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◆1.アジア太平洋戦争・第二次大戦の写真資料館 TORIKAI LAB Photo Gallery:No.1

1.世界が協力し持続可能な社会を目指すには,過去の戦争を踏まえた平和人権の視点も必要だと考えます。
2.マスメディアによるプロパガンダに対抗してメディア・リテラシー,平和を望む市民の知性を重視します。
3.戦争俗説,戦争観を動員,総力戦の視点で再検討します。
4.過去に無知であれば,それを恐れるあまり,受け入れることはできません。勇気のない人間には、戦争で実際にあったことを見つめることはできません。そんな歴史は、戦争の事実は、なかった、捏造だとうそぶくか、洗脳された、陰謀だと他人のせいにして怒りだし大声で叫びだす人々です。この責任転嫁は,妄想をたくましくして,未知の歴史の亡霊を恐れるからです。
5.冷静に歴史を知り,殺害された人々,殺害した人々の苦渋にも思いを馳せることで,真実の姿が見えてくるのではないでしょうか。錯誤,罪の範囲が,光明が見えてくれば,どんな過去でも恐れることはないのです。


上海事件と爆弾三勇士
1・28 Incident



盧溝橋事件・南京攻略/日中戦争
Sino-Japanese War 1937



盧溝橋事件の序章・要旨
Sino-Japanese War:Summary


 
南京虐殺事件/南京大屠殺
Nanking Massacre



米中接近・蒋介石
US & China:Chiang Kai-shek



西南連合大学(西南联合大学)
雲南抗日戦争史:Yunnnan



ノモンハン事件:Khalkhin Gol
辻政信参謀・Georgy Zhukov



アメリカ義勇軍フライングタイガー
Flying Tigers:Claire Chennault



山下奉文のシンガポール/ビルマ攻略
Singapore & British Indian Army



ウ号インパール作戦:牟田口
Mutaguchi & Battle of Imphal



ビルマ撤退・敗走
The Battle of Burma 1944-45





1941年の日米交渉:Hull note
ニイタカヤマノボレ



真珠湾攻撃:騙まし討ち?
Japanese Attack on Pearl Harbor
 


真珠湾攻撃の一日と損害一覧
Pearl Harbor Statistics


真珠湾攻撃の写真集
Pearl Harbor Images



開戦日のSOS信号の謎
Marine Accsident in Dec.7 1941



ドーリットル東京初空襲
Doolittle Raid on Japan


山本五十六司令長官の暗殺
Admiral Isoroku Yamamoto





マリアナ沖海戦の七面鳥狩り
Battle of the Philippine Sea



レイテ沖海戦の連合艦隊
The Battle of Leyte Gulf





アッツ島山崎部隊の玉砕
Aleutian Islands Campaign



タラワ・マキン島の玉砕
Marine Assault of Tarawa



サイパン玉砕:Saipan Campaign
生き残り捕虜1.4万名
 


沖縄玉砕:Okinawa Campaign
鉄血勤皇隊・ひめゆり学徒




沖縄持久戦の住民
Okinawa 1945:The Last Battle



住民集団自決/チビチリガマ集団死
Mass suicide in Okinawa



沖縄地上戦:牛島満と大田司令
Killing Ground on Okinawa



沖縄伊江島の戦い
Okinawa:Iejima Island Invaded



沖縄戦の兵力/損害/砲弾統計
Battle of Okinawa Statistics





ユダヤ人虐殺ホロコースト
Holocaust/Shoah



本土東京大空襲
Bomber Boeing B-29 Superfortress



広島・長崎への原爆弾投下
Bombings of Hiroshima & Nagasaki



検証:日本の原爆開発
Japanese Nuclear Weapons



学童疎開船「対馬丸」撃沈
Unrestricted submarine warfare


 
無差別自爆テロと特攻
Combating Terrorism



航空空幕僚長空将論
Chief of Staff



アジア太平洋戦争一覧
Second World War Links




ズテーテン危機/ミュンヘン会談
Sudeten & Munich Conference


 


ワイマール共和国のナチ党
Weimar Republic and NSDAP



第三帝国の再軍備・思想統制
Nazi Third Reich/Drittes Reich



アドルフ・ヒトラー:Adolf Hitler
煽動・独裁・殺戮



1939年ポーランド侵攻
Invasion of Poland



1940年フランス侵攻
Racism of Vichy France



1941年バルカン侵攻
Balkans Campaign



ムスリム武装親衛隊
Amin al-Husseini



ソ連侵攻バルバロッサ作戦
Unternehmen Barbarossa



クリミア・セバストポリ攻防
Siege of Sevastopol



スターリングラード攻防戦
Battle of Stalingrad


ヒトラー総統の最期
The Last Days of Hitler


ドイツ空軍ルフトバッフェ軍用機
Luftwaffe:He-111,Ju-87,Bf-109



アメリカM3A軽戦車/M4・M3戦車
M4 Sherman/M3 Lee/M3 Stuart



ドイツ装甲師団の戦車
Panzer II, Panzer IV



ソ連赤軍T34戦車
Soviet Tanks T-26,KB-1,T-34



ドイツ軍の半装軌式装甲車
Sonderkraftfahrzeug Sd.Kfz. 250/251



V-2ロケットと奴隷労働者
Aggregat-4 ,V-2 Rocket





ナチス優生学と人種民族差別
Nazism & Eugenics



精神障害者T4作戦
Disability T4 Aktion



ジプシー/ロマの迫害
Romani & Gypsy



日本優生学のハンセン病隔離
Hansen's disease



キリスト教のハンセン病隔離救護
Healing a Leper



人種差別撤廃・障害者権利条約
Human rights



ワルシャワ・ゲットー
Warsaw Ghetto/Getto Warszawskie



ウッジのユダヤ人居住区
Łódź Ghetto/Litzmannstadt-Getto



「アンネの日記」とユダヤ人差別
Dialy of Anne Frank



アウシュビッツ強制収容所
KZ Auschwitz-Birkenau



マウトハウゼン強制収容所
Konzentrationslager Mauthausen



フランス占領とユダヤ人迫害
Racism of Vichy France



ユダヤ人虐殺の理由
Nazism & Holocaust





ゲオルクエルザーのヒトラー暗殺
Johann Georg Elser



ドイツ国防軍将軍ヒトラー反逆
Wehrmacht and Reichswehr



白ばら:ショル兄妹の反戦
White Rose Resistance



ワルシャワゲットー蜂起
Warsaw Uprising in 1944



ヒトラー暗殺計画ワルキューレ
Valkyrie:July 20 plot



世界史発掘 時空タイムス編集部
新証言・ヒトラー暗殺事件




第二次大戦リンク集
WW2 links



環境平和学
Global Peace and Environment



平和人権リンク集
Human Rights




五十嵐飛行兵の日章旗返還
to return the flag



レイテ沖海戦の神風特攻第一号
First Kamikaze in Leyte Gulf



沖縄戦の菊水特攻
The Last Battle:Okinawa



知覧高等女学校と鳥濱トメ
Chiran Special Attack Unit Base



戦艦大和の海上特攻
The Yamato sunk



特攻作戦の崩壊
Special Suicide Attack:Tokkou



人間魚雷「回天」
Human Torpedo Kaiten



人間爆弾「桜花」神雷部隊
Human Bomb MXY-7 Ohoka



宇垣纏司令官最後の特攻
Admiral Matome Ugaki



特殊潜航艇「甲標的」
Japanese Midget Submarines
 


最後の特攻兵器「剣」と海龍
Suicide Weapons Turugi & Kairyu



海上挺進隊「震洋」水上挺進隊マルレ
Suicide Boats Shinyo & Marure



特攻機命中率56%の戦果
Kamikaze Damage to US ships
 


米国商船の被害損傷
US Merchant Ships Sunk or Damaged



9.11自爆テロと真珠湾奇襲
Terrorism & Kamikaze Attack





戦争ポスター:War Poster
プロパガンダ



近衛文麿元首相上奏文
Prince Konoe:国体変革の恐怖



鈴木貫太郎内閣
終戦の聖断:Surrender of Japan



米内光政・阿南惟幾
Korechika Anami & Mitsumasa Yonai



昭和天皇:Emperor Hirohito
終戦の聖断:Surrender of Japan



東京裁判:Tokyo Trial
極東軍事裁判





石川啄木の時代閉塞
Takuboku Ishikawa



魯迅日本留学:Lu Xun
阿Q正伝・狂人日記



与謝野晶子:Akiko Yosano
君死にたもふこと勿れ



軍閥・統帥:Japanese Warlords
寺内寿一陸相と浜田国松





靖国神社:Yasukuni Shrine
無名戦士の墓・戦犯



捕虜の運命:BC級戦犯
POW and War Crime





戦争協力する女性
総力戦:Mobilization



アメリカの軍用機生産
Color Pictures:Mobilization



アメリカの兵士動員
Color Pictures:US Soldiers



アメリカの農業・工業・鉱山
Color Pictures:Industry of 1940s



アメリカの豊かな生活
Color Pictures:Life of Uited States



現代の平和人権戦争
War & Peace links



中国輜重自動車隊小島康次
Yasuji Kojima 2014



「雪風」水雷員西崎信夫
Nobuo Nishizaki 2013



彗星/東海搭乗員渡辺亘
Wataru Watanabe 2013



魚雷艇/潜水艦乗員鈴木忠典
Tadanori Suzuki 2013



写真ポスターから見るナチス宣伝術−ワイマール共和国からヒトラー第三帝国へ



写真・ポスターから学ぶ戦争の百年−二十世紀初頭から現在まで


◆テロリズム 2015

   紛争の続くシリアでは、斬首を含む残虐処刑自爆攻撃などテロが、敵味方双方で報復と称して繰り返されている。この残酷な報復捕虜処刑は、ISやアルカイダのアルヌスラAl-Nusra)だけでなく、シリア治安軍イラク政府軍アメリカ軍トルコ軍自由シリア軍、クルド人民兵組織(ペシュメルガ(Peshmerga)、人民防衛部隊YPG)など敵味方いずれでも行っている。そして、ドイツフランスイギリスカナダアメリカなどの男女の若者が、これらの組織に志願兵として参加し、敵味方に分かれて戦っている。

