー 歌謡曲、女性アイドル音楽...etc「モナ・ムール!歌謡ポップス」随筆集