アンコール遺跡−15 プノン・バケン編


<プノン・バケン>

 アンコール・ワットの観光を終わってからプノン・バケンに向かう。プノン・バケンはアンコール・ワットからアンコール・トムへの道の途中、というよりもアンコール・トムの南門のすぐそばにある。

 車を降りた途端に、ミネラルウォーターのペットボトルを持った少女(推定10歳以下)が2人駆け寄ってきた。仲の良い姉妹に見える。ちょうど1本飲み終わったところだったので、空のペットボトルを妹に渡して、姉から冷えたミネラルウォーターを買ったところ、妹からクレームが入った。「わたしはペットボトルを片付けたのに、どうしてそっちから買うの?」と英語で言っている。どうやら姉妹ではなく、商売敵だったようだ。恐るべし「クメールの子供達」。仕方が無いので妹のように見えた女の子からも1本買って、運転手にあげた。

 プノン・バケンは60mほどの小高い丘であり、サンセットを観光するならここである。駐車場からは急坂を登っていく。象に乗って登っていく迂回路もある。
 この急坂が非常に登りにくい。手をついて登るほどではないが、かなりの勾配である。一応石が置かれているのだが、「石が設置されている。」というよりも「石が転がっている。」というほうが合っている。踊り場も無い。登るときよりも観光が終わって降りるときのほうが、日が沈んで暗くなるために足元がよく見えず、危険を感じた。

急坂 象タクシー

 急坂を登ると、祠堂がある。ヤショヴァルマン1世(在位889頃〜910年頃)の創建とのことなので、アンコールワットよりも250年、バイヨンよりも300年ほど前ということになる。
  この階段の傾斜も厳しい。観光客は日が沈んだら一斉に帰るので大混雑となり、階段にへばりついたままで前の人が下りるのを待つこととなった。

 
プノン・バケン

 1100年ほど前に建てられた、主祠堂が残っている。今回の観光で、おそらく一番古い建物である。周囲に4つの祠堂があるので、アンコール・ワットと同じ構成である。こちらの方が古いので原型かもしれない。

主祠堂

 プノン・バケンからは南東の方向にアンコール・ワットも見える。自動車ではすぐだったのだが、思ったより遠くに見えた。アンコール・ワットの中央祠堂の突端は地上65m、第三回廊は31mなので、プノン・バケンの方が高いことになる。

夕暮れのアンコール・ワット

 プノン・バケンからは四方にクメールの大地が見渡せる。その景色は雄大である。密林の中にシェムリアップ空港や市街地が見える。というよりも、空港や市街地が密林に覆われている、と表現したほうが正しいかもしれない。
 西の方角には西バライが見える。西バライは巨大な人口(東西8q、南北2q)の貯水池である。歴代の王が数世代にわたって建築を進め、11世紀に完成した。
 ちなみに現在は消失して堤防しか残っていないが、東バライという貯水池もあった。東バライを造ったのは、プノン・バケンと同じくヤショヴァルマン1世である。

西バライ

 残念ながらこの日は、上の写真のように雲が出てしまい、サンセットの瞬間(午後6時15分頃)を見ることができなかった。心残りである。

 プノン・バケンの観光が終わってからホテルに戻った。翌日は4時起床である。