 当初は、イラクやシリアの政府軍・治安部隊が反政府側住民の人権弾圧や虐殺を行っていることをメディアは大々的に報道していたが、今では、反政府軍側の自由シリア軍なども政府軍捕虜や住民を虐待、虐殺していることが明らかになっている。これは、お互いが過去に敵から受けた弾圧、虐殺に対して、復讐、報復をしているからである。古代中東のハムラビ法典における「目には目を、歯には歯を」:'An eye for an eye, and a tooth for a tooth.' は、刑罰の均衡の原則を意味するが、それが歪曲され、「虐殺には虐殺を」ということで、、復讐のためのテロが拡大している。

 西側先進工業国の志願兵を最も多く受け入れているのは、クルド人部隊であろう。クルド人Kurds)は、トルコ、イラク、シリアに分布しているが、自民族の国家を持たないため、クルド労働党を中心に、クルド人の独自国家創設の動きがある。そこで、トルコ、イラク、シリアいずれの国でも、人種民族差別にあい、人権が弾圧されていると主張している。他方、イラク石油産出地アルビルErbil)、キルクークKirkuk)にあるクルド人は、アメリカ資本との絆があり、北部クルド自治政府を設立し、独自のクルド人部隊ペシャメルガ(YPG)を組織している。そして、トルコ国内でもクルド労働党(Kurdistan Workers' Party)が自治権・独立を目指して、クルド民兵組織の人民防衛部隊(Peshmerga)にクルド人住民を募兵・徴兵している。アメリカへの移住者も多いクルド人の宗教は、スンニ派イスラム教、ヤズィディYazidi)のほか、キリスト教徒もいる。

 ISと対立しているクルド人部隊は、アメリカや西ヨーロッパの軍事支援を受けて、IS掃討作戦を展開している。トルコは、NATO(North Atlantic Treaty Organization)の重要な加盟国であり、ロシア・東欧を制する位置にあり、親アメリカ軍の立場で、トルコ国内にはアメリカ駐留軍を受け入れている。しかし、トルコは、クルド人独立の動きを弾圧し、西側先進工業国によるクルド人支援を警戒している。そして、ISやアルカイダのアルヌスラ(Al-Nusra Front)によるシリア攻撃やクルド人掃討作戦を支援しているようだ。2014年9月、アメリカがトルコの米空軍基地から、シリア空爆を行おうとしたときにも、トルコのエルドアンRecep Tayyip Erdoğan)大統領は、当初、それを拒否したほどだった。

 2014年から2015年にかけて、ISに日本人が拘束され、非道な取り扱いを受け、残酷に処刑された。殺害された日本人は、一人は湯川遥菜(はるな)氏で、菅義偉(すが よしひで、1948- )官房長官、田母神俊雄(たもがみ としお、1948- )元空将や多数の政治家らの賛同者であり、SNS(Social Networking Service)を通じた友達だった。2013年から湯川氏は、政治集会、選挙活動に頻繁に参加したが、それは、国安正昭元特命全権大使・放射線影響研究所 評議員らを顧問に、民間軍事会社設立に協力してもらったお礼の気持ちがあったようだ。資金を手にした湯川氏は、中東の武装集団の下に出向き、人的関係築き、医薬品などを搬送した。将来は、救急車などを送る紛争地域の住民支援、そこで活動する日本人の武装警護を目指していた。

 もう一人は、後藤健二氏で、映像通信社インデペンデント・プレスを設立、テレビ朝日「報道ステーション」 NHK「BSドキュメンタリ−」「ETV特集」「週刊こどもニュース」「クローズアップ現代」 などテレビで活躍し、「ルワンダの祈り」のような著作も刊行している。彼も、紛争地の住民を救いたいと思っていた。二人は、2014年から、共同で仕事をしているが、湯川遥菜氏経由の資金・兵士と後藤健二氏のスキルが強固に結びつき、カネ、モノ、ヒト、ワザが大量に注入されば、紛争地域における日本の情報軍事機関の足掛かりができたかもしれない。

後藤健二氏をCEOとするINDEPENDENT PRESSには、次のようにある。
To be or not to be.(投稿日:2014年7月28日 作成者: Kenji Goto)
 シナイ半島に行った。世界各地で、なぜ、こうも衝突が絶えないのだろう?その一方で、全世界中にに漂うグローバル化の疲れや失望−「私たちには正直わからない」「私たちだけは安全なはず・・・」「自分の家族が一番大事」といったある種開き直った意識。
“What can I do ?”視聴者離れの激しいドキュメンタリーの存在意義とは何か?作り手はその点を深く考えようとしない。突き詰めていくと、自分の首を絞めるからだ。
モバイル時代にニュースに求められるモノは何か?短くても継続して伝え続けることが大きな山を動かすことになるのを忘れてしまったかのようだ。メディアで伝えられる時には、もうすでにポリティカルなゲームにすり替えられてしまう昨今の事件事故。バリューを付けていくのは難しい。
「話題」の現場で起こることはごくシンプルだ。
朝10時くらいに床からのそのそ出て、何の迷いもなく考えもなくAK47RPGを手にとり戦いに行って、戻ったら仲間と食事をして、タバコをくゆらせながら馬鹿話をして寝る。ごくまれにモノ好きな外国人のジャーナリストや諜報部員、自分たちの知り合いではない人たちの訪問を受けると、単なるおしゃべりが答えの出ない議論に変わる。そして、寝る−そんな繰り返しが戦闘地帯における最前線の日常だ。


   報道ステーション−今夜シリア アレッポで暮らす市民や子ども達を最新映像伝えます。:後藤健二 @kenjigotoip 2月11日
Dear 皆さん、まさに無差別殺人と私も感じました。それに、必ず画家になる、と言った少女マラック、頑張れ!!
報道ステーション、始まりました!シリアで空から降ってくるのはタル爆弾。。。それも視界の良くなる晴れの日が一番恐ろしい。今回は、、、必死でした。爆撃や砲撃の下で生きる−自分の身体がバラバラになって飛び散るのをイメージしたのは初めてのことでした。

It means “Lost Age” really. これこそ本当に「失われた世代」だ: 投稿日:2014年7月11日 作成者: Kenji Goto
彼らは、いつも笑顔でこちらの頼みを聞いてくれた。一緒にお茶を飲み、甘いお菓子を食べた。感謝のしるしに日本製の時計を、コンデジを、プレゼントした。戦時下では、プレゼントできること自体が嬉しいものだ。
世界各地の紛争地帯で、私の仕事を手伝ってくれた人たちが、もう何人亡くなっただろうか?でも、私はまだ生きている。生きて自国に戻り、「伝える」仕事に集中することができる。 彼らが死ぬなどと真にイメージしたことは正直なかった。 鮮烈に蘇る彼らの優しい笑顔。ボー然としたところで、「なぜ?」と考えたところで、彼らはもう戻って来ない。どうか、神様。彼らに安らかなる日々をお与えください。

後藤健二Twitter: @kenjigotoipには次のようにある。
「ジャーナリズムに関して、もう欧米と比べるのはやめた方が良い。虚しいだけで何より無意味。情報を受け取る個人の問題。日本にジャーナリズムが存在しえないことやフリーランサーの地位が低いのは、3/11の前からわかっていたこと。今ある結果として変えられなかったことは自戒すべきことと思う。」(2011年6月24日)
世界市場では、待っていても何も起こらない。最初の一歩は自らが踏み出さないと。この日本国では、待っていたらこのザマなのですから。子どもを大事にしない政府や国に未来なし。」(2011年6月26日)
湧き出るオーラでセキュリティをスルーしたい」−ああ、わかるこの想い。なぜかなぁ、いつかできそうな気がする。あの人も僕も。」(2010年9月11日)

湯川遥菜氏は、自ら川島芳子の生まれ変わりに準えたが、それは川島芳子の「男装の麗人」、国際スパイ、義勇軍司令官、軍人会館CEOの性格にあこがれていたためであろう。民衆の擁護者でありたいとする高邁な(観念的)理想も共通点であった。湯川氏は奇しくも芳子と同じ42歳で処刑されてしまった。

  湯川遥菜氏は、歴史に名を残す人物になりたかった。後藤健二氏はオーラが湧き出るジャーナリストになりたかった。二人とも、山本美香女史と同じように、抜け殻になったような会社勤めサラリーマンを辞めて、立派な仕事をし、歴史や世界市場で真っ当に評価されること、そのような社会を構築することに懸けた。
 中東紛争地域で、誰もしなかったような立派な仕事を目指した人は、無残に処刑されてしまったが、そのことでFacebook I AM KENJI国連安保理事会アメリカ国連大使サマンサ・パワー演説をはじめ世界の注目を浴び、希望は引き継がれた。これは世界の注目を浴び、希望は引き継がれた。これは「アンネの日記」の著者アンネ・フランクが、日記を出版したい、ジャーナリストになりたいとの夢を抱き、世界の人々がそれに共鳴したことを思い起こさせる。

