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始皇帝暗殺
Icon とらちゃん - 2002年12月20日 18時24分51秒
1998年公開の日中仏米合作の映画だ。中国は4千年の歴史と言われるが、これは、紀元前3世紀頃のお話だ。日本ではちょうど縄文時代から、弥生時代に移る頃だ。そして中国では、秦・韓・燕・趙などの七つの国に分かれて戦国時代になっていた。

そして、人生哲学や政治哲学をを説く諸子百家の時代になる。性善説をとる儒家思想と性悪説をとる法家思想が、起こるのだ。儒家思想と言えば孔子や孟子だし、法家思想と言えば商鞅とその弟子で韓非子だ。この時代は、中国の歴史の中で一番面白い時代の一つである。商鞅は戦国時代の紀元前390年ごろ、魏の属国である衛に生まれた。そして、若くから才能を発揮し周囲から認められるようになる。だが、なかなか彼の才能を認めてくれる国がなく、始皇帝の6代前の秦に採用される。

そこで、商鞅は改革を断行する。これが有名な商鞅の改革である。内容は、簡単に言うと封建制の基礎となるものだ。軍功によって地位を授け、収穫高に応じて税金を取る。働き手が二人居る家庭は分家をさせる。また、私有財産の大きさで身分を決めて差別をする。これは、いわゆる論功行賞ということだ。

戦国時代になれば実力がなければ勢力を広げられないのだから、当たり前と言えば当たり前の考え方である。しかし、それまでの特権階級には受け入れがたいことだったに違いない。それまでは、奴隷制度というものが当たり前にあって征服したものは奴隷にするという考えだったのだ。それが、ころりと変化する。

黄河流域の中原地帯は、洪水のたびに氾濫し人々に苦しみと共に豊かな大地をもたらしていた。つまり、その地域を支配することが、一番重要だったのだ。そんな時代が戦国時代だ。改革に一番に取り組んだ秦は、どんどん力を付けていく。

秦というと兵馬俑が有名だ。等身大の兵隊や馬、馬車などが八千体も発見された。これは、教科書にも書いてある。また、実際の兵器や馬車などの発掘されている。その実態は、あまりにも発掘物が多すぎて整理ができないそうだ。中国はほんとうに奥が深い国だ。司馬遷の「史記」という歴史書がある。紀元前145年、秦が滅びて61年後に彼は生まれる。そして、そこに書かれていることは本当にあったことだと言うことが、最近の研究でわかってきた。

この映画もその辺の研究の成果が、しっかり生かされている。攻撃の方法や武器は、非常にリアルで迫力がある。特にすごいのが、戦闘シーンだ。砦を攻略するのに三階建てくらいの高さを持つ移動式の戦車みたいなやつで、攻撃する。また、弩という武器もすごい。今で言うアーチェリーの古代版で、射程が200mだ。これは、鉄砲並みの威力だ。

始皇帝暗殺はほんとうにあった話で、荊軻という刺客が暗殺に向かわされる。だが、失敗する。咸陽宮殿の中にいる皇帝に近づくのは簡単ではない。寝返った秦の将軍の首を手見上げに貢物を持って、宮殿に入っていく。そして、献上する領地の地図に短剣を忍ばせて近づくのだ。荊軻は切り付けるが、始皇帝を仕留められず逃げられる。このシーンで始皇帝を助けようとする部下が居ないのは、権力者の悲しさであろう。

皇帝になって37年、全国を統一してわずか10年で始皇帝(政)は死ぬ。そして、秦もまた滅びる。その後は漢の時代になる。わては、「兵馬俑と始皇帝」今泉恂之助著(新潮選書)を参考にした。いい勉強になった。
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