 2015年1月25日、湯川遥菜氏の残虐な殺害の直後、日本政府が情報を確認しているといっている最中、駐日アメリカ大使キャロライン・ケネディCaroline Kennedy)女史は「米国民を代表し、湯川遥菜さんのご家族に心から哀悼の意を表します。我々は後藤健二さんの無事解放を祈るとともに、この困難な時にある日本の皆さんに思いを馳せています。日本と米国ほど緊密な友好国はありません。我々は今後も手を携えて、両国が共有する価値観を守っていきます」と宣言した。
 2015年2月の国連安全保障理事会で後藤健二氏をはじめとする中東渡航者の若者の活躍を賛美したアメリカ国連大使サマンサ・パワーSamantha Power)女史は、1970年生まれのジャーナリスト、作家、ハーバード大学教授の才媛。それに対して、日本の国連大使吉川元偉氏は、1951年生まれの20歳年長の外交官試験合格者で、総合外交政策局国連政策課長を歴任。日米二者を比較して、世界のメディア、世論に対する影響力の差は、外交上、世論形成を旨とするジャーナリストをどのように扱うかをみれば、明らかに大きな差がある。死者を自己責任だと追及するのとその志を称賛するのでは全く対照的だった。

 イラク戦争やシリア内戦のような緊急事態に当たって、世界の世論に感銘を与え、各国の支持を得るにはどのように行動を起こすか、このような行動は、既存秩序を墨守する官僚や公務員採用上級試験合格者、だらしない政治家に期待することはできない、このように考えて、自ら危険を冒して行動し、歴史を刻み、世論を喚起しようとしたのが、湯川遥菜氏や後藤健二氏だった。佐藤和孝氏、彼の妻山本美香女史だった。

 山本美香女史は、1995年にサラリーマンを辞めた後、戦場ジャーナリストとして活動し、タリバン政権下アフガニスタン、2003年のイラク戦争バグダード取材、 2008年から早稲田大学で「ジャーナリズムの使命」 の授業を担当。2012年8月、夫佐藤和孝氏とともに、シリア自由軍兵士の護衛の下で、アレッポ内戦の取材中、銃撃で殺害された。犯人は、シリア政府軍、その民兵あるいは自由シリア軍の兵士と様々な憶測がある。シリア政府を誹謗するジャーナリストを始末したいとシリア政府が考えたのか、あるいはシリア政府軍の非道な扱いを喧伝するFSA側の陰謀だったのか、いずれにせよ、ジャーナリストも高官も、戦場における護衛の必要を痛感しており、信頼できる警備兵が欲しいのであって、護衛の経費は負担は惜しまない。そこで、危険な紛争地域で、安全な警備兵を揃えて護衛する民間軍事会社が生まれてくる。日本人で戦場ジャーナリストの護衛を始めたのが民間軍事会社PMCを設立した湯川遥菜氏である。

 湯川遥菜氏が、後藤健二氏を撮った映像は、メディアでも流されている。ビデオ編集中の後藤氏のTV映像があるが、その編集画面に湯川氏が映っている。そして、湯川遥菜氏の♪HARUNAのブログ♪(2014-07-09) にも、後藤健二氏と共同で携わった中東での危険な仕事が、次のように綴られている。

「僕は今の日本が生きにくいと思う理由がシリアやイラクに行き解った気がする。明治大正昭和に運動家がアジアの事や戦争論など演説していた方々と気質が似ている。例えば下記のような方々が居る。頭山 満(とうやま みつる)徳富蘇峰(とくとみ そほう)石原莞爾(いしわら かんじ)等。僕の気質が今の時代に合わないのだ。根本的に戦前、戦時中の人間なのだ!
そして大和魂というものがこの時代でも受け継がれており、銃弾の飛び交う中、死を恐れず突撃していけるのだ!
 そして今回はイラクに行った。前回同様戦地に行く前は武者震いし、気合が入ってくる。今回はジャーナリストの助手でもあり、護衛でもある。この2つの目的を持って行った。現在の仕事は国際専門の武装ガードとジャーナリストの助手。
 ジャーナリストにも憧れた時期もあったが、僕には向いていないと思う。例えば海外で弱い立場の人間が、虐待虐殺等あった場合、見て事実を伝えるだけでは済まなくなってしまう。正義の感情が 先に出てしまい、悪を排除してしまうだろう。そういう人間は生かして置けない。当然冷静に物事を考えての事だが、場合によっては報復してしまうだろう。その為、ジャーナリストの仕事は向いていない。
 僕の仕事はジャーナリストとの関係は絶対必要だと思っていたところに必然にもシリアで出会う事になった。そして初めて一緒に行動した。直感で感じたが、一生の友になるだろう。国際専門の武装ガードも一緒に仕事をすることにもなった。ジャーナリストの情報力は本当に尊敬する。外国人兵士の仲間は多いが、そろそろ日本人の部下(兵隊)も欲しい。」(blog引用終わり)

湯川遥菜氏は♪HARUNAのブログ♪「シリア内戦視察 第4話 (拘束の生活)(2014-05-16 )で自由シリア軍に拘束されたものの、彼らと戦友になったこと、後藤健二氏と共同で仕事をしていることを、次のように語っている。

「起きてから気が付くのだが、この司令部には牢屋が4ヵ所あり、そこの中には投獄されている人が居ると言う。囚人は麻薬の売人2人、マフィア、政府軍捕虜の合計4名。 外観から窓が無く、中は過酷な状況に見えた。僕はそこには入れられなかったんだ!ホッとしたが、いつ移動されるかもしれないと思うと、ある意味ストレスを感じるので、牢屋の事は考えない事にした。
 しかし囚人が出る時がある。それは尋問をする時だ。その姿は毎日目にするのだが、あまり良いものではない。囚人を目にする時は、自分も管理されていると思うと気持ちが良いものではない。<中略>

彼ら[FSA]兵士は合計50名の組織で10名1週間交代で前線に行き戦闘をしているとの事だ。パクさんは戦闘で横っ腹を撃たれ、 横っ腹から右のお尻から銃弾が抜け、1ヵ月間トルコの病院に入院していて、退院したばかりとの事。パクさんはしばらく拠点で静養している最中だったのだ。

 2日目初めて見る男性が来て、僕はまた尋問室へ。この男性は片言の日本語を話していた。『私日本に住んでた。6人の友人が日本に居る』とそして次に話した彼の言葉に僕は驚いた!『ジャーナリストの後藤健二を知っているか?』僕はもちろん知っていると答えた。明日シリアに来ると言うのだ!僕は二ヤけた♪マジ?やったぁ♪僕が日本で会いたかった人の一人。まさかシリアで会えるとは運命としか考えられないよぉ!だって会える確率的に万に一つだよ!(※しかし僕は第六感と言うか、後藤健二さんとは日本に居る時からシリアで逢う気がしていた。それが今回現実に なった。)そして後藤さんとは来週東京都内で再会する。

その頃になると大分、兵士達ととても仲良くなり、冗談を言ってじゃれあったり、若い時の友達同志みたいな感じだ。そこには友情みたいなものが生まれ始めていた。<中略>友情みたいなものが生まれると、小銃や拳銃も持たせてくれるようになり、これは完璧に疑いが晴れた瞬間でもあった。 怖い物知らずの僕に対して、彼らは僕の事をサムライと呼んだ。

そうなると兵士の一人が難民施設の家族に会いに行くので、一緒に行こうと僕は誘われ、バイク3人乗りで、国境の難民キャンプに行った。この時やっと外出できた解放感で嬉しかった。 難民キャンプはユニセフのテントなど全く無い!ホント募金で支援をしているのかねぇ?まず僕は最初に感じた。まっ、募金の50%は経費で無くなると聞いているので、不思議ではない。役員の肥やしになっているのでは。 現場の人員はボランティアで人件費がかからないだろうし!

兵士の家族の中に生後間もない赤ちゃんが居た。その子を僕に抱かせてくれると言うので、抱っこさせられた。僕はこの瞬間感じた!戦争の中、生命があると言う事が、胸に伝わってくる。初めての感覚で驚いた。これまで日本で赤ちゃんを抱いても感じた事がない感覚であった」(blog引用)

湯川氏は「川島芳子と今の僕(最終回)後編 」(2014-03-22)では、具体的に自分の危険を予期できるほど仕事に熟知していたことが窺われる。
「どんな形でもいつ死んでも悔いはない。ただ望む事は歴史的野望があるので、成し遂げたい。それと死ぬなら、綺麗な姿で死にたいと言う事だ。尋問はもううんざりだ。しかし現在、仕事でスパイで捕まれば、尋問のリスクはある。僕は41年と11ヵ月生き抜いたが、2世代で約82年間の経験でした。僕が1ヵ月以上ブログの更新が無い時は、恐らく この世に居ないだろう。」 (♪HARUNAのブログ♪引用終わり)

湯川遥菜氏は、インディペンデントプレスCEO後藤健二氏の協力を得て民間軍事会社PMCを運営する計画だったが、政治家から提供されたPMC設立資金の一部は、湯川氏の友情、湯川氏のPMCのwebsiteから後藤氏のINDEPENDENT PRESSにリンクしていることからからみて、後藤氏のためにも使われたはずだ。数十万から数百万円あれば、渡航旅費でも保険料でも賄えて役にたつ。後藤健二氏はジャーナリストとして評価されているが、後藤氏が来る前から、FSAは拘束した湯川遥菜氏の身の安全を保障していた。救出のつもりで後藤氏が来たとすれば、FSAが湯川氏を厚遇しているのをみて、彼のコミュニケーション能力を高く評価したはずだ。後藤氏が湯川氏をFSAから救出したわけではなく、湯川氏はFSAの兵士たちとの交流に興奮していたほどで「人質」の認識はなかった。

 つまり、湯川遥菜氏を無定見な軍事マニアであると蔑視することはできない。外交官僚やプロのスパイでないからこそ、反政府武装組織シリア自由軍(FSA)と体当たりのコミュニケーションができた。だからこそ、似非指導者は、彼らを試しに中東における日本のパイプ作りに使ってみようと、煽ったり、資金を出したりしたのであろう。外交官僚は規則にとらわれすぎて、臨機応変な思い切った迅速な行動ができないが、フリージャーナリストは、密入国・不正入国も辞さずに、戦場に潜入して取材し、特ダネを撮ろうとする。このハングリー精神と行動力の違いを熟知する政治家の中に、二人を煽り、若干の資金支援をして、紛争地域における日本のあるいは自分の影響力を高めようとした人物がいた。

 湯川遥菜氏の行動や彼を煽った似非指導者の妄想は、かつて日本の軍部・大陸浪人ナチ親衛隊(SS:Schutzstaffel)が大真面目に追求した謀略、すなわちスパイ活動、ゲリラへの武器供与、傭兵部隊の創設、軍事・政治顧問の派遣、自国軍の派兵、傀儡政権の樹立など多肢にわたるもので、決して荒唐無稽な産物ではない。


  川島芳子は、清朝粛親王の王女という高貴な血筋で、日本の大陸浪人指導者というべき川島浪速の幼女となった。1931年、川島芳子は、関東軍高級参謀板垣征四郎大佐・上海公使館付武官田中隆吉少佐らと図って、諜報員闇資金を駆使して、暗殺を含めた騒乱、日本人と中国人の武力衝突を誘発させ、上海事変を起こしたとされる。そして、列国が国際都市・上海に注目させておいて、1932年、清朝最後の皇帝宣統帝溥儀を担ぎ出し、執政(皇帝ではない)に置いて傀儡の満洲国を設立した。川島芳子は、その女官長に任命されたが、翌1933年、満州定国軍と呼ばれる満州人義勇部隊を組織し、その司令として大活躍したとメディアで報じられた。1937年7月の日中戦争勃発後は、解散した満州定国軍の部下とともに、天津で軍人会館といえる東興楼を開設、経営した。中華の繁栄を取り戻そうとした川島芳子だったが、その意図にも拘わらず、彼女の行動は、中国民衆からは軽蔑され、憎まれてしまった。川島芳子は、日本人からも中国のスパイと敵視され、日本軍からはプロパガンダとして利用された後、用済みとなり、捨てられた。そして、日中戦争終了後に逮捕された川島芳子は、中華民国の裁判にかけられ、1948年、漢奸(中国の裏切り者)として湯川遥菜と同じ42歳で処刑されてしまった。

 ドイツ第三帝国のナチ親衛隊は、第二次大戦中に占領したフランス、ベルギー、ユーゴスラビア(クロアチア、ムスリム)、ロシア、ウクライナ、バルト諸国などで、義勇兵を募集した。そして、武装SS外国義勇軍や後方支援を担う補助部隊を創設した。彼らは、パルチザン掃討戦や反乱鎮圧などにも出動したが、ドイツ軍が劣勢になる中、これら外国人義勇部隊の兵士は、対ドイツ協力者の裏切り者として、憎まれるようになる。レジスタンス(西側のゲリラ)、パルチザン(東側のゲリラは、彼らを暗殺し、処刑した。そして、大戦後は、裏切り者として逮捕され、処断された。

 第二次大戦中、日本軍は、イギリス・インド軍の捕虜の中から、志願兵を集めて、インド国民軍INAを、ミャンマーの有志を集めて、ビルマ国軍BNAを創設した。そして、インド人のチャンドラボース(Subhas Chandra Bose)、ミャンマー人のアウンサンをそれら外国人義勇部隊の司令としたが、これは川島芳子の満州定国軍の場合と同じで、日本の外人傭兵部隊として軽視することはできず、国家独立を目指す国民軍、あるいはイデオロギーによる国家改造を目指す革命軍という性格も併せ持っている。結局、インド国民軍は、インパール作戦で壊滅し、その後、イギリス・インド軍が優勢になる中で、投降して日本軍の戦力にはならなかった。また、ビルマ軍は、劣勢となった日本軍に反乱を起こし、親イギリス路線をとった。

このように外国人傭兵部隊を自国の利益のために使おうとする動きは、以前からあるが、忠誠心、士気の上から、自国の兵士とは装備も待遇も格差をつけられていた。差別されていることがわかると、外国人兵士たちは、スパイになったり、反乱を起こしたりもした。結局、自国の兵士を派遣して戦わせるしかなかった。中東に親日派の情報拠点や軍事組織を作り、日本の足掛かりにしようと思えば、軍事同盟を結び同盟軍を作る、武装勢力への軍事支援する、外国人傭兵部隊を創設する、スパイを派遣するなどの方策が考えられる。

  湯川遥菜氏は、ブログ「イラク分裂危機2014 最前線!」(2014-07-09)で「現在海外の拠点はイラクを始めシリア、トルコ、イギリス、アフリカ全域に有り、仲間の拠点が増えた。同行したジャーナリストの方(後藤健二氏)もサバイバル訓練を受けており、拠点も使わしてもらっている」と述べていた。紛争地域に自国の勢力・権益を拡張しようと思えば、やはり最上の方法は、過去の経験から考えて、金で動く反政府傭兵部隊ではなく自国軍の派兵であろう。しかし、中東のホットな軍事的な情報なくては、このような試みを計画することすらできない。そのために、若者を誑かすか、煽てるかして、中東に送り込むのも一興だと、似非指導者たちが、いのちを軽んじる愚劣な謀略を弄んだ結果が、今回の湯川氏、後藤氏の殺害につながったと考えられる。

   中東紛争地域で犯罪的組織ISに人質とされた湯川遥菜氏と後藤健二氏は、無残に公開処刑された。二人に一義的な責任はない。非難すべきは殺人犯とその一派である。が、政治家は、公開の場で湯川遥菜氏のことを「湯浅春菜」あるいは「はるなゆたか」とストレンジャーであるかのように異なる名前で呼んだ。湯川遥菜氏と話しをし、彼が目前で支援しているのを見ていたのに冷たい話だ。湯川遥菜が言うには、政治家の「3人目の人は元特命全権大使。その方から初対面で見た目、 子供呼ばわりされた。もっともかなり年上だが。(汗) 子供に言われ女性とも言われ、でもやっている事は男気が ある。海外の危険地帯に行く事を話すと驚いた様子だ。大使と一時間も話しているとガードしていた様子が和んだ。その頃になると僕はワインを一本空けていた」。このような人物が、湯川遥菜氏の立ち上げた政治団体「アジア維新の会」の顧問や寄付金受付に就任していた。民間軍事会社の有能な顧問弁護士は、「プロ野球暴排実務者研修会」を仕切る弁護士で、紛争地での排除に造詣が深い。
 しかし、湯川遥菜氏と交友があった政治家は、「一緒に食事をし、記念写真を撮っただけの人間など、いちいち覚えているわけがない」と日頃の人情味ある演出とは裏腹に冷たい受け答えをした。人質に対して「危険を承知で後藤さんは入ったのです。母親である石堂順子さんは、皆様に迷惑をかけて申し訳ないというのが普通であると思うのですが、健二はいい子だから無事帰ってきて欲しいと言っています。少し違和感を感じます」とツイートし、安否を気遣う家族の気持ちを無碍(むげ)にした。「後藤さんが3度にわたる日本政府の警告にもかかわらず、テロリスト支配地域に入ったということは、どんなに使命感が高かったとしても、それは真勇、真の勇気ではなくて、蛮勇ともいうべきものであったと言わざるを得ない」と一方的に断じた。湯川遥菜氏と膝詰めで話をした政治家・外交官は、湯川遥菜氏の民間軍事会社PMCを支援していたはずだが、人質になった湯川氏・後藤氏との個人的関係を一切認めることなく、ストレンジャーとして切り捨てた。政治家は、政治団体の中で、不正支出資金の悪用があっても、秘書や会計担当者に責任を押し付け、処断するが、これと同様、湯川氏・後藤氏に対する政府の扱いは冷たかった。

 政府だけでなく、民間メディアも同じような仕打ちをしていた。総合週刊誌「週刊文春」2015年2月5日号は「10分300万円に命を賭けた後藤健二さん(47歳) 書かれざる数奇な人生」として、彼をゴシップ材料にフレームアップして商品化した。これは後藤健二氏が日本のジャーナリズムのレベルが低いと批判していたことを踏まえると、日本ジャーナリズムから後藤氏に対する仕返し、報復だった。記者は、「10分300万円」の見出しで、時給1800万円の大儲けの成金を連想させ、読者の嫉妬心を呼び起こそうとしている。実際、3カ月かけて取材して10分の映像が商品として売れても、月収は100万円、そこから渡航費や生命保険料を控除すれば、半分以下の収益しかない。商業主義に堕しているメディアは、公明正大な事実の報道に関心はない。雑誌売上げの伸長や視聴率獲得を最優先するイエロー・ジャーナリズム煽情による儲け主義)は、後藤健二氏を歪めて売り出した。他方、メディアは湯川遥菜氏の商品価値を低いと判断し、彼を切り捨てた。あるいは湯川氏を煽った政治家たちが、お金を払ってでも、メディアに湯川氏の話題を登場させなかったのか。メディアは、以前から世間の注目を集める戦場取材をする後藤健二氏を高付加価値化した商品としてTV等で売り出した。二人のメディアでの取り扱いは、以前から明らかに大きな格差があった。

 2004年の香田証生氏、2015年の湯川遥菜氏・後藤健二氏らは、勝手に危険なところに行ったのだから、人質となり殺害されても、自業自得だ、自己責任だ、と身勝手に放言する日本人が多いのはどうしたことか。このような自己責任論は、戦闘員と民間人は区別できない、戦地と平和な後方も区分されないという総力戦への理解が欠落している。テロを起こす側にとっても好都合な「自業自得」の主張をすることほど愚かしいことはない。テロリストを利する自己責任論はもうやめるべきである。

 先進工業国に限っても、すでに2001年9月11日NY・ワシントンDC、2004年3月11日マドリード、2005年7月7日・2013年5月23日ロンドン、2007年6月30日グラスゴー、2010年3月29日モスクワ、2013年4月15日ボストン、2015年1月7日パリ、1月15日ベルビエ(ベルギー)のビル・交通機関・メディアなどで、爆破・殺人テロがなされている。敵武装勢力は、自分たちや自分の家族が空爆され、掃討作戦によって殺された以上、その報復をしただけだという。自分たちの故郷が戦場になり破壊されたのに、敵の故郷が平穏無事であるのは我慢ならないという。敵が戦争をやめないのは、戦争の悲惨さを知らないからだ、それなら戦場となることがどういうことか、その苦しみ、悲しみを教えてやるとテロ攻撃を正当化する。故郷を襲う同盟国・有志連合に暮らす市民は、軍需物資(食料・エネルギー・兵器など)を生産し、資金を提供し、戦争賛成の世論を形成することで、総力戦に参加している。したがって、総力戦下の市民は、戦争に加わる「戦士」であり、攻撃・報復の対象と見做される。

 戦闘員でないから、戦場にいないから攻撃されないといった安全神話は、20世紀に総力戦が始まって以降、成り立たなくなった。「敵」とされた国の市民やその支持者であることが明らかになった時点で、経済・世論の上で、重要な役割を担っている市民は、戦地に行くジャーナリストも故国で会社勤めのサラリーマンも、みな攻撃の対象になる。
 戦闘になれた兵士、防備の堅い軍事施設を襲撃するのは、困難が伴うが、非武装の無警戒な市民や無防備な民間施設であれば、容易に襲撃できる。したがって、テロリストにとっては、戦略・戦術上、市民のいのちが格好のターゲットになる。テロリストが、市民を攻撃してきたら、それは市民の選んだ指導者による派兵・空爆が招いた「自業自得」「自己責任」ということなのか。


  総力戦の場合ですら自己責任論を理由にして、非武装の市民を殺害することは許容するのはもってのほかである。殺人が自己責任で正当化されるのであれば、市民の暮らす都市への無差別爆撃indiscriminate bombing)や原子爆弾投下Atomic bombing)も、自業自得、自己責任であるとの抗弁を認めることになる。総力戦であろうと、平時であろうと、テロは許されることではない、どのような論理もそれを正当化することはできない。紛争地域に行ったから、殺されても自己責任だという暴論は、敵味方双方のテロを正当化することであり、断じて認めることはできない。

 それでは、戦争やテロは、誰が引き起こすのであろうか。人類は愚かであり、望まなくとも戦争は必然的に起こるのか、戦争のない歴史などあり得ない、このように虚無主義Nihilismニヒリズム)の回答をし、嘯いていればよいのか。戦争は人類全体の罪だと総懺悔すべきなのか。それとも、「戦争を望まないのに、戦争が起きてしまう」という発想がまやかしなのか。戦争は「起きる」のではなく誰かが「起こす」のではないか。

 1936年の二・二六事件青年将校は、昭和維新をめざし、軍事政権の樹立を図った。青年将校の決起を煽った陸軍大臣川島義之(よしゆき)大将、軍事参議官真崎甚三郎大将、戒厳司令官香椎浩平中将、陸軍省軍事調査部長山下奉文(ともゆき)少将らは、青年将校の行為を認めていた。

 二・二六事件青年将校たちの反乱計画は、現政権を倒した後は、国を憂いている皇道派将軍に委ねるつもりだった。しかし、待望の将軍たちは、昭和天皇の反乱鎮圧の意思が明らかになり、状況が不利になると怖気づいて、責任逃れをはじめた。当初は、青年将校の行動を認め、決起を煽っていたにもかかわらず、「行動」ではなく、「誠意」を認めただけと言い逃れた。そして、口封じのためか、反乱将校の自決を求めた。二・二六事件後の取締・裁判では、反乱将校を見殺しにし、彼らとの絆を完全否定した。

 似非将軍たちに裏切られたことに気づいた反乱将校は、怒り、自決するのをやめて、軍事法廷で証言する道、法廷闘争を選択した。組織で経験を積み姑息になった似非将軍にとって、若者を誑かすのは手慣れたものだった。反乱将校だけでなく、彼らを煽動した似非将軍にも責任があるのは、明白である。しかし、反乱将校と民間思想家だけが処刑され、似非将軍たちは放免された。 

  当初から、企てが悲惨な結果に終わることを承知で、若者を煽動したのであれば、それは人のいのちを愚弄する犯罪的所業である。仁義をひけらかす将軍、国益重視を演出する政治家、自己の栄達・出世を最優先する学者は、みな似非(エセ)であり、プロパガンダによって、慕ってくる純真な若者を自分の野望や出世に役立てること、人柱とすることを考える姑息な人物である。

 二・二六事件の責任は、反乱将校と思想的背景を提供した北一輝ら民間人に全て負わされた。待望されていた将軍が怖気づいて裏切ったように、組織トップの偽証、証拠隠滅が認められることになれば、伝統ある強固な軍事組織でも芯から腐り始める。その軍紀が紊乱した軍事組織が戦争を、勝利も終結も見込みがないままに、引き起こした。

  1937年7月、北京郊外の盧溝橋で中国軍と駐留日本軍との衝突が起きると、参謀本部の停戦の意向にもかかわらず、軍紀・統制の乱れた軍には行き届かず、戦線は拡大し、日本は、急遽、中華民国の国際都市上海を攻め、急遽、首都南京攻略を決めた。中国に派遣された日本軍は、国民意識のない中国軍は、軍閥に支配されているだけであり、首都攻略によって、勝敗が決すると誤解していた。バクダッドBaghdad)やカブールKabul)を陥落させ勝利したと喜んだ戦略家も同じである。ともに自ら望んだ戦争が、優秀な装備によって、短期間に勝利するはずの戦いが、泥沼の戦争となった。

 家を焼かれ、親族を殺され人々の悲しみと憎しみは、軍による治安維持・掃討あるいはイデオロギーや国益の充足によって払拭することはできない。このような状況で憎しみを抱く人物は、似非将軍の煽動に乗り、報復テロにはしる。残虐非道な敵の殺害、敵施設の空爆は、勇敢で称賛に値する英雄的行為であるというプロパガンダは、敵味方の双方で展開される。無残に惨殺された家族の報復として敵兵士を斬首する、敵を支援した報いとしてジャーナリストや援助活動家を殺害する、空爆で焼き殺された子供たちの復讐のために敵パイロットを焼き殺す、テロリストは自らの主張を、敵の自業自得、すなわち報復ということでテロを正当化している。アメリカ軍も、テロに対抗するために、テロリストたちを暗殺し、攻撃ヘリコプターで襲撃し、空爆をかける。これもテロリストやその下にある住民にとっては、テロである。つまり、テロ戦争にあっては、敵味方双方の当事者が、相手こそが真のテロリストであるとして、テロを仕掛けている、テロのインフレーションが起こっている。

 紛争地域における義勇兵部隊・外人傭兵部隊の設立、情報スパイ網や軍事補給拠点の構築、世論形成のための広報センター設置は、敵味方双方で行ってきた謀略である。現在の先進工業国でも、このような試みを弄ぶ政治家や将軍がいる。彼らは、自己の能力を過信しているから。しかし、彼らは自らのいのちを危険に晒すことはない。そこで、初めに、紛争地にいる先進工業国ジャーナリストや援助NGO関係者が、自発的志願のかたちで犠牲になった。敵味方の双方に似非指導者が幅を利かせるようになれば、これからどんなことになるのか、歴史を振り返り、過去の残虐行為を見据えれば、予測できる。

2006年,シーア派マリキNouri al-Maliki)氏がイラク首相に選出され、2014年まで、イラクを統治している。2014年後半には、シーア派アバディHaider al-Abadi)氏に代わったが、マリキ首相は、スンニ派フセインSaddam Hussein)元イラク大統領が支配していた時代、抑圧されていたシーア派政治勢力の一族だった。そこで、自らの支配力を強化しようと、2011年12月の駐留アメリカ軍撤退以降、反対派となりうるスンニ派政治家を、イラク政府軍Iraqi security forces)を使って弾圧した。マリキ首相自身、かつてのフセイン政権下で死刑判決を受けていたが、イラン、シリアに亡命し、シーア派勢力の庇護の下に、フセイン政権打倒後の2003年にイラクに返り咲いた。

 2011年、イラクのスンニ派ハシミTariq al-Hashimi)副大統領の警護兵は、シーア派マリキ首相によって反政府テロの陰謀を企てたと指弾され、拘束された。マリキ首相は、アメリカのオバマBarack Obama)大統領と会談して、内政不干渉の言質をとっていた。捕まったスンニ派ハシミTariq al-Hashimi)副大統領の警護兵は、拷問を受けて、メディアでマリキ首相暗殺の企てがあったと証言させられた。スンニ派ハシミ副大統領は亡命したが、欠席裁判で死刑を宣告された。
 スンニ派の政治家・市民は、マリキ首相の弾圧に反発し、反マリキの集会やデモを起こした。すると、イラク治安部隊は、武力鎮圧に出動し、多数のスンニ派政治家や市民が拘束されたり、殺されたりした。イラク国内は、政府によるスンニ派政治家・市民の弾圧を契機に、再び分裂した。

 つまり、イラク紛争は、宗派の違いによる宗教対立ではなく、政治の実権を握るための政治闘争であり、旧フセイン大統領政権時代に優遇されたスンニ派の政治家や警察・軍の幹部が、イラク戦争で敗退、アメリカ軍の駐留で弱体化し、かわって弾圧されていたシーア派勢力が実権を握り、スンニ派勢力に対する報復を始めたのである。そして、独自の言語を話すクルド人Kurds)の自治拡大や独立の動きも加わって、イラクは内戦の様相を呈してきた。

 政府軍やアメリカ軍の掃討戦や空爆Airstrike)で、さらに拷問、虐殺で、スンニ派市民が殺されると、ISはスンニ派の庇護者として振舞った。ISなど武装集団は、テロから人々を守ると喧伝し、敵への憎悪を煽り立てた。イラクの混迷は、宗派や民族を理由にしているが、実際は政治的・経済的に対立する勢力が、相互にプロパガンダを展開し、紛争に至ったといえる。

 しかし、それまで人権弾圧にあったことのない恵まれているはずの若者も、戦場に惹かれた。高邁な理想に接したことがなく、怠惰な生活を送っていた先進工業国の若者は、非日常的で刺激的な戦争の世界を羨望の目で見始めた。勇ましい、英雄的な正義の戦争を待望した。社会に適応できない若者は、自分を一人前の男に認めてくれる場所と地位を探していた。それが、ISの戦士か、国家主義者か、民間軍事会社CEOかは、出会った似非指導者や信じ込んだプロパガンダに依存してくる。人権擁護や子供たちの救済に尽力するひとかどの人間になりたいと、安易な日常生活を飛びだす若者もいる。かれらは、生きがい、楽しみを求めている。自分を役立てる場所を探している。

 緊張感に満ちた、歴史的使命を感じさせる有意義な戦闘、紛争地域での戦友や住民との絆、そんな戦争の似非世界のプロパガンダが喧伝されている。先進工業国で、安易に現実社会に馴染まなかった若者、心の弱さを抱えて劣等感無力感を抱いていた若者、絶望感に苛まれた不安な若者に「生きがい」を提供すれば、彼らは自分の尊厳を取り戻せる、世間の注目を浴びて、ひとかどの人物になれると錯覚する。このような戦争・戦場の英雄論のプロパガンダは、カリフを僭称した似非指導者による謀略と同じである。

  TVを中心とするマスメディアが、戦場カメラマンWar Photographer)やジャーナリストJournalist)を高く持ち上げるのは、彼らの映像や特ダネが欲しいからだが、これは先進工業国の市民が見たがっているものでもある。貧困など社会問題は、戦場ではなくとも、至る所にあるのだが、付加価値の高い、高価な情報は、取材が難しい紛争地域にある。そのことをよく知っている戦場カメラマンジャーナリストなどメディア関係者は、話題性に富む場所に行き、利益が上がる素材を手に入れようとする。目立つようになり、有名になることで、社会への影響力を行使し、自分の使命を果たそうとする。戦場の話題は、国民が注目してくれるので、カメラマンもジャーナリストにとって、儲けが可能な仕事になる。中国農村のバイオマスフィリピンの子供たちの教育ごみ問題についての報道は、国民の関心は高くないため、儲けにはならない。対照的に、戦場、放射能汚染などは視聴者の注目度が高く、視聴率の高い番組を制作すれば商業的にも十分成り立つのであって、そのための取材にはマスメディアからも大きな需要がある。世間に注目され、有名になることは、戦場カメラマンWar Photographer)やフリージャーナリストVideo journalist)の収入、生活につながるのであるから、意識して演出するのは当然だ。

 つまり、カメラマンやジャーナリストが高く売れる情報を求めて、戦場取材を追い求める行為は、経済的自立の重要性から首肯できる。しかし、ジャーナリズムの経済的理由は社会的使命という万人に訴える大義の前には顕在化しない。経済的動機は脇におく二次的事項とされるのが常である。問題なのは、資金豊富なマスメディアや似非指導者が、ジャーナリストや若者を、社会的使命で煽って、経済的自立を名目にした資金提供によって操作していることである。

JAPAN PRESSCEO佐藤和孝氏は2012年6月、シリアで妻山本美香女史を銃撃戦で亡くして以来、シリアには入っていないというが、山本美香記念財団を設立し、「世界中で起こっている様々な紛争と、その紛争下で暮らす人々の現状を伝えること、またその役目を担うジャーナリストの支援、育成」を目指している。その佐藤和孝氏は、 「2015年1月21日の東京新聞取材に「『イスラム国』は特に残虐とされるが、その実態は分かっていない。シリアで三百万人もの難民が発生しているのに入国することも難しい。だからこそジャーナリストには魅力なんです」と率直に答えている。「(彼女を)助けられなかった悔いがずっと残っている」が、「それでもジャーナリストが人間の最も残酷で悲惨な側面を伝えることは価値がある。中東の紛争を世界が抑えられなくて、日本だけが平和ということはあり得ない。(湯川遥菜氏・後藤健二氏の)二人には生きて帰って、この体験を語ってほしい」と述べていた。佐藤氏は、湯川遥菜氏と面識はなかったが、2014年4月に「シリアに行くので情報交換したい」というメールを受け取っていた。湯川氏は、自らCEOに就任している民間軍事会社PMCのwebsiteをみてもらい、紛争地における護衛というプロモーションを企図したのであろうか。

 紛争地域に入って取材するためには、正規のルートで入国して、政府の許可を得て、政府軍の兵士や駐留するアメリカ軍の護衛警護の下に、同行取材をすることが多い。他方、反政府側を取材したいジャーナリストは、正規ルートで紛争地域に入国しては、反政府組織と接触が難しいために、ビザなし不法入国、密入国の手段をとる。シリア内戦の場合、空路ダマスカスで正規ルートで入国するのではなく、隣国トルコに入国してから、シリア国境を陸路で不法入国、密入国する。湯川遥菜氏、後藤健二氏のシリア潜入も、トルコからの不法入国、密入国のルートを使ったようだ。トルコ滞在中に、シリアの反政府武装組織FSA(自由シリア軍)の手引きを受け、シリアの紛争地域に不法入国(ビザなし入国から偽造旅券まで多種ある)し、反政府組織支配地域で、住民や兵士の取材をしたのである。

2012年8月、ジャパンプレスの戦場記者山本美香女史が、シリア内戦中、反政府武装組織自由シリア軍FSA)の同行取材をしていたが、アレッポで銃撃されなくなった。シリア政府は、山本美香記者の殺害について、シリア政府の報道関係者ビザを取得していない不法入国であり、シリア政府がテロ組織と見做している自由シリア軍兵士の護衛を受けての同行取材であるとの理由で、シリア政府に射殺の責任はないとした。これは、報道許可のない不法入国者が紛争地で殺害されても自己責任であるとの冷酷な対応である。しかし、紛争地域を取材する戦場ジャーナリストは、政府側でも、反政府側でも、護衛してくれる警護兵が必要であったり、同行したりする。これには、警護兵の護衛・同行経費が掛かるだけでなく、取材日程など情報がスパイや謀略に使われるリスクもある。リスクは命掛けであることを意味する。

  それでは、ジャーナリストが報道関係者ビザ許可のないまま不法国・密入国し、命を懸け、警護兵をつけてまで、戦場取材をする理由はどのようなものであろうか。第一は、社会的使命感で、紛争地の現場を取材し、その状況を把握し、住民の生活を世界に伝える国際報道によって、紛争の解決、住民の生活安寧に貢献したいということだ。地元のメディアに任せておけばよいとの安直な方法では、報道の公正が保てない。政府側あるいは反政府側に隔たった情報提供、プロパガンダに終わってしまう恐れが高い。そこで、戦場ジャーナリストが、自ら取材する意義が出てくる。
 第二は、ジャーナリストが社会的使命を果たすための取材経費、警護経費、生活費など経済的自立の必要経費を賄うことである。サラリーマンではない独立系ジャーナリストは、経済的自立のためには取材をして、特ダネ映像などマスメディアで公開してもらい、画像・映像使用料、放映料などを得なくてはならない。つまり、持続可能な取材のためには、価値のある情報を商品化することで、経済的自立を達成する必要がある。

 独立系のフリージャーナリストは、経済的自立を欲しているが、そのためには紛争地域で取材をして、希少価値のある特ダネを映像化しなくてはならない。ジャーナリストの経済的自立の必要性を熟知するマスメディアは資金提供を持ちかけて、ジャーナリストに命掛けの危険な取材を要請する。ジャーナリストは、経済的自立と社会的使命の双方を満足できる戦場取材を引き受け、戦場ジャーナリストとなる。
マスメディアは、戦場ジャーナリストから、事前に映像の利用権を購入する約束をしているのかもしれない。ジャーナリストが取材する素材(知的財産権)の価格は、特ダネであれば高額になる。フリージャーナリストは、生活のためにも、特ダネを求めて戦場取材をし、それをマスメディアに売り込む。そのために、TVや出版で露出度が高まるように自分のスタイルを演出する。

 早稲田大学の戦場のジャーナリズムに関する講義では「戦場ジャーナリストは真実や自由の名を借りているただの偽善者では?」「他に戦場を取材するジャーナリストがいるとすれば、あえて自分が危険を冒して行く必要はないのでは」との大学生の疑問もでたという。これはもっともで、ジャーナリストの個人的資質以上に、ジャーナリストの経済的自立の必要性、マスメディアを動かす市場原理、プロパガンダに気を配る必要があろう。

 似非指導者やメディアのプロパガンダによって、生きがいを与えられたと錯覚した若者は、「毅然とした」対応を求め、「力強く歴史的な」役割を果たすために、国家主義的勢力や軍事組織・テロ集団に参加した。暴力も殺人も、彼らはテロと呼ばない、現状打破のための正義であり、毅然とした対応の一環であると主張する。誠実で紛争のない世の中を作りたいと考えた若者も、冒険心から戦場に飛び出してゆく。
 国家主義勢力や武装集団に取り込まれたイギリスや日本のような先進工業国の若者は、怠惰な国民を嫌悪し、国家再生を望む人物は、幻想的な「美しい国」を取り戻すために戦士として、自己変革を望む若者はジャーナリストとして、有意義な人生を歩もうと決意した。ともに、一部の国家や民族、戦争や人種民族差別を敵視し、憎悪している。平和を確立するためには、どのような強硬な手段も許されると考ている。

 生命財産を侵害されたり、戦争の悲惨さを味わったりしたことのない先進工業国の政治家や市民の中に、戦争を辞さない態度や軍事力に基づく威嚇が「毅然とした」正義の外交であると錯覚する者がある。彼らは、プロパガンダを展開するか、プロパガンダに簡単に煽動されるか、どちらかであり、歪んだ世界観を抱きやすい。彼らの中では、無知と偏見に相まって、現状への不満や野心のインフレーションが起こっている。彼らは、弱い心、無力感、劣等感を覆い隠し、強がっているうちに、本当に強いと思い込むにようになった。自分に反対するのは、堕落した愚か者か、陰謀家のどちらかであるとのプロパガンダで煽られた憎悪は、平和構築の障害になっている。

 砲艦外交Gunboat diplomacy)や戦争が、心躍る体験、勇ましい前進、現状の打破に繋がると錯覚するような、過去を無視した歪んだ世界観がメディアを駆使したプロパガンダによって広められている。それを、似非指導者に誠心誠意を尽くし行動しても、二・二六事件青年将校や湯川陽菜氏・後藤健二氏の二の舞で、使い捨てにされてしまう。政府軍あるいは反政府武装組織に兵器を供与して戦わせても、それは自分の影響力を拡大する「傀儡政府」あるいは「傭兵部隊」を作るためである。冷酷で臆病な似非指導者は、慕ってきたものを、自己の栄達のために、使い捨て、自爆テロに導く。使命を果たせなかったものは自己責任だと蔑み、都合の悪い場合には、そんな人物は憶えていないと疎んじる。若者は、似非指導者の野心の人柱にされてしまう。


 スンニ派を煽動する武装集団ISに湯川氏・後藤氏の二人が非道に殺害されたのを受けて「日本が紛争地域に独自の情報組織や軍事組織がない欠点を明らかにした」とメディアは煽っている。似非政治家は 「テロの脅威から逃れることができない以上、国家安全保障のために、独自の情報・軍事組織によって、紛争地域を治める必要がある」と主張してきた。市民への襲撃は、容易であり、それを防ぐことは、CIAのような情報・軍事組織があるアメリカでもできないし、かつての日本が、中国大陸に組織した関東軍のスパイ網、外国人傭兵部隊、傀儡政権でも抗日活動は抑えられず、派兵した関東軍や支那派遣軍を増強しても、治安は回復しなかった。

 支配下の住民の反感を押さえつけても、それを根絶やしにはできない。住民を服従させるには、ますます強硬な手段に訴えるしかない。アメリカ軍の特殊部隊によって、味方指導者1人が暗殺されれば、敵兵士・敵性住民を自爆テロで10人殺す。すると、民間人を10人殺した敵への報復として、無人機搭載のミサイルを撃ち、攻撃ヘリコプターによる夜間襲撃、空爆によって、敵100人を殺害する。このように殺害の報復が繰り返されると、これは報復=テロのインフーレーションを起こす。支配者と被支配者の間に和平の道は完全に閉ざされ、生死をかけた闘争、テロが繰り返される。情報・軍事機関を増強し、空爆や派兵を繰り返せば、報復テロのインフレーションにつながる。これを断ち切る軍事的手段は、敵とみなした人間を一人残らず殲滅することであり、そのために生物化学兵器、核兵器の使用が提唱される。テロリストを一気に片づけると称して、大規模なテロが正当化される。

 湯川氏・後藤氏の二人を、情報機関・民間軍事機関の尖兵になるよう弄んだ似非政治家は、そそのかしを一切認めないまま、同じ類の謀略を、再度、大々的に試そうとしている。この謀略を見抜けないメディアは、日本には秘密情報部がないと既存の情報機関への理解がないまま、情報組織や軍事組織を拡張しようというプロパガンダを始めた。これは、湯川遥菜氏が歩もうとしたのとまったく同じ道程である。情報組織や軍事組織は、ゲスタポ・特高(特別高等警察)・憲兵特殊部隊・ISであり、敵に内通する自国民・住民を摘発するが、これは住民を恐怖で支配する道(テロ)に至る。情報組織や軍事組織は、スパイ罪・扇動罪の容疑者は、拷問をしてから釈放する。明らかな反逆には、公開処刑する。敵に恐怖と憎悪を植え付けるテロリズムは、処刑の様子を世界に配信する。情報組織や軍事組織は、オサマ暗殺と同じく、処刑映像を公式発表する。もし公開が憚られる場合には、フセイン大統領処刑と同じく、情報をリークし、SNSで配信させる。

 テロや自爆攻撃をする理由は、第一に、敵に恐怖心を与えて、戦いの継続や戦闘参加の意思をそいでしまうことである。テロが行われている紛争地に行って、殺害されても自己責任だと嘯く臆病者をテロの恐怖によって萎縮させるのである。しかし、このような脅しは、限定的であり、テロによってかえって敵愾心を呼び覚まし、敵の士気を高めてしまうことが多い。

 テロや自爆攻撃をする第二の理由は、敵の抱く憎悪の感情を高め、交渉や和平の道を閉ざし、殺すか殺されるかの背水の陣に状況に追い込むことである。国民総特攻、一億玉砕の状況になれば、最後まで徹底抗戦する以外の選択はなくなる。勝利の見込みが軍事指導者は、味方兵士の反乱や住民の逃亡を心配している。しかし、敵がテロリストと交渉の余地なしと宣言してくれれば、味方の兵士も住民も投降できない。もし投降し捕虜になっても、拷問・虐殺という報復を受けるからである。降伏が死を意味するなら、最後まで戦うしかない。似非指導者も、降伏があり得ない以上、戦後の軍事裁判での処罰を心配する必要はない。

 テロや自爆攻撃をする第三の理由は、敵にスパイ掃討戦・内通者狩りを行わせて、住民・国民の離反を図ることである。情報・軍事組織や秘密機関は、敵に謀略を仕掛け、スパイを送るが、同時に、味方に潜んでいる敵の通報者・スパイ容疑者を見つけ、掃討する。敵味方の双方で、内通者・スパイ容疑者を拘束し、尋問・拷問したり、処刑したりする。前線でも後方でも、内通者・スパイの摘発、尋問、拷問、処刑が持続的に行われる。つまり、前線でも後方でも、内通者・スパイ摘発の名目で報復・テロが正当化される。
 

 戦時中、レジスタンス・パルチザン・ゲリラ掃討作戦で、家財を焼かれ、容疑者として殺害されるのは、現地の住民である。このような状況では、敵との交渉、和平を求める声はなくなってしまう。シリアやイラクの紛争地でも、宗派対立に中立的な住民、アメリカや政府との講和を望む兵士が多いであろう。安寧な生活を望む非国民を自ら摘発、弾圧するより効果的な方法は、戦いたくない住民や兵士に対して、彼らをテロリストと見做して、容赦なく掃討・殲滅する作戦を、敵の派遣軍や情報・軍事組織に取らせることである。敵が、一般市民を殺害したり、容疑者として逮捕・拷問したりしてくれることである。

 憎悪の感情を限界まで高め、味方との交渉や和平の道を閉ざして、生きるか死ぬか、殺すか殺されるかの背水の陣に状況に、味方を追い込むことである。こうなれば、国民総特攻、一億玉砕のように、最後まで徹底抗戦するしかない。治安出動をさせ、現地住民を弾圧させるには、敵の要人を暗殺したり、敵秘密施設を空爆するのが良い。要人の居所を通報したスパイ、秘密施設を密告した内通者を捜す治安出動で、無辜の市民が容疑者として拷問されたり、殺されたりすれば、反感が高まる。このように状況を操作するのが、情報・軍事組織の役割である。

 1932年1月、川島芳子は、関東軍の謀略の一環として、上海で日本人の日蓮宗僧侶を中国人に殺害させた。これは上海の日本人居留民による中国人への暴力を煽動し、そこから日本人と中国人との戦闘を引き起こすための謀略だった。この第一次上海事変に世界が注目している隙に、満州国が建国された。
第二次大戦中の1942年5月、イギリスの情報軍事組織MI6は、ナチのベーメン・メーレン(チェコ)保護領副総督ハイドリヒを暗殺した。その目的は、ナチ親衛隊による暗殺者捜索が、チェコ住民への弾圧や虐殺を伴い、それによって反ナチ=親イギリスの陣営にチェコ民衆を引き込むこてである。つまり、IM6は、敵暗殺を契機にテロを引き起こす謀略を行った。
1960年代、ベトナム戦争の最中、ベトコンViet Cong)と呼ばれたゲリラ部隊は、南ベトナムのサイゴン近くやメコンデルタの農村で、ゲリラ戦を行った。これはベトナム政府軍・アメリカ軍によるゲリラ掃討作戦が展開され、現地農民が拘束・殺害されることで、反政府=反アメリカの勢力の強化を狙った謀略である。
 過去を見つめれば、一国が外国の政府軍あるいは反政府武装組織に兵器を供与して戦わせることはよくあるが、それは同盟といった正規の支援でも、武器密輸という非合法な支援であっても、自国や似非指導者の影響力を拡大する「傀儡政府」あるいは「傭兵部隊」の支援に過ぎない。テロと戦う、紛争を収めるなど平和を構築するというプロパガンダの下に、資金や兵器をばら撒いて、紛争を長引かせ、テロを頻発させている。軍需産業は持続的に営業できる。軍隊は持続的に予算を獲得し、勢力を強化できる。

情報軍事組織の謀略ともいえる暗躍は、テロを仕掛け、敵がさらに大規模なテロを引き起こすように仕向けることで、虐殺・憎悪という報復テロのインフレーションを惹起して、戦争に巻き込まれたくない住民を、味方として戦争に参加させる手段である。情報軍事組織のプロフェッショナルは、敵にテロを起こさせ、味方の憎悪を最大限に高めるために、謀略・テロを行うのである。

 敵味方双方の姑息な似非指導者は、空爆・ゲリラ掃討あるいは自爆攻撃をテロとみなし、それを理由に、情報組織や軍事組織を創設して、住民を恐怖で支配し、プロパガンダを展開して、世論を形成し、お互いにテロとの戦争(War on Terror )を始めれば、それは自分の野心のためである。スパイとして殺害されたり、拘束されたりした容疑者の家族は、敵に対する報復(テロ)に賛同する。敵は、兵士だけでなく、住民まで虐殺している、それなら敵にも同じ目に合わせるべきだと。
ゲスタポ・特高(特別高等警察)・ISのような情報組織や軍事組織は、テロを蔓延させ、恐怖による支配、憎悪による虐殺、殺すか殺されるかの二者択一の状況を作ることに使われる。似非政治家や似非指導者が情報・軍事機関を動かし、派兵し、テロとの戦争(War on Terror)に猪突猛進すれば、敵味方双方で日常生活の負担は増し、自由を制約し、人のいのちを軽んじることになる。

  テロとの戦争は、決して短期決戦ではなく、兵士だけでなく、経済や世論を担う国民が参加する総力戦である。総力戦では、軍人と民間人の区別も、戦場・戦地と後方・国内の区別、軍需と民需の区別もみな曖昧になる。

 防空演習・消火訓練、渡航自粛、旅券返還命令、テロ対策部隊創設、対テロ合同演習が、本土空爆や爆弾テロの対策として役に立たないことは、過去の歴史、現在の戦争をみればわかる。ドイツのリヒャルト・フォン・ワイツゼッカー(1920-2015)大統領は、第二次大戦のドイツ敗北40周年に当たる1985年5月8日、連邦議会で「過去に目を閉ざす者は現在も見えなくなる」と述べた。しかし、われわれは、ゲスタポ、アインザッツグルッペ、SS外国人義勇部隊、特高(特別高等警察)のような情報・軍事組織、特攻から現在のISまでのいのちをかけた過酷な戦いを知っている。この傍観者になるだけでは、いずれ自分がその問題に直面した時、周囲は傍観しているだけであろう。

 世界にテロを蔓延させている似非指導者は、似非大義を振りかざして、支配地・領土の住民・家族を脅すために、「アメリカはイスラムを殲滅しようとしている」「テロリストは捕虜や市民を虐殺している」と恐怖心と憎悪を起こさせ、自分たちの軍事組織に参加し戦うことで平和を獲得できるとのプロパガンダを流布している。純真な若者を兵士に志願させ、掃討戦や自爆攻撃に投入するなど、いのちを差し出させている。似非指導者が馬脚をあらわにし、そのプロパガンダの真の企図を喝破することで、戦争は必然的に起こったのではなく、起こるように仕組まれたことが理解できる。芯の腐っている組織に、反乱を生じさせ、崩壊するように仕向けることができる。

 テロや戦争をなくすためには、根本的には、争いを治めて、住民が平穏に暮らせる平和な状況を構築することが大切であり、その手段としては、(1)難民支援など事後的な救済、(2)紛争を拡大しないような事前の生活安定、の二つの方法がある。2015年2月現在、シリアからトルコ、レバノン、ヨルダン、イラク、エジプトへと逃れた難民は380万人以上,この支援資金として37億4065万ドルが必要とされる。イラク難民も240万人いる。地道に平和な状況を構築することに、カネ、モノ、ヒト、ワザを注ぐことが最も重要であると考える。

◆2.アジアの現代社会写真館 TORIKAI LAB Original Photo Gallery: NO.2

当第二展示場は,中国,タイ,フィリピンなどの社会開発と環境保全に関する写真を解説しました。


貴州省の薪とバイオマス
Harvesting Firewood in Commons



貴州省の持続可能な農業
Guizhou Agriculture



北京市日中友好病院
Health Care & Toilet



中国北京の食品工場
Food Manufacturing Plant



北京・河南の鉄道
China Train



中国雲南省剣川県窯業
Roof Tiles in Jianchuan



中国雲南省のタバコ生産
Tobacco Production in Yunnan



中国雲南省入会地の牧畜
Local Commons in Yunnnan



中国雲南省剣川県の定期市
Bai People & Market



中国雲南省白族の仏教
Bai People & Buddhism



中国雲南省剣川県の古鎮
Jianchuan Village



中国河南省農村と薪採取
Village of Henan



河南省開封市:Kaifeng



四川省丹巴県の堆肥作り
Garzê Tibetan Compost



甘孜藏族自治州の農業
Garzê Tibetan Agriculture



日東亜鉛川崎工場
NITTO GALVANIZING CO., LTD.



かわさきエコ暮らし未来館
Solar-Farm



川崎ゼロエミッション工業団地
Eco-Industrial Park



ハンセン病資料館・多磨全生園
Hansen's Disease Museum



開発経済学の授業
My Lecture 2013



大阪市西成区ゼミ貧困調査
Nishinari, Osaka, 2013



大阪ATCエイジレスセンター見学
Osaka Ageless Center 2013



ATCグリーンエコプラザエコプラザ
Osaka Green EcoPlaza 2013



大阪ミナミ新世界/道頓堀
Minami, Osaka, 2013



芝浦水再生センター見学
Tokyo Sewerage System 2013



2006年度鳥飼ゼミ
My Students 2006



2004年鳥飼ゼミ
My Seminar 2004



講義「開発経済学」
Lecture 2004


タイの米作農村
Thai Ricefarmer



タイ東北部の養蚕
Thai Sericulture



タイシルク生産
Thai Silk Products



タイの牧畜・放牧
Commons & Pastoralism




成都長江文明の三星堆
Sanxingdui




福建省お茶畑
Tieguanyin & Oolong



福建省土楼
World Heritage Fujian Tulou



四川省山岳地の道路建設



四川省丹巴県城


四川省山村滞在




熱帯林の衛星映像
Deforestation



日本の空中写真
Aerial Photography




アメリカの産業興隆
US Agriculture & Industry



アメリカの豊かな生活
Country Life Picture




【歴史偉人伝】
Biography & Saga



【アジア太平洋戦争写真一覧】
Images at War





ヘレンケラー伝記
Helen Keller Biography



ヘレンケラー後半生
Helen Keller Biography



ヘレンケラー研究
Helen Keller Studies



アン・サリバン伝記
Miracle Worker Johanna Sullivan



マザーテレサ伝記
Mother Teresa


 
琵琶湖西の農業・漁業
Lake Biwa

 
大分県玖珠郡九重町の棚田
Rice Terraces at the Kusu



東海大授業写真リンク集
Lectures at a Grance




カリンガ州棚田の稲作
Rice Terrace(1), Kalinga



早乙女による田植え
Rice transplantation 2013



カリンガ州棚田の稲刈り
Rice Terrace(2), Kalinga



カリンガ州の柴刈り
Firewood Collection



ブッシュナイフ鍛造の鍛冶屋
Metalsmithing at Tinglayan



山村の鍛冶屋ナタの鍛造
Blacksmith at Lubuagan



箒材料タイガーグラス収穫
Harventing Tiger Grass



タイガーグラス製箒づくり
Tiger Grass Broom Making



カリンガ州の薪採取
Harvesting Firewood



山村の稲刈りと豆脱穀
Threshing Beans, Kalinga



ルブアガン町山村の小学校
Elementary School at Lubuagan



カリンガ州山村の小学校
Elementary School, kalinga



カガヤン州ツゲガラオの市場
Market of Tuguegarao, Cagayan



マニラ世界遺産イントラムロス
Intramuros Manila 2013



マニラキアポ教会と市場
Quiapo Church & Market



マニラ貧困の鳥飼ゼミごみ調査
Payatas Hearth Center 2013



パヤタスのジャンクショップ
Junk Shops at Payatas 2013



スモーキーマウンテン:ゼミ研修
Smokey Mountain 2013



マニラのスモーキーマウンテン
Smokey Mountain,Tondo, Manila



マニラ首都圏スラム街
Litex & Payatas, Quezon City



パヤタスごみリサイクル施設
Recycling at Payatas, Manila


マニラのパヤタス廃棄物処理場
Scavenger at Payatas



セブ市のアルミ再生工場
Recycling at Cebu City



マニラの自動車工場
Recycling at Car Manufacturing



セブ島の造船所
Technical Intern Training Program





サリバン先生 【学習漫画 世界の伝記NEXT】 [ 奥良モト ]

価格:945円

◆2011年9月2日・9日(金)NHK-BS歴史館「側近がみた独裁者ヒトラー」Rudolf Hess ルドルフ・ヘス及びLeni Riefenstahl レニ・リーフェンシュタールに出演。